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Hair Stylistics

Hair Stylistics

@SHIBUYA-AX Tokyo

December 8, 2009

野田 努
photo by MAYA from West End  
Dec 09,2009 UP

 ライヴの終盤、マイクを握って叫び続ける中原昌也を見ていると涙を抑えることができなかった。ヘア・スタイリスティクスはあまりにも感動的だった。

 その日、渋谷の〈AX〉では、DUM-DUM PARTY'09「ニイタカヤマノボレ 一二〇八」なるイヴェントが開かれていた。他の出演者はBuffalo Daughter、相対性理論、group_inou、OGRE YOU ASSHOLE。客層的に言えば、てんでばらけている、とも言える(実際、そのまとまりの無さはライヴの最中のロビーに顕著だった)。ただ、僕はこのイヴェントの主宰者を昔からよく知っていて、その人のセンスを信用しているので、きっと面白いことになるだろうと思っていた。バッファロー・ドーターを久しぶりに聴きたかったというのもあった。それともちろん、そう、ヘア・スタイリスティクスも。

 中原昌也がいちばん最初に出るということを知っていたので、僕は5時半に会場に着いてしまった。客は......A.K.I.しかいなかった......というのは冗談だが、早すぎてしまった。ワルシャワでビールを2杯飲んでいたので、僕はすでに軽く酔っていた。で、もう1杯、ビールを飲みながらOGRE YOU ASSHOLEというバンドを聴いていたら寝てしまった。起きてからもう1杯飲んで、中原に備えた。

 ステージの中央の机には汚い機材――エフェクト類、ドラムマシン、シーケンサー等々が並べられ、エフェクターが不器用に装着されたアコースティック・ギターも1台あった。その両側にはマーシャルが3台づつ、計6台並んでいる。マイクも1台、置いてある。

 暗いステージにパーカー姿の中原昌也が出てくると、何も言わず机の前に立ち、猫背の姿勢でつまみをいじり出す。ノイズが吹き出る。それはうねるようにスピーカーから出て、しばらくするとドラムの音が蛇のようにまとわりつく。それら音は、ゴミ溜と宇宙を往復する。低音が加わり、音は厚みを増していく。ダブステップを濃縮したような低音とベースが場内に反射する。まるで『メタル・マシン・ミュージック』のモダン・ヴァージョンだ。時間が経つのも忘れ、僕はその音のシャワーを浴びる。それは奇妙なほど気持ちよく響くのだ。そして他方では、その音はまるでオーネット・コールマンのフリー・ジャズのように、魂をえぐってくるようだ。汚いノイズの音はそして、いつの間にかとてもエモーショナルな音楽となる。素晴らしい。なんて素晴らしい音楽だ。それになんていう展開だろう。マンスリー・ヘア・スタイリスティクスでたまに取り入れていた駄洒落やギャグの要素はまったくない。ステージにいるのはひとりの優れたインプロヴァイザーだった。

 中原はそれから、机を離れ、マーシャルの音量を上げてまわった。机に戻ってくると、ギターを持って、それからマイクを握って叫んだ。悲鳴なのか、怒号なのか、その声はこの世のいちばん悲しい場所から最高に美しい場所に突き進むかのようだった。中原はマイクをなかなか離さなかった。叫び声が続いた。涙が出てきた。いま思い返しても涙腺がゆるむ。

 それほど魂を揺さぶられたのだ。七尾旅人は中原のノイズはブルースだと言っていたが、ある意味そうかもしれない。だが、この晩のライヴは、ロバート・ジョンソンではなくジミ・ヘンドリックスだった。僕はこのライヴが終わらないで欲しいと本気で思ったけれど......終わった、あっけなく、ほぼ満員になって、そして静まりかえった場内を置き去りにして。僕のすぐ斜め前では、業界人の女が、ステージには目もくれずに携帯をかちゃかちゃやっていた。ハハハハ、こうして僕は、現実に戻った。

 ライヴが終わると、ロビーにゆらゆら帝国の坂本慎太郎がいた。彼と一緒に中原に会いに行こうということになって、あの手この手を使って楽屋まで押しかけた。そして僕は、この素晴らしい経験の思い出としてヘア・スタイリスティクスのTシャツを買った。バッファロー・ドーターも聴きたかったのだけれど、仕事が山のように溜まっていたし、その晩はもうヘア・スタイリスティクスのノイズだけで充分だろうと自分に言い聞かせて帰路についた。

 僕は、中原昌也が本当に音楽のシーンに帰ってきたのだと思った。当たり前と言えば、当たり前だが。それがとても嬉しく思えた。12月30日はゆらゆら帝国と恵比寿のリキッドルームか~。行くしかないかな。

野田 努