ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  2. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  3. 橋元優歩
  4. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  5. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  6. CAN ——お次はバンドの後期、1977年のライヴをパッケージ!
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  9. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  10. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  11. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  12. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  13. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  14. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  15. Jlin - Akoma | ジェイリン
  16. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  17. 『成功したオタク』 -
  18. interview with agraph その“グラフ”は、ミニマル・ミュージックをひらいていく  | アグラフ、牛尾憲輔、電気グルーヴ
  19. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  20. ソルトバーン -

Home >  Reviews >  Live Reviews > Matthew Herbert Brexit Big Band- @Blue Note Tokyo

Matthew Herbert Brexit Big Band

Matthew Herbert Brexit Big Band

@Blue Note Tokyo

11th Nov, 2017

岩沢蘭  
Photo by Makoto Ebi   Nov 20,2017 UP

 先日、ブルーノートで行われたマシュー・ハーバートのライヴに行ってきた。銃弾の音や豚の生活音、コンドームの擦れる音まで、様々な音をサンプリングして楽曲制作することで知られるハーバートだが、今回のテーマは、Mathew Herbert Brexit Bigbandという名前の通り、「ブレグジット」だ。
 “イギリス(Britain)”がEUを“抜ける(Exit)”から“ブレグジット(Brexit)”──EU残留か離脱かを問う国民投票を行うとキャメロン前首相が発表したその数日後、新聞の見出しにあったこの語を見た時は、ずいぶん適当な造語だなと思ったものだが、結局、この語の名指す出来事はイギリスを大きく揺るがすこととなる。国民投票の結果、離脱派が勝利し、ブレグジットは現実のものとなったからである。
 世界中がこの前代未聞の政治的出来事に注目した。ブレグジットに向け、イギリス政府は今も活動中である。そんな政治的出来事をいったいどうやって音楽に落とし込むというのか? 全く予想がつかない。
 初めてブルーノートにコンサートを聴きにいくということで、「ドレスコードはあるのだろうか」とか細かいことばかり気にしながら、一応襟のついたシャツを着て会場に向かう。

 ビッグバンド編成だったが、演劇の舞台を見ているようでもあった。プロットがしっかりあって、曲ごとに登場人物の顔が見える。
 たとえば3曲目。冒頭でメロディを担うサックスやトランペットの奏者が、イギリスのタブロイド紙『デイリー・メール』を破いた。それを破いた音とともにゆったりとスウィングが始まる。
 『デイリー・メール』とはイギリスで発行されている大衆向けの新聞で、エロ情報が必ず載っている(紙面をめくると割と早い段階で薄着のセクシー姉ちゃんが出てくる)。
 EU残留派支持にはミドルクラスの知識層や左派の学者が多く見られたが、彼らはその大半が『デイリー・メール』に書かれていることなど読むに値しないと考えていた(以前、政治討論のテレビ番組で、レフトアクティビストが、的外れな発言をするインタヴュアーに向かって「This is Daily Mail!」と言い放ったのをみたことがある)。
 今回離脱派に入れた人びと、つまり『デイリー・メール』を読んでいるような人びとのことなど気にとめる必要などない……そんなミドルクラスの雰囲気を表現しているかのような曲だった。実際、残留派の人びとは「ブレグジットなど起こるわけがない」と静観していた。彼らはEUに不満を抱く人びとの声に耳を傾けることはなかった。

 4曲目、勢いよくブラス隊がかき鳴らすマーチのリズムに乗って、ボーカルのRahelが「take a step(一歩前へ)」「yes!yes!」と歌う。まるで聞こえのいい言葉でアジテーションしていくポピュリストたちの喚声のようだ。『デイリー・メール』を破いた前の曲が、大衆の声に耳を傾けることなく高みの見物をしていた残留派知識層を象徴していたとすれば、この曲は、日々の生活に不満を抱く人びとに向けられたポピュリスト政党のメッセージをモチーフにしたかのような音楽だ。
 曲を聴きながらある人物を思い出した。離脱派のEU議会議員、UKIP(イギリス独立党)党首のナイジェル・ファラージだ。彼は、EUを出てシングルマーケットになるメリットと、EU向けに使っている予算を国内の福祉に回すことができるということをいい 、離脱支持層を集めた。しかし、国民投票で離脱派勝利の数日後、ファラージはEUに払っていた予算を国内に回す事はできないと述べた。EU議会でファラージは他の議員たちに「You lied(あなたは嘘をついた)」と非難され、EU議員を辞職している。歌詞に出てきた「naughty sounds, naughty sounds」とは彼が言った、人びとに都合のいいような、甘い嘘のことなのかもしれない。

 5曲目で、ハーバートは自分の首にサンプリング機械をあてる。音楽ではリズムの速度を示すBPM(Beat Per Minute)という言葉は、医学では心拍数という意味で使われる。マシューの脈がうつビートと同時に、曲が始まる。彼の心拍数と曲のリズムが交差し、時々ずれながら、ヴォーカルのRahelが歌い上げる

You need to be here
あなたはここにいる必要がある

 ここでいうhereはEUではないだろうか。儚げに歌い上げる声に、まだ投票権を持たず、EUからの離脱に反対するティーンエイジャーの姿を重ねてしまった。EUの特徴に「EU加盟国間では、人、物、サービス、および資本がそれぞれの国内と同様に、国境や障壁にさらされることなく、自由に移動することができます」というものがある。例えば、スーパーでスペイン産の生ハムや、フランス産のパンなど、国内で作ったものと同程度の価格で購入できる。あるいは、イギリス人が就労ビザなしでイタリアやベルギーで働くことができる。
 EU内ではどこにでも行くことができるのだ。将来、子どもたちが享受できたはずの、暮らしたい街や働きたい場所を自由に選ぶ権利は、EU離脱によって狭まれてしまう。ハーバートの心拍の音は、音楽のリズムと時々重なるものの、ずっとズレを伴っている。このズレは、EUに留まりたいと思う子どもたちが、その気持ちを政治的に表現する権利を持たないことのもどかしさを表現しているかのようだった。

 6曲目ではタイプライターを打つ音をサンプリングし、それがすぐにビートに変えられる。ハーバートはドナルド・トランプのお面をかぶる。なぜブレグジットでトランプのお面だったのか。UKIPのナイジェル・ファラージはトランピスト(トランプ支持者)だそうだが、ここでの直接的な関わり方はわからなかった。
 エントランスで「ドナルド・トランプへのメッセージを紙に書いて、それを紙ひこうきにして、ステージに向かって飛ばす準備をしてください」というメッセージと色折り紙をもらった。それをトランプ扮するハーバートに向けて投げる。その紙飛行機は、ほとんどがステージに届かず客席に舞うだけだが、演奏をしながらハーバートは時々それを拾っては投げ返す。ツイッターが現実世界に可視化されるとすればこんな風だろうかと、演奏を聴きながら会場で起こったパフォーマンスに驚いてしまう(ちょうどブルーノートでライヴが行われた日、本物のドナルド・トランプが来日していた日だった)。
 2人目のお面は誰だかわからなかったのだが、3人目のお面はロンドン元市長のボリス・ジョンソンだった。ブレグジットキャンペーンで、ボリス・ジョンソンは離脱派として活動した。離脱派が勝利し、キャメロンは首相を辞任。その後、ボリス・ジョンソンは外務大臣として内閣入りしている。

 終盤、ハーバートは会場にいるオーディエンス全員の声をサンプリングして演奏に使う。曲のなかでは「we want to be human」と歌われる。残留か、離脱か。この選択を迫られたイギリスの人びとは、それぞれが抱える個人の生活、そして自分たちの社会のために、自分がいいと思った選択をしただけだ。離脱派も残留派も“人間らしくありたい”という点では同じである。

 最後の曲になった。曲は“The Audience”。歌詞の一部を引いてみよう。

Though the ending is not here
We are separate we are one
The division has begun
You are my future I am your past
Even music will not last

So move with me
With me removed

You and us together 
Together in this room
You will not remember
This passing moment soon

終わりだがここにはない
僕らは別れていて、僕らはひとつだ
分断が始まっている
君は僕の将来で、僕は君の過去だ
音楽でさえ続かないだろう

だから僕と一緒に行こう
僕抜きで

君と僕らは共に
この部屋に一緒にいる
君はいずれ忘れてしまうだろう
すぐ過ぎ去ってしまうこの出来事を

 このコンサートの2日前、DOMMUNEのインタヴューでハーバートは、シニア世代と若者世代のブレグジットに対するイメージのギャップについて話をしていた。もしかしたらここで出てくる「you(君)」は、EUを出た後のイギリスで、若者たちよりも先にいなくなってしまうシニア世代ことかもしれない。この曲を作った当時、ハーバートはブレグジットのことなどまったく考えていなかったに違いないが。
 離脱派も残留派も、結局はイギリスという同じ部屋にいる。“The Audience”はブレグジットの文脈で聞くととても悲しい曲に聞こえる。
 ブレグジットはおそらく、イギリス史に残る出来事だろう。しかし、歴史という大きな文脈のなかで、その時代を生きる大衆の意見は大きな出来事の影に隠れてしまう。ニュースで流れてくる政治の出来事や事件は、日々の生活に忙殺され、少しずつ忘れられていく。
 DOMMUNEの対談で、BBCの音響技師だった父親について質問を受け、ハーバートは、「ニュースを1枚のレコードにする作業が印象的だった」と答えていた。ハーバートは、ブレグジットを1枚の楽譜(スコア)にした。彼の父親がニュースをレコードにプレスしていたように、彼の楽曲はブレグジットについて皆がそれぞれの立場で語っていたことを記録している。ブレグジットが後に史実として歴史の教科書に登場するときには忘れ去られてしまうであろう人びとの声を忘れないために。

岩沢蘭