「DJ DON」と一致するもの

マデイラディグ実験音楽フェスティヴァル - ele-king

「あんなに楽しいフェスは経験したことがなかった。だからフェスが嫌いなひとのために、自分でもやってみようと思ったんだ」

 ポルトガルのマデイラ島で開催されている、マデイラディグ実験音楽フェスティヴァルのオーガナイズ・リーダーであるマイケル・ローゼンは、大西洋を見晴らす崖に面したホテルのバーのバルコニーに座っている。雨と汗と泥にまみれた、よくあるフェスの体験からは数百マイルも隔たった雰囲気がそこにはある。というかその雰囲気は、ほかのどんな場所にも似ていないものだ。
 フェスの来場者の大半が滞在する小さな町ポンタ・ド・ソルは、高く深い谷の上に位置している。フェスの運営を取り仕切るメインとなる中継地点であるホテル、エスタラージェン・ダ・ポンタ・ド・ソルはとくに素晴らしく、まるで崖沿いを切りだしたようにして作られていて、海に沿った通りからはただ、崖の岩肌を上に向かってホテルへと至る、すっきりとした作りのコンクリート製のエレヴェーターだけが見えている。

 エスタラージェンでのアフター・パーティーや毎晩行われるライヴはあるが、フェスのメインとなるプログラムは、ホテルから車ですこし移動したところにあるアート・センターで行われる、午後の二つのショーのみである。

 ローゼンは次のように述べている。「毎日たくさんのパフォーマンスが行われるフェスが好きじゃないんだ。テントを張って、雨が降って、人混みに囲まれてっていうやつがね。僕らが借りている会場のキャパは200人くらいで、それがちょうどホテルが受けいれられる上限でもあるから、そのくらいが集客の上限なんだよ」

 フェスは金曜の夜、ポルトガルのサウンド・アーティスト、ルイ・P・アンドラーデ&アイレス[Rui P. Andrade & Aires]によるアンビエント・セットとともに開幕し、アナーキーで混沌としたフィンランドのデュオ、アムネジア・スキャナー[Amnesia Scanner]によるデス・ディスコがそれに続く。マデイラディグのプログラムはみな、多くの人が実験音楽と理解しているものの元にゆるやかに収まる音楽ばかりなわけだが、主催者側がはっきりと意図して普通とは異なったアプローチを見せているこの組みあわせ方によって、2組のアーティストのあいだにある違いが強調されることになっている。


アナ・ダ・シルヴァとフュー

 日曜日の夜は、不気味さや打楽器のような調子や、美しさや激しさのあいだで移り変わっていく自らの演奏から生みだされるループによって音楽を構築する、ポーランドのチェリスト、レジーナ[Resina]の演奏とともに始まる。彼女の演奏は、つねに変化するアニメーションによるコラージュや、戦争の映像、自然や文明や、コミュニケーションやテクノロジーといったものの相互の関係を映しだすヴィデオの上映を背景して行われる。コミュニケーションというテーマは、より遊び心に満ちたものとして、ただ一つのテーブル・ランプに照らしだされた多くの電子機材を前に演奏される、アナ・ダ・シルヴァ[Ana da Silva]とフュー[Phew]による、めまぐるしい展開によって方向感覚を狂わせるようなライヴのなかでも取りあげられている。参加したアーティストのなかで、フェスの開催日に到着したフューはもっとも遠くからやってきている人物だが、その一方でダ・シルヴァは、生まれ育った島に戻ってくるかたちとなっている。2人のアーティストのあいだにあるこのコントラストは、それぞれの言語を使い、ひとつひとつの言葉にたいし、ユニークかつときに不協和音的な解釈を与えている彼女たちのパフォーマンスそのもののなかにも、はっきりとその姿を見せているものだ。演奏のある地点で彼女たちは、曲間のおしゃべりの一部分を取りあげてループさせ、それをパフォーマンスのなかに組みこむことで、ライヴのもつ遊び心に満ちた親密な性格を強調している。

 ローゼンは、そうした彼女たちのライヴを生む根底にある自身の哲学を次のように説明している。「普通では一緒に見ることのないような二組のアーティストに同じ舞台に上がってもらうんだ。まったく異なっているように見えながら、だけど質の部分で繋がっているアーティストにね」

 こうしたアプローチは、ドイツのクラブ「キエツザロン」[Kiezsalon]で彼がオーガナイズしているイヴェントにも見られるもので、マデイラディグについて理解するためには、多少ベルリンのことについて触れておく必要がある。というのも、ローゼン以外のオーガナイザーだけではなく、オーディエンスの大半もその街からやってきているからだ。

 ローゼンはベルリンのシーンを退屈でバラバラなままの状態だと述べている。いわくそこには、すでに存在しているオーディエンスに媚びたありきたりなイヴェントばかりがあり、結果として、シーンやジャンルを分断する区別を強化することになっているのだという。オーストリアを拠点にしたスロバニアのミュージシャンであるマヤ・オソイニク[Maja Osojnik]もやはりこの点を繰りかえし、彼女が暮らしているウィーンも同じように、まれに土着的な「ヴィーナーリート」[Wienerlied]という民謡の一種がジャンルを横断した影響を見せているくらいで、パンクがあり実験的な音楽があるというかたちで、内部での音楽シーンの分断という状況にあると述べている。東京のインディーでアンダーグラウンドなシーンのなかに深くかかわっている人たちもきっと、すぐに同じような状況に思いあたることだろう。


マヤ・オソイニク

 マヤ・オソイニクは、パリを拠点としたカナダのミュージシャンであるエリック・シュノー[Eric Chenaux]による、キャプテン・ビーフハートの経由したニック・ドレイクといった雰囲気のジャズ・フォークの後に続いて、金曜日の夜の最後に出演した。シュノーの演奏が、いったん心地よく美しく伝統的な音楽的発想を取りあげ、それをさまざまなかたちで逸脱させていくことによって特徴づけられるものであるのにたいし、オソイニクの音楽は、不協和音の生みだすことを恐れることなくさまざまな要素を重ねていき、そのすべてが、彼女がときに「ディストピア的な日記」と呼ぶ、音によるひとつの物語をかたちづくるものにしている。全体の雰囲気や演奏に通底する低音やパルス音は、催眠的でインダストリアルな高まりを見せ、オソイニクのヴォーカルは、豊かな抑揚をもった中世の歌曲からポストパンクの熱を帯びた怒りまで、自在に変化していくものとなっている。


エリック・シュノー

 後に彼女と話したさいオソイニクは、同時代の音楽からの影響ももちろんあるが、古典的な音楽教育を受けてきのだという事実を明かしてくれた。一三〇〇年代にフランスのアヴィニオンに捕囚されていた教皇たちのためだけに作曲された、あまり知られていない音楽に興味があるのだと、興奮気味に彼女はいう。自身が受けてきた折衷的で渦を巻くような影響にかんして彼女は、次のように述べている。「いろんな音楽をアカデミックに学んでみた結果、そこには多くの並行性があることに気づいたんです。たしかに規則は違うし、アプローチも違う、根底にある美学も違っていますが、同じ鼓動が感じられるときがあるんです」

 シュノーとオソイニクが共有しているのは、二組のライヴがともにどこかで、人間は複雑で、つねに仲良く議論しているわけではないのだという事実を感じさせるものだという点にある。したがってオーディエンスにたいするメッセージは、オソイニクがいうとおり、「目を覚ますこと。受けとるだけでいるのをやめて、探すことをはじめること」にあるのだといえる。

 マデイラディグは、多くの点で伝統的な音楽フェスと異なるものとなっているわけだが、一方でそれは、参加する者たちのなかに普通とは異なる現実を創造するというその一点において、真の意味で伝統的なフェスティヴァルといえるものとなっている。フェスの初日の時点では、どこか気後れしたような初参加者と毎年参加しているヴェテランのあいだに目に見えるはっきりとした違いがあったが、フェスのオーガナイズの仕方によって、そこにはすぐに、その場にいる人間たちによる共同体の感覚が育まれることとなっていた。イベントの後の食事やエスタラージェン・ダ・ポンタ・ド・ソルでのアフター・パーティーは、交流の機会となり、毎回あるメイン会場への車での移動が、参加者をひとつにすることを促している。日中に辺りの自然のなかや最寄りの大きな町であるファンシャルへ旅することは二重の意味をもっていて、参加者がひとつのグループとして絆を深める機会となっていると同時に、イヴェントの会場でもあるホテルの盛りあがりからの息抜きとしても機能している。

 またマデイラ島は並外れて美しい島であると同時に、不思議なことにどこかで日本に似たところもある場所だといえる。通りに沿ってその島を旅していると、山がちな景色が必然的にトンネルのなかを多く通ることを強いてくるわけだが、気がつけばやがて古い通りに出て、島がその本当の姿を見せてくる。そこには雲を突きぬけ緑で覆われた、ぐっと力強く迫りだしている火山の多い地形があり、谷に沿って並ぶ家々や急な勾配に沿った畑があり、浅くコンクリートで舗装されれ、海まで続く川が見られる。海を見張らしながら、古い時代の商人たちが登った道のひとつを登っていたとき、ポルトガルの現地スタッフのひとりが、「この景色を見るためには、ここまで登ってこなきゃいけないんですよ」と述べていた。

 美しさを見いだすためには努力が必要だというこの発想は、風景についてだけではなく、音楽についても当てはまるものだろう。フェスの最終日は、カナダのアーティストであるジェシカ・モス[Jessica Moss]による繊細で複雑なヴァイオリンの演奏とともに始まる。彼女はマデイラディグに参加する多くのアーティスト同様、ループによってレイヤーを生みだし、自らの音楽のなかにテクスチャーとパターン(そしてパターン内部におけるパターン)を作りだしている。その後に続くのは、デンマークのデュオであるダミアン・ドゥブロヴニク[Damien Dubrovnik]によるハーシュ・ノイズの荒々しい音である。彼らはまるでモルモン教徒の制服のモデルのような出で立ちでステージに上がり、会場を音による恐怖で連打していく。


ダミアン・ドゥブロヴニク

 マデイラディグは間違いなく、オーディエンスにたいし、このフェスがステージ上で生みだそうとする美のために協力するように求めているのだといえるが、一般的にいって実験音楽にかんするイヴェントや、とくに遠方からの参加を前提とした特殊なフェスには、参加を阻む誤った種類の障害を設けてしまうという危険性が存在しているものである。すぐに思い当たることだが、日本で行われる同様のイベントは、全員ではないにしろ、多くの熱心なファンには厳しい金額が参加費として設定されているし、結果としてそのことが、音楽シーンの断片化を助長し、多くの地方都市における文化の空洞化に繋がることとなってしまっている。
 マデイラディグの参加費は目をみはるほど安い(チケットの料金は4日間で8000円ほどであり、ホテルの価格も納得のいく範囲に維持されている)。だがいずれにしてもそれは、もっぱら市場の情けによって生き残っているだけであるヨーロッパのアートを手助けしている、ファウンディング・モデルなしには機能しなかったものだといえるだろう。ローゼンはこうした状況を自覚したうえで、それでもやはり、難解で聞きなれないような音楽を集めるイヴェントは、可能なかぎりアクセスしやすいものではくてはならないという点にこだわる。

 「音楽にかかわりのないような人にも届いてほしいと思っているんだ」。「ホテルの予約間違い」でフェスを知り、結果として、いまでは毎年参加しているベルギーのカップルの話をしながら、ローゼンはそんなふうにいう。

 「文化を近づきやすいものにしたい。これは音楽だけじゃなく、文学でも哲学でも何でもそうであるべきだと思う。誰もが参加できるファンドによるフェス、政府から資金を引きだすフェスというかたちで、僕はそれを立証しているんだよ」

https://digitalinberlin.eu/program2018/

Madeiradig experimental music festival
November 30 (Fri) to December 3 (Mon)

by Ian F. Martin

“I've never been a fan of festivals, so I wanted to make one for people who don't like festivals.”

Michael Rosen, the lead organiser of the Madeiradig experimental music festival on the Portuguese island of Madeira, is sitting on the balcony of a hotel bar, situated on a cliffside overlooking the Atlantic Ocean. It feels a million miles from a typical festival experience, drenched in a cocktail of rain, sweat and mud. It feels a million miles from anywhere.

The village of Ponta do Sol, where most of the festival guests stay, nestles in the mouth of a tall, deep valley. The main organisational hub of the festival's activities, the hotel Estalagem da Ponta do Sol, is a particularly striking, looking almost as if it has been carved out of the cliffsides, visible from the road only by the thin, concrete elevator shaft that rises skywards out of the rock towards the hotel proper.

The main festival programme is limited to two shows an evening, held at an arts centre a short coach ride away, while the Estalagem hosts after-parties with DJs and live acts into the morning every night.

“I don't like festivals where there are lots of performances every day – all the tents, rain, crowds,” explains Rosen, “The capacity of the auditorium we use is about 200 people, which is also all the hotels in Ponta do Sol can accommodate, so that’s the audience limit.”

The opening Friday night of the festival opens with a spacious, ambient set by Portuguese sound artists Rui P. Andrade & Aires, which is followed by the anarchic, chaotic death disco of Finnish duo Amnesia Scanner. While Madeiradig’s programme all falls loosely under what most people would understand as experimental music, it’s clear through the choices of pairings that the organisers are keen to see different approaches rub up against each other.

Saturday night opens with Polish cellist Resina, whose music builds around loops that draw from her instrument sounds variously eerie, percussive, beautiful and harsh. Set against this are video projections featuring an ever-shifting collage of animations and images exploring subjects such as war and the relationship between nature, civilisation, communication and technology. The theme of communication recurs more playfully in the lively and disorientating set by Ana da Silva and Phew, performing behind masses of electronic equipment and lit intimately by a single table lamp. Of all the artists at the festival, Phew has travelled by far the furthest to be there, having arrived from Japan on the first day, while da Silva is revisiting the island where she was born. This contrast between the two performers informs the performance, with each member delivering their vocals in the other’s language, adding their own unique and sometimes dissonant takes on the words. At one point, they pick up and loop what seem to be snatches of inter-song backchat and integrate that into the performance, reiterating the playful and intimate nature of the set.

Rosen explains his philosophy as being based on, “Placing two artists on the same stage who you wouldn’t normally see together. Artists who are connected in terms of quality, but nonetheless quite different.”

It's an approach that he follows with the “Kiezsalon” events he organises in Berlin as well, and in understanding Madeiradig, we really need to talk a bit about Berlin, since that's where not only othe organisers but the vast majority of the audience come from.

Rosen describes the scene in Berlin as boring and fragmented, with events typically pandering to existing audiences, in the process reinforcing the divisions that separate scenes and genres. Austrian-based Slovenian musician Maja Osojnik echoes the point, saying that her adopted hometown of Vienna suffers from similar internal divisions in the music scene, with punk, experimental and the unique local “Wienerlied” folk style rarely interacting. Anyone who has spent much time immersed in the Tokyo indie and underground music scene will find their complaints immediately familiar.

Maya Osojnik closed Sunday night after the rhythmically dislocated Nick Drake-via-Captain Beefheart jazz-folk of Paris-based Canadian musician Eric Chenaux. While Chenaux’ set was characterised by the way he would take conventionally pretty or beautiful musical ideas and then investigate multiply ways of knocking them off centre, Osojni's music layers element over element, not shying away from dissonance, but bringing them all together in the service of a single sonic narrative – what she sometimes calles a “dystopic diary”. Tones, drones and pulses build up to a hypnotic, industrial crescendo, Osojnik’s vocals ranging from richly intoned, almost medieval sounding singing to haranguing postpunk rage.

Speaking to her later, she reveals that, despite her more contemporary influences, she was classically trained and she talks excitedly about her interest in obscure music composed only for the exiled popes of the French town of Avignon in the 1300s. She explains her music's eclectic swirl of influences, saying, “Studying all this music academically made me realise that there were many parallels. There are different rules, different approaches, different aesthetics, but you can find the same heartbeat.”

Where Chenaux and Osojnik are perhaps similar is that their sets both feel in some way like people having complex and not always friendly discussions with themselves. The challenge to the audience is, as Osojnik puts it, “To wake up. To stop receiving and start seeking.”

Despite the many ways Madeiradig diverges from a traditional music festival, one way it is a traditional festival in a very real sense is in the way it creates a kind of alternate reality around its attendees. On the first day, there is a visible division between the rather intimidated-looking first-timers and the veterans who return every year, but the way the festival is organised very quickly fosters a sense of community among those present. Post-event food and after-party entertainment at the Estalagem da Ponta do Sol give us opportunities to interact, while the ritual of the coach trip to the main venue regularly hustles everyone together. During the daytime, trips into the countryside and the main town of Funchal served the dual purpose of giving us chance to bond as a group and at the same time breaking us out of the hotel-venue bubble.

And it has to be said that Madeira is an extraordinarily beautiful island, but also one in some ways strangely reminiscent of Japan. Travelling around it by road, the mountainous landscape means that you spend a lot of your time in tunnels, but finally finding our way out onto the old roads, the island’s real form revealed itself, the volcanic topography thrusting aggressively skyward, piercing the clouds, swaddled in thick vegetation, houses clinging to valleysides and farmland carved out of steep slopes, shallow, concrete-lined rivers racing seaward. Hiking along one of the crumbling ancient merchants’ roads, overlooking the ocean, one of the local Portuguese staff remarked that, “To get this beauty, you have to work for it.”

The idea that to find beauty requires effort feels just as appropriate to music as it does to a landscape. The closing night of the festival opens with the fragile, fractal violin of Canadian artist Jessica Moss, who, like many artists at Madeiradig uses loops to build layers, textures and patterns (and patterns within patterns) in her music. She is followed by a raw blast of harsh noise, delivered by Danish duo Damien Dubrovnik, who stalk the stage like models from a Mormon menswear catalogue, pummeling the theatre with sonic terror.

While Madeiradig undoubtedly wants its audience to work for the beauty it gives a stage to, there is always a danger with experimental music events in general, and exotic “destination festivals” in particular, that they put up the wrong kinds of barriers to participation. It's easy to imagine a similar event in Japan being priced far out of the ability of any but the most dedicated fans to access, and that in turn feeds the fragmentation of the music scene and contributes to the cultural hollowing-out of much of rural Japan.

Madeiradig is remarkably cheap (a festival ticket costs about ¥8,000 for four days, and the hotels are also kept very reasonable) and I don't think it's unfair to say that it would never be able to function without the arts funding model that ensures European arts aren't left solely at the mercy of the market. Rosen is aware of this situation, and adamant that an event offering difficult or unusual music needs to be as accessible as possible.

“I want to reach people who have nothing to do with music,” he explains, recounting the story of a couple from Belgium who discovered the festival because of “a booking mistake” and ended up returning every year.

“I want to make culture accessible, and this should be true not just for music but also literature, philosophy, anything,” he continues, “I make a point that at a funded festival – one that’s getting money from the government – anyone should be able to go.”

The Comet Is Coming - ele-king

 昨年私たちが年間ベスト・アルバムの1位に選んだのはアースイーターでした。では、2位は? はい、読んでくださった方はご存じですね。サンズ・オブ・ケメットの『Your Queen Is A Reptile』です。アフロ・カリビアンからサウンドシステムまで横断する同作はまさに「ブラック・アトランティック」を体現する1枚で、いまのUKジャズのエネルギーを凝縮したじつに魅力的なアルバムでした。中心人物であるサキソフォニストのシャバカ・ハッチングスは、他方でザ・コメット・イズ・カミングというプロジェクトにも参加しており、そちらではポストパンクやエレクトロニック・ミュージックからの影響を強く打ち出しています。そんなTCICの新作が3月に〈Impulse!〉からリリース! まずは先行公開された“Summon The Fire”を聴いてみてください。めちゃくちゃかっこいいコズミック・ジャズ・ロックです。去年に続いて今年もシャバカがジャズ・シーンを席巻するのでは――そんな気がしてなりません。

現行UKジャズ・シーンの中心人物シャバカ・ハッチングスの大本命ユニットが、遂にメジャー・ファースト・アルバムをドロップ!

●2018年、サンズ・オブ・ケメットで米国〈インパルス〉からメジャー・デビュー(アルバムは英国マーキュリー・プライズにノミネートされる快挙)を飾った、現行UKジャズの中心人物シャバカ・ハッチングス(キング・シャバカ)率いる大本命ユニット、ザ・コメット・イズ・カミング。

●サックスのキング・シャバカ、シンセサイザーのダナログ、ドラムのベータマックスによって2013年に結成。2015年末に12インチとデジタル配信のみでリリースされたデビューEP「The Prophecy」は英 DJ Mag 誌で10点中9.5点の高評価を獲得し、ジェイミー・カラムも自身のラジオ番組で「最高のニューカマー」と絶賛。翌2016年にはデビュー・フル・アルバム『Channel The Spirits』を発表。そして今回、満をじしてメジャー・デビュー作をドロップ。

●エレクトロニカやポスト・ロック色の濃厚なスペーシーなサウンド・プロダクションとシャバカが奏でるキャッチーなメロディはトリップ効果絶大!

THE COMET IS COMING
TRUST IN THE LIFEFORCE OF THE DEEP MYSTERY

ザ・コメット ・イズ ・カミング
『トラスト・イン・ザ・ライフフォース・オブ・ザ・ディープ・ミステリー』
2019. 3. 1 ON SALE
UCCI-1045
¥2,700 (税込)
impulse! / Universal
全世界同時発売
日本盤ボーナス・トラック収録

【収録曲】
01. ビコーズ・ジ・エンド・イズ・リアリー・ザ・ビギニング
  Because The End Is Really The Beginning (4:49)
02. バース・オブ・クリエーション
  Birth Of Creation (5:04)
03. サモン・ザ・ファイアー
  Summon The Fire (3:55)
04. ブラッド・オブ・ザ・パスト feat. ケイト・テンペスト
  Blood Of The Past feat. Kate Tempest (8:15)
  (Danalogue/Betamax/Shabaka Hutchings/Kate Tempest)
05. スーパー・ゾディアック
  Super Zodiac (4:02)
06. アストラル・フライング
  Astral Flying (4:44)
07. タイムウェーヴ・ゼロ
  Timewave Zero (5:21)
08. ユニティ
  Unity (4:14)
09. ザ・ユニヴァース・ウェイクス・アップ
  The Universe Wakes Up (5:25)
10. クロッシング・ザ・リヴァー(ジャーニー・オブ・ザ・デッド)*
  Crossing the River (Journey of the Dead) (6:22)

All tracks written by Danalogue, Betamax, & King Shabaka
except where noted.
Arranged by Danalogue, & Betamax

* 日本盤ボーナス・トラック

【パーソネル】
キング・シャバカ (ts, bcl)
ダナログ (key, synth)
ベータマックス (ds, per, programming)
ケイト・テンペスト (vo) on 4
グラニー (vln) on 4

Recorded by Kristian Craig Robinson at Total Refreshment Studios, Dalston, London, February 20-22, 2017 and August 3, 2017
Mixed by Danalogue & Betamax at Total Refreshment Centre, Dalston, London & The Shard, Forest Gate, London, Oct. 2017 - Aug. 2018
Mastered by Daddy Kev

Produced by Danalogue & Betamax

Amazon / Tower / HMV / iTunes

https://www.thecometiscoming.co.uk/

interview with Swindle - ele-king

 スウィンドルが2013年に発表したデビュー・アルバム『Long Live The Jazz』に収録された“Do The Jazz”。ダブステップのビート感、レイヴなシンセ、そしてファンキーなリフをミックスしたこの曲は、彼のなかにある多様な音楽の生態系を1曲のなかに凝縮したような音だった。多くのラップトップ・ミュージシャンと同じように、ひとりで作曲・編曲をこなしミクスチャーな音を届けてくれたスウィンドルは、新作『No More Normal』でさらなる進化を遂げている。自己完結型の作曲・編曲だけでなく、共作するミュージシャンを集め、その「指揮者」となって、彼らの演奏からオリジナルなサウンド・言葉を引き出していったのだ。グライムMC、シンガー、ポエトリーリーディング、サックス奏者、ギタリストなど様々な才能の真ん中に立ち、彼らと制作している。僕が気になったのは、そうした制作手法の意味やコラボレーションのコツだ。どのようにして彼らと出会い、どんな関係を築いていくのか。どのような工夫をすれば有機的な時間を作り出していけるか。スウィンドルのアルバムを聴いたとき、こうした問いに彼がなにか答えをもっているのではないかと思った。

 制作・コラボの秘訣からはじまったインタヴューは、『No More Normal』の問いの意味をめぐる話につながっていった。2018年11月、アジア・ツアーを周り、代官山UNIT の DBS×BUTTERZ の出演を控えたスウィンドルが誠実に答えてくれた。

自分がダブステップを見つけたというよりは、ダブステップが自分を見つけたという感じ。それはグライムにおいても同じで、自分はずっとグライムの「アウトサイダー」なんだ。

前回ele-kingに登場いただいたのは2016年来日時のインタヴューでした。それから、編集盤『Trilogy In Funk』を2017年にリリース、プロデュースの仕事など様々な仕事をされてきましたが、今作『No More Normal』はどのくらいの制作期間だったんですか?

スウィンドル(Swindle、以下S):『Trilogy In Funk』 の後にこのアルバムのプロジェクトをはじめたというわけではなくて、コージェイ・ラディカル(Kojey Radical)と同時並行でいろいろ作っていたりするなかで、このアルバムが生まれたんだ。音楽は「日記」のように書き続けているから、音楽の仕事はすべてが繋がっているように感じているよ。

なるほど、『No More Normal』にはエヴァ・ラザルス(Eva Lazarus)、ライダー・シャフィーク(Rider Shafique)、コージェイ・ラディカル、マンスール・ブラウンといったジャンルやエリアを超えた多彩なアーティストが参加しています。アルバム制作のコラボレーションはどのように進んだのでしょうか。

S:ロンドンの郊外にある Real World Studio という素晴らしいスタジオを2週間貸し切って制作に入ったんだ。そこに自分が一緒に作りたいアーティストを招待した。じっさいにどういうふうに制作が進んだかというと、朝10時にはエヴァ・ラザルスがきて、12時にはべつの人が来てエヴァに加わったり、マンスール・ブラウンがギターで加わったりとか。だから何も強制せずにすべてが自然に起こったんだよね。 アーティストと一緒に制作するとき、いま取り組んでいることを止めてべつのことをやらせたりとか、「時間が無駄だからこれをやって」というように言ったりすることはしないんだ。夜9時になって、全体を見て「ひとつアイディアがあるんだけど、こういうことをやってみるのはどう?」と提案することはあるけど、やっぱりルールがあるわけじゃないし、プレッシャーもなかったよ。

それはすごく理想的な環境ですね。短い時間だけスタジオに入って作業すると、「この時間内に成果を出さなきゃ」というプレッシャーがあったりします。

S:そうだね。参加してくれたアーティストのなかにはロンドン以外を拠点に置いている人もいて、べつべつに作業することもあったけど、基本的なアイディアとしてはみんなで長い時間いて、その場所にいて制作するということ。これまでは、言ってくれたように2時間だけスタジオを借りて、そこでちゃちゃっと作っちゃうっていうことをしてきたけど、今回はそうじゃなくて、2週間という期間があったのがよかった。

このアルバムを聴いていて、じつは最初は「なんて生音のように素晴らしいシンセサイザーなんだ」ということを思ったんです。僕のミュージシャンの友だちはあなたのお気に入りの VST(作曲ソフト上で作動する音源ソフト)を知りたいみたいだったんだけど、そういうわけではないようですね。

S:VST は入ってないね。今回はサンプリングもいっさいしていない。808 の部分とピアノのいくつかは使っているけど、それ以外では MIDI も使っていない。ほんとうにそのスタジオで録った音しか収録されてないんだ。

アナログな手法が音の質感の変化にもつながっていますね。一方で『Trilogy In Funk』に引き続き、ゲッツ(Ghetts)やD・ダブル・E(D Double E)、他にもP・マニーといった第一線のグライムのMCが多く参加していますが、レコーディング中のエピソードはありますか。

S:ゲッツとの共作“Drill Work”を作っているときかな。ロンドンのスタジオで、初日はビートを作って、その次の日にヴァイオリン、その次の日にホーンというふうにレコーディングしていったけど、ゲッツはその音に対してノートも使わずにその場でビートをスピットしていったんだ。マイクの前に立って、ゲッツが「Been there, Done there, No Talk, Don chat」とスピットして、俺は「イェー」って感じ。そういうことが生まれるのもスタジオのいいところだね。まるでスタジオを「白いキャンバス」として使うようで好きなんだ。自分の音楽がほかの人をインスパイアして、それがさらに次に繋がっていって、一緒に作っているという感覚がある。

生の空気がそのまま制作につながっていくんですね、ヴァイブスの高さはゲッツらしい感じがします。ほかに一緒に参加したアーティストはどのように選んでいますか?

S:とにかくまずはその人の音楽が好きなこと、そして「正直」なことをやっている、音楽を感じられること。「真のアーティスト」であると感じられること、そして自分がつながりを感じられること。「人気がある」とかほかの瑣末なことは関係ないよ。スタジオでケミストリーが生まれるかどうかが大事だな。

誠実さというのがいちばんキーになるのはすごくおもしろいと思いました。少しむかしのことを振り返るような感じになりますが、スウィンドルが「スウィンドルになる前」についても聞かせてください。私は最初あなたの音楽を「ダブステップ」や「UKベース」の棚で見つけました。ご自身はダブステップのシーンが非常に勢いづいていたクロイドンで生まれ育っていますが、そこまでダブステップにハマっていたというわけではなかったんですね。

S:自分がダブステップを見つけたというよりは、ダブステップが自分を見つけたという感じ。クロイドン(*)が出身だけど、もともと作っていたものを外の人が聴いて、「こういうのやらない?」と誘われた感じだね。それはグライムにおいても同じで、自分はずっとグライムの「アウトサイダー」なんだ。たとえば、アラバマ出身でカントリー・ミュージックをやるっていうのは「ふつう」のことかもしれない。だけど、「ふつう」にはないようなユニークなことをやっている人が、お互いをサポートするためのシステムが〈Butterz〉だったりするんだ。たとえば僕が応援している ONJUICY が日本でグライムをやっているってことは、もうそれだけで「違うこと」をしているわけだよね。だから彼をすごく応援したいし、彼の立場に共感できるんだ。

オーセンティックになるためには「自分自身」でなければいけないと思うよ。ただそれは「何かから距離をとる」っていうことじゃなくて、あらゆるものにより近づくってことだと思う。

いまUKのジャズ・シーンにはすごく勢いがあって、おもしろい作品がたくさん生まれています。今回のアルバムにはヌバイア・ガルシア(Nubya Garcia)やマンスール・ブラウンが参加していますが、ジャズとの関わりはいかがでしょうか。

S:ヌバイア・ガルシアとはむかしからの仲で、僕のショーのサポートでも演奏してもらっている。彼らとのストーリーといえば、2013年に1st アルバム『Long Live The Jazz』をリリースしたときにいろいろな人から「ジャズというジャンルは人気じゃないし、そのジャンルに自分を並べることは今後の音楽活動に悪い影響がある」という話をされたんだよね。でも後から、アルバムに参加しているマンスール・ブラウンとかヌバイア・ガルシアや、ヘンリー・ウーユセフ・デイズ、エズラ・コレクティヴ、フェミ・コレオソ(Femi Koleoso)といったミュージシャンが僕を見てくれていて、僕が「ジャズ」という言葉を使ったことで、彼らが新しいムーヴメントを起こすときに後押しされたと言ってくれた。だからといって、べつに僕は「彼らの成功は自分のおかげだ」と言うことはまったくないけどね。僕はジャズという言葉を文字通りの意味以外の意味で使っていた部分もあるけど、僕がしてきたことで彼らを後押しできたことはとても素晴らしいことだと思っている。

非常におもしろい話ですね。そういったことを踏まえて、ジャズについてご自身はどのような立ち位置だと感じていますか? グライムやダブステップと同じようにやはり「アウトサイダー」でしょうか。

S:やっぱりアウトサイダーのような感じだね。ヌバイア・ガルシアと自分は同じアーティストとしてメッセージを発していて、彼女とは従兄弟のような感じかな。

そういう意味では影響を受けている音楽も含めて、あらゆる音楽から少し距離を置いているというか、言い方を変えれば「孤立」しているという感じでしょうか。そういういわゆる「オーセンティックなもの」からは……

S:だから「自分がオーセンティック」なんだよね。たとえば「オーセンティックなグライムをやる」っていうのは、他のオーセンティックな人に合わせるっていうことだと思う。そしたら、オリジナルの人はオーセンティックかもしれないけど、フォローする人はオーセンティックじゃないんだよね、オーセンティックになるためには「自分自身」でなければいけないと思うよ。ただそれは「何かから距離をとる」っていうことじゃなくて、あらゆるものにより近づくってことだと思う。(ジャズ・レジェンドの)ロニー・リストン・スミスとも仕事するし、(グライムMCの)D・ダブル・Eとも仕事してきた。ほかの人から、「そんないろんな人と仕事をしているのはスウィンドルだけだ」って話を聞いた。だから、オーセンティックになるためにダブステップやグライム、ジャズから距離を取るのではく、あらゆるものに近づいて、いろいろなものから影響を受けるっていうことだと思った。

でもそういう人と仕事をするのってけっこう大変なときもありませんか。「友だちになる」っていうこともコラボレーションのなかには入っているでしょうから。

S:でも何も強制することはないよ。自分はこれだけ音楽に浸ってきているので、ライヴとかショーとか、他のときに一緒にいたというきっかけで繋がって打ち解けることが多い。具体的に「どこで」出会ったかとかは忘れてしまっているけど、音楽に対して向き合う姿勢やリスペクトはすごく大事だね。

なるほど。少しネガティブな話になりますが、そうした音楽キャリアのなかで自分の成功やこれまでの評価が逆にプレッシャーになることはありませんか。

S:2013年に、ロンドンのクラブ Cable でDJしたときに、電源が止まって、音が止まってしまったんだ。そのときに満杯のお客さんに対してどうしたらいいかわからなくて。

それはある意味でプレッシャーですね(笑)。

S:そう、でもそのときに自分の口から「Long Live the Jazz」という言葉が出て、それでお客さんとコール・アンド・レスポンスしたんだ。そこからはじまった。いまは多いときは毎週5000人のお客さんに会うことになる、そんな生活はすごく恵まれていると思う。音楽キャリアのなかでいちばん大変なのは飛行機とか車で移動することだけど、音楽をやることはぜんぜんプレッシャーには感じてない。一方で、音楽で生計をたてていることには責任を持たなければいけないと思っているよ。なぜかというと、音楽をやって生活しているということは特権的な生活だから。そのためには、自分が好きな音楽だけをやってそれで自分がハッピーになって、周りの人にポジティヴなものを返す、与えるっていうことを大事にしているよ。

みんなが憧れるような人気DJやアーティストとして素晴らしい仕事をしていても、不幸になってしまう人もいますね。

S:そうだね、それはすごく気をつけなくちゃいけない。結局不幸せになるっていうのは「やりたくないことをやっている」からだよね。たとえば歌がうまくて歌手になったのに、着たくない衣装を「人気が出るから」という理由で着るとか. そういうことが不幸になってしまう最初の状態だったりする。家具職人が最初は手の込んだ家具を作っていたのに、「お金が儲かるから」とか「これが仕事だから」とか、そういう理由で組み立て家具ばかり作らされてしまうみたいなことだ。そうしたら、家具職人はむかしやっていた自分の好きなことが懐かしくなって、いまがすごく不幸に感じられてしまう。それはなぜかというと、「自分はなんでいまこれをやっているのか(Why are we doing what we do?)」っていうことに気を配ってないからなんだ。

まさにアルバムの最初のライダー・シャフィークのメッセージですね(**)。そういう話を聞くと一層メッセージが強く伝わってくる感じがします。アルバムのタイトルになっている「No More Normal」というメッセージはどのような意味がありますか。

S:自分はまずタイトルが決まってからアルバムを作りはじめるといった性なんだよね。3年前に自分が思いついて、いまは自分にとっては「連帯」やコラボレーションを通じて自分たちの未来を作り上げていくというような感じかな。ジャンルやバックグラウンドが違っても、「自分たちらしくある」ことで自分たちの未来を作り上げていくというメッセージを込めているんだ。

(*) クロイドンは南ロンドンの郊外にある地区。2000年代のUKダブステップの興隆の中心となった。
(**) “What We Do (Feat. Rider Shafique, P Money, D Double E & Daley)”『No More Normal』

Drone, Bengal Sound, Rocks FOE - ele-king

 ロンドンに「Keep Hush」という YouTube のライヴ配信チャンネルがある。UKガラージやグライムからハウス、テクノ、ディスコまで幅広いDJ、トラックメイカーがプレイする不定期番組で、Boiler Room や Dommune といった番組を思い浮かべてもらえればいいと思う。そういったライヴ配信チャンネルと異なるのは、彼らが「ロンドンの若手アーティスト」に焦点を当てている点と、毎回開催場所を変えて、秘密のロケーションでおこなわれる点だ。場所は開催直前に登録制のメールマガジンに配信される仕組みで、小さめの会場でおこなわれることもあいまってアットホームな空気が伝わってくる。また、配信時のザラついた質感は90年代のレイヴを意識しているのでは、と邪推したりした。

 そんな Keep Hush にて、〈Coyote Records〉が主催する夜には新鮮さと勢いを感じた。下の動画でプレイしているのは気鋭の若手アーティスト Drone だ。

Drone DJ Set | Keep Hush London: Coyote Records Presents

 Drone は自主作品のUSBに続き、2018年は〈Sector 7 Records〉から「Sapphire」をリリース、続いて〈Coyote Records〉から「Light Speed」をリリースした。

Drone - Light Speed
https://bit.ly/2P6ZlKx

 Keep Hush のプレイでもリワインドされた Drone の“East Coast”はサンプリングの声ネタ・金物が印象的で、組み合わせられるUKドリルを感じさせる、うねるようなキック・ベースにハイブリッドなセンスを感じる。

 さらに紹介したいのは、上にあげた Drone が何曲かプレイしている Bengal Sound。2018年にコンセプト作品『Culture Clash』をカセットでリリースしている。

Bengal Sound - Culture Clash

 全ての曲でボリウッド映画のサウンドトラックからサンプリングしており、ハイエナジーなベースラインにサンプリングされたローファイなホーンやパーカッションがとても自然にマッチしている。手法に関して言えば、Mala が『Mala in Cuba』でキューバ音楽を用いたのと比べることもできるが、こちらはよりローファイなカットアップ、ループ感はインストのヒップホップを思わせる。

 サンプリングという観点で最後に紹介したいのは、ラッパーでありトラックメイカーである Rocks FOE。ラッパーとしてもアルバムをリリースする傍ら、日本でも人気を集めるレーベル〈Black Acre〉から 140 bpm のインストゥルメンタル作品もリリースする。多くの作品でサンプリングを用いており(寡聞にしてそれぞれのサンプリング・ネタがわからないのだが……)、ホーンやディストーションされたシンバル、そして低く震えるラップは独自の怪しげな世界観を築いている。

2018年6月にリリースされた Rocks FOE のアルバム『Legion Lacuna』
https://rocksfoe.bandcamp.com/album/legion-lacuna

 こうしたザラザラとしたサンプリングをおこなったダブステップについては、2016年の Kahn, Gantz, Commodo による名盤『Vol.1』が思い起こされるが、その後のシーンについてはどうだろうか。〈Sector 7 Records〉を主催する Boofy はインタヴューでこのように述べている。「ダブステップには、(シーンを語る上で)欠かせない歴史もあるけど、いまお気に入りのアーティストはもうそういう「レイヴ・バンガーの公式」の教科書は気にしないでやりたいようにやっているよ」(Mixmag, Jan, 2019)

 近年のダブステップはサンプリングのセンス、音の組み合わせ方が新鮮さに満ちていて、常にインスピレーションを与えてくれる。

MUD - ele-king

 昨年ソロとしてのファースト・アルバム『Make U Dirty』を発表し話題を集めた KANDYTOWN 所属のMC、MUD。仙人掌『VOICE』などへの客演でもその存在感を見せつけてきた彼が、新作EP「VALUE THE PRESENT」を12月25日にリリースする。同クルーからはKEIJU、先日ソロ・デビュー・アルバムを発表した Gottz、MIKI らが参加。先行シングルとなった新曲“Rather Be”はこちらから。

KANDYTOWN所属のMUDがEP「VALUE THE PRESENT」リリース決定。
それに伴い新曲“Rather Be”が本日リリース

HIP HOPクルー、KANDYTOWNに所属し、そのルードなアティテュードと日本人離れしたフロウでクルー屈指の実力派との呼び声高い、ラッパーの MUD がEP「VALUE THE PRESENT」を12月25日にリリースすることが決定した。それに伴い、本日先行シングル「Rather Be」をリリース。

自身のソロ名義としては、2017年にリリースし各方面から高い評価を得た『Make U Dirty』以来、約1年半ぶりとなる今作。全7曲を収録し、ゲストには KANDYTOWN より KEIJU、Gottz、ビートメイカーの MIKI が参加。又、Blaise(KILLAH)、Pablo Blasta、楽曲提供として Fla$hBacks の Febb が参加している。

[リリース情報]

●先行シングル
タイトル:Rather Be
発売日:2018年12月7日(金)
URL:https://linkco.re/H6sXF3X2

●EP
タイトル:「VALUE THE PRESENT」
発売日:2018年12月25日(火)

収録曲:
1. Rather Be
2. No Cry (feat. KEIJU)
3. Sacred Muzik 作曲 febb
4. Vertex (feat. Dony Joint)
5. No Mercy (feat. BLAISE & Gottz)
6. Brotherhood (feat. Pablo Blasta)
7. Ex (Prod: MIKI)

[MUDプロフィール]

東京のHIP HOPクルー KANDYTOWN LIFE に所属。ルードなアティテュードと日本人離れしたフロウでクルーの中軸を担う実力派。2017年7月、ソロ・デビュー・アルバム『Make U Dirty』をリリースし、内外から非常に高い評価を得る。客演においても KANDYTOWN メンバー作品ではもちろん、仙人掌、DJ PMX、kojoe, mc tyson 等の作品に参加するなど、シーン内で幅広く支持を受けている。2018年12月にセルフ・プロデュースの1st EPをリリース予定。

Kode9 - ele-king

 名ミックスCDシリーズ「Fabric」の最終作をベリアルとともに担当して話題をかっさらったばかりのコード9が、なんと、年末に来日ツアーを敢行するとの情報が飛び込んでまいりました。昨年は日本のゲーム音楽にフォーカスしたコンピ『Diggin In The Carts』のリリース記念イベントのために来日していたコード9ですが、今回の12月29日の東京公演@CIRCUS TOKYOでは3時間のロング・セットを披露予定とのこと。12月30日の大阪公演@クリエイティブセンター大阪では《THE STAR FESTIVAL 2018 CLOSING》パーティに出演、そちらは Cassy、D.J.FULLTONO の追加出演も決定しています。年末年始へ向けてすでにさまざまなイベントの情報が出てきていますが、これまた見逃し厳禁な案件です!

〈Hyperdub〉のボス、KODE 9が年の瀬Asia tourを敢行!!

【東京公演】
TITLE: KODE 9 ASIA TOUR in TOKYO
DATE: 2018.12.29 (SAT)
OPEN: 23:00

LINE UP:
KODE9 (Hyperdub / UK) -3hours set-
Romy Mays (解体新書 / N.O.S.)
and more...

ADV: ¥2,500
DOOR: ¥3,000

プレイガイド:
【ローソンチケット: L-CODE (75574) / イープラス: https://eplus.jp / Peatix: https://hyperdubkode9.peatix.com/ / RA: https://jp.residentadvisor.net/events/1193428

VENUE: CIRCUS TOKYO
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷3-26-16
03-6419-7520
https://www.circus-tokyo.jp

【大阪公演】
TITLE: THE STAR FESTIVAL 2018 CLOSING
DATE: 2018.12.30 (SUN)
OPEN: 21:00~ ALL NIGHT

LINE UP:
Peter Van Hoesen (Time to express / Berlin)
Metrik (Hospital Records / UK)
Cassy (Kwench / UK) -NEW-
Kode9 (Hyperdub / UK) -NEW-
yahyel
EYヨ (Boredoms)
AOKI takamasa -live set-
BO NINGEN
環ROY
SEIHO -live set-
Tohji (and Mall Boyz)
D.J.FULLTONO -NEW-
YUMY

VJ: KOZEE
LIGHTING: SOLA

OPEN AIR BOOTH:
YASUHISA / KUNIMITSU / MONASHEE / KEIBUERGER / AKNL / MITSUYAS / DJ KENZ1 / 81BLEND / GT

ADV: ¥3,500
DOOR: ¥4,000
GROUP TICKET (4枚組): ¥12,000 (別途1ドリンク代金¥600必要)

プレイガイド:
【チケットぴあ: P-CODE (133-585) / ローソンチケット: L-CODE (54171) / イープラス https://eplus.jp / Peatix: https://tsfclosing.peatix.com/

VENUE: Creative center osaka (Studio partita & Black chamber & Red frame)
〒559-0011
大阪市住之江区北加賀屋4-1-55 名村造船旧大阪工場跡
06-4702-7085
https://www.namura.cc/

TOTAL INFO:
https://thestarfestival.com/

KODE9 (コードナイン)
コードナインは、ブリアルや、今は亡きDJ ラシャド、ほか多くのアーティストが所属するレーベルとして有名な〈ハイパーダブ〉の主宰者である。自身のレーベルからは、ザ・スペースエイプと共同で2枚のアルバム、10枚以上のシングルをリリースしており、さらに〈K7〉、〈リンス〉、〈オンユー・サウンド〉、〈ワープ〉、〈ドミノ〉、〈ゴーストリー〉、〈テンパ〉、〈リフレックス〉などのレーベルからもリリース、リミックス、DJコンピレーションを手掛けてきた。ヨーロッパ全域、北アメリカ、アジアなど広範囲においてDJをしてきた彼は、《ソナー》、《コアチェラ》、《グラストンベリー》、《ミューテック》、《アンサウンド》といった最先端のエレクトロニック・フェスティバルでパフォーマンスを披露。去年の夏、コードナインは最新EP「キリング・シーズン」を、2014 年に他界したザ・スペースエイプとともにリリースした。本名のスティーヴ・グッドマン名義では、2010 年に、著書『ソニック・ワーフェア』をMITプレスから出版。人工頭脳文化研究団(CCRU)の一員であった彼は、AUDINTという音波研究組織の一員でもあり、(トビー・ヘイズとともに)、北アメリカとヨーロッパでインスタレーションを作成し、2014 年には、「マーシャル・ホントロジー」プロジェクト(本/レコード/印刷物)を発表している。2015年にはともに制作をしてきたスペースエイプ、DJラシャドを失った喪失感から制作に取り組んだというソロ名義でのファースト・アルバム『ナッシング』をリリースした。そして、2018年にはコード9とブリアルが〈Fabric〉のミックス・シリーズ最終章に登場し大きな話題となった。
https://www.hyperdub.net/

▶〈Hyperdub〉を主宰するKODE 9と、レーベルを代表するアーティスト、BurialがミックスCDシリーズの頂点たるFABRICシリーズの最終章に登場!
Fabriclive 100 "Kode9 & Burial"
https://www.fabriclondon.com/store/FABRICLIVE-100-vinyl.html

Bliss Signal - ele-king

 今、音楽の先端はどこにあるのか。むろん、その問いには明確な答えはない。さまざまな聴き手の、それぞれの聴き方よって、「先端」の意味合いは異なるものだろうし、そもそも音楽じたいも現代では多様化を極めており、ひとつふたつの価値観ですべてを語ることができる時代でもない。
 だが、少なくともこれは「新しいのでは」と思えるという音楽形式がごく稀に同時代に存在する(こともある)。たしかに、その場合の「新しさ」とは、「歴史の終わり」以降特有の形式の組み合わせかもしれないし、音響の新奇性かもしれないが、ともあれ今というこの情報過多の時代において音楽を聴くことで得られる「新鮮な感覚」を多少なりとも感じられるのであれば、それは僥倖であり、得難い経験ではないかとも思う。
 聴覚と感覚が拡張したかのようなエクスペリエンスとの遭遇。例えば90年代から00年代初頭であれば、池田亮司、アルヴァ・ノト、フェネス、ピタなどの電子音響のグリッチ・ノイズから得た聴覚拡張感覚を思い出してしまうし、10年代であれば、アンディ・ストットやデムダイク・ステアによるインダストリアル/テクノのダークさに浸ってしまうかもしれないし、近年では今や大人気のワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの新作や音楽マニア騒然のイヴ・トゥモアの新作が、われわれの未知の知覚を刺激してくれもした。
 ここで問い直そう。ではワンオートリックス・ポイント・ネヴァーらの新譜においては何が「新しい」のか。私見を一言で言わせて頂ければ、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーもイヴ・トゥモアもノイズと音楽の融解と融合がそれぞれの方法で実践されている点が「新しい」のだ。ノイズによって音楽(の遺伝子?)を蘇生し、再生成すること。彼らのノイズは、旧来的な破壊のノイズではなく、変貌の音楽/ノイズなのである。そう、今現在、音楽とノイズは相反する存在ではない。
 その意味で、2018年においてインダストリアル/テクノとメタルが交錯することも必然であった。むろん過去にも似たような音楽はあったが、重要なことはインダストリアル/テクノ、ダブステップ、グライムの継承・発展として、「インダストリアル・ブラック・メタル」が浮上・表出してきたという点が重要なのである。ジャンルとシーンがある必然性をもって結びつくこと。それはとてもスリリングだ。

 ここでアイルランドのブラック・メタル・バンド、アルター・オブ・プレイグスのリーダーのジェイムス・ケリーと、UKインスト・グライムのプロデューサーのマムダンスによるインダストリアル・ブラック・メタル・ユニットのブリス・シグナルのファースト・アルバム『Bliss Signal』を召喚してみたい。彼らのサウンドもまた音楽の「先端」を象徴する1作ではなかろうか。いや、そもそも「Drift EP」をリリースした時点で凄かったのが、本アルバムはその「衝撃」を律儀に継承している作品といえよう。
 アルバムは、闇夜の光のような硬質なアンビエント・ドローンである“Slow Scan”、“N16 Drift”、“Endless Rush”、“Ambi Drift”と激烈なインダストリアル・メタル・サウンドの“Bliss Signal”、“Surge”、“Floodlight”、“Tranq”が交互に収録される構成になっており、非常にドラマチックな作品となっている。ちなみにリリースはエクストリーム・メタル専門レーベルの〈Profound Lore Records〉というのも納得である。なぜなら同レーベルはプルリエントの『Rainbow Mirror』をリリースしているのだから。
 メタル・トラックもアンビエント・トラックもともに、ジェイムス・ケリーの WIFE を思わせるエレクトロニックなトラックに、マムダンスの緻密かつ大胆な電子音がそこかしこに展開されるなど、ブラック・メタリズムとウェイトレスなポスト・グライムが融合した音楽/音響に仕上がっており、なかなか新鮮である。もしもこのアルバムが2016年に世に出ていたらポスト・エンプティ・セットとして電子音楽の歴史はまた変わっていたかもしれないが、むろん「今」の時代にしか出てこない音でもあることに違いはない。

 ロゴスとの『FFS/BMT』などでも聴くことができた脱臼と律動を同時に感じさせる無重力なビートを組み上げたマムダンスが、すべての音が高速に融解するような激しいメタル・ビートの連打へと行き着いたことは実に象徴的な事態に思えるのだ。これは00年代後半にクリック&グリッチな電子音響が、ドローン/アンビエントへと溶け合うように変化した状況に似ている。そう、複雑なビートはいずれ融解する。ただその「融解のさま」が00年代のように「静謐さ」の方には向かわず、激しくも激烈なノイズの方に向かいつつある点が異なっている。エモ/エクストリームの時代なのである。
 いずれにせよブリス・シグナルのサウンドを聴くことは、この種のエレクトロニックな音楽の現在地点を考える上で重要に違いない。彼らの横に Goth-Trad、Diesuck、Masayuki Imanishi による Eartaker のファースト・アルバム『Harmonics』などを並べてみても良いだろうし、DJ NOBU がキュレーションした ENDON の新作アルバム『BOY MEETS GIRL』と同時に聴いてみても良いだろう。
 今、この時代、電子音楽たちは、メタリックなノイズを希求し、ハードコアな冷たい/激しい衝動を欲しているのではないか。繰り返そう。ノイズと音楽は相反するものではなくなった。そうではなく、音楽との境界線を融解するために、ただそれらは「ある」のだ。それはこの不透明な世界に蔓延する傲慢な曖昧さを許さない激烈な闘争宣言でもあり、咆哮でもある。「今」、この現在を貫く音=強靭・強烈なノイズ/音楽の蠢きここにある。

Gottz - ele-king

 とどまるところを知らない KANDYTOWN からまた新たな一報です。同クルー内でもひときわ強烈なインパクトを放つMCの Gottz が、本日ソロ・デビュー・アルバムをリリースしました。MUD をフィーチャーした“+81”のMVも昨日公開済み。いやもうとにかく一度聴いてみてください。フックがあまりにも印象的で頭から離れなくなります。Neetz、Ryugo Ishida(ゆるふわギャング)、Yo-Sea、Hideyoshi(Tokyo Young Vision)らが参加した『SOUTHPARK』、これは要チェックです。

KANDYTOWNのラッパー、Gottz の MUD をフィーチャーした“+81”のMVが公開!
その MUD や Neetz、Ryugo Ishida(ゆるふわギャング)、Yo-Sea、Hideyoshi(Tokyo Young
Vision)らが参加した待望のソロ・デビュー・アルバム『SOUTHPARK』がいよいよ本日リリース!

 KEIJU as YOUNG JUJUやDIAN、MIKI、DJ WEELOWらとともに結成したグループ、YaBasta として活動し、IO や Ryohu らを擁するグループ、BANKROLL と合流して KANDYTOWN を結成。16年リリースのメジャー・デビュー・アルバム『KANDYTOWN』でも“The Man Who Knew Too Much”や“Ain't No Holding Back”、“Feelz”といったライブでも定番な楽曲で猛々しいラップを披露して注目を集め、グループとしての最新曲“Few Colors”でもラップを担当。また IO や YOUNG JUJU、DONY JOINT、MUD といったメンバーのソロ作品にも立て続けに参加し、大きなインパクトを残してきたラッパー、Gottz(ゴッツ)! KANDYTOWN 内でも一際目立つアイコン的な存在でもあり、ラッパーとしてだけでなくモデルとしても活躍し、BlackEyePatch のコレクションやパーティに出演したことも話題に!
 その幅広い活動からソロ・リリースの待たれていた Gottz の正に待望と言えるソロ・デビュー・アルバム、その名も『SOUTHPARK』から KANDYTOWN の仲間でもある MUD が参加し、自己名義アルバムのリリースも話題な KM がプロデュースした先行曲“+81”のミュージック・ビデオが公開! Reebok CLASSICがサポートしており、BAD HOP や YDIZZY、Weny Dacillo らの映像作品にも関与してきた KEN HARAKI が監督を担当している。
 そしてその MUD や Ryugo Ishida(ゆるふわギャング)、Yo-Sea、Hideyoshi(Tokyo Young Vision)が客演として、KANDYTOWN の Neetz や FEBB as YOUNG MASON、Lil’Yukichi、KM がプロデューサーとして参加した『SOUTHPARK』がいよいよ本日リリース!

Gottz "+81" feat. MUD (Official Video)
https://youtu.be/Y15eBPsYL5g


[アルバム情報]
アーティスト: Gottz (ゴッツ)
タイトル: SOUTHPARK (サウスパーク)
レーベル: P-VINE / KANDYTOWN LIFE
品番: PCD-27039
発売日: 2018年10月17日(水)
税抜販売価格: 2,700円
https://smarturl.it/gottz-southpark

[トラックリスト]
1. +81 feat. MUD
Prod by KM
2. Makka Na Mekkara
Prod by Lil’Yukichi
3. Don't Talk
Prod by Lil’Yukichi
4. Count It Up (PC2)
Prod by Lil’Yukichi
5. Kamuy
Prod by KM
6. Move! feat. Hideyoshi
Prod by KM
7. Summertime Freestyle
Prod by YOUNG MASON
8. Raindrop
Prod by KM
9. The Lights feat. Ryugo Ishida, MUD
Prod by Neetz
10. Neon Step - Gottz, Yo-Sea & Neetz
Prod by Neetz
Guitar : hanna
* all songs mixed by RYUSEI

[Gottz プロフィール]
同世代の KEIJU as YOUNG JUJU や DIAN、MIKI、DJ WEELOW らとともに結成したグループ、YaBasta のメンバーとして本格的に活動を開始し、IO や Ryohu らを擁するグループ、BANKROLL と合流して KANDYTOWN を結成。15年にソロ作『Hell's Kitchen』をフリーダウンロードで発表し、16年にはKANDYTOWNとして〈ワーナー・ミュージック〉よりメジャー・デビュー・アルバム『KANDYTOWN』をリリース。

 今年も、筆者の暮らすメキシコの「死者の日」が近づいてきた。「死者の日」とは毎年10月31日~11月2日の3日間祝われるお盆のこと。メキシコじゅうがカラフルな切り紙の旗、ガイコツの砂糖菓子や、鮮やかなオレンジのマリーゴールドの花で彩られる。数千年前から受け継がれる先住民の風習と、スペイン侵略後のカトリック信仰が混合された独特な祭礼で、故人と生きている者たちが交流する期間だ。お盆にしては、華やかであり、まるで死ぬのも、そんなに悪くはないと語っているようだし、身近に感じさせる。
 そもそも、メキシコの暮らしは、死と隣り合わせである。2018年上半期だけでも1万6000に及ぶ殺人事件数があり、ここ10年以内に起こった女性殺人は2万3800件と増加傾向で、毎日7人の女性が殺されていることになる。1か月前には、うちの近所のメキシコシティ中心部ガリバルディ音楽広場で、マリアッチ楽団の衣装を着た殺し屋たちが、麻薬倉庫前に現れ、ロバート・ロドリゲスの映画みたいな銃撃戦が起こった。ここまで暴力が近いと、命がいくらあっても足りない。怒りと恐怖を抱くと同時に、どうせ儚い人生、濃く生きてやると腹をくくらせる。
 2018年12月から、「左派」大統領の新政権がうまれ、変化が期待されるメキシコではあるが、筆者のような働く移民にとって、光はあるだろうか? 2002年に元メキシコシティ市長は、元ニューヨーク市長ジュリアーニをメキシコシティ中心部の再開発指導者として呼び寄せ、ジェントリフィケーションの波を起こしたが、その元メキシコ市長オブラドールこそが、私たちの新大統領なのだから。筆者が夫と営む、吹けば飛ぶよな小さなアジア食堂は、開発が進む、ダウンタウンの一角にあり、年々値上がりする家賃と、工事を名目に突然断たれる電気や水道の供給と、チンピラども(警察を含む)との駆け引きの合間で戦々恐々としている。 それでも、ここで踏ん張ろうと思うのは、市井の人々は温かく、いちいち空気を読む必要なんてないし、失敗も恥ずかしくない。自分のリズムで呼吸でき、何度でも生き返られる場所だからだ。

 そうは言っても、へこみそうな時に、食堂で店内音楽としてCDでよくかけるのがエル・ハル・クロイの音楽だ(当食堂のBGMはCDだ。メキシコではスポッティファイが音楽を聴くためのメインメディアになりつつあるが、あえて抵抗している)。
 スペイン語の定冠詞「EL」に、「黒い春」という日本語をミックスした名を持つこのバンドは、メキシコ系米国人=チカーノたちが多く暮らす、イースト・ロサンゼルス出身。哀感あるギターと可憐なヴォーカルのエディカ、ジャジーなベースのマイケル、変拍子を巧みに取り入れたドラムのドミニクから成るトリオだ。2007年にアルバム『サブン』でデビューし、今までに『カンタ・ガジョ』(2013年)、『192192192』(2016年)の、3枚のアルバムを発表。2016年には日本ツアーも行った。彼らの音には、60年代後半、ブラジルの軍事政権に抵抗して起こった音楽ムーヴメント、トロピカリアや、メキシコやキューバで古くから歌い継がれているボレロ、ラテン各国で鳴り響くクンビア、アフロペルー音楽、ジャズ、そしてパンクやロックの影響を受けているが、ミクスチャーではない。伝統と前衛が同居したエル・ハル・クロイとしか言いようがない世界で、その魂の底から立ち上るようなブルースに労われる。甘美でありながら、生ぬるい癒し音楽ではない。

 そんなエル・ハル・クロイが、なんと、日本でメキシコの死者の日を祝うイヴェントに参加し、ツアーも行うという。そこで、ヴォーカルのエディカにメールでインタビューした。

 エル・ハル・クロイの3人は、イースト・ロサンゼルスのパサデナにある音楽学校の同期生により生まれた、アーケストラ・クランデスティーナというアフロファンクや、フリージャズを演奏する楽団のメンバーとして出会った。エディカは当時、打楽器と歌を担当していた。

「楽団の解散後、地元図書館のメキシコ独立記念イヴェントでスペイン語曲を歌うバイトのためにエル・ハル・クロイの前身ともいえるトリオを結成した。それが成功し、本格的に活動を始めた。最初は、アコースティック編成で、スペイン語で歌うグループだったけれど、のちにポルトガル語曲も加えるようになった。私にとって、英語よりも自分の第一言語であるスペイン語で表現するのが自然だった。ポルトガル語は、父がたくさんのブラジル音楽を聴いたり、演奏したりするので、身近だった。ブラジル音楽のリズミカルな歌が大好きで、スペイン語で、それを再現したりもした。でも、本格的に勉強したくて、UCLAの語学コースや、ブラジルのバイーアでも勉強した」

 音楽家になろうと思ったのには、父親の影響が大きいと語る。

「父の一家は、音楽を生業としているので、私が幼い頃から、周囲に音楽があふれていた。父は、ギター、ベース、ピアノを演奏し、歌手でもあった。私は、5歳から父と歌い、思春期にはギターを演奏しはじめた。その時から自分の曲を演奏するのにやりがいを見つけた」

メキシコ人の両親が、メキシコシティからイースト・ロサンゼルスのボイルハイツに移住してから、エディカは生まれたのだが、「自分はメキシコ人だ」という。

「母は私を妊娠しながら国境を超えたので、メキシコ仕込みと言えるでしょ(笑)。両親はロサンゼルスで英語を学んだけど、家庭ではいつもスペイン語で会話したし、私をメキシコ人として育てた。10代までは、父の仕事の都合で、メキシコで過ごすことが多かった。幼少期には南部のオアハカやベラクルス、思春期にはメキシコシティや、グアナファトで数年暮らした。私の両親は、1960年代の公民権運動などのチカーノ・ムーヴメントの頃に、米国にはいなかったし、私はチカーノとして育っていない。エル・ハル・クロイは、 「イースト・ロサンゼルス出身の米国とメキシコにルーツを持つグループ」と言える。ただ、他の2人のメンバー(マイケルとドミニク)の両親は米国で生まれ、チカーノとして位置付けられる。でも、私たちの音楽は位置付けを必要としないし、カテゴライズは、表現を制限させる」

 メキシコとラテンアメリカの文化は、彼女のインスピレーションの源泉だが、ロサンゼルスも、音楽やアートを学び、大切な仲間たちと出会い、人生の転機となった、重要な場所であるのには変わりない。そんなロサンゼルスを舞台にした『ELLA(彼女)』という曲(2018年10月にEPとして発売)では、夜明けとともに自宅を出て、日中は遠くの高級住宅でハウスキーパーとして働き、夜更け前に帰宅して、ようやく、自分の子どもと過ごせる母親の日常を美しく歌い上げている。

「私が幼かった頃、母はビバリーヒルズの富裕層の家の清掃や、その家の子どもたちの面倒を見る仕事をしていた。週末に私をその家に連れて行くこともあったんだけど、そこで、彼らと私たちとの経済格差に気づいた。大人になって、イースト・ロサンゼルスからUCLAへへ向かう路線バスで、多くのラテン系の女性たちと乗り合わせた。彼女たちの多くは、ビバリー・ヒルズで降車した。そんな姿を見て、私の幼少期に母が同じような仕事をしていたのを思い出した。そこで、社会で不可視の存在とされている彼女たちに捧げる曲を作った」

 エル・ハル・クロイの曲の数々は、厳しい現実をまっすぐ受け止めながらも、あまりに詩的だ。それは、過酷な日々から一瞬でも解放させてくれるような、優しく強い音楽でもある。エディカは、ほどんどの曲の歌詞を担うが、どうやってこのスタイルに行き着いたのか。

「私はいつでも詩を書いていて、そこから曲が生まれることが多い。音楽以外には、ビジュアル・アートの勉強をしていたので、その一環でイースト・ロサンゼルスの美術学校で、浮世絵の北斎や広重、メキシコのグアダルーペ・ポサダのような古来からの方式で木版画を教えるクラスがあり、習得した。版画のモノトーンから表現する世界は、私の音楽にも影響を与えている。言葉のイメージを膨らませて絵を描くことも好き。私の夢の一つは、自らが描いた絵をアニメーションにして、エル・ハル・クロイの3作目のアルバム『192192192』に収録された日本語とポルトガル語の曲、「YAGATE」のプロモビデオを作ること。誰か日本のアニメーション作家とコラボレーションできたらと思っている。でも、曲を映像化することよりも、その曲じたいが、聴き手の想像力を掻き立て、それを視覚化できるのが大事だと思う」

 現在、4枚目にあたるエル・ハル・クロイの新作を制作中で、人間の眠っている能力や直感についてをテーマにし、リインカーネーションについての曲も含まれるという。

「音楽で表現したいのは、貧困層への不公平さ、差別、私のような移民の子どもたちに起こる、不特定の土地を移動しながら暮らす体験、人生と死、愛、そして亡くなった愛する人たちを思い出すこと」と語るエディカ。今回、日本で死者の日を祝うイベントに出演し、ツアーを行う(11月2日から代官山・晴れ豆を皮切りに全国6カ所を回る)ことについては、こう語っている。

「再び大好きな日本へ行けることが嬉しいし、興奮している。このことを謙虚に受け止めて、私たちの音楽や伝統文化を、日本のみんなと少しでも共有したい。音楽を作り、何年もグループを続けていくのには、とても努力を強いることだったので、報われる思い。この繋がりが続くといいな」

 エル・ハル・クロイの演奏は、日本へメキシコ、ロサンゼルス、ラテンアメリカの美しい空気を運ぶことだろう。その美しさは、わかりやすいものではないかもしれないが、暗闇の中の一筋の光のように、ひときわ強く輝いているのだ。(文:長屋美保)

■エル・ハル・クロイ「死者の日」ジャパン・ツアー

☆エル・ハル・クロイカリフォルニア州ロサンゼルスから登場した3人組音楽グループ。今やロサンゼルスの人口の半分を占める所謂ラティーノと呼ばれる中南米系住人の文化・社会的拠点であるイースト・ロサンゼルスの出身。現在まで3枚のアルバムを発表。ランチェーラと呼ばれる伝統のメキシコ音楽、クンビアというコロンビア発祥で中南米中に伝播したダンス音楽、またブラジル音楽、さらにアメリカの前衛音楽やジャズなどにも大きく影響を受け、今までのチカーノ・ロックやミクスチャー・ロックとは異なる独創性の高い音楽を奏でる。また、不法滞在、暴力、貧困などのコミュニティが抱える問題への高い意識、メキシコから国境を超えて伝わった伝統とアメリカ文化が融合・発展を遂げてきた豊穣なチカーノ文化・社会への誇り、ラティーノだけでなくアジア系など多様化するロサンゼルスの現在の空気感も巧みに混ぜ合わせ、その独創性高いサウンドのなかに、複雑なテーマ性も内包し独特の魅力を漂わせている。大熱演となった2016年のツアー以来、第2回目の来日。

メンバー
エディカ・オルガニスタ(Gt. Vo)
マイケル・イバーラ(Ba)
ドミニク・ロドリゲス(Dr. Vo)

11月2日(金)代官山 晴れたら空に豆まいて
Open:18:30/Start:19:00
予約\3,900 / 当日\4,400(+1ドリンク別途)
Live:Shoko & The Akilla、Los Tequila Cokes
DJs: Trasmondo DJs、星野智幸、Shin Miyata
Tacos: Taqueria Abefusai、Octa
Shop: Barrio Gold Records
詳細・予約:https://mameromantic.com/?p=60288


11月3日(土・祝)金沢 FUNCTION SPACE
Open:20:00/Start:21:30
予約\3,500 / 当日\4,000(1ドリンク付)
DJs: U-1、ハンサム泥棒(KYOSHO & YASTAK)、中村一子(Record Jungle)
Tacos: Ricos Tacos
Shop: Barrio Gold Records
後援:北國新聞社、北陸中日新聞、エフエム石川、HAB北陸朝日放送、テレビ金沢、
北陸放送
詳細・予約: https://mameromantic.com/?p=60305


11月4日(日)大阪 do with cafe
Open:18:30/Start:19:00
予約\3,500 / 当日\4,000(+1ドリンク別途)
Live: Conjunto J、カオリーニョ藤原
DJs: TZ(EL TOPO)、Shin Miyata
Tacos: Cantina Rima
Shop: PAD、Barrio Gold Records
詳細・予約: https://mameromantic.com/?p=60309


11月5日(月)高知 五台山・竹林寺
Open:17:30/Start:19:00
予約\3,000 / 当日\3,500
Tacos: Masacasa Tacos
Shop: Masacasa Music
Supported by Masacasa Music、 竹林寺、Bar a Boucherie 松原ミート、Mushroom
record
予約:Masacasa Music(9/27以降)担当:都筑 080-9832-6081 /
masacasamusic@gmail.com

11月6日(火)徳島 Amusement BAR Fly
Open:19:00/Start:19:30
予約\3,000 / 当日\3,500(+1ドリンク別途)
Live: 越路姉妹
Shop: Barrio Gold Records
詳細・予約: https://mameromantic.com/?p=60315


11月8日(水) 横浜 B.B. Street
Open:18:30/Start:19:30
予約\3,000 / 当日\3,500(+1ドリンク別途)
Live: gnkosaiBAND .
Shop: Barrio Gold Records
https://www.bbstreet.com/


■■公演予約方法■■
11/5高知公演、11/8横浜公演以外の公演については下記で承ります。
電話:晴れたら空に豆まいて:03-5456-8880(14:30-23:00)
MUSIC CAMP, Inc. TEL: 042-498-7531 e-mail:ehk@m-camp.net
※件名を「エル・ハル・クロイ予約」として、本文に公演日、お名前、人数、ご連絡
先電話番号を明記ください。

総合サイト⇒ https://www.m-camp.net/ehk2018.html

招聘・制作:晴れ豆インターナショナル / BARRIO GOLD RECORDS / MUSIC CAMP,Inc.

また文中に出て来る関連動画は以下です。
☆DIA DE LOS MUERTOS
https://www.youtube.com/watch?v=2luTdONIFfQ

☆ELLA
https://www.youtube.com/watch?v=3UbkD_3pVFs

J Dilla - ele-king

 『Ruff Draft』。ラフなドラフト。この「ラフ」には二重の意味がある。まずはここに収録されているビートたちが、Jディラのアイディアを、それが生まれた瞬間の鮮度はそのままにスケッチとして書き留められたような「ラフな」ものであるという意味。そしてもうひとつは、そのサウンド、特にビートの質感が非常に「ラフな」ものであるということだ。
 前者について考えてみるとすぐさま直面する疑問がある。つまり、このビート集がラフなスケッチ=未完成品の集積なのだとすれば、ビートの完成形とは、あるいはアルバムという作品の完成形とは一体なにを指すのかということだ。たとえばディラのようにMPCシリーズのサンプラーでビート制作する場合、キックやスネア、ベースラインやウワネタ自体を選択し、延々とビートをループさせつつそれらの打ち方のタイミングを微調整する。あるいは、各トラックの音色を微調整し、最良のミックスを探る。そうして形作った個々のピースを、一枚絵のパズルを組み上げるように、最適な順番に整列し、イントロやアウトロ、曲間のインタールードやスキットをあつらえ、ひとつの作品集として固有名を付す。
 これらの作業に、果たして終わりはあるのだろうか。もちろん、終わりはある。どこかで終わりがあったからこそ、作品としてリリースされている。それを僕たちが、聴いているのだから。そしてディラのビート制作について良く知られている特徴は、どのビートも10分やそこらで、組み上げてしまうということだ。それらを考え合わせれば、ことディラにとっては、自身の作品に「完成」というステータスを付与するのは、決して難しいことでなかったように思われる。
 しかし本当にそうだろうか。『Ruff Draft』は、三度、微妙に異なる固有名を与えられた。最初にオリジナル版の『Ruff Draft EP』がディラの自主レーベルである〈Mummy Records〉からリリースされたのは2003年のことだった。それから4年後、彼が亡くなった翌年の2007年に〈Stones Throw〉からリリースされたのが、オリジナルのEPにボーナス・トラックを追加した『Ruff Draft』。
 さらにそこから11年の歳月を経て、今回取り上げる『Ruff Draft (Dilla's Mix)』がリリースされた。そしてここには、2003年のオリジナル版に忠実なミックスと、ディラによる「あり得たかもしれない」オルタネイト・ヴァージョンが収録されている。
 このことは一体何を意味しているのか。

 ひとつのアルバムが「完成」を見るためには、当然収録される個々の楽曲が「完成」に至るだけでなく、それらのシークエンス、つまり収録の順番やそれぞれの楽曲のレングスがフィックスされなければならない。それでは『Ruff Draft』のふたつのヴァージョンにおいては、今回新たに追加収録された「Dilla's Mix」というあり得たヴァージョンの方が理想の形だったのだろうか。だが事実として「Original Mix」は、ディラの生前、当然の本人の納得の末にリリースされたのだ。だから少なくとも当時はこれがディラの理想の形だったはずだ。

 そのことを踏まえ、「Dilla's Mix」の中身を見てみよう。「Original Mix」において、冒頭のステートメントは非常に重要な役割を担っていた。ビートメイカーが自身の作品中にアカペラでステートメントを発信するというのは、DJプレミアのような例外を除けば、基本的には稀な態度と言えるだろう。ディラの肉声。彼の主張はこうだ。『Ruff Draft』という音源は、「ホンモノの生の」「カセットテープから直接の」サウンドである。
 一方「Dilla's Mix」の新しいイントロ“Interlude”では、BPMを抑えレイドバックした叙情的なビートをバックに、ディラは口火を切る。「長い間待たせたけど、俺は戻ってきたぜ」「偽物が蔓延ってるけど、俺らが取り戻すぜ。ベースメントに」「生のシット」「とてもダーティな」ビートを。
 そうだ。当時のディラを突き動かしていた情念は一体なんだったか。『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』にも詳細が綴られている通り、当時のディラはメジャー・レーベル/シーンでの活動に嫌気がさし、それまでとは違った方法で、好き勝手に自分の音楽を制作し発信したいという強いモチベーションに突き動かされていた。そのアウトプットのひとつは自主レーベルからのリリースという方法であり、そしてもうひとつはこのEPの持つラフで自由な雰囲気なのだ。 
 そのことを最も体現しているのが、イントロ開けのオープナー“Wild”だろう。これは元々2003年にリリースされたEPには収録されておらず、2007年の再発盤に追加収録された楽曲だった。タイトル通り、当時それまでのディラの代名詞だったどちらかと言えばジャジーでスムースという印象をぶち壊すような、奇抜なリズム感覚が支配する一曲だ。コメディアンでもあるニール・イネスによる得意のコミック・ソングからのサンプリング・ネタには、彼の幼い息子によるシャウトや、遊びで叩いているようなリズムの合っていないドラムの乱打に溢れている。子供が音楽に接する態度を抽出したような、文字通り初期衝動的なワイルドさをそのまま形にしたような一曲なのだ。
 その意味でディラによる「あり得たかもしれない」ヴァージョンで“Wild”が冒頭に置かれているのは象徴的だ。ディラはいつでも子供のように、自由にビートメイクをしたがっていた。彼は次から次へとスタイルを更新しながらも、自分が見よう見まねで始めたビートメイキングの初期衝動に、常に従っていたいと思っていたのかもしれない。

 冒頭で示したふたつの「ラフさ」のうちの後者、サウンド面のラフさはそこかしこに散見される。「Original Mix」と同様、“Nothing Like This”のスナッピーが外されたタムのような叩きつけられるスネア・サウンドやディラのディストーションがかった歌声、“The $”の歪みながら疾走するブレイクビーツ、“Make'em NV”のネタはメロウながら耳をつんざく M.O.P によるフックはここでも健在だ。
 しかし実は最も注目したいのは、この「Dilla's Mix」の両極、つまり冒頭の“Interlude”と最後を〆る“Rock On”の二曲だ。前者は先ほども言及した通り、「Original Mix」ではアカペラだったディラのステートメントの別ヴァージョンだが、背後を支えるビートは極めてレイドバックした、しかしこれから放出されるラフネスを奥に秘めたような情感的なものなのだ。
 そしてラストの“Rock On”は地元のクルーやATCQ、コモンやピート・ロックにシャウトを送るアウトロだが、これも「Original Mix」のヴァージョンと比較すると、ラフなブレイクビーツを中心に据えながらも、遥かに余韻を残すようなベースラインとシンセサウンドによるウワネタが印象的だ。
 これらに挟まれた「あり得たかもしれない」ヴァージョンとは一体どういうことなのか。
 “Interlude” “Rock On”の二曲に挟まれた構造から分かるのは、「Dilla's Mix」とは、「Original Mix」と比較すると、ビートが想起させる空間性、あるいは余白といったものに貫かれていることだ。と言うと、単なる印象論に聞こえるだろうか。これは「あり得たかもしれない」という前提がもたらす、言い換えれば「想像力」がもたらす幻想にすぎないのだろうか。

 ここで先ほどの問い――『Ruff Draft』が二度も生まれ変わっていることは何を意味しているのか――に立ち返ろう。結局のところ、この疑問の答えは『Ruff Draft』を『Donuts』と対にして考えると、見えてくるものかもしれない。元々原型はミックステープだった『Donuts』はしかし、全篇を貫くサイレン音などのサウンドや綿密な曲同士のつなぎを含む編集作業により、確固たる「完成」したアルバムとして屹立している。個別の曲を異なるポジションにリレイアウトすることは不可能だし、それぞれを単体で抜き出して聞くだけでも、どこか違和感が残る。それほどにアルバムでのリスニングに特化した、いわば31曲で42分の長さの一曲ともいうべき作品なのだ。それが見せてくれるのは、めくるめく一代絵巻であり、生と死を巡るジャーニーだった。
 一方で『Ruff Draft』は、ラフで未完成なスケッチの集積だ。それぞれの楽曲は配置転換が可能で、その並び方に、リスナーは新しい景色を見てとることができる。未完成がゆえに自由に開かれ、そしてその自由には際限がない。
 それだけではない。僕たちの眼前には『The King Of Beats』や『Jay Dee's Ma Dukes Collection』などに収録された大量のビートの海が広がっている。僕たちもまた、「あり得たかもしれない」ディラのアルバムに想像力を馳せ、その音世界を遊泳する自由を、手にしているのだ。

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