「DJ DON」と一致するもの

interview with Da Lata - ele-king


Da Lata
Fabiola

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 来年はW杯ブラジル大会。正直、来実感はまだない。が、しかし、ダ・ラータの10年ぶりのアルバムを聴いていると気持ちがブラジルに傾く。
 ダ・ラータの登場はセレソンのように華麗だった。「Pra Manha」(1998年)は渋谷の人混みのなかをドリブルで走り抜け、90年代末のブラジル音楽ブームやブロークンビーツと合流しながら、ファースト・アルバムの『Songs From The Tin』(2000年)まで走り切った。メンバーのひとり、パトリック・フォージは、20年前にはジャイルス・ピーターソンと一緒にクラブ・ジャズの最初の盛り上がりに関わっていた名DJである。
 再始動したダ・ラータの最初のリリースは、ザ・ジャムの“ゴーイング・アンダーグラウンド”のカヴァー(2012年)。ポール・ウェラーの新自由主義批判がラテン・ハウスの雄と出会ったとき、何が起きるのか……。
 セレソンのような、素晴らしいラテン/アフロを詰め込んだ通算3枚目のアルバム『ファビオラ』を発表したばかりのパトリック・フォージに小川充さんが取材。クラブ・ジャズ黎明期からブロークンビーツ、そして新作にいたるまでの20年の歴史を話してくれた。

ダ・ラータの音楽は、言うなれば「グローバル・ミュージック」であり、それと同時に「ロンドンの音楽」でもある。これらすべてのフレーヴァーはロンドンで見つけられる。アフリカのコミュニティ、ブラジルのコミュニティ、すべてを見つけることができるんだ。異国の音楽は、僕らの世界の一部となっている。これはブラジルの音楽、あれはアフリカの音楽、これはロンドンのクラブ・ミュージック」として区別されて存在しているものではく、すべては同じものの一部なんだ。

ダ・ラータはどのように結成されたのでしょう? それ以前にパートナーのクリス・フランクが参加するバンドのバトゥがあり、そこであなたも一緒にDJをする中からダ・ラータが生まれたそうですが。

パトリック・フォージ(以下PF):バトゥがはじまったのは1992年か1993年。その頃から僕とクリスは知り合いで、ある日彼が参加するバンドのメンバーを紹介してくれたんだ。そのバンドがバトゥだった。そして、ジャイルス・ピーターソンとフリッジでDJをしていたとき、メンバーのひとりがデモ・テープを持って来たんだ。土曜日の夜の「Talking Loud (and Saying Something)」のときさ。彼らの音楽は粗削りだったけど、光るところも感じた。そうして僕はバトゥの曲をかけるようになり、彼らに興味を持ち、一緒に活動するようになっていった。
 でも、バトゥとして活動するのには難しい部分もあった。何人かのメンバーとそりが合わなかったんだ。クリスと僕は音楽の方向性とヴィジョンを共有していたけれど、他のメンバーの何人かはそれに乗り気ではなかった。それにバトゥは7人組のバンドで、グループとしてのまとまりを維持するのにも苦労した。それで、結局スタジオをベースにしたアプローチに切り替えようと思って、僕とクリスはバトゥから離れ、ダ・ラータを始めたんだ。ダ・ラータはバトゥの延長から始まったけど、ミュージシャンの演奏任せにするのではなく、僕とクリスがそれをコントロールしたプロダクション・ユニットと言える。正直なところ、バトゥのブラジル音楽に対するアプローチにはグチャグチャなところがあって、アレンジもいい加減だった。メンバーのまとまりにも欠けていた。そうした点にクリスも不満があり、僕と一緒にやっていきたいとなったんだ。僕らの考えに賛同できるミュージシャンは、その後ダ・ラータにも参加してもらっている。

あなたはDJとして多くのブラジル音楽を紹介し、そしてダ・ラータは一貫してブラジル音楽をベースとした活動をおこなっていますが、当初はどのようなコンセプトを持ち、どういった音楽性を目指したのでしょう? その頃のロンドンはアシッド・ジャズ・ムーヴメントが沈静化し、DJを中心にブラジル音楽が盛り上がりを見せはじめていた時期にあたると思いますが。

PF:アシッド・ジャズはムーヴメントではなく、流行を作ろうとしたメディアが勝手に付けた名前であって、そもそもジョークとしてはじまったんだけどね……。アシッド・ジャズはファンキーなジャズを強調していて、最初は僕もそれが好きだったけれど、次第に僕のやりたい音楽ではなくなっていった。1990年代初頭だけど、当時はブラジル音楽が段々と広まってきていて、僕はむしろそれに興奮して、DJとしての興味はそちらに一気に向かった。それがバトゥと一緒に活動するきっかけにもなった。ファンク・バンドと組んでギグをやったりするよりも、何かもっと新しくて面白いことをやってみようと思っていたから、そうした方向に行ったんだ。
 でも、いま言ったみたいにバトゥはバンドとしてまとまりがなかった。実は今回のアルバムに入っているジョアン・ボスコのカヴァーの“Ronco Da Cuica”は、バトゥも演奏していたんだ。そのときの彼らのアレンジは全く散らかっていて、ある日リハーサルでこう提案したんだ。「OK、フェラ・クティのサウンドを少し取り入れてみよう。フェラの“Shakara”のグルーヴを混ぜて“Ronco Da Cuica”をやってみよう」と。それは面白い試みだったと思うよ。いまは幾つかのブラジル人のアーティスト、たとえばクリオーラとかもアフロビートとブラジリアン・ミュージックを融合させようとしている。でも、僕たちはそれを20年も前にやっていたんだ。
 ブラジリアンとアフロの結びつきはひとつの例だけど、そうした融合をバトゥやダ・ラータで試みてきたんだと思う。もちろんベースにはブラジリアン・ミュージックがあるけれど、ただ単純にブラジルの音楽をコピーしようというものではなかった。確かにバトゥにはブラジルで生まれ育ったメンバーもいたけれど、僕たちはイギリスのバンドだと自覚していて、ブラジル音楽のUKヴァージョン、UK流のひねりを加えた音楽を作ろうとしていたんだ。だから、僕たちがやるのは古典的なボサノヴァやMPBというわけではなかった。いつも違うアティチュードでやっていたんだ。

1997年にエドゥ・ロボをカヴァーした「Ponteio」、1998年には「Pra Manha」といったシングルがヒットし、一躍クラブ・ジャズやディープ・ハウスのシーンで知られる存在となります。また、その後はウェスト・ロンドン・シーンのブロークンビーツ系アーティストとも交流を深め、ベンベ・セグェがヴォーカリストとして加わり、バグズ・イン・ジ・アティック、フィル・アッシャーなどにリミックスを依頼することもありました。こうしてダ・ラータはクラブ・ミュージック・シーンへもコミットしていきましたね。

PF:“Ponteio”は当初フローラ・プリンをフィーチャーする予定だったんだ。でも、彼女のヴォーカルは実際に僕らのトラックにあまりマッチしなくて、結局それは流れてリリアナ・チャチアンの歌になった。この曲は、そもそもヘヴィーなクラブ・トラックにしようと思って作ったんだ。エレクトロニックなテイストを持ち、ブレイクビートやアフロビートとかをミックスした強烈なトラックさ。ブロークンビーツのムーヴメントが来る前で、ある意味でブロークンビーツの元だったと言えると思うよ。人びとはこのリズムに魅了され、これは何だと探求しはじめたんだけど、それはブラジル北東部に由来するバイヨンのリズムだった。それをファンク・ビートとミックスして、エレクトロニックな要素も入れて、ヘヴィーにプログラミングされたグルーヴにした。あの曲はクラブ用の12インチだったけど、オーソドックスなやり方でブラジル音楽をやるのではなく、何かいつもとは違うことをするという点でも面白い試みだった。
 あの曲がリリースされたとき、フィル・アッシャーと僕は面識がなかったんだけど、彼は“Ponteio”を本当にサポートしてくれたロンドンの数少ないDJのひとりで、それがきっかけで仲良くなり、一緒にDJもやるようになったんだ。それから彼をきっかけに、ウェスト・ロンドン・シーンとも交流がはじまった。ロンドンより、むしろアメリカからすごい反響があったね。フランソワ・ケヴォーキアンはじめ「ボディ&ソウル」のDJたち、そしてたくさんのニューヨークのDJが取り上げてくれた。彼らがこの曲をかけてくれてるんだと思うと、本当に満足だったし、ハッピーだったよ。
 “Pra Manha”のデモは既に1993年か1994年に出来上がっていて、僕はそれをラジオでかけて、何人かがそれを聴いて「この曲最高だよ」って言ってくれた。だけど、最終的な仕上げに取り掛かれるまで4年も待たなければいけなかった。クリスは彼のパートナーのニーナ・ミランダとスモーク・シティというユニットもやっていて、そちらのアルバム制作などで忙しかったんだ。“Pra Manha”もリリアナが歌ったけれど、そもそも彼女はピュアなブラジル音楽の出身で、クラブ・ミュージックに馴染んでいた訳ではなかった。だから、僕とクリスはクラブ向けに作ったトラックと、彼女のヴォーカルをいかに馴染ませるかを苦心したね。

いま話に出たスモーク・シティは2枚のアルバムを発表しましたが、ダ・ラータがMPBとサンバにハウスなどクラブ・ミュージックのエッセンスを加えたものだとすると、スモーク・シティはボサノヴァとダブやトリップホップをミックスしたような音楽性でした。ダ・ラータとスモーク・シティの違いについては、どのように捉えていますか?

PF:僕も当初はスモーク・シティには参加する予定だったんだ。実際、彼らのファースト・アルバムのなかの1曲に、作曲者としてクレジットされていると思う。ただ、僕とニーナの考えに食い違うところもあって、それでスモーク・シティには参加しなかったんだ。スモーク・シティはある意味で、ニーナがやりたかったことだった。そもそもニーナと、彼女の学校の同級生だったプロデューサーのマーク・ブラウンのふたりではじめたユニットで、そこにクリスが加わったんだ。彼らのデビュー曲“Underwater Love”が出たときは、ちょうどトリップホップのサウンドが流行っていて、そうした点であの曲はユニークなブラジリアン・トリップホップ・チューンだった。あの曲が、そのままスモーク・シティのアイデンティティとなった。一方で、当時ダ・ラータのアイデンティティは、ブラジリアンとクラブ・サウンド、そしてMPB。僕たちのなかではこのふたつのユニットをはっきり区別していて、ダ・ラータのファースト・アルバムがピュアなブラジル音楽に向かった理由のひとつに、クリスがスモーク・シティでできなかったことをやりたい、ということもあったんだ。

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ダ・ラータとしてのコンセプトは「ブラジル人のバンドになりたい」というものでは決してなかった。僕たちがやりたかったことは、それをもう少し超えたところにあったんだ。僕たちはブラジルの音楽を愛しているけれど、それは僕らの一部にすぎない。

そのファースト・アルバムが2000年に発表された『Songs From The Tin』です。そして、2003年にはセカンド・アルバム『Serious』を発表します。これらを振り返ってみて、どのようなアルバムだったと言えますか?

PF:ダ・ラータという言葉は“From The Tin”(缶の中から)という意味で、ブラジルで使われる表現なんだけど、英語で言うところの“Wicked”と同じ意味なんだ。何か特別であるという意味だよ。ただ、それは僕たちが傲慢に特別だと言いたいわけではなくて、これが僕らの信じていることだと言いたいんだ。缶のなかから何か特別なものが出てくると信じている。それが『Songs From The Tin』のアルバム・タイトルにもなったわけだけど、制作に入った当時は“Ponteio”を作ったときから、ダ・ラータのフォーカスするところもある意味変わっていた。そのときのダ・ラータなら、自分たちが影響を受けてきた音楽に対してオマージュを捧げることができるだろうと思ったんだ。僕たちの愛するブラジリアン・ミュージックを探索してみたかった。たとえばミルトン・ナシメントとかロー・ボルジェスとかのミナス・サウンドをね。その結果、『Songs From The Tin』はいままでにやったなかで、一番純粋なブラジル音楽と言えるもので、もはやブラジル人が作ったレコードではないかというくらいだった。ダ・ラータというシステムから生み出された、ピュアなブラジル音楽のレコード。
 でも、ダ・ラータとしてのコンセプトは「ブラジル人のバンドになりたい」というものでは決してなかった。僕たちがやりたかったことは、それをもう少し超えたところにあったんだ。僕たちはブラジルの音楽を愛しているけれど、それは僕らの一部にすぎない。『Songs From The Tin』を作り終えた後には、「よし、もう僕たちはこのアルバムを作り終えたから、今度はもう少し枠を広げてみよう。より大きな絵を描こう」ということになったんだ。そうして、『Serious』にはクラブ・ミュージックからの影響が色濃く反映され、よりプログラミング的で、よりエレクトロニックな要素が加わった。

この頃のロンドンには、ネグロカン、ミスター・ヘルマノ、バー・サンバ、ジャジーニョ、シリウスB、ヴィダ・ノヴァなど、ブラジル音楽やラテンを取り入れた多くのユニットがありました。ダ・ラータのメンバーも関わっていたユニットも多いです。当時の状況はいかがでしたか?

PF:それらのバンドはみなお互いに関係があって、リリアナはネグロカンで歌っていたし、アンディラ・フォンというネグロカンのベースはダ・ラータのライヴ・バンドに参加している。ジャジーニョに関しては、ポルトガル人のシンガー、グイダ・デ・パルマもダ・ラータのライヴ・バンドに参加した。だから、ロンドンでこのブラジリアン・サウンドに関わっていた人たちは、みんなお互いのことを知っていたし。ある意味、みんな同じファミリーに属していたんだ。

あなたはDJとして度々来日し、キョート・ジャズ・マッシヴ(KJM)はじめ、日本のアーティストともいろいろな交流があったと思います。スリープ・ウォーカーの吉澤はじめさんが“Golden”にキーボードで参加したりと。こうした交流のなかでとくに印象に残っている思い出はありますか?

PF:初めて日本に来たのは1993か1994年あたりのことだった。そのときに初めてKJMに出会って、クラブ・コラージュでヨシ(沖野好洋)とプレイしたのを覚えている。あの夜の僕たちは本当に楽しんで、お互いをビビらせまくった。彼がレコードをかけて、「まじかよ、何だよこの曲!」と僕は思って。それで、僕がレコードをかけると、今度は彼が「何これ!」って驚いていた。あれは本当にエキサイティングな時間だった。その頃、みんなたくさんのブラジル音楽を探して、いろんなレコードを発掘していたから。当時は日本でもブラジル音楽はほんとうに大きな影響力があったんだ。それは素晴らしいことだったよ。シーン自体が爆発的に盛り上がってきていて、古いブラジル音楽に対する新鮮で大きな興味が湧き上がってきていた。だから、明らかに自然とお互いに似ている所があったし、すごくいい友だちになったよ。ロンドンで僕たちがやっていたことと、日本の何人かがやっていたことには音楽的にも類似性があって、そのふたつが並行していたんだ。

2004年にKJMのコンピに“Ronco Da Cuica”を提供して以来、長らく活動休止状態となりましたが、どのような理由からでしょう?

PF:実は2008年にもパパ・レコーズから「This Is Not Your Job」というナンバーをリリースしているんだ。それはハウス調のものなんだけど、今回のニュー・アルバムでは生ドラムを入れたオーガニックなアレンジにして、改めて“N.Y.J.”というタイトルで収録し直している。“Ronco Da Cuica”も前と少しアレンジが変わっている。そんな感じで断続的にはやっていたけれど、活動がスローダウンしたのはたしかで、それはクリスがニーナとのプロジェクト、ジープで忙しかったからなんだ。ジープはスモーク・シティのあと、クリスがメインで作ったバンドで、2枚のアルバムをリリースした。

ジープもある意味でダ・ラータの別プロジェクトと言えるのかもしれませんが、それによってダ・ラータの音楽性は途切れることなく継承されてきたと言えますか?

PF:いや、そうは思わない。ダ・ラータのアイデンティティは基本的に僕とクリスで、それは彼がニーナとやっていることとは大きく違っている。たしかにミュージシャンやいくつかのアイデアについて交わる部分はあるけれど、基本的にクリスとニーナのプロジェクトは、どれもニーナのソング・ライティングが基となっている。もちろんふたりで作ることもあったけれど。一方、ダ・ラータはクリスのソング・ライティングとその他のメンバー、そして僕のプロダクションがそこに影響するということだから、両者はお互いに異質のものなんだ。

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当時は日本でもブラジル音楽はほんとうに大きな影響力があったんだ。それは素晴らしいことだったよ。シーン自体が爆発的に盛り上がってきていて、古いブラジル音楽に対する新鮮で大きな興味が湧き上がってきていた。


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2011年にクリス・フランクと話し合い、ダ・ラータを再始動することになったそうですが、そこに至るいきさつ、心境について教えて下さい。

PF: 2010年か、あるいは2011年に、クリスとニーナとの関係が終わった。その頃、同じく僕も離婚した。それで、僕たちはただ、ふたりでこれから何をすべきなのか話していたんだ。ちょうど“N.Y.J.”と“Ronco Da Cuica”は、ライセンス自体は僕たちが所有しているもので、この2曲を出発点に新しいアルバムを制作してみようということにしたんだ。幸いにも、僕にはアルバム制作に取り掛かるだけの経済的余裕があった。こうしてダ・ラータはまた歩きはじめたんだけれど、それはある意味で破局してしまった僕たちにとって良いセラピーだったと思うよ。これから僕たちは何をしていくべきなのだろうか。このまま椅子に座って泣きながら、過去の間違ってしまったことについて後悔するのか。それとも、何かポジティヴなことをやってみるのか。ネガティヴな状況において、ポジティヴなものを生み出す努力をしてみるのか。もちろん、経済的余裕とチャンスがあるなら、選択肢はポジティヴなことをやってみるということしかなかった。

そうして、ニュー・アルバム『Fabiora』が完成するのですが、このタイトルにはどういった意味があるのでしょうか?

PF:これには面白い話があるんだ“Fabiola”はいくつかのラテン系の国で女の子につけられる名前なんだ。あるとき本を読んでいて、この名前に言及している部分を見つけて、興味深いなと思った。それで、家に帰って、グーグルで“Fabiola”を調べたら、カトリック教会では聖ファビオラといって、困難な関係や壊れた結婚についての聖人なんだ。このストーリーがカヴァー・アートのコンセプトになったんだ。ルイスというデザーナーが素晴らしい仕事をしてくれたんだけど、僕らふたりのことも表してくれて、それはある意味良かったと思うよ。

ところで、『Fabiora』をリリースする前に、まずシングルでザ・ジャムの“Going Underground”をカヴァーしましたね。どういった意図でこのカヴァーを行ったのでしょう?

PF:バトゥの頃にも、僕はよくジョークでブラジリアン・ヴァージョンの“Going Underground”をやろうって言ってたんだ。僕はこの曲が若い頃からずっと好きだったからね。で、『Fabiora』を作りはじめたとき、「OKやってみよう」ということになった。あっという間にできて、この制作で最初にできた曲だった。だけど、すでに”Ronco Da Cuica”を入れる予定だったから、1枚のアルバムに2曲もカヴァーを入れたくないという理由で、別にシングルとして発表することにした。これは、ある意味でダ・ラータが「また戻ってきたよ」という挨拶だったし、同時に政治的な意味合いも含んでいる。僕たちがこの曲に取り掛かっていた頃、ちょうどロンドン・オリンピックのセレモニーが開催され、そこでブリティッシュ・ポップ・カルチャーを代表する曲のコラージュのひとつとして、“Going Underground”がかかったんだ。でも、“Going Underground”の歌詞は実はかなり反体制的で、反抗的なものなんだ。なんたってジャムだからね。だから僕にとって、オリンピックでこの曲がかかっている光景は何か皮肉的なものとして見えた。英国文化として誇りに思う曲だけれど、そのスタンスとしてはこういう企業的なイベントに対してアンチな姿勢を取っているんだ。だから、この曲のリリースには、そうした意味合いも込められている。
 このアルバムを作りはじめたときに、僕らが感じていたことは、このアルバムにはアティチュードがあるということ。ある意味では、これは僕たちが個人的にいる場所について音楽にしているものなんだ。そして、それと同時に、僕たちが世界の情勢の中で政治的にどのようなスタンスをとっているかということでもある。このアルバムは、戦うといことについて、色々な難しい問題がある状況でも諦めずにやっていくんだ、ということについて歌っているんだ。

リリアナ・チャチアン、オリ・サヴィリなど、過去のメンバーは主にロンドン在住のブラジル系ミュージシャンが多かったと思いますが、今回はメンバーがいろいろ入れ替わっていますね。昔からダ・ラータでやっているトリスタン・バンクスやトニ・エコノミデスほか、ダビデ・ジョヴァニーニ、フィン・ピータース、ジェイソン・ヤード、マイク・パトゥーなど、以前から交流のあるミュージシャンが含まれていますが、同時にいままでとは異なるフィールドの人たちも集められているように思います。また、マイラ・アンドラージはじめ、より国際色豊かなメンバーとなっていますね。

PF:ダ・ラータはバンドではなく、ひとつの家族のようなものだ。核には僕とクリスがいて、ヴィジョンを持ち、方向性をデザインするんだけど、このファミリーはほんとうに大きくて、そしてどんどんと増えていくんだ。いろいろ活動していくなかで、僕たちは同じ音楽観を共有できる仲間を得て、一緒にやってみたい人たちが増えていった。そして、テクノロジーの進化により、たとえ離れた場所にいようとも、共演することが可能になってきた。ダ・ラータの中心は僕とクリス、それから3人目のメンバーとも言えるトニ・エコノミデス。彼はエンジニアで、最終的には僕ら3人がスタジオで曲を完成させた。でも、何人かのアーティスト、たとば“Places We Go”でベースを弾いているマロウ・バーマンはリオに住んでいる。マロウに音源を送って、それに彼のベースを加えて送り返してくる、といった形で制作をおこなった。そうした具合に、イギリス、フランス、アメリカ、カナダ、ブラジルと、いろんな場所のミュージシャンが参加していて、それぞれデータをやり取りして制作していったんだ。
 マイラ・アンドラージはいま、パリをベースに活動しているけど、クリスが知り合いだった。彼女は本当に特別なシンガーだけど、アルバムに参加することに同意してくれて、一緒に出来たことは僕たちにとってとても喜ばしいことだった。で、世界的に一流のシンガーと言える彼女が、僕たちの音楽を気に入ってくれて、実際のところ対価なしで参加してくれている。それは本当に素晴らしいことだよ。彼女に限らず、そうして参加してくれたミュージシャンは多い。
 それから、ジャンディラ・シルヴァもアルバムで重要な核となるシンガーだ。一般的にロンドンでブラジルのシンガーを探すとなると、たいてい心地よいボサノヴァのようなアーティストを探すことが多い。静かでジャジーなボサノヴァ、イージーリスニング的に座って聴くタイプの音楽だよね。でも、ダ・ラータはそれとは大きく違うバンドだから、もっとパワフルなシンガーのジャンディラに参加してもらった。アルバム制作前にジャンディラを交えてライヴをやったことがあって、それで彼女が最高だとわかって、彼女にとってもこのバンドのフロントがうまくはまったと思う。彼女自身も「すごくいい、私はここでいきいきと、好きに自由にできる」という感じだったよ。実は“Deixa”という曲は、デモ段階ではあからさまにブラジル音楽的すぎるということで、アルバムに入れるつもりは無かった。だけど、ジャンディラがやってきて、彼女が歌うのにピッタリだったからアルバムに収録したんだ。それから“Ronco Da Cuica”のヴォーカルも彼女で録り直したね。

ミゲル・アットウッド・ファーガソン、リッチ・メディーナなどの参加も面白いです。ミゲルはアルトゥール・ヴェロカイと共演していますが、ブラジル音楽とはそれほど大きな関わりがあるというわけではありません。彼らとはどのような接点から参加してもらうことになったのですか?

PF:このふたりはどちらもクリスの古い友だちの紹介で出会った。クリスがLAにいたことがあって、それでミゲルに会った。僕自身はミゲルに会ったことはないんだけれど、フェイスブックなんかでしばらくやり取りをしていたね。もちろん彼は信じられないほど素晴らしいストリング・アレンジャーで、彼に関わってもらえたことはとても特別なことだった。リッチ・メディーナはロンドンにしばらくいたから、僕はよく知っていて、何度かDJも一緒にやったこともある。でも、逆にクリスは彼に一度も会ったことがないんだ。“Monkeys And Anvils”という曲はもともとインスト・ナンバーとして作ったものだけど、何かほかの要素を加えても面白いと思って、そこでリッチ・メディーナが何か詩の朗読をしてみたらというアイデアを思いついたんだ。リッチがやってくれたことをとても気に入っているよ。彼は本当に美しいディープなバリトン・ヴォイスを持っていて、まるでギル・スコット・ヘロンのようだからね。彼のやることは素晴らしいし、本当にいいやつだよ。

フォークロアなMPBやアフロ・サンバを軸に、土着的なブラジル音楽の世界を披露したファースト、アフロ・テイストがより顕著となり、そこにウェスト・ロンドン・シーンのクラブ・ミュージック的な要素を融合させたセカンドでしたが、今回のアルバムのテーマやカラーはいかがですか?

PF:ダ・ラータの音楽は、言うなれば「グローバル・ミュージック」であり、それと同時に「ロンドンの音楽」でもある。なぜなら、これらすべてのフレーヴァーやものをロンドンで見つけられる。アフリカのコミュニティ、ブラジルのコミュニティ、すべてを見つけることができるんだ。もはや、そうした異国の音楽は、僕らの世界の一部となっている。これはブラジルの音楽、あれはアフリカの音楽、これはロンドンのクラブ・ミュージック」として区別されて存在しているものではく、すべては同じものの一部なんだ。ある人たちには理解しにくいかかもしれないけれど、僕たちにとってこれらの文化をミックスすることは自然なことなんだよ。
 そして、『Serious』(2003年)でのエレクトロニックでプログラミングを多用したクラブ・ミュージック的アプローチに対し、今回のアルバムはナチュラルでオーガニックなサウンドにしようと思った。出来ることなら、みんなを一斉に集めて、じっくりとリハーサルして、大きなスタジオですべてライヴ・レコーディングして、そこにオーヴァーダブを加えたりしかった。でもそれは予算的に不可能だった。だから、すべてはデジタルのデモからはじめている。そこからプログラミングされたドラム・ビートを、次第に生のドラムに入れ替えてといった形で作っていくんだ。僕たちは古典的なレコーディング・スタイルはとっていないけれど、このアルバムを100%オーガニックなものにしたかったから、最終的なすべての録音素材は生演奏で、一切のプログラミングを使っていない。そのために、こういった録音データの交換という方法をとったんだ。

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“Underground”の歌詞は実はかなり反体制的で、反抗的なものなんだ。なんたってジャムだからね。だから僕にとって、オリンピックでこの曲がかかっている光景は何か皮肉的なものとして見えた。英国文化として誇りに思う曲だけれど、そのスタンスとしてはこういう企業的なイベントに対してアンチな姿勢を取っているんだ。

“Um Amor A Mais”、“N.Y.J”、“Ronco Da Cuica”はアフロ色が強く、それは『Serious』の世界にも通じるものだと思います。一方、“Don’t Give It Up”や“The Shore”ではロックの影響が感じられ、それは“Ronco Da Cuica”をカヴァーしたあたりから顕著になってきた要素だと思います。他では“Places We Go”にはレゲエやダブの要素が感じられ、オーケストレーションが印象的なフォーキー・サンバ“Unknown”、アストル・ピアソラのモダンなタンゴを思わせる“Cambara 41”、ポエトリー・ファンクの“Monkeys And Anvils”など、多彩な要素がミックスされています。こうした音楽的要素は、あなたたちが聴いたりプレイしてきたさまざまな音楽から、自然と導かれたものだと思いますか?

PF:最初、こうした多様な曲をアルバムとしてまとめて、意味のあるものにするのは不可能だと感じた。文字通りかなり幅の広いものだったからね。でも、オーガニックであることを追求し、プロダクションも極めてダイレクトでシンプルにしていけば、これらの違うスタイルの曲をお互いにうまく結び付けられると思った。いくつかの曲には妙な展開を持つものがあって、たとえば“The Shore”には当初、少しプログラムされた音が混じっていた。そのパートが曲自体を複雑なものにしていると僕は感じたから、その部分を丸ごと捨ててしまうように提案したんだ。その代わりに、もっとアコースティック・ギターも入れてみたらどうかと。エレン・マキルウェインのサウンドを思い浮かべてみたんだ。
 “Don’t Give It Up”に関しては、確かにロックの要素がある。でも、僕にとって大事だったのはあの曲の歌詞が持つメッセージなんだ。“Don’t Give It Up”というタイトルも意図的につけた。人生においてのメッセージであるし、それは音楽についてもだ。音楽をあきらめないということなんだ。曲調もそのメッセージを体現している。ただ、アメリカかイギリス人の歌手に歌わせたら、よりロックな曲になっただろうし、そうしたらアルバムの他の曲から浮いてしまったと思う。でも、実際にこの曲を歌ったのはブラジル人のルイス・ガブリエル・ロペスなんだ。彼は素晴らしい人で、英語で歌っている。それにブラジルのMCも入ってる。ルイスはグラヴィオラというブラジルのバンドのシンガーで、もうひとつティア・デュアでも歌っている。といって、もうひとつがグラヴィオラだよ。彼らのアルバムは最高なんだ。彼らはミナス・ジェライスの出身で、新しい世代のミュージシャンなんだ。言うなれば、ルイスは新世代のミルトン・ナシメントやロー・ボルジェスという感じだよ。実際に彼らは“Don’t Give It Up”を本当に気に入ってくれている。ブラジル人もロックが好きだし、あの曲も彼らにとって通じるところがあったのだと思う。あの曲はたしかにロックの要素が強いけど、ボンゴやマラッカなどを使って、ラテンやブラジルのフィーリングも入っているからね。アントニオ・カルロス&ジョカフィのようなブラジルのファンキー・ロック・サウンドに似ているんだ。でも、それらの内どの要素も突出したものではない点がダ・ラータのサウンドだよ。
 “Cambara 41”におけるタンゴの要素、それもたしかだ。ただ、これはアルバム制作の後半に作ったもので、その時点では流れるようで、メロウで、アコースティックなテイストの曲が入ってなかったから、それが欲しいと思って作ったものなんだ。メロウで、アコースティックな曲が欲しいと思ってね。まずクリスがギターで弾いて作った曲なんだけど、そのギターを録音して、リズムを下げてみた。そうしたらクリスがマルセロを呼ぼうと言いだしたんだ。彼はブラジルのとんでもないアコーディオン・プレーヤーで、『Serious』にも参加している。僕もアコーディオンを加えたら美しい曲になると思って、マルセロに曲を送ったんだ。それでびっくりしたんだけど、彼から戻ってきた曲には口笛も入ってたんだ。彼は口笛も入れて、すごくスイートで良かった。彼はブラジル国外ではアコーディオン奏者として有名だけど、ブラジルでもレコーディング・アーティストとして有名なんだ。

『Fabiora』はオーソドックスなボサノヴァ、サンバのアルバムではなく、ブラジル音楽を核にさまざまな音楽が融合したものと言えます。その核となるブラジル音楽で、今回特に意識したものは何かありますか? 例えばトロピカリズモ、特にトン・ゼーなどからの影響を感じたりするのですが。

PF:うん、君がトロピカリズモに言及したのはとても興味深いね。あのムーヴメントも、とても政治的に触発されたものだった。その点はこのアルバムにも通じているし、アートワークもそうしたフィーリングを持っていると思う。ブラジルの精神性やトロピカリズモのスタイルは、その後とてもポピュラーになっただろ? でも、僕らはそれと同じことをしようとしているわけではないんだ。他の曲には全く違うテイストのものもある。だから、『Fabiola』は具体的にトロピカリズモの音楽をなぞっているわけではないけれど、ある意味でそのアティチュードやフィーリングが存在しているのかもしれないね。トン・ゼーは好きなアーティストだし、彼の音楽性を評価するけれど、このアルバムにとくに影響を与えたわけではない。彼以外のアーティストについても同じさ。僕たちはどの曲も、最終的にはダ・ラータの音楽として聴こえるように作っているんだ。

現在のブラジル音楽にも、例えばルーカス・サンタナ、M. タカラ3など新しいアーティストが登場しています。そうした状況について、どう思いますか?

PF:最近ブラジリアン・ミュージックの新しい波がきていて、僕にとってはまるでルネッサンスなんだ。なぜならブラジルのアーティストがいまやろうとしていることは、ある意味僕たちがいままでずっとやってきたことに似ているからね。彼らは自分たちの伝統に目を向けて、その上に音楽を築いているんだけど、それがただのコピーではなくて、新しくてオリジナルな要素を加えようとしている。アフロビートとかの違うフレーヴァーを入れているんだ。
 たとえばグラヴィオラのようなバンドは、その最たる例だね。振り返ってみると、少し前までのブラジルの若いアーティストには、ブラジルの伝統的な要素に対して真っ向から反対していた者もいた。サンバやボサノヴァ、あるいはMPB的になるのを極力避けているようだった。もっとモダンでエレクトロニックでというようにね。目新しさばかりを負い、自分たちのルーツにあるものを顧みようとはしなかった。しかし、いまの若い世代は過去を受け入れて、同時にいま起こっていることも取り入れているんだ。ブラジルは国としても上昇傾向にあるし、いろんなことが起こっている。だから、ブラジル音楽にとっては良い時期なんじゃないかな。ルーカス・サンタナは、ブラジル音楽という過去に存在したカテゴリーに収まるものではなく、新しくて何か違うものへと進化しているんだと思う。彼以外にも、そうした若いアーティストがいろいろ出ていることがとても喜ばしいことだよ。

ライヴ活動や今後の展開について教えて下さい。

PF:ライヴ・バンドとしては、昨年の夏にディングウォールズでギグをやったし、テムズ川沿いのサマセット・ハウスでもやった。僕自身はバンドではプレイしないしけど、いまのバンド・メンバーは驚異的なんだ。みんなこのアルバムでもフィーチャーされている人たちだけど、彼らは幾つものバンドで経験を積んできている。ジャンディラの存在、あるいはリズム・セクションの存在が大きいね。僕たちはふたりのドラマーがいるんだけど、とくにダビデ・ジョヴァニーニと、それからベースのアーニー・マッコーン。ダビデとアーニーが演奏し始めた途端に、パッと、何かが起こる。ケミストリーというべきマジックがあるんだよ。自発的でとても美しいものだよ。バンドというのは、最初の頃はみんなアレンジなどを正確に演奏しようとしてナーバスなんだけど、僕たちはもうその緊張を解いてできる段階にあるんだ。だから、もうレコードにある通りにやらなくていいし、ステージ上で自発的に音楽が生まれてくる。それに人びとが応えれば、曲をやるたびに新しいことが起こる。
 今後はいろいろ外に出て、たくさんライヴをやりたいと思ってるけど、来年はブラジルでできたらいいな。ちょうどサッカーのワールド・カップもあるしね。実際にそういう話をしているところなんだ。まだ何も決まってないけど、可能性はある。グラヴィオラは僕たちのいい友人だし、彼らとやれたらいいなと思うよ。日本にだって行ってやりたいと思っていて、取り組んでいるところさ。今回のダ・ラータは、いままでより数段レベルが上なんだ。ミュージシャンの能力とか、いろいろな点でね。

日本のファンに向けてメッセージをお願いします。

PF:最後のアルバムを作ってから10年が経ったけれど、日本にも過去の2作で僕たちのことを覚えていてくれる人がいることを願うよ。『Fabiora』も日本で人気になった『Songs From The Tin』のように受け入れてもらえるといいな。それに新しいファンにも出会いたいね。そうした新しいファンは、『Fabiora』を聴いて僕らの前のアルバムにも興味を持ってくれるかもしれない。僕たちは日本が好きだし、この国の音楽文化に対しても深い愛情と尊敬の念を抱いているんだ。なぜなら、日本の人たちは音楽を深く理解して愛しているからね。だから、日本で僕たちのレコードをリリースできることは特別なことだし、みんなに気に入ってもらえたらいいよ。

interview with DJ Rashad - ele-king

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 ジュークは面白いわ。いまこの音楽を聴かなくて何を聴く。このエネルギー、この速度、このサンプリング、この思い切りの良さ、この音の断片、このダイナミズム、鬼気迫るものがもあって、同時に音楽的。この最新のアーバン・ミュージックの好戦的な動きは、社会的なコンテクストにおいても興味深い。密集し、混線した情報の合間をしたたかにすり抜けていくように、連中はコンクリートの上で激しく、素速く、軽快にカラダを動かす。細かく切り刻まれ、ひどく加工され、そしてルーピングされ醸成されるジュークは、激しい足の動き=フットワークをうながす。それは現代のアーバン・リアリティの急進的ないち形態として、コンクリート上とインターネット上とを行き来する、さながら新しい生物ように増殖し、動きまわっている。
 今年は、DJラシャドの12インチ2枚組の「ローリンEP」と「I don't Give A Fuck」をはじめ、RP・ブー『Legacy』、K. Locke『The Abstract View』、日本でも〈BOOTY TUNE〉をはじめ、ペイズリー・パークスやフードマン(最高のネーミング)などが頭角をあらわしている。この音楽はもはやシカゴだけのものではない。
 それでも敢えて言いましょう。2013年はDJラシャドの年だった。今年は、ヨーロッパで、アメリカ国内の子供たちのあいだでも、日本でも、ジュークがブレイクした。そして、その歴史が何たるかを書き起こすときが来たかのように、ベテラン・フットワークDJのRP・ブーのアルバムが発表されたわけだが、いよいよラシャドは、いま、ジューク・フィーヴァーの中心に躍り出ている……と言えよう。え? 「I don't Give A Fuck(知ったこっちゃねぇよ)」だって?
 それまでデータのみで4枚のアルバムを発表しているラシャドだが、彼にとって最初のフィジカル・リリースとなる『ダブル・カップ』がつい先日〈ハイパーダブ〉からリリースされた。アジソン・グルーヴも参加し、ヒップホップからの影響も活かしたその作品は、フットワーク/ジュークに音楽的な幅を持たせながら、それがどこから来ている音楽なのかを再度定義しているようだ。



シカゴはハウス・ミュージック発祥の地だ。俺はそう聞かされている。そして、俺たちの耳に入ってくるアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックというのはシカゴ・ハウスしかない。だから、そういうシーンが根強くあるんだと思う。

最近は、シカゴよりもヨーロッパでのプレイのほうが多いんですか?

DJラシャド:そのとおり。

最近DJをやったのはどこですか?

DJラシャド:最近ショーをしたのはニューヨーク。本当はロンドンでツアーをする予定だったんだけど、事故のせいでUSにとどまることになった。車で事故にあったんだ。だから、再び120%でやれるまで、しばらくのあいだチルモードでいる。

さて、あなたの音楽の主成分には、ハウスとヒップホップがありますよね。ヒップホップとの出会い、シカゴ・ハウスとの出会いについてそれぞれお話いただけますか?

DJラシャド:ヒップホップもハウスも、ラジオでかかっていて、子どもの頃から聴いていた音楽だ。子どもの頃から常に俺の周りにあった。

ちなみにヒップホップ/R&Bにおけるあなたのヒーローは?

DJラシャド:ヒーローか……誰かな。おそらくNas、Tribe Called Quest、Twisted、Mobb Deep、Three Six Mafia、Too Short、Jay-Z、Kanye West……マジでたくさんいるよ。

どんな子供時代を過ごしましたか?

DJラシャド:子供時代? 普通の子供時代だったよ(笑)。そう、普通の子供時代だった。(うしろのメンバー爆笑)

通訳:―後ろで笑い声がしますが……

DJラシャド:ああ、いまスタジオにいるんだ。SpinnとEarlがいる。他の人と変わらない子供時代だったよ。子供のころから音楽が好きだった。6年生から中2くらいまでドラムをやっていたし。その後はDJをするようになった。

音楽以外で好きになったことって何ですか?

DJラシャド:食べ物だね(笑)!

通訳:良いですね、どんな食べ物が特にお好きですか?

DJラシャド:特に好きなものはないな。上手く調理されていればそれでいい。

通訳:ではお寿司はいかがでしょう?

DJラシャド:寿司は食べたことはあるよ。嫌いじゃなかったけど、大好きな食べ物のトップには入ってないな、少なくとも今のところ。

初めてクラブに行ったのはいつですか? それは誰のパーティでしたか?

DJラシャド:初めて行ったクラブは〈Jubilation(ジュビレーション)〉という名前のティーン向けのクラブ。クラブの隣が、レーザータッグ(真っ暗の部屋で遊ぶシューティング・ゲーム)の施設だったから、レーザータッグの客として入って、クラブの方にも忍び込んでクラブに行っていた。それが初めてのクラブだ。

DJをはじめたきっかけについて教えてください。

DJラシャド:最初はドラムをやっていたけど、それに飽きて、ドラムでやるべきことはやったと感じていた。当時、ラジオで聴いていた音楽に憧れていて、自分もそういうのができるんじゃないかと思った。ラジオでかかっているように自分もできるかと最初は思ったんだけど、DJをはじめてみると実際は全然違うんだと後でわかった。DJは本当にゼロからはじめた。レコードを買って、自分の部屋でいろいろやって練習した。友だちの前でDJしたりして……そんな感じさ。そこから、さらに上達したいと思って、より真剣に取り組むようになった。

曲作りはどのように学んだのでしょう?

DJラシャド:どうやって学んだかって? えーと、わかんないけど、とにかく俺とSpinnで金を貯めてドラムマシンを買い、当時、他の人たちが作っていたような音楽を真似して作ってみた。自己流だよ。いろいろ、自分たちで試してみて、それが上手くいったりいかなかったり。俺が子供のころ培ったドラムの才能以外(←これはジョークらしいです)は、一からはじめたんだよ。

通訳:ではドラムの背景があったのは良かったですね。

DJラシャド:たいした背景じゃなかったけどな(笑)。

通訳:よい基礎にはなったんじゃないですか?

DJラシャド:ドラムを続けていたときはそれなりに楽しかったよ。

DJスピンは子供の頃からの友だち?

DJラシャド:そう。奴は俺にとって弟みたいなもんだ。子供のころから一緒に育って、いまでも友だちだ。いまでも友だちなんてすごいと思うけど、本当にそうなんだ。

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デトロイトは俺にとって第二の故郷みたいなもんだ。デトロイトの踊りは、シカゴのとは少し違うけど、動きはほとんど一緒なんだ。だからデトロイトでのシーンとシカゴのシーンはとても似ているのがわかった。クールだったよ。バトルのパーティも良い感じだったらしい。

E王
DJ Rashad
Double Cup

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シカゴで、こうしたアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックが途絶えることなく継続され、発展しているのは何故でしょう?

DJラシャド:俺がシカゴのミュージック・シーンを見てきて思うことは、シカゴはハウス・ミュージック発祥の地だ。俺はそう聞かされている。そして、俺たちの耳に入ってくるアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックというのはシカゴ・ハウスしかない。だから、そういうシーンが根強くあるんだと思う。アンダーグラウンド・ダンス・ミュージックの基礎にシカゴ・ハウスがあるから、自然とその文化が発展しているのだと思う。

どのような経緯で〈Juke Trax〉からリリースすることになったのでしょう?

DJラシャド:2003年か2004年に、DJ ClentがDJ Godfatherに呼ばれてパーティを一緒にやった。その際、Godfatherは俺たちの活動に興味を持ってくれた。ちょうどその時、〈Dance Mania〉が下火になってきていたからジュークにとって新たなアウトレットが必要な状況だった。だからGodfatherは、Juke専用のレーベルを立ち上げた。Godfatherは当時、もう一つデトロイトのレーベルで〈Databass〉というのを持っていたんだけど、そのレーベルは主にゲットー・テックを扱っていた。ゲットー・テックとは別ものとして、ジュークをリリースできるようにレーベルを立ち上げた。それが始まりだ。

すでに多くの作品を出していますが、どんな感じで曲を作っているのでしょう? 自宅にスタジオがあって、集中して、がーっと作る感じですか? それとも、ぱっとひらめいて、ぱっと作る感じでしょうか?

DJラシャド:自宅にスタジオがあってそこでも作るし、Earlみたいな友達のところで作るときもある。インスピレーションを受けるのは、ツアーしている時と、仲間とスタジオにいる時の両方。俺にとってのモチベーションは今のところそのふたつと、新しい音楽を聴いているときだけだ。ツアーしている最中、新しいアーティストの音楽を聴く。それから仲間といる時もアイデアが湧く。

通訳:すごいですね。あなたは、ものすごくたくさんのトラックを短期間でリリースすることで知られていますが。

DJラシャド:ああ、昔はそのことで知られていたけど、最近はツアーなどで忙しくなったから、少しペースダウンしたよ。時間が余るほどあった時は、音楽をたくさん作っていたけど、最近はペースを少し落として、修正を加えることをしはじめたりして、いままで作ってきたものよりも、さらに質の良いものを作るようにしている。いままで学んできたものを活かしてよりプロフェッショナルなものを作るようにしている。

ジューク/フットワークの歴史について教えてください。あなたから見て、それはどのようにはじまったものなのでしょか? ダンスを競い合うバトルの音楽なわけですよね?

DJラシャド:もちろんダンスバトルの音楽なんだけど、ジュークはパーティ・ミュージックでもあった。ゲットー・ハウス・ミュージックがジュークという言葉に変わったのはおそらく1999年だと思う。DJ Gant ManとDJ Ponchoが「Juke It」というトラックをリリースした。それがフットワーク/ゲットー・ハウスがジュークという名前になったはじまり。フットワークは当時トラックスと呼ばれていた。ジュークが進展していたと同時にフットワークも存在していたが、その時はフットワークと呼ばれていなかった。フットワークという呼び名は2009年に〈Planet Mu〉が「Bangs & Works」をリリースしたときからだと思う。

通訳:フットワークというのも音楽の種類なのでしょうか?それとも、ダンスのことなんでしょうか?

いまではフットワークは音楽の種類であり、ダンスでもある。昔はジュークとフットワークは少し違う種類の音楽を指していて──どちらもBPM160には変わりないんだが──ジュークのほうがコマーシャル、つまりラジオ・フレンドリー、DJフレンドリーで、トラックス(フットワーク)はヘヴィーでクレイジーなベースが入っている曲のことを言った。

基本、アフリカ系のコミュニティで盛んなんですよね?

DJラシャド:まさにその通りだ。

デトロイトのキッズたちともダンスと音で競い合っていたという話も聞いたことがあります。どうなんですか?

DJラシャド:ああ、数年前、シカゴ対デトロイトのパーティが何度かあったと聞いた。デトロイトは結局、シカゴに来なかったが、シカゴからはバスを出してデトロイトのキッズとバトルしに行ったんだ。デトロイトでも、シカゴに似たダンスがあってジット(Jit)と呼ばれていた。だからジュークVSジットという感じでパーティが行われていた。俺は一度も行ったことがなかったけど、俺の仲間たちは行っていて、クールだったと教えてくれた。
 俺はデトロイトにDJしに行ったことがあるけど、デトロイトは俺にとって第二の故郷みたいなもんだ。デトロイトの踊りは、シカゴのとは少し違うけど、動きはほとんど一緒なんだ。だからデトロイトでのシーンとシカゴのシーンはとても似ているのがわかった。クールだったよ。バトルのパーティも良い感じだったらしい。どっちが勝ったのかは知らない。シカゴが勝ったのかわからない。勝っていたらいいんだけど。

あなたがシーンに関わるようになった経緯も教えてください。

DJラシャド:〈Dance Mania〉のキャリアが閉ざされたときに、シーンに関わりはじめたのだと思う。俺とSpinnは〈Dance Mania〉からスプリットシングルを出した。Spinnのは「Motherfucker」という曲で、俺のは「Child Abuse」という曲だった(笑)。だが、その後〈Dance Mania〉は営業を停止してしまった。だから俺たちはTraxman、JAMMAN GERALD、DJ Funkといった人たちの周りで活動していた。当時ジュークをやっていて残ったのは俺とSpinn、RP、DJ Clent、Deeonくらいだった。

あなた自身も踊ってましたか?

DJラシャド:DJになってから踊りはやめたよ。周りの奴らは、ダンサー兼DJというのを真面目に取ってくれなかった。ただ、パーティにタダで入って踊って遊びたいんだろうと思われた。だからダンスのほうはあきらめたよ。俺はDJできないと思われていた。だからダンスバトルやフットワークでやれるべきことをやって、ある程度目標を達成できたと感じた時点で、音楽により集中しようと決めた。

通訳:では初めはダンサーだったんですね。

DJラシャド:ダンサーだったけど、DJもしていたよ。

BPMが160~170であることは、あなたにとってやはり重要なのでしょうか?

DJラシャド:いまはそうでもない。昔は、ダンサーとしては、たしかに重要だった。そういう人たちの為に音楽をチョイスするDJとしては重要だった。ジュークは160~170であるべきだと思う。170までいくとドラムンベースになるけどBPMが160~170であることはジュークの基礎だからとても重要だと思う。

通訳:でも最近、あなた個人においてはBPMの幅は広がってきているということでしょうか?

DJラシャド:ああ、個人的にはもちろんそう。俺たちはTeklifeとして、自分達の可能性に挑んで、新しいことをやって、他にどんなことができるか、色々な挑戦をしている。それは俺たちがいつもやってきたことだ。そして何よりも楽しむこと。同じことを毎回やるより、少し違ったことをやってみる。

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ジューク/フットワークに対するそれぞれの国の解釈があって、国独自のアレンジを加えている。俺たちのコピーじゃなくて、何かオリジナルなものを作っているのには尊敬する。外国の人がジューク/フットワークを受け入れているのを見たり聞いたりするのは嬉しい。

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DJ Rashad
Double Cup

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ジューク/フットワークやあなたの音楽には、いろんな要素がありますが、殺気だった感覚もあるように感じます。それはダンスバトルの音楽だからなのか、それともあなたの環境を反映しているものなのでしょうか?

DJラシャド:両方だと思う。ダンサーが踊っているときの表現やエネルギーを見てもそういう感じが伝わってくると思うし、その感じは音楽の一部でもある。だから音楽の一部でもあるし、ダンスの動きが反映されている部分もある。

欧州や日本でも、ジューク/フットワークは広がっています。いろんな国でそれぞれの解釈のジューク/フットワークが生まれている現状をどのように思いますか?

DJラシャド:最高だと思うよ。俺たちがやっていることと同じことや真似ごとをしているのではなく、ジューク/フットワークに対するそれぞれの国の解釈があって、国独自のアレンジを加えている。俺たちのコピーじゃなくて、何かオリジナルなものを作っているのには尊敬する。外国の人がジューク/フットワークを受け入れているのを見たり聞いたりするのは嬉しい。ジューク/フットワークがそこまで広がって誇りに思うし、自分がそのシーンの人間のひとりだということを幸福に思う。

アディゾン・グルーヴと一緒にやっていますが、UKでのジューク人気はあなたにとって何をもたらしたのでしょう?

DJラシャド:UKに初めて行ったときから、UKの人たちは俺たちに好意を示してくれた。ジュークは、スピードやベースのサウンドがジャングルと似ているからUKの人たちにとってジュークは親しみやすかったようだ。ジャングルを聴くと、フットワークと似ていることがよくわかる。UKに行ったことで俺たちはジャングルについて学ぶことができた。ジャングルが発展したのも90年代初期から90年代後期で、ゲットー・ハウスがUSで発展したのと同じ時期に、UKで発展していた。俺たちは当時、ジャングルなんて聴いたこともなかった。だから驚いた。UKに行ったとき、当時UKではジャングルという音楽が流行っていたのを知って、俺たちの音楽とコラボするのは自然なことだと思った。

ジャングルからの影響はありますか?

DJラシャド:いまはジャングルの影響はある。何年か前にジャングルを聴いたときはピンとこなかった。トランスみたいなもんだと思っていた。昔、レイヴとかに行っていたときにジャングルがかかっていたエリアもあったけど、あんまり気に留めていなかった。だけど、UKに行ってジャングルについてちゃんと教わってから、俺たちの作っている音楽とどれほど共通しているかということがわかったから、今後はジャングルの要素も取り入れていこうと思った。俺たちもジャングルに対しては好意を持っている。同じ方向を行っているアンダーグランドな音楽だからね。

昨年アルバムを出した〈Lit City Trax〉はあなたのレーベルですか?

DJラシャド:いや、あれはJ Kushのレーベルで彼が経営している。俺とSpinnは当時〈Lit City Trax〉に所属していた。

作品を発表するのにダウンロードばかりだったのは、どんな理由からですか?

DJラシャド:最近はCDやレコードを刷るのも大変だから。ダウンロードのほうが簡単だし、ダウンロードする側にとっても早く音楽が手に入る。メインの曲は、最近のEPや今回のアルバムみたいにしてリリースしたいと思うけど、とにかくダウンロードのほうが簡単だし便利だと思う。時代は変わり、人びとはレコードを買うより音楽データをダウンロードしている。時代を先取りしてその動きに合わせているだけさ。

あのブリリアントな「Rollin'」に収録された曲を『Double Cup』に入れなかったのは何故でしょう?

DJラシャド:去年のアルバム『Teklife Vol. 1』や、〈Hyperdub〉からいままでリリースしたEPとは違ったものをリリースしたいと思ったから。Teklifeのみんな、そして俺やSpinnがやっている音楽のまったく違う一面を見せたかった。フットワークだけではなくて、他の音楽も作れるし、他の音楽ジャンルに対して好意を示し、それらを自分たちの音楽に要素として取り入れたかった。もちろんフットワーク以外の音楽も好きだからね。コード9は、アルバムを作るにあたって、俺の好きなようにしていいと自由にさせてくれた。

『Double Cup』というタイトルの意味は?

DJラシャド:『Double Cup』はコデインをスプライトで割ったドリンクの名前で、発砲スチロールのコップに入っている。なぜ『Double Cup』というタイトルにしたのかというと、前回のアルバムがハイテンションでスピーディーな感じだったのに対し、今回のアルバムはスムースでスロー、そしてソウルフルだから。TeklifeのChopped & Screw版という感じ。それがテーマだ。

ヒップホップ色が際立っているように感じましたが、意識したんでしょうか?

DJラシャド:ああ。いままでアルバムでヒップホップ色を入れたことがあまりなかった。だから今回はジャングルもそうだけど、ヒップホップを使って新しいことをやってみようと思った。他にもアシッド・ハウスといった自分が好きなジャンルにも触れてみようと思った。今回のアルバムでは、自分たちが好きなジャンルはいろいろ触れてみようと思った。

選曲や曲順はあなたが決めたんでしょうか?

DJラシャド:今回、曲順を決めたのはコード9だ。選曲はコード9と俺たちで決めた。

この先、自分の音楽をどのようにしていきたいとか、展望はありますか?

DJラシャド:いまやっていること以外はラップ関連の音楽を作っていきたい。それからジャングル。もちろんこの先もフットワークは作っていくけど、自分たちが生み出せる音楽なら何でもいいと思っている。今はとにかく楽しんで音楽を作っているよ。この体験すべてを満喫している。

DJをやっていなかったら、いまごろ何をしていたと思いますか?

DJラシャド:正直言って俺自身でさえわからない(笑)。音楽がなかったらいまごろどこで何してるかまったくわからない。安全でクールな場所にいてくれたらいいと思うけど。

来年はいよいよ初来日がありますね。日本に関してはどんなイメージを持っていますか?

DJラシャド:日本に行くのが本当に待ち遠しいよ! 日本のヴィデオをたくさん見たし、TraxmanとダンサーのA.G.が日本に行ったことがあって、彼らからいろいろ日本のことを聞いた。俺は元々2年前に日本に行く予定だったんだけど、キャンセルになってしまった。だから、日本に行って日本を体験するのが本当に待ち遠しいんだ。日本のジューク・シーンはマジで最高だから、はやく日本に行ってそのシーンを実際に体験して、シーンのみんなに会ってみたい。すごく楽しみだよ!

★来年1月、DJラシャド、初来日決定!!

 来年1月末開催の[ハイパーダブ10周年スペシャル・パーティ]にて、DJラシャドの来日が決定しました。他の出演者は、最高のアルバムを出したばかりのローレル・ヘイロー、UKからはアイコニカ、レーベルの総帥コード9。これは楽しみ!

[ハイパーダブ10周年スペシャル・パーティ]
featuring:
Kode9 言わずと知れたハイパーダブ主催者、UKベースミュージック界の中心人物!
DJ Rashad 実力・人気ともにJuke界No.1! Jukeシーンの境界を大幅に拡大させるであろう待望の傑作アルバムは10月19日に投下!
Laurel Halo 近年盛り上がりを見せるエレクトリック女子アーティストの中でももっとも注目を集める逸材! 昨年リリースされ、会田誠のアートワークでも話題となった前作から1年あまり、衝撃の新作が明日発売!
Ikonika 初期シカゴ・ハウスへの偏愛そして新しいディスコ・ハウス世代との共振するアルバムを8月にリリースしたばかりの型破りな天才女性プロデューサー!

2014/1/31(FRI) 代官山UNIT
INFO: BEATINK 03-5768-1277[ https://wwww.beatink.com ]
2014/2/1(SAT) 名古屋CLUB MAGO
INFO: CLUB MAGO 052-243-1818[ https://club-mago.co.jp ]
2014/2/2 (SUN) 金沢MANIER
INFO: MANIER 076-263-3913[ https://www.manier.co.jp ]
2014/2/3 (MON) 大阪CONPASS
INFO: CONPASS 06-6243-1666[ https://conpass.jp ]


2014/1/31 代官山UNIT公演詳細
OPEN/START 23:00
TICKET INFO : 前売 3,800YEN / 当日 4,500YEN
※20歳未満入場不可。入場時にIDチェック有り。必ず写真付き身分証をご持参ください。You must be 20 and over with photo ID.

◇ 早割チケット限定販売!(30枚限定) : 3,300YEN ◇
11/2(土)より BEATINK OFFICIAL SHOP“beatkart”(shop.beatink.com)にて※売切しだい販売終了。

一般販売 : 11/02(土)より
BEATINK (shop.beatink.com) / ローソンチケット - https://l-tike.com
イープラス e+ (先着先行: 4/22Mon~4/24Wed) - https://eplus.jp
tixee (スマートフォン用eチケット) - https://tixee.tv/event/

主催:シブヤテレビジョン / INFO:BEATINK 03-5768-1277 (www.beatink.com

Colleen 'Cosmo' Murphy - ele-king

JAPANツアー日程
11/1(金) Yuruasa presents DJ Cosmo Japan Tour 2013, Woal, 高崎
11/2(土) Mago x Devotion presents ONE ON ONE, Mago, 名古屋
11/3(日/祝前) Ø presents...Secretbox vol.3 feat. Colleen 'Coosmo' Murphy, Zero, 東京
11/9(土) If Music Be The Food Of Life...., Fillmore North, 札幌

Songs that make Cosmo Dance 10


1
Bryan Ferry - Don't Stop the Dance(Todd Terje Remix) - Vinyl Factory

2
Arcade Fire - The Reflektors - Merge Records

3
Fat Freddy's Drop - Mother Mother (Cosmodelica Remix) - The Drop

4
Land of Light - Isle of Tears (Tiago Remix) - ESP Institute

5
Pacha - One Kiss (F.O.S. One Remix) - Flying International

6
Holy Ghost! - Dumb Disco Ideas - DFA

7
Mario Biondi - This Is What You Are - Schema

8
Lonnie Liston Smith - Space Princess - Columbia

9
The Temptations - Law of the Land - Motown

10
The Isley Brothers - Inside You (Part I & II) - Epic

DJ Yogurt (Upset Recordings) - ele-king

DJ Schedule
10/5(Sat.)@新宿・風林会館
10/6(Sun.)@山梨・野外・@地球大使館
10/12(Sat.)@大阪・Circus
10/14(Mon.)@代官山・AIR
10/14(Mon.)@渋谷・After The Camp@渋谷・J-Pop-Cafe
10/18(Fri.)@新宿・音
10/19(Sat.)@米子・Hasta Latina
10/20(Sun.)@渋谷・O-NEST
10/25(Fri.)@博多・ブラックアウト
10/26(Sat.)@小倉・ロックアロウズ
11/2(Sat.)@新潟
11/3(Sun.)@恵比寿・Liquid Room
11/9(Sat.)@名古屋・Vio

HP : https://www.djyogurt.com/
Twitter : https://twitter.com/YOGURTFROMUPSET
Facebook : https://www.facebook.com/djyogurtofficial

2012年から2013年にかけて自分が小箱でDJする時に頻繁にDJプレイした10曲で、大箱や野外PartyではほとんどDJプレイする機会の無い曲揃いでもあるという今回のTop10 Chart。Downbeatとか、Lowbeatとか、BarealicとかCosmidとか......なんて呼んだらイイのかわからない、ジャンル分けが難しい「遅くて、気持ちイイ曲」ばかり。全て12inch(10曲目のみ10inch)。


1
Tornado Wallace - Thinking Allowed - ESP Institute
12inchで収録曲全曲がロービートでイイ感じの出来の事は珍しいけど、この12inchは珍しくイイ感じのロービートが3曲。生音と電子音の組み合わせ方がNice。
その中でもCloud Country (Original Mix)は特に好き。
https://youtu.be/S2xR2xxRH2o

2
Rocco Raimundo - Love Grow - House Of Discorecords
A-2"Love Glow"というタイトルのThe Pendletons"Waiting On You"のEditが最高過ぎ。オリジナル以上の高揚感をもたらす仕上がりで、こういうEditを聴くとまだまだ新作Editもののチェックは止められないと思う。
https://mox.tv/video/rocco-raimundo-love-glow

3
Philipp Matalla - Lack Of Loss - Kann Records
A-1"Lack Of Loss"のみをDJプレイ。これこそ「何のジャンルかわからないけど、やたら心に残る曲」な気も。いちおうJazz Abstruct Ethnic Low beatとかなんとか形容してみたり。
https://soundcloud.com/kann/philipp-matalla-lack-of-loss

4
Donald Trumpet - Down For The Fourth Time - Better Days Records Inc
こういうEditに自分はホントにヨワイ。2012年末に12inchで出たけど、よくDJプレイしたのは冬ではなくて2013年夏。小箱でDJする時に特によくかけてた。Joey NegroのEditは音質も良くて、DJの時に使いやすいのも好み。
https://soundcloud.com/joeynegro/donald-trumpet-down-for-the

5
Detroit Urban Gardening Ensemble - Take Root - OHA
どこかPatrick Palsingerがやっていたイカしたユニット"Sluts'n'Strings & 909"を思い起こさせる、Funkyかつ少しだけJazzyでもある、Electric Low Beat。Groove感がお約束なノリではなくヒネりが効いている上に、使っている音が刺激的。それにしてもこのレーベルは次にどんな曲をリリースしてくるか、全く読めない......。
https://soundcloud.com/daverendle/the-detroit-urban-gardening-ensemble-take-root

6
Mermaids - Run With The Night - Foto Records
U.K.のGlasgowのLabelから出たコンピ12inchの中のB-1。じわ~っといい塩梅に仕上がっている、フィルター使いが目立つDisco声ネタを散りばめつつ進行していき、歌が始まるのは5分以後......そこまでLong Mixで引っ張りたいところ。
https://www.youtube.com/watch?v=gp7bksr1qS8

7
Suonho - Bara Limpa - Suonho In Brazil Vol.1
2012年にリリースされた12inchながら、2013年もDJプレイし続けている、Barra Limpa (suonho Natural Latinjazz Touch)をB-1に収録。イタリアのSuonhoによるEditで、他のEditはベタ過ぎるキライもあって全然DJプレイしていないけど、このB-1は別格。原曲の良さを引き出している傑作Edit。
https://soundcloud.com/suonho/barra-limpa-suonho-natural

8
Frank Booker - Synchro System - KAT
ナイジェリアの大スターだったKing Sunny Adeが1983年にIslandからReleaseしたヒットシングルのEdit。原曲の出来がイイだけに、あれ以上の出来に仕上げるのは難しいけれど、Dubbyなエフェクトを加え、リズムの低音を強化することで、原曲よりもDJがクラブ等でかけやすい仕上がりになっていて、2013年に自分がよくかけたEditの一つに。

9
Sad City - What I Talk About - Phonica Records
U.K.で長年Record Shopとして営業しているPhonicaのLabelから。Washed outをさらにDubbyに、Trippyに仕上げた感じもあるような、DJプレイしやすい曲ではないけど、たまにかけたくなる曲。
https://soundcloud.com/phonicarecords/sad-city-what-i-talk-about

10
Todd Terje - Snooze 4 Love version - Running Back
この曲は厳密にはLowbeatじゃなくて、BPMは120あるけど、キック等の低音がほとんど無いAmbient仕様。70年代後半のAsh Ra Templeの曲のような気持ちイイ浮遊感が味わえる、電子音がMinimalに柔らかく鳴り続ける曲。あまりDJプレイする機会が無いけど好きな曲で、今年は恵比寿のTime Out Cafeで真夜中にAmbient度の高い選曲でDJした時にプレイ。
https://www.youtube.com/watch?v=m9MLMt0f3XE

Synth-pop, Rock & Roll, Electronica, Juke, etc. - ele-king

Inga Copeland - Don't Look Back, That's Not Where You're Going
World Music


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「Don't Look Back, You're Not Going That Way.(振り返らないで、あなたはそっちではない)」、いかにもアメリカが好みそうな自己啓発的な言葉で、沢井陽子さんによれば、この言葉がポスターになったり、ブログのキャッチになったり、本になったりと、いろんなところに出てくるそうだ。インガ・コープランドは、そのパロディを彼女のセカンド・シングルの題名にしている......といっても、この12インチには例によってアーティスト名も曲目もレーベル名も記されていない。表面のレーベル面には、ナイキを着てニコっと笑った彼女の写真が印刷されていて、裏側は真っ白。ちなみにナイキは、彼女のトレードマークでもある。
 Discogsを調べると今回の3曲のうち2曲はDVA、1曲はMartynがプロデュースしているらしい。ディーン・ブラントではない。ベース系からのふたりが参加している。レーベルの〈World Music〉は、ブラントとコープランドのふたりによる。1曲目の"So Far So Clean"はアウトキャストの"So Fresh, So Clean"のもじりで、「いまのところとってもクリーン」なる題名は悪ふざけだろう。シニシズムは相変わらずで、しかし音的にはスタイリッシュになっている。

Synth-pop

Jamie Isaac - I Will Be Cold Soon
House Anxiety Records


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 デビュー・アルバムのリリースが待たれるキング・クルーの初期作品を出していたレーベルから、冷たい心を持った新人が登場。簡単に言えば、ザ・XX、ジェイムズ・ブレイクの次はこれだろう、そう思わせるものがある。まだ聴いてない人は、"Softly Draining Seas"をチェックしてみて。

E王

Electronic Blues

Americo - Americo graffiti PEDAL


 アメリコは、50年代のロックンロール(ないしはフィル・スペクター)×70年代の少女漫画(ないしは乙女のロマンス)×70年代歌謡曲×ポストパンクという、なかば超越的なバンドだ。坂本慎太郎作品やオウガ・ユー・アスホール作品で知られる中村宗一郎をエンジニアに迎えての12インチで、全6曲。アートワークも楽曲も(そして録音も)アメリコの美学が貫かれている。ヴォーカルの大谷由美子さんは、80年代はクララ・サーカス(日本でザ・レインコーツにもっとも近かったバンド)なるガールズ・ポップ・バンドをやっていた人。

Rock & RollDream Pop

DJ まほうつかい - All those moments will be lost in time EP HEADZ


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 クラスターのレデリウスを彷彿させる素朴なピアノ演奏ではじまる、。DJまほうつかいこと西島大介の4曲入り......というか4ヴァージョン入り。本人の生演奏によるピアノをまずはdetuneがリミックス、自分でもリミックス、そして京都メトロでのライヴ演奏が入っている。エレクトロニカ調のもの、クラウトロック調のもの、少しお茶目で、それぞれに味がある。西島大介といえば可愛らしい画風で知られる漫画家だが、これは漫画家が余興でやったものではない。僕は最初の2と3のヴァージョンが良いと思ったが、もっともシリアスなライヴ演奏が最高かもしれない。

Modern ClassicalAmbient

DJ Rashad - I Don't Give A Fuck Hyperdub


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 これだけファック、ファック言ってる曲はラジオではかけられないが、海賊ラジオやネットでは大丈夫なのか。DJラシャドの「ローリン」は今年前半の最高のシングルだった。"アイ・ドント・ギヴ・ア・ファック"は前作のソウルフルなな路線とは打って変わって、残忍で、好戦的で、不吉で、緊張が走る。声ネタを使ったDJスピンとの"Brighter Dayz"ではジャングル、フレッシュムーンとの"Everybody"でも声ネタを使った、そして頭がいかれたジャングル、DJメニーとの"Way I Feel"はパラノイアックで不穏なR&Bを披露する。楽しんでいるのだろが、しかし......やはり恐るべき音楽だ。

Juke, Footwork

工藤キキのTHE EVE - ele-king

 285 KENTはサウスウィリアムズバーグにある中箱のウェアハウスで、がらんとしたダンスフロアとステージとチープなバーがあるだけのシンプルな箱だ。その285 KENTで月1ペースで開催している「Lit City Rave」は、Jamie Imanian-Friedmanこと J-Cushが主宰するJuke / Footworkのレーベル〈Lit City Trax〉がオーガナイズするパーティ。たぶん私が出入りをしているようなダウンタウンまたはブルックリンのパーティのなかでも極めてクレイジーで、この夜ばかりはステージの上も、DJの仲間たちの溜まり場になるステージ裏も、一応屋内喫煙が禁止されているNYで朝の5時までもうもうもと紫の煙が立ちこめている。
 基本的には、Chicago House直系のベース・ミュージック──Ghetto Houseから、Grime、Dub Step、UK Garageなどのビート中心で、特にJuke/FootworkをNYで逸早く取り上げたパーティだと思うし、例の'Teklife'という言葉もここではCrewの名前として日常的に、時に冗談めかしで使われている。

 DJ RashadやDJ Manny 、DJ SpinnそしてTraxmanはこのパーティのレジデントと言っていいほど「Lit City Rave」のためだけにChicagoからNYにやって来て、彼らのNYでの人気もここ数年の〈Lit City Trax〉の動きが決定づけたと言ってもいいんじゃないかな? さらに興味深いのがTRAXを経由したChicagoのミュージック・ヒストリーをマッピングするように、DJ DeeonなどのOGのDJ/プロデューサーから、Chicagoローカルの新人ラッパーのTinkやSASHA GO HARDが登場したり、ARPEBUことJukeのオリジネイターRP BOOのNY初DJ(!)などを仕掛けるなど、そのラインナップはかなりマニアックだ。
 本場ChicagoのようにMCがフロアーを煽るものの、Footworkersが激しくダンスバトルをしている......というような現場は実はNYでは遭遇したことがないかも。人気のパーティなので毎回混んでいるし、誰しも踊り狂っているけど、パーティにRAVEと名はついているものの俗にいう"RAVE"の快楽を共有するようなハッピーなものではない。はっきり言って毎回ハード。アンダーグラウンドで生み出された新しい狂気に満ちたビートを体感し、自らファックドアップしに行くといったとこだろう。振り落とされないようにスピーカーの横にかじりつきながら、踊るというよりもビートの粒を前のめりで浴びにいくような新感覚かつドープでリアルなセッティングで、本場Chicagoのパーティには行ったことがないけど毎回「果たしてここはNYなのか?」と思ってしまう。

Pphoto by / Wills Glasspiegel

 J-Cushは実はとてもとても若い。LONDONとNYで育った彼は、Juke/FootworkがGhetto Houseの進化系としてジャンル分けされる以前からDJ DeeonなどのChicago Houseには絶えず注意を払っていた。2009年頃からChicago Houseの変化の兆候をいち早く読み取り、一体Chicagoでは何が起きているのか? とリサーチをはじめた。それらの新しいChicagoのサウンドは彼にとってはアフリカン・ポリリズムスまたはアラビック・マカームのようにエキゾチックであり、UKのグライムのようにフューチャリスティックなサウンドに聴こえたそうだ。それからはJuke/Footworkを意識して聴くことになり、〈Ghettotechnicians〉周辺や〈Dance Mania〉のカタログを総ざらいした。
 その後NYでDJ Rashadと出会うことになり彼が生み出すビート、圧倒的かつ精密なまでにチョッピング、ミックスし続ける素晴らしくクレイジーなプレイに未だかつてない程の衝撃を受け、それに合わせて踊るQue [Red Legends, Wolf Pac] や Lite Bulb [Red Legends, Terra Squad]というFootworkersにもやられた彼は、Chicagoのシーンにのめり込むことになり〈Lit City Trax〉というレーベルを立ち上げるに至る。

 NYのパーティは割とノリと気分、ファッション・ワールドの社交の場になっているものも多く、「Lit City Rave」のようにビートにフォーカスし、かつ毎回趣向を凝らしたラインナップで続けているパーティは案外少ない。東京とブリティッシュの友人たちに多いギーク度、新旧マニアックに掘る気質がやはりJ-Cushにもあるし、そして彼は単なるプロモーターでは無い。ジャンルを越境できるしなやかなパーソナリティを持っているし、ストリートからの信頼もあつく、気鋭のビートメイカーたち、Kode9、Oneman、Visionist、Brenmar、Dubbel Dutch、Durban、Fade to Mindのkingdom、Mike Q、Nguzunguzu、もちろんTotal FreedomやKelelaなども早い段階から「Lit City Rave」に招聘している。

Photo by Erez Avis

 J-Cush自身もDJであり、常日頃から新しいビートを吸収しているだけあってスタイルはどんどん進化しエクスペリメンタルなGarageスタイルがまた素晴らしい。そのプレイは先日『THE FADER』や『Dis Magazine』のwebにMixが上がっているので是非チェックしてみて。
 さらにJ-CushとNguzunguzuとFatima Al Qadiriで構成された'Future Brown'というCrewでトラックを作りはじめていたり、今後の「Lit City Rave」ではUSのGrimeや、さらに地下で起きているアヴァンギャルドなダンスシーンを紹介していきたいと語っていた。
 そんなわけで、先週の「Lit City Rave」ではドキュメンターリー映画『Paris Is Burning』で知られたBallのダンス・パーティの若手DJとしても知られている〈Fade To Mind〉のMike Qがメインで登場。こっちのダンスシーンもプログレッシヴに進化を遂げているんだなと、ヴォーギング・ダンサーズのトリッピーな動きに釘付けになったのでした。

https://soundcloud.com/litcity

Lit City Traxからのリリース
https://www.beatport.com/release/teklife-vol-1-welcome-to-the-chi/919453
https://www.beatport.com/release/teklife-vol-2-what-you-need/982622

Download a Mix from Lit City Trax
https://www.thefader.com/2013/08/02/download-a-mix-from-lit-city-trax/

J-Cush XTC MIX
https://dismagazine.com/disco/48740/j-cush-xtc-mix/

YO.AN (HOLE AND HOLLAND) - ele-king

2013年7月24日にHOLE AND HOLLANDよりFUSHIMINGの初ソロEP"HEAVY MOON EP"がリリースされます!以前ALTZ氏のele-king DJチャートにピックアップされた"SELENADE"も収録されています。
https://soundcloud.com/hole-and-holland/sets/fushiming-heavy-moon-ep
リリースパーティーは8/16に渋谷SECOにて開催。
その他MIX、MASTERING作業やスケボーDVDの曲製作、EDIT、自身のソロもマイペースですがやってます。
2013年上半期にプレイし反応良かった曲や印象深い作品をリストしました。

DJ SCHEDULE
7/23 神宮前bonobo
7/27 東高円寺grassroots
8/15 恵比寿bBATICA
8/16 渋谷SECO
8/17~ 三浦BEACH WHISTLE
8/24 静岡EIGHT&TEN
8/31 中野Heavy sick zero
9/17 神宮前bonobo
9/21~23 CHILL MOUNTAIN@大阪

https://soundcloud.com/yoan
https://twitter.com/YOholeAN
https://instagram.com/holeandholland
https://www.hole-and-holland.com/

2013上半期(順不同)


1
FUSHIMING - SELENADE - HOLE AND HOLLAND

2
RAMSEY HERCULES - Disco Morricone - Stereopor Records

3
Grandmaster Flash & Melle Mel - White Lines (Don't Don't Do It) - Sugar Hill Records

4
stim - Blue (Taichi Remix) - Revirth

5
Altz.P - Dodop - Crue-L Records

6
BOTTIN&RODION - ONE FOR ALL - Tin

7
AKIOCHAM - JAMAICA mix - AKIOCHAM.com

8
ASHLEY BEEDLE VS DJ HARVEY - Voices Inside My Head - Bbv

9
Justin V - Version 2 - Keep It Cheap

10
YO.AN - HANG - HOLE AND HOLLAND(promo)

ECD - ele-king

 無地で、品質は最高、カットはシンプル、そしていつまでもすたれないデザイン――。『チープ・シック』(草思社、1977)が称揚したシックな着こなしというのは、「服を第二の肌にする」ということだった。おカネはかけないが、服はこだわって選び、だがそれ自体が目的ではないので、歩いているうちに着ていることさえ忘れてしまおう、と。そしていま、再評価の最中にあるこの素朴な古典は、そうした服装哲学の次の段階として、このように説いている。「つまらない、いっときのファッションには関係なく、静かに、個性的に、自分自身の人生を追うのです。」

TEN YEARS AFTER』と『Don't worry be daddy』に続く三部作めいたECDの新作『The Bridge 明日に架ける橋』にとっても、服(オシャレ)との距離感、音楽それ自体の価値、そして、生活のあり方は重要なキーワードだ。
 ヒップホップにおけるファッションの流行史と、その時々の自分のリアルな反応を回想していく"憧れのニューエラ"は、サッカー・スタジアムの割れる声援のような高揚のムードに煽られ、過去の固有名詞を有意に列挙していくリスト・ソングとしてまず素晴らしいが、さまざまな流行り廃りに流され、やがて「ディッキーズにコンバースに無地TEE」へとたどり着くまでの歴史を通じて、必然的に自らのラッパーとしての立ち位置をも明らかにしていくあたり、唸るほどカッコいい。
 「服を第二の肌にする」――あるいは音楽もそうあるべきだろう。音源のために使えるおカネがもっとあったらいいのに、と思うこともあるが、本当にそれが必要なときに、部屋の棚やiTunesのライブラリーを悠長にひっくり返しているヒマはない。自分にとって第二の肌みたいな音楽があれば、それをサッと手に取り、軽いスニーカーを履いて、ただ自分がいるべき場所へと向かえばいい。時間が余れば本も読めるし、映画も観られる。あなたが望むのならば、デモにも行ける。
 ......と、思いきや、その傍らでECDは、たとえば"NOT SO BAD"のような曲をやる。積みっぱなしの本、買ったきり聴けてないレコード、遠慮もなく押し寄せる日常――「これが生活だ、出した答え」と"今日の残高"で宣言して以来の、いわば「ECD生活編」の最新作だが、日々のやりくりは必ずしも思い通りではないようだ。だがそれは、未練がまったくないと言えばウソになる、というくらいの軽いタッチで、『Don't worry be daddy』にはなかった微笑を誘うユーモアがそこに加えられている。リリックの組み立ては、間違いなくさらに巧くなっている。

 ECDの音楽には、わかりやすい希望もないが、ワザとらしい涙もない。『仁義なき戦い 広島死闘篇』のラストにおける山中正治(北大路欣也)が、どれほど望みを絶たれても決して泣かなかったように。おそらく、「明日」や「未来」という概念が、あらかじめ定められたように希望を騙ってしまう危うさへの残忍な眼差しが、そうさせるのだろう。"俺達に明日は無い"、その凄まじく両義的な精神はいま、"The bridge"と"遠くない未来"という、性格があべこべな双子のような楽曲を生んでいる。
 ソウルフルな序盤から、サイケデリックな(さらにはソフト・ロック的な)展開へとトラックが移植されていく表題曲"The bridge"においてECDが架ける橋は、漠然とした希望と言うよりはもっと暴力的で、ある種の強制力を伴うものだ。いかにも壊れそうな橋だが、否応なしに目の前に準備され、人はそこを渡るしかないし、いちど足をつけたらもう後には戻れない、そういうものとして「明日」は描かれる。それは今日よりも悪いものなのかもしれない、だが僕たちはどうやっても昨日には戻れないのだ。
 あるいはまた、雑誌『ポパイ』に寄稿された、ジョージ・オーウェル(とカレー屋)についてのECDのコラムを読み、なんてブレのない人なんだろう、と思った。そこで、同じくオーウェルを題材にした『remix』のコラムを思い出したのは筆者だけではないだろう――「しかし、家族がいるとそういうわけにはいかない。用心深くなったのは事実だ。それに、先のことを考えると昼間の仕事は60歳になったら辞めなければならないようだし、そうなったら、ビルの清掃員でもやるしかない」(『remix』219号)。
 当時、そのように総括されていた未来図は、図らずも現実のものとなったことが、"遠くない未来"において赤裸々に語られる。だが、文中の「そうなったら、ビルの清掃員でもやるしかない」が、「雇ってくれる原発見つかれば、廃炉作業員として現場」へと差し替えられた"遠くない未来"には、ブラック・ユーモアすれすれの緊張感を突きつけられつつも、小さな希望を僕は見た気がした。

 いろいろな話が混線してきた。が、とにかく、選択肢がありすぎて何も選べないようなときに、サッと手に取るべきもの。僕にとってのECDが、いつの間にかそのような存在になっていたことに気づいたのは、〈Shimokitazawa Indie Fanclub 2013〉でライヴを初めて観たときだった(DJはもちろん、イリシットツボイ)。
 そのダンサブルなトラックがライブでこそ本性を明かす、最高のパーティー・スターター"憧れのニューエラ"、鬱屈した犯罪願望をギンギンに露悪するsoakubeatsとの"ラップごっこはこれでおしまい"、『160OR80』を通じてジューク・カルチャーに捧げられた、ラッパーを振り落すようなバウンス・ビートの"Far from Chicago Beat"にはじまり、音源よりも長めにネタ元のイントロが取られた思わせぶりな"NO LG"、最後は"Wasted Youth"から"大阪で生まれた女"に向かって全力で駆け抜けていくECDは、低いステージの上で強く輝いていた。それはたぶん、僕がこの歳になって初めて観たパンクのライヴでもあった。

 トラップめいた"ラップ最前線"、パンク・ロック"tiolet toilet"、成功という概念にトラウマ的に脅える"ストレステスト"――他にも言及すべき楽曲ばかりだし、アルバムとしても『The Bridge 明日に架ける橋』はECDの代表作たり得る充実ぶりだ。だが、たとえば「傑作」なんていう惰性のような言葉では、それを書いている方が何も満足できないのは何故なのだろう......。
 そう思い、ふと視線を上げる。ここはどこだ? いまは2005年なのか? デジャ・ヴのような政治の狂気が、世間を堂々と闊歩している。以前よりも露骨に、陶酔さえ携えながら。それと対置されたような、労働や疲労による殺気と、謎めいた相変わらずの緩慢さでグロテスクに塗りつぶされた群衆......気づけば、そんなものにさえ慣れてしまいそうになる。
 だが、あのときほど無防備な人間ばかりではない。変わりつつある社会の領域も、確実に存在する。それは本作に託された実感でもある。「26年前には曖昧模糊としたイメージしか持てなかった『1984年』の世界が目の前に蘇った」(『ポパイ』796号)――それは、10年前と変わらない姿で迫りつつあるいまの社会でもあるだろう。流行りの服を体にあてがい、鏡の前でぐずぐずしているヒマなど、やっぱりない。

Co Laの新章 - ele-king


Co La
Moody Coup

Software / melting bot

Amazon

 〈ソフトウェア〉からのリリースとなったセカンド・アルバム『ムーディ・クープ』で格段に磨かれた感のあるボルチモアのプロデューサー、コ・ラ。〈NNAテープス〉、〈ソフトウェア〉といったアンダーグラウンドのポジティヴな熱量がこもったレーベルを拠点に、ジャム・シティやキングダムを擁する〈フェイド・トゥ・マインド〉などへも音楽的な橋をかけ、大きな飛躍を見せようとしている。今回の初来日では、「元ポニーテイル」という紹介がもはや不要となりつつあるギタリスト、ダスティン・ウォンとのコラボレーションが予定されていたりと、東京・大阪のそれぞれの夜を、次のシーンを築く個性的なアーティストたちがサポートする様も楽しみである。


昨年の〈100% SILK〉のジャパン・ツアーにつづく10年代のサマー・オブ・ダブ! 近未来のエキゾチカを描くUSアンダーグランドの鬼才Co Laが初来日!!

ニュー・エキゾチカ、 アヴァン・ラグジュアリー、 ファーニチャー・ミュージックと称された〈NNA Tapes〉からの怪作『Daydream Repeater』、最新作『Moody Coup』は近代エレクトロニック・ミュージックの旗手 Oneohtrix Point Never主宰、NYCブルックリンの新鋭レーベル〈Software〉よりリリース、トロピカルに土着的であり、モダンに都会的であり、シンセティックに未来的である、10年代エキゾチカの奥地へと突き進み、前人未到のダブの領域へと踏み込んだボルチモアの鬼才、Co La。未だかつてない温かくも冷たい至高のサイケデリア、インディ・ダンス、ディスコ、ダブ、アンビエント、ドローン、テクノ、インダストリアル、ハウス、ジューク、ベース、ビートなど、様々なジャンル、モード、文脈が入り乱れるネット/10年代以降の感性を結実させた新しい辺境の夏が始まる。

https://bondaid.jp

■C o L a J a p a n T o u r 2 0 1 3

■東京公演

BONDAID #1 8.2 (FRI) @ SECO Bar Shibuya Tokyo

Live: Co La, Dustin Wong, Co La x Dustin Wong - Ecstatic Sunshine -,
Sapphire Slows, Dream Pusher,

Dj: Cold Name, Mayu, sali, asyl cahier, SlyAngle

日程:2013年8月2日(金)
会場:SECO Bar Shibuya Tokyo
時間:OPEN 21:00 / START 21:00
料金:ADV & W/F 2500 yen | DOOR 3000 yen

詳細: https://bondaid.jp/post/52069137191/bondaid-1

主催:BONDAID
お問合わせ bbondaidd (at) gmail (dot) com

■大阪公演

OZ 8.4 (SUN) @ Club Circus Osaka

Live: Co La, metome, Eadonmm,
Dj: Keita Kawakami, Seiho, OZ crew

日程:2013年8月4日(日)
会場:Club Circus
時間:TBA
料金:ADV 2000 yen | DOOR 2500 yen

主催:OZ
お問合わせ https://oz-party.tumblr.com

詳細: https://bondaid.jp/post/52068939200/oz


SGROOVE SMOOVE (SPECTA / FLOWER RECORDS) - ele-king

DJスケジュール
7月5日(金) URABANITE @ 頭バー
7月13日(土),音音(NEON) @ CREAM (熊本)
7月20日(土),NOUVEAU @ CLUB BALL
FACEBOOK
https://www.facebook.com/suguru.miyazaki.9

7月に聞きたい雑多な大人HOUSE10曲


1
The Secret Life Of Us - Feat Donna Gardier & Diane Charlemagne(Director's Cut Signature MIx) - The Sunburst Band

2
My Moody Life(Original Mix) - Kerri Chandler - Suss

3
Fantom Finger - Masanori Ikeda - Flower Records

4
Warm(Original Mix) - Loaded Dice - Defected

5
Choice(Original Full Version) - Specta - Flower Records

6
The Ride(Original Mix) - Lovebirds - Knee Deep Recordings

7
Sugar(Joey Negro Mix) - Roy Ayers - Rapster Records

8
Your Body(Louie Vega EOL Mix) - Josh Milan - Honeycomb Music

9
Talia Feat Stering Ensemble(Main Mix) - Sterling Ensemble,Aaron Ross - Restless Soul Music House

10
Love Love Love(Main12) - Those Guys - Basement Boys Records
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48