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明け方に雪そっくりな虫が降り誰にも区別がつかないのです
穂村 弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』
ゴミを見てゴミを美しいと思う、それがシットゲイズ(shitgaze)という感性だ。さらに言うなら、そこには逆説的なニュアンスがあってはならず、ふつうに美しいと思うのでなければならない。なぜゴミがふつうに美しいのか。それは、ゴミが世界に対する自らのアナロジーとして感じられるからだ。自らばかりではない。我々の、人びとの、みんなの生がゴミのよう。ゴミのように輝いている。そういう認識である。
シットゲイズという言葉は、レイト・ゼロ年代を、あるいは10年代のグレーな幕明けを思うとき、影送りのように眼裏をかすめる。見ての通り「シューゲイズ(shoegaze)」に「シット(shit)」を掛けた言葉で、一群のバンドや音を指す。なるほど深いリヴァーブやフィードバック・ノイズといったシューゲイズ・サウンドの輪郭を持ってはいるが、本家シューゲイザーに色濃くうかがわれるセカイ系的な甘美さはない。あるのはミクロな日常性を加工なしに垂れ流す不敵さ。オハイオのローファイ・デュオ、サイケデリック・ホースシットのマット・ホワイトハーストの発言がこの言葉の起源となるようだが(2009年に『シットゲイズ・アンセムズ』というミニ・アルバムも出している)、我々が思い浮かべる具体名としては、タイムズ・ニュー・ヴァイキングやイート・スカル、シック・アルプス。またノー・エイジやウェイヴス、ヴィヴィアン・ガールズまで含めてもよいだろうし、ウッズ率いる〈ウッドシスト〉、ブランク・ドッグス率いる〈キャプチャード・トラックス〉、〈イン・ザ・レッド〉といったレーベル名をぼんやりと思い浮かべれば間違いはない。ローファイでガレージー、リヴァービーでダウナーな音は映画『ガンモ』の描き出したような郊外的な閉塞や絶望をはらみながらも、それをとくに苦にしない一種の知性でもってゼロ年代的な風景を照らし出す。ヴォーカル・スタイルにも共通性があって、なんだかみんなそのもやもやした音の向こうでいっせいに、わーっと、つぶやいている。遠方でペイヴメントが結像するようなローファイ2.0、そうした一群だ。
さて、そんなローファイ2.0の中心地、USシーン最大のサイケ/シューゲイズ・コロニー〈ウッドシスト〉より、人気2バンドのメンバーによるコラボ・ユニットのデビューEPがようやくCDでリリースされた。ブランク・ドッグスことマイク・スナイパーと、ダム・ダム・ガールズのディー・ディーという小憎い男女デュオだ。ブランク・ドッグスが自身の〈キャプチャード・トラックス〉よりリリースしたダム・ダム・ガールズのデビューEP『ダム・ダム・ガールズ』は昨年大いに話題になり、自らも〈イン・ザ・レッド〉からのセカンド・アルバム『アンダー・アンド・アンダー』で日本でもいっきに存在感を増した。メイフェア・セットとしてのデビュー・シングル『オーレディー・ウォーム』は〈キャプチャード・トラックス〉からリリースしている。じつにUSらしい、バンド同士の有機的な横のつながりがシーンを生み出す好例と言える。
トラック3の"ジャンクト!"(12インチの方ではトラック1)。何遍聴いてもそのたびに「こんなに速い曲だっただろうか?」と感じるシットゲイズの名曲だ。この逸るようなリズム感は上記のローファイ勢のなかにぜひとも聴き取ってもらいたい要素である。ノリはスカしたようにゆるいのだが、リズムは意外に切迫しているのが彼らだ。そしてゆらゆらした温泉のようなリヴァーブを取り去っても、かなりしっかりメロディが残る。達観しているようで青い。そうした切ない要素が特にストレートに出ているのがメイフェア・セットである。それゆえに例えば『ピッチフォーク』等では辛めの点数を付けられるのだろうが、おそらくはディー・ディーによるところのこのやや甘口なドリーム・ポップ・テイスト、c86的なメロディ志向は、間違いなく2009年を牽引したエレメントのひとつである。彼女の少年のような声もいい。そしてブランク・ドッグスのローファイ/シューゲなプロダクションは彼一人のときよりも彼女の声が添うときに雄弁だ。ローファイな録音の、粗い粒子の一粒一粒がこの世界を取り巻くゴミのよう、自らもそのひとつだ......。それはなんとなく雪のようでもあり、美しい。誰にも区別はつかない。虫か、ゴミか、雪か。
冒頭の歌にはわずかに世界への呪いを感じるが、シットゲイザーはその後の世界を生きている。この世はクソかも知れないが、それは生まれてきたときからそうだったし、自分もクソみたいなものなのだろう。それはまあそれでいい。それはべつに、世界が美しくないことを意味しないのだから。シットゲイズな感性にはどちらかといえば肯定的な知性がある。そしてメイフェア・セットのサウンドは、少なくともゴミのように美しい。
橋元優歩