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石野卓球

石野卓球

Cruise

Ki/oon

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アボ・カズヒロ   Aug 25,2010 UP

 石野卓球という存在をはじめて知ったのはたしか92年か93年、僕がまだ小学3~4年生の頃だ。機械をいじるのが好きだった僕は、ある日父親からラジオのタイマー録音の方法を教えてもらった。当時、自分が眠っているあいだに世のなかでは何が起こっているのか? という、子供なら誰しもいちどは考える疑問を抱えていた僕は、これ幸いと手当たり次第に深夜のラジオ放送をエアチェックしまくった。そしてある日、たまたまテープに収められていたのが『電気グルーヴのオールナイトニッポン』だった。いちぶのギャグ(風俗ネタなど)は、何を言っているのか当時の僕にはイマイチわからなかったけれども、なんだかイケナイ世界を覗き見しているようでドキドキしたし、何よりそこでかかっていた聴いたことも無い音楽の数々には瞬く間に魅了されてしまった。

 この番組には毎週石野卓球がセレクトしたお薦め曲を紹介するコーナーがあって、当時バリバリの新譜だったオービタルの"ラッシュ"や、デリック・メイの"アイコン"なんかが取り上げられていた。あのオールナイトニッポンで、当時J-WAVEなどのFM局でもほとんど取り上げられていなかったアンダーグラウンドなダンス・ミュージックをガンガン流しまくっていた。ミニマル・テクノを流すときには「これはラジオの故障じゃないよ」というエクスキューズ入りだった。オールナイトニッポンというメディアなわけだから、当然聴いているのは熱心なクラバーや音楽マニアだけではない。深夜に受験勉強をしている中高生やタクシーの運転手、はたまた当時の僕のような小学生まで聴いているメジャーなメディアだ。加えてインターネット前夜である。ラジオはいまの中高生が思っている何倍も影響力があった。そこでハードフロアやらユーロマスターズやらを流しまくるというのは、当時は幼かったせいでなんとなく受け止めていたけど、相当パンクでラディカルな行為だ。石野卓球は、"シーンの種"を撒きつづけていた。

 いまでこそ多くの音楽の情報はインターネット上に並列的なアーカイヴとして存在していて、関心さえあればどこに居てもアクセスすることは容易い。しかしこの頃は、海の向こうのアンダーグラウンドな音楽シーンで何が起こっているのかを知るのは、そう簡単なことではなかった。そもそも、国内にしたっていまでは考えられないくらい情報的にも、物質的にも格差があった。東京のリスナーは放送の翌日にシスコやウェイヴまでレコードを買いに行くことが出できたが、僕のように地方で聴いていた人間はなす術も無かったわけだ。当時アンダーワールドの"REZ"が取り上げられたときに、この曲がどうしても欲しくて小学生ながら街のCDショップに買いに行ったことはいまでも忘れられない。結果はもちろん、けんもほろろにあしらわれておしまいだった。ビートポートで何処に居ても品切れも無く買い物出できることがどんなに幸せなことか! 僕にとっては"今週のおすすめ曲"だけを抜き出してダビングしたカセットテープがバイブルだった。気づいたときには、この音楽から完璧に逃れられなくなっていた......。けっして悪い意味じゃなく、完全に「踊らされて」いた。

 そしてそのままときは過ぎて、10数年たったいま、DJをしたり、音楽を作ったり、こんな文章を書いたりしている。僕も無数に居る"石野卓球に扇動された人間"のひとりだ。そして、世代的には僕より上の世代、つまりオールナイトを聴いて直ぐに行動を起こすことができた世代たちは、思い思いの手段で石野卓球の撒いた種を芽吹かせようとしていた。ある者はミニマル・テクノを......、またある者はトランスを......、ユーモア・センスとサンプリングという手法に感銘を受けた者はナードコアを......、ロッテルダム・テクノやユーロマスターズのサウンドに衝撃を受けた者は、現在J-COREと呼ばれているようなシーンに繋がるような活動をはじめた。石野卓球の撒いた種はもしかしたら本人の思う以上に広範囲に広がっていたのかもしれない。

 その後もソロ・ワークスや〈WIRE〉のオーガナイズなどを通じて、石野卓球がテクノ・シーンの発展のために尽力したきたのはご存知の通りだ。そこにはつねに、シーンの開拓者としての意識や気概のようなものを強く感じることができた。もちろん、そういう意識はいまも持ち続けているとは思う。

 しかし、前作から6年ぶりのソロ作である本作からは、いままでに無く肩の力が抜けた感じというか、リラックスしたムードが漂っている。それは本作がミニ・アルバムというフォームだからというだけではないだろう。そこには、この10数年で日本におけるテクノ・シーンがだいぶ成熟したことが関係していように思う。ベルリン発のニュ・ーハウスやミニマル的な感触のビートに、どこか『ベルリン・トラックス』の頃を思い出させる質感のパーカッションやシンセが重なる"Feb4"や、シンプルながらもオールドスクールなレイヴ感のあるシンセリフが印象的な"SpinOut"、跳ねたビートにチョップされたサックスのサンプルと「ポンポンポン、イヨォー!」というヴォイス・サンプルがエラく陽気な"Hukkle"など......、どれをとっても音から透けて見えてくるのはリラックスしてブースに立つ、シーンのなかのいちDJとしての石野卓球の姿だ。自らが種をまき、そしていまやしっかり根を張ったシーンと慈愛をもって対峙し、そして戯れているような印象も受ける。併せて感じたのが、いままでの作品と比べてもとりわけ石野卓球のドメスティックな部分、いうならば染み付いた手癖のようなものが音楽に反映されていることだ。いままではどこかに、海の向こうで起こっていることを咀嚼して伝えるという部分があったように思えるが、今作からそういうところはあまり感じられない。

 この後にもアルバムの予定が控えているらしいが、それが今作のように、ある種肩の荷が下りた状態の作品になるのか? はたまた新しく何らかの道標になるような作品になるのか? 現状ではまったく予想もできないが、僕としては楽しみでならないし、身体的にも精神的にも「踊らされる準備」はできているつもりだ。

アボ・カズヒロ