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気がつけば、今日もジャスティン・ヴァーノンの歌声を聴いている。その、つねにどこか切なさを孕むファルセット・ヴォイスを聴いていると、彼が自分の受けた傷と徹底的に向き合ったことが伝わってくるようで、そこには生きることの過酷さに対する少しばかりの諦念を含んだ覚悟が宿っているように僕には聞こえる。彼は森に籠ったが、それは逃避ではなかった。人間は孤独なものだという真理に彼は対峙したのだった。
その声が、アメリカが沈みゆく時代に発見されたのは偶然には思えない。彼が歌ったのは社会ではなくごく個人的な物語であったが、未来に対する明るい展望など見えないこの時代に、それでもひとりで生きて傷つき続けるしかないことをその歌は静かに、だがたしかに差し出している。僕が彼の歌に心惹かれるのもきっと、明るい未来がまるで見えない日本に住んでいるからだろう。だから歌の感情に耳を澄まして、そこで描かれる孤独のなかで何かが美しく輝く瞬間を待ち続けている。
コラボレーションを中心とするジャスティンの動向を追っているとさまざまな音に行き当たるのもまた、彼の姿勢を表していると言えるだろう。貧しい時代のなかでも音楽は豊かであると言わんばかりに、実に多様な音と自分の声をぶつけ合わせている。カニエもギャングスも面白かったが、なかでもヴォルケーノ・クワイアは特筆に価する。「もともと友だちだった」というコレクションズ・コロニーズ・オブ・ビーズと組んだバンドだが、ドローンとゴスペルが手を取り合うどこか神秘的な響きのする幽玄なアンサンブルが魅力で、そこには男の孤独が雪とともにゆっくりと溶けていくようなカタルシスが宿っていた。
オール・タイニー・クリーチャーズは2010年のヴォルケーノ・クワイアの日本ツアーを最後にコレクションズ・オブ・コロニーズ・オブ・ビーズ(以下CoCoB)を脱退したキーボーディストのトーマス・ウィンセクを中心としたユニットで、その音はヴォルケーノ・クワイアから「叙情的なインスト・ロック」の部分を取り出して、多様な楽器を使うことでヴァラエティに富んだ味付けをしたものになっている。CoCoBの前身がポスト・ロック・バンドのペレだということをあらためて思い起こしていただければ、その流れが伝わるだろうか。とはいえ、音楽から受ける印象はヴォルケーノ・クワイアとかなり違う。
基本的にはインスト・ロック・ナンバーが中心だが、ミニマル・テクノ風の曲やエレクトロニカなどサウンドの引き出しは多い。とくにジャスティンがヴォーカルで参加した"アン・アイリス"の穏やかな幸福感や、鍵盤打楽器やスネアドラムが生み出すガジェット感がどうにもメルヘンチックな"カーゴ・マップス"の無邪気な魅力が光っていて、前半は鮮やかなポップネスに彩られている。クラウトロック風の反復とエレクトロニカ譲りの電子音が戯れユーフォリックなムードを生みつつアルバムは進み、終盤"トライアングル・フロッグ"では今風のサイケデリックなアンビエント・ドローンも聴ける。反復を重ねることによって陽光が降り注ぐような高揚感を生み出す"プランクトン・マーチ"が大いに盛り上げ、アルバムを締めくくる。リラックスしていて、カラフルで、ドリーミーで......聴いていると純粋に音だけで心地良く楽しい時間が過ごせるが、高度な技術で子どもの絵を模倣したパウル・クレーの絵画のような味わいを持った1枚である。
ジャスティンのごく周辺だけでもソフト・ロック、カントリー、ポスト・ロック、フォークと様々な音が鳴らされているが、それらは彼の歌声が繋げることによって緩やかに連帯しているようだ。それが僕には、現代における理想的なコミュニティのように見える。彼らの多様性に対する寛容さは、見えなくなったはずの未来を浮かび上がらせるかもしれない。
木津 毅