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ホット・チップがフェンダーを掻き鳴らすギター主体の......というかベンチャーズをカヴァーしたらこうなっていたのかもしれない。実際ホット・チップは10月のギグでジャンゴ・ジャンゴを前座に迎えることになっている。ジャンゴ・ジャンゴという反復の名前を見て反射的にギャング・ギャング・ダンス(Gang Gang Dance)を思い出したのだが、ギャング・ギャングとも相容れるかもしれない程度にサイケデリックでもあるし、最近の彼らと同じく反復のリズムが据えられている。しかしそのリズムも殊更には強調されておらず、大げさに踊ることは想定されていないだろう。
シンセサイザーやリズムマシンを用いたポップスとなるとシンセサイザーが演奏の主体になっていくのがシンセポップのバンドの常だと筆者は勝手に思っていたのだが、ジャンゴ・ジャンゴはシンセをあくまで曲の味付けとして用いており演奏の主体はギターとドラムとベースといったフィジカルな音である。そしてなによりザ・ビーチ・ボーイズ(!)を思い起こさせるヴォーカル・ハーモニーを特筆すべきか。というか、このバンドが語られる際にホット・チップの名が挙げられる傾向があるのは、エレクトロニクスを用いた音楽にザ・ビーチ・ボーイズめいたヴォーカル・ハーモニーを搭載させているからだろう。リード曲"ディフォルト(Default)"でのタイトルを連呼するエディットされたヴォーカルも"Surfin' Safari"におけるマイク・ラヴのちょっと間抜けなコーラス・ワークとよく似ている(ああ、またホット・チップとザ・ビーチ・ボーイズに触れてしまった)。もしかしたらアニマル・コレクティヴ(Animal Collective)のヴォーカル・ハーモニーを思い出す人もいるかもしれない。しかし、リード・ヴォーカルが導くメロディはジョン・レノンに歌わせてもしっくりくるものがあるかもしれない。
ロンドン出身のジャンゴ・ジャンゴだが、「ジャンゴ」が映画『続・荒野の用心棒』の主人公の名前であるように──それは初期のアップセッターズのアルバム名にもなっている──音楽(とくにリード・ギター)はなぜかとても西部劇的めいている。西部劇というよりはアメリカーナ志向は、古くからブートレグで伝わっていたがようやく昨年にオフィシャルで陽の目を見たザ・ビーチ・ボーイズ『スマイル(SMiLE)』のコンセプトと接近しようとしたものであるかもしれない。そう考えるとアルバム全体が"英雄と悪漢(Heroes And Villians)"を引き延ばそうとしたものにも思えるし、ヴィンセントのリード・ヴォーカルもその頃のブライアンのすこしだけ鼻にかかった歌声と似ている気さえする。こんなこというと本人がたいそう喜びそうだ。
"ファイアウォーター(Firewater)"のカントリー・ブルース/ロカビリーっぽさ。ホット・チップの強烈なダンス・フロア・ソング"シェイク・ア・フィスト(Shake A Fist)"をリスナーの脳みそをふにゃふにゃにできるよう知能指数をすこし低めに設定して柔らかくカヴァーしたような"ウェイヴフォームス(Waveforms)"のビート。レッド・ツェッペリンの『III』っぽくもある"ハンド・オブ・マン"に吹くフォークの風。"ラヴズ・ダート(Love's Dart)"の背後にあるマントラのにおい、"ウォー(Wor)"の露骨にあらわされた「エレキ」の弦の感触。ひねりのないタイトル"ライフズ・ア・ビーチ(Life's A Beach)"に突如挿入されるパイプ・オルガン。タイトルから諸の"スカイズ・オーヴァー・カイロ(Skies Over Cairo)"のアラビアン・ナイト。"ドラムフォームス(Drumforms)"にある日本のバンド、Food BrainのサイケデリアとYMOのシンセサイザーの調合。これらすべてがいやらしさを感じさせないようにしかし記号的に配置されている。さまざまな過去の音楽から要素を抽出してくる感覚は例えばベスト・コーストのあからさまなリヴァイヴァルとも違うし、ホット・チップによる80年代の音楽の消化&昇華とも違うだろう。折衷というよりは、例えばジャンゴ・ジャンゴがベッドルームで見た音楽のジャーニー(旅)の(白昼)夢を具現化しようとしたもののように思える。これらの記号は、じっさい、意図的にプリコラージュされたにしてはサイケデリックだし、無意識的にしてはアーティスティックでよくできすぎている。ライナーノートにはジャンゴ・ジャンゴのリスペクトする無数のミュージシャンが羅列されているが、そこまで計算し尽くされ謀略的なサウンドのようには響かない。無邪気で愉しいアルバムだ。メンバーたちも他に仕事をもっているゆえにスローペースの活動とのことだが、どんなシーンにも左右されず、気楽にアーティスティックな作品を作ってくれることだろう。これならザ・ビートルズやザ・ヴェンチャーズしか聴かないようなおじいさんもすこしは耳を傾けてくれるかもしれない。次作はいつだ。
斎藤辰也