Home > Reviews > Album Reviews > James 'Creole' Thomas- Omas Sextet
ジャズの誕生の歴史を紐解くと、クレオール(クリオール)という言葉に行き当たる。19世紀末から20世紀初頭のアメリカの中で、ニューオーリンズは黒人、及び白人とカリブ系黒人の混血であるクレオールが多く暮らす町だった。ニューオーリンズもクレオールも、もともとフランス語を由来とする言葉である。すなわち、ニューオーリンズはヨーロッパ文明と新大陸の交差する場所であった。クレオールや黒人たちは、ラグタイム、マーチ曲、賛美歌、黒人霊歌、アフリカ伝承曲、フランス民謡、スペイン民謡などを演奏する中で、次第にそれらが混ざり合っていく。そして、それらをアマチュアのブラス・バンドが演奏し、それがジャズへと発展していったという考察がある。ジャズはアメリカの黒人が生み出したと言われることが多いが、実際にはクレオールを介した白人文化と黒人文化の混血から生まれたもので、アフリカ発祥の黒人音楽だけでなく、西欧のクラシックや教会音楽、民謡などの要素も混ざっているのだ。その後、ジャズが進化していく中で、時代によってロック、ラテン、ソウル、ファンク、R&B、ヒップホップという具合に、いろいろな音楽とのフュージョンを果たしていく。それは、ジャズそのものが混血の音楽だからである。
クレオールという言葉をアーティスト名に用いた最初の例は、キッド・クレオールことオーガスト・ダーネルかと記憶する。アメリカ人のオーガスト・ダーネルはカリビアンとイタリアンの混血の家系だが、ここに紹介するジェイムズ・トーマスもまた、ミドルネームにクレオールを用いている。ジェイムズ・トーマスはハイチとアメリカのルイジアナ州を経由し、現在はモーリシャス共和国のポートルイスに住んでいる。モーリシャスはアフリカのマダガスカル島に近い諸島からなり、オランダ領、フランス領、イギリス領を経て、現在はイギリス連邦に属した独立国家である。インド洋上に位置し、またインド系住民が奴隷として連れてこられた歴史から、インド文化の影響が強い。そして、アフリカやアラブ文化の影響も受け、それらが混合した独特の文化を持っている。このモーリシャスにゆかりのあるアーティストで、まず思い浮かぶのはモー・カラーズことジョセフ・ディーンマモードだろう。南ロンドン出身で英国人とモーリシャス人の混血の家系である彼は、『モー・カラーズ』(2014年)、『テクスチャー・ライク・サン』(2015年)、そして最新作の『インナー・シンボルズ』(2018年)と3枚のアルバムをリリースするビートメイカーだ。ジャズ、アフロ、ダブ、ヒップホップ、ソウル、ビートダウンなどを融合し、クラップ・クラップなどとはまた違うアプローチで、クラブ・サウンド側からワールド・ミュージックの発信を行う。
ジョセフ・ディーンマモードには兄弟もいて、それぞれレジナルド・オマス・マモード4世、ジーン・バッサの名前で音楽活動を行っている。ジョセフ・ディーンマモード同様にミュージシャン兼ビートメイカーで、やっている音楽も共通するようなものと言える。彼らディーンマモード3兄弟はテンダーロニアスの主宰する〈22a〉と繋がりが深く、それぞれ作品リリースを行っている。ジョセフ・ディーンマモードはパーカッション奏者として、テンダーロニアス率いるルビー・ラシュトンにも属しており、またレジナルド・オマス・マモード4世とジーン・バッサもパーカッション奏者として、テンダーロニアスの最新作『ザ・シェイクダウン』(2018年)をサポートする22aアーケストラの一員となっている。このディーンマモード3兄弟のいとこにあたるのがジェイムズ・トーマスで、レジナルド・オマス・マモード4世のアルバムの『レジナルド・オマス・マモード・IV』(2016年)、『チルドレン・オブ・ニュー』(2018年)にもミキシング・エンジニアとして関わっている。そして、今回ジェイムズがリリースするリーダー・アルバムの『オマス・セクステット』にも、ディーンマモード3兄弟が参加している。彼ら4人がバンドのコア・メンバーとなり、セクステットという6人編成が示すようにサポート・ミュージシャンも交えて録音が行われ、リリースは〈22a〉からとなっている。演奏クレジットはジェイムズ・トーマスがパフォーマー、モー・カラーズ(ジョセフ・ディーンマモード)がフルート、コンガ、パーカッション、ジーン・バッサがパーカッション、カズー、レジナルド・オマスがタンブーラ、パーカッション、シンセとなっており、録音場所のクレジットはないのだが、恐らくテンダーロニアスらが使っているロンドンのスタジオでの録音だろう。
作曲はジェイムズ・トーマス及びモー・カラーズとなっているが、カヴァー曲も3曲収録し、“アース”はジョー・ヘンダーソン、“ザ・プラム・ブロッサム”がユセフ・ラティーフ、“ナドゥシルマ”がアーメッド・アブドゥル・マリクの楽曲。ジャズに中近東音楽を融合したアーメッド・アブドゥル・マリク、東洋神秘思想に傾倒したユセフ・ラティーフ、アリス・コルトレーンと共演していたころのジョー・ヘンダーソンと、こうしたカヴァーの選曲にもジェイムズ・トーマスの志向する音楽性が透けて見える。ジャズ、アフリカ音楽、中近東音楽、インド音楽の融合、すなわちクレオールというアイデンティティが、“メルティング・ポット”という題名にも表れている。この“メルティング・ポット”を筆頭に、スポークン・ワードを取り入れた小曲が多いことも『オマス・セクステット』の特色で、そこでは盛んに自身のルーツであるクレオールについて触れている。“ファースト・ウェイズ”のパーカッシヴなリズムと瞑想性を帯びた音色は、汎アフリカ主義とディアスポラ的な精神を示しており、シャバカ・ハッチングスとかイル・コンシダードなど、現在の南ロンドンのジャズ・ミュージシャンたちと共鳴している。“リード・バイ・ノー・ワン”や“ノー・ニード・ウェイト”はヒップホップやビートダウンを咀嚼したもので、モー・カラーズのテイストに近いだろう。また、ナイヤビンギやルーツ・レゲエとの近似性も見られるアルバムで、スポークン・ワードの取り入れ方などを含め、カウント・オージー&ミスティック・リヴェレイション・オブ・ラスタファリの名作『テールズ・オブ・モザンビーク』(1975年)の現代版という見方もできるのではないだろうか。
小川充