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Koji Nakamura

Ambient SoulAvant Pop

Koji Nakamura

Epitaph

キューン

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小林拓音   Jul 02,2019 UP
E王

 きっちり時代に呼応している。まずはそのことを確認しておくべきだろう。数えきれないほど多くのプロジェクトを抱えるナカコーこと Koji Nakamura だけれど、『Masterpeace』以来5年ぶりとなるソロ名義の新作『Epitaph』は、初っぱなから“Emo”のノイズや教会的なドローンが体現しているように、あるいは“Wonder”や“Influence”や“Hood”といった曲の電子音から聴きとることができるように、ジェイムス・フェラーロOPN 以降のアンビエント~エレクトロニック・ミュージックのモードとリンクした作品に仕上がっている。おそらくは近年の Nyantora 名義での活動や福岡の duenn との交流、さらにそこにメルツバウを加えた 3RENSA での経験が大きくフィードバックされているのだろう。『Epitaph』はアンビエント~電子音楽の作り手としてのナカコーの、ひとつの到達点を示している。
 プロデューサーに抜擢された Madegg の尽力も大きい。随所に挿入されるさまざまなノイズや加工された音声、ドローンや具体音の数々は、彼とナカコーとのキャッチボールの賜物であり、ふたりの試行錯誤はたとえば、印象的なストリングスと ACO の筆による押韻の合奏から一転して美しいドローンへと変容する“Reaction curve #2”や、キャッチーなピアノの反復が不穏なノイズを巻き込みつつ徐々に昂揚感を煽っていく“Open Your Eyes”、甘美なハープがシューゲイズ・ノイズに呑み込まれていく“Sense”のようなトラックに見事に実を結んでいる。
 他方でこの新作でナカコーは、驚くべきことに、ブラック・ミュージック的なヴォーカルを披露してもいる。その最良の成果は“Lotus”によく表れているが、そのような「黒い」コード感とリズムがもたらす穏やかなソウルの情性は、いわゆるクワイエット・ウェイヴの流れに連なるものと捉えることも可能だろう。ようするにこの『Epitaph』は、一方でフェラーロや OPN 以降の電子音楽の状況を踏まえながら、他方でいまの静かなソウル~ポップのトレンドとも合流する、きわめて時代的かつ二重に「アンビエント」な作品である、とひとまずは整理することができる。

 興味深いのは、この『Epitaph』という作品がもともとはフィジカルや配信での販売を想定したものではなく、サブスクリプションのプレイリストとしてはじまったものであるという点だ。曲は任意のタイミングでアップグレイドされ、オーダーも随時入れ替わる──そのような移ろい、一時性への着眼は、けっして同じ音の組み合わせが発生しないイーノの『Reflection』とはまた異なる位相で、はかなさのなんたるかを知らしめようとしているかのようだ。当たり前だが、更新されるということは、以前のものが聴けなくなるということで、そのような不可逆な試みに「エピタフ」という題が与えられているのも重要なポイントだろう。墓碑銘とは、未来に向けてではなく、過去に向けて贈られるプレゼント=現在なのだから。
 と、まさに過去こそが『Epitaph』の主題になっているわけだけど、それは Arita shohei の詞によって補強されてもいる。全体をとおしてもっとも多く登場するのは「あの時」という、かつての瞬間や出来事や体験を想起させるための言葉で、他にも「変わる/変わらない」「巻き戻す」「帰る/帰れない」「記憶」といったフレーズの頻出するこのアルバムは、そもそも音の聴取というものが少し前に鳴っていた音の忘却によって成り立っていることを、そしてアンビエントやドローンという着想ないし手法がそのような時間の流れを攪乱するものであることを思い出させてくれる。そう、「思い出さ」せてくれるのだ。だからこそ、一見ナンセンスで、他の曲たちと毛色が異なっているように見える最終曲“No Face”が、カオナシを題材にした abelest のラップをフィーチャーしていることも、強烈な意味を伴って立ち現れてくる──『千と千尋の神隠し』におけるクライマックスが「思い出す」ことだったことを思い出そう(ちなみに abelest は昨年“Alzheimer”という曲で、ザ・ケアテイカーとはまた異なる角度から記憶や忘却と向き合っている)。

 このように、尖鋭的な音響工作と、過去や記憶をめぐる思索──空間と時間双方にたいするアプローチが織り込まれた『Epitaph』は、ちょっと他に類例の思い浮かばない独自の強度を具えているわけだけど、この特異な作品を生み出したのがナカコーであるという外在的な事実もまた無視してはならないポイントだろう。思うに、『Epitaph』には二本の糸が絡み合っている。一本は日本と海外を繋ぐ横の糸。もう一本はメジャーとアンダーグラウンドを結ぶ縦の糸だ。
 Madegg との共謀による海外の同時代的なサウンドの換骨奪胎作業と、どこまでもナカコーのものとしか言いようのないヴォーカルや主旋律、あるいはゆるふわギャングや abelest や ACO や Arita shohei による、日本からしか生まれえないだろう諸要素との類まれな共存は、近年ますます洋楽を聴かない層が増えているというこの国の音楽をとりまく状況において、どう「外」からの影響と「土着性」との折り合いをつけるかということの、ひとつの希望だと言えるし、またそのような作品がアンダーグラウンドではなくメジャーから発表されたことも、デビュー当時からすでにボアダムスや中原昌也に心を奪われていたというナカコーが自然に身につけた、オルタナティヴなスタンスの表れのように思えてならない。

 というわけで、結論。20年以上におよぶキャリアのなかでナカコーは、いまこそもっとも輝いている──過去へのプレゼント=現在たる『Epitaph』には、そう思わせてくれるだけの実験精神と想像力とパッションとそして、音楽にたいする愛がぎゅっと詰め込まれている。

小林拓音