Home > Reviews > Album Reviews > Guedra Guedra- Vexillology
マイルス・デイヴィスのアルバムから命名した〈オン・ザ・コーナー〉というロンドンのレーベルがある。2013年の活動開始からこれまでに、マルチ・リード奏者のタマル・オズボーン率いるアフロ・バンドのカラクターや、その一員であるパーカッション奏者のマグナス・メータ率いるペーニャ、ドラマー/プロデューサーのニック・ウッドマンジーのプロジェクトであるエマネイティヴなどの作品をリリースしてきた。
カラクターに代表されるようにアフリカ音楽やラテンなど民族色の強いジャズ、スピリチュアル・ジャズやフリー・ジャズにフリー・インプロヴィゼイション系が強い印象で、サウス・ロンドンのトゥモローズ・ウォリアーズ系のジャズ・サークルとはまた違う個性を放っているのだが、次第にイタリアのDJカラブやペルーのデンゲ・デンゲ・デンゲなど、ロンドンやUK以外の国のアーティストも扱うようになってきている。カラブやデンゲ・デンゲ・デンゲはプログラミングやエレクトロニクスを交え、ダンサブルなクラブ・サウンドを志向するDJ/プロデューサー・ユニットであるが、やはり民族音楽を主体とした音作りをするアーティストでもあり、そうした点で〈オン・ザ・コーナー〉の一貫したレーベル姿勢を感じる。
今回〈オン・ザ・コーナー〉から『Vexillology(ヴェクシロロジー)』でアルバム・デビューしたゲドラ・ゲドラも、カラブやデンゲ・デンゲ・デンゲと同じ系統のアーティストと言えるだろう。ゲドラ・ゲドラの本名はアブデラ・M・ハッサクでモロッコ出身。現在もモロッコのカサブランカを拠点に活動するDJ/プロデューサーで、その名を広めたボイラー・ルームでのDJのときなど、おそらくモロッコのものだろうか、原住民の部族が被るようなお面をつけてプレイしていたりする(デンゲ・デンゲ・デンゲも同じようなマスクをつけているので、トロピカル・ベース系DJの間ではスタンダードなスタイルのようだ)。
レコード・デビューは2020年の春で、やはり〈オン・ザ・コーナー〉から「サン・オブ・サン(太陽の息子)」というEPをリリースした。南アフリカ発祥のゴムのようなアフロ・ハウスから、クラップ・クラップやデンゲ・デンゲ・デンゲなどに通じるトロピカル・ベース~フットワーク系のサウンドが注目を集めたのだが、ゲドラ・ゲドラの場合は自国のルーツ音楽であるグナワを取り入れたもので、そこに自らのアイデンティティを表現していた。その後、残念ながらコロナ禍によって以前のようなDJ活動ができなくなってしまったようだが、そうしたなかで『ヴェクシロロジー』は制作され、先行シングルとなる “ホエン・アイ・ラン” に続いてリリースとなった。リリース後、最近になってDJツアーも再開するようだ。
『ヴェクシロロジー』とは旗章学のことで、国、地域、民族、氏族などの象徴である旗や紋章などを体系化する学問である。DJのときにつける部族のお面もそうだが、民族音楽の上に成り立つゲドラ・ゲドラらしいネーミングである。
祈祷のようなエキゾティックなヴォイスを散りばめたフットワークの “セヴン・ポエツ” にはじまり、土着的で素朴な味わいの笛の音色がトライバルなビートに絡む “スタンプド・ステップ” など、恐らくフィールド・レコーディングスや民族音楽のレコードから採取されたであろう素材を、サンプリングやビートメイキングにふんだんに取り入れた音作りがおこなわれている。“Cercococcyx” はオナガ・カッコウのことを指す学名で、民族色の強いコーラスとエキゾティックなメロディによるアフロ・ハウスとなっている。アルバムのなかで “ジ・アーク・オブ・ザ・スリー・カラーズ” は比較的アンビエントな色彩が強い曲だが、その哀愁漂う独特のメロディや歌声はバレアリックというよりも、むしろマグレブと呼ばれる北アフリカ地域におけるイスラム教の礼拝をイメージさせるものだ。
同様にビートレスの “ベルベル・イズ・アン・エイリアン” はマグレブの先住民族であるベルベル人を描いた曲。有名なところではサッカー界のジネディーヌ・ジダンやカリム・ベンゼマなどもベルベル人だが、そもそも古代ローマ人が北アフリカの異邦人を指す蔑称として用いた言葉がベルベル人である。サッカーの世界もそうだが、現在でも人種差別や民族差別は根強く残っており、そうした象徴として「ベルベル人はエイリアン」というタイトルに皮肉を込めて用いたのかもしれない。美しい曲調とは裏腹に、そうしたメッセージ性も感じさせる作品だ。
小川充