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Boys Age

Indie PopLo-Fi

Boys Age

Music For Micro Fishing

Self-released

島崎森哉 Jan 30,2023 UP

 これは個人的な感覚かもしれないけれど、どうも気分が上がらないときに聴く音楽というのは、明確な感情を惹起させるものよりも、こちらの生活の事情なんてものから独立して、勝手に流れてくれるようなものな気がする。
 昨年リリースされた Boys Age の『Music For Micro Fishing』はぼくにとってそんなアルバムだった。ぼくの生活のいたるところで、このアルバムは少し距離をとって勝手気ままにクルクルと泳ぎ回っている。

 Boys Age は「Japanese DIY Master」という異名を持ち、〈Burger Records〉をはじめ、海外のインディペンデント・レーベルから数々のリリースをおこなっている埼玉のソング・ライターだ。10年代インディー・シーンが隆盛を極めていたころ、普段海外のインディー・ロックしか聴かないようなリスナーたちにもリーチしている数少ない国内作家だったように思う。

 マック・デマルコやホームシェイク直系のテープ・シミュレーターを通したヨレたギター・サウンドと、不安定なのに妙にポップなメロディ・ラインをなぞるバリトン・ヴォイスは当時の彼のトレード・マークだった。けれど彼は本当に多作な作家で、インディー・シーンが勢いを失った後、 ジャークカーブ(Jerkcurb)やマイルド・ハイ・クラブなどの、メロウさ深めのインディー・ポップや、坂本慎太郎OGRE YOU ASSHOLE などの日本の近年のサイケ・ポップに接近しつつも、荒廃したカーニヴァル会場でスーパー・マリオ・サンシャインのBGMをバックにアンドロイドたちが踊り狂う映像を思い浮かべてしまうような、狂ったボカロ作品を発表したりと、その雑食性はとどまることを知らない。

 とはいえ、それだけとっ散らかった彼の作家性のなかにも、社会から遊離したような感覚だけは通底しているような気がする。そういう意味で、彼の音楽はどれだけ奇妙なものに変態していこうと、いつでも正しい意味での「ベッドルーム・ポップ」だ。それに実際、簡素な機材と生活雑貨が積まれた文字通りの「ベッドルーム」で作曲から録音、アートワークの作成までを完結させているのだから、彼の音楽が「ベッドルーム・ポップ」と呼べないわけがない。

 その「ベッドルーム」からどれくらい離れたところかはわからないけれど、彼は昨年の頭あたりから近所の池や川での雑魚釣りに地道を上げているようで、Instagram には次から次に雑魚たちの写真が投稿されるようになった。それからしばらくしてからリリースされたのが、この作品、『Music For Micro Fishing』だ。

 水中をぬるぬると滑っていくような硬さのないベースと、ミニマルで簡素なビートを翻弄するように、たるんだ音色のシンセの可愛らしいリフレインがひらひら、くるくると揺れ動く。角の取れた音像と、アルバム全体を覆うヒス・ノイズとテープ・ノイズとそれらを通過した楽器の音色は、ローファイ・ヒップホップ的と言えるし、アルバムが展開するにつれ、徐々にラグジュアリーさが増していき、ヴェイパーウェイヴ風味も出てくるのだけど、そこに「いまさら感」を感じないのは、おそらくこの作品がゲーム音楽的なノリを持っているからだろう。

 ゲーム音楽は音楽の世界の生真面目な歴史や文脈を引き受けるよりも、そうした「正史」から少し離れて、ゲーム側の事情(ゲームの作風、BGMが流れるステージの特性などなど)に則って「音楽ジャンル」をブロック遊びのように組み替えていってしまう。
 この作品の各トラックには、それぞれのトラックがモチーフとしている雑魚や水棲動物たちの名前が付けられており、ゲームのBGMが、「面」や「ステージ」や「ダンジョン」の特徴を補完していくように、水棲生物たちの輪郭や質感、表情や動きをそれぞれのトラックは上手になぞっていく。グーグルの検索窓にトラックのタイトルを入力しながら聴くと、その「キャラ立ち」をより楽しめるはずだ。

 確かにこのアルバムには、音楽の「正史」の側から見たら目立った新規性はないにしても、ドブ池のなかの雑魚たちが「外」の出来事には無関心なまま泳ぎ回るような、妙な活力と明るさがある。それは海外の名だたるレーベルからのリリースをいくら重ねようとも埼玉に住み続け、自身の「ベッドルーム」から作品を日々発表し続ける Boys Age のスタイルそのものともいえるかもしれない。
 そうした Boys Age の「現実」への無関心さは、この作品の、濁った水越しに雑魚たちが泳ぎ回るのを眺めるような、薄ぼんやりとした調度にも現れている。けれど、ベタな感情を焚きつけたり、社会の出来事にまつわるモチーフにかかずらわず、ぼくらの感情に訴えかけたり、寄り添ったりしてくれないからこそ、この作品はぼくらの「現実」へのベタな没入を、ゆっくり、じわりじわりと解きほぐしてくれる。
 ゲームというメディアが、「なんだってやっていい現実」を「ボタン」や「選択肢」にまで圧縮し、現実の「画素数」よりも解像度の低い「ドット」によってその楽しみや喜びを組み立てていくように、『Music For Micro Fishing』は、「なんだってやっていい現実」の「へり」に雑魚や水棲動物たちのささやかで可愛らしい特徴を積み上げていく。
 嘘みたいに小さい雑魚たちが、そのささやかな特徴だけで十分な活力をもって泳ぎ回ってみせるように、この『Music For Micro Fishing』がかたどるドット状の雑魚たちも、Boys Age の「ベッドルーム」から世界中の「ベッドルーム」に向けてスイスイと泳いでいくだろう。

 「ポップ」という「開けた」語と、「ベッドルーム」という「閉じた」語をつなげてしまう、「ベッドルーム・ポップ」という不思議な言葉は、まさに「閉じる」ことによってその可愛らしさや楽しさを「開いて」いく、この作品にこそ与えられるべき言葉だと思う。「ベッドルーム」と「ベッドルーム」は、きっとこういう音楽によって、密やかにつながっているのだ。

島崎森哉