Home > Reviews > Album Reviews > KODAMA AND THE DUB STATION BAND- ともしび
『かすかなきぼう』から『ともしび』へ。こだま和文とザ・ダブ・ステーション・バンドは自分たちの役目を理解している。この暗い暗いご時世で、せめてもの心のこもった温かいレゲエを演奏すること。荒涼寂寞たる気持ちを抱えた人が、この音楽を聴いて少しでも幸せな気分を味わえるなら、バンドは本望なのだ。『ともしび』を再生しながら、ぼくは少しばかり良い気分になる。トランペットの音色は綿のように溶けて、トロンボーンの太い音色がその繊細な響きに温度をもたらす。ドラム、ベース、ギター、鍵盤は、惚れ惚れとするコンビネーションを見せ、いろんな表情を描いている。いつも思っていることだけれど、日本にザ・ダブ・ステーション・バンドがいて本当に良かった。来るものを拒まず、敷居も低く、大らかで、そしてこんなにも心が温まる演奏が立川方面にある。
『ともしび』はカヴァー集だが、ザ・ダブ・ステーション・バンドはもともとカヴァーを得意としてきたバンドで、最初のアルバム『 In The Studio』(2005)も、半分くらいがカヴァーだった。続く『More』(2006)も8割がカヴァーで、むしろ8割ほどオリジナルだった『かすかなきぼう』のほうがこのバンドでは異例だったが、今回は初の全曲カヴァー集だ。
ここでは古い曲ばかりが演奏されている。ピート・シーガーによる反戦歌 “花はどこへ行った” にはじまり、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズによるポジティヴ・ヴァイブレーション満開の “Is This Love” 、50年代のジャズのスタンダード曲 “Fly Me to the Moon” 、『ティファニーで朝食を』で、主演女優のオードリー・ヘプバーンが劇中で歌った “Moon River” 、そしてこだま和文のほとんどテーマソングといえるほど、何度も録音している1962年のオールディーズ “The End of the World” 。この曲は、1992年の傑作『クワイエット・レゲエ』および、同年にリリースされた、こだまプロデュースのチエコ・ビューティーの隠れ名盤『BEAUTY'S ROCK STEADY』にも収録され、また、このバンドでもすでに『More』で再演している(もちろんライヴでも演奏されている)。オリジナルはおそらく男女の別れを歌った曲だろうが、こだまは曲に別の意味を与え、この社会のなかの弱き人たちの絶望的な悲しみと希望の両義性を表そうとしている、とぼくは考える。
『トップボーイ』において、絵に描いたように不幸な家庭環境で育った元万引き少年のジェイソンが死ぬ場面ほど、切なく悲しいところはない。あの長編ドラマで、もっとも感傷的なシーンといえば、ジェイソンを死なせるにいたった放火の実行犯、拝外主義の若者のひとりにサリーが襲いかかり、何度も何度も血まみれになっても殴打し、そしてそのまま夜の海のなかに入って泣くシーンだろう。こうした、不条理極まりない、いかんともしがたい現実(悲劇)を前にどうしたらいいのか。ダシェンはサリーにいう。「俺はわからなくなる。俺たちがやっていることに価値はあるのか」、まさに実存は本質に先立つというヤツで、1960年代の空気を知っているこだま和文ももまた、まごうことなき実存主義的なヒューマニストである、ということは言うまでもないかもしれない。だが、それがアナクロニズムでないことは、UKでは『トップボーイ』が流行って、日本では多くの小中学生が『君たちはどう生きるか』を読んでいるわけだから、いろんなものが重なって、時代はこだま和文とザ・ダブ・ステーション・バンドと共鳴していると。いや、これはこじつけではないですよ。
ほとんどがインストゥルメンタルだが、“The End of the World”ほか、ヴォーカル入りも数曲ある。たとえばキャロル・キングの曲の洒脱なカヴァー “You've Got a Friend” は、本作におけるもっともキャッチーな曲のひとつとなっている。ちなみに今回もっともファンキーなのは“ゲゲゲの鬼太郎” の主題歌のインストゥルメンタル・カヴァー、もっともニヒルなのはこだまが歌うじゃがたらの “Tango” のカヴァーで、それまでの甘い雰囲気とは打って変わってこだまのヴォーカリゼーションはひどく毒づいている。
“Tango”はドラッグ中毒者を描いた曲としても知られているが、21世紀のTVドラマ『トップボーイ』では、それこそ食いかけのハンバーガーが散らかっている生活から抜け出すため、最下層を生きるギャングたちは商売にこそするが決してドラッグをやらないし、自分の仲間が(大麻以外の)ドラッグをやらないようつねに気をつけている(そう、売りこそすれ、やりはしない。これは後期資本主義の暗喩でもある)。だからと言うわけじゃないが、“Tango” はもう、ぼくには昔聴いたときの印象とは違って、より切羽詰まって聴こえる。そして、アルバムにおける唯一の汚れ役であるその曲に続くアルバムのクローサー・トラックは、こだまのもうひとつのテーマ曲といえる “What a Wounderful World(この素晴らしき世界)” のカヴァー、ルイ・アームストロングのこの有名曲もまた、こだまは両義性(二面性)をもって演じているわけだが、じっさいアルバムでは2回演奏される。『ともしび』の面白い構成である。
もうひとつ面白いと思ったのは、ジャケットのアートワークだ。これは、新橋駅あたりの地下道のワゴンで売ってそうなどこかの業者の作った名曲集か何かみたいで、その手のCDのように道ゆく酔っぱらいがふらっと偶然買うなんてことがあればいいのに、と思う。誰かの家で再生されて部屋を少しだけ暖めはするだろうし、そのためのこれはささやかな「ともしび」なのだ。
※ライヴ情報:『リリース記念 ♪ともしび♪ LIVE』2023/10/25(水)@WWW
野田努