ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with tofubeats 自分のことはハウスDJだと思っている  | トーフビーツ、インタヴュー
  2. Columns E-JIMAと訪れたブリストル記 2024
  3. Bianca Scout - Pattern Damage | ビアンカ・スカウト
  4. Iglooghost - Tidal Memory Exo | イグルーゴースト
  5. Claire Rousay - Sentiment | クレア・ラウジー
  6. interview with I.JORDAN ポスト・パンデミック時代の恍惚 | 7歳でトランスを聴いていたアイ・ジョーダンが完成させたファースト・アルバム
  7. Tomeka Reid Quartet Japan Tour ──シカゴとNYの前衛ジャズ・シーンで活動してきたトミーカ・リードが、メアリー・ハルヴォーソンらと来日
  8. R.I.P. Steve Albini 追悼:スティーヴ・アルビニ
  9. Adrian Sherwood presents Dub Sessions 2024 いつまでも見れると思うな、御大ホレス・アンディと偉大なるクリエイション・レベル、エイドリアン・シャーウッドが集結するダブの最強ナイト
  10. Schoolboy Q - BLUE LIPS | スクールボーイ・Q
  11. R.I.P.飯島直樹
  12. Jungle ──UKの人気エレクトロニック・ダンス・デュオ、ジャングルによる4枚目のアルバム
  13. Natalie Beridze - Of Which One Knows | ナタリー・ベリツェ
  14. Cornelius ──コーネリアスがアンビエント・アルバムをリリース、活動30周年記念ライヴも
  15. interview with Yui Togashi (downt) 心地よい孤独感に満ちたdowntのオルタナティヴ・ロック・サウンド | 富樫ユイを突き動かすものとは
  16. みんなのきもち ――アンビエントに特化したデイタイム・レイヴ〈Sommer Edition Vol.3〉が年始に開催
  17. Gastr del Sol ──デヴィッド・グラブスとジム・オルークから成るガスター・デル・ソル、アーカイヴ音源集がリリース
  18. bar italia ──いまもっとも見ておきたいバンド、バー・イタリアが初めて日本にやってくる
  19. Pet Shop Boys - Nonetheless | ペット・ショップ・ボーイズ
  20. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について

Home >  Reviews >  Album Reviews > Chihei Hatakeyama- Hachir​ō​gata Lake

Chihei Hatakeyama

AmbientDroneField Recording

Chihei Hatakeyama

Hachir​ō​gata Lake

Field Records

デンシノオト Oct 19,2023 UP

 畠山地平の『Hachir​ō​gata Lake』を毎日繰り返し聴いている。音を流すだけで、周辺の空気が変わり、「環境」について意識的になるし、その蕩けるような音の持続が心身のコリを解してくれる。個人的な感覚で恐縮だが、どこか良質なシューゲイザーのアルバムを聴いているような音の快楽があった。
 要するに日々の疲労のなか、自分を労わるように聴いてしまうのだが、秋田県にある「八郎潟」という湖を主題にしたアルバムが、なぜ聴き手の心身を癒すような、よりパーソナルな効能を持っているのだろうか。そこがとても重要に思えた。おそらくそこには90年代以降の「アンビエント・ミュージック」の大きな展開が内包されているのではないかと。

 90年代中期から00年代中期のあいだに「アンビエント・ミュージック」は、「環境のための音楽」から「環境についての音楽」という面が加わったという仮説を付け加えてみたい。かのブライアン・イーノが提唱したアンビエント・ミュージックの概念から離れつつ(拡張しつつ)、環境について問い直しつつ、「心身に効く」音楽の方へと接近していったように思えるのだ。いま思えば、この時期にアンビエントのニューエイジ化ともいえる事態が進行したのかもしれない。
 そうして生まれた00年代以降の「新しいアンビエント・ミュージック」は、環境音もドローンも環境それ自体を再考するような音楽であったとするべきだろうか。同時に音楽スタイルは、淡いドローンを基調としつつ、クラシカルからフォーク、ミニマル・ミュージックから電子音楽まで、さまざまな音楽が混合し溶け合っていくようなものとなっていった。上記のような意味でも、アンビエント・ミュージックにおいてスターズ・オブ・ザ・リッドは重要かつ偉大な存在であったといえる。加えてイックハル・イーラーズやシュテファン・マシューの初期作品もまた重要なアルバムである。

 そして畠山地平のアンビエント・ミュージックは、まさに「環境についてのアンビエント」ではないかと私は考える。彼の音楽には彼自身の旅の記憶、つまり環境への記憶が音楽のなかに溶け合っている印象があるのだ。これは畠山の多くのリリース作品に共通する傾向だが、本作はそれがさらに高みと深みを獲得しているように思えた。同時に彼の音には体のいたるところに届くような圧倒的なまでの心地よさがある。
 彼の活動歴は長く、作品も多岐に渡るが、なかでも本作は、そんな環境と心身に効く音楽として素晴らしい出来栄えを示していた。傑作といっても過言ではない。畠山は、これまで老舗〈Kranky〉やローレンス・イングリッシュが運営する〈Room40〉、自身が主宰の〈White Paddy Mountain〉などの国内外の電子音楽レーベルからアルバムを多くリリースしてきた。本作『Hachirogata Lake』は、そんな彼の作品の中でも一際、重要な指標になり得るアルバムである。

 『Hachirogata Lake』は、秋田県にある湖「八郎潟」、その草原保護区、尾形橋、排水路などでフィールド・レコーディングした音をモチーフに、彼ならではのドローンを交錯させていく実に美しい作品である。リリースは、オランダの電子音楽レーベル〈Field Records〉。このレーベルは Sugai Ken の「利根川」もリリースしており、日本の「湖」をテーマにしたシリーズの2作目だ。「日本とオランダが共同でおこなった水管理の歴史を探求するシリーズ」だという。
 じっさい八郎潟は、「第二次世界大戦後に、オランダ人技師 Pieter Jansen と Adriaan Volker の協力を得て、政府が大規模な干拓工事をおこない、1977年の工事完了後、周辺地域から植物が繁殖し、鳥類をはじめとする野生生物の種類も増え、新たな生態系が確立された」というのだ。オランダと日本の「水」をめぐるこんな素晴らしい歴史を知ることができただけでも、このアルバムを知る/聴く意味はあった。
 もちろん、先に書いたように畠山地平の音楽自体も大変素晴らしいものだ。畠山のギター・サウンドとドローンがレイヤーされ、ロマンティックな音世界が美麗に折り重なり、ずっと聴き込んでいくと、たとえようもないほどの心地よさを得ることができた。単にシネマティックというのではない。雄大・壮大であっても人の心に染み込むようなサウンドスケープなのである。身体に「効く」音なのだ。
 全9曲が収録されたアルバムだが、どの曲も環境音とギター、ドローンが溶け合うように交錯し、記憶の中に現実が溶け合っていくような感覚を得ることもできる。中でも二曲目 “水に鳥 / Water And Birds” に注目したい。水の音、鳥などの野生動物のフィールド・レコーディングされた音からはじまり、次第に音楽的な要素、アンビエントなドローンやギターなどがレイヤーされ、やがて環境音は消え去り、畠山のサウンドのみが時間を溶かすように流れ続ける。とにかく冒頭の水の音からしてアンビエントのムードを醸し出している。
 「八郎潟」という湖(の音)と、その歴史、その場所でフィールド・レコーディングした畠山の記憶が交錯し、融解し、ひとつの「アンビエント=音楽」に生成されていったとでもいうべきか。このアルバムに限らずだが、畠山地平の音楽にはいつもそういう溶け合っていく記憶のような音楽のような感覚がある。
 同時に畠山の音はとても気持ちが良い。聴いていると、あまりの心地よさに意識が遠のいてしまうそうになるほどである。この深い「癒しの感覚」は何か。彼の音楽が環境と身体という具体的なものからはじまっていることに起因するのだろうか。
 いずれにせよ『Hachirogata Lake』は、湖の「環境」を音として感じ、心と体に心地よさを与えてくれる最良のアンビエントである。
 じじつ、私はこのアルバムを聴いているとき、日常の疲れが溶けていくような感覚を得た。日々の暮らし、生活の中でも大切なアルバムになるだろう。

デンシノオト