Home > Reviews > Album Reviews > Sun Araw- Belomancie
君は“あちらが側”に行きたいと思うか。空をめくった先にある場所のことだ。ある種の力をもった音楽と同じように、サン・アロウは連れていってくれるかもしれない。ただし、連れていってくれたとしても、それはある種の力をもった音楽が見せる“あちらが側”とは少し……いや、かなり違う。
彼がザ・コンゴスと一緒にやったことは、〈RVNG Intl.〉というレーベルがしくんだ企画かと勝手に思っていたけれど、前作『The Inner Treaty』でも見せたダブ追求(ディレイとエコーのダブではない。ミキシングボードのダブである)という彼の試みは、新作でも継続されている。前作同様にあっけらかんとしていて、つまり、古代ローマを主題にしたことのある彼だが、重たさというものがなく、笑って良いのかどうなのか、ものすごく微妙なレヴェルを飛行しながら、微妙にニンマリさせてくれる。“あちらが側”で。
僕は音楽について書く。さも知った風に。ところがサン・アロウの音楽は、知った風な言葉を寄せ付けないから困る。アルバムのタイトル曲を聴いてもらえれば君にもわかるだろう。いったい何なんだ、これは? これは、言うなれば温泉で鼻歌を歌っているリー・ペリーだ。実際には、脈絡を感じないフルートの音──深遠さとも、周囲の気を引くために演技とも違う──が聴こえるのだのだが、まあ何せよ、温泉で鼻歌を歌っているリー・ペリーに対して、君は何を言える? 何も言えやしない、何も。立派なことも、もっともなことも、暗い話も啓発的な話も。鼻歌は、ミキシングボードに繋がれている。ギター、ベース、パーカッション、シンセサイザーとともに。
空間は伸縮する。そうだ、これはひとつの境地であろう……はずがない。しかし、たしかにこれは超然たる何か……などのはずはないとは思うのだが、サン・ラの宇宙語を思わせる音が散りばめられ、実験的でありながら、ずば抜けてリラックスしたフィーリングが通奏低音となっている。なにせこれは、一歩間違えれば相当アホな音楽のように思える。そして、相当アホな音楽が、いま欠乏していることに君は気がつくだろう。他人からの見られ方、ツイッター依存、そんなものとはまったく無関係な、ゆっくり揺れる飛行機に乗ってみたいと思わないか?
君は、いくらでも深刻になれる。君は、気の抜けたサイダーが甘いことを知っている。君は、ぬるいビールが好きだ。ストーンするとイライラすることも怒ることもないように、君は“あちらが側”にいることを選んだ。14分にもおよぶ“Remedial Ventilation(治療のための換気)”の面白さをどういう風に伝えたらいいのだろう。ガスの音がしゅーしゅーと鳴っている。換気口から白い煙が部屋に入ってくる。吸って、肺にためて、吐き出す。サン・アロウとともに、とぼけた1日がはじまる。快適な1日が。
野田努