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Memoryhouse

Memoryhouse

The Years

Sub Pop/Pヴァイン

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橋元優歩   Oct 17,2011 UP

 いい季節になりました。落葉を前にさざめく木々の下を散歩しよう。そしていくつかの思い出を反芻し、あまったるくわきあがる感傷をつめたい空気やあたたかな陽射しにさらそう。メモリーハウスの音楽はそうしたセンチメンタリズムに強烈に訴求する。店頭で聴いたときにはぼんやりとした印象しか残さなかったが、ヘッドホンや自宅の小さなアンプになじみがいいのかもしれない。プライヴェートな、そして物理的にではなく心理の問題として密室的な空間に放たれたとき、彼らの音はすいすいと泳ぎはじめる。
 そうした意味でも真性ドリーム/ベッドルーム・ポップといえるだろう。メモリーハウスとは、昨年チルウェイヴの文脈で浮上し評価を受けたカナダの男女デュオである。本作は2010年リリースの同名EPから3曲を録音し直し、新曲を2曲加えた新装版だ。フル・アルバムのリリース前に高評価のEPをわざわざ作り直す背景には、〈サブ・ポップ〉と契約したからという事情の他に、昨今の5~6曲入りEPの需要の高さ――それはEP需要というよりは、アルバムというフォーマットの単位が洗い直され、変化しつつあるということのようにみえる――をしのばせるものがある。2010年の〈アーケイド・サウンド〉盤はおそらく廃盤で入手は難しそうだ。こちらが公式なデビューEPという理解でよいのだろう。

 しっとりと濡れたようなデニスのヴォーカルが、リヴァービーなギターとチープめなリズム・マシンのビートに絡んでいく"スリープ・パターンズ"は、〈モール〉的なエレクトロニクスが映えるノスタルジック・ポップ。コットン・ジョーンズのあのスモールで親密な田舎町を思わせる空気感や、ビーチ・ハウスののびやかでかつ苦みのあるソング・ライティングを彷彿させる。引きのばされたようにスローな楽曲が占める中で、キャッチーなフックを持つ曲である。"レイトリー"ではホールのような鳴りをしたピアノのアルペジオが、子守唄のやすらかさとノクターンの艶っぽさをもってデニスの声を迎える。残響が深くリフレインの多いこの曲は、後半に広がりあるストリングスのアレンジを施されながらも、名もない伝承歌やまじないのたぐいのように謙虚に消えていく。"モダン・ノーマル"は中でもひときわリヴァーブが目立ち、ロング・トーンの歌唱が効果的に引き出されている。いずれもリズム・マシンを効かせた音作りになっているが、この曲はブルージーなギター・ソロが挿入されることでその対照がくっきりと生まれていて印象的だ。また、〈アーケイド・サウンド〉盤には収録されていない新曲でもある。つづく"トゥ・ザ・ライトハウス"のギターはこの曲の源流にあるものだろう。シンプルなピアノとその残響を活かした"クワイエット・アメリカ"で、夕闇にしずかに沈んでいくように幕が下りる。小作りだが愛聴できる1枚だと思う。アルバムが予定されているということで楽しみだが、どのように編み上げてくるのかみえにくい部分もある。まったく違う音を聴かせてくれるかもしれないが、この5曲を軸にした作品だとすると、正直なところ本作を薄めるような内容になりかねないと思うからだ。無理をしてアルバムを出す時代ではない。それぞれが持つ音や世界観にはそれぞれのサイズがある。インディ・レーベルの活性化や音楽ダウンロードといった視聴スタイルの普及など、現在はそうしたサイズにフレキシブルに対応する体制やメディアが整っている。作り手も聴き手もこれを利用すればよいのだ。その意味でも本作はとてもよいサイズ感とバランスを持っている。

橋元優歩