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メモリーハウスがやりたいことは、実際のところとても地味で繊細な表現である。それが欠点になるかといえばそういうわけではない。彼らには表現者というよりは、ひとりのリスナー、ひとりの芸術愛好者としての謙虚な趣味性がある。そして先行する偉大な作品やアーティストたちへの素朴なあこがれがある。エヴァン・アビールとデニス・ヌヴィオン。カナダで活動するこの男女デュオは、映画やアートを愛しながらつむぐつつましき生活の、そのかたわらに寄り添うようにして作り出した音楽に「メモリーハウス」と名づけた。命名はかのマックス・リヒターの2002年作『メモリーハウス』に因んでいる。暗鬱な詩情にあふれるあのシネマティックな作品をひとつの理想として、彼らは彼らに見える風景をゆっくりとすくいあげようとしている。
エヴァンのほうはもともとはバロック音楽に興味があったようだ。マックス・リヒターを通してネオ・クラシカルやミニマル・ミュージックに関心を寄せるようになり、別名義でクラシカルやアンビエントの作品もあるという。メモリーハウスのイメージとはやや異なった資質だ。デニスと出会うことで、それがポップ・サイドに開花したということだろう。デニスは学校で映画を専攻し、写真にも造詣が深い。メモリーハウスのジャケット写真はすべて彼女の手になるものだ。あのやわらかくセンチメンタルな光もまたメモリーハウスのいち部である。
このフル・レングスの前に、彼らはEPをいちど出し直している。もちろんそれは最初のEPリリース後に〈サブ・ポップ〉との契約が決まったことが理由ではあるだろうが、「僕たちの意図をよりクリアにするためのリメイク/リイシューだった」とエヴァンが述べるとおり、納得のいくものを残したいという彼らの生真面目さがそうさせたのだろうと思う。やわらかく、センチメンタルで、生真面目で......彼らの音楽は謙虚で丁寧な情感の描写がある。
本アルバムにおいて基本的に路線変更はない。EPからアルバムへという過程で、メモリーハウスとしての個性がさらに模索され、その輪郭がくっきりとした印象がある。ビーチ・ハウスやツイン・シスターを思わせる、なだらかな起伏を持ったサイケデリック・ポップ。デニスのヴォーカルも深すぎないアルトで、木管楽器を思わせるぬくもりとやわらかさがある。耳と神経に心地よい。メロディにはあまり幅がないものの、彼女の声あってのメモリーハウスだというような存在感がある。冒頭の"リトル・エクスプレッションレス・アニマルズ"が彼女の声のオーヴァー・ダブからはじまるのは、この点で象徴的だ。"オール・アワ・ワンダー"や"カインズ・オブ・ライト"など、ゆったりとしたビートで彼女の歌自体を際立たせる曲は要所に置かれている。
新しく加わったのはテンポ感だろうか。"ザ・キッズ・ワー・ロング"の思いきって動きのあるベース、軽快なスネアは新鮮だ。"プンクトゥム"のアコースティック・ギターの音色とフィンガー・ピッキングもよい。素朴なフォーキー・ポップをなかばから入るエレキ・ギターのドリーミーなリヴァーブがぐっと引き立てる。
EPによってにわかに注目を浴びることとなった頃、彼らはチルウェイヴの名とともに喧伝された。内向的でドリーミー、リヴァービーな音響とコンプレッサーによって変形された音像はまさに時代の音としてのチルウェイヴを体現するものであり、またその名のために彼らの音楽はいっそう遠くまで届くことになった。しかしウォッシュト・アウトのフルレングスがそうであったように、彼らもまたそこから一歩踏み込み、「歌」に忠実に自らのオリジナリティを追求しようとした跡がはっきりうかがわれる。"カインズオブ・ライト"のピアノ、スネアのディレイとは対照的に硬質な響きを残すあの旋律を聴けば、彼らの描く「歌」の姿が見えてくる思いがする。
橋元優歩