ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. dublab.jp ──LA発ネット・ラジオの日本支局、公式サイトを全面リニューアル
  2. ボカロが世界に与えた衝撃 一億回再生の意外な背景
  3. Boards Of Canada ──ボーズ・オブ・カナダ、13年ぶりのアルバムがリリース
  4. interview with Adrian Sherwood 愛とソウルと、そしてメロウなダブ・アルバム | エイドリアン・シャーウッド、インタヴュー
  5. interview with Cameron Picton (My New Band Believe) 元ブラック・ミディのキャメロン・ピクトン、新バンドにかける想い | ──初のアルバムを送り出したマイ・ニュー・バンド・ビリーヴ
  6. Robert Johnson ──オリジナルSP盤から起こしたロバ―ト・ジョンスンの12作が10インチでリイシュー
  7. Laurel Halo - Midnight Zone (Original Soundtrack to the Film by Julian Charrière) | ローレル・ヘイロー
  8. Shuta Hasunuma Double Philharmonic Orchestra ──蓮沼執太、活動20周年記念として総勢41名の大編成によるコンサートを実施
  9. DADDY G(MASSIVE ATTACK) & DON LETTS ——パンキー・レゲエ・パーティのレジェンド、ドン・レッツとマッシヴ・アタックのダディ・Gが揃って来日ツアー
  10. Mamas Gun - Dig! | ママズ・ガン
  11. Courtney Barnett - Creature of Habit | コートニー・バーネット
  12. KENNY DOPE JAPAN TOUR 2026 ——ケニー・ドープ、9年ぶりの来日決定です
  13. There are many many alternatives. 道なら腐るほどある
  14. 別冊ele-king J-PUNK/NEW WAVE-革命の記憶
  15. Interview with Tomoro Taguchi パンクって……何をやったらいいかわからない人、若い人たちにヒントと引き金を与えてくれた音楽であり、考えさせる音でしたね。
  16. NordOst ──ついに松島広人による単独公演、5月8日はFORESTLIMITへ
  17. interview with Ego Ella May ジャズとネオ・ソウルの邂逅 | エゴ・エラ・メイ、インタヴュー
  18. Columns Thundercat 来日を控えるサンダーキャット、その新作が醸し出すチルなフィーリングについて
  19. Columns 3月のジャズ Jazz in March 2026
  20. 別冊ele-king 音楽が世界を変える──プロテスト・ミュージック・スペシャル

Home >  Reviews >  Album Reviews > Cupp Cave- Retina Waves

Cupp Cave

Cupp Cave

Retina Waves

Ramp Recordings

Amazon iTunes

橋元優歩   Jul 13,2012 UP

 『ダイス・プール』のジャケットをみたときにざわっと心と肌が波うった。実際のプールにサイコロがあふれているわけではなく、そのさまを規則正しく並べたサイコロによってシンボリックに表現するという俳句的な修辞のデザイン。24×24で配された赤いダイスは、すべて3の目を表にし、その並びの直線性を利用して、ジャケット中心から(あるいは中心へ向かって)放射状にのびる大きな線を描き出している。ひとつだけこの規則に沿わないやつがあるのかなと思ったが、例外はなかった。これはなかなかの大物かもしれない、と思ったのはそのときだ。

 このカップ・ケイヴというクリエイターは、ベルギーの〈ヴレック〉からEPやスプリット・シングルを出しているために、先鋭的なビートメイカーとしてヒップホップの文脈で聴かれることが多いようだ。しかしそう限定するにはややもったいないというか、より実態に即して述べるなら、ダンスフロアとベッドルームとヘッドホンとをひとつなぎにしてスタイルの拡張をめざす、ポスト・ヒプナゴジックの才能と考えるべきだろう。彼はサリヴァという名義でマシューデイヴィッドの〈リーヴィング〉から(ハイプ・ウィリアムスジェイムス・フェラーロのあいだを縫うような)メディテーティヴなアンビエント・ポップ作品をリリースしているし、ホーリー・アザーのリミックスなども行っている。

 その音楽性についてはしばしば「脱臼」という表現を用いて語られる。なるほど彼はビートや音響の予定調和に対して執拗に脱臼を試みる。しかしそれがブロークンな態ではなく、逆にきわめて精緻な構築物としての姿を現している点にカップ・ケイヴの業がある。いわば彼がめざすのは完璧さであり、わずかな狂いのひとつひとつをすべて包括して秩序へと変えてしまうための、柔構造の音のフォームだ。

 まずそのために、きめ細かなノイズやオーヴァー・コンプでゆがんだプロダクションが必要とされている。なんともいえない微温に設定された、あの不明瞭な音像のなかにもつれぎみのビートが沈んでいくとき、そこには破綻ではなく調和がある。筆者には"キッズ・ア・ルーナー"や"ベッド・スラップ"などのビートはただ抽象的な音であるように思われる。"マウス・リップ"などは、4つ打ちながらその抽象化が極まったようにしなやかで心地よい。「心地よい」というのは「居心地がよい」ということで、居る場所があるということだ。カップ・ケイヴの音には聴き手の居場所がある。われわれの存在は、そこではグリッチ・ノイズやほつれたリズムや、その他あらゆる誤差のひとつとして吸収され、繊維状の音の隙間をみたすものになる。柔らかく、それでいて鋼の鋭さをそなえるきわめて設計性の高い音楽だ。アンビエントなジャケット・デザインだが、この色彩を透過して、筆者にはあの完璧なダイス・プールが見える。

 後半のミニマル・ハウス風の展開はそれほど個性的ではないかもしれないが、だからこそ終曲"ホワイト・アウト"の崩れそうなウィッチ・ハウスにはこの作品のまとめとしてのインパクトがある。ビートはすでにほとんど埋もれて見えず、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルのように破れた音がきれぎれに漂う。しかし彼のように情念や感傷によってではなく、人を滞在させる建築として自立するかのようなフォームには、ドローン化しアンビエント化するインディ・ダンスのあり得べき未来のかたちが暗示されているように思われる。

橋元優歩