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三田 格   Jan 20,2014 UP

 グルーパーことリズ・ハリスとタイニー・ヴァイパーズのジョシー・フォーティノが2012年に結成したユニットはミラーリングと名付けられていた。ミラーリングというのは神経科学でもかなり最近の発見で、大雑把にいえば人間の模倣能力がニューロンに由来し(=ミラーニューロン)、これが会話や学習を可能にするというもの。俗流の解説書などでは人間の社会はミラーリングによって結ばれる無線LANのようなものだと説明されたりもする。言ってみれば「利己的な遺伝子」に対するカウンター概念としてドーキンスが考え出した「ミーム」に生化学的な根拠が与えられたようなものといえ、これが機能していない状態を自閉症と考える仮説も立てられている(興味のある方はマルコ・イアコボーニ著『ミラーニューロンの発見』早川書房など)。彼女たちが「ミラーリング」を名乗るということは、だから、歴史概念や連続性の標榜であり、これに『フォレイン・ボディ(=異物)』というタイトルを与えたことは、ミーム同様、前の時代のアウトサイダーから次の時代のアウトサイダーへの再編=進化概念の更新を意味することになる。当然のことながら、裏表で「淘汰」も想定されていなければならない。

 そのようなマニフェステイションを経て、リズ・ハリスは、2013年後半、さらに2つのコラボレイションを進めている。最初は〈ルーム40〉主宰、ローレンス・イングリッシュとのスロウ・ウォーカーズで、もうひとつが〈ルート・ストレイタ〉主宰、ジ・アルプスなどで知られるジャフレ・キャンツ-レズマとのラウム。スロウ・ウォーカーズは淡々としているというのか、終始一貫、地味にメランコリックなアンビエント・ドローン。ラウム(=スペース)はさまざまに表情が変わり、『取り置きの内容』というタイトルだけあって、曲自体もランダムに転がり出てくるような印象がある。「リズ・ハリスの引き出しの多さ」とでもいえばいいだろうか。とくに後者は『A I A 』のようなソロ・ワークとは違った側面が散見され、西海岸のバリアリック傾向に馴染んでいこうとする姿勢が意欲を感じさせる。美しくも鬱々としたスロウ・ウォーカーズは、その世界観をそのまま写し出すようにジャケットに金の箔押しが使われ、ラウムも折りたたみ式のカヴァーを採用している。いずれもシンプルだけど、粋なデザイン・センスである。

 ティム・ヘッカーやディープ・マジックがリズムを導入したのに対し、リズ・ハリスは文字通りのドローンにこだわり続けている。一見するとミラーリングの進化概念からは取り残されているようだけれど、彼女たちが「異物」を表明していたことに着目すると、それも納得がいく。ショーン・マッカンやティム・ヘッカーが示し合わせたようにスティーヴ・ライヒを取り入れたことは(それこそ無線LANのように)、明らかに商業的なベクトルがドローンに混入しはじめたことを予想させる。イエロー・スワンズやKTLが現在、アンディ・ストットやエンプティセットといったデザインの領域に様変わりしていることを思うと、こういった力はどうしても働いてしまうものなのだろう。そこから意識的に逸れること(=無線LANからの逸脱)が彼女にとってはミラーリングの意義を全うするものなのだろう。次の時代に「異物」を反射させること。それこそ『フォレイン・ボディ』の最後の曲は“ミラー・オブ・アワ・スリープ”と題されていたではないか。「眠りの真似」である。現在の気運にのって、いま、立ち上がってはいけない。スロウ・ウォーカーズのエンディングで“ウェイク”と題された曲は「起きる」と訳すことも可能だけれど、これには「通夜」や「葬儀」といった意味もある。どちらを示唆しているかは曲調を聴けば明らかである。

 以前にも書いたように、マッチョ的なドローンはここ数年でフェミニンな変奏に取って代わられ、あるいは、ダンス・ミュージックへと擬態していった。モードというのはそういうものである。僕はモード化していく瞬間が最も好きで、そのような助走段階を聴き遂げるためにアンダーグラウンドに関心があるといってもいいぐらいである。ところがここに、マッチョ的なドローンが擬態をよしとせず、そのままモード化しようとする例が現れた。ジャー・モフである。紙エレキングの年間ベストでも3位に挙げたジャー・モフが年末ギリギリになって(ギリシャなのに)『財政豊か』と題されたセカンド・アルバムをリリースし、リズムが幅を利かせていた前作から一転、あらゆるものが高速で崩れ落ちていくドローンを構築してきたのである。若き日のノイバウテンがドローンをやればこうなったかもしれない。あるいは、この何年かギリシャで暮らしていれば、このようなカタストロフィーは心象風景として当然、目に見えるようなものといえたのかもしれない。しかし、それを正確に写し取ることができる(=ミラーリングできる)かどうかは才能を選ぶところだろう。『フィナンシアル・グラム』の描写力は凄まじいの一語に尽きる。ダンス・ミュージックに吸収されてしまうかに見えたドローンの行く末がグルーパーとジャー・モフによって、再び、わからないものになってきた。

三田 格