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Sam O.B.

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Sam O.B.

Positive Noise

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小川充   Sep 21,2017 UP

 オベイ・シティ名義で2010年代初頭から作品をリリースし、ベース・ミュージックの中でもフューチャリスティックかつポップな作風で人気を博するサミュエル・オベイ。フォルティDLマシーンドラムなどに続き、ニューヨークにおけるベース・ミュージックの発展に貢献してきた彼だが、もともとヒップホップのトラックから作品制作を始め、トラップやR&Bにもシンクロするスタイルを持っている。マシーンドラムに紹介されてグラスゴーの名門〈ラッキミー〉と契約を結んでからは、「シャンペーン・サウンズ」(2013年)と「メルロー・サウンズ」という2枚の12インチEPをリリースしているが、それ以前の作品に比べてメロディアスで器楽性が高まっていった。DJ/トラックメイカーで、〈アストロ・ノウティコ〉というレーベルも運営する彼だが、デスクトップで作品制作をする以前はバンドを組んでベースを弾いたり、小学生の頃は学校のオーケストラに参加していたそうなので、もともとミュージシャン的な資質を持つアーティストだ。また、彼の父親は『ローリング・ストーンズ』誌などでコンサルタントを務めていた人で、幼い頃はそんな父のレコード・コレクションに触れ、ロック、ソウル、ジャズなどを愛好して聴いていたという。Seihoと組んで2014年にジャパン・ツアーを行なったこともあるが、その頃のインタヴューを読むとスティーヴィー・ワンダー、プリンス、トッド・ラングレン、スティーリー・ダン、ジョージ・デュークからの影響を述べており、彼の作品の断片からは確かにそうした音楽性も感じられる。「メルロー・サウンズ」はケレラなどのシンガーをフィーチャーした曲が多く、よりR&Bに接近した作品集だった。同年にはケレラのEP「ハルシオーネ」で、ガール・ユニットやキングダムらと組んで“リワインド”の楽曲プロデュースを行なっていたが、この頃のオベイ・シティはキングダムはじめ〈ナイト・スラッグス〉や〈フェイド・トゥ・マインド〉のアーティストたちと通じるサウンドだった。

 「メルロー・サウンズ」まではほとんどトラック制作のみだったが、その後は自身で歌う曲もいくつか作り始め、今回サムO.B.名義で初めてのフル・アルバムを作り上げた。名前を変えているのは、トラックがメインのオベイ・シティとの棲み分けということだろう。この『ポジティヴ・ノイズ』はシンガー、及びソングライターとしての側面がクローズ・アップされたものである。以前のインタヴューでも、1970~80年代のクインシー・ジョーンズのように自分の音楽をいちから作り上げるプロデューサーでありたいと述べ、そのクインシー・ジョーンズがプロデュースしたマイケル・ジャクソンを理想のシンガー像に挙げていたが、そうしたサミュエル・オベイの念願が叶ったアルバムだと言えよう。ヴォーカルにベース、ギター、キーボードなど各種楽器演奏、トラック制作を全てひとりで行っており、敬愛するスティーヴィー・ワンダーのようなマルチ・プロデュースぶりである。“ニアネス”はプログレとフュージョンを混ぜたような演奏で、トッド・ラングレンのユートピアあたりを彷彿とさせる。レイドバックしたブギー・フィーリングを感じさせる“コモン・グラウンド”は、ロック、AOR、ソウル、ディスコなどの折衷した作品で、ポップながらも捻りのきいたメロディ・センスはスティーリー・ダン譲りと言える。中性的に変調させたヴォーカルとシンセ・ポップ風のトラックによる“バランス”、メロウネスに富むミディアム・スローのシンセ・ブギーの“ソルト・ウォーター”や“リヴォルヴ”など、全体的に80sテイストの作品が多い。“サイレンズ”はハウ・トゥ・ドレス・ウェルあたりの方向性に近いR&Bで、ポップなメロディ・ラインと実験性を同居させている。“サムライ”は日本びいきの彼らしいタイトルで(サミュエルは大学時代に日本に9ヶ月ほど住んでいたことがあるそうだ)、ゲスト・シンガーのエリサのキュートなヴォーカルがフィーチャーされる。この曲や“ミッドナイト・ブルー”などはR&Bとも異なるインディ・ポップで、サミュエルが幅広い音楽的バックグラウンドを持っていることを示す。“ファイアーフライ”はニューウェイヴとエレクトロとAORディスコがミックスされたような不思議な魅力を持つ楽曲。“273 AM”はマリンバの音色がミニマルな雰囲気を漂わせ、ベーシストとしてのサミュエルの演奏が際立つ作品。ロフト・クラシックスとして知られるサン・パレスの“ルード・ムーヴメンツ”を思い起こさせるムードだ。R&Bの枠に収まらないポップ・ソングとしての幅広さを持ち、ソングライター、メロディ・メイカーとしての才能に満ちたこのアルバムは、近年で比較するならブラッド・オレンジの『キューピッド・デラックス』(2013年)や『フリータウン・サウンド』(2016年)にも匹敵する作品だと言える。

小川充