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三田格   Nov 07,2019 UP

 4年前、前日から生理になったにもかかわらずフリー・ブリーディング=生理用品を使わずに血が流れるままロンドン・マラソンを4時間49分11秒で完走した女性ランナーが話題になった。キラン・ガンディー(Kiran Gandhi)である。ガンディーは、完走後、彼女にとってマラソンは家族とフェミニズムにとって重大な価値のあるものだったとブログに記し、世界には生理用品が手に入らない女性がたくさんいることを知って欲しかったことや生理だからといって憂鬱にならずに世界中の女性たちに元気を出して欲しいとアピールすることが目的だったとも書いている(スティーヴ・ジョブスやマーク・ザッカーバーグは毎日同じ服を着ることで時間を節約することができるけれど、女性にはそのような選択が許されていないなど、さらに詳しくは→https://madamegandhi.blog/2015/04/26/sisterhood-blood-and-boobs-at-the-london-marathon-2015/)。ガンディーはこうして2013年から始まったとされる第4波フェミニズム(Fourth-wave feminism)のアクティヴィストとして知られるようになる。ローラ・ベイツが2012年に立ち上げたウェブ・サイト、エヴリーデイ・セクシズム・プロジェクト(https://everydaysexism.com)が始まりだとされる4thウェイヴ・フェミニズムはインターネットとの親和性が特徴だとされ、リクレイム・ザ・ナイトのような過去の運動とも結びつきながら、イヴ・エンズラーが設立したワン・ビリオン・ライジングやフリー・ザ・ニプル、あるいはエマ・ワトスンの「HeForShe」など、すでに数え切れないほどの運動形態を産み落とし、最も有名なのはやはり2017年の#MeTooということになる。層の厚くなったフェミニズムには資本主義フェミニズムと呼ばれる傾向も散見され始め、80年代に陥った失敗もすでに懸念されているようだけれど(https://www.theguardian.com/world/2019/oct/18/the-wing-how-an-exclusive-womens-club-sparked-a-thousand-arguments)、ガンディーのそれは4thウェイヴ・フェミニズムが初期から発揮していたエンパワーメントの範疇から外れるものではなく、彼女の活動には今後も期待が持てるだろう。生理用品を扱った表現だと80年代ではコージー・ファニ・トゥッティ戸川純がよく知られているところだけれど、最近の『アレを探して』や『パッドマン』といった映画、小山健のマンガ『生理ちゃん』(これも映画化)や「タンポン・ラン」というゲームはやはりキラン・ガンディーのフリー・ブリーディングがきっかけだったことは確か。ガンディーはちなみに大学で数学を学び、インターンとして〈インタースコープ〉で解析の仕事につき、スポティファイのデータ解析もおこなっていたという。

 キラン・ガンディーはロンドン・マラソンで注目を集める以前からドラマーとして活動していた。同じインド系のM.I.A.が『Matangi』(13)をリリースした際はツアー・ドラマーを務め(ケラーニやシーヴェリー・コーポレイションもサポートしているらしい)、アンシエント・アストロノーツのサード・アルバム『Into Bass And Time』にはパーカッションで参加(“Peace In The East”)。トーマス・ブロンデットやチームガイストのアルバムにも参加し、自身のデビュー・ミニ・アルバム『Voices』はマダム・ガンディーの名義で2017年となった。穏やかな“Yellow Sea”で始まり、比較的単純な曲で構成された同作は懐かしのBモア・ブレイクスやドラムンベースにつくり変えられたリミックス盤もリリースされ、リミキサーには『Thrill』(19)に収録されていたインド風のパーカション・ワークが最高だった“Carl Maria von Weber”のペレーラ・エルスウェア(ジャクージ)やレディ・Gことジズルらを起用。そして、2年ぶりとなる『Visions』がセカンド・ミニ・アルバムとなる。これが飛躍的に高度な内容となり、なんともパワーアップしている。

 オープニングの“Waiting For Me”は得意のパーカッション・ワークを組み合わせたバングラ風のブレイクビーツで、明らかにM.I.A.の影響を感じさせつつ、声のインパクトではかなわないからか、曲の構造がどんどん複雑になっていく。センディル・ラママーンやアーチー・パンジャビなどアメリカにおけるインド系俳優の存在感が映画界ではかなり高いものになってきたこともあり、音楽でも同じようなことが起きているのだろう。“Top Knot Turn Up”、“See Me Thru”と抑制されたドラミングを聴かせた後、“Young Indian”ではボリウッドを思わせるシネマティックな展開と“Bad Habits”ではプエルトリカンのリズムやアレンジを取り入れたカリブ・サウンドで締めくくられる。歌詞的にも「なぜ無力だと思わなければいけない?」「自分の肉体について気持ちよく、そして自信を持って語る可能性を拒否されているから」「地球は私を待っている」「学校で教えられるのは金儲けのことばかり」「社会が私を殺す」「その程度のミソジニーならまだ引き返せるよ」と彼女なりの苦闘や希望を力強く語りかけ、早くも「ポリティカリー・スーパーチャージド・アンセミック・ボディ・ミュージック」などと賞賛されている。もうちょっと聴きたいところだけれど、5曲しか収録されていないので、これを繰り返し聴くばかり。それにしても彼女のドラミングは楽しい。最後にスティックを投げ飛ばさないで欲しいけど。

 キラン・ガンディーの母親はムンバイで貧困問題や教育などに取り組んできたミーラ・ガンディーで、彼女には親の影響がストレートに受け継がれたのだろう。アメリカでは啓蒙活動に力を入れているムーア・マザーオカシオ=コルテス、「ガールズ・アップ」を立ち上げたロシオ・オルテガに選挙権を16歳に引き下げろと運動するマディスン・キムリーなど若い女性のアクティヴィストが最近はよく目につく。この7月に公開されたマイリー・サイラス“Mother's Daughter”のヴィデオに登場したマリ・コペニーはミシガン州フリントの水道水が汚染されていることをオバマ大統領に直接訴え、マイケル・ムーアの『華氏119』(18)でその過程が詳細に描かれたり。そうしたなかのひとりだったといえるミーガン・マークルが英王室入りしたことでイギリスでもインド系の音楽が一気に活気付いたかどうかはわからないけれど、ブリストルのベンガル・サウンドに続き、〈ナイト・スラッグス〉周辺を集めたDJマナラによるインド音楽とクラブ・ミュージックを合体させたコンピレーション・アルバム『The Ultimate Spice Mix』はかなり聴きごたえがある仕上がりに(ミーガン・マークルはちなみに英王室の慣習となっている結婚式の贈り物の代わりにインドの女性たちに生理用品を配布してくれと訴え、4thウェイヴ・フェミニズムがデリーのバス内で起きた集団レイプ事件を機に飛躍的に高まったことを思うと、キラン・ガンディーのような人物が出てくるのは必然だったとさえ思えてしまう)。

 リンスFMに番組を持ち、2017年にボイラールームのDJで知名度を上げたマナラはサウス・ロンドンを拠点にし、以前は〈ナイト・スラッグス〉を主催するボク・ボクとデュオでDJをやっていたらしく、『The Ultimate Spice Mix』でもふたりはパンジャブ・ポップに依拠したベース・ヘヴィな“My Name Is Shhh”を共作。オープニングからバングラなのかゴムなのか判然としない NA DJ “Buzz”で幕を開ける『The Ultimate Spice Mix』は全体にヴォーカルが聴きどころで、独特の節回しとうねるベースを組み合わせた A.G. “Kehna Hi Kya”もユニークならングズングズ(Nguzunguzu)のアスマラによるしっとりとした“Dheere Dheere”やインド音楽を打ち込みで再現しただけに聴こえるアイコニカ“Sarsariya”の清々しさが印象深い。ジャム・シティのコピー・アルバムを3枚も出したヘリックス“Nashe Si Chadh Gayi”は早くもピーク・タイムかと思うほどの迫力で、ジェネラル・コーツだけは……いつも飛ばしてしまう。なお、収益はすべて人権団体のレストレス・ビーング(https://www.restlessbeings.org)に寄付されるそうです。

三田格