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ロンドンの新進ジャズ・ピアニストとして注目を集めるドミニク・J・マーシャル。今年はソロ・アルバムの『ノマドズ・ランド』が素晴らしい出来栄えだったが、それとは別のプロジェクトでもアルバムを発表した。デヴィルズ・オブ・モコという名前のピアノ・トリオだが、もともと組んでいたドミニク・J・マーシャル・トリオ(DJMトリオ)を発展させたもので、メンバーはDJMトリオ時代のサム・ガードナー(ドラムス)と、アフリカのコンゴ出身のムレレ・マトンド(ベース)による組み合わせとなる。
ドミニクとサム・ガードナーはリーズ音楽大出身で、そのときの学友にはやはりDJMトリオのサム・ヴィッカリーがいたほか、サウス・ロンドンを代表するピアニストのアシュリー・ヘンリーもいて、両サムはアシュリーの処女作にも参加していた。サム・ガードナーはセプタビートという人力ドラムンベース・ユニットもやっていて(以前執筆したドミニク・J・マーシャルの原稿では別人と認識していたが、どうやらサム・ガードナーとセプタビートは同一人物のようである)、タイプ的にはリチャード・スペイヴンあたりに近いドラマーだ。ほかにもサマディ・クインテットという、インド音楽や中南米音楽とコンテンポラリー・ジャズを結び付けたグループも率いるが、ここにはドミニク・J・マーシャルとサム・ヴィッカリーも参加していて、つまり彼らは昔からの友人で、日頃から親密な関係性を持つミュージシャンなのである。
そのリーズ音楽大時代に開かれたアフリカ音楽のアンサンブルのワークショップに、コンゴからイギリスに移住してきたムレレ・マトンドが参加して、デヴィルズ・オブ・モコの原型は作られたと言える。ムレレ・マトンドはコンゴ・ディア・ントティラという、アフリカ音楽にジャズやブルース、ファンク、レゲエ、ラテンなどの要素をミックスしたグループをやっていて、昨年アルバム『360°』を〈プッシーフット〉からリリースした。〈プッシーフット〉はハウィー・Bによる伝説的なレーベルで、1990年代にはスペイサーやサイ、ドビーなどトリップホップ~アブストラクト・ヒップホップ~ダウンビート作品をリリースしていた。当時はコールドカットによる〈ニンジャ・チューン〉やジェイムズ・ラヴェルの〈モー・ワックス〉などと並ぶ存在だったが、2000年代に入ってからは活動が鈍化していた。最近になって再びリリースも活発になってきたが、アーティストや作品傾向もかつてのトリップホップ時代とは随分と変わってきているようだ。そして、このコンゴ・ディア・ントティラの繋がりで、デヴィルズ・オブ・モコのファースト・アルバム『ワン』は〈プッシーフット〉からリリースされることになった。
もともとアフリカ音楽のサークルから始まったデヴィルズ・オブ・モコだが、メンバーがそれぞれいろいろな活動をする中で音楽性も徐々に変化していき、現在はコンテンポラリー・ジャズにヒップホップ、ロック、クラブ・サウンドなどの要素を融合したものとなっている。ゴーゴー・ペンギンあたりに近いピアノ・トリオと言えるだろう。ただし “ヴァタ” “ザンバ” “ゾジンボ” など曲名にはアフリカの言葉が多く使われていて、根底にはアフリカ音楽からの影響が流れている。たとえばアフロビートのようなわかりやすい形でアフリカ音楽を取り込むのではなく、スワヒリ語で夢を意味する “ンドト” のようにポリリズミックなサムのドラムスや、どこかアフリカン・ハープのコラを想起させるドミニクのピアノにより、モダンに進化したアフリカ音楽とジャズの融合を見せてくれる。
基本的にメンバー3人の生演奏によるアルバムだが、“アルゴリズム” や “サンダイアル” や “ホーム” に見られるようにドミニクはグランド・ピアノに加えて随所でシンセも用い、アコースティック・サウンドに巧みにエレクトリク・サウンドも織り交ぜたものとなっている。“スペース” のトリッキーで複雑なリズム・パターンや、“ホエアズ・ジ・ワン” のスリリングなベース・ランニングもいまの新世代ジャズらしいものだ。“オリヴィア” はヒップホップ経由のメロウなジャズ・ファンクといった趣で、“ゾジンボ” のビートはドラムンベースを咀嚼したものとなっている。ジャズの洗練されたインテリジェンスにクラブ・サウンドに代表される現代的なモチーフを忍ばせ、そして土着性や民族性と切り離した形でアフリカ音楽の要素も融合したのがデヴィルズ・オブ・モコの音楽である。
小川充