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何かと人騒がせだが、その実態がなかなか掴めない SAULT (スーともソーとも呼ばれるが、以降は便宜的にスーで統一する)。彼らのニュー・アルバム『ナイン』が突如発表されたのは去る6月25日のことで、Spotifyでは99日間限定でストリーミングやダウンロード購入ができるが、それを過ぎる10月2日以降は消えてしまうということだった。期間限定というフレーズは人びとの購買意欲をそそる常套手段だが、スーの場合のそれは何やら警告のようでもあり、実際に現在は聴くことができなくなっている(そのときに予約受付されていたレコードやCDが輸入盤店にも入荷してきている状況ではある)。アルバム・タイトルの『9』と99日という限定期間を合わせた999という連番は占いで言うところのエンジェル・ナンバーで、新しい物語や出会いがはじまるという希望を抱かせる数字であると共に、イギリスの緊急通報用の電話番号でもある。何かと意味ありげな999だけれど、『ナイン』の場合は後者のイメージに近いだろうか。
スーにとって2019年の『5』と『7』、2020年の無題の連作『ブラック・イズ』『ライズ』に続く5枚目のアルバムで、極めてハイ・ペースで作品を創作し続けている。しかもその首謀者であるインフローことディーン・ジョサイア・カヴァーは、同時にマイケル・キワヌカ、リトル・シムズ、ジャングルのプロデュースもおこない、2021年だけを見てもリトル・シムズの『サムタイムズ・アイ・マイト・ビー・イントロヴァート』、ジャングルの『フォー・エヴァー』、スーのメンバーでもあるクレオ・ソルの『マザー』と3枚のアルバム・プロデュース、ないしは共同プロデュースしているのだから、並大抵の才能の持ち主でないことがわかるだろう。
スーのこれまでを振り返ると、ソウル、ファンク、ロック、パンク、ニュー・ウェイヴ、アフロ、エスノなどがゴチャ混ぜになったような祝祭的なサウンドの『5』と『7』、ブラック・ライヴズ・マター運動にも連なる怒りや悲しみのパワーが込められた『ブラック・イズ』と『ライズ』だった。
一方、『ナイン』はロンドンを代表するシンガー・ソングライターのジャック・ペニャーテと数曲でコラボしていることが象徴するように、改めてロンドンのいまを切り取ったものである。“ロンドンズ・ギャング” と “ユー・フロム・ロンドン” とロンドンがタイトルの曲がふたつあり、また “フィアー” “ビター・ストリーツ” “トラップ・ライフ” などヴァイオレンスをイメージさせる曲が並んでいる。そしてアルコール中毒者をズバリ指す “アルコール”。ロンドンのストリートにおける酒や麻薬、暴力や金を描いた『ナイン』はいままで以上に過酷な内容となっていて、『ブラック・イズ』と『ライズ』の政治的姿勢を引き継いでいる。
“ハハ” から “フィアー” に至るアルバム前半の流れはそうしたスーのアジテーショナルな姿勢を体現していて、これまでに見られた祝祭性は影を潜め、ハードなポスト・パンク的サウンドを見せている。土着的なブレイクビーツと猥雑なコーラスによる “トラップ・ライフ”、不穏なベース・ラインとミニ・モーグの唸りに呪文のようなポエトリー・リーディングが重なる “フィアー” あたりは、かつてのESGやリキッド・リキッドあたりを彷彿とさせる作品だ。
そして、父親を殺されたというストリート・キッズのマイケル・オフォのモノローグをフィーチャーした “マイクズ・ストーリー” を挟み、アルバム後半は一変して繊細で内省的な作品が並ぶ。クレオ・ソルが歌う “ビター・ストリーツ” は、彼女のソロ・アルバムでも見られたようなフォーキーなネオ・ソウル調作品。ただし、彼女のアルバムにあった母親の愛や喜びを描いたものではなく、過酷なストリート・ライフを美しいメロディに乗せた逆説的なもの。切々と紡ぐバラードの “アルコール” も、感傷的な歌やメロディがアルコール浸りの惨めな生活とのコントラストを生む。
リトル・シムズも参加した “ユー・フロム・ロンドン” は、ロンドン訛りの英語をからかうアメリカ人を歌った裏返しのロンドン賛歌。メロウな曲調とリトル・シムズの誇張されたラップが好対照だ。“ナイン” もクレオ・ソルらしいアコースティック・ソウルで、ジャングルのジョシュ・ロイド・ワトソンも曲作りに参加してロータリー・コネクション張りの世界を繰り広げる。そして、最後は “ライツ・イン・ユア・ハンズ” で未来への希望を抱かせつつアルバムは幕を閉じる。ゴスペル調の荘厳で美しいこの曲には、スーのソウル・ミュージックへの愛情がたっぷりと詰まっている。
パンキッシュにはじまってソウルフルに終わる、スーのストリート・オペラとでも言うべき『ナイン』だ。
小川充