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K-ローンの新作がこれまたシンプルなんだけどすばらしいテクノ・アルバムで、というのをこの手の音楽が好きそうな人に最近会うたびに言っている、この数週間。このくそ暑いなか、そのリフをクーラーの効いた部屋で、鼻歌まじりで歌いたくもなるメロディアスで涼やかなアルバム。
その名前を意識したのは2018年のパリスの運営する〈Soundman Chronicles〉からのシングル「In The Dust EP」と自身のレーベル〈Wych〉からの「BB-8 / Barbarossa」。聴きようによってはベーシック・チャンネルのダウンテンポ・ヴァージョンとも言えなくもない “Old Fashioned” にひかれて買ったら、併録の軽やかなチル・エレクトロ “In The Dust Of This Planet” にハマってしまった前者。かたや後者のウェイトレスなグライムに、チップ・チューン的サウンドの鼻歌交じりなメロディにも引っかかってしまい……どちらにしろ、ベース・ミュージック・シーンにおける、そのライトさというか、かわいげというか、とにかくあまり当時他では聴けない「軽やかさ」で気になる存在となりました。前述のパリスとのかかわりに加え、〈Idle Hands〉から出していたり、レーベル〈Wisdom Teeth〉を共同運営する相棒のファクタ(Facta)はホッジ(Hodge)とのコラボ・シングルを出していたり、さらに同年の2018年にはファクタが〈Livity Sound〉から「Dumb Hummer / All the Time」を出していたりと、この人たちはブリストルの……というフォルダに勝手に頭のなかで整理してたんですが、いろいろ調べたらロンドンの人たちなのかと。ちょうどその頃ぐらいからふたりの作り出すサウンドは、どこかラウンジーなライトさをメインに出してきていて、ポスト・ダブステップがひとまわりした2010年代末に、完全に復権したイケイケのUKガラージの傍ら、ベース・ミュージック・シーンのなかでUKガラージも内包しながら、鮮やかな差し色のような音楽性で気になる存在となりました。いま思えばDJパイソンの『Dulce Compañia』も2017年にあってという。いまこうして見ると、いまに続く、わりかしライトでチル・アウトなムードのメロディアスなダンス・トラック、そのサイクルはこのあたりに突端があるんじゃないかなと。結果論ですが。
2020年4月、コロナ禍での世界的なロックダウンとほぼ時を同じくして、〈Wisdom Teeth〉からK-ローンはファースト・アルバム『Cape Cira』をリリースします。キュートな作品というか、ニューエイジなモードとも、いわゆるUKの叙情的・内省的なテクノとも違った、チルでトロピカルな、どこかイージー・リスニングな空気が漂うこのアルバムが、それこそ初期のロックダウン中に最も聴いたアルバムになったという人も多いのではないでしょうか。2020年といえば、多くのDJたちがロックダウン中にアンビエント/リスニング・テクノの作品を作り、2021年前後にはそうした作品が大量にリリースされるわけですが、それより少し早い、しかもロックダウンが本格的になる4月にリリースされたことを考えれば、制作はその前にあたるわけで、ある種のコンセプチャルなサウンドに思えてきます。2021年には同じく〈Wisdom Teeth〉からは、その『Cape Cira』の軽やかな空気感、パイソン『Dulce Compañia』のトロピカルなリズム感を足して、さらにアンビエント・タッチで骨抜きに溶かし込んだようなファクタのアルバム『Blush』もリリース。さらには先日来日も果たしたトリスタン・アープの、やはり『Cape Cira』を発展させたようなアルバム『Tristan Arp』もリリース。〈Wisdom Teeth〉のサウンド、とりわけレーベルのアルバム単位での路線がこの設立者ふたり+他人で、明確になった印象もありました。でもシングルでは、これまた先日来日したイタリアのピエゾなど外部のアーティストを起用しつつ、主宰の両名もUKガラージやハウスを援用しながら、こうしたアルバムでのライトな音楽性の路線とダンスフロアとの接点を模索していくわけです。また2021年には、もう少しダンス寄りながら、同じようなポップな軽やかさを内包したアルバム『Soaked In Indigo Moonlight』を朋友パリスがリリースして外部から援護射撃したような感覚もありました。
〈Wisdom Teeth〉といえば、2022年、多くの新人とともに、BPM100という、いままでジャンルのフォーマットとして「空き」となっていながらも、実はDJたちにとっては意外となじみ深いBPM(このコンピ以前に、彼らの周辺とは離れたところ、例えば日本にもそうしたコンセプトのパーティやミックスはわりと昔から散見されていた記憶はある)をコンセプトにしたコンピ『To Illustrate』をリリースします。ある種のハウスやテクノの定石であるBPM120~130の、どうしても身体が動いてしまう性急なその “強い” グルーヴィーさを持ったBPMと、それ以下のロウでドープな感覚やチル過ぎるスローでどうしてもグルーヴ感が “弱い” BPMの間。これをレーベルが標榜してきた「軽やかさ」をグルーヴとともに追求するために選んだひとつのコンセプトと考えると、いろいろつながるようにも思えてきます。
そしてこうした活動の後に、このタイミングでリリースされた本作が、実はわりとオーソドックスなハウスやテクノのBPMの楽曲が多いというのもなかなか興味深いですね。「膨張」と名付けられた本アルバムはゆっくりと空間をカラフルに染め上げていくメロディアスで軽やかなサウンドが続きます。ヴォイス・サンプルとオールド・スクールなビデオ・ゲームのポップな色調のオープニング画面を想起させる “Saws” ではじまり、軽やかなエレクトロ・ハウス “Love Me A Little” でアルバムは走り出します。アルバム中盤の “Oddball”~“Shimmer” は、90年代中頃の〈クリア〉や、ラウンジ・リヴァイヴァル期のエイフェックス・ツインとμ-Ziqのコラボ=マイク&リッチを思い起こすようなイージー・リスニングなメロディのエレクトロを展開。ダウンテンポ “With U” のけだるいヴォーカルは、最近のUKガラージのイケイケっぷりを象徴するヒット曲 “B.O.T.A. (Baddest Of Them All)” で知られるエリザ・ローズ。
そして後半、アルバムのBPMは、ハウスへとシフト・アップしていきます。テクノ的な堅さと、フュージョン的なメロディを併せ持つ、ある意味で正調UKディープ・ハウスとも言えそうな2曲 “Gel” “Love Is”。そしてアルバムはUKのリスニング・テクノのクールな伝統をなぞるようなテクノ・トラック “Volcane” で幕を閉めます。全編、ここ数年、彼が追求してきた「軽やかさ」とメロディアスなイージー・リスニングのような感覚というのが、ダンサブルなテクノやハウスの実はオーソドックスなフォーマットにしっかりと練り込まれたアルバムではないかと。こうしたサウンドが今後、どのようにダンスフロアへと波及していくのかが興味深いポイントで、先日のアンソニー・ネイプルズのアルバムもそうですが、DJカルチャー出身のアーティストがこうしたリスニングにおいてもエポックメイキングな作品を出すのはもまたおもしろいですね。
彼らの影響もあると思いますが、ここ数年、わりとテクノやベース・ミュージック周辺で、メロディやこうした「軽やかさ」が復権している感じもあって、それはある種のR&Bやソウル、もしくは初期のUKやオランダのデトロイト・テクノ・フォロアー的な叙情性や内省的なメロディ、またはプログレッシヴ・ハウスやトランスの壮大な感じの感覚とも違っていて、このあたりの感覚をふと先日どこかで聴いたな……と思い出したんですが、やっぱり2014年のエイフェックス・ツインの復活作『Syro』なんですよね。特に先行で公開された冒頭の “Minipops 67 (Source Field Mix)”。ひさびさの作品ということで件の曲を聴いて「ああ、こういうのありだよな」というのが実はあって、なんとなくこれがゲーム・チェンジャーになったのではないかという妄想も浮かんだりします。もちろんK-ローンがそこを目指していたかはわかりませんが、サウンドの空気感としては同じモノを感じてしまいます。とはいえ、10年前ですから、いまの音に結びつけるのはちょっと無理筋すか?
河村祐介