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Maria Minerva

Maria Minerva

Will Happiness Find Me?

Not Not Fun Records

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野田 努   Sep 03,2012 UP
E王

 これまでマリア・ミネルヴァと勝手に読んでいたけれど、勉強不足ですいません、英語読みならミナーヴァ、ラテン語読みするなら正確にはミネルウァだそうで……ローマ神話に登場する音楽(魔術)の女神の名前の引用のこと。ミネルヴァとは俗ラテン語読みだったことをあとで知った。
 彼女が生まれ育ったエストニアの首都タリンは、今日、スカイプを生んだIT産業の成長国として、旧ソ連のなかでは貧しかった過去から一転した繁栄を遂げていることでも知られている。本名Maria Juur(マリア・ユールでいいのだろうか)は、自らのコンセプトに「負け犬」を掲げているが、母国の成長とともに育った女性なので、日本で多くに流通しているところの「負け」とは感覚が違っている。劣等感に支配された負け犬の惨めさが、彼女にはない。
 しかし、彼女が現在24歳だとしたら、24年前のタリンはそれなりにきつかったろうし、歴史を調べればそこがロシアとナチスに占拠されてきた土地であることもわかる。負け続けてきた歴史があり、そして彼女がそんな母国の文化にアイデンティファイしている話は、紙ele-kingの『vol.6』でもしている。やられ続けていた人間がいつの間にやる側に反転することはままあるが、彼女の変わらずの“前向きな”負け犬根性が注がれたアルバムは、8月も残すところ1週間というタイミングでレコード店に並んでいた。昨年の『キャバレ・シクスー』に続くセカンド・アルバム、タイトルは『ウィル・ハッピネス・ファインド・ミー?(幸福は私を見つけるか?)』。
 世間では、幸福とは自分で探すものだと教えられるが、いや違う、それは向こうからやってくるのだ、そんな言葉だ。しかもそれは、“私は発見されたくない(I Don't Wanna Be Discovered)”というアルバム3曲目のサブタイトルでもある。つまり、私は幸福なんてものにわかられたくない、と彼女は言っている。

 こうした不愉快さをにおわせるアルバム名に使いながら、ところがどっこい、『ウィル・ハッピネス・ファインド・ミー?』は、“マイクのごとき心(Heart Like A Microphone)”や“諦めるな(Never Give Up )”、“甘い相乗効果(Sweet Synergy)”や“永久機関(Perpetual Motion Machine)”、“星(The Star)”や“火(Fire)”などといった曲名のように、情熱的なニュアンスが並んでいる。“怒った少女のラヴ・ソング(Mad Girl's Love Song)”といったロマンティックな曲名の曲もあるが、これは60年代に自殺した女流詩人、シルヴィア・プラスの言葉からの引用だという(その曲は、昔の芸術界で不遇な死を遂げた女性への深い共鳴を感じさせる)。

 アルバムの内容は、前作とは比較にならないくらいに多様性を見せている。インド風のIDM=“ザ・サウンド”、メランコリックなヒップホップ=“ファイヤー”、レゲエ風=“スウィート・エナジー”、ジェフ・ミルズのミニマル・テクノをヒントにしたような曲=“パーペチュアル・モーション・マシン”、ダビーでスペイシーなポップ・ソング=“マッド・ガールズ・ラヴ・ソング”、アンビエント・ドローン的展開=“アローン・イン・アムステルダム”、エモーショナルなバラード=“ネヴァー・ギヴ・アップ”……そして、意外なことに、50年代に活躍した女性コーラス・グループ、ザ・コーデッツの“ミスター・サッドマン”(誰もが耳にしたような曲)をサンプリングしたメロウなR&B=“ザ・スター”。
 推し曲をひとつ選ぶなら、“アイ・ドント・ウォナ・ビー・ディスカヴァード”だろうか。ハンドクラップを取り入れたこのハウスは、マリアのお得意のスタイルの曲だが、いまどきの格好良さばかりではなく、今作の“情熱”を象徴するかのような力強さ、いままでの彼女にはなかったソウルがある。反響するループが瞑想的な“カミング・オブ・エイジ(成人)”などは、あたかもパティ・スミスのような語りを展開する。しかし、パティ・スミスにとってのヒーローはすべて男(ランボーからジミ・ヘンドリックス)だったが、マリアにとってのそれが女性(シクスーからプラス)であるという相違点は大きい。

 いろいろやれば良いってものではない。勇敢な挑戦が必ずしも成功するとは限らない。声はチャーミングだが、歌がうまいとは言えない。が、ともすれば移り気な新世代のラップトップ・ミュージックにも魂に訴える音楽があることをマリア・ミネルウァは証明した。しようとしている。“ハート・ライク・ア・マイクロフォン”で「私の心はマイクのようだ」と、機械で加工された声で歌う。的確なことを。「だから、まさに、それに話しかけろ(just talk into it!)」
 僕はこの曲にビョークの“オール・イズ・フル・オブ・ラヴ”を思い出したが、PCで音楽を創作するデボラ・ハリーを想像してみてくれてもいい。負け犬とは痛い人たちではなく、痛みを感じることのできる人たちのことである。

野田 努