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Ishmael Ensemble

Bristol JazzElectronic

Ishmael Ensemble

Visions of Light

Severn Songs

小川充   Aug 18,2021 UP

 UKのジャズのなかでもロンドンとマンチェスターではカラーが異なるように、その地域や町のテイストがサウンドに表われることが多い。では、かつてマッシヴ・アタックやスミス&マイティなどを輩出し、ブリストル・サウンドというひとつのスタイルまでも生み出したブリストルはどうだろうか。
 ロンドンなどに比べてブリストルはジャズが発達しているとは言い難いが、そうしたなかでも現在はイシュマエル・アンサンブル、ワルドズ・ギフト、スナッズバック、ラン・ローガン・ランといったアーティストたちが活動し、ブリストル・ジャズ・シーンも徐々に拡大してきている。それぞれ繋がりのあるこれらグループのなかで、イシュマエル・アンサンブルはサックスから鍵盤まで扱うマルチ・ミュージシャンのピート・カニンガムによるバンドである。
 もともと2010年代半ばはソロのイシュマエル名義で〈ウルフ・ミュージック〉や〈チャーチ〉などのレーベルから作品をリリースしていたが、それらはジャジーなテクノ、ディープ・ハウス、ブロークンビーツ、ビートダウンなどで、そもそもエレクトリック・サウンドのDJ/プロデューサーとして名を馳せていた。楽器演奏もできる彼は楽曲のなかにも自身の生演奏をふんだんに用いるスタイルで、そうしたなかから次第に演奏を主体とする方向へと向かっていく。こうした変遷はフローティング・ポインツテンダーロニアスカマール・ウィリアムス(ヘンリー・ウー)などにも共通するものだ。

 イシュマエル・アンサンブル名義での初リリースは2017年の「ソングス・フォー・ノッティ」というEPで、ピート・カニンガムのキーボードやサックスのほかにギター、トロンボーン、クラリネット、ドラムス、ヴォーカルが入るという編成。アコースティックなジャズ演奏を軸にしながらもエレクトロニクスを配したサウンドで、神秘的で深遠な世界観や緻密なサウンド・テキスチャーはフローティング・ポインツあたりに通じるものだった。ジャズとして評論するならモーダル・ジャズ、スピリチュアル・ジャズと言えるものだったろう。
 その後、グループの最初から参加するステファン・マリンズ(ギター)のほか、主要メンバーはジェイク・スポルジョン(キーボード、シンセ、ベース、サロード)、ローリー・オゴールマン(ドラムス)が務めるようになり、バンドとしてより強い結束が生まれていく。このラインナップにゲスト・ミュージシャンを交えた編成で、初のアルバム『ア・ステイト・オブ・フロウ』を2019年にリリース。このなかでゲスト参加のヤズ・アーメッドがトランペットを吹く “ザ・リヴァー” は、ジャズの即興演奏とテクノやエレクトロニカが合体したような作品で、ニルス・ペッター・モルヴェルなどかつてフューチャー・ジャズと呼ばれたサウンドを彷彿とさせるものだった。ヤズが参加したこともあってか、アラブから西アジア~東ヨーロッパあたりに跨る民族音楽的なモチーフもあり、そうした点ではアルメニア民謡を取り入れたティグラン・ハマシアンのサウンドとも比較できるものでもあった。
 ブリストルならではということに着目すると、あくまでイメージという曖昧なものになってしまうが、暗鬱としたディープなサウンドがイシュマエル・アンサンブルの持ち味と言え、それはマッシヴ・アタック、トリッキー、ポーティスヘッドらのブリストル・サウンドから引き継がれたものではないだろうか。そして、その根底には深く潜航するようなダブがある。彼らのライヴ映像を見ると演奏にダブ・エフェクトを多用しており、準メンバーであるホリーセウス・フライの個性的なヴォーカルをフィーチャーしたそのステージングはポーティスヘッドを思い起こさせる。

 その後はジャイルス・ピーターソン監修のスタジオ・ライヴ・アルバム『MV4』や〈ブルーノート〉のカヴァー・アルバムの『ブルーノート・リイマジンド 2020』などへの参加で名を上げ、『ア・ステイト・オブ・フロウ』から2年ぶりのアルバム『ヴィジョンズ・オブ・ライト』が完成した。
 『ア・ステイト・オブ・フロウ』を引き継いだメンバー構成で、“イントロ” や “フェザー” ではアリス・コルトレーンのようなハープ(もしくはそれに似せたシンセ)も交えている。その “フェザー” はホリーセウス・フライのヴォーカルをフィーチャーした幽玄のようなスピリチュアル・ジャズで、イシュマエル・アンサンブル特有の繊細で暗鬱としたトーンに包まれている。“ワックス・ワーク” はベース・ミュージック的でエレクトロニックな傾向が強い楽曲だが、ミニマルな序盤からサックスやドラムスの即興演奏が次第に激しさを増す展開となっていく。生演奏とエレクトロニック・サウンドの両方向に対するアプローチなどはゴーゴー・ペンギンにも繋がるものだ。
 “ソーマ・センター” も同様のエレクトロニックなジャズ・ロックで、エフェクトをかけたサックスはバグパイプのような音色を上げる。ヘヴィーでメタリックなギター・リフはじめ重厚でゴシックなトーンに包まれた楽曲で、マッシヴ・アタックの『メザニン』(1998年)の世界観を想起させる。一方、“エンプティ・ハンズ” はホリーセウス・フライをフィーチャーしたメランコリックな楽曲。最初は繊細なホリーセウス・フライの歌声だが、曲が進むにつれて狂気と熱量を帯びていく様にはポーティスヘッドのベス・ギボンズを重ねられる。

 “ルッキング・グラス” はインド音楽のようなラーガを持ち、ホリーセウス・フライのヴォーカルもやはりインド音楽を意識したスタイル。アリス・コルトレーン調のハープのほかにストリングスも用いられ、インドのリュート楽器であるサロードを弾くのはジェイク・スポルジョンだろう。“モーニング・コーラス” “ヴィジョンズ・オブ・ライト” “ザ・ギフト” には、ピート・カニンガムの友人でもあるシンガー・ソングライター&ギタリストのタイニー・チャプターことアラン・エリオット・ウィリアムスが参加。ワルドズ・ギフトでも活動する彼の歌声はジェイムズ・ブレイクに近い声質で、UKガラージやダブステップ調のビートの “ザ・ギフト” はシネマティック・オーケストラのようなスケールに富む世界だ。“モーニング・コーラス” もブロークンビーツ調の変則ビートにアラン・エリオット・ウィリアムスのヴォーカルを乗せ、後半にはピート・カニンガムのヴォーカルが高揚感に満ちた演奏を繰り広げる。このあたりのビートと演奏やヴォーカルのバランスや、アルバム最後を締めくくる美しい “ジャニュアリー” あたりは、人力ダブステップ・バンドとも呼ばれたリーズ出身のサブモーション・オーケストラに近いものを感じさせる。
 DJ/プロデューサーでもあるピート・カニンガムのインスタグラムを見ると、サラティー・コールワールの『モア・アライヴィング』(2019年)や、最近ではエマ・ジーン・サックレイの『イエロー』などお気に入りのレコードも紹介していて、そうしたほかのアーティストの作品でもいいものはどんどん吸収し、影響を認めていく姿勢が伺える。イシュマエル・アンサンブルのサウンドからもそうしたいろいろな影響があって生まれてきたのだろう。ちなみに前述のワルドズ・ギフトはマッシヴ・アタックの『メザニン』のカヴァー・ライヴをやったりするようで、ブリストルのアーティストたちにとってマッシヴ・アタックの影響は今も絶大で、ずっと受け継がれていくものなのだろう。