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Maya Shenfeld

Electronic

Maya Shenfeld

In Free Fall

Thrill Jockey

デンシノオト   Mar 02,2022 UP

 〈Thrill Jockey〉が興味深い電子音楽家/作曲家のアルバムをリリースした。ベルリン在住のマヤ・シェンフェルトの『In Free Fall』である。
 マヤ・シェンフェルトは現代音楽の作曲家で、クラシックのギター奏者でもあるのだがパンク・バンドでギターを演奏するなど、多岐にわたる音楽活動をおこなっているようだ。現代音楽の領域ではモダンな電子音楽を追求しており、インスタレーションや作曲作品などを通して、電子音合成と有機的な音を越境させるような音楽を生み出している。
 本作『In Free Fall』は、マヤ・シェンフェルトのデビュー・アルバムであり、最初の集大成であり、電子音楽方面での作曲方法が追求されているアルバムである。このアルバムには実験的な電子音楽、オーセンティックでミニマルなシンセ・サウンド、映画音楽的なトランペットとシンセのアンサンブル、電子音響ドローンなど、いくつもの手法が駆使されている。しかしサウンドが乱雑になったり、無意味にカオティックになったりすることはない。端正だが緊張感もあり、どこか風が吹くような自由さもある。私にはこのバランスの良さが『In Free Fall』の魅力のように思える。

 『In Free Fall』には全7曲が収録されている。1曲め “Cataphora” は Kelly O'Donohue のトランペットと電子音のアンサンブルによる曲だ。折り重なる音は洗練されており、まるで映画音楽のような流麗な展開を聴かせる。同時に音と音のレイヤーには和声を超えるような構造にもなっており、音楽と実験の領域を無化する楽曲となっている。この曲における電子音と有機的な音の交錯は、まさに本作の方法論や表現を象徴するものである。ちなみにどうやらカテリーナ・バルビエリとのレジデンスの間に書かれた曲のようだ。
 シンセ・ウェイヴ的なシーケンス・サウンドで始まる2曲め “Body, Electric” でも後半になるとクラシカルなアンサンブルへと変化する。続く3曲め “Voyager” ではエモーショナルなシンセサイザー・サウンドが全面的に展開され聴き手を電子音の深い海に誘うサウンドスケープを生成していく。どこか映画『ブレードランナー』のヴァンゲリスを思わせる曲だ。
 この2曲を経て、エンプティ・セットのジェームズ・ギンズバーグをプロデューサー/コラボレーターに迎えた4曲め “Mountain Larkspur” に至る。レコードではA面のラスト曲となるこの曲は、わずか2分50秒のほどのトラックではあるもののアルバムを代表する1曲といっても過言ではない。ベタニエンユース合唱団の幽玄な合唱は、ベルリンにある1902年の廃プールでリハーサル・収録した録音したものだという。その録音にギンズバーグとシェンフェルトが電子的な加工を施し仕上げた。いわばアルバムA面のエンディング的曲であり、アルバム前半を総括する幽玄なトラックともいえる。
 続く5曲め “Silver” は硬質なサウンドによるドローン作品であり、その透明な質感の音響がとにかく美しい。この曲も2分50秒ほどのトラックだが、粒子のように美しいミニマルなドローンの中に込められた音の変化や情報量が凄まじく、深く聴き込んでいくと時間を超越するような感覚を覚えるほどだ。どこかビー・ジェー・ニルセンのドローンを思い出しもする。この曲はレコードではB面1曲目に当たるので、アルバム後半のはじまりを告げるトラックともいえよう。
 そして6曲め “Sadder Than Water” は、3曲め “Voyager” と対になるようなシンセ・アンサンブル的な楽曲だ。7分20秒というアルバム最長の曲だが、静かなエモーションが巧みな曲構成に誘導されるように、隅々にまでうごめいていて、まったく飽きることのない仕上がりである。
 アルバム最終曲 “Anaphora” は、アルバム冒頭の “Cataphora” と対になっているような曲だ。“Cataphora” で実践された管楽器的なアンサンブルの追求とでもいうべきか。この曲で『In Free Fall』は、まさに「Anaphora=首句反復」の名のごとく反復し、円環を描くようにアルバムは終わる。むろん円環といっても閉じているわけではない。その静謐な中に点描のように置かれる音たちは、まるで上昇するように世界にむかって開かれているのだ。

 アルバムを通して聴くと、まさに電子音楽の新古典主義とでも形容したくなるほどの出来栄えであった。全曲で36分というミニマムな収録時間であっても、形式にとらわれず、しかし形式を軽くみることもなく、自由に、開放的に音楽の実験と作曲を試みている、そんな印象を持ったのだ。長く聴ける普遍的な電子音楽作品ではないかと思う。

デンシノオト