ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns The TIMERS『35周年祝賀記念品』に寄せて
  2. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  3. Saint Etienne - The Night | セイント・エティエンヌ
  4. ele-king presents HIP HOP 2024-25
  5. Félicia Atkinson - Space As An Instrument | フェリシア・アトキンソン
  6. COMPUMA ——2025年の新たな一歩となる、浅春の夜の音楽体験
  7. Columns ♯9:いろんなメディアのいろんな年間ベストから見えるもの
  8. Whatever The Weather ──ロレイン・ジェイムズのアンビエント・プロジェクト、ワットエヴァー・ザ・ウェザーの2枚目が登場
  9. Terry Riley - In C & A Rainbow In Curved Air | テリー・ライリー
  10. interview with Sonoko Inoue ブルーグラスであれば何でも好き  | 井上園子、デビュー・アルバムを語る
  11. Saint Etienne - I've Been Trying To Tell You  | セイント・エティエンヌ
  12. interview with Shuya Okino & Joe Armon-Jones ジャズはいまも私たちを魅了する──沖野修也とジョー・アーモン・ジョーンズ、大いに語り合う
  13. Masaya Nakahara ——中原昌也の新刊『偉大な作家生活には病院生活が必要だ』
  14. VINYLVERSEって何?〜アプリの楽しみ⽅をご紹介①〜
  15. 忌野清志郎 - Memphis
  16. ele-king vol.34 特集:テリー・ライリーの“In C”、そしてミニマリズムの冒険
  17. Columns Stereolab ステレオラブはなぜ偉大だったのか
  18. Columns Talking about Mark Fisher’s K-Punk いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性 | ──日本語版『K-PUNK』完結記念座談会
  19. FRUE presents Fred Frith Live 2025 ——巨匠フレッド・フリス、8年ぶりの来日
  20. The Cure - Songs of a Lost World | ザ・キュアー

Home >  Reviews >  Album Reviews > Washed Out- Mister Mellow

Washed Out

ChillwaveDowntempoHouseSynth-pop

Washed Out

Mister Mellow

Stones Throw

Tower HMV Amazon iTunes

小川充   Jul 14,2017 UP

 2000年代から2010年代に切り替わるころ、音楽シーンにトレンド・ワードとして登場したチルウェイヴ。ネオ・サイケやバレアリック感覚に包まれたドリーム・ポップ~シューゲイズ・サウンドというのがその実態で、トロ・イ・モアやネオン・インディアンなどと共に、筆頭アーティストにウォッシュト・アウトことアーネスト・グリーンがいた。〈メキシカン・サマー〉から発表したデビューEP「ライフ・オブ・レジャー」(2009年)、〈サブ・ポップ〉からのファースト・アルバム『ウィジン&ウィズアウト』(2010年)など、「サマー・オブ・ラヴ」や「セカンド・サマー・オブ・ラヴ」の2010年代版とでも言うようなピースフルでメランコリックなムードのそのサウンドは、当時のチルウェイヴ・ムーヴメントを体感するのにピッタリな、まさに入門書的なアルバムと言えるだろう。〈ワイアード・ワールド〉から発表したセカンド・アルバム『パラコズム』(2013年)は、『ライフ・オブ・レジャー』や『ウィジン&ウィズアウト』の世界をより享楽的で開放的なものへ向かわせ、それまでのベッドルーム・サウンドがフェス向けのダイナミックなものへと進化していた。ところで、この頃になるとチルウェイヴという言葉にかつての勢いはなくなり、ブームは過ぎたという見方をするメディアも少なくなかった(もっとも、勝手に名付けて盛り上げていたのはそのメディアなのだが)。だが、アーネスト・グリーンはそうした周りの反応はどこ吹く風といった具合で、いたってマイペースに自分の音楽を貪欲に広げていった。彼自身は周囲の評判には惑わされないタイプで、当時のインタヴューを読むと、「フランク・オーシャンやプールサイドなどの新しいサウンドも面白いけど、ヴァン・モリソンの『アストラル・ウィークス』など昔のレコードから影響されるところも大きいし、メロトロンなど古い時代の楽器や機材を使って『パラコズム』を作った」と述べている。

 チルウェイヴのアーティストたちは季節で言えば夏のイメージで、ウォッシュト・アウトも『ウィジン&ウィズアウト』や『パラコズム』を夏シーズンに合わせてリリースしていた。そして、『パラコズム』から4年ぶりとなるこの夏に、新作の『ミスター・メロウ』を発表した。アルバム・タイトルはウォッシュト・アウトらしいけれど、驚いたのは今回のリリース元が〈ストーンズ・スロウ〉に変わったこと。両者にはこれまで接点らしい接点もなく、〈ストーンズ・スロウ〉もこの手のサウンドに強いイメージがなかったのだが(あえて挙げれば、ステップキッズあたりに共通するムードがあるか)、この新たな結びつきによってウォッシュト・アウトのサウンドはまたひとつ前進したようだ。たとえば、それは制作方法の変化にも表われている。『ライフ・オブ・レジャー』や『ウィジン&ウィズアウト』の頃はサンプリング中心の、まさしくベッドルーム・スタジオで作った宅録サウンドだったが、『パラコズム』では生演奏を中心として、前述のようにメロトロンなど凝った楽器・機材も用いていた。『ミスター・メロウ』はその両者のプロセスの良いところを混ぜたもので、サンプリングした素材を発展させてメロディを構築し、そこに新たな楽器演奏や歌を加えてより高度な作品へと編曲しているところが見受けられる。その好例が“ハード・トゥ・セイ・グッドバイ”で、この曲の下敷きとなっているのはイタリアのジャズ・ミュージシャンで作曲家のアメデオ・トマッシによる1970年のサントラ『トーマス』。最近リイシューされたようだが、よほどのサントラ・マニアでないと知らないような超レア盤で、そんなところからサンプリングしてくるあたり、グリーンが実にたくさんの幅広い昔の音楽を聴いているかがわかる。そして、それをハウス・ビートと結び付けて発展させているわけだが、『ミスター・メロウ』はいつも以上にダンス性や享楽性が前面に出てきている。ラウンジ・ジャズをスペイシーで多幸感に満ちたハウス・サウンドへと変換した“ゲット・ロスト”がその典型で、こうした方向性はジェイミー・エックス・エックスの『イン・カラー』やザ・エックス・エックスの『アイ・シー・ユー』と同じベクトルを持つ。レイドバックしたメロウ・ファンクの“バーン・アウト・ブルース”、セルジオ・メンデス&ブラジル66のようなボサ・ロックを取り入れた“フローティング・バイ”では、レトロな音楽や楽器演奏を意図的に素材にしているわけだが、そうした点で一旦は生演奏に傾倒した後、改めてサンプリング・ミュージックの面白さや可能性に気がついたアルバムではないだろうか。

小川充