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Joesef

PopSoul

Joesef

Permanent Damage

Bold Cut / AWAL

木津毅 Feb 01,2023 UP

ぼくは18歳だった
叫びながら、すべてを感じようとしていた
(“Joe”)

 僕はもう、18歳のときに自分が何を感じていたかなんて忘れてしまった。けれどもスコットランド出身のシンガーであるジョーセフはよく覚えていて、そのときの悲しみと悦びを心地良いソウル・ポップに乗せて歌ってみせる。「きみが呼ぶのが聞こえる/ジョー、ジョー、ジョー/行かないでくれ」……なんでも元彼とシャワーを浴びながらセックスをしていた記憶から、ひとりでシャワーを浴びているときですら彼の声を思い出してしまう……という歌らしいが、ティーンエイジャーの風景としては大人びているし、キャッチーなラヴ・ソングとしては妙な生々しさもある。ミュージック・ヴィデオでは男の子同士の恋愛模様がリリカルに描かれ、その瑞々しさと切なさを強調している。そして僕は思う……クィアのリアルな性愛を歌うポップスが、こんなにもオープンでナチュラルな時代になったんだと。

 ジョーセフはあらかじめ官能的で魅惑的な声を持ったシンガーで、ファースト・シングル “Limbo”(2019年)の時点で歌の表現力、その完成度の高さが注目されていた存在だ。オーセンティックなソウルに軸を置きつつ、適度にモダンなR&Bやジャズ、インディ・ポップを混ぜるスタイルはトレンディでもあった。けれど僕がとくに気になったのは、彼がバイセクシュアルであることをカミングアウトしていて、「そのことを完全に心地良く感じている」と語っていたことだ。似たようなことを話していたのはサーペントウィズフィートで、自分にとってクィアであることは当たり前のことであり、取り立てて強調するほどのことでもない、と。ポップ・ミュージックは長らくゲイやレズビアン、バイセクシュアルやトランスジェンダーの表現者がクィアであることの痛みを様々な形で解放する場になってきたが、この10年ほどの社会の変容を経て、ずいぶん軽やかなものが増えてきている。いやもちろん、アルカイヴ・トゥモアのように異形性を強調し先鋭化するアーティスト陣も根強くいるが(実験的なエレクトロニック・ミュージックに多い。ハイパーポップが一種のクィア表現と分析されているのも遠くない現象だと思う)、たとえば慎ましやかなジャズ・ソウルで高く評価されたアーロ・パークス(バイセクシュアルであることをカミングアウトしている)がごくパーソナルな心象を柔らかく提示することで多くの若者の共感を得たことを思えば、僕が18歳のとき──20年ほど前──と彼らがいま見ている風景はまったく違うのだろう。それはもちろん、性的マイノリティが置かれる政治状況が変化したことも背景にあるが、その上流にある文化の力によるところが大きい。とくにソウルやR&B周辺のポップ・ミュージシャンたち……フランク・オーシャンジ・インターネットシドスティーヴ・レイシーブラッド・オレンジなどなど……による功績はたしかで、つまり彼らがパーソナルな官能を普遍性を伴うものとして解き放ったことの恩恵を受けて、いま伸び伸びと歌っているのがジョーセフというわけだ。典型的な「男らしさ」からかけ離れたその艶やかな歌声はアノーニアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズとして登場したときのことを彷彿させる瞬間もあるが、ジョーセフのデビュー作『Permanent Damage』には『I Am A Bird Now』に漂っていた悲愴感は存在しない。
 ジョーセフの初のEPが「Play Me Something Nice(何か素敵な曲を再生して)」というタイトルだったことにもよく表れているが、失恋の痛みを歌にして集めたという『Permanent Damage(永遠の傷痕)』もまた、とことんスウィートでリラックスしたソウル・チューンが詰まった一枚だ。恋愛における傷痕もまた喜びの証であることが示されている。シンセやパーカッションがエレガントに出入りしてゆるやかなファンクネスを生み出す “It's Been a Little Heavy Lately”、アコースティックな響きを大切にしながらとろけるような時間を演出する “Just Come Home with Me Tonight” と、聴き手を穏やかな気持ちにさせることに衒いがない。ギターの音が80年代のU2をちょっと思い出させるような “East End Coast” のきらびやかさには面食らうところもあるし、初作なんだからもっと冒険してもよかったのではとも思うが、抑制された演奏の緩急と歌唱のコントロールだけでエモーションの深さを見事に表現する “Blue Car” を聴くと、ジョーセフは奇抜なやり方で気を引きたいタイプではないことがわかる。ここでは弱さや傷つきやすさが本人によって自然に受容されていて、そのことが音楽的な気持ち良さに結実しているのである。
 やはり爽快な70年代風ソウル・チューン “All Good” でジョーセフは「すべて順調だよ、簡単なことなど何もないけどね/約束するよ」と歌い、アルバムは幕を閉じる。それはロマンスの終わりを迎えた自分に言い聞かせていることでもあるのだろうが、僕にはクィアの若者たちに向けた言葉であるように聞こえる。いま彼らが自身のセクシュアリティを心地よく受け入れ、その感覚がまっすぐに表現されたポップなラヴ・ソングを楽しめるのは、心温まることだと感じるのだ。ジョーセフの歌声を聴いていると、18歳のときひそかに抱いていた恋心だってダイレクトに取り戻せそうな気がしてくる。

木津毅