金魚は目をぱちくりさせていた。
初めてgalcidのライヴを観に行ったときのことだ。9月21日に日本橋・アートアクアリウムでおこなわれたgalcid + Hisashi Saitoの公演は、想像していた以上にダンサブルで、ハードで、でもふと虚をつくような意外性があって、不思議な体験だった。フロアは大量の金魚鉢に包囲されていた。金魚にはまぶたがないから、まばたきなんてできるはずがないんだけど、これがgalcidの力なのだとしたら、おそろしい。
![]() galcid - hertz Coaxial Records/Underground Gallery |
文字通りインダストリアルな環境に生をうけ、10代でニューヨークに渡り、クラフトワークやYMOなどの過去の偉大な遺産と90年代の豊饒なエレクトロニック・ミュージックを同時に大量に浴びて育ったgalcidは、ある意味では正統派であり、またある意味では異端派でもある。「ノー・プリセット、ノー・PC、ノー・プリプレーション」を掲げ、モジュラー・シンセを操り、インプロヴィゼイションにこそテクノの本懐を見出す彼女は、ソフトウェア・シンセが猛威をふるう昨今のエレクトロニック・ミュージック・シーンのなかで間違いなく浮いた存在だろう。もしかしたらそういった表面的な要素は、「あの頃」のテクノを知るオトナたちに哀愁の念を抱かせるかもしれない。だがgalcidの音楽が魅力的なのは、単にオールド・スクールなマナーをわきまえているからだけではないのである。
以下のインタヴューをお読みいただければわかるように、galcidの音に対するフェティシズムは相当なものである。「音色マニア」あるいは「音色オタク」と呼んでも差し支えないと思うのだけれど、そのような彼女の音に対する執念が、予測不能のインプロヴィゼイションというスタイルの土台を形作ることで、ありそうでなかった独特のテクノ・サウンドが生み出されているのである。〈デトロイト・アンダーグラウンド〉が反応したり、ダニエル・ミラーやカール・ハイド、クリス・カーターといったビッグ・ネームが惜しみなく賛辞を送ったりするのも、きっとそんな彼女の職人的な細部への配慮に尊敬の念を抱いているからだろう。
galcidの音楽には、これまでのテクノとこれからのテクノの両方が詰まっている。その不思議なサウンドが生み出されることになった秘密を、あなた自身の目で確認してみてほしい。きっと目をぱちくりさせることになるよ。
2回目に見たgalcid(ギャルシッド)はより進化していて、さらにインプロヴァイズでの自由度が増した素晴らしいパフォーマンスだった。
──ダニエル・ミラー(2016年9月21日@日本橋・アートアクアリウム)
小林(●)、野田(■))
■前に『ele-king』でダニエル・ミラーのインタヴューをしたとき、彼がギャルシッドの名前を出しているのですよ。
レナ:そうなんですか!
■「日本人アーティストのリリース予定はありますか?」と訊いたら、ギャルシッドを挙げていましたよ。
一同:へえー。
羽田(マネージャー):DOMMUNEの神田のイベントで1度共演したことがありまして、先日アートアクアリウムで再び共演する機会があり、当日ダニエルと話してみたら、よく覚えていてくれたんですよね。ただ、メディアでコメントをしていた、というのは初耳でしたね……。
レナ:それはすみませんでした(笑)! 実はカール・ハイドがギャルシッドの音源をネットで見つけて会いたいって言ってくれて! この前、東京に来ていたときに会ってきたんです。それをディスク・ユニオンに言ったら、セールスのコピーになっていました(笑)。その前後にダニエルの言葉も入れたかったなぁ……(笑)。
■ギャルシッドの音楽は、アンダーワールドよりはダニエル・ミラーの方が近いかもしれないよね。
●プラッドと写真を撮られていたのをツイッターで拝見したのですが、プラッドもギャルシッドの音源を聴いていたのですか?
レナ:あのときはたまたま会場で会っただけなんです。それよりクリス・カーターが話題にしてくれて嬉しかったです。すぐ宇川さんに連絡したら、カール・ハイドよりも燃えていましたね(笑)。
■うん、クリス・カーターを好きな人のほうがギャルシッドに入りやすいと思います。
レナ:そうですよね。
●それではそろそろインタヴューに入りたいと思います。まず、ユニット名の由来は、「ギャル」+「アシッド」ということなんでしょうか?
レナ:そうですね。これはプロデューサーの齋藤久師がポロッと言って決まりました。私がDOMMUNEに出ることになったときに「名前どうする?」と聞いたら、「女性だし、ギャルシッド(galcid)でいいんじゃない?」というすごく軽いノリで決まりましたね(笑)。こんなに長く使うことになるとは思わなかった。
■それは何年だったんですか?
レナ:2013年の末ですね。11月末に1回やって、年末のLIQUIDOMMUNE。そこが本格的なスタートになりましたね。
●レナさんが最初に音楽に興味を持ったのはいつ頃だったのですか?
レナ:2歳のときですね。「題名のない音楽会」を見て、自分でやりたいと言ってピアノをはじめたんです。あの番組に中村紘子さんが出演していて、すごくカッコよく見えたので、「(ピアノを)習わしてくれ」と両親にお願いしたのですが、当時2歳からのピアノコースが故郷の高松市(香川県)にはなかったんですよね。そこでエレクトーンをはじめました。エレクトーンのコースは小学校に入る頃に終わってしまうので、そこからはピアノという風に自然に切り替わるんです。で、そこからはピアノをやっていたんですが、だんだん課題曲が難しくなってくると、五線譜がすごい感じになってくるじゃないですか!!
そこから耳コピの世界に入っていきましたね。先生に弾いてもらって、それを聴いて練習していたんですけど、先生は(私が楽譜を)読めているという錯覚を起こしていました。耳で聴いて何かをやるというのはそのピアノ教育のおかげだと思うんですよね。ピアノは中学生のときまでやっていました。
■子供のころにピアノとか鍵盤をやっていて、途中でついていけなくなってテクノに行く人は多いよね。OPNだってそうじゃない?
●(OPNは)母親がクラシック音楽の教授と言っていましたよね。そこからどのような経緯でテクノに行ったのですか?
レナ:先ずは実家が鉄工場なんですよ(笑)。もう、家がインダストリアルなんです、朝起きたら、もわーっとシンナーの匂いがしているし(笑)。だから、そこから遠いところに行きたくてクラシックやったり、フルートやったりしていました。高校生のときに坂本龍一さんの音楽をちゃんと聴きだして。当時はまだ地元にも中古のレコード屋さんがいっぱいあったんですね。そこに浅田彰さんとの『TV WAR』とか『Tokyo Melody』とか廃盤になったLDがいっぱいあって、『音楽図鑑』とかYMO直後のソロ作品をすごく面白いなあと思って、買って聴いていたんですよ。そこからテクノとは直接は繋がらなかったんですけど、何かの本に坂本さんのインタヴューが載っていて、「クラフトワーク」という言葉が書いてあったんです。それで「クラフトワークって何?」と思って探って、初めて聴いたのがライヴ盤だったんですよ。“トランス・ヨーロッパ・エクスプレス”の80年代のライヴを聴いて、これは聴かなきゃいけない、と思ってずっと聴いていました。そうしたら、だんだん好きになってきましたね。
■80年代のライヴ盤って、海賊盤じゃないですか?
レナ:え! 友だちから借りたんですよね……まずいですね(笑)。
一同:(笑)。
レナ:その後は自分でアルバムを買ったりして、すごくハマっちゃったんですよね。そういうものを抱えたまま渡米をしたんです。『ザ・ミックス』が出た頃だったかな。95、6年にそれを聴いて、「(いま聴くべきものとは)ちょっと違う」と言う人も当時いたんですけど。いろんなアルバムを集めたり、クラフトワークのコンサートもニューヨークで観たりしましたね。そのときもけっこう賛否両論で、「クラフトワークに進化はなかった」と言って帰っていく人、私みたいに「生き神に会えた!」という人の両方いましたね。その会場で、エンジニアみたいな人とかゴスやパンクの人、ヒップホップの人とかオタクっぽい人とかがぐちゃぐちゃに混ざって列に並んでいるのを見たときに、「この振れ幅はハンパない!」と思ってすごく感動した覚えがありますね。
■クラフトワークが『ザ・ミックス』を作った理由のひとつは、デトロイト・テクノに勇気づけられたからなんですよ。だから当時のアメリカ・ツアーは、クラフトワークにとってみたらきっとすごく意味があったと思いますよ。
レナ:そうだったんですか!! すごい長蛇の列で、ふたつ先のストリートまで並んでいましたね。最後にロボットが出てきて、もう歌舞伎とかでいう十八番みたいな感じでしたよ(笑)。
■羨ましいですね。当時はクラフトワークがあまりライヴをやっていなかった時代ですからね。
レナ:その後はけっこう頻繁にライヴをやっているイメージがありますけどね。96、7年頃はアメリカの中でエイフェックス・ツインも表立って出てきたし、〈Warp〉がすごくアクティヴだったじゃないですか?
■アメリカでは〈Warp〉がすごく力があったんですよね。とくに学生たちのあいだでね。あの時代、アメリカという国の文化のなかで、オウテカやエイフェックスを聴くというのはすごいことですよね。
レナ:MTVが彼らをとても推していて、『アンプ』という番組でガンガンに詰め込んで放送していたんですよね。その番組で、私が田舎で買ったLDに入っていたナム・ジュン・パイクと坂本さんの映像がちょろっと使われていて、「ここでこんなものを観るとは思わなかった!」とびっくりした覚えがあります。テクノの番組がすごく盛り上がっていて、録画して観まくっていました。ちょうどクリス・カニンガムやビョークが盛り上がっていた頃ですね。ほかにも〈グランド・ロイヤル〉とか、サブカルチャーがかっこいいという流れがあって、そこに学生としていたので、影響は大きかったですね。
■ちなみにおいくつで?
レナ:当時は10代でしたけど。
■ませてるナー。
●10代(17歳)で、いきなりニューヨークに行くということに、特にとまどいはありませんでしたか?
レナ:あまりなかったですね。それは田舎にいたおかげだと思っていて、東京に出るというのとニューヨークに出るというのは、違うんですけど……
■言葉が違うよ(笑)。
レナ:(田舎を)出るということに関して、高校生くらいの頃からみんなが選択をするんですよ。うちの場合は近場だと神戸、大阪とかで、東京組はまた感覚が違うんですよね。私の同級生でも何人か海外に行った子はいましたね。父親も変わっているから、鉄を打ちながら「全然いいんじゃん?」と言ってくれました(笑)。父親はジャズとか集めている音楽マニアで、「語学はその国に行って学ぶのがいちばんいいから、いいんじゃないの、その語学で何か学んで来なさい」とふたつ返事で許してくれましたね。
「決まったことじゃなくて、まったく決まっていないことをやる方がライヴなんじゃないか?」と考えたことは印象として残っています。
●父親が聴いていたジャズの影響はあったのでしょうか?
レナ:いや、特に10代の頃はほとんど聴いていないです。でも後から知ったんですけど、父はセロニアス・モンクとかバップ系のジャズが好きで、私も速いテンポのが好きなので、もしかしたら影響はあるかもしれないですね(笑)。
■小林君はその話をインプロヴィゼーションに結びつけたかったでしょう(笑)。
レナ:そうなると綺麗ですね〜(笑)。すんません(笑)。
■ふつう父親が好きな音楽なんて聴かないよ。
レナ:そうですよね(笑)。
●周りにレコードが膨大にあって、元々クラシック・ピアノをやっていたということで、環境は整っていたという印象を受けました。それと鉄がガンガン鳴っていたということで(笑)。
レナ:鉄は嫌いでしたけどね(笑)。まあ、そういう意味ではそうですね。
■当時テクノというとヨーロッパの方が強かったんですが、なんでロンドンではなくニューヨークだったんですか?
レナ:私も行ってから気づいたんですよね。本当にバカだなーと思ったんですけど、アメリカとイギリスの文化の差があまりわかっていなくて。坂本さんはニューヨークに行ったじゃないですか。「なるほど、ニューヨークはクールなんだな」と思って、行っちゃうんですよね。でも、聴いている音楽はすべてイギリスの音楽だったんですけど(笑)。
■90年代のニューヨークはハウスですよね。
レナ:そうですよね。私の場合は90年代と言っても後半ですが、当時ハウスはあまり聴いていなかったので、そういう意味ではニューヨークのものからは影響を受けていないかもしれないです……。後にドラムンベースとかのムーヴメントになってきて、その頃からいろいろなところに顔を出しはじめました。それから、エレクトロニカがいっぱい入ってきたので、オヴァルや〈メゴ〉系のものを聴いたり、結局ヨーロッパ系ばっかり聴いていましたね。ニューヨークにいなくても全然良かったという(笑)。あ、でもノイズ系、アヴァンギャルド系のものに出会えたのは大きかったです!
■ハハハハ。
●何年くらいまでニューヨークに住んでいらっしゃったのですか?
レナ:2003、4年くらいまでいました。テロの前後くらいにD.U.M.B.Oというブルックリンにアート地帯を作るというプロジェクトがあって、元々アップル・シナモンの工場だったところを占拠してパーティをしたりしていたんです。そこに出させてもらったりもしていて面白かったんですけど、企業が入ってきて、表参道みたいな感じで整備されはじめて。そのときにテロが重なって、アーティストたちがニューヨークを去ってしまったんですよね。私はそれが理由で帰ったわけではないんですけどね(笑)。レーベルはデトロイトにあって、どうしようかなと思っていたんですけど、東京に住んだ経験がなかったので住んでみたいと思ってたんです。住んだことがないところへの憧れってあるじゃないですか。とくにその頃、私は小津安二郎・塚本晋也・ビートたけしの映画を観たり、アラーキーさんの写真集を見ながら、『ガロ』を購読していたりしたので(笑)。
■あなた何年生まれですか(笑)?
レナ:ハハハハ、ニューヨークに(書店の)紀伊國屋があって、そこで『ムー』と『ガロ』を定期購読していたんです。
■だから宇川君と気が合うんだ(笑)。
レナ:『ユリイカ』の錬金術特集とか本気で見ていましたからね(笑)。それで「日本すごいな」と思って、憧れの東京に行きたかったというのが帰国の理由ですね。
●先ほど、ニューヨークにいる時点で所属レーベルがデトロイトにあったとおっしゃっていましたが、その頃からレーベルとの契約があったのでしょうか?
レナ:そうですね。インディーズのレーベルなんですけど、〈Low Res Records〉というレーベルがあって、いま出している〈デトロイト・アンダーグラウンド〉も含めてみんな仲間なんです。あとは〈ゴーストリィ・インターナショナル〉とか、みんな近所なんですよね。
■アーティストもダブっていますよね。
レナ:そうなんですよね。ヴェネチアン・スネアズとかが出してました。うちはたまたま白人のコミュニティだったんですよ。デトロイトって、一部の黒人になりたい白人がいたりして、私もそのなかにピョンといたんです。GMキッズと言って、お父さんがみんな車のデザイナーをやっているような人たちが、金持ちなのに一生懸命チープなやつで作っていて(笑)。ちょっと根本のスピリットが違うんじゃないか? とか思ったり(笑)。〈ゴーストリィ・インターナショナル〉はまさにそうですね。
■〈ゴーストリィ〉の社長は、フェデックスの社長の息子なんですよね。
レナ:そう、そのサムはすごくいい人ですよ。ただ乗っている車がハマーとか、NYに居る妹の住んでる場所がトランプ・タワーだというだけで(笑)。
デトロイト辺りで活動してる人ってけっこう保守的なところがあるんですけど、そのなかでも〈ゴーストリィ〉周辺の人たちは実験的なことをやっていましたね。
昔、シーファックス・アシッド・クルーと一緒にヨーロッパをツアーで回ったんですけど、それも刺激を受けましたね。シーファックスはカセットテープと101と606でプレイしていて、「違う!」と言いながらテープを投げていたのが「かっこよすぎる!」と思ってました。606の裏を見てみたら「TOM」と書いてあったので、「兄貴の借りてるんじゃん(笑)。大丈夫なの?」と訊いたら、「彼はいまお腹を壊してるし、大丈夫!」とか言ってて、すごいなあと(註:シーファックス=アンディ・ジェンキンソンはスクエアプッシャー=トム・ジェンキンソンの弟)。そのときに、「決まったことじゃなくて、まったく決まっていないことをやる方がライヴなんじゃないか?」と考えたことは印象として残っています。
■いつから自分で作りはじめたのですか?
レナ:すごく恥ずかしいやつは高校生の頃から作りはじめていますね。
■ニューヨークに行ってから意識的に作りはじめたということですか?
レナ:そうですね。機材を買いはじめたのもその頃ですね。ずっと作りたいとは思っていたんですけど、機材というのは敷居が高かったですね。
オール・イン・ワン・シンセ全盛期だったので、まず階層の深さにやられてしまいました。ステップ・シーケンスは組めるんですけど、音色もすごい量が入っていて、何をやりたかったか忘れてしまうような操作性だったんです。あの当時、ローランドだったらXPシリーズ、コルグだとオービタルが宣伝していたトリニティとかいろいろ出てきたんですよね。とりあえずオール・イン・ワン・シンセを買ったんですけど、シーケンサーに打ち込むということにすごく苦労してしまい、苦戦していたところ、ローランドから8トラックのハード・ディスク・レコーダーが手の届く値段で出たのでそれを買って、そこから幅が広がりましたね。
■たしかにあの時代って、作るときのイクイップメントがわりと形式化していたというか、「こうでなきゃいけない」みたいのがいまよりありましたよね。
レナ: 88鍵もなくても別に大丈夫なこととか、少しずつわかってきて、同時に、ニューヨークにあるちょっとマニアックな楽器屋さんに通うようになって、そこで店員をしていたのがダニエル・ワンだったんです。彼はシンセに詳しくて、日本語も上手だったから、行けば教えてくれるんですよ。「オール・イン・ワン・シンセってすごく便利だけど、絶対こっちでしょ!」とミニモーグを勧めてくれて、「なるほど」という感じで、ずっと憧れの機材でした。
当時、バッファロー・ドーターとかマニー・マークとか、メジャーだとベックとか、モンド・ミュージック要素のある音楽がブームだったんです。同時にムーグ・クックブックが出てきて、音色に感動して、またアナログ・シンセのほうに傾倒していったんです。
ちなみにニューヨークに行って最初に買ったCDが、YMOの1枚目なんですよ。それまで聴いたことがなくて……。実は、日本にいたときには電子音楽が嫌いだったんです。当時流行っていたのが、全然自分が好きではない音だったんですよ。その当時は聴かず嫌いでYMOも好きではなかったんです。でもクラフトワークはすごいと思っていたので、日本人のシンセの音色がそういう音なのかな、と思っていたんですけど、芸者からコードが出ているジャケのアルバム(註:YMOのファーストは、日本盤とUS盤とでジャケや収録曲が異なっていた)を聴いてみようかなと思って買ったんです。「X/Y」の棚のところでXTCとYMOで迷ったんですけど(笑)。でも自分も日本人だし、「買ってみるか!」と思って、いざ聴いてみたら「すごい! こんな温かい音だったんだ!」とびっくりしてしまって。
それで「いまさらかよ」という感じでハマっていって、10代の終わりの頃に色んな音を聴きはじめるんですよね。当時の最先端の〈Warp〉系のものと、クラシックなクラフトワークやYMOを同時に聴いていて、「すごいな、いいな」と思って楽器屋さんに通ったんです。ミニモーグは1音しか出ないのに、「こんなにするの?」って心で泣いてました(笑)。
■やっぱり最初からアナログ・シンセの音色に興味があったんですね?
レナ:でもなかなか自分で手に入れるまでには至らず、IDMとかが流行って、そういう要素も取り入れながら「頭よさそうにやってみようかな?」とやってました(笑)。もちろんその時期のオヴァルやプラッドは大好きだったんですけど、自分でやるとなると、ああいう頭のいい感じではなかったですね。やっぱり野蛮な方が向いていたみたいで(笑)。ギターも触ってみたし、本当にいろいろやりましたよ。何が一番いいんだろうと思ったんだけど、やっぱりアナログ・シンセへの憧れが捨て切れなかったんですよね。
その後、NYで出会った保土田剛さん(註:マドンナや宇多田ヒカルのエンジニア)からMK2のターンテーブルとアナログ・シンセを借りたんですよ。それをハード・ディスクで録ったりしていましたね。
女の子ってお洒落に弱いじゃないですか(笑)。だからそっちに行きそうになったんだけど、「レナちゃんはもっとパンクじゃない?」とか言われて、すごい迷走しながら、インプロの世界に入ったんです。
■音色に対するフェティシズムですね。
レナ:そうです。そうして帰国後、仕事で齋藤久師に会うんですね。それで彼のスタジオに行ったら、全部アナログ・シンセだったんですよ。スタジオに行って10時間くらい(アナログ・シンセを)触っていましたね。何も飲まず食わずでずっとやっていて、それくらい没頭しました。
フルートをやっていた経験がアナログ・シンセの仕組みを覚えることに役立って、フルートって息の量だったり吹き方だったりで音を変えていくんですけど、シンセのモジュールもまさにそういうことで、楽器の吹き方というのをフィルターとかで弄っていく感覚でやっていくと、すぐに覚えられたんです。仕組みがスッと入ってきたので、すごく合うな、と思いました。単音の太さにもやられて、ピアノは和音勝負というかコード勝負というイメージですが、アナログ・シンセの本当に単音で、にじみが出るような音を出せるということにますます魅了されてしまって。
これをどうやって自分の音楽に取り入れようかと思って、初めはけっこうミニモーグで曲を作っていました。昔のペリキン(註:ペリー&キングスレイ)とかああいうコミカルな感じの曲を作ったり、ディック・ハイマンとかそういう音楽を聴いて作ったりしていましたね。昔のモーグ系の音楽ってカヴァー曲が多いじゃないですか。モーグ・クックブックなんかその最たるバンドなんですけど、カヴァー曲ではなくて自分の音楽を作りたくて。
だんだん「メロディってなんのためにあるんだろう」と思うようになって、ある意味ジャズ的にマインドが変わっていったんですよね。
私はそれまで音楽の活動をするときに、すごく時間をかけてやることが美しいと思っていたんですよ。3ヶ月くらい山に籠って歌詞を書いてきましたとか、すんごいカッコいいと思って(笑)。「レコーディングは6ヶ月掛けてやっています」みたいなのがすごいと思っていたんですけど、でも、うちのプロデューサー(齋藤久師)はその真逆だったんですね。何か作ってみようということになったら、「5分くらいで考えて」とか言われて、「え、5分!? いま録音するんですか?」と言ったら、「だってフレッシュなうちがいいでしょ」と。そこで一生懸命絞り出して思考をするということを初めてやって。
やったことないことにトライするのはすごく好きなので、直感的にすぐにやるということに面白さがあるということに気づいたんです。それで「セッションしてみようよ」と言われて、楽曲制作はしてましたけど、実はセッションなんてしたことがなかったんですよ。「セッションしてみないと楽器がわからない」とか「0から100までのレベルを全部使ってやってみないとわかんないから、全部セッションで試してみればいいんだよ」とか言われたので、「わかりました」と(笑)。やっている最中は「ダメだな」と感じたのに後で聴いてみたらまとまっていたりして、そういういろいろな発見があって、セッションでの制作やライヴの仕方に傾倒していったんですよね。
■可能性としてはディック・ハイマンみたいな、モンドというかイージー・リスニングというか、そういうものに行く可能性はあったのですか?
レナ:すごく好きな世界だったので、可能性はありましたね。
■でも結果はそれとはある意味で真逆な世界に行きましたね。
レナ:そうですね。その前からエレクトロニック・ボディ・ミュージックとかパンクとかいろんなものを聴いていたんですけど、モンドってお洒落じゃないですか。女の子ってお洒落に弱いじゃないですか(笑)。だからそっちに行きそうになったんだけど、「レナちゃんはもっとパンクじゃない?」とか言われて、すごい迷走しながら、インプロの世界に入ったんです。
■なるほど。
レナ:このアルバムを作ったときに、「態度としてすごくパンクだ」と言われたんですよね。(アルバムを)聴くと、これまで聴いてきたものが、どこかしらに滲み出ているということに気づいたんです。私の世代から下の世代のって、ジャンルが細分化されすぎてひとつのジャンルをずっと聴いてるようなイメージがあるんですけど、私は周りに年上の人が多かったというのもあって、たくさんのジャンルの曲を聴きましたね。それでも、電子音楽というのは自分を表現するのにいちばん適しているジャンルだな、というのはなんとなく思っていたんですが。
■ギャルシッドのスタイルに一番影響を与えたのは誰だと思いますか?
レナ:うーん、考えてもいなかったですね。
■3年くらい前に『ele-king』で「エレクトロニック・レディ・ランド」という特集を組んだんですね。打ち込みをやる女性が00年代に一気に増えてきたので、それをまとめたんです。USが圧倒的に多いんですよね。そのなかでローレル・ヘイローっていう人を僕はいちばん買っているんですが、彼女にインタヴューしたら、「私が女性だからという括りで珍しいとか面白がるというのはない」と言ってきたんですが、考えてみたら当たり前で、それはそうだよなと反省したんですね。女性がテクノやっていて珍しいからすごいのではなく、ローレル・ヘイローがすごいんですね。それと同じように、ギャルシッドは、性別ではなく、やっぱ音が面白いと思うんですけど、でも、女性の感性というものが作品のどこかにはあるんでしょうね?
レナ:女の人はマルチタスクというか、何かをしながらいろいろなことを考えられるから、そういう視点はもしかしたらあるかもしれないですね。何か「この楽器1本で!」みたいな気負いはたしかに感じていないですね。
●アルバムを聴いていて思ったのは、単純にずっと反復が続いていくという曲があまりなくて、展開が次々と来る感じじゃないですか。
レナ:それは私のクイーン好きから来てるのかな?(笑)。私、性格がせわしないんですよ(笑)。
一同:(笑)。
●クイーンはまったく思い浮かびませんでした(笑)。と言いつつ、踊れないわけではもちろんなくて、僕はボーナス・トラックを抜きにした最後の曲が気になりまして、この曲はキックが入っていないですよね。でもキックを入れたらかなりダンサブルなハウスになると思うんですよ。
レナ:“パイプス・アンド・ダクツ”ですね。純粋にビートを入れるということを抜いて、あの曲には和声も珍しく入れたので、それもあると思います。これは私は言葉と声で参加しただけで、齋藤久師が作曲しました。あの曲を聴いているとある時代に引き込まれていく気分になるんですよね。多分、彼自身がリアルに生きていた時代に、という事だと思うのですが、やっぱり音楽は記憶と結びついていると思うので。まあ私はインダストリアルというだけで懐かしいんですけどね(笑)。

音としては電子音ですし歌詞もないし、冷たい感じに受ける人もいるかもしれないんですけど、私自身はすごくプリミティヴなものを扱っているイメージなんですよね。
■テクノをやっているという意識はあるんですか?
レナ:プロデューサーの意図は別として(笑)、本人的にはあまり気にしていないんですけどね。4つ打ちにすればダンサブルになるわけだし、ライヴではいかようにもできるんですよ。でもそれだけだと「ドンチー、ドンチー」となってしまうので、「ドン、ドン、ドン、ドン」ではなくて「ドン、ドン、ドドン、ドン。ドン、ドコ、ドドン、ドン」みたいにトリッキーなリズムにしてみたり、いろいろと試行錯誤してみますね。私はいまTR-09を使っているんですけど、意図するものとは違うという意味で打ち間違いもしてしまうんですよ。そのとき面白いリズムになったりするんですよね。そっちのほうでグルーヴができたら、そのまま修正せずに作っていったりして、そういう意味では軽く縛られているのでそれが面白いですね。
■ジュリアナ・バーウィックなんかは、自分の声をサンプリングしてそれを使用するんですけど、ギャルシッドはそれとは真逆で、もっと物質的ですよね。それでいてダンス・ミュージックでもある。いったい、ギャルシッドが表現しようとしているものは何なんでしょうね。それは感情なのか、あるいは音の刺激そのものなのか、あるいはコンセプトなのか……。
レナ:いまは自分でノー・プリセット、ノー・PC、ノー・プリプレーションという縛りを作っているので、まずそこをスタイルとして楽しんでいるというのがあるんですけど、最近ソロでやっているときはマイク・パフォーマンスの比重が多くなってきているんですよ。それに自分でダブをかけながら、エフェクターで低い声を使うときもあるんですけど、最近は素声でもやっていてパンキーに叫ぶときもあったり。それをダブでやっているんです。それを聴いた人が「あまりこういう感じは聴いたことないね」と言ってくれて(笑)。前までは2、3人でやって間を見計らいながらやっていたんですけど、ひとりでドラムやって、シークエンスふたつ持って、ミキサーいじって……となると仕事が多くて、最近は突然全部切って叫んだりして、また全部スタートさせるみたいなことをはじめたんですよ。
■ライヴの度合いがどんどん高まっているということですか?
レナ:そうですね。だから2枚目はどうなるんだろうということを話しているんです。性格が変わってきているのかもしれない。言葉にはすごくメッセージがあるのでヘタなことは言えないんですよ。
■いまは言葉にも関心があると?
レナ:そうなんです。それは元々あったものなんですが、またここにきて出てきていて、もっとコンセプチュアルになっていくのかなと思っていますね。今回(のアルバム)の最後の曲には声を入れているんですけど、2枚目へのバトンタッチのような気がしていて、あれは声そのものを音として処理しているんですけど、次はもっと声や言葉が意味を持ってくるのかなとも思っています。
■クリス・カーターがギャルシッドを気に入ったのは、きっとギャルシッドの音が冷たいからだと思うんですけど、それは意識して出したものなのですか? それとも自然に出ているものなんですか?
レナ:意識はしていないですね。私自身はあまり冷たいとは思っていなくて(笑)。暴れ馬とか、プリミティヴというイメージでやっているので、音としては電子音ですし歌詞もないし、冷たい感じに受ける人もいるかもしれないんですけど、私自身はすごくプリミティヴなものを扱っているイメージなんですよね。
クリス・カーターがまず言ってきたのは映像だったんです。YouTubeにギャルシッドの紹介ヴィデオを上げていて、それを見て「この音はなんなんだ」と言ってくれたみたいで、「デジタルを使っているのか? 使っていないのか?」とかそんなことを聞いてきたんですよね(笑)。「一応MIDIは使いましたけど……」とか答えたんですけど(笑)。あの人はそこにこだわっているのかな、という感じがしたんですけど、「グッド・ワーク」と言ってくれたので良かったです。昔、DOMMUNEでやったときに、宇川さんが「クリス&コージーだ!」と言っていたんです。そのときのセッションはたしかにノイズではじまっていたんですよ。
■ファクトリー・フロアって聴いています?
レナ:聴いていないですね。
■UKのバンドなのですが、クリス・カーターがリミックスしているほど好きなバンドなんですよ。最近はミニマルなダンス・ミュージックなんですけど、初期の頃はギャルシッドと似ているんですよね。まさに雑音がプチプチという感じで(笑)。そういうインダストリアルなエレクトロニック・ミュージックはいまいろいろとあるんですけど、もうひとつの潮流としてはPCでやるというのがありますよね。OPNやアルカもそうだろうし、EDMもそうですが、PCが拡大している中で、なぜギャルシッドはモジュラーやアナログにこだわるのでしょうか?
レナ:私の場合は最初にオール・イン・ワン・シンセで体験した階層の深さというのがあって、PCでやるときに操作に慣れればいいんでしょうけど、直感でノブを回すのとマウスでノブを回すというのはちょっと違うんですよね。思ったようにいかなかったりね(笑)。いまこうなんだ!という感覚がマウスやトラックパッドなどのインターフェースだとかなり違いますよね。直感的に動かせないというのが、ひとつのフラストレーションになってしまいますね。
もうひとつの理由としては、バンドをやって歌を歌っているときにPCを使っていたんですけど、PCがクラッシュしたときほど苦しいものはないということですね(笑)。いまは起動時間がだいぶ速くなったと思うんですけど、でも何かあったときに冷や汗かいちゃう感じとか、どうしようもないときにマイクで「トラブル発生!」とか言いながら繋ぐのも嫌で(笑)。専用機って強いじゃないですか。叩けば治るとかありますし(笑)。
■はははは、アナログ・レコードは傷がついても聴けるけど、CDは飛んじゃうと聴けなくなるのと同じですよね。
レナ:そうなんですよ。そこの機能性・操作性は絶対的であって、やっぱり触れば触るほどコンピュータからは遠くなってしまうというか。コントローラーのちょっとのレイテンシーも、音楽のなかではすごく長いんですよね。特にライヴで使っていると、それは私のなかでは大きなデメリットなんですよね。
■大きな質問ですが、エレクトロニック・ミュージックに関してどのような可能性を感じていますか?
レナ:私はエレクトロニック・ミュージックにこれ以上技術はいらないと思っていて、楽器メーカーの流れを見てもみんなが原点回帰しているというか、昔あったシンセの6つの階層を2つにして全部いじれる場所をむき出しにするみたいな、より操作をシンプルにしていこうという流れがあって、ライヴ性が高くなるように機能する楽器が出てきているんですね。エレクトロニック・ミュージックの可能性としては縮小していく感じはいまのところまったくないじゃないですか。どこで線引きするのかは別としてですけど。
●質問を変えますが、ジャケットをデザイナーズ・リパブリックのイアン・アンダーソンが手がけているということで、そこに至った経緯を教えて下さい。
レナ:レーベルがイアンと仲が良くて、レーベルのなかでイアンがジャケを手がけているシリーズがあるんですよ。それは絶対に写真は使わないでグラフィックのみなんですけど、そのラインにギャルシッドを入れるかという話になっていました。夜光という工業地帯で撮った写真をメインに入れたくてお願いしてみたら、とりあえずイアンに見せてみよう、ということになったんです。そうしたら写真をとても気に入ってくれて、おまけに音も気に入ってくれて、即OKが出ました。結構早めにあげてくれたよね。
羽田(マネージャー):そうですね。
レナ: 「ギャルシッド」というロゴを入れているんですけど、あれは手書きでやっているみたいです。
●あのカクカクの文字って彼のデザインの特徴のひとつでもあるのですが、たぶんずっと手描きなんじゃないでしょうか。
レナ:それを知らなくて、すごく失礼な質問をしちゃったんですけどね(笑)。
●本当はもっと冒頭に聞くべきだったのですが、〈デトロイト・アンダーグラウンド〉からリリースすることになった経緯を教えて下さい。
レナ:オーナーのケロとはデトロイトの別のレーベルと契約していた頃からの知り合いで、私がやっていることには前から注目してくれていて、彼の友達のジェイ・ヘイズが東京に来るときにも連絡をくれたりして、ずっと繋がっていて、同レーベルのアニー・ホールが日本に来たときにうちにずっと泊まっていたんですよ。そんな経緯もあって、私のやっていることもケロはよく知っていて、「アルバムを出すことを考えているんだよね」と言ったら、「うちから出そうよ。とりあえず作ってやってよ」と手放しに喜んでくれて、その後に音源を聴いて、それでそのままリリースしたんですよね。でもあのレーベルの中でも今回のアルバムは異質だと思います。あそこのレーベルはもうちょっとグリッチ系なんですけど、私は全然グリッチしていないので(笑)。
●確かに(笑)。ちなみにカール・ハイドとは何かプロジェクトをする話はあるのですか。
レナ:話だけではそうなっています。私で止まっているんです。連絡しなくちゃ(笑)。「俺が歌うよ」と言われたんですけど、「ギャルシッドが歌?」って話しになって、「じゃあギター弾くよ」と言われて、「ギター弾くとうるさくない?」と返したら本人は爆笑していました(笑)。どうやってコラボするんだろうという感じなんですけど、それもまた面白いところかなと思っていますね。でもすごくミュージシャン・シップを大事にしている方だったので、「お蔵入りなんていっぱいあるよ。U2とのやつもお蔵入りだからね。そういうものなんだって」と励ましてくれたんですけど。彼は人とやるということの大切さを語っていて、確かにそれで違う自分を発見できたりもするので、いろいろやってみたいなとは思っています。
●最後に、ギャルシッドの今後の予定をお聞かせ下さい。
レナ:12月2日に渋谷ヒカリエでボイラールームに出演しますね。あと、カセットテープで『ヘルツ』のヴァージョン違いをCDと同じ〈アンダーグラウンド・ギャラリー〉から出す予定です。来年にはボイラールームを皮切りに海外でやることが多くなるので、いまはその準備という感じです。
—galcid Live Information—
10/23 (Sun) Shibuya Disk Union 4F (Workshop & Live) with Hisashi Saito
11/11 (Fri) Contact Tokyo
11/26 (Sat) Shinjuku Antiknock
12/02 (Fri) Boiler Room at Shibuya Hikarie
more info:
https://galcid.com/









デイヴィッド・シルヴィアン







