「LV」と一致するもの

Daniel Villarreal - ele-king

 シカゴのオルタナ・ラテン・バンド、ドス・サントスの一員でもあるパナマ出身のドラマー/パーカッショニスト、ダニエル・ ヴィジャレアルが初のソロ・アルバムを発売する。シカゴの新たなキーパーソンになっているという彼のアルバムには、ジェフ・パーカーら当地の面々とLAのミュージシャンたちが参加。ラテンのリズムを活かした極上のグルーヴを堪能したい。

ダニエル・ビジャレアル(Daniel Villarreal)
『パナマ77(Panama77)』

発売日:【CD】2022/5/25

大注目!! シカゴのオルタナ・ラテン・ジャズバンド、Dos Santos(ドス・サントス)のメンバーで知られるパナマ出身ドラマー/パーカッショニスト Daniel Villarreal(ダニエル・ ビジャレアル)が待望のソロアルバムを完成させた。ラテンのリズムに導かれるグルーヴ溢れるサウンドは必聴。日本限定盤ハイレゾMQA対応仕様のCDでリリース!! ジェフ・パーカー参加!!

Recorded in Chicago and Los Angeles featuring:
Daniel Villarreal - drums & percussion,
Elliot Bergman - baritone saxophone & kalimba,
Bardo Martinez - bass guitar & synthesizers,
Jeff Parker - guitar,
Kellen Harrison - bass guitar,
Marta Sofia Honer - violin & viola,
Kyle Davis - rhodes piano & synthesizers,
Anna Butterss - double bass & bass guitar,
Aquiles Navarro - trumpet,
Nathan Karagianis - guitar,
Gordon Walters - bass guitar,
Cole DeGenova - farfisa & hammond organs

ダニエル・ビジャレアルは、現在のシカゴのシーンを支える最重要ドラマー/パーカッショニストだ。パナマ出身で、異色のラテン・バンド、ドス・サントスのメンバーであり、DJでもある。ジェフ・パーカーら、シカゴとLAのミュージシャンたちと共に、ラテンのリズムを掘り下げて最上のグルーヴとドリーミーなサウンドスケープに包まれる、真に融和的な音楽を作り上げた。(原 雅明 rings プロデューサー)

アルバムからの先行曲 “Uncanny (Official Video)” のMVが公開されました!
https://www.youtube.com/watch?v=JNUaLAYPURM

アーティスト:Daniel Villarreal(ダニエル・ビジャレアル)
タイトル:Panama77(パナマ77)
発売日:2022/5/25
価格:2,600円+税
レーベル:rings / International Anthem
品番:RINC87
フォーマット:CD(MQA-CD/ボーナストラック収録予定)

* MQA-CDとは?
通常のCDプレーヤーで再生できるCDでありながら、MQAフォーマット対応機器で再生することにより、元となっているマスター・クオリティの音源により近い音をお楽しみいただけるCDです。

Official HP:https://www.ringstokyo.com/danielvillarreal

The Weather Station - ele-king

 まず、アルバム・タイトルが美しい。「なぜわたしは星を見上げるのか?」。そんな呟きからはじまる音量の小さなピアノ・バラッド “Stars” で、歌い手の彼女、タマラ・リンデマンは幼い頃に母親と見上げた暗い夜空を思い出す。そして今夜、何かに打ちひしがれている「わたし」は、どうして宇宙の美に圧倒されねばならないのか自分に問いかけるのだ。曲中ではそれが2020年になる直前の夜の出来事だったことが明かされるが、この曲を聴いてその豊かな静けさに魅了されるわたしたちは、パンデミックが訪れる以前の世界がどのような姿をしていたか思い出せないままに、暗い空に光る星を探すことになるだろう。

 昨年リリースされたアルバム『Ignorance』をエレキングで紹介しそびれたことを残念に思っていたので、本作を機会にザ・ウェザー・ステーションの存在を取り上げたい。ザ・ウェザー・ステーションはカナダはトロント出身のタマラ・リンデマンを中心とするフォーク・バンドで、実質彼女のソロ・プロジェクトを拡大してきたものだと言っていいだろう。ジョニ・ミッチェルの子どもたちのひとりとしてリンデマンは2000年代終わりごろから抑制の効いたオーセンティックなフォーク・ソングを発表してきたが、2017年のセルフ・タイトル作『The Weather Station』の頃から如実に音楽性を拡張することになる。その実が結ばれたのが室内管弦楽とジャズの要素を大きく導入した『Ignorance』だ。
 僕はまずリード・シングルの “Robber”(https://youtu.be/OJ9SYLVaIUI)に圧倒された。ツイン・ドラムとストリングスがダイナミックに呼応すると、それが躍動し、リンデマンはハスキーで落ち着いた歌声を聴かせる──「わたしは泥棒をけっして信じない」。これはカナダの植民の歴史を背景にした言葉で、同時に現代の強欲な資本主義も射程に入れている。ここに怒りと苛立ちはあるのだが、それらはあくまで優美に、穏やかに、最終的には気分が高揚するジャジーなフォーク・ロックとして表現される。PJハーヴェイの『Let England Shake』ほどコンセプチュアルではないにせよ、自国の歴史に対する疑問をあらわにしながら、そのエモーショナルなエネルギーを抑えられなかったフォーク・ソング集という点では共通している。環境破壊に混乱する歌、グローバルな格差のなかで生きることを仄めかす歌、殺伐とした都市で生活することの疲れを鳥への憧れに託す歌……リンデマンは、現代の社会で起きていることに心を痛めている自分を晒しながら、しかし、アップリフティングなバンド・アンサンブルを一身に背負ってメロウなメロディを温かくパワフルなものへと、ものの見事に昇華する。

『How Is It That I Should Look At The Stars』は『Ignorance』と同時期に作曲された楽曲が収められたアルバムで、終始デリケートできれいなピアノ・バラッドが並べられている。この2作は相互補完的な位置づけにあるという。躍動感に満ちた『Ignorance』を思うと『How Is It That~』はずいぶんスロウで控えめな作品だが、リンデマンの囁きながらも音程をしっかりと取る歌声の魅力と聴き手を陶酔させる叙情的な演奏は変わらない。掠れる声の余韻まで聞かせる “Marsh” にはじまり、木管楽器がそこに淡い色を添えると、“Endless Time” ではよくコントロールされたピアノの演奏がそれ自体で時間の感覚を忘れさせる。本作ではジャズと室内楽が持つ静謐なムードばかりが丁寧に扱われ、メゾピアノのバラッドがあまり主張せずに現れては消えていく。気に留めていなければ聴き逃してしまいそうな小さな歌たち、しかしよく耳を澄ませば身体の深いところまで降りていく歌たちだ。
 ここではリンデマンはオンラインで繋がったコミュニケーションをオフにして、時間の流れについて考えたり、カササギを見つめながら人生の不可解さにたじろいだり、そして子どもの頃に星を見上げた記憶を反芻したりしている。男声とのデュエットとなる “To Talk About” で彼女は、そんな自分は「怠惰だ」という。「わたしは怠惰だ、わたしは愛について話したいだけだから」と。僕がこの歌に思わず息を呑んでしまうのは、自分にも身に覚えのあることだからだ。すべてのタスクを無視し、世界で起きている恐ろしいことも忘れ、愛についてだけ考えたいときがあることを。この歌たちは、そんな怠惰さを肯定も否定もせずに、ただゆっくりと浸るものとして立ち上げてみせる。

 社会の不平等に異議を唱えることも、社会から少し離れて内省的な詩を綴ることも、長くフォーク音楽が果たしてきたことで、リンデマンはまさに現代のフォーク・シンガーとしてその両方をエレガントに実践する。“To Talk About” でリンデマンは最後に「この世界にあるのは愛だけではない」と囁くのだが、だからこそわたしたちは、ときには小さな音に耳を傾け、ニュースを消して夜空に浮かぶ星の輝きを探さねばならない。

Maya Shenfeld - ele-king

 〈Thrill Jockey〉が興味深い電子音楽家/作曲家のアルバムをリリースした。ベルリン在住のマヤ・シェンフェルトの『In Free Fall』である。
 マヤ・シェンフェルトは現代音楽の作曲家で、クラシックのギター奏者でもあるのだがパンク・バンドでギターを演奏するなど、多岐にわたる音楽活動をおこなっているようだ。現代音楽の領域ではモダンな電子音楽を追求しており、インスタレーションや作曲作品などを通して、電子音合成と有機的な音を越境させるような音楽を生み出している。
 本作『In Free Fall』は、マヤ・シェンフェルトのデビュー・アルバムであり、最初の集大成であり、電子音楽方面での作曲方法が追求されているアルバムである。このアルバムには実験的な電子音楽、オーセンティックでミニマルなシンセ・サウンド、映画音楽的なトランペットとシンセのアンサンブル、電子音響ドローンなど、いくつもの手法が駆使されている。しかしサウンドが乱雑になったり、無意味にカオティックになったりすることはない。端正だが緊張感もあり、どこか風が吹くような自由さもある。私にはこのバランスの良さが『In Free Fall』の魅力のように思える。

 『In Free Fall』には全7曲が収録されている。1曲め “Cataphora” は Kelly O'Donohue のトランペットと電子音のアンサンブルによる曲だ。折り重なる音は洗練されており、まるで映画音楽のような流麗な展開を聴かせる。同時に音と音のレイヤーには和声を超えるような構造にもなっており、音楽と実験の領域を無化する楽曲となっている。この曲における電子音と有機的な音の交錯は、まさに本作の方法論や表現を象徴するものである。ちなみにどうやらカテリーナ・バルビエリとのレジデンスの間に書かれた曲のようだ。
 シンセ・ウェイヴ的なシーケンス・サウンドで始まる2曲め “Body, Electric” でも後半になるとクラシカルなアンサンブルへと変化する。続く3曲め “Voyager” ではエモーショナルなシンセサイザー・サウンドが全面的に展開され聴き手を電子音の深い海に誘うサウンドスケープを生成していく。どこか映画『ブレードランナー』のヴァンゲリスを思わせる曲だ。
 この2曲を経て、エンプティ・セットのジェームズ・ギンズバーグをプロデューサー/コラボレーターに迎えた4曲め “Mountain Larkspur” に至る。レコードではA面のラスト曲となるこの曲は、わずか2分50秒のほどのトラックではあるもののアルバムを代表する1曲といっても過言ではない。ベタニエンユース合唱団の幽玄な合唱は、ベルリンにある1902年の廃プールでリハーサル・収録した録音したものだという。その録音にギンズバーグとシェンフェルトが電子的な加工を施し仕上げた。いわばアルバムA面のエンディング的曲であり、アルバム前半を総括する幽玄なトラックともいえる。
 続く5曲め “Silver” は硬質なサウンドによるドローン作品であり、その透明な質感の音響がとにかく美しい。この曲も2分50秒ほどのトラックだが、粒子のように美しいミニマルなドローンの中に込められた音の変化や情報量が凄まじく、深く聴き込んでいくと時間を超越するような感覚を覚えるほどだ。どこかビー・ジェー・ニルセンのドローンを思い出しもする。この曲はレコードではB面1曲目に当たるので、アルバム後半のはじまりを告げるトラックともいえよう。
 そして6曲め “Sadder Than Water” は、3曲め “Voyager” と対になるようなシンセ・アンサンブル的な楽曲だ。7分20秒というアルバム最長の曲だが、静かなエモーションが巧みな曲構成に誘導されるように、隅々にまでうごめいていて、まったく飽きることのない仕上がりである。
 アルバム最終曲 “Anaphora” は、アルバム冒頭の “Cataphora” と対になっているような曲だ。“Cataphora” で実践された管楽器的なアンサンブルの追求とでもいうべきか。この曲で『In Free Fall』は、まさに「Anaphora=首句反復」の名のごとく反復し、円環を描くようにアルバムは終わる。むろん円環といっても閉じているわけではない。その静謐な中に点描のように置かれる音たちは、まるで上昇するように世界にむかって開かれているのだ。

 アルバムを通して聴くと、まさに電子音楽の新古典主義とでも形容したくなるほどの出来栄えであった。全曲で36分というミニマムな収録時間であっても、形式にとらわれず、しかし形式を軽くみることもなく、自由に、開放的に音楽の実験と作曲を試みている、そんな印象を持ったのだ。長く聴ける普遍的な電子音楽作品ではないかと思う。

Black Jazz Records - ele-king

 70年代スピリチュアル・ジャズを代表する3大レーベルのひとつ、オークランドの〈Black Jazz〉。かつてジャイルス・ピーターソンやMUROがミックスし、セオ・パリッシュがコンピを編んだことでも知られるこのレーベルのラインナップには、ずらりと名作が並んでいる。このたび、それら20枚すべてを収納したボックスセットが販売されることになった。専用ボックスには全アルバムのアートワークやシリアルナンバーが掲載されるとのこと。これはとんでもないアイテムだ。

3大スピリチュアル・ジャズ・レーベルの一つ、“Black Jazz Records”のLP BOXをVINYL GOES AROUNDにて限定販売。

〈Strata East〉や〈Tribe Records〉と並び、70年代を代表する3大スピリチュアル・ジャズ・レーベルの一つ、〈Black Jazz Records〉。

レーベルはオークランドを拠点とし、1971年から1975年にかけて20枚のアルバムをリリースしました。この珠玉の名作を最新リマスター音源で復刻。
VINYL GOES AROUNDのサイトで全てのLPをボックスセットで販売いたします。

ボックスは20枚全てのLPが収納できるサイズで作られており、裏面には全アルバムのジャケットが掲載、シリアルナンバーも記載します。また過去に制作したポスターのデッドストックも封入。15セットの限定販売となります。

[THE STORY OF BLACK JAZZ RECRODS 予約ページ]
https://vga.p-vine.jp/exclusive/

[商品情報]
アーティスト:V.A.
タイトル:The Story of Black Jazz Records
価格:¥79,200(税込)(税抜:¥72,000)
フォーマット:LP×20枚
★シリアルナンバー付き
★15セット限定販売
※期間限定受注(~2022年3月28日まで)
※限定品につき無くなり次第終了となりますのでご了承ください。
※商品の発送は 2022年5月中旬ごろを予定しています。

[収録タイトル]
・GENE RUSSELL『New Direction』(PLP-7146)
・WALTER BISHOP JR.『Coral Keys』(PLP-6997)
・DOUG CARN『Infant Eyes』(PLP-7169)
・RUDOLPH JOHNSON『Spring Rain』(PLP-7133)
・CALVIN KEYS『Shawn-Neeq』(PLP-7132)
・CHESTER THOMPSON『Powerhouse』(PLP-7155)
・HENRY FRANKLIN『The Skipper』(PLP-7137)
・DOUG CARN Feat. THE VOICE OF JEAN CARN『Spirit Of The New Land』(PLP-6996)
・THE AWAKENING『Hear, Sense And Feel』(PLP-6998)
・GENE RUSSELL『Talk To My Lady』(PLP-7136)
・RUDOLPH JOHNSON『The Second Coming』(PLP-7761)
・KELLEE PATTERSON『Maiden Voyage』(PLP-6775)
・WALTER BISHOP Jr.『Keeper Of My Soul』(PLP-7760)
・THE AWAKENING『Mirage』(PLP-7200)
・DOUG CARN Feat. THE VOICE OF JEAN CARN『Revelation』(PLP-7170)
・HENRY FRANKLIN『The Skipper At Home』(PLP-7199)
・CALVIN KEYS『Proceed With Caution!』(PLP-7781)
・ROLAND HAYNES『2nd Wave』(PLP-6780)
・CLEVELAND EATON『Plenty Good Eaton』(PLP-6787)
・DOUG CARN『Adams Apple』(PLP-7782)

WDsounds発、2021年いろんなベスト - ele-king

 どの年もどの日も特別な時間であると思う。コロナ禍が続くなかでもそれが変わらないことを私たちは知っている。2021年を振り返りそのTHE BESTを自らの言葉で綴ることはその時間を少しだけ自分のものにしてくれると思う。そんな「THE BEST 2021」。

・RIVERSIDE READING CLUB

* 保坂和志『残響』
 去年いちばん繰り返し読んだ一冊。これは世界を小説にしか出来ないやり方で描いた作品だ。という考えに2回目の途中くらいでたどり着いたのだけど、その後に読んだ作者の“創作ノート”には全然そんなことは書かれていなくて、ぶちあがると同時に、別の文脈で書かれていた「だって、世界ってそういうものだからだ」という一文に完全に納得した。そこまで含めて、Best読書2021。 ( ikm )

* CHIYORI × YAMAAN “MYSTIC HIGH”
 2021年。前年に続きとにかく大変な1年だったけれど、どんな状況下でも『パーティー』はそこにあり続けた。決して楽な環境ではなかった中で「それを今やる意味」。その意味は各々で消化され、細胞となり、それはどんなウィルスにも侵食することはできない精神の強力な抗体となった。
 そして、個人的にはそれを象徴するかのような曲が「Mystic High」収録の「I'm So High」。第五波で緊急事態宣言真っ只中の夏、BUSHBASHで行った自主企画でCHIYORIが「新曲です!」と言ってYAMAANとの共作を披露したときからすでにアンセムだった。透明感のあるボーカル、柔らかな上音に浮かび上がるハットの軽快さ、さまざまな音の重なりがゆらゆらと波が起こし体全体を包んでいくような感覚。あぁ、ここはもうすでに水の中なのかもしれない。母のお腹で眠る赤ちゃんはこんなあたたかくてきもちいいのだろうか。重力から解放されてふわふわと永遠に踊っていられるような、そんな感じだった。
そして、パーティー明けに惨劇の森から大絶賛され、瞬速でBushmindはremixを製作。心地よいゆるやかな波はremixによって化け物のような大波に進化した。どちらも良さがありまくる。それからremixがパーティーで流れようになると、どこの場所でもその日一番の盛り上がりとなり、キラキラと魔法がかかったように輝き出した。フロアは一瞬で波に飲み込まれ、引き込まれていく感覚にゾワゾワと鳥肌が立つ。このような感覚は今まで味わったことがなく、やはりこの曲こそ2021年の私が体験したダンスフロアの象徴に他ならなかった。
※一曲についてしか書けませんでしたが「Mystic High」は全編を通して衝撃的に素晴らしいアルバムです ( Mau Sniggler )

* rowbai “Dukkha”
 HYDRO BRAIN MC’s加入以降、ほんの幾つかのバースとほんの数回のライブで一躍チームのエース格に躍り出た我らがKuroyagiによる客演が圧倒的に素晴らしい。
 取り分け事態を本邦だけに限定するとたかだかスキルの話にしても、ほとんどのラッパーが彼のちょっとしたおふざけにすら足元にも及ばない状況の中、本作で繰り広げられるゴン攻めに至り、俺も含めてここに展開されたラップアートを正確に理解できている人が果たしてどれだけいるのか? 取り分け2曲目の「Gōma」に於ける今更初期のLil Yachty的バブルガム感を引用しつつ、その背後に1977年のSuicideの幻影さえもがチラつく白昼の落雷のようなすっとぼけた覚醒感で"ぶっ殺死!!"(© 冨樫義博先生)をパフォームする、このコロナ禍のディストピアにこそ相応しい破格のエンターテイメントにとりあえず一回全員蹴散らされたらいい。また、本作のオーナーrowbaiが自身で手がける、透過性と不透過性とその裂け目を縫うようにして這い進むヒビ割れた磨りガラスのようなbeatとあくまで静謐なボキャブラリーの中に"激痛"("激情"ではなく)を宿したwordは、"ポスト〇〇"的なタームでは解析しきれない明らかなる切断面を開陳し、現在、SSWという言葉が置かれた位置座標を立体的に浮かび上がらせている。同二人のコンビネーションによる前作、rowbai & Kuroyagi / "nothing"と併せて普通に必聴。
 まるで逆境を跳ね返すかのように友人たちが傑作を量産した2021年の中でもBESTの一つ。この作品の所為で暫く他のが聴けなくなって超迷惑でした! ( Phonehead )

・.daydreamnation.( iiirecordings )

1. SPECTRE “THE LAST SHALL BE FIRST (CD)”
 SPECTREをBGMに自分が好きなことをする。有限の時間の中で聴く音楽、最高のものをききたい。2021年この音楽に乗りながら色々なことをやりました。ヒップホップでありながら完全にそれを超えていて、説明不可能な領域まで振り切ったビートにしびれました。WORDSOUNDはミュータント。ミックスがSCOTTY HARDさん、マスタリングはTURTLE TONE STUDIO NYC.で音最高。ぜひCDで。 DJKATAWAからの贈物。ZOZNT PROBLEMDUBBERS CLASSIC. ありがとうございます。

2. NECESSARY (Necessary Intergalactic Cooperation) “VOLDSLOKKA (CD)”
 夜に何か作業をする時に聴いていました。NICはバンドサウンドの枠をこえたリズム・演奏・ダブすべてがかっこよくてミックスもキレキレです。SWANS/PRONG/teledubgnosisのTed Parsonsさんのドラムビートがくらいます。大好きなグルーブ感。ミックスはGodflesh/JesuのJustin K. Broadricさん、マスタリングがTURTLE TONE STUDIO NYC.で音質最高です。ぜひCDで。

3. 吉村弘 “PIER & LOFT (VINYL)”
 再生して終わるまでの間に、今までの自分ぜんぶを包み込んで許されたような気持ちになりました。やわらかくて、やさしくて。聴く度にたいせつなことを思い出しています。シンセサイザーのやさしい音と演奏。この作品に出会えてうれしいです。レコードのマスタリングをしたSinkichi君(KOZA BC STREET STUDIO)からの贈物。ありがとうございます。

・HANKYOVAIN

1. J.COLUMBUS feat.ERA “BEST COAT”
本作の最後でPHONEHEADが登場した事は私にとって2021年最大の衝撃であり、目白と守口が確実に繋がっていると実感した特別な出来事となった。
楽曲の素晴らしさについては、リリース時に添えられたikm君の愛を感じる解説文を読んでみてほしい。

2. SATO “トワノアス”
本作の7インチ・レコード化計画に携われたことは私にとって2021年の貴重な経験となった。京都で音楽活動を続けるSATOが「高瀬川」と「永遠の二人」について歌う本作は、瑞々しく輝く普遍性と、それと相反するような愛の儚さや危うさを感じさせる名曲である。

3. HIRANO TAICHI “BLINDING LIGHTS”
今1番アルバムの発表を待ち焦がれているシンガーソングライターの名曲。
この曲を初めて聴いた時、演奏が始まって歌声が入ってきた瞬間に「この人本物や」と感動してすっかり心を打ち抜かれてしまった。

・BUSHBASH

柿沼実(BUSHBASH)

*  MEJIRO ST. BOYZ “BLOWING BUBBLE FOREVER”
 J.COLUMBUS,Phonehead,HANKYOVAINで構成される"MEJIRO ST. BOYZ"が11月にリリースしたBLOWING BUBBLE FOREVER。
この曲によってBUSHBASHの行ってきた事を新しいフェーズに移動させる事ができたと思う。悩みや存在し続ける問題や壁のようなもの、それらがなんでありどう向かっていくかという事。希望や一時的な逃避ではない確実な揺るぎない"現実"が歌われる事で足元を再確認し、抽象的でない"未来"を生み出す一端になる広がり続ける大気の様な、そして果てしない強靭さを兼ね備える音楽。
時代が変わり続けても何処かに射し続ける光みたいに在り続けるCLASSIC。一音目からの音、聴こえるリリック、そして結成の経緯と皆の佇まいや会話、存在。全てがMSBでとてつもなくEMPOWERしてもらってます。LIFETIME BEST。シャボン玉を吹き続けよう。

* RAMZA ”Pure Daaag” AIWABEATZ ”pearl light - Rain”
 BUSHBASHのレーベルからリリースさせて頂いたRAMZA君のMIX CDとAIWABEATZ君の7inch。リリースという行為の中にある一つひとつのやりとり、多くの人の協力などが積み重なってできた素晴らしい作品。
2020年3月からの出来事や交差していく人や物事の中で自然/必然というような流れでスタートできたBUSHBASH LABELは狭くなっていた視野を壊してくれるものでした。その中でもこの2作品はなるべくしてなったというか極自然な流れで形作られていったものであり、どちらもこの時代性を反映しつつも左右されない芯が通った内容で、BUSHBASHとして考える大切な物事を忘れず、地に足をつけるという意志を紡いでくれているような気がしています。
この2作品から生みでたイメージが繋がって今後もリリースしていく予定の最高の作品がありますので楽しみにしていてください。
喉元を過ぎて熱さを忘れた後は熱さを感じる喉元すらなくなると思います。

* 惨劇の森 "緊急事態新年会 + 歳末大感謝無礼講大祭"
 2021年の始まりと暮れに執り行って頂いた2大祭。期せずしてこちらもずっと考え続けた場所としての在り方や考えを体現してもらえた夜。どらちも悪化の一途を辿る世の中の状況の中で行われましたがプリミティブであり美しい、笑顔が絶えない時間で、"音楽"ってものを考えた時に最初に受けた衝撃からこれから朽ち果てるまでの間に何がしたい/できるか、という疑問の答えに身をもって提示してくれたような惨劇の森(DJ Abraxas / Bushmind / Ko Umehara / Phonehead)とACID EXILE、そして集まって頂いた皆さんに敬意を表します。
物凄くシンプルに音楽の最高さ/カッコよさを感じさせてくれて新しい楽しみ方やワクワクする事が増えて行くと共に、惨劇の森による大祭で挟み込まれた2021年という年に感じた希望や手応えは身体に刻み込まれて突き動かしていく。
 2022年も多くの人が集まりそれぞれの尊厳を奪われず、自由な楽しみ方で過ごせる場所と時間を創っていきたいと思います。
 新たな変化と少しずつ明けていく夜の確信として此処に記します。

・DISCIPLINE

* Scowl “How Flowers Grow”(SHV(KLONNS))
* Team Rockit “Bahamut Zero”(LSTNGT )
* Ellen Arkbro ”Sounds while waiting”(Keigo Kurematsu)
* Sozorie “Paper Ruins”(1797071 (Ms.Machine))
* OPERANT “Traumkörper”(Golpe Mortal)
* セーラーかんな子 “Kanna-chan/Hachi-chan”(CVLTSL4VE (#SKI7))
* Sega Bodega “Romeo”(Ray Uninog (#SKI7))
* George Crumb - Music For a Summer Evening :The Advent(TIDEPOOL (IN THE SUN))
* Telematic Visions 2 “watch?v=7QklmysU_o4Ku”(富烈)

 こういう機会を頂いて改めて振り返ってみると、2021年もコロナ禍によって生活の色々を縛られ続けた1年だったけど、そんな中でも各地で新しい物語が絶え間なく紡がれていたと思う。バラバラに散らばっていた点と点が邂逅を果たし、そして同時に永遠に捨て去るべきものが何なのかも分かった。
 Disciplineは根底にHARDCORE PUNKの精神を持ちつつも特定のジャンルや言説に依拠しない(或いは出来ない)個人の集合体。それぞれがそれぞれの視座を持ちつつも、同じMOODと怒りを共有していると思う。メンバーのみんながそれぞれ選んだ曲たちはジャンルも世代も国籍も異なるけど、それぞれの「2021年」を映し出す鏡。大きな潮流としての「時代」ではなく、引き裂かれながらも「今」という切断面まで持続させてきた個人史。全部通して聴いてみると、世界がどんなに酷くなってもまだ少し明日を楽しみに出来る、ような気がする。( tSHV )

・CHIYORI × YAMAAN

YAMAAN

* Hegira Moya audio visual set at Curiosity Shop “Hidden Meadow” 29th May 2021
 5月の明け方5時くらいにライヴ配信されていたHegira Moyaさんの映像作品。
Hegiraさんが旅先や日常の中で撮りためた映像と音を夜明け前の時間帯に配信で見るのは、不思議で印象的な体験でした。

* CHAMO TEU VULGO MALVADÃO “MC Jhenny (Love Funk) feat MC GW, DJ KOSTA22”
 偶然聴いたこの曲をきっかけに現行のバイレファンキにはまりました。
「ンチャチャ」の基本的なリズムを変わった音で置き換えていたり、音数が極限まで少なかったり、斬新な音遊びをしている曲が多くて面白いです。
この曲はどことなくDJ FUNKなどに通ずる感じもします

* Mio Fou ”Mio Fou”
 ムーンライダーズの鈴木博文さんと美尾洋乃さんのアンビエント感あるポップスのユニット。
84年の盤なのですが、昨年の夏頃にとてもはまって繰り返し聴いていました。素晴らしい作品です。

CHIYORI

 2021年は旦那との初アルバム、CHIYORI × YAMAAN「Mystic High」のリリースができました。多くの時間を制作に費やしましたが、その間に起きた熱い思い出やハマったものを選りすぐりました。きっと間接的に制作にも活かされていたと思います。

* ポータブルスピーカーレイヴ
 コロナ禍による時短営業で行くあてが無くなった時用に、ポータブルスピーカーをいつでも持ち歩いておいて、広場、川辺や海岸などでスピーカーを鳴らして友達と踊りまくったり、曲について語り合う、という遊び方にハマりました。スピーカーがボロかったので友人が誕生日に新しいのをプレゼントしてくれたのも嬉しかったな。また暖かくなったら始めよう。

* ドキュメンタリー映画「寛解の連続」ツアー
 スタッフとして東京や関西3館の映画館上映を光永惇監督や主人公の小林勝行、他スタッフや配給さんたちと回りました。皆んな快楽主義な所があるのでノリが合うし、その反面、社会福祉への高い意識や強い想いに、とても影響を受けました。人間味溢れるこの映画と、幅広い文脈でのトークショーや様々な出会いによって、随分心が自由になれたし視野が広がったと思います。その小林勝行の3rdアルバムも2021年マストな衝撃作でした。

* OGGYWEST
 2021年1番ハマったラップグループは、西荻を拠点とし2016年結成後コンスタントに作品を発表し続けているOGGYWEST。
オギーの魅力に気付いてしまった日から、全作品隈なく聴き込みました。クオリティの高い心地良いトラップな上、よく歌詞を聴くと生活感や妄想癖に溢れた絶妙なユーモアセンスがツボ過ぎて中毒になりました。ファンが高じてリリパでDJさせもらえたのはとても光栄でした。粗悪ビーツさんとの新作「永遠」も最高!

・MASS-HOLE

2021年よく聞いたアルバム。

* Benny The Butcher×Harry Fraud “The Plugs I Met 2”

 すごく聞きました。佐井さんのクリアランス話を聞いて、地球が丸いことを知りました。salute WDsounds、P-VINE!!


* All Hail YT×Cedar Law$  “Player Made”
 let me rideのカヴァーから気になってて、cedar君とつながってんだーってびっくりした。
albumはなんていうかラグジュアリーな感じが最高に気持ち良い。誰か全曲翻訳頼みます。dj shoe曰く、次はVICASSOがクルらしい。

* Issugi×Dj shoe “Both Banks”
 82s屈指のhardest mcとgroove mixing masterのalbum。
近くにこういう音楽があるってことは幸せなことだ。これからも曲を作って遊んで行きたい。

2022年はまずbeat tapeを。そして、自分のepを仕込んでます。dirtrainとしてはbomb walker,mac ass tigerの作品とrandy young savageというコンピalbumを出します。あと、松本に店開きます。

・今里 ( STRUGGLE FOR PRIDE / 不死身亭一門 / LPS )

敷居を高くしていないとご飯が食べられない人達のお茶碗を、夜な夜な割っていく作業に従事しています。

1. NAKATANI “HUNGRY&ANGRY ”
どのような状況下でも、人は学べるという事を教わった。

2. LRF “THE ANTI-VAX PUNK SONGS E.P “
LRFは常に、「説得力」という言葉の意味と強さを体現してくれている。

3. “IT LOOKS TO A LIFE FORWRD 12/4 “
修正ペン界の巨匠による名言と、悪意に満ちたセレクトの出演者の紹介写真を用いたフライヤーで知られる、毎年末に行われる好企画。a.k.a. 大阪大忘年会。
みんなが口を揃えて「RIGIDが素晴らしかった」と言っていた。定期的に開催されている “ JUICYちゃん “ と併せて、機会があったら是非、足を運んでみるべきだと思う。

 2021年が始まって間も無く、金山さんに呼んで頂いてSOCORE FACTORY でレコードをかけた。たくさんの英雄達にお会いして、多くの逸話とずっと知りたかった問い(大洞さんWORKSについてや、当時どうやってSTA-PRESTを入試していたのかetc. ) の答えを手に入れて、様々な最高級の音楽を耳にして完璧な時間を過ごした。だから2021はとても良い年。昨年お世話になった皆様、本当にどうもありがとうございました。2022も毎日レゲイの話しようぜ!!

Bonobo - ele-king

『Fragments』の仕上がりがすこぶるよい。せっかくなので作者であるボノボの進化の過程をふりかえってみよう。
 ボノボことサイモン・グリーンが英国南部のブライトンに生まれたのは1976年、前年には CAN がこの地でおこなったライヴの模様が先日出た未発表のライヴ盤『Live in Brighton 1975』でつまびらかになったが、まだ生まれてもいないサイモンは当然その場にいあわせていない。他方で長ずるに音楽の才能を開花させ20代前半には地元のクラブ・シーンを中心に頭角をあらわしはじめたグリーンはミレニアム期に地元の〈Tru Thoughts〉のコンピにクァンティックらとともにボノボ名義で登場、2000年には同レーベルから『Animal Magic』でアルバム・デビューもかざっている。くすんだジャズ風の “Intro” にはじまり、個性的な組み立てのビートが印象的な “Silver” で幕をひく全10曲は、形式的にはブレイクビーツ~ダウンテンポに分類可能だが、細部のモチーフがかもしだすエスニシティやトリップ感とあいまってラウンジ的な風合いもただよっている。むろんすでに20年前のこととてサウンドにはなつかしをおぼえなくもないが、いたずらにテクノロジーに依存しすぎないグリーンの音楽的基礎体力が本作を時代の産物以上のものに仕立てている。その3年後、ボノボはこんにちまで籍を置く〈Ninja Tune〉から2作目の『Dial 'M' For Monkey』をリリース。ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』をモジったタイトルがあえかな脱力感をさそう反面、スピードに乗せた場面転換は本家もかくやと思わせるほどスリリング。フルートやサックスの客演、サスペン仕立ての設定もあって、前作よりもジャズのニュアンスがせりだしているが、そのジャズにしても、キレよりもコク重視のハードバップ風味だった。

 管見では、ワイルドな表題の上記2作をもってボノボの野生期とみなす。形式的にはダウンテンポという先行形式に範をとって自身の立ち位置を定めるまでの期間とでもいえばいいだろうか、母なる森から音楽シーンという広大な平原にふみだそうとするボノボの冒険心を感じさせる黎明期である。むろんそれによりボノボの歩みがとどまることもなかった。むしろ野生期の記憶をふりはらうかのようにボノボの歩幅は伸張していく。前作から3年後の2006年の『Days To Come』──「来たるべき日々」と名づけたサード・アルバムはその例証ともなる一枚といえるだろう。サウンドは機材環境を刷新したかのようにクリアさを増し、アルバムも全般的にみとおしがよくなっている。とはいえボノボらしいオーガニックさは減じる気配なく、グリーンはみずから演奏する生楽器のサウンドや民俗楽器のサンプル・ソースとデジタル・ビートを巧みに組み上げている。ヴォーカリストの起用も本作にはじまるスタイルであり、インド生まれのドイツ人シンガー、バイカと同郷のフィンクを客演に招き、現在につながるスタイルの完成をみた。その基軸はなにかといえば、種々雑多な記号性とそれにともなうサウンドの多彩さと耳にのこるメロディといえるだろうか。サイモン・グリーンのセールスポイントはそれらを提示するさいのバランス感覚にある。クンビアであれアフロビートであれ、ベース・ミュージックであれ、ボノボはそれらをフォルマリスト的にもちいるのではなく、響きに還元し自身の声として構成する。グリーンはアーティストであるとともに第一線で活躍するDJでもあるが、ボノボのカラーはDJカルチャー以降の音楽観の反映がある。2006年の『Days To Come』、次作となる2010年の『Black Sands』ではサウンドのデジタル化がすすんだせいでその構図はより鮮明になっている。これをもって私はボノボの技術革命期と呼ぶが、このころはまた作品の評価とともにボノボの認知度が高まった時期でもあった。
 呼応するように『Black Sands』でボノボはミックス作を発表しフルバンドでのツアーにものりだしていく。グリーン自身も、このころを境に拠点をブライトンからニューヨークに移し、余勢を駆るかのごとく制作入りし2013年にリリースした『The North Borders』では “Heaven For The Sinner” にエリカ・バドゥが客演するなど話題に事欠かなかった。作風は彼女が参加したからというわけではなかろうが、ニューソウル~R&B風の流麗さと、ダブステップ以後のリズム・アプローチをかけあわせてうまれた2010年代前半の空気感をボノボらしいリスニング・スタイルにおとしこむといった案配。さりげない実験性とくっきりした旋律線がかたどるフィールドはボノボの独擅場というべきものだが、その領域はクラブのフロアとリスニング・ルームの両方にまたがっているとでもいえばいいだろうか。没個性におちいらない汎用型という何気に難儀なスタイルを確立したのが『The North Borders』であり、本作をもって私はボノボの認知革命期のはじまりとする。ものの本、たとえば数年前の大ベストセラー『サピエンス全史』では認知革命なる用語をもって「虚構の共有による人類の発展」と定義するが、サピエンスではなくボノボをあつかう本稿においては「創作上の発見による音楽的な飛躍」となろうか。これはサイモン・グリーンの内面の出来事ともいえるし、ボノボの音楽が私たちにもたらすものともいえる。この場合の認知はかならずしも意識にのぼらないこともあるが、2013年の『The North Borders』以降、2017年の『Migration』、最新作の『Fragments』とこの10年来のボノボの3作が認知革命期におけるボノボの長足の進歩を物語っているのがまちがいない。
 とりわけ「断片」と題した新作『Fragments』ではこれまでの方法論の統合、それもボノボらしい有機的統合をはかるにみえる。

 『Fragments』は “Polyghost” のミゲル・アトウッド・ファーガソンによるポール・バックマスターばりの流れるようなストリングスで幕をあける。場面はすぐさま題名通り陰影に富む “Shadows” へ。この曲に客演するUKのシンガー・ソングライター、ジョーダン・ラカイをはじめ、『Fragments』には4名のシンガーやかつてグリーンがプロデュースを担当したアンドレヤ・トリアーナのヴォイス・サンプルなど、12曲中5曲が歌もの。その中身も、シルキーなラカイから “From You” でのジョージの雲間にただようようなトーン、〆にあたる “Day By Day” でのカディア・ボネイのポジティヴなフィーリングにいたるまで多彩かつ多様。それらの要素を最前から述べているグリーンのバランス感覚ともプロデューサー気質ともいえるものが編み上げていく。『Fragments』という表題こそ認知革命期らしく抽象的だが、むろんその背後にはこの数年のグリーンの経験と思索がある。ブライトンからニューヨーク、ニューヨークからロサンゼルスへ、拠点を移しツアーに明け暮れたこの数年の生活が導くインスピレーションは2017年の『Migration』に実を結んだが『Fragments』における旅はそれまでとは一風かわったものだった。というのも2019年にはじまった『Fragments』の制作期間はパンデミック期とほぼかさなっており、物理的な移動はままならなかった。この期間グリーンはあえて都市を離れ、砂漠や山、森などの自然にインスピレーションをもとめたのだという。そのようにして時機をうかがう一方で、リモートによるコラボレーションもすすめていったとグリーンは述べている。シカゴの歌手で詩人のジャミーラ・ウッズとコラボレートした “Tides” もこのパターンだったようだが、アトウッド・ファーガソンの弦、ララ・ソモギのハープ、グリーンの手になるリズム・セクションとモジュラー・シンセが一体となり、潮のように満ち引きをくりかえすこの曲はアルバム中盤の要となるクオリティを誇る。しからば制作の方法は作品の質に関係ないのかと問えば、そうではないとボノボは答えるであろう、生き物が環境の変化に適応するように音楽家が制作環境に順応することはあっても、音楽が進化の過程を逆行することはないと。
 進化とはいつ来るとは知れない未来へ向けて手探るようになにかをすることであり、不可逆の時間(歴史)の当事者として現在を生きつづけることでもある。アンビエントやノンビートにながれがちな昨今の風潮をよそに、ダンス・ミュージックにこだわった『Fragments』の12の断片こそ、ボノボの次なる進化の起点であり、その背後にはおそらくサイモン・グリーンの音楽という行為へのゆるぎない確信がある。

年明けのダンス・ミュージック5枚 - ele-king

 新年あけましておめでとうございます! 2022年も音楽についてたくさん書いていきたいと思います。2021年は、僕の力量不足ゆえ(単に怠けている日もある)に書けなかった作品がいくつもあった。今年は全て書く勢いでやるということで、そこを抱負に精進します。ということで新年一発目のサウンドパトロール、よろしくお願いします。


SW2 & Friends - Hither Green Glide / For The People | GD4YA

 EL-B の運営する〈GD4YA〉は、UKガラージのダークな側面を好む人ならチェックすべきレーベル。彼自身、90年代からいくつかのレーベル(Not On Label のホワイト盤も多数)からアングラでダークなUKガラージを提供してきたDJ。もちろん、〈GD4YA〉のサウンドはその焼き回しではなく、現代版へきちんとアップデートされており、さらにハズレもあまりないときた。今作は、〈Rhythm Section International〉などからリリースを重ねる FYIクリス、エズラ・コレクティヴの鍵盤奏者として知られるジョー・アーモン=ジョーンズなどが参加。あのダークなUKガラージの音(〈Tempa〉の『The Roots Of Dubstep』を聴くと良し)を踏襲しつつ、南ロンドンにおけるハウスとジャズの視点も加えている。かなり面白い。

Instinct – PAUSE LP | Instinct

 「UKガラージのダークな側面」なんて書いたので、こっちも紹介しないわけにはいかない。バーンスキ(Burnski)による、UKガラージ専用のインスティンクト名義でリリースされたフルレングス。連番でいくつかの12インチを出しており、それらをまとめたのが『PAUSE LP』。5番に当たる「Pstolwhip」は最高にオシャレなUKガラージで大好きだけど、今作には未収録……。流行り(?)の音数少なめでカラッと乾いた質感のUKガラージ・ビートがずっと続く、素敵な10曲入りLP。ベースは効いていてダークさはあるけど、なぜか凄くオシャレに聴こえる。個人的ベスト・トラックの “Apache” はサンプリングかと思うが、実弟によるヴォーカルのピッチをいじったもの。12インチの集成なのでそれぞれのツール感は否めないが、それでも聴きやすくまとまっていると感じた。

WILFY D & K–LONE - VITD004 | Vitamin D Records

 K-ローンといえば、ファクタと運営するロンドンは〈Wisdom Teeth〉でよく知られている。が、Wilfy D とコラボレーションした今作は、言ってしまえばらしくない、スイートでソウルフルなUKガラージに仕上がっている。“Str8 Up” なんて最高なチャラ系UKガラージでかなりのお気に入り。そもそも、90年代におけるUKガラージというジャンルにはかなり売れ線の曲もあって、そこそこチャラい側面があることを思い出させられる。ちなみに Wilfy D のほうは、自身の〈Vitamin D Records〉や〈Dansu Discs〉などでリリースしつつ、ブリストルのレコード店&レーベルの〈Idle Hands〉のスタッフとしても働いている模様。いま挙がったのは全てUKにおける現行のレーベルで、全てかっこいいので合わせてチェックしよう。

Joy Orbison - red velve7 | TOSS PORTAL

 2021年の個人的なハイライトのひとつ、それはジョイ・オービソンの『Still Slipping Vol.1』だった。本当にカッコ良かった。サウンドがカッコ良いのは当たり前だけど、何よりも「そこにい続けて……、もちろんいまもそこにいる」その姿勢がカッコ良いのだ。この曲は、ジョイ・Oによって突如ドロップされた未発表曲のうちのひとつ。ジャケは彼の祖母で、西ロンドンで音楽系のパブを祖父とふたりで経営していた方なのだそう。曲のリリースに際したインスタのポストによれば、「まだ始まったばかり」だと。これからも彼の動向には目が離せない。

Blawan - Woke Up Right Handed | XL Recordings

 相変わらず、〈XL〉のこのシリーズは良いリリースが多い。去年は LSDXOXO による猥雑なゲットー・ハウス「Dedicated 2 Disrespect」が最高だったし、その前だとジョンFMの「American Spirit EP」も良かった。そしてブラワンからの「Woke Up Right Handed」も、これまた半端じゃない一撃だった。数あるフライト(2019年は340回もあったそう!)に嫌気がさし、いまは拠点とするドイツで酪農により多くの時間を割いているそう。このEPから出てくる音がそんな生活から生み出されたものなんて……。“Under Belly” のホラーめいた異様なサウンドが酪農生活によるものだとは、にわかには信じかたいよね。

Andrew Weatherall - ele-king

 ロンドンのレーベル〈Heavenly〉が、ウェザオールのリミックスを集めたコンピレイションをリリースする。『Heavenly Remixes Volumes 3 & 4 (Andrew Weatherall Remixes)』と題されたそれは2022年1月28日にリリース、16曲が収められている。
 セイント・エティエンヌやベス・オートン、ダヴズなどのリリースで知られる同レーベルだが、創設者のジェフ・バレットがウェザオールのマネージャーを務めていたこともあり、両者の関係は長くつづいた。今回の編集盤はウェザオールが〈Heavenly〉のために提供してきたリミックス音源を集めたもので、必聴のセイント・エティエンヌ “Only Love Can Break Your Heart (A Mix of Two Halves)” をはじめ、マーク・ラネガンやグウェノー、コンフィデンス・マンなどが収録されている。フォーマットはLP、CD、配信の3種類。ウェザオールの魂に触れよう。

https://ffm.to/heavenlyremixes3-4

Heavenly Remixes 3: Andrew Weatherall volume 1

1. Sly & Lovechild - The World According to Sly & Lovechild (Soul of Europe Mix)
2. Mark Lanegan Band - Beehive (Andrew Weatherall Dub)
3. Flowered Up - Weekender (Audrey Is A Little Bit More Partial Remix)
4. Gwenno - Chwyldro (Andrew Weatherall Remix)
5. Saint Etienne - Only Love Can Break Your Heart (A Mix of Two Halves)
6. Confidence Man - Bubblegum (Andrew Weatherall Remix) 08:19
7. Espiritu - Conquistador (Sabres Of Paradise No.3 Mix)
8. The Orielles - Sugar Tastes Like Salt (Andrew Weatherall Tastes Like Dub Mix Pt.1 - Live Bass)

Heavenly Remixes 4: Andrew Weatherall volume 2

1. audiobooks - Dance Your Life Away (Andrew Weatherall Remix)
2. Saint Etienne - Heart Failed (In The Back Of A Taxi) (Two Lone Swordsmen Dub)
3. Doves - Compulsion (Andrew Weatherall Remix)
4. TOY - Dead an Gone (Andrew Weatherall Remix)
5. Confidence Man - Out The Window (Andrew Weatherall Remix)
6. LCMDF - Gandhi (Andrew Weatherall Remix II)
7. Espiritu - Bonita Mañana (Sabres Of Paradise Remix)
8. Unloved - Devils Angels (Andrew Weatherall Remix)

Alva Noto - ele-king

 グリッチとパルス。ノイズとリズム。グリッドとドローン。厳密な建築と設計。それらの組み合わせによるミニマルな電子音響音楽。そのむこうにある濃厚なノスタルジア。未来。カールステン・ニコライが20年以上にわたって生み出してきたミニマルなエレクトロニック・サウンドは、電子音響におけるパイアニアのひとつとして現在進行形で君臨している。
 しかしそのサウンドはけっして固定化していない。常に変化を遂げている。90年代のノト名義のノイズとパルスによるウルトラ・ミニマルなサウンドスケープ、00年代以降のアルヴァ・ノト名義で展開されたグリッチと電子音とリズムの交錯によるネクスト・テクノといった趣のトラック、そして透明なカーテンのような電子音響以降のドローン/アンビエント作品、坂本龍一とのコラボレーション作品で展開するピアニズムと電子音響が交錯し、高貴な響きすら発している楽曲、言葉が電子音響のなかで分解され、リズミックな音響ポエトリー・リーディングにまで昇華したフランスの詩人アン=ジェームス・シャトンとの共作アルバムまで、どの音楽も電子音楽・電子音響の領域を拡張するものである。

 そして本年リリースされた新作アルバム『HYbr:ID Vol.1』は、カールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトのアルバムの中でも一、二を争う傑作ではないかと思う。もちろん、カールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトのアルバムはどの作品もクオリティが高い。だが本作では彼がこれまでおこなってきた実験の数々が、極めて高密度で融合しているように感じられたのだ。ちなみにリリースはカールステン自身が主宰する〈noton〉からである。

 このアルバムの楽曲は、もともとは19年にベルリン国立歌劇場で上演されたリチャード・シーガルの振付/演出のベルリン国立バレエ団によるコンテンポラリー・バレエ作品「Oval」のためにカールステン・ニコライがアルヴァ・ノト名義で作曲した音源である。
 「コンテンポラリー・バレエのための音楽」という制約の多いなかで、彼は自身がこれまで培ってきた技法のすべてを投入しているような音響空間を生成していく。00年代以降に展開された「uni」シリーズのリズム/ビート、「Xerrox」シリーズのアンビエント/ドローンが、まさにハイブリッドな音楽技法によって見事に統合されているのだ。まさに00年代~10年代のカールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトの総括にしてネクストを指し示すようなアルバムなのである。

 透明な電子音、パルスのようなリズム、微かなノイズが空間的に配置され、重力と無重量を超えるようなサウンドスケープを展開している。加えて本作ではコンテンポラリー・バレエのための電子音響という面もあるからか、反復の感覚(コンポション)がこれまでのカールステン・ニコライのトラックとはやや異なり、反復と非反復を往復するような構成になっているのだ(どこか故ミカ・ヴァイニオの音響を思わせるトラックに仕上がっているのも興味深い)。いままで聴いたカールステンのサウンドを超えるような音にも思えた。ミニマルと反ミニマル。反復と非反復。人間と機械などの相反するもの、まさに「ハイブリッド」なサウンドスケープが展開されていたのである。

 レーベルのインフォメーションによると、「映画のような映像技術とハドロン、ブラックホール、コライダーなど、トラックタイトルにもなっている科学的事象が描かれた静止画像にインスパイアされたという作品で、天体の物理現象やフィクションをダンスの動きを結びつける形を模索しながら制作が行われた」という(https://noton.info/product/n-056/)。
 いわば自然現象とテクノロジカルな技術と20世紀以降のアートフォームを援用しつつサウンドを生成し、それを人間の肉体の運動に落とし込むというようなことがおこなわれているのだろうか。それは先にあげた反復(機械)と非反復(人間)の交錯に結晶しているのかもしれない。

 アルバムには全9トラックが収録されている。いかにも10年代のアルヴァ・ノト的な2曲目 “HYbr:ID oval hadron II” もまるで魅力的だが、「Xerrox」シリーズ的なアンビエンス感覚に非反復的なサウンドが交錯し、透明でありながら不穏なムードを放つ3曲目 “HYbr:ID oval blackhole” が何より本アルバムのサウンドを象徴しているように思えた。いわば不安定、非反復の美学とでもいうべきか。
 この曲を経た4曲目 “HYbr:ID oval random” では自動生成するような細やかなリズムがクリスタルな電子音響とミックスされていく。5曲目 “HYbr:ID oval spin” では “HYbr:ID oval blackhole” のようなサウンドをより緻密にしたような音響空間を展開する。不定形に放たれる音の粒といささかダークなトーンの電子が交錯し、まるで映画のサウンドトラックのように聴こえてくる。
 以降、アルバムはまるで仮説と証明を繰り返すように、もしくは演算をおこなうかのように、リズムとアンビエントが交錯し、緻密に、そして大胆に音響世界を展開していくだろう。どこまでも澄み切ったクリアでクリスタルな音は、聴く側の知覚を明晰に磨き上げてくれるような感覚を発していた。聴いているととにかく「世界」が明晰に感じられるのだ。

 そしてアルバムはクールネスな温度を保ったまま、しかし次第にテンションを上げつつクライマックスといえる9曲目 “HYbr:ID oval p-dance” に至る。ここでカールステンは惜しげもなく近年のアルヴァ・ノト的な(つまり「uni」シリーズ的な)ミニマルにしてマシニックなリズム/ビートを展開している。もちろん、これまでアルバムを通して培ってきた不穏な電子音響ノイズも、しっかりとトラックに仕込まれている点も聴き逃せない。まさに20年以上に渡る彼の技量が圧縮したようなトラックといえよう。ラストの10曲目 “HYbr:ID oval noise” では、規則的に打たれる低音に、まるで人口の雨や風のような電子音響が重なり、透明な夜とでも形容したいほどの音響空間を構築する。圧倒的なサウンドスケープだ。

 “HYbr:ID oval noise” に限らず本作はどこか天候や宇宙などの超自然現象を電子音響でシミュレートしているような雰囲気がある。それがカールステンのミニマム/マシニックな音世界をよりいっそう深く、大きなものに変化させたたのではないか。未来の電子音響世界など誰にもわからないが、しかし、このアルバムの音に未知と既知が交錯しているのは違いない。音楽はまだまだ進化する。そんな「可能性」を感じさせてくれる稀有なアルバムといえよう。

 「ハイブリッド」シリーズのVol.1と名付けられていることからも想像できるように、このシリーズもまた続くのだろう。期待が高まる。

Mira Calix - ele-king

 耳に面白くて、頭にも刺激的で、心にも響いてくる。このアートワークほどに明るいとは言えない、ハードな内容を孕んでいるわりには楽しんで聴ける。似ているモノに何があるのだろうかと思って浮かんだのはたとえばザ・ビートルズの“レヴォリューション No.9”だったりするのだが、要するにカットアップ(コラージュ)による音楽、フランスの電子音楽の巨匠ピエール・シェフェールやリュック・フェラーリによる一連のミュージック・コンクレートめいた作風で、つまりリスナーが固定観念を外して感覚を解放すればサウンドは入ってくるし、興味深い音楽体験になること請け合いである。が、それだけなら、いま挙げたような音楽を聴けば済む話かもしれない。だからそう、このアルバムはそれだけではないということだ。

 ミラ・カリックスの名義で知られるシャンタル・パッサモンテはアカデミシャンではないし、何か特別クラシックの教育を受けているわけでもないはずだ。彼女は、およそ30年前はDJシャンタルという名義のアンビエント系のDJで、元々はクラブ系のレコード店のスタッフ、90年代の多くの年月を〈Warp〉のプレス担当としても働いている。AIシリーズを売るために奔走していたひとりで、ぼくの記憶がたしかなら、踊れないと批判されていた〈Warp〉音源が、(腕がたしかなDJにかかれば)むしろスリリングなダンス・ミュージックとしても機能することを証明させた『Blech』は彼女の企画である。

 シャンタルはヴァイタリティがある人だった。そしてものすごい駆け足で、独自の道を歩んでいったし、いまもそうだろう。ミラ・カリックス名義で実験的なエレクトロニック・ミュージック作品を発表するようになったのは、90年代後半になってからだったが、2003年の2ndアルバム『スキムスキッタ』でブレイクすると、アート・ギャラリーでのインスタレーションやロンドン・シンフォニエッタとの共演といったハイブローなところで活躍の場を得るようになった。昆虫の音を使って音楽を作曲するよう彼女に依頼したのは、ジュネーブの国立自然史博物館である。

 ほかにもシャンタルは手広くいろいろやっている。シェイクスピアのソネット集のための作曲を担当したり、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールで17世紀の合唱音楽に触発された作品を作曲したりと、近年ではエレクトロニカのプロデューサーというよりも、コンポーザーとしての活動のほうが目立っている。discogsや彼女のサイトを見ていると、2006年に〈Warp〉からの4枚目となるアルバム『Eyes Set Against The Sun(太陽に照らされた目)』を出してからは、ほとんど俗離れしたシーンこそが彼女の主戦場だったように思えてくる。2016年からは主にモダン・クラシカルな音源をリリースする自身のレーベル〈Mira Calix Portal〉もスタートさせているが、そのなかにはオリヴァー・コーツとの共作もある(ちなみにコーツをもっとも最初にフックアップしたのは2008年のシャンタルだった)。

 ゆえに2019年のシングル「Utopia」は久しぶりの〈Warp〉からのエレクトロニカ‏/IDM作品で、それに続いたのが本作『Absent Origin(不在の起源)』となるわけだ。しかしこれは『スキムスキッタ』のようなエレクトロニカ作品ではないし、「Utopia」ほどビートが強いわけではない。おそらく『Absent Origin』は、シャンタルがここ数年のあいだ試みてきたことが踏襲されたアルバムで、芸術的であり、政治性も秘めている。彼女のサイトによると、2017年のほとんどを第一次世界大戦に至るまでの地政学的景観を調査し、ロンドン塔における休戦を記念した音と光のインスタレーションのために費やしていたという話だが、その研究のさなかに当時のナショナリズムの台頭とそれに呼応したアート(ダダイズムとコラージュ)に感銘を受けたことが本作を作る前提になったという。じっさいシャンタルはこの作中に、詩人、政治家、抗議者からのより身近な話し言葉を差し込んだそうだが、その強い気持ちは音楽から感じることができる。

 1曲目の“Mark of Resistance(抵抗の印)”がまずそうだ。指を鳴らす音や抽象的な電子音、小さな声や物音、いろんな音が切り貼りされていくなか、フットワークめいたリズムが入り、ベースが落とされ、女の掛け声と女の詩の朗読が曲の高まりに同期する。これがデモ行進における高揚でなくてなんであろう。そして彼女の自由自在の音楽性は、そうした政治的な意図を含みつつも、やはりどうしても、耳を楽しませてくれるものでもあり、それが素晴らしく思える。

 2曲目の“There is always a girl with a secret (秘密を持った女の子は必ずいる)”にも同じことが言える。女の歌声(女のいろんな声は今作の重要な要素になっている)のコラージュ、そしてドラムのフィルインとパーカッションとの掛け合い(ベースが入るところは最高に格好いい)は、ぼくには彼女のフェミニズム的な主張が含まれているように感じられる。が、この曲もまたひとつの自由な音楽表現としての輝きがあるのだ。

 クラシカルなピアノが演奏されるなか、ハサミの音が断続的に聞こえ、子どもの声と大人の女性の声が交錯する“Silence Is Silver(沈黙は銀)”も面白い曲だし、反復する吐息と小さなメロディが浮遊する“I`m love with the end(私は終わりに恋をする)”はとくに魅力的な曲だ。バイオリンと女の古い歌、単調なドラム、女と男の声で曲を進めながら途中から場違いなファンクのベースやフルートで構成される“Transport me(私を運んで)”もユニークで、それこそ腕がたしかなDJならダンスフロアで最高のミックスをするに違いない。アルバムの最後を締めるのは、室内楽とモノローグが交錯する“The abandoned colony collapsed my world(見捨てられたコロニーが私の世界を崩壊させた)”、これは80年代以降のゴダールのコラージュを思い出さずにはいられないような切ない曲だ。

 以上に紹介した以外にも、『Absent Origin』には聴きどころがいくつもある。タイトルが示すように、さまざまなサウンドはコラージュされ別の意味を生成し、混迷した時代を生きる人たちを癒やすかのように、みずみずしい感性を醸成する。何度も聴くにつれ、ぼくにはなんだか彼女の集大成的な作品ではないかと思えてきた。

 で、最後にこの、あまりにも楽しそうな、なんとも無邪気に見えるアートワークのコラージュだが、これはシャンタルが本当にそういう人だからなのだろう。ぼくが彼女に対面で取材したのは一度だけで、あとは電話取材(まだ電話だった時代)しかないのだけれど、彼女はキビキビした人で、ユーモアがあって明るい人だったと記憶している。なお、シャンタルはオリヴァー・コーツといっしょに、2021年初頭ジョン・ケージのプリペアド・ピアノ作品のリミックス集『John Cage Remixed』もリリースしている。こちらもおすすめです。

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