「PAN」と一致するもの

interview with Francesco Tristano - ele-king

バッハは生涯一度もドイツから出たことがなくてね。110パーセント、ドイツ人ってひとで。ところが彼は世界じゅうの音楽を知っていた。イタリア音楽にも、イギリス音楽にも非常に興味を抱いていた。あの頃からもう、音楽は国境を越えていた、ということ。

 デリック・メイカール・クレイグとのコラボで知られるピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ。2017年にはグレン・グールド生誕85周年を祝うコンサートに坂本龍一アルヴァ・ノトフェネスらとともに出演(翌年ライヴ盤としてリリース)、エレクトロニック・ミュージックとの接点を有する稀有なクラシック音楽家だ。その大きな特徴は感情を揺さぶるメロディと、クラブ・ミュージックのような躍動感あふれる鍵盤叩き・指使いにある。
 新作のテーマは古楽。ざっくり言えばバロック以前、中世やルネサンスの西洋音楽を指す用語だ。しかし解釈は一様ではなく、バロックを含めるケースもあるらしい。今回トリスターノがとりあげているのはピーター・フィリップス(1560頃~1628)、ジョン・ブル(1562頃~1628)、オーランド・ギボンズ(1583~1625)、ジローラモ・フレスコバルディ(1583~1643)といった、ちょうどルネサンスからバロックへの移行期(16世紀終わり頃から17世紀初頭)に活躍した作曲家たちである。フレスコバルディ以外はブリテン島の出身だが、当時の西洋ハイ・カルチャーの中心のひとつはフランドル(現在のオランダ、ベルギー、フランスにまたがる地域)だったため、ギボンズ以外はみな当地と深い縁を持っている(イギリス版チェンバロにあたるヴァージナルの音楽を手がけている点も共通)。
 まあなんにせよ、一般的な西洋クラシック音楽のイメージを特徴づけている狭義の調性(ハ長調とかニ短調とか)がはじまったのはバロックからなので、いわばその黎明期に活躍したひとたちと言えよう。その後クラシック音楽は長い調性の時代を経て無調へと至り、さらにはテープの切り貼りや極小単位の反復(調性の復活)、偶然性の導入など数々の前衛的試み・実験を繰り広げてきた。それら20世紀後半の「前進」を経て、いま古楽に向き合うことはなにを意味するのか?
 情感豊かな自身のオリジナル曲のあいまに、古楽や古楽を独自にアレンジした曲を織り交ぜつつ、他方でエフェクトも多用した『On Early Music』は、もしかしたらその答えのひとつなのかもしれない。今日的な引用精神? 失われた過去の復権? いやいや、パンデミックで移動が困難になった現代、鍵はどうやら「越境」にあったようだ。

原曲はヴィヴァルディだけれども、バッハはそうだとすら言わなかった。過去の時代がコピーレフトだったとしたら、現在の我々はコピーライトの時代を生きている。何もかも守られているし、ぼくたちはさらなる境界線を引いているわけ──知的財産権、ソフトウェアの知的所有権等々、いまやなんだってそうだ。で、ぼくはそれには反対でね。

お住まいはいまもバルセロナですか?

フランチェスコ・トリスターノ(以下FT):バルセロナとルクセンブルクを往復する状態だね。だから正直、いまの自分がどこに暮らしているのか、我ながらよくわからなくなってる(苦笑)。それに、ぼくは頭のなかでは常にどこか他のところにいるしね……。というわけで、いま取材を受けているのはルクセンブルクからとはいえ、ご覧の通り(と、ZOOM画面の背景に使われていた世界地図を振り返って)全世界が背後に広がっているわけで、ぼくはいたるところにいるし、と同時にどこにもいないんだ(笑)。

ルクセンブルク、あるいはスペインのコロナはどのような状況なのでしょうか? 人びとは自由に動け、買い物などは普通にできるのか、音楽イベントは開催されているのか、ロックダウンはあるのか、など教えてください。

FT:ああ、現時点で移動/外出規制はないね。バルセロナ、ルクセンブルク両国で規制はないけれども、唯一、いまも起きるのは──ぼくの子どもたちはまだ学童でね──学校で感染者が出たら、生徒は一定期間自主隔離することになる。感染例の数次第だけれども、2週間前に我が家も10日間、自宅で過ごした。学校で感染者が出たからね。でもまあ、ぼくたちもこの状況に慣れつつある──というか(苦笑)、世界のいまの働き方/動き方、そこにもうすっかり慣れっこになっているし。ただ、今回は欧州内での移動はそれほど規制が厳しくないから、そこはいい点だね、自由に動ける。

坂本(以下、□):音楽イベント、コンサート/リサイタルの開催状況はいかがでしょう? お客を入れて演奏はできるんですか?

FT:ああ、その土地次第で可能だよ。国ごとに状況は異なるわけだし、というかおなじ国でも、各地方によってちがう。たとえばドイツで言えば、エッセンといったドイツ北部は問題なしでも、バヴァリア(=バイエルン)地方のドイツ南部はたしか25パーセントしか観客を入れないといった具合だし、本当にどこにいるかに依る。スペインとルクセンブルクのカルチャーへの対応はこれまで非常によかったね、というのもスペインは、クラシック音楽とエレクトロニック音楽、そのどちらの会場も最初に再開許可した国のひとつだったから。たしか現時点では、エレクトロニック・ミュージックのイベントに関してはまだ規制があって、クラブやフェスの運営はむずかしいけれども、そちらもじきにノーマルな状態に戻るだろう、そう思っている。

今回の新作のきっかけになったのは日の出の時間帯の独特の「エネルギー」とのことですが、早朝ランニングはいまも続けているのでしょうか?

FT:(笑)ああ、もちろん! 日の出の「マジック・アワー」はランニングに最適な時間帯だ。たとえば今日は──いまはルクセンブルクにいるから、いつもと気候がちがってね。かなり冷えるし、雨も多い。でも、今朝は朝5時に家を出たから、あたりはまだ真っ暗な頃合いで、小さなフラッシュライトを携帯して林の中を走った。で、非常にエキサイティングな瞬間に出くわしてね──というのもたまに野生動物を見かけるんだ、シカだの、コウモリだの……。

(笑)いいですね!

FT:でも、今朝出くわしたもっとも美しいアート、それは鳥たちのさえずりを耳にしたことだった。いまは日の出の時刻も少し早まったとはいえ、少し前まで、本当にまだ朝が暗くてね、というのもルクセンブルクはかなり北、北緯49度に位置するから(訳註:北海道よりやや緯度が高い)。っていうか、きみ(通訳)はロンドンにいるから、それ以上に北だよね……。ともあれ、こちらは冬は朝8時頃まで明るくならないんだ、最近は8時より少し前に明るくなるようになったけれども。というわけで、いまの時期に早朝ランニングに出かけると、完全に真っ暗なんだ。日の出を目指して普段ぼくが走っているバルセロナに較べると、はるかに暗い。ところが今朝は、鳥たちのさえずりが聞こえたし、あれは素晴らしかった。ファンタスティックだった。

ロンドンでも、「夜明けのさえずり(dawn chorus)」は聞こえます。黒ツグミ、スズメ等々、きれいな歌ですよね。私も大好きです。

FT:うんうん。

ネオ・クラシカルは単純に間違い、用語として誤りだから。ネオ・クラシカルは20世紀の非常に明確な一時期を指すものであって、ストラヴィンスキー、プーランク、プロコフィエフといった作曲家たちが、クラシック期、すなわちハイドンやモーツァルトの時代にインスパイアされて音楽を書いた時期を意味する。

素人から見ると、クラシック音楽といえばイタリアか、バッハ以降はドイツ/オーストリアが中心に見えます。今回取り上げられているのは、ジローラモ・フレスコバルディを除けばみなイギリスの作曲家です。当時の「辺境」とまで言うと語弊があるかもしれませんが、16世紀頃のあまり知られていないイギリスの古楽にフォーカスした理由は?

FT:なるほど。まあ、ご指摘の通りだよ。クラシック音楽について語るとき、我々には大抵、イギリスの作曲家たちのレパートリーは思い浮かばない。けれども、イギリスのレパートリー/イギリス人コンポーザーというのは、非常に重要な存在なんだ。あの、後期ルネサンスの時代には、音楽世界の中心はイギリス、そしてベルギーとオランダにあったし、あれらのエリアから実に多くのクリエイティヴィティが発信されていた。あの当時、マスターに修行入りし学ぶべく、たくさんの人びとが目指した地もあそこだった。で、ときが流れ、現在ぼくたちはああした音楽とはあまり繫がっていない。というのも、さっききみが言ったように、クラシック音楽界にはドイツ、そしてイタリアに、フランスのものも多いと思うけれど、こうしたイギリスや欧州の北部──いわゆる Low Lands(訳註:低地。Low Countries とも呼ばれるネーデルラント地域の意。現在のベネルクス三国に当たるエリア)、オランダやベルギー産のものはあまり多くない。ああ、たぶん、そこにフランス北部も足していいかもしれない。ところが、これらの音楽は今回の作品に本当に大きな存在であり、ぼくがフォーカスをすべて当てた対象だったし、だからもちろんアルバムにフィーチャーされることになるだろう、と。ただ、ぼくにとってイタリア音楽は避けて通ることができなくてね。もちろんぼくはイタリア系だし、子どもの頃はイタリア人の祖母と暮らしていたし。ああ、それに、イギリス人作曲家の何人かも、イタリア名を名乗ったことがあったんだよ。イタリア人であることは当時それだけめちゃクールだったし、あるいは少なくとも「イタリア風の名前」であるのはかっこいいとされた。

(笑)

FT:いや、だからなんだよ! 本当の話で、たとえばピーター・フィリップスは、「ペトロ・フィリッピ(Petro Philippi)」を自称したしね。実際、ぼくが彼のスコアに出くわしたときも、「へえ、ペトロ・フィリッピっていうのか。イタリア人らしいな、どんな音楽だろう?」と思って少しリサーチしてみたところ、「このひと、イギリス人じゃないか!」と。

(笑)

FT:本名はピーター・フィリップスだった、と(笑)。そんなわけで、その点を指摘するのは本当に興味ぶかいことだと思う──ということは、当時の音楽的なクリエイティヴィティの中心地で生まれ、これらの素晴らしい音楽(いわゆるヴァージナル音楽)を書いていた彼らですら、「イタリアはイケてる。いちばんかっこいい」と考えていた、ということだからね。だからなんだ、このアルバムの文脈にイギリス人作曲家だけではなく、イタリア音楽も少し含めるのは面白いだろう、と思ったのは。いつも思うからね、ある意味ぼくたちはみんなイタリア人というか、イタリア系はみんなの中にちょっと混じっている、と(笑)。たとえばアルゼンチンに行くと、イタリア系が多いから(訳註:人種のるつぼであるアルゼンチンの人口は植民地時代の名残りでスペイン/イタリア系が多く、その6割近くに何らかの形でイタリア系が混じっているとされる)。

オーランド・ギボンズの曲は、『Glenn Gould Gathering』(2018)でも演奏していましたね。今回もそのときとおなじ曲を演奏しています。グールドもギボンズを好んでいたようですが、あなたがギボンズに惹かれる理由は?

FT:これらのピース、古楽は本当に、音楽全般に関して言って、自分にとっての初恋の相手のひとつだったからね。出会いは小さかった子ども時代にまでさかのぼるし、古楽(early music)・早朝の日の出(early sunrise)・幼少期(early childhood)と、実際、しっかり繫がっているんだ。で、これらのオーランド・ギボンズの作品をぼくはずーっと演奏してきたし、文字通り、ニューヨークに移った1998年頃、当時16歳だったけれども、あの頃からもうプレイしてきたくらいだった。いま言われた通り、たしかに坂本龍一の「Glenn Gould Gathering」(訳註:坂本龍一キュレーションによるグレン・グールド生誕85周年記念イベント)でも演奏して、あのコンサートはライヴ・アルバムとして発表されることになった。けれども、ぼくはずっと、自分自身のスタジオ・ヴァージョンを録音したい、そう思ってきたんだ。というのも、あれは本当に、非常に長い間ぼくのそばに付き添ってきた作品だし、ただ、これまできちんとしたスタジオ録音をする機会がなかった。ライヴで演奏したことはあるし、その実況録音は発表されているけれども、スタジオ録音ではない。プロダクションという意味で、今回はまったく別物なんだ。

私は未聴なのですが、あなたはフレスコバルディも2007年のアルバムで取り上げていたようですね。バッハは彼の「音楽の華(Fiori musicali / Musical Flowers)」で対位法を学んだそうですが、フレスコバルディの成し遂げたこととはなんだったのでしょうか?

FT:それはとても興味ぶかい質問だね。というのも、フレスコバルディは──フレスコバルディは何よりまず、ぼくの最愛のコンポーザーのひとりである、と。彼のことは本当に、もっとも驚かされる、もっとも素晴らしい作曲家だと思っているし、作品の今日性と興味深さを維持するための、実に驚異的なトリックをいくつも知っていたひとだった。で、そこには連続性があるんだ。というのも──そういえば、バッハは、生涯一度もドイツから出たことがなくてね。それくらい骨の髄までドイツ人、と。

(笑)

FT:(笑)。110パーセント、ドイツ人ってひとで、生涯ドイツで暮らした。ところが、彼は世界じゅうの音楽を知っていた。イタリア音楽にも、イギリス音楽にも非常に興味を抱いていたし、だから彼は “イタリア協奏曲” やジーグ(を含む “イギリス組曲” など)といった、ドイツ原産ではないさまざまな舞曲を作ったわけ。で、バッハはとりわけフローベルガー(ヨハン・ヤーコプ・フローベルガー/Johann Jakob Froberger)の音楽に興味があってね。フローベルガーは作曲家で、ぼくの知る限り音楽的な神童で、フレスコバルディの門下生だった。だからこの、鍵盤楽器向けにどう作曲すればいいか、というスタイル面での連続性が存在するんだ。そのスタイルはときにスティルス・ファンタスティクス(訳註:stylus fantasticus。初期バロック音楽のスタイルのひとつ)とも形容されるけれども、実にクレイジーで装飾的なキーボード奏法というかな。鍵盤楽器は鍵盤を押しさえすればすごい速弾きができるし、達人奏法をやれる、と。あれは間違いなく、ぼくがフレスコバルディ経由でフローベルガーからヒントを得たところだったし、それより後の世代で言えばJ・S・バッハからもヒントを得た。こうしたことは本当に重要なんだ、音楽に国境はないと気づかせてくれるから。生涯母国から出たことのなかったバッハにも国境はなかったんだ、彼はイタリア風のスタイルで作曲していたんだしね。だからあの頃からもう、音楽は国境を越えていた、ということ。これは興味ぶかいことで──というのも、言うまでもなく日本には現在入国規制があって(訳註:取材時の2月上旬)、アーティスト本人は行くことができない。けれども、アートは渡っていけるし、音楽も自由に旅ができる。音楽は日本のひとたちにもシェアしてもらえるわけだし、この点はワンダフルだ。ぼく自身はいま、日本に行くことは許されない。けれども、ぼくの音楽が、願わくは日本の人びとのソウルに触れてくれればいいな、と。音楽はボーダーという概念を持たないし、ぼくたちにも国境/境界線はない。音楽は常に、国と国の間にまたがる境界線、それを越えて広がっていくものだから。

おっしゃる通りです。それは、音楽のジャンルにしてもおなじことかと思います。クラシック音楽、モダンなポップやロック音楽、ヒップホップにジャズ……いろいろとありますが、どれも要は、大きなひとつの「音楽」と呼ばれるものなわけで。

FT:その通り! うんうん。だからたぶん、国境であれなんであれ、固定したボーダーはない、ということ。ぼくのように、非常にコンテンポラリーな響きの古楽のレコードだって作れるわけだし──だから、関係ないっていうこと。

(笑)ですね。そんなあなたはある意味、密輸業者のいい例かもしれません。

FT:ハハハッ!

(笑)色んな音楽を密輸入/出するひと、というか。

FT:(笑)なるほど、密輸品ね。うん、それはいい。

[[SplitPage]]

古楽はしばしば、本当に古めかしい、非常に難解で奇妙な、一種のオタク音楽として扱われる。ぼくにとって課題はその逆なんだ。いかにして古楽を若い人びとにとってセクシーなものにできるだろう? ということ。

ジョン・ブルもオーランド・ギボンズもおもに、パイプオルガンを用いる教会音楽か、あるいはイギリス版チェンバロであるヴァージナルを用いた世俗的な音楽(ヴァージナル音楽)の作曲家でした。今回、当時は存在しなかったピアノで演奏しており、またエレクトロニックな処理も為されています。もし、時代考証に基づいて当時の演奏形態を再現することを重視する古楽演奏家からクレームが来たら、なんと答えますか?

FT:ああ、もちろん。そうした「純粋主義者」がいることも、ある意味大切だとぼくは思っている。彼らは伝統を守っているからだし……まあ、それが音楽のピュアさを維持しているかどうか、そこは自分にはわからないけれども……。

「ピュアさ」がそもそも存在しないわけですしね。

FT:だから、そもそもあの当時の録音音源は残っていないんだし。時代考証を重視する純粋主義者たちがレコーディングした作品にしたって、果たしてそれがどこまで「当時」のままなのか、忠実なのかは、知りようがないわけで……。ほんと、ぼくたちにはわからないからね。ここで話しているのはいまから何百年も前の音楽のことだし、音源も動画も残っちゃいないから。でも、そうした批評に自分がどう答えるか? と言えば──ぼくは反応しない。クレームや批評には応対しない。ぼくは誰かに対して「思い知らせてやる」って思いや、あるいは自分の正当性を求めて音楽をやっているわけじゃないから。というか、向こうに興味があるならお互いのアイディアを論じ合うことだってできるし、そうやってどの要素が彼らを動揺させるのか、突き止めることだってできる。自分がレパートリーを不当に扱っているとは思わないし、というかその逆で、自分はレパートリーに奉仕していると思う。だから、バッハにしても──彼は他のコンポーザーの音楽を元に、それらの彼自身のヴァージョンをやったことがあった。たとえば彼のピアノ協奏曲のいくつかは、原曲はヴィヴァルディだけれども、それを異なる楽器向けに編曲したものだしね(訳註:ヴァイオリンとチェロのコンチェルトをピアノ/オルガン向けにアレンジ)。けれどもバッハはそうだとすら言わなかったし、「ヴィヴァルディから借りてきた主題」とすら明かさずに、単に “協奏曲第2番/作:ヨハン・セバスチャン・バッハ” としか書かなかった。いまや、ぼくたちはこうしたことからずいぶん隔たった地点にいるし、過去の時代がコピーレフトだったとしたら、現在の我々はコピーライトの時代を生きている(訳註:コピーレフトは、著作権は守りつつ、その二次利用や改作等を制限しないという考え方。コンピュータ・プログラムのソースコードから派生した発想)。何もかも守られているし、ぼくたちはさらなる境界線を引いているわけ──知的財産権、ソフトウェアの知的所有権等々、いまやなんだってそうだ。で、ぼくはそれには反対でね。さっきも話したように、音楽は境界線知らずだと思うし……もちろん、存命中のアーティストの音楽をサンプリング音源として無断使用する、それは問題だ。そこは明解にすべきだと思う。事実、ぼく自身、その点は非常にクリアにしているし──たとえぼくの利用する、あるいは借りてくる音楽の作家、彼らはとっくの昔に、何世紀も前に亡くなっていても。そうであっても、ぼくは “フランチェスコ・トリスターノのガリヤルド” ではなく、“ジョン・ブルのニ調のガリヤルドによって” と呼ぶ。ぼくはたしかにその音楽を用いているけれども、と同時にぼくはそこに揚力を与え、アップデートしてもいる。そうやって、古いものに文脈を作り出しているんだ。それはとても大事なことだと思う……これはレパートリーの別の活用法だ、ということであって、ぼくにはすぐに物事を「ダメだ」と決めつけるような批判的なところは一切ない。だから人びとに対しても、了見が狭いノリで批判しないことを期待する。それは、ぼくが音楽に対して自由に接しているからだし、もちろん、音楽は自由。音楽は、いったん楽譜に残されてしまえば、「どういう響きになるか?」なんて気にしないからね。というか、これらの作曲家たちは、自分の書いた作品が500年後も演奏されているなんて、考えすらしなかっただろうな。そんなわけで、うん、ぼくは今回取り上げた音楽で非常に自由にやらせてもらったし──もちろん、人びとにぼくの考え方に同意してもらうよう、彼らに強制するのは無理な話だし、中にはこの作品に多くの批判点を見出すひともいくらか出てくるのかもしれないよ? だけど、それはオーケイ、構わないんだ。自分の音楽の作り方は正しい、と証明する必要はぼくにはないと思っているし、そうした批判にわざわざ答えなくていいと思う。

新作のテーマはタイトルどおり古楽ですが、ご自身作曲の5曲は、現代的な情緒を表現しているように感じ、古楽的ではないように聞こえました(とくに8曲め “リトルネッロ” と14曲め “第2チャッコーナ”)。むしろ、ご自身の曲のあいまに、思い出のように古楽が挟まれている、という印象です。このような構成にしたのはなぜ?

FT:なるほど。今回のアルバムの取り組みで、ぼくは三つの異なる音楽制作の手順を踏んだ。ひとつは、古楽を相手に、書かれたままの100パーセントの形で演奏し、何も足さず何も引かず、忠実に演奏する、というもの。ふたつめは、古楽作品を用いて、そこから別の何かをリクリエイトする──ただし、原材料におなじものを使って。それに当たるのが “クリストバル・デ・モラレスの「死の悲しみが私を取り囲み」によって” や、“ジョン・ブルのニ調のガリヤルドによって”、“ジローラモ・フレスコバルディの4つのクーラントによって” になるし、これらの楽曲では異なるスタジオ技術を使い、様々な要素も足し引きし、もっとこう、「リミックスした」というのに近いと思う。三つめは、ぼく自身のコンポジション。そのすべてで古楽からインスピレーションを受けているし、中には非常に明確な「これ」という場合もある──ごく短い、ちょっとした要素だけれどね、ベース・ラインや、とある和音面のカデンス、あるいはリズムということだってある。たとえばチャッコーナは、音楽を回転させていくリズムのことだ。というわけで、これら三つの手順が『On Early Music』のトラック・リストを構成しているわけだけれども、聴いたひとの何人かからこんなことを言われたんだ──「何がすごいって、どれがきみの曲で、どれが古楽で、どれが新しい響きを持つものの昔の音楽なのか、わからなくなるところだ」ってね。すべて混じり合っていて、混乱してしまう、と。で、ぼくは言ったんだ、「それこそまさに重要なところ。このアルバムのポイントがそれなんだ」と。境界ははっきりしていない、というのかな? だって、境界線は存在しないから。これは一部に新しい音楽、ぼくの音楽も含まれる、古楽のアルバムだ。けれども本当のところ、これはぼくの音楽であって、ぼくの音楽の作り方。だから今回の音楽では、古楽を演奏するのであれ、古い音楽にインスパイアされた音楽を自分で新たに書くのであれ、古楽をベースにそれをリミックスする/自己流のコンテンポラリーなヴァージョンを作るのであれ、非常に自由にやったね。

ご自身のピアノにエレクトロニクスを合わせるとき、もっとも注意を払っていること、または苦労していることはなんですか?

FT:そうだなぁ……そんなにむずかしくはないんだよ。だから、ぼくにとってはそれらもすべて原材料みたいなものだし、その意味では料理をするのに近い。

(笑)

FT:たとえばぼくがキッチンに立つと、色んな食材を使って料理する。オリーヴ・オイルも使うし、ニンニク、塩……とさまざまな材料を用いて、実に多彩な結果が生まれてくる。音楽を作るときもそれとおなじなんだ、ぼくの手元には材料──もちろんニンニクやオイルじゃないけれども──リズム、メロディ、サウンドの音色、ハーモニー等があるし、それらの材料をちがうやり方で混ぜることで色々な成果が生じる、と。音楽の美しさがそれだね。で、その質問に関して言えば、たとえばこのアルバムではすべてのサウンドが、ひとつ残らずピアノでクリエイトされている。シンセサイザーもドラム・マシンも使っていないし、ほかの楽器は一切使わずピアノのみ。けれどもいったんピアノのサウンドを録ったところで、ぼくがスタジオを用いて何をするかと言えば、それらのサウンドに手を加え、別の形に変えることができるようになる。これもまた、ぼくたちは境界をぼやかしているということ、アコースティック・ピアノとは何か? エレクトロニックなスタジオ技術とは? というふたつの境目を曖昧にしているってことなんだ。ぼくの好きなのがそれなんだ、そうやって自分のサウンドをクリエイトするのが大好きだし、過去10年以上にわたりやってきたこともそれだ。だから、それらのテクニックを行き来しながら作業をしているとき、何かがここで終わり、そして別の何かがはじまる……という境目はあまり明瞭ではないんだ。

クラシック音楽とエレクトロニック・ミュージックを融合した音楽を指すときに、しばしば「モダン・クラシカル」ということばが用いられます。この語がはらむ矛盾について、どう思いますか?

FT:まあ……いいんじゃない(苦笑)? 素晴らしい形容ではないけれども、ただ、「ネオ・クラシカル」と呼ばれるよりはいいと思う。というのも、ネオ・クラシカルは単純に間違い、用語として誤りだから。ネオ・クラシカルは20世紀の非常に明確な一時期を指すものであって、ストラヴィンスキー、プーランク、プロコフィエフといった作曲家たちが、クラシック期、すなわちハイドンやモーツァルトの時代にインスパイアされて音楽を書いた時期を意味する。とはいえ、彼らは和音やオーケストレーションを過去から変え、それがネオ・クラシカル=新古典主義になった。本来の意味はそれだし、だからあのタームだけだな、ぼくが「それはちがう」と感じるのは。それに、「クロスオーヴァー」もあんまり好きではない。というのも、あれもまたはっきりした意味のある用語だし、あれはたしか60年代後期~70年代初期にかけて……いや、50年代後期からだったかな? ともかく、ジャズ・ミュージシャンの名声が高まり、彼らが初めてクラシック音楽のコンサート・ホールで演奏するのを許されたときのことを意味する。多くはアフリカン・アメリカンのミュージシャンだった彼らが、装いも変え、白人聴衆を相手にクラシック音楽の会場で演奏するようになり、カーネギー・ホールでジャズが演奏されるようになったのもここからだった。クロスオーヴァー(横断)が指すのは、そのことだ。だから、その本来の意味とは較べようがないと思うね、そこにはもともと、非常に異なる社会的なニュアンス・文脈がふくまれていたわけで。で、モダン・クラシカルという言葉は、たしかに矛盾している。けれども、この世の中に矛盾することはいくらだってあるわけだし。ぼくたちも日々、数限りない矛盾と関わっているんだし、そう考えれば、モダン・クラシカルはぼくとしても許せる矛盾だし、と。それに「ニュー・クラシカル」もありだし、「コンテンポラリー・クラシカル」だって大丈夫。っていうか、たぶんコンテンポラリー・クラシカルがぼくのいちばん好きなタームだろうな、というのもあれは、コンテンポラリーな音楽でありつつ、アコースティックなサウンドを思い起こさせる何かの備わった音楽、という意味になるから。だけど、ほんと──ごく正直なところを言わせてもらうと、ぼくはこれらの言葉を、まったく気にしちゃいないんだ。

(笑)

FT:これらのいろんなレッテルはね。さっきも話したように、音楽は自由を意味するし、だからぼくたちにレッテルは不要。ミュージシャンとしてのぼくたちには、必要ない。まあ、もしかしたら、レコード・レーベル、あるいは音楽雑誌にとっては、受け手の注意を何かに向けて喚起するためにレッテルを貼る必要があるのかもしれないよね? ただ、我々コンポーザー、パフォーマー、音楽家にしてみれば、レッテルは要らないんだ。

ぼくたちは音楽的に何もかもが起きた後の、汎エヴリシング的な時代に生きている──ストリーミングのアプリを持っていれば900年ぶん近いレパートリーを聴くことができるし、しかもワン・クリックで済む。それはグレイトな点だけれども、同時に危険な点でもある。というのも、ぼくたちはフォーカスを失ってしまうから。

クラシック音楽の歴史は前進の歴史でした。20世紀後半にはテープを用いた音楽、偶然性の音楽など、さまざまな「前衛」と「実験」がありました。それらを経た後の現代において、古楽に取り組むことはどのような意味を持ちますか?

FT:たぶん、その理由のひとつは、古楽はしばしば、本当に古めかしい、非常に難解で奇妙な、一種のオタク音楽として扱われるからじゃないかと。要するに、マニアックな古楽ファンのために演奏されるマニアックな音楽、というか。けれどもぼくにとっては、課題はその逆なんだ。いかにして古楽を若い人びとにとってセクシーなものにできるだろう? どうやったらアクセスしやすく、かつ、彼らにとって魅力的な音楽にできるだろう? ということであって。そうすることで、彼らにも「わぁ、知ってすらいなかった、こんな音楽の世界がまるごとひとつあるとは!」と気づいてもらいたい。きみの言うように、ぼくたちは音楽的に何もかもが起きた後の、汎エヴリシング的な時代に生きているよね──ストリーミングのアプリを持っていれば600年ぶんのレパートリー、いや、グレゴリオ聖歌からはじまる900年ぶん近いレパートリーを聴くことができるし、しかもワン・クリックで済むわけだから。しかも、きみが携帯電話のアプリでスピーカーから音楽を流している一方で、兄弟、あるいは母親も家の中でおなじことをやっていて、でも、彼らは別の時代の別の音楽を聴いている。そうやってふたつの音楽が混ざり合うわけで、いまはミックス・エヴリシングな、何もかもが一斉に起きている時代だ、と。で、それは今日(こんにち)のグレイトな点だけれども、と同時に、ある意味危険な点でもある。というのも、ぼくたちはフォーカスを失ってしまうから。なんだってワン・クリックで聴くことができるとなれば、ぼくたちのアテンション・スパンだって15秒とか、30秒に縮まってしまうだろう。で、今回やったレコーディング作業でぼくが気に入っている点のひとつは、それがかなり特定されていたところでね。ぼくのとてもオープンな、あるいはフリーで不特定な、と呼んでもらってもいいけれども、そういう音楽の作り方においては、あれはかなり厳密だった。というのも、本当に自分の注意力・関心のすべてをあれらのレパートリー群、500年も前に生まれたものに対して注いだわけだから……。けれども、あの音楽を作ったのは2021年であって、こうして2022年に発表することになったわけで、うん、そこにはきっとコンテンポラリーな魅力があるはずだよ。

2年ほど前のインタヴューで「ふだんテクノやエレクトロニック・ミュージックを聴いているひとにおすすめの、最近のクラシカルの音楽家を教えてください」と質問したところ、ブルース・ブルベイカー(Bruce Brubaker)を推薦してくださいました。今日もまたおなじ質問をしたとしたら、答えもおなじになりますか?

FT:(笑)音楽を作っている友人はたくさんおすすめできるよ! 音楽における自由に関するぼくの視点を共有している友人たち、特にクラシック音楽界の人びとを──まあ、他にいい形容がないからそう呼ぶけどね、「クラシック音楽界」って、なんのことやら(苦笑)。そうだな、ちょっと考えさせてくれる? ここ最近、自分がよく聴いている音源のひとつと言えば……待って、携帯をチェックしてみるよ(と、端末を引っ張り出し画面をスクロールする)……ストリーミングのアプリを起動しようとしてるんだけど、少々時間がかかっていて……。

テクノやエレクトロニック・ミュージック好きなひとにおすすめのクラシック作曲家、ではどうでしょう?

FT:(携帯画面を眺めながら)オーケイ! そうだね、最近ぼくが聴いているのは……あ、ちなみにひとつだけ指摘すると、ブルース・ブルベイカーはコンポーザーではなく、彼はピアニストだよ。

失礼しました。

FT:彼は他のアーティストの音楽を演奏するミュージシャンで、たとえばフィリップ・グラス、先日85歳になったばかりのはずだけど、彼の作品なんかを取り上げている。さてと……いま、ぼくはガーション・キングスレイの音楽に非常に興味があるんだ。

そうなんですか! それは意外な……。

FT:キングスレイは世界的にとても有名な、ほとんど誰でも知っている音楽を書いたけれども、それが彼の作品だとは誰も知らない、という。とても興味ぶかいよ、この “ポップコーン” という曲は本当に有名だし、何度も繰り返し、色んな形で使われてきた。80年代にセガのヴィデオ・ゲームで使われ、テレビ番組の主題歌になったり。で、基本的に彼は世界初のシンセサイザー・オーケストラを作り出したひとなんだ、最初のシンセ・バンドをね。だから、書いたのはクラシック音楽だったのに、それをシンセサイザーで演奏したからクラシックに聞こえなかった。で、“ポップコーン” の原曲音源、1968年にレコーディングされたと思うけど、あれはまるでつい昨日作られたもののように響く。本当にタイムレスな音楽だし、「音楽は時間を超越する」の実に素晴らしい例じゃないかと思うよ、いちいち「これはクラシック音楽」、「非クラシック音楽」、「新たなクラシック音楽」云々のレッテルを貼る必要がない、というか。音楽にはこの、「時間の枠組み/国境/スタイル面での境界線を守らない」資質が備わっているということだし、うん、ここ最近のぼくはカーション・キングスレイの音楽にかなりハマっているね。それに、彼もクラシック音楽の主題を使っていろいろやったことがあってね。ベートーヴェンの “エリーゼのために” のヴァージョンや、いくつかバッハも取り上げたり。すごくファンキィなものがあるから、ガーション・キングスレイの音楽はおすすめだ。

質問は以上です、今日は本当にありがとうございました。

FT:こちらこそ。

あながたコンサートのために日本に行ける日が、なるべく早く来るのを祈っていますので。

FT:うん、ぼくもだよ、そうなればいいね!

talking about Black Country, New Road - ele-king

 昨年話題になったブラック・ミディも、そしてブラック・カントリー、ニュー・ロード(以下、BC,NR)も、望まれて出てきたバンドというよりも、自分たちから勝手に出てきてしまったバンドだ。いったいどうして現代のUKの若い世代からこんなバンドが出てきたのかは、正直なところ、いまだによくわかっていないけれど、とにかく突然変異が起きたと。で、そのひとつ、BC,NRという7人編成のバンドのセカンド・アルバム『Ants From Up There』について語ろう。なぜなら、これをひとことで言えば、圧倒的なアンサンブルを有した感動的なアルバムで、アイザック・ウッドの歌詞は注目に値するからだ。

野田:今日はディストピアで暮らしている木津君相手だし、ビールを飲みながら話すよ。で、ブラック・カントリー、ニュー・ロード(以下、BC,NR)なんだけど、年末の紙エレキングで取材するってことで、昨年の10月に『Ants From Up There』の音は聴かせてもらっていたのね。あの号では、俺は絶対にロレイン・ジェイムズに取材したいって思っていたから、BC,NRの音をすぐ聴いたわけじゃなかったんだけど、しばらくして聴いたらびっくりしたというか、すごく好きになってしまって。ビートインクの担当者の白川さんに「自分が取材したかった」って、10月19日にメールしたくらいだよ。

木津:そうなんですか(笑)? ただ、あのタイミングで新譜が出るっていうのもまだわかっていなかったので。けっこうサプライズでしたよね。去年にアルバムが出たばかりでまだ短い期間しか経ってなかったので。しかも音楽性はけっこう変わっていたのもおおきかった。そもそも、野田さんはいまのUKからアイルランドのバンド・ブームに盛り上がってる印象なんですが、去年のBC,NRのファースト・アルバム『For The First Time』についてはどういう印象をお持ちですか?

野田:えーと、まずその「バンド・ブームに盛り上がってる」って話だけど、UKのインディ・シーンを追っているわけじゃないし、シーン自体はずっとあったわけで。それが、ここ数年で突出したバンドが出てきて、シーンが脚光を浴びていると。ただ、実際にシーンとしてどこまで盛り上がっているのか、俺にはわからない。UKの音楽業界はこの手のトレンドを作るのに長けているし。それに、サウスロンドンっていう括りとかさ、ある意味どうでもいいって言えばいい。
 ちょっと話が逸れるけど、昨年末に〈ラフトレード〉のジェフ・トラヴィスのインタヴューを載せたけど、彼はすごく重要なことを言ったよね。いまの南ロンドンには若い黒人たちがやっているジャズのシーンもあるんだって。俺なりに意訳すれば、南ロンドンは白い音楽だけがすべてじゃないぞってことだよね。その街にはジャズもあれば、ハウスもあるし、ダブステップだって、ラップだってあるだろう。UKドリルの初期型だってここから生まれてる。こう見えても俺は、90年代に雑誌をはじめたときからページをめくって白人と日本人ばかりにならないことをずっと心がけてきているんだよ。まずはそれを踏まえたうえで、今日はインディ・ロックについて話しましょう。
 で、BC,NRなんだけど、最初に言ったように、昨年末とにかく新譜を聴いて感動してさ、編集部の小林君にも「こりゃ、すげーアルバムだぞ」って言ったり、白川さんにも「こんな良いバンドだとは気がつかなかった。ちゃんと聴いていなかった自分を反省してます」ってメールしてるんだけど、あらためてファーストを聴いて、ファーストがどうこうっていうより、わずか1年かそこらでここまで進化したんだってことに驚いたかな。

木津:ふうん。

野田:バンドというものが生き物であって、わずかな時間でも進化しうるんだっていう。フィッシュマンズが『ORANGE』から『空中キャンプ』へと、あるいはプライマル・スクリームが『Screamadelica』へと変化したように。バンドって、たまにすごい速さで、リスナーが追いつけないような速さで進化することがあるよね。BC,NRは完全にそうで、ファーストからこれはちょっと想像できないよ。

木津:ファーストはまだ参照元がわかりやすく見える感じでしたよね。いわゆるポスト・ハードコアといわれるもの、マス・ロック的なものであったり。あとはユダヤの伝統音楽であるクレズマーとか。それが、アンサンブルの構成が完全に緻密かつ複雑になりましたよね。その辺りはかなり変わったところだと思います。

野田:冒頭がまずスティーヴ・ライヒだし(笑)。ライヒの“Different Train”みたいだ。勘違いしないで欲しいんだけど、ライヒを引用すれば良いってもんじゃないよ。ただ、ロックというスタイルはいろんなものをミックスできる排他性のないアートフォームなんだっていうことが重要で、こういう雑食性はすごくUKっぽいと思う。ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターというプログレッシヴ・ロックのバンドがいて、最初に聴いたときはちょっと似てると思った。ドラマチックな歌い方もピーター・ハミル(VDGGのヴォーカル)っぽい。VDGGはプログレに括られるバンドなんだけど、マーク・E・スミスやジョン・ライドからも好かれたかなり珍しいバンドで(以下、しばしVDGGの話)。BC,NRは、VDGGほど複雑な拍子記号があるわけじゃないけどね。でも、管弦楽器を効果的に使ったアンサンブルには近いものがあるし、曲のなかに物語性があって、メリハリが効いていて展開も多いじゃない? 俺が普段聴いている音楽はどこから聴いてもいいような、反復性が高いものばかりなんで、BC,NRみたいなのは新鮮だったっていうのもあるのかもね。

木津:なるほど、たしかに展開の多さはポイントですね。僕は素直に初期のアーケイド・ファイアを連想しました。

野田:本人たちも言ってるよね。

木津:そうですね。いちばんいいときのアーケイド・ファイアですよ。シアトリカルになったのはおおきいと思っている。大人数でドラマティックな音のスケールを展開していくという。恐れなくなった感じがするんですよね。ファーストのころはわりとミニマルな反復で展開するのにこだわっていたところ、メロディと展開っていうのを大きく解放したことで、かなりドラマティックになった。そこはすごくいいときのアーケイド・ファイアを思わせますよね。

野田:アーケイド・ファイアよりも複雑じゃない?

木津:そうなんですけど、いい意味でのエモーショナルさというか。楽曲の壮大さが、大人数でやることの意味と直結している。

野田:アレンジが懲りまくってるよね。ときを同じくして、アメリカのビッグ・シーフもすごくいいアルバムを出したけど、木津くんの好みからいったらBC,NRよりもビッグ・シーフじゃない?

木津:まあ、ビッグ・シーフは今回のアルバムがちょっと抜きんでているので。でも、BC,NRも今回のアルバムは前作よりも断然好きです。よりフォーキーになったというか。ファーストも面白いと思いましたけど、いま聴くとちょっとぎこちない感じがあります。今回はフォーキーになったことで、管弦楽器がより生き生きしたと思うんですよ。

野田:アコースティックなテイストが打ち出されているよね。そうした牧歌的な側面と同時に激しい側面もあって、激しさの面でいうと、やっぱアイザック・ウッドの存在だよね。なんて言うか、いまどき珍しい、自意識の葛藤?

木津:そうですね、BC,NRは彼の存在が本当にデカい。

野田:ちゃんとオリジナルの歌詞がブックレットに載っているくらいだから、言葉にも重点を置いているのはたしかだね。

木津:実際、とくに海外のメディアからは歌詞も注目されてるんですよね。だからバンドの重要な部分だったと思うんですけど、残念ながらアイザック・ウッドは脱退を表明しています。だからもう、まったく別のバンドになりますよね。

野田:アイザック・ウッドは、言うなれば、「人生の意味に飢えている」タイプだよね。

木津:メンタル・ヘルスの問題でもありますよ。BC,NRは彼の自意識や懊悩を大人数のアンサンブル――それを僕はつい「仲間」って言いたくなるんですけど――が受け止めて、見守っている感じが僕は好きなので。だから、そのバランスがどう変わっていくのかちょっと想像できない。

野田:でもやっぱ、言葉が上手い人だと思う。たとえば「ビリー・アイリッシュ風の女の子がベルリンに行く」という言葉が何回か出てくる。東京で暮らす若者ではない俺にはなかなか感情移入できないフレーズなんだけれど、でもこれって象徴的な意味にも解釈できるよね。ビリー・アイリッシュもベルリンもイングランドではないっていう。自意識だけの問題でもなく、彼を取り巻く状況への苛立ちも確実にあるよね。1曲目の“Chaos Space Marine”という、個人的にいちばん好きな曲なんだけど、そこに出てくる「間違っていたすべてのことを考える(I think of all that went wrong)」ってフレーズも、印象的な言葉だよ。俺の年齢でそれをやったら洒落にならないんだけど、これはおそらくこの曲の最初のフレーズにかかっているんだろうね。「イングランドが僕のものであっても、僕はそれをすべて捨てなければならない(And though England is mine/I must leave it all behind)」。まったく素晴らしい言葉だな。

木津:うんうん。

野田:去年評価されたドライ・クリーニングの、淡白さをもって社会を冷淡に風刺するというアプローチとは対極にあるんじゃない?

木津:ドライ・クリーニングとBC,NRってすごく対極的なバンドである一方で、どっちもいまの時代をすごく見つめようとしてるなと。ドライ・クリーニングの象徴的な言葉で、「全部やるけど、何も感じない」って出てくるじゃないですか。現代って体験やモノがあふれている。ドライ・クリーニングはそれに対して何も感じないと言うけど、BC,NRむしろ感じすぎている。現代のあらゆる事象に振り回されていて、とくにファーストはそれがすごく出ていた。固有名詞の出方が尋常じゃないですよね。

野田:ああ、そうだね。それとBC,NRには、アルチュール・ランボーとかゲーテの『若きウェルテの悩み』とか、若者の特権とも言える内面の激しさっていうか、そっちの感じもあるよね。たとえば“Good Will Hunting”って曲の歌詞では、「もしも僕らが燃える宇宙船に乗っていたら、脱出船には友だちとの幼少期のフィルム写真があって、自分はそこにいるべきではない」ってあるんだよね。聴いていて、「いや、君もその脱出船に乗ってくれよ」って思うよ。

木津:たしかに……。ただ、ファースト・アルバムですごく象徴的なのは、「自分の好きなものを選び取る重荷」って表現だと思うんですね。過去があふれすぎているストリーミング時代、ひいてはインターネット時代の話で、あらゆるものがあふれかえって、しかもそれがスーパー・フラットになってることの息苦しさ。アイザック・ウッドからはそこをかなり表現していると感じます。そんな状況へのアンビヴァレントな混乱が痛々しくもあり、生々しくもあり。だから「ここから脱出できない」感じはわかる。
 野田さんはUKの音楽に関して雑食性という言葉をよく使っていて、それが良さなんだと言ってますよね。僕もその通りだと思いますが、一方で現代において雑食性というのは難しいとも思ってます。いまはストリーミング時代になり、みんなが過去のあらゆる音楽にアクセスできるようになると文脈が剥ぎ取られてしまって、いわゆるメインストリームでもジャンル・ミックスが当たりまえなトレンドがずっと続いている。そのなかでオルタナティヴな雑食性を表現するのってすごく難しいと思うんです。野田さんは、そういう意味でブラック・ミディやBC,NRの雑食性の面白さってどの辺にあると思いますか?

野田:UKの雑食性の面白さは、いろんなものに開かれてるってことだよ。それはもう、UKの音楽のずっと優れているところだと思う。俺がエレクトロニック・ミュージックが好きなのは、そこも大きい。ベース・ミュージックがそうだけど、たとえばUKゴムみたいなのは、いまの流行かもしれないけど、この音楽にはまだ更新の余地があるってことでもあって。ロックは歴史がある分、すでにいろんなことをやってきているから難しいよね。たとえばアート・ロックっていうか、60年代末から1970年前半のプログレ期のUKのロック・バンドは旧来のロックの語法に囚われず、ジャズやクラシックや実験音楽やエレクトロニクスなど、ロック以外のいろんなものを取り込んでいってその表現を拡張していったわけだよね。雑食性っていうか……、折衷主義って言ったほうが正確かもしれないね。ただ、こうしたプログレ的な折衷主義って、ポスト・パンクのそれがダブやレゲエやジャズだったりするのとは違って、ともすれば装飾的で、西洋主義的で、ファンタジー・ロックっていうか、たとえばスリーフォード・モッズが生きている現実からはまったく乖離してしまうんだけど、BC,NRはそうじゃない。サウンドだって削ぎ落とされてもいる。BC,NRで感心するのは、バンドが7人編成と大所帯なんだけど、音数がすごく整理されているっていうか、ちゃんと抑制されているところ。ブラック・ミディなんかあれだけ情報量と戯れながら、ものすごい躍動感があるでしょ。踊れる感じがあるよね。あ、でもBC,NRにあんまそういうのは感じないかな。ダンス・ミュージックからは遠いな(笑)。

木津:いや、でも彼らには舞踏音楽のクレズマーの要素があるじゃないですか。いわゆるロックとは別の文脈でのダンスを志している感じがあって、僕がストリーミングで観たライヴは、曲によってはけっこう身体を動かしたくなる感じもありましたよ。

野田:そうだね、クラブ音楽だけがダンスじゃないからね。話を戻すと、ブラック・ミディやBC,NRなんかがやろうとしていることは、折衷主義における参照性の幅を極限まで引き伸ばそうっていうことなんじゃないのかな。それはそれでアリだと思うよ。でもさ、ストリーミング時代でいろんな音楽にアクセスできることは、音楽ライターにも言えるよね。俺らが若い頃は、たとえばクラウトロックなんかを聴くには、何年もかけて毎週毎週レコード店に通っていなければ無理だったけど、いまはなんの苦労もなく聴けて。ブラジル音楽にしてもフリー・ジャズにしても。

木津:いや、本当にそうですよ。で、僕はそのことに罪悪感もあるんですよ。過去への敬意がなくなっていくんじゃないかって。それで言うと、このまえ、BC,NRは限定でカヴァーEPを出したんです。A面がアバでB面がMGMTとアデルのカヴァーです。僕はその脈絡のなさにためらってしまいました。

野田:いや、アバはいま来てるからな。本当に好きなんじゃない? でもさ、もうしょうがないでしょ。もうそうなってしまってるんだから。こういう環境が前提で生まれていくものだし、そこからはじまる何かだってあるってことに期待しようよ。

木津:うんうん。ただ、それは彼らなりの現代への批評的な態度なんじゃないかとも思う。ジャケットはCD-Rを持ってる写真なんですけど、それってつまり音楽が「コピー」されることへの皮肉でもありますよね。つまりBC,NRに関して言えば、純粋に全部良いって言うよりも、スーパー・フラットになっている状況がいいのか? という問題意識も若干あるような気がします。とくにアイザック・ウッドはそのことを考えてたと思う。

野田:だいたいアイザック・ウッドはこのあと何をやるんだろう、それはそれで興味をそそられるし。

木津:本当にそうですよね。

野田:BC,NRに文句があるとしたら、バックの演奏があまりにもうますぎるってことだね(笑)。ポスト・パンクってアマチュアリズムだからこれをポスト・パンクと言わないでほしい!

木津:わはは。まあブラック・ミディもBC,NRも、さすがにもうポスト・パンクとは誰も呼べないでしょう。ブラック・ミディもメンバーにメンタル・ヘルスの問題があって休んだりしているので、そういう感じはいまのバンドは変わってるのかなって思います。昔のバンドは追い込まれても無理やり繕ったりしていたけど。アイザック・ウッドも休んで苦しみとはまた違う表現が出てくる可能性はあるので、それは楽しみですね。

野田:アイザック・ウッドってインタヴューではどういう人なの?

木津:基本的には真面目な若者だと思うんですけど、僕が読んだものではちょっと無軌道なところもあったかもしれない。質問の意図をちょっとずらすような答えかたをしたり、そういう感じはありましたね。いずれにせよ、ファーストとセカンドがBC,NRにとって重要なアルバムになると思います。アイザック・ウッドが抜けたら、エモーションがちょっと暴走している感じはもう出てこないのかなと。これからバンドがどう変わろうとも。

野田:ヴォーカリストいれるのかな?

木津:どうなんでしょうねえ。ツアーはキャンセルになっちゃったみたいなんで、まだ方針が固まっていないのかも。あと彼らはファーストのころから、歌詞の内容や思想などをバンド内ではそれほどシェアしないと言ってました。

野田:だからコミュニティ(共同体)っていうんじゃなく個人の集まりなんだよ。それで良いと思うし、俺はBC,NRのバンドの普段着な感じも好感が持てた。いまから20年ぐらい前にもUKではインディ・ロック・ブームがあったんだけど、あのときはまだ古典的なロックンローラーを反復している感があった。そこへいくとZ世代のバンドは古典的なロックンロール気質から100万光年離れてる。それにちょっと泥臭いところもあるよね?

木津:ファーストのときにね、野田さんがブルース・スプリングスティーンの引用があると教えてくれたんですよね。

野田:そうそう、「だから木津君は気にいるんじゃない?」って。すごく適当だな(笑)。

木津:(笑)でも、そこは面白いポイントだなと。というのも、あまりにも固有名詞がランダムに出てくるし、サウンド的にも雑食的と言いつつランダム性もあるから、ちょっとナンセンスなものなのかなとも僕は思ってたんです。でもそこでブルース・スプリングスティーンの”Born to Run”を引用するのは、ある種の泥臭さのあらわれですよね。そこを発見してから、僕はBC,NRが好きになりましよ。我ながらチョロいですけど(笑)。

野田:それから俺はね、アルバムで時折見せる牧歌的な感じも好きだよ(笑)。ビッグ・シーフだって、俺あのジャケット好きだもん。動物たちが焚き火しているイラストの、ほのぼのしているやつ。それに対してBC,NRはさ、これは日本語タイトルをつけてほしかったけど、「Ants From Up There」って。『上空からのアリたち』だよ。ちょっとニヒルじゃない?

木津:たしかに。“Concorde”という曲名なんかも象徴的な言葉ですよね。昔、めちゃくちゃな速さを求めて開発されて、でも結局ものすごい費用がかかってうまくいかずに終わってしまった飛行機ですから。それもある種、もう未来が良くならないとわかっている世代の気持ちかなとは思ったりしましたね。前の世代が残した負債をどう処理していくかっていう……。

野田:未来が良くならない可能性が高いのは日本だよ。イギリスのZ世代はもっと希望を持ってるんじゃない? 絶望したり苦痛を感じるのは希望を持っているからだと思うよ。だってBC,NRの『Ants From Up There』は、素晴らしくアップリフティングなアルバムじゃないですか。

木津:そうですね。とくにアルバムの終わりのカタルシスはすごい。ラストの“Basketball Shoes”って昔からバンドの持ち曲でどんどん内容が変わっていったものなんですよ。だから、バンドにとっても思い入れのある曲だと思うんですけど、そのエモーションの爆発で第1期のBC,NRは終わったわけで……。ある特別な瞬間を共有できたことの喜びがある。だからそういう意味でも僕にとってBC,NRはすごくロマンティックなバンドで、そこにはたしかに、暗い未来にも立ち向かっていくエネルギーを感じますよ。

Pan Daijing - ele-king

 今年1月、注目すべきエクスペリメンタル・ミュージックのアルバムがベルリンの〈PAN〉からリリースされた。
 中国出身で現在はベルリンを拠点とするサウンド・アーティスト、パン・ダイジンの新作『Tissues』である。このアルバムは圧倒的ですらあった。人間というものの実存を問いつめるようなエクスペリメンタル・ミュージックとでも称すべきか。これぞダイジンが希求したオペラ=総合芸術ではないか。声とノイズを用いたノイズ・オペラ。そこには人の実存への極限的な思考がある。

 パン・ダイジンはこれまで〈PAN〉からアルバムを二作リリースしてきた。2017年の『Lack』と2021年の『Jade』の二作である。二作とも鮮烈なアルバムだが、こと『Jade』は冷徹な音響によるインダストリアル・アンビエント・ノイズと声が全編にわたって混じり合うように展開し、「ノイズ・オペラ」とでも形容したいほどの強烈な作品である。むろん『Lack』もまた「精神のオペラ」と自ら称していたようにオペラを希求し実現したアルバムだ。
 私はこれら二作品をエクスペリメンタル・ミュージックから生まれた「新しいオペラ」と考える。ダイジンは正式な音楽教育を受けているわけではない。だがオペラを作りたいと渇望し、「新しいオペラ」を作り上げた。オペラとは総合芸術である。つまりパン・ダイジンは総合作品としての音響音楽を希求している。
 2019年10月にロンドンの国立近代美術館「テート・モダン」で上演された実験的な演劇『Tissues』もまたパン・ダイジンが追求しきた声とノイズによる「新しいオペラ」の結晶といえよう(https://www.youtube.com/watch?v=PF2aGaRA-40)。
 この上演では13人のダンサー、オペラ歌手、俳優らと共に、構成、演出、デザイン、脚本を手がけたダンジンも演じていたという。地下空間の混乱のようにカオスな音響空間が生まれ、この世界の「恐怖」と直面する人間の感情が、言葉、声、ノイズによって表現されていったらしい。
 ここで気になるのは、2019年にリリースされた『Jade』との関係だ。上演と発表時期が重なっているからである。『Jade』は、2017年に『Lack』をリリースして以降の3年のあいだに制作された。ということは2019年テート・モダンで上演された『Tissues』と重なっている。となれば『Jade』と『Tissues』は、ノイズと声のオペラという意味でもコインの裏表のようなアルバムではないか。
 『Jade』では個の内面に沈み込むようなノイズ・オペラを展開し、『Tissues』では上演という形式のなか複数の演者たちとコラボレーションし、肉体と世界が拮抗するようなノイズ・オペラを生成する。この二作は対照的だ。個の内面と他者との関係性の差異とでもいうべきか。

 アルバム『Tissues』は、その上演を1時間ほどに抜粋・編集した音響作品である(いや音響劇とでもいうべきか)。
 全体の構成は4つのブロックに分けられている。音響版においては、当然ながら彼らは映像/イメージを剥ぎ取られ、それぞれが気配と声だけの存在になってしまう。われわれは音のむこうにある気配と声とノイズを聴取することになる。
 アルバム『Tissues』においては「声の存在」がノイズと共に大きな意味を果たしている。複数の「声」が交錯し、ときには反発し、やがて混じり合っていく。そうして個の存在を使い捨てにするような残酷な世界のありようが浮き彫りになるのだ。
 涙を拭うために使い捨てられる「テッシュ」と、人間を残酷に使い捨てる「世界」の「残酷さ」の問題を重ね合わせること。本作の狙いはそこだ。ここからパン・ダイジンたち自身の実存と「世界」に対する抵抗の意志がより浮き彫りになる。音響だけになった演者たちは肉体を剥ぎ取られていくことで、世界の残酷さを体現するだろう。そしてそこに無慈悲な世界の象徴のようにノイズが声に、個に、神経に、聴覚に、肉体に侵食をしようとする。
 アルバム『Tissues』は、この無慈悲な世界に、個の抗いと個の存在を突きつけ、同時に深い喪失感をも結晶させていく、その過程のような音響作品だ。闘争の音響劇である。そしてダイジンがこれまで追求してきた「世界に疎外され続ける肉体の存在」と「時間と孤独」に対する思索の結晶のようなアルバムともいえる。『Lack』と『Jade』を経てついに実現したパン・ダイジンの「新しいオペラ」が完成した。ノイズ/インダストリアル・アンビエントの完成形、それが『Tissues』だ。

 最後に記しておきたいことがある。『Tissues』は、エンプティセットのジェームズ・ギンズバーグによって録音され、ラシャド・ベッカーによってマスタリングされた。いわば10年代「尖端音楽」の覇者たちがパン・ダイジンをサポートしているという事実は重要だ。それだけでも彼女の才能がどれほど重要なものかわかるのだから。

interview with Big Thief (James Krivchenia) - ele-king

 ミュージックのなかにはマジックがある──以下のインタヴューで、そうまっすぐに話す人物がプロデュースを務めていることは、間違いなくこのアルバムの美点であるだろう。異なるパーソナリティを持つ人間たちが集まって、それぞれの音を重ねていくことの喜びや興奮を「魔法」と呼んでいること自体が、ビッグ・シーフというバンドの魅力をよく表している。
もはや現在のUSインディ・ロックを代表するバンドと言っていいだろう、ビッグ・シーフの5作目となる『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』は、もともとエンジニアでもあったドラムのジェイムズ・クリヴチェニアが全編のプロデュースを務めた2枚組全20曲のアルバムだ。ニューヨーク州北部、コロラドのロッキー山脈、カリフォルニアのトパンガ・キャニオン、アリゾナ州ツーソンとレコーディング場所を4か所に分けて録音されたが、2019年の『U.F.O.F.』『Two Hands』のように音楽性を分けてリリースすることはなく、それこそビートルズのホワイト・アルバムのように雑多な音楽性が一堂に集められた作品になっている。ベースはフォーク・ロックにあるとは思うが、アメリカの田舎の風景が目に浮かぶような長閑なカントリー・ソングから、空間的な音響を効かせた静謐なアンビエント・フォーク、シンセとノイズを合わせたアブストラクトなトラック、パーカッションが耳に残るクラウトロック風の反復、そしてギターが荒々しく鳴るロック・チューンまで……曲のヴァリエーションそれ自体が面白く、なるほどビッグ・シーフというバンドのポテンシャルを十全に発揮したダブル・アルバムとまずは位置づけられるだろう。
 だが特筆すべきは録音である。まるで4人が間近で演奏しているかのような生々しいタッチがふんだんに残されており、呼吸の震えを伴うエイドリアン・レンカーの歌唱もあって、アンサンブルがまるで生き物のような温度や振動を携えているのである。アコースティック・ギターの弦の細やかな震えが見えるような “Change”、ノイジーなギターが奔放に咆哮し歌う “Little Things”、ドラムのリズムの揺れが不思議な心地よさに変換される “Simulation Swarm”……オーガニックという言葉では形容しきれない、揺らぎが生み出す迫力がここには存在する。
 そしてそれは、ビッグ・シーフがタイトな関係性によって成り立っているバンドだから実現できたものだと……、どうしたって感じずにはいられない。そもそもエイドリアン・レンカーとバック・ミークという優れたソングライター/ギタリストを擁するバンドであり、実際、ふたりは見事なソロ作品をいくつも発表している。けれども、サウンド・プロダクションにおいて重要な最後の1ピースであったジェイムズ・クリヴチェニア(彼もアンビエント/ノイズ寄りのソロ・アルバムを発表している)がいたことで、ビッグ・シーフはソロではないバンドが生み出しうる「マジック」を明確に目指すことになったのだ。このインタヴューでクリヴチェニアは技術的なこと以上に感覚的な説明を多くしているが、そうした抽象的なものを追求することがこのバンドにとって重要なことなのだろう。

 エイドリアン・レンカーが描く歌詞世界はどこか空想がちで、だから社会からは少し離れた場所で4人のアンサンブルは成立している。そこで見えるのはアメリカの自然の風景だけではない。動物たちが生き生きと動き回れば、想像のなかでドラゴンだって現れる。そして彼女は生や死、愛について考えて、仲間たちとそっと分かち合う。
 だからきっと、重要なのは魔法が存在するか/しないかではない。ビッグ・シーフは、魔法がこの世界にたしかに存在すると感じる人間の心の動きを音にしているのだ。

僕たちは全員リズムが大好きだし、リズムにグルーヴして欲しいと思ってる。それくらい、リズムには敏感なんだ。

『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』を聴きました。バンドにとっても現在のシーンにおいても今後クラシックとなるであろう、本当に素晴らしいアルバムだと思います。

ジェイムズ・クリヴチェニア(以下JK):(笑)わあ、素敵だな。ありがとう! 感謝!

(笑)。まずは制作のバックグラウンドについてお聞きしたいです。日本でのライヴを本当に楽しみにしていたのでパンデミックによってキャンセルされたのは残念だったのですが──

JK:うん。

坂本(以下、□):まあ、仕方ないことではあります……。

JK:(苦笑)

ただ、ツアーがなくなったことで制作に集中できた側面もあったのでしょうか?

JK:そうだね、僕たちからすればあれは本当に……自分たちだけじゃなく多くのミュージシャンにとっても、あの状況には「不幸中の幸い」なところがあったな、と。あれで誰もが一時停止せざるをえなくなったし、でもおかげで自分たちが過去5年ほどの間やってきたことを振り返ることができた。で、「うわあ……」と驚いたというのかな。じつに多くツアーをやってきたし、すごい数の音楽をプレイしてきたわけで、要するに、いったん立ち止まってじっくり考える余裕があまりなかった(笑)。それが今回、少し落ち着いて理解することができたっていうね、だから、「……ワオ、僕たちもいまやバンドなんだ。れっきとした『プロのミュージシャン』じゃん!」みたいな(照れ笑い)? とんでもない話だよ。それもあったし、あの時期の後で──だから、この状況はそう簡単には終わらない、長く続きそうだぞ、と僕たちがいったん悟ったところで、「みんなで集まろう。この間にいっしょに何か作ろうよ」ってことになったというかな。完全に外と接触を断ち、各自のウサギの穴にこもったままじっと待つのではなくてね。この時期が過ぎるまでただ待機していたくはなかったし、とにかく自分たちにやれることを利用しよう、少なくとも僕たちはバンドとして集まれるんだし、みんなで顔を合わせて音楽を作ろうよ、と。携帯画面をスクロールして、破滅的なニュースを眺めながら「ああ、なんてこった……」と滅入っているよりもね。というのも、パンデミックとそれにまつわるすべてに関しては、僕たち自身にコントロールできることにも限界があるわけだし、だったら音楽を作ろうじゃないか、と。

この2年には、エイドリアン・レンカーさんの『songs / instrumentals』とバック・ミークさんの『Two Saviors』と、メンバーの素晴らしいソロ・アルバムがリリースされています。『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』の制作に影響を与えることはあったのでしょうか。

JK:うん、絶対にそうだろうと僕は思う。とは言っても、それは必ずしも直結した影響であったり、言葉で簡単に言い表せる類の因果関係ですらないのかもしれないよ。ただ、バンド以外のところで誰もがそのひと自身の何かをやれるスペースを持っているということ、そしてバンド側にも彼らに対する信頼、そして自由を容認する余裕がじゅうぶんにあることは……そうだな、たとえばエイドリアンがソロ作を作りたいと思うのなら、イエス、彼女はやるべきだろう、僕もぜひ聴きたい、と。要するに、(パニクった口調で)「えっ、そんなぁ! 彼女がビッグ・シーフのアルバムを作りたくないって言い出したらどうしよう??」ではなくてね。僕もビッグ・シーフというバンドが好きでケアしてくれる人と同じで、レコードでとある楽曲を発表して、「これを彼女がソロ作でやっていたとしたら?」なんて考えるわけだけど──でも、そこでハタと気づくっていうのかな、それでも構わないじゃないか、と(苦笑)。これらの、僕たちがそれぞれにバンド以外の場で個人として重ねる経験は、じつのところバンドにとって非常にいい肥やしになっている、みたいな。おかげで、このバンドのスペシャルなところにも気づかされるし、かつ、たぶんバンドではやれなさそうなことを実践する柔軟性ももたらされるんだろうね。(苦笑)それでもOKなんだよ、だって、僕たちがお互いの音楽人生におけるあらゆる役割を果たすのはどだい無理な話だから。その点を受け入れるってことだし……うん、僕たちはいっしょにバンドをやっているけれども、と同時に個人でもある。それはいいことだ。

『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』はまず、ジェイムスさんが全体のプロデュースを務めたことが大きなトピックかと思います。前作までと今回で、あなたの役割や行動で大きく変わった点は何でしょう?

JK:そうだな……今回僕がこうプロデュースしたいと思った、「たぶん僕たちはこんな風にやれるんじゃないか?」というアイデアを抱いた、その理由の多くは、こう……自分たちの前作レコーディングでの経験を理解・吸収していってね。そうやって、「このやり方は自分たちには効果的みたいだ」、「こうすれば自分たちは気持ちよく作業できる」、「これくらい時間をかければいいらしい」といった具合に状況を眺めていたし、そうした自分のリアクションの数々はクリエイティヴ面で実りあるもののように思えた。で、そんないわば「舞台裏」の知識、僕自身がバンドの一員として現場で目にしたあれこれがあったおかげで、「あ、たぶん自分には、僕たち全員がいい気分でやれる場をセットアップできるぞ」って手応えを感じた。かつ、フレッシュで新しくも感じられる状況をね。というのも、誰もがちょっと脇道に逸れていろいろと探りたがっているのは僕も承知していたし、でも、これまで時間の余裕がなかった。それだとか、やりたい曲があっても「いや、それはちょっと……」とダメ出しが出たりね。他と比べて異色だからとか、カントリー過ぎるとか、ヘヴィ過ぎるなどなどの理由で。だから、ヘヴィな曲はここ、カントリーな曲はあそこ、という風にそれらの分のスペースをとっておくのはどうかな? と考えた。とにかく場所を作り、エイドリアンのいつもとは違う曲の書き方だったり、僕たちがいっしょに演るときの様々なプレイの仕方、それらのもっと幅広いレンジを捉えてみよう、と。と同時に、ちょっと失敗しても大丈夫なくらいの余裕も残そうとしたよ(苦笑)。及第点に達さなくても気にしない、とね。

レコーディング・セッションを4か所に分けたのは、実験的だと思いますし、エンジニアとウマが合わない危険性だってありましたよね?

JK:(苦笑)ああ、うん。

でも、この制作スタイルをとったのは、録音する土地から何か影響を与えられるからでしょうか?

JK:うん、間違いなく……そこだろうね。実験的な側面がたしかにあった。とは言っても、何も「奇妙な音楽を作ってみよう」って意味での「実験」ではないけどね!

(笑)ええ、もちろん。

JK:ただこう、これは実験だし、うまくいかないかもしれないって感覚はあった。どうなるか試してみたい、と僕たちは好奇心に駆られていたんだと思う。録る場所、そして各エンジニアの作る異なるサウンドには、こちらとしても非常に反応させられるものだから。で、そこで起きるリアクションのなかに実際、バンドとしての僕たちの強みのひとつ、自分たちのやっていることにちゃんと耳を傾けられるって面があるんじゃないかと僕は思ってる。僕たちは自分たちの音楽が好きだし、だから何が共鳴するのか分かるっていうのかな、内的な反応が生じる。「おっ! このひとがレコーディングすると、僕たちの音はこんな風になるんだ。面白い!」とか、「興味深いな、たぶんもっとこれを掘り下げられるんじゃない?」と。で、それを4人の人間がそれぞれにやれるのは、バンドとして様々なリアクションがある、ということでね。たとえば、メンバーの誰かは「フム、これは生々しい(raw)、うん、エキサイティング!」って感じるし、一方で別のひとはもっとこう、そこで音響面で違和感を覚えて「ここはもっと探っていかないと……」と感じる、みたいな。とにかくそうやって、僕は異なるリアクションを引き出そうとしていった。というのも、僕たちは各自が好き勝手にやっていて、「あー、他の連中も何かやってるな」と看過するんじゃなく、お互いにとても反応するバンドだからね。しっかり耳を傾けている。だから、いい箇所があると「そこ、気に入った! いいね!」ってことになるし、逆に「この曲はうまい具合に進んでない。何か他のものが必要じゃないか」ってときもあって。

楽曲をぶつかり合わせ、コントラストを生むことである種の深みを作りたい、と。古典的な、「アルバム」に必要とされるひとつの一貫したソニック体験というか──「完璧で破綻のない35分くらいの経験」みたいなもの、それにさよならする、という。

カリフォルニア、ニューヨークなど、多彩なロケーション/環境で制作されましたが、どのような影響をレコーディングした土地から受けましたか?

JK:大きく影響されたと思う。でも、たぶん……「ここではこれを」といった具合に、それぞれの土地環境に特定の狙いを定めてはいなかったんじゃないかな? 僕たちにとってはそれよりも、各地に違いがある、それ自体がいちばん重要だった。だから、実際に違うわけだよね──砂漠に囲まれた暖かな土地で、いままでと違う相手とレコーディングしたこともあったし、一方で、たとえば(コロラドの)山岳地帯に行ったのは冬で、おかげでものすごく外部から隔離されていた。だから、各地におのずと備わった違いの方が、「これはここで録らなくちゃいけない。あれはあそこじゃないとダメだ」的な考えよりも大事だったんじゃないかと。ある意味、僕たちに新鮮と感じられる場である限り、どこでやってもよかったっていうかな? というのも、レコーディング作業に取り組んでいる間だけじゃなく、僕たちはその場に溶けこんで暮らしていたわけだし──たとえばニューヨーク上州で録っていた間は、朝起きると散歩に出かけ、その日の空模様に反応したり。だから、確実に場所/環境には強く影響されたと思うけど、それは具体的に「ここにこう作用した」と指摘しにくい何かだ、みたいな?

はい。

JK:と言っても、僕たちが求めていたのもそこだったんだけどね。だから、寒いし、表も暗いっていうレコーディング環境と、対してすごく暑くて、全員シャツを脱ぎ捨てて汗だくでプレイする、そうした対照的な状況下では、自分たちのプレイだって確実に変化するだろう、と(笑)。

(笑)暑いと、もっとリラックスできるでしょうしね。

JK:(笑)うんうん。

本作のコンセプトを提案したのはジェイムスさんだそうですが、なぜ今回のアルバムでは多様な音楽性をひとつのアルバムに集約することが重要だったのでしょうか? たとえば『U.F.O.F.』と『Two Hands』のように、音楽性で分けることは選択肢になかったのでしょうか。

JK:ああ、なるほど(笑)。そうだな……僕は個人的にぜひ、自分たちの音楽に備わった異なるスタイル、それらがすべて等しく共存したものをひとつの作品として聴いてみたいと思っていた。だから、僕たちはバンドであり、かつエイドリアンはこれらのいろんなムードを備えたソングライターでもある、その点をもっと受け入れようってことだね、何かひとつのことに集中したり、「これ」というひとつの姿を追求するのではなく。それよりも、それらを丸ごと捉えることの方にもっと興味があったし、そうやって楽曲をぶつかり合わせ、コントラストを生むことである種の深みを作りたい、と。それによってある意味……んー、いわゆる古典的な、「アルバム」に必要とされるひとつの一貫したソニック体験というか──「完璧で破綻のない35分くらいの経験」みたいなもの、それにさよならする、という。それよりもっとこう、とにかくごっそり曲を録ってみようよ、と。結果、もしかしたら3枚組になるかもしれないし、1枚きりのアルバムになるのかもしれない。ただ、作っている間はどんな形態になるかを考えずに、僕たちはやっていった。それよりもとにかく、たくさんプレイし、たくさんレコーディングしようじゃないか、その心意気だった。その上で、あとで編集すればいいさ、と。4ヶ月の間、あれだけ努力すれば、そりゃきっと何かが起きるに違いない(苦笑)、そう願っていたし、その正体が何かはあまりくよくよ気にせずとにかく進めていった。何であれ、自分たちがベストだと思う組み合わせを信じよう、そこには僕たちを代弁するものが生まれるはずだから、と。

本作はロウ(raw)な音の迫力が圧倒的なアルバムですよね。たとえば先行曲 “Little Things” の野性的なギター・サウンドが象徴的かと思いますが、このアルバムにおいて、ある種の音の生々しさや激しさはどのようなアプローチで追求されたのでしょうか?

JK:思うに、ああしたロウさ、そして自然な伸びやかさの多くはほんと、練習のたまものだというか、長年にわたり培ってきたものなんじゃないかな。自分たちがこつこつ積み重ねてきたものだっていう感覚があるし、じょじょに気づいていったというか……だから、アルバムを作るたびに「うおっ、これだよ、最高じゃん!」みたいに思うんだ(苦笑)。要するに、過去に作ってきたアルバムのなかでも自分たちのいちばん好きなものっていうのは、少々……何もかもがこぎれいにまとまった、オーヴァーダブを重ねて完璧に仕上げた、そういうものじゃなくて、少々ワイルドな響きのものが好きでね。“Little Things” だと、あの曲でのバックのギターの鳴りはクレイジーだし、どうしてかと言えば──実際、ある意味クレイジーな話だったんだよ。というのもあのとき、彼はまだあの曲をちゃんと知らなかったから。エイドリアンが書いたばかりのほやほやの曲だったし、彼はそれこそ、曲を覚えながら弾いていたようなもので、そのサウンドがあれなんだ! だからエキサイティングな、違った響きになったし、いつもなら彼はちゃんと腰を据えて(落ち着いた口調で)「オーケイ、わかった、こういうことをやるのね、フムフム」って感じだけど、あのときはもっと(慌てた口調で)「えっ、何? この曲をいまやるの?」みたいなノリだったし(笑)、僕が惹かれたのもそういうところだったっていうか。ずさんさやミスも残っているけど、と同時に自由さが備わっている、という。

なるほど。その話を聞いていて、ニール・ヤングのレコーディングのアプローチが浮かびました。たしか彼もよく、きっちりアレンジを決め込まずに録音したことがあったそうで。ある意味、最終型がわからないまま、レコーディングしながらその場で曲を探っていくっていう。

JK:(苦笑)ああ、うんうん!

ただ、その探っていく過程/旅路が音源にも残っていて、そこが私は好きです。

JK:うん、すごくこう、「(他の音に)耳を傾けながら出している」サウンドだよね。その曲をまだちゃんと知らなくて、しかも他の連中がどんな演奏をするかもよくわからない、そういう状態だと──やっぱり、自動操縦に頼るわけにはいかないよ(笑)。次にどうなるかつねに気をつけなくちゃいけないし、お互いに「次のコースが近づいてる?」、「だと思うけど?」、「あっ、そうじゃない、違った!」みたいに(苦笑)確認し合うっていう。

自分の音楽的な反射神経・筋肉を使って反応する、という感じですね。

JK:うん、そう。

そうやって他のメンバーの音をしっかり聞きながら、いろんなヴァイブをクリエイトしていく、と。

JK:イエス、そうだね。

[[SplitPage]]

想像力を働かせることで、物事は何もかもディストピアンなわけじゃないんだ、と思うことは大事なことじゃないかと思う。この世の終わりだとしても、そこでイマジンできるようにならなくちゃ。

資料によると、はじめ制作が難航するなか “12000 Lines” が突破口になったとのことですが、その曲のどのような点が、あなたたちにインスピレーションを与えたのでしょうか?

JK:ああ。思うに……まあ、あの曲自体が実に、とても美しいものだしねえ……。ただ、僕が思うのは、今回のアルバム向けにおこなった複数のレコーディング・セッション全体のなかで、はじめて何かが起こったのがあの曲だった──というのも、あの曲を録ったのは最初にやったセッションでのことだったし──からじゃないかと。僕たち全員があの曲を高めている、そんな手応えがあった。だから、録り終えた音源を聴き返すまでもなく、プレイしたあの場で即座に、自分たちには……「いまの、すごかったよね? 絶対なんか起きたよ、かなりやばくない?」とわかっていたっていう(笑)。だから、僕たちはあのときやっと、フィジカルな面での正しい状態──各人がどこにポジションを占め、同じ空間でどんな風にお互いの音を聴けばいいのか、そこを発見したっていうかな。だから、あの曲はある意味突破口になったんだね、あれをプレイバックしてみたとき、みんなが(驚いたような表情を浮かべつつ)「……うん、素晴らしい響きじゃん! これ、すごくいい!」と思った(笑)。

(笑)。

JK:(笑)いや、でもさ、最初の段階だと、そういう風に自信を与えてくれる要素って必要なんだよ、はじめのうちはいろいろと試すものだから。ドラムの位置をあれこれ変えたり、エイドリアンの立ち位置を取っ替え引っ替えしたり……そういう技術面での、エンジニア系の作業のすべてを経てみるし、ところが、いざ出た音を聴いてみると──「まだ『音楽』に聞こえないなぁ……」(苦笑)みたいな気がしたり。

(笑)。

JK:(笑)要するに、まだレコードになっていないし、いずれなんとか形になってくれますように、と願いつつやっていく。だから、あれ(“12000 Lines”)は、はじめて「うん、これはグレイトな響きだ」と思えた1曲だったっていうか。

“Time Escaping” や “Wake Me Up To Drive” のように、ユニークなリズムを持った曲が目立つのも本作の面白さだと思います。このようなリズムの工夫は、どのように生まれたのでしょうか?

JK:その多くは、たぶん……このバンドのメンバーは誰もが、音楽的な影響という意味で、いろんなヴェン図を描いているからじゃないかな? もちろん、4人全員が好き、というものもちゃんとあるんだよ。だけど、全員の好みが重なる領域は狭いし、だからある意味、この4者がピタッと一致した中央のエリア、そこにビッグ・シーフが存在する、みたいな(笑)?

ああ、なるほど。

JK:(笑)それが主要部であって、そこでは全員が「ビッグ・シーフが好き!」ってことになる。でも、全員がそれぞれに、個人的に好きなものもたくさん含まれている。そこには被っているものもあるよ。だけど、たとえばバック、彼の背景は……ジプシー・ジャズにあるんだよ、ジャンゴ・ラインハルト系っていうかな。だから、バックは彼なりにとてもリズミックな音楽家だし、非常に独特なスウィングを備えている。一方でマックス(・オレアルチック/ベース)は、とんでもないリズム・キープをやってくれるひとで、彼もジャズ・ベース奏法をルーツに持っている。だからあのふたりはどちらも、テンポの維持っていう意味では、僕よりもはるかに腕がいいっていうのかな(苦笑)、ビートにジャストに乗っていくって面では、あのふたりはドラマーだよ。

(苦笑)。

JK:その一方で、エイドリアンについて言えば、彼女のタイミングの感覚は彼女の運指のパターンに、フィンガー・ピッキングに多くを依っていて。だから、この4人はそれぞれが異なるリズム感覚を備えているってことだし、僕が思うに今回のアルバムでは、僕たちはそれらをごく自然に溶け合わせた、そういうことじゃないかと。だから、たとえば「これこれ、こういうことをやってみない?」って場面もあるわけ。言い換えれば、自分にもおなじみのフィーリングを追求するっていうか、過去の作品を参照することがある。「これはニール・ヤングっぽくやった方がいいんじゃない?」とか、「リーヴォン・ヘルム(※ザ・バンドのドラマー)っぽくやったらどう?」って具合にね。でも、今回のアルバムでは、僕はそれよりも「ここは、『僕たちならでは』でやってみるべきじゃないかな?」と示唆したっていう。うん……僕たちは全員リズムが大好きだし、リズムにグルーヴして欲しいと思ってる。それくらい、リズムには敏感なんだ。

「これは自分には不自然だ」と思うことって、おのずとわかるものだ、というか。で、それはオリジナリティがあるか否かではなく、自分が本当にやろうとしていることは何なのか、ということなんだよね。

ビッグ・シーフの音楽の魅力は、そのアンサンブルの濃密さによって4人の関係の緊密さ、ミュージシャン/友人同志としてのタイトさが音から強く伝わってくるところだと思います。何か、特別なことがここで起こっているぞ? みたいな。

JK:うん。

ただ、あなたたち自身はそのことを意識しているのでしょうか?──もちろん、そうは言っても、いわゆるニューエイジ的な「神がかった」スペシャルさ、という意味ではないんですけどね。

JK:(苦笑)うんうん、わかる。

意図的にやっているものではないにせよ、自然に生まれるこのケミストリーを、あなたたち自身は自覚しているのかな? と。

JK:確実にあるね、うん。だから……僕たちも、そういうことが起きているのは感じてる。そうは言っても、必ずしも四六時中いっしょにプレイしている、ってわけじゃないけれども。ただ、それでもつねに感じてきたというのかな。バンドの初期の頃ですら、自分たちはある意味気づいていたんだと僕は思うよ……「このバンドには何かが宿っているぞ」と。だから、僕たちが演奏していて互いにガチッと噛み合ったと感じるときには、何かクールなことが起きている、みたいな? 要するに、「ジェイムスはいいドラマーだし、マックスも優秀なベース奏者。エイドリアンはグレイトなソングライターであるだけじゃなくギターも達者だし、バックも上手い」的な、単純に各人の才能を足した総計、「ビッグ・シーフは全員優秀だよね!」という以上に大きい何かがある。いやいや、それだけじゃなくて、ビッグ・シーフにはちょっとした、特別なケミストリーが働いているんですよ、と。だから、いっしょにプレイすればするほど、僕たちはそのケミストリーをもっと感じることができる。そのぶんそこにアクセスしやすくなるし、化学反応が起きている/逆にそれが起きていないかも、すぐわかる。それは、録音音源からも聴き取れると思う。だから、たとえその曲にダラッとしたところやミスが残っていても、聴き手は「おーっ、ちょっと待った、これは……!?」と気づくんじゃないかな。それらのミスは、たとえば歌詞が間違っていたら直すし、ヘンなドラムのフィルもすぐに修正できるって類のものだよ。けれども、この演奏には他の楽曲以上に「僕たちならではの何か」がしっかり宿っているってこと、そこは聴き手にもわかるだろうし……(苦笑)第六感みたいなものだよね。だから、もちろん、それは言葉では表現しにくいわけで──

(苦笑)ですよね。

JK:要するに、これは一種の、「サムシング」だからね(苦笑)、僕たちの間に走っている、何らかのエネルギーなんだし。だけど、間違いなくリアルなものでもあるんだよ、ってのも、そのエネルギーが発生していないと、それも僕たちにはわかるから。たとえば、とある音源を聴き返してみたら、誰もがお互いに対してイライラして怒っているように聞こえるんだけど、どうしてだろう……? と思ったり(苦笑)。

(笑)。

JK:で、「そうか、たぶん自分たちには休憩が必要だな!」と悟るっていう(笑)。

エイドリアンさんの書く歌詞は感覚的なものも多いですし、パーソナルな感情や体験を出発点にしているように思えます。バンドのなかで、彼女の書く歌詞の感情や主題はどのようなアプローチでシェアされるのでしょうか?

JK:うん……主題がデリケートになることもあるよね。そこに対する僕たち全員のメインのアプローチの仕方というのは、言葉と歌とをサポートしようとする、かつ、それを通じて人間としてのエイドリアンをサポートすることじゃないかと思う。これは特別だというフィーリング、あるいは傷つきやすい何かだというフィーリングが存在するし、それによってこちらも歌に対して一定の敬意を払わなくてはいけないな、という気持ちになる。なぜかと言えば、このひとはそれだけ覚悟して自分自身をさらけ出してくれているんだってことがわかるし、本当に、そのパフォーマンスを、そのひとが何を言わんとしているのかをしっかり感じ取ろうとするようになる。だから、その面をサポートしたい、それに向けてプレイしたいと思う、というか。それもあるし、そうすることで自分自身に対しても少しオープンになるってところもあるだろうね。僕たちはとにかくあれらの歌に惚れこんでいるわけだけど、いくつかの歌に至ってはもう、僕たちそれぞれが「うっわあ……この曲は『宝石』だ!」と感じるっていうのかな、だから、その曲の歌詞が僕個人にとってすごく特別な意味を持って迫ってくる、という。そんなわけで、うん、(歌詞/主題等)はデリケートなこともあるけれども、それもまた、歳月のなかで僕たちが育んできたリスペクトみたいなものの一部なんだと思う。エイドリアンは、僕たちは彼女の歌と歌詞とに心から気を遣っている、そう信頼してくれているし……だから、僕たちが歌を真剣に捉えずにふざけていたりして、そのせいで彼女が孤島にひとりっきりで疎外された気分にさせるつもりは僕たちにはない、というか? リードしているのは彼女だし、彼女の強烈さだったり、目指す方向性、僕たちはそこについていこうとしているから。

お話を聞いていると、あなたたちの関係は「トラスト・ゲーム」みたいなものですね。みんなが受け止めてくれるのを信じて、後ろ向きに倒れる、という。

JK:(笑)ああ、うんうん、トラスト・フォールね!

はい。それをやれるだけ、エイドリアンもあなたたちを信じているし、あなたたちもそれを受け止める、それだけ絆が強いバンドなんだなと思います。

JK:うん、その通り。

(カントリー/フォーク・ミュージシャンの)ジョン・プラインが亡くなったとき、バンドが追悼を捧げていたのが印象的でした。

JK:ああ、うん。

実際、あなたたちの音楽を聴くと、様々な時代の様々なアーティストの影響が豊かに入っていると感じられます。少し大きな質問になってしまうのですが、ビッグ・シーフはアメリカの音楽の歴史の一部であるという意識はありますか? ある意味、未来に向けてその松明を運んでいる、というか……。

JK:うん、言わんとしていることはわかる。そうだな、僕の見方としては……その「対話」の一部として参加している、という感じかな。僕たちの受けてきた影響ということで言えば、ジョン・プラインは本当に大きな存在だし……だから、ジョン・プラインはすでに世を去ったわけだけど、いまもなお、僕たちの音楽は彼の音楽と対話を続けているし、それに強く影響されている、みたいな? そうあってほしい。でも、と同時にそれは、彼の音楽に対する反応でもある、っていうのかな。たとえば、「ああ、あなたのその表現の仕方、好きだなあ!」とか。自分も同じことを言いたいと思ってるけど、あなたが表現するとこうなるんですね! みたいなノリで、一種の、クラフト(技術)とアイデアの交換が起きているっていう。で……うん、いろんなレコードとの間で、ある種の対話が起きているなと僕は感じているし──じつに多彩な人びとが、様々なやり方でいろんなことをまとめ、音楽的な合成をおこなっているわけだし、いまやクレイジーで手に負えないっていうか(苦笑)、とんでもない量だからいちいちフォローすることすら無理、みたいな。けれども、一種のスレッドみたいなものは存在するよね……様々な影響を取り入れるというか、自分の気に入ったもの、あるいは霊感を与えてくれる何かを取りこんで、そこから何かを作り出そうとする、というスレッドが。僕たちはそれをやるのがとても気持ちいいし、っていうか、自分たちがオリジナリティ云々に強くこだわったことって、これまでなかったんじゃないかと思うよ(笑)? 要するに、自分が「これだ、こう言うのが正しい」と感じる、あるいは逆に「これは自分には不自然だ」と思うことって、おのずとわかるものだ、というか。で、それはオリジナリティがあるか否かではなく、自分が本当にやろうとしていることは何なのか、ということなんだよね。

ビッグ・シーフはリアルな感情や人間関係を描きながら、同時に、本作でも宇宙やドラゴン、自然や動物、魔法といったファンタジックなモチーフが登場するのが面白いと思います。

JK:(笑)たしかに。

なぜこの世界にファンタジーが必要なのか問われたら、ビッグ・シーフはどのように答えるとあなたは考えますか?

JK:なるほど。思うに、このアルバムのタイトルに僕たち全員がとても強く惹きつけられた、その大きな要因は──はじめから、僕たちがこのレコードを作る前から、あのタイトルは存在していたんだ。だから、あのタイトルがレコードに影響を与えたっていうのかな、「これは、『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』って感じがする音楽だろうか?」みたいな……あれはいろんなものを意味するフレーズだろうけれども、思うに、こう……あれはとにかく、世界にはこの「マジック」が存在するってこと、音楽(ミュージック)のなかにはマジックがあるんだ、そこを認めようとすること、というのかな。ほんとに……ロジックだの、物事の基本の仕組みが通用しない何かであって、それよりもずっと、ずっと大きなものだ、と。だから、たんに「ドラム、ベース、ギターがあって、そこで誰かが歌ってる」程度のものじゃないし──いや、たしかにそうなんだけれども、たんにそれらを足しただけじゃなくて、それとはまた別の何かが起こっているんですよ、みたいな(笑)。だから、僕たちのプレイの仕方、そして音楽への耳の傾け方のなかでは、何かが起きている、と。で、うん……この世界において、そういった抽象的というのか、空想的/突飛のないコンセプトなんかを想像力を通じて鍛える、それによって試されるのって、大事なことじゃないかと思う。そうやって想像力を働かせることで、物事は何もかもディストピアンなわけじゃないんだ、と思うことはね(苦笑)。この世の終わりだとしても、そこでイマジンできるようにならなくちゃ、みたいな。いまの世のなかはリアルじゃないし、そこに向かっていくのではなく、むしろ想像力を働かせていこう、と。というわけで、うん、とにかくそうしたマジカルな要素を持つのって、大事だと思う。というのも、僕たちだってみんな、音楽のなかにマジックが宿っているのは知っていると思うし──ただし、それって「これ」と名指しするのが難しいものであって。でも、僕たちとしては、「いや、たしかに何かが存在しているし、それはスペシャルなものなんです」ってところで。でも、たぶん……「それは何ですか?」と問われても、はっきり形容しがたい、というね、うん。

質問は以上です。今日は、お時間いただき本当にありがとうございます。

JK:こちらこそ、質問の数々、ありがとう。

近いうちに、あなたたちがまたツアーに出られることを祈っていますので。

JK:僕たちもそう思ってるよ、ありがとう!

talking about Hyperdub - ele-king

 2021年のエレクトロニック・ミュージックにおいて、こと複数のメディアで総合的に評価の高かった2枚に、アヤの『im hole』とロレイン・ジェイムスの『Reflection』があり、ほかにもティルザの『Colourgrade』とか、えー、ほかにもスペース・アフリカの『Honest Labour』もいろんなところで評価されていましたよね。まあ、とにかくいろいろあるなかで、やはりアヤとロレイン・ジェイムスのアルバムは突出していたと思います。この2枚は、ベース・ミュージックの新たな展開において、10年代のアルカそしてソフィーといった先駆者の流れを引き寄せながら発展させたものとしての関心を高めているし、そしてまた、〈ハイパーダブ〉という21世紀のUKエレクトロニック・ミュージックにおける最重要レーベルの新顔としての注目度の高さもあります。ロンドン在住の現役クラバー、高橋勇人と東京在住の元クラバー、野田努がzoomを介して喋りました。

■アヤとは何者?

E王
Aya
im hole

Hyperdub/ビート

高橋:先週はコード9に会いましたよ。

野田:なんで?

高橋:イースト・ロンドンのダルストンにある〈Café Oto〉というヴェニュー。大友(良英)さんや灰野(敬二)さんがよくやってる。

野田:うん、わかる、日本でも有名。Phewさんの作品も出してるよね。

高橋:そこでアヤがインガ・コープランドの新名義ロリーナと対バンしたんですよ。

野田:くっそー、その組み合わせ、最高だな。

高橋:インガ・コープランド、とくにハイプ・ウィリアムスって、ある種、ダンス・ミュージック以外にも注目しはじめた第二期〈ハイパーダブ〉を象徴するアーティストですよね。

野田:そう、いまハイプ・ウィリアムスの話からはじめようと思ってた。高橋くんって、(マーク・)ロスコの原画って見たことある?

高橋:テート(・モダン)で見たことあります。

野田:あの抽象表現絵画って絵葉書とかになってたりするけど、原画はものすごく巨大で。

高橋:ウォール・ペインティングですもんね。

野田:あの原画の前に立ち尽くすと、圧倒的なものを感じるんだよね。俺はドイツの、たしかデュッセルドルフで原画を見たんだけど、しばらくその前から動けなかったぐらい圧倒された。ハイプ・ウィリアムスのライヴは、自分が21世紀で観てきたなかでいまだベストなんだけど、そのときのハイプ・ウィリアムスのライヴは、言うなればジャングルやベース・ミュージックの抽象絵画だったんだよ。

高橋:なるほど。

野田:抽象化されたベース・ミュージック。そのときのライヴは、壮絶な電子ドローンからはじまったの。サブベースありきのね。もし、“ドローン・ダブ” なんて言葉があるとしたら、あれこそまさにそんな感じだった。それで最初にアヤを聴いたとき、ハイプ・ウィリアムスの続きがここにあると思ったんだよ。ほら、冒頭の電子ドローン、あれを大音量でちゃんとしたシステムで聴いたら、近いモノがあると思うし、電子的に変調された声もそう。

高橋:ははは、そうなんですね。僕にとってハイプ・ウィリアムスとは〈ハイパーダブ〉からの『Black Is Beautiful』ですよ。あのイメージが僕には強い。だから、サンプリングを重視したすごく変なポップ・ミュージックって印象です。

野田:そうだよね。コンセプチュアルでメタなエレクトロニカだよね。とくにその後のディーン・ブラントは音楽そのものを偽装する奇妙でメタなポップ路線に走るけど、あのときのライヴは、言葉が通じない日本人に対してサウンドで勝負したんだよな。そこへいくと、アヤは詩人であり、言葉の人でもある。しかしそのサウンドがあまりにも斬新なんだ。ちなみにさ、アヤってどこから来た人なの?

高橋:経歴を説明すると、出身は北イングランドのヨークシャー。いまって若手のアンダーグラウンドのミュージシャンでも、大学で音楽を勉強している人がすごく多いじゃないですか、ロレイン・ジェイムスとレーベルの〈Timedance〉を主宰しているブリストルのバトゥと彼のレーベルメイトなんかもそうだし。アヤもそうで、音楽大学でミュージック・プロダクションを勉強して、そこで出会ったティム・ランドというランドスライド(Landslide)名義でドラムンベースを作っていた先生に出会うんですよ。その人からアヤはアルカやホーリー・ハードンなどについて学んでいる。

野田:えー、大学でアルカを学ぶって。日本じゃ考えられない(笑)。

高橋:(笑)それがウェールズの大学で、アヤはそこからマンチェスターにいった。そこでベースやUKガラージのシーンへと入って、〈NTS〉マンチェスターとかその周辺の人たちとやっていた。で、『FACT Magazine』のトム・レア元編集長がはじめた、ロンドンの〈Local Action〉レーベルがあって、現行のベース系だけど、ダブステップよりもUKガラージとかから派生している、フロアで機能するようなレーベルです。そういったコミュニティにいたのがアヤ。そこではまだ、ロフト名義でやってた。

野田:ロフト名義のころから注目されてたの?

高橋:詩のパフォーマンスもやってはいたけど、リリースでは音がメインでしたね。ちなみに、トム・レアやその周辺のベース・ミュージックと日本でつながってるのはdouble clapperzのSintaくんとかじゃないかな。

野田:Sinta、素晴らしいな。

高橋:トム・レアってすごく敏腕ディレクターで、新しいことをいろいろやってる。いわゆるEDM的なものではない、カッティング・エッジなベース・ミュージックをロンドンから発信していた。そのなかのひとつとして、ロフトも注目されていた感じです。ロフトはブリストルの〈Wisdom Teeth〉からもリリースしていて、アンダーグラウンドのベース・ミュージック新世代のひとりとして認知されていましたよ。

野田:話が飛んじゃうけど、いまブライアン・イーノの別冊を作っているのね。60年代から70年代って、イギリスはアートスクールがすごかった。アートスクールという教育機関が、70年代のUKロックに影響を与えていたことは事実なんだけど、きっと、いまはそれが大学なんだね。

高橋:まあ、アートスクールが大学ですからね。ブレア政権時代に、いわゆる昔の職業専門学校みたいなのが大学になったりしている。その大学改編の一環で、それまでのアートスクールが大学になっているんじゃないかな。いわゆる美大みたいな感じに。

野田:なるほど。それでアルカについて教えたり、Abletonの使い方を教えたりしてるんだ。そりゃあ面白いエレクトロニック・ミュージックが出てくるわけだな(笑)。ブライアン・イーノがアートスクール時代の恩師からジョン・ケージや『Silence』、VUなんかを教えてもらったようなものだね。

高橋:似ているかもしれない。それこそ僕の在籍しているゴールドスミス大学はジェイムス・ブレイクの出身校ですからね。


Photo by Suleika Müller

野田:話を戻すと、アヤの『im hole』は2021年出たエレクトロニック・ミュージックではいちばん尖った作品だったよね。

高橋:尖ってましたね。

野田:しかもあれって、ベース・ミュージックだけじゃなく、ドローンやアシッド・ハウスとか、いろんなものがどんどん混ざっている。ハイブリットっていうのはまさにUKらしさだし、まあいつものことなんだけど、アヤのそれは抽象化されているんだけど、巧妙で、リズムの躍動感が抜群にかっこいいんだよ。

高橋:僕の好きな曲は4曲目の“dis yacky”です。

野田:あー、わかる、あのベースが唸るやつね(笑)。アルバムを聴いていって、あの曲あたりから踊ってしまうんだよ。部屋のなかで。

高橋:基盤にグライム、ダブステップとジャングルが入ってる。曲の作り方がほかの人とぜんぜん違います。ちなみに、アヤはもともとドラマーでリズム感がめちゃくちゃいいんです。あれって普通に聴くとダブステップと同じようなスピードなんですよ。でも、うしろで鳴ってるのが五連付のドラムロールで、その音だけ、だいたいBPMが170でジャングルと同じなんです。で、アヤはそのBPM170をエイブルトンで設定して作っているんだけど、普通に音楽を聴くときはダブステップやグライムで主流のBPM140で聴こえる。つまりポリリズムですよね。普通はそうやって凝り過ぎるとIDMっぽくなるというか、フロアではシラケちゃったりする。けれどアヤはそこのバランスがうまい、ぜんぜんサウンドオタクっぽく聴こえない。

野田:なるほど、たしかに。

高橋:僕はそこにある種の、ポリリズムとある種のクィアなアイデンティティの相関関係みたいなものがあるんじゃないかと思った。クィア・サウンドとはこれまでにない音を作り出す、それまでのサウンドの境界線をプッシュするというか。そこでポリリズムもリズムの多重性と考えられないかなと。ちなみにアヤ自身はトランスウーマンで、自分のジェンダー自認は女性って公表しているので、その自認がクィア、つまり男性でも女性でもない、というわけではないんですけどね。ただ彼女の生き方には、そういったクィア性はみてとれる。そういった表現をサウンド・テクスチャ―から感じるプロデューサーはいるけど、リズムでやってる人はそこまでいないような気がする。

野田:クィア・サウンド……、なるほどね、それっていま初めて聞いた言葉だけど、面白いね。だって、ハウスはゲイ・カルチャーから来ていて、やっぱりあのサウンドにはその文化固有のエートスが注がれているわけで、最近のエレクトロニック・ダンス・ミュージックでおもろいのは、気がつくとクィアだったりするんだけど、同じようにその独特なノリやその文脈から来ているテクスチュアがあるんだろうね。

高橋:10年代でいえば、〈Night Slugs〉なんかがクィア・シーンではすごい人気ですけどね。

■ソフィーの影響はでかかった


Photo by Suleika Müller

野田:アヤは〈ハイパーダブ〉がフックアップしたの? 

高橋:これはスティーヴ・グッドマン(コード9)がロフトのライヴに感銘を受けて、〈ハイパーダブ〉から出したとインスタグラムで言ってました。まずポエトリー・リーディング、詩のパフォーマンスがすごいとも言ってた。そしてあのサウンドテクスチャー。

野田:〈ハイパーダブ〉の資料によると、アヤはクィア文化に対しても批評的なことを言ってるよね。それも俺、興味深く思っててさ、自分がクィアでありながらクィア文化に対しても批評的であるということは、それが「LGBTQであるから評価するのは間違っている」ということだよね?

高橋:そうです。つまり、クィア文化そのものを批判しているんじゃなくて、そこに向けられる言葉に懐疑的なんです。「LGBTのサウンドはこうでしょ、LGBTのアーティストに求められるものはこうでしょ」、といったものを完全に拒否した音楽です。

野田:逆に言うと、それはジェンダーの認識がすごく成熟に向かってるということでもあるのかね。

高橋:そういう見方もできるかもしれません。だからこそかもしれないけど、リリックのなかでクィアなアイデンティティを全面にだすより、単純に自分が感じている日常的なこと、たとえば自分はヨーク出身で、マンチェスターを経由していま音楽をやっているとか、そういうことをうまい言葉遊びで表現してる。だから必ずしも、クィアやLGBTを取り巻く言説に対する批判だけにとどまらないアティチュードが面白いんですよ。

野田:言い方を変えれば、ジェンダーを超えたところで評価してほしいってことだよね。

高橋:もちろん。アヤはソフィーからの影響が強いアーティストなので。

野田:あらためて思うけど、ソフィーはホント、でかいなぁ。

高橋:ソフィーなんてでてきた当初、誰がやっているかさえわからなかったじゃないですか。でも、ブリアルとぜんぜん違うのはメディアとかにもでていて、ソフィーが顔をだすまえ、つまりアルバム『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』を出す前、インタヴューを受けても顔を隠して声も変えたりしてた。

野田:まさにそれはアヤもやってることだよね。

高橋:そう。〈NTS〉のラジオでもずっとやってた。ソフィーの影響だと思う。このアルバムにはソフィーが死んだ数日後に作ったという“the only solution i have found is to simply jump higher”という曲が入ってます。僕が買った『im hole』の本の謝辞にも「ソフィへ、すべての永遠の満月を(To SOPHIE for every full moon forever)」って書いてある。ポスト・ソフィーっていい区切りになりますよ。サウンド・ミュータントを追求するアルカやフロアで革新性を求めた〈Night Slugs〉もすごく影響力があるけど、ソフィーがやったハイパーポップがもっと重要みたいです。アヤとロレイン・ジェイムスはふたりともソフィーの影響下にありますからね。

野田:ああそうだね、ロレインも。


Photo by Suleika Müller

高橋:去年、僕が感動したDJは、ロレイン・ジェイムスが〈NTS〉でやったソフィーへのトリビュート・セット。あれは素晴らしい。ソフィーの楽曲だけじゃなくて、そのカバーもミックスしていて、みんなのソフィー像が浮かび上がってくるみたいなんです。 LGBTコミュニティに属するアーティストの紹介と言う意味でも、〈ハイパーダブ〉も頑張っていますね。クィア・アーティストとか、マージナルなアイデンティティの人をよくだすようになった。サウス・アフリカのエンジェル・ホ(Angel-Ho)とか。

野田:ところでアヤのライヴってどうだった?

高橋:2回観てますけど、去年のライヴ・ハウスみたいなとこでやったのは、黒いパーカーを着てステージにあらわれて、体を使ったボディ・パフォーマンスがすごかった。本人はスケボーもやっていて運動神経がすごくいいんです。

野田:あれで運動神経がいいなんて、ちょっと反則だ(笑)。

高橋:なんて言えばいいのかな……、ソフィーやアルカも、ライヴをやってるときってけっこうシリアスな感じになるんですね。でもアヤはそういう感じではない。どんなにシリアスになったときでも、アヤはお客さんとジョークを交えたコミュニケーションを取ることを忘れない。

野田:北部の人たちは、昔からロンドンのお高くとまったところに対抗意識を持ってるんだよ。

高橋:ありますね(笑)。うまく言えないんだけど、すごくイギリス人っぽいユーモアを持ったひとです。だからアルバムからは想像できないけど、すごくフレンドリーです。じょじょに曲が進むとパーカーを脱いで、すごくかっこいい衣装になってダンスしまくる、みたいな。その日はちょうど、アルバムにも参加してるマンチェスターのアイスボーイ・ヴァイオレットもMCでステージに現れました。アイスボーイのジェンダープロナウンは「They/Them」で、男性と女性でもないことを自認していますね。

野田:はぁ……(深くため息)、いまコロナじゃなきゃ、日本でもきっと見れたんだろうなぁ。君がうらやましいよ。じゃ、ロレイン・ジェイムスのことを話そう。彼女は〈ハイパーダブ〉が見つけたんじゃなく、ロレインが海賊ラジオに出演したとき、これは〈ハイパーダブ〉が契約しなきゃだめだろってリスナーが騒いで、で、〈ハイパーダブ〉が契約したっていう話を読んだんだけど。

高橋:たしかに。ロレインは同じ世代からの信頼がすごく厚いプロデューサーなんです。オブジェクト・ブルーというロンドンのプロデューサーや、ロレイン・ジェイムスのフラット・メイトで、〈Nervous Horizon〉を運営するTSVIと彼女は仲がいい。みんな非常にスキルフルで影響力のある作り手たちです。そういったロンドンのコミュニティがあるのは面白いですよね。

野田:面白い話だね。そういうのは日本からはぜんぜんわからないよね。

高橋:オブジェクト・ブルーさんは日本語が母国語のひとつだし、『ele-king』で日本語圏に向けて取り上げるべき人ですよ。最近ではジェットセットでもレヴューを書いてたな。彼女はレズビアンであることを公言していて、昔Twitterには自分のことをテクノ・フェミニストと呼んでいてかっこいいなと思いました。

野田:へー、それも興味深い。

高橋:そういうコミュニティからロレイン・ジェイムスがでてきてるっていうのは、ひとつありますね。いわゆる団体というよりも、友だちって感じですけど。

野田:ロンドンって再開発して物価が上がってボヘミアン的なアーティストが住めないって聞くから、もう新しいものは生まれないって思ってた。そういうわけじゃないんだね。

高橋:そんなわけでもないですよ。たしかにブレグジットの影響でボーダーは前ほど自由ではないけど、音楽シーンにインターナショナルな感じはあるかな。TSVIはイタリア人なので。ヨーロッパから人がたくさん集まってる。ベルリンみたいな雰囲気もあります。

[[SplitPage]]

■ロレイン・ジェイムスの内省

E王
Loraine James
Reflection

Hyperdub/ビート

野田:そのロレイン・ジェイムスなんだけど、彼女の『Reflection』、俺はアヤ同様に、昨年ものすごく気に入ってしまってよく聴いたんだよね。ドリーミーで、内省的なところにすごく惹かれたよ。ロンドンに住んでる人とは、日本はだいぶ状況が違うから聴き方も違っているのかもしれないけど、いまロンドンはプランBでもって、すべてのクラブは解禁されて、マスクなしでみんな騒いでるわけでしょ? でも日本はまったく違うのよ。年末年始に久々にリキッドルームやコンタクトに行ったけど、当然マスク着用で、基本、みんな静かに踊ってる感じ。日本はさ、なんか陰湿な社会になっていて、相互監視がすごくて、その場で注意されるんじゃなく、ネットで批判されたりするんだよ。で、まあ、久しぶりにクラブやライヴハウスに行くとやっぱ楽しいんだけど、でも、いつまでこうやって、マスク着用で静かに踊ってなきゃならないんだろうかって思うと、途方に暮れるんだよね。だから相変わらずひとりでいる時間も増えたりで、内省的にならざるをえないというか、むき出しのエネルギーみたいなものより、内省的なものにリアリティを感じちゃう。俺の場合はロレイン・ジェイムスはそこにすごくハマった。それにアヤとは違ってロレインのほうがメロディックじゃない?

高橋:まあ、そうですね。

野田:メロディがはっきりしていて、そういう意味ではポップともいえる。

高橋:アヤはどっちかというと、リズムの実験。

野田:そうだね、あとテクスチュア重視。ロレインもリズムはこだわってるけど、メロディのところでは対照的かもね。あとさ、ロレインって、紙エレキングでインタヴューさせてもらったんだけど、ほかのインタヴューを読んでも、すごく誠実そうな人柄が伝わってくるじゃん? IDMは大好きだけど、ベタなポップスもけっこう好きってことも言うし。俺はレコードで買ったけど、レコードには歌詞カードがちゃんと入っている。彼女はファーストがすごく騒がれて、で、がんばりすぎて鬱になってしまって、だから決してドリーミーな言葉ではないんだろうけど、でもサウンドはドリーミーなんだよね。悲しみから生まれた音楽かもしれないけど、悲しい音楽ではない。

高橋:パワフルでエネルギッシュな音楽ですよね。

野田:あるイギリスのライターが書いたレヴューで共感したのが、「この音楽は絶望から生まれたかもしれないけど、もっとも絶望から遠ざかってもいる」みたいなね。

高橋:そういう意味で〈ハイパーダブ〉にいままでなかった音楽ですよね。ロレイン・ジェイムスは顔が見えるというか。そういうパーソナルな部分がでている。〈ハイパーダブ〉は「ハイパーなダブ」ですからね。音の実験みたいなところ。ロレインそういう意味で〈ハイパーダブ〉の新しい章のはじまりかもしれない。僕はファースト『For You and I』に漂っている、あの自分の生まれ育ったノースロンドンをサウンドで振り返る感じがすごく好きです。

野田:ブリアルを輩出したレーベルだから、やはり匿名性にはこだわってきたんだろうし。

高橋:〈ハイパーダブ〉は2004年にはじまったわけだから、もうすぐ20年近くになりますね。

野田:最初はカタカナで「ハイパーダブ」って書いてあったんだよね。サイバーパンク好きだから。

高橋:そうですよね。クオルタ330とか、いまも食品まつりとか日本人のも出し続けてますね。

野田:食品さんが〈ハイパーダブ〉から出したのはいちファンとして嬉しかったな。


Photo by Suleika Müller

■〈ハイパーダブ〉とレイヴ・カルチャー

野田:〈ハイパーダブ〉には、レイヴ・カルチャーをリアルタイムで体験できなかった人たちがレイヴ・カルチャーを再評価するっていうところがあるじゃない?

高橋:そうかな?

野田:そうじゃないの?

高橋:たしかにコード9の後輩とも言えるゾンビーやブリアルは、本人たちも言っているようにレイヴを直接経験していないですよね。でもコード9、スティーヴ・グッドマンは1973年生まれのレイヴ世代ですよ。それこそグラスゴー出身で、レイヴに行ってた。そしてエジンバラ大学で哲学を勉強して、それからウォーリック大学に移って、そこでニック・ランドとセイディー・プラントが教鞭を取っていて、マーク・フィッシャーなんかもいた。いま頑張って訳してるマーク・フィッシャーの『K-PUNK』にも書いてあるんですけど、CCRUのなかでひとつ共有されていたのは、ジャングルは哲学化する必要なんかなくて、最初から概念的だったということだと、そうマーク・フィッシャーは言ってます。

野田:〈ハイパーダブ〉って、ブリアルとコード9がそうだったように、すごくメランコリックだったでしょ。それってやっぱり、1992年はもう終わったという認識があったからだと思うんだよね。

高橋:たしかに。

野田:ノスタルジーとメランコリックは違っていて、ノスタルジーは過去に囚われている状態だけど、メランコリックは過去は終わってしまったという認識からくるものでしょ。彼らのメランコリーって、そういう意味で過去を過去と認め明日を見ていたというか。それをこの20年くらいのあいだ実践してきたのがすごいなと。

高橋:面白いのは、コード9は自分のことをジャングリストっていうけれど、彼はいちどもストレートなジャングルを作ったことはないですよね。しかも、やっぱり最初にコード9が注目されたのはダブステップのシーンであったわけで。かといって、ダブステップの曲ばかり作っていたかといえばそうではなくて、UKファンキーを作ったりとか、そういうこともやってた。いま彼のプロダクションは、フットワークの影響が強い楽曲がメインですね。

野田:そのときどきの変異体に柔軟に対応しているよね。でもずっと通底しているのはジャングルから発展したベース・ミュージックだよね。

高橋:それはあります。彼がいうように、〈ハイパーダブ〉はサウンドの伝染していくウイルスで、形が変わってもジャングルの要素は残っているんでしょうね。DJではコード9はいまも直球のジャングルをかけてます。

野田:ま、UKアンダーグラウンドのブルースであり、ソウルみたいなものだしな。ちなみにUKのレイヴおよびジャングルをリアルタイムで経験してる音楽ライターって、日本では俺とクボケン(久保憲司)だけだと思うよ。これ自慢だけど。

高橋:〈ハイパーダブ〉のレーベル・カラーとしてスティーヴ・グッドマンが最初から明言してる重要なことなんですけど、自分たちはIDMみたいな音楽は出さないと言ってます。彼はもっとシンプルなダンス・ミュージックのフォーマットに惹かれているのであって、いわゆるIDMとされる音楽の表現形態とは離れてると。

野田:レイヴ・カルチャーってのはラディカルだったけど、大衆文化のなかにあったからね。業界のエリートが集まってやってたものではないから。

高橋:たぶんスティーヴ・グッドマンが考えているのは、いわゆるIDMみたいに複雑なことをやらなくても、常にそのなかに、あえていうなら哲学的でコンセプチュアルな可能性は秘められているというか。そこの価値転換みたいなことを〈ハイパーダブ〉は実践としてやっているのではないかと。コード9と同世代のリー・ギャンブルが数年前に〈ハイパーダブ〉に移籍したときはびっくりしたけど、彼のレーベル〈UIQ〉にもそれを感じるかな。リー・ギャンブルの〈ハイパーダブ〉の作品はすごく複雑でコンセプチュアルで、僕にはIDMに聴こえるんですが(笑)。

野田:ブリアルが新しい作品をだして話題になってるけど、タイトルが「Antidawn」だよね。

高橋:造語ですね。

野田:そう、「反夜明け」って造語。それって明るいものに対する反対みたいな、否定的なニュアンスで受け取られてるよね。でもね、レイヴ・カルチャーってことを思ったとき、レイヴの真っ只中では誰もが「夜明けなんて来るな」と思ってるんだよ。だから、必ずしも「Antidawn」は否定的な言葉ではないとも思ったんだよね。

高橋:なるほど。アンダーグラウンドの世界が終わらない、というか。野田さんって『remix』で、日本で唯一ブリアルにインタヴューしている人ですよね。

野田:まあ、電話だけどね。

高橋:あれすごく面白くて。彼が音楽の比喩として使っているのが、公園とかにある石を裏返すと虫が元気にうごめいてると。クラブ・ミュージックはそういうものだと、太陽が当たらないほうが元気だろ、と。こういうことをしゃべる人なんだって(笑)。

野田:そうそう(笑)。彼はほんとうにアンダーグラウンド主義者だよね。

[[SplitPage]]

■〈WARP〉や〈Ninja Tune〉との違い

E王
Burial
Antidawn

Hyperdub/ビート

高橋:「Antidawn」をどういうふうに聴きました?

野田:あれって日本にいるほうがリアリティを感じるよね。クラブに行きたくても昔のようには行けないじゃない。リズムがないってことはそういう状況の暗喩なわけで。

高橋:あれはロックダウン中に作られた音楽ですよね。個人的なことを話すとロックダウン中に、僕は散歩をたくさんしていた。クラブに行けない状況で、ヘッドホンをしながらパーソナルに聴く状況が増えた。その雰囲気にかなりぴったりですよね。レヴューでも書いたけど、僕はこの続きを聴きたいなって思わせる音楽だと思いました。

野田:スタイルとしてはサウンド・コラージュだよね。風景を描いている音楽。

高橋:野田さんは〈ハイパーダブ〉をずっと紹介してきたけど、いままでのUKレーベルの〈Ninja Tune〉や〈WARP〉との違いって何だと思いますか?

野田:そのふたつのレーベルはセカンド・サマー・オブ・ラヴの時代に生まれたってことが〈ハイパーダブ〉との大きな違いだよね。ただし、リアルタイムでレイヴやジャングルを経験するってことはそのダークサイドも知るってことで、あとからジャングルを形而上学的に分析することはできるだろうけど、あの激ヤバな熱狂のなかにいたらなかなかね……。

高橋:そういえば、野田さんは〈fabric〉から出たコード9とブリアルのミックスのことを形而上学的だって書いてましたね。

野田:で、ジャングルと併走して白人ばかりでドラッギーなトランスのシーンもあったし、だからあの時代(1992年)に〈WARP〉が“AIシリーズ”をはじめたことは、当時はものすごく説得力があったんだよね。IDMに関しては、その言葉はオウテカやリチャード・ジェムスもみんな嫌いで、だから90年代は“エレクトロニカ”って呼んでいたんだよ。そして、ではなぜ〈Ninja Tune〉や〈WARP〉がジャングルに手を出さなかったかと言うと、ひとつは、すでにレーベルがいくつもあった。〈Moving Shadow〉であるとか、4ヒーローの〈Reinforced〉であるとかゴールディーの〈Metal Heads〉であるとか、そういうオリジネイターに対してのリスペクトもあったし、でも、その革命的な音楽性に関してはドリルンベースなどと呼ばれたようなカタチで取り入れているよね。あと、ジャングル前夜のベース・ミュージックって、それこそブリープの元祖、リーズのユニーク3だったりするんだけど、そこと〈WARP〉は繋がってるじゃん。もともとシェフィールドのレコ屋からはじまってるわけで。そこに来てシカゴやデトロイトのレコードを買っていた連中が音楽を作るようになっていって、レーベルがはじまった。

高橋:それに対して、〈ハイパーダブ〉はウェブ・マガジンとしてはじまってるんですよね。その読者がブリアルであって、そこからいろいろつながった。そういう意味で、ゼロ年代のある種のインターネット音楽のパイオニアみたいなところもあったんじゃないかな。

野田:たしかにね。レコ屋世代からネット世代へってことか。

高橋:そういえば、スティーヴ・グッドマンは現実の政治性を全面にだす感じではなく、むしろ冷ややかに離れて見ていた印象があったんです。自分のイベントでは「ファック、テレザ・メイ」とMCで言っているのを見たりしましたけど(笑)。でも最近、ブラック・ライヴズ・マター以降の彼の言動をみると、〈ハイパーダブ〉がいまのブラック・ミュージックを世界に出すうえでのハブというか、ブラック・ミュージックを意識的に紹介していくことをひとつの重要な点として考えているってことをソーシャルメディアで公言しているんです。フットワークもそう。〈ハイパーダブ〉の00年代後半の功績のひとつとして、イギリスにフットワークを広く紹介した。

野田:それは〈Planet Mu〉でしょ。

高橋:〈ハイパーダブ〉と〈Planet Mu〉のふたつですね。〈ハイパーダブ〉はDJラシャドをだしてますから。また、〈ハイパーダブ〉から紹介されて以降、ラシャドはジャングルに興味を持つようにもなる。そういう相互関係も生まれてくる。コード9はいまもフットワーク・プロデューサーをどんどん紹介している。あと最近ではさっきのエンジェル・ホを出したり、南アフリカのゴム(Gquom)やアマピアノを紹介したり。西洋中心主義に陥いることなく、そういう音楽を意識的に紹介している。そういう意味で食品まつりを出したのも面白いですよね。

野田:〈ハイパーダブ〉はイギリスではどんなポジションなの? 

高橋:先日用があってブライトンに行ってレコ屋を覗いたんですが、「Antidawn」のポスターがメジャーなアーティストと並んでました。

野田:やっぱブリアルは別格だよね。でも、当然あの作品に対する批判はあるでしょ? あれだけ極端で、思い切ったことやっているわけだから。

高橋:ダンス・ミュージックじゃない点で、少し物足りなさを感じる人はいますね。あとはやってることがまえとそんなに変わってないから、もっと違うことをやればいいんじゃないかとか。そのまえにいくつか12インチをだして、そちらはダンサブルでいままでにないアプローチもあったから、そっちの続きが見たいって人も多いですね。

野田:そりゃまあ、そう思う人が多いことはわかる。

高橋:僕はロックダウン中、ダンス・ミュージックと同じくらいアンビエントもフォローするようになっていて。いわゆるアンビエント・サウンドのなかでも、すごくパーソナルな方向というか、そういうひとたちが増えたと思うんですよね。デンシノオトさんもレヴューを書いてますが、アメリカのクレア・ロウセイってひとはアンビエント音楽のうえで、すごくパーソナルなエッセイを朗読したり、すごく作り手の顔が見える音楽をやっている。

野田:ああ、なるほど。たしかにパンデミック以降、アンビエントの需要が拡大したのは事実で、「Antidawn」はブリアルにとってのアンビエント作品という位置づけもできるよね。

高橋:ロンドンの視点で言うと、コロナで休止しちゃったけど、エレファント・アンド・キャッスルの高架下にある〈Corsica Studio〉ってライヴ・ハウス/クラブで〈ハイパーダブ〉は「Ø(ゼロ)」というイベントを月イチでやってました。最初の回がコード9のオールナイト・セットで、さっき言ったインガ・コープランド、ファンキンイーブンやジャム・シティも出ていた回もありました。〈ハイパーダブ〉からリリースはしていないけど、ロンドンで活動しているプロデューサーをコード9がフックアップしていたんです。そういうブッキングは、彼ひとりでやるのではなく、たとえばシャンネンSPという黒人の女性のキューレーターと一緒にやっていたりする。ロンドンのダンス・シーンにはいろんな人種がいるわけだけど、その文化を意識的に紹介することも面白いと思いました。

野田:ポスト・パンク時代の〈ON-U〉みたいなものだね。俺さ、昔のレイヴ・カルチャーを思い出すとき、自分の記憶で出てくるのが、女の子の穴の空いた靴下なんだよね。これは91年にロンドンのクラブに行ったときの話で、当時のクラブはコミュニティ意識が強かったから、ひとりで踊っているとよく話しかけられたんだよ。「どっから来たの?」とか「何が好きなの?」とか。で、なぜかそんときある青年と仲良くなって、明け方「いまから家に来ない?」ってことになって、昼過ぎまで数人で車座になって紅茶を飲んで音楽を聴いたんだけど、そこにいたひとりの女の子が穴の空いた靴下を履いていたんだよね。それが俺にとってのあの時代のロンドンのクラブ・カルチャーであり、レイヴの時代の象徴というか、良き思い出だね。要するに、気取ってないし、牧歌的だったんだよ。

高橋:いまは牧歌的な感じではないかな……。日本とは比較できないオープンな感じはもちろんあるけど。

野田:じゃあ27歳くらいの俺がふらっと来て、そのまま誰かの家に行ったりすることっていまでもあるのかな?

高橋:それは僕もたまにありますよ。それこそ、ele-kingでレヴューを書いた2016年の〈DeepMedi〉の周年パーティのあと、ダブステップ好きの人と知り合って、その人の家で二次会しました(笑)。ブリアルかけたり、アンビエントかけたり。

野田:ああ、よかった。それ重要だよね。

高橋:でも、〈ハイパーダブ〉は牧歌的ではないですよね。もっと音楽そのものが持ってる凶暴な感じというか、サウンド・テクスチャ―であったりポエトリーの表現がつながるんだとか、いかに音そのものでサイエンス・フィクションのような、いわゆるウィリアムギブスンやJ・G・バラードを読んでるときの感じが蘇ってくるんじゃないかとか、そういうことですからね。

野田:そこが〈WARP〉や〈Ninja Tune〉との違いなんじゃない? そのふたつは幸福な時代に生まれたレーベルであって、〈ハイパーダブ〉はロンドンが再開発されていて、そのあと911もあって、荒野の時代に生まれたレーベルってことだよね。

HYPERDUB CAMPAIGN 2022
https://www.beatink.com/products/list.php?category_id=3

今回のコラボレーションによって世界への扉が開かれたという感じかな。一緒にやるのが夢っていうアーティストがまだたくさんいる。そういう扉が開かれた気がするね(アンドリス)〔*オフィシャル・インタヴューより。以下同〕

 ムーンチャイルドの5作目となるアルバム『Starfruit』がリリースされる。
 バンド結成10年目という節目に制作された今作は、〈新たな扉〉を開ける作品 であり、彼らの〈コミュニティ〉が生んだメモリアル・アルバムでもある。

 南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校のジャズ科に通っていたアンバー・ナヴラン、アンドリス・マットソン、マックス・ブリックの3人は、ホーン・セクションに属するツアーで時間を共にすることが多く、意気投合し楽曲制作をおこなうようになった。2011年にムーンチャイルドとして活動を開始し、ファースト・アルバム『Be Free』(2012年)を発表したのちに、〈Tru Thoughts〉から3枚のアルバム(『Rewind』(2015年)、『Voyager』(2017年)、『Little Ghost』(2019年))をリリース。国際的なツアーをおこないながら知名度を上げ、前作のUSツアーでは、演奏した各都市で地元のチャリティを推進する活動も展開し、バンドとしての影響力も増していたところだ。

 ドラムとベース不在のこのバンドは、3人が管楽器をメインとしたマルチプレイヤーでソングライターであるのが特徴だ。各自が持ち寄ったビートを基盤に、ベースパートはシンセベースで担当し、キーボードとホーンによるハーモニーやヴォイシングは、大学のビッグバンドの授業で培ったテクニックをもとに複雑に練り込まれている。そこから感じられるのはひたすら心地良いフィーリングで、その音楽性が彼らの圧倒的な個性となっている。今作でも、曲作りのプロセスは変わっていない。

まずはそれぞれが個別に作るところから始めるから、ビートは常に選び放題の状態なのよ。各自1日1ビート、あるいは1日1曲というのを1ヶ月くらい続けて、そこから多くのアイデアが生まれた。でもその制作過程っていつもと変わらなくて、全員のアイデアを集めて、そのなかからやってみたいと思ったことをやるっていうのが私たちのやり方なの(アンバー)

 前作では、アコースティック・ギターや、カリンバなどオーガニックな楽器も積極的に取り入れながら音色の領域を広げ、ミックス、プロデュースを含め、全工程を3人で完結できるまでにそれぞれがレベルアップしていた。思えばムーンチャイルドは、デビュー作を出してからは、フィーチャリングを一切おこなわないアルバム作りを続けていた。その結果ブレない3人の世界が形成されてきたわけだが、今作では一転、堰をきったように、豪華面々をゲストとして迎え入れている。

 多数グラミー受賞経歴を持つベテラン、レイラ・ハサウェイや、現代のジャズ・シーンの面々と共演するアトランタ出身のヴォーカリスト、シャンテ・カン、ブッチャー・ブラウンの2021作でも大きくフィーチャーされていたシンガー、アレックス・アイズレー(アイズレー・ブラザーズのギタリスト、アーニー・アイズレーの娘)、そして、ラッパー陣も名うての面々が集う。LAの実力者、イル・カミーユ、BET(Black Entertainment Television)ヒップホップ・アワードで2020年のトップ・リリシストにも選ばれたラプソディー、さらに2020年にグラミー最優秀新人賞にノミネートされたニューオーリンズ・ベースのソウル/ヒップホップ・バンド、タンク・アンド・ザ・バンガスのヴォーカル、タリオナ “タンク” ボールや、マルチオクターヴの声域を持つボルチモア出身のラッパー/シンガー、ムームー・フレッシュといった多彩なキーウーマンが集結している。

 近年フィメール・ラッパーを取り上げるメディアの動きがあり、女性の在り方を彼女たちの立場から紐解く視点がこれまでにないほど広がってきたが、その流れにも呼応するかのような圧巻の顔ぶれだ。これらのゲストを迎えた曲では、アンバーのパートと、ゲストによるリリックのパートがあり、〈もう一人の違う私〉が見えてくるようで興味深い。また言葉の中に、愛を綴りながらも確固とした自身のアイデンティティが見え隠れしていて、夢を持っている女性の心境、音楽への強い志、これまでに植えつけられた女性観など、各所に現代女性のリアルを感じさせる部分がある。

いつも私の夢を応援してくれてた 裏方みたいに でも呑まれそうになるのは慣れてる
──“Love I Need feat. Rapsody”
良い彼女になろうとはしたんだ でも知っての通り 私が愛してるのはこのマイクだけ それが人生で大事なこと
──“Don't Hurry Home feat. Mumu Fresh”
母には祈りを捧げて耐えろと言われた 女の心は神聖不可侵であり続けるべきだから
──“Need That feat. Ill Camille”

彼女たちがやっていることを聴いて、さらに自分も曲に取り組んで、この曲ではどうしようとかどう歌おうかと考えているのと同時に、他のシンガーが自分では絶対に思いつかないような、本当に素晴らしいことをするのを目の当たりにするっていう、その過程はすごく楽しかったし、自分の創造する上でのマインドが開かれたと思う(アンバー)

 ゲストたちがテーブルに乗せていく多彩な表現がムーンチャイルドの新たな扉を開け、彼女たちに誘発されるように音楽的にもチャレンジングなプロセスが増えていった。

曲を各ゲストに送って、送り返してもらって、その人が曲をどういう方向に持っていったかによってさらに新たな要素やサウンドを加えたりという感じだった(アンバー)
“Get By” でタンクとアルバートがホーンのパートを歌ってるところなんかまさにそうだったよね。(中略)どの曲にも鳥肌が立つような瞬間があって、たとえば “I’ll Be Here” のブリッジのところでアンバーがやってることも好きだし、“Need That” のイル・カミーユも素晴らしくて、彼女がラップしている部分は元々の形から変化していて。変化した部分の作業はみんなが同じ空間に集まってやったもので、アルバム制作期間のなかでもレアな瞬間だった(アンドリス)

 今作のコラボレーションの源となるのは、10年の間に築かれたムーンチャイルドのコミュニティだ。そしてそのベースとなったのが、DJジャジー・ジェフである。彼は音楽コミュニティ向上のために毎年100人近くのアーティストを自宅に呼ぶなど、コラボレーション促進のための活動に力を入れている。ジャジー・ジェフは、ツイッターを通じて彼らの音楽を発見し、その後ジェームス・ポイザーと共にリミックス(“Be Free”(2013年)、“The Truth”(2017年))を買って出るほど、活動初期から3人の支持者だった。

ジャジー・ジェフはコラボレーションについてすごく力強いメッセージをくれて、それは、音楽は関わる人が多ければ多いほどよくなるってこと。その言葉がすごく印象深かった。一般的に言えば、自分だけの力でやり遂げなきゃいけないプレッシャーってあると思うの。自分だけでもアルバムを作れることを証明しなきゃいけないとか、自分の芸術性を証明しなきゃいけないとか。でも実際歴史的に見ると最高の音楽は複数人で作ったものが多いっていう。それで私も、より多くのアイデアを取り入れたいと思うようになった(アンバー)

 アンバーが語る通り、コラボレーションの話題は目白押しだ。現在進行中のアンバーのプロジェクトでは、〈Stones Throw〉レーベルの人気ビートメイカー/ピアニストのキーファーや、そのキーファーの公演で2019年に共に来日していたキーボード奏者、ジェイコブ・マンともアルバムを制作中のようだ。さらに今作でフィーチャーされているアルト奏者のジョシュ・ジョンソンは、ジェフ・パーカーの『Suite for Max Brown』やマカヤ・マクレイヴンの『Universal Beings』でも印象的な音色を与えるLAシーンの名脇役で、今後も彼らのコラボレーションは広がっていきそうだ。

 そしてもうひとり、ムーンチャイルドの畑を耕したキーバーンが、スティーヴィー・ワンダーだ。デビュー時期に彼らの音楽を知ったスティーヴィーは、毎年恒例となっている自身のチャリティ・コンサート「House Full of Toys」のオープニング・ステージに彼らを抜擢した。2012年12月のこのステージで彼らが演奏した、エリカ・バドゥの “Time's a Wastin” は、LAシーンとR&Bシーンの両方にムーンチャイルドの音楽を発展させるための決定打となった。

コンサートの短い時間で彼が言ったことがすごく印象に残っていて、彼の言葉を要約すると、自分は音楽を色で捉えないんだと。僕らが白人のミュージシャンで黒人の音楽をやっていることについても、今やっていることをやり続けなさいって言ってすごく励ましてくれたんだよ(マックス)

 このときに刻まれた志を胸に彼らはスキルアップを重ね、10年後のいま、ソウルやR&Bをルーツに持つ現代のメッセンジャーたちと共に、これからの扉を開く作品を生み出した。彼らはこの作品を、まさにコロナ禍で得た『Starfruit』と表現している。

この10年ムーンチャイルドを続けてきて、その間にバンドの周りに小さなコミュニティが築かれて、それはすごく嬉しいことだなと思っていて。それは長くバンドを続けてきてよかったと思う部分だね(マックス)

 彼らが築き上げた境地を、“I'll Be Here” の歌詞から感じてみよう。その言葉は、聴く私たちの扉を開け、背中を押すものでもあるはずだから。

代わりにノックしてくれたり歩いてくれる人は誰もいない 代わりに傷ついたり働いたりしてくれる人は誰もいない 代わりに感じてくれたり癒されたりする人は誰もいない きっと自力で見つけることになる だけど私はここにいるから これまで何度も聞いてきたでしょ ここまで来たなら扉を開かなくちゃ
──“I'll Be Here”

interview with Animal Collective (Panda Bear) - ele-king

「リモートでやって繋ぎ合わせても大丈夫なくらいに熟知している曲はどれか」っていう決め方になっていたような気がするね。このアルバムの制作は、曲がりくねった川を進んでいくような感覚だった。

 2021年10月、アニマル・コレクティヴのニュー・アルバム『タイム・スキフズ』からファースト・シングルとして切られた “プレスター・ジョン”。思わせぶりなタイトルのその曲を聴いたときに驚いたのは、伸びやかなアンビエンスをたっぷりと含んだドラムの響きを中心としたバンド・アンサンブル、そしてパンダ・ベアとディーキンとエイヴィ・テアが歌声を重ねて織り上げたメロディに、生き生きとしたよろこびのようなものが備わっていたことだった。バンド・アンサンブルのよろこび! そんなものをアニマル・コレクティヴに期待したことなんて、一度もなかったからだ。20年近いキャリアにおいて、彼らがバンド然としていたことなんて、ほとんどなかった。それほどの変化、これまでにない試みを、その曲に感じた。

 今回、パンダ・ベアことノア・レノックスに、『タイム・スキフズ』についてインタヴューをするにあたって最初にやったのは、このアルバムがどこからはじまっているのかを探ることだった。新作に至るまでの道のりを、少し振り返ってみよう。
 2016年の前作『ペインティング・ウィズ』は、ディーキンは不在で、パンダ・ベア、エイヴィ・テア、ジオロジストの3人がつくったアルバムだった。その後、2018年の『タンジェリン・リーフ』はパンダ・ベア以外の3人がつくったもので、これはコーラル・モルフォロジック(海洋学者のコリン・フォードとミュージシャンのJ.D.・マッキーからなるアート・サイエンスのデュオで、危機に瀕している珊瑚礁の美しさ、その保護などを映像作品やイヴェントを通して伝えている)とのコラボレーション、そして「国際珊瑚礁年」を祝すことを主眼にした映像作品だった。そして、2020年には『ブリッジ・トゥ・クワイエット』という、2019年から2020年にかけてのインプロヴィゼーションを編集した、抽象的なEPを発表している(もちろん、この間、メンバーはそれぞれにソロでの活動もしている)。
 2019年のライヴ動画を YouTube で見て気づいたのは、パンダ・ベアがドラム・セットを叩き、ディーキンを加えた4人でライヴをしていたことだった。そこには、いかにも「バンド」といったふうの並びで、新曲を集中してプレイする4人がいた。どうやら、『タイム・スキフズ』は、このあたりからスタートしているらしい。とはいえ、『タイム・スキフズ』という作品を、アニマル・コレクティヴがふつうのロック・カルテットとしての演奏を試みただけのアルバムだとしてしまうのは早計だ。

 プレス・リリースには、「成長した4 人の人間関係や子育て、大人としての心配事に対するメッセージを集めたものでもある」と綴られている。ひたすら音の遊びを続けていた4人の少年たちは、2022年のいま、誰がどう見ても「大人」の男たちである。言うなれば、『タイム・スキフズ』は、彼らが「成熟」という難儀なものをぎこちなく受け入れて、それをなんとか音に定着させたレコードとして聴くことができるだろう。
 子ども部屋のようなスタジオのラボで音に遊んでいたアニマル・コレクティヴのメンバーは、いま、それぞれの活動拠点で、その地に根づいた市民社会や共同体、家族のなかで生きている。そんなことを象徴し、『タイム・スキフズ』を予見させた出来事として、彼らがあるアルバムのタイトルを変更したことが挙げられる。『ブリッジ・トゥ・クワイエット』と過去のカタログを Bandcamp でリリースするにあたって、バンドは、“Here Comes the Indian(インディアンがやってきたぞ)” という2003年のデビュー作の題を “Ark(箱舟)” へと改めた。なぜなら、彼らは、当初のタイトルを「レイシスト・ステレオタイプ」だとみなしたからだ。
 今回のインタヴューでパンダ・ベアは、「アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについて」バンド内で意見をシェアしたと語った。それは前記のことと直接的に関係しているだろうし、現にこのアルバムには “チェロキー” というネイティヴ・アメリカンの部族、および彼らの文化が残る土地に由来する曲が収められている。
 4人の「元少年たち」が、極彩色のサイケデリックな夢を描いていたインディ・ロック・バンドが、なぜいま「アメリカのバンドであること」について考えなければいけなかったのか。それは、パリ協定からの離脱を断行し、議会襲撃事件を煽り、ツイッターから締め出されたあの男のことを思い出さなくても、じゅうぶんに理解できる。

 だからといって、身構える必要もない。最初に書いたとおり、『タイム・スキフズ』は、バンド・アンサンブルの自由で清々しいよろこびが詰まったLPである。ぼくにとっては、あの素晴らしい『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』や『ストロベリー・ジャム』に次ぐフェイヴァリットだ。
 さて。前置きはこれくらいにして、パンダ・ベアの言葉を聞こう。

ドラムを音色の楽器だと考えるようになり、どう叩くとどういう音色になるかとかじっくり考えて。感触やスウィングがどう曲にフィットするかを考えたんだ。ロックのヘヴィなサウンドではなくて、すごく軽くしたかったというか、静かに演奏したいと思ったんだよね、ほとんどメカニカルと言えるくらいに。

いま、どちらにお住まいですか? そちらは、パンデミックの影響はどんな感じでしょうか?

パンダ・ベア(PB):リスボンだよ。コロナはオミクロンの波が来て2、3週間感染拡大が続いていたけれど、ようやく終わりに近づいてきたところなんだ。感染者数は激増しても入院や死亡者数がかなり抑えられていたから、それなりにうまくいったと言えるんじゃないかな。(編集部註:取材は1月中旬)

まずはディーキンがバンドに戻って、4人で再び演奏や作曲をするようになった過程や理由を教えてください。

PB:10代でバンドをはじめたときにもともとのアイディアとしてあったのが、緩くつながる集団というか、必ずしも毎回4人全員が参加するというものではなかったんだよ。それぞれがいろんなことをやる、っていう考え方が気に入っていたんだ。その時々で呼び名も変えていいかもしれないし、ジャズのミュージシャンがよくやっているみたいに、その時参加している演奏者の名前がバンド名になる、みたいな。たとえば、トリオとして集まって5年くらいライヴやレコーディングを精力的にやる。でも、それぞれが他の人とも組む。そうやって常に変化し続けるというのが、グループの最初のアイディアだった。でも一時期はそのアイディアから遠ざかっていたような気がするんだよね。2006年頃の4年間くらいは従来的なバンドの周期だったというか、レコーディングして、ツアーをして、というのをひたすら繰り返していて。でもこの7、8年くらいはもともと持っていたエネルギーを取り戻した感じがあって、僕としてはすごく気に入っているんだよ。それによって新鮮味を保つことができると思うし、次がどうなるか予測できないのがいいと思う。お互いが柔軟に、自由に、いろんなことができるようにしたいんだ。そして、今回はこれを作るということに関して、全員が一致していたんだよ。

なるほど。2019年に4人が演奏しているライヴ動画をいくつか見たら、セットリストは新曲ばかりでした。『タイム・スキフズ』 の作曲や制作がはじまったのは、2019年頃でしょうか? 制作プロセスについて教えてください。

PB:最初の曲作りからアルバムのリリースまでの期間は、たぶん今回が最長だと思う。もちろん、パンデミックが事態をさらに悪化させたわけだけど、たぶん、たとえパンデミックがなかったとしても、僕たちにとっては構想期間がかなり長かったと思う。曲ができるまでのサイクルは、普段はもっと短いからね。その(2018年の)ニューオリンズのミュージック・ボックス(・ヴィレッジ)という場所でやったライヴは全部新しい曲で構成していて、その多くが最終的に『タイム・スキフズ』の曲になったんだよ。とにかくそれが制作の初期段階で、たしか2019年の前半にそれがあって、ナッシュヴィルの郊外の一軒家に全員で集まったのが2019年8月。そこからさらに僕も曲を書いて、ジョシュ(・ディブ、ディーキン)も曲を持ち込んで、デイヴ(デイヴィッド・ポーター、エイヴィ・テア)もさらに数曲を持ってきて、3週間くらい、曲をアレンジしながらうまくいくものとそうじゃないものを仕分けて、そのあと9月、10月頃にアメリカ西海岸の短いツアーがあって、12月にはコロナが中国を襲って、クリスマス後、1月初頭にまた集まって、最終的なアレンジをしたり曲を仕上げたりといったセッションをして、そのあとすぐにレコーディングをするつもりだった。そうしたら、知ってのとおりコロナの波が来て、2020年3月にスタジオ入りする予定だったんだけど、でも2月にはそれが叶わないことがはっきりしてきた。それからは、「じゃあ、どうするか」という話になって、「リモートでやるならどうするか」といったことを諸々話しあって、結局、2020年夏の終わり頃にリモートで作業を開始したんだ。だから、選曲はどことなく、「リモートでやって繋ぎ合わせても大丈夫なくらいに熟知している曲はどれか」っていう決め方になっていたような気がするね。このアルバムの制作は、曲がりくねった川を進んでいくような感覚だった。でも、かなりいいものに仕上がったと思うよ。

実際、『タイム・スキフズ』は、本当に素晴らしいアルバムです。長いキャリアにおける最高傑作だとすら思います。さて、本作をレコーディングした場所は、アシュヴィル、ボルティモア、ワシントン、リスボンと4か所が記されています。それは、いまおっしゃったように、4人がリモートでレコーディングした場所ということですよね。

PB:そう。一度も同じ場所に集まることなくレコーディングしたからね。

それぞれの場所でどんなレコーディングをしたのか、それらをどう組み合わせていったのかを教えてください。

PB:ジョシュはキーボードをメインにやって、あとは自分が担当するヴォーカル・パートを録って、ブライアンが電子系、モジュラー・シンセ、サウンド・デザインといった感じのものを、デイヴはベースで、それは僕らにとっては新しいことで、あとは歌だね。それから、他にもクロマチック・パーカッションとか細々したもの。それで、僕は最初、自分のところでドラムを録ったんだけど、その録音がいまひとつで、それでリスボンのちゃんとしたスタジオに2日ほど入って、今度はしっかりマイクも何本も使って再度ドラム・トラックを全部やって。それで、自分たちでミックスしたものをロンドンのマルタ・サローニのところに送ったんだ。

ミキシングを担当したマルタ・サローニと仕事をすることになった経緯や、彼女のミキシングがどうだったのかを教えてください。彼女は、ブラック・ミディからボン・イヴェール、ホリー・ハーンダン、ビョーク、トレイシー・ソーン、デイヴィッド・バーンなど、幅広いミュージシャンと仕事をしていますよね。

PB:彼女のミキシングには大満足だよ。素晴らしい仕事をしてくれたと思う。きっかけが思い出せないけど……ケイト・ル・ボンの曲かな……いや、ちがうかも。ビョークのミックスをやったのはわかってるんだけど(『Utopia』、2017年)。とにかく、彼女の手がけたいくつかの作品がすごくよくて、それでお願いしたい人のリストに入れてあったんだ。そして、最初に何人かにミックスをお願いしたなかで、彼女のものがこのアルバムに合っていて。もちろん他の人のものもすべて素晴らしかったんだけど、彼女の視点が今回の音楽に適していたんだ。

最近のライヴでは、あなたがドラム・セットを叩いていて驚きました。このアルバムでも全曲で叩いていますね。近年のアニマル・コレクティヴにおいて、これは珍しいことでは?

PB:ドラムが自分の第一楽器であるとは言わないけど、アニマル・コレクティヴにおいては、まあ、僕が「ドラムの人」だね。ドラムが必要となったら、デフォルトで僕がやる感じになっているよ。ある意味、今回、これまでとはぜんぜんちがったドラムの演奏方法を考えたというのが、曲作り以外での僕のいちばん大きな貢献だったと思う。まず、いろんなドラマーの YouTube の動画を見まくったんだよ。ジェイムズ・ブラウンのドラマーのクライド・スタブルフィールドだったり、ロイド・ニブ、バーナード・パーディ、カレン・カーペンターだったり。そして僕はドラムを音色の楽器だと考えるようになり、どう叩くとどういう音色になるかとか、そういったドラムのサウンドについてじっくり考えて。演奏のパターンについて考えるよりも、感触やスウィングがどう曲にフィットするかを考えたんだ。ロックのヘヴィなサウンドではなくて、すごく軽くしたかったというか、静かに演奏したいと思ったんだよね、ほとんどメカニカルと言えるくらいに。だから、そういった演奏をするために、毎日練習して、それまで自分が達していなかったレヴェルを目指した。考えてみたら、そもそもそれが昔ながらのアプローチなのかもしれないけど、自分にとってはまったく新しいことだったんだよ。

[[SplitPage]]

アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについても、けっこう話したね。いくつかの曲には、僕らがそのことと折り合いをつけようとしているのが感じ取れる要素があると思う。

あなたのそんなドラム・プレイもあって、アルバムからは生のバンド・アンサンブルが強く感じられます。そもそも、どうしてこういうサウンドになったのでしょうか? これは、バンドにとって、原点回帰なのでしょうか?

PB:ある意味ではそうで、別の意味ではちがうと思う。楽器を使って、演奏ベースで何かをやるっていうことで言うと、たしかに初期の頃を思い出させるものがある。『ペインティング・ウィズ』(2016年)や『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』(2009年)は、もっとサンプルを駆使した、完全にエレクトロニックの領域のものだった。『センティピード・ヘルツ』(2012年)では今回のような方向性を目指したというか、音楽のパフォーマンスという側面に傾いて、ステージ上で汗をかくといいうような、理屈抜きのフィジカルなところを目指していたと思うんだ。だから、創作面では、振り子のように行ったり来たりしているんだよね。前回とは逆の方向に振れるというか。まったくちがう考え方をすることでそれがリフレッシュになるし、それで自分たちがおもしろいと思いつづけられて、願わくはオーディエンスにとってもそうであればいいなって。そういうことについての会話があるわけではないけれどね。だからそれが目標というわけではないけど、でも気づくと結構そうなっているんだ。

タイトルのとおり、アルバムのテーマは「時間」なのでしょうか?

PB:それもテーマのひとつだね。音楽がタイム・トラヴェルの乗り物みたいなものだ、という話をしたことは覚えているよ。時間を戻したり進んだりさせてくれるものだよな、っていう。その音楽に思い出があったりして、だから大好きなんだけど、聴くのが辛い時期があったりもする。自分のなかで思い出と音楽が融合して、大好きなんだけど聴くと辛い時期が蘇ってしまうから聴けない、とかね。それだけ強力に時間と結びついていることがある。そういうことは、作る上ですごく考えていたね。特にいまの時代は家に閉じ込められがちだから、いまという時間、あるいは、その閉じた空間から抜け出すというのが、僕らがやりたいと願っていたことで。それから、他にも、アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについても、けっこう話したね。いくつかの曲には、僕らがそのことと折り合いをつけようとしているのが感じ取れる要素があると思う。それは、これまであまりやってこなかったことだと思うんだ。

なるほど。それに関連するのかもしれませんが、アルバムについて、エイヴィ・テアのステイトメントに「最近、よく考えるのは、どうして音楽を作るのかということ、そして音楽が今、与えてくれるものは何なのかということだ」とあります。このことについてのあなたの考え、そしてそれを『タイム・スキフズ』でどう表したのかを教えてください。

PB:これまで、音楽をキャリアとして、仕事として20数年やってきて、そうすると、やっぱり「自分はまだこれをやっているけど、じゃあ、そこにどんな意味があるのだろう?」と考えるようになる。どうして他の人に聴いてもらうために作っているのか、自分は何を成し遂げたいのか、といった問いが絶えず浮かぶようになって。おそらく、その答えは、常に変わるんだけどね。でも、同時に、根幹的な部分にはふたつのことがあって、ひとつは、自分が1日また1日と生きていく上で、すごく楽しいものだということ。何かアイディアが浮かんでそれを形にすることにはちょっとした興奮があるし、もし出来がよければ達成感もある。そして、それで元気になれる。もうひとつには他の人とのコミュニケーション方法だということで、願わくは、それが愛とリスペクトを広めることに繋がってほしい。そのふたつが僕にとって音楽をやる根拠で、そこは変わらないね。それが今作の音楽にも表れていることを願うけど、あからさまに表現されているってことはないと思う。ただ印象としてそうであれば嬉しいよ。

また、そのステイトメントには、「楽曲はリスナーをトランスポートさせる能力を持っている」とあります。これは、まさにアニマル・コレクティヴやあなたの音楽を表した言葉だと思うんですね。物理的な移動が困難になったいま、「音楽がリスナーをトランスポートすること」についての考えを教えてください。

PB:それに関して、果たして音楽よりいい方法があるのかっていうくらい……。まあ、僕はゲームをよくやるんだけど、それは音楽とはまたぜんぜんちがう種類で、自分の脳を忙しい仕事に従事させることによって瞑想状態が生まれるというもので。僕がゲームをすごく好きなのは、ある意味、自分のスイッチをオフにできるからなんだよ。脳の、何かについて心配している部分をゲームで陣取るというか。音楽はもっと……作用としては似ているけど、かなりちがう。もっと会話的というか、作曲者、あるいは演奏者とリスナーとの対話があって……。でも、考えれば考えるほど、ゲームにもそれがあるように思えてきたな。たまに、プログラマーの意図を考えるからね。何を考えてこのゲームのシステムを構築し、プレイヤーにどういう効果をもたらそうとしたのだろうか、っていう。でも、ゲームはひとりの経験だから……。いや、やっぱり話せば話すほど、同じなんじゃないかと思えてきた(笑)。

ははは(笑)。音楽=ゲームですか。ところで、「音楽がリスナーをトランスポートすること」は「リスナーを現実から逃避させること」とも言い換えられますよね。逃避的な音楽はいいものなのでしょうか、悪いものなのでしょうか? どうお考えですか?

PB:たしかにそうで、逃避できるっていうのはいいことではあるけど、それがいきすぎるのは心配だね。特にいまの時代、お互いのことが必要だし、繋がりを持ちつづけるべきだと思うから、逃避しすぎるのはどうかと思う。閉じこもったり逃げたりする理由がありすぎない方がいい。だから、現実から気を逸らすものではなくて、コミュニケーションだったり、薬であったりすることが望ましいかな。

では、具体的にアルバムの曲について聞かせてください。“Walker” は、スコット・ウォーカーに捧げた曲だそうですね。スコット・ウォーカーは、私も大好きなアーティストです。彼のどんなところに惹かれますか?

PB:彼の声がすごく好きで、彼は僕がもっとも好きなシンガーのひとりなんだ。自分で歌う時、以前はもっと柔らかいというか弱い感じだったんだけど、でもスコットの声にすごく影響を受けたんだよね。彼の声には強さがあるというか、胴体から出てくるみたいな声と歌い方で、それに彼の歌は非常に男っぽい感じがしてかっこいいと、個人的に思う。それから、彼がキャリアの初期に大成功して、でも「自分の道はこっちじゃない」と感じて、常に探求を続けて、自分なりのキャリアを築いていったという部分にも超刺激を受けたしね。

音楽は会話的というか、作曲者、あるいは演奏者とリスナーとの対話があって。でも、ゲームにもそれがあるように思えてきたな。プログラマーの意図を考えるからね。何を考えてこのゲームのシステムを構築し、プレイヤーにどういう効果をもたらそうとしたのだろうか、って。

フェイヴァリットの曲はありますか?

PB:全部好きだよ。超変な実験的なやつも好きだし、アートっぽいものも好きだし。でも、いちばん好きなのは『スコット2』(1968年)とか『スコット3』(1969年)とかの番号がついたアルバムかな。

“チェロキー” についてお伺いします。ノースカロライナのチェロキーは、ネイティヴ・アメリカンのチェロキー族の文化がいまも残る土地だそうですね。これは、どうやってできた曲なのでしょうか? 先ほどおっしゃっていた、「アメリカのバンドであることと折り合いをつける」ということが関係しているのでしょうか?

PB:そうだね。この曲がそのもっともあきらかな例で、これは自分たちにとって、いまアメリカのバンドであることがどういうことなのかを考えた曲だと思う。チェロキーというのはデイヴの家の近くの地域で、たしかハイキングに行ったりもするらしいし、彼はこの曲でその問いに向き合っていると思うよ。

デイヴが書いた曲なんですね。

PB:そう。なんというか、曲の内容について、バンド内で「これはどういう意味か?」ということを逐一話していると思われているかもしれないけど、実際はそういうことはあまりやらないんだ。たまに「この一節、すごくいいけど、何を考えて書いたの?」とか聞くことはあるけど、でも「曲を書いた。内容はこうだ。さあ、君たちはどう思う?」的なことはほとんどなくて、ただそのまま受け止めることが多い。だから、残念なことに「何についての曲ですか?」と訊ねられても「ええと……」となっちゃうんだよね(笑)。僕個人にとっての意味はわかるけど、デイヴの代弁はできないからさ。

わかりました。本日はありがとうございました。日本で4人のライヴを聴ける日を心待ちにしています。

interview with edbl - ele-king

 現在、もっとも音楽シーンが活気づいている街として注目を集めるサウス・ロンドン。ジャズ、ヒップホップやR&B、ロックやインディ・ポップ、フォークやシンガー・ソングライター系とさまざまな分野で新しい才能が次々と登場してきているのだが、そうした中で2019年頃より話題となっているのが edbl である。edbl とはエド・ブラックウェルによる個人プロジェクトで、もっぱら彼はプロデューサー/トラックメイカー/ギターなどの楽器演奏に徹し、ビート集からシンガーやラッパーたちとのコラボ作品をリリースしている。タイプとしてはネオ・ソウルやR&B、ローファイ・ヒップホップなどをサウンドの基調とし、ギター演奏が中心となるためにシンガー・ソングライター的なアプローチも交えている。同じサウス・ロンドンやロンドン全体で見ると、トム・ミッシュロイル・カーナージェイミー・アイザックあたりの次を担うアーティストと目される存在だ。

 シングル数曲がスポティファイの人気プレイリストにピックアップされるなどして注目を集めた後、2020年にビート集の『edbl ビーツ』第1集、2021年に同作の第2集を出し、一方でシンガーやラッパーたちとのコラボ集の『ボーイズ&ガールズ・ミックステープ』を2020年にリリース。こうしてイギリスのみならず世界中の早耳音楽ファンの注目を集め、これら音源をまとめた日本独自の編集盤として『サウス・ロンドン・サウンズ』を2021年にリリース。そして今回、昨秋に発表した新作の『ブロックウェル・ミックステープ』も日本でリリースされる運びとなった。そんな edbl に音楽をはじめたころまで遡り、どのようにして現在のスタイルを築き、新作を含めて様々な作品を作っていったのか、そしてこれからどこへ向かっていくのかなどを訊いた。

ギターは初心者でも入りやすい楽器だと思うんだ。トランペットやヴァイオリンは、良い音を出すまでに結構時間がかかるからね。ピアノもそうだけど、ギターは初めてのレッスンでコードをいくつか弾けるようになるところがいいと思う。

昨年リリースされた日本独自の編集盤の『サウス・ロンドン・サウンズ』に続き、日本では2枚目のアルバムとなる『ブロックウェル・ミックステープ』をこの度リリースしますが、まだあなたの経歴やプロフィールが広く伝わってはいませんので、改めて音楽をはじめたきっかけなどから伺います。もともとはリヴァプール近郊のチェスターという町に生まれ、7歳でギターを手にしたときからあなたの音楽人生はスタートしたそうですね。どんなきっかけではじめたのですか?

edbl:僕はチェスターで育ったんだけど、生まれたのは実はドイツのハイデルベルクという街なんだ。でもそこには1年くらいしかいなかったから、僕の地元はチェスターということになるね。ギターをはじめたきっかけとしては僕には3人の姉がいて、彼女たちはみんな幼い頃から楽器を弾いていたんだ。だから自分も取り残されないように、楽器を弾ける年齢になったらすぐに何かをはじめたいと思っていた。母親はギターが少し弾けて、姉のうちのひとりもギターを弾いていた。当時の僕はギター・サウンドのアーティストを聴いていてギターがかっこいいと思っていたからギターを選んだ。それがいまに至るというわけだよ。

いまも作曲はギターからはじめることが多いそうですが、ギターという楽器のどこに魅力を感じたのでしょう? また影響を受けたり好きだったギタリストはいますか?

edbl:ギターは初心者でも入りやすい楽器だと思うんだ。僕はギターの教師もやっているんだけど、教師をやっていて特にそう感じる。トランペットやヴァイオリンは、良い音を出すまでに結構時間がかかるからね。ピアノもそうだけど、ギターは初めてのレッスンでコードをいくつか弾けるようになるところがいいと思う。だからすぐに入り込むことができる。そういう点に魅力を感じたね。僕はあまり辛抱強いタイプではないから、ギターですぐに何かを演奏できるようになったときは感激した。すぐにギターが大好きになって、そこからいろいろと積み上げていった。
ギターを学び続け、周りの友人でもギターを弾いてる人がいたから社交的なつながりも生まれ、10歳くらいのときに友人と曲を作ったりしていたよ。遊びで作った曲だから酷いものばかりだったけどね。曲はすごく酷かったけど、作曲するのはすごく楽しかった。そういうギターの様々な魅力があったから僕はギターをずっと続けてきた。僕はいままでに素晴らしいギタリストたちと一緒に仕事をしてきたけれど、僕自身はギタリストにすごくハマっていたというわけではないんだよ。僕は幅広いポップ・ミュージックを聴いて育った。ロックを聴いていた時期も少しはあったけど、このギタリストが特に好きで聴いているとか、ギターのテクニックやバトルにすごく興味があるという感じではなかったんだ。自分が聴いている曲をギターで弾ければそれで良かった。

そうなんですね。では、最初は主にどんな曲を弾いていたのでしょう?

edbl:ギターを習う人なら誰でも最初に習う4~5曲を弾いていたよ。 ザ・モンキーズの “アイム・ア・ビリーヴァー” や、ボブ・ディランの “ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア”、ヴァン・モリソンの “ブラウン・アイド・ガールズ” など、ギターの名曲と言われるような曲だよ。もう少し大きくなってからはビューティフル・サウスというイギリスのバンドを聴いていたから、彼らの曲を弾いていた時期もある。それからアコースティック・サーフ系のジャック・ジョンソンも。当時の僕はそういう音楽がとても好きで、ジャック・ジョンソンの音楽はほとんどがアコースティック・ギターが基盤の曲だったから、曲を聴いて練習さえすれば彼のアルバムとほぼ同じようなサウンドが自分でも出せる。それができるのが楽しかった。

レーベルなどの情報ではティーンのときはブラーとかフォールズとか、主にギター・サウンド系のロック・バンドを聴いていたとあります。友だちとバンドも組んでたそうですが、やはりそうしたロックを演奏していたのですか?

edbl:うーん、ロックではなかったと思う。イギリス以外で人気があったかどうかわからないけど、当時はインディー・ポップというジャンルがイギリスにあって、僕たちのバンドもそういう音楽をやっていたんだ。ギター・サウンドも入っているけれどポップの要素も強くて、アメリカのバンドで近いものだとストロークスだと思うけど、ストロークスよりもっとポップな感じの音楽なんだ。ヴァンパイア・ウィークエンドやザ・シンズもインディー・ポップに入ると思う。アークティック・モンキーズはインディー・ポップではないけれど、僕たちのバンドは彼らの影響を受けていたね。そういう感じの音楽をバンドではやっていた。アップテンポなポップ・ソング。ウォンバッツというリヴァプール出身のインディーズ・バンドがいちばん近いかもしれない。

ロンドン全体に様々なシーンが散らばっていて、特定のエリアがR&Bやソウルに特化しているという感じはないと思う。ロンドン全体の素晴らしいところは、多数のクリエイターやアーティストが集まる坩堝だということなんだ。ライヴ・ハウスとかクラブなどのヴェニューもそう。小さな会場から大きな会場まで全てがロンドンにはある。

そのときはカヴァー曲をやっていたのですか? それともオリジナルの楽曲も作っていたのでしょうか?

edbl:最初はカヴァー曲ばかりやっていたけれど、オリジナルの曲も作っていたよ。作曲は主に僕がやっていたけれど、他のバンド・メンバーと一緒にやることもあった。とても楽しかったよ。誰かと一緒に音楽を作るという経験はあのときが初めてだったかもしれない。そしてでき上がった曲をライヴで披露していた。僕たちのバンドは別に有名でもなんでもなかったけど、バンド・メンバーと一緒に曲を作って、それをライヴで演奏するというのはすごく楽しかったよ。

その後リヴァプール・インスティテュート・フォー・パフォーミング・アーツ(LIPA)に進学して音楽を本格的に専攻するのですが、親友のアディ・スレイマンとの出会いがあり、あなたの音楽人生にも大きな影響を与えることになります。まず彼の影響でR&Bやヒップホップ、ソウル系のサウンドに嗜好が変わったそうですね。その頃は具体的にどんなアーティストを聴いていましたか? また自身の楽曲制作にもそうした影響が表われはじめたのですか?

edbl:もちろんだね! 大学に入って自分とは全く違う音楽の嗜好を持つ人たちと出会ったことは、ものすごく大きな影響になった。影響とか以前にとても楽しかったんだ。様々な種類の音楽を初めて聴くという体験は最高だったよ。その経験が僕自身の楽曲制作を形成していったと思う。大学に入学した当初はインディー・ポップやインディー・ロックを聴いていて、自分もバンドをやってそういう音楽を歌ったりしていた。さっきも話したけどアメリカだとストロークスとか、イギリスにはインディー・バンドがたくさんいて、ザ・ウォンバッツやザ・ピジョン・ディテクティヴズなど。当時はそういう音楽が大好きだった。大学には僕と全く違う背景だけれど、同じように音楽に対する熱意がある人たちばかりがいた。そのときにローリン・ヒルやエリカ・バドゥ、ディアンジェロといったアーティストたちを教えてもらったんだ。それまで僕は彼らのことを聴いたことがなかった。
 ヒップホップも同様で、それまで僕はヒップホップをそんなに聴いてこなかったし、ヒップホップがどういうものであるのかさえもよく知らなかった。でも大学で仲良くなった女友だちがいろいろ教えてくれた。当時はスポティファイ以前の時代だったから、ハード・ドライヴで音楽を保存していたんだ。だから大学ではハード・ドライヴを持ってお互いの寮の部屋を訪ねて音楽を交換していた。そのときにア・トライヴ・コールド・クエスト、ジュラシック・ファイヴなどのヒップホップを教えてもらった。僕はとにかく全てを吸収したよ。すごく楽しい経験だった。その頃からR&Bやヒップホップを好んで聴くようになったね。そして自然にR&Bやヒップホップを作曲したり制作することに喜びを感じるようになっていった。

また学生時代の最後はアディ・スレイマンのバンドにギタリストで参加し、アジア・ツアーもおこなったそうですね。楽曲も彼と一緒に作っていて、その頃の作品はエイミー・ワインハウスの影響が強かったそうですが、あなたにとってアディはどんなパートナーでしたか?

edbl:あの頃は本当に最高な時期だったよ。そもそもアディとの関係は友だちとしてはじまったんだ。大学がはじまって数週間のうちに、いろいろな人たちが集まって一緒にセッションをしていた。LIPA にはギタリストを必要としているシンガーがたくさんいるし、誰かのためにギターを弾きたいというギタリストもたくさんいるからね。大学がはじまったその週くらいにアディを見かけたから、「僕たちのセッションに参加しないか?」と彼を誘ってみたんだ。そこで彼の歌声を聴いた。それは当時もいまも素晴らしい声だ。いちばん近い表現として「男性版のエイミー・ワインハウス」と言えるかもしれないけれど、彼女の声とはやはり全く違うソウルフルでユニークな声をしている。そのときは確か2010年だったと思うけど、彼に「君のためにギターを弾きたい」と言ったのを覚えているよ。彼もそれを快諾してくれた。さっきも話したように、僕と彼は最初は友だちからはじまったんだ。だから一緒に遊びに行ったり、くだらない冗談を言い合ったりしていた。それから音楽を一緒に作るようになった。
 その後大学2年のときに彼と一緒に住むことになった。大学3年のときも一緒に住んでいた。音楽を作るようになったのは一緒に住みはじめてからだったね。一緒に住んでいたからとても自然な形で音楽制作ができた。家で彼が歌いはじめたら僕がそれに合わせてギターを弾くという、そんな感じだった。それがよかったんだと思う。彼の曲で “ロンギング・フォー・ユア・ラヴ” というのがあるんだけど、それは僕が作ったギターのループがガレージバンドという音楽アプリにあったから、それを彼に聴かせたんだ。そしたら彼は「すごくいいね!」と言ってその場でループに合わせて曲を作りはじめた。それが彼にとってヒット曲になったんだ。一緒に住んでいた頃は、そういういくつもの小さなセッションが自然に起こっていた。
 そして僕たちの音楽もお互いに上達していった。学生時代の最後はアディが音楽業界から注目されるようになって、僕たちが卒業する頃にはアディはマネージメント契約やパブリッシング契約、レーベル契約を結んでいて、彼は音楽をフルタイムでできるようになった。そして彼のチームに僕を招いてくれたから僕もフルタイムで音楽ができることになった。

LIPA ではアコースティッキー・ギター・シンガー・ソングライター(Acoutic-y Guitar Singer Song Writer)という自身のプロジェクトをやっていたそうですが、これはどんなものだったのですか?

edbl:大学時代にアディと一緒に音楽制作ができたのは素晴らしいことだったけれど、僕は昔から自分だけの作曲もしてきて、オリジナルの曲を作ることも好きでやっていたんだ。だから大学では別のバンドにも所属していて、そこでも作曲をしていた。最初のころに完成された曲は先ほど話したようなインディー・ポップ調の曲が多くて、フル・バンドで演奏するようなものだった。でも、僕は自分ひとりでギターを弾いてフォークっぽい音楽やフィンガー・ピッキングをするギター音楽を演奏するのも好きだった。だから自分の本名である「エド・ブラック(ブラックウェル)」として音楽を公開しはじめた。それがフォーキーでシンガー・ソングライター寄りの音楽なんだよ。
 その名義でギグを何回かやって、楽曲もスポティファイに載っているけれど、そこまでの人気は出なかった。僕としても売れるために作っていたわけではなくて、楽しいからやっていただけだった。edbl もまさかここまで広まるとは思っていなかったけどね。edbl 名義の音楽とは全く違うけれど、僕はいまでもフォーキーな音楽を作るのが好きだから、去年も曲をひとつ公開したよ。「エド・ブラック」名義で少しプロダクション色が強いけれど、やはりフォーキーな感じの曲。まあ僕が好きでやっている個人プロジェクトみたいなものだね。

なるほど。では「edbl」というプロジェクト名は「エドブラ」と発音するのですね!

edbl:そうだよ!

当時はアディ・スレイマンとのコラボ、自身のプロジェクトのほか、さまざまなシンガー、シンガー・ソングライターとのセッションをおこなって自身の音楽を磨いていったわけですが、たとえばどんな人たちとセッションしていましたか? また、そうした出会いがいまに繋がって、あなたの作るトラックとシンガーとのコラボという現在のスタイルへなっているわけですよね?

edbl:その通りだと思う。でもコラボレーションの多くは大学時代以降のものが多いんだ。大学時代は音楽をプロデュースするということにあまり興味を感じていなかった。僕はライヴ演奏をするギタリストだったからギグをやるのが大好きで、いろいろな人たちと一緒に、もしくはあるバンドのギタリストとして演奏することが多かった。だから一時期は4つか5つのアーティストたちのギタリストをしていたこともある。ギグをたくさんやってすごく忙しい時期だった。いまでもギグは大好きなんだ。コラボレーションに関して言うと、LIPA では作曲の授業があった。他人と一緒に同じ空間で「じゃあ何か作ってみよう」という経験はそのときが初めてだった。全くのゼロからという状態で。そりゃ最初は不安だったけれど、徐々に慣れていったし、同じ大学の知り合いや顔見知りだったからそこまで違和感があったというわけじゃなかった。
 楽曲のプロダクションをはじめたのは、その後の時期に友人とポップ調の曲を作るようになってからだった。その曲をプロデュースする人が必要になって、僕たちはロジックというソフトウェアの基本的な操作を知っていたから、まずデモを作ってそこから曲を作り上げていった。ロジックはいまでも使っているよ。でも、これは大学を卒業してから数年経ってからの話なんだ。

では在学中はセッション・ギタリストとして、大学の仲間や他のアーティストたちとギグをやっていたということですね?

edbl:そうなんだ。アディとも一緒にやっていたし、僕はナイン・テールズというバンドをやっていて、そのギグもやっていた。それから『サウス・ロンドン・サウンズ』にも参加しているジェイ・アレキザンダーという人と一緒にギグもやって、音楽もリリースしていた。それ以外にもシンガーと一緒にギタリストとしてギグをやったり、バーのギグでカヴァー曲を演奏したりもしていた。だからいろいろな人たちと数多くのギグをこなしていたんだよ。

LIPA 卒業後はアディと一緒にロンドンに出てきて、彼のツアーに参加するほか、ソングライター、ビートメイカー、ミュージシャンとしての自身の活動も展開していきます。リヴァプールとロンドンではやはり環境も大きく変わりましたか?

edbl:確かに慣れるまでには時間がかかったね。実はアディと僕は、リヴァプールからロンドンに移る間にノッティンガムに引っ越したんだ。ほんの9ヶ月という間だったけどね。すぐにロンドンに移住するには少し抵抗があったけれど、リヴァプールには大学で3年間もいて遊びまくっていたから(笑)、まずリヴァプールを離れたいという思いもあった。だから静かに音楽の仕事ができる所ということでノッティンガムに移ることにしたんだ。でも実際のところ、最初はそう簡単に行かなかった。先ほど話したように、僕とアディが作曲をしはじめた頃は同じ屋根の下で暮らしていたから、セッションが自然に起きて作曲できていたんだけど、ノッティンガムに移ってからは「今日は曲を作ろう」と決めて作業をしようとしていたから、少し強制的な感じがあったんだ。僕たちはもともと友だち同士だからすぐに気が紛れてしまうし、あまり強制的に作曲することに慣れていなかった。だからノッティンガムにいる時期はそこまでたくさんの曲ができなかった。ノッティンガムはひとつの移行期だった。
 そしてロンドンに移った。ロンドンに移ったことは正しい選択だと思っているし、僕たちはロンドンに移ってよかったと思う。でもロンドンは大都市だし、僕はロンドンに知り合いがそんなに多くいなかったから最初は不安もあった。ロンドンでもアディと一緒に住んで、僕たちは作曲を続けていた。ロンドンに移ってよかったのは、僕が他の人たちとセッションしたり、音楽の仕事をするようになったということだね。ノッティンガムではアディとしかしていなかったから。ロンドンに移ってからは人脈を広げて、色々な作曲家などと一緒に仕事をするようになったんだ。イギリスのプロデューサーや作曲家の多くはロンドンに集まっているから、僕にとっては最適な街だった。

サウス・ロンドンのブリクストンを拠点にしていますが、デヴィッド・ボウイの生まれ故郷だったり、ザ・クラッシュの曲の舞台になったりと、ロックのイメージが強い街です。サウス・ロンドンの音楽の盛り上がりが日本にも伝わる昨今ですが、そのなかでもブリクストンのいまのシーンはどんな感じですか?

edbl:僕個人は特に影響を受けてはいないんだけれど、ブリクストンの歴史でもうひとつ加えるとしたらカリブ地域の影響が多々あるということだね。ブリクストンにはレゲエ音楽やカリブ料理屋がたくさんあって、カリビアンのコミュニティーがある。デヴィッド・ボウイの生まれ故郷でもあるけれど、そういう一面も大きい。サウス・ロンドンは最高だよ。僕はいままでにロンドンの3カ所に住んだけれど、その全てが南の街だからサウス・ロンドンには馴染みがあるんだ。
 ロンドンは都市自体がとても多様な都市だから、シーンについては答えるのは難しいな。たとえばハウス・ミュージックが好きな人がいたら、ロンドンの南にも東にも北にも、その人が楽しめるシーンがあると思う。それはダブステップやポップスや、僕のシーンとされているR&Bやソウルでも同じことが言えるんだ。ロンドン全体に様々なシーンが散らばっていて、僕の経験からすると特定のエリアがR&Bやソウルに特化しているという感じはないと思う。サウス・ロンドンというかロンドン全体の素晴らしいところは、多数のクリエイターやアーティストが集まる坩堝だということなんだ。それからライヴ・ハウスとかクラブなどのヴェニューもそう。小さな会場から大きな会場まで全てがロンドンにはある。全てが混在している都市なんだ。

最初はお互いのことをいろいろと話し合うことにしている。最低は1時間くらい、それ以上のときもある。アーティストにはそれぞれ違った個人の音楽的背景があるから、そういうストーリーに興味があるんだ。互いがどういう人間かというのを知っておくのはいいことだと思う。

あなたのキャリアに戻りますが、ソロ・アーティストとして2019年に “テーブル・フォー・トゥー” でデビューし、その後 “ザ・ウェイ・シングス・ワー” “ビー・フー・ユー・アー” “アイル・ウェィト” など精力的にシングル・リリースをおこないます。特にアイザック・ワディントンと組んだ “ザ・ウェイ・シングス・ワー” がスポティファイの人気プレイリストにいろいろピックアップされたことにより、あなたの人気に火がつきはじめます。ストリーミング時代ならではの露出の仕方かと思いますが、何か意識してアプローチしていったところはあるのでしょうか?

edbl:そうだね、ストリーミングは僕の場合は上手くいったけれど、ブレイクするのに苦戦するときもある。僕は自分の楽曲がいくつかでき上がってきた時点で、一般の人たちに聴いてもらうにはスポティファイかアップル・ミュージックに載せるのが妥当だと思った。フィジカルという形式で音楽を出すのもひとつの案で、僕は日本などでそれができたことを幸運だと思っているけれど、最近のリスナーはストリーミング・サーヴィスを使って音楽を聴いているからね。だからスポティファイに自分の音楽を載せることは当然の決断だった。幸運なことにスポティファイは僕の音楽に対して最初からとても協力的で、当時の僕は無所属のアーティストだったけれど、僕の音楽をスポティファイのプレイリストに加えてくれた。スポティファイの協力があったからこそ、僕のいまのキャリアを築くことができたと思う。

だいたい自宅のリヴィングで楽曲を作っているそうですが、まずギターでコードを弾き、それをロジックに落とし込んでビートを作っていくことが多いそうですね。それから、シンガーなどのゲストとはときに対面して、ときにはデータのやり取りでメロディや歌詞をつけ、それをまとめて楽曲を完成させるというスタイルですか?

edbl:いい質問だね。そうだよ。いまインタヴュー中の僕がいるのがちょうどリヴィング・ルームで、ここで作曲をしているんだ。作曲の流れもいま君が言った感じで合っているよ。具体的な作業はアーティストごとに違ってくるけれどね。大抵の場合、僕は3つの異なったスタート地点から作業をはじめるようにしている。まず、僕は一緒にやるアーティストのオリジナル楽曲を聴くんだ。デモやすでにリリースされているものなどをね。そしてギターかピアノを使ってコードのループを作ってみる。3つくらいのヴァージョンを作っておくことが多いかな。そしてアーティストがミーティングなどに来たときに、その3つのアイデアを聴かせると、そのうちのどれかひとつか、場合によってそれ以上を気に入ってくれる。ひとつもないときは、じゃあ他のことをやってみようということになるけど(笑)。たいていの場合はアイデアのうちのひとつは気に入ってくれて、それを基盤にして曲を作っていき、僕はビートを作っていく。
 でもメロディや歌詞に関しては、アーティストによって取り組み方が違うから僕も毎回アーティストに合わせて作業を進める。アーティストによってはひとりで座って、静かな環境でハミングしながら、スケッチを1時間くらい続けてから「よし、できた!」と言ってヴァースやコーラスを歌ってくれる人もいる。他のアーティストだと、僕に聴こえるように歌って、たくさんのヴォイス・メモを録音して、聴いている僕が「それいいね!」と言ったりする。そして僕が「この部分をこうやって、ああいうふうにやってみるのはどうかな?」と提案したりもする。こちらのほうがよりコラボレーション色が強い作業と言えるかもしれない。歌詞に関しても、作詞は僕の得意分野ではないから、アーティストに全てを任せて、僕はプロデュース面を強化する場合もある。
 でもアーティストによっては作詞がそこまで得意ではない人もいるから、そういう場合はふたりでテーブルに座ってお茶を飲みながら、一緒に歌詞を書き上げたりする。僕の関与度はアーティストによって違うんだけど、僕はアーティストであると同時にプロデューサーとしての視点が強いから、いつの場合もできる限りアーティストに融通の利く対応をしたいと思っている。アーティストはひとりひとり全く違う人たちだからね。

[[SplitPage]]

歌うことはできるんだ。でも edbl プロジェクトだと、ビートや音楽を作りはじめるとすぐにR&B/ソウル界隈の人たちのことが連想されて、「これは自分が歌うよりもあの人が歌った方が絶対いい曲に仕上がる」と思ってしまうんだ。

その後、2020年にビート集の『edbl ビーツ』第1集、2021年に同作の第2集を出し、一方でシンガーやラッパーたちとのコラボ集の『ボーイズ&ガールズ・ミックステープ』を2020年にリリースし、イギリスのみならず世界中の早耳音楽ファンの注目を集めます。これら音源をまとめて日本から『サウス・ロンドン・サウンズ』がリリースされ、昨秋にリリースした新作の『ブロックウェル・ミックステープ』もリリースされる運びとなりました。ロンドンに出てきてからすっかり世界的に注目される存在となったわけですが、これまでの自身の歩みを振り返ってどう思いますか?

edbl:とても驚いていると同時に感激しているよ。僕は大学を2013年に卒業したから、音楽業界に入って様々な活動を続けて10年近くになるんだ。アディのバンドや他のアーティストたちと演奏したり、作曲やプロダクションもたくさんしたし、バーでのギグやウェディング・バンドなど数多くの活動をしてきた。それは全て僕の旅路の一部であり、最高の経験だった。先ほどの質問にもあったように、僕は2019年の夏に4つの曲をリリースしたんだけど、当時は何の期待もしていなかった。フォーク・シンガー/ソングライター名義のエド・ブラックみたいな反応で、気に入ってくれる人はいるだろうけれど、何万人ものリスナーがつくとは思っていなかった。でも最初に edbl に対して比較的たくさんの人が好意的な反応を示してくれたときは、本当に勇気づけられたよ。最初はほんのわずかな人数だったけれど、ある程度のファンベースがあるとわかった時点で『edblビーツ』第1集のような作品を作ることに対して価値を見出せる、僕の音楽を聴いてくれる人がいるとわかっているほうが作曲の励みになるし、背中を押されている感じになる。まあ、僕の音楽を聴く人が誰もいなくても僕は音楽を作り続けると思うけれど……。
 しかも僕の成長はとても自然で段階的なものだったからよかった。たった1曲をリリースして一夜で有名人になる、というパターンではなかったからね。それはそれで楽しいと思うけれど(笑)、edbl プロジェクトの良いところは2019年以来、順調に上昇を続けてきている点だね。今後は edbl プロジェクト以外の仕事をやらなくて済むだろう。去年も数多くの edbl プロジェクト以外の仕事を止めることができて、edbl プロジェクトに集中することができたからね。それはとても嬉しいことなんだ。僕の夢は edbl プロジェクトだけをやっていくことだから、いまはまさに夢を実現しているところだよ。とても最高な流れで、自分はとても幸運だと思っている。

日本では同じロンドンのトム・ミッシュ、ロイル・カーナー、ジェイミー・アイザック、ジョーダン・ラカイなどに比較されることもありますが、あなたの場合は彼らのように自ら歌ったりせず、あくまでギターを中心としたマルチ・ミュージシャン/トラックメイカーに徹して、歌はゲスト・シンガーに任せるといった印象があります。そのあたり、何か自身のサウンドやスタイルに対するこだわりはありますか? また、自分で歌をやらないのには何か理由があるのでしょうか?

edbl:歌に関して僕は少し変わっているのか、僕はいままでバンドをやって歌っていたし、フォーク・サウンドのエド・ブラック名義では歌っているから、歌うことはできるんだ。でも edbl プロジェクトだと、ビートや音楽を作りはじめるとすぐにR&B/ソウル界隈の人たちのことが連想されて、「これは自分が歌うよりもあの人が歌った方が絶対いい曲に仕上がる」と思ってしまうんだ。だから edbl プロジェクトでは、当初から自分の歌よりも他の人の声を使っていた。僕もときにはビートに合わせて歌って、メロディを考えたりセッション中に何かを思いついて、それを曲に使ったりするんだけど、大抵の場合メロディを作曲したり歌詞を書いたりするということは、edbl プロジェクトとは全く違った次元のことだと僕は捉えているんだ。僕は自然に素敵なR&Bのメロディを思いつくことができないからね。少なくともいまの段階では。でも今後はそういう要素も edbl プロジェクトに加えていきたいと思っているんだ。
 それから僕の声は、シンガー・ソングライター寄りの声だと個人的に思っているところがある。それをもっと edbl プロジェクトのサウンドに合うような声になるようにしている最中なんだ。でも僕は歌うのが嫌いってわけじゃないんだよ。『ブロックウェル・ミックステープ』の “ネヴァー・メット” というニック・ブリュワーというラッパーが参加している曲は、僕がコーラスを歌っているんだ。それはクレジットに掲載していないかもしれない。大ごとにしたくなかったからね。最初は僕が歌ったものを録音して、他の人にこのパートを歌ってもらおうと思っていたんだけど、音源をミックスしたら自分の声でも悪くなかったから、そのまま自分の声を使うことにした。たくさんのゲストを起用するのも良いけれど、自分でできることが増えればそれに越したことはないからね。
 それから磯貝一樹という日本人のギタリストと作品をリリースする予定があって、その作品では僕が歌っているよ。作品の大部分がインストゥルメンタルなんだけど、それに合わせたメロディがいくつか思い浮かんだから、僕がヴォーカルを加えることにした。とても楽しい体験だったよ。だから自分が歌うということに関しては、まだ練習中で徐々にビルドアップしていきたいと思っている。いつか僕だけのヴォーカルが使われている曲を発表することができるかもしれない。そういう曲を作りたいとは思うけれど、サウンド的にマッチしているものでなくてはならないと思うんだ。

僕がずっと尊敬しているプロデューサーのひとりにスウィンドルがいる。彼もアーティスト兼プロデューサーとして活動しているけど、全てをライヴで演奏する人で、キャリアも結構長いね。彼の音楽はとてもソウルフルで素晴らしいサウンドなんだ。

それは楽しみですね! 『サウス・ロンドン・サウンズ』でもそうでしたが、『ブロックウェル・ミックステープ』もほぼ1曲ごとにシンガーやラッパーが入れ替わり、そうしたいろいろなコラボを楽しみながらやっている印象があります。こうしたシンガーたちとは日頃のセッション活動から交流を深め、それが発展して作品に参加してもらったり、コラボしているのですか?

edbl:コラボに至るには様々な方法があるよ。去年あたりからは面識のないアーティストとの連絡の取り合いがベースとなって、コラボに至ったケースが増えたね。その流れとしては、まずスポティファイなどで気に入ったアーティストを見つけたら、DMやメールなどで連絡を取りあう。その逆もあって、僕の音楽を聴いたアーティストが一緒に仕事をしたいと僕に連絡をくれるときもある。この時点では何の面識もない初対面同士だから、最初はお互いのことをいろいろと話し合うことにしている。最低は1時間くらい、それ以上のときもある。アーティストにはそれぞれ違った個人の音楽的背景があるから、そういうストーリーに興味があるんだ。それに、音楽を作る作業はときにはパーソナルなことも関わってくるし、心の痛みを伴うこともある。だからそのためにも、お互いがどういう人間かというのを知っておくのはいいことだと思うんだ。そういう意味での「セッション」、つまりメールやスポティファイやインスタグラムでのやり取りから関係性が生まれるときもある。
 でも僕がプロデューサー活動をはじめたばかりの頃は、全く別の方法でコラボレーションをしていたんだよ。自分が作ったビートがあったら、自分の知り合いのなかからそのビートに合う人で、僕のプロジェクトに参加してくれそうな人を考える。いまでは幸運なことに、僕にはある程度の土台ができているから、コラボレーションしてくれる人の幅も可能性も増えた。数字が全てというわけではないけれど、アーティストによっては僕のフォロワー数やリスナー数を見て、「この人はこういう活動をしてきて、成功しているな」と一目で分かりやすい方が、仕事をしたいと思う人もいるだろう。でも駆け出しの頃の僕はそんな実績もなかったし、フォロワーもいなかったから、知り合いのなかで誰がこのトラックに参加してくれるだろうということを考えていた。
 最初にリリースした4つのシングルもそういう流れで作られたんだ。“シンメトリー” という曲にフィーチャーされているティリー・ヴァレンタインは、僕が edbl プロジェクト以前に作曲やプロダクションのデュオをやっていたときに知り合ったんだ。だから edbl プロジェクトの数年前から一緒に作曲をしたことがあった。そして edbl プロジェクトをはじめたときに、この音楽のスタイルにはティリーがぴったりだと思った。そうやって彼女とコラボレーションすることになった。
 “ザ・ウェイ・シングス・ワー” で歌っているアイザック・ワディントンに関しては、実は当初はジェームス・ヴィッカリーというアーティストにこの曲を歌ってもらっていたんだ。イギリスの素晴らしいR&Bのアーティストだよ。でも僕がこの曲をリリースしたいと思った時期に彼はアメリカのマネージメント会社と契約を結んでいたから、契約上の都合で彼の音源はリリースできなくなってしまっていた。そこでまた振り出しに戻ってしまったんだけど、いろいろなタイミングが重なって結果的にとても良いものが生まれた。ちょうどその頃の僕はアディとツアーをしていて、マチルダ・ホーマーというアーティストがアディのサポート・アクトだった。そしてアイザックはマチルダのバンドでピアノを弾いていた。ふたりは恋人同士でもあったと思うけど、僕たちはみんなで一緒にツアーをしていて、僕はアイザックの声をすごく気に入っていた。そこでアイザックに、「僕が作ったビートがあるんだけど、この曲で歌ってくれないか?」と頼んだら彼もビートを気に入ってくれて曲で歌ってくれた。そんな流れだった。
 それから、“ビー・フー・ユー・アー” のジェイ・アレクザンダーは、先ほども話したけれど大学の友だちで、長いこと一緒に作曲をしていた。だから彼とのコラボレーションはとても自然な流れだった。そして4つ目のシングルでコフィ・ストーンが歌っている “アイル・ウェイト” は、アイザックのときと似たような流れで、コフィはアディのバーミンガム公演のサポート・アクトだったから、僕はコフィと知り合いになり、自分で作ったビートがあるからそれに参加してくれないかと彼に頼んだんだ。
 こんな具合に最初の頃はとても自然な流れでコラボレーションが生まれていた。僕自身も音楽活動を長く続けていたおかげで、アディとツアーする状況に恵まれ、その場にいた様々なアーティストたちに声をかけて曲に参加してもらうように頼むことができた。先にある程度の関係性が築けていたほうが、断然一緒に仕事をしやすいと思う。全く知らない他人から連絡を受けていたら、アイザックもコフィも「この人は誰なんだろう?」って思うかもしれないけれど、先に友人としての関係性ができていれば、彼らに「暇なときに家に来て、何か一緒に作ってみないか?」と気軽に誘うことができる。だから僕は当初からとても才能ある人たちと自然にコラボレーションするという機会に恵まれていたと思う。

『ブロックウェル・ミックステープ』ではヌビアン・ツイストのチェリース・アダムス・バーネットも参加していますが、他はまだあまり日本では知られていないシンガーが多い印象です。あなたから見て特にオススメのアーティスト、注目のアーティストがいたら教えてください。

edbl:このプロジェクトの魅力のひとつは、様々なアーティストとコラボレーションできることなんだ。『ブロックウェル・ミックステープ』でもある程度名の知れたアーティストから、ロージー・Pのようなまだ1曲しか曲をリリースしたことのない新人まで、幅広いアーティストたちに参加してもらっている。ロージー・Pはまだすごく若くて、とても才能がある。彼女は素晴らしいよ。僕はそういうアーティストたちに、このプロジェクトという基盤を提供してあげられることを嬉しく思っている。そうするとこのプロジェクトが彼らの旅路の一部になっていく。
 オススメのアーティストに関して言うと、edbl の楽曲に参加してくれたアーティストは全員聴いてもらいたいと思う。僕が彼らと一緒に仕事をしたのは、彼らが素晴らしいアーティストだと思ったからだし、彼らのオリジナル作品もとても素晴らしいからね。それに歌のスタイルも多様だ。ラップする人もいるし、オルタナ・インディーっぽい人もいるし、ジャズを歌う人もいるし、ソウルのヴォーカリストもいる。僕がいままで一緒に仕事をしてきたアーティストたちで、特に気に入っているのはチェリース、それから “シンプル・ライフ” で歌っているエラ・マクマーレイ。彼女も新人で、“テイク・イット・スロウ” というとても美しい曲をリリースしているからぜひ聴いてみて欲しいね。それはすごくオススメ。とにかく、edbl の楽曲に参加しているアーティストはみんなチェックしてもらいたいね。

ありがとうございます。では、あなたのミックステープにはいないアーティストで最近注目のアーティストがいたら教えてください。

edbl:もちろん! 最近の注目というか、僕がずっと尊敬しているプロデューサーのひとりにスウィンドルがいる。彼もアーティスト兼プロデューサーとして活動しているけど、全てをライヴで演奏する人で、キャリアも結構長いね。彼の音楽はとてもソウルフルで素晴らしいサウンドなんだ。彼はロイル・カーナーやジョイ・クルックスといった、僕も大好きなアーティストたちともコラボレーションをしてたりする。彼も去年とても素晴らしいアルバムを出したね。

『ブロックウェル・ミックステープ』の楽曲は、いままでの流れからのネオ・ソウルやローファイ・ヒップホップ調のものがある一方で、“ネヴァー・メット” や “レモネード” のようなディスコとジャズ・ファンクがミックスしたスタイルが出てきているのも印象的です。このあたりはアンダーソン・パークキートラナダ、トム・ミッシュなどにも通じる流れですが、新しいスタイルへの挑戦と捉えてもいいですか?

edbl:その点に気づいてくれて嬉しいよ。僕が音楽を作ると、自然にローファイ・ヒップホップ調のBPMが90~100くらいのものができるんだ。そこが自分の心地よい領域というか得意分野なんだと思う。でもときにはハウスやディスコに近いものを作るときもある。そういうスタイルも大好きだからね。でも自分の得意分野から少し外れたスタイルに挑戦して自分を追い込むのもいいことだと思うんだ。そういう楽曲を作るのは楽しかった。そこで今回の “ネヴァー・メット” や “レモネード” のような曲ができたときに、マネージャーにそれを送ってこの edbl プロジェクトに合っているか尋ねてみたんだ。マネージャーは新しいスタイルの曲はテンポが速かったり、コードの感じが少々違うかもしれないけれど、edbl らしいサウンドの要素は十分入っているから、プロジェクトとの一貫性はあると言ってくれた。これらの曲ができ上がったエピソードも面白いんだよ。
 “レモネード” は僕がフォローしている、素晴らしいプロデューサー/マルチ演奏者でカウントという人がいるんだけど、その人がビート・チャレンジという企画をしていて、彼の作ったドラム・ループを無料でダウンロードして好きに使えるように提供したんだ。僕はそれをダウンロードして “レモネード” のトラックを作った。そして以前も一緒に仕事をしたキャリー・バクスターにそのトラックを聴かせたら、ヴォーカルで参加したいと言ってくれたので、彼女は僕の家に来て “レモネード” の歌詞を書き上げたんだ。
 そして、ニック・ブリュワーが参加してくれた “ネヴァー・メット” のときはまた違ったアプローチで、僕とニックは音楽的な背景が全く異なっていた。むしろ共通点がほとんどなかったくらいだった。だから話し合いの時間を長くとって、お互いが納得する妥協点を探ろうとした。すると僕たちはマック・ミラーが大好きだということがわかり、マック・ミラーにはアンダーソン・パークと一緒にやっている曲で “ダング” というのがあって、僕はその曲がすごく好きだったからそれをニックに聴かせたんだ。ニックもその曲を気に入ってくれたから、その曲が “ネヴァー・メット” の基盤になったんだよ。この2曲は自分の得意分野より少し外れたものだったけれど、普段とは違うスタイルに挑戦するのは楽しかったし、そういう挑戦を今後も続けていきたいと思っている。

自分の得意分野から少し外れたスタイルに挑戦して自分を追い込むのもいいことだと思うんだ。

“アイ・エイント・アフレイド・ノー・モア” “B.D.E.” “ブレス・サムシング・ニュー” のようなボサノヴァを取り入れた曲もあなたの魅力のひとつです。“ブレス・サムシング・ニュー” はロージー・Pの歌声が少しトレイシー・ソーンを彷彿とさせるところもあり、エヴリシング・バット・ザ・ガールのようなネオ・アコを想起させました。ギター・サウンドを特徴とするあなたならではですが、特にボサノヴァやブラジル音楽の影響を意識したところはありますか?

edbl:影響はあると思うけれど、それはおそらく無意識的なものだと思う。僕はトレイシー・ソーンもエヴリシング・バット・ザ・ガールも知らないから、いまメモしておいたよ。このインタヴューの後にチェックしてみるね。僕はアコースティック・ギターが昔から大好きで、子どもの頃からアコースティック・ギターを学んでいて、クラシック・ギターの練習もしていたから楽譜を読むこともできる。エレクトリック・ギターをはじめたときは、クラシック・ギターが嫌いになったことも一時期あったけど、親にやめないように説得させられて続けていた。でも続けて本当に良かったと思っている。右手と左手のテクニックがとても流暢になるからね。そのおかげで僕はフィンガー・ピッキングやリズム基調のギター演奏が得意になったんだと思う。
 それからアディと一緒に活動していたとき、彼はエイミー・ワインハウスにすごくハマっていて、AOL Sessions という動画(https://www.youtube.com/watch?v=OTpcLir9pQo)を見せてくれたんだ。エイミーはまだとても若くて、バンドはついているんだけどアコースティックな演奏で、ナイロン・ストリングのギターがメインになっている。僕もナイロン・ストリングのギターは昔から持っていて、いまでも使うことがあるよ。エイミーのギタリストを務めているフェミという人は素晴らしいギタリストで、非常にリズミックでもある。僕はその影響を受けて、自分自身もリズミックなギタリストであると自覚している。僕はギター・ソロやリード・ギターなどはあまり得意ではないというか、できることはできるけれど、自分の強みだとは思っていない。昔からリズミックなギターの演奏が好きで、ギターをドラムのように叩いたりするときもあるくらいなんだ。そういう影響からボサノヴァ調のリズムや楽曲が生まれたんだと思う。意識的にブラジル音楽を聴いてきたわけではないんだけど、ブラジル音楽などのリズムは昔から大好きだった。

ではネオ・アコやフォーク系のアーティストからの影響はいかがでしょうか?

edbl:edbl のサウンドにはあまり影響していないと思うけど、影響は確かに受けていると思う。僕が大好きなフォーク・ギターのアーティストはベン・ハワード。それからボンベイ・バイシクル・クラブというバンドも大好き。インディー・ロックのバンドなんだけど、彼らの2枚目のアルバムはアコースティックで見事だった。それからダン・クロールという LIPA の先輩で素晴らしいシンガー・ソングライターや、マリカ・ハックマンも好き。マイケル・キワヌカのソウルフルなフィンガー・ピッキングも大好きだし、ボン・イヴェールのようなオルタナティヴなフォークのサウンドにも大きな影響を受けている。いまでもそういう音楽は大好きだよ。edbl プロジェクトに影響を与えているとしたら、おそらく無意識的なところから来ていると思うけれど、多様な音楽的背景があるのは大切なことだと思うからね。

“B.D.E” や “ブレス・サムシング・ニュー” ではホーンとの見事なアンサンブルも披露しています。シンガーだけではなく、こうしたホーン・プレイヤーがあなたのサウンドに彩りをもたらしているわけですが、彼らのようなミュージシャンとも日頃からいろいろセッションしているわけですか?

edbl:そうなんだ、僕はトランペットの音が大好きでね、理由はわからないけれどジャズの影響からかもしれない。それにアディも昔から自分の音楽にホーンを取り入れていて、僕たちがフル・バンドとギグをやりはじめた頃からずっとトランペット演奏者を入れていた。僕は以前にもホーン・プレイヤーとセッションをしたことはあったけれど、ツアーしたのはあれが初めてだった。音色がとても素敵で、シンプルな表現をしているときでも、その場の雰囲気を盛り上げてくれる。トランペットやサックスを吹く姿も様になっているし、音も最高だ。
 アディのツアーに同行していたのはマーク・ペリーという演奏者だった。そして僕が『edbl ビーツ』第1集の制作をはじめたとき、僕はこの作品にミュージシャンに参加してもらいたいと考えていた。幸運なことに僕はアディのツアー・バンドの素晴らしい演奏者たちを知っていたから、マークに声をかけて参加してもらった。でも実はマークにはかなり過酷な労働をさせてしまったんだよ。1日で7曲か8曲分の演奏をしてもらったからね。トランペットという楽器は実際にあまり長い間演奏することができないらしい。長時間演奏すると口が痛くなってくるそうなんだ。だから彼の貢献にはとても感謝しているよ。彼にはあの日かなり無理をさせてしまったけれど、結果としてとてもいいものができた。
 それからジェイミー・パーカーというピアニストともよく一緒にセッションをしているよ。彼も最近オリジナルの作品を作るようになって、僕も一緒に作ったりしているんだ。それも楽しみなプロジェクトだ。だから僕は様々なミュージシャンたちと日頃からセッションしているよ。トランペットのマークとは edbl プロジェクトを開始した当初から一緒に仕事をしてきて、いまでもその関係は続いているんだ。

いまはコロナもあったりしますが、普段はライヴ活動もおこなっているのでしょうか? アルバムではゲスト・シンガーも多いので、メンバー集めも大変そうですが……

edbl:2020年の初めの頃に「今年は edbl のライヴができたらいいな」と思っていたんだけど、パンデミックが起こってしまったから実現できなくなってしまった。でもパンデミックは edbl プロジェクトにとっては良いことだったと振り返ってみれば思うんだ。その当時、僕はまだたくさんのギグやバーでのライヴをやっていたんだけど、その全てがパンデミックの影響で中止になった。それは残念なことで、僕は手持ち無沙汰になってしまったけれど、同時に edbl プロジェクトやプロダクション作業に集中する時間ができたということだった。僕のスケジュールに変更がなかったら、これほどまでの時間はなかったからね。ある意味で不幸中の幸いだったのかもしれない。パンデミックがあったから僕は毎日自宅にこもり、パソコンでビートを作り続けていた。そして徐々に技術的にも上達していった。
 でもライヴ活動はつねに頭の片隅にあるよ。自分が音楽に夢中になって、音楽で生計を立てていきたいと思ったのもライヴ音楽からの影響だからね。だから edbl のライヴをやりたいとは思っていたし、どうやって再現するのかも考えていた。
 そして去年はブッキング・エージェントと契約を結び、来年の3月にイギリスでヘッドライナーとしてのライヴをおこなうことが決定したんだ。ものすごく楽しみだよ! でも同時に、これが edbl としての初ライヴだから不安もあるけれどね。アーティストは最初にライヴを重ねて知名度を上げて、曲のレパートリーを増やしていくパターンが多い。アディと僕がライヴ活動をはじめた頃は5曲くらいしか持ち歌がなかった。ライヴで演奏する曲を増やすためだけにアディが作曲していた時期もあったんだよ。ライヴの日までに書いている途中の曲を完成しなければいけないというときもあった。でも僕のいまの状況はそれとは真逆で、僕はすでに90曲以上の楽曲があるけれど、3月のライヴが初のライヴとなる。それはそれで自分が最も得意な曲を選んで演奏できるからいいんだけど、ヘッドライナーですでにチケットが完売しているライヴが、自分にとって初めてのライヴというのは緊張するよ。最高な体験になるのは間違いないと思うけどね。
 ライヴのセッティングに関しては、なるべく多くのゲスト・アーティストたちに参加してもらって、曲ごとにステージに上がってもらって、僕と共演する形にしたいと思っている。ライヴ・バンドがついているから、僕はギターに専念して演奏できるし、アーティストもライヴ・バンドと共演できる。いろいろなゲストたちに自分の歌う曲の番になったらステージに上がってもらって、次の曲はまた別のゲストにステージに上がってきてもらうという感じにしたいんだ。ツアーをするときはヴォーカリストひとりに同行してもらうことになると思う。大勢のゲストをツアーに同行させたい気はもちろんあるけれど、それは何かと大変になってしまうからね。

では最後に今後の活動予定や、何か新しいプランがあればお願いします。

edbl:僕はこれからもいろいろなアーティストたちとコラボレーションをしていくから、今後はさらにビッグなアーティストたちと一緒に仕事ができたらいいと思う。ロイル・カーナーやジョイ・クルックスなどは僕が聴いてきたアーティストで、いつかぜひ仕事をしたいと思っている人たちだから、彼らのようなビッグなアーティストたちとも仕事をしたいし、より幅広い分野の人たちと仕事をしていきたいと思っている。それから先ほども話したけれど、日本人ギタリストの磯貝一樹とのコラボレーション作品をリリースする予定で、それは日本でもリリースされると思うよ。とても楽しみだ。
 また今年は比較的短い作品をリリースしようと考えているんだ。ビート集やミックステープを作るのも楽しいんだけど、かなりの作業量で、ビート集は19曲ずつ収録されているからミックスの作業が結構大変なんだよ。だから今年はもっと短い、EPのような作品をリリースしていこうと思っている。EPにつきひとりのアーティストとコラボレーションをして、4、5曲を収録するような感じで、そういうのをいくつかやろうと思っている。楽しみだよ。あとはライヴ活動だね。最初のライヴは3月にあって、6月にはブロックウェル・パークという公園のフェスティヴァルに出演するよ。この近所にある公園なんだ。だから今回のミックステープは『ブロックウェル・ミックステープ』というのさ。今年はそれ以外にもいくつかライヴができたらいいと思ってるよ。

Bonobo - ele-king

『Fragments』の仕上がりがすこぶるよい。せっかくなので作者であるボノボの進化の過程をふりかえってみよう。
 ボノボことサイモン・グリーンが英国南部のブライトンに生まれたのは1976年、前年には CAN がこの地でおこなったライヴの模様が先日出た未発表のライヴ盤『Live in Brighton 1975』でつまびらかになったが、まだ生まれてもいないサイモンは当然その場にいあわせていない。他方で長ずるに音楽の才能を開花させ20代前半には地元のクラブ・シーンを中心に頭角をあらわしはじめたグリーンはミレニアム期に地元の〈Tru Thoughts〉のコンピにクァンティックらとともにボノボ名義で登場、2000年には同レーベルから『Animal Magic』でアルバム・デビューもかざっている。くすんだジャズ風の “Intro” にはじまり、個性的な組み立てのビートが印象的な “Silver” で幕をひく全10曲は、形式的にはブレイクビーツ~ダウンテンポに分類可能だが、細部のモチーフがかもしだすエスニシティやトリップ感とあいまってラウンジ的な風合いもただよっている。むろんすでに20年前のこととてサウンドにはなつかしをおぼえなくもないが、いたずらにテクノロジーに依存しすぎないグリーンの音楽的基礎体力が本作を時代の産物以上のものに仕立てている。その3年後、ボノボはこんにちまで籍を置く〈Ninja Tune〉から2作目の『Dial 'M' For Monkey』をリリース。ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』をモジったタイトルがあえかな脱力感をさそう反面、スピードに乗せた場面転換は本家もかくやと思わせるほどスリリング。フルートやサックスの客演、サスペン仕立ての設定もあって、前作よりもジャズのニュアンスがせりだしているが、そのジャズにしても、キレよりもコク重視のハードバップ風味だった。

 管見では、ワイルドな表題の上記2作をもってボノボの野生期とみなす。形式的にはダウンテンポという先行形式に範をとって自身の立ち位置を定めるまでの期間とでもいえばいいだろうか、母なる森から音楽シーンという広大な平原にふみだそうとするボノボの冒険心を感じさせる黎明期である。むろんそれによりボノボの歩みがとどまることもなかった。むしろ野生期の記憶をふりはらうかのようにボノボの歩幅は伸張していく。前作から3年後の2006年の『Days To Come』──「来たるべき日々」と名づけたサード・アルバムはその例証ともなる一枚といえるだろう。サウンドは機材環境を刷新したかのようにクリアさを増し、アルバムも全般的にみとおしがよくなっている。とはいえボノボらしいオーガニックさは減じる気配なく、グリーンはみずから演奏する生楽器のサウンドや民俗楽器のサンプル・ソースとデジタル・ビートを巧みに組み上げている。ヴォーカリストの起用も本作にはじまるスタイルであり、インド生まれのドイツ人シンガー、バイカと同郷のフィンクを客演に招き、現在につながるスタイルの完成をみた。その基軸はなにかといえば、種々雑多な記号性とそれにともなうサウンドの多彩さと耳にのこるメロディといえるだろうか。サイモン・グリーンのセールスポイントはそれらを提示するさいのバランス感覚にある。クンビアであれアフロビートであれ、ベース・ミュージックであれ、ボノボはそれらをフォルマリスト的にもちいるのではなく、響きに還元し自身の声として構成する。グリーンはアーティストであるとともに第一線で活躍するDJでもあるが、ボノボのカラーはDJカルチャー以降の音楽観の反映がある。2006年の『Days To Come』、次作となる2010年の『Black Sands』ではサウンドのデジタル化がすすんだせいでその構図はより鮮明になっている。これをもって私はボノボの技術革命期と呼ぶが、このころはまた作品の評価とともにボノボの認知度が高まった時期でもあった。
 呼応するように『Black Sands』でボノボはミックス作を発表しフルバンドでのツアーにものりだしていく。グリーン自身も、このころを境に拠点をブライトンからニューヨークに移し、余勢を駆るかのごとく制作入りし2013年にリリースした『The North Borders』では “Heaven For The Sinner” にエリカ・バドゥが客演するなど話題に事欠かなかった。作風は彼女が参加したからというわけではなかろうが、ニューソウル~R&B風の流麗さと、ダブステップ以後のリズム・アプローチをかけあわせてうまれた2010年代前半の空気感をボノボらしいリスニング・スタイルにおとしこむといった案配。さりげない実験性とくっきりした旋律線がかたどるフィールドはボノボの独擅場というべきものだが、その領域はクラブのフロアとリスニング・ルームの両方にまたがっているとでもいえばいいだろうか。没個性におちいらない汎用型という何気に難儀なスタイルを確立したのが『The North Borders』であり、本作をもって私はボノボの認知革命期のはじまりとする。ものの本、たとえば数年前の大ベストセラー『サピエンス全史』では認知革命なる用語をもって「虚構の共有による人類の発展」と定義するが、サピエンスではなくボノボをあつかう本稿においては「創作上の発見による音楽的な飛躍」となろうか。これはサイモン・グリーンの内面の出来事ともいえるし、ボノボの音楽が私たちにもたらすものともいえる。この場合の認知はかならずしも意識にのぼらないこともあるが、2013年の『The North Borders』以降、2017年の『Migration』、最新作の『Fragments』とこの10年来のボノボの3作が認知革命期におけるボノボの長足の進歩を物語っているのがまちがいない。
 とりわけ「断片」と題した新作『Fragments』ではこれまでの方法論の統合、それもボノボらしい有機的統合をはかるにみえる。

 『Fragments』は “Polyghost” のミゲル・アトウッド・ファーガソンによるポール・バックマスターばりの流れるようなストリングスで幕をあける。場面はすぐさま題名通り陰影に富む “Shadows” へ。この曲に客演するUKのシンガー・ソングライター、ジョーダン・ラカイをはじめ、『Fragments』には4名のシンガーやかつてグリーンがプロデュースを担当したアンドレヤ・トリアーナのヴォイス・サンプルなど、12曲中5曲が歌もの。その中身も、シルキーなラカイから “From You” でのジョージの雲間にただようようなトーン、〆にあたる “Day By Day” でのカディア・ボネイのポジティヴなフィーリングにいたるまで多彩かつ多様。それらの要素を最前から述べているグリーンのバランス感覚ともプロデューサー気質ともいえるものが編み上げていく。『Fragments』という表題こそ認知革命期らしく抽象的だが、むろんその背後にはこの数年のグリーンの経験と思索がある。ブライトンからニューヨーク、ニューヨークからロサンゼルスへ、拠点を移しツアーに明け暮れたこの数年の生活が導くインスピレーションは2017年の『Migration』に実を結んだが『Fragments』における旅はそれまでとは一風かわったものだった。というのも2019年にはじまった『Fragments』の制作期間はパンデミック期とほぼかさなっており、物理的な移動はままならなかった。この期間グリーンはあえて都市を離れ、砂漠や山、森などの自然にインスピレーションをもとめたのだという。そのようにして時機をうかがう一方で、リモートによるコラボレーションもすすめていったとグリーンは述べている。シカゴの歌手で詩人のジャミーラ・ウッズとコラボレートした “Tides” もこのパターンだったようだが、アトウッド・ファーガソンの弦、ララ・ソモギのハープ、グリーンの手になるリズム・セクションとモジュラー・シンセが一体となり、潮のように満ち引きをくりかえすこの曲はアルバム中盤の要となるクオリティを誇る。しからば制作の方法は作品の質に関係ないのかと問えば、そうではないとボノボは答えるであろう、生き物が環境の変化に適応するように音楽家が制作環境に順応することはあっても、音楽が進化の過程を逆行することはないと。
 進化とはいつ来るとは知れない未来へ向けて手探るようになにかをすることであり、不可逆の時間(歴史)の当事者として現在を生きつづけることでもある。アンビエントやノンビートにながれがちな昨今の風潮をよそに、ダンス・ミュージックにこだわった『Fragments』の12の断片こそ、ボノボの次なる進化の起点であり、その背後にはおそらくサイモン・グリーンの音楽という行為へのゆるぎない確信がある。

Livwutang - ele-king

 おなじみのファッション・ブランド、〈C.E〉が展開するカセットテープ・シリーズ。記念すべき30本目が発売されている。
 今回のアーティストは Livwutang。デンバーで育ち、2014年にシアトルへと移住、現在はニューヨークを拠点に活動している新進のDJだ。

https://soundcloud.com/livwutang

 もともと海賊ラジオでDJをやっていた彼女は、日本では無名だがシアトルのアンダーグラウンド・コミュニティにおける重要な存在で、数々のパーティのオーガナイズに協力、レーベル〈Truants〉へミックスを提供したりもしている。
 試聴は〈C.E〉のサイトより(右上の再生ボタンをクリック)。

アーティスト:Livwutang
タイトル:Unburiedness
フォーマット:カセットテープ
収録音源時間:約60分(片面約30分)
価格:1,100円(税込)

発売日:2022年1月26日水曜日
販売場所:C.E
〒107-0062 東京都港区南青山5-3-10 From 1st 201
#201 From 1st Building, 5-3-10 Minami-Aoyama, Minato-ku, Tokyo, Japan 107-0062

問合せ先:C.E
www.cavempt.com

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291