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Kassel Jaeger

Ambient

Kassel Jaeger

Shifted In Dreams

Shelter Press

デンシノオト Mar 22,2023 UP

 ステファン・マシューローレンス・イングリッシュティム・ヘッカー、ヤン・ノヴァク、クレア・ラウジーウラなど、2000年代〜2010年代以降、アンビエント・ミュージックは、ドローン、フィールド・レコーディング、モダン・クラシカル、ニューエイジ、電子音楽など、さまざまな音楽的要素を包括しつつ多様化・変化してきた。それは不思議と人の心の浸透するような感覚を持っていた音楽でもあった。聴くほどに没入する。そんな感覚である。
 かつてブライアン・イーノが提唱したアンビエントを「環境型」とすれば、2010年代以降のアンビエントは心身への「没入型」とでもすべきだろうか。もしくはオープンスペースからインナースペースへの移行とでもいうべきかだろうか。
 スイスの電子音楽家にしてパリのINA GRMのディレクターも務めるカッセル・イェーガー(フランソワ・J・ボネ)は、現代音楽畑から出てきた人だが、彼のロマンティックかつシュールリアリズムな音響は、聴く者を夢幻の作品世界に連れ去ってくれる。その意味では、没入型の最たるものといえよう。
 新作『Shifted in Dreams』もまたミニマルな旋律から、ドローン、サウンドのコラージュが交錯し、「機械の情感」とでもいうべき感性を生成していた。まさに最新の没入型アンビエント/エクスペリメンタル・ミュージックである。リリースはフランスの〈シェルター・プレス〉。余談だがこのレーベルはいまや〈エディションズ・メゴ〉を継承するエクスペリメンタル・レーベルにまで成長したと思う。イェーガーは〈エディションズ・メゴ〉からも多くのアルバムも出しているが、〈シェルター・プレス〉からも2016年に、アキラ・ラブレーとステファン・マシューとの共作『Zauberberg』、2020年に、単独作『Swamps / Things』などをリリースしている。

 『Shifted in Dreams』では、『Swamps / Things』以上に「音楽的/旋律的」な要素を全面化した “Shifted in Dreams” ではじまる。
 はっきりとした旋律が聴こえてくるアンビエント・ドローン系の作品は珍しい。メロディが全面化したアンビエントは、下手をするとモダン・クラシカルのようになってしまう。しかしさすがイェーガーの楽曲においてはそうはならない。ある種の曖昧さや、不穏さに満ちているのだ。だが、「音楽的」なムードが1曲目 “Shifted in Dreams” のみなのだ。以降、アルバムは、まるでタルコフスキーの『鏡』や『ノスタルジア』のように掴みきれない抽象的なムードに満ちてくる。
 メロディックな印象を強く残す “Shifted in Dreams” からはじまり、一転して2曲目 “Barca Solare” では壊れた音楽機械が放つような不規則な音階を展開する。続く3曲目 “Dissipation of Light” ではうっすらと光が差してくるような音響が耳と心に浸透する。
 4曲目 “Gullintoppa” ではガソゴソとした環境音(?)に透明な音の波が交錯し、より静謐な音響空間を生成している。このように音楽的な構造を強く印象つけた1曲目から次第に本作のサウンドは、抽象性の深みへと潜っていくように展開する。
 アルバムには全7曲が収録されているのだが、アルバム後半3曲では、〈Shelter Press〉からのリリースでは前作にあたる『Swamps / Things』の雰囲気に近くなってくる。5曲目 “Sôlên I” ではアルバム中、硬派ともいえるドローンを構築している。まるでスティーブン・オマリーが静謐化したような楽曲だ。神経が凍るような音である。
 6曲目 “Allée des Brouillards” もまた静謐な印象のドローン作品だが、まるで遠くから聴こえる複数の「声」のようなコラージュが折り重なり、どこか掴みどころのない悪夢のような音響を生成していた。この曲は簡単な旋律がうっすらと浮かび上がってくるかのように展開し、1曲目 “Shifted in Dreams” との連続性を意識させてくれる仕上がりである(旋律の反復という意味ではドローンからミニマル・ミュージックへと変化したようにも聴こえてくる)。
 アルバム最終曲である7曲目 “Carcosan Cycles” ではアルバム中、もっとも不穏なムードのアンビエント/ドローンが展開する。一定のトーンが持続するというよりは、生成から消滅までを押し殺したような静かに、しかしどこかドラマティックに生成されているのだ。
 この優れた最終曲(ドローン)の、静かでダークなロマンティシズムこそ、まさにカッセル・イェーガーの真骨頂といえる。個人的には2020年の長尺アンビエント・ドローン・アルバム『Meith』を8分に圧縮しように聴こえた。つまりはそれほどの曲なのだ。

 彼のロマンティシズムには不思議と悪夢のような感覚がある。闇夜に迷い込んでいくような、もしくは沼地に沈みこんでいくのに恍惚としているような。本作もそうだ。甘い旋律の残滓とそこから零れ落ちていく音の残響が交錯した結果、ひたすら夢の底へと落ちていくような感覚が横溢しているのだ。
 ロマンティック、シュールリアリズム、エクスペリメンタル。その感覚の混合こそが彼の音の魅惑でもある。本作は、そんなイェーガーの奇妙なロマンティシズムがもっともわかりやすく結晶したアルバムである。彼の作品を初めて聴く方にもお薦めできる作品だ。

デンシノオト