「LV」と一致するもの

Alva Noto - ele-king

 本作『UNIEQAV』は、カールステン・ニコライの新レーベル〈ノートン〉におけるカールステン・ニコライ=アルヴァ・ノトによる初のソロ・アルバムであり、同時に08年の『UNITXT』、11年の『UNIVRS』から続いてきた「UNI」シリーズの完結編でもある。

 ここで「UNI」シリーズについて簡単に説明しておこう。まず、00年代中盤以降のアルヴァ・ノトが〈ラスター・ノートン〉で展開した連作シリーズはふたつあった。ひとつは「UNI」シリーズ。もうひとつは「ゼロックス」シリーズである。「ゼロックス」シリーズは07年に「Vol.1」、09年に「Vol.2」、15年に「Vol.3」が発表され、このシリーズも三作目で一区切りをつけたようだ。ゼロックスの名前のとおり「コピー」をテーマとしたアンビエント・ドローン連作である。
 対して「UNI」シリーズはリズミックなトラックを中心に収録するシリーズだ。発端は「アルヴァ・ノトが数十年前に東京のクラブ“UNIT”にブッキングされた際、その環境に応じたサウンドを作り出そうとしたのがきっかけ」という。つまり最初から「クラブユース」のトラックであることを目指していたようである。
 同時に『UNITXT』の後半部分で聴かれるように、音素からノイズ領域に還元された音響もサウンドの特徴を形成していたことも大きな特徴であった。いわばリズム/ノイズという音楽・音響の構成要素を素材の状態から再蘇生するように突き詰め、サウンド/トラックの生成・構成・構築を行っているのだ。
 その意味で「UNI」シリーズは00年代初期までの初期のサイン派のリズミックなコンポジションによるウルトラ・ミニマルな電子音響の流れにあるシリーズともいえる。コピー/生成という「ゼロックス」シリーズに近いテーマ性を読み込むことも可能だろう。

 新作『UNIEQAV』においては、そんなカールステン・ニコライのリズム/ノイズの生成・構築が洗練の極を迎えていた。かつての過激なまでのウルトラ・ミニマリズムは影を潜め、実にエレガントで端正なテクノ・トラックである。細やかなリズム、高密度な低音、ミニマムな電子ノイズなどが、ときにダイナミックに、ときにしなやかにコンポジションされ、聴き手を音響の渦の中に巻き込んでいく。グリッチ・サウンドを経由した10年代後半的な「モダン・テクノ」といっても過言ではない見事なトラックだ。

 この『UNIEQAV』では、そんなモダン・テクノ的なマシン・グルーヴに加えて、「ゼロックス」シリーズ(特に「Vol.3」)や、坂本龍一との共作である映画『レヴェナント』のサウンドトラックなどにあった音楽的な和声感覚もそこかしこに埋め込められてもいる。たとえば「ゼロックス」『レヴェナント』的な持続音で幕を開ける“Uni Mia”、その途中から鳴り始める「二つ目のコード」のように。
 加えて「声」の導入も「UNI」シリーズの重要な要素である。カールステン・ニコライが「声」をトラック内に本格的に用いたのは、おそらくは「UNI」シリーズからのはず。そして「UNI」シリーズの「声」といえば、フランスの音響詩人アン=ジェイムス・シャトンである。
 彼は〈ラスター・ノートン〉から11年に『Événements 09』、2012年にアルヴァ・ノトと、長年のコラボレーターであるアンディ・ムーアらとの共作で『Décade』をリリースしている。二作とも途轍もなくクールなヴォイス+電子音響だ。
 そのふたりの最初の共作トラックが収録されたアルバムが、08年にリリースされた『UNITXT』であった。カールステンの電子音響トラックに、アン=ジェイムス・シャトンの無機的な質感の声がこれほどの見事なマッチングを聴かせるとは思いもよらなかった。それは電子音響ヒップホップとでも形容したいほどの「クールさ」だが、何より世界の満ちている資本主義社会的な記号=言葉を反復するヴォイスは、「UNI」シリーズが内包していた世界認識論を体現していた。じじつ、11年の『UNIVRS』にもアン=ジェイムス・シャトンは参加し、三文字の企業・団体名/ロゴの英字を繰り返し発声し、アルバムのメッセージを強く体現していた。
 それは『UNIEQAV』の“Uni Dna”でも同様だが、前作までとは反対に、まずはトラックが先行制作され、そこにアン=ジェイムス・シャトンのヴォイスが重ねられたらしい(曲名どおりDNA情報に関するワードだ)。結果、アン=ジェイムス・シャトンによる「声」のリズムとアルヴァ・ノトのトラックのリズムの関係性が、ふたりのこれまでのコラボレーションから反転しているのだ。

 ではカールステン・ニコライは、この『UNIEQAV』ではトラック優先で、ビートの可能性を追及したかったのだろうか。しかしそれはビートというより、ある法則で区切られた音の線=リズムというべきかもしれない。「声」もまた法則で区切られた音の分割=リズムである。じじつ『UNIEQAV』におけるリズムは、“Uni Clip”などで聴かれるようにキーボードをタイプする音にも聴こえるし、“Uni Sub”のベースの3連などは、アン=ジェイムス・シャトンの声のようにも聴こえる。横溢する分断されるリズム=音の線。

 リズム。ノイズ。分断される音。これらが交錯する本作を聴いていると、不意にカールステン・ニコライが育った「東ドイツ」のことを考えてしまった。たとえば、彼が少年期などに耳にしていた東ドイツにおけるラジオ放送などを。
 私見だが、この最先端の電子音響の本質には、どこかカールステン・ニコライの記憶の層が織り込まれているように聴こえてならない。もしかすると「東」に住むカールステン少年・青年は、(おそらくは検閲によって)消えかけて(分断された)ラジオ放送を耳にしていたのではないか、と。思えば「ゼロックス・シリーズ」の「Vol.3」もまたどこか記憶の旅のようなアルバムあったが、本作『UNIEQAV』も音楽のフォームは違えども、やはり、同様のものを感じてしまった。
 サイン・ウェイヴ、グリッチ。ノイズ。マシン・リズム。90年代以降、ヒトから離れたマシン/エラーな音響作品を作り続けてきたカールステン・ニコライだが、00年代後期から10年代以降のシリーズ/アルバムには、彼の幼年期の記憶/人生も結晶しているようにも思えるのだ。20世紀後半、東ドイツの記憶。モダニズム建築。放送。ノイズ。音響。リズム。
 そう、知覚を圧倒するテクノロジーの交錯による最先端電子音響/モダン・テクノ『UNIEQAV』が放つマシニック・リズムのむこうには、ヒトの記憶が、まるで光のように交錯し、反射しているのだ。


Gang Gang Dance - ele-king

 ギャング・ ギャング・ダンスといえば、ゼロ年代NYのアンダーグラウンド・シーンにおいてアニマル・コレクティヴと並んでひときわ異彩を放っていたバンドである。世界中のさまざまな音楽の要素を取り入れながら巧みに実験精神とポップネスとの融合を試みていた彼らだけれど、前作『Eye Contact』が2011年だから、あれからもう7年ものときが流れていたのだ。そんな長きにわたる沈黙を破り、来る6月22日、ついにGGDが新作『Kazuashita』をリリースする。先行公開された新曲“Lotus”を聴く限り、その折衷的なスタイルはいまなお健在の様子で……ところで「カズアシタ」って何?

GANG GANG DANCE

7年の沈黙を経て復活!!!
最新アルバム『KAZUASHITA』のリリースを発表&新曲公開!
秋には超待望の来日も!

アニマル・コレクティヴやLCDサウンドシステム、バトルズなど、その後ヘッドライナー級アクトへと成長する才能を生み出しまくった2000年代初頭のニューヨークにおいて、音楽とアートの境界線を破壊し、一際異彩を放った尖鋭的音楽集団ギャング・ギャング・ダンスが7年の沈黙を破り再始動! 待望の最新アルバム『Kazuashita』のリリースを発表し、新曲“Lotus”を解禁! さらに秋には2009年のフジロック以来となる超待望の来日公演も計画されている。詳細は後日発表予定。

Gang Gang Dance - Lotus (Official Audio)
https://youtu.be/ZIvCVYX__9c

リジー・ボウガツォス、ブライアン・デグロウ、ジョシュ・ダイアモンドを中心に2000年代前半に結成されたギャング・ギャング・ダンス。初期作品が当時ニューヨークで勢いのあった実験的音楽シーンの中で高く評価され、2008年8月8日にはボアダムズによる88 Boadrumで指揮を任され、その直後にリリースされた傑作『Saint Dymphna』で一躍カルト・バンドの域を超え、盟友アニマル・コレクティヴと共に、シーンの中心的存在となる。その後〈4AD〉との契約を経て『Eye Contact』をリリース。自身の作品をリリースした以外にも、若くしてこの世を去ったグラフィティ・アーティスト、ダッシュ・スノーやネイト・ローマン、ティンチー・ストライダー、ボアダムズなどとのコラボレートも知られる。

ポスト・ロックからエレクトロニカ、インダストリアル、シューゲイズ、サイケ、エクスペリメンタルなど、ありとあらゆるリズムとスタイルをひとつに纏め上げ、そこにリジー・ボウガツォスのシャーマニックなヴォーカルが加わることで、鮮かでトライバルな異世界へと誘う唯一無二の音楽で、多くに影響を与えてきた彼らが、7年もの沈黙を破って完成させたのが最新作『Kazuashita』。本作は、デグロウによってプロデュースされた作品で、ニューヨークのスタジオやアートスペースでレコーディング・セッションを何度か行ったのち、BOADRUMで出会ったドラマーのライアン・ソーヤー、アリエル・ピンクとのコラボでも知られ、本作ではプロダクションの一部とミキシングを担当したホルヘ・エルブレヒトと共に作品を完成させた。アルバムのジャケット・アートには、アメリカの若手アート・フォトグラファー、デヴィッド・ベンジャミン・シェリーの作品が起用されている。

ギャング・ギャング・ダンス7年ぶりの最新アルバム『Kazuashita』は6月22日(金)に世界同時リリース! 国内盤CDには、ボーナストラック“Siamese Locust”を追加収録し、解説と歌詞対訳が封入される。輸入盤LPの初回限定プレス盤はカラー・ヴァイナル(レッド)仕様となる。またiTunes Storeでアルバムを予約すると、公開された“Lotus”がいち早くダウンロードできる。

label: 4AD / Beat Records
artist: Gang Gang Dance
title: Kazuashita
release date: 2018.06.22 FRI ON SALE

[ご予約はこちら]
beatink.com: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9602
amazon: https://amzn.asia/6ppXWDA
iTunes Store: https://apple.co/2GOpQWb

[Tracklisting]
01. ( infirma terrae )
02. J-TREE
03. Lotus
04. ( birth canal )
05. Kazuashita
06. Young Boy (Marika in Amerika)
07. Snake Dub
08. Too Much, Too Soon
09. ( novae terrae )
10. Salve On The Sorrow
11. Siamese Locust (Bonus Track for Japan)

Kumo No Muko - ele-king

 君はAlixkun(アリックスクン)を覚えているかい? 歴史に埋もれた掘り出し物をを求め、ほとんどの休日を関東圏のあらゆる中古レコード店めぐりに時間とお金を費やしている、日本在住のフランス人DJであり、正真正銘のディガーだ。Alixkunの最初の探索は、日本のハウス・ミュージックの発掘からはじまった。そしてその成果は、まったく美しいコンピレーション・アルバムへと結実した
 Alixkunの次なる冒険は、80年代の日本で録音されたアンビエント&シンセポップだった。綿雲のうえを歩くようなサウンドに彼は取り憑かれ、そしてレコードの狩人となって来る日も来る日も探求を続けた。そして出会った小久保隆、井上敬三、渡辺香津美、坂本龍一、井野信義、宮下富実夫、小山茉美、鈴木良雄、Dip in the Pool……彼は舐め尽くすようにレコードの1曲1曲を聴き続け、吟味して、それがいよいよコンピレーション・アルバムとなって発売される……
 タイトルは『雲の向こう A Journey Into 80's Japan's Ambient Synth-Pop Sound』。発売は6月27日だが、HMVのホームページにて予約を開始した。アートワークも最高だし、内容も素晴らしい。ぜひチェックして欲しい。

■V.A.『雲の向こう A Journey Into 80's Japan's Ambient Synth-Pop Sound』
CAT NO.:HRLP108/9
FORMAT:2枚組LP
発売日:2018年6月27日(水)発売

[収録曲]
A1. Underwater Dreaming / Takashi Kokubo
(Music by Takashi Kokubo)

A2. Kitsu Tsuki / Keizo Inoue
(Music by Kazumi Watanabe)

A3. Window / Nobuyoshi Ino
(Music by Kazumi Watanabe)

B1. A Touch of Temptation / Masaaki Ohmura
(Music by Masaaki Ohmura)

B2. Kuroi dress no onna -Ritual- (English Version) / dip in the pool
(Music by Masahide Sakuma / Words by Miyako Koda)

B3. Silver Snow Shining / Shigeru Suzuki
(Music by Shigeru Suzuki)

C1. Obsession / Chika Asamoto
(Music by Kazuo Ohtani)

C2. Love Song / Mami Koyama
(Music by Masanori Sasaji / Words Yuho Iwasato)

C3. In The Beginning / Fumio Miyashita
(Music by Fumio Miyashita)

D1. The Mirage / Yoshio Suzuki
(Music by Yoshio Suzuki)

D2. Watashino Basu / Yumi Murata
(Music by Akiko Yano)

D3. Itohoni / Chakra
(Music by Bun Itakura / Words by Bun Itakura / Mishio Ogawa)

U.S. Girls - ele-king

 女性たちの怒りをいよいよ世が無視できなくなっているが、このムーヴメントより以前にメーガン・レミーはたしかに怒っていた。女性の労働の不遇に、ホワイトハウスに、戦争そのものに。しかし、その怒り方が彼女の場合……変だ。若い女が何かをすると「○○女子」といった安易なカテゴライズをすぐに与えられてしまうが、それを逆手に取るかのように「アメリカ女子」などという雑な自称をしていた彼女は、その名前を変えないままカナダに移住し、いまもアメリカの外からアメリカを糾弾している。はじめは冗談だったという。それはやがて批評的な意味を帯び、だがいまも半分は冗談のまま、「アメリカ女子」はおかしなプロテスト・ソングを歌っている。利発で奔放、そして徹底的に反抗的なUSガールズのウィアード・ポップは時代の追い風を受けていまこそ高みへと飛翔する。

 通算では6作め、名門〈4AD〉からは2作めとなる『イン・ア・ポエム・アンリミティッド』は、音楽的には近作のポップ志向を前進させたロジカルな発展形と言える。初期のローファイやアングラ性は影を潜め、ゴージャスなバンド・アンサンブルとリッチなソングライティングが堂々たる一枚だ。が、それでもどこかメジャー感がしないのは、様々なジャンルが脈絡なくミックスされているからだろう。何やらいかがわしく、どうにも奇天烈。映画にはジャンル映画という言い方があるが、同様に、USガールズの音楽性は様々なジャンルの音楽のクリシェを敢えて強調するようなやり方で取り入れたものだ。60年代のガールズ・グループ、グラム・ロック、ディスコ、シンセ・ポップ、ノイズ、ダブ、ジャズ……それらがランダムバトルのように次々に現れ襲いかかってくる。
 夫のマックス・ターンブルやトロントのミュージシャンであるシモーヌ・シュミットがソングライティングに貢献しており、メーガン自身は作曲のクレジットから外れているナンバーもある。その分なのか、メーガンは歌謡ショウのステージに立つシンガーよろしく艶やかに歌い上げる。素直に言ってチャーミングだし、セクシーだとも思う。それがかえって舞台装置めいた大仰さを醸しており、マックスが参加するジャズ・バンドであるザ・コズミック・レンジによるビッグ・バンド風のサウンドを背に彼女自身がギラギラと光沢を放つかのようだ。

 そうしたシアトリカルな意匠はサウンド面だけでなく歌詞のモチーフとも一体化。たとえばリヴァービーなパーカッションが響くオープニングのダブ・ナンバー“Velvet 4 Sale”はドメスティック・ヴァイオレンスなどの加害者に対する女からの復讐譚だそうだ。あるいは妖しげコーラスが彩る異形のファンク“Pearly Gates”は、危険なセックスを強要する男の姿を宗教的な権威と重ねながら告発している。ナマで入れたいがために「俺は外に出すのがすごく得意なんだ」と自慢する男のアホらしさから着想を得たそうだが、そうした語りの面白さは確実にこのアルバムの魅力だ。この突拍子もないユーモアこそがUSガールズの武器であり、それはここでさらに磨かれている。前作に続いて戦争の暴力を訴える“M.A.H.”はロネッツのようなイントロで始まったかと思えばチャカポコとコンガが楽しげに鳴り出すふざけたディスコ・ナンバーだが、それはオバマ前大統領に向けられたものである。「わたしは忘れない、なんで許さないといけないの?」──誰もがトランプに怒りをぶつけているときにオバマの外交面の失策を指摘しているのは彼女らしい怜悧さを示すものだが、それはこじれた男女のラヴ・ストーリーのように語られる。躁的な高揚感に満ちたリズムに合わせて中指を立てながら踊るレトロな映像を装ったヴィデオも、シュールでふざけていて、ひたすら痛快だ。


 
 アルバムは“Rosebud”の室内楽+R&B、“Incidental Boogie”のけばけばしいグラム、“Poem”のシンディ・ローパーかマドンナかと見紛うようなシンセ・ポップとコロコロと場面を変え、情熱的なジャズ・ロック・セッション“Time”の狂騒で幕を閉じる。アメリカのショウビズの遺産を引用しながらアメリカを皮肉るというのは最近ではファーザー・ジョン・ミスティの『ピュア・コメディ』を連想するが、ジョシュ・ティルマンのそれがペーソスを纏っていたことを思うと、メーガン・レミーの反骨はもっとタフでパワフル、それにひょうきんだ。この奇怪なプロテスト・ソング集は、それが「Girls=女子」によるものだからこれほどまでに生き生きと躍動しているのだろう……というのは情けない男の勝手な願望だ。メーガンはそんなもの歯牙にもかけずに勝手にやっている……このまま勝手にやってほしい。
 MeTooやTimesUpが強権的な佇まいを帯びてきつつある現在だからこそ、『イン・ア・ポエム・アンリミティッド』のユーモアは輝いている。ここには怒りも憎しみもある。が、それ以上にダンスと快楽がある。収まりのいい場所に1秒だってじっとしていられないとでも言うかのようなUSガールズのポップ・ソングは、新しい時代における自由を無根拠に予感させてくれる。

Belle and Sebastian - ele-king

 長いことベル・アンド・セバスチャンのファンでいたつもりなのに、実はごく最近までライヴを観る機会がなかった。まあ初期のベルセバはライヴはおろかメディアにもあまり出てこないバンドだったし、リスナーだって"Nobody's Empire"(フロントマンのスチュアート・マードックの過去の苦悩を歌った名曲)の歌詞のように人生いろいろなわけだからそこは気にしないでおく。
 それは2015年のフジロック・フェスティヴァルのことだった。およそ90分のあいだ、ギターのスティーヴィーやヴァイオリンのサラなどをはじめとしたバンド・メンバーの演奏に合わせて、スチュアートは皮肉な歌詞とは裏腹に滑稽なくらい愉快に踊り、客席の帽子を借りて次々と被ってみては誰かにマスカラをそっと塗ってもらったり、"The Boy With The Arab Strap"では数十人の観客をステージにあげて自由に楽しませる傍らで、ただひたすら幸せそうに終始笑顔でピアノを弾いていた。
 もちろんわかってはいたものの、デビュー当時の寡黙で陰のあるベルセバのイメージをまだ少しばかり引きずっていた自分はあまりの無邪気さに戸惑い、同時にそれまでの長い月日の流れの上で作り続けられた豊かな楽曲と、世の中の移り変わりやバンドの躍進を思い返して胸が熱くなった。目の前にはバギーの上ですやすやと眠る子供を連れた夫婦が、後ろの方にはまだ大学生くらいの若い男の子がステージを眺めていたのもなんだかグッときた。都会の喧騒から遠く離れ、そこだけが何故か静かで、小さな世界のゆっくりとした穏やかな時間に守られているような心地よさだけは、ずっと昔にひとりきりの部屋で『If You're Feeling Sinister』を聴いていた時のあの感覚とまったく変わっていなくて、安心した。

 最新作『How To Solve Our Human Problems』は昨年12月から3か月連続でリリースされたEPをひとつにまとめたアルバムで、これだけで済んでしまう手軽さも、1枚ずつ順番に揃えていけるマニア向けの遊び心もあって楽しい。計4枚のジャケットと歌詞カードにはインターネットで呼びかけて撮影されたファンの写真を使用していて、先述のライヴでの光景や、昨年10月の来日公演時に駅で出会ったファンを撮影した映像をライヴ中に流したというエピソードもある、ファンとのコミュニティを大事にしたベルセバらしい素敵な試み。そして年齢、性別、国籍の違う様々な表情を集めた写真は、ヴァラエティに富んだ楽曲を集めたこのアルバムの顔にとてもふさわしい。
 あらためて通して聴いてみると、前作『Girl in Peacetime Want to Dance』から引き続くシンセを効かせたダンス・ポップのあいだに初期の頃を思い出すようなアコースティックで優しい曲をちりばめ、前半に置いたダウンテンポのロマンチックなインスト曲に歌を乗せて後半に再び登場させるなど、EPの寄せ集めではない聴きやすさを作り上げているのはお見事。基本的にはセルフ・プロデュースで作られたようだが、ブライアン・イーノの作品にも関わっていたレオ・エイブラハムが3曲、ザ・クークスの4枚目のアルバム『Listen』を手掛けた若手ヒップポップ・クリエイターのインフローが2曲のプロデューサーとして共に参加、さらに"Best Friend"ではグラスゴーの4人組ガールズ・バンドTeenCanteenのカーラ・J・イーストンがリード・ヴォーカルを取っていて、そんな新たな交流もアルバムに隠された多彩な魅力を表している。
 なかでもブライアン・マクニールがプロデュースした"We Were Beautiful"はとくに素晴らしい。ドラムンベースのリズムにベルセバ節炸裂の哀愁のあるメロディとドラマチックなトランペットの音色が絡み合い、叙情的で繊細で。べ、ベルセバにドラムンベース⁉︎ と思ってしまうほどサウンド面で大胆な挑戦をみせた曲の邦題に「あの頃、僕らは美しかった」と付けられているのも印象的(是非はともかくベルセバにいまもまだ邦題が付けられているのは嬉しい)。

 大事な曲なので少し歌詞を引用したい。

 「僕らは最先端のシーンにいた
 そこではコーヒー豆を挽き
 女性たちは斜に構え
 男の子たちは薄っぺらで
 顎鬚を生やしてる
 僕らは外からそこを覗き込んでる」

 ここでサビの「We Were BeautiFul〜」に繋がればただのノスタルジックで詩的な曲にすぎないのだけれど、この後に

 「いまという時代を突き抜けて
 賑わう雑踏を高く越えて
 ありのままの君を見よう
 君の姿を見るんだ、星よ」

 と、いまの彼らは続ける。「あの頃」の面影を残しつつも、新しい美しさを身につけて。不思議なことに、曲調は違うけれど似たようにメンバー構成が変わりながらも20年もの間、コンスタントにずっと活動を続けてきたくるりの新曲「その線は水平線」を聴いた後にも同じような力強さと静かな感動があった。


 How Two Solve Our Human Problems。我々人間の問題を解決する方法。そんなものがあるのかはわからないけれど、いまのベルセバの楽曲やライヴでの姿に少しだけヒントが隠されているような気がする。そういえば日本盤のボーナス・トラック"Sometimes"の最後で繰り返し歌われているのは「自分の人生に関わる人びとを愛するんだ」という言葉だった。年齢を重ねていけばいくほど、不安定でナイーヴだった時を反対側から眺めることができるようになり、それはそれで複雑な感情が生まれて動けなくなったりすることもあるけれど、変化を恐れず知性とアイディアを持って音楽を続ける彼らの勇姿とあの笑顔を讃えながら、何度も聴いて、考えてみようと思う。もういなくなってしまった人たちのことを時々思い出しながら。

Various Artists - ele-king

 南アフリカからのGqomに続き、今度は東アフリカのタンザニアからとてもかっこいい新しい音楽がやって来ました。今回ご紹介するのはその新しい音楽Singeliの最新形態楽曲をウガンダのレーベル〈Nyege Nyege Tapes〉が編纂したコンピレーション・アルバムです。
 Boomkatのスタッフは「これは2017年に聴いた物の中でも、疑いなく最もトチ狂ったエキサイティングな新しい音楽だ」と、興奮気味にコメントしています。

 僕が知らないだけかもしれませんが、日本ではおそらくSingeliという音楽がほぼ認知されていないと思いますので、少しその背景を調べてみました。過去15年間に渡って東アフリカの中ではタンザニアの大都市ダルエスサラームが、最もエキサイティングなアンダーグラウンド・エレクトリック・ミュージック・シーンを形成してきたそうです。Mchiriku、Sebene、Segere(全て音楽形態の名称と思われる)などの星座のように点在する小さなシーンはやがて数年間のアンダーグラウンドでの潜伏期間を経て、最新の音楽形態Singeliとして爆発的に広まり、タンザニアの若者たちの間で人気だったBongo Flavaというジャンルに取って代わりメインストリームへ躍り出たという事です。

 ここでおそらく多くの人が疑問に思うのはBongo Flavaって何? という事だと思うのですが、これを調べてみるとちゃんと日本語のウィキペディア・ページがあり、YouTubeで検索すると「New Bongo flava songs 2017」「同2018」というプレイリストが出てきますが、レコード店でこの名称を用いて取り扱っているのはCompuma氏もお勤めのEL SUR RECORDSくらいのようですので、やはり日本での認知度は低そうです。

 Bongo Flavaは東アフリカにおける共通語であるスワヒリ語のLyricが特徴で、欧米のHIP HOPの大きな影響を受けていると同時にローカルな音楽(Taarab、Filmi、リンガラ音楽など)の要素がMIXされ、タンザニアンHIP HOPと呼ばれることもあるそうですが、Singeliを聴いた後では結構普通に聴こえてしまいます。ではSingeliとはどんな音楽なのかと言うと、日本語のウィキペディア・ページはまだありませんが、YouTubeで検索するとそれらしき物が出てきます。

 これなんかを見ますと日本との文化の違いを痛烈に感じます。経てきた歴史も土地の位置・風土も全く違うわけで当たり前なのですが、ウィキペディアで歴史を少し辿るだけで植民地、クーデター、エボラウィルスなどの単語が出てくるわけで、この音楽に漲(みなぎ)っているエネルギーはそうした歴史の中にあっても満ち溢れる生命力を示しているかのようです。

 タイトルにある「Sisso」というのはシーンの要となっているSISSO STUDIOというスタジオの名称のようです。それではそろそろ本題に入りたいと思います。

 とにかく全14曲すべてが高速で、BPMは遅いものでも170以上、200を超えるものも珍しくなく、ラスト・トラックのSuma“TMK”などは240近く、ということはBPM 120のものとMIXできる事になります。言語はおそらくBongo Flavaと同じくスワヒリ語でしょう。何を言っているのかは全く分かりませんが、歌唱法としてはRAPと言っていいと思います。RAPも乗せるトラックが高速なので勢いがあり、50centのようなDOPEさは出ないものの、ある種の催眠性のようなものがミニマル・ミュージックのごとく醸し出され、曲によっては呪術的なムードを湛(たた)えたものもあります。Lyricの内容は警官の汚職から別れた恋人とのいざこざまで、という感じらしく、彼らの日常を反映したもののようです。

 Dogo Suma Lupozi“Kazi Ya Mungu Haina Makosa26”(A2)はBPM 175くらいでミニマルに繰り返されるレイヴィなシンセコードに乗ってMCがひたすら休みなく声を出し続けます。時折スクリュード・ヴォイスがユニゾンで付き添う。シンセコードが小節頭のように感じるので、キックはBPM 175四分音符裏打ちで入っている(ように僕は感じる。速過ぎて混乱します笑)から、MIXするとちょっとややこしい事になりそうです。このミニマルに繰り返されるシンセコードが癖になります。スワヒリ語の語感や言い回しも独特な感触があり、こちらも面白い。TRAP風の引きずるようなベースラインも出てきます。以降もアルバム全体を通してスクリュード・ヴォイスは度々登場しますが、この音楽そのものがスクリューされたもののようでもあります。

 昨年リリースされたBullion“Blue Pedro”(名曲)〈TTT058〉のギター・フレーズを高速化したような旋律の上をMCが煽るように何か言い、スクリュード・ヴォイスが少年合唱団のごとく歌いあげて始まるDogo Niga“Polisi”(A3)。ベースラインも高速化されてバカテク・ベーシストの演奏のようになっていて、特にスライドを多用している部分なんかは面白い。陽気なメロディーが高速でミニマルに繰り返されていて、ベースラインに耳を傾けると少し笑ってしまいますが、聴いていると催眠的に幸福感が湧いてくるような曲です。しかし調べてみると「polisi」はスワヒリ語で「police」を意味するようなので、Lyricの内容は幸福感と真逆なものなのかもしれません。わざと対比させて皮肉っているのかも? もしそうなのだとすれば風刺的な1曲という事になります。

 MCのリフレインが癖になりそうな、少しダークでどこかGRIMEっぽい雰囲気が漂うMzee Wa Bwax“Mshamba Wa Kideo”(B2)に続き、物凄い勢いで迫りくるMCとレイヴィ・シンセ・フレーズが一丸となって繰り返されるDogo Niga“Kimbau Mbau”(B3)に圧倒されます。出だしは勢い余って、という感じでベースキックの音がブーストして歪んだりします。とにかくシンセ・フレーズが最高で、然(しか)るべきトラックに少しずつこの曲をMIXしていけば相当かっこいいのではと想像できます。時間も6分30秒あり、たっぷり。

 C sideが特に最高でお気に入りなのですが、Ganzi Mdudu“Chafu Pozi”(C1)は畳み掛けるようなRAPがかっこよく、タイトルだから聞き取れる「Chafu Pozi」というサビのフレーズの野太い声もかっこいい。重いキックの音にも痺れます。途中で速回しのような軽い音も入ってきたりしてメリハリも付いているし、デカい音で聴くと最高な予感。続くDogo Niga“Nikwite Nan”(C2)はダンスホールっぽくて、バックの音は細かく割られてはいますが、BPMは176でも88の感じでも聴けます。繰り返される三味線のような音のフレーズはアフリカの民族楽器なのでしょう。音のユニークな組み合わせを感じます。威勢の良いMCが最高にかっこいいMzee Wa Bwax“Mshamba Video Mster”(C3)はバックトラックも最高で、やっぱりレイヴィなんですよね。チープな感じの音のシンセ・フレーズに上がります。こういう曲たちがどんな風に聴かれているのかを想像してみるのも楽しい。

 煽るようなMCは声を出し続け、ひたすらタイトルを連呼する声はサンプリングされたものだろう、リズムトラックのごとく機能し細かく刻まれるリズムと同調、楔(くさび)のように裏に入りシンコペーションさせる音が相まって、全体的にダークなムードを醸し出しながら物凄い勢いで駆け抜けるDogo Niga aka Bobani“Tenanatena Rmx Cisso”。そして最後を締めるのは前述のSuma“TMK”。始まりは少し陽気なラテン・フレーバーも感じますが、すぐに何かに追われるかのような焦燥感が暗い感触を生み、MCは6分間言葉を発し続けます。この曲を実際に現場でMIXするのが楽しみです。

 このアルバムを評す際によく引き合いに出されているのはガバやブレイクコア、スピードコアなどのジャンルですが、僕はそれらのジャンルについてほぼ何も知りません。アフリカのローカルな音楽についても同様です(個人的には大石始さんのこのアルバムのレヴューがあれば読んでみたい)。そんな僕でもこの音楽のかっこよさはビンビン感じるし、レヴューを書くために何度も聴いていると無性にNozinjaが聴きたくなり、久しぶりに〈WARP〉のアルバムがターンテーブルに乗り、また新たな魅力を感じたりする事になるなど、音楽って本当に素晴らしいですね、と改めて、というか何度も何度も再確認している事を、また確認できました。多謝。

 このレヴューを書くに当たって、bandcampのテキストを参照しました。そのbandcampで全曲フル試聴ができます。元は限定版のテープで出ていたもので、ヴァイナル化に当たりMatt Coltonによるリマスタリングが施されています。Boomkatでは限定カラーヴァイナルも発売中。

Alva Noto & Ryuichi Sakamoto - ele-king

 アルヴァ・ノト(カールステン・ニコライ)と坂本龍一によるコラボレーションの最新作である。リリースはカールステン・ニコライが運営する〈noton〉から。
 二人が手掛けた『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品)の映画音楽から、彼らの音楽/音響は、どのような「響き」へと至ったのか。もしくは何が継続しているのか。それを知る上で非常に興味深いアルバムであった。
 彼らは音の美や透明性、その自律性にはこだわりがあるが、しかし「音楽」を固定的な形式性としても考えていない。それゆえ「サウンド・アート」的な作品を、驚きに満ちた「音楽」として、まずもって捉えているのだ。音楽は自由であり、その美意識は結晶である。

 本作『グラス』はアメリカのモダニズム建築を追求した建築家フィリップ・ジョンソン(1906年7月8日~2005年1月25日)による20世紀の名建築「グラスハウス」での二人の演奏を記録したアルバムである。演奏は、2016年にジョンソンの生誕110周年、およびグラスハウスの一般公開10期目を記念して公開された草間弥生のインスタレーション《Dots Obsession - Alive, Seeking For Eternal Hope》展示時のオープニング・パーティで披露されたものだ(ちなみに客席にはビョークがいたらしい!)。本アルバムは36分59秒に渡ってこの日の音響音楽を収録している。

 「グラスハウス」はコネチカット州にある1949年に建てられた四方をガラスで囲まれたミニマムなデザインの個人邸宅で、ジョンソンのパートナーであったアート・コレクターであるデイヴィッド・ホイットニーと自身のために設計・建築されたもののひとつだ。
 坂本龍一とカールステン・ニコライは、この「グラスハウス」の特質を存分に利用した方法論で本作のサウンドを産みだした。コンタクト・マイクを「グラスハウス」のガラスに付けて坂本龍一はゴムのマレットでガラスの表面を擦る。いわば「グラスハウス」全体を楽器のように音に鳴らしている。「グラスハウス」という環境・建築・空間それ自体が音響発声装置なのだ。
 むろん、彼らのまわりにはラップトップ、シンセサイザー、ミキサー、シンギング・グラス・ボウル、クロテイルなどの多くの楽器(音響生成のためのモノたち)が置かれている。坂本はキーボードを鳴らしつつ、シンギング・グラス・ボウルを擦り、微かな音を発生している。カールステンはラップトップに向かうと同時にクロテイルを弓で演奏する。それら「モノ」たちが音を発する様は、美しく、儚い。当日の演奏の模様はインターネット上で映像作品としても発表されているが、それを観ると「演奏者二人も含めたインスタレーション」のように思えるし、音響彫刻のようにも見えてくるから不思議だ(演奏は100%即興だという)。

 坂本は、2017年にリリースした新作『async』において「非同期」というコンセプトを聴き手に提示し、それに伴うインスタレーションを「設置音楽」と名付けた。「音響」ではなく、「音楽」なのだ。となれば2016年に披露された本アルバムの演奏もまた「非同期」であり、一種の「設置音楽」ではないかと想像してしまう。
 本作においても重要な点は、サウンド・アート的であると同時に「音楽」である点に思えてならない(ノイズ/ミュージック)。音響は、かすかなノイズや具体音が鳴り響きつつも、それらは「音楽」として緩やかに、大きな流れの線を描く。演奏の後半においては「旋律の前兆」のような響きも鳴り響く。ここにおいてノイズとミュージックが、それぞれの領域に清冽な空気のようにミックスされていく。

 それらすべてを包括するかたちで「グラスハウス」という場所が機能しているように思えた。音楽と場所。音響と空間。現代のようにインターネット空間において無数の音楽に解き放たれている時代だからこそ、ある限定された場所/空間における音楽の重要性や影響もまた大きな意味を持ち始めているのではないか。むろん、それはどこでも良いというわけではなく、コンセプトへの共振が重要に思える。
 その意味で「グラスハウス」=フィリップ・ジョンソンの「新しいものへの進化」、「モダニズムの追求」、「普遍性との共生」のコンセプト(概念)への共振は重要ではないか。個と社会、モダンとポストモダン、人工と自然。その両方を考えるということ。
 なぜなら坂本龍一やカールステン・ニコライもまたそのような20世紀以降のモダニズムの問題を音楽やテクノロジーの側面から追求してきたアーティストだからだ。となれば彼らが「グラスハウス」という「場所」にインスピレーションを受けて、素晴らしい音響を生成し、新しく普遍的な「音楽」の演奏を行ったことは必然だったのかもしれない。
 本作はこの二人の「音楽家」としての本質を知る上でとても重要な記録録音/音響音楽ではなかろうか。耽美的で「美しい」音響であっても、湿ったナルシシズムとはいっさい無縁だ。まさにガラスのように「透明な音楽」である。

interview with GoGo Penguin - ele-king

 ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンなど、新しい世代によるジャズはもっぱらアメリカを起点にして語られることが多かった。しかし、それに加えて近年はイギリスの若手によるジャズが熱い。今もっとも注目を集める南ロンドン勢もそのひとつであるが、こうしたUKジャズの評価の流れを生むきっかけとなったのが、フライング・ロータスなどとも共演するドラマーのリチャード・スペイヴン、マンチェスターのマシュー・ハルソールなど〈ゴンドワナ・レコーズ〉勢、その〈ゴンドワナ〉出身のゴーゴー・ペンギンの活躍である。クリス・アイリングワース(ピアノ)、ニック・ブラッカ(ダブル・ベース)、ロブ・ターナー(ドラムス)というピアノ・トリオ形式の彼らは、これまでのジャズ・ピアノ・トリオの概念を変える存在で、テクノ、ドラムンベース、エレクトロニカといったエレクトロニック・ミュージックの要素や概念を演奏や作曲に取り入れている。そうしたエレクトロニック・ミュージックとのスタンスはアメリカ勢のそれとも異なるものがあり、またクリスのピアノに見られるクラシックからの影響、ロックからの影響を含め、UK独自のセンスを感じさせる。一般にはジャズ・バンドという括りで語られているが、実際はエレクトロニック・サウンドをアコースティックな生演奏で表現しているといった方が正しい。少し角度を変えて彼らの音楽を見てみると、たとえばカール・クレイグのインナーゾーン・オーケストラのような音楽と同質のものとも言えるだろう。


GoGo Penguin
A Humdrum Star

Blue Note / ユニバーサル ミュージック

Jazz

Amazon Tower HMV iTunes

 彼らは2009年にマンチェスターで結成され(初代ベーシストはグラント・ラッセルだったが、2013年にニックへ交代)、2012年に〈ゴンドワナ〉からレコード・デビュー後、2013年のセカンド・アルバム『v2.0』が「マーキュリー・プライズ」にノミネートされて一躍注目のバンドとなった。ライヴでも着々と評価を集める彼らは2015年に〈ブルーノート〉移籍し、2016年春にサード・アルバム『マン・メイド・オブジェクト』を発表。直後に初来日公演を行い、その後「ブルーノート・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパン」や「東京ジャズ」などでもステージを踏んでいる。アメリカでは「コーチェラ」や「SXSW」など大型の音楽フェスにも出演し、いわゆるジャズ・ファンでない観客も魅了する彼らだが、このたび通算4作目となるニュー・アルバム『ア・ハムドラム・スター』を引っ提げ、4回目の来日公演を果たした。宇宙科学者のカール・セーガンが1980年のアメリカのTVシリーズ『コスモス』で語った言葉が由来となる『ア・ハムドラム・スター』は、今までよりさらにエレクトロニック・ミュージックとの接点が増えているように感じられる一方、アンビエントな質感も増している印象で、音響を含めた一種のアート作品として完成している。ちなみに、1970年代後半から1980年代にかけてブームを呼んだペンギン・カフェ・オーケストラもアンビエント・ミュージックと呼ばれていたが、ゴーゴー・ペンギンというグループ名は彼らにちなんだものではない。グループ名を決めなければならない期限が迫っていたある日、たまたまリハーサル・スタジオでオペラ用小道具のペンギンの人形を見掛け、それでピンと閃いて決めたそうだ。


アンビエントの定義ということでは、その最高で究極の形はミニマルであることだと思う。最小のマテリアルや素材、アイデアで、何時間も同じことを繰り返していくのがアンビエントであると。余計な音や素材は不必要なだけなんだ。 (クリス)

『ア・ハムドラム・スター』は世界をツアーする合間に作ったものですが、いくつかの曲は異国の地で得たインスピレーションが元となっています。“トランジェント・ステート”は渋谷から代々木公園、原宿を散策していたとき、明治神宮でのイメージが元になっているそうですね。感銘を受けたクリスは神道における祖霊に関する本をいろいろと読み、それらからも曲想を得ているということですが、そうしたスピリチュアルな要素や内省的な事象がゴーゴー・ペンギンの作品に反映されることは多いのでしょうか?

クリス・アイリングワース(以下、クリス):うん、そういったことはすごく多いよ。もちろん、最終的な自分の意見を決めたり、結論や自分は何者であるかとか、そういった答えを出すのは自分自身でしかないのだけれど、それに至るまでにいろいろな人のアイデアや考え方、ものの見方を知るということは、とても面白いことだと思うんだ。だから、本とかを読んでいろいろな人の考え方を知ることが僕は多いけれど、神道についてはそれまで全く知識がなくて、いろいろと本を読んで勉強したんだ。ちょうどその日の明治神宮では結婚式が行われていて、ほかにも代々木公園の雑踏の中でいろいろな体験があったりと、心が動かされることが多くてね。そうした今までにない経験やインスピレーションから“トランジェント・ステート”を作ったんだよ。

今回の来日ではどこかへ行く予定とか、行きたい場所はありますか?

ニック・ブラッカ(以下、ニック):今回はスケジュールがあまりなくて、忙しいから難しいかもね、残念だけど(笑)。昨晩は僕とクリスで日本食のレストランに行ったけど、それくらいかな……前回の来日で明治神宮に行ったときは5日間くらい滞在できたけれど、そういったことは普段あまりないからね。

海外のアーティストにはアニメ好きな人も多くて、秋葉原へ行くことも結構ありますよ。

クリス:秋葉原は前回行ってるよ。僕の妻が日本のアニメの大ファンで、特にスタジオ・ジブリ作品が好きなんだけれど、彼女の薦めで僕も『となりのトトロ』とかいくつか観てるんだ。僕らのエンジニアのジョー(・ライザー)もアニメ・ファンだしね。

“ア・ハンドレッド・ムーンズ”はカリブの賛美歌を聴いているときに生まれたという、オーガニックでパーカッシヴなビートを持つ今までのゴーゴー・ペンギンにはなかったようなタイプの作品です。“ストリッド”はニックの故郷のヨークシャーを流れるワーフ川の様子から名付けられました。アルバム・タイトルの『ア・ハムドラム・スターズ』は宇宙科学者のカール・セーガンの言葉が由来となっています。“トランジェント・ステート”もそうですし、今回のアルバムには自然や宇宙、または宗教的な儀式などに結びつくような作品が多いように感じますが、いかがですか?

ロブ・ターナー(以下、ロブ):最終的に自然とか宇宙、儀式などの要素がアルバムに多くなったけれど、それらのものがアルバム制作の出発点になったわけではないんだ。アルバムを作る時点ではもっといろいろな要素や物事があって、異なる側面から曲も書いていったけれど、制作の中で曲も旅をするみたいにどんどんと進化したり、曲自身が探求するように変化していったりと、結果としてこうしたアルバムになったんだ。

クリス:僕らの曲は小さなアイデアから始まって、それがだんだんと膨らんでいく中で、別のものに変化することはよくあるんだ。誰かのアドバイスがきっかけで変わるとか。人によってものの見方は違うだろ。だから、曲によって僕とたとえば君とでは違う捉え方をすることもある。でも、それは僕らにとって面白いことなんだ。だって、人から言われないと、この曲にはそういった見方もあるだなんてわからないし、気付かされることもないからね。

ちなみに、前のアルバム『マン・メイド・オブジェクト』の中に“プロテスト”という曲がありましたが、あれは何かへの抵抗を示したり、政治的なメッセージなどと結び付いたりしているのですか?

ロブ:特に何かについての抵抗という意味ではなくて、「ノー」という感覚を言葉にするようにあの曲は作ったね。

クリス:偶然だけれど、あの曲を作っていた頃、僕らがツアーで行く先々でいろいろとテロが起こっていて、そのテロ事件の少し後にライヴや公演がたまたま組まれていることが重なっていたんだ。僕らはそうした事件や社会的な出来事にも目を向けていたい人間だから、もちろんテロという現実にも目をそむけることはできない。暴力的なことと結びつくような人間ではないけれど、でもやっぱりテロのあった地を訪れるといろいろと感情が湧いてきて、そういったものが“プロテスト”に結びついているのかもね。僕らはツアーが終わればテロのあった場所から去ってしまうけれど、これからもそこでずっと生活していく人たちもいるわけで。でも、これは僕個人の意見だけれど、“プロテスト”を演奏するときは、怒りとか憎しみとかそういった感情が僕の中にあるのではなく、ポジティヴなものが溢れ出る気がするんだ。それは演奏を聴くお客さんたちからも感じられるもので、悲しいことがあったけれど、ひとつになって生きている喜びを分かち合おう、称えようという、そんな気持ちを感じるんだ。

オーガニックな要素という点では、“プレイヤー”でのノイズ的なサウンドは、ベース弦に鎖やメジャーを当てて発生させたものです。プリペアド・ピアノの概念をベースに当てはめたようなものですが、こうした発想はどのように生まれてきたのですか?

ニック:あれは鎖をピアノ線に当てていて、ベース弦に金属メジャーを当てているんだ。一緒にレコーディングをしてくれるエンジニアのブレンダン(・ウィリアムス)のアイデアなんだ。

ピアノの場合は結構そうやって音を出すピアニストもいますが、ベーシストでそうやって音を作る人はあまり見かけないかなと。

ニック:ブレンダンとジョーは本当にアイデアマンなんだ。前のアルバムのときはフード・プロセッサーを持ち出してきて、僕らも一体何が始まるのかわからなかったね(笑)……実際は録音には使われなかったけど。

クリス:あと壊れたメトロノームを使って音を出してみたりとか。

何だかマシュー・ハーバートみたいですね(笑)。

ロブ:ほんと、そうだね。ハーバートは僕らのリミックスもしてくれているんだよ。

『マン・メイド・オブジェクト』ではピアノやベースを元にするほか、ロブがロジックやエイブルトン、あるいはiPhoneアプリを用いて作曲することもあったのですが、今回もそうした手法を発展させたり、あるいはまた何か新しいアイデアを盛り込んでいますか?

クリス:ステップ・シーケンサーというアプリはローランドTR-808みたいなドラムマシンの音を出すことができるから、それを使って“トランジェント・ステート”を作っているね。でも、アプリのサウンドはあくまでスケッチというか、アイデアを伝える道具的なものなので、実際にはそこからロブがロジックを使って、より細かくて複雑なリズムを組んでいくんだよ。

『マン・メイド・オブジェクト』のときもエレクトロニックに作りたいという意識はあって、今回はそれをさらに推し進めたいと考えたね。〔……〕でも、あくまで演奏の軸となるのはアコースティック楽器だよ。 (クリス)

“ア・ハンドレッド・ムーンズ”には初期のブライアン・イーノのようなアンビエントの雰囲気も取り入れられ、“プレイヤー”もアンビエントなピアノ・ソロから始まります。“ディス・アワー”はフランチェスコ・トリスターノとカール・クレイグが共演したようなアンビエント・テクノ的な楽曲と言えます。もともとゴーゴー・ペンギンの作品にはアンビエントと結びついた作品は多かったのですが、今作では改めてアンビエントをとらえ直しているように感じました。あなたたちはアンビエント・ミュージックをどのように考えていますか?

クリス:イーノは僕が大きな影響を受けたひとりだよ。彼の『ミュージック・フォー・エアポート』のフィルム上映が故郷のヨークシャーで行われたときに観にいって、それからハマって『ミュージック・フォー・フィルムズ』などいろいろと聴いていった。彼から学んだアンビエントの定義ということでは、その最高で究極の形はミニマルであることだと思う。最小のマテリアルや素材、アイデアで、何時間も同じことを繰り返していくのがアンビエントであると。余計な音や素材は不必要なだけなんだ。

あなたたちのトリオという形態もミニマルなものと言えますし、『ア・ハムドラム・スター』のアルバム・ジャケットも不必要なものをそぎ落としたシンプルなデザインですしね。

ニック:ああ、ジャケットは僕の友達のお兄さんがデザインをしてくれているんだ。ヨークシャーの頃からの知り合いで、前作でもジャケット・デザインをしてくれているよ。

一方、“レイヴン”や“トランジェント・ステート”はゴーゴー・ペンギンの躍動的でアグレッシヴさが凝縮された作品で、ロックからクラブ・ミュージックの影響が感じられる力強いビートがあります。“バルドー”はさらにダンス・サウンド的で、この曲のイントロの入り方、ブレイクの間合い、ビートが抜けてピアノだけになるところとかは、明らかにクラブ・ミュージックやエレクトロニック・ミュージック以降の感性かなと思います。“ストリッド”は一種のブロークンビーツと言えますし、トリッキーなDJプレイを思わせるリズム・チェンジの場面があります。マシン・ビートに近似した“リアクター”など、そうしたリズム面では今までのアルバムよりさらにエレクトロニックな視点で作られているのではと思いますが、いかがでしょう?

クリス:『マン・メイド・オブジェクト』のときもエレクトロニックに作りたいという意識はあって、今回はそれをさらに推し進めたいと考えたね。ベースをペダルによって変調させるという手法はわりと前からあって、僕たちも『マン・メイド・オブジェクト』のときにやったけど、今回は初めてピアノにエフェクターを用いたりしている。でも、あくまで演奏の軸となるのはアコースティック楽器だよ。僕らのスタイルであるアコースティック楽器で演奏するエレクトロニック・ミュージックというのに変わりはないね。ロブはロックが好きで、僕とニックはエレクトロニック・ミュージックが好きと個人的な嗜好はあるけれど、そうしたものを自分たちの音楽に反映させる技術がより進歩してきたということもあるかな。もちろん、そのために演奏の練習を積んだり、日頃からスキルを磨いたりしているわけで、それが今回のアルバムで形になったんじゃないかな。

“ソー・イット・ビギンズ”や“ウィンドウ”はティグラン・ハマシアンのようなリリカルで美しい世界を、トリップ・ホップやダウンテンポ、あるいはダブステップ的に解釈した作品と言えそうです。イギリスではリチャード・スペイヴンがダブステップやドラムンベースも咀嚼したジャズ・ドラマーで、サブモーション・オーケストラのようなダブステップを生演奏するバンドもいます。あなたたちはそうしたダブステップやドラムンベースの影響はどのように受けていますか?

ニック:彼らは僕らと同世代で、サブモーション・オーケストラとは10年ぐらい前から知り合いだし、リチャードとはライヴで共演したりすることもある。でも、僕らは彼らのやり方に影響を受けているというより、また違った角度でダブステップとかドラムンベースにアプローチしているといった方がいいかな。個人的にはダブステップそのものに大きな影響を受けているわけではなくて……中にはいいものもあるし、そうでないものもあるし。でも改めてそうした視点で見ると、確かに“バルドー”のベース・ラインはダブステップ的なものかもしれないね。

クリス:“ウィンドウ”の後半のビートとピアノのコンビネーションは、まるで何か新しい楽器を作り出しているみたいな感覚があって、どこか時計仕掛けのエレクトロニックな感じが出ているかもしれないね。

先ほどから名前が出ていますが、あなたたちには専属エンジニアのジョー・ライザーとブレンダン・ウィリアムスが第4のメンバーとしてついていて、作品やステージからは音響やポスト・プロダクションなどへの強いこだわりが感じられます。同じマンチェスター出身で今はロンドンを拠点としていますが、フローティング・ポインツも音響を作品の重要な要素と位置づけるアーティストで、ミキシング・エンジニアの仕事もしています。音楽家としてのスタイルは異なりますが、そうした点であなたたちには彼と同じ匂いを感じさせるところもあるのですが、いかがでしょう?

ロブ:うん、フローティング・ポインツのサウンドはすごくいいね。でも、彼はプログラミング中心のアーティストで、僕らとは音楽へのアプローチ方法が違う。彼の作品を聴いてると、クラシック的な緻密な音作りをしているんじゃないかなと思うね。スタジオでマイクをどう立てたりとか、この楽器にはこのマイクを使ったりとか。

クリス:僕らの場合は3人で、それぞれの楽器を、どうやってその楽器らしく響かせるか、聴かせるかということに主眼を置いている。しかも、その楽器の音をどうブレンドさせるかが難しいところで、そうじゃないと深みのあるものが生まれなくて、フラットなサウンドになってしまう。聴く人が音に包まれるような感じにはならない。あと、僕らのライヴはわりと生命力が溢れるような感じになるけれど、それをレコーディングでCDに取り込む場合、躍動感をいかにパッケージへ落とし込むかが結構難しいんだ。そうしたときにポスト・プロダクションの手助けを借りることが多いかもね。


Klein - ele-king

 これは昂奮せずにはいられません。『Only』で圧倒的な存在感を示し、昨年は〈Hyperdub〉との契約~EPのリリースも話題となったクラインが、来る3月23日、ついに初来日を果たします。OPNやアルカの登場から時代がひと回りし、新たなエレクトロニック・ミュージックの機運が熟しはじめている昨今、ele-king編集部内でも「次の10年を決定づけるのは誰か」という議論が日々盛り上がっておりますが、その最右翼のひとりがクラインです。彼女の魅力を説明するのに、コード9でさえ言葉を失うほど。つまり、今回の来日公演は絶対にスルーするわけにはいかないということです(当日は〈PAN〉のフローラ・イン=ウォンやセーラーかんな子らも出演)。いやしかし去年のチーノ・アモービといい先日のニガ・フォックスといい、《Local World》はほんとうに良い仕事をしますな~。


Local 6 World Klein
2018/03/23 fri at WWWβ

時代を研ぎ澄ますアフロ最前衛の結晶 Klein 初来日! “フリーク・アウトR&B”とも形容される、サイケデアリにまみれたナイジェリアン・ルーツのミュータント・ソウル・シンガー/プロデューサーをロンドンから迎え、本ディケイドの電子音楽を革新する〈Hyperdub〉と〈PAN〉、そして中国、韓国、アイルランド、日本など、様々な背景が入り混じるエクスペリメンタル・クラブ・ナイト。

圧倒的にオリジナルな作品で時代を駆け抜けるアフリカン・ルーツの女性プロデューサー Jlin (Planet Mu)、Nidia Minaj (Principe)、Nkisi (NON Worldwide) などと同時期に、R&B/ソウル/ゴスペルを軸にサイケデリックかつゴシックなテイストでノイズ、インダストリアル、トラップ、UKガラージをコラージュで紡いだ怪作『Only』〈Howling Owl 2016 / P-Vine 2017〉で現代電子音楽の最前線へと躍り出し、昨年〈Hyperdub〉からデビューを果たし、Laurel Halo の最新作にも参加したサウス・ロンドンの異端 Klein が、ローカルかつワールドな躍動を伝える《Local World》第6弾へ登場。共演には元『Dazed』のエディターとしても活躍し、現在ベルリンの〈PAN〉の一員としても働く、ロンドン拠点のプロデューサー/DJ Flora Yin-Wong、ネット・カルチャーから現れ、新旧のアンダーグランドなクラブ・ミュージックと日本のサブカルチャーのセンスが入り混じる特異な存在 Sailor Kannako (セーラーかんな子)、日本とアイルランド双方にルーツを持ち、複数の言語と独自のセンスでその世界観を表現するプロデューサー/シンガー ermhoi、ロンドンの〈BBC AZN Network〉やアジアンなクリエイティヴ・コレクティヴ Eternal Dragonz にミックスも提供する韓国は釜山生まれ、現在は東京を拠点とする Hibi Bliss が登場。拡張されるアフロやR&B、躍進するアジア、そして女性アーティストの活躍など、今日のエレクトロニック/クラブ・ミュージックの躍動とモードがミックスされた最旬のエクスペリメンタル・クラブ・ナイト。

Local 6 World Klein
2018/03/23 fri at WWWβ
OPEN / START 24:30
ADV ¥1,500 @RA / DOOR ¥2000 / U23 ¥1,000

LIVE:
Klein [Hyperdub | Nigeria / London]
ermhoi

DJ:
Flora Yin-Wong [PAN | London]
Sailor Kannako
Hibi Bliss

https://www-shibuya.jp/schedule/008823.php

※未成年者の入場不可・要顔写真付きID / You must be 20 or over with Photo ID to enter.


■Klein (クライン) [Hyperdub | Nigeria / London]

ナイジェリアのバックグランドを持つサウス・ロンドン拠点のアーティスト。シアターやゴスペルのファンであり、楽曲制作の前に趣味でポエトリーを書き、Arca の勧めにより本格的にアーティスト活動を始動。自主で『Only』(国内盤は〈Pヴァイン〉より)と『Lagata』を2016年にリリース、UKの前衛音楽の権威である『The Wire』やレコード・ショップ Boomkat から大絶賛され、一躍シーンの最前線へ。2017年には Kode9 主宰の〈Hyperdub〉と契約を果たし、リリースされたEP「Tommy」は『Tiny Mix Tapes』や『Pitchfork』といった媒体で高い評価を受け、最近ではディズニー・プリンセスにインスパイアされたファンタジー・ミュージカル『Care』のスコアとディレクションを手がけ、ロンドンのアート・インスティテュートICAにてプレミア公開。
https://klein1997.bandcamp.com/

■Flora Yin-Wong [PAN | London]

ロンドン生まれのプロデューサー、ライター、DJ。「|| Flora」としても知られ、フィールド・レコーディング、ディソナンス、コンテンポラリーなクラブ・カルチャーを下地とした作品やミックスを発表。これまでにベルリン拠点のレーベル〈PAN〉の一員としてベルグハインやBlocのショーケース、アジアや欧州を軸に様々な場所でDJをプレイ、Boiler Room、NTS、Radar Radio、BCRといったショーへも参加。プロデューサーとしてはNYCの〈PTP〉からEP「City God」をテープでリリース、〈PAN〉のアンビエント・コンピレーション『Mono No Aware』、その他 Lara Rix-Martin の〈Objects LTD〉、Lolina (Inga Copeland) や IVVVO も参加の〈Caridad〉のコンピレーションへ楽曲を提供、Celyn June (Halcyon Veil) のリミックスやミランの〈Haunter〉やロンドンの〈Holodisc〉とのトラック共作を手がけている。
https://soundcloud.com/floraytw

■Sailor Kannako(セーラーかんな子)

1992年広島生まれ。2012年ごろから、ネット・カルチャーを軸にしたパーティ《Maze》に参加。現在は幡ヶ谷Forestlimit など、都内を中心にDJしたりしなかったり。SoundCloudでミックス音源をときどき更新中。
https://soundcloud.com/onight6lo0mgo

■ermhoi

日本とアイルランド双方にルーツを持ち、複数の言語と独自のセンスで世界観を表現する、プロデューサー/シンガー。2015年ファースト・アルバム『Junior Refugee』を〈salvaged tapes records〉よりリリース。以降イラストレーターやファッションブランド、演劇、映像作品への楽曲提供や、千葉広樹をサポートに迎えてのデュオ、吉田隆一と池澤龍作とのトリオの nébleuse、東京塩麹のゲストボーカル、TAMTAM やものんくるのコーラスなど、ジャンルに縛られない、幅広い活動を続けている。
https://soundcloud.com/ermhoi

■Hibi Bliss

DJ HIBI BLISS a.k.a Princess Samsung

https://soundcloud.com/hibi-bliss

MALA - ele-king

 春だ。Jリーグも開幕した。たのむ、冬よ明けてくれ。電気代が高くてしょうーがねぇ。
 春分の日の前日、3月20日に代官山ユニットにマーラがやって来る。Brialも影響を受けた、ダブステップにおける最重要人物のひとりである。また、同日には、UKのベース系アンダーグラウンドと深くリンクするゴス・トラッドも出演する。行くしかないでしょう。

ダブステップ/UKベース・ミュージック界の最重要人物MALA、2年振り一夜限りのDBSスペシャル・セッション決定!

 伝説のDMZを旗揚げ、その精神はDeep Medi Musikへと受け継がれ数々の秀作を世界のベース・シーンに投下し続け、2018年記念すべきEP100をリリース。MALAはDBSのこれまでの節目でプレイ、最高のヴァイブを醸し出してくれた。
 今回一夜限りとなるDBSスペシャル・セッションにはMALAの盟友、GOTH-TRADがインダストリアルかつエクスペリメンタルなLIVEで異次元の音世界を創造、そして独創的なサウンドで多岐にわたり活動を繰り広げるJUZU a.k.a. MOOCHY、東京ベース・シーンの重鎮PART2STYLE SOUND、ダブステップ・シーンのホープHELKTRAMらが集結。

 UNITサウンド・システムに加えBROAD AXE SOUND SYSTEMを設置、最高品質かつ最重低音の神髄を体感して欲しい。
”Come meditate on bass weight!"


DBS Special feat.MALA

feat.
MALA [DEEP MEDi MUSIK]

with.
GOTH-TRAD [DEEP MEDi MUSIK / Back To Chill]
JUZU a.k.a. MOOCHY [NXS / CROSSPOINT]
PART2STYLE SOUND
HELKTRAM

vj/laser: SO IN THE HOUSE
extra sound: BROAD AXE SOUND SYSTEM

2018.03.20(TUE)@UNIT
open/start 23:30
adv.3,000yen door.3,500yen

Ticket outlets:NOW ON SALE!
PIA (0570-02-9999/P-code: 107-273)、 LAWSON (L-code: 71371)、
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia ー https://clubberia.com/ja/events/276865-DBS-Special-feat-MALA/
RA― https://jp.residentadvisor.net/events/1068109


info. 03.5459.8630
UNIT >>> www.unit-tokyo.com


Za HOUSE BLD. 1-34-17 EBISU-NISHI, SHIBUYA-KU, TOKYO
tel.03-5459-8630
www.unit-tokyo.com


★MALA (Deep Medi Musik / DMZ)

 ダブステップ/ベース・ミュージック界の最重要人物、MALA。その存在はJAMES BLAKE、ADRIAN SHERWOOD、GILLES PETERSON、FRANCOIS K etc.多方面からリスペクトされている。ジャングル/ドラム&ベース、ダブ/ルーツ・レゲエ、UKガラージ等の影響下に育った彼と盟友のCOKIは独自の重低音ビーツを生み出すべく制作を始め、DIGITAL MYSTIKZとしてアンダーグラウンドから胎動したダブステップ・シーンの中核となる。'03年にBig Appleから"Pathways EP"をリリース、'04年にはLOEFAHを交え自分達のレーベル、DMZを旗揚げ、本格的なリリースを展開、Rephlexのコンピレーション『GRIME 2』にフィーチャーされる。'06年には"Ancient Memories"、"Haunted / Anit War Dub"やSoul Jazzからのリリースで知名度を一気に高め、自己のレーベル、Deep Medi Musikを設立。以来自作の他にもGOTH-TRAD、SKREAM、SILKIE、CALIBRE、PINCHらの作品を続々と送り出し、シーンの最前線に立つ。'10年にはDIGITAL MYSTIKZ名義の『RETURN II SPACE』をアナログ3枚組でリリース、壮大なスケールでMALAのスピリチュアルな音宇宙を明示する。'11年にはMALAの才能に惚れ込んだGILLES PETERSONと共にキューバを訪問、現地の音楽家とセッションを重ね、持ち帰った膨大なサンプル音源を再構築し、'12年にBrownswoodからアルバム『MALA IN CUBA』を発表。キューバのルーツ・ミュージックとMALAのエクスペリメンタルなサウンドが融合し、ワールド・ミュージック/エレクトロニック・ミュージックを革新する。バンド編成によるMALA IN CUBA LIVEは各地で大反響を呼び、'13年10月には朝霧JAMとDBSで衝撃を与える。MALAのグローバルな音楽探究の旅は続けられ、ペルーでのレコーディングを熟成、集成したアルバム『MIRRORS』が'16年6月にリリース。そして2018年に自身のレーベルDeep Medi Musik”はEP100リリースを達成する。

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★GOTH-TRAD (DEEP MEDi MUSIK / Back To Chill)

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