「OTO」と一致するもの

神聖かまってちゃん
ワンマンライヴ2010
- ele-king

 喧嘩したり骨折ったりパソコン壊したり途中で終わったりやる曲を決めてなかったり、ざっくばらんかつスキャンダラスな無法地帯であるやに漏れ聞いていた神聖かまってちゃんのライヴもリキッドルームでのワンマンということで、アルバム発売日の12月22日に早くも仕事納めを終えたつもりで出かけたが、知り合いには会わなかった。やっぱまだ仕事納める日じゃなかったんだな......。

 2曲続けて演奏されるということがない。1曲終わると何かしゃべり、次の曲をの子が決めてmonoに伝え、それをmonoはなんとか秘密裏にメンバーだけに伝えようとするのだが、monoのジタバタをあっさり無視しての子はマイクでこれからなにを演奏するかを呟いたり宣言したりする。2番目にやった"あるてぃめっとレイザー"を何度も初めてのように提案するの子にそれはもうやったからと説得しつつ、その繰り返しで進むライヴは、けれども別にほのぼのアットホームというわけではない。ギクシャクもしていないが、花壇や曲がり角や風鈴や洗濯物に気を取られながら、気になるたびに座って覗き込んでまた歩き出す散歩のようにいつの間にか進んでいる。

 男性客の多さが意外だった。パンクというジャンルではたいてい、怒りは他者に向かうことが多いだろう。反戦や政治のことでなくても、情けない自分がいれば必ずその対照に何らかの他者がいて、自分の内面への言及もその他者を意識したものになる。けれどもの子の詞に他者の存在はほとんどない。ひたすら内心の描写が続き、しかもそれを変えたい、変えようという願望も明確には表されてはいない。
 神聖かまってちゃんのライヴの雰囲気は、このの子の詩の世界を具現化したもののように思える。多くの若い男性客がバンドのなにに惹かれているのかは分からないが、ここでだけは他者のいる世界を抜け出し、自分を変えたいなどと神経をすり減らすこともなく、かといって非現実的な希望や"あるべき自分像"を押し付けられるようなストレスにさらされることもない。

 それから私は初めて観た神聖かまってちゃんのそのライヴで、なによりもの子という〈ヴォーカリスト〉を発見した、と思った。CDでは絶妙なバランスで整理され、美しく、爽快なまでに「完璧」と思えるほどのバランス感覚で施されているミックスが、当然だがライヴではある程度は混沌とする。そんな行儀がいいとは言えない空間で、意図的な混沌が塊と広がりのせめぎあいでフロアを包み込もうとしている。
 細い体でバイセクシャルの雰囲気をもつロックンロール・ヴォーカリストというのは珍しい存在ではない。ミック・ジャガーにイギー・ポップ、マーク・ボランとかジョニー・ロットンとか忌野清志郎とかね。の子はその系譜にいるとてもステージ映えのするヴォーカリストだ。曲間のMCというのはきっとけっこう難しいんだろう。でも煽るMC(例えば清志郎)であれ畏まるMC(例えばどんと)であれ、長話であれ小咄であれ愚痴であれ、気取っていても素顔を見せても、「板(ステージ)」についているMCとついていないMCがあるだけで、それは最初からかなり運命づけられているように思う。22日のの子はAラインのシャツがさらに華奢なシルエットを際立たせ、さながら、えー、森のこびとのようだった。そして1000人を前にしてそのファンタジックなパンク・ヴォーカリストはまるごと板についていた。

 そもそもが穿ち過ぎだったと言われるかもしれないが、音程を変えて女性のような声を使うのは、CDを聴いているときには、そのまま性別不明感、あるいはバイセックスを表すものとして聴こえていた。けれどもステージから発せられるの子の声は少し違って聴こえたのだった。熱いがなり声が突然平坦、あるいは冷淡なつぶやきに転換することもそうだが、そうした独特なヴォーカルの変化は、CDで聴こえていたような、例えばことにジェンダーを含んだ多重人格的なキャラクターの使い分けのようなものとしてではなく、の子というひとりの人格としてのヴォーカリストのつながりのある心象表現として届いてきた。両者の違いはけっきょくのところ些細なことでもあるが、歌の届き方の点で私はずいぶんと違った印象を受けた。

 数個の人格がさまざまな感情や気分を持っている、いわば小さな社会があるのではなく、あくまでもひとりの人間のなかにそれだけ複雑な感情や気分が去来するのだということを生々しく突きつける。激しく、まっすぐに。なぜだろう。ひとつには、ライヴならではのミックスで制御からはみ出してくる地声の存在感があったかもしれない。そしてなにより「板」に着くヴォーカリストの説得力があったと思う。

 後半、の子の声はますますよく出てくるようになっていった。"いかれたニート""怒鳴るゆめ""ねこラジ"、そしてただでさえヴォーカルが多くを語る"いくつになっても"と、"しょっちゅう座り込みながらの散歩"というペースは少しも変わっていないのに、気持ちは耳は目はまっすぐにステージに、の子に貼り付いたままになっていく。"東京では初めて"だし、ちゃんとできるか自信がないと言ってはじめた"いくつになっても"はたしかに歌詞は間違っていたけれど、神聖かまってちゃんの、の子の、具体的な形としてではないにしても、過去から未来までのその心象風景にちらちら揺れる光や影を見晴らすように強く迫るものがあった。

 その後の"天使じゃ地上じゃちっそく死"から本編ラストの"学校に行きたくない"までは、気ままに曲を選んでいるようでいて実は明晰に考えてるんじゃん! と確信したくなる圧倒的な構成となった。の子が、会場の終焉予定時刻を牽制するようにアンコールの延長をほのめかす気持ちも分かる気がするほど、彼の"声"はまだまだこれから、って言っていた。

DJ WADA (Sublime) - ele-king

2010/12/14現在のチャート


1
Moodymanc - Seedz - Tsuba

2
Scuba - Tracers (Deadbeat Remix) - Hotflush recordings

3
Steevio - Ty (Deep Mix) - Mind Tours Records

4
Alexi Delano - Un Do Me - Leena Music

5
BCR Boys - The Myth - Perc Trax

6
Grischa Lichtenberger - Calipso - Raster-Noton

7
Martyn - Left Hander - 3024

8
Scuba - Lights Out - Holtflush Records

9
James T Cotton - Take Care of The Incompleted and The Sick - Ghostly International

10
Margaret Dygas - See You around - Non Standard Prodaction

DJ FUKUBA (Smoker, Gallery, Junk) - ele-king

ティーンエイジなボクのハートに深い爪痕を残した愛しの10曲 "ディスコ編"


1
Leif Garrett - I Was Made For Dancin' - Atlantic

2
Claudja Barry - Boogie Woogie Dancin'Shoes - Chrysalis

3
Skatt Bros. - Walk The Night - Casablanca

4
Gazebo - Lunatic - Quality

5
Philip Bailey&Phil Collins - Eazy Lover - CBS Sony

6
Magazine 60 - Don Quichotte - Baja

7
Evelyn Thomas - High Energy - TSR

8
Expose - Point of No Return - Arista

9
Lime - Unexpected Lovers - TSR

10
Mary Jane Girls - In My House - Motown

interview with Eskmo - ele-king


Eskmo / Eskmo
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 絶えず拡大するポスト・ダブステップという宇宙のなか、グリッチもいま、新たなフェイズに突入している。フライング・ロータスの『ロスアンジェルス』を契機に、たとえばグラスゴーではウォンキー(グリッチとダブステップとチップチューンとの出会い)が生まれ、そしてサンフランシスコからはエスクモが登場した。自らをエスクモと、実に寒そうな名前を名乗る青年、ブレンダン・アンジェリードは比較的温暖なサンフランシスコを拠点とするトラックメイカー/プロデューサーである。彼はグリッチとアンビエント、IDMをシャッフルする。そして暗く幻想的でミニマルなビートによって、ある種のサイケデリック・ワールドを描いている。それはJ・ディラではなく、フォー・テットやボーズ・オブ・カナダに近い。
 ブレンダン・アンジェリードが音楽活動をはじめたのは、10年前の話だ。アモン・トビンらに影響を受けながらニューヨークでIDMスタイルの音楽を発表していた彼は数年前にサンフランシスコに引っ越している。そして、2009年に自主制作で発表したEP「ハイパーカラー」が〈ワープ〉の運営する配信サイト「ブリープ」で絶賛されると、フライング・ロータスが主催するパーティ〈ブレインフィーダー〉に出演を果たし、その評判を高める。
 そして昨年から今年にかけて〈プラネット・ミュー〉からは〈4AD〉系の霊妙さを孕んだ「レット・ゼム・シング(Let Them Sing)」を発表、さらにまた〈ワープ〉からはスプリットで、スワンが歌う天文学の歌をフィーチャーしたゴシック調のR&B「ランド・アンド・ボーンズ(Lands And Bones )」をリリースしている。この2枚のシングルで評判をさらに高めて、去る10月には〈ニンジャ・チューン〉から「人間と機械の境界線をぼやけさせるような音楽」とBBCに評されたアルバム『エスクモ』を発表している。
 取材に現れたブレンダン・アンジェリードは、実におっとりとした、清楚な佇まいの青年だった。

ロンドンのアントールドやジェームス・ブレイク、スキューバ、あと〈ヘッスル・オーディオ〉(ラマダンマンらが主宰するレーベル)やピンチ、彼らにはシンパシーを感じるよ。アントールドは最近知ったばかりなのだけど、彼は本当に素晴らしい。

ザ・レジデンツのTシャツを着ていますね!

エスクモ:彼らの『エスキモー』(1979年)というアルバムがすごく好きなのだけど、僕の「エスクモ」という名前はそこからインスピレーションを受けているんだよ。

ああ、なるほど!!

エスクモ:アルバムのなかで、シャーマンが氷の下に入るためにおまじないをして、氷の下に入って、まだそこから出てくるっていう曲があるのだけど、そういったシャーマニックな部分であったり、アイデアが面白いと思うんだ。彼らのコンセプトである、ポップなものを捻って何かを作るっていうやり方に、すごく共感しているよ。

彼らの作品はどれもコンセプチュアルなものですが、あなた自身の音楽もそうであると思いますか?  DJカルチャーやクラブ・ミュージックの文脈とは、また違うところにあるものだと思いますが。

エスクモ:今回のアルバムでは、レジデンツにシンパシーを感じたりする自分のパーソナルな部分と、エンタテインメントな部分、それはDJでみんなを喜ばせることであったりするのだけど、それらを上手く同居させることが出来たんじゃないかなと思っているよ。そういったことを僕は意識してやっているから、ある意味ではコンセプチュアルなものなのかもしれないね。でも、レジデンツからクラブ・ミュージックまでまたいで好きなのは、僕にとってはとてもナチュラルなことなんだ。うーん、上手く伝わるといいのだけど。

レジデンツのTシャツを着ているトラックメイカーなんて、なかなかいないと思いますけどね(笑)。

エスクモ:今日のステージを観てもらえば、もっと上手く伝わると思うな!(笑)。

そういえば、エイフェックス・ツインが初めて日本でDJをしたときに最初にかけたのはレジデンツなんですよ。

エスクモ:ワオ、それはナイスだね!

いまはサンフランシスコを拠点に活動しているんですよね。

エスクモ:うん、そうだよ。

〈ロウ・エンド・セオリー〉や〈ダブラブ〉など、あなたの地元であるUS西海岸のローカルなコミュニティから生まれたアンダーグラウンド・ヒップホップからの影響は勿論あると思うのですが、あなたの作るトラックからは、UKのグラスゴウのハドソン・モホークやラスティのような、ダブステップ以降のトリッキーなビートとの共振も感じられました。US西海岸とUKを繋ぐビートが出てきたことに、とても興奮したのですが。

エスクモ:正直に言うと、それがどういった経緯で生まれてきたのかは、僕にも上手く説明ができないんだ。普段は特定のジャンルの音楽を聴いているわけではなくて、フォークも聴くし、ジャズも聴くし、もちろん新しいビート・ミュージックも聴いているし。ただ、君が指摘したように、僕らウエスト・コーストとUKのシーンは通じ合っているところあると思う。具体的にどうというわけではないのだけど、マインドやアティテュードは近い気がするな。それはニューヨークのシーンにはないことだと思うんだ。

UKでシンパシーを感じるアーティストはいますか?

エスクモ:ロンドンのアントールドやジェームス・ブレイク、スキューバ、あと〈ヘッスル・オーディオ〉(ラマダンマンらが主宰するレーベル)やピンチ、彼らにはシンパシーを感じるよ。アントールドは最近知ったばかりなのだけど、彼は本当に素晴らしい。基本的に、僕が好きになったりマインドが近いなと思うのは、アッパーなものより、土台がちゃんと固められた落ち着いたものなんだ。


photo : Masanori Naruse
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僕がサンフランシスコに引っ越した理由のひとつは、「レッド・ウッド」という木が生えている森があるからなのだけど、そこに入ると多くのインスピレーションをもらうんだ。自分の音楽のアイデアはそこで生まれることもよくあるし、自然から受け取るものはたくさんある。


Eskmo / Eskmo
Ninja Tune / ビート

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あなたの作るトラックは、コズミックな音色のシンセを使いながら、下地にはトライバルなビートを敷いていたりしますよね。そういった相反するものが混ざり合うことで生まれるサイケデリックな世界観が面白いなと思いましたが、それはひとつのコンセプトであったりしますか?

エスクモ:そういったサウンド・テクスチュアに関しては、とくにテーマやコンセプトがあるわけではなくて、あれは自分のなかから自然と出てきた、自分にとってフィットすると思えるカタチなんだ。君が言った、テクノロジックなものとナチュラルなものを組み合わせる手法にしてもそうで、さっきもレジデンツとクラブ・ミュージックの話をしたけど、一見、まったく異なったものを組み合わせることに興奮を覚える人間なのかもしれない。この電話の音のように(と言って、近くに置いてあった電話をガチャガチャといじる)、フィールド・レコーディングもたくさんしているのだけど、デジタルとアナログを組み合わせることも、自分にフィットする手法だと思っているよ。

アルバムのなかにはヴォーカル・トラックも多くありますが、こういったシーンのなかでは珍しいですよね。

エスクモ:昔から自分の声はよく録っていたのだけど、いままでは、あくまでサンプリングのネタというか、曲のなかでチョップアップして使うためのひとつのマテリアルぐらいでしか考えていなかったんだ。でも、今回のアルバムでは「ネクスト・レヴェルに行かなければ」という気持ちが強くあって、こういった挑戦をしてみたんだよ。とは言っても、実際に自分の歌声を録るのは正直怖い部分もあったし、みんなに「ゲゲーッ!」って引かれるんじゃないかって、すごく冷や冷やした。だって、僕のいるシーンには、そんなことをやっている人はいなかったしね。でも、とりあえずそういったことは忘れて、自分のパーソナル部分に向きあって、いま、自分が何をしたいのか、何をしなければいけないのか、自分のなかの意識に正直に従って作っていくことにしたんだ。

なるほど。

エスクモ:仮に自分が音楽を作っていなかったとして、他の何かのアーティストだったとしても、自分がつねにやらなければいけないことは、ネクスト・レヴェルに行くことだと思うんだ。他人がどう思うかで自分に制限をつけてしまうのは絶対によくないことだから、とりあえず、自分がどう見られるかは置いておいて、自分が正しいと思うことに挑戦してみたんだよ。

もしかすると、自分はトラックメイカーというよりも、シンガー・ソングライターだという気持ちが強かったりしますか?

エスクモ:そうだね、ごく最近になってそう思いはじめたところだよ。

先ほどあなたもアントールドやジェームス・ブレイクのようなポスト・ダブステップのアーティストの名前を挙げていたように、いま、エレクトロニック・ミュージックのシーンは大きく変化している真っ直なかだという印象を受けます。そして、どこに向かっていくのかわからないという面白さがありますよね。自分たちがいるシーンについてはどう考えていますか?

エスクモ:いまのエレクトロニック・ミュージックのシーンはとても健康的だよね。健康的だからこそ、ドラスティックに変化し続けているわけだろうし。だからこそ、今後どうなっていくかっていうのは僕にもわからないのだけど、ジェームス・ブレイクもやっているように、ヴォーカルを取り入れたトラックがこれからどんどん増えてくるんじゃないかな。R&Bの要素を取り入れたり。

今年の夏にUKでは、マグネティック・マンの"アイ・ニード・エア"がヒットしました。もしかしたら、次はあなたのいるシーンからこういったアンセムが生まれてくるのでは、と思ったのですが。

エスクモ:正直なところ、マグネティック・マンは名前ぐらいしか知らなくて、そこまで追いかけていないんだ。家でエレクトロニック・ミュージックを聴くときは、静かなものを聴くことが多いね。ススム・ヨコタのような。昔はアッパーなものも多く聴いていたけど、最近は少し疲れてきちゃったみたいで。

音楽以外で影響を受けているものはありますか?

エスクモ:僕がサンフランシスコに引っ越した理由のひとつは、「レッド・ウッド」という木が生えている森があるからなのだけど、そこに入ると多くのインスピレーションをもらうんだ。自分の音楽のアイデアはそこで生まれることもよくあるし、自然から受け取るものはたくさんあるね。あとは家族や彼女、あ、昔の彼女も含むのだけど、そういった人間関係が音楽を作るときのインスピレーションに繋がることも多いね。

「レッド・ウッド」を求めてサンフランシスコに移住したというのは、あなたのロマンティストとしての資質がそうさせたのか、それとも、スピリチュアルなものに対する好奇心が大きかったのか、どちらでしょうか?

エスクモ:どっちもだね。スピリチュアルな部分にも惹かれたし、僕にはロマンティストな部分もあると思う。あと、これはすごく生活感のある話だけど、ご飯も美味しいし、過ごしやすい気候だしね。

リリックのなかでも、そういったスピリチュアルな部分であったり、ナチュラルな部分が描かれていて、幻想的なものが多いなと思ったのですが、それはあたなの出自であったり、トラックとの相互関係でそういったリリックを書くようになったのでしょうか?

エスクモ:リリックのテーマは大きく分けて、コンセプチュアルなものとごくごくパーソナルなもののふたつだね。"ウィ・ガット・モア"、"カラー・ドロッピング"、"ムーヴィング・グロウストリーム"、"マイ・ギアズ・アー・スターティング・トゥ・トレンブル"の4曲はコンセプチュアルなもので、他の曲はすべてパーソナルなことを歌っている。"ゴールド・アンド・ストーン"はその両方の要素があって、これは錬金術師のことを歌っている。"マイ・ギアズ・アー・スターティング・トゥ・トレンブル"は完全にコンセプチュアルなもので、ロボットを造る科学者がいて、彼が造ったロボットが誕生するときに科学者自身も誕生する、つまり、自分の生を実感するという内容だね。その反対に、パーソナルなことを歌った曲では、家族との関係であったり、コミュニケーションについて歌っているんだよ。

アルケミーなものに興味を持ったきっかけというのは何なのでしょうか?

エスクモ:自分にとって大きかった最初の影響は、15歳のときにハマったマジックかな。マジックと言っても、手品のマジックではなくて、魔法のマジックのほうなのだけど、あの頃はマジックについて書かれた本を沢山読んでいたね。あとは、自分が置かれている環境から常々影響を受けていると思う。悲しい出来事があれば、自分のマインドや身体をはじめ、いろいろなことが変わっていくだろうし。マインドが自分を変えていくのではなくて、環境が自分を変えていくものだと思っているよ。

では、あなた自身の音楽は、リスナーにどういった影響や効果を期待していますか?

エスクモ:具体的なものはないのだけど、それぞれがいろいろなことをそこから感じ取ってもらえればいいな。ミュージック・ヴィデオに関しても、こう受け取ってもらいたいという具体的なものはないのだけど、観て聴いた人がそこでモチヴェーションを感じてくれたり、何かをスタートするきっかけになれば幸いだね。


photo : Masanori Naruse
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Eskmo / Eskmo
Ninja Tune / ビート

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日常生活ではよく音楽を聴く方ですか?

エスクモ:iPodのような携帯プレイヤーで聴くことはほとんどないかな。例えば、いまみたいに日本に来ているときは、見るもの聞くものに驚くことがたくさんあり過ぎるしね。家ではよく聴いているけどね。

最近は何をよく聴いていますか?

エスクモ:ミュー(Mew)やビーチ・ハウスをよく聴いている。ビーチ・ハウスはとくにシンパシーを感じるな。ナイス・ナイスみたいなバンドも好きだよ。

この度〈ニンジャ・チューン〉からアルバムをリリースする運びとなりましたが、その前に今年は〈ワープ〉からのスプリットと、〈プラネット・ミュー〉からシングルをリリースしていますよね。

エスクモ:とても光栄だし、本当にラッキーだと思っている。〈ワープ〉から一緒にスプリットをリリースしたエプロムとは本当に仲が良くて、よく一緒にサイクリングをしているよ。僕はバイクには疎いけど、彼は本当にクレイジーなぐらい詳しいんだ(笑)。サンフランシスコのシーンは、ロサンゼルスより規模が小さいから、大体みんな知り合いなんだ。よくみんなで一緒に遊びに行くしね。

動画サイトであなたのライヴ映像を観たのですが、ラップトップを操作しながらマイクを握って歌っていたのには驚きました。今日のライヴでもあなたの歌は披露されるでしょうか?

エスクモ:もちろんだよ! 最近は自分の歌声以外にも、その場でフィールド・レコーディングしたものをサンプリングしてループさせて使っていたりもするから、その辺も楽しみにしていてもらいたいね。きっと面白いライヴを見せれると思うよ。


photo : Masanori Naruse

 その後のライヴでは、宣言通り自らの歌声を披露したり、フィールド・レコーディングやサンプリング&ループを駆使して、トリッキーなパフォーマンスを見せてくれた。彼のような「フライング・ロータス以降」のサイケデリックと「ハドソン・モホーク以降」のウォンキーの両方の影響下にあるモダンなグリッチ・ホップはいま、冒頭でも書いたように、突然変異を見せながら世界中のあちこちで増殖しつつある。舞台はUSとUKのみならず、フィンランドやスウェーデンの北欧のシーン(何と言ってもスクウィーの本場)、オランダ、あるいはスペインの〈ローファイ・ファンク〉とも共振しながら突き進んでいる。
 以下、この秋以降にリリースされた、シーンを象徴する5枚セレクトした。これらの作品をきっかけ深くディグして頂ければ本望です。

Post Glitch & Wonky

Rustie / Sunburst EP Warp

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UKでウォンキーの総本山と言えば、このラスティやハドソン・モホークらが所属するグラスゴウのアート・コレクティヴ〈ラッキー・ミー〉(https://www.thisisluckyme.com )だろう。この集団は、彼らのような新進気鋭のトラックメイカーをはじめ、アメリカン・メンのようなポスト・ロック・バンドから、グラフィック・デザイナーやフォトグラファーなどファイン・アートのクリエイターまで、多数のアーティストよって構成されている。ラスティとハドソン・モホークのふたりがすでに〈ワープ〉からデビューを果たし、〈ラッキー・ミー〉としても今年の6月にバルセロナで開催された〈ソナー〉にてショウケースをおこなっている。
1曲目"Neko"は、猫が膝の上でゴロニャンと狂ったように転がり回る姿が目に浮かぶ、珍妙なロウビット・サウンドを聴かせる。80~90年代のヴォデオ・ゲーム・ミュージック(実際に彼の曲のタイトルには「ピカチュウ」という単語が使われていたりする)と最新鋭のモダンR&Bを掛け合わせ、プレイステーションのコントローラーでチョップアップとスクリューを繰り返したかのような、子供の悪戯じみた彼のエクストリームっぷりは、予想の出来ない無邪気さという点でハドソン・モホークを上回っている。

Machinedrum / Many Faces Lucky Me

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〈ラッキー・ミー〉から1枚ご紹介。彼らは地元グラスゴーのシーンのみならず、ブルックリンのマシンドラムのような、北米の稀代なトラックメイカーまでもフックアップしている。マシーンドラムことトラヴィス・スチュアートは、これまでにもマイアミのエレクトロニック・ミュージック・レーベル〈メルク〉よりアルバムを数枚リリースしている。ヴォーカルのカットアップによってメロディアスなビートを作り上げる独特の手法から、グリッチ・ホップ黎明期の裏の顔として、プレフューズ73らと並べて評価されている。 〈ラッキー・ミー〉からのリリースとなったこのEPでは、心機一転、シルキーで煌びやかなエレクトロ・ファンクから、下世話なベースラインが耳を惹くバウンシーなフィジェット・ハウス、つんのめるほどアッパーなゲットー・ベースまで、新たな挑戦が数多く見られる。このEPの直後には、ニューヨークの〈ノームレックス〉からアルバム『ウォント・トゥ 1 2?』がリリースされている。こちらはヴォーカルを多数フィーチュアしたメロディアスなトラックが多く締めている。

Daedelus/Teebs / Los Angels 6/10 All City

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グリッチ・ホップのイノヴェイター、デイダラスと〈ブレインフィーダー〉のティーブスによるスプリット10インチ。アイルランドのアンダーグラウンド・ヒップホップ・レーベル〈オール・シティ〉(オンラーのアルバム『ロング・ディスタンス』が最高)によるこのスプリット・シリーズでは、これまでにもデイム・ファンクやトキモンスタ、P.U.D.G.E.らが未発表の新曲を提供している。タイトルの通り〈ロウ・エンド・セオリー〉周辺の「いま」を切り取った最新のレポートとなっている。どちらもウエスト・コースト特有の煙っぽいサイケデリアが特徴的だが、よりアトモスフェリックでティーブスなそれは、まるで地下室の煙が天高く浄化されていくかのように、眩しいほどに乱反射を見せている。

James Pants / New Tropical Stones Throw

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ここ数年の〈ストーンズ・スロウ〉は、デイム・ファンクやメイヤ・ホーソンなど、70~80'sのスモーキーなソウル/ファンクをモダンに刷新するホットな新人たちを立て続けに送り続けてきたが、このエレクトロ・ブギーの王子ジェイムス・パンツもそのうちのひとり。このEPでは、エキゾチックな音色のホーンやマーチング・ドラムをサンプリングしたり、ガムランのビートを取り入れることで、無国籍ビートを生み出すことに成功している。他にもフットワークのような細かいハイハットのフレーズがあったり、キャスパやラスコなど〈サブ・ソルジャーズ〉周辺のトラックメイカーが得意とする、ウォブリーなベースラインが強烈なロッキン・バーストな曲があるが、彼はDJも相当狂っているようで、この支離滅裂なビートこそ持ち味と言える。

Slugabed/Ghost Mutt / Donky Stomp EP Donky Pitch

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ブライトンの新興レーベル〈ドンキー・ピッチ〉によるスプリットEP。スラッガベッドはすでに今年の春に〈プラネット・ミュー〉からデビューを果たしている。そのロウビットの電子音でカラフルに彩られたコミカルなエレクトロ・ファンクは、〈ランプ〉周辺のロウビットなダブステップ/スクウィー好きのビート・ジャンキーを中心に評価が高かった。ゴースト・マットはこのEPで初めて知った存在だが、まるでメロウな歌モノR&Bをアイコニカがリエディットしたかのような、セクシャルでメロディアスな輝きがある。

ELECTRONIC TRIBE -YEBISU NEW YEAR'S PARTY 2011-
会場 THE GARDEN HALL/ROOM
開催日程 2010年12月31日(大晦日) - 2011年1月1日(元旦)
時間 20:30 OPEN / 21:00 start (ALL NIGHT)
料金 ¥6,800(前売券/枚数限定)、¥8,000(当日券)
出演者

DERRICK MAY (Transmat/USA)
DJ KRUSH (JPN)
GILDAS (Kitsune/FRA)
EYE (BOREDOMS/JPN)
rei harakami (JPN)
DEXPISTOLS (ROC TRAX/JPN)
DAEDELUS (Ninja Tune/USA)
FORCE OF NATURE (mule musiq/JPN)
AOKI takamasa (op.disc/raster-noton/commmons/JPN)
TREAD a.k.a. HIROSHI WATANABE (JPN)

VJ:
SO IN THE HOUSE (JPN)
TAKI KOHEI (JPN)
LIKI (JPN,HKG)

 ところで、入手困難になっていたデリック・メイのベスト盤的2枚組『Innovator』の再プレスが決定しました。解説には、私(野田)が1992年に弘石雅和にリズム・イズ・リズムの曲を録音したカセットテープをプレゼンした話から書きました。それはともかく、まだ聴いてない人は必聴ですよ。
https://shop.beatink.com/shopdetail/023005000001/

 ちなみに今回の「ハイテック・ジャパン・ツアー」の日程は以下の通り。私の故郷の静岡でもまわします。日本でもっともずぼらな男に会うためにも、行けたら行こうっと。

HI-TEK-SOUL JAPAN TOUR 2011
DJ: DERRICK MAY (TRANSMAT/DETROIT)

12/31(金)-東京 ELECTRONIC TRIBE @YEBISU GARDEN HALL
www.electronic-tribe.com

1/2(日)-群馬 SPROUT @RAISE
www.s-p-r-o-u-t.com

1/7(金)-静岡 @JAKATA
www.jakata.jp

1/8(土)-大阪 @GRAND CAFE
www.grandcafeosaka.com

[Drum & Bass/Dubstep] #8 by Tetsuji Tanaka - ele-king

1. Commix / Re: Call To Mind | Metalheadz

-Drum n Bass, Dub, Techno, Dubstep, House-


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E王この概要を知ったとき、ドラムンベース界隈ではいままでになくまったく新しいコンセプトでリミックス・アルバムが発売される......と、その斬新なアイデア、これに関わっているメンツを見て嬉しく思う反面、ドラムンベースを代表するレーベル〈メタルヘッズ〉から初めてと言っていい、ドラムンベースがほとんど入っていない4つ打ちやダブステップがメインのコンピレーション・アルバムを発表したことで内心複雑な心境に陥った。良い意味でも悪い意味でも。多種多様なエレクトリック・ミュージックのなかにあって90年代、類稀な貪欲性を孕み、全ての音楽性を飲み込んで誕生したUK産のアンダーグラウンド・ミュージック・カルチャー、ドラムンベースが、この20年で下降線を辿り岐路に立たされているのは間違いない事実。とは言え、浮き沈みが激しく、また消えては生まれるクラブ・カルチャーにとって、ある一定のアンダーグラウンドな音楽的価値観を下げずによくここまでシーンを受け継いできたと賞賛すべきだろう。新たな10年代に向けて、共存するのもまたUK特有の雑食性ならではの必然的事変なのだから......。

 さて、コミックスは、ボーズ・オブ・カナダやオウテカなどエレクトロニカなバックボーンを持ち、陶酔性と流麗テクノ・ポップを下地とするディープ・ミニマルなインダストリアル感覚を空間的に落としこんだ、言うなれば新感覚ドラムンベースだ。LTJブケムのコズミック志向をさらにテクノよりのミニマリズムへと変え、ディープ・フロー旋風を巻き起こした功労者だ。
 肝心の内容も、まったく素晴らしく良い! このメンツにリミックスを依頼すれば当然だが、しかしよくもまあ、これだけの多士済々なメンツにリミックス・オファーを出したと脱帽する。ある意味この戦略は、ドラムンベースに触れていないリスナーにも広くアピールできる可能性を多分に擁している。
 その戦略は功を奏し、現在大ヒット中、アナログのEP1では、唯一のドラムンベースを担当したDブリッジのディープ・テックな"Belleview"リミックスからはじまり、ミニマル・ダブステップの雄、2562の別名義、ア・メイド・アップ・サウンドによる"Change"、さらにパンゲアやインストラ:メンタルがポスト・ダブステップ・リミックスを秀逸にリワークしている。
 EP2では、旬なテクノ/ミニマル・プロデューサーのリミックスで固められている。まずはベルリン・ミニマル・シーンを代表するマルセル・デットマン、カセム・モッセや〈ホット・フラッシュ〉のシーガなど、各プロデューサーの個性が十二分に発揮されている。
 先行リリースされた限定片面プレスの「Be True」のブリアル・リミックスはやはり一押しである。崇高なノイズ・スケープをダブステップと同化させ、緊迫感とインダストリアルな荒廃がリズムを主体としたダンス・ミュージックの概念に一石を投じている。分散化するダブステップにあって、一貫した核を変わらず有し、重苦しいサウンドスケープが幾重にも連なって続いていく......。当時革新的であったこの手法は、いまでもまったく色褪せず異彩を放っている。
 ちなみにCD盤にはデトロイトのURがリミックスに参加している。

 ......とにかく、エレクトリックな『Call To Mind』はこのリミックス盤でまったくの変貌を遂げている。もしお気に召したならオリジナル・トラックと聴きくらべることを推奨する。コミックスがいかに優れたプロデューサーなのかがわかるからだ。

2. Hatcha & Lost / Work Out | One Gun Salute - Dark Dubstep -


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 ハッチャと言えばダブステップのオリジネーターであり、ゴッドファザー・オブ・ダブステップ、生みの親的な存在として広く知られている。ドラムンベースで言うゴールディーのような存在で、テクノで言えばジェフ・ミルズのような存在かもしれない。この度、12月18日のカブキ&ジェナGとともに初来日がDBSで決まった。スクリーム、ベンガを見出したというそのレジェンダリーな貫禄のあるプレイは必見だ。
 彼のキャリアは、クロイドンの伝説的レコードショップ、〈ビック・アップル〉でバイヤーを務めたところからはじまる。第一次ジャングル/ドラムンベース・ブームが落ち着いた90年代後半からUKガラージのDJとして海賊ラジオ局で活動、ダブステップのルーツともなったダーク・ガラージをいち早く取り入れている。ホースパワー・プロダクション(野田さんが第一回目のダブステップ会議で紹介したレコード)やエルビーなど、クロイドン・プロデューサーを次々と紹介した。まだ10代のキッズだったスクリームやベンガを見出し、そしてサウンドはダブステップへと変異したのだ。
 2001年にはじまったパーティ〈FWD>>〉でハッチャはレジデントDJを務める。また、プロデューサーとしても活躍し、「ダブ・エクスプレス」など後の後世に多大な影響をおよぼす作品を送り出す。2004年には〈テンパ〉から初のミックスCDシリーズ『ダブステップ・オールスターズ vol.1』をリリース、その後の2006年の同シリーズの『vol.4』などのリリースを重ね、シーンの核として君臨している。2009年には自分のレーベル〈シン・シティ・レコーディングス〉を立ち上げ、目が離せない人物として活動を続けている。
 「ウォーク・アウト」は、新興レーベル〈ワン・ガン・サリュート〉から発表した「ヘンチ」のリリースで名を馳せたロストとの共作。テッキーでダークに仕立てたプロダクションで、オールドスクール・レイブ・サウンドだ。硬質なビートにダークな浮遊的シンセ、ダビーなベースライン、これこそオリジナル・ダブステップの基本姿勢だろう。この辺が彼を「ドン」と呼ばせる所以かもしれない。

DRUM&BASS SESSIONS 2010
DRUM&BASS x DUBSTEP WARZ X'mas Special !!!
Feat. DJ HATCHA / KABUKI & JENNA G
2010.12.18(sat) @ UNIT
open/start 23:30 adv.3,500yen door.4,000yen

3. Helixir / Undivided | 7even Recordings - Minimal Dubstep -


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 先月ラマダンマンを迎え、〈モジュール〉で〈Basement LTD〉が開かれた。これは〈セヴン〉レーベルのオーナー、グレッグ・Gが母国フランスではじめた自身のパーティを日本でリスタートさせたもの。筆者はラマダンマンの後に出演させて頂いた。ポスト・ダブステップを十二分に体感できた素晴らしいパーティで、大盛況に幕を閉じた。予想通りラマダンマンは、無機質なミニマル・ビーツをこれでもかと繋ぎ合わせた。次回開催は、12/10(fri))。〈テクトニック〉からネクスト・ダブステップを予感させるジャック・スパロー(以前のサウンド・パトロールでも紹介)を招いて開催される。アルバム『Circadian』が話題だし、必見だ!
 黴€
 これは、Fの『エナジー・ディストーション』に続いて、レーベルとしては2枚目となるアルバムを控えたヘリクサーの先行シングル。ヘリクサーことケビン・マーティン(ザ・バグの同姓同名ケビン・マーティンとは別人なのでお間違いなく)は、フランス出身で2008年、〈セヴン〉からの「ナルコティック・ダブ/スプリングズ&ワイヤーズ」でデビューしている。2009年にはレーベルを代表する作品「XPダブ」や「コンヴァリューション」を発表、Fと同じく硬質なミニマル・ビートで話題を集めている。そして、ダークでヒプノティックな無機質なトラックに傾倒している。
 「アトランティス」は聴けば聴くほど深みにハマッていく。細切れのスペーシーなシンセが揺れている。リズム自体はさほど存在感はない。キックが軽く鳴り響く程度。規則的にリヴァーブをかけたパーカッションがこだまする。
 スキューバやラマダンマン、Fなどのミニマル・ダブステップとは感覚が異なる。どちらかと言えば、この空間処理はブリアルに近い。新しくはないが、シャックルトンが彼の音楽性を賞賛しているように、シンプルなのだが奥深い。

4. V.A. / Tempa Allstars Vol.6 | Tempa- Dubstep, Minimal -


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 「スクリームは、もう過度期なのか?」と、セカンド・アルバムが発表されてそう感じる向きがあったのは、日本でのダブステップ熱がイマイチ乗り切っていないせいもあるだろう。本国UKではいまだ最高級の人気をほこっているし、マグネティック・マンのトラックがかかるや否や大合唱!!! となっている。筆者はドラムンベースの全盛期を知っているが、たしかにその当時の熱気をいまの日本のダブテップ・シーンに当てはめると物足りない感は否めない。インターネットで国際的に蔓延したダブステップだが、日本ではまだまだ感染しきっていない(だから2011年は大いに期待しよう)。
黴€
 さて、「テンパ・オールスターズ6」だが、ダブステップ界では馴染み深いメンツのなかにドラムンベースの気鋭プロデューサーがふたり参加している。ディープ・ファンクを支柱としているアリックス・ペレズとアイシクルだ。ディープ系を極めた彼らが新たなる視点を定めたダブステップ/ベースラインの矛先は、やはり波長が合うのだろう。違和感なくハマっている。アリックスに至っては、いい意味で期待を裏切るベースライン・ハウス的な4つ打ちを発表しているし。
 インストラ:メンタル、Dブリッジ、カリバーなどのドラムンベースのプロデューサーがダブステップのシーンで顔を見せているのは、音楽的な相性が良いからだろう。〈テンパ〉のサウンドは年々進化している......というか、少なからずトレンドを意識した内容に変わりつつあるのは、シーンの活性化が示す良い現われだろう。
 このなかでもやはりスクリームは別格だ。『アウト・サイド・ボックス』のようなポップ・フィールド志向を試みたと思えば、今回ではシンプルなポスト・ダブステップの。テンパは今、古き良きオリジネーター・サウンドの原点に立ち返っているのかもしれない。その証拠に....フォースカミング・リリースが、あのホースパワー・プロダクション久々の復活によるサード・アルバムなのだから。

5. SCB / Hard Boiled VIP / 28_5 | SCB- Minimal, Techno -


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 ポール・ローズ(スキューバ)のミニマルが止まらない。リリースを増すごとにベルリン・ミニマル色が増している。しかも、ここのところのリミックスがどれも秀逸とくる。原曲が良いからどう加工してもかっこいい。「ハード・ボイルドVIP」もグルーヴィーな切れがあり、ある展開を施す曲中からのシンセ使いが金属的なスネアと調和してリフレインする。最終的には彼自身の音楽性として上手く纏まっている。とにかくプログラミング・センスが良い。
黴€
最近リリースしたスキューバ・リミックス・シリーズも紹介しておこう。「Scuba Remixes Pt.1」は、"Tracers"をスコット・モンテイスことデッドビートによるミニマル・ダブ・リミックスからはじまり、"On Deck"をファルティーDLがエレクトロ・ポップに仕上げている。「Scuba Remixes Pt.2」では、オウン・ミックスによる続編だ。尺が続いていれば先がこうなっていたという具合。"You Got Me(I Got You)"がよりダンサブルなアップテンポになって、"Before(After)"はスローテンポが"その後"の解釈を表している、美しいエレクトロニカなダウンテンポだ。
「Scuba Remixes Pt.3」は〈アップル・ピップス〉からの「Untitled/Digest」で一躍ポスト・ダブステップの新星として躍り出たジョーによるミニマル・ラインをピアノの旋律で妖しくも刺激的に奏でる"So You Think You're Special"、そして叙情的なオリジナルにエレクトリックなシンセを走らせるデッドボーイの"Before (Deadboy Remix)"が収録されている。これらリミックスをディスク2にした2枚組の『トライアングレーション』がリリースされるので、これも要チェックだ!

6. Prototypes / The - Cascade / Need The Love | Infrared- Drum n Bass -


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 Jマジック率いる〈インフラレッド〉、久しぶりのシングルがスマッシュ・ヒットとなった。プロトタイプス――ブライトン出身のニックとガービーによるユニットで、彼らの作品は軒並みフロアで爆発的ヒットを飛ばしている。エナジーが迸るトランシー・レイヴ、エピック・サウンドを完璧に操るエレクトリックなフロア志向のビッグ・アーティスト久々の誕生! と嬉しく思いながら、筆者もヘビープレイ中だ。とにかく毎回使っているほど、フロアでのレスポンスも良く、突き抜けた爽快感やドライヴ感がある。そしてエクスタシーに辿り着く、マス・ヒプノシス感もある。筆者はこれを「切なく走る」と表現している。
 A面の"カスケイド"はカットラインにリミックスを依頼するなど、ドラムンベースやダブステップ、エレクトロ、ベースラインをまたいで支持されている。〈インフラレッド〉の他に〈ショーグン・オーディオ〉や〈ヴァイパー〉などシーンのトップ・レーベルからもサポートされている。

 彼らの良いところは、何と言っても遠慮なく疾走感があるところ。"カスケイド"は親しみやすく、レイヴ・トランシーな、開放感あるヴォーカル・チューンだ。"ニード・ザ・ラヴ"は切ないヴォーカルとエレピが全面的に導入された幻想的なJマジックのヒット曲"クレイジー・ワールド"のアンサー・バック。
 ディープ・フローな作品がトレンド化しているいまのシーンにとって、メジャー志向のヒット路線に走るプロデューサーを揶揄する風潮があるのも事実だ。今年、2002年に〈グット・ルッキング〉からのファースト・アルバムでフューチャリスティック・ドラムンベースを打ち出し、2006年自身のレーベル〈720ディグリー〉からのアルバムリリース以来、4年ぶりに発表したブレイムの『ザ・ミュージック』がメジャー路線に偏ったために各メディアから酷評されている。メジャーよりでR&B調のダブステップに走ったのがその原因かもしれない。が、フランジャイルな時期だからこそ、レイヴとともに発展したドラムンベースの変化が面白いように変わっていく。2010年はドラムンベースにとってアンステイブルな年......このことはまた年間評論フラッシュバック2010-ドラムンベースで触れるとして......プロトタイプスは、その壁を打ち崩せる新世代のレイヴ継承者だ!

7. Black Sun Empire / Lights And Wires | Black Sun Empire- Drum n Bass -


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 オランダのドラムンベース・シーンをダークでドラッギーで、危険極まりない荒廃サウンドで包み込むトリオ、それがブラック・サン・エンパイア。2000年に「ボルテージ」でデビュー以来、オランダのドラムンベースのシーンを暗黒ノイズスケープへと変革させ、現在エレクトロ・シーンでも活躍しているノイジアと共に代表格として数々の作品を世に送り出している。『アンデンジャード・スピーシーズ・パート2』以来、レーベルとしては3年ぶりとなるアルバムがこの『ライツ&ワイヤー』だ。

 これでもかと言わんばかりの影響力を秘めた暗黒電子音が狂気乱舞するサイバー・サウンドは、まったく変わっていない。......地を這うようなベースライン、彼らのダーク・サウンドの中心には現代のエクスキューショナーじみた残酷性、ブラック・マジックのような危険な陶酔性......もある。マス・クリエーションを必要としてきたドラムンベースの方向性を相反する不適合な感覚が面白い。一貫したサウンド・シンフォニーは、いまだに人気を博している。
 今回の共演者も実にシンプルなラインナップで、グリッドロック、ジェイド、SPL、ナイムフォとサウンド、指針をぶらさないよう計られてるようだ。近年の彼らはダブステップにも接近している。サブ・レーベル〈シャドウス・オブ・ザ・エンパイヤー〉を作るほど力を入れている。そして、陰をチラつかせる不穏なマッシブ・ビートを展開するプログラミングは『ライツ&ワイヤー』でも聴くことができる。UKの陽に対する陰とでも言えばいいのか......。

Chart by JETSET 2010.12.13 - ele-king

Shop Chart


1

GALA DROP

GALA DROP OVERCOAT HEAT »COMMENT GET MUSIC
'10年大躍進プロデューサーTiagoのディープ・サイドが堪能出来るGolf Channel新作!!Chida氏主宰ene、DFAと引く手数多のリリース・ラッシュを掛けるポルトガルはリスボンのTiagoが、Prins Thomas主宰Internasjonal Spesial発"Night of the Bath"でもタッグを組んだ相棒Pedro AlcadaとのユニットGala DropでGolf Channelに参戦。サイケデリック!!

2

KIMONOS

KIMONOS S.T. »COMMENT GET MUSIC
180g重量盤ゲートフォールド・UVコーティング・ジャケット、インナー・スリーブに歌詞・対訳記載。Zazen Boysの向井秀徳と若き異形SSW、LEO今井による衝撃のニュー・ユニット、Kimonosがフル・アルバムを完成!!新曲8曲に加え、LEO今井のインディ時の名曲"Tokyo Lights"と、さらに細野晴臣の"Sports Men"のカバーまでを収録!!

3

FLOATING POINTS ENSEMBLE

FLOATING POINTS ENSEMBLE POST SUITE / ALMOST IN PROFILE »COMMENT GET MUSIC
Floating PointsバンドによるダブルサイダーがNinja Tuneから登場!彼がルーツとする伝統的な音楽をダンスミュージックにではなく、生楽器を用いてそのまま作品に落とし込んだ、彼の音楽IQの高さを証明した衝撃作!

4

NATHAN FAKE / DJ KOZE

NATHAN FAKE / DJ KOZE XMAS RUSH / MI CYAAN BELIEVE IT »COMMENT GET MUSIC
やっぱりPampaは最高です。エレクトロニカ通過後のイイ感じのポップ・センス。当店ではレーベル史上最高の売り上げを記録中の前作Axel Boman"Holy Love"に続く本作は、Border Communityが世に送り出した天才Nathan Fakeと主宰Kozeによるスプリット。

5

THE MACHINE

THE MACHINE REDHEAD »COMMENT GET MUSIC
Redio Slave変名プロジェクト、The Machineによる3枚組み12インチ!呪術的なアフロイズムを背景に持つようなアングラな民族音楽をベースに繰り広げるドープなパーカッシヴ・DJツール!!

6

LUVRAW & BTB

LUVRAW & BTB ヨコハマ・シティ・ブリーズ »COMMENT GET MUSIC
2010年の記録的な熱帯夜を席巻した金字塔的作品が遂に限定アナログ化!ご存知ハマのクルーPan Pacific Playaのトークボクサー・デュオ、Luvraw & BTBのアルバムが遂にジャケ付2LP化! 先日のシングル"On the Way Down"を買い逃したアナタにも朗報です!

7

TETE

TETE ROTOR EP »COMMENT GET MUSIC
I:Cube & Frank Wiedemann a.k.a. Ameによる新ユニット、第1弾!!ロングセラー中のEmmanuel Jal、Culoe De Songに続きInnervisionsからウルトラ・ディープなピュア・エレクトロニック・ハウスが登場!!

8

NOTTZ

NOTTZ YOU NEED THIS MUSIC »COMMENT GET MUSIC
誰もが認める実力派プロデューサー、Nottzの待望過ぎる1stソロ・アルバムが登場!!メジャー、アングラ、そしてジャンルをも越えた超豪華なゲスト陣を迎え、彼らしいソウルフルなネタ使いとレンジの広いバラエティに富んだプロダクションが堪能できる傑作!

9

JESSE BOYKINS III

JESSE BOYKINS III B4 THE NIGHT IS THRU / AMOROUS »COMMENT GET MUSIC
孤高のネオ・ソウル・シンガー、Jesseの新曲はあのMachinedrumとの一曲!さらに前作『Beauty Created』から"Amorous"をB面にカップリング収録しています。ハズレなしのAlalaレーベルらしい強力な一枚!

10

AMBER OJEDA

AMBER OJEDA HERE I AM »COMMENT GET MUSIC
要注目! ジャズ・ポップ・ボーカリストの要素を全て持ち合わせたニュー・ディーヴァ!Giovanca、Norah Jones、Nina Vidalの要素を持つUSで今最も注目されるダイヤの原石、ニュー・ディーヴァAmber Ojedaによる珠玉の全9曲。

TETSUJI TANAKA - ele-king

ドラムンベース12"/その他


1
BROOKES BROTHERS - Last Night -BREAKBEAT KAOS

2
PROTOTYPES - Need The Love - INFRARED

3
SEBA - Keep Me Waiting - 31 RECORDS

4
METRIK - T-1000 - VIPER

5
METRIK - Arrival - VIPER

6
CAMO & KROOKED- Without You - BREAKBEAT KAOS

7
DJ VADIM - Terrorist(PROTOTYPES RMX) - NINJA TUNE

8
FURLONGE - This Love - VIPER

9
CUTLINE - Die For You(SHOCKONE RMX) - NEVER SAY DIE

10
MUFFLER - Mindgames(DABS RMX)

UPCOMING EVENTS
11/17 (wed) Shibuya FM 18:00~19:00 MIX SHOW
11/20 (sat) DBS "Bristol Bass" at unit "14th anniversary" ft. DJ KRUST/RSD
12/4 (sat) Judgement Day at plastic theater "Sapporo DJ Tour"

PeaceMusicFesta!辺野古2010 - ele-king

 10月29日の夜、〈リキッドルーム〉でのSEEDAのライヴを観終わったあと、興奮冷めやらぬまま急いで家に帰り、荷造りをして、慌しく早朝の飛行機に乗って沖縄に向かった。那覇空港に着くと、僕はまずパーカーを脱ぎ、Tシャツになった。沖縄に来るのは5年ぶりと久々だが、陽光の眩しさと南国の熱気には、否応なく気持ちを上げられる。睡眠不足の疲労などあっという間に吹き飛んでしまった。さあ、ビールでも飲みながら、流浪のロックンローラー、ヒデヨヴィッチ上杉の借りたレンタカーで、いざ辺野古へ! と言っても、ただ浮かれているわけにはいかない。今回の、4泊5日の旅の目的ははっきりしている。やることはたくさんある。そのひとつがここでレポートする〈PeaceMusicFesta!辺野古2010〉(以下、PMF)の取材である。

 PMFについて簡単に説明しておこう。今年で5回目を迎えるこの音楽フェスは、2006年に沖縄のレゲエ・ミュージシャンがスタートさせ、2007年からソウル・フラワー・ユニオンの伊丹英子と沖縄のミクスチャー・ロック・バンド、DUTY FREE SHOPP.の知花竜海が実行委員に加わり、規模を拡大していく。昨年は宜野湾市で開かれ、UAや加藤登紀子やオゾマトリらが出演している。

 今年の会場は、沖縄本島北部の東海岸に位置する名護市の辺野古である。周知のとおり、普天間飛行場の移設候補地だ。小さな漁村のすぐ隣には、米軍の海兵隊基地、キャンプ・シュワブがある。会場となったビーチには、驚くほど低い、乗り越えようと思えば乗り越えられるほどの有刺鉄線が張られ、そこから向こうはアメリカ領だ。この国でいまもっとも政治的にデリケートな集落のひとつである。会場近くの電柱には、幸福実現党による「賛成!! 辺野古移設」のポスターの下にPMFの案内が貼ってあって思わず立ち竦んでしまったが......それはひとつの例としても、地元住民のなかに基地移設をめぐって賛成派と反対派が混在する一筋縄ではいかない土地である。そこで平和を訴える音楽フェスを果敢にも開催してしまう気概にまず率直に恐れ入る。しかも、今回の出演者はフェスのコンセプトに賛同して基本的に渡航費含めすべて自腹だったという。
 実際に現地で、「基地の移設の問題が先にあって、音楽は二の次でしょ」という主張を僕に力説する若い女性と出会った。少なくない時間と情熱をこの問題の解決のために傾け、最前線である辺野古の浜辺で座り込みをしたり、辺野古移設反対を訴えている人たちの切実さを考えれば、(それがすべての意見ではないにしろ)当然の主張だろう。それはリアルな政治の話である。僕はその話を真剣に聞き、受け止めていた。しかし、心のなかで、「音楽にしかできないことがあると信じているから東京からここまで来ているんだよ」と呟いていた。「とにかく観てみようよ、彼らのライヴを!」ということなのだ。ここで伝えたいのは、PMFでいくつもの素晴らしいライヴがくり広げられたということである。そう、PMFは熱気に満ちた素晴らしいフェスだったのだ!

 台風も過ぎ去り、天候にも恵まれた1日目。まず驚いたのが、ステージの音響設備の充実ぶりと、屋台や本部やPAブースに使われているテントに沖縄各地の地名が記されていたことだ。おそらくあちこちからかき集めたのだろう。そして入場料が安いこと。大人で前売り2500円、当日3000円、高校生は前売り1000円、当日1500円、中学生以下は無料である。こういうところから主催側の熱意とインディペンデント・スピリットは伝わってくるものだ。
 この日の空気を最初に変えたのは、昼の早い時間にアコースティック・ギター1本で登場した元・犬式の三宅洋平だった。彼の虚飾のないストレートなギター・プレイとヴォーカルは、まだ人がまばらな会場を静かに扇動していた。フェスの宣言のようなメッセージを勇ましくラップした沖縄のラッパー、カクマクシャカも砂浜の温度を上げていた。1日目のトリのソウル・フラワー・モノノケ・サミットの祝祭的なライヴは老若男女のオーディエンスの期待に文句なしに応えるものだったが、僕にとって最大のハイライトであり、喜ぶべき発見はRUN it to GROUNDという沖縄のスクリーモ・ロック系のガールズ・バンドだった。ギター・ヴォーカルの女性の、地獄の底から発するようなシャウトに、泡盛を飲んで夕涼みをしていた僕はびっくりしてステージに駆け寄った。彼女たちをもっと早く知っていれば、ele-kingの執筆者らと着手している『ゼロ年代の音楽 ビッチフォーク編』(仮)でなんらかの形で紹介したかった。数十分のライヴを観ただけだが、そう言いたくなる特別な何かを感じた。

 ところで、僕がPMFのどのライヴにもっとも注目していたか。その答えは、2日目に登場したMISSION POSSIBLE(THA BLUE HERB×OLIVE OIL×B.I.G. JOE)と七尾旅人のライヴである。残念な話だが、いまだに「音楽と政治を結びつけるな」という野暮な難癖をつけてくる心の狭い音楽リスナーに対しては、「どーも、すいません! 俺は音楽オタクじゃないんでね!」と仕方なく答えるようにしている。まあ、ともあれ、彼らがこの状況、この現場にどのように切り込むのか、どんなパフォーマンスを見せ、どんな音と言葉を発するのかを楽しみにしていた。結論から言うと、彼らのライヴは会場に集まった多くの人が見過ごすことのできないものだった。詳しくはあとで書くが、いまのこの国の音楽シーン......、いや、音楽に"音楽以上の何か"を求めている人びとから信頼されている意味がさらに深く理解できる素晴らしいライヴだった。

 1日目のプログラムが20時過ぎに終わったあと、体の熱が冷めない僕は沖縄市まで足を運び、嘉手納基地の近くにある通称・ゲート通りにくり出すことにした。少し話は横道に逸れてしまうが、その町の夜の猥雑さは凄かった! 車で送ってくれた地元の女性も「外国じゃん!」と驚くほどだった。ハロウィンというのもあって、路上ではど派手な仮装をして酔っぱらった若い米兵らが大騒ぎしていた。爆音のヒップホップに釣られて、ふらっと入ったクラブはさらに異世界だった! 白人、黒人、スパニッシュ、日本人、韓国人らしきグループが入り乱れて、乱痴気騒ぎの真っ只中だった。バー・カウンターにはポールがあって、そこではセクシーな格好をした......というか半裸に近いあられもない姿の日本人の女性たちがポールに食いつくように腰をくねらせ、足の踏み場もないフロアではファンキーな黒人のカップルがエロティックにダンスしているではないか! 目を丸くする僕に、隣に座った常連らしき日本人のお姉さんは「毎週末、これなのよ」と呆れ顔で呟いていたが、そこでかかっていたドレイクやR・ケリーは、間違っても"聴く"ためではなく、もちろん踊るための、もっと言えば、男と女の出会いを演出するボディ・ミュージック以外のなにものでもなかった。
 僕は異文化が衝突することで生まれる乱痴気騒ぎを大いに楽しみ、「これも沖縄の魅力なんだよなぁ」と興奮していた。4、5日いただけでわかったようなことを言うつもりはないが、夜の歓楽街の熱気や息遣いを肌で感じてしまうと、基地の問題が一筋縄ではいかないことにまた別の角度から思いをめぐらしてしまう。"沖縄"や"基地"という単語を聞いたときに、本土の人間は必要以上にびびったり、怯んだりしてはいけない。ポスト・コロニアリズム的観点から真剣に物事を考えることだって大切だけれど、沖縄をロマンティックに語ったり、ナイーヴに受け止めたりするところから離れて、もっと無邪気に考えたり、行動することもときには必要だろう。妖しさ、下品さ、猥雑さがぐちゃぐちゃに混在する悪場所に人間は吸い寄せられ、そこでなにかしらの行動と思索の契機を掴むことだってあるのだ。僕はビールを飲み、屈強な米兵の集団にちょっかいを出されてもめげずに、まあ性懲りもなくそんなようなことを頭の片隅で考えていた。そして深夜、僕は敗残兵よろしく、ひとりゲスト・ハウスに帰って寝たのだった......。

 PMFの初日のステージには、実際に70年代前半のコザ(現・沖縄市)のライヴ・ハウスでベトナム戦争の過酷な戦場に送られる米兵たちを相手に過激なパフォーマンスを展開した、伝説のロック・バンド、コンディション・グリーンの元ヴォーカル、通称・ヒゲのかっちゃん(川満勝弘)が立っていた。南国のジョージ・クリントンのようなワイルドな風貌の彼は、"ホテル・カリフォルニア"のむちゃくちゃな日本語カヴァーを酔狂に演じ、笑いと歓喜の風を運んでいた。あとから考えれば、ヒゲのかっちゃんの年季の入ったトリックスター的な振る舞いも沖縄の混交的なアンダーグラウンド・カルチャーで鍛え上げられたものなのかもしれない。僕は彼を観ていてとても愉快な気持ちになれた。

MISSION POSSIBLEのライヴで会場は最高潮を迎えた。


 そんなこんなで、初日にバカみたいに飲んでしまった僕は、次の朝を二日酔いで迎えた。前日より晴れ渡った天気のなか、夕方まで波と戯れたりしてのんびりと過ごしていた。僕を最初にステージに向かわせたのは、美しくメロウなアコースティック・ギターの調べと夕方の空気を包み込むふくよかなヴォーカルをそっと差し出してくれた直江政広(カーネーション)だった。ああ、なんて素敵な演奏だろう。大それたメッセージなどなかったが、彼の音楽は雄弁に平和への祈りを奏でているように思えた。それまで我慢していたコロナ・ビールを買ってしまった。そこから、沖縄民謡とロックを力強くシェイクする知花竜海×城間竜太、ファンキーでソウルフルなレゲエ・バンドを従えて大御所の貫禄を見せるPAPA-U GEEが、解放的な雰囲気を作り出していく。この時間帯の流れはフェスのひとつのハイライトだった。そして、ここで登場したOLIVE OILのDJが一気に音圧を上げた。

 贔屓目に見なくとも、MISSION POSSIBLEのライヴの注目度は高かった。B.I.G. JOEがステージに勢いよく現れると、そこはもう彼らの独壇場だった。彼は挨拶代わりに自身のドラッグ・ディーラーとしての過去を物語化した"D.D.D. -DRUG DEALER'S DESTINY-"をやった。夕方の黄昏時にこんなハードボイルドな曲からはじめるなんて! しかし、僕の目の前では仮装したジャージ姿の女子高生たちがラップの真似をしながら大騒ぎしているではないか。僕は彼のちょっとした遊び心にニヤニヤしていた。が、B.I.G.JOEが「基地の米兵に届けるつもりでやる」というようなMCから、"WAR IS OVER"を英語でラップすると会場からは大きな歓声が上がった。座り込みの現場で見かけた女性たちも体を揺らし、たしかに声を上げていた。なんというか、それは理屈ぬきに美しい光景だった。そして、ILL-BOSTTINOがステージに登場して、"MISSION POSSIBLE"のファンキーなビートが疾走しはじめると、彼らの凄まじい説得力にやはり圧倒されてしまった。
 THA BLUE HERBのライヴの頃には、砂浜に弧を描くようにその日いちばんの人だかりができ、ひとつの小宇宙が完成していた。普段、ビールや焼酎ばかり飲んでいる俗の極みのような自分が柄にもなく、そんなスピリチュアルな気分に浸ってしまうほどだった。ILL-BOSTTINOは リリックにアレンジを加えながら、"ILL-BEATNIK"や"未来は俺等の手の中"をその場に確実に届く言葉でラップしていた。ILL-BOSTTINOは辺野古でライヴをやることの意味を魂の深いレヴェルで感受して、政治的領域ではなく人間の領域でオーディエンスのひとりひとりに向けて全力投球していた。コモンのソウルフルなトラックを使っていたのも印象的だった。これまで何度かTHA BLUE HERBのライヴを観ているが、それまでにない種類の、崇高な魂の叫びを感じる思いだった。勇敢な愚直さだけが切り拓ける領域とでも言えようか。彼は最後に、「沖縄のことを全世界に伝えてください」とオーディエンスに丁寧な口調で語りかけ、帽子を取り、深々と頭を下げた。そして、拍手の嵐が吹き荒れた。

熱い演奏を繰り広げるソウル・フラワー・ユニオン。

 さすがの七尾旅人も彼らのライヴのあとではやりにくかったんじゃないだろうか。しかし彼は嵐のあとの静けさと暗闇が覆いはじめた海辺の幻想的なシュチュエーションを味方につけて、これまた素晴らしくコズミックなライヴを見せてくれた。僕は喫煙所の椅子に腰掛けて、じっと音に耳を傾けた。七尾旅人は最近ではお馴染みのアコースティック・ギターとサンプラーによるライヴを披露していたが、いつもと違ったのは虫や波や木々の織り成す自然のハーモニーが彼をバックアップしていたことだ。そんななか、七尾旅人は"どんどん季節は流れて"や"Rollin` Rollin`"をやった。どこかエロティックで魅惑的な演奏に多くの人が酔い痴れていた。いつもより冗談も少なかった気がする。彼は多くの言葉を語らなかったように思えた。それで充分だった。その頃には、何か濃密な空気が会場を覆っていた。
 そしてフェスのクライマックス、ソウル・フラワー・ユニオンから沖縄の陽気なサルサ・バンド、KACHIMBA DXへと続く有機的なリズムの渦のなかで、僕はアホみたいに気持ちよくなっていた。ピース系のイヴェントにありがちな、ある種の品行方正な平和の訴えに流れず、最後を情熱的なダンス・ミュージックでぶち上げる精神に僕は共感した。ここでこれ以上あれこれ書くのはとりあえず止めておく。来年もあれば、行きたいと思わせるフェスだった。そう、あそこに集まった1000人近くの人たちはわかっている。PMFにはたしかに音楽のマジックがあったということを――。僕はそのあと、沖縄でやることをやって、飲んで遊んで、心地良い余韻に浸りながら帰路についたのだった。

interview with OTO - ele-king


サヨコオトナラ
トキソラ

ApeeeRecords

www.watonari.net

 よく晴れた心地よい日曜日の野音、お昼前、芝生の上に座ってサヨコオトナラのライヴを観る。OTOのアコースティックギターと奈良大介のジンベはそれがたったふたつであることが信じられないように、豊饒なリズムを創出する。アフロ、奄美の島唄、カリブ海、盆祭り、阿波踊り......ステージの中央にいるサヨコはいわばシャーマンだ。彼女は......物部氏と蘇我氏の争い以前の世界の、たとえば縄文時代のアニミズム的な宇宙を繰り広げているように僕には見える。いわばコズミック・ミュージック、強いて言うならアシッド・ダンス・フォーク、もし誰かがシンセサイザーを入れたらこれはクラウトロックと分類されるかもしれない。
 ステージの前にはただ酒がふるまわれている。若い子連れの姿が目立つ。OTOは、じゃがたら時代と寸分変わらぬ動きでギターを弾いている。楽しそうに、リズムに乗っている。奈良大介は複数の楽器を器用にこなす。サヨコは実に堂々と、彼女のコズミックな歌を、そしてソウルフルに披露する。最初は座って聴いていたオーディエンスだが、その音楽の魅力にあらがえず、やがて立ち上がり、しまいにはステージのまわりで多くの人たちがダンスする羽目となった。ちなみに彼らの音楽は、僕の文章から想起する以上に、モダンである。
 サヨコオトナラは、日本全国に拡散しているオルタナティヴなコミュニティを渡り歩いている。これは、はからずともUSアンダーグラウンドのフリー・フォークにおける旅しながら演奏してCDRを売っていくスタイルと同じだ。それをいま、元じゃがたらのギタリストと元ゼルダのヴォーカリストがやっているのはなんとも興味深い話である。


エド&じゃがたらお
エド&じゃがたらお春LIVE

ディスクユニオン

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 2010年は江戸アケミ没後20年ということで、お春時代のじゃがたらのライヴ盤がリリースされることになった。アルバムには、80年代の日本を駆け抜けたこのバンドの、もっとも初期のエネルギーが詰まっている。そして『エド&じゃがたらお春LIVE』の1ヶ月前には、サヨコオトナラのセカンド・アルバム『トキソラ』が発表されている。バブルに浮かれた80年代の日本において日雇い労働者の町として知られる寿町でフリー・コンサートを開いた"いわば反体制的な"バンド、そして21世紀の日本で全国の小さなコミュニティを旅するスピリチュアルなバンドとのあいだには、もっと多くの言葉が必要ではないかと僕は考える。それはこの国のカウンター・カルチャー(と呼びうるに値するもの)において、極めて重要な一本のラインだからである。
 
 いずれにしても、現在、熊本で暮らしているOTOに話を訊けることは、僕にとって光栄なこと。実をいうと、この偉大なギタリストとは『エド&じゃがたらお春LIVE』のブックレットのために数か月前に会って、この取材の前日にも会って話している。たくさんのことを話し、そして例によって僕はビールを飲みながら話したために、内容がとっちらかってしまった(隣にはあのうっとおしい二木信がいたし......)。
 ......が、心配は無用です。僕たちにはひとつの言葉があるのです。「狂気時代の落とし子たちよお前はお前のロックンロールをやれ/答えなんかあの世で聞くさ」

彼が亡くなってからずっと、いまでもアケミの詩集を読み返すんだよ。そうすると、当時気にならなかったフレーズが、10年後に気づくとか、13年目に初めてわかってくるとか......、あるんだよ。たとえば「業を取れ」とか「微生物の世界」という言葉とか、「俺は音楽とか止めて百姓やりたいよ」とかさ(笑)。

じゃがたらお春のライヴ音源が出ることになった経緯からお願いします。

オト:じゃがたらが影響保存されて20年になるんで、なんかやりたいなと、去年からずっと考えていたんだけどね。そうしたら、昔、BMGでじゃがたらのディレクターをやっていた方から、トリビュート盤の企画をいただいたのね。トリビュート盤に関して、僕がどうこう意見を言える立場ではないんだけど、僕がちょっと失礼な発言をしてしまったんです。で、それがぽしゃってしまって......、じゃがたらの残ったメンバーと大平さんという『南蛮渡来』の頃にマネージャーやっていた人なんだけど、いまでもすごく応援してくれてね、僕らを育ててくれたような人なんですけど、彼らとも話をしていて、彼らはやっぱ若い世代に伝えたいという意見だったんだけど、僕がトリビュート盤の企画をダメにしちゃったから。

「トリビュート盤なんてダメだ!」って言ったんですか(笑)。

オト:失礼な言葉を言ってしまったんです......「クソみたいなのを作られてもなー」みたいな(笑)。

ハハハハ。

オト:いや、その企画がクソだと言ったわけじゃないんだよ。

わかります。トリビュート盤ってたくさん出回っていますけど、アルバムのなかに必ず「この人ホントにトリビュートの気持ちがあってやってるのかな?」というのが入っているし、誠実さの問題としても難しいところがありますよね。ホントにカヴァーしたい人が参加できなかったりすることもあるし。

オト:誠実さが大事ですよ。

ただ、いまの時代、じゃがたらをトリビュートすることは面白いとは思いますけどね。

オト:うん、人気がある人たちがカヴァーやってくれて、それで若い世代へと広がるというのはひとつの考え方としてわかるけど、それは僕の考え方ではない。そんなことで時代は動かない。

まあ、そうですけど。

オト:そういう風に売れるってことに意味を感じていないんだよね。そんなところに頼りたくはないというかね。実際に、ライヴでじゃがたらの曲を演奏している人たちとか知っているけど、そういう風に、本当にやりたいのならやって欲しいなと思うけど。ただ、生き様にも何もならないようなことはいい。企画があるからやりましたというのが出てくるのが嫌だったから。まあ、ありがたい話だとは思うんですけどね。こんなご時世に、じゃがたらのトリビュート盤を作ったところでレコード会社が儲かるわけじゃないし。

それで、結局、じゃがたらお春のライヴをCD化することになったんですね。

オト:うん、これはでも、前から出したいと思っていたんだよ。

オトさんと知り合ってから10年以上経ちますけど、オトさんがどんどんじゃがたら化しているように思うんですよ。

オト:そう? だったら嬉しいね。

江戸アケミさん化している?

オト:いやいや、アケミはスペシャルな人だったから(笑)。ただね、彼が亡くなってからずっと、いまでもアケミの詩集を読み返すんだよ。そうすると、当時気にならなかったフレーズが、10年後に気づくとか、13年目に初めてわかってくるとか......、あるんだよ。「いままでこう思っていたけど、実はその奥にはこういう意味があったんだ」とかね。たぶん、じゃがたらのファンの人にもそういう思いは巡っているんじゃないのかな。僕は僕なりに読んで、自分のなかにアケミの詞でキーワードみたいに引っかかる言葉があって、それを無意識に追いかけていったらいまの僕がいるという感じで、だから、やっぱ影響は大きいと思うんだよね。たとえば「業を取れ」とか「微生物の世界」という言葉とか、「俺は音楽とか止めて百姓やりたいよ」とかさ(笑)。亡くなる3日前の鮎川(誠)さんとの対談で、話が途切れたときに空を見つめるように「いやー、これからは緑というのがテーマになるような気がするんだよね」と言っていたこととか。そのときアケミはその「緑」についてうまく言語化できなかったけど、本当はもっと言いたいことがあったと思うんだよね。ただ当時は、「そんなことを言ったって、どうせおまえらわからないだろ」というような、アケミと他のメンバーとのあいだの決定的な距離というものがあってね。だからアケミは僕らには説明しなかったのかもしれないけど。

でも、いまの話はまさにオトさんの現在やっていることと結びついている話ですよね。

オト:うん、そうだよね。

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日本の音楽史におけるサザン・ロックからの影響に関して言えば、麻琴さんや細野さんからボガンボスまでが空白になっているけど、実はそのあいだにストリートではこんなバンドがいたんだよっていう、そこも言いたかった。だからちょっとお節介なところもあるんだよ。


エド&じゃがたらお
エド&じゃがたらお春LIVE

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現在のオトさんのラディカルな活動もそうですけど、僕はじゃがたらお春が2010年に出たことがいくつかの理由で面白いと思ったんです。前に会ったときにも言いましたけど、あんなに楽しそうに演奏しているじゃがたらを初めて聴いたし。

オト:そうだよね(笑)。

あと、2010年にじゃがたらというのは、逆説的に言えば、いまもっとも求められていないんじゃないかと(笑)。1980年代当時も反時代的だったけど、2010年ではますます反時代的になっているというか。

オト:いやもう、80年代だってビリビリに酷かったよ。

ライヴの最中に喋りまくって(笑)。

オト:「うるせー!」とか言われてね。スカパラやミュート・ビートなんかといっしょに出ると野次がすごかったよ。お洒落さんたちがいっぱい来たから、アケミが曲やらないでMCでずっと喋ってるから、「説教しないで音楽やれよ!」とかね。

こだま(和文)さんはいまそうですよね(笑)。

オト:こだまさんはそこ引き継いでるから。

耳を塞いでしまいたくなるうようなことを言うバンドだったし、あと、『君と踊りあかそう日の出を見るまで』に象徴されるように、音楽表現に対して表現者はどこまで誠実になれるかみたいなところがありましたね。ああいう問い詰めていくような厳しさは、いまメインストリームにはないものだから、いろんな意味で2010年にじゃがたらが出るのは実験的だと思ったんです。

オト:僕が入ってから音楽が洗練されて勢いが出たということになっているんだけど、実は、僕が入る前から......。

素晴らしいですよね。レゲエもそうですけど、サザン・ロックの感じはもうホントに格好いいですし。

オト:僕はダブやアフロビートをやりかったんだけど、僕が入る前から、ニューオーリンズみたいな部分、イアン・デューリー&ブロックヘッズみたいなこと、"なにもかもが"や"ぶち壊せ"みたいな曲はあったんです。"なにもかもが"なんかは、イアン・デューリーより数年早く同じことをやっているんです。コードの感じとかね。アケミはああ見えてもドナルド・フェーゲンが好きだったから。ちょうど『それから』を録っているときに"TABOO SYNDROME"でね、コードはお洒落な感じで、リズムでは土臭いことをやりたいと思って、で、そうやったんだけど、あの曲を演っているときにアケミのドナルド・フェーゲン好きが発覚した。「俺はドナルド・フェーゲンが好きでな、『ガウチョ』に関してはけっこう詳しいぞ」って(笑)。

へー、それは意外でした。

オト:なのに、俺がスタイリッシュに仕上げようとするとぶち壊してくるんだよね。

ハハハハ。とはいえ、アフロビートというコンセプトを考えると、やっぱじゃがたらはオトさん抜きでは考えられないですよ。

オト:フェラ・クティもファンキーで、すっとぼけたところがあったけど、そこがまたアケミと似ててね。赤堤に成田さんというフェラ・クティのアナログ盤をずっと集めている人がいてね、僕らは芽瑠璃堂で購入していたんだけど、当時はまだなかなかに入荷されなかったし、入荷されても「あ、これ持ってる」とかね。だからバンドの練習が終わると成田さんのところに行って聴いていたの。6時ぐらいに行って、延々とフェラ・クティばっかり聴いている(笑)。

僕ら世代なんかは、逆にじゃがたらを通して知ったところがありますからね。

オト:当時はまだ、芽瑠璃堂でしか売ってなかったんじゃないかな。情報もまったく入って来てなかったし。

じゃがたらに関しては本当にたくさんのいい話がありますよね。こないだオトさんに教えてもらったあの話も最高でしたね。赤いジーパンはいて、上半身裸でピンクの腹巻きで登場したっていう......。

オト:野音でね、しかも「青空ディスコ!」って叫ぶという(笑)。

ハハハハ、労働者のスタイルですね。

オト:完全に労働者だよ。

フェラ・クティの精神的なところにも惹かれていたんですか?

オト:たとえば、JBズが好きな人って六本木や赤坂行けばいっぱいいるわけ。それはJBズは素晴らしいけど、僕らはアフロビートのところに持って行かれたんだよね。まだ誰もやっていないリズムのパターンとかあってさ。

オトさんのリズムの研究はすごいですからね。話し聞いているとこんなに左翼なのに、ネプチューンズが最高だって言ったりする(笑)。

オト:ハハハハ、それはリズムの面白さだよね。

じゃがたらお春に話を戻すと、さすがにまだこの頃は狂気はないですよね。

オト:ないね。......えっとね、その前に話を戻すと、僕が入ってから音楽が整理されたとなっているけど、それは僕にとってこそばゆいところがあるんだ。まずニューオーリンズのあのサウンドに関してだけど、アケミやナベちゃんやEBBYが出会ったのも、「当方サザン・ロックやるので」みたいなメンバー募集からだったのね。で、当時、お春はデモテープを持っていろんなところを回っているんだよ。それでも、たぶん、演奏力とか音楽性とかそういうもの以外の理由でキャッチされなかったんだろうね。むさ苦しいとか、汚いとか......ね。そういう当時の見る目の無さに対して「おいおい」と釘を刺したかったのもあったし、それと日本の音楽史におけるサザン・ロックからの影響に関して言えば、(久保田)麻琴さんや細野(晴臣)さんからボガンボスまでが空白になっているけど、実はそのあいだにストリートではこんなバンドがいたんだよっていう、そこも言いたかった。だからちょっとお節介なところもあるんだよ。

音はサザン・ロックなのに、歌詞はパンクなんですよね。

オト:歌詞はパンク(笑)。

あれは何なんでしょうね。

オト:サザン・ロックというのは揺らすためのもの、踊るためのものだから。身体を揺らして、キツイことをがーんと言うっていうのはアケミのスタイルだよね。あとアケミやナベちゃんやEBBYはザッパが好きだったね。当時はザッパ好きというのがなかなかいなかったし、僕はザッパは聴いてなかったんだよね。僕はとにかくダブをやりたかったから。

当時のオトさんのテレキャスターにはTAXI(スライ&ロビー)のステッカーが貼ってありますからね。

オト:レヴォリューショナリーズが大好きで、スラロビが大好きだったから。

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渋谷の屋根裏だったんだけど、ライヴが終わって楽屋に行ったら、その殴ったヤツが「アケミ、ごめん」って言うのね。そしたらアケミが「ごめんてな、すげー痛かったよ」って。「おまえな、ビール瓶で殴られると相当に痛いぞ」って、それで終わりだよ。「なんちゅー、男だ」と思ったよ。

で、「家族百景」のインナーの写真では、オトさんがTAXIのステッカーを貼ったギターを弾いている前には顔面から血を流している男がいるんですよね。その光景は、フェラ・クティでもレヴォリューショナリーズでもないわけですよ。

オト:あれはね、誰かがビール瓶でアケミの頭を殴ったら、見事に瓶が割れて、その破片で血を流しているんだよね。で、アケミが偉いのは、そのときそんな目にあっても怒らないんだよ。渋谷の屋根裏だったんだけど、ライヴが終わって楽屋に行ったら、その殴ったヤツが「アケミ、ごめん」って言うのね。そしたらアケミが「ごめんてな、すげー痛かったよ」って。「おまえな、ビール瓶で殴られると相当に痛いぞ」って、それで終わりだよ。「なんちゅー、男だ」と思ったよ。

ハハハハ、天才的に大きな人だったんですね。ちなみに最初はミーターズやアラン・トゥーサンを手本にしていたんですか。

オト:僕にとっての入口はダブとアフロビートだったけどね。ただ、僕はパンク上がりだったし、最初から音楽の知識があったわけじゃないんだよ。ポップ・グループがいて、「JBズみたい」って音楽誌に書いてあったから聴いてみたんだけど、ちょっと毛色が違っていたし。

いろいろ追求するのは、じゃがたらに入ってからなんですか?

オト:じゃがたらに入ったら、とくにベースのナベちゃんがひと通り面白い音楽を聴いていた人で、練習終わってから成田さんのところに行かない日はナベちゃんのところに行って、いろいろなレコードを聴くわけ。スタジオでセッションしていたら「おまえもキャンド・ヒートみたいなギター弾くな」とか言われて「誰、そのキャンド・ヒートっていうのは?」って言ってたくらいなんだよね。それでナベちゃんの家行くと「キャンド・ヒートならこれがいいんだよ」とか「ミーターズならこれ」って聴かせてくれるんだよね。ナベちゃんはじゃがたらの前はブルース・バンドを経てきていたから、基礎ができていたんだよ。

アケミさんのあのパンクな歌詞はどこから来ていたんですか?

オト:三里塚で、頭脳警察を聴いて、パンタさんの歌を聴いて、そのインパクトが強かっみたいだね。それから彼のなかで「闘争」が入っているんですよ。

なるほど。子供の頃にバキュームカーの運転手になりたかったというエピソードも僕は好きなんですよね。最初からものの見方がちょっと違っていますよね。

オト:そうそう、あれは83年だから、ちょうどテンパったときかな、アケミが言っていたんだけど、彼が小さい頃、お父さんがお酒に酔うとトイレで用を足したときに漏れたりしたんだって。それをお母さんじゃなくてアケミが拭いていたらしいのね。で、大きくなったらバキュームカーの運転手になりたいと思ったんだって。なかなかそういう発想にいかないよね。

すごくいい話ですよね。

オト:あとね、クラスで嫌われている子がいると、わざわざその子に近づいていって、仲良くなって、「俺はあの子と仲良しだぜ」って言いふらしたりとか。別に正義の味方ということじゃないけど、「なんだよ、みんなしてイジメやがって」っていう集団の予定調和に対する反発心だよね。そう、そういう反発心が最後まで強い人だった。

それはもうあれですね、毛利嘉孝先生の名言で、「狂気とは相対的なものであり、80年代は世のなかが狂っていたのであって、江戸アケミがまともだった」ということですね。

オト:高校のときは新聞部と山岳部だったらしいし。すごい真面目で、ストイックだよね(笑)。

話が飛んで申し訳ないんですが、オトさんが今回、じゃがたらお春出すのは......、まあ、経済的な見返りなんてないわけじゃないですか。

オト:まったくない。

それでも出すというのは、何か他に強い気持ちがあるんですよね。

オト:うん、今回の音源に関しては、そこに僕もいないわけですよ。僕から聴いてもすごくいいなと思ってたもので、それを聴いて誰がインパクトを感じるかわからない。若い人の耳に届いたときに、なかには強いインパクトを受ける人がいるかもしれない。それは僕の感じ方とは違ったものになるだろう、だから出しておきたい、というのがまずあった。そして、"HEY SAY!"と"もうがまんできない"を演っているんだけど、この頃のアレンジがすごく温かくて、音楽の良い部分をやっていて......。『南蛮渡来』は、もう背負ってしまっているからね。

すでに好戦的になってますよね。

オト:そうなんだよ。だって「オト、おまえは真面目だ。だが、俺はマジだ」みたいな感じで言ってたんだよ。それは僕に対するアンチなんだよ。「真面目止まりでは話にならないぜ」っていう意味だから。「マジにならんといかんぜ」っていうことを言ってきた。『龍馬伝』のなかの坂本龍馬が挑発するみたいな感じだね。

アケミさんの怒りのようなものはバンドで共有していたんですか?

オト:アケミも共有を強いてなかったからね。ナベちゃんは、「俺には女房がいるけど、でも、アケミの死に水を取るのは俺だ」と公言していたけど。女房以上に愛しているという意味で言っていたんだろうね。だから、83年にアケミがイってしまったときに、「どうしてイってしまったんだ?」って、三日三晩、寝ないで調べて、彼自身もイってしまうんだよ。アケミと同じ道を辿れるわけないのに、行こうとしたんだよね。そうして、83年にふたりともはずれてしまったんだよ。

さっきパンタさんの歌を聴いて、影響を受けたと言いましたけど、アケミさんには60年代的な左翼運動からの影響はあったんですか?

オト:なかったね。むしろ、遠目に見てうっとおしいと思っていたんじゃないかな。団体行動をすごく嫌っていたから。それが「お前はお前のロックンロールをやれ」に繋がっていくわけだから。87年ぐらいかな、雑誌に「カリスマ」って書かれたことにすごく傷ついていたことがあったのね。それをライヴをやる度にステージ上で執拗に訂正するんだよ。こっちは「書いた人がそう思って書いているんだから、別にそこまで気にすることはないじゃない」と思うわけだよ(笑)。でも、アケミはそうやって幻想を読者に振りまくのが許せなかったんだよね。自分がそういう幻想に乗っかるのが本当に嫌だったんだよ。それで「じゃがたらなんか見に来なくてもいいんだ、おまえたちはおまえたちの友だちを作れ、じゃがたらなんか見に来るな」とか言ってるんだよ。

ハハハハ。学祭のライヴでさえも、そういう言葉で客を挑発していた。

オト:でも、そういう言葉が爽快なんですよ。

観に行ったら楽しませてくれるのが当たり前だってタイプのライヴじゃなかったですよね。客が聴きたいと思っている曲をガンガン演っていくようなものでもなかったし、「今日のライヴ良かったねー」「ありがとう!」って感じではなかったですからね。

オト:僕が入る前のまだスキャンダラスなステージをやってた頃も、お客がそれを求めているから野次が飛ぶわけ、「ほら~、うんこしてくれ~」とか(笑)。ステージでは"もうがまんできない"のイントロが演奏されていて、そのなかでアケミはお客と掛け合いやっているんだよ。「おらおら、おまえら暗いぞ、日本人ってこんなに暗いのか!」とかガンガン挑発している。で、お客が怒ってくると「そうだ、そうだ、その怒りの顔だ!」って(笑)。「おらおら、じゃがたら嫌いんだろ? 嫌いだったら嫌いだって、でっかい声で言えよ!」とか言ってる(笑)。もうね、そういうコミュニケーションが爽快でね。そこまでのコミュニケーションっていまある? 

ハハハハ。

オト:でも、アケミがテンパってからは、ステージの上ではあんなに喋れたのに、ステージを降りるとぜんぜんダメだった。87年の「ニセ予言者ども」の頃だってそうだった。ぐたーっとしちゃってね、ものすごい体調が悪い。

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持続可能な循環型社会という答えが見えたんだよ。で、それが見えた時点で、僕は自分でそれをやってみたくなったんだよね。だから、レコード店が客にレコード袋を出さないんじゃなくて、そう思うんだったらまずは自分でそれを実践すればいいと思うんだよ。


エド&じゃがたらお
エド&じゃがたらお春LIVE

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じゃがたらはひとつの分水嶺だったんでしょうね。80年代はまだじゃがたらのような文化は求められていたけど、結局、じゃがたらの理想主義的なところは90年代に駆逐されていくわけでしょう。江戸アケミのようなメンタリティはなかったこととして日本の音楽シーンは発展していくわけだから。

オト:たぶんね、88年ぐらいに、アケミとこだまさんはそのことを感じていたんだと思う。日本のなかでただ普通に音楽を演ることに大きな疑問を感じていた。篠田(昌已)君なんかはアケミの気持ちがわかっていたほうだったけどね。

時代はまさに中曽根内閣でしたからね。新自由主義のはじまりとともにじゃがたらははじまっているんです。

オト:そう、はじまっている。

僕なんかも当時の浮かれた日本のサブカルが大好きなひとりだったから、江戸アケミさんの言葉を心から理解できていたわけではないんです。

オト:ただね、社会に生きていて、本当に言いたいことがあってもそれが言語化できない人たちはたくさんいると思うんだよね。たとえば、僕がある野菜を食べたとする。で、農薬が入っていて身体受け付けなかった。「なんで野菜を食べないの」と言われる。それは野菜ではなく、僕の身体が農薬を受け付けていないってことなんだけど、食べている時点ではそれを言語化できない。そういう風に言えないことってあると思うんだよね。学校だって、会社だってそうだけど、そうなってくるとはずれるしかないじゃんね。で、はずれたほうがいいんだよ。ただ、はずれたあと、快適に過ごさないと悔しいじゃん。

ハハハハ、悔しいっすよね。ただ、逞しさみたいなものがあったんでしょうね。もうひとつ僕が好きなエピソードで、バンドで食えない頃に、アケミさんが下北沢のパチンコ屋の呼び込みやってて、それで夜には渋谷の屋根裏でライヴをやるというがあって。そうした逞しさ、地に足がついた感じで音楽をやっていたわけですよね。しかもあれだけネガティヴなことを歌いながら、ダンスに向かう。

オト:踊るのはあの頃、解放って言葉で言ってたけど。

フォークにはいなかったんですね。

オト:フォークにはいかないんだけど、"中産階級ハーレム"を持ってきて歌うときのアケミは完全にフォークなんですよ。だけど、それをフォークの文脈には絶対に入れたくないというね。

"中産階級ハーレム"はしかも長い(笑)。

オト:あんな長いフォークはない(笑)。

名曲ですよね。

オト:名曲だよあれは。こないだジョン・レノンの"ワーキング・クラス・ヒーロー"を聴いたときも、あれはアケミのアンサー・ソングなんだなと思ったよ。「日本じゃ、中産階級て言われて、ぷらぷら浮かれているよ」ってね。

だけど、いまほど中産階級に憧れている人が多い時代もないんじゃないですかね。

オト:どうだろうね。ヒップホップやレゲエみたいにミュージシャンやりつつ社長みたいな感じが出てくるとさ、案外みんな産業だと思っているんじゃないの。とにかく商売っていうかさ。どうなの?

うまくやれているのはごくいち部ですよね。そういえば、今回のじゃがたらお春では、かなり気合いの入ったブックレットを付けていますよね(執筆陣は、磯部涼、こだま和文、二木信、毛利嘉孝、湯浅学、それと筆者)。

オト:ただ出すだけでは無責任だなと思って。2010年に出すことの意味を考えたいと思ったんだよね。あのライヴ音源のマスタリングに関しては、実はずっと前にやっていたんだ。いつか出したいと思っていたんだよ。あとは毛利さんの『ストリートの思想』がすごいきっかけでしたけどね。

『ストリートの思想』は初めてちゃんと日本のポスト・パンクを政治的な文脈で説いていったところが良かったですよね。政治や社会の文脈でああいうことを書く人がいなかったから。

オト:まったくなかった。80年代の機運としてはまったくなかった。じゃがたらなんて、超浮いてたもん(笑)。

吉本隆明が広告になっている同時代に、屋根裏で血を流して踊っていたアケミとは何だったろう? って思いますよ。

オト:こう言ってはなんだけど、ポスト・パンク時代のノイズにしたって、音楽誌に書かれているアートとしてのノイズというベタな表現に思えてしょうがなかったんだよね。時代がさ、そういう時代だったでしょ。パンク、オルタナティヴ、ノイズ。映像作家だってノイズを入れて作品を出していた。僕からみたらみんなアンパイだよ。時代のなかのカラーリングでしょ。じゃがたらは全然関係なかった。パンクとは違うイディオムが入っているし、レゲエをやっていても、ミュート・ビートみたいにレゲエをそのままやるようなことはなかったしさ、アディダスをはいたこともなかった。まあ、みんな、そりゃあ、ダサいよ。アケミは赤いジーパンにピンクの腹巻き(笑)。「おい、そりゃあ、何なんだよ!」って(笑)。

ハハハハ、最高ですよね。80年代は、いま思えばニューウェイヴのセンスほうがメインストリームだったと言えるほどで、じゃがたらは本当に、まったくの反時代だったんですね。

オト:そんなんじゃ売れないよね、糸井重里が西武デパートで「おいしい生活」って時代にさ、「青空ディスコー!」じゃ(笑)。

ハハハハ。「おいしい生活」は終わったけど、「青空ディスコ」はレイヴ・カルチャーを予見したじゃないですか。そろそろ、サヨコオトナラの話をしましょう。現在のオトさんの活動のきっかけは、9.11にあるんですよね。

オト:そう、オルタナティヴへの流れだね。

環境問題と音楽の話でもありますよね。すごく重要な問題だし、同時に際どい問題でもあると思います。僕みたいなへそ曲がりは、たとえば、たまにレコード店なんかでも「うちは手提げ袋を出さないんです」とか言うのを見ると、「客に押しつけやがってー」「だったら10円でも安くしろ」と思ってしまうわけです(笑)。もちろん自分が正しいとは思ってませんが、今日では、下心見え見えのエコやオーガニックも少なくありませんし......。ただ、先日、サヨコオトナラのライヴをやった「土と平和の祭典」はとても面白かったです。行ってみないとわからないとはまさにあれで、普天間基地問題から原発問題とか、いろんな回路が用意されているんですね。僕は、ナチュラル系と言われるような、海辺でただ享楽的過ごしているだけのことをいかにも自然を愛してますっていう偽善的な態度が嫌いなのですが(笑)。

オト:ハハハハ。

そういうのとは明確に違った意識の高さをもったフェスでしたね。子連れが多かったのも良かったです。オトさんはどうしてああいう方向に行ったんでしょうか?

オト:僕はね、9.11の前から都会で音楽を楽しむことが減ってきてしまっていたんだよ。トランスであれ、レイヴであれ、祭りであり、都会から離れたところで音楽を楽しみはじめてしまっていた。新宿の風俗店で火事があった頃から、〈リキッドルーム〉に行くのにも、僕は覚悟していた。いつ死んでもいいようなね。飛行機に乗るときもそうだよ。こんな高いところ飛んでいるんだから、落ちて死んだって仕方がない。この景色を冥土のみやげにしようって、そう思って乗ってるから。それと同じように、都会はもう、自分で自分の身を守れるところではなくなってしまった。東京で音楽を楽しむことができなくなってきてしまったんだよね。

でも、全員が全員、田舎に住めるわけじゃないじゃないですか。

オト:そうだよ。ただ、いまはその角度からの話はちょっとおいてもいいかな。で、9.11があったときに、3日後に坂本(龍一)さんの「非戦」のサイトがあって、そこからいろんなリンクを追っていったのね。その前に、沖縄で少女暴行事件があったじゃない。それで地位協定について知って、で、「日本って、ぜんぜん独立してるわけじゃないじゃん」って。それまで僕は、世界のことや日本の政治のことを積極的に探ってなかった。スティングがアマゾンの自然危機を訴えるためのワールド・ツアーをはじめたときも、「そういうのは専門家がやれば」って感じで、「僕は音楽のことをやるから」って思っていたのね。だけど、9.11のときは、「これは子供がじゃれ合ってるなんてもんじゃないぞ、世界はもうドクターストップだ」と思ったんだよ。当時僕は映像をザッピングしていて、ペンタゴンには本当に飛行機は落ちていないし、どうも怪しいと、自分のなかに確信は持てなかったけど、ホントのテロじゃないなと思っていたんだ。そしたら、まあ、本を読んだり、ネットを調べると、陰謀説のようなことがいろいろ出てくる。しかし、テレビのニュースではまったく別の情報が流れている。これはもう、自分で把握できないと次に進めないなと思った。「僕は音楽専門で、環境系は専門家に任せます」っていう態度では次に進めないなと思ったんです。

しかし、その9.11から環境に進んだのはどうしてなんですか?

オト:で、いろいろと勉強してって、教育の問題、食べ物、医療、建築......この世は相当なまやかしでできていることがどんどん見えてくる。バビロンもへったくれもない。

思っていた以上にバビロンだったと(笑)。

オト:そう、こんなにもはっきりバビロンだったとはねー(笑)。これはもう、このままいまの流れを続けていったら人類はないと。

オトさんの場合、田舎に住んではいますけど、こないだ野音でライヴやったように、都会でもライヴをやってますからね。隠遁しているわけではない。

オト:隠遁してるわけじゃないからね(笑)。ただ、都会に住んでいるとアンチにならざる得ないよね。システムがあまりにも作られているから。持続可能な循環型の社会ではない。

なるほど。

オト:そう、持続可能な循環型社会という答えが見えたんだよ。で、それが見えた時点で、僕は自分でそれをやってみたくなったんだよね。だから、レコード店が客にレコード袋を出さないんじゃなくて、そう思うんだったらまずは自分でそれを実践すればいいと思うんだよ。買わないという意志をもつこととかも重要だよね。消費こそがいちばんの政治行動だから、イラク戦争のときにわかったのは、みんなが貯金しているなかの財政と融資という枠から国が好きなように使う権利を持っていて、そのなかから国が武器や爆弾を買ってるなんて......まあ、言語道断の話なわけだよね。銀行を使うってことはすでに民主主義でもなんでもないし、そしたら僕らの意志は関係ないってことだから。さらにお金についても考えたんだ。「お金って何だろう?」って思って。自分もそうだったけど、お金がないと困ることがたくさんある。生活するなかで最低限のお金は必要だからね。だけどね、お金がないと淋しい気持ちになるよね。

なりますねー(笑)。

オト:でも、精神にそこまで影響をおよぼすお金って何よって思うわけ。「人の精神を救うものがお金なの? それって正当なの?」って。お金の実態を知りたいと思ったんだよね。そしたら名古屋の在野の青木(秀和)さんって学者の書いた『「お金」崩壊』っていう新書が面白くてね。僕の知りたいことがいっぱい書いてあった。銀行の話から地域通貨の話とかね。それから阿部芳裕さんの書いた地域通貨に関する本を読んで......あとは太田龍っていう。

竹中労と平岡正明と3バカゲバリスタを組んでいた人ですね。

オト:太田龍がいっぱいフリーメーソンに関する翻訳をやっていてね、ものすごい仕事量なんだよね(笑)。もう死んじゃったけど、ものすごいスピードでものすごいたくさんの翻訳を出している。まあ、暴露本だよね。俺、ロフト・プラス・ワンで太田龍と対談したいって言ったくらいだから。

まあ、とにかく9.11以降、いろいろ勉強されていたんですね。

オト:うん、そう。じゃがたらの話に戻るけど、人びとがまやかしに踊らされない部分というかね、本当の日本の姿を見つめなきゃならないってアケミは言ってたんだよね。おそらく88年くらいから、彼の体調が急にアッパーにいくんですよ。それまでずっと安定剤を飲んでいたんだけど、86年ぐらいから日常生活では会話なんかも以前のように喋れるようになってくるし、筋肉もついてくるし、そうすると気が乗ってくるというか、彼のほうでもいろいろと話してくる。で、彼は日本の社会をできる限り見つめたいと思っていたけど、じゃがたらというバンドの中身が日本の小さな縮図みたいなもので、バンドのメンバーがアケミのことをぜんぜんわかってなかったんだよね、僕を含めて。だからアケミはライヴの演奏中に、バンドのメンバーに対しても「俺はじゃがたらなんかじゃねぇよ」という苛立ちを持ちながら歌っていた。これは『この~!!』というDVDに収録されているんだけど、"都市生活者の夜"のライヴ演奏で、意図的に音程をはずして歌ったことがあって、で、そのとき僕はそれが気にくわなくてね、「ふざけやがって」と思って、「そんな軽々しいフェイクで苛立ちを出しやがって」って。でも、彼のなかではその違和感がどんどん膨らんでいくんだよね。そうした、じゃがたらでの一連の出来事が、9.11があってから僕にはすごく透けて見えるようになった。アケミが感じていた部分が僕にようやく見えてきてね......アケミと僕が同じかどうかはもう参照することはできないけれど、でも、僕のなかでは「こういうことだったのかな」と思えたことがたくさんあった。僕なりに、バビロンの構造が透けて見えるようになったんだよ。

なるほど。

オト:そう、だから『この~!!』を観た人は、不快な思いをしたかもしれないけど、だとしたら、その不快感こそ、僕らが住んでいる日本に潜んでいる不快感に他ならないんだと言いたい。

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この編成がすごく大事なんだよ。移動しやすいというね。それでアコースティックで最小の編成になったというのがある。ライヴをやったあとに、いままでは泊まるのはホテルとかだったけど、いまは呼んでくれた人のお家に泊まるんですよ。そうすると、ご飯もいっしょに食べるし、翌日はいっしょに起きるし、何回もやっていると家族みたいになっていくんだよね。


サヨコオトナラ
トキソラ

ApeeeRecords

www.watonari.net

では、サヨコオトナラに話を戻しましょう。

オト:そういうのがあるんで、都市に暮らしながら変革することはもちろん重要だけど、サヨコオトナラは地球のなかの、グローバリゼーションではない、サステイナブルなものとしてのオルタナティヴを追求したいんだ。僕はね、そっちのサステイナブルなオルタナティヴに関してはぜんぜん知らなかった。だから面白くて、がーっと進んでいったんです(笑)。

端的に言うと、サヨコオトナラが目指すのは新しいコミュニティの創造だったりするんですか?

オト:そうだね。ただひとつのローカル・コミュニティではない、点在するところを繋いでいくコミュニティだよね。

それは素晴らしいコンセプトですね。僕は、サヨコオトナラのライヴを観ていくつか感動したんですけど、何度も繰り返しますけど、あれだけ子持ちのお母さんが来ているライヴは初めてでした。野外系は基本、家族連れが多いんですけど、それにしても割合が高かったなー。

オト:サヨコオトナラは家族連れが圧倒的に多いんですよね。

それも未就学の子供を連れたお母さんが多い。それがまず面白いですよね。よく見ると、元クラバー、元レイヴァーかなーみたいなお母さんもずいぶんいるし(笑)。

オト:たとえば、『六ヶ所村ラプソディー』みたいなのも、子持ちのお母さんが率先して上映会をやったりしているんだよね。

たぶん、オトさんがいまやっていることも社会運動のひとつの形態だと思うんですよね。

オト:ぜんぜん運動だね。

僕は、オトさんにはけっこう遠慮なく言ってますけど、サヨコオトナラの音は大好きなんです。サヨコさんの歌も素晴らしいと思います。でも、サヨコさんのシャーマニックな歌詞に"神様"という言葉が出てくると思わず引いてしまうのも事実なんです。

オト:シャーマンってね、スピリチュアルとか、超能力とか、いろいろあるからね。

アリス・コルトレーンは社会運動的だけど、むちゃくちゃシャーマニックじゃないですか。サン・ラだってそうですよね。海外のスピリチュアル・ミュージックは、外国語なので、聴いてられるんでしょうかね(笑)。ただそれを、サヨコオトナラは日本語でもやっている。最初はそこに戸惑いがあったんです。それはやっぱ、オウム事件のような日本の宗教的な狂気みたいなことが記憶に刻まれてるんで、警戒心が働いてしまうんですよね。ただね、実際にサヨコオトナラのライヴを聴いていると、本当に楽しい音楽なんだとわかるんです(笑)。踊り出してしまうようなタイプの音楽で、ダンス・ミュージックなんですよね。楽器を弾いているのはふたりなのにね。

オト:僕はもう、大所帯はやらないから(笑)。

じゃがたらで疲れたんですね、人間関係で(笑)。

オト:そう、人間関係で(笑)。

オトさんのなかではサヨコさんの歌詞はどういう風に理解しているんですか?

オト:サヨちゃんは、もちろん昔から知っていたけど、子供を産んでから変わったよね。

オトさんのなかで、サヨコさんの歌う"神様"はどういう風に捉えているんですか?

オト:神様はいっぱいいるよね。日本は、歌の神様もいれば、雨の神様もいる。

石にも木にも川にもいますからね。アニミズムですからね。そういう意味では水木しげるの世界というか、ボアダムスの世界というか、そういうものとも接点があるんでしょうね。そうした原始的なものを、社会運動的なものへと繋げていくのがサヨコオトナラの大きな目標みたいなものなんですか?

オト:ただ、社会運動はもっとちゃんとやっている人たちがたくさんいるからね。

さっきからコンセプトの話ばかりして申し訳ないんですが、ただ音楽としては本当に魅力たっぷりの音楽だと思います。集大成?

オト:サヨコオトナラの前身で、エイプっていう、女の子ふたりでやっていたバンドがあって。それはどんとが亡くなる前に旅していた日本のなかの経路、遠藤ミチロウさんが旅していた経路というものがあって、日本のあちこちにそういう拠点ができているんです。で、サヨコオトナラもその経路を旅しているんだけど、そのなかで回っていくときは、ドラムやベースが難しいんですよ。

単純に、身軽さってことですね。

オト:そう。モバイルでないとダメ。

トラヴェラー・スタイルですね。

オト:手持ち楽器ひとつ、車で4人で行けるってことだね。

ゼロ年代の、アメリカのフリー・フォークのシーンにはサヨコオトナラのようなバンドがいっぱいいるんです。

オト:あ、聴いてみたい。

だけど、オトさんがいないから、16ビートじゃないんです(笑)。

オト:ハハハハ。

ただ、サヨコオトナラのやっているコンセプトとかなりの部分で重なりますけどね。

オト:だからね、この編成がすごく大事なんだよ。移動しやすいというね。それでアコースティックで最小の編成になったというのがある。しかも、ライヴをやったあとに、いままでは泊まるのはホテルとかだったけど、いまは呼んでくれた人のお家に泊まるんですよ。そうすると、ご飯もいっしょに食べるし、翌日はいっしょに起きるし、何回もやっていると家族みたいになっていくんだよね。で、そこのエリア内の繋がりっていっぱいあるじゃない。そうすると、地元の繋がりのなかに自分たちが入っていくような感じになっていくの(笑)。それがね、僕にとってはすごくフィールドワークになっている。

そうなると、音楽関係者以外の人たちとも会うことになりますよね。

オト:それが面白い(笑)。

そうしたゆるやかなネットワークが日本全国にあるんですね。

オト:そう、グローバリゼーションではない。農業をやっている人が多いし、川のわき水で農業やっている人も多いよ。

僕がどれだけ俗っぽい人間かってことですかね(笑)。

オト:日本は、電気を作ってはいけないってプレッシャーをかけているんですね。先進国でそんな国はないんですよ。エネルギー自給と食料自給ができればさ、もし僕が市長だったら、自給自足コースを選んでいる人からは税金を取りませんと、その代わりに、税金に相当するものをなんらかの形で身体で返してもらえませんかと。お米で払おうとか野菜で払うとか。

だんだんクラスみたいになってきましたね(笑)。

オト:国ってホントにバカだからさ。「国家権力って何?」って思うもんね。「デモやったぐらいで逮捕するって何?」って思うけどね。

やっぱ、思想を警戒しているんじゃないですか。

オト:でもね、やっぱ政治を変えないと無理なんだよ。地方分権とか言ってるけど、分権するには、地方経済をちゃんと作れる状況だとか、なるべく自給できることを証明していかないと次のシーケンスにいけないんだよね。

あんま楽観的な気持ちになれないですけどね(笑)。ただ、僕らが若い時代を過ごした80年代よりも、いまの若者のほうがよほど社会に敏感だと思います。僕の世代なんか、僕も含めてほとんどノンポリですから(笑)。だから、じゃがたらやオトさんの話もいまの若い子のほうが切実に聞くかもしれないですよ。

オト:僕はいまキコリの研修に行ってるんですよ。

知ってます(笑)。

オト:森を元気したいから、そういうことをできるようになりたいなと思ってね。それで10年後にはキコリが似合うような人間になりたいんだ(笑)。

わかりました(笑)。今日もまた、いろいろ面白い話をありがとうございました。で、しかし、結局、じゃがたらって何だったんでしょうね。ものすごい問題提起をしていて、Pファンクみたいなものとも似ているけど......でも違うし。

オト:じゃがたらね......僕はね、リズムがはじまると、もう、そのなかにずっといたかった。とことんリズムのなかにいたかった。はじまったらもう、終わりたくなかったね。

もしも君が過去をたずねてなつかしがっても、
あの頃はまたあの頃で色々あったもんさ、
次へとわき出るリズムが前に進めとささやく
じゃがたら"つながった世界"

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