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Random Access N.Y.

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vol.134:〈アザー・ミュージック〉のドキュメンタリーに寄せて

沢井陽子 Dec 06,2022 UP

 このNY連載も早いもので(パンデミックの間はお休みしましたが)134回目。ボツもあるので150回ぐらいコラムを書いているが、そのなかにはなんどか同じ話題を書いたこともある。6年前、私はVol.83にてNYのあるレコード店が閉店する話を書いた。そのお店、〈アザー・ミュージック〉のドキュメンタリーが先日、日本でも公開された。
 私はコラムにも書いたように、お店が閉店する日のインストアに行って、一緒に街をセカンドラインのごとく練り歩いた。そして、バワリー・ボールルームで小野洋子さんとヨ・ラ・テンゴ、サイキック・イルズを見るという素晴らしい1日を共有することができた。そのときは将来ドキュメンタリー映画ができるなどとは思っていなかったけれど、このレコード・ストアが存在したことは次世代へと伝えていくべきだとは思っていた。つい最近は、エレファント6(2022年11月10日リリースThe Elephant 6 Recording Co.)のドキュメンタリー映画も完成している。〈アザー・ミュージック〉もそうだが、こちらも00年代のUSインディ・ミュージック・シーンの貴重な記録となっていることだろう。

 さて、〈アザー・ミュージック〉が存在した90年〜2000年代は、今日のようなデジタル社会ではなかった。まだアナログ時代なので、アメリカに不慣れだった私も紙の地図を片手に街を歩く日々だった。そんな私は、初めてNYに到着すると空港から直行で〈アザー・ミュージック〉に行ったものだった。なぜならレコード店には、私に必要な情報が揃っている。どんな街でもそれは同じだ。店にあるフライヤーでその日の夜のライヴ情報を得て、店員が推薦する音楽を聴いたり、おいしい食べ物やおすすめのお店などその土地の情報を教えてもらったりする。
 ちなみに私が初めて来たアメリカの都市は、ボルティモアで(アニマル・コレクティヴ、ダン・ディーコンの出身地ですね)、初めて見たショーがカーディガンズとパパス・フリータスのショーだった(その時期日本はスウェディッシュ・ポップが大流行)。たまたまその日に入ったレコード店にフライヤーがあって、店員に「このショーに行きたいんだけどチケットはここで買える?」と聞いたら、「直接会場へ行け」と言われた。行ったらチケットは売り切れで、結局そこにいたダフ屋から買った。正規の値段は$5だったが、ダフ屋は$10(千円ちょっと)。許せる範囲だった。
 しかもその晩見たショーは感動の連続だった。パパス・フリータスとは直接話すことができたし、レコード店で買った7インチにサインももらった。カーディガンズのニーナ嬢には、「良かったよ!」と言ったら「サンキュー」とスマイルを返してもらった。憧れのバンドを見れたし、話せたし、うれしさで舞い上がってしまい(そしてショーの安さに驚き)、アメリカに引っ越すことを決めてしまった。その日、レコード店に行ってなかったらショーには行かなかった(あることも知らなかった)。やはり、レコード店にはマジックがある。

 話は前後するが、私が初めてひとりで行った街はロサンゼルスだった。日本から近いし、ショーがたくさん見れると思った。LAが歩いて移動できないことなんて知らなかったほど、無謀ではあったが。しかし、たまたま取った安いホステルがハリウッドにあって、そのホステルから歩いて5〜10分のところに〈ノーライフ〉というレコード店があった。滞在中はずっとそこに通った。フライヤーをチェックして、コーヒーを飲みながらソファーに座ってたくさんのCDを聞いた。店員も毎日来る日本の女を覚えてくれたようで、向こうから「今日はこのショーがあるよ(自分のバンドだったりする)」とフライヤーを渡してくれるようになった。やがてビーチ・ウッド・スパークのメンバー(当時ストリクトリー・ボールルーム)と仲良くなって練習に連れていってもらったり、ブライアン・ジョーンズ・タウンのメンバーの家に遊びに行ってミンストレルズというバンドを紹介してもらった(彼らはLAショーのコーネリアスのオープニングでプレイした)。〈ノーライフ〉には多くのLAローカルなバンドを教えてもらった。たくさん知りすぎてレーベルを立ち上げるまでになった。ミンストレルズも私のレーベルからも作品をリリースしている。
 こんな風に、レコード店がなかったら私はレーベルをやらなかったし、そもそもアメリカに引っ越すこともなかった。私はアセンス、ミネアポリス、シカゴ、シアトル、ポートランド、サンフランシスコ、プロヴィデンス、ボストン、オースティンなど、アメリカの小さな大学街を5年ほど放浪していたが、初めてその街に着いたら最初に行くところは決まってレコード店だった。そこで地元の情報、おすすめのレストランや洋服屋、別のレコード店、音楽会場やバンドまでたくさん教えてもらったし、友だちも増えた。

 〈アザー・ミュージック〉は1995年、タワー・レコードの向かいに開店した。タワーにはない「他の=other」ミュージックを扱うということで店名は決まった。私の〈アザー・ミュージック〉の過ごし方は、まずは入ってフライヤー・コーナーでショーやイベントをチェックする。そして、どんなCDやレコードが面出しされているのか店内をぐるっとし、スタッフのお勧めコーナーを見る。雑誌コーナーもむらなくチェックしたり、こんな感じで長い時間を過ごした。自分の執筆していた雑誌やレーベルのCD、レコードなどを置いてもらったりもした。このレコード店では、本当に多くの時間を過ごしたものだった。私のレーベル〈コンタクト・レコーズ〉の最初のコンピレーションCDのカヴァーは〈アザー・ミュージック〉の店内だった。反射鏡(防犯鏡?)が店内にあり、そこに写った画像だが、インディ・ミュージックのコンピレーションのカヴァーとしてばっちりに思えた。
 私は、人が少ない朝の時間に行くようにしていた。あるとき店員が音楽をかけていて「これは誰?」と聞くと、自分の音楽やレーベルの音源を試し聞きするためかけていただけだったこともあった(笑)。〈アザー・ミュージック〉の店員はみんなクリエイティヴな活動をしていたし、お店は、いろんなプロジェクト誕生の土壌にもなっていた。ドキュメンタリー映画を作ったのも元お客さんだ。ディレクターの2人はここで出会って結婚して家族を築いている。オーナーのジョシュの奥さんもここの店員だった。私の担当者は、最初はフィル(現デッド・オーシャンズ)、スコット(パンダベアとJaneというバンドをやっていた。DJ)、ジェフ(ヴィデオ・グラファー)、ダニエル(アーティスト)だった。
 〈アザー・ミュージック〉はジャンルの分け方も独特だった。レコードやCDは、ただ「IN」と「OUT」のふたつだけに分かれていた。「IN」がインディで「OUT」がそれ以外。「OUT」のなかにはジャズやアンビエント、グローバル。ミュージックなどがあった。

 デジタルな現代ではレコード店に行かなくても地元の情報はすぐに手に入るようになった。欲しいレコードがあればインターネットで検索すればいいし、たくさんの情報が瞬時に手に入る。しかし、それでもレコード店はなくならない。この連載のVol.132「NYではレコードのある生活が普通になっている」でも書いたが、〈アザー・ミュージック〉がクローズしてからもNYにはたくさんのレコード店がオープンしている。ただ、〈アザー・ミュージック〉の時代はデジタル社会の現代では体験できない、特別なアナログな一体感があった。仕事が終わったらレコード店に行って休みの日もレコード店に行く。たわいもない話をし、友だちがいたら紹介しあい、新しい音楽に出会える可能性があることにわくわくした。地元の人が集まってのデジタル上では味わえない体験、私たちが〈アザー・ミュージック〉から学んだこうしたコミュニティ感は、この先も継承されていくべきものだ。

 私は最近、1か月に1回ブッシュウィックのミードバーで「たこ焼き」を焼きながら音楽イベントをオーガナイズしている。面倒な手続きはなくライヴ・ミュージックやDJができるので、若い人から年配までやりたい人が自由に参加するイベントになっている。友だちが友だちを呼んで、たくさんのミュージシャン、アーティスト、ファッション・デザイナー、ヘアドレッサー、アニメーター、ダンサーなど参加してくれている。次回で63回目、3月で6周年を迎えるが、レギュラーも増えているし、とりあえず来る人も増えているのでブッシュウィックのなかでひとつの小さなコミュニティを築いていると感じられるようになった。
 こうした小さなイベントのようなものは他でもあるはずだ。オンライン上にもあるかもしれない。好きな音楽の話だけで仲良くなれる。このコミュニティ感は〈アザー・ミュージック〉から引き継いだものだ。かつては、〈アザー・ミュージック〉がNYインディの大きなコミュニティの代表だったが、今日では小さい〈アザー・ミュージック〉型コミュニティがたくさんあるのではないだろうか。

 〈アザー・ミュージック〉が閉店して6年が経った。いま私たちはコロナ時代を生きている。仕事もなくなり、野菜や卵、スーパーマーケットにあるものの値段が上がり、外食もチップの率が18%から25%が平均になるなどお金がかかる世界になった。NYはそのせいで精神状態が不安定な人が多くなって、治安が悪化している。未来はいったいどうなるのかと不安が多い今日この頃だ。〈アザー・ミュージック〉のドキュメンタリーを見ると、しかし大事な物はそこにあると改めて確認することができる。こんなに幸せな気持ちになれるドキュメンタリーを見ない手はないというのが私の意見です。
 ご存じのように、〈アザー・ミュージック〉は実店舗は終わったが、オンライン・ストアはあるカム・トゥギャザーというレコード・フェアを1年に1回開催してもいる

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Profile

沢井陽子沢井陽子/Yoko Sawai
ニューヨーク在住20年の音楽ライター/ コーディネーター。レコード・レーベル〈Contact Records〉経営他、音楽イヴェント等を企画。ブルックリン・ベースのロック・バンド、Hard Nips (hardnipsbrooklyn.com) でも活躍。

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