「OTO」と一致するもの

Shintaro Sakamoto - ele-king

 『物語のように』から“ある日のこと”のミュージック・ヴィデオが公開された。これは、坂本慎太郎が作画、編集まで手がけた究極のDIY手描きアニメーション。コピー用紙に鉛筆とマーカーで描いた約650枚の絵をスキャンし、PhotoshopとPremire Proで編集して作ったという。必見です! 

ある日のこと (One Day) / 坂本慎太郎 (Official Music Video)

 なお、9月30日には国内盤LP『物語のように』リリース、10月26日からは国内ツアーも開始する。

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Shintaro Sakamoto LIVE2022 "Like A Fable” TOUR

10月26日 (水): 昭和女子大学人見記念講堂 (東京)
11月15日 (火): Zepp Namba (大阪)
11月16日 (水): クラブ月世界 (神戸)
12月05日 (月): キャバレーニュー白馬 (熊本/八代市)
12月07日 (水): 桜坂セントラル (沖縄)

●Official Web: https://l-tike.com/shintarosakamoto

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NRQ - ele-king

 国も時代も超越した豊潤かつ芳醇なインストゥルメンタル・ミュージックを奏でる4人組、NRQ。この度、5thアルバム『こもん』発売記念、それから傑作3rdアルバム、『ワズ ヒア』のLP化記念という記念だらけのツアー、吉田悠樹(二胡)、牧野琢磨(ギター)、服部将典(コントラバス)、中尾勘二(管楽器、ドラム)の4人から成るこのバンドの独創的な世界を体験しよう。

 

■NRQ 5thアルバム『こもん』発売記念ライヴ——名古屋編
2022年10月15日(土)名古屋 金山ブラジルコーヒー(052-321-5223)
愛知県名古屋市中区金山4-6-22 金山コスモビル1階
出演:NRQ、logmen
開場6:00pm/開演7:00pm
料金 3,000円(予約)/3,500円(当日)*ドリンク代別
予約:金山ブラジルコーヒー(電話 052-321-5223|メール nqlunch@gmail.com)

■『こもん』発売記念ライヴ——浜松編
2022年10月16日(日)静岡・浜松 エスケリータ68(053-485-9968)
静岡県浜松市西区大平台2-48-30
出演:NRQ、志波太朗バンド
開場6:00pm/開演6:30pm
料金 3,000円(予約)/3,500円(当日)*ドリンク代別
予約:エスケリータ68

■音凪プレゼンツ NRQ 5thアルバム『こもん』&『ワズ ヒア』LP W発売記念ライヴ——大阪編
2022年12月3日(土)大阪 雲州堂
大阪府大阪市北区菅原町7-2
出演:NRQ、こぶね、野崎ハウス
開場6:00pm/開演6:30pm
料金 3,000円(予約)/3,500円(当日)*ドリンク代別
予約:音凪酒場(電話 06-6353-8515|メール otonagi20110601@yahoo.co.jp)

■RQ 5thアルバム『こもん』&『ワズ ヒア』LP W発売記念ライヴ——京都編
2022年12月4日(日)京都 外
京都府京都市左京区鹿ケ谷法然院西町18
出演:NRQ、野崎ハウス
開場6:00pm/開演6:30pm
料金 3,000円(予約)/3,500円(当日)*学生証提示で予約/当日ともに2,000円
予約:外

■NRQ 5thアルバム『こもん』&『ワズ ヒア』LP W発売記念ライヴ——松本編
2023年1月14日(土)松本 Give me little more.
長野県松本市中央3-11-7
出演:NRQ、伴瀬朝彦
開場6:00pm/開演6:30pm
料金 2,500円(予約)/3,000円(当日)*ドリンク代別
予約:Give me little more.(メール give.melittlemore@gmail.com)

■NRQ 5thアルバム『こもん』&『ワズ ヒア』LP W発売記念ライヴ——東京編
2023年1月15日(日)東京・青山 月見ル君想フ
東京都港区南青山4-9-1 シンプル青山ビル地下1階
出演:NRQ[feat. MC.sirafu, Okyon]、attc vs Koharu
DJ:TANGO[GO HUNK、李ペリー]
開場6:00pm/開演6:30pm
料金 3,000円(予約)/3,500円(当日)*ドリンク代別
予約:月見ル君想フ(電話 03-5474-8115|HP https://www.moonromantic.com/ticket)


詳細は:https://sweetdreamspress.com/nrq/tours_20220807/

こもん(CD)
Sweet Dreams Press(SDCD-054)
詳細:https://sweetdreamspress.com/nrq/common_20220408/


ワズ ヒア(LP)
詳細:https://anywherestore.p-vine.jp/products/plp-7883

Vladislav Delay - ele-king


Ripatti Deluxe - Tambourine Love Hat (video by RuffMercy) from Vladislav Delay on Vimeo.

 精力的な活動を続けるフィンランドのプロデューサー、ヴラディスラフ・ディレイ(本名:サス・リパッティ)による新名義、Ripatti Deluxe(リパッティ・デラックス)のアルバム『Speed Demon』が10月28日に 新レーベル〈Rajaton〉からリリースされる。

 「国境という概念を意識しないとき、我々の心はどう動くのだろう?」——これが作品のひとつのモチベーションになっているようだが、もっとも大きなコンセプトは「速度」になる。アルバムには、「時間、時間に対する概念、時間に対する意識、時間に対する隷属、欲望などについて」の考察が反映されており、音楽的には「いままで聴いたことのない初期のレイヴやハッピー・ハードコアなどをランダムに見つけて、今度はそれらを大量のエフェクトを通してループさせたり、ひっくり返したりしたり」したことがヒントになっている。

■新レーベル〈Rajaton〉
〈Rajaton〉は、孤立、所有権、戦争が国境を強化するとき、物理的および精神的な境界の非存在を意味する。〈Rajaton〉の音楽のアウトプットとそれを積極的に聴くことは、私たちを再び無限にし、思考を広げるきっかけとなる。ヒエラルキーとジャッジメントを劣化させ、誠実な解釈と新しい形の完全な理解を得るための、多数の万物の存在。〈Rajaton〉は、Ripattiの前身である〈Huume Recordings〉と〈Ripatti〉に続くレーベルである。

■サス・リパッティ
90年代後半から00年代初頭にかけて、グリッチ、テクノ、アンビエント、フットワークといったエレクトロニック・ミュージック・シーンにおける重要人物。「Entain」、「Multila」、「Anima」といったカルト・クラシックや、Vladislav Delay, Uusitalo, Luomo, Conoco, Sistolとして20以上のアルバムをリリース、マイクロ・ハウスといったジャンルの先駆的な存在である。彼の音楽は〈Planet Mu〉, 〈Raster-Noton〉, 〈Chain Reaction〉, 〈Mille Plateaux〉, 〈Honest Jon's〉 などからリリースされている。また、過去には坂本龍一、シザー・シスターズ、AGF、ブラック・ダイス、マッシヴ・アタック、モーリッツ・フォン・オズワルド、ミカ・ヴァイニオ、クレイグ・アームストロング、ジャマイカの伝説的アーティスト、スライ&ロビー等とコラボレートしている。彼の音楽は、洗練された質感、セミランダムな要素、破砕とシンコペーションのパーカッション、そして脱構築で有名。

interview with Alexis Taylor (Hot Chip) - ele-king

 ホット・チップは、UKポップ音楽のお家芸と言える、ソウルやダンス・ミュージックを折衷するエレクトロ・ポップなロック・バンドで、そのサウンドには多幸感とメランコリーが交錯している。20年という彼らの長いキャリアにおいてバンドは着実に成長し、UKシンセ・ポップとしては、いわばニュー・オーダーの後継者というか、いまや今世紀における代表的な存在と言えるのかも。じっさい2019年の前作『A Bath Full of Ecstasy』は批評家から絶賛され、今作『Freakout/Release』も注目のアルバムとなった。
 以下、日本のファンを代表して斎藤辰也──ホット・チップ以外は、ほとんどクラシック・ロックばかり聴いているようだが──その彼にまずはファン目線の解説を書いてもらった。その後に続くインタヴューともどもお楽しみください。

 ミュージシャンがつまらない作品が出すと僕は追いかけるのをさっさとやめて悪態をつきがちなのですが、ホット・チップのことは14年近く追いかけています。僕がホット・チップをこんなにも好きでいるのは、彼らの音楽はつねに歌心を大事にしているからです。メロディとハーモニーを大事にしたやわらかい歌声でもって、ダンスビートの上で、人としての弱さや苦悩を明かしているからです。そうした歌を聴かせてくれるバンドは貴重です。LCDとかジンジャールートなんかでは、とてもじゃないけどダメなのです。この歌とハーモニーを実現できるバンドは、ホット・チップ以外にいないでしょう。
 新型コロナに罹患して部屋にこもることになって思いついたのは、好きなミュージシャンのレコードを、キャリアの初めから最後まで、1日中ぶっ通しで聴くことでした。ボブ・ディラン。ニーナ・シモーン。ヴェルヴェッツ。大好きなビートルズとビーチ・ボーイズも聴きました。しかし、僕のすべてだと思い込んでいたその2組は、決していまの僕のすべてではないことに気づくことになりました。
 部屋を侵食するレコードの山の中から10枚しか残せないとしたら、僕はまずホット・チップの作品から『ワン・ライフ・スタンド』を選ぶでしょう。5枚でもそうします。3枚でも、そうしましょう。1枚なら………シド・バレットのセカンドだと心に決めているので、大変な拮抗が生じます。だけど、いまな、ら、『ワン・ライ、フ・スタ、ンド』を、選、ぶ。かもし、れま、せん(大変な拮抗が生じています)。ホット・チップをこれから知る人にもこのアルバムを薦めます。タイトルどおり、彼らの音楽は一生の付き合いができそうな包容力があります。無理をしないで、いつでもありのままで向き合える、そんな気持ちにさせてくれます。弱いことは恥ずかしいことではないんだよと、そう言ってくれる気がするのです。ここでもし、そんなの要らないとあなたが言うのであれば、そもそも音楽なんて聴かなくていいと思います。
 2008年の『ワン・ピュア・ソウト』の可愛いけどなんか変なMVを観たとき、シンセ主体の音楽を忌避してロックとヒップホップだけを聴いてきた僕の中で、とんでもないレベルで、なにかが弾けました。折衷という言葉では説明できません。その音楽の中に、僕が好きなもの以外にも、なにかわからないけど色んなものがトロトロになって煮込まれているのを感じたのです。いま食べてるので喩えますが、未知の具材たっぷりのカレーの鍋を覗き込んだと思ったら、画面の向こうから鍋の中身が飛び出して、全身にぶっかけられた。そんな衝撃でした。それ以降、彼らの作品や足跡を追いかけて、それまで知らなかった数々の音楽の扉を叩くことになりました。ニューウェイヴ。テクノ。ハウス。ノイズ。エレクトロ。音楽の広さを音楽を通じて教えてくれるバンドなんて、他にはビートルズくらいしか思いつきませんが、ホット・チップが教えてくれたのは、僕の大好きなビートルズやビーチ・ボーイズが教えてくれなかったものでした。ホット・チップが現代のバンドで、それをリアルタイムで聴くことができるのは、とてもラッキーなことだと思います。
 ホット・チップは結成から20年以上が経ちました。ダンスフロアの流行り廃りに流されることもなく、メンバーの入れ替わりもないまま自分たちの地盤を固めることができたのは、アレクシス・テイラー&ジョー・ゴダードのふたりを核としたソングライティング、そして、それを彩るためのサウンド作りにメンバーが力を注いできた結果であると思います。まずもって馴染みやすいメロディと真摯な歌詞を大切にしながら、男性的な“強さ”を回避するアレクシスとジョーの優しい歌声が響いて、メンバーのハーモニーが重なり、それらをダンスのリズムとシンセサウンドが讃える。アレクシスとジョーのマイクリレーやハーモニーは、まるでブライアン・ウィルソンとマイク・ラヴの掛け合いが現代に生まれ変わって、同じバンドにいるかのようです。こうしたヴォーカルワークの美しいバンドは、他に類を見たくても、なかなか見れないと思います(メンバーのアレクシスと初めて会ったとき、僕はビーチ・ボーイズの未発表アルバム『スマイル』のブートの箱を渡しました。「なんでこれを僕にくれようと思ったの?」と言いつつニヤついた彼の笑顔は最高に面白かった。それに、彼とジョーなら『スマイル』は没にしないでしょう)。
 今作、『フリークアウト/リリース』では、前作で強固になったダンスビートを引き継いでいますが、これまでのアルバムよりもシリアスなムードが通底しており、一聴すると重々しい印象が残るかもしれません。だけど、僕から述べておきたいのは、前述したようなバンドのあり方は変わっていないということです。明るい音楽で哀しいことを歌うように、人としての弱さや苦悩を隠しませんでした。そういったシンパシーを音楽の上で感じさせてくれます。ただただアッパーなダンスナンバーにもできたはずの“ブロークン”で「時々思う/僕は壊れている/もう壊れようがないほど」と歌うのを聴いて、僕は駅のホームで涙を流しながら歩いていました。いい大人が道端で目を赤くしているのは、通りがかった人にしてみれば不気味だったと思います。でも、不意にそういうことをさせてくる音楽なんです。(斎藤辰也)


右にいるのが質問に答えてくれたアレクシス・テイラー、その隣にいるのがジョー・ゴダード。

僕個人としては、大仰な政治的声明を打ち出そうとすることを楽しいとは思わないね。政治ってものは、自分の音楽にはほとんど入り込んでこない物事だ、そう感じる。ジョーの方なんじゃないかな、音楽にもうちょっと政治が入ってくるのは?

4月からツアーが続いていますが、いまUKのライヴ状況は、いかがでしょうか? コロナ前の感じに戻ってきていますか?

アレクシス:そうだね、ライヴ/コンサートの状況について言えば、ほんとなにもかもが戻ってきている。会場も再開し規制もなくなったし。けれどもフェスティヴァル、たとえば何万もの人間が集うグラストンベリーのようなイヴェントは、結局数多くの感染者を出すことになった。だから、ある面では物事は「ノーマル」に戻ったけれども、やはりウィルスは依然消え去ってはいない。単に、人びとは感染しても以前ほど具合が悪くならなくなっただけであって、それはたぶんワクチン接種に少し守られているからだろう。
というわけで……たとえば自分たちがフェスでプレイして観客を眺めていても、以前みたいにCOVIDについて考えることはなくなった、そう言っていいと思う。というのも、みんなマスクを着けなくなったから。だから、カルチャーという意味では非常に変化したし、前より少し良くなったっていうのかな、規制が緩まったおかげで。けれどもそれと同時に、COVIDに感染するたび——僕自身、1ヶ月前くらいだったっけ? ウィルスに感染したし、その都度あれがどれだけ不快な体験かを思い出させられるっていう。

前作『A Bath Full of Ecstasy』に引き続き、今作『Freakout/Release』もじつにパワフルなアルバムになったと思います。まずはサウンドについてお訊ねしますが、先行発表された “Down”は、力強いファンクのリズムが強調されていますよね。LCDサウンドシステムなんかともリンクするファンク・パンクを彷彿させます。

アレクシス:うん。

それに表題曲の“Freakout/Release”や“Hard To Be Funky”にも強力なリズムがありますが、こうしたビート感、躍動感は、自然に生まれたものなのでしょうか? それともこれは今作において意図したことだったのですか?

アレクシス:リズム・トラック群やグルーヴ、あるいはファンキィな要素に関して言えば、自分たちはとくに「今回はこれまで作ってきた作品とは違う」とは考えていないと思う。過去の作品以上にそれらの要素が強調されていると人びとが感じるだろう、僕たちにそういう意識はなかった、と。けれども、うん、いま言われたように、僕たちは踊るのにすごくピッタリなものを作ろうとしていたね。そうやって人びとにエンジョイしてもらえるなにかを、音楽と人生と踊ることとを祝福できるなにかを人びとに与えたいと思っていた。ただ、思うに、いまの質問にあった印象/感想は――良い感想だけれども、僕たち自身はべつにこれといって、より「パンク・ファンク調」な方向を目指してはいなかったんだ。あれはとにかく、そうだなぁ、たぶん“Down”で使ったサンプリングに導かれたものだったんじゃないかな? あの曲で僕たちはファンク・チューンをサンプリングしたし、それが僕たちを音楽的にあの方向性に引っ張っていった、と。それもあるし、おそらく今回は、アル(・ドイル)があの曲やそれ以外のいくつかのトラックでも生演奏でベース・ギターをもうちょっと弾いているし、彼はLCDサウンドシステムでもプレイしているから、それもあったのかもしれない。彼がふたつのバンドでプレイするベースの奏法はやはり似通ってくる、と。

通訳:いま話に出た“Down”のサンプル、あれはUniversal Togetherness Bandのトラックですが——

アレクシス:そう。

斉藤:たぶん2015年あたりから、ソウルのレコードをサンプリングすることが新曲において増えてきている印象を受けます。これは意図的にそうしているのでしょうか? たとえば、70〜80年代のソウル/ディスコ/ファンク音楽の、そのルーツにお返ししよう、みたいな思いは大事でしょうか?

アレクシス:んー……もしかしたら、僕たちにもそうした思いはあるのかも? だけど、僕たちはずっとソウル/ファンク・ミュージックが好きだったからね。ファースト・アルバムを作ったときですら——あれはサンプリングではなかったけれども、たとえば“Keep Fallin’”のような曲をプレイしていたわけだし、あれはかなりこう、ファンク・ミュージックを作るためのプリミティヴかつ安上がりでローファイな試み、そういう風に聞こえる曲だと思う。とはいえまあ、ソウル・ミュージックからの影響はあるよね、僕たちのもっとも大きな影響源のひとつだと思う。おそらく……まあ、サンプル音源にソウル寄りな変化が起きているとしたら、それは要は、ジョー(・ゴダード)が買っているレコード次第なんじゃないかと思う。というのも、僕自身はレコードからサンプリングはしないし、ネタとして使えそうなセクションを探そうとしてレコードを聴くこともないから。
 でも、そうは言いつつ、この同じアルバムで僕は「ファンキィであることについて」の歌(=“Hard To Be Funky”)を書いたわけだし、ということは、うん、たぶんその同じスレッドがこのアルバムの曲の多くにも流れているってことなのかもしれない。でも、いま言われたように、2015年以来、僕たちが「ダンス/ソウル音楽のルーツに敬意を表して」みたいにサンプル音源を選んでいるとか、べつにそういう意図的な決定ではなかったんだ。ただ単に、僕たち自身がああいうスタイルの音楽をずっと好きだからああなった、そういうことだと僕は思う。でまあ、要は、ジョーがレコード屋でなにか発見して、「お、これはグレイトな曲! ぜひサンプリングしたい」と思いついたってだけのことじゃないかと。

斉藤:今回、マイク・ホーナーと、ソウルワックスと、Superorganismのメンバーであるトゥーカンをアルバム制作に抜擢した意図やきっかけはなんですか?

アレクシス:まあ、前作『A Bath Full Of Ecstasy』をやったときも、マイク・ホーナーと一緒に作ったからね。マイクはすごく、すごく優秀だし、とにかく一緒にスタジオで過ごしていても本当に気持ちの良い人で。僕たちが彼と一緒にやることにした理由はそれだったし、彼は僕たちの求めていたサウンドを掴むのを助けてくれた。
 ソウルワックスについては、……ジョーの思いつきだったはずだけど、彼が「ソウルワックスにこの2曲を送ってみないか」と言い出して。彼らに聴いてもらい、何を持ち込んでくれるか試しに見てみよう、と。そのうちの1曲は“Down”で、あれは結局彼らにプロダクションを手伝ってもらわずに済んで、ミックスだけやってもらった。もう1曲が“Freakout/Release”で、あれはこう、僕たちからすれば半分くらいまで出来上がっていた感じで――曲は書いたものの、サウンドがどうもいまひとつジャストに収まらない、と。それであの曲をソウルワックスに送り、共同プロデュースおよび追加プロダクションをお願いしたんだ、純粋に、あの曲をフィニッシュさせるためにね。
 ホット・チップではコラボに関してはかなりカジュアルに物事が進むんだよ。今作でプレイしてくれたほかのコラボレーター、たとえばドラマーのIgor Cavalera(イゴー・カヴァレラ)、彼はセパルトゥラ(※メタル・バンド)のメンバーだったことで知られる人で——彼は“Eleanor”でドラムをプレイしてくれたけど、あれはメタルっぽい曲ではないよね。それからCadence Weapon(ケイデンス・ウェポンaka ローランド・ペンバートン)については、僕たちはあの“The Evil That Men Do”でラップを入れたいと考えていて、ジョーが彼のことを思いついた。彼とは昔、一緒にツアーをやったこともあった仲だし、運良くタイミングも合って、彼はグレイトなヴァースをあの歌のために書いてくれた。それからシンガーのLou Hayter(ルー・ヘイター)、彼女は僕たちのスタジオの近所に住んでいて、知り合いだし僕たちと一緒にDJをやったこともあるんだけど、まだコラボはやったことながくてね。で、ある日、彼女に「この“Hard To Be Funky”という曲で女性ヴォーカルが必要なんだけど、トライしてみる気はある?」と訊ねてみて、それで彼女がスタジオまで来てくれて、2、3時間で録ったんじゃないかな。そんな感じで、なにもかも……そうだなぁ、かなりこう、フレンドリーな、集団型な音楽の作り方だね。
 トゥーカンに関しては、彼は以前、僕のシングルをミックスしてくれたことがあって。トゥーカンは良い要素を持ち込んでくれた。彼がミックスを担当してくれたトラックの多くは、シングルになっていったね。

“Down”は、曲はパワフルなディスコ・ファンクですが、その歌詞は、質者には「労働」について書かれているように思いました。

アレクシス:うんうん。

じっさいのところ、これは、どんなところから生まれた言葉なのでしょうか? 

アレクシス:COVIDのせいで、僕たちは長いこと集まって一緒に作業することができなかった。だからあの曲はほんと、「遂に僕たちも、スタジオで一堂に会することができた」ってことについて語っているというか……僕にとってはこの自分の「仕事」、僕にとっての仕事であるミュージシャンをやること、歌をクリエイトすることは大事なんだ、と再確認してるっていうのかな。いや、ある意味、僕の周囲にいる人びとやホット・チップの面々、プロデューサーとしてのジョーはそういう風に見ていないのかもしれないよ。ただ、僕たちは努力しなくちゃらないんだ、自らにムチをぴしゃっと叩いてがんばり、この音楽をできる限り良いものにしなければならない、と。
 というわけであの曲は、この曲を上手く機能させるために自分は自らを捧げるというか、自分はこの曲をできる限り良いものにするために努力したい、と言っている、そういう感じの曲で。うん、だからあれは一種の……「仕事」、そして「一所懸命働くこと」というテーマ、そしていかにしてこのとある恋愛関係に意味を見出すことができるかについて掘り下げたもの、というかな。ある面では音楽についての歌だし、ある面では誰かとのロマンチックな関係の意図的なメタファーにもなっていて、うん、そのふたつの異なる意味合いのある歌だね。だから、その意味ではかなり曖昧な曲と言えるけれども、一種こう、働くこと/なにかに取り組むことは楽しい行為になり得るってことを歌ってもいて……そうだね、がんばって働くことの肉体性という概念を、リズミックな働きぶりを祝福しているというのかな。だから1曲のなかにいろんなことが込められている。

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自分たちにはそんなに多くの規範/ルールみたいなものはないと思う。ただ、今作に関して言えば、たぶん1曲を除いて、作った曲のすべてはまずまずダンサブル、あるいはファンキィと呼べるものだったんじゃないかな。

あなたは、おそらく前作『A Bath Full of Ecstasy』から、意識的に政治や経済といったトピックを歌のなかに盛り込んでいるように思いますが、しかし音楽面においては、それがポップ・ミュージックであることにことだわっていますよね?

アレクシス:そうだな、意見や批判はダイレクトに表現していると思う。ただし、それらは多くの場合、政治的に声高ではない、という。そうは言いつつ、今作の“The Evil That Men Do”では、かなり政治的にはっきり意見を述べているけれども……。僕たちの歌の歌詞のいくつかは、聴き手が読み取り理解するのにちょっと手間のかかるものもあるとはいえ、逆にもっとダイレクトなものもあるし、その両方のケースがあるんじゃないかな。とにかく曲次第で違うね。でもたしかに、僕個人としては、大仰な政治的声明を打ち出そうとすることを楽しいとは思わないね。政治ってものは、自分の音楽にはほとんど入り込んでこない物事だ、そう感じる。ジョーの方なんじゃないかな、音楽にもうちょっと政治が入ってくるのは? 僕はお説教めいた、人びとに教えを垂れるような表現の仕方をやるよりも、もっと、あくまでパーソナルな視点から話をしようとしている。

そもそも今作『Freakout/Release』を制作する上でのいちばんモチベーションはなんだったのでしょうか?

アレクシス:まあ、僕たちはかなり長いこと、全員でそろって一緒になにかに取り組むことができなかったわけだよね。僕はその間もソロ・レコード(『Silence』/2021)を作ったとはいえ、あの作品では本当に、リアルタイムでのコラボレーション、他のプレイヤーに来てもらい自分と一緒に音を出すという作業を含めることができなかった。ロックダウン中に作った作品だったからね。
 だからたぶん、ホット・チップのレコードを作る段になった頃までには、僕たち5人が同じ空間に一緒に集まるのが可能になったし、とにかくなにかエキサイティングなものを作りたい、全員で一緒にジャムり、僕たちが音楽を演るのを楽しんでいる、聴き手にもそれが伝わるようなものを作りたいと思ったんだろうね。
 それ以外の点で言えば、僕たちはある種の生々しい、パンキーなエネルギーを音楽に持ち込むことにも興味を抱いていたと思うけれども、結果的に、それほどパンクっぽい要素は残らなかったね。ごく一部、たとえば“Freakuout/Release”には、いわゆる「ロック」っぽい感触があるとはいえ……。僕たちはディストーションにも関心があったとはいえ、レコードが完成する頃までには、制作当初に考えていたそうした事柄のいくつかは抜け落ちていった、というのかな。だから、とてもディストーションの効いたピアノ・パートを用いたトラックがひとつあって、“Freakout/Release”もあり、また“Down”でもディストーションは使ったし、それらの楽曲を繋げてまとめる要素はあったものの、最終的にそのディストーションのかかったピアノを使った曲はアルバムから落とすことになった。ゆえにその面、ディストーションの哲学というか、ディストーションに対して僕たちの抱いていた関心、という面は伝わりにくくなったね。
 うん……だから、僕たちには「これ」といったしっかりした計画はなかったんだ。とにかく、再び全員で一緒に音楽を作れることになってワクワクしていただけだし、それ以外で言えば、ビースティ・ボーイズのあの曲、“Sabotage”だけど、僕たちはあれをライヴでよくプレイしているし、どうすればあのエネルギーの一部を自分たちの音楽のなかにも取り込めるだろう、ということを考えていた。

通訳:あなたたちがライヴで“Sabotage”をカヴァーするのを聴くのは、ほんと楽しいです。すごく楽しそうに演奏しているのがありありと分かるので。

アレクシス:うん、そうだよね。

多くの人間にとって本当にきつい時期だったし、いまだにそれは続いている。そのせいで職を失った者もいるし、久しぶりに対人関係にさらされ、社交面でどう振る舞えばいいかの自信を無くした人だっていると思う。

斉藤:ホット・チップのアルバムを完成とするにあたって、最低限守っている規範意識、あるいは自分たちなりの基準のようなものはありますか?

アレクシス:フム、自分たちにはそんなに多くの規範/ルールみたいなものはないと思う。ただ、今作に関して言えば、たぶん1曲を除いて、作った曲のすべてはまずまずダンサブル、あるいはファンキィと呼べるものだったんじゃないかな。スローで静かな、全体のノリから浮いている曲は1曲だけだったってことだし、それはこのレコードに収録しないことになったんだ、バンドの他の面々はあの曲は今作の楽曲群にそぐわないと感じていたから。
 ただ、僕たちはとにかく、自分たちにとって「ベストな曲だ」と感じられるものを選んでいこうとしているだけだ。僕たちの作る音楽は相当に折衷的だし。最近の僕は、昔よく聴いていたバンドに立ち返っていてね。たぶん自分は20 年以上聴いていなかったバンドだと思うけど、ウィーンを。

通訳:おお、ウィーンですか(笑)! 

アレクシス:(苦笑)うん、彼らの作品を聴き返していたんだけど——

通訳:笑ってしまってすみません、意外だったので、つい。でも私もウィーンは好きです。

アレクシス:僕もだよ! でまあ、いまの自分がああしてウィーンの音楽を聴き返しているうちに、彼らのレコードってどれだけ折衷的で混ぜこぜかを思い出したんだ。彼らって、サウンド面で言えば、1枚のレコードのなかで別のバンドが20組くらいプレイしてるって感じじゃない?

通訳:(笑)ええ。

アレクシス:で、彼らはホット・チップの初期にかなり影響が大きかった存在だったことを思うと、ってことは僕たちも常にこの、幅広いスタイルの選択肢をもつことが許される地点にいたんじゃないか? と。だから、ひとつの曲から次の曲へ、そこでガラっと変わっても構わないわけ。

今回は自分たちで設計したスタジオでの録音で、あなた自身も完成度には満足していると思います。アルバム全体には、ある種の暗さが通底しているように思えるのですが。“The Evil That Men Do”やポップ・ソングである“Guilty”のような曲にも、もちろん最後のじつに印象的な“Out Of My Depth”にも。

アレクシス:そうだな……アルバム曲のなかでも、たぶんもっともシリアスに響くんじゃないかと僕が思う歌詞――っていうか、コーラスと曲名がいちばん重そうに聞こえるのは“The Evil That Men Do”だと思うけど、あれはジョーが書いた言葉なんだ。だから、それは僕には説明できないとはいえ、彼がああいう声明を打ち出す必要性を感じていたのは、僕にも見えた。だから、この社会における男たちの振る舞いについて、彼らは自分たちの行動にどんな責任を負っているか、そして僕たち誰もが自らの振る舞いにどう責任を負っているか、その点についてジョーは何か言わずにいられなかった、と。彼があの曲で述べている声明はそれ、我々はみんな、なんらかの償いをしなくてはいけないってことだろうし……これまでずっと続いてきたひどい振る舞いの数々、そしてそれらが他の人びとにどんな影響をもたらしてきたか、そこに対する一種の「気づき」が必要なんじゃないかな。

通訳:なるほど。

アレクシス:そうは言っても、これはなにも、「男性的な振る舞い」だけがネガティヴなものだ、そう言っているわけではないんだよ。ただ、多くの破壊的な行為やネガな振る舞いの数々、それらはなるほどたしかに男性的なもののように思える、そう、かなり主張はしやすいよね? というわけで、あの曲はその点について歌っているし、この時点で——だから、イギリス内ではいろんな物事が植民地主義を基盤に築かれてきたわけで、その事実が社会全体から疑問を浴びはじめている、そういういまの時期を認識している曲なんだと思う。要するにブリテンの土台は、この「植民地主義」ってものの上に成り立っているわけだし、そこでジョーは、「その点を我々は認識しなくちゃいけない」って言っているっていう。そうやって、思うに彼は、一からやり直そう、これまで続いてきた実にネガで、破壊的で、人種差別で、暴力的な振る舞いの数々から教訓を学ぼうじゃないか、そう言っているんじゃないかな。
 で、君の挙げた曲のなかで、僕が歌詞面でもっと多く貢献したもので言えば、あれらはとにかく……今回のアルバムを作っていた間に僕が感じていたあれこれに関して、もしくは自分の周辺にいる人びとが困難な時期を潜っていた姿を観察し描いたもの、そのどちらかじゃないかと思う。だから、彼らが体験し感じていたことを表現しようとした、というか……いや、どちらかではなくて、その両方だな、僕自身が感じていたパーソナルなこと、そして僕の周りの愛する、大事な人びとが状況に悪戦苦闘していた、その両方について歌っている。というのも多くの人間にとって本当にきつい時期だったし、いまだにそれは続いている。いやだから、なにもかもをいったん一時停止せざるを得なかったわけで、その余波/反動はやっぱり大きいよ。そのせいで職を失った者もいるし、それだけじゃなく、たとえばここしばらく隠遁者めいた暮らしを送ってきたせいで、久しぶりに対人関係にさらされ、社交面でどう振る舞えばいいかの自信を無くした人だっていると思う。そうした多くのもろもろが合わさって、物事は2年前以来困難なものになっている、と。だからだと思う、今回のアルバムでは君が言ったような、やや暗いテーマがあるのは。
 だけど、そうは言いつつ“Out Of My Depth”のような曲は、とくにいまに限らず、僕のこれまでの人生のどの時点で生まれてもおかしくないものだと思う。あの曲は……物事が自分の思うようにいかないと感じる、あるいは自分にはコントロールできないと思うときのことを、「深みからなんとか泳いで水面に出る(swimming out of your depth)」というメタファーを使って表現している。要するに、ネガティヴな側面にこだわってグズついているのではなく、その状況から自分を引っ張り出す手段をなんとかして見つけていかなくちゃならないんだよ、と。そういう、一種のモチベーション高揚っぽい感情があるし、その感覚はいまに限らず、どの時期でも通用するものだと思う。

UKには、OMDやウルトラヴォックス、ABCやヒューマン・リーグ、ニュー・オーダーやペット・ショップ・ボーイズなど、素晴らしい楽曲と言葉をもったシンセポップ・バンドが、ホット・チップ以前にいくつも出てきています。こうした歴代のUKバンドのなかで、あなたがとくに共感しているバンドがあったらぜひ教えてください。

アレクシス:ニュー・オーダー、ヒューマン・リーグ、それにデペッシュ・モードだね。

通訳:ああ、デペッシュもですよね、なるほど。

アレクシス:うん。でも……(軽くため息をつきつつ)いま名前の挙がった連中以外にも、グレイトな音楽を作ったシンセポップ・バンドはほかにもいると思うんだ、たとえばユーリズミックスとかは僕も大好きだし。ただ……いま言われたようなバンドは、まあ、これはちょっとおかしな話に聞こえるかもしれないけど、彼らの作ったレコードは——もちろんそれぞれファンタスティックな作品だとはいえ——僕自身にとっては、そのほかにもっと大切なレコードがある、という存在なんだよね。だからまあ、彼ら(英シンセポップ勢)の作品はホット・チップというバンドの基盤を成す作品群ではない、っていうのかな。僕たちが目指しているサウンドは必ずしもそれらではない、と。おそらく、僕たちがその手のバンドの音楽をいくつか聴くようになったのは、もっと最近の話じゃないかと思う。
いや、もちろんメンバーによって差はあるし、たぶんオーウェン(・クラーク)は、そういったバンド、OMDの音楽なんかには長く親しんできただろうね。でも、僕からすれば、いま名前の出たバンドのなかでよく知っていると言えるのはニュー・オーダーだけで、彼らの音楽は若い頃から本当によく聴いてきた。で、ヒューマン・リーグに関しては、そうだなぁ、15年くらい前に初めて少し聴き始めたし、アルバムまでは細かく知らないんだ。シングルをいくつか知っているくらいで、それらのシングルは素晴らしいとはいえ、自分にヒューマン・リーグについて詳しい知識があるとは、お世辞にも言えない。ABCはほんと、ラジオでかかる有名な曲以外は知らないし……ああ、それにスクリッティ・ポリッティ、彼らも僕にとってかなり重要な存在だと思う。でも、それらUKのシンセポップ系バンド以上に、僕にとって大事なのは——ソウル・ミュージックだと思う。たとえばスティーヴィー・ワンダーやカーティス・メイフィールド、マーヴィン・ゲイ。それにヒップホップ、プリンスのレコード、そしてUSのインディペンデントなローファイ系の音楽、それらの方がおそらく、僕個人の音楽の趣味という意味では、もっと大事だろうね。

interview with Black Country, New Road - ele-king

 デビューしてからの3年間、ブラック・カントリー・ニューロードの活動の歴史は激動だった。ヴォーカルを担当していたメンバーの性的暴行が告発されたことによって前身バンド、ナーヴァス・コンディションズの解散が余儀なくされたとき、残ったメンバーのほとんどは再び集まりバンド活動を続けることを決意した。ステージの端でギターを弾いていたアイザック・ウッドの前にマイクが置かれ、ツイン・ドラムだったドラムは一台になり、サウス・ロンドン・シーンの新しいバンド、ブラック・カントリー・ニューロードはそんなふうにして姿を現した。喋るように唄うアイザック・ウッドのヴォーカルは鬼気迫るような迫力で、スリリングなポストパンクのサウンドと絡むそれは最初のライヴから何かとんでないことが起きていると感じさせ、ライヴを重ねるごとにその評価はどんどん高まっていった。熱を帯びるサウス・ロンドンのシーンのさなか、2020年にリリースされた1stアルバム『For the first time』はそんな狂気に充ちたライヴを続けていた時期を封じ込めたアルバムで、ファンもその熱を真っ向から受け止め、より一層に大きな評判を呼んだ。次に何が起きるのかわからないというスリルがそこに存在し、もしかしたらいま、この瞬間こそが歴史に残るような瞬間になるのではないかと小さな世界の中でそう大げさに思わせるようなドキドキと期待感が確かにそこに存在していたのだ。

 そしてパンデミックがあった。2022年2月に発表された2ndアルバム『Ants From Up There』はライヴの熱狂を受けて制作された1stアルバムと打って変わって、観客のいない彼ら7人の間で作られたアルバムだった。ワイト島での3週間に渡った共同生活の中でレコーディングされた2ndアルバムは危険なポストパンクの匂いが消え柔らかくノスタルジックに響く、まるで違ったバンドになったみたいな新しいブラック・カントリー・ニューロードの姿がそこにあった。
 だがこれらの曲が観客のもとに届けられるツアーがおこなわれることはなかった。2ndアルバムがリリースされる直前にヴォーカル/ギターのアイザック・ウッドがバンドを脱退するという発表があったのだ。「精神的な問題で、これ以上ステージに立つことは難しい」。Facebook上でそんなメッセージを受け取ったバンドは彼の意思を尊重した。そして長い話し合いの末に、残された6人のメンバーはこの活動を継続することを決めた。予定されていたツアーをキャンセルし、その後に出るライヴでは1stアルバムと2ndアルバムの曲は演奏しない。誰も見たことのない、新しいブラック・カントリー・ニューロードの姿で再びスタートを切ると彼らは決めたのだ。

 ここにあるのはリアルタイムのドラマだ。その判断がどのような結果を生んだのか、それをいまの時点で考えるのは早すぎる。だが後から結果を見ただけではわからない、その過程にだけ存在する特別な何かがあるのだ(それはこれまでのBC,NRの活動が証明していることでもある)。6人でバンドを続けるという選択、アイザックひとりが担当していたヴォーカルを分け、新たに作った曲、新たな姿のバンドでこの夏のライヴに彼らは臨んだ。フジロックで初来日を果たしたブラック・カントリー・ニューロードのドラム、チャーリー・ウェインとキーボードのメイ・カーショウのふたりにバンドのこれまでと、そしてこれからについて話を聞いた。


向かって左がチャーリー・ウェイン(ドラム)、右がメイ・カーショウ(キーボード)

ロンドンのシーンのトレンドっていうのは僕らよりもうちょっと若いとか、あるいはもうちょっと多くロンドンでプレイしているバンドたちによって作られているって思っている(ウェイン)

初来日のフジロックはどんな印象でしたか?

カーショウ:凄く良かったと思う。日本でプレイしたかったというのが叶ったのも良かったし、やってみてもっとプレイしたいってふうにも思って。何よりお客さんがリスペクトしてくれているっていうか曲をしっかり聞いてくれているみたいな感じがして嬉しかったな。他のフェスだとけっこう隣の人と話しながらだったりするんだけど全然そんなことなくて。

今回、プレイする曲はすべて新曲ということで、かなり特殊で難しいシチュエーションだったと思いますが、その点はどうでしたか?

ウェイン:曲作りってことでいうと、いまもってありとあらゆるものを集めているって感じなんだ。1月にブッキング・エージェントから夏のフェスティヴァルの話が来て、新曲を持っていくこともできるって話になって、それで僕たちはそうすることを選んで曲を書きはじめた。でも、全部を新曲にするっていうのは本当に難しかったのは確かで、明らかにいまも発展途上。まだ曲は完成していないんだけど、でもその期間は楽しかったしエキサイティングな時間でもあったと思うよ。期限までに曲をプレイ可能な状態にしなきゃいけないってプレッシャーから来るストレスも同時にあったんだけどね。でも凄くエキサイティングだった。

現在はタイラー(・ハイド)とメイ(・カーショウ)とルイス(・エヴァンス)の3人がそれぞれヴォーカルを担当していますよね? その3人がヴォーカルを担当することになった経緯を教えてください。

カーショウ:最初はみんなで唄うってプランもあって。っていうのは誰かひとりがメインでヴォーカルを担当するとその人のプレッシャーが凄いことになると思ったからで。みんな唄えるんだからそうしたらいいじゃないって。でもライヴまでの準備期間が4ヶ月しかなかったから、一から曲を作るんじゃなくてメンバーが個人で作っていた曲を膨らませる方向にシフトして。で、その曲はタイラーが持ってきたのもあればルイスや私が持ってきたのもあって、自然とそのまま元の曲を作った人が唄うことになったって感じかな。

編集部:バンドにブレインみたいな人はいないんですか? 方向性を決めたりする。

カーショウ:ブレインはいないかな。みんなで決める感じで。

ウェイン:うん。そういう誰かひとりがいると違うんじゃないかってなっちゃうし、演奏してても楽しくなくなっちゃうかもしれないし。だからお互いのパートを尊重して任せる感じかな。

カーショウ:その分話し合いは凄くするよね。友好的な口論みたいな「ちょっとちょっと、ここさぁ~」みたいな感じで。

今後も確たるメイン・ヴァーカルを決めないこのスタイルでやっていくのですか?

カーショウ:いまのところはこの形だけど、アルバムを作るときはどうなるかな?

ウェイン:いまはまだ全然アルバムの曲を書いていなくて、そのときになったら考えようって。でも歌詞を書いて頭に描いたコンセプトをそこに落とし込んで、それを複数人でやると感情的に分散してしまうような、一貫したスルーラインが見えない音楽になってしまう危険性があると思うんだ。それを避けるっていうのは今後凄く重要になってくる。

僕たちは結局、ある意味でバラバラになってしまったんだと思う。忙しくなっていろんなことをやらなきゃいけなくなって、妥協しなきゃいけないこともあって。(ウェイン)

まだアルバムの曲作りをしていないとのことで難しい質問になってしまうかもしれませんが、これから3rdアルバムはどんな方向性に進んでいくと思いますか。

ウェイン:いいアルバムになる方向(笑)。

カーショウ:これから作るから探していかなきゃね。

ウェイン:けど全然違う感じになると思う。1stアルバムと2ndアルバムも全然違ったものになったし。2ndアルバムはそのときの状況もあったけど1stとは違うものを作りたいっていうのが出発点だったから。だから今度のアルバムもいろんな理由で全然違う感じになると思う。でも聞いていて楽しめなかったりプレイして良くないって僕らが信じられないようなアルバムを出す気はないから……うん、だからやっぱり良いアルバムになるな(笑)。

(配信で)ライヴを見ていて思ったのですが、いまはフルートを多用していますよね? 2ndアルバムでも使っていましたけどより比率があがったような印象で。

ウェイン:実のところルイスはもともとフルート奏者なんだよね。

カーショウ:そうそう。だから曲の雰囲気に合うって彼が思ったから使っているって感じじゃない?

そのフルートが合うような感じに2ndアルバムで曲が変わったというのはなぜだったのでしょうか?

カーショウ:それはなんだろう? そのときに聞いている音楽の影響だったのかな。あとはロックダウンのときに感じたことの影響とか。

ウェイン:うん、いろいろな状況の影響はあるよ。1stアルバムの曲を書いてたときはライヴをいっぱいやってた時期で、尖ってて奇妙で魅力的な、グルーヴィな音楽を作りたかったんだ。でも2ndアルバムには恐れる観客はいなくて、代わりにみんなで集まって集中してアルバムを作れるって状況だった。その点についてはとてもラッキーだと思ってて。同じようなアルバムを作るのはつまらないって思いもあったし、こうやってみんなで集まって音楽を作れるってことは幸せだって感じるような、そういう感情になったってことが2ndアルバムの曲作りにも反映されたんだと思う。

編集部:2ndアルバムから似た雰囲気を感じたのですが、70年代のプログレッシヴ・ロック・バンド、ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターは聴いたことがありますか?

ウェイン:聞いたことはあるけど影響を受けたかっていわれるとどうだろう? でもメンバーの誰かが聞いて影響を受けていてそれが反映されたっていうのはあるかもしれない。僕らみんな全然違う音楽から影響を受けていて、それがこのバンドをユニークにうまく機能させているってところがあるから。

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でも同時に全員これからも一緒にやっていこうっていう気持ちも強く持っていたと思う。(カーショウ)

ちなみにいまはどんなバンドがお気に入りなんですか?

カーショウ:ジョアンナ・ニューサムが好き。

あぁそれはライヴを見て感じました。メイのヴォーカルの曲はそんな感じがするなって。

カーショウ:本当? 良かった。

そのことについて聞きたいのですが、メイのヴォーカルの曲で “The Boy” という曲がありますよね? チャプターがあって寓話を元にした劇みたいで、いままでのBC,NRの曲とは全然違う感じの印象の曲で。この曲はいつ頃作られたのですか?

カーショウ:いつだったかな? 今年のはじめの方? 曲のベースをそのくらいの時期に作って。バンドに持っていく前はもっとフォークっぽかったんだよね。ピアノで作ってて、そこからまたいろいろと変わっていったんだけど。

じゃあまさにジョアンナ・ニューサムにハマってた頃?

カーショウ:(日本語で)はい。そうです。ふふっ。

それこそこの曲はフルートに合うような音楽で。 最近UKのバンドでフルートを使っている人たちが増えてきている印象があって。ルイスがフルートを吹いてるマーサ・スカイ・マーフィーとかイーサン・P・フリンとか、あとはブルー・ベンディとか。その流れに沿っている部分もあるのかなと感じたのですが、いかがでしょう? BC,NRの1stアルバムが出た頃と2ndアルバムが出た頃ではロンドンのシーンの空気もだいぶ変わったんじゃないかと思うのですが。

ウェイン:うん。でも僕らはロンドンのミュージック・シーンのバンドだとは思うけど、でもそれに答えるのに適したチームとは言えないんじゃないかって。っていうのはロンドンのシーンのトレンドっていうのは僕らよりもうちょっと若いとか、あるいはもうちょっと多くロンドンでプレイしているバンドたちによって作られているって思っているからで。僕たちもロンドンでプレイするのは本当に大好きなんだけど、でもいまは充分にロンドンでプレイできてるとは言えなくて。ロンドンのバンドは僕たちに影響を与えてるし、僕たちもその一翼を担っているって思ってもいるけれど、ロンドンのシーンがどうかって説明するのはちょっと難しいかな。それは中にいるせいで俯瞰して全体像をとらえるのが難しいっていうのもあるのかもしれないけど。

ありがとうございます。それでこれは何度も聞かれてうんざりかもしれませんが、アイザックがバンドを脱退するとわかったときに解散せずにこのままバンドを続けると決断したときの状況を教えていただける嬉しいです。

カーショウ:とても長い話し合いがあって……名前を変えて新しいバンドとしてスタートした方がプレッシャーが少ないんじゃないか、そうした方が比べられることもないんじゃないかって、私とジョージア(・エラリー)はそんなふうに考えてた。でも他のみんなはそうじゃなくて。みんなで決めて、もちろんいまは私もこれで良かったって思っているんだけど。

ウェイン:僕たちは結局、ある意味でバラバラになってしまったんだと思う。忙しくなっていろんなことをやらなきゃいけなくなって、妥協しなきゃいけないこともあって。

カーショウ:でも同時に全員これからも一緒にやっていこうっていう気持ちも強く持っていたと思う。

ウェイン:うん、どちらにしても間違いなく僕たちは一緒にプレイし続けただろうね。でも新しいバンドとしてスタートしたとしても比較されることは避けられなかった。名前を変えなかったからより直接的に比較されるわけだけど。でもなんていうか僕たちはまったく違うバンドじゃなくて、音楽的にも同じような世界観を持ち続けているバンドで……。難しいけど。でも名前を変えないってことに決めて、いまはそれがうまく機能していてその点では嬉しく思っているんだ。

明確なものとかパーソナルなものとか具体的な歌詞は書きたくなくて、それで自分が出てくるような話じゃなくて、ハリネズミとかモグラとか動物が出てくるストーリーを書いたんだと思う。(カーショウ)

1stアルバムのインタヴューでルイスが「音楽よりも友情の方が大切さ」と言っていてそれが印象に残っています。ライヴの最初に披露された “Up Song” でメンバー6人全員が声を合わせて「BC,NR friends forever」と唄っていて、ある種の決意表明みたいにも思えたのですが、この部分を全員で唄うというのはどういう意図があったのですか?

ウェイン:ルイスはそんなこと言ってたんだ? でも僕だったら「音楽よりもお金の方が重要だ」って言うな(笑)。もちろん冗談だけど。

カーショウ:「BC,NR friends forever」っていうのもはじめはジョークだったんだよね。最初にやる曲としてちょっと面白いかなって。

ウェイン:結構こういうのってあるんだよね。ジョークからはじまった音楽的エフェクトが長く続けていくうちに音楽的にも感情的にも意味を持っていくみたいな。ほんと馬鹿なんだけどスタジオで練習しているときに誰かがやりはじめて。で、いざそれをステージに持ってくとみんな「イェー!」って盛り上がってくれて。最初にこれを披露したのはブライトンだったんだけど、初めて聞いたのにみんな「あぁああっー」って感じで超盛り上がってくれて、それでこれ凄いクールじゃんみたいな。

カーショウ:最初はその部分違ったよね? あれ? なんだっけBC,NRの後? 「BC,NR ~」(歌い出すメイ)……ダメ思い出せない。でもとにかく最初は全然違う文脈だった。

ウェイン:僕らはしばしば感情をハイジャックされるシチュエーションにおちいるんだ。

カーショウ:“Up Song” はもともとはタイラーが作った曲で歌詞もタイラーが書いたんだけど、そこにみんなで言葉を付け加える感じで。

ウェイン:そうそう。曲の構成を考えるとき、最初のラインが凄く響いたんだ。それでここのヴォーカル・ブレークに何か追加しようとして……アーケイド・ファイアに “Neighborhood #3 (Power Out)” って曲があるよね? 1stアルバムの。その曲に「we find a way!」って叫ぶ小さなセクションがあるんだけど、そんな感じにしたかったんだ。

歌詞でいうと、メイの “The Boy” はどんなところから歌詞が出てきたんですか? 何かインスピレーションのもとになったようなお話があったんですか?

カーショウ:具体的にはないな。(日本語で)わかんない。なんだろう、頭の中にあったものを出したって感じだったから。でもとにかくこの曲を書いたときは明確なものとかパーソナルなものとか具体的な歌詞は書きたくなくて、それで自分が出てくるような話じゃなくて、ハリネズミとかモグラとか動物が出てくるストーリーを書いたんだと思う。

編集部:ちなみにここ(取材場所)は日本のすばらしいレコード店のひとつで、BIG LOVEというお店ですが、ふだん音楽を聴くときは配信やストリーミング、デジタルで聞くことが多いですか?

カーショウ:Spotifyで聞くことが多いかな。アーティストにとっては良くないのかもしれないけど、それで聞いちゃう。YouTubeでも聞くし。ジョアンナ・ニューサムはストリーミングで配信してないから、それは買って聞くみたいな。そんな感じ。

ウェイン:僕もそうだな。アーティストに支払われる金額が少ないからSpotifyで聞くのはあんまりよくないのかもしれないって思ってはいるんだけど。でもルイスはプレイヤーを持っているから、ルイスの家に行ってみんなでレコードを聞くこともあるよ。みんなで聞くときはそっちの方が良いし。でもほとんどデジタルだなぁ。

編集部:自分たちはアナログ盤を出していて複雑な気持ちになりません?

カーショウ:Spotifyがもっとお金を払ってくれたら自分たちもレコード買えるのに。(日本語で)冗談。

最後にここまでの活動を振り返るという意味で、1stと2ndアルバムの曲でそれぞれ好きな曲を教えてもらえますか?

カーショウ:1stは演奏するのが楽しい曲が多いよね。

ウェイン:うん楽しかった。

カーショウ:でも “Track X” は別。あの曲はちょっと演奏するのがストレスだった。私とルイスとアイザックがそれぞれ違うビートで演奏するから、あの人たちの演奏を聞かないようにしようってするのが本当に大変で。好きなのは “Science Fair”、2ndアルバムの曲だと “Haldern” が好きだな。

ウェイン:そうだな、僕のお気に入りは……ちょっと定番過ぎて言うの恥ずかしいんだけど、でも1stだとやっぱり “Sunglasses” が好きだな。で、2ndだと “Basketball Shoes”(笑)。

カーショウ:ほんと定番(笑)。

ウェイン:うん(笑)。でも、本当に曲として素晴らしいんだよ!

Waajeed - ele-king

 Waajeed(ワージード)といえば、デトロイト・ヒップホップを代表するプロデューサーのひとりで、J Dillaとともにスラム・ヴィレッジのメンバーであり、PPP(Platinum Pied Pipers)としての作品も知られている。ワージードが、来る11月、ベルリンの〈トレゾア〉からソロ・アルバム『Memoirs of Hi-Tech Jazz』をリリース。まずはアルバムに先駆けて、シングル曲“Motor City Madness”が発表された。ヒップホップとテクノとジャズがブレンドされた素晴らしい曲だ



以下、資料より抜粋。

『Memoirs of Hi-Tech Jazz』は、デトロイトや世界中の黒人居住区における抑圧的なヘゲモニーに対する革命的な取り組みからインスピレーションを得た、レジスタンスを想起させるサウンドスコアである。このアルバムを抗議運動と並行してプレイすることはできるが、音楽は、抑圧の視線の外側に存在する平凡な瞬間により適している。暴力や不正義がまかり通っているが、それは私たちによっての唯一の物語ではない。私たちは、私たちを抑圧するモノどもよりも遙かに多くのものだ。このアルバムは、黒人の余暇と遊びを称えるもので、枯渇する現実にもかかわらず持続する平凡な喜びを表現している。


Waajeed
Memoirs of Hi-Tech Jazz

Tresor


HAINO KEIJI & THE HARDY ROCKS - ele-king

文:ジェイムズ・ハッドフィールド(訳:江口理恵)[8月19日公開]

 1960年代に入ってしばらくするまで、カヴァー・ヴァージョンというのはロック・バンドが普通にやるものだった。ビートルズの最初の2枚のアルバムに収録されている曲の半分近くは他のアーティストの作品だ。初期のローリング・ストーンズは、自らのソングライターとしての才能を証明するよりも、ボ・ディドリーを模倣することの方に関心があった。しかし、LPがロック・ミュージックのフォーマットに選ばれるようになると、ファンはアーティストにより多くの革新を期待し、レーベルもオリジナルの音源の方が金になることに気付き出した。カヴァー・ヴァージョンは、ありふれたお馴染みのものから、ロック・ミュージシャンがより慎重に意図を持って使うものになっていった。敬意を表したり、いつもの定番曲に新風を吹き込んだり、キュレーターとしてのテイストをひけらかしたり、あるいは完全に冒涜的な行為を行うための。

 『きみはぼくの めの「前」にいるのか すぐ「隣」にいるのか』の収録曲では、これらのことの多くが、時に同時進行で行われている。灰野敬二が70歳の誕生日を迎えたわずか数週間後にCDとしてリリースされたこの変形したロックのカヴァー集は、実質的にはパーティ・アルバムであり、クリエイターの音楽的ルーツを探る、疑いようのない無礼講なツアーのようだ。全曲を英語のみで歌う灰野敬二が、角のあるガレージ・ロック・スタイルのコンボ(川口雅巳(ギター)、なるけしんご(ベース)、片野利彦(ドラム))のヴォーカルを務め、ロックの正典ともいうべき有名曲のいくつかを、ようやくそれと認識できるぐらいのヴァージョンで披露している。

 灰野がカヴァー・バンドのフロントを務めるというのはそれほどばかげた考えではない。彼の1990年代のグループ、哀秘謡では、ドラマーの高橋幾郎、ベースの川口とともに、50年代・60年代のラジオのヒット曲の、幻覚的な解釈をしてみせた。ザ・ハーディ・ロックスの前には、よりリズム&ブルースに焦点を当てたハーディ・ソウルがあり、その一方で灰野はクラシック・ロックの歌詞を即興のライブ・セットに取り入れることでも知られていた。つまり、このアルバムが、一部の人間が勘違いしそうな、使い捨てのノヴェルティのレコード(さらに悪くいえば、セルフ・パロディのような行為)ではないことを意味している。

 2017年に、ザ・ハーディ・ロックスを結成したばかりの灰野にインタヴューしたとき、彼はバンドがやっていることを「異化」という言葉で表現した。これは英語では“dissimilation”あるいは“catabolism”と訳されるが、ベルトルト・ブレヒトの、観客が認識していると思われるものから距離を置くプロセスである“Verfremdung”の概念にも相当する。ここでは“(I Can’t Get No ) Satisfaction”のように馴染み深い曲でさえ、じつに奇怪にきこえる。キース・リチャーズの3音のギター・フックが重たいドゥームメタル・リフへと変わり、灰野が喉からひとつひとつの言葉をひねり出すような激しさで歌詞を紡ぐ。驚くべきヴォーカル・パフォーマンスを中心にして音楽がそのまわりを伸縮し、次の“Hey Hey Hey”への期待で、いろいろな箇所で震えて停止してしまう。

 あえて言うまでもないが、灰野は中途半端なことはしない。レコーディング・エンジニアの近藤祥昭が、不規則で不完全な状態を捉えたこのアルバムでの灰野のヴォーカルは、まるで憑りつかれているかのようだ。金切り声や唾を吐く音が多いにもかかわらず、何を歌っているのか判別するのはそれほど難しいことではない。バンドは重々しい足取りでボブ・ディランの“Blowin’ In The Wind”をとりあげているが、それはもっとも不機嫌な不失者のようでオリジナルとは似ても似つかないが、それでもディラン自身が2018年のフジロックフェスティバルで演奏したヴァージョンよりは曲を認識できる。

 注意深く聴くとたまに元のリフが無傷で残っているのがわかるが、音の多くの素材は、不協和音のコード進行や故意に不格好なリズムで再構築されている。このバンドの“Born To Be Wild”では、有名なリフレインに辿り着く前に灰野がジョン・レノンの“Imagine”からこっそりと数行滑り込ませている。“My Generation”では、崩壊寸前の狂気じみた変拍子でヴァースに突進していく。川口が灰野のヴォーカルに合わせて支えるように、しばしば、エフェクターなしでアンプに直接つないだ生々しいギターの音色を響かせる。なるけと片野は、様々なポイントでタール抗の中をかき分けて進むかのように演奏している。

 ビッグネームのカヴァーが多くの人の注目を引くだろうが、ザ・ハーディ・ロックスは、日本のMORでも粋なことをしている。アルバムのオープニング曲の“Down To The Bones”は、てっきり『Nuggets』のコンピレーションの収録曲を元にしていると思っていたが、YouTubeのプレイリストを見て、これが実際には1966年に「骨まで愛して」で再デビューした歌謡曲のクルーナー、城卓矢のカヴァーだと判明した。“Black Petal”は、水原弘の“黒い花びら”をプロト・パンク風の暴力に変えるが、日系アメリカ人デュオのKとブルンネンの“何故に二人はここに”については、灰野にかかっても救いようのない凡庸さだ。

 もっとも異彩を放つのは、アルバム終盤に収録されたアカペラ・ヴァージョンの“Strange Fruit”だろう。これは奇妙な選択であり、「Black bodies swinging in the southern breeze(黒い体が南部の風に揺れる)」という歌詞を静かに泣くように歌い、本当の恐怖を伝える灰野の曲へのアプローチの仕方には敬意を表するが、私はこの曲を再び急いで聴こうという気にはならない。しかし、アルバム全体は非常に面白く、このクリエイターの近寄り難いほど膨大なディスコグラフィへの入り口としては、理想的な作品である。



HAINO KEIJI & THE HARDY ROCKS


きみはぼくの めの「前」にいるのか すぐ「隣」にいるのか
(“You’re either standing facing me or next to me”)


P-Vine Records

by James Hadfield

Until well into the 1960s, cover versions were just something that rock bands did. Nearly half of the songs on the first two Beatles albums were by other artists. The early Rolling Stones were more interested in channeling Bo Diddley than in proving their own abilities as songwriters. But as the LP became the format of choice for rock music, fans began to expect more innovation from artists, while labels came to realise there was more money to be made from original material. Cover versions went from being ubiquitous to something that rock musicians used more sparingly, and intentionally: to pay respects, put a fresh spin on familiar staples, flaunt their curatorial taste, or commit acts of outright sacrilege.

The songs on “You’re either standing facing me or next to me” are many of these things, sometimes all at once. Released on CD just a few weeks after Keiji Haino celebrated his 70th birthday, this collection of deformed rock covers is practically a party album, and a distinctly un-reverential tour of its creator’s musical roots. Singing entirely in English, Haino acts as vocalist for an angular, garage rock-style combo (consisting of guitarist Masami Kawaguchi, bassist Shingo Naruke and drummer Toshihiko Katano), who serve up just-about-recognisable versions of some of the most famous entries in the rock canon.

The idea of Haino fronting a covers band isn’t as absurd as it may seem. His 1990s group Aihiyo, with drummer Ikuro Takahashi and Kawaguchi on bass, did strung-out interpretations of radio hits from the ’50s and ’60s. The Hardy Rocks were preceded by the more rhythm and blues-focused Hardy Soul, while Haino has also been known to incorporate lyrics from classic rock songs into his improvised live sets. All of which is a way of saying that this isn’t the throwaway novelty record that some might mistake it for (or, worse, an act of self-parody).

When I interviewed Haino in 2017, not long after he’d formed The Hardy Rocks, he used the term “ika” (異化) to describe what the band were doing. The word can be translated as “dissimilation” or “catabolism” in English, though it also corresponds with Bertolt Brecht’s idea of “Verfremdung”: the process of distancing an audience from something they think they recognise. Even a song as familiar as “(I Can’t Get No) Satisfaction” sounds downright freaky here. Keith Richards’ three-note guitar hook is transformed into a lumbering doom metal riff, as Haino delivers the lyrics with an intensity that suggests he’s wrenching each word from his own throat. It’s a remarkable vocal performance, and the music seems to expand and contract around it, at various points shuddering to a halt in anticipation of his next “Hey hey HEY.”

As if it needed stating at this point, Haino doesn’t do anything by halves, and his vocals on the album—captured in all their ragged imperfection by recording engineer Yoshiaki Kondo—sound like a man possessed. But for all the shrieks and spittle, it’s seldom too hard to figure out what he’s actually singing. The band’s lumbering take on Bob Dylan’s “Blowin’ in the Wind”—like Fushitsusha at their most morose—may sound nothing like the original, but it’s still more recognisable than the version Dylan himself played at Fuji Rock Festival in 2018.

Listen closely and you can pick out the occasional riff that’s survived intact, though more often the source material is reconfigured with dissonant chord sequences and deliberately ungainly rhythms. The band’s version of “Born To Be Wild” eventually gets to the song’s famous refrain, but not before Haino has slipped in a few lines from John Lennon’s “Imagine.” On “My Generation,” they hurtle through the song’s verses in a frantic, irregular meter that’s constantly on the verge of collapse. Kawaguchi matches Haino’s vocals with a bracingly raw guitar tone, often jacking straight into the amp without any effects pedals. At various points, Naruke and Katano play like they’re wading through a tar pit.

While it’s the big-name covers that will grab most people’s attention, The Hardy Rocks also do some nifty things with Japanese MOR. I was convinced that album opener “Down To The Bones” was based on something from the “Nuggets” compilations, until a YouTube playlist alerted me to the fact that it was actually “Hone Made Ai Shite,” the 1966 debut by kayōkyoku crooner Takuya Jo. “Black Petal” turns Hiroshi Mizuhara’s “Kuroi Hanabira” into a bracing proto-punk assault, though the band’s take on “Naze ni Futari wa Koko ni,” by Japanese-American duo K & Brunnen , is a pedestrian chug that even Haino can’t salvage.

The most out-of-character moment comes near the end of the album, with an a cappella version of “Strange Fruit.” It’s an odd choice, and while I can respect the way that Haino approaches the song—delivering the lyrics in a hushed whimper that conveys the true horror of those “Black bodies swinging in the southern breeze”—it isn’t a track that I’ll be returning to in any hurry. But the album as a whole is a hoot, and an ideal entry point into its creator’s intimidatingly vast discography.

ジェイムズ・ハッドフィールド

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文:松山晋也[9月5日公開]

 9月7日に出るLPが届いた昨日だけで立て続けに3回聴いた。いま、そのハードさに改めて打ちのめされている。LP版は、11曲収録のCD版よりも2曲少ない9曲入りなのだが、「最初からLPを念頭に作ったアルバム」と灰野が語るとおり、サウンド全体のヘヴィネスと密度が強烈で、ハーディ・ロックスというユニット名に込められた灰野の思いもより明瞭に伝わってくる。5月に出たCDを買った人もぜひLPの方も聴いてほしいなと思う。ひとりのファンとして。

 ロックを極限までハードに表現すること──ハーディ・ロックスという名前に込められた灰野の思いは明快である。実際、ライヴ・パフォーマンスも極めてハードだ。灰野+川口雅巳(ギター)+なるけしんご(ベイス)+片野利彦(ドラム)から成るこのユニットでは灰野はギターを弾かず、ヴォーカルに専念している(曲によってはブルース・ハープも吹く)のだが、1回ライヴをやると体調が完全に回復するまで半年かかると本人は笑う。それくらい尋常ではないエネルギーを放出するわけだ。しかし、ハード=ラウドということでもない。バンドの演奏も灰野のヴォーカルもなるほどラウドではあるけど、彼らの表現の核にあるのは音量やノイズや速度では測れない何物かだ。原曲の歌詞やメロディに埋め込まれた思いや熱量にどこまで誠実かつ繊細に向き合えるのか、という “覚悟” が一音一音に刻み込まれている。その覚悟の真摯さ、強固さを灰野は「ハーディ」という造語で表明しているのだと思う。

 ハーディ・ロックスは、海外の楽曲(ロックや、R&B、ジャズなど)や日本の歌謡曲を英語でカヴァするためのプロジェクトとして数年前にスタートした。98年にアルバム『哀秘謡』も出た歌謡曲のカヴァ・プロジェクト=哀秘謡、2010年代にやっていたソウルやR&Bのカヴァ・プロジェクト=ハーディ・ソウルの延長線上というか、総決算的プロジェクトと言っていい。これら3つのプロジェクトに共通しているのは、“なぜ(原曲は)こんな演奏と歌い方なんだ!” という原曲に対する愛と不満だろう。
 今回のアルバム(CD版)に収録された曲目は以下のとおり。このうち⑤⑥の2曲はLP版ではカットされている。

① 城卓矢 “Down To The Bones(骨まで愛して)”
② ボブ・ディラン “Blowin’In The Wind”
③ ステッペンウルフ “Born To Be Wild”
④ エディ・コクラン/ブルー・チア “Summertime Blues”
⑤ バレット・ストロング/ビートルズ “Money (That’s What I Want)”
⑥ Kとブルンネン “Two Of Us(何故に二人はここに)”
⑦ ローリング・ストーンズ “(I Can’t Get No) Satisfaction”
⑧ ドアーズ “End Of The Night”
⑨ 水原弘 “Black Petal(黒い花びら)”
⑩ ビリー・ホリデイ “Strange Fruit”
⑪ フー “My Generation”

 ① “骨まで愛して” と⑥ “何故に二人はここに” は『哀秘謡』でも日本語でカヴァされていたが、今回の英語ヴァージョンと聴き比べてみると、20数年の歳月が灰野の表現にどのような変化/深化をもたらしたかよくわかる。“骨まで愛して” は『哀秘謡』版ではリズムもメロディも極限まで解体されていたが、その独特すぎる間合いと呼吸が今回はロック・バンドとしてのノリへと昇華された感じか。“何故に二人はここに” の『哀秘謡』版は灰野にしては意外なほどシンプルだったが、今回はそのシンプルさに拍車をかけたダイレクトなガレージ・ロック調。灰野の作品でこれほどポップな(演奏のコード進行もヴォーカルのメロディもほぼ原曲どおり!)楽曲を私は聴いたことがない。LPに収録されなかったのは、時間的制限という問題もあろうが、もしかしてシングル盤として別に出したかったからでは?とも勘ぐってしまう。ちなみに灰野が14才のとき(66年)に大ヒットした “骨まで愛して” は、発売当時から灰野はもちろん知ってはいたが、本当に惹かれたのは後年、前衛舞踏家・大野一雄のドキュメンタリー映画『O氏の死者の書』(73年)の中で、サム・テイラー(たぶん)がテナー・サックスで吹くこの曲をBGMに大野が豚小屋で舞うシーンを観たときだったという。また、第二のヒデとロザンナとして売り出されたKとブルンネンの “何故に二人はここに”(69年)は、『哀秘謡』を作るときにモダーン・ミュージック/P.S.F レコードの故・生悦住英夫から「歌詞が素晴らしい曲」として推薦されたのだとか。

 海外の曲の大半は、灰野が10代から愛聴してきた、あるいは影響を受けた作品ばかりだと思われるが、中でも④ “Summertime Blues” と⑧ “End Of The Night” に対する思い入れは強いはずだ。なにしろブルー・チアとドアーズは、灰野のロック観の土台を形成したバンドだし。70年代前半の一時期、灰野は裸のラリーズの水谷孝とともにブルー・チアの曲だけをやるその名もブルー・チアというバンドをやっていたこともあるほどだ。だから、曲の解釈や練り上げ方にも一段とキレと余裕を感じさせる。ジム・モリスンがセリーヌの「夜の果てへの旅」にインスパイアされて書いた “End Of The Night”(ドアーズの67年のデビュー・アルバム『The Doors』に収録)は短いフレーズのよじれたリフレインから成るドラッギーな小曲だが、原曲と同じ尺(約2分50秒)で演奏されるハーディ・ロックスのヴァージョンは、ドアーズが描いた荒涼たる虚無の原野を突き抜けた孤立者としての覚醒を感じさせる。灰野敬二の表現者としての原点というか、灰野の心臓そのもののように私には思えるのだ。

 その他、特に面白いのが、アカペラによる⑩ “Strange Fruit(奇妙な果実)” か。彼らは最初これを演奏付きで何度も試してみたのだが、どうもしっくりこず、最終的にヴォーカルだけにしたのだという。なるほど、この歌で描かれる凄惨な情景、木に吊り下げられた黒い躯の冷たさにここまで肉薄したカヴァはなかなかないだろう。あと、③ “Born To Be Wild(ワイルドで行こう!)” の途中で突然ジョン・レノン “イマジン” のワン・フレーズが挿入されているのも興味深い。ノー・ボーダーな野生児による宇宙との一体化という歌詞の共通点から挿入したのか、単なる直感や気まぐれなのか、そのあたりは不明だが。

 これらのカヴァ・ワークは、“何故に二人はここに” 以外はいずれも、ちょっと聴いただけでは原曲が何なのかわからないほどメロディもリズムも解体されており、ビーフハート作品のごとく極めて微妙なニュアンスに溢れた演奏の背後には、かなり長時間の集団鍛錬があったはずだ。抽象的な言葉を多用する灰野のヴィジョンをサウンドとして完璧に具現化するためだったら、すべての楽器を灰野自身が担当した方が録音もスムースだろうし、実際それは可能だと思うのだが、それをあえてやらないのがこのユニットの醍醐味だろう。誤解や齟齬によって生まれる別の匂いを楽しむこと、「わからないということを理解する」(灰野)ことこそが灰野にとっては大事なのだから。

 振り返れば、灰野の目はつねに “音楽の始原” という一点だけを見つめてきた。灰野のライヴでいつも驚かされるのは、どんな形態、どんな条件下であっても我々は音楽が生まれる瞬間を目撃できるということである。ここにあるのは、誰もが知っている有名な曲ばかりだが、同時に誰も聴いたことがない曲ばかりでもある。

松山晋也

Alva Noto + Ryuichi Sakamoto - ele-king

 『Vrioon』(2002)を皮切りに、先日は『Insen』(2005)もリマスター再発された、アルヴァ・ノトと坂本龍一のコラボレーション、〈V.I.R.U.S.〉シリーズ、9月9日にはその第三弾として2006年にリリースされた『revep』が登場。前2作よりも坂本龍一のピアノがフィーチャーされた本作には、“Merry Christmas Mr.Lawrence”のリミックス・ヴァージョンとも言えそうな“ Ax Mr.L.”も収録。
 なお、今回はオリジナル盤にボーナストラック3曲を追加してのリリース。


◆ボーナストラックとして収録された「City Radieuse」が使用されているカールステン・ニコライ(アルヴァ・ノト)の2012年の映像作品『future past perfect pt.02 -cité radieuse』 



Alva Noto + Ryuichi Sakamoto
Revep (reMASTER)

NOTON
流通:p*dis / Inpartmaint Inc.

J Jazz Masterclass Series - ele-king

 これまで、松風鉱一トリオ、相澤徹カルテット、森山威男、寺下誠、宮坂高志、峰厚介などなど、和ジャズの発掘シリーズ(J Jazz Masterclass Series)を続けているイギリスの〈BBE〉レーベル、9月に2枚のリイシュー盤をリリースする。

 1枚は、ピアニスト、中島政雄のデビュー・アルバム『Kemo-Sabe』 。1979年に〈ユピテル・レコード〉からリリースされた本作は、繊細で洗練された演奏とパワーに満ちた、勢いのある演奏のバランスが絶妙にとれた、和ジャズの分野では捉えどころのない名盤。エレクトリック・フュージョン全盛の時代に発表された本作は、アコースティック色に満ちている。ハービー・ハンコック作で、クィンシー・ ジョーンズや笠井喜美子などがカヴァーした“Tell Me A Bedtime Story”も収録。解説には、中島政雄本人の最新独占インタヴューが掲載。彼のキャリアや本作の制作の背景について語られている。ジャケットも最高だ。

 もう1枚は、鈴木勲が手がけた女性シンガー、宮本典子の、1978年に発表した、ソウル/ジャズの逸品であるデビュー作『Push』。中古市場でオリジナル盤の価格が高騰しているなかの、待望のリイシューになる。笠井紀美子、阿川泰子をはじめとする女性ジャズ・シンガーのブームの真っ只中に録音された名作、この機会にぜひどうぞ。


Masao Nakajima Quartet
Kemo-Sabe‏/キモサベ』

BBE Music


Noriko Miyamoto with Isao Suzuki
Push/プッシュ

BBE Music


Ryoji Ikeda - ele-king

 現在、青森で大規模な個展を開催中の池田亮司だが、12月に新作『ultratoronics』が発売されることになった。オリジナル・アルバムとしては2013年の『supercodex』以来、9年ぶりの作品となる。リリースに先がけ、10月15日(土)には渋谷WWW Xで最新ライヴも決定。新作ともども楽しみです。

池田亮司、『supercodex』以来約10年ぶりとなるオリジナルアルバム『ultratoronics』を2022年12月にリリース予定。
新作発表に先駆けた最新ライブセットを10月15日(土)WWW Xにて世界初演。

視覚メディアとサウンドメディアの領域を横断して活動する数少ないアーティストとして、国際的に活躍する池田亮司。
体験する者の知覚を揺さぶるライブパフォーマンスとインスタレーション作品は、唯一無二の圧倒的強度で常に世界から注目されている。
本公演は、知覚の極地を開拓し続ける池田亮司の、約10年ぶりとなるオリジナルアルバム『ultratoronics』リリースに先立って行われる最新ライブセット世界初演となる。

なお、池田は2009年以来となる国内美術館での大規模な個展を青森「弘前れんが倉庫美術館」にて現在開催中(8月28日まで)。
国内初展示となる《data-verse 3》や、約100年前に酒造工場として建造され2020年に美術館へと生まれ変わった建築空間にあわせて構成された作品など、貴重な作品が展示されている。

ultratronics [live set]のチケットは、8月10日18:00より先行予約受付を開始。
25歳以下のオーディエンスが購入可能な「U25チケット」も枚数限定で販売する。

Ryoji Ikeda
ultratronics [live set]

出演:池田亮司 / Ryoji Ikeda
日程:2022年10月15日(土)
会場:WWW X
開場/開演:19:30 / 20:30
料金:
・一般:¥5,000(ドリンク代別)
・U25:¥3,500(ドリンク代別) *枚数限定

チケット情報:
・先行予約 8月10日(水)18:00 〜 8月14日(日)23:59 ※先着受付
・一般発売 8月20日(土)10:00
・受付URL:https://eplus.jp/ultratronics1015/

※U25チケットは25歳以下のお客様がご購入可能なチケットです。ご入場時に年齢確認のため顔写真付き身分証明書の提示が必要となります。ご持参がない場合、一般チケットとの差額をお支払いいただきます。

公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/014756.php
問い合わせ:WWW X 03-5458-7688

[バイオグラフィー]

池田亮司 / Ryoji Ikeda
1966年岐阜生まれ、パリ、京都を拠点に活動。
国際的に活躍する作曲家/アーティストとして、電子音楽の作曲を起点としながら体験としてのアートを提示する。音やイメージ、物質、物理現象、数学的概念などの様々な要素の精緻な構成を用いて、見る者/聞く者の存在を包みこむライブ・パフォーマンス、インスタレーションを発表している。2018年に自身のレーベル「codex | edition」を立ち上げた。2022年には弘前れんが倉庫美術館にて大規模な個展を開催。アルスエレクトロニカがCERN(欧州原子核研究機構)と共同創設したCollide@CERN Award受賞(2014年)、第70回芸術選奨文部科学大臣賞(メディア芸術部門)受賞(2020年)。
www.ryojiikeda.com
www.codexedition.com

[リリース情報]

作品タイトル:ultratoronics
アーティスト名:Ryoji Ikeda
レーベル:codex | edition(国内盤) / NOTON(海外盤)
発売予定日:2022年12月

※詳細後日発表

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