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アンカーソングはロンドン在住の日本人青年である。彼は音楽をやるために渡英し、働きながら活動を続けている。彼の音楽はインストゥルメンタルのエレクトロニック・ミュージックだが、実は、すでに数年前から日本では若いリスナーから幅広く支持されている(過去のミニ・アルバムはともに1万枚近くのセールスがある)。これは、アンカーソングがロンドンから送ってくれた便りである。
ロンドン、それは世界中のありとあらゆる人種が共存する街で、週末のOxford Streetの様相は、まさに「メルティング・ポット」そのもの。その中には、世界の音楽シーンの中心地であるこの街で成功することを夢見て、海外からやって来た人びとも少なくありません。まさにそんな外国人のひとりである自分が、この街でミュージシャンとして生きる日常について、綴ってみたいと思います。
まずは簡単に自己紹介をさせて頂きます。
僕はAnchorsong(アンカーソング)という名前で、ロンドンを中心に音楽活動をしています。2004年に東京で活動をスタートさせ、3年後の2007年10月に、ここロンドンに引っ越してきました。現在はこの街のクラブやライブハウスを中心に、ジャンルを問わずさまざまなパーティーで演奏しています。ロンドンでは、ライヴハウスとクラブのあいだにあまり隔たりがないのですが、ここでは敢えて、前者を中心に活動するロック/ ポップス系と、DJを中心としたクラブシーンに分けて、書いてみたいと思います。

アンカーソングのライヴ風景
まずロック/ポップス系のシーンでは、やはりオルタナティヴ/インディー系が人気です。東ロンドンに店を構える〈Rough Trade Records〉に足を運べば、スタッフによって厳選された世界中のアーティ ストによる作品の数々が、有名無名を問わず、所狭しと並べられています。なかでも現在とりわけ注目を集めているのは、いまやトレンドの発信地として認識されつつある、NYはブルックリン出身のバンドです。MGMT、Vampire Weekend、Grizzly Bear、それにAnimal Collective等々、メジャーで成功しているバンドのみならず、Bear In Heaven、 The Hundred In The Hands、Pains of Being Pure At Heartなど、現地でまさに人気に火が点こうとしているバンドまで幅広く取り扱っていて、流行に敏感な音楽ファンで店内は常に賑わっています。個人的には、〈XL Records〉傘下の〈Young Turks〉から新作を発売したばかりのHoly Fuck、また彼らと同じくカナダ出身のBorn Ruffiansというバンドに注目しています。
クラブ/ダンスミュージック系のリスナーがよく足 を運ぶのは、Central Londonにある〈Phonica Records〉です。テクノ、ハウス、エレクトロ、どれをとってもまさにダンスミュージックの本場であるロンドンならではの洗練されたセレクトで、現場でプレイするDJたちにとっても欠かせないレコード屋となっています。なかでもやはり、いまもっとも勢いがあるのはDubstepのシーンで、SkreamやBengaはもちろんのこと、Burialを擁する〈Hyperdub〉を主催するKode 9、Scuba、Ikonika、Joy
Orbison等々、ユニークな才能が次から次へと登場して、シーンに更なる活気を与えています。
個人的に注目しているのは、「Vacuum EP」のリリースで一躍脚光を浴びたFloating Points、デトロイトの新星Kyle Hall、そしてAaron Jeromeの変名プロジェクトであるSBTRKTなどです。
レコード業界も不況の煽りを受けているというのは紛れもない事実のようですが、クラブやライヴハウスといった現場では、その事実を感じさせないほどに、連日大いに賑わっています。
先日は〈Heaven〉にて開催された、Holy Fuckのライブに足を運んできました。ロンドンではクラブとライブハウスのあいだにあまり大きな隔たりがないというのは先に述べましたが、今回のイヴェントはまさにその事実を体現するかのような内容で、先述のSBTRKTがサポートとして出演していました。レーベルメイトであるという点を除けば、両者のあいだにはさほど共通点がないようにも思われますが、集まったHoly Fuckのファンたちはラップトップを使用したSBTRKTのパフォーマンスにもしっかり反応してい て、ロンドンのオーディエンスの懐の広さを、あらためて感じさせてくれました。生演奏とエレクトロニクスをユニークなバランスで組み合わせたHoly Fuckのパフォーマンスはとてもパワフルかつ新鮮で、満員御礼となった会場は大いに盛り上がっていました。
過去もいまも変わらず、音楽ファンにとってロンドンは本当に刺激的な街で、僕自身、シーンを外から見ているだけでなく、その一部になりたいという希望を胸に、この街にやってきました。
とくに頼れそうなアテがあるわけでもなかった僕は、渡英したばかりの頃はブッキングを見つけるのに苦労した時期も、少なからずありました。当時は駆け出しのバンドらに混じって、街の小さなパブでよくライヴをしていました。ロンドンには小さなパブが星の数ほどあって、そのなかには簡易なステージを設置しているところがたくさんあるため、それだけアーティストにとって演奏する場が多いということでもあります。
また日本とは違い、出演する上でバンドにノルマがかせられることはまずなく、それは若者たちが気楽に音楽をはじめるのを促す要因にもなっていると思います。
ロンドンではアーティストのブッキングやマネージメントが、アンダーグランドにまでしっかりと行き渡っていて、どんな小さなパブであってもエージェントやプロモーターを通して出演するというのが一般的です。
現在、僕はSOUNDCRASHというプロモーターにマネージメントを担当してもらっています。彼らは〈KOKO〉や〈Cargo〉といったロンドンのクラブを中心に、〈Ninja Tune〉や〈WARP Records〉のアーティストを軸にした、数多くのコンサートやイヴェントをオーガナイズしていて、僕はこれまでに、DJ Krush, Jaga Jazzist,Hexstatic, DJ Vadimなどのアーティストのサポートを務めてきました。つい先日には、収容人数3,000人を誇るロンドン市内でも最大規模の会場のひとつ、〈The Roundhouse〉にて、〈Ninja Tune〉から新作を発売したばかりのBonoboのサポートを務めさせてもらいました。

会場となったザ・ラウンドハウス
ロンドンのオーディエンスはとても素直で、いいと思ったときにはとても熱のこもったレスポンスを見せてくれますが、逆に退屈したときには、たとえそれがヘッドライナーのパフォーマンスであっても、冷ややかな反応を見せます。とくに今回の僕のようなサポートアクトの場合は、オーディエンスの多くが事前に予備知識を持たずに来ているため、彼らを楽しませることができるかどうかは、まさにその日のパフォーマンス次第と言えます。
そういう意味でもソールドアウトになった今回の公演は、これまででもっともやり甲斐のあるショーのひとつになりました。開演直後は様子を伺っていたオーディエンスが、どんどん盛り上がっていくのが手に取るように見え、最初は5割程度しか埋まっていなかったフロアも、演奏を終える頃には超満員になっていて、3,000人のオーディエンスから大きな拍手と歓声を頂きました。こういうシチュエーションは、本当にいいパフォーマンスが披露できたときにだけ経験できることなので、僕にとって非常に忘れ難い夜になりました。
そして満を持して登場したBonoboは、集まったお客さんをさらに盛り上げる、素晴らしいパフォーマンスを披露してくれました。今回はストリングスやホーンセクションを交えた、総勢12名によるフルバンド編成での公演で、マルチインストゥルメンタリストであるBonoboことSimon Green本人はベースを中心に演奏しつつ、バンドを見事にまとめあげていました。
また今回の公演にはFlying Lotusの"Tea Leaf Dancers"のシンガーとしても知られるAndreya Trianaが全面的に参加していて、新世代の歌姫として大きな支持を得つつある彼女が、その抜群の存在感を誇る歌声で、オーディエンスを大いに湧かせていました。終演後、いつまでも鳴り止まない歓声と拍手を前に、ステージ上のSimonはとても嬉しそうな表情を浮かべていました。SOUDCRASHのクルーも「これまでにオーガナイズしたコンサートのなかでも最高のもののひとつになった」と、大いに満足している様子でした。

白熱したステージを展開するボノボ
ロンドンに来て約2年半、シーンの刺激を毎日のように肌で感じられるこの街での生活は、本当に魅力的だと思います。非常に競争率が高い業界であることは事実ですが、実力のあるアーティストが評価され、そしてのし上がっていくという古き良き体制が、この街のアンダーグランドシーンには、いまもしっかりと根付いています。
最近、日本では海外に出たがる若者が少なくなったという話を時折耳にしますが、僕の知る限りでは、そういうった刺激を求めてこの街にやってきている日本のアーティストはたくさんいて、それぞれがさまざまな形で、その個性を表現しています。この記事を読んでくれた方が、この街で音楽をするということに少しでも興味を抱いてくれたのであれば、この上なく幸いです。
■アンカーソングのサード・シングル「The Lost & Found EP」は〈Lastrum〉より発売中。また、アンカーソングは7月29日、ele-king@DOMMUNEに出演決定!
僕があれこれ批評する立場にいないことはよくわかっているけれど、20年近く前から同じようにレーベルをやったり日本の電子音楽を発掘して世界に発信しようとしてきたかつての仲間には、やはり頑張ってほしいからいつも少し辛口になるし、老兵の意地というかネット・レーベルなんかには真似できないような作り込んだプロダクションやあっと驚くような作品を聴かせてほしいと思ってしまう。最近UMAと名前を変えたらしい(?)〈サードイアー〉は、去年初音ミクでYMOのカヴァーをやったアルバムがかなりヒットしたんだけど、正直「もうどうやってもYMOの呪縛からは離れられないのかな」と感じてしまった。ほら、その前にもセニュール・ココナッツの『Yellow Fever』というヒットもあったし。まぁどっちもいい作品だったとは思うけど......。そして、そのセニョール・ココナッツのなかのひとでもある、アトム・ハートが、普段は神経内科医として活躍されてるという日本人マサキ・サカモトと組んだのがこちらのアルバムである。古いリスナーなら「アンビエントオタク」ことテツ・イノウエとかつてよく組んでいたアトム・ハートのことを思い出すかもしれないが、今回やっているのは、あの頃のアンビエントやエレクトロニカとも違って、なんというかエキスポ的な電子音楽博覧会だ。アトムでいうとHAT以降の細野さんとのつながりだったり、さらにはテイトウワとか、まりんの系譜にもつながるような神経質で繊細でキッチュで、でもポップという路線。YMOが大衆を惹きつけた大きな要素であり、遺伝子的に後の世代にも受け継がれてるあの感じをすごく持っている。
サカモト氏のソロ作はしっかり聴いてないのでこれまでの作風を十分把握してるわけではないが、ノリノリでコスプレ風の写真に収まっているふたりを見ると、間違いなくレトロ・フューチャー的な志向はどちらか一方が仕切ったものではなく合作の方向性として自然に出てきたものなのではないかと想像できる(大元のコンセプトはアトム側から提示があったとサカモトがインタヴューで話している)。そしてそこで掘り起こされたのは、組曲風の意匠をまとった、カラフルな宴のごとき歴代電子音楽大全であり、冒頭ではノンスタンダード時代の細野さん的な東洋エレクトロOTTビートが幕を上げ、コシミハル嬢がかつてとなにも変わらないキュートな声で電子音との共演を聴かせ、トレヴァー・ホーン的なオケヒットがうなりを上げたかと思うと、フロア向けトラックのように重いキックが鳴ったり、さらには「サブライムだから」と言わんばかりにレイ・ハラカミのごときシンセが耳をとらえるのである。ジャケに描かれてる道の向こうの光は、誰が見てもわかるとおり『未知との遭遇』へのオマージュで、あのUFOとの交信に使われた曲のフレーズをモチーフにしたパートも後半には出てくるし、異星人交響曲と名付けられたアルバム全体が、「異星人は8本脚でもないし、地球を侵略しにやって来るわけでもない」という時代の変化とともに提示された科学・未来・未知への無根拠な信頼や明るい展望に彩られたあの頃への思いが詰まっている。
ドイツ人のアトム・ハートがチリに移住してチリのペースで生活しながらこうやってまったく南米的でもなんでもない、むしろ東京的な電子音響に手を染めているのは、我々としては感慨深い。まぁ彼もセニョール・ココナッツやアシトン(アシッドなレゲトン)とか、南米に住んでいることを体現した音楽もやっているのでこれは、サイド・プロジェクトならではの上質な洒落というとらえ方もできるだろう。ただ、本職はドクターというサカモト氏が加わることで得られたはずの、商業的成功から解放された位置にいる音楽家ならではのプラスαの創造性というのがあまり見えてこないのが残念だ。ハラカミ的トーンをスパイス的に、なかばジョークとして入れるというのも、ここまで作り込んだ作品でなら「ニヤッとさせられる」という感想でもいいと思う。もし、少し前にUstreamでおこなわれたハラカミ氏のライヴを聴かなかったら、自分もそんな風に思ったかも。これまでの作風を一旦リセットするような、ときに猛々しくアヴァンギャルドな響きをまとった尖った音にビックリしつつ、中盤からじょじょにハラカミ節が聴こえてきて、あぁこの人はすごいと、その神々しいまでの電子音の波に打たれながら思ったのだ。普段はあんなに飄々としてるハラカミ氏だけど、あのライヴは回線を通してでもその並々ならぬ気迫が伝わってきたし、だからこそ、〈サブライム〉が、サカモト氏が、こういうアプローチをするのはどうなんだろうと、いまいちど考えてもよかったのんじゃないか。大人の遊びとしては充分すぎる楽しいアルバムだけど、音楽でどうやって食っていくか、いや職業としての音楽家でなくてもいいのではないか、というような議論が頻出するようになった現在だからこそ。
こんばんわ、あなたのダンスフロアはいま平均年齢いくつでしょう? 日本で最初のスクウィーのパーティは17歳の高校2年生によって開かれました......。
E-JimaさんとShitaraba君 |
日曜日の午後3時過ぎ、早稲田大学正門近くにある〈音楽喫茶茶箱〉では北欧で生まれたダンスビートが鳴り響いている。DJの後ろのスクリーンには、20年前のプレイステーションのゲームの映像が映し出されている。飯島直樹(E-Jima)さんが「彼がシタラバ君だよ」と教えてくれる。シタラバ君は......ゲームのコントローラーを操作していた。その姿は、DJというよりもゲームに熱中する高校生そのものである。
スクウィーは、フィンランドとスウェーデンから広まったロービットでファンキーなエレクトロ・サウンドだ。スウェーデンのクールDJダスト(ダニエル・サヴィオ)がヴィンテージ・シンセの機能からこの「スクウィー」なる名前を引用したと言われている。よく喩えられるように、それは「〈リフレックス〉がサイケな鼠のカートゥーンのサウンドトラックとしてGファンクをやったような音」である。7インチ・シングルを中心としたこのスカンジナビアの新しいダンス・サウンドは、イギリスの〈プラネット・ミュー〉や〈ランプ〉といったレーベルを通じていまでは音楽ファンのあいだですっかり有名になった。
シタラバ君は今年の3月から〈20禁〉というパーティをオーガナイズしている。「若い人の出るパーティはやりたかったのですが、クラブに行けない僕にはDJの友だちもいなくて......。でも、USTでDJとかやってたら自然に似た感じの若い知り合いができてきたので、じゃあもうパーティやるか! と」
彼がDJをはじめたのは中学2年生のときだった。最初はテクノやハウスをミックスしながらUSTREAMで流していた。ヴューワーはいてもひとりだったというが、僕のようにUSTREAMを今年に入って初めて知った人間からするとその話は衝撃的でさえある。
彼がスクウィーにハマったのは〈ジェット・セット〉の09年の総括のページで試聴してからだった。ダブステップ......、いや、この世代的に言うならダブステは、彼がクラブ・ミュージックに興味を抱いた ときにすでにそれはあったジャンルである。ダブステに関しては、〈ハイパーダブ〉を拠点にインターナショナルに活動するクオーター330(Quata 330)の影響が大きかった、とシタラバ君は言う。
ハードなDJプレイで盛り上げるmadmaid |
4時半をまわると、ステージには16歳のマッドメイド(madmaid)がハードなジャングルをプレイする。彼は激しい身振りで、フロアを煽っている。ハードなレイヴ・サウンド、そしてガバへ......。話題のネット・レーベル〈マルチネ〉からリリースしているマッドメイドは、日曜日の昼に代々木公園で開かれていたレイヴを契機にダンス・ミュージックを知ったらしい。エネルギッシュなDJを終えた彼は喉が渇いたのだろう、カウンターでコーラを注文した。
5時を過ぎた頃には狭いフロアは良い感じで埋まっていた。20人以上が集まっている。下北のレコード屋〈ゼロ〉のオーナー、飯島さんがまずはヘヴィーなダブをスピンする。最新のダブ、スクウィー、ダブステを惜しみなくかけてくれる。ちなみにこの日出演したDJで、ヴァイナルをターンテーブルに載せていたのは飯島さんだけだった......。
Quarta 330のライヴがはじまると熱気はピークに |
クオーター330のライヴがはじまると、彼をぐるりと囲むように人が集まる。その2日前にフライング・ロータスと共演したばかりの330は、DJクラッシュも愛用している古いヴェスタックスのミキサーを使いながら、とてもリラックスした感じで、彼なりに咀嚼したユニークなスクウィーを披露する。このライヴによって、フロアの盛り上がりは最高潮に達した。
「同級生は呼ばないの?」とシタラバ君に訊くと「呼んでない」と答えた。フロアにはカラブニク(Kalavnik)やゴンブト(Gonbuto)といった、あの三田格が惜しみない賛辞を送る三毛猫ホームレス周辺のDJやトラックメイカーが遊びに来ていた。このあたりはみんな、USTREAMやtwitterによって知り合ったそうである。実際、この世代にネットは欠かせないのだろう。その日集まった子たちのほとんどがノートパソコンを持ち、そして驚くべきことに......何人かはフロアで携帯を見ながら踊っている。もっともこれは彼らに限らない。最近のクラブのフロアでよく見られる風景である。しかしいったいどこで何と繋がろうとしているのだろうか......。あるいは、僕のようなタイプの人間がただ時代に遅れているだけなのだろうか......。ある人が「ジョーカーはもう古い」というネットでの書き込みを見たと言った。「古いたって、あんた、まだアルバムも出てないんだぜ......」、と率直に思う。そもそもその書き込みの「古い/新しい」とはいかなる基準なのだろう。彼は音楽に何を求めているのだろう......。この手の情報オタクは20年前のテクノの時代にもたくさんいたし、現代に顕著な傾向だとは思わない。
それでも......、ネットを身近に使えるこの世代が、自分たちで生の現場を持ちはじめているというのは興味深い事実である。
「自分の世代ってのもよくわからないんですよね」、とシタラバ君は言う。「まわりには年下の音楽家から20代や30代、レコード屋の店長、ましてや野田さんくらいの世代の方ともこうして繋がってるわけですし、いまはネットにたくさん情報があふれているので、情報だけでの体験ながらも僕が生まれる前に流れていた音楽やその時代背景もレコードやCD、mp3と一緒に認識していますし、そんな感じで僕にきっと世代のあいだの認識ってものが薄いんだと思います」
「若いという実感はあるのですが......」、シタラバ君は続ける。「学校での自分とクラブでの自分はまったく別のものとして動いているので、そっちはそっちでこっちはこっちみたいなそんな感じで......」
「彼らは素晴らしいですよ」、今回、このパーティを僕に最初に教えてくれた20代半ばのDJ、アボ・カズヒロ君はやや興奮しながら言う。「近い将来、僕も彼らと一緒に何かできればと思っているんです。そしていつか、高橋透さんをゲストに招いてみたいんです!」
はははは、それはたしかに楽しいかもしれない。もしそんなことが実現するときが来たら、この国のダンス・カルチャーには新しい未来が待っていることだろう。
Skweee teenage riot!!! |
が、まあ、それはさておき、僕が昔、もうずいぶんと昔の話だが......、渡辺健吾や佐藤大、弘石雅和らと初めてテクノのパーティを開いたとき、ある業界人がフロアを見て「ガキばっかじゃん」と言った。ガキばっかで充分だと思った。実際の話、そのガキばっかなところがさらに広がって、テクノは日本で爆発したのである。それに......、自慢じゃないが、石野卓球の15歳のライヴを観ているし、田中フミヤの19歳のDJも聴いている。若くして逝ったカガミ君も18歳でデビューしている。ムードマンもケンセイも、あるいはジェフ・ミルズやデリック・メイも高校生のときにDJをはじめている。音楽的冒険は10代にはじまる。
"彼ら"のダンスフロアもいつ爆発するかわかったものじゃない。
なお、シタラバ君のDJミックスは、ブラジルのサイト「tranquera.org」で聴ける。
オウテカの来日ライヴ公演が決定したとき、彼らが指名したDJのひとりがデトロイト・テクノのオリジネイター、ホアン・アトキンスだった。これは......なかなかいい話だ。つねにマニアの注目に晒されながら、ときにリスナーを困惑させることさえ厭わないUKの電子音楽における高名な実験主義者たちのオリジナル・エレクトロへの偏愛は良く知られた話である。だから、当然といえば当然の指名なのだろうけれど......。しかし、デトロイトのファンキーなテクノの生臭さはベッドルームのIDM主義者の潔癖性的な志向性とは、まあ、言ってしまえば180度違う......こともないだろう。昔から彼らはレイヴ・カルチャーを擁護し、その庶民性を見下す連中を批判してきたし、何よりも彼らがオリジナル・エレクトロへの愛情を失ったことはたぶんいちどもないのだ。とにかくオウテカは今回、決してトレンディーとは思えないデトロイトのエレクトロ・マスターの宇宙のファンクネスを引っ張ってきたのである。そんなわけで、6月4日の〈DIFFER有明〉のパーティを控えたホアン・アトキンスに話を訊いてみた。
■いまデトロイトですか?
ホアン:そうだね。
■最近はどんな風に過ごされていますか?
ホアン:最近は〈Movement 2010〉に向けての準備で毎日忙しいな。〈Movement 2010〉は知ってるかい? デトロイト・エレクトロ・ミュージック・フェスで今年は5月29日~31にかけて開催されるんだよ。去年は......たしか83,000人くらい集まったって聞いたな。今年はモデル500名義でライヴで参加するんだけど、パーティを閉めなくちゃいけないからね。準備がけっこう大変で、最近はそれに向けてずっと準備を進めているという感じさ。日本のショウだって? まずは〈Movement 2010〉をキッチリやらなきゃいけないが、準備はもちろんしているよ。オレが日本を好きなことは知ってるだろ。
■体調のほうはいかがですか? DJは頻繁にやっていますか? 曲作りのほうは?
ホアン:ぼちぼちだね。曲作りに関して言えば、オレは取りかかるまでに時間がかかってしまうんだよ。シングルがもうすぐリリースされるけど、いまもまた新しいシングルに取りかかっている。正確に言えば、もうしばらくずっとそれに取りかかっているんだけどね。
■今回はオウテカ自らの指名で東京でのDJを依頼されたようですが、オウテカとは直接知り合いなんですよね? デトロイトにも来ていますし......。
ホアン:直接の知り合いではないよ。たしか過去にいちど会ったことがあるはずだけど。
■彼らはエレクトロ――といっても最近のファッション界で流行っているエレクトロではないですよ、マントロニクスやジョンズン・クルー、あるいはあなたのサイボトロンのようなオリジナル・エレクトロが大好きだから、それもあって依頼したんじゃないかと思うんですけど......。
ホアン:オウテカがマントロニクス、ジョンズン・クルーやサイボトロンが好きだっていうのは嬉しいね。オレを健全なラインナップのなかでやらせてくれて、彼らには感謝しているよ。
■実際、彼らとはエレクトロに関して話し合ったことがあるんじゃないですか?
ホアン:もしかしたら話したかもしれないけど、なにせオレが彼らに会ったことがあるのはおそらく過去の1回だけだっていうこともあって何を話したかはあまり覚えてないんだよ。
■オウテカに関して、あなたの評価を聞かせてください。
ホアン:正直、オレは彼らの音楽についてよく知らないんだ。彼らの音楽をあまり聴いたことがないんだよ。でも彼らがエレクトロを好きだと知って、オウテカに興味を持ったよ。次のときまでに必ず彼らのカタログをチェックしておく。アルバムも最近出たんだろ。日本に行くまでに必ずそれも聴いておくよ。
■2005年に『20 Years Metroplex: 1985 - 2005』をベルリンの〈トレゾア〉から発表しましたが、あれはまさにこの20年のあなたの歴史でした。あのコンピレーションに関するあなたのコメントをください。
ホアン:あれはオレが過去に作ったトラックのなかでもとくに人気があるものを集めたものさ。あれを出そうと思ったのはみんながオレに、「なんであの作品の収録トラックはどれもCDでリリースされてないんだ?」、「どうなってんだよ」ってしつこかったからだな。オレ自身としては、あの作品はオレのトラックがより広いところに行くためのプラットフォームになればいいと思って取りかかった。そう思って作った作品だよ、あれは。2枚のCDにあのトラックを入れ込むのには少し苦労したけど、それに挑戦しているときの気分は悪くはなかったね。
■どんな反響がありましたか?
ホアン:良いフィードバックを得ることができたと思っているよ。世界中で受け入れられたかどうかはわからないけど、オレのまわりからのあの作品に対しての反応はかなり良いものだったよ。
■あなたのレーベル〈メトロプレックス〉そのものはもう動くことはないのでしょうか?
ホアン:いや、動きだしたいと思っている。でもその前にギアをかけてアクセルを踏む準備に入らないとね。新しいトラックに取りかかりたいと思ってるよ。ショウももっとやりたいね。
■この10年の、つまりゼロ年代のエレクトロニック・ミュージックのシーンをあなたはどう見ていますか? 停滞していると思いますか? それともゆっくりでも前進していると思いますか?
ホアン:うーん、停滞してはいないと思うけどね。ゆっくりどころかオレはすごい勢いで進化していると思うよ。まわりではいろいろ起こっているみたいだし。
■具体的には誰がいますか?
ホアン:いまの前進の仕方からするとたくさんいるはずだけど、オレには今誰かの名前を挙げることはできないかな。
■例えば......フライング・ロータスのような新しい世代の音をあなたはどう見てますか?
ホアン:フライング・ロータスの名前は聞いたことがあるんだけど、彼の音楽はまだ知らないんだ。ごめんよ。正直に言うよ。オレには娘がいるんだけど、彼女が最近音楽を作っている。まだ作品の制作段階だがそれが発表された日には事件になる。彼女のスタイルはどこにもないもので、素晴らしい。彼女のアーティスト名はMilan Ariel。アトキンスをつけるかどうかは彼女もまだ決めてないようだけどね。
■あなたのなかに新作を発表する予定はありますか? もしあるなら具体的に教えてください。
ホアン:モデル500名義のシングルがリリースされる。〈Movement 2010〉で披露するつもりだよ。そのシングルは〈R&S〉から4週間から6週間後にはリリースされるはずだよ。
●今回の日本でのセットについて教えてもらえませんか? なにか特別なことをプランされているようでしたらそれについても教えてもらえればと思います。
ホアン:Very Groovy。Very Very Sexy Groovyなエレクトリック・ダンス・ミュージック・セットを披露しようと思っている。オレはいつだって一夜限りのスペシャルな夜を作り上げるために本気でショウに取り組む。今回は日本だっていうこともあって、オレ自身も正直楽しみにしているし、オレのショウはいつだって特別なんだ。どこでやっても全力で取り組むだけさ。ただ日本やオーディエンスのヴァイヴスがオレに伝わって、意識せずとも自分が特別に納得できてしまうようなプレイを繰り出してしまうことにもなりかねないと思っているよ(笑)。それに今回は特別にアンリリースド音源をいくつか持って行くつもりなんだ。過去にデモとしてしか存在しなかったトラックをね。他のアーティストのもオレの自身のも。もうすぐリリースされるシングルも、もしかするとプレイするかもしれないな。
■それでは最後に、日本のファンにメッセージをお願いします。
ホアン:愛してるぜ。オレたちはVery Sexy Funkyナイトをともにするんだ。準備をしておいてくれよ。オレは日本のファンを愛しているんだ。Don't miss it!
![]() Autechre |
![]() Claude Young |
出演 : Autechre, Juan Atkins, Claude Young and more.
日程 : 2010.6.4(Fri) OPEN / START 22:00
会場 : ディファ有明
料金 : 前売り ¥5,500 / 当日¥6,500
*20歳未満の方はご入場出来ません/
入場時に写真付身分証の提示をお願いします。
YOU MUST BE 20 AND OVER / PHOTO ID REQUIRED
企画・制作 : BEATINK / BEAT RECORDS
MORE INFO >>
https://www.beatink.com/events/autechre2010/
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NICK CURLY & MARKUS FIX / 2 Years Cecille Records
2 Years Cecille Records
CECILLE / JPN
»COMMENT GET MUSIC
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1990年代後半にムーディーマンやセオ・パリッシュらによって押し広げられたテンポ・ダウンされたハウス・ビート。そのキックとキックの「間」には漆黒のサイケデリックが埋め込まれているかのようで、我々を排水溝に吸い込まれていく水のようにゆっくりと別の場所へと連れて行く。ザラついたサンプル同士が交錯し、幻聴のような効果を生む彼らのトラックは実験的でもあるのだけど、それ以上に官能的で、セオの霞がかかったような半覚醒状態のトロけ具合は本当に素晴らしいと思うし、ムーディーマンに至ってはエロとサイケは同義語みたいなものだろう。
そういえば今年の3月にロンドンでおこなわれた〈Red Bull Music Academy〉のトークショーに登場したムーディーマンことケニー・ディクソン・ジュニアは、まわりにはべらせたセクシーな黒人女性たちにヘアー・セットをさせたり、酒を作らせつつ「マザ・ファッキン!」を連発しながら喋りまくり、勝新的俺流な時空のネジれを発生させていた。しかし、何だったのだろうアレは......。
そしてムーディーマン(Moody名義)の新作「Ol'dirty Vinyl」は、その濃度にむせるようなジャケット・ワークに包まれて届けられた。内容はいつも以上にヴァラエティに富んでいて、タイトル曲の"Ol'dirty Vinyl"などは珍しく爽やかな雰囲気もありつつ「気分がいいと思ったらいつの間にかあの世だった」というような感じだし、"We Don't Care"はKDJ自身のVoがのるジャズ・ナンバーで、"No Feed Back"は歪みまくったギターがのたうつKDJ流ブラック・ロック。そして、彼らしいセクシーなハウス"It's 2 Late 4 U And Me"の後には、混沌とした電子音楽" Hacker"が待っているという具合だ。
ある意味、寄せ集め的な作品集なのだけど、最近それなりに洗練されていく傾向をみせていたことに若干不満を感じていた僕のような人間からしたら、この自由度の高い錯綜ぶりは大歓迎だ。さぁ我々をエロとサイケの奈落の一番深いところまで連れて行ってくれよ、KDJ。
オールドスクールなシカゴのエッセンスやアレやらコレやらをデトロイトのフィルターを通して再定義した俗に言うビートダウンの種子は様々な場所へと伝搬し、そのBPMと同様にゆっくりと、しかし確実にそれぞれの場所で独自の発展を遂げている。ドイツのソウルフィクション(Soulphiction)、モーター・シティ・ドラム・アンサンブル(Motor City Drum Ensemble)、ニューワールドアクアリウム(newworldaquarium)、イギリスのトラスミー(Trus'me)やロシアのヴァクラ(Vakula)(UKの〈Firecracker〉からリリースされるシングルが素晴らしい)などなど、エトセトラエトセトラ。ようするに国境を越え、それぞれがあちらこちらの地下で重心低めのディープなリズムを響かせているというわけだ。
そしてその影響力は巡り巡って、昨年ひっそりとリリースされた日本のモンゴイカ a.k.a. T.Contsuの12インチにまで及んでいたりもする。モンゴイカ(戸田真樹)とは、ヒップホップ・ユニットの降神をはじめとした〈Temple ATS〉のアートワークを手掛ける画家でありトラックメーカー。その彼が、自身の〈Close Eye Recordings〉から出した「KIMI EP」のローファイでスモーキーな4つ打ちには、やはり何処か日本的な叙情と孤独が忍び込んでいて、その事実がとても面白く思う。
このようにデトロイト・ビートダウンが拡散し、かつ各エリアで様々なヴァリエーションを見せるなかで、ドイツのSoulphiction及び彼の主宰するレーベル〈フィルポット〉は、もはやフォロワーという域を越えた存在になりつつある。ソウルフィクション(Michel Baumann)のアナザー・プロジェクトであるというミッシング・リンクスの前作「Who to Call」に収録さていれた"a Short History of..."は、強烈なバネをもった美しい野獣のようなファンクだったし、この新作の「Got A Minute」も削ぎ落とされた筋肉のようなビートが脈打っている。
ドイツから放たれたこれらの音は、本家とはまた異なる種類の緊張感を漂わせ、非常にシンプルでタイトだ。黒人音楽をサンプリングしてそれっぽく仕上げただけのフォロワーも多いけれど、リスペクトとコピーは別ものだし、ときにはリスペクトなんて言葉は忘れるべき。
ちょっと手前味噌なのだけど、僕がリミキサーとして参加した作品を紹介させていただきたい。HUMAN RACE NATION(以下HRN)から出たG.I.O.N.の「Echoes of Our Minds Pt.1」がそれだ。言うまでもなく、デトロイトから影響を受けつつ、そこから受け取ったものを独自に展開し活動している者は日本にも存在する。音楽ユニットG.I.O.N.として硬派なミニマリズムを追求するフジサワ・アツシとコシ・シュウヘイによるHRNもそのひとつ。
HRNは長野で活動しながらもドイツ経由でワールドワイドにヴァイナルをリリースするという、ローカリズムとグローバリズムを兼ね備えた日本では非常に希有なレーベルである。 今まで彼らは地元長野でデトロイトやドイツを中心としたアーティストを迎えたパーティーを行い、地道にコネクションを築いてきた。それは2007年のシングルでのフランク・ムラー、本作における元UR、ロス・ヘルマノスのメンバーのDJ S2ことサンティアゴ・サラザール、そして次のリリースでのDJ3000とレニー・フォスターのリミキサー起用にも繋がっている。一方そこにトラックス・ボーイズや岩城健太郎、d.v.dとしても活動するJimanicaや僕などの国内リミキサーも混ぜることにより、既出の4枚のヴァイナルはちょっとした異文化交流の機能も果たしてもいる。
「Echoes of Our Minds Pt.1」は昨年末にヨーロッパでリリースされ、G.I.O.N.のオリジナル、DJ S2 REMIX、僕の手掛けたREMIXそれぞれが、ベルリンのBerghainのレジデントDJであるMarcel Dettmannや、フランスの Syncrophone(Theo ParrishとかAnthony Shakirのリミックス盤を出している)のオーナーDidier Allyneらのチャートに入るなど高い評価をもらった。しかし、ヨーロッパで品薄となり、日本には極少数しか入荷されない状態で残念だったのだが、近々ディストリビューターを変えて再リリースされるとのこと(そんな理由もあり、出てから少し時間が経っている本作を敢えて紹介させてもらった)。そして間もなく「Echoes of Our Minds Pt.2」の方も出るようだ。
彼らとは今後も諸々関わっていく予定で、実際に現在進行中のプロジェクトもある。そういえば僕と彼らの最初の接点はというと、確かmixiのデリック・メイのコミュに僕がパーティの告知を書き込んだのを、HRNのフジサワくんが見てコンタクトをとって来たのがそもそもの始まりであった。ここはmixiとデリックに感謝するべきなのだろう。
〈A.R.T.〉〈B12〉に〈ラッシュ・アワー〉、〈プラネットE〉と、このところAS ONEことカーク・ディジョージオがリリース・ラッシュである。同じく90年初頭のデトロイト・リヴァイバル~インテリジェント・テクノを代表するアーティスト、B12が同名のレーベルを一足先にリスタートさせたのに続き、カークもかつて自身が運営していたA.R.T.を復活させたりと、何だかこの辺り盛り上がっている模様。一時期〈モワックス〉などでリリースしていた生ドラム再構築モノは封印し、完全にテクノ/ハウスへ舵を切っているものの、音自体は〈A.R.T.〉の頃の音というよりも、疾走するリズム+エレガントな上モノのコンビネーションの、昨今割りとよくあるデトロイト・フレイヴァーのテック・ハウスという感じのものが主だったりする。
そんななか、ドイツの良質なディープ・ハウスレーベル〈Mojuba〉のサブ・レーベルである〈a.r.t.less〉は、その〈A.R.T.〉とカール・クレイグの名曲"At Les"を掛け合わせたような名前からもわるように、恥ずかしいほどの初期デトロイトへの愛が丸出し状態だ。更にオーナーであるドン・ウィリアムス自身の「Detroit Black EP」からはじまる黒、赤、青のデトロイト三部作は、モロに初期〈トランスマット〉。とくに青盤は初期のカール・クレイグ、ひいてはインテリジェント・テクノであり、もうところ構わず「好きだ~!」と叫んでいるような1枚。
思えば当時のデトロイト・リヴァイバル~インテリジェント・テクノというのは、結局のところ初期のカール・クレイグのサウンドのコピーだった。例えばデリック・メイのラテンにも通じるようなバウンドするリズム感ではなく、それは 69名義で豪快な実験を繰り広げる以前のカール・クレイグ、ようするにPsyche名義での"Elements"や""Neurotic Behavior"などの音を指す。孤独で繊細で壊れやすく、思わず「詩的」なんていう恥ずかしい言葉がまるで恥ずかしいと思わなくなる程に、それは魅惑的な青白い輝きを放っていた。そう、色で言うとデリック・メイは赤で、カール・クレイグは青だ。
それにしても、このドン・ウィリアムスの「Detroit Blue Ep」は、何だかこちらが赤面するくらいの青臭さに満ちていて、これをどう評価するべきなのか正直僕にはわらない。しかし、カール・クレイグがPsycheで描いた音世界は、当の本人でさえもう作れない類いのものだと思うし、結局その後放置されたままになっているのもたしか。その先の音が知りたい。
DJ ネイチャーことマイルス・ジョンソン。またの名をDJ MILO。ネリー・フーパー、ダディー・G、3D、マッシュルームが在籍していたブリストルのDJチーム、ワイルド・バンチの中心人物である。82年から86年まで活動したこの伝説的DJチームは、その後のUKサウンドの核、つまりパンク~ニューウェヴの残響とレゲエのサウンドシステムとヒップホップの接点を体現した存在であり、解散後、ネリー・フーパーはSOUL II SOULを、そしてダディー・G、3D、マッシュルームはマッシヴ・アタックとして活動することとなる。一方のMILOはUKの喧噪と離れ、ニューヨークのハーレムで黙々と音を紡ぐこととなるのだが、それはなかなか世に出ることはなかった。しかし、元ワイルド・バンチという伝説に彼を閉じ込めるべきではないし、実際に彼の音楽はブリストルで得たものを更なる深みに向けて解き放ったものである。
そして今年、彼の12インチが日本の〈ジャジースポート〉から届けられた。この「Necessary Ruffness」と題されたヴァイナルに収録されたトラックは、いずれもディープ・ハウスよりもさらにディープでロウなハウスであり、そのくぐもった音質が独特の空間を生み出していて、それは意識しているのか無意識なのか、デトロイトのビートダウンやベルリンのシーンなどとも共振する類いのものになっている。そして、その音楽性は日本の〈DIMID〉から2003年にリリースされたMILOの初のアルバム『Suntoucher』(表記はDJ MIL'O)ですでに示されていた。
ここで個人的な話しを少々。2004年に出た僕のS as in Soul.名義のアルバムは、元々は〈DIMID〉から2003年に出る予定だったのだが、途中でA&Rが独立することとなり、それに伴い1年後に〈Libyus Music〉の第一弾としてリリースされた。当時の〈DIMID〉~現〈Libyus Music〉の竹内君とS as in Soul.のリリースの打ち合わせしている時、このMILOのアルバムを出すべきかどうかを相談されて、僕は絶対出すべきだと答えたのを憶えている。そのことがどれだけの影響したのか知らないが、あのアルバムが世に出るキッカケを僅かでも与えることが出来たのならば、それは非常に光栄なことだ。
僕としては、現在のマッシヴ・アタックよりもMILOの音のほうが遥かに魅力を感じるのだけれど、そんな比較など本人からしたら迷惑な話しでしかないだろう。この12インチの後に控えているというニュー・アルバムを楽しみに待つのみだ。
5月に入り、ニューヨークは真夏模様になったり寒くなったりはっきりしない天気が続く。私は、カフェの近くにある公園、マカレン・パークでときどき運動をしている。エクササイズ・クラブというチームを組み、2人、4人、あるときはひとりで、時間があう人たちが集まってしたい運動をするという、健康的な集まりである。私はランニング、ストレッチ、バドミントンを専門にしている。この日はとても天気がよく、最高のエクササイズ・クラブ日和だった。日本とは違う種類だが、桜が満開で、ベンチに座っているおじいちゃんおばあちゃんが微笑ましい。週末はピクニックをする人、BBQをする人、読書をする人など、てんやわんやの人ごみになるのだが、エクササイズ・クラブはだいたい平日の昼間なので、人はそんなにいなく、運動するにはちょうど良い。
i-Podを聴きながら、ランニングする人、ストレッチをする人、ドッチボールをするキッズなどを横目に見ながら、今日は5マイル、次は7マイルなど、どんどん距離を伸ばしていき、完走したときの爽快感に浸る。最高に良いショーをみた後の爽快感と似ている。一昨年までは、向かい側のマカレン・パーク・プール(プールといっても長年使われていない跡地)で、夏のフリー・コンサートが行われていた。MGMT、ヤーヤーヤーズ、ソニック・ユースなどたくさんのバンドがプレイして、毎週通っていたが、いまでは本当のプールに生まれ変わるべく建設中だ。
こう書くと、なんて健康な日々を過ごしているのかと思われるが、実はほとんど毎日が夜遅くまで働き、ライヴハウス通い。先日は、〈パリ・ロンドン・ウエスト・ナイル〉というパフォーマンス・スペースのクロージング・パーティに朝の3時頃までいた。うちのカフェから2ブロック程先にある一角に、〈グラス・ランズ〉、〈ディス・バイ・オーディオ〉、〈ウエスト・ナイル〉という3つのライブハウスが並んでいる。そのなかの〈ノン・プロフィット・スペース〉と〈ウエスト・ナイル〉が、先日4/13に幕を閉じた。リースが切れたので、グリーン・ポイントに引っ越すのだそうだ。https://www.shinkoyo.com/parislondon/
![]() 〈ウエスト・ナイル〉のZeljko |
平日の夜だからといって、そんなに人はいないだろう、と思っていたのだが、なんと会場の前に人が溢れている。なかを覗くと、人ごみのなかで、エクスペリメンタルなロック・バンドがごりごりにパフォーマンスしている。そこで、この場所を仕切っているZeljkoを捕まえたので、インタヴューを慣行。
Ele-king: 今日でこの〈ウエスト・ナイル〉がクローズするそうですが。
Zeljko:そう、今日がラスト・ナイトなんだ。来てくれてありがとう。
Ele-king:まずは、この場所〈ウエスト・ナイル〉を紹介して下さい。
Z:ここはアーティストが住み、仕事をする、〈ノン・プロフィット・スペース〉。5~7人が集団が活躍している。〈ウエスト・ナイル〉は、2006年ぐらいにラフにはじまって、ここに引っ越して来たときは、バスルーム以外は壁も何もなかったんだ。コステス、トニー・コンラッド、ノウティカル・アルマナック、ライト・アサイラム、ブラック・パス、アキ・オンダ、ヴァンピリアなど数えきれないバンドがプレイしてきたよ。「https://www.shinkoyo.com/parislondon」からArchiveに行くとリストがみれるよ。
Ele-king:ショーはどれぐらいの割合でやっているのですか。
Z:だいたい1週間に1~2回、1ヶ月に1~2回の時もあるけど。ショーは口コミとeメール・リストのみ。
Ele-king:今日プレイしているバンドを紹介して下さい。
Z:スケルトンズ、ウィッシュ、ミラーゲイト、ザ・ガマット、フレディナイトライカー、ザ・ナスティズ。僕は、ウィッシュって、ヴォーカルありの、エピック・ダンス・ミュージックなバンドをやっているよ。アニマル・コレクティブをもっとダンシーにしたような感じ。スケルトンズとミラーゲートは友だちで、Shinkoyo(僕らのアートコレクティ))のパートナーでもある。ナスティズは、火曜日に公式に解散する前に、ここでラスト・ショーをして、ザ・ガマットは隣のグラスランズでサウンドを担当しているデリックのバンド。
Ele-king:次のスペースは、いままでと同じような活動をするつもりですか? 名前は同じですか? またいつ頃からはじめるのでしょうか?
Z:次はグリーン・ポイントに引っ越すんだけど、ここは住居兼でなく仕事場だけにしたい。次の場所は、〈ノース・ウエスト・ナイル〉とでも呼ぼうかと思っている。僕らには、コラボレート・グループがカリフォルニアのオークランドにもいて、同じようなことをやっている。彼らのスペースは〈イースト・ナイル〉っていうんだ。ショーは、5月ぐらいからやっていきたいね。
Ele-king:ウエブ・サイトには、「paris london france tokyo berlin texas los angeles georgia cleveland」とありますが、これが〈ウエスト・ナイル〉の正式な名前ですか?
Z:僕らは最初に〈パリ・ロンドン・ニューヨーク・ウエストナイル〉って付けたんだけど、ときどき別の都市の名前を適当に当てて遊んでた。ファッション・ブランドのフラッグ・シップ・ストアがある都市名を適当に並べて遊んでたんだけど、ブランド名はなくして、都市名だけにしたりとか。基本的にジョークで、僕らのスペースのフレキシブルさを表していると思う。
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次の日はライアーズのショーへ。ニューヨークは〈バワリー・ボールルーム〉と〈ミュージック・ホール・オブ・ウィリアムスバーグ〉の2回の公演。今回は〈バワリー〉のほうへ行く。
![]() 新作が話題のライアーズ |
ニュー・アルバム『Sister World』を引っさげてのツアーは、ソールド・アウト。ロスアンジェルスとプラハでレコーディングされたというこのアルバムは、前回までのライアーズのレコードと同様に、超現実的で恐ろしい雰囲気を醸し出しているが、それと当時にいまにも雷が落ちてきそうな、ダークで不思議なテンションのバランスを保っている。このテンションが、いかにもライアーズだ......とライヴを観てあらためて思った。
決して張っちゃけ過ぎず、一歩寸前のぎりぎりのところを上手く綱渡りしている。ライヴ・セットも5人にパワーアップして、いつものように楽器を取り替えたり、オーディエンスとのキャッチボールもきちんとこなし、知的なエナジーに満ちあふれていた。後ろにいた女の子は、全部歌詞を覚えていてずっと一緒に歌っていた。
『Sister World』が完成したと同時にアンガスもベルリンからLAに移り、3人が同じ都市に暮らすようになった。観客のなかには、元々ブルックリンでスタートした同じ仲間のバンド、ヤーヤーヤーズのメンバーもいた。LAとブルックリン、いまアメリカのインディ・シーンでいちばん気になるふたつの都市である。共演はどちらもFol Chenという、カリフォルニアのバンドで、US/ヨーロッパ・ツアーはずっとライアーズと一緒にツアーを回っている。メンバーのひとりは、ライアーズのサポートメンバーとしてプレイしていて、アンガスAとエアロンと一緒の学校に通っていたらしい。〈Asthmatic Kitty〉から作品を出している。
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カフェからベッドフォードアベニューを南に下がり、ブロードウェイを右に曲がると、『カプリシャス・マガジン』というフォト雑誌のスペース、ギャラリーがある。4月23に開かれたそのアート・オープニングに行ってきた。
アンドリュー・ロウマンとニコラス・ゴットランドの〈スモーク・バス〉というショーで、日本でもよくショーをしている、アーティストのピーター・サザーランドがキュレーターを務めている。
ギャラリー関係者や、ミュージシャン、アーティスト、うちのカフェのお客さんもたくさんいて、外もなかもわやわやしている。フロントとバックに部屋がふたつある、ゆったりしたギャラリー兼仕事スペースだ。この展示は、キャンプ、自然、探検がテーマで、フレッシュ・エア・ファンドという非営利団体のベネフィット・ショー。作品をひとつひとつに物語を思い浮かべ、どんな状況でこの写真が撮られて、ここに飾られるまでの過程を考えたり、リラックスした、開放感溢れる雰囲気に包まれていく。音楽もそうだが、アートで人の気持ちを動かす事ができるのは素晴らしい。こういう風に、音楽やアートをしっかり堪能し鑑賞できるような感覚を養っていきたい。
5月5日、日本ではこどもの日だが、アメリカではCinco de mayo(シンコ・デ・マヨ)という、アメリカ人にもっとも良く知られている祝日である。スペイン語で「5月5日」の意味で、メキシコの祝日なのだが、メキシカンがたくさん住んでいるここアメリカでは、すでにアメリカの祭日になっている。メキシカン・ビール、テキーラ、サルサ、タコス、トルティーアなどを食べて飲んで、お祭り騒ぎをするのだが、私たち日本人や他の人種の人たちも、ここに住んでいると関係なくそれに便乗して、マルガリータなどを飲んでお祭り騒ぎをする。
![]() ライトニング・ボルトのベースのブライアンのバンド、ウィザード |
![]() 日本人女性によるハード・ニップス! |
![]() Nobody can stop girls! |
ニューヨークにいると、アイルランドのセント・パトリックスディ、中国人の旧正月、ドイツ人のオクトーバー・フェストなど、いろんな民族の祝日をもれなく体験できる。ちょうどこの日は、ハード・ニップスのCDリリース・パーティで、チーズ・バーガー、ウィザード(ライトニングボルトのメンバー)、エイリアン・ホエール(USA イズ・ア・モンスター、タリバム!、ネッキングのメンバー)が共演。ハード・ニップスは、グリッター仕様のCDリリース・パーティという事もあり、ラメいっぱいの華やかなステージを披露した。
かなり盛り上がっていたが、バンドが変わるごとに観客がごっそり変わり、それぞれのバンドの個性が面白かった。ウィザードは、ライトニング・ボルトのベースのブライアンのバンドで、このバンドではドラムを叩いている。かなり久しぶりのショーで、バンドも観客も大興奮。彼らもライトニング・ボルトと同じくフロアでプレイした。チーズ・バーガーは元々プロヴィデンスの3ピース・バンドだったのが、いまでは5人に増え、この日はオリジナル・メンバー、ヴォーカリストのJoeが飛び入り参加。このバンドは、ビール缶を投げるのがお決まりのようで、観客は容赦なくビール缶をステージに投げ、最後のほうでは、会場からさっさと電源を切られ追い出されていた。ここでもやはり「ハッピー・シンコ・デ・マヨ!!」と叫んでいた。
90年代後半からノト名義でミニマル・ミュージックに手を染め、すぐにも実験的な体質を顕わにするようになったカールステン・ニコライは、いわゆるサイン波とパルス音の鬼と化し、00年代を通じてエレクトロニカからミュージック・コンクレートへの移行を促した重要人物のひとり。自身のラスター・ノートンから『プロトタイプス』(00年)でミル・プラトーへ移り、続いて01年にリリースした『トランスフォーム』ではリズム感でも優れたところを見せたにもかかわらず、そちらに歩を進める気配はなく、ミカ・ファイニオや池田亮司とのサイクロ、あるいはトーマス・ナック(元ジェイムズ・ボング!)とのオプトや坂本龍一とのジョイントを通じて試行錯誤の範囲をいまでも拡大し続けている。
オピエイトとの『オプト・ファイル』(01年)など、彼の抽象表現のなかにはアンビエントへと向かう感覚もなかったわけではないものの、この方向性が全開になったといえるのが(テイラー・デュプリーの〈12K〉がサブ・レーベルとしてスタートさせた)〈ライン〉から06年にリリースした『フォー』からだった。トッド・ドックステイダーズとの共作で知られるデヴィッド・リー・マイヤーズ(アーケイン・ディヴァイス)まで借り出してきた〈ライン〉は、ミニマルを基調としてきた〈12K〉に対してサウンド・インスタレイションのレーベルとして位置付けられているようで、その筋の先駆といえるスティーヴ・ローダンからマーク・フェル(SND)のソロなど、抽象表現のセンスは非常に幅広く設定されている。つまり、レーベル・カラーがアンビエント表現へと誘ったわけではなく、彼の実験的な感覚が自然と辿り着いたものがそれだったということになるのだろう。しかも、『フォー』の翌年にはアレフ-1の名義でアンビエント専門のプロジェクトもはじめられ、サンプリング(=コピー)を主体とした『ゼロックス Vol.1』(07年)、『ゼロックス Vol.2』も同傾向の作品としてカウントすることができる。
『フォー』から4年が経過した『2』は、ニコライ流の実験音楽がアンビエント・ミュージックの文脈に近接することで、まるでクラシック・ミュージックのような響きを帯びるに至っている(いわゆるクラシック・ファンには無理だろうけれど)。抑制されたシンセーストリングスや繊細で優しいメロディの繰り返しは即物的な音響表現がすべてだった過去とは(表面的には)まったく異質に感じられ、シルヴァン・シャボーやヨハン・ヨハンソンといった自意識の低いポスト・クラシカルとも距離を置いている。あくまでもエレクトロニカの発展形であり、その成熟したフォームといえる。この穏やかさは癖になる......『フォー』とは「葛飾北斎」や「ジョン・ケージ」などに向けられた「フォー」を意味していた(なぜかコイルのジョン・バランスまで含まれている)。『2』では、しかし、その対象は拡散し、完成度とは裏腹にこれといった焦点は持っていないようである。
国内盤は『フォー』(06年)とのカップリングで〈インパートメント〉から。
ライヴに行けば2種類の人間がいる。ライヴ民と非ライヴ民だ。ざっくりとした分け方だが、ライヴ民とはライヴという一種の「祭」の機能を身体で理解し、その内側を生きることができる人びとのこと。非ライヴ民とはその「祭」から疎外されてしまう人びとのことだと仮定しよう。前者にとって、「なぜライヴに行くのか」という問いは愚問だろう。だが後者にとってこの問いは、まるで逆まつげのような異物感を伴ってライヴ中もついてまわる。これはその後者によるレポートであると思っていただければ幸いだ。
ペイヴメントというのは、ライヴにアイデンティティのあるバンドではない。おそらくライヴでしか味わえない魅力などそんなに多くないはずだ。むしろ、どこで再生されても等しく心に働きかけるような曲自体のプレゼンス、そして曲と音を通しての「あり方」の提示が彼らの魅力の中心だろう。だからそれがいちど頭にインストールされれば、必ずしも生の演奏が持つ意味は大きくない。ライヴという場が持つ祝祭性、一回性のなかで活きてくるバンドとは異なり、アルバムが重要だ。ヘッドホンのなかのペイヴメントがペイヴメントであると言いたいくらいである。先に述べると、今回のライヴではそのことを再確認した。
photo : Yuki Kuroyanagi |
USインディのシーンでは、ここ2年ほどローファイ、ローファイと騒がしい。いちやく頭角を現したノー・エイジを皮切りに、ヴィヴィアン・ガールズやリアル・エステイトら〈ウッドシスト〉周辺、またディアハンターなど、USのソフィアはこぞって「ローファイ」を再解釈しているかに見える。音にあえてクリアではないものを求めるという、この高度な写生論に彼らが共鳴しているのはよくわかる。だが、「ローファイ」といって実際に思い浮かべるような音に比べるとそれはかなり凝ったものに聴こえる。どちらかといえば深めのリヴァーブが彼らのサウンドの鍵であって、場合によってはシューゲイザーと認識されてしまうほどだ。では何が彼らを「ローファイ」と呼ばせたがるのかというと、スタイルである。
玉石混淆だが、前掲のアーティスト群は各々がそのスタイルのなかに鋭く批評性を巻き込んでいる。ウェルメイドなものに対する批評が「ローファイ」だとすれば、彼らはまぎれもなく「ローファイ」だ。また、同じくアーティな志向性を持ったバンドであっても、ブルックリン周辺の表現主義的なアート・ロックや、チャリティ・コンピレーション・アルバム『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』参加バンドらのアップデート版アメリカーナに対しては距離感がある。前者にまつわる「世界」という、後者にまつわる「アメリカ」という物語性(の調達)。こうしたものに対するさめた視線を感じる。たとえ必要なものだとしても、「つくりもの」を信じない。ウェルメイドなものや、音が帯びる物語性にはクールに一瞥を与え、不透明さの中に剥き身のリアリティを探り当てるスタイルだ。
とはいえ、数バンド、数アーティスト以外は、「ローファイ」もファッション化を免れないようだ。音に金をかけず、大声を出さず、リヴァーブでごまかしながらちょっとばかりひねった曲をやるという省エネ・モードを「かっこいいでしょ?」とばかりに提示されると、「ローファイ」概念の濫用ではないかと多少の憤りを禁じ得ない。どん詰まりの90年代をともかくも踏み抜いて前進するという、ペイヴメントの一周回ったポジティヴィティ――それは極めて知性的に、だらだらとした韜晦にまぶしながら準 備されたが――は、あまり引き継がれていないように思う。
だから、自分個人としてはペイヴメントのありようを見ておきたくて行った。がっかりするような演奏でなければなんでもいい。もともとそう複雑な曲もない。しかし「ファッション・ローファイ」では鳴らせないものが聴けるだろう......。さらに極端に言えば、見ることでなにかいいことがあるのではないか。原点に立ち返り、もういちど人生を見つめ直せるのではないか。そのようなつもりでチケットを買われた方も多いと思う。それを安易だと笑うのはたやすい。だが、ロックやポップスがそのように切実に機能することを否定するのは困難だ。
会場は新木場スタジオコースト。落ち着いていて居やすい雰囲気だった。今回はベスト・アルバムを出したタイミングでもあるし、再結成ライヴという性格から推しても、内容はベスト的なものとなるだろう。2日目だったが、もともとレポートを書くという予定もなく、ネットでセット・リストを調べたりということもしなかったから、メンバーがさっさと登場するや唐突に演奏をはじめ、2曲目にして"シェイディー・レイン"を披露したのには思わず破顔一笑、驚いてしまった。そうか、今日はきっとほんとに名曲のオン・パレードだぞ。人びとの期待で、空気に色がついているようだった。
photo : Yuki Kuroyanagi |
演奏はとくに大きくアレンジが異なったりするでもなく、スティーヴン・マルクマスのヴォーカルも、あの芸風なのでほぼCDで聴くのと変わらない。この人自体が変わらない。とくに年をとった感じもない。唯一の映像作品『スロー・センチュリー』に収められたふたつのライヴに比べても遜色ないくらいである。もちろんあのライヴは、最高傑作の呼び声高い『ブライトゥン・ザ・コーナーズ』とラスト作『テラー・トワイライト』のあいだのものだ。最充実期とも呼べそうな1999年の映像であるから、そういうオーラは充満している。だが、やはり基本的には温度に差のないバンドなのだろう。そんなふうに感じさせる演奏だった。思弁的な生活者として、一定のブレなさを持ったマルクマス像がよく表れている。気難しげな冗談で、わずかな違和感や居心地のわるさを生み出すところも変わらない。この人の醸す違和感といったら、まるでジャコメッティの『歩く男』だ。
もうひとつ気づくのはメンバーの立ち位置である。ゆるやかに弧を描いて、ほぼ一直線に並んでいる。ベースのマーク・イボルドがセンターで若干前に出ているのは、この人の性分と言うか、「前に出たがる正直者」といったキャラクターのまんまで愛敬だが、他のメンバーがそれをあたたかく受け入れている感じがDVDのイメージ通りでよかった。マルクマスは舞台下手で淡々とやっている。ペイヴメントらしい。ひとりひとりをナチュラルに重要視する姿勢が表れているのだろう。タンバリンやら奇声コーラスやらの名アクトで愛されるボブ・ナスタノヴィッチもドラム・セットのスティーヴ・ウェストとギターのスコット・カンバーグの間に並んで、気合いの入った「仕事」をみせていた。
セット・リストは『テラー・トワイライト』以外からまんべんなくといったところで、初期、中期の名曲ぞろいだ。それぞれ思い入れの強い曲があると思うが、中盤、"ステレオ"からの興奮といったらなかった! "サマー・ベイブ"、"カット・ユア・ヘア"、"アンフェア"もこのあたりではなかっただろうか。周囲の人びとの動きが"ステレオ"で堰を切ったように激しくなったのが印象深かった。だいたいみんな、同じように聴いている。アンコールという形でこの後さらに6~7曲。"ストップ・ブリージン"や"ヒア"、"トリガー・カット"と、いよいよ大詰めである。
しかし、どうだろう。自分は「何」を見、聴いているのだろうか?このあたりは非ライヴ民の悲しい性質かもしれないが、だんだんモニターで中継映像かなにかを観ている感覚に襲われるのだ。ペイヴメント自体の変わらなさもあるかもしれないが、いま、ここで、本物のバンドを前にしているという感覚から隔てられる感じがある。バンドにも観衆にも悪いところはない。PAシステムには、若干あるかもしれない。あの野外フェスのような異常な音量の低音とキックには、催眠作用というか、感覚を麻痺させるようなところがある。ペイヴメントとは、ローファイとはいえとても繊細な音をしたバンドだ。CDのようにクリアな音で聴きたいと、どうしてもそう思ってしまう部分がある。
その点で言えば"ステレオ"の直前の"ファイト・ディス・ジェネレーション"は唯一いただけなかった。まるでソニック・ユースかスピリチュアライズドかといった轟音サイケデリック・ジャム。これはこれで充分にトリップ感があってクールだったのだが、なにか饒舌で、よそよそしい気持ちがした。しかしまだまだこれでは説明できない。このぼんやりした感触は皆が抱いているものなのだろうか? ぼんやりしながら、「このままではそろそろ終わってしまうな、しっかりいまを噛みしめなくては」と思い、そのためにまたぼんやりを繰り返す。
わからなくなってきてしまった。ライヴと言いつつ、我々はセット・リストに興奮しているだけなのではないだろうか? だれもがイントロで、はじめのリフの一音で一喜する。曲名が判定できた瞬間がマックスで、あとはどちらかというと現実感がない......めいめい、これまでのペイヴメント体験を脳内で反芻するばかり、ということはないだろうか。
これは自分個人のライヴ体験の未熟さ、あるいは再結成ライヴという性質上からいって当たり前のことかもしれない。それが悪いわけでもない。だが、ライヴという形態のひとつのアポリアを示しているとは言えないだろうか。勤務先の店舗でベスト・アルバムのサンプルをかけていて、1曲1曲にそわそわし、歓声を挙げ、同僚の肩を揺さぶり、涙していた数日前の体験は、いまのこのライヴ体験に劣るだろうか?
とはいえやはりラスト直前の"スピット・オン・ア・ストレンジャー"には感激もひとしおだった。会場全体がどよめくようで、意外でもあり、うれしくもあった。ナイジェル・ゴドリッジをプロデューサーに迎えた異色のラスト作『テラー・トワイライト』から、その日唯一のナンバーである。自分は世代的にも遅れて聴きはじめた人間であるから、主要なファン層は初期作を好むと思い込んでいたが、この反応から考えても『テラー・トワイライト』の重要性がわかる。いまそれぞれが、この曲の浮遊感としみじみとした旋律のなかで、ペイヴメントを聴いていた当時何をしていたのか思い出しているだろう。いま聴いている最中の人もいるかもしれない。スーツのサラリーマン、前に並んだカップル、心と記憶はひとりひとりのものだ。
ペイヴメントは甘い言葉をかけてくれるバンドではない。メソメソと泣きたい気持ちを助長してくれるバンドでもない。メッセージを掲げるということもなく、むしろメッセージを人に強要することに対して強い嫌悪感を働かせる。それぞれが勝手にやっていくという倫理、そこにあるものを使ってなんだかんだやっていけるというスタイル。だからペイヴメントとは、自分の人生に対して腹を括ったときにはじめて鮮やかに耳に流れ込んでくるものではないだろうか。そのように流れ込んできたときの、それぞれの人びとの記憶と心が発光していて、いま上空から眺めたなら、この住所のあたりがぼんやりと明るいに違いない。
ラストは"キャンディット・フォー・セール"。まさに腹を括ろうとしているものの歌だ。「アイム・トライイング」(俺はがんばってる)という、ヤケクソと苛立ちと、それを突き抜けたエネルギーを含んだ詞を多くの人びとが連呼しているのは本当に楽しく、これはさすがにライヴならではの体験だった。連帯するわけでもない、ひとりひとりの「アイム・トライイング」。ペイヴメントはファッションではない。猛然と明日もがんばろうと、いや、よりよく生きようという気持ちになる。安易だと笑うのはたやすい。だが――重複を許していただきたい――ロックやポップスがそのように切実に機能することを否定するのは困難だ。