「OTO」と一致するもの

第4回:馬に恋する女の子たち - ele-king

 ドイツで女の子を育てている旧友から、ドイツの女児には昔から馬が人気らしいと聞きました。おもちゃコーナーでも絵本コーナーでも、馬キャラものが大プッシュされているとか。


ファンシーな馬グッズ売り場


絵本コーナーにも馬キャラがいっぱい

 なるほど、馬とふれあう機会の多い国では、馬がファンシー・キャラ扱いされることもあるんですね。そういえばうちの子も、ファンシーな仔馬たちが活躍するアメリカの女児アニメ『マイリトルポニー〜トモダチは魔法〜』(ハズブロ・スタジオズ)を喜んで観ていますし。

 などと言っていたら、ファンシー・グッズだけじゃないとのこと。女児向けの馬DSゲーム、馬ボードゲーム、馬ポスター付きの馬のグラビア雑誌などが、普通に販売されているといいます。

 明らかにこれは私の理解を超えた世界。ゆるふわエアリー・ヘアのイケメン馬たちが、あたかもティーン・アイドルのようにセクシーにこちらを見つめているではありませんか。白馬の王子様ならわかりますが、馬そのものを王子扱いするなんて聞いたことがありません。いったい何が起きているのでしょうか。

 左はドイツの少女向け馬雑誌『WENDY』。8~14歳の女の子が対象読者で、ドイツのほか、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーで発行されています。馬を愛するイギリス人少女の冒険マンガ『WENDY』、6人の少女が登場し、その飼い馬同士がおしゃべりする日本のジュエルペットのようなコミック『Horseland』、2匹の馬が主人公のギャグマンガ『Snobben & Skrutten』の3本のコミックがメイン・コンテンツだそう。

 真ん中の『LISSY』も、馬マンガがメイン・コンテンツであるドイツの少女雑誌。チェコでも販売されているようです。対象読者は7~13歳の女の子。乗馬学校や馬の育て方に関する美しい馬の写真付きレポ、読者投稿ポエム、ポスターなども掲載されています。

 右の『Min Häst(私の馬)』は、スウェーデンの馬雑誌。対象読者は7~14歳の女の子。公式サイト(https://www.minhast.se/)をのぞくと馬と少女がチュッチュしているイメージが散見され、言葉はわからないながらもただの愛玩動物雑誌ではないことが察せられます。

 これらの雑誌に共通しているのは、前思春期の女の子を対象としていること、コミックがメイン・コンテンツであること、ポスターや写真も多く、馬の美しさがフィーチャーされていること。日本のような少女向けコミック市場はよその国にはないんじゃないかと思っていましたが、あるんですね。(少なくともスウェーデンでは、少女向けの中でも馬マンガは冒険マンガに次ぐ一大ジャンルを成しているようです)。

 それにしてもなんでまた、馬なんでしょう。海外のYahoo! 知恵袋的なサイトでもそんな質問がいくつか寄せられていたので(1, 2, 3)、かいつまんで見ていくことにしましょう。

 「男の子がなんで車が好きかって訊くようなもんだよ」「男の子がアクション・フィギュアやヘビを好むのと一緒じゃない? 遺伝子に組み込まれてるのよ」「カワイイからに決まってる」「馬は金持ちしか飼えないだろ。女の子が好きなのは本当は金持ちなのさ」「メディアの刷り込みでしょ」「マンガの中でかわいく描かれてるから」「犬猫と違ってウンチが臭くないからじゃないかな。草食だし」

 女の子が馬好きというのは疑うまでもない当たり前のことらしく、質問の答えも相当ぼんやりしています。少なくとも、アジア圏の私にはピンとこないものばかり。「私は少女時代、馬なんか好きじゃなかったけど」という反論もちらほら見受けられます。そこで、馬好きであるという少女たち自身の回答を拾ってみることにしました。

「馬は私の背中に鼻を押しつけて休んだり、たとえエサを持っていなくても私を見て興奮するの。そんな家畜ほかにいる?」
「美しくて、勇敢で、雄大な動物。馬に乗っていると自由を感じる」
「どんな男の子よりも正直だし、女友だちみたいに陰口をたたいたりしないから。馬と私は対等なの」
「思春期前に女の子が恋をする疑似ボーイフレンドという説もあるみたい。思春期に入ったら男の子が馬に取って代わるんですって」
「説明するのが難しいけど、馬に乗り風を切って走るとき自由だと思えるの。馬と私の間には破れない絆がある。私にはない翼を貸してくれる存在」
「男性的な姿形。危険から守ってくれそう。信義に厚く、勤勉で、誠実(たぶん)」

 「疑似ボーイフレンド」「男性的」。犬猫ウサギではなく、馬でなくてはいけない理由が見えてきました。馬とは自分より大きく男らしく、かつ自分に危害を与えることなく、いついかなるときも自分を愛し守ってくれる誠実な存在。と書くと、まるでお父さんのようです。いくらお父さんが居心地のよい存在であったとしても、いつまでも家庭の中で守られているわけにはいきません。7~8歳といえば、親の束縛が煩わしくなり、家庭の外にある自由やときめきへの憧れも芽生えるお年頃。でも本物の男の子はまだ怖い。そんな少女たちにとって、自らより大きくてたくましい馬こそが、そうした憧れを満たしてくれる対象となるのではないかと推察できます。いわばイケメン馬とは、「お父さん」と「ボーイフレンド」の橋渡しをしてくれる存在なのかもしれません。

 一方、日本の少女たちは同時期、ジャニーズなどの中性的な美少年アイドルや、線の細い男の子が登場する少女マンガ・BLに入れ込むのが一般的です。なぜ日本には体毛ボーボーで筋肉ボーンな男性性に憧れる少女が少ないのか。もしかしたら、男性の育児参加率の低さに原因があるのかもしれません。母親、祖母、幼児教育・保育従事者といった女性ばかりに取り巻かれて育つ日本の女児は、大人の男性から無条件の愛情を与えられるという機会をしばしば逸してしまいがちです。そのため異性に興味を抱く年代になっても男性性を忌避し、男の子に女性性を求める……あながちありえない話ではなさそうです。

 ところで、馬雑誌のコンテンツはコミックがメイン。イケメン馬写真以上に、馬との物語が重視されているようです。いったいどのような物語が好まれているのでしょうか。できればすべて取り寄せて中身を確認したいところですが、私の語学力と財力では難しいので、物語の類型を収集しているサイト「tvtropes」(https://tvtropes.org/pmwiki/pmwiki.php/Main/PonyTale)で調べてみます。同サイトによれば、少女と馬の物語には、以下のような共通点があるのだそうです。

  • ・環境にうまく順応できない少女が主人公。イギリス発の物語ではなくても、舞台はイギリスであることが多い。

  • ・ひょんなことから馬に出会い、馬術を通して成長していく。

  • ・ヒロインは馬のための努力はしても、女子力アップには無関心。化粧はせず、ドレスを着ることを厭う。

  • ・ヒロインは学校で男子の存在を意識することはない。

  • ・社交やデートにいそしむ級友たちとなじめず、学校に居心地の悪さを感じている。

  • ・ライバル女子騎手と争う競技会や自分を忠実に愛してくれた馬の喪失を経て成長し、トラウマを抱えた馬たちを癒す特別な女性となる。
  •  おそらくキーとなるのは、性的存在であろうとする自意識を持たない無垢なヒロイン像。女児がピンクやプリンセスにどっぷり浸かる4~7歳は、俗に「プリンセス期」と呼ばれます。この時期を過ぎると、女の子たちは家族・保育者・友達だけで完結していた狭い世界から、徐々に社会を意識するようになっていきます。女の子でありさえすればプリンセスになれると信じていた女の子たちは、性的存在として値踏みされる視線を感じはじめるのです。だからといって皆が皆、そうした視線に合わせた振る舞いができるようになるわけではなりません。他人の欲望に合わせて意識的に媚びることは、無垢であった自己像を傷つけます。親に大切に育てられた女の子ほど、この落差に苦しむであろうことは想像に難くありません。そこで性的存在ではなくても、愛情の相互作用が期待でき、自分という存在を受け入れてくれる馬というファンタジーが必要とされるのではないかと想像します。すべてを受け入れてくれる父性的な存在は、いつかは訣別しなくてはならないもの。馬を失った少女は、馬の弱さを受け入れる側となる。そうしたフィクションをいくつも読んでいくことで、現実へと踏み出す強さを身につけていくのでしょう。

     4~7歳の女の子が好むものは、世界的に共通しているように見えます。ハローキティもミッフィーもバービーも『マイリトルポニー』も、国境を越えて女児に愛されています。しかし社会を意識しはじめる年代の少女文化にはそれぞれの国の事情が反映され、先鋭化していくのが面白いところ。ところで最近、女子小学生向けマンガ冊子の付録にも「そのまんまの自分でモテたいなんて甘い!」「ちょっぴりおバカなフリで男子を落とせ!」といったフレーズが踊るようになってきたとか。もはや少女マンガの世界も安住の地ならず。そろそろ我が国でも、イケメン馬がさっそうと少女を救いに現れる頃合いかもしれません。

    ギークマム 21世紀のママと家族のための実験、工作、冒険アイデア
    (オライリー・ジャパン)
    著者:Natania Barron、Kathy Ceceri、Corrina Lawson、Jenny Wiliams
    翻訳:星野 靖子、堀越 英美
    定価:2310円(本体2200円+税)
    A5 240頁
    ISBN 978-4-87311-636-5
    発売日:2013/10 Amazon

    interview with GING NANG BOYZ (Mamoru Murai) - ele-king

     銀杏BOYZから新しいアルバムの構想を聞いたのは2007年末のこと。しかしその制作は難航を極めた。あれから月日は流れ、いつしかメディアへの露出も減り、傍目にはバンドの存続すら危ぶまれるようになった2013年秋、突然ニューアルバム完成の報が入った。オリジナル・アルバム『光のなかに立っていてね』とライヴ・リミックス・アルバム『BEACH』の2枚同時リリース。
     ニュースはそれだけではなかった。すでにギターのチン中村とベースの安孫子真哉が脱退、さらにアルバム発売日をもってドラムの村井守も脱退するという(ちなみに今回の発売日となった1月15日は、村井の誕生日でもあり、2005年に銀杏BOYZが初めてリリースした2枚のアルバムの発売日でもある)。つまりアルバムの完成と引き替えに、銀杏BOYZはフロントマン・峯田和伸以外のメンバーを全員失った。
     この数年間、銀杏BOYZになにが起こっていたのだろうか。峯田と高校からの同級生で、前身バンドのGOING STEADY時代から音楽活動をともにしてきた村井に、彼がよく飲んでいる街・吉祥寺で会って話を聞いた。表情はずいぶん晴れやかだ。いつものおしゃべり好きな“村井くん”がそこにはいた。

    “愛してるってゆってよね”のイントロとかは「曇ったところから突き抜ける」っていうメモがあって、それを元にヴァージョンを20個ぐらい作ったかなー。


    銀杏BOYZ - 光のなかに立っていてね

    〈初回限定仕様〉 Tower 〈通常盤〉 Tower HMV


    銀杏BOYZ - BEACH

    Tower HMV

    村井:いやぁ~、(アルバムが)できましたよ!

    できましたね。ホント待ちましたよ(笑)。もしかしたら完成しないかもって頭によぎったことは?

    村井:ちょっとは……ありましたねぇ(笑)。

    いちばん危なかった時期は──?

    村井:アルバム収録曲のレコーディングが本格的にはじまったのが2009年で、2010年にはそれまで使っていた下北沢の〈トライトーン〉が使えなくなり、スタジオも変わったんですけど、実際にはそのずっと前から曲は録りはじめてたんですね。没テイクも入れると、スタートは2007年で。その2007年から2009年までの時期は、もう足下がおぼつかないというか、バンドとしてはふんづまりでしたね。

    具体的にはどんな状況だったんですか。

    村井:メンバー同士がシビアになりすぎちゃって。2005年にアルバムが出て、ツアー回るんですけど、そのツアーが尋常じゃなくて。それが終わった反動もあると思うんですけど、DVD(『僕たちは世界を変えることができない』)の編集があったり、峯田が本(『恋と退屈』)を出したり、あとオレもムック(『GING NANG SHOCK!』)の編集があったりで、それぞれちょっと違う方角を向いているような感覚になって。それをもう一回、同じ船に乗ろうって作ったのがシングルの「光」だったんです。でも、そこから「じゃあ、アルバムを……」ってなっても、わりとお互いシビアな感じでぶつかり合っちゃう、みたいな。その状況から抜け出せたのが、2010年ぐらいで。遠藤ミチロウさんのカヴァー・アルバム(『ロマンチスト~THE STALIN・遠藤ミチロウTribute Album~』)に参加して、さらに劇伴音楽の話も来て。

    三浦大輔作・演出の舞台『裏切りの街』ですね。

    村井:そう、どちらも依頼されてのことだからモードも変わるし、わりとまたみんな同じ方角を向けるようになってきたんです。しかも、劇伴のほうは打ち込みでやってみようってことになって。もともと打ち込みの曲は前から作ってみたくて、でもなかなか手が出せなかったんです。だから、ちょうどいいタイミングかもってことで、みんなで機材を買ってやってみたら、案外やれちゃった。で、やれたらやれたで、どんどん楽しくなり——。

    制作中のアルバムにも思いっきり影響して。

    村井:ホント楽しかったんですよね。あのキックの音ってこういう感じかなぁ? とか。それこそ、『サンレコ(サウンド&レコーディング・マガジン)』とか『ele-king』も読みましたよ。インタヴューが参考になるので。

    村井くんの場合、ドラムっていうパートの性格上、打ち込みが増えることで演奏の機会は減りそうですけど、そこは気になりませんでした?

    村井:そこは抵抗なかったですね。やっぱり普段から聴いてるのも打ち込みの曲が多かったし。それに銀杏BOYZの場合は生演奏かどうかは関係なくて、やっぱり“歌”なんですよね。歌を活かせたらいいわけで。ただ、ライヴどうすっかなぁっていうのは思いました。そしたら峯田が「ステージ上で立ってるだけでいいやぁ、お前うたも歌えないし」って(笑)。実際、東北ツアーでの“I DON'T WANNA DIE FOREVER”とかは、ステージの前に行って「ワーワー」やってました。けっこう出たがりですからね、オレ(笑)。

    アルバムを聴くと、「打ち込み」と同時に「ノイズ」の導入も顕著ですよね。こちらもかなり研究したんじゃないですか。ノイズ・コアのライブなんかも観にいってたみたいだし。

    村井:みんなもともと好きでしたからね。そう、NERVESKADEの来日公演があって、東京公演がちょうど震災の翌日だったんですよ。それで中止になっちゃって。翌3月13日に愛知県の岡崎BOPPERSでもライブがあるっていうから、あびちゃん(安孫子真哉/ベース)とクルマで観にいったんですよ。そしたら高速道路で上りのクルマはほとんどなくて、自衛隊の車両とばかりバンバンすれ違って。あれは忘れられないですねえ。そんなことやってるうちにあびちゃんもチンくん(チン中村/ギター)もオレもどんどん音作りにハマっていき、それを峯田が軌道修正して。

    逆に峯田くんは新しい音楽をまったく聴かないようにしていたみたいですね。

    村井:峯田がよく言っていたのが、「○○っぽいやつを作ってもしょうがない」ってことで。そりゃ、オレらがテクノ畑の人たちに対抗してもしょうがないわけで。オレらにしかできないものを作るべきだと。

    最終的に峯田くんが聴いて判断するわけですか?

    村井:うん、オレらは技術担当で、監督は峯田だから。峯田が判断してオッケーした音が銀杏BOYZになる。みんなで和気あいあいっていうバンドもいいと思うんですよ。でもオレらの場合は、ブレない峯田っていうのが絶対的な存在としている。そのぶんオレら3人はブレてもよくて、そうやって作ったものを最終的に峯田にジャッジしてもらうっていう。峯田んちにチボリってメーカーのステレオがあって、音がめちゃくちゃいいんですよ。今回はそのステレオを基準に音を作りました。ただ、そうやって「1曲、完成した!」ってなっても、別の曲を仕上げているうちに1年ぐらいして、「そういやあの曲のアレ、もうちょっとやれたんじゃねえの?」ってなって、またやり直すっていう(笑)。

    そこで1年経っちゃうのがおかしい(笑)。

    村井:もうね、時間の流れが、早い!

    一方で、“ぽあだむ”みたいにほとんど一発録りでいけた曲もあるわけですよね。しかも峯田くんに言われるまで気づかなかったんですけど、あの曲のドラム、生音なんですね?

    村井:そう、オレ叩いてるんですよ。“ぽあだむ”は3日間ぐらいでできましたね。


    “ぽあだむ”

    「ストーン・ローゼズが最初のイメージであった」って峯田くんは言ってましたね。

    村井:うんうん、聴いてましたね。3人で峯田がいないところでカヴァーしたりして。DVDも何回か見たんだけど、何回見てもわからない(笑)。

    そうやって峯田くんの最初のイメージをそれぞれが発展させるって感じですか?

    村井:そうですね。まず峯田がベーシックを作って、チンくんとあびちゃんとオレでさらに発展させます。それが峯田の思ってる最初のイメージを超えないとダメなんですよ。

    イメージは具体的なんですか?

    村井:具体的な曲もあれば、そうでない曲もある。たとえば“愛してるってゆってよね”のイントロとかは「曇ったところから突き抜ける」っていうメモがあって、それを元にヴァージョンを20個ぐらい作ったかなー。あびちゃんなんかはLogicってソフトが使えるようになったので、できることがどんどん増えるんですよ。極端な話、あびちゃんがオレに音を聴かせる時点で100パターンぐらい作ってくるんです。それをオレも一緒になって「これはいい、これは悪い」って絞ったものを峯田のところに持っていき、そこからまた峯田の意見を訊いて作りかえて……って、そりゃ時間かかるわ~(笑)。

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    当然さみしいですよ。ただ、どこかでいつか戻ってくるだろうっていうのもあったし、それ以上にアルバムの完成が見えてきたから、とにかくその進行を止めたくなかった。

    2011年の初夏、東北ツアー(〈スメルズ・ライク・ア・ヴァージン・ツアー〉)の頃にすでに村井くんはバンドを辞めようと思ったことがあったそうですね。

    村井:ええ、たまたまその時期だったっていうだけで、ツアーが関係しているわけじゃないんですけどね。あびちゃんが中心になって進めていたライヴ盤のほうが具体的に曲順も決定して、タイトルもいまとは違うんですけど決まり、それからスタジオ盤のほうも曲がほぼほぼカタチになって、両方とも着地点が見えてきたなってときに、ふと辞めることを考えたんです。それがたまたま東北ツアーの時期だったっていう。でも、その気持ちは自分の中でなかったことにした。気の迷いだと思って。

    その気持ちを他のメンバーに伝えることはなく、やがてチンくんがバンドを離れますね。

    村井:怪我でギターが弾けなくなってね。2012年の夏か。

    チンくんは精神的にも追い詰められていた?

    村井:それもあったと思います。ただ、そのことにオレは気づいてあげられなかったってことを最近すごく思うんですよ。チンくんとはよくふたりで飲みに行ったりもしたんですけど、飲み方が尋常じゃないときが何度かあって。思い詰めてたのかなぁ……って。

    それでも2007年から2009年にかけての時期よりは、バンドの状況はよかったわけですか。

    村井:うん、なんかもうトンネルは抜けたなっていうのはあった。ようやく足並みが揃ってきたと思ってたんだけど……いま思うと、たぶんチンくんはそうじゃなかったんですよね。

    その後、チンくんと話をしました?

    村井:最後に会ったのが2012年の秋かな。「他のメンバーやスタッフとは会えないけど、村井くんとは話したいわ~」って連絡がきて、吉祥寺の喫茶店で会って。で、顔見たらやっぱわかるんですよ。「ああ、もう続けていく気はないな」って。これがまだ一緒にやってた頃なら、「アルバムも、もうすぐできるからさ!」ってハッパをかけられたんだろうけど、そのときはもうバンドのことはほとんど話さずに、エロビデオの話とかでゲラゲラ笑って、30分ぐらいで別れましたね。峯田にも、「チンくんの顔見たら、やれる感じじゃなかったわー」って報告して。

    2013年の春に、今度はあびちゃんもバンドを離れますね。

    村井:あびちゃんは何年も前からたまに体調が悪くなるときがあって——。

    よく、霊に取り憑かれてるんじゃないかなんて冗談で言ってましたもんね。

    村井:そうなんですよ。でも、それがここにきて作業に参加できないぐらい体調が悪化して。蕁麻疹とか出ちゃうんですよ。で、しばらく家で休んでもらってたんだけど、その後もなかなかよくならない。喫茶店とかで会うんですけど、毎回、「もうちょっとしたらよくなるから……」って。で、あびちゃんも顔色を見ると、チンくんと一緒で、スイッチが切れちゃってる感じなんです。やっぱり、ずーっと集中して作業をしてきたので、ちょっと時間を置いたら、プッツリ切れちゃったんだろうなって。

    そうやってメンバーがひとり減り、ふたり減り……村井くんとしてはどういう心境だったんですか?

    村井:当然さみしいですよ。ただ、どこかでいつか戻ってくるだろうっていうのもあったし、それ以上にアルバムの完成が見えてきたから、とにかくその進行を止めたくなかった。だからチンくんが戻ってこれなくなったとき、峯田とあびちゃんに「(アルバムの制作を)進めよう」って話したのはオレだったし、あびちゃんの体調が悪くなったときにも、やっぱり峯田に「進めよう」ってメールして。オレはとにかくアルバムを出すことが目標になってたから。


    村井がアルバムのレコーディングで使っていたノート。その混沌とした筆致から制作の難航ぶりがうかがえる

    銀杏BOYZというバンドを外から見ていると、村井くんはムードメーカーというか、メンバー間の調整役を担う局面もあるのかなって思ってたんですけど。

    村井:いや、それぞれ峯田との関係性もありつつ、峯田以外の3人でもわりとシビアにぶつかることが多かったですね。なので、オレがそれぞれの間を取り持って、って感じではなかったです。

    どういうところでぶつかるんですか?

    村井:たとえば事務所であびちゃんが泊まり込んで作業をしていたとして、オレが横で「この音、あまり面白くないわー」って言っちゃうんですよ。あびちゃんが数日間かけて作った音なのに。あびちゃんからすると、「なんで打ち込みができない村井さんにそんなこと言われなきゃならないんですか?」って。

    それは言い方の問題?

    村井:そうです。そんなレベルですよ、オレらが揉めるのって(苦笑)。ま、オレがパットを使って音をつけて、あびちゃんはあびちゃんでLogicで音を作って、そこでディスカッションがあったりもするわけですけど、でも、ぶつかり合ったりするのはもっと些細な言葉遣いとかなんですよ。

    まあ、ずっと顔を合わせてますしね。

    村井:だって……ねぇ? 恋人や夫婦だってそうじゃないですか。最初は楽しかったのが、だんだん相手のイヤな部分も見えてきて。一個の音を作るにしても意地の張り合いなのよ、全員が。それはいい悪いの話じゃなくて、意地張っちゃうんですよ。それで進まなくなる。そのうちゴールも見えなくなって、「オレらどこに立ってるんだろう?」って。それはみんなキツかったと思います。

    生活の大半を事務所での作業に費やしている感じだったんですか?

    村井:事務所にいる時間はあびちゃんがいちばん長かったですね。オレはちょくちょく帰ってたし、チンくんも自宅のProtoolsで音を作ってたから。だから、夕方ぐらいにフラッと事務所に来て、「じゃあ、あびちゃん聴かせてもらっていい? ……うん~、なんか違うねこれは」って、そりゃムカつきますよね(笑)。

    峯田くん以外は家庭もありますよね。

    村井:チンくんとあびちゃんは子どもいるし。でも、オレはそういう面で生活が厳しいと思ったことは一度もない。チンくんとあびちゃんからも、そういう話は一度も聞いたことがないですね。逆に峯田は言いますけどね。「お前らは奥さんがいる。その違いはデカい」って。でも、奥さんがいても、彼女がいても、音楽を作るときにそこは関係ないと思ってましたね、オレは。ま、ウチの奥さんは「どうぞ好きなことやってください」っていう人なので、あまり干渉もされないし。で、また峯田が言うんですよ、「こんな生活してたら、お前が知らないだけで、浮気されてるに決まってっから」って(笑)。

    はははは! ちなみに村井くんは奥さんには脱退することは相談したんですか?

    村井:しましたね。「もう銀杏辞めて、違うことやるわ~」って。そしたら「辞めてもいいけど、次もやりたい仕事をやってね」って言われました。自由にさせてくれるのはありがたいですよ。

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    峯田にしてみたら、オレらだったらイチから説明しなくても感覚はわかるから、そこは早いんだと思う。またオレらも、やれねえクセに「やれるやれる、やろう」って言っちゃう(笑)。

    アルバムが完成した達成感によって、バンドを脱退したいって気持ちが吹き飛ぶことはなかったですか?

    村井:うん。すごくいいアルバムができたっていう達成感はあっても、だから続けていこうっていうふうにはならなかったですね。マスタリングが終わったってときにはもう、「これで辞めよう」っていう気持ちが止められなくなって、すぐに峯田に言おうと。でもすぐには言えなくて、言うか言わないかで1ヵ月半ぐらい悩みました。

    それは峯田くんの気持ちを考えて?

    村井:ええ、そりゃあ、考えますよ! ずーっと一緒にやってきたんだもん。それで別れようって話ですからね。“ぽあだむ”のミュージック・ヴィデオの撮影もあったりしながら、1ヵ月半ぐらい考えて、でもやっぱり気持ちは変わらなかったので、11月4日に峯田に「バンドを抜けたい」ってメールしたんです。そしたら「すぐ会って話そう」ってことになって。峯田はビックリしてましたね。チンくんやあびちゃんがいなくなったときに、それでもアルバム作業を続けようって言ってたオレが、まさかそのアルバムが完成したタイミングで「辞めたい」って言い出すとは思わなかったって。峯田とオレとあと新しいメンバーを入れて、新生銀杏BOYZでやれたらいちばんいいって。だから考え直しなよって。

    11月15日にチンくんとあびちゃんの脱退が発表されますね。

    村井:そう、その時点ではまだオレのことは決着がついてなくて。ただ、やっぱりオレも気持ちが変わらないから、改めて話したら、今度は峯田も受け入れてくれた。それで12月22日のUSTREAMでの脱退発表になったんです。

    辞めたあとのことは考えてます?

    村井:まーったくなんも考えてない! いま(注:取材日は昨年12月27日)はまだ“ぽあだむ”のミュージック・ヴィデオの編集があったり、わりと目の前にやることがあるんだけど、ひと段落したら一気にリバウンドがきそう(笑)。

    ミュージック・ヴィデオといえば、“東京終曲”もなかなかヘヴィで面白かったです。

    村井:あっちは峯田が監督・脚本・主演で、オレは制作……っていうか完全に雑用(笑)。テント組んだり、機材借りてきたり、ケータリング用意したり。


    “東京終曲”

    ポツドールの米村(亮太朗)くんややっぱりポツドールの舞台でおなじみの古澤(裕介)くんも出てますけど、以前、村井くんが古澤くんの人となりを絶賛してたのが印象に残ってるんですよね。

    村井:なんか話が合うんですよー、古澤くんは。米村さんもすごく気が合いますね。

    彼らは彼らで演劇界の銀杏BOYZというか、ちょっと通じる雰囲気がありますよね。

    村井:「なんでもいいから面白いことやりたいんすよ~」って言ってて、オレらもそうなんですよね。ただ過剰にやりすぎちゃうっていう。

    やっぱりそのへん過剰だって自覚はあるんですか?

    村井:ある(笑)。いい作品を作るためなら、いつからいつまでとかそういう時間感覚がなくなっちゃいますからね。そういう意味ではほかの人には頼めないんです。で、結果的に全部、自分たちでやるっていう。オレらだけなら時間を気にせず、納得いくまでやれますからね。

    また、“ぽあだむ”のミュージック・ヴィデオのほうはすごい数の女の子が出演してますよね。

    村井:投げキッスの素材が、撮影したものとバンドのHPで募集して送ってもらったものを合わせると1400人分ぐらいあるのかな。編集がもう大変ですよ。使えるのはひとり0.5秒とか1秒とかですけど、それぞれ素材は3分ぐらいあって、その中のいちばんキラキラしている部分をチョイスするわけですからね。仮編集だけでもとんでもなく時間かかってます。最終的には1283人、入れました(笑)。

    その作業を自分たちでやるわけですよね。

    村井:そっちのほうが早いから。いや、でも機材の使い方をいちいち覚えたりして……けっきょく時間はかかってるか(笑)。ただ峯田にしてみたら、オレらだったらイチから説明しなくても感覚はわかるから、そこは早いんだと思う。またオレらも、やれねえクセに「やれるやれる、やろう」って言っちゃう(笑)。

    『僕たちは世界を変えることができない』の編集のときも1000本以上ある素材DVテープのシーンをあびちゃんとチンくんがノートに全部書き出したりしてましたもんねえ。ハードディスクにキャプチャした映像データが消えた! とか言って大騒ぎしたりして(笑)。

    村井:「パソコン、落ちた~!」とかね(笑)。それを何回も繰り返して。すごいことになってましたよね。でも、やっぱり楽しいからねぇ。やりたがりなんでしょうね、みんな。いや~、でも“ぽあだむ”は女の子の撮影ができたから楽しかった(笑)。カメラ持つと、オレもキャラ変わりますからね! 一日中撮影してると、最後は慣れてきて、「ちょっと耳にかけましょうか」なんて言いながら髪を触ったりして(笑)。

    長澤まさみさんもいいですね。あの撮影も村井くん?

    村井:いや、あれは峯田!

    村井は髪触るから危ないって(笑)。

    村井:長澤さんにそんなことするわけないじゃないですか! でも撮影はホント面白かったっすよ~(笑)。

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    やっぱり辞めるって言ったら、「村井おつかれ」って言われて、それから「オレはバンド続けていくよ」って。それを聞いたときに救われたと思いましたね。「オレたちが作ってきたことを、ここで終わらせない」っていう言い方も峯田はしていて。

    最終的に辞める意志を伝えたとき、峯田くんから「オレは銀杏BOYZ続けるよ」って言われたそうですけど、どんなことを思いました?

    村井:さみしいっていうよりも、救われたって感じですね。最初、峯田は「お前が辞めるなら、オレももう音楽辞めるわ」って言ってて、オレとしてはその一言が重くのしかかったんですよ。でも、オレも自分の気持ちに嘘ついてまでバンドはできないから、やっぱり辞めるって言ったら、「村井おつかれ」って言われて、それから「オレはバンド続けていくよ」って。それを聞いたときに救われたと思いましたね。「オレたちが作ってきたことを、ここで終わらせない」っていう言い方も峯田はしていて。「もっと上手いドラムいれるわー」とか(笑)。

    村井くんはそれこそ山形の高校時代から、上京、GOING STEADY、銀杏BOYZ……と、ずっと“峯田和伸”っていう人を見てきたわけですけど、峯田くんは変わりましたか?

    村井:いや、オレの周りでいちばん変わってない人ですね。高校のときは昼休みとかひとりでウォークマンを聴いてるような感じだったから、バンドを組んでみんなの前で演奏しはじめたときはこんなに前に出られる人なんだっていう、そういう状況の変化はありましたけど。基本的な部分はなにも変わってないですよ。まず中心に音楽があって、それで友だちを喜ばせるのが好きな人なんです。オレが通ってた専門学校のグチとか、自分のモラトリアムとかそういうモヤモヤした話をすると、かならずその晩、留守電が入っていて、それが曲だったりするんです。そうやっていつもオレを喜ばせてくれた。そこはいまも変わってないです。バンド・メンバーも喜ばせるし、さらにもっともっと大勢の人も喜ばせる。だからバンドを辞めてまた元の友だちに戻る感じですよね。いままでずっと峯田の背中を見てきたから、これからはいちリスナーとして銀杏BOYZを聴いてみたい。

    でも、まだあの4人以外の銀杏BOYZっていうのは想像できないんですよね。

    村井:おそらくアルバムも1年に1枚出ますよ。峯田は上手い人を入れたいって言ってたから、「こんなラクなんだね、バンドって!」ってことになると思います(笑)。

    つくづく過剰なバンドだと思うんですよ。

    村井:やってるほうは「こういうもんだろう」と思ってやってますからねえ。ただ一時期、チンくんとあびちゃんが楽器をケースに入れず裸の状態で持って24時間生活しているときがあったじゃないですか。

    ありましたねえ。2007年頃、一緒に大阪行ったときも肌身離さず提げてましたね。

    村井:あの頃、チンくんと練習のあと一緒に電車に乗ってたら、酔っ払いのおじさんがいたんですね。そしたらチンくんが「あの人、酔っぱらって電車乗るなんて迷惑だよね!」ってギターを弾きながら言うんですけど、お前のほうがよっぽど迷惑だろ! って(笑)。

    よく肛門の匂いを嗅ぎ合ったりするようなヒドい罰ゲームとかやってましたけど、ああいうノリってその後もずっと続いてたんですか?

    村井:続いてましたよ(笑)。2010年頃かな、あびちゃんと飲んでるときに「“カレー味のウンコ”と“ウンコ味のカレー”どっちなら食えるか?」って話で意見が分かれて、酔っ払ったあびちゃんが、「これ究極の問題ですよ。村井さん、そこまで言うんなら、ウンコ食えるんすか?」って。そこも意地の張り合いだから(笑)、「いや、食えるっしょ」ってなって。それから何日かしてスタジオであびちゃんとリズム隊の練習してるときに、いい感じでハイになってきたので、「あびちゃん、オレ、今日だったらウンコ食えるよ」って。で、あびちゃんも1時間ぐらい歩いたらウンコ出るって言うから待ってたら、「いまウンコ出ます!」「やれやれー!」つって、紙皿にウンコして。ま、食うよね。言ったからには。

    食べたんだ。

    村井:箸でつまんで(笑)。

    もはや“カレー味”、関係ないじゃないですか(笑)。

    村井:たしかにそうだ! そしたら、それを見ていたあびちゃんが吐きながら、「こういう話はもう他でしないでほしい。オレが犯された感じになるんで」って。あびちゃんの方がショック受けちゃって(笑)。

    はははは! かつてはよくビデオカメラを回してましたけど、そういうのは?

    村井:ウンコ食ってるのは、木本(健太/映像ディレクター)がたまたま事務所にいたので撮ってますね。「ムリっす、止めます」とか言って(笑)。この話、いろんな人に話してるんですけど、前にミノケン(箕浦建太郎/画家)にもしたんですよ。そしたらミノケン、マジなスイッチが入っちゃって、「そういうの面白いと思って話してるだろうけど、そんなことしてるからアルバム進まねぇんだよ!」って、真剣な顔で言われた(笑)。

    ミノケンは毎日、絵を描いてますからね。

    村井:「村井くんって、なんかそういうのも活動のひとつみたいな感じで言うじゃん? だから出ねぇんだよ」って。

    正論ですね(笑)。『光のなかに立っていてね』のデザインにはこれまでもずっと関わってき川島小鳥くんとミノケンの作品が使われてますけど、彼らの仕事としても一段階ステージが上がってるような印象を受けました。

    村井:この何年間かで、みんなも動いてるのを感じましたねぇ~。それでまた一緒にできるんだから嬉しいですよ。

    けいくん(坂脇慶/デザイナー)の力も大きいですね。

    村井:峯田とすごく気が合うっていうか。ミュージック・ヴィデオのテロップのフォントまで関わってくれてましたからね。

    『光のなかに立っていてね』はパッケージまで含めて、“いまの時代”っていうよりはもっとタイムレスな名盤の薫りがするんですよね。

    村井:ただただもうメンバーと向き合い、音と向き合って作ったのがこれで、時代性を意識してっていうのはなかったですからね。暗い洞窟のなかで4人でずっと作ってきて、最後に完成したアルバムを聴いてたら、そりゃいろいろありましたけど、そういういろいろあったことは全部忘れて、音だけがすうっと入ってきたんです。「いいアルバムだな」って思えて。だから、みんな……っていうか“あなた”っていう言い方をしますけど、あなたに聴いてもらいたくて曲を作っていた。それだけがすべてなんですよ。

    峯田くんはアルバムができてからあびちゃんともチンくんとも連絡をとってないって言ってましたけど、村井くんも?

    村井:とってないですね。だから打ち上げとかもないんですよね。

    いつかしたい?

    村井:うん、できる気がしますね。それでもう一回ウンコ食う! ぜってえ、その話にはなると思うから(笑)。レコーディングして曲ができたときはもう、「オレら無敵だ!」っていうのがすごくあった。その「無敵だ!」っていう念がアルバムには詰まってます。

    銀杏BOYZに影響を受けてバンドをはじめたとか、そういう若い人たちに会ったりしませんか?

    村井:ちょうど岡崎にNERVESKADEを観にいったときに、愛知ってわりとグラインドとかハードコアが強いんですけど、革ジャンにモヒカンみたいな子がずっとこっちを睨んでて、歩いてきたから「うわ、いびられんるじゃねぇかこれ」って思ったら、「銀杏BOYZ、大好きなんです。銀杏の影響でいまグラインドやってます」って。びっくりしましたけどね。そういう声はちょくちょく聞きますね。

    脱退が発表されてから、ミュージシャンとして声が掛かったりは?

    村井:そんなのあると思います? 『リズム&ドラム・マガジン』からだって、一度も話がきたことないですよ(笑)。チンくんとあびちゃんが抜けるって発表されたとき、ネットに「あれ、村井が残ってどうすんの?」ってコメントがついてましたもん。ナメられてますわ~(笑)。

    新しい人生がはじまるワクワク感はありますか。

    村井:それはある! すっごいある。ずっと音楽聴いてなかったのが、上京して峯田とライヴに行くようになり、でバンドをはじめてっていう、そのノリがここまで続いて。次もノリではじめたことがこんなふうに続くのかもなっていう根拠のない自信があります。峯田には「そんな社会は甘くないぞ」って言われてますけど。「なにより音楽やってないお前のこと、奥さんは嫌いだと思うよ」って。ヒドいもんですよ(笑)。

    ホントおつかれさまでした。今後の村井くんの動きも楽しみです。

    村井:いや~、ホントありがとうございました!

    Hyperdub 10 - ele-king

     なにせローレル・ヘイローのライヴを見れるんだぜ、それだけでも充分なのに、DJラシャドのDJで踊れる。エレクトロニック・ミュージックないしはダンス・ミュージックが好きで、いま海外で起きている、ちょっと尖ったことに少なからず興味がある人なら、こ、こ、これは、真面目な話、なんとしても行かねば……ですよ! DJフルトノもプレイするしな。先着順の特典も欲しいので、オレは開場時間に行こっと。

     出演者のプロフィールなど、細かい話はココを見てくださいね。
     ↓
     https://www.beatink.com/Events/Hyperdub10/

    ●来場者先着特典有り!

    2014/1/31 代官山UNIT
    OPEN/START 23:00  TICKET: 前売3,800YEN / 当日4,500YEN
    ※20歳未満入場不可。入場時にIDチェック有り。必ず写真付き身分証をご持参ください。
    You must be 20 and over with photo ID.
    企画制作/INFO:BEATINK 03-5768-1277(www.beatink.com
    主催:シブヤテレビジョン

    前売TICKET詳細:
    BEATINK (shop.beatink.com
    ローソンチケット - https://l-tike.com(Lコード70328)、
    イープラス e+ - https://eplus.jp
    tixee (スマートフォン用eチケット) - https://tixee.tv/event/detail/eventId/3725
    clubberia (eチケット) - https://www.clubberia.com/ja/store/product/382-Hyperdub-10-E/ :1/31(FRI)14:00まで販売。

    店頭販売(1/31(金) 各店閉店まで販売):
    TOWER RECORDS(新宿店、秋葉原店)
    disk union (渋谷Club Music Shop / 新宿Club Music Shop / 下北沢Club Music Shop / お茶の水駅前店 / 吉祥寺店)
    disc shop zero
    JET SET TOKYO

    地方公演:レーベルの豪華精鋭4組が一挙に4都市を巡る激圧JAPANツアー!
    2014/2/1(SAT) 名古屋CLUB MAGO
    INFO: CLUB MAGO 052-243-1818[ https://club-mago.co.jp ]
    2014/2/2 (SUN) 金沢MANIER
    INFO: MANIER 076-263-3913[ https://www.manier.co.jp ]
    2014/2/3 (MON) 大阪CONPASS
    INFO: CONPASS 06-6243-1666[ https://conpass.jp ]


    interview with Nanorunamonai - ele-king

    まばらな星 半分の月
    降ろされたシャッター
    絵にならない絵を描く芸術家
    彼らはとてもアンバランスを保つのが上手で
    お日様にも見つからないほど遠くへ
    波乗りのリーシュ
    笑えないジョーク 人づてに聴く文句
    まわりくどい皮肉 一人よりも孤独
    焦げ付いた記憶 手のひらに食い込む 油汗と蝋燭
    遠のく永遠なるスローモーション

    赤い月の夜 何もない空を漂う
    赤い月の夜 ひび割れた鏡を叩き割る
    赤い月の夜 重力を振りほどく 
    赤い月の夜 俺は俺を殺す
    赤い月の夜

     12月某日。なのるなもないの取材から数日後。〈タワーレコード渋谷店〉の4階のフロアの一角には人だかりができていた。なのるなもないのインストア・ライヴを観ようと集まった多くのファンで埋め尽くされていたのだ。ファンたちの熱い視線が、蛍光灯のまぶしい灯かりの下で、幻想的な詩をメロディアスにフロウするラッパー/詩人に注がれる。このイレギュラーなシチュエーションで、しかし、なのるなもないもファンも素晴らしい集中力だ。そこには甘美で、濃密な小宇宙が発生していた。そして、ライヴ後のサイン会には長蛇の列ができた。僕は試聴機でブリアルの最新作を聴き、久々に会う友人や知人とおしゃべりをしながら、その光景を感慨深くながめていた。


    なのるなもない
    アカシャの唇

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     降神のなのるなもないが、昨年12月にセカンド・アルバム『アカシャの唇』を発表した。ファースト『melhentrips』からじつに8年ぶりとなるアルバムだ。8年という歳月は長いようで短く、短いようで長い。『アカシャの唇』は、まとまった作品を完成させるのに8年という歳月が必要だったことを証明する素晴らしい出来栄えとなった。降神の作品や前作『melhentrips』の延長線上にありながら、なのるなもないは詩とラップに確実に磨きをかけ、次のステップに進んでいる。詩とラップが不可分に結びつき、ひとつひとつの曲の世界観に明確な方向性を与えている。

     初期の降神の毒や狂気、抵抗を好んだ僕のようなリスナーには、その点に関しては欲を言いたくなる気持ちもある。だが、なのるなもないのように、幻想的で、空想的な詩を書き、メロディアスに、ハーモニックにフロウできるラッパーは他にはいない。そのラップをこうして堪能できることをまず喜びたい。
     “宙の詩”という曲では、ことばにジェット・エンジンを装備させて、宇宙の彼方に飛ばすような凄まじいフロウを魅せつけている。ことばと音のめくるめくトリップだ。谷川俊太郎や宮沢賢治、稲垣足穂といった作家の文学に、なのるなもないが独自の現代的な解釈を加えられているように感じられるのも『アカシャの唇』の魅力だ。ここには、童話とSFとラップが混在している。

     サウンド的にいえば、ポストロックやエレクトロニカとラップの融合という、00年代初期から中盤にかけて、アンチコンを中心に盛んに行われた試みの延長にある。そして、今作の共同プロデューサーであるgOと、ビートメイカーのYAMAANから成るユニットYAMANEKOがトラックを制作した“めざめ”と“ラッシュアワーに咲く花を見つけたけど”は、その発展型と言えるかもしれない。この2曲は、ギャング・ギャング・ダンス流のトライバルな電子音楽とラップの融合のようだ。後者に客演している女性シンガー、maikowho?の透き通る歌声には病みつきになる不思議な魅力がある。アルバムには盟友である志人、toto、tao、sorarinoといったラッパー/シンガーたちも参加している。

     前置きが長くなっているが、ここでもうひとつだけ言いたいことがある。『アカシャの唇』をきっかけに、00年代初頭から中盤に独創的な音楽を創造したオルタナティヴ・ヒップホップ・グループ、降神と彼らのレーベル〈Temple ATS〉の功績にあらためて光が当たってほしいということだ。この機会に、ファースト『降神』とセカンド『望~月を亡くした王様~』を聴き直し、降神の不在の大きさをいまさらながら痛感している。彼らのフォロワーはたくさんいたが、そのなかから彼らの独創性を凌駕する存在が生まれることはなかった。なのるなもないと志人というふたりのラッパーが中心になり、彼らは“降神”という音楽ジャンルを作り上げたのだ。時の流れが気づかせてくれる発見というものは、示唆的である。

     さて、これ以上書くと話が脇道にどんどん逸れて行きそうだ。2013年の年の瀬も迫る12月中旬のある寒い夜、渋谷でなのるなもないに話を聞いた。

    結婚して、子育てをしながら、ライヴをしたり……要約しちゃうと、もう超簡単ですよ。

    今日はなのるなもないの人となりにも迫りたいですね。

    なのるなもない:人となりって言われると、別に語るべきことが俺にはよくわからないんだよね。

    いきなりインタビュアーをがっかりさせるようなこと言わないでくださいよ(笑)。

    なのるなもない:だってさ、自分を客観視するのは難しいし、そういうドキュメンタリー的なところで語るべき言葉がわからない。

    大丈夫ですよ。

    なのるなもない:秘すれば花っていうか、なんでもかんでも言うことがいいとは思ってないよ。訊きたいことがあれば答えるけどさ。

    前作『melhentrips』から8年経ちましたよね。8年をざっくり振り返るというのはそれこそ難しいですけど、どうでした?

    なのるなもない:結婚して、子育てをしながら、ライヴをしたり……要約しちゃうと、もう超簡単ですよ。

    ははは。まあそうですよね。お子さんも大きくなったんですよね。

    なのるなもない:うん。

    『アカシャの唇』、興味深く聴かせてもらいました。00年代前半から中盤ぐらいは、たとえば〈アンチコン〉を筆頭に、ポストロックやエレクトロニカとラップの融合みたいな試みが盛んだったと思うんですね。本人がこういう言い方を喜ぶかはわからないですけど、音楽的にいえば、『アカシャの唇』はその発展型という側面もあると感じました。

    なのるなもない:ふーん。

    言うまでもなくこの作品で詩は重要な要素ですけど、変幻自在なラップのメロディとフロウが、とにかく圧倒的だな、と。

    なのるなもない:ああ。

    僕がいまのところいちばん好きで聴いている曲は、“宙(チュウ)の詩(シ)”ですね。

    なのるなもない:あはっ(笑)。あの曲はね、“宙(ソラ)の詩(ウタ)”って読むの。

    あ、そうなんですか。これは読めないや。

    なのるなもない:まあ、これは読めないよ。

    “宙の詩”は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』や稲垣足穂の言語感覚を彷彿させるSFラップですよね。

    なのるなもない:ああ、そうかもねぇ。

    この曲、すごいカッコ良かったですよ。この曲について解説してもらえますか?

    なのるなもない:最初にこの曲のトラックから宇宙的なものを感じて、「宇宙ってなんだろう?」っていう疑問から出てくる言葉を連想して書いていったんだよね。光とかロケットとか、自分の宇宙観から想起するものをフロウで表現しようとした感じかな。

    とても映像的ですよね。言葉の意味に引っ張られるより先に、映像的なイメージが広がっていくんですよね。

    なのるなもない:フロウに関しては、「風になったらいいのかな」とかそういうイメージで考えたりするね。人でない人っていうもので考えるときもあれば、もちろんリズムで考えるときもある。でもまあ言葉ありきだとは思ってるけど、両方だよね。どちらかに引っ張られることはあるかもしれないけど、両方とも捨てきれない。

    なのるなもないのラップにおいて言葉の意味も重要な要素ですからね。『アカシャの唇』は、渋谷にある本屋さん〈フライング・ブックス〉がリリースしていて、インナースリーヴもパッケージも読み物として丁寧に作られていますよね。どうしてこういう形にしたんですか?

    なのるなもない:前から本は作ってみたかったんだよね。だから、これはひとつの夢でもあったっていうことなんだよね。

    でも俺はCDで出したかったんだ。CD屋に行ってCDを手に取って、開いてみて、買うっていう楽しさを伝えたかった。

    詩集を作りたかった?

    なのるなもない:うーん、詩集を出そうって気持ちで出してるわけではないんだよね。いまの時代にCDで出すっていうことはそんなに求められてないような感じもあるでしょ。

    まあたしかに。

    なのるなもない:でも俺はCDで出したかったんだ。CD屋に行ってCDを手に取って、開いてみて、買うっていう楽しさを伝えたかった。詩を書いてはいるけれど、ラップとしてアウトプットしてると思ってるし、ラップという表現じゃないときだってあるかもしれないけど、言葉があって、音があるというのが終着地点だと思うからさ。

    『アカシャの唇』ってタイトルはどこからきたんですか?

    なのるなもない:今回のアルバムはgOってヤツが半分ぐらいの曲で関わってくれてるんだけど。

    共同プロデューサーの方ですよね。

    なのるなもない:そう。お互いの分野にいろいろ入り込みながら、ああだこうだ言いつつ、よく遊んでもいたからね。ほとんど遊ぶ時間もなくなってきてるけど、gOとはよく遊んでもいたね。

    gOさんとは何して遊ぶんですか?

    なのるなもない:ドライブしたり、友だちのライヴを観に行ったりとか、まあいろいろだよ。でもすべては音楽を作る方向に向かっていて、そういう過程で、gOがアカシックレコードにアクセスしたみたいな話をしてきてね。

    アカシックレコード?

    なのるなもない:アカシックレコードは人類の魂の記録の概念のことで、そこにアクセスすれば、過去も未来も全部わかるという考え方があって、たまたま俺たちはそういう類の本を読んだりもしてたのね。まあ、「ルーシー・イン・ザ・スカイ」みたいな気持ちなのかな。

    なはははは。“アカシャ”はサンスクリット語で“天空”も意味するんですよね。このタイトルについて、資料には、「人間のいろんな感情、聖者のような時も、毒々しい時も、無味乾燥なこともあると思うし、そういうの全部含めて話したい」と自身の言葉が引用されていますけど。

    なのるなもない:自分は曲を書いているときの感覚が、そういうところにアクセスしようとしてるんじゃないかなっていうのが強くあって。自分で書いているんだけど、すでにそれがあったような感覚があって、そこに行き着くというかね。

    そのアカシックレコードにアクセスする感覚や体験は、リリックを書くときとラップしてるときの両方にあるんですか?

    なのるなもない:両方あるね。

    制作はいつぐらいからはじめたんですか?

    なのるなもない:制作期間がけっこうまばらなんだけど、“アイオライト”と“silent volcano”はけっこう前で、他の曲はここ2、3年だね。

    『アカシャの唇』は、オーソドックスなラップ・ミュージックやヒップホップからは逸脱していると思うんですけど、いまでもラップやヒップホップは聴きます?

    なのるなもない:聴くよ。なんでも聴くからね。

    たとえば最近はどんな音楽を聴いてます?

    なのるなもない:なんだろうなあ、昔のジャズとかまた聴いたりもしてるし、そんなに最近の音楽はわからないけど、まわりの友だちが教えてもくれるから、そういうのを聴いたり。中古のフロアを掘って、「なんじゃこりゃあ?」みたいな驚きだったり、そういうのを面白がる感覚は、昔より少なくなってきたかもしれないね。

    なのるなもないさんは、ラッパー、詩人として表現に貪欲であると同時に、音楽を聴くことにも貪欲な人だと思うんですよ。ジャンル関係なく幅広く音楽を聴いて、それを自分で独自に解釈して、吸収して、表現として吐き出しているじゃないですか。たとえばの話ですけど、降神がファーストを出した00年代初期あたりに、ザ・タイマーズとかも熱心に聴いてたでしょ。僕はあの突き抜けた過激さみたいなものが降神の音楽にもあったと思っていたし、そういう意味でいまどんな音楽を聴いてるのか気になるんですよね。

    なのるなもない:そうだなあ、特別にこの音楽が今回のアルバムに影響しているというのはないと思うけど、ボノボとかハーバートとかノサッジ・シングだって面白いと思ったし、ヒップホップだったらブラッカリシャスやマイカ・ナインとかブラック・ソートとかもやっぱり面白いなって思うよ。現行のラッパーだったら、タイラー・ザなんとか、とかさ。

    タイラー・ザ・クリエイターですね。

    なのるなもない:そう、ああいうのも気持ち悪いかっこいいなーって思ったりするよ。いやー、でももっと聴かないとね。俺さ、あんまり四つ打ちを聴かなくて、ある先輩に「もうちょっと深く聴いて」って言われたりもしたよ(笑)。四つ打ちって言い方も悪いか(苦笑)。でも、トライバル・ハウスとか、チャリ・チャリとかかっこいいなって思って買ったこともあるよ。

    ダンス・ミュージックにどっぷりハマってレイヴに行ったりとか、そういう経験はなかったんでしたっけ?

    なのるなもない:行ったことはあるけど、俺はそっち側にはガチに行かなかったんだよね。

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    俺は俺なりの「on and on」を言うまで、ここまで時間がかかったってことかもね。

    いまでも自分がヒップホップをやっているという意識はありますか?

    なのるなもない:スタンスとしてそれはあるよ。いろんな表現があるなかでよく「これはヒップホップじゃないね」とか言う人がいるけど、「その考え方がヒップホップじゃない」と思うときもあるよね。そもそも破壊と再生をくり返して、吸収して進化を続けるものだと思ってるからね。それに自分はジャンルの区切りとかなく音楽を聴いてきたし、現行のシーンらしい音でそれっぽいことをやるっていうのは、自分にとってはすごくどうでもいいっていうかさ。自分なりの本当のところを追求したいと思ってるよ。

    冒険のススメ”で「on and on and on and on and on」っていうリリックを独特の節回しでセクシーに歌ってるじゃないですか。あの歌い方がすごく面白いと思って。「on and on」って熟語は、ブラック・ミュージック、R&Bやヒップホップの常套句じゃないですか。

    なのるなもない:うん。

    その常套句をこんな風に解釈して歌うんだって。そこがすごく面白かった。

    なのるなもない:あはははは。

    僕はあの歌い方になのるなもないのBボーイズムを感じましたよ(笑)。

    なのるなもない:だから、やっぱりそういうことだよね。タカツキくん(ベーシスト/ラッパー。スイカ/サムライトループスのメンバー)が、「チェケラッ!」って言葉を言えるまでに10年はかかるみたいなことを冗談かも知れないけど言っていて、でもそうかもなとも思ってさ。俺は俺なりの「on and on」を言うまで、ここまで時間がかかったってことかもね。

    降神の初期や前作『melhentrips』のころと比べると、毒々しさは薄まりましたよね。

    なのるなもない:そうだね。でも意味ある毒を与えたいとは思う。ただ、自分のなかから出てきた毒を無責任に放つことはしたくないよね。

    吐き出す毒に、より責任を感じるようになったということですか?

    なのるなもない:うん、それはある。吐き出した毒で(リスナーを)どこへ連れて行きたいのか?ということには意識的になるべきだし、(表現者は)みんなそうなんじゃないのかな? わかんないけどさ。キレイ過ぎてもしっくりこないときもあるし、毒っていうものはどうしても潜んでしまうと思う。皮肉や毒がない世界で生きられたらいいけどね。

    降神の魅力のひとつに、狂気と毒があったと思うんですよ。不吉さと言ってもいいと思います。社会や人間の矛盾を生々しく体現するグループだったと思うし、そこに魅了されたファンも多かったと思うんですね。表現の変化とともに、なのるなもないのファンも変遷しているだろうし、表現者としてリスナーやファンを裏切りたくないか、あえて裏切りたいか、そこについてはどう考えてますか?

    なのるなもない:金太郎飴みたいなスタイルってすごいとは思うんだけど、俺はわりと良い意味で裏切りたいって気持ちを持ってるね。でも、いまでも降神のころのようなスタイルも持っているし、スタイルが特別変化したとは思ってないかな。ただ、いまは社会や政治、時事的なことについて吐き出すべき時期ではないという感覚はある。そういうものは、もっと溜めて溜めて、自分の意志を固めてから表現したい。べつにそういうことはラップで表現しなくてもいいかな、とも思うしね。具体的に行動したいっていう気持ちが強い感じかな。そうやって自分のなかでいろいろ思うことがあるのに、なかなか動けていない自分についても含めて語るっていうのもありかもしれないけど。

    ここ最近世の中で起きていることで関心のあることは?

    なのるなもない:社会や政治の問題をひとつひとつ検討して、結論を導き出すレヴェルに俺はいないと思うから、それを手にした上で語りたいとは思う。そりゃあさ、東電の対応とか、当たり前に「おかしいでしょ」「本当に大丈夫なの?」って思うことはある。政党が変われば疑問に思うこともあるよ。でも10年、20年やらせてみて、それから判断するのもひとつの真実だとも思う。でも、もちろん誰が見ても「これはおかしいだろ」っていうことはたくさんある。そういうところで闘ってる人は応援してるし、力を貸したいなとは思ってる。

    学生だって、仕事やっている人だって、それとは別に夢を持って頑張ってる人だって、その世界のなかで思い切り遠くに飛んでしまえば、人からしたら現実逃避って言われてしまうかもしれないけれど、その世界のなかでは成立しちゃうことでしょ?

    降神のセカンドに入ってる“Music is my diary”って曲で、「現実逃避も逃げ切れば勝ちさ」というリリックがあるじゃないですか。厭世的といえばいいのかな、そういう感覚はいまでもあります?

    なのるなもない:若ければ若いほど、世の中に対して「クソヤロウ」って思うこともあるし、降神でそういうこともラップしてたけど、人からすれば「お前に言われたかねーよ」っていうのもあったかもしれないよね。なにが現実で、なにが現実逃避かは一概に言えないよね。犬猫じゃないから、子どもはほっといたら死ぬからさ。いまは子育てという現実も常にある。そこからは目を背けられない。でもやっぱり、自分のやりたいことにも向かっているしね。「現実逃避も逃げ切れば勝ちさ」ってリリックには、学生だって、仕事やっている人だって、それとは別に夢を持って頑張ってる人だって、その世界のなかで思い切り遠くに飛んでしまえば、人からしたら現実逃避って言われてしまうかもしれないけれど、その世界のなかでは成立しちゃうことでしょ? だから、そうなったら勝ちじゃねえかという意味があったの。

    現実逃避とつながる話だと思うんですけど、降神や〈Temple ATS〉は、活動がはじまった当初から一種の共同体みたいなものでしたよね。なのるなもないさんは、当時〈Temple ATS〉の事務所兼スタジオのような高田馬場のマンションに一週間ぐらい寝泊まりしてた時期もありましたよね。部屋に行ったら、ソファで気だるそうに寝てる、みたいな(笑)。

    なのるなもない:いや、もっと長かったね。なんだろうね。自分がいっしょになにかを成し遂げたい仲間たちがそこにいたんだよね。あのころは、そこから離れたらいけないという強迫観念があった。だから、マサ(onimas。降神のトラックメイカー。〈Temple ATS〉の一員)の部屋に転がり込んで自分の家に帰らなかったりしたんだろうし。東京に住んだり、東京の近くに住んだりしているほうがやりやすいことはあるし、物理的な距離が関係ないとは言わないけど、自分がしっかりやっていれば、いろんなコミットの仕方があって、本当になにかをやろうとしたらできるといまは思うね。

    降神と〈Temple ATS〉のメンバーの関係はかなり濃密でしたし、あの濃密な共同性があったからこそ降神の音楽が生まれたと思いますね。なのるなもないも志人もフリースタイルでしか会話しない、みたいな時期さえありましたよね。お互い、激しく、厳しく切磋琢磨してましたよね。

    なのるなもない:そうだね。志人が「真の友は影響し合う」みたいなことをなにかに書いていたけど、その通りだなと思う。

    最近は志人には会ってますか?

    なのるなもない:このアルバムのリリース・ライヴ(2013年11月10日に〈フライング・ブックス〉で行われた)のときに会ったね。

    アルバムに一曲ゲスト参加してますしね。今後、降神としてはやったりしないんですか? 気になっている人は多いでしょう。

    なのるなもない:やりたいよね。でも、うーん、俺だけの気持ちじゃないから。あいつ(志人)の気持ちもあるからさ。俺が言える想いもあるけど、まだ公で話すような感じじゃないかな。とにかく、俺はあいつの表現が好きだし、尊敬しているし、いつも挑戦して成し遂げてきたヤツだと思うね。いっしょにやりたいけど、お互い忙しいってのもあるよね。

    降神で作った曲でリリースされていない曲はある?

    なのるなもない:けっこうあるよ。

    本人たちは望まないかもしれないけど、未発表曲だけで一枚アルバムできちゃうんじゃないですか?

    なのるなもない:「作れ!」って言われたら、できるかなっていうのはあるけど、それぞれやりたいことがあるからね。ふたりの伝えたいメッセージも必ずしも同じではないからね。

    でも、それは最初からそうなんじゃないですか?

    なのるなもない:昔はもう少し散文的だったというか、お互いのメッセージや世界観、リリックの方向性が違っても曲が成立したというか、びっくり箱の中身を作ってるみたいな感覚だったんだよね。

    ああ、なるほど。『アカシャの唇』はひとつひとつの曲に明確な方向性と主題がありますよね。僕は、『アカシャの唇』はジャンル云々以前に、とにかく美しい音楽だなと感じましたね。

    なのるなもない:自分のなかでの様式美を追求しつつ、息苦しさや喜びや気づき、そういうものはぜんぶ詰め込みたかったね。音楽を作っている人はみんなそう思っているかもしれないけど、前よりもっといいものを作りたいとは思うよ。聴いた人が前より良いとか、悪いとか思うのはまた別だけど、そういう気持ちはある。

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    NHKの「みんなのうた」じゃないけどさ、みんなのうたを歌いたいというのはあるよね。みんなが存在している世界について歌わないとやっぱりウソだと思う。でも目に映るすべてをそのまま伝えるべきとも思わない。

    リリックはどんな風に書いてるんですか?

    なのるなもない:描くように書いたり、外郭を描くことで、言いたいことが発見されていく、そんな作り方をしてると思う。それからその画を動かすことで、より鮮明になっていく感じだね。

    SF的でもあり、童話的でもありますよね。

    なのるなもない:NHKの「みんなのうた」じゃないけどさ、みんなのうたを歌いたいというのはあるよね。みんなが存在している世界について歌わないとやっぱりウソだと思う。でも目に映るすべてをそのまま伝えるべきとも思わない。

    さっき毒の話をしましたけど、アルバムのなかで心の暗部を描いていて、しかも他の曲よりも生活感が滲み出ている曲があるとすれば、“赤い月の夜”ですよね。それこそ、「くそったれ/てめえなんて死んじまえ/出かけたセリフをあわてて飲み込む」というリリックは、さっきの吐き出す毒とその責任の話に通じるなと。

    なのるなもない:この曲には不幸の前兆みたいな要素があるよね。仕事とかで擦り減りまくって、自分がどんどん無くなっていくのに、それでもヘラヘラしてる。それは逆に狂気だと思うし、そういう現実が狂ってるなというのはあるよね。いわゆるヒップホップ的な“リアル”とは違うけど、自分のなかの魂の記憶にアクセスしたいんだよね。そこで描き出されるヴィジョンみたいなものを表現したい。そこには怒りだって絶対ある。怒りっていうものをそのまま吐き出すことはいけないって思ってる部分もあるんだけど、どんなときでも怒らないっていうのも非現実的だと思うし、“赤い月の夜”に関しては、あえてそういう怒りを表現したかった。

    『アカシャの唇』を聴いて真っ先に思い浮かんだ作家が、谷川俊太郎と宮沢賢治、あと稲垣足穂だったんです。ここ最近で、好きな作家や印象に残ってる作品はありますか?

    なのるなもない:いまの3人の本を持ってはいるけど、今回の作品に彼らからの直接的影響があるのかは、自分ではちょっとわからないなあ。“アルケミストの匙”に関していえば、パウロ・コエーリョの『アルケミスト』にインスパイアされた部分はあるね。というか、あの小説のなかに好きなエピソードがあるんだよね。

    どういうエピソードですか?

    なのるなもない:幸せに生きるにはどうしたらいいか? という問いに対するひとつの答えを描き出しているエピソードがあるんだよね。ある賢者が少年に油を入れたスプーンを持たせて、油をこぼさずに宮殿を歩いてくださいと命じるの。で、少年は最初、スプーンの油に集中し過ぎて、宮殿をまったく見なかった。そこで賢者はもういちど宮殿を見てくるように命じる。今度は、少年は宮殿を見てくるんだけど、スプーンの油はなくなっていた。でも、幸せというのは、スプーンの油をこぼさないようにしながら、宮殿の美しさも見渡すことなんだと。

    だからあの曲に、「二人の旅は日々の営み/アルケミストの一匙さ/こぼしてはいけない日々の営み」というリリックがあるんですね。

    なのるなもない:その一方で、ものすごい印象的な一夜だったり、そういうものを求めてる自分がいる。

    特別な体験を求めてる?

    なのるなもない:俺は今日どこまで行けるだろう、みたいなことは求めてる。

    あはははは。なるほどー。

    なのるなもない:ははは。それも幸せだと思う。

    いわゆるヒップホップ的な“リアル”とは違うけど、自分のなかの魂の記憶にアクセスしたいんだよね。そこで描き出されるヴィジョンみたいなものを表現したい。

    音楽を聴いていてもそれは伝わってきますね。じゃあ、聴いている人にぶっとんでもらいたいという気持ちもある?

    なのるなもない:あるよね。

    やっぱりあるんですね。そういう音楽ですもんね、この作品は。

    なのるなもない:なんだよ、その質問! ははははは。

    いやいや、音楽の重要な要素のひとつじゃないですか。

    なのるなもない:二木のなかでそのプライオリティが高いということだね(笑)。まあ、“ぶっとぶ”って言葉はすごい抽象的だけど、理路整然としているところはしていたいし、そのレールからはみ出してどこにたどり着くんだろうっていうスリリングさも表現したい。で、たどり着いた場所がここなんだって納得できる音楽を作りたいね。

    では、なのるなもないにとって、そういうスリリングさを味わわせてくれる音楽にはどんなものがありますか?

    なのるなもない:それはもう、それこそジャンルとかじゃなくて、出会ったことのない感覚に尽きるよね。あれだよ、ブランコを漕いでいて、高く舞い上がって、臍のあたりがうーってなる感覚があるじゃん。わかる?

    わかりにくい(笑)。

    なのるなもない:フライング・パイレーツとかで急にぐーっと上げられて、臍がぐううーってなるでしょう。で、「これ、大丈夫かな?」って一瞬思うんだけど、「やっぱり大丈夫だった」って戻ってくる。それでまた乗りたくなる。そういう感覚に近いかも。

    最近、具体的にそういう音楽体験で記憶に残っているのはありますか?

    なのるなもない:うーん、ちょっと思い出せないけど、それぞれのジャンルが発展していくときってそんな感じなんじゃないの? ダブステップをはじめて聴いたときも、「すげぇ空間が曲がってるぞ」って思ったし。ダブだったらさ、俺には子宮がないけど、子宮に響いているみたいな感覚があった。ジミヘンが逆再生をやり出したときだって、はじめて聴いた人は「なんだよ、これ?」ってなったと思うし。

    『アカシャの唇』は、グッドとバッドの両方の旅の境界線が曖昧な音楽ではありますよね。バッドな状況も楽しんじゃうタイプなんじゃないですか?

    なのるなもない:そのときに楽しめるかどうかは別でさ、苦しいけどね。嫌な思いもそのときしかできない体験だし、それだけ心が動いたってことだからさ。

    最後は戻ってこれたと。

    なのるなもない:そう。俺はこんなことを考えていたんだって感心するときもあるし、バカだなあと思うときもあるよね。で、小さいかも知れないけど、自分なりの未知な世界の終着地点までを表したい。いちど出したものは、俺のものじゃなくて、その人のものだから。聴いてくれる人が楽しめる状況にしておくのがやる側の責任……とかいうとイヤだけど、当たり前のことだよね。そのレヴェルにつねにたどり着きたいと思ってやってるよ。

    アムネジアの風に吹かれても忘れてしまうわけない
    アクエリアス 溢れてしまう 生きたシャンデリア
    飛ばすレーザー 静かなるエンターテーナー
    ラフレシア アモルフォファルスギガスへ今届けておくれ
    うまくできた? 完璧じゃなくても笑っていたいならやってみな
    SL1200のターンテーブル BPM66星雲で
    33回転する 記憶にないものまで再現する
    あなたならこの景色をなんていう その海どこまでもふくらんでく
    一つの愛my name is ビビデランデブー
    宙の詩

    Christina Kubisch & Eckehard Guther - ele-king

     ベルリン出身のベテラン・サウンド・アーティスト、クリスティーナ・クビッシュは、その長い活動歴において、「環境音のリ・コンポジション」を、いかにして音響として定着させるかを思索・実験・実践してきた作家といえよう。彼女は「鑑賞者が専用のヘッドフォンで街を歩き、様々な場所で鳴らされている電子音に耳を澄ます」というサウンド・アート作品などを制作してきたのだが、それもまた聴き手による「都市環境音の再生成」という思索が込められているように思える。録音作品としても街の環境音録音に自作シンセサイザーの音を重ねたカセット作品『On Air』(1984)などを発表。さらに近年では18世紀の楽器グラスハーモニカを用いたドローン作品『ARMONICA』(2005)や、〈raster-noton〉的な電子音響作品『Dichte Wolken』(2011)を発表するなど勢力的な活動を継続中である。

     そして本作『Mosaique Mosaic』はクリスティーナ・クビッシュ、2013年発表のフィールド・レコーディング作品だ。2010年12月にクビッシュがインスタレーションを制作するためにカメルーン滞在時に録音された様々なフィールド・レコーディング音に、ワークショップの音風景を録音したサウンドを加え、それらに絶妙なエディットを施すことで一枚のアルバムとして音盤化したものである。この作品もまた、「環境音のリ・コンポジション」を実践したアルバムに思われる。リリースは〈グルーンレコーダー〉。優れたフィールド・レコーディング作品をリリースし、マニアに評判のレーベルだ。

     本盤に定着された音は、カメルーンの空気や響きを真空パックしたような実に見事なものである。アーティスト・クレジットが録音技師エックハルト・ギュンター(様々なサウンド・アートの録音やエンジニアリングにも参加)と連名になっているのも頷けるというものだ。何故ならば録音とは「世界の音を録音する=切り取る=操作する」という意味では、演奏でもあり作曲でもあるのだから。この音の質感も、まさに一種の作曲/コンポジションといえよう。

     盤を再生すると、まず耳に飛び込んでくるのは人の叫び声だ(教会でのコール&レスポンス?)。そこから街角で流れる現地のポップ・ミュージック、上手くはないが土地の空気を見事に表しているストリート・ミュージック、雑踏、虫の音や自然の音など、カメルーンの街や土地に満ちていた音環境が見事に捉えられていくのだ。

     さらに注意深く聴き進めていこう。するとある奇妙な、まるで音記号の陥没点のような瞬間が訪れる。意味がひき剥がされ、音の物質的な響きが露わにされる瞬間。虫の鳴き声がまるで電子音響のドローンのように響く/聴こえるとでもいおうか。それもまたフィールド・レコーディング聴取の魅力である。遠く離れたカメルーンの土地で鳴っていた音響が録音として切り取られた瞬間、それらが元の音の意味から逸脱し、誰もが聴いたことのない「新しい音楽」として生まれ出る瞬間を、私やあなたの「耳」(この環境や記憶や体調によってすべてが変わってしまう曖昧なもの!)が聴きとることができるのだから。そこに、かつて、「あった」はずの、音が新たに再生され、生成し、変容していくという驚き。

     本作において、クリスティーナ・クビッシュはそんなフィールド・レコーディング作品が持つ驚きを見事に作品化している。だが、同時に、彼女は、あるメッセージを細やかで大胆な編集によって、作品に紛れ込ませている。それは何か。本作を聴いていると、乾いたカメルーンの街角の雑踏、声、ストリートや教会の音楽は、互いに互いを呼び掛けていく、大きな音の連鎖のように聴こえてくる。もしかするとクリスティーナ・クビッシュは、そこに人と人、人と音、音と世界の、大らかで自由なコール&レスポンスを聴き取ったのかも知れない。だからこそ、あれほどに現地の音楽(演奏)や人の大きな声でのやり取り、教会のコール&レスポンスなどを取り入れているのではないか。

     フィールド・レコーディングと編集による土地と音と世界のコール&レスポンスの浮上と生成。そこにクビッシュが込めた大切なメッセージがあるように思える。私たちは呼びかけ、世界は応える。世界が私たちに呼びかけ、私たちが答える。それは言葉の会話ではなく、音による応答。クリスティーナ・クビッシュは、そんなフィールド・レコーディングによる「アワーミュージック」を浮かび上がらせたかったのではないか、と……。

     ともあれ、ことさらに空想めいた結論を急いでも仕方ない(同時に音は人にインスピレーションを与えるものだからどんな想像でも間違っているとは思えないが)。音楽は音の悦びだ。まずは本盤の見事な録音と編集を存分に味わおう。ここにあるのは音の編集よる記憶と記録と逸脱の定着と共有だ。この「私たちの音楽」は、聴くほどに世界と音との関係が生まれ直すような感覚を味わうことができる。だからこそ私はこれからも何度も何度も何度も(当然、これを書いているいまも)、この遠く離れたカメルーンの環境音を定着した銀盤を聴き返すだろう。アルバム全13トラック。映画のシークエンスのように繋がるこれらの音響に耳を澄まそう。自分と音と世界、その三つの関係性を調律するように。そして、問い直すように。

    interview with Kingdom - ele-king


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     2013年も更けるころ、〈ナイト・スラッグス〉(Night Slugs)からエジプトリックスの新譜『A/B・ティル・インフィニティー』が出たけれど、これがなんともダークで重苦しい。“わが人生はヴィヴィッド、わが目は開かれている”なんて曲名もあるけど、いやいや、そんな。インダストリアル・ブームの一例でしょう。派手に花開いた妹レーベル〈フェイド・トゥ・マインド〉(Fade to Mind)とは対照的に、〈ナイト・スラッグス〉は暗闇のなかへ潜もうとしているのだろうか。ロゴも「深夜」バージョンに変わったし。

     海外の音楽メディア各誌の年間ベスト・トラックに“バンク・ヘッド”(Bank Head)が選出されたことは、なにも驚くことではなかった。朝焼けのように拡がっていくシンセにシンプルなクラップが響くサビ、そこからベースにのってケレラのファルセットが舞う瞬間を聴けば、まさに諸手を挙げてそう言いたくなるに決まっている。身体が、ゆっくり宙に浮くように、無理なくダンスへ誘導される、あの昂揚感。そのトラックを仕込んだのがキングダムだ。
     〈フェイド・トゥ・マインド〉をプリンス・ウィリアムと共同経営しているキングダムに訊いたのは、彼のルーツ。〈ナイト・スラッグス〉との出会い。レーベルの始まり。ケレラ(Kelela)をふくめ、彼が愛してやまないR&Bのこと。ファッションと音楽。グラフィティ。そして、これからのこと。

     おっと、昨年末に出た紙版エレキング最新号は見ていただけましたか? エレキングのためにリエディットしてもらった〈フェイド・トゥ・マインド〉のグラフィック特集が綺麗なカラーで8Pも掲載されているのでぜひ買ってみてください。
     そして、全5色もある〈フェイド・トゥ・マインド〉スナップバック・キャップの一番ベーシックでかっこいい黒色も〈Anywhere Store〉で販売中なのでぜひ買って被って街を歩いてください。

    田舎だったからレイヴなんて夢のような話だったよ。高校に入る頃には、ジャングルのような当時流行ってた電子音楽にすごく入れ込んではいたけど、レイヴへのアクセスの仕方を知らなかった。部屋でブラックライトを点けて、友だちを呼んで音楽を聴くことはあったけどね。だからベッドルーム・レイヴァーだったとは言えるかな。

    では、最初に訊かせてください。「Where Were U in '92?」

    キングダム:ははは(笑)。そのときは10歳だったから小学4年生だったのかな。僕はマサチューセッツ州のなかでも本当にマサチューセッツなところで育ったんだ。文字通り森のなかでさ。毎日小学校に行くために森を抜けて行かなくちゃいけなかった。当時はたしか、ア・トライブ・コールド・クエストだったり、マドンナみたいなユーロダンスものとか、クリスタル・ウォーターズやC&Cミュージックファクトリーのような、風変わりな90年代のダンスミュージックを聴いてたよ。それに僕はとても野蛮な子供だった。両足に違う色の靴下を履いたり、すごくクレイジーな格好をしていたよ。それが1992年の僕だね。まだベイビーだった頃の話(笑)。

    ベイビーの頃からスタイリングに意識があったんですね。もしかしてレイヴに行っていましたか?

    キングダム:いいや。僕が育った場所はすごく田舎だったからレイヴなんて夢のような話だったよ。90年代後半になって高校に入る頃には、ジャングルのような当時流行ってた電子音楽にすごく入れ込んではいたけど、レイヴへのアクセスの仕方を知らなかったしどこへ行ったら参加出来るのかもさっぱりだった。ボストンにはいくつかシーンが存在していたみたいだけど、もちろん18歳か21歳以上じゃないと入れないようなパーティだし、僕の街でジャングルを聴いてる人なんて他に誰も知らなかったから一緒に行く人もいなかった。部屋でブラックライトを点けて、友だちを呼んで音楽を聴くことはあったけどね。だからベッドルーム・レイヴァーだったとは言えるかな。
     18歳になってアートスクールに通う為にニューヨークに出てくるまで、クラブ自体行ったこともなかったんだ。それに2000年頃にはニューヨークのレイヴカルチャーの勢いは既にだいぶ落ち着いていた。有名なマイケル・アリグの事件(レイヴァーの若者によるドラッグが原因の殺人事件)が起きた直後だったこともあってニューヨークの多くのクラブが閉鎖されてしまった時期だったから。だからニューヨークでレイヴイベントに行くには時期的にも少し遅すぎた。

    〈フェイド・トゥ・マインド〉の姉にあたる〈ナイト・スラッグス〉の本拠地はイギリスですが、住んだことはありますか? 

    キングダム:イギリスに住んだことはないけど、何回も赴いているね。僕は音楽をずっとやってるけど、パーソンズ美術大学に通っていたこともあって、元々はアーティストになることが目標だったんだ。当時ニューヨークのギャラリーで働いていたんだけど、そのギャラリーが『フリーズアートフェア』(Frieze Art Fair ロンドンで毎年10月に開かれる国際的な美術展)に出品したときにブースに立って作品を売る仕事を任された。そんなに得意な仕事ではなかったけどね。それが初めてのロンドンかな。それから色んな偶然が重なって、次第にDJとして知られるようになってギグも増えてきて。それで2007年に最初のミックステープをリリースしたんだ。
     〈ナイト・スラッグス〉(Night Slugs)のボク・ボク(Bok Bok)のことはフリッカーで見つけたんだよ。彼がデザインした作品が載っていて。それで作品について彼にカジュアルなメッセージを送ったことがあったんだけど、返事が来なかった。そしたら後々彼から「ミックステープいいね! 僕、こんどニューヨークに行くんだけどさ」ってメールがきた。フリッカーで無視したくせにって言ったら彼は笑っててさ(笑)。それからメールのやりとりが始まってたんだけど、ボク・ボクがニューヨークに来るときに、当時僕がやってた〈クラブ・ヴォーテックス〉(Club Vortex)っていう小さなパーティーでDJすることになった。結局彼が来る前に僕がロンドンに行くことになって、その代わりに〈ナイト・スラッグス〉の第二回目のパーティーで僕もプレイしたんだ。2008年頃のことだけど、音楽が理由でロンドンに行ったのはそれが最初だよ。

    マサチューセッツの森のなかやニューヨークに住んでいた時は、どうやって音楽を聴いていたのですか?

    キングダム:マサチューセッツ州に居た高校時代は、90年代後半とはいえインターネットはまだそんなに発展していなかった。でもボストンには良質でインデペンデントな音楽文化が存在していたこともあって、レコード屋にはアメリカのものに限らず、ロンドンから輸入されたジャングルの12インチなんかもたくさん置いてあったんだ。だから最新のロンドンのジャングルにはとても簡単にアクセスできる状況だったし、たくさん集めても居たよ。当時はそういうものをレコードで聴いていたね。ニューヨークに住んでいた2002年から2010年までの間は、初期のころはとくにそうなんだけど、地元発の音楽がすごく魅力的だったな。例えばプエルトリコ系移民がたくさん居たから、大衆音楽になってしまう前のクラシックなレゲトンのスタイルにはとても魅了されていた。サンプルを大胆にチョップして作られた生々しさのあるクラブ・ミュージックだったんだけど、ストリートでブートレグのCDを買ったりしていたよ。ジャマイカ系移民がやってたダンスホールも同様だったし、ヒップホップも〈HOT97〉(ニューヨークのヒップホップ専門ラジオ局)からキャムロンやディップセッツのようなニューヨーク発のヒップホップが流れていた。
     地元にそういう音楽があった一方で、インターネットではUKベースやジャングル、グライムなんかのイギリスの音楽を掘り下げて聴いていたんだ。だから当時の僕の音楽的背景はニューヨークのアーバン・ミュージックと初期のUKレイヴ・ミュージックから成り立っていたと言えるね。

    UKガラージからの影響を他メディアのインタヴューで語っているのを拝見したのですが、どんな部分に影響を受けていたのですか? そしてそれらもインターネットで聴いていた?

    キングダム:ジャングルにハマったときにUKガラージも多少聴いてはいたけど、大体は2006年くらいになってインターネットからmp3で集めて知ったものばかりだよ。もうすでにジャンルとして成熟してしまった後のことだけどね。ニューヨークでパーティに行っていた当時にはUKの音楽をかけてるDJなんて全然居なかった。グライムが注目された2004年頃にちょっと流行ったくらいで、それ以降はパーティで聴く機会なんてなかったね。ニューヨークで僕以外にそういう音楽から影響をうけて新しいことをやろうとしてる人も周りには居なかったんだ。
     そしてUKガラージには常に影響を受けてきたよ。なぜならガラージは、ヘビーなベース音とシンコペーションとソウルフルなR&Bヴォーカルを融合することに成功した初めてのジャンルだと思っているから。最近はUKガラージをプレイすることはないけど、そのコンセプトはいまやっていることに深い影響を与えているね。

    当時のニューヨークで一番ヒットしたUKガラージの曲は何ですか?

    キングダム:クレイグ・デイビットだね。曲名は忘れちゃったけど、グーグルで彼の名前を検索したら一番初めに出てくる曲だと思うよ(笑)。

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    ニューヨークに住んでいたころは地元発の音楽がすごく魅力的だった。プエルトリコ系移民がたくさん居たから、クラシックなレゲトンのスタイルにはとても魅了されていた。サンプルを大胆にチョップして作られた生々しさのあるクラブ・ミュージックだったんだけど、ストリートでブートレグのCDを買ったりしていたよ。ジャマイカ系移民がやってたダンスホールも同様だったし、ヒップホップもね。


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    〈フェイド・トゥ・マインド〉はングズングズをリリースするためにはじまったと聞いていますが、どのような流れだったのでしょうか? また、なぜ〈フェイド・トゥ・マインド〉はイギリスの〈ナイト・スラッグス〉の姉妹レーベルとして運営されているのでしょうか?

    キングダム:ングズングズのことはボク・ボクに出会った頃くらいから知ってるけど、インターネットとアシュランド(=トータル・フリーダム)を通して知り合った感じかな。
     遡ると、そもそもアシュランドと出会ったのはたしか2004年頃。僕がバンドをやっていたときに、当時シカゴに居た彼にブッキングされたんだ。その時は彼が住んでたロフトで演奏したんだよね。
     彼の紹介やマイスペースをとおして、シカゴに住んでたングズングズとも連絡を取り合うようになって。彼ら、スプレーで雑に塗装したCDRにデモを入れて僕に郵送してくれたりしててさ。2008年頃のことなんだけど、当時のアンダーグラウンドの音楽的ランドスケープはエレクトロとかブログハウスだとか呼ばれてるジャンルで構成されてた。だからボルティモアクラブにR&Bやノイズを混ぜてるような、めちゃくちゃな音を聴くのは本当に……なんていうか、ただただ僕はングズのファンだったんだよ。それで実際に出会ったその日からすぐに打ち解けることが出来たし、アズマとは誕生日が同じだったしで、本当に仲の良い友だちになった。トータル・フリーダムやングズの近くにいくためにLAに引っ越して、それからレーベルをはじめたんだ。
     だからわかると思うけど、仲のいい友だち同士で作品をリリースしなくちゃいけなくなったときに、そういうディレクションでやってるレーベルが他に無かったから、レーベルを立ち上げるのはごく自然な流れだった。それに〈ナイト・スラッグス〉にも僕ら全員が入り込む余地はなかった。アメリカには多くのアーティストの友だちがいたし、みんな〈ナイト・スラッグス〉とは少し違う方向性に向かっていて。ボク・ボクはすでに彼自身のヴィジョンをはっきりと持っていたし、〈ナイト・スラッグス〉のディレクションを変えるだなんてことはあり得なかったからね。だからふたつのコレクティヴでやっていくのに意味があったんだ。
     ふたつのレーベルに繋がりが必要だったっていう点に関してだけど、元々僕はアーティストとしてシーンに居た人物だし、レーベルを運営した経験もなかった。それでアレックス(ボク・ボク)はレーベルを運営していく事に対して明確な意見を持っていたし、彼のレーベルの構築の仕方を本当にリスペクトしていたから、Tシャツやカヴァーアートのデザインを決める際に、始めから〈ナイト・スラッグス〉の持っている一貫性を参考にするのが一番だった。それに、レーベルに属しているみんながインターネット上だけでの関係に留まらず、実際にハング・アウトする仲の良いコミュニティーなんだ。ふたつのレーベルに繋がりがあるのは、何よりも僕らがみんなパーソナルな関係で繋がっているからだよ。マイクQ(Mike Q)とかリズラ(Rizzla)はニューヨークにいるけど、僕自身LAとニューヨークを行ったり来たりしているから、彼らのこともとても近くに感じているんだ。

    ■(インタヴュー会場で流れていたキングダムのミックス内の1曲を聴いて)

    キングダム:この曲なんだけど、これはガール・ユニット(Girl Unit)の“クラブ・レズ”っていう曲にリズラがヴォーカルとパーカッションを乗せたリミックスなんだ。みんなが気に入ってかけているよ。今後の話をすると、〈ナイト・スラッグス〉と〈フェイド・トゥ・マインド〉ではこれからより多くのコラボレーションを行っていく予定だ。ふたつのレーベル内で様々なコンビネーションが生まれつつあるからね。大体の場合〈ナイト・スラッグス〉のインストゥルメンタル曲に〈フェイド・トゥ・マインド〉がヴォーカルを乗せるパターンが多い。例えばこのリミックスもそうだし、エルヴィス1990とマサクラマーンはいま一緒に音楽制作をしている。今後がとても楽しみだね。

    女性シンガーの重要性に関しての話を他メディアのインタヴューで読んだのですが、やはりレーベルを発展させていく上で女性ヴォーカルは重要な要素だったのですか?

    キングダム:そうだね。男性ヴォーカルも好きなんだけど。ただ女性をフィーチャーした革新的な作品が近年はそこまで出てきていなかったように思う。とくにここ5年間くらいは女性シンガーの人気が低迷していたように感じていたし、それはヒットチャートを見れば明らかだった。とくにアーバン・ミュージックの世界では目立った女性シンガーの数が異常に少なかったよね。だからいまその状況を変えるのは重要なことだと思ったし、それは同時に次の5年間では女性のヴォーカルが再び台頭してくることを意味していると思った。だってそう思わないか? 90年代後半にミッシー・エリオットや女性のR&Bグループがあれだけ出てきていたのに、それ以降はめっぽう新しい女性の声を耳にしなくなっただろう?

    ケレラは素晴らしいシンガーですね。

    キングダム:彼女は素晴らしいよ。すごくエキサイティングだ。というのも世の中には歌が入っている音楽しか聴かないリスナーがたくさん居るから、レーベルがそういう人たちにもアプローチできるのは本当に良いことで、僕らみんながやりたかったことでもある。それに僕とングズングズとアシュランドも昔からDJでのミキシングやサンプリングの場面において、様々なR&Bのヴォーカルの使い方を実験的に試してきていた。
     ケレラは僕らがやっている音楽について昔から知っていた訳ではないんだ。昨年友だちになって僕らのやっている音楽を初めて聴いたんだけど、彼女はとてもスマートだから、僕らがヴォーカルをどう受け止めているのかをすぐに理解した。だから僕らの持っていたコンセプトと、サンプリングやリミックス文化でのヴォーカルの使われ方も考慮に入れながら、彼女はピッチングやハーモニー、そしてメロディーを作った。だからそういう点ではこの音楽はポスト・リミックスR&Bなんだ。

    女性シンガーの話から派生しますが、アルーナジョージFKAトゥイッグスなどについてはどう思いますか?

    キングダム:アルーナジョージはそんなに聴いたことがないな。でも良い評判は聞いてるよ。FKAトゥイッグスは好きだね。高校時代にたくさん聴いていたトリップホップを彷彿させる。それにプロデューサーのアルカ(Arca)も友だちなんだ。人びとが彼女とケレラを同じような括りで見ていることもクールだと思っているよ。新しい実験的なR&Bのカテゴリーとして。もちろん僕は個人的にケレラに深く関わっているから全然違う音楽に聴こえるけれど、多くの人びとが彼女たちをまとめてひとつのムーヴメントとしてとらえているみたいだね。

    ケレラをフィーチャリングした“バンク・ヘッド”も収録されているあなたの最新作「ヴァーティカル・XL」では、以前の作品よりもタムの音が増え(ゴルくなっ)たように感じるのですが、その点は意識していたのでしょうか?

    キングダム:タムの音はいままでもあちこちで使ってきたからなぁ。ただ多くの音楽にクラップとスネアが使われすぎているよね。タムはただ単にそれらと違うっていうことじゃないのかな(笑)。クラップを使わずに曲を仕上げるのはすごく難しいし、いい音のスネアを見つけるのもすごく大変だ。そしてタムってのはキックとスネアの中間に位置していて……説明するのが難しいけど、とにかくジュークをたくさん聴いていたからそのクレイジーなタムの使い方には影響されたよ。

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    ケレラはとてもスマートだから、僕らがヴォーカルをどう受け止めているのかをすぐに理解した。だから僕らの持っていたコンセプトと、サンプリングやリミックス文化でのヴォーカルの使われ方も考慮に入れながら、彼女はピッチングやハーモニー、そしてメロディーを作った。だからそういう点ではこの音楽はポスト・リミックスR&Bなんだ。

    本誌では今年のキーワードとして「インダストリアル」をあげています。インダストリアル・ムーヴメントについて何か言うことはありますか? (ジャム・シティのインタヴュー記事のページを見せる)

    キングダム:ああ、クール! インダストリアルにはすごく影響されているよ。そしてこのムーヴメントにおいては、やはりジャム・シティが非常に重要なポジションにいる。彼のアルバムがその後の僕ら全員の作品に影響を与えているといっても過言ではないと思う。僕らは外部からの影響も受けているけれど、内部からの影響力の話となると、やはりジャム・シティが僕らのサウンドを大きく変えるきっかけだった。僕とングズングズとアシュランドも昔から似たようなコンセプトでノイズを使ってはいたんだけど。以前からソウルフルなヴォーカルを多用していたから、金属的で恐ろしい音っていうのはそれに対して素晴らしいコントラストだった。

    ヴェイパーウェイヴやシーパンクについてはご存知ですか?

    キングダム:ヴェイパーウェイヴか。呼称は知ってるんだけど、どういうものかは知らないんだ。
     シーパンクはそんなに好きではないな。すごくインスタントで、目新しさばかりが目立つように感じられる。ヴィジュアル面での美学が非常にはっきりと提示されていることはわかるよ。だけど、それ以外でどう定義できるものなんだろう? そこにはっきりとした音は果たしてある? 見た目以外で姿勢やコンセプトのようなものが提示されているかな?
     タンブラーのリブログという発生方法自体、そこに何か普遍的な基盤があるのかどうか疑問に思えるんだ。実際にそんなに良く知っている訳でもないんだけど。事実、僕が知っていることと言えばその見た目だけなんだ。遺跡やヤシの木とかが多用されているよね。でも本当にそれしか知らない。

    タンブラー文化に関しては、プリンス・ウィリアムやサブトランカとも意見が一致していますね。では、あなたのグラフィック・アートについて教えてください。

    キングダム:〈フェイド・トゥ・マインド〉のロゴはボク・ボクがデザインしたんだ。僕にはロゴの才能は無いからさ。だからグラフィックや文字要素のデザインは彼に任せてある。僕はそれ以外のフォト・コラージュなんかを僕は手がけているよ。壊れたり、燃えたり、事物がトランスフォームしている瞬間に動きを感じるんだ。〈フェイド・トゥ・マインド〉って名前自体、ものごとの状態ではなく起きている過程を意味する言葉を用いているでしょう? 状態ではなく変化していく過程にフォーカスしているんだ。たとえば、ここにコップがあることではなく、このコップが溶けていく過程なんかの方が面白いと思っている。
     それと同時に、コラージュを作る際にいつもゴールとして意識している事は、安っぽいものやゴミみたいなものを使って何かスピリチュアルなものを構成することかな……。だってグーグルの検索で集められる画像ってすごくローテクなものが多いじゃない? 画質の悪い.jpgだったりさ。それらの素材で作ったコラージュが、メディアを通しても伝わってくるような純粋性だったりスピリチュアルな雰囲気を持てるようなものだと面白いよね。
     カヴァーアートを作る最中には大体作品を聴いている事が多いね。カヴァーアートをいつも最後に作るよ。

    〈フェイド・トゥ・マインド〉のアートワークに使われるモチーフなどを見ていると物質主義への批判的な姿勢を感じるのですが、そのような意識はありますか?

    キングダム:ファティマ・アル・カディリのあのカバーアート(『デザート・ストライク・EP』)に関しては、彼女の育ってきた背景にあるクエートのことや物質主義への批判的な視点はあるかもしれない。あのアートワークはほとんどが彼女のコンセプトで、サブトランカのマイルス・マルティネスがそれを形にしたから。でも僕はそういう視点を常に意識している訳ではないかな。そういう見方があるっていうのもすごく分かるけどね。

    本誌のインタヴューでプリンス・ウィリアムが、エズラはメディテーション(瞑想)をしてるというようなことを言っていたのですが、本当ですか?

    キングダム:瞑想の趣味は無いけどな(笑)。でも瞑想的なことはするよ。ひとりでハイキングに行ったりね。それに僕は新しいプロジェクトの話やリミックスの依頼が来たときには、行動に移す前にじっくり時間を費やして考えるタイプの人間なんだ。彼は僕のそういう部分のことを話していたのかもしれない。

    日本のアーティストやミュージシャンで影響を受けた人は居ますか?

    キングダム:日本の音楽だったら坂本龍一はずっと聴いてるよ。影響を受けたかどうかはわらないけれど、彼は日本のアーティストというカテゴリーには収まりきらないくらい、もう普遍的な存在だよね。音楽以外で言うと日本のファッション・カルチャーには影響を受けている。実は高校の卒業プロジェクトのテーマに日本のファッションデザイナーを選んだことがあるんだ。当時は高校を卒業したらファッションの道を目指そうと思っていた。結局大学ではファインアートを学ぶことになったんだけれども、ファッションは僕のバックグラウンドに常にあったんだ。〈コム・デ・ギャルソン〉や〈イッセイ・ミヤケ〉に関して論じたことを覚えているよ。〈ファイナル・ホーム〉(https://www.finalhome.com)にも90年代後期の頃から熱中していたよ。だからヴィジュアル面ではこれらの影響は大きく受けている。

    それら日本のファッションブランドのどういった面に魅了されていたのですか?

    キングダム:〈コム・デ・ギャルソン〉と〈イッセイ・ミヤケ〉はアヴァンギャルドで脱構築的な部分に、〈ファイナル・ホーム〉にはテクニカルな機能性と斬新なデザイン性が同居しているところに興味を惹かれていたね。〈ファイナル・ホーム〉は特にコンセプチュアルなアートのプロジェクトでありながら、終末的なサバイバルの状況においての機能性を追求していた面がすごく面白かった。

    Tシャツやキャップも積極的にリリースしていますし、〈フェイド・トゥ・マインド〉にとってファッション/アパレルは重要なのでしょうか?

    キングダム:音楽からのファッションへの影響の方がその逆より大きいように感じるな。ファッション・デザイナーをやってる友人が何人もいるけど、彼らのほとんどが音楽から多大なインスピレーションを得ている。ファッションからの影響を音楽に表すっていうのは難しいし、それが良いアイデアなのかどうかもわからない。
     でもね、僕は〈フッド・バイ・エア〉(Hood By Air)の初めの5~6シーズンのランウェイ用の音楽を担当したんだけど、そのときだけはそれが例外だった。っていうのもデザイナーのシェイン(Shayne Oliver)からコンセプトについてメールがくるんだけど、この曲のリミックスを2ヴァージョン欲しい、だとか、ミリタリーがヴォーギングしてるような音をくれ、だとかいう内容なんだ。コレクションで発表する服はその段階ではまだ出来上がっていないから、彼のヴィジョンについて具体的に言葉のみで説明されたからこそ、それにそって音楽を仕上げることができた(註:「ドリーマ・EP」〈ナイトスラッグス〉に“フット・バイ・エアー・テーマ”が収録されている)。
     日本のひとたちが僕らのキャップをかぶってくれてるのを見たときは本当に驚きだったよ。東京のファッションに合わせているのを見るととても嬉しい。ただ音楽を知らずに着てる人もいるよね。だから、キャップに書いてある文字をグーグル検索してそこで僕らの音楽やアートワークをもっと知ってもらえるといい。取扱店もCDやレコードとかと一緒にパッケージで売ったり、何らかの形でレーベル全体のコンセプトも含めて買い手に伝えてもらえたら、すごく嬉しいよ。

    夢でもいいので、コラボレーションしてみたい人を挙げてください。

    キングダム:一緒に仕事したいシンガーなら山ほど居るよ。シアラにブランディー、ジェネイ・アイコ(=Jhene Aiko。EPにはケンドリック・ラマーも参加)……もちろんアリーヤとできたら最高だったね。プロデューサーではドレイクのビートをつくっているノア40(Noah 40 Shebib)かな。ファッションブランドでいうと、カセット・プレイヤ(Cassette Playa)やビーン・トリル(Been Trill)とTシャツを作る予定もあるよ。

    〈フェイド・トゥ・マインド〉の次なる展望(ヴィジョン)を教えてください。

    キングダム:もっとヴォーカリストを増やしたいな。そしてもっとケレラの仕事もしたい。それからより頻繁に作品をリリース出来るようにもしていきたいね。最近になってようやく出来てきた事だけれど、その前は半年に1枚のペースだったから。まだいろいろ学んでいる最中なんだ。それに僕らはカヴァーアートまで含めて相当な完璧主義でここまでやってきた。プリンス・ウィリアムは常にみんなの意欲をかき立ててくれたり、細かい部分で仕事してくれるムードメイカー的な存在だけど、レーベルとしてのミキシングやフォトショップでのプロダクションなんかの作業は今は僕一人でやっている。ステップ・バイ・ステップだからまだすごく時間がかかるんだ。
     同時にアパレルのグッズも増やしたいね。デザインは貯まってきているんだけど、もっとキャップとTシャツのリリースをしたい。
     それと、〈フェイド・トゥ・マインド〉のフェスティヴァルをすることについても話をしているよ。アートの展示やシンガーとラッパーとDJ達を、テクノロジーを使ったハイテクな演出で披露したいと思ってる。奇妙な構造のステージで、ワイヤレスマイクを使って入れ替わりたちかわりで出てくるシンガーたちに、アシュランドがエフェクトをかけまくってるようなイメージだね。

    では最後に、2013年にリリースされたダフトパンクとディスクロージャーのアルバムでは、どちらが好きですか?

    キングダム:どちらも全部は聴いていないんだ。ラジオでシングルは聴いたよ。どちらか選べと言われたらディスクロージャーだけど、どちらもそこまで好みではないかな。でも新しい類いのエレクトロニック・ミュージックがメインストリームで成功しているという事実にはとても感謝している。なぜなら、それは〈フェイド・トゥ・マインド〉だってそうなれるっていうサインでもあるからね。

    wakka (SLOPE) - ele-king

    1/12にGerry Rooneyがプレイする、僕も大好きなEnoshimaCurryDinner OPPA-LA。そのOPPALAの店長さん曰く、Gerryの音は『ACID LOUNGE』。
    そんな『ACID LOUNGE』な曲をセレクトしました。
    WAKA Facebook | SLOPE WEB

    『ACID LOUNGE』 2014/1/10


    1
    Velvet Season & The Hearts Of Gold - Truth Machine for Lovers - Lucky Hole

    2
    Garben Eden - Romantic Archive - Lampuka Records

    3
    Anthony Naples - Moscato - Mister Saturday Night Records

    4
    Virgo Four - It's A Crime - Rush Hour

    5
    Albinos - Photosynthesis - Antinote

    6
    Pawas - flying drum(losoul remix) - Undulate Recordings

    7
    Cougarman & General Z - Susan Loves To Jack - Golden Hole

    8
    Disco Dub Band - Disco Dub (5:00-Re-Edit) - J.D. Records

    9
    Jeanne Vomit-Terror & Ed Sunspot - The Seat Of Same - Acoustic Division

    10
    DJ Harvey - Liftman - Black Cock

    Gerry Rooney-New Year Japan Tour 2014
    sunday””SUNSET””session
    2014/1/12sun at EnoshimaCurryDinner OPPA-LA

    act
    Gerry Rooney
    (Velvet Season&The Hearts Of Gold/ Black Cock / Lucky Hole )
    DJ IZU
    WATARUde( R.M.N. / GOD SERVICE )
    wakka( SLOPE )

    art work
    Bush
    soundsystem&pa
    松本音響
    OPEN/START 15:00 // FIN 22:30

    MUSICCHARGE : 3000yen

    Special Thanx
    AHBpro
    Pioneer DJ

    more info
    0466-54-5625
    https://oppala.exblog.jp/

     アナログ世代かCD世代かという議論があれば、僕は勝手に「12インチ・シングル・ジェネレイション」というタームを思い浮かべてしまう。ジャズ・ファンならLPだろうし、着うたフルで育った世代は「MP3のスカスカが懐かしい」というように、高校時代から普及しはじめた12インチ・シングルに馴らされてしまっただけともいえるけれど、身体性というのはそう簡単に変容できるものでもなく、CDが簡単に買えるようになっても(最初はヒドいものだった)、データ配信がこれだけ身近になっても、それに合わせて自分の体をカスタマイズできなかったと思うしかないような気がする。同じ曲を聴いていても、12インチならすんなり入ってくるものがCDではまったく身につかなかったり、データだと違う曲に聴こえていたりといったこともないとは言い切れない。どうか……している。

     12インチ・シングルは、なぜか日本では定着せず、そこで輸入盤文化とJポップやアイドルなどの日本文化も離ればなれになってしまった印象がある。「NME」がいつだったか、プリンスの特集を組んだときに「知られざる100の秘密」というような記事も載せていて、そのなかに「日本ではプリンスの12インチ・シングルが1枚もリリースされていない!」という項目があった。プリンスだけではなく、誰もリリースされてないんだけどなとは思ったものの、それぐらい欧米では12インチというフォーマットが当たり前になっているということをその記事は教えてくれたといえる。片面に1曲しか刻まれていない12インチ・シングルは、縮み志向の日本人には合わなかったのか、しかし、余白と感じられるだけのスペースがあるからこそ、そこにはやがてリミックスという手法が呼び込まれ、それが複雑化し、さらにはDJカルチャーを促すものがあったといえる。レイヴ・カルチャーの有無がどれだけ音楽文化に違いを与えてしまったかは、「オマル・スレイマンがビヨークをリミックス!」とか、そういったことがまったくといっていいほど日本では起きないことからもよくわかるだろう。12インチ・シングルはPCが普及するまで音楽文化における大きなプラットフォームだったのである……と、思いたい。

     20年ぶりに引っ越して、少し広い部屋に移ったために、なるべく買わないようにしていた12インチ・シングルを……また買い出してしまった。あー(嘆)。ドローンにも少し飽きてきて、ダンス・カルチャーに再び深入りしようかなという思いもあったからか、気がつけばヒドゥン・ハワイは揃える、リル・シルヴァは買い漁る、ウイリー・バンーズやなんだかよくわからない白盤がまたしても足元に溜まり出してしまった。幸い、断捨離教には入っていなかったので、いまのとことろは楽しいだけである。あー(嘆)。まー、せっかくなので、2013年のハイライトを12インチ・シングルで振り返ってみましょうか。


    1月 Andrey Zots / Not So Secret Diary (Not So Secret Dairy)

     年頭はまずロシアからアンドレ・ゾッツがぶっちぎり。ロウリン・フロシュトがハンガリーで立ち上げたレーベル名をそのままタイトルにした6作目で、ファニーな響きもさることながら、全体にここまで実験的なミニマルも珍しい。前作まではヴィラロボスの影響下にあったことは免れていなかったにもかかわらず、ジュークを取り入れたイントロダクションから動物園を丸ごとループさせたような展開など、ミニマルの裾野が無限大に広がっていく。
    1月はまた、リル・シルヴァ「ザ・スプリット」も相変わらず絶好調で、〈ラフ・ドッグ〉が発掘してきたグローイング・パームスのソロ・デビュー作「RK#7」もご愛嬌。

    2月 Lord Of The Isles / SHEVC007 (Shevchenko)

     アンドレ・ゾッツでなければ、1月はジョージア州から彗星のように現れたHVLのデビュー作にしたかったところだけれど、同じようにミスター・フィンガーズを思わせるアトモスフェリックなディープ・ハウスなら2月はロード・オブ・ジ・アイルの8作目が圧倒的だった。キックもスネアもなしで10分を越えるロング・トリップを可能にした1枚で(ハットは少々入る)、延々と上昇しつづける音のスパイラルは『E2-E4』に似た世界を垣間見せつつ、デリック・メイにも近い部分を感じさせる。ほかには前の年に出た「ゴールド・ランゲージEP」ほどではないものの、レオン・ヴァインホール「ロザリンド」もまだかなりイケる感じで、〈モダン・ラヴ〉からデビューしたライナー・ヴェイルも今後が期待できる感じ。

    3月 Amit / Acid Trip / Don't Forget Your Roots (Tempa)


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     3月はペヴ「アズテク・チャント」やウィリー・バーンズ=ブラック・ディアー……といいたいところだけど、「セカンド・カット」や「ヴィレッジ・フォーク」などのヒットで知られるドラムン・ベース・ヴェテランが前年からダブステップに手を染めはじめ、これにアシッド・ハウスを組み合わせた14thシングル「アシッド・トリップ」がダントツでした。まったくもってアイディアは単純。ヴィデオも最後で大笑い。フランスのアルビノにも似たようなことがいえる。

    4月 Om Unit & Sam Binga / Small Victories EP (Exit Records)


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     これに関しては紙エレキングのブリストル特集(P.112)で長々と書いたので、そちらを参照ください。4月はほかにダブ・メックスのセカンド・シングル「ブロークンUFO」、イオマックの5thシングル「スプーク」、バーズメイキングマシーンのサード・シングル「2」、フローリアン・カップファーのデビュー・シングル「ライフトラックス」、Lヴィス1990「バラッズ」なども良かった。

    5月 Various / Dark Acid (Clan Destine Records)

     〈クラン・デスティン〉が現在までに3集までリリースしているアシッドハウスのコンピレイション・シングルで、1枚めはなんといってもトーンホーク「ブラック・レイン」がハイライト。このPVを観て、音楽だけを聴いて……といっても無理だと思うけれど(最初に一回、映像を観ないで音だけ聴くことをオススメします)、いつにもましてトーン・ホークがソリッドにキメている(最近、ちょっと方向転換しちゃったみたいだけど……)。ほかにナッティマリの変名であるロン・ハードリータフ・シャーム(ドロ・ケアリー)をこの時点でまとめたところも慧眼といえる。ワイルド・ナッシングのEP「エンプティ・エステイト」にもちょっといいチル・アウトがありました。

    6月 Serifu / Stucco Swim (Diskotopia)


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     5月はイナー・サイエンスによる音の乱舞が実に美しかった「サイレント・アウェイキングEP」も捨てがたいものがあったけれど、同じ日本人で6月はセリフのデビュー・シングル「スタッコ・スイム」がなかなかやってくれたという感じ。レーベルはディスコトピア。エスニックなイントロダクションからグッと惹きつけるものがあり、ドライヴの効いた2曲めに引き継がれ……と、ベース・ミュージックの新境地が次々と押し寄せる。いやー、これはカッコいい。どこかに和太鼓のリズムを感じさせる感触があり、それが全体にエスニックの裏打ちになっているのだろう。ディプロが見つけるのも時間の問題というか。同じようにスチール・パンで「ヴードゥー・レイ」をカヴァーしたジェレミー・デラー「イングリッシュ・マジック」もかなり斬新なアレンジで、マッドチェスターにトチ狂った覚えがある人は是非、聴いてほしい感じ(オプティモによるリミックス盤はもうひとつでした)。この人はターナー賞を受賞したことがある美術家なんだそうで、なるほどメイキング・ヴィデオもそれらしくアートっぽい?

    7月 DJ Rashad / I Don't Give A Fuck (Hyperdub)


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     2013年の顔役のひとりで、野田努は「ローリン」を押しまくるけれど、僕はこっちが良かったピーッ。いかにもインプロ風に被せられたピーッという音のフリーキーさがたまりませんよね。アーリー・レイヴを思わせる不穏なシンセサイザーのループもいいムードを醸し出しているし、ピー……じゃなかった、Bサイドに収録されたフレッシュムーンとの共作「エヴリバディ」がまたM.I.A.を遅くしたような展開とデリック・メイを早回しにしたものが、どこかで接点を見出したというような曲で、実にけっこうでした。

    8月 dBridge & Skeptical / Move Way (R & S Records)


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     エイミットやサム・ビンガ、あるいはダブ・フィジックスの陰にこの男ありというわけで、ここ数年、ドラムン・ベースの変容に立ち会ってきた〈イグジット〉主宰、ブリッジがジュークの影響をダンスホールで返したような直球勝負。ガッツ、ガッツでドタン、ドタンって、あまりな音数の少なさはS-X「ウー・リディム」にも匹敵するものが。つーか、ダンス・カルチャーというのはコレですよね。ヴェイパーウェイヴとかやめてほしいです。とにかく徹頭徹尾ビートだけで、快楽的なんだかストイックなんだかよくわからない~。追って10月にリリースされたテッセラの5thシングル「ナンシーズ・パンティ」もこれに影響されたんだろうか。

    9月 FKA Twigs / EP2 (Young Turks)


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     前に書いたサウンド・パトロール(https://www.ele-king.net/review/sound_patrol/003359/)を参照ください。

    10月 DJ Nigga Fox / O Meu Estilo (Principe)


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     アンゴラが起源とされるクドゥロのコンピレイション『バザーク』から2年、もっとも興味深かったリスボン・ベースのDJニガ・フォックスがついにデビュー! しかも、作風はかなりハウスに寄せていて、オソロしい才能を感じます。「ミウ・イシーロ」=「マイ・スタイル」を標榜するだけあって、本当に独特のものがあるし、ポリリズムすぎて詳しくはなんだかわかりませんが、クドゥロだけでなくルワンダから流れてくるリズム(?)やタラシンハ(?)、あるいはバティーダもミックスしてるとか(?)。とにかくウルドゥー語ヴァージョンなどを出していた頃のファン・ボーイ・スリーやトーキング・ヘッズ『リメイン・イン・ライト』の先を思わせるところもあったりと、ダンス・ミュージックの長い道のりを感じさせることしばしば。コレはマジやばいは。続いてリリースされた彼のお仲間(?)であるナイアガラは、しかし、かなりナゾ。10月はほかにヴァンパイア・ウィークエンドからバイオが少し垢抜けた「ミラEP」にルーマニン・ハウスではプリークとして知られるアドリアン・ニクラエ「アコースティックEP」もそれぞれ出色の出来。

    11月 Shit And Shine / Blowhannon (Diagonal)


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     これは意表をついた。いままでもひと筋ではいかなかったハードコアというのか、サイケデリックというのか、それともマス・ロッックだったり、インダストリアル・ロックでもあったシット&シャインがハウス・シングルをリリース。そして、オルタナティヴ・ロックのエッセンスは見事にハウス・ミュージックに溶かし込まれ、異様なダンス・ミュージックに仕上がっている(ちょっとバットホール・サーファーズのサイド・プロジェクト、ジャックオフィサーズを思い出した)。いわゆるひとつの鉄槌感もあるし、なんだろう、インダストリアル・ハウスとでも呼べばいいのだろうか。しかも、B2にはセオ・パリッシュ「シンセティック・フレム」のエディット・ヴァージョンまで収録されて……(プロモ盤では「ディキシー・ピーチ」と題されていたものが、クレームでも入ったか正規盤ではセオ・パリッシュの曲名に変更されている?)。いや、しかし、もしかして、このままUSアンダーグラウンドのプライマル・スクリームになっちゃったりして…。

    12月 Joe / Punters Step Out (Hemlock Recordings)


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     リリース・ペースはけして早くないジョーが続けさまにリリースした2枚のうち、後から出た方で、ちょうど1年前にスウィンドルがダブステップにマンボを取り入れたことに挑発されたか、オルガンをフィーチャーしたモンド・ステップで世界を少しばかりグニャリと歪ませてくれる。構成がとにかく大胆で、時間軸まで歪んだように聴こえるというか、「ダブステップは終わった」と言われてからが面白いと言わんばかり。カップリングはまるで上に挙げたシット&シャイン風で……あー、しかし、シャッフル感がぜんぜん違うかな、この人は。それこそ時間をかけるだけのことはある。12月はほかにマッドテオの8thシングル「インサイダー」、トム・ディシッコの6th「ノー・シンパシー」、グア・カモーレ「マシュタハ」もやってくれました。

     ……こうしてみると、まったくといっていいほどヒップ・ホップを聴かなくなったなー。ミックステープも落とすだけで長いからあんまり聴かないしなー。まー……それはおいといて、要するに12インチというのは短いから頭に入ってくるんですね。1日に詰め込める量なんて、実は限られているんだろう。昔は、「NME」のシングル・オブ・ジ・ウィークを毎週、チェックして、週に1枚、気に入ったシングルがあれば、それでかなりシアワセだったからなー。それでも年間にしてみれば50曲以上はフェイヴァリットになっているわけで、けして少なくはないわけだし。それこそ昔、よくやっていたのはデビュー作から3~4枚のシングルを好きな曲順で再構成したテープをつくってファースト・アルバムとして聴いていたこと。実際にファースト・アルバムが出ると、ほとんどの場合はがっかりで、どういうわけかそれ以上のものにはなってくれないという……。

    vol.61:ウィリアムスバーグの終焉 - ele-king

    再オープンしたサイレント・バーン
    再オープンしたサイレント・バーン

     気分も新たな2014年。本年もよろしくお願いします。
     NY(アメリカ)のお正月はあっという間に過ぎ、2日から通常営業。年の初めだし初心に戻り、またトッドPからはじめたい。2年前、2012年初めに、NYのDIYシーンの未来を語ってくれたトッドPである。
     この時から状況は変化しているが、ブルックリンのDIY音楽シーンを支える彼のコンセプトは変わっていない。彼が引き続き、2014年の重要な鍵を握っていることは間違いない。ここ数年の彼は表立ったブッキングよりも、複数のプロジェクトを進めてきている。
     彼がどれくらい忙しいかというと……以下が同時進行しているプロジェクト。
    1. 285 ケント::オールエイジのパフォーマンス・スペースの経営。(ウィリアムスバーグ、ブルックリン)
    2. トランス-ペコス(旧サイレント・バーン) :: オールエイジの会場、アートスペースの経営。(ブシュウィック/リッジウッド、ブルックリン)
    3. オトラス・オブラス ::アートギャラリーの経営。(トゥワナ、メキシコ)https://otrasobras.mx
    4. ショーペーパー ::オールエイジを対象にしたNYエリアのショーリスティングの新聞の幹部。フルカラーのアートは毎回変わる。2週間に1回発行。https://showpaper.info
    5. マーケット・ホテル:: 長い間閉まっているコンサート/アートスペース。再オープンに向けて。(ブシュウィック、ブルックリン)
     その他、ブシュウィックに、リハーサルスタジオ、多目的アートスタジオ、オフィス・スペースなどを貸している。https://toddpnyc.com

     2013年12月に、#1のトランス・ペコス(元サイレント・バーン)が約2年半の歳月をかけオープン。喜んだその1週間後の12月19日には、定番のDIY会場、#2の285ケントがクローズ。NYのメディアもすぐ反応している。
     https://gothamist.com/2013/12/19/is_285_kent_closing_tonight.php
     https://blogs.villagevoice.com/music/2013/12/...
     https://www.imposemagazine.com/bytes/285-kent-closes

    トランス-ペコス
    トランス-ペコス

     まずふたつのサイレント・バーンについて説明。
     元々のサイレント・バーン(951 wyckoff ave)は、2011年8月に強制撤退させられている。そして、2013年1月に新しいスペース(603 bushwick ave)で再オープンし現在に至る。その旧スペース(915 wyckoff ave)に、#1のトランス・ペコスが、2013年12月にオープン。旧サイレントバーン:603 bushwick ave(ブシュウィック) 新サイレントバーン(トランス・ペコス):951 wyckoff ave(ブシュウィック/リッジウッド)
     トランス・ペコスは、違法だった場所を合法に変え、ライヴを見に来る目的だけでなく、飲みに来たり、ハングアウトできる多目的場所にしたいという、トッドPの新たな挑戦だ。トランス・ペコスのオープンに辺り、トッドPは12月10日に声明をリリースしている。トランス・ペコスをこれからどのような場所にしていきたいかなど、彼の情熱が伺える。著者は、12月18日に現在ほとんどのブッキングを担当するノーザン・スパイ・レコーズのショーケースで、サン・ワッチャーズ(From Nymph)、ピーター・カーリン8、プラティナム・ヴィジョンなどのバンドを見た。地下やバックヤードも改装され、トッドPの思惑通り「ゼブロン、トニックなどの、NYの伝統的な音楽スペースのように、広い範囲での「新しい」音楽ジャンルの場所」に一歩近付いている。ここに希望を感じたが、次の日が285 ケントの閉店とは誰が予想しただろう。

    オトラス・オブラス
    オトラス・オブラス

     この285 ケントの終幕が、トランス・ペコスのオープンとどう関連するのかは謎だが、ウィリアムスバーグの重要なDIY会場を失ったのは事実だ。285 ケントの終わりは、ウィリアムスバーグの終幕を決定づけたとも言える。285ケントの最後のアクトとなったエストニアンのエクスペリメンタル・シンガー、100%シルクのアーティスト、マリア・ミネルヴァもパフォーマンスの最中、観客に向かって「私たちはいまここで、ウィリアムスバーグの最後を見届けている。個人的にも、この場所(285ケント)以外には行く必要はないと思っている」と言い放った。

    285ケントの最後のアクトとなったマリア・ミネルヴァのライヴ
    285ケントの最後のアクトとなったマリア・ミネルヴァのライヴ

     その他、ブルックリンの音楽ニュースは:
     最近ウィリアムスバーグに鳴り物入りでオープンしたラフ・トレードは、騒音問題のため暫くライヴは中止。
     現サイレント・バーンは、現在資金集めのためキック・スターターを展開。
     多目的会場、ブルックリン・ナイト・バザーに、12月27日~28日と、サイキックTV(最高!)を2日連続で見にいった。人はたくさん入っていたが、クリスマスの後だったためか、ガクッとヴェンダーの数が減っていた。
     11月22日からトッドPのウエブサイトのアップデートは停止している。

     これらが何を意味するのか、変化の速度は速く、新たな時代に入っていることには違いない。2014年、何が起きても動揺しない精神の強さ(これ大事)で観察を続けたい。みなさんと共有できたら幸いである。

    ブルックリンでのサイキックTV
    ブルックリンでのサイキックTV

     

     こんにちは、NaBaBaです。年の瀬迫る今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。今年もあっという間に過ぎてしまいましたが、ゲーム業界的には非常に盛り上がった1年でした。PlayStation 4とXbox Oneの二大次世代機も北米と欧州ではついに発売となり、どちらも品切れ続出の大人気のようです。

     そんな僕もじつはPlayStation 4の北米発売日である11月15日に、ロサンゼルス旅行に行ってきました。あいにくゲーム機そのものは手に入らなかったのですが、発売日の深夜販売に合流してみたり、個人のゲーム・ショップで店員さんたちといっしょに遊んだりして、向こうのゲーム熱を直に感じてきたのです。

     
    L.A.市内のゲーム・ショップ『World 8』にて。店員さんたちと開封したてのPlayStation 4で遊んだときの様子。

     そしてこのロサンゼルスを舞台のモチーフにしているのが、今年最大の超大作である『Grand Theft Auto V』です。〈Rockstar Games〉の看板シリーズであり、昔『Grand Theft Auto III』が日本で発売されたときには、その暴力的内容から神奈川県で有害図書に認定されるという事件もありました。そうしたことから名前だけは知っている方も多いのではないでしょうか。

     そんなシリーズの最新作である本作は発売されるや否や、数々の記録を打ち立てています。まず開発費が約2.65億ドルと歴代ゲーム1位(2位は前作『Grand Theft Auto IV』の1億ドル)で、しかも発売初日に8億ドル以上売り上げ、発売6週で約2,900万本も売り上げるなど、化物みたいな数字が目白押し。さらにVGX等の数多くのアワードでもGame of the Yearを受賞しています。

     そんなあらゆる面において今年を代表し、また今世代の集大成と呼ぶにふさわしい本作のレヴューで以て、このコーナーも今年を締め括りたいと思います。

    ■進化・改善と新要素

     先程『Grand Theft Auto V』を今世代の集大成と呼んだのは、何も比喩的な意味ばかりではありません。〈Rockstar Games〉の作品としては、今世代に発売された『Grand Theft Auto IV』のオープンワールドゲームとしての骨格の上に、『Red Dead Redemption』の自然表現やランダムミッションシステム、『Max Payne 3』のシューティングシステム等といった長所を組み合わせた、正しく字のままの集大成として仕上がっているからです。

     舞台となるSan Andreas地方は、都市部と自然が織り成す、〈Rockstar Games〉の作品の中ではもっとも広大なもの。そこに詰め込まれているアクティヴィティも膨大で、現代のロサンゼルスに存在するであろう、あらゆる事物を徹底的に再現し、その上で現実では体験できないフィクションを織り交ぜています。シリーズはおろかオープンワールドゲームの中でも史上最大の物量だと密度と言っても過言ではありません。

     
    シリーズ最大の舞台を、もっとも洗練されたゲーム・システムで楽しめる。

     さて、こうした進化と改善に対して、今回からの新要素はなんといっても3人の主人公によるザッピングシステムでしょう。本作ではMichael、Franklin、Trevorというそれぞれまったく別の境遇の3人組が、お互い協力して数々の犯罪に挑んでいきます。そしてゲーム的にもプレイヤーはこの3人を使い分けながら攻略していくことになり、ゲーム全体を通して非常に重要なシステムとしてフィーチャーされています。

     ではここから、前半はオープンワールドとメインミッションについて、後半は世界観の考察を交えながら、シナリオに対してこのザッピングシステムが持つ功罪について、考えていくことにしましょう。

    本作の特徴についてはこの公式解説動画がもっとも纏まっている。

    ■3人の主人公と3種類の視点

     オープンワールドゲームとしてのこの主人公のザッピングシステムは、まずはミッション中でなければ基本的にいつでも自由に操作キャラを切り替えられるという点で、遊ぶ上での利便性に寄与しています。たとえば別々の場所にいる主人公たちを切り替えることで移動の手間が多少省けるし、また、いまやっていることに飽きても他の主人公に切り替えることで、心機一転して別のことに取り組むきっかけになるのが面白い。

     しかしそれ以上に個性や行えることが違う主人公たちを切り替えることで、ひとつの舞台を三者三様の角度から楽しむことができるのが効用としてはもっとも大きいと感じます。典型的なのがTrevorで、彼の破滅的な性格、言動はプレイヤーの遊び方をも自然と暴力的な方向に導いていく。MichaelやFranklinでは性格的に似合わない大量虐殺もTrevorだったら起こし得るし、実際そういう趣旨のイベントもたくさんあります。

     
    Trevorの狂気はプレイヤーの暴力的衝動を掻き立ててくれる。

     前作『Grand Theft Auto IV 』でリアリティとシリアス路線の観点からトーン・ダウンしたシリーズ元来の暴力的ハチャメチャプレイが、Trevorというキャラによってリアリティを損なうことなく実現できた意義は大変大きい。シリーズのどのタイトルのファンにとってもうれしい改善だと言えます。

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    ■格好良い+ 格好良い +格好良い=超格好良い!

     『Grand Theft Auto V』の遊びの本軸となるメインミッションでも、先程のザッピングシステムは効果を発揮しており、ここではひとつの出来事を多角的に、かつよりスペクタクルに描き出すものとして、さらには攻略における戦術的オプションとしても機能しています。

     本作のメインミッションは前述した通り、3人が協力して大仕事に挑むパターンが多い。プレイヤーは異なる役割の3人を任意に切り替えたり、または自動で切り替わったりするなかでひとつのミッションを攻略していくことになります。

     これは簡単に言えば、3人の主人公の格好良い瞬間を切り貼りして、全体が構成されているという感じ。なので展開が常に引き締まっていて中弛みがなく、ひとつの出来事を多角的に見れるので物語としての厚みも増す。また役割が3人に分散するので、従来のゲームに見られた、主人公がひとりで全部やるみたいなことが起きず、リアリティにも貢献しています。

    ミッション中のザッピングシステムの機能は、映像を直接見てもらうのが理解する近道だろう。

     メインミッションでは大抵の場合頻繁にキャラクターを切り替えることになりますが、こうしたシステムで懸念材料になるのが、キャラクターを切り替えたときに状況が把握しきれず混乱しかねないことだと思います。しかし本作では不思議なくらいこの問題は起きませんでした。

     それは良くも悪くもこのシリーズのミッションには、もともと戦略の自由度が無いからなのでしょう。とくに04年発売の『Grand Theft Auto: San Andreas 』以降のミッションは紋切型ばかりで、大局的な目線で立ち回りを考えたりといった、創意工夫を許す余地がありません。この点がいままでは欠点のひとつとして度々指摘されてきたわけですが、しかし本作に限ってはその指示された通りやればいいという単純さが、むしろ主人公を使い分ける際に混乱を抑制するプラスの効果を生んでいるのです。

     また違う立場のキャラクターに切り替える機能は戦略の幅には寄与しなくとも、局所的な戦術という意味では自由度を増やしてくれています。たとえば1人が迷路のような場所を進み、もう1人が遠方からスナイパー・ライフルで援護するというシチュエーションの場合、片方の操作に専念するか、交互に使い分けるか、またその割合等もプレイヤーの裁量に委ねられるのです。

     
    定番の狙撃で援護する場面も、する側とされる側を自由に切り替えられるとなれば俄然面白くなる。

     そうした点を考えれば、紋切型という根本的な構造自体は変わっていませんが、むしろ紋切型としては、従来のゲームには無いシステムがとても新鮮で、かつそれがしっかり機能していて、とても面白いものに仕上がっていると思います。

    ■リーマンショック以降のアメリカ社会を切る

     問題はシナリオで、ザッピングシステムがほぼ完璧に機能していると感じた先の2件に比べて、こちらは不満に感じる部分が結構ありました。しかしその点を語る前に、まずは本作の全体的な世界観から考察していきたいと思います。

     このシリーズの世界観の特徴は、一貫してアメリカ社会の風刺であると思っていますが、本作ではとくにその傾向が強い。なぜなら今までのシリーズはギャングやマフィアといった裏社会の出来事を中心に描いていたのに対し、本作ではより一般人と表社会に近いところで物語が展開されるからです。

     もっともわかりやすい例が主人公たちに仕事を依頼するクライアントや敵対者たちで、これまでのような裏社会の犯罪者はほんのわずかで、かわりに実業家やFIBやIAA(FBIとCIAのパロディ)の捜査官、パパラッチやエクササイズ・マニアだとかいった、ほとんどが表社会や公的機関の人々。そんな彼らが金を稼ぐため、社会で生き残るため、あるいは狂気の結果として、主人公たちに不正行為の外注をするわけです。

     
    実業家のDevin Weston。儲け話でそそのかしながら、報酬を出し渋る嫌な奴だ。

     さらに街を見回してみると、現代社会のさまざまな事物が強迫観念的に誇張されて描かれています。経済問題やセレブの堕落といった話題がニュースの紙面を賑わせ、IT会社のCEOは児童労働を高らかに宣言し、保守主義と社会主義の知事候補が日々過激な罵り合いを繰り広げ、TwitterやFacebookを模したSNSを見ると人々はヤクやセックスの話ばかりしている。

     
    現実では建前の奥に隠している本音も、本作では皆堂々と曝け出している。

     そこから浮かび上がってくるのはリーマンショック以降のアメリカの姿です。不景気や相次ぐ社会問題に喘ぎ、しかしかつての栄華を捨てきれずに体裁だけ整えようと、皆が必死になっている姿がそこにはある。劇中ではどれも表現が過激で往々にしてコミカルに見えるますが、捉えている問題は極めて現実的でシリアスなものです。

     そんな世界において、主人公たちはある意味ではもっとも被害者なのかもしれません。なにしろほとんどの場合クライアントからは報酬が支払われない。これまでのシリーズでは仕事を請け負えば必ず報酬がありましたが、本作では何かと理由を付けてケチられたり、そもそも初めから無銭労働を強いられる場合も多い。

     当然主人公たちはジリ貧です。物語的にはもちろん、ゲーム的にも出費だけがかさみ、そのうち何もできなくなり、最終的には自ら企画立案した仕事=強盗に挑まざるを得ない状況に追い込まれていく。

     
    本作の自主的な強盗の動機は、基本的に生活苦なのである。

     つまり本作は本質的には労働者の物語なのです。これは言うなればウォール街を占拠せよ運動で語られた、1%の富める者と99%の貧する者たちによって繰り広げられる死の舞踏なのです。問題の発露、あるいは解決に犯罪行為が選ばれているだけで、問題そのものはわれわれ一般人の生活のなかにあるものを捉えている。

     そして本作の凄いところは、こうした社会風刺を言うまでもなくオープンワールドゲームとして表現している点にあります。これまでゲームに限らずあらゆるメディアに社会風刺的な作品は存在しましたが、風刺の対象となる社会そのものを仮想現実的に再現してしまうことに関しては、このシリーズに勝るものは他にありません。とりわけ本作はいままで以上に一般人の目線に立った世界観と、先述したシリーズ最高のゲーム・システムが組み合わさり、シリーズとしてもメディア作品としても風刺表現のひとつの極みに達していると言えます。

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    ■三兎を追う者は何とやら

     問題はここから。世界観と全体的なテーマは文句なしですが、3人の主人公個々の物語として見ると話は違ってきます。結論から言えば主人公が3人になったぶん、視点が分散してしまい、両者とも十分に掘り下げきれないまま話が終わってしまう印象を受けました。

     少なくとも中盤までは大変面白い。ストリート・ギャングと決別し、より現実的な方法で成功を望むもうまくいかず悶々としているFranklinは同世代として共感できるし、家庭崩壊と己の性に苦しむMichaelはいままでのゲームには無かったキャラクター像でとてもユニークです。そんなふたりに正真正銘の外道であるTrevorが合流し、毎回乱痴気騒ぎをしつつも全体的に駄目な方向に堕ちていく様子は、まさに現代版死の舞踏といった感じで、悲劇でも喜劇でもありながら独特の緊張感がある。

     
    ついには家族に出て行かれてしまうMichael。

     しかし後半以降になると途端に展開がマンネリ化してしまいます。まずFranklinは本人の目標を早々に達成してしまい、話の本筋にあまり絡まなくなってしまう。TrevorはMichaelのことをチクチク言葉責めするばかりで関係に進展がほとんどないし、3人のクライアントもほぼFIBに固定化されてしまう。

     
    Franklinはときどき元ギャング仲間との絡みがあるだけで、後半はほとんど彼自身の物語が展開されない

     こうした後半のマンネリ化に続いて、終盤で物語が収束していく段になっても、個々の出来事にいまひとつ説得力が欠けているのです。極めつけはエンディングです。3種類に分岐するのですが、どれもいままで積み重ねた伏線を回収しきれずに終わるか、もしくはまるで打ち切りマンガのように強引に風呂敷を畳む感じになってしまい、いずれにせよ不満が残ります。

     以上のようなシナリオになってしまったところに、3人主人公というシステムの難しさを感じずにはいられません。エンディングについて、「もっと尺を取って個々の伏線にしっかり決着をつけるべきだった」と言うのは簡単ですが、おそらく律儀にそれをやっていたらただでさえ長大な物語がさらに気の遠くなる長さになっていたに違いありません。後半のマンネリも、3人の個々の物語を展開しつつ、本筋の大きな物語に歩調を合わせることの困難さが露呈してしまっています。

     どうすればうまくいったのか簡単には思いつきませんが、つまりはそのワン・アイディアが足りなかったということでしょう。結論としては一般的なゲームのシナリオとしてはユニークさも完成度も十分と言えますが、個人的にシリーズ最高だったと思っている『Grand Theft Auto IV 』の主人公Nikoの物語と比べると、今回の3人の物語は数段落ちるのが残念でした。

    ■まとめ

     お金をつぎ込めるだけつぎ込み、現在考えられる究極のゲームを作ったとしたら? その答えのひとつが『Grand Theft Auto V』であり、その圧倒的物量は前代未聞の領域。新しいシステムも含め全体的な完成度はとても高い。

     唯一、シナリオの後半以降の粗が目立ってしまうのが玉に瑕ですが、現代アメリカの風刺としてはこれ以上無いほど極まっており、総合的に見て『Grand Theft Auto』シリーズの名に恥じない傑作と断言できます。ゲーマーは勿論、普段ゲームに興味の無い人にも手にとってほしいと感じる逸品。

     最後に、『Grand Theft Auto V』はとても多義的な作品です。今回はゲーム・システムと物語という観点からレヴューしましたが、よりアメリカン・カルチャーに根ざしたところから本作を考察することもできるでしょうし、犯罪映画の数々と比較して語ることもできるでしょう。

     そして『ele-king』的には何よりも音楽ではないでしょうか。本シリーズは毎回劇中のラジオという形で、時代性に即したさまざまな実在の楽曲が収録されていますが、本作もまた古くはザ・スモール・フェイセスの『オグデンズ・ナット・ゴーン・フレイク』から、近年ならジェイ・ポールの『ジャスミン』等、幅広いジャンルの曲が選ばれています。

     こうした観点からのレヴューも非常に興味深いに違いありませんが、あいにく僕は音楽の専門化ではないので書くのは難しい。むしろ他の誰かが書いてくれないかな! という淡い期待を寄せつつ、本年のレヴューを締め括らせていただきたいと思います。それでは皆さん、よいお年を。



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