「OTO」と一致するもの

女の暴力映画

 いま、女性と暴力の問題を書くのはことさら慎重さが必要になるので、とても怖い。久々に女性にまつわるテーマで新連載を始める機会をいただいたが、うかつなことを書いてしまったらどうしようとビビリ腰になっている。とりあえず第一回目なので最後まで読んでいただけると嬉しい。

 映画で描かれた「女の暴力」。とはいっても今回は、女が振るわれる暴力についてではない。もうそんなものは映画史に溢れかえっているし、改めて解説されるのも読者は疲れるだけだろう。現在でも現実に、女が様々な形のハラスメントや抑圧、そしてまさに肉体的な暴行を受ける事案が日常的に起こっている。文明が進んだらマシになるのかと思いきや、全然性差別は解決していないうえ、それを声に出した女性がSNSなどで受ける二次的なハラスメントを、リアルタイムで見つめてさえいる時代だ。
 そんな暗雲の下で暮らしながらも女が抵抗し、戦い、もちろん良いことだけではなく利己的な欲望で他人を傷つける振る舞いは行われてきた。現実と同様に、映画も女が肉体的にも精神的にも他人にヴァイオレンスの矛先を向ける瞬間を描いている。それは華麗なアクションであったり、現実の我々にも訪れそうなリアリティに満ちたものだったり様々だ。
 映画業界は男性主導の世界である。だからこそ2017年にはハリウッドで驚くような、完全に犯罪の域である悪質なセクハラが明るみになり、それがまかり通ってきたことが改めて認識された。でもそういった報道に対して、逆に被害者をバッシングする反応が多いのも目についた出来事だ。そんな齟齬がある中で、男性の作り手が撮った女性主演のアクション映画は、本当に女性的なアクションといえるのかは判断に悩んでしまう。そもそも男性の監督や脚本家によっても、女性心理にうとい人/感受できる人は様々な度合いがある。それに女性監督が作った女性アクションだったら、正統だとか真実だともいえないだろう。女性なら女性心理が完全に汲めるのか? という疑問もある。それにわたしたち女性だって、長年男性が作った男性主体のアクション映画を観てきているので、映画ではそのことに慣れてしまっているのだ。これは男性であっても同様で、現実と表現は違うため、もし格闘技の経験のない人が「アクション映画を撮れ」と言い渡されたら、自身の経験から引き出すのではなく、これまで観てきた映画のヴァイオレンスを参考に表現を組み立てていくことになるだろう。日常の経験でも、見栄えのするアクションに街中ではそうそう遭遇しないものだし。

暴力の多面性

 そして暴力は肉体的なものに限らない。ひとは裏切りや嘘でも心にダメージを受ける。マスコミによる著名人の不倫報道はいっとき病的なほど過熱していた。それは視聴者や読者の関心をひいて激しいバッシングを引き起こしたが、不貞がかまびすしく非難を浴びるのは、自分の身に受けることを想像しやすい精神的な暴力のひとつだからだ。わかっていて人を裏切るのはひどい行いである。とはいえ当事者にも事情は色々あるだろうし、不倫は申し開きをするほど「反省していない」といった反発をくらうため、甘んじて批判を受けるしかない。そこに付け込んだ報道のあり方や過剰なバッシングも、当事者に与えるダメージを見越した一種の暴力である。これらのような精神を傷つけ心を壊す行為も、やはりヴァイオレンスの形として見過ごせない。
映画において、女が暴力を振るう場面は娯楽だろうか。確かにシャーリーズ・セロンが戦う姿は、問答無用にかっこよくて魅了される。それでも女が振るってはダメな暴力という表現もあるのだろうか。それらの線引きは何を根拠になされるのか――考えると頭がグルグルしてしまうことばかりだ。だから映画の中で女優が繰り出すキックを観つつ、改めて女性と暴力についてゆっくり考えてみよう。

変遷するタランティーノの女性と暴力

 タランティーノはなんといっても『レザボア・ドッグス』(91年)を封切りで観て以来の付き合いという感がある。ハーヴェイ・ワインスタインの事件で名をあげたり下げたり色々あったうえ、新作がマンソンファミリーによるシャロン・テート殺害事件の映画化というのも物議を醸しそうだ。それでも完成すれば必ず観にいくだろうし、これまでもすべての作品は劇場で観ている監督である。
 登場人物が男だけの映画『レザボア・ドッグス』でメジャー監督デビューしたクエンティン・タランティーノは、現在では女性アクションの監督というイメージも強い。ユマ・サーマン主演の『キル・ビル』2部作(03年、04年)は、とても虚構性の強いアクション作品だ。ヒロインの“ザ・ブライド”は、元々暗殺者集団に所属する凄腕の殺し屋だった。しかし足を洗い、普通の女性として人生を送ろうとした矢先に、かつてのボスであり愛人であったビル(デヴィッド・キャラダイン)の命令によって、仲間の殺し屋たちに夫とお腹の子どもを殺され、彼女も死の縁をさまようことになる。映画は長い昏睡から目覚めたザ・ブライドが、彼女の人生を台無しにしたビルと殺し屋たちへ、復讐を果たしていく物語だ。

荒唐無稽な大殺戮に潜ませた愛憎劇

 1作目の見せ場は、伝説の名刀を求めて日本を訪れたザ・ブライドが、青葉屋という料亭で繰り広げる殺戮劇だ。この一連のシーンで、ザ・ブライドはブルース・リーを彷彿とさせるトラックスーツを着ているし、復讐の的であるオーレン・イシイ(ルーシー・リュー)の用心棒が鉄球使いの女子高生であったり、イシイの配下“クレイジー88”が日本刀を持った学生服集団であったりと、元々リアリティは意識していない設定である。

 男性監督や脚本家にとって主人公が女性であることは、地続きで想像できてしまう男性主人公と比べて、虚構として想像を膨らませやすいのだろう。今では女性アクション映画といえば『キル・ビル』は必ずタイトルがあがる。ザ・ブライドの殺した人数のインパクトが記憶に残るのもわかりやすいし、そんな過剰な復讐劇の動機が、最終的には母性に集約されていくのも、強い女性を想像する際のふんわりした理由やイメージの例だ。
 男性の主人公が娘の復讐のために立ち上がる映画だと、地に足のついた作品が次々と頭に浮かぶ。男が考える男の復讐劇は、リアリズムから逸脱しない。しかし女性の復讐劇である『キル・ビル』は、大量殺戮の面白さを見せることが一番の目的であって、動機に母性を持ってくるのはもっともらしく見せるためだけに思える。むしろビルとザ・ブライドの間にある、愛と憎しみの交じり合ったメロドラマ性の方が、言い知れぬ動機として魅力的であり物語を豊潤にしている。「愛しているけれどもくびきから逃れたい」「愛するあまり許せないから殺したい」「愛が招いた因果応報を素直に受け入れる」という感情の交錯が、本作を荒唐無稽なだけでは終わらないドラマとして成立させていた。

より生身の暴力へ

 その後の女性をヒロインに迎えたタランティーノ作品は、反動のように「女にも可能なヴァイオレンス」を追求していく。『デス・プルーフ in グラインドハウス』(07年)は、『キル・ビル』でユマ・サーマンのスタントをしていたゾーイ・ベルが、彼女自身として主演を務める。改造車を使った殺人鬼スタントマン・マイク(カート・ラッセル)に狙われた、ゾーイをはじめとする女性だけの車。なんとか逃げ延びたあと、命の危険にさらされた彼女たちは怒りに燃えて復讐に出る。本作でみせるゾーイ・ベルの身体能力が素晴らしい。ボンネットに掴まったままのカーチェイスや、彼女が走り出す車へ手にパイプを持ったままスルッと滑り込むように箱乗りする場面など、本当にゾーイ自身が演じているリアリズムによって、有無を言わせぬ効果をあげる。


©2007 The Weinstein Company, LLC. All rights reserved.

 本作はマイクの凶行を見せるための二部構成になっていて、まずは酒に溺れエロティックな危険を冒す女性グループが登場する。前半では彼女たちと、「グラインドハウス」のカップリング作品『プラネット・テラー in グラインドハウス』の主演ローズ・マッゴーワンが、被害者として恐怖に慄きむごい目に遭う。
 タランティーノの映画は被害者が男性であっても、監禁の恐怖や、観ていて痛みや凄惨さを強く覚える時がある。映画に耽溺してきた彼の「映画は虚構」という骨身にしみる感覚ゆえか、表現が細やかなあまり暴力シーンには過剰なサディズムが漂っているようだ。確かに映画は所詮作り物にすぎない。だから暴力表現において、創造の面白さに興味が傾くのも当然だ。だが同時に、スクリーンで何が起ころうと真に受けない感性が試されるような、逃げ場のなさや妙に皮膚感覚に迫る暴力性には、観ていて時々居心地の悪い気持ちがする。
 『デス・プルーフ』はそんな陰惨さと、白昼の勧善懲悪という晴れやかさが共存する作品だ。現実にスタントをこなせる女性が等身大のアクションを演じるのは、荒唐無稽な『キル・ビル』と正反対のアプローチである。『デス・プルーフ』で女が発揮する暴力は、「女性でも出来ること」の域を押し広げるリアルな強靭さがあり、これはゾーイ・ベルの存在なくしてありえない生身のアクションだった。

フィルムを操る手

 『イングロリアス・バスターズ』(09年)ではまたアプローチを変え、女性にも可能な、策略による大掛かりな殺戮劇が描かれる。第二次世界大戦中のナチス統治下のフランス。かつてユダヤ人狩りによって家族を皆殺しにされたショシャナ・ドレフュス(メラニー・ロラン)は、一人だけ逃げ延び、今ではパリの映画館で働いている。ドイツ軍の狙撃兵フレデリック・ツォラー(ダニエル・ブリュール)が街でショシャナを見染めたのをきっかけに、ナチスのプロパガンダ映画が彼女の映画館でプレミア上映されることになった。その日はヒトラーをはじめとする、ナチスの最高幹部たちも集まるという。機を見たショシャナによるレジスタンスの幕開けだ。


Film (C)2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

 彼女と同時進行して、アルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)を中心とする連合軍特殊部隊のナチス狩りもいる。彼らは男の子らしく得意技がバットのフルスウィングだったり、ナチであった身分を戦後に詐称できないよう、額へハーケンクロイツを刻み込んだりする。相対して、ショシャナが用いるのは手間暇をかけたフィルムでのメッセージと炎だ。この映画で一気呵成なヴァイオレンスシーンを繰り広げるのはショシャナだが、それは肉体を酷使するアクションではない。彼女が操るのはフィルムやスプライサーや映写機だけだ。そしてプレミア上映はショシャナ以外にも複数の思惑が交錯したことによって、甚大な被害をナチス陣営に与えることになる。
ここでも特殊部隊やレジスタンスの活動以外に、フレデリック・ツォラーの恋心がショシャナの復讐劇に別のドラマを生むことになる。フレデリックの熱烈さは復讐に燃えるショシャナに絶好の機会をもたらすと同時に、彼女の家族を殺したハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)との再会というショッキングな出来事も引き起こす。クライマックスでも彼はショシャナの企みの妨げとなる。フレデリックは執拗にショシャナを追い回し、プレミアの夜も最悪のタイミングで映写室に入り込もうとする。だがその後に起こる男女のアクシデントでは、ショシャナが思わず行動に出てしまった「復讐の邪魔だてを消す」行為だけにはとどまらず、敵とはいえ自分に恋している男を心配する心を起こしてしまう。ここで男女の姿を切り取る俯瞰のカメラワークは、とても悲劇的でロマンティックなものだ。タランティーノは『キル・ビル』や『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)においても、ドラマを持つ人物の死体の写し方が滅法うまい。いま活躍している監督の中で、死体の転がり方に毎回ハッとさせられ、落涙してしまう演出力ではタランティーノが最高峰だろう。その悲哀が本作においても、後を引く余韻のあるものとなる。

より生々しい暴力へ

 群像劇『ヘイトフル・エイト』(15年)の主要人物の中で、女性はジェニファー・ジェイソン・リー演じるデイジー・ドメルグだけだ。彼女は首に賞金をかけられた極悪人で、屈強でしたたかな賞金稼ぎの男たちを向こうに回して引けを取らない。
彼女が映画の中で振るうのは、汚い言葉や罵詈雑言による暴力である。デイジーは登場した時点ですでに目の周りにあざができており、賞金稼ぎのジョン・ルース(カート・ラッセル)に手ひどいやり方で捕らえられたのがわかる。それでも彼女は落ち着いており、新たに出会った賞金稼ぎのマーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)に、ニタニタと笑いながら「ニガー」と侮蔑的な呼びかけをする。住んでいる世界が元々暴力に満ちているから、殴られる恐怖の限界値が最初から無いに等しく、歯が折れるほど殴打されてもふてくされる程度の反応しか示さない。


© Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All Rights Reserved. Artwork © 2015 The Weinstein Company LLC. AllRights Reserved.

 この映画の中で一番不穏な空気を放ち、殺人すら気にも留めない匂いがするのはデイジーだ。クセモノな俳優たちが揃い、それぞれの役柄が並々ならぬアウトローとしての背景を背負っている中で、拳をあげたり銃を撃ったりしないのに、一番暴力的な存在感を放つ女。平然と人を侮蔑し、窮地に立った人間にひとかけらも憐れみを抱かない、根っからの悪党という新たな暴力の体現である。これまでタランティーノが描いてきた女たちは、暴力を振るうにあたって、徐々にみずからの肉体を使う機会を減らしてきた。そして『ヘイトフル・エイト』は芸達者なジェニファー・ジェイソン・リーを迎えることで、ナイフのような言葉と、邪悪な人間はそこにいるだけで暴力性を醸しだす状態を描いた。
 女の首、という点でも本作は興味深い。殺人にまつわる「首」と「距離」は意味を持つ。手で首を絞めるという行為は当然至近距離で行われ、エロティックなプレイでも試す人々がいるほどだ。そもそも密接な姿勢には性的な気配が漂うのに、なおかつ殺すには凄まじい力が必要なため、殺人者は被害者と強いつながりを持つのは避けられない。それは恐ろしいほど、感触や感情に強い記憶を残すだろう。しかし絞首刑となると、ロープの介在は処刑人を死ぬ者から物理的に遠ざける。それは人の死を感覚に響かせないための冷酷な距離だ。映画においてはロープだけでなく、表現そのものもカメラがかなりの引きになったり、編集でショットが切り変わったりして、死ぬ過程を露骨に見せることは避けられる。
 だが『ヘイトフル・エイト』は処刑について、かなり踏み込んだ表現がされる。男が二人がかりでテコの原理を応用し、女の首にかけた縄をズルズルと引き上げていき吊るす。むごたらしいようだが、吊るされるデイジーはか弱く憐れな者という域を超えた邪悪さに満ちているので、観ていてもそういった心苦しさが少ない。カメラも近くて、彼女を引き上げるための労力が生々しい人の体重であるのを伝える。それと同時に、処刑のように落下での首吊りではないぶん、じりじりと引き上げられる姿は、彼女の邪悪さがまだ地から離れることを拒否するような悪魔的な重みに見える。デイジーの暴力性を見せるためには手段もカメラも編集も、ここまでしないと釣り合いがとれないほどなのだ。
 アクションは荒唐無稽なほど、スタントマンやCGの処理を漂わせて、誰が演じようと構わないものとなる。だからタランティーノの変化は面白い。スター俳優から、現実にそのアクションをできる女優、または女でも振るえる暴力という現実味への変遷。これは女性を描く際にフィクションへと追いやらず、男性と同じような存在としてキャラクターを見つめている証であると思う。

「デス・プルーフ」発売中。
Blu-ray 1,886円(税別)/ DVD 1,429円(税別)。
発売元:ブロードメディア・スタジオ
販売元:NBCユニバーサル
(C)2007 The Weinstein Company, LLC. All rights reserved.

『イングロリアス・バスターズ』
Blu-ray:1,886 円+税/DVD:1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
Film (C)2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.
**2018年6月の情報です。

『ヘイトフル・エイト』
価格:¥1,143(税抜)
発売・販売元:ギャガ
© Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All Rights Reserved. Artwork © 2015 The Weinstein Company LLC. AllRights Reserved.

石田昌隆『JAMAICA 1982』 - ele-king

 『JAMAICA 1982』は、『ミュージック・マガジン』などで活躍中の写真家・ライターの石田昌隆の写真集。タイトルにあるように、1982年のジャマイカ(の主に音楽シーン)をとらえたもので、同年の7月7日から8月25日までの53日間滞在して撮影した写真が編まれている。サウンドシステム、スラム街、レコード店、ナイヤビンギ、人々……写真を見ているとベースの音が聞こえてくる。ハーブの香りも匂ってくる。この時期のジャマイカの音楽シーンの写真としては、世界的にみても貴重なものばかりじゃないだろうか。石田さんの撮り方/構図がじつにキマっているので、どの写真も格好良すぎるほど格好いい。石田さんの目には、ジャマイカがこのぐらい格好良く見えていたんだろう。貧しい、しかしこいつらは絶対に格好いい。なんにせよ、これで石田さんが見てきた風景のいちぶをぼくたちも共有できる。まったく嬉しい限り。発売は7月6日。石井志津男さんのオーヴァーヒートからのリリース。
 写真集の刊行に併せて、原宿のBOOKMARCにて写真展も開催される。この機会にぜひ、迫力満点の生の写真も見て欲しい。

【写真集】
■タイトル:JAMAICA 1982
■著者 :石田 昌隆
■ページ:64ページ(全フルカラー)
■サイズ:A4横開き(210mm×297mm)
■発売日:2018年7月6日
■定価:3,800円(税別)
■品番:OVEB-0004
■ISBN:978-4-86239-831-4
■発行:(株)OVERHEAT MUSIC / Riddim Books


【写真展】
■会場:BOOKMARC(ブックマーク)
東京都渋谷区神宮前4-26-14
TEL:03-5412-0351
■会期:2018年7月7日(土)~16日(月・祝)
・7月6日(金) オープニング・レセプション
・7月15日(日) トークショー


【石田 昌隆(いしだ まさたか)/ PHOTOGRAPHER】
著書に、『黒いグルーヴ』(1999年)、『オルタナティヴ・ミュージック』(2009年)、『ソウル・フラワー・ユニオン 解き放つ唄の轍』(2014年)がある。現在、アルテス電子版で『音のある遠景』を連載中。撮影したCDジャケットに、矢沢永吉『The Original 2』(1993年)、フェイ・ウォン『ザ・ベスト・オブ・ベスト』(1999年)、ソウル・フラワー・ユニオン『ウインズ・フェアグラウンド』(1999年)、『Relaxin‘ With Lovers』(2000~2018年 全15作品)、ジェーン・バーキン、タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン、ズボンズ、カーネーション、濱口祐自、LIKKLE MAIほか多数。旅した国は56カ国。

【写真展 会場/BOOKMARC(ブックマーク)】
ニューヨーク発のファッションブランド「マーク ジェイコブス」が手がける新感覚ブックストア。
2010年9月にNYのBleecker Streetに第1号店をオープン。世界5店舗目となるストアとして、2013年10月、 東京・原宿にギャラリーを併設したストアをオープン。
『BOOKMARC』を作るきっかけとなったのはNYのWest Villageにあった本屋が閉店するニュースでした。
デザイナーであるマーク・ジェイコブス本人やブランドのCo-Founderであるロバート・ダフィーは共に本に 対して並々ならぬ情熱を持っており、元々マーク BY マーク ジェイコブスのストアでは厳選された本を 取り扱っていたが、West Villageのその本屋をありのまま引き継ぎ、本のバリエーションを増やすことで、マーク ジェイコブス ブランドのインスピレーション源を表現する新しい顔をつくることに成功した。そして、 『BOOKMARC』は、アートに関する書籍を中心として取り扱う小さな本屋の新規開店が少なくなった昨今、実際に本を手に取り、書籍の素晴らしさを再認識し、その場で購入できる場所を提供したいという願いが込められている。
『BOOKMARC』では芸術、写真、ファッションや音楽に関する書籍は勿論のこと、詩集や芸術論に至るまで、様々なジャンルの厳選された書籍を取り扱っている。またコレクターたちを虜にするヴィンテージ本やサイン本も多数揃えている。

住所:東京都渋谷区神宮前4-26-14 TEL:03-5412-0351
営業時間:11:00~20:00 定休日:不定休
ギャラリー併設:BOOKMARCの地下スペース


interview with Laetitia Sadier (Stereolab) - ele-king


Laetitia Sadier Source Ensemble
Find Me Finding You

Drag City

Amazon

 Initially emerging as a curiously conceptial bubblegum pop tangent from the shoegaze scene, Stereolab throughout their career embodied a series of tensions – between accessible and experimental, complex and grindingly simple, personal and political. Their music was never purely bubblegum: it had to be John Cage Bubblegum, it was never purely avant-garde: it had to be Avant-Garde AOR.
Stereolab’s roots lie in guitarist/main songwriter Tim Gane and lead vocalist/lyricist Laetitia Sadier’s time with jangly indiepop band McCarthy, with whom Stereolab shared similary explicit leftwing politics.
However, where McCarthy’s lyrics were typically sarcastic dissections of the absurdities of contemporary political life, Stereolab’s politics tended to be more reflective and even romantic, revelling in their own uncertainty, feeling out the relationship between self and society with less confidence and more innocent curiosity.
Their early records were infused with a gushing enthusiasm for the motorik rhythms of Neu!, which they then filled out with organ drones, and it’s probably fair to say that, along with Julian Cope, Stereolab were in large part responsible for the UK music scene’s rediscovery of Krautrock in the 1990s. However, from around 1994’s Mars Audiac Quintet, and more explicitly on 1996’s Emperor Tomato Ketchup, the band’s sonic palette broadened considerably, incorporating influences from ‘60s film soundtracks, French pop, jazz and a more sophisticated use of electronic elements.
Through all these mutations, the group’s unique and instantly recognisable sonic identity was Laetitia Sadier’s vocals, which simultaneously embodied a cool detachment and an unaffected romanticism. Sadier’s vocal foil for much of the ’90s was keyboard player Mary Hansen, and the interplay between the two singers helped to define the group up until Hanson's death in a road accident in 2002. Their combination of deadpan delivery and breezy “ba-ba-ba”s reflected a broader dynamic within the band’s music between pop’s desire to give you everything all at once and an avant-garde wariness of making things too easy.
From the start, Stereolab infuriated the UK music press with cryptic song titles and obscure puns alongside what seemed like a contrarian insistence that what they were doing was pop. And it was pop in the sense that, at its heart, Stereolab’s music was generally simple and melodic, drawing on familiar chords and rhythms – the song Transona Five was built around the instantly recognisable beat of Canned Heat’s On The Road Again, for example.
It also reflected a punkish rejection of the grownup world and a love of childish thrills. It’s there explicitly in song titles like We’re Not Adult Orientated, but also in the dadaist delight in nonsense that led to them describing the tracks on Transient Random-Noise Bursts With Announcements with gnomic nuggets of hi-fi wisdom like “subjective white noise” and sci-fi surrealism like “underwater aztec”.
In some ways, Stereolab were like a precociously smart teenager experiencing first love: so keen for you to like them, but always holding something back; complicating every simple expression of their feelings, but also underscoring every attempt to be cool and aloof with something disarmingly honest.
In the end though, perhaps the band themselves were always their own best reviewers, so it may be best to leave the last words to them:
“Constantly evolving, curious / Sombre, obscure, dark and luminous / Vitriolic, stringent, prophetic.”

Yeah, and I think that’s the beauty of pop: that it is this simple, conservative structure that lends itself perfectly to being disturbed and disrupted.

IAN:
Since this issue of the magazine is focused on avant-pop, I’m interested in how you feel about that term. With me, I find that I use it a lot without ever really thinking about what it means. It’s certainly a term that has often been used to describe Stereolab, but was it a term you ever felt comfortable with?

LAETITIA:
Well, as you know, artists don’t like to be pigeonholed in any way, so no term would suit. But if I were to choose one, this would actually be quite legitimate, because there were strong pop references in our music, and it was our structure for a lot of what we were doing. And there was an immense liberty between a verse and a chorus, where Tim might want to try out some ideas, so there would be these “avant” ideas perhaps between parts four and seven of track three on the album. That’s how I understand the “avant” in “avant-pop” – it’s taking liberties and being free to explore inbetween a rather simple structure, without our music being “avant-garde” strictly speaking.

IAN:
It also seems to me that the term “avant-pop” embodies a contradiction. There’s something fundamentally conservative about pop, in that it’s music that wants you to feel comfortable in how you already are, whereas the avant-garde is about taking you out of your comfort zone.

LAETITIA:
Yeah, and I think that’s the beauty of pop: that it is this simple, conservative structure that lends itself perfectly to being disturbed and disrupted. I think The Beach Boys were masters of hiding an incredible amount of complexity and even darkness beneath something that on the surface is so shiny and friendly – when inside it’s just plain weird! So in that regard pop can be very subversive and can be a danger to society! (Laughs)

IAN:
You mention about the the importance of simplicity, and I remember reading something that Tim said about how a lot of the simplicity and minimalism of early Stereolab was dictated to a large degree by your own limitations as musicians.

LAETITIA:
Yeah. Indeed, you have what you have, and you have to work with that. In a sense it’s more liberating to accept the physical limitations. It’s much more hindering to have too many possibilities and have to narrow it down rather than have a much more narrow terrain to work with and think, “How do we exploit this bit of land here and how do we extract the gems?” There was a fair amount of limitations because we were not schooled musicians. But the aim wasn’t to be virtuosos, and I guess that’s also part of the pop thing. You don’t have to be a virtuoso: you just explore your capabilities within the context of being a normal human being, not some supreme creature touched by the hand of God! It was more punk: do the best with what you’ve got.

IAN:
Within punk, there seemed to be a lot of affection – sometimes a little ironic and sometimes more sincere – for the bubblegum extremes of pop music. The Sex Pistols covering The Monkees etc., despite them not seeming ideologically compatible on the face of it.

LAETITIA:
But they were! I don’t know if I can make the class system step in, but I will! It was about the working classes taking power, exercising their self-determination, so that’s very important and very dangerous. You know, The Who and The Kinks were probably seen with an air of suspicion by the authorities because they had an incredible amount of sway with the youth. They were a bit threatening, and of course so were the punks. And the punks made a point of saying, “I didn’t go to school for this, and I’m going to make it as simple and direct as I can to show that anybody can do this!”

That’s what I find so appealing in that sort of pop, is that it was very political. Not political with a big “P” but it was about people taking matters into their own hands through their art. That’s how I educated myself politically: it was through music, not through reading Karl Marx.

IAN:
Yeah. When Stereolab started, one of their most audible influences was Krautrock, which was a music with its own kind of simplicity. But Krautrock also embodied this thing that wasn’t only a class thing but also this attempt to get away from the Anglo-American hegemony over rock music.

LAETITIA:
Yeah, and again there was a big element of self-determination and saying “Fuck you!” to the man. That’s what I find so appealing in that sort of pop, is that it was very political. Not political with a big “P” but it was about people taking matters into their own hands through their art. That’s how I educated myself politically: it was through music, not through reading Karl Marx – because it’s hard to read Karl Marx! And far less immediate than listening to a pop album.

IAN:
Of course, as your career progressed, you all became better musicians and so some of those limitations fell away. How did you keep in touch with that simplicity?

LAETITIA:
The watershed point would be “Emperor Tomato Ketchup”. That’s where it shifted to something more overtly complex. I didn’t write the music, so it’s difficult for me to answer this clearly, but as far as I know, each album stemmed from an idea, and it would imply some kind of restriction. One album was written entirely where none of the notes from the melodies appeared in the chord that was sustaining the melody – which I think is great. It brings about more tension. It wasn’t dissonant, but I think “tension” is the word that springs to mind, and that for me makes it an interesting song. Another example was “Margarine Eclipse”, which was essentially three albums, because we had one on the left speaker, one album on the right speaker, and then you had the sum of the two, which created the third album, so that was another sort of conceptual idea. There were often little tricks like that, which sustained entire albums.

IAN:
You’ve mentioned the idea of “tension”, and your work often has a kind of tension between music that on the face of it seems cheerful, happy, pleasant, and lyrical content that’s quite dark or angry. I’m thinking particularly of “Ping Pong” off “Mars Audiac Quintet”, where the lyrics about the cycles of economic downturn and war seem ever more relevant with the way the world seems to be heading now.

LAETITIA:
Yeah, absolutely. It’s difficult for me to say why I write certain things, but I know what you mean, especially with Stereolab, there was more darkness than originally suspected from a first glance. We were very serious about what we did. It was our way of making sense of our lives and of being autonomous. And of course I’ve always been very very sensitive to the way the world is going, and in fact since I was born it’s just getting worse. I always felt that we could organise ourselves a bit better, and I don’t mean a utopian society where everybody’s cool and the sun shines every morning – I just mean, “Hold on a minute: we can do this a little bit better so that it works out for more of us who are living on this planet.” And yet it seems that, “Oh, my God, we can’t!” The pathology has only gotten worse and deeper, at least on the surface. Because there’s a lot of good things as well that are happening, and people are getting organised in more silent ways – silent in the sense that you might not hear about it. People are going, “You can’t expect anything from governments: we’re going to have to do it ourselves!” and that I view as a good development: people taking matters into their own hands on a local level.

IAN:
Do you think there’s a parallel between what you’re describing there and the music scene? Something about the idea of organising independently of power structures?

LAETITIA:
I don’t know, because in my own experience, in my band, there were a lot of power structures actually. It wasn’t a democracy, in the sense that Tim monopolised the entire musical field and operated as a kind of “soft tyrant”. I mean, I had all the freedom lyrically speaking, but only because he couldn’t do it! (Laughs) So I don’t have an idealised view of being in the band. I’ve never been in a band where everyone wrote together. Even in my own band, I write almost everything. Sometimes on certain songs I give my bassist Xavi (Munoz) the chords and he writes a bass line, and then I have to write a melody on top of that, and it’s like, “Shit! He took all the melodic feel!” but it’s great because you have to dig deeper. So this thing about relinquishing control is probably difficult if you have a very strong artistic expectation, which I think Tim had. But also as a result I think our music was very reined in. It might seem crazy, but I’ve been listening to Stereolab’s old records recently, and they’re very repressed. But it’s really hard to let go and to let things flow, and I think that’s the reserve of some really, really great musicians where the’re totally on top of their instrument and go beyond.

IAN:
Do you think that having your creativity channeled narrowly into your lyrics and vocals influenced the way you make your own music?

LAETITIA:
Yeah, yeah, of course! And also what it forced me to do was start my own band, which was Monade, and I think Tim was very relieved! (Laughs) And, yeah, so that was a creative way around this issue, because I wanted to write my own songs, I had my own ideas, which are actually very similar to Stereolab, so I think I could have co-written much more with Tim. I’ve done seven albums now, and to my dismay I’m like, “This is still very influenced by Stereolab!” It’s really strange how each time I try to let go of that, I’m always face-to-face with that root, which I created. And I listen to what Tim is doing, and it’s still also... there’s no escaping it! It’s absolutely crazy! I don’t know, I could maybe write some reggae stuff to break it, but then it wouldn’t be me!

IAN:
But also one of the most powerful things music can do is that it creates a world. People fall in love with bands because they create worlds that they’re able to immerse themselves in and feel comfortable with. I wonder if the difficulty you describe in escaping Stereolab is a measure of how immersive the world you created was.

LAETITIA:
I don’t know. I find myself quite good at getting out of my comfort zone, at least when I compare myself to people I know. So I don’t know if what I’m looking for is something comfortable that I recognise, that I identify as safe. And particularly in the artistic field, where I feel that’s where you should be most free, and most adventurous. There’s no danger of hurting anyone because, as you say, it’s a world we create.

Yeah, and also coming from psychoanalysts themselves. It was always around “the problem came from your parents,” never from society.

IAN:
That comes back in a way to the “avant” side of avant-pop, right? The need to step out of your comfort zone, and also to take the listener out of their comfort zone.

LAETITIA:
Yeah, this is the duty! But maybe that’s where one can act and maybe not have that pretension of taking anyone out of their comfort zone, and simply do what comes best, and not be too complicated. I worked with Colin Newman recently, and his wife Malka Spigel who was in (Belgian postpunk band) Minimal Compact. I didn’t know that they worked with a looper where things had to be four and four and four and four, and so I was sending something which I found quite interesting and fun and not too complicated, and they totally rejected it! What they did was they took parts of the song and then they looped it. And it worked fine, but I realised that, compared to what they were sending me, it just gave me a glimpse of how complex I make things and how I could simplify it a lot. I’m not saying it’s good or bad; it’s just an insight.

IAN:
A friend of mine once remarked to me that he thinks Stereolab must be the band whose lyrics contain the word “society” more than any other. And I was thinking how this idea of looking at the structure of the world in many ways goes against the rather individualistic world of pop or rock music.

LAETITIA:
Yeah, there’s a dichotomy between a world of egos and society. And I wanted Stereolab’s lyrical work to bridge the very intimate and personal and society; where does political start and where does it end? Because the way I saw it was let’s be as complete as we can, and for me being complete is talking about things that matter to me. Some people view pop music as a means to escape reality, so if you talk about mindless things, or if you “settle the accounts” with somebody, or express the world of feelings around a relationship. I do explore emotional stuff as well – that wasn’t excluded. It just seemed to me that let’s talk about important stuff, because there’s enough of it going on out there that we can discuss or at least question, because a lot of what I talked about in my lyrics were just questions for myself. Even the capitalist, the individualist, all this is stuff I could feel within myself. It was like, “No, I can be that monster too, and I’d like to interrogate that.”

IAN:
It seems that we’re often being encouraged by society to think very internally and to not really interrogate the relationship between ourselves and the outside world. In the song “The Well-Fed Point of View” by yours and Tim’s old band McCarthy, the lyrics tackle this quite directly.

LAETITIA:
Yeah, and also coming from psychoanalysts themselves. It was always around “the problem came from your parents,” never from society. And in fact, I got very interested in a guy called Cornelius Castoriadis. He wasn’t just a psychoanalyst, he was many things, but he was married to a very famous psychoanalyst (Piera Aulagnier) in the ‘60s, ‘70s, ‘80s in Paris, and they both were some of the first in the field to interrogate the impact of society on the human psyche. But it’s amazing to see that they were rare ones. Like, as if society did not impact your psyche, your unconscious, which I find extremely dubious! Of course it’s going to have an impact: everything has an impact on us: the architecture, the way the streets are laid out. It’s like if doctors are saying whatever you eat doesn’t impact your health: how can you say that?

IAN:
You mention architecture, but that’s true of music as well, right? The aesthetics, or the “internal architecture” of music also has an impact that goes beyond the lyrics.

LAETITIA:
Yeah, I think so. And the production of the song will say a lot. It’s a language.

IAN:
There seems to be an ease pop culture in Japan has in disconnecting the aesthetics from the content. But at the same time, maybe that’s impossible because the aesthetics have an impact of their own that is connected to the content.

LAETITIA:
Yeah, and I think there was enough happening aesthetically in our work that people would suspect that it had a revolutionary intent: that this wasn’t your regular pop group. And I think in Japan people were very savvy as well when it came to music. People knew their stuff! Not to mention that we called one of our albums “Emperor Tomato Ketchup”, which was named after a super-revolutionary Japanese movie.

IAN:
By Shuji Terayama, yeah.

LAETITIA:
I haven’t seen it! I haven’t read Marx and I haven’t seen “Emperor Tomato Ketchup”! (Laughs) Don’t tell them!

IAN:
It’s too late. It’s on tape! With the many collaborations you’ve been involved in, do you think that enriches your music?

LAETITIA:
Definitely. Like I said, it gets you out of your comfort zone, and it forces you to a sort of activity to be productive, because anything could make you go out of productivity: feeling a bit depressed or this or that or the other. It’s good to be kept in action. And stuff comes out that wouldn’t normally come out, so it’s very instrumental in keeping the creativity bubbling and active.

IAN:
Are there any particular projects that you’ve worked on with other people that stand out as being especially rewarding experiences for you?

LAETITIA:
When I worked with Jan and Andi (Mouse on Mars). It was so brilliant. We had a tour of Greece and Italy booked up and we had to come up with an hour’s worth of music, and it was the first time I was working like this outside of Stereolab. It was really difficult for me because I wasn’t confident that I could do this. I then learned that if I’m asked to do it, that means that I can do it! So that became my sort of motto. And yeah, somehow we did it and we had such a fun tour – it was such an adventure! But working with people, each time it’s a different adventure. I’m currently working with a Brazilian band called Mombojó, and we created a group together called Modern Cosmology – we made a video called “C’est le Vent”, “It’s the Wind”, which gives an idea of our collaboration. I can only see the positives of working with other people and “crossbreeding” (laughs) your creativity.

IAN:
So you made three albums with Monade, then three just under your own name, and then more recently one as Laetitia Sadier Source Ensemble. It seems like there’s a period there where your identity is subsumed within this idea of a band, then three albums where you push your own individual identity to the foreground, and then finally this third stage where you’re trying to reconcile the collective and the individual. Would you say there’s something like that going on in the process?

LAETITIA:
Yeah, thank you for summing it up so beautifully! Yeah, it’s true that there’s time where you’re in the playground and you’re working out who the hell you are like, “This is me.” And then there are some times where you open it up and it’s like, “This is me in the world, this is me and my friends, and this is collective me.” And even when I was in my “this is me” period, Laetitia Sadier, I was still well aware that nothing that I do is just the product of solely me: it’s the product of many people’s involvement. And it seemed to me that it was an important point to make when I “Source Ensembled” Laetitia Sadier, because we’re told that “This is just you, and you and you and you alone!” and that’s wrong: that’s a lie. We are all connected here.

IAN:
Jumping back to Stereolab, I think it’s interesting that the band is in many ways a product of the 1990s and the age of CDs. For example, most Stereolab albums are far too long to fit onto a single piece of vinyl. But at the same time, they’re also albums that seem designed to be appreciated on vinyl.

LAETITIA:
Yeah, like any music that respects itself! (Laughs) It’s true. I have a turntable in my kitchen and a CD player, and I’m not attached to the object at all, and I would prefer to listen to CDs because you don’t need to worry about turning it over. But now I realise there’s something different about vinyl. I don’t know what it is, but it’s just more music-friendly.

IAN:
I think the way it forces you to constantly attend to it by turning it over every fifteen minutes encourages a different, more attentive sort of listening.

LAETITIA:
Yeah, it’s funny how this kind of alienation in fact gives you more connection with the record.

IAN:
Perhaps it goes back to the idea of tension again. In this case, rather than tension within the music, it’s tension between the listener and the medium itself that engages the listener. The other extreme would be Spotify or something, where you just put on a playlist while you’re cooking.

LAETITIA:
Yeah, you just consume it. I don’t have Spotify, but my son’s got it and it’s amazing though. Just say a band and there you have it. I think I’m going to have to get it, especially because I’m going to be on Spotify as of this month (April 2018). The Drag City catalogue is on all the streaming platforms, which it wasn’t before – Drag City have given in! It’s tricky but times are changing and people just have new ways of listening to music. There’s a lot of people out there – have you seen all this youth out there! (Laughs)

IAN:
OK, I guess before we finish, I should just ask if there’s anything more you’ve got coming up that you’d like to tell us about.

LAETITIA:
Well, really the main thing at the moment is my project with those Brazilian boys, Modern Cosmology. Apart from that, I’ll make it to Japan again maybe not this year but next year, one way or another.

GLOBAL ARK 2018 - ele-king

 DJミクが主宰する〈GLOBAL ARK〉が今年もある。場所は奥日光の、もっとも美しい湖のほとりだ。日本のダンス・カルチャー(とりわけワイルドなシーン)を切り開いていったリジェンド名DJたちが集結し、また、海外からも良いアーティストがやってくる。ローケーションもかなりよさげ。スマホが使えないエリアだっていうのがいい。〈GLOBAL ARK〉は、手作りの昔ながらのピュアな野外パーティだが、スタッフは百戦錬磨の人たちだし、屋台も多いし、宿泊施設もしっかりあるから、安心して楽しんで欲しい。気候の寒暖差にはくれぐれも気をつけてくれよ。

 2009年にはじまったノースサイド・フェスティヴァルは、SXSWのブルックリン版とも呼ばれている。ブルックリンのノースサイド(グリーンポイント、ウィリアムバーグ、ブッシュウィック)で行われ、これまでもこの連載でも何度かカヴァーしてきた
 10年目に突入した今回は、イノヴェーション(革新)と音楽に的を絞り、300のバンド、200のスピーカーがライヴ会場からクラブ、教会からルーフトップ、ピザ屋およびブティック・ホテルなどに集まり、朝から晩までの4日間に渡るショーケースが催された。


Near Northside festival hub


Innovation panel @wythe hotel

 2018年のイノベーション・テーマは「未来を作る」。この先5年後の世界を変えるであろう、スタートアップの設立者、起業家、デザイナー、ジャーナリスト、マーケッターなどがパネル・ディスカッション、ワークショップ、ネットワーキングなどを通し、未来について熱く語った。
 登場したのは、imre (マーケッター)、バズ・フィード(メディア)、ディリー・モーション(VR)、メール・チンプ(メディア)、ニュー・ミュージアム( メディア)、パイオニア・ワークス(メディア)、レベッカ・ミンコフ(デザイナー)、ルークズ・ロブスター(フード)など。WWEBD? (what would earnest brands do?/真剣なブランドは何をするか?)という主題について、経験や物語などを通して語る。ブランドの力や自分のケースなどを例に出し、ブランドに必要な物をアドバイスするという。スピーカーとモデレーターも真剣勝負で、人気パネルは立ち見もあったほど。ちなみにイノベーション・パスは$599。


Innovation panel @williamsburg hotel

 昼間にイノベーションが行われ、その後に音楽プログラムがはじまる。今年のハイライトはリズ・フェア、ルー・バロウ、パーケケイ・コーツ、ピスド・ジーン、スネイル・メール、ディア・フーフという、90年代に活躍したバンドが目立った。地元の若いバンドは、ブッシュウィックのアルファヴィル、リトルスキップに集中していた。野外コンサートは今年はなかったが、パーケット・コーツとエチオピアのハイル・マージアが出演する3階建てのボート・クルーズが追加された。時代はファンシーである。


Thu June 7 th

Corridor
Lionlimb
Snail mail
@ Music hall of Williamsburg

Lau Barlow
@knitting factory

NNA tapes showcase:
Erica Eso
Tredici Bacci
@ Union pool

Fri June 8th

NNA tapes showcase:
Jake Meginsky
Marilu Donovan
Lea Bertucci
@ Film noir

Sat June 9th

Brooklyn vegan showcase:
Deerhoof
Protomartyr
@ Elsewhere

Wharf cat showcase:
Honey
The Sediment club
Bush tetras
@ El Cortez

 木曜日は8時ごろリズ・フェアーに行った(彼女の出番は9時30分)が、2ブロックほど長ーい行列があるのを見て早速諦める。隣のミュージック・ホールでコリドーとライオン・リムを見る。モントリオールのコリドーは初NYショーで、ジャングリーな勢いを買う。ブッシュウィックにミスター・ツインシスターやピル、フューチャー・パンクスなどを見に行きたかったが、時間を考えると無理だと諦め、代わりに近所の会場をはしごした。
 スネイル・メールに戻ると、会場はぎゅうぎゅうになっていた。この日は彼女のニュー・アルバム『Lush』の発売日。白いTシャツに黒のテイパーパンツ、スニーカーだけなのに、超可愛い! 彼女の唸るような声は特徴的で、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、なんでも大げさに反応するオーディエンスに「クレイジー」と言っていた。その後ルー・バーロウの弾き語りを見て、NNA tapesのショーケースに行く。ライアン・パワーとカルベルスは見逃したが、エリカ・エソとトレディシ・バッチを見た。


Snail mail @MHOW

 エリカ・エソは、アートポップ、シンセ・アンサンブル、ギターレスの現代的R&B、クラウトロックなどを織り交ぜた白人男子と黒人女子のツイン・ヴォーカルがシンクロする、新しい試みだった。
 トレディシ・バッチ(13 kissesの意味)は、トランペット、サックス、オーボエ、3ヴァイオリン、キーボード、ドラム、ヴォーカル、フルート、ベース、ギター兼指揮者の14人編成のオーケストラ・バンドで60、70年代の、イタリアン・ポップ・カルチャーに影響されている。フロントマンのサイモンはスツールに立ち、みんなを指揮しながらギターを弾き、オーディエンスを盛り上げ、ひとり何役もこなしていた。彼のハイパーぶりも凄いが、ついてくるバンドも凄い。必死にページをめくっていたし、ヴォーカルの女の子は、すましているのにオペラ歌手のような声量だった。


Erica Eso @ union pool


Toby from NNA Tapes


Tredici Bacci @union pool

 金曜日、2日目のNNA tapesショーケースは、「新しい音楽と映画が出会うところ」というテーマで、ミュージシャンとヴィジュアル・アーティストがコラボする試みだった。会場は映画館。ジェイク・メギンスキーは、ボディ/ヘッドのビル・ナースともコラボレートするエレクトロ・アーティストで、宇宙感のある映像をバックにメアリール・ドノヴァン(of LEYA)は、アニメーションをバックにハープを演奏。リー・バーチューチは、自然の風景をフィーチャーした映像をバックに天井も使い、サックス、エレクトロニックを駆使し、ムーディなサウンドトラックを醸し出していた。映像を見ながら音楽を聞くと、第六感が澄まされるようだ。可能性はまだまだある。


NNA Tapes merch

 最終日は、写真でお世話になっているブルックリン・ヴィーガンのショーケースにディアフーフ、プロトマーダー(Protomartyr)を見にいった。ディアフーフは、ドラムの凄腕感とヴォーカルの可愛いさのミスマッチ感が良い塩梅で、全体的にロックしていてとても良かった。プロトマルターはナショナルみたいで、ごつい男子のファンが多かった。


Deerhoof @elsewhere

 それから近くの会場に、硬派なバンドが多いワーフキャット・ショーケースを見にいく。ハニーは見逃したが、セディメント・クラブは無慈悲なランドスケープを、幅広く、残酷にギターで表現していた。ブッシュ・テトラス、NYのニューウェイヴのアイコンが、10年ぶりにEPをリリースした。タンクトップ姿のシンシア嬢は、年はとったがアイコンぶりは健在。80年代CBGB時代のオーディエンスとワーフ・キャットのミレニアム・オーディエンスが、同じバンドをシェアできるのはさすが。
 その後アルファビルに行くが、シグナルというバンドを見て、すぐに出てきた。この辺(ブッシュウィック)に来ると、ノースサイドの一環であるが、バッジを持っている人はほとんどいない。


The sediment club @el Cortez

 今年はハブがマカレン・パークからウィリアム・ヴェール・ホテルに移動し、会場もブッシュウィックやリッジウッドが増えた(ノースサイドからイーストサイドに)。日本にも進出したwe workは、ノースサイドのスポンサーであり、ウィリアムスバーグのロケーションをオープンすることもあり、この期間だけイノベーションのバッジホルダーにフリーでデスクを提供していた。
 ハブにもデスクがあり、コーヒー、ナチュラルジュース、エナジーバー、洋服ブランド、ヘッドホンなどのお試しコーナーもある。ウィリアムスバーグ・ホテル、ワイス・ホテル、ウィリアム・ヴェールの3つのホテルを行き来し、合間に原稿を書く。ノースサイドの拠点は、豪華なブティック・ホテルが次々とできているウィリアムスバーグ。高級化は止まらず、それに応じてフェスが変化し、イノヴェーションが大半を占めるようになった。時代はデジタルを駆使し、いかにブランドをソーシャル・メディアで爆発させるかで、音楽のヘッドライナーも懐かしい名前が多かったが、若いブルックリンのインディ・バンドたちはDIYスペースで夜な夜な音楽をかき鳴らし、「ノースサイド・サックス」と言いながら別のシーンを創っている。とはいえ、こういうバンドなどを含めてすべて巻き込むノースサイドの力こそが、いわゆるブランド力ってものなのかもしれない。

Yoko Sawai
6/10/2018

Rich The Kid - ele-king

 Rich The Kid。リッチなキッド。名が特徴を表す。もとい、特徴がそのまま名となる。プリミティヴな、トラップ空間においては。この部族のしきたりは、その名に恥じない歌を編むことだ。だから、提出された。これら13の、富を高らかに宣言する歌が、提出された。
 若き男は富をつかんだ。車はマセラッティ。あるいはランボルギーニ。そしてベントレー。時計はオーデマ・ピゲ。そして自身のレーベルも運営する。札束をひけらかすアートワーク。Kendrick Lamar、Future、Lil Wayne、Migos、Rick Rossと錚々たる面子をフューチャー。2014年から数々のミックステープで実績をひけらかしながらもオフィシャル・アルバムをリリースしなかったのは、レーベルとの契約金を最大化する戦略だったのかと訝しんでみる。今回のアルバム契約に際し、もちろん複数のオファーを受けたが、彼は簡単に首を縦に振らなかった。結果、〈インタースコープ〉が競り勝つ形となった。

 ニューヨークに生まれNasやBiggieを愛聴する一方で、ハイチにルーツを持ち、フランス語系のクレオール言語を操る。Biggieから学んだことがあるとするなら、「Notorious(悪名高い)」から発想した「名の上げ方」かもしれない。MCとしての成功のためのスキルには、ライミングやフロウ、デリヴァリーだけでなく、当然セルフマーケティングも含まれるからだ。
 卵が先か、鶏が先か。最初からRichを名乗る。オフィシャル・アルバムをリリースしないうちから、名を馳せる。もはやアルバムという括りにも、オフィシャルという括りにも縛られる必要はない。そういう時代だ。ただ「Rich」という名を広めることこそが、その名をますます真実にしていく。「Rich」という名が広まるにつれ、その名の真実味が増していく。名乗りそれ自体が目的となる。
 トラップ・ミュージックのプレイヤーたちは群れをなし、共同のひとつのプレイグラウンドに何か巨大なモノ/ジャンルを築こうとしているのだろうか。砂場の砂で、どこまでオーバーサイズな楼閣が形作られ得るのか。互いが互いの鏡像と成り合うことで、群れ全体における砂場におけるプレイング・ルールが成形されていく。しかしそこでは個別のスタイルはどのように生まれるのか。彼らは互いの喉仏の形状を確認しながら、舌と唇と声帯で出来たトーキングドラムセットを抱え、TR-808のビートに合わせてそれを乱打する。隣の奴が持つリズムと、ときには競り合うように。そしてときには隣のドラムの響きを引き立てるように。
 それは奇しくもヒップホップの黎明期のアティテュードに接近している。まだソロ活動という概念がなかったとき、彼らは徒党を組んで活動した。個ではなく、群れとして。サイファーが基本的なプラットフォームだった。サイファーにおける他のMCたちは、自分の鏡像だ。彼らは鏡の中の自分に向けてスピットする。
 だからRichがこれだけの個性的なゲストに囲まれながら、彼ならではのスタイル=個性がどこにも見当たらないとすれば、それは彼の瑕疵ではない。むしろそれは、彼が1970年代と2018年、つまり40年以上を隔てたヒップホップとトラップに通底する本質を体現していることにはならないか。

 これもまた「ひとりではない」ソロ・アルバムだ。ゲストをフィーチャーした楽曲群のデザイン。基本的にはまずはRichが最初のヴァースとフックをキメることでグランドデザインを示してから、客演のMCたちがコントラストを最大限に発揮しながら登場する。
 たとえば“No Question”では、Futureが「brrt, brrt」と着信音に擬態しながら、荒い目のヤスリで磨いたようなざらついた声色を曝け出す。“Lost It”ではMigosのOffsetとQuavoが俄然パーカッシヴな骨太のトーキングドラムを演奏する。“End of Discussion”では残響の深いパッドと16分で刻まれるハットの上、Lil Wayneが韻先行の高速でうねる狡猾なフロウを披露する。
 そしてKendrickをフィーチャーした“New Freezer”。ラッパーの肉声となんらぶつかり合うことのないウワモノ、ベースとドラム。そこではドラムがグリッドを描き、声は裸にされる。ヒップホップ史上(と言って差し支えなければ)、声がもっとも裸にされているのが「いま」なのだ。裸の声を神輿に担ぐ内省的なビートなのだ。Richの滑舌の悪さは白日に晒される。滑舌の悪さは、意図的でないにせよフロウをマンブルに近付ける。それは意味(リリック)であるより先に音色だからだ。
 一方のKendrickの舌は剃刀だ。Kendrickはあらゆるフィーチャリング曲で、毎回異なるアプローチを打ち出す。自分の曲でないから余計に自由になる。彼は恐るべきことに、ここで身をもって示してしまう。トラップライクなビートはこうやって乗りこなすんだと、示してしまう。少ない言葉数で、節をつけたフレーズを絞り出す。「6,400万ドル(目もくらむ稼ぎ!)で一体何をショッピングすればいい?」と暗にRichを挑発する。お前らのやり方を、乗っ取ってやると。かつてコンプトン出身の彼が「キング・オブ・ニューヨーク」を名乗った大胆不敵さで。Richは果たして、いかに応答するのか。したのか。

 ここでひとつ示されているのは、即物的な言葉を、空間的な音にぶつける手法だ。そこに生まれるのは、世界の歪みだ。奇妙な余韻だ。これは何もRichの専売特許ではなく、共有されている手法(楼閣の建材のひとつ?)だが、「Rich」を名に持つ彼が放つブランド名は、アトモスフェリックなシンセで額装され、抱えきれないほどの空白を撒き散らすのだ。
 たとえば前述の“Lost It”のMetro BoominやWheezyによる共同プロデュースのビート。すぐ耳元で弾けるクラップ。それとは対照的に遠くにこだまするシンセのパッド音。両極の間でラッパーの立ち位置はどこか。それは視覚的なヴィジョンとして現れる。トラップの遅いBPMと音数が少ないことで溢れ出した行間が意味するもの。それは音の空間性だ。だから顕現するのはトラップ空間だ。8分から16分、そして32分とその幅を変化させながら縦横のグリッド線が行き交うその空間で、全ての音は座標を意識される。そして言葉も然り。
 キックとスネアがグリッドを刻む空間の上で、メロウで、残響音を伴うシンセが滲む。そして投入されるのは、即物的な言葉の数々。見せびらかす、アイスまたはフリーザー。宝石や時計。ルイ・ヴィトンのカーペット。彼にとっては高価でもないベントレー。ドラッグとセックス。内省を促すようなアトモスフェリックな滲みの上で、いまこの瞬間の溢れんばかりの富がドロップされる。その際限のなさが、トラップのスカスカのビート空間にこだまする。そこに虚無を嗅ぎとるのは簡単かもしれない。何れにせよトラップ空間が、モノの異化をもたらす装置であることは疑いようもない。

 このアルバムには、ゲストなしにRichひとりがライムする曲も、もちろん存在する。しかし彼は、ひとりではない。メランコリックな逆再生風シンセが手を引く“Plug Walk”。彼のPlug(ドラッグディーラー)との片言のコミュニケーションを宇宙人との会話に擬えるMV。「いまここ」で手に入るブランドを貪り尽くし、「富めること」の想像力は、宇宙へ向かう。未来へ向かう。イーロン・マスクがテスラの自動車をロケットで打ち上げてしまう発想と、火星を思わせる荒野でE.T.とダンスするRichのヴィジョンは共鳴する。Plugを迎えに行くのは、彼がE.T.が乗って来たような宇宙船と呼ぶ車たちだ。“New Freezer”のMVでもRichは、宇宙船のコクピットのようなクーペでKendrickと一緒に未来へ向かうのだ。
 そして本人を召喚せずにひとりでふたりの関係を示す“Dead Friends”では、Lil Uzi Vertを壮大なビート(DJ Mustardが音素材サイト「looperman.com」の無料ネタをサンプリングしている!)をもってしてディスる。2015年の“WDYW”ではA$AP Fergを間に挟んで、ふたりのヴァースはシナジーを生んでいた。しかしあれから数年で、一体何が狂ってしまったというのだろう。Richは本曲のヴァースでライムする。「俺は永遠の富を手に入れた。スターになった。大量のアイス。大量の札束。そして大量のトラブルさ」

DON LETTS Punky Reggae Party 2018!!! - ele-king

 UKパンクにおいて革命的なことのひとつに、白人と黒人が人種の壁を越えて交わったということがある。それ以前のUKロックの表舞台には、アフロ・ディアスポラの姿はまだいまほど目立っていない。UKパンクは人種の壁を乗り越えて、積極的にジャマイカ移民の文化にアプローチした。その現場における司祭(DJ)がドン・レッツだった。レッツはまた初期UKパンクの生き証人/ドキュメンタリー映像作家でもある。今回の来日は、東京・岡山・福岡でDJもあり、東京ではトークもあり、UKパンク好き必見の超貴重な映画上映もあり、DOMMUNEの中継もあり(声で宇川直宏も出演、編集部・野田もしゃしゃり出ます)……パンクとレゲエが好きな人はこの機会を逃さないで!

 UKで起きたパンク・ムーヴメントの拠点となる“ROXY CLUB”でDJをしていたドン・レッツはパンクとレゲエを繋いだ張本人であり、THE CLASHのMICK JONESとの伝説的グループ、BIG AUDIO DYNAMITEでの活動も知られる。そして現在はBBC RADIO 6でレギュラー番組を持ち、広く音楽シーンに貢献している。また映画監督として'79年に初のパンク・ドキュメンタリー映画『PUNK ROCK MOVIE』を制作、2003年にはTHE CLASHのドキュメンタリー『WESTWAY TO THE WORLD』でグラミー賞を受賞、その後も数々の音楽ドキュメンタリーや映画『ONE LOVE』を制作している。ドン・レッツのクリエイティヴな才能は現在の音楽シーンに多大な影響を及ぼしてきたと言っても過言ではない。

 今回東京@VISIONでは人種、ジャンル、国境を超越する新パーティー“P.M.A”(POSITIVE MENTAL ATTITUDE)でA$AP J.Scott、COJIE (Mighty Crown)、再始動したSTRUGGLE FOR PRIDEからDJ HOLIDAYらと競演する。福岡公演では九州のサウンド・システムの重鎮、RED I SOUND が主宰、そして岡山の音楽シーンを引率するYEBISU YA PROで初プレイ!

 さらに今まで日本で実現しなかったDON LETTSのトーク・セッションがDOMMUNEのスペシャル・プログラムとして2夜に渡って開催される。
 6月14日のPart.1はロンドンに生まれた2世ジャマイカンであるドン・レッツの背景と音楽活動にフォーカスし、ライター/編集者の野田努が音源やMVを交えつつ話を聞く。
 そして6月17日のPart.2はドン・レッツのフィルム・メーカーとしての活動に焦点を当て、UKサブカルチャーをサポートし続けるオーセンティックなファッションブランド「FRED PERRY」旗艦店からのスペシャル・プログラムとなり、1970年代のパンクとレゲエ・シーンの現場を撮りためた生々しい映像を編集した『DON LETTS TWO SEVEN CLASH』や数々の作品を上映しながらトーク・セッションを展開する。インタヴュアーは野田努、そしてゲストとしてロック・バンドOKAMOTO’SのドラマーでDJやエキシビションを主宰する等、独自の感性で幅広く活躍するオカモトレイジがトークに参加する。
 アティチュードとしてのパンクを実践し続ける“反逆のドレッド"、DON LETTSの熱いプレイ、貴重な肉声を聞き逃すな!


DON LETTS
Punky Reggae Party 2018

6.14 (THU) 東京 : “DON LETTS TALK SESSION Part.1” @DOMMUNE
info>>> dommune.com

6.15 (FRI) 東京 : “P.M.A” @VISION
info>>> https://vision-tokyo.com

6.16 (SAT) 岡山 : @YEBISU YA PRO
info>>> https://yebisuyapro.jp

6.17 (SUN) 東京 : “DON LETTS TALK SESSION Part.2” DON LETTS x DOMMUNE x FRED PERRY @FRED PERRY SHOP TOKYO
info>>> https://www.fredperry.jp/news/2018/06/don_letts_dommune.php dommune.com

6.23 (SAT) 福岡 : @KIETH FLACK
info>>> https://www.kiethflack.net

Total info>>> https://twitter.com/dbs_tokyo


//////////////////////////////////////////////////////////////////////////

【東京】
日時:6/15日(FRI) OPEN 22:00
会場:VISION
料金:ADV \3,000 / DOOR \3,500
○e+
https://goo.gl/YfHMrL
○iFLYER
https://iflyer.tv/ja/event/302904/

タイトル:P.M.A

■A$AP J.Scott、DON LETTSを招聘し、新しい音楽と伝統ある音楽をMIXするNEW PARTY始動!

 P.M.A(POSITIVE MENTAL ATTITUDE)をPARTYタイトルに70年代まだ音楽のカテゴライズがされていない中、BAD BRAINSが当時掲げたP.M.A(POSITIVE MENTAL ATTITUDE)をタイトルに人種、ジャンル、国境を超越するPARTY。
 ロサンゼルスからA$AP MOBに属しA$APのDJとしてすでに来日の経験もあるA$AP J.ScottとイギリスからはPUNKからREGGAEから音楽を超越するDON LETTSが来日。
 GAIAでは日本をこれから牽引するであろう若手DJ陣、FUJI TRILL、DJ CHARI、大阪よりYUSKAYを中心に盛り上げる。
 またDEEP SPACEでは説明不要の日本のDUBセレクター、COJIE (Mighty Crown)、そしていま新たに再始動したSTRUGGLE FOR PRIDEからDJ HOLIDAYと今まで混ざらないとされていた音楽性をMIXする今後のTOKYOの新しいスタイルを象徴するNEW PARTY始動!

出演:
//GAIA//
GUEST DJ
A$AP J.Scott
FUJI TRILL / DJ CHARI / YUSKAY / YUA
and more

//DEEP//
DON LETTS
COJIE (Mighty Crown) / DJ HOLIDAY(STRUGGLE FOR PRIDE) / Orion / Hatchuck

//WHITE//
"TOKYO VITAMIN"
Vick Okada / PocketfullofRy / QUEEN FINESSE / SMiiiLES / PIPE BOYS

//D-LOUNGE//
RiKiYA (YouthQuake) / 1-Sail (YouthQuake) / Tsukasa (YouthQuake) / brian / Soushi / Taro / RyotaIshii

info>>> https://vision-tokyo.com

===============================================
【岡山】
日時:6/16(SAT) OPEN 23:00
会場:YEBISU YA PRO
料金:ADV 3,000yen / DOOR 4,000yen (ドリンク代別途要)
         ローソンチケット(Lコード:62120)   チケットぴあ(Pコード:116-940)
出演:  
DON LETTS
SOUL FINGER / FUNKY大統領 / TETSUO / MARTIN-I / AYAKA / マイルス

お問い合せ:YEBISU YA PRO…086-222-1015
info>>> https://yebisuyapro.jp

===============================================
【福岡】
日時:6/23(SAT) OPEN 22:00
会場:KIETH FLACK
料金:2500YEN (1DRINK ORDER)
タイトル:RED I SOUND presents
DON LETTS JAPAN TPOUR 2018 in FUKUOKA
出演:
DON LETTS
DON YOSHIZUMI / CHACKIE MITTOO(the KULTURE KURUB) / SHOWY(STEP LIGHTLY)
KAZUO(ABOUT MUSIC) / BOLY(ONE STEP BEYOND) / ATAKA(REDi) / MATSUO(REDi)

info>>> https://www.kiethflack.net

===============================================
DOMMUNE スペシャル・プログラム決定!!!

 音楽・映像作家のドン・レッツがUKサブカルチャーの歴史を実体験と共に語る! リビングレジェンド、ドン・レッツの貴重なトーク・セッション。
 音楽編は6月14日はDOMMUNEスタジオから、そして6月17日の映像編では日本未公開のDON LETTS自身が撮りためた70年代のUK レゲエ、パンクシーンの貴重な映像、“DON LETTS TWO SEVEN CLASH”を東京から世界のサブカルチャーを発信しているDOMMUNEがFRED PERRY旗艦店からコラボ発信する!

【DON LETTS TALK SESSION Part.1】
日時:6/14(THU) 19:00~21:00
会場:DOMMUNE
出演:Don Letts 、野田 努 (ele-king)
info>>> dommune.com

【DON LETTS TALK SESSION Part.2】
DON LETTS x DOMMUNE x FRED PERRY
日時:6/17(SUN) 19:00~21:00
会場:フレッドペリーショップ東京 東京都渋谷区神宮前5-9-6
出演:Don Letts 、野田 努 (ele-king)、オカモトレイジ (OKAMOTO’S)、通訳:原口 美穂

入場無料

ストリーミング:https://www.dommune.com/ ※6月17日(日)19:00 配信開始予定
info>>> https://www.fredperry.jp/news/2018/06/don_letts_dommune.php dommune.com


※“DON LETTS TWO SEVEN CLASH”ー

DON LETTS自身が撮りためた70年代のUK レゲエ、パンクシーンの貴重な映像。(日本未公開)

人種問題がはびこる当時のUKノッティング ヒル・カーニヴァルの緊張感ある映像やBOB MARLEY、LKJやBIG YOUTHからSEX PISTOLS、THE CLASH、ROXY CLUBの生々しい映像等、お宝シーンが満載!

===============================================


☆DON LETTS
(DUB CARTEL SOUND STSTEM, LONDON)

 ジャマイカ移民の二世としてロンドンに生まれる。'76-77年にロンドン・パンクの拠点となった〈ROXY CLUB〉でDJを務め、集まるパンクスを相手にレゲエをかけていたことから脚光を浴び、パンクとレゲエを繋げたキーパーソンの一人。同時にリアルタイムで当時の映像を撮り、'79年に初のパンク・ドキュメンタリー映画『PUNK ROCK MOVIE』を制作。またブラック・パンクの先駆バンドBASEMENT 5の結成に携わり、THE SLITSのマネージャーもつとめる。'80年代半ばにはTHE CLASHを脱退したMICK JONESのBIG AUDIO DYNAMITEで活動、さらにBADを脱退後の'80年代末にはSCREAMING TARGET(※BIG YOUTHのアルバムより命名)を結成し、“Who Killed King Tuby?"等をヒットさせる。音楽活動と平行して、多くの音楽ヴィデオやBOB MARLEY、GIL SCOTT-HERON、SUN RA、GEORGE CLINTON等のドキュメンタリー・フィルムを制作、’03年にTHE CLASHのドキュメンタリー『WESTWAY TO THE WORLD』でグラミー賞を受賞する。そして'05年にはパンクの核心に迫った『PUNK:ATTITUDE』を制作。DUB CARTEL SOUND SYSTEMとしてスタジオワーク/DJを続け、SCIENTISTの"Step It Up"、CARL DOUGLASの“Kung Fu Fighting"等のリミックスがある他、〈ROXY CLUB〉期のサウンドトラックとなる『DREAD MEETS PUNK ROCKERS UPTOWN』('01年/Heavenly)、名門TROJAN RECORDSの精髄をコンパイルした『DON LETTS PRESENTS THE MIGHTY TROJAN SOUND』('03年/Trojan)、'81-82年に彼が体験したNY、ブロンクスのヒップホップ・シーンを伝える『DREAD MEETS B-BOYS DOWNTOWN』('04年/Heavenly)の各コンパイルCDを発表している。'07年には自伝「CULTURE CLASH-DREAD MEETS PUNK ROCKERS」を出版。'08年にコンパイル・アルバム『Don Letts Presents Dread Meets Greensleeves: a West Side Revolution』がリリース。'10年にメタモルフォーゼ、'11年にはB.A.Dの再結成でオリジナルメンバーとしてフジロックフェスティバルに出演。'15年7月、井出靖氏が主宰するレーベル、Grand Gallery10周年を記念し、日本人アーティストをメインにセレクトしたMIX CD『Don Letts Presents DREAD MEETS YASUSHI IDE:IN THE LAND OF THE RISING DUB』を発表、日本ダブ史のエッセンスを内外に明示する。
BBC RADIO 6 Musicにて毎週日曜日”Culture Clash Radio"を持つ。
https://www.donletts.com/
https://www.bbc.co.uk/6music/shows/don_letts/

interview with Oneohtrix Point Never - ele-king

E王
Oneohtrix Point Never
Age Of

Warp / ビート

IDMAvant Pop

Amazon Tower HMV iTunes

 ジェイムス・ブレイクがミキシング・エンジニアを担当していると発表されたOPNの新作はほかにもアノーニなどゲストの情報が先行しているけれど、そのような人たちの影響が明瞭に聴き取れるようなものでもなんでもなく、はっきりとOPNの新作としか言いようがない作品に仕上がっている。そういったゲストの存在にはまったくと言っていいほど左右されていない。過去の作品と比べたときに手癖のようなものがあることは感じられる。しかし、昨年のレコード・ストアー・デイにリリースした2枚の『コミッションズ(Commissions)』もまたそうであったように、さらりとそれまでとは違うことをやってのけるのがダニエル・ロパティンなのである。いや、さらりとではなかった。そこにはいつもそれなりの苦闘があったことは今回のインタヴューでも確認することができた。どういうわけか彼はそういうことは正直に話してくれる。そこはいつもと変わらない。
 『リターナル』『アール・プラス・セヴン』『ガーデン・オブ・ディリート』、そして、『エイジ・オブ』と、これが4回目のインタヴューである。こんなに何度も同じ人にインタヴューしたのは忌野清志郎以来である。最初はもういい加減、訊くことはないんじゃないかと思ったりもしたのだけれど、ダニエル・ロパティンが加速度をつけて変化しているせいか、今回がいままでいちばん面白いインタヴューになった気までしている。むしろ、彼の考えていることや一貫してこだわっていることがようやくわかってきたような気もするし、取材が終わってから、訊きたいことがもっと出てきたりもした。どこに向かって疾走しているのかはさっぱりわからないものの、それがこれまでに見たことのないどこかであることだけは確かだと言える『エイジ・オブ』について、彼の話はあまりにも多岐にわたり、量も膨大になってしまったので、新作について外側から見た部分をここに、そして内側から見たパートは次号の紙エレキング(22号)で公開することにした。通訳の坂本麻里子さんとは、なんというか、何度もタッグを組んできたせいで、じつはもうどこからがどっちで、どこからが誰なのかわからないほど一体化して取材に当たっているという感じなのですが、詳細な注のほとんどは彼女の手によるものです。(三田格)

パーソナルな表現とは逆に、「ここでは演奏する人間が排除されている」という感覚だね。で、そのフィーリングもどういうわけか、僕にはとても人間的なものに感じられるんだ。

音楽ファンは必ずしも「リラックスしない音楽」を聴くこともあると思いますけど、あなたの場合は「リラックスしない音楽」を聴くことがあるとしたらそれは何のためですか?

ダニエル・ロパティン(Daniel Lopatin、以下DL):(ニヤリと笑ってうなずきながら)なるほど。だから……それぞれの「役目」を持つ音楽、そういうものがあってもいいだろうとは思うんだよ。機能を果たさなければならない音楽というか、聴いているうちに身体の速度が速くなって動いたりダンスしたくなる音楽だとか、寝つけないときにそれを補助して眠りに就かせてくれる音楽だとか。そういった機能的な音楽にはまったく問題がないし、実際のところ、この僕だってたぶん、音楽の持つ医薬的効果の恩恵をこうむっているんだろうしね。たとえば……スティーヴ・ローチなんかのレコードを聴きながら眠りに落ちる、だとか? けれども、僕にとってはそれは違う……だから、それは僕からすればもっとも冴えた音楽の使い方ではない、という。

ほう。

DL:僕にとって、音楽は映画に似たものなんだ。要するに、ほとんどもう鏡に身体が映るかのごとく、聴き手に自身を見せてくれるもの……そのストーリーが観る人間の精神を映し出す鏡になっている、みたいな。で、音楽のもたらす効果にはどこかしら、ほとんどもう彫刻に近い面があるんだよ。だから、音楽を聴いていると空間を思い出させられる、音楽が空間をクリエイトする、というか……そう、自分を取り囲んでいる環境を、自分の置かれた情況を思い起こさせてもらえる、と。(音楽を聴くことによって)いろんな物事を気にしたり関心を持つようになるし、そうした物事というのはさもなければその人間のマインドによって優先事項から外され、どこかにしまい込まれてしまうものなんだよ。で、マインドはこう語りかけてくるわけ、「何も心配しなくていい。とにかく労働せよ」と。「つべこべ言わずに労働し、子供をつくり、それが済んだらとっとと消えろ」とね。

(苦笑)。

DL:で、脳が求めているのって基本的にはそれでしょ?

(笑)ええ、まあ。

DL:だけど、そうじゃないんだ。僕たちはもっとそれ以上を受けるに値する、僕はそう思っているから。で、音楽というのはどういうわけか、その点を思い出させてくれるとんでもない「合図」であって……本当に生き生きとした状態になる、真の意味で生きている状態になることを思い出させてくれる、とにかく途方もないリマインダーなんだよな。

なるほど。

DL:で、他のみんなと同様に、その点は僕だってとっくに承知していてね。そりゃそうだよ、だって、やっぱりきついからさ。毎日毎日、こう……一切の悩みやしがらみから完全に解放された状態で、常時あの、「アウェアネス(気づき、知覚)」な状態で生きる、みたいな? そんなの不可能だから。それをやるには、何か補助してくれるものが必要だよ。だから若い頃は僕もサイケデリックなドラッグとかに向かったしね、その手の経験を得たいと思って。と同時に、その(ドラッグによる幻覚)体験もまた、興味深い形で音楽と組み合わさっていたんだけれども。ところが、歳を食うにつれて、自分でも悟ってきたんだよね……だから、「ほぼ音楽なしでも自分にはそういう経験ができるんだ」と。正直、すごく集中すれば、自分は音楽なしでそれをやれると思ってる。というのも、音楽はそれ以上にもっとエキサイティングだし……どうしてかと言えば、音楽というのはじつに具体的で特定な類いのアウェアネスだから、なんだよね。それは他の誰かさんがつくり出した構造だ、と。そんなわけで……うん、そうやって、他の誰かの知覚に基づいた文脈で自分を満たしてみるのは、興味深いことなんだよ。

ふーん、面白いですね。他人のヴィジョンにすっかり自分を委ねる、とでもいうか?

DL:ああ……。

自分とは違う人間の解釈や構造のなかに自らを解放する、というふうに聞こえますが。

DL:そう! だから、ひとつの関係を結ぶってことなんだよ。それにまた、他にもあり得るのは……

ってことは、それだけその音楽を信頼していないといけないってことでもありそうですよね? 自分自身を委ねるわけだから。

DL:それもあるし、また一方で、ある種アヤワスカ(※自分で調べよう!)みたいに、飲み込んではみたものの吐いてしまう、みたいなことだって起こり得るわけだよね、肉体そのものがそれを求めていなくて拒絶反応が出る、という。で……自分にはどうしても入っていけない、そういう音楽も存在するんだよ。いや、とにかく自分でも入り込もうとトライはするんだけど、そこに何らかの……「壁」めいたものを感じ取ってしまう音楽、という。それって興味深いよ。ってのも、誰だってそういうふうに、様々なアートに対して、それぞれに異なる「壁」を感じるものなんだろう、僕はそう思っているわけ。でも、こと音楽に関して言えば、自分に「壁」を感じさせるものってまず大抵の場合、そこに「あるなんらかの特定の目的を果たすために作られた」感覚を伴うもの、なんだよね。そういうのには退屈させられる。

なるほど。

DL:だから、それを聴いても感じるのは「あー、この音楽に対して聴き手の僕が何らかの行動を起こすように、そう、こっちをプログラムするべく何かつくっている人がどっかにいるんだな」というだけのことだし。で――僕はとにかく、音楽は開かれた、オープンなものであってほしい、みたいな。だから、たとえかなりしっかり構築されたものだとしても、オープンさを許す隙をそれがもたらすことはできるわけでさ。そうは言ったって、何も「すべての楽器は生で演奏されていなくてはいけない」とか……「誠意あるものでなければならない」といった意味ではないんだけどね。だって、不真面目なものだってオープンになり得るんだから。だけど、僕が好きなのは、とにかくここ(と、トントン胸を叩きながら)、ハートから生み出された感じがする、そういう音楽なんだ。そうである限り、音楽の構築の仕方はつくる人の勝手、いかようでも構わない、と。僕が感じるのはそういうことだね。


photo: Atiba Jefferson

レコーディング=記録物ですら、時間の経過につれて変化していく、変化し得るんだよ。たとえ、非常に慎重に保存されたものであっても。

どんな音楽も時代と結びついていると思いますか? それとも時代と結びつく音楽と結びつかない音楽があると思いますか?

DL:うん、時代と結びついていると思う。その点は僕もとても興味があるところで、というのも、「とあるテクノロジー」は「とある時代」に発生するものだ、その発想が好きだからなんだ。その事実が、(ある時代に)生まれてくる音楽にとっての枠組みをクリエイトするものだ、という点がね。たとえば、ハープシコード。あれだって、初期段階の音楽機械だったわけだよね? それ以外にもハーディ・ガーディとかいろいろあったけど、あれらはマシーンだったわけ。マシーンだからこそ、ある程度の自律性を実現できた、と。要するに、演奏する者とサウンドとの間の分離を生むことができた。で……その分離は、とても興味深いものでね。だろう? とても面白いよ。

なるほど。

DL:自分でも、なぜああいった「ミュージカル・マシーン」みたいなものに心惹かれるのか、そこはわからない。ただ、どういうわけか、あの手の機械に僕は強く興味をそそられる。だから……あの手の機械にある「冷たさ」というのかな? 機械が作り出す、パフォーマーとの間の距離、ということ。それに、そこから生まれるサウンドもとても興味深いしね。で、僕たちが素晴らしいと称えるものって、多くの場合……さっき話していたような、「苛烈なまでにパーソナルな表現」みたいなものなわけ。僕たちはそういう表現が大好きだし、それはやっぱり、「すごい! これはまさしくこの人間そのものの表現だ!」と思えるからなんだよね。たとえば、ジャズの偉大な即興奏者を何人か思い浮かべればそれはわかるだろうし、彼らのやることを僕たちはとても高く評価している、と。たしかに、あれはとんでもなく素晴らしい表現だよ。ところが、それとはまたまったく別物の……フィーリングみたいなものを受け取ることもある、というのかな、(パーソナルな表現とは逆に)「ここでは演奏する人間が排除されている」という感覚だね。で、そのフィーリングもどういうわけか、僕にはとても人間的なものに感じられるんだ。

ほう、そうなんですか。

DL:うん。どうしてそう感じるかは自分でもわからないんだけどね。

特定の時代に引き留められていない音楽、いわゆる「タイムレスな音楽」というのは存在すると思いますか? いまから50年前も、これから先の10年後にも、人びとに同じく聴かれている音楽はあるでしょうか。それとも、やはり作られた時代の色味を音楽はある程度は帯びてしまうもの?

DL:僕が思うのは、何かがいったん「作られて」しまったら……それは変化するものだ、ということだね。それってとんでもないことだけどね。だから、たとえばレコーディング=記録物ですら……それってとても安定したパフォーマンスのアイディアであって、それこそ「物」なわけでしょ? だから、音楽(という形にならない/目に見えないもの)を物体化したもの、みたいな(苦笑)。そうやって音楽を物にしている、という。ところがそのレコーディングですら、時間の経過につれて変化していく、変化し得るんだよ。たとえ、非常に慎重に保存されたものであっても。

それはいわゆる、テープの劣化とか、そういうことですか?

DL:ああ、それで変化するってこともあるだろうね。ただ、考えてもごらんよ!――だから、テープ云々のせいで変化するんじゃなくて、それを聴く人びとによって変化が起こる、と想像してみてごらん。その音楽にまつわる文脈が一切存在しない時期に、人びとがそれを聴くだとか……あるいは長い歳月が経過して、それこそ何千年も経った後では、人びとにその音楽は伝わらないかもしれないよね、僕たちにもはや楔形文字や象形文字が理解できないのと同じように。で、過去を理解する能力が自分たちには欠けている、その事実からは多くを学べると思うんだよ。というのも、そこから僕たちの本質へと導かれるわけだから。

はあ。

DL:だから、物事は保存されないんだ、と。で、音楽にだってそれは同様に当てはまると僕は思っていて。音楽はクリエイトされるし、その音楽が存在した時代に対して何らかのコメントを発している、と。けれども、そのアイディア自体、増強されていかなくちゃならないんだよ。というのも、時間がつねにそれを削り取ってしまうから。時間というのは、だからこう、奇妙な金槌みたいなものなんだよな。

(笑)なるほど。

DL:ゆっくりと、本当に少しずつ、時間は物事の意味合いをノミで削っていってしまう。で、思うにこれはとても……僕たちの精神の機能の仕方のなかの、たぶん悲劇的な部分なんだろうね。だけど、それと同時にエキサイティングな部分でもあるんだよ。というのも、(変化するということは)物事は何かをクリエイトしていく……というか、物事は新たなフォルムへと成長・発展していく、ということだし、その形状なら僕たちにもコントロールできるからね。僕たちにもそれを抑制することができる、と。

(音楽や記録されたものも)有機物みたいなものだ、と。

DL:っていうか、それ以外に有り様がないよね。僕たちの存在そのものの枠組みがすっかり変わらない限り、そうある以外ないんじゃないかと思う。それはほとんどもう、この宇宙(ユニヴァース)の本質だ、という気すらするよ、僕にとっては。

ユニヴァース、ですか。……(苦笑)は、話が大きいっすね。

DL:(手をパンパン叩いてウケて笑っている)ああ、僕はスケールの大きい話は大好きだからね! 普遍的なストーリーが。

[[SplitPage]]

マシュー・ハーバートにはぞっこんなんだ。っていうか、もう――自分がどれだけマシュー・ハーバートが好きか、君に説明しきれないくらいだよ、ぶっちゃけ。

『グッド・タイム』はいままでのどのアルバムよりもダイナミックで伸び伸びしてると感じました。逆にいうと普段はもっと神経症的に曲を作っているということですよね?

DL:(笑)ああ、そうだね。ハッハッハッハッハッ……!

リラックスできないタチで、もっと強迫観念めいたところがある、みたいな?

DL:うん、もちろん。ほら、見るからにそうでしょ?(と、ソファにだらーっと身を預けた完全なリラックマ状態で、わざと無表情な口調で冗談めかす)

(笑)。

DL:(真顔に戻って)まあ、自分にはちょっとノイローゼ的なところがあるんだろうね。でも……どうしてそうなったかは、自分でもわからないんだよ。ただ、僕は移民家族の一員として、ボストンで育てられたわけで……自分たちみたいな家族は周囲に他にあんまりいない、そういう土地で育った、と。だから、当時うちの家族が暮らしていたエリアでは、僕たちはちょっとストレンジな存在だったんだよ。で、僕の両親は金銭面でものすごく逼迫していたし、我が家は物に恵まれてはいなかった。で……だからこう、つねに「恐れ」の感覚がつきまとっていたんだよな。というのも、両親は故国を捨ててアメリカに渡ったし、彼らは見知らぬ国で新たな環境に順応し、しかも僕ら子供たちを養わなければならなかった。だから、彼らに「リラックスしてほっと一息」なんて余裕はまったくなかったんだ。というわけで――そりゃそう、そういった面が僕に影響を残すのは当然の話だよ! いや、だから……僕の生い立ち云々をいったん脇に置いてみようか。母親が僕をお腹に宿していたとき、両親はソ連から旅立とうとしていてね。

ああ、そうだったんですね。

DL:彼らはソ連を脱出しようとしていた。だから「ホリデーでアメリカに観光」なんてものじゃなかったし、実質、嘘をついてソ連から逃げ出さなくてはならなかったんだ(※かつてソビエト連邦は海外移住するユダヤ人に高額な出国税等を課していた。詳しくは、移民の自由を認めない共産圏国家に対する最恵国待遇の取り消しを含む米議院ジャクソン=バニク修正条項を参照されたし。同条項が効力を発した1975年以後、ユダヤ系ロシア人のアメリカおよびイスラエルへの移民が増えた)。当時は閉鎖状態で、ソビエトから出国するのは難しかったからね(※OPNは1982年生まれのはずなので、ブレジネフ時代)。だから……母親は相当にストレスを感じていたに違いないよ。で、そういう心理状態が(お腹の)赤ちゃんにまで影響したか? と言われたら、僕は「きっと影響しただろう」と、そう思っていて(笑)。

(笑)はい。

DL:というわけで、僕はそういうものを受け取ったんだし、おそらくそれって、今後もとにかく付き合っていくしかないんだろうな、と。

なるほど。そんなあなた自身は自分がアメリカン・ドリームを体現したと思いますか?

DL:まあ……僕の両親からすれば、僕のやってきたことってものすごい、クレイジーな話だ、みたいなものだろうね。というのも……自分たちのような家族、海外に渡ったロシア人ファミリーは僕たちもたくさん知っているけど、そうした移民ファミリーの目標はいつだって、「子供たちにより良い生活を」なんだよ。それって典型的な移民家族のゴールだ、と言っていいと思う。……っていうか、移民に限った話ですらないのかもしれないよね? もしかしたら、多くの家族のゴールがそれ、「子孫に良い生活を」なのかもしれない。ただまあ、移民にとっては、「わたしたち家族はこの地に移住する。我々(親)はそこで犠牲を払わないといけないのは承知している。けれどもそのぶんお前たち(息子/娘)は、もっと良い暮らしをするための機会を手にすることができる」みたいな。

はい。

DL:というわけで……まあ、たぶん少々ひやひやさせたところもあったんだろうけれども、いまのこの時点では、両親はこの僕がどうにか上手くやっていて、しかも自分のやりたいことをやれるようになった、その事実をとても喜んでくれていると思う。その点を彼らは誇りに感じているし……うん、その意味ではこれもまた、「アメリカン・ドリーム」のなんらかのヴァージョンなんだろうね、きっと。ただ、それはまた「アメリカの悪夢」でもあるわけでさ。

(苦笑)タハハッ!

DL:いやだから(笑)……まあ、少し前に、あるドキュメンタリー作品を観ていたんだよ。オレゴン州に存在したカルト集団、ラジニーシプーラムを追った内容なんだけど。

ああ、『Wild Wild Country』のことでしょうか?(※2018年3月にネットフリックスが発表したドキュメンタリー。インド人宗教家・神秘思想家バグワン・シュリ・ラジニーシこと「オショウ」と、彼が1981年にオレゴン州の荒れ地に建設した巨大なユートピア型コミューン/実験都市「ラジニーシプーラム」、バイオテロ事件などの同カルトにまつわるスキャンダルを扱った内容)

DL:そう、それ! あれは奇妙なドキュメンタリーで……作品としての出来そのものは、じつはそんなに良くはないけどね。というのも、作者の意図に沿って観る側の考え方を操るようなところが少しある作品だと僕は思うし。ただ……あそこで何が起こったか、それを観ていて(目を丸くする)――要するに、インドからやってきた新興宗教のリーダー、兼マーケティングのものすごい天才みたいな人物がいて、彼のもとに集まり彼に指導された、リッチな層のヨーロッパ人がいたわけ。で、彼は富裕層の欧州人はもちろん金のあるアメリカ人からも祝福されたし、そうやって彼らはオレゴンのなんにもない辺鄙な土地に結集した、と。そんなことが起こり得る国って、他にあったら教えてもらいたいもんだよ! あれはもう、完全なる……一種の気違いじみた妄想であって、それってアメリカでしか起こり得ないものだ、と。

なるほど。

DL:で、この僕だってアメリカからしか生まれ得ないわけ。ご覧の通り、僕はこんな奴だしね。だから……良いものだけではなく同時に悪いものも一蓮托生で手に入ってきてしまう、そういうことだってあるんだ、みたいな。僕だって、何も……もちろん、それって厄介で面倒だよ。だけど……アメリカは非常におかしな場所なんだ、と。そこではたくさんの出来事が起きているわけだけど、そのほとんどは、外部の人間の目には100%の狂気の沙汰と映るようなものばかり、と(笑)。

(苦笑)はい。

DL:で、それが世界全体にとっての利益になる、そういうことだってたまにはあるんだよ。ただし、多くの場合、実際は世界に害をもたらしている、と。僕がこの「アメリカン・ドリーム」というものに対して感じるのは、そういうことだね。

サウンドトラック・メイカーとしては、いまはどこらへんがあなたのライヴァルでしょうか?

DL:ああ、ライヴァルか! 良いね~!(満面の笑顔)

『ナチュラル・ウーマン』のマシュー・ハーバートか、『ファントム・スレッド』や『ビューティフル・デイ』のジョニー・グリーンウッドが当面はライヴァルかな、なんて思いますが。

DL:マシュー・ハーバート! 彼はめっちゃ好きなんだよなぁ! それってドイツ映画?

いや、チリ人監督作品だと思います。

DL:へえー、チリなんだ。いや、その作品はまだ観てないな。ただ、音楽は聴いたよ。だから……マシュー・ハーバートにはぞっこんなんだ。っていうか、もう――自分がどれだけマシュー・ハーバートが好きか、君に説明しきれないくらいだよ、ぶっちゃけ。

(熱心な口ぶりに気圧されて:笑)わ、わかりました。

DL:とにかく、彼の『ボディリー・ファンクション(Bodily Function)』(2001)、あれは僕のオールタイム・フェイヴァリットのひとつだ、みたいな。でまあ、その、ライヴァルってことだと……ところで、「ライヴァル」って良い言葉だよね? 楽しいし、それこそスポーツ選手の話をしてるみたいでさ(笑)。

はっはっはっはっはっ!

DL:だけど――そう言われて自分が想像してみたいのは、むしろある種のクレイジーな現実だな。で、その世界では僕のライヴァルはハンス・ジマーだ、みたいな。

(笑)ええ~っ、大きく出ましたね!

DL:(笑)うん。っていうのも、僕は本当に……ある意味、ちんまりしたスコアはやりたくないっていうのかな、そうではなくて、マジにスケールの大きいスコアをやってみたくてさ。

超SF大作、ファンタジー巨編、みたいな?

DL:うん、本当に、本当にドカーンとでかい作品をやってみたい。それが自分にとってのゴールだし、もしも他の人びとが僕にやれると信じてくれないとしたら――まあ、そりゃ僕にはなんにも言えないよね。(独り言のようにつぶやきながら)ただ、見てろよ、いつの日か僕はやってやるから、と。

お話を聞いていると、あなたってじつはかなり競争意識の強い人みたいですね?

DL:ああ、相当競争心が強いよ(ニヤッと笑う)。

(笑)ちょっと意外。

DL:(笑)いやまあ、それは別としても、ハンス・ジマーは優秀だよ。彼って、少しこう……誤解されてるんじゃないかと思う。ってのも、彼ってとても……いわゆる「コマーシャルな作曲家」なわけじゃない? でも、彼の作品には信じられないくらいすごい瞬間がいくつかあるんだって! たとえば、僕は彼の担当したスコア……あれはすごくデタラメな映画で……たしかジョン・ウー作品だったと思うけど、『ブロークン・アロー』(1996)ってのがあって(※ジョン・ウーのハリウッド2作目のアクション映画)。出演はジョン・トラヴォルタに、あの俳優……『ミスター・ロボット』に出てた人……あ~、名前はなんだっけ……

クリスチャン・スレイター?

DL:そう(笑)!……でまあ、『ブロークン・アロー』のスコアはじつにクールだ、と。しかも、実際『エイジ・オブ』にも少々影響しているんだよね。っていうのも、あのスコアには一種カントリー風なトゥワングがあるし、ややこう、「西部開拓期」なヴァイブがある、みたいな?

(笑)。

DL:あのスコアは本当に好きなんだ。ある種「コズミック・ウェスタン」とも言えるスコアだから。要するに、エンニオ・モリコーネ風なんだけど、そこに本当にコマーシャル性の高いクサさを伴っている、みたいな。大好きだね(ニンマリ笑う)。

photo: Atiba Jefferson

自分には速度を落とす必要があるんだな、と。ってのも、僕は本当にスピードが速いから。瞬時に変化するってのが好きだし……数秒間以上もうだうだと同じアイディアに留まっているのは苦手なんだよ。

E王
Oneohtrix Point Never
Age Of

Warp / ビート

IDMAvant Pop

Amazon Tower HMV iTunes

『エイジ・オブ』はこれまでになくポップな内容だと思います。これはでき上がったものが自然とそうなったのか、それとも意図していたことなんですか? 

DL:ああ、意図的だったね。というのも、自分の成長期の一部に……ベックの『オディレイ』(1996)が出たときのことを覚えているんだよ。あそこで「ワーオ! これは……何もかもが1枚のなかにひっくるめられているな」と感じた。ダスト・ブラザーズの折衷性、みたいな。だから、あのレコードの相当多くの面が、長いこと自分の頭の片隅にひそかに居座っていた、という。で、僕が自分自身のキャリアをさらに奥へ、もっと深くへ辿っていくにつれて、それこそ、もう後戻りするのは無理、みたいな地点にリーチするわけだよね。自分はもうこれ以外の何者にもなれない、「ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー」を続けるだけだ、と。ただ、僕は本当に、音楽全般に魅了され夢中になっているんだよ。それは別に「スタイルとしての音楽」ってことではなくて、なんというか、ある種の、自分自身のステージ(段階)としての音楽、という。だから、ということは、僕には――何も「これ」といった特定のタイプの音楽をやろうってことではないけど、だから、そう……自分の思うまま、自分は好きな夢を夢見ることができるんだ、みたいな? 思いつく限り、どんな楽器を弾いても構わない、と。そんなわけで、僕はジャンルの境界線を使って遊びたいんだ。そこでは、僕は歌に自らを譲ることになるし、そこで自分に歌を書かせるわけだけど……けれども、物事は変化するし、物事は変化したっていいものなんだよね。それに、ジャンルにしたって多かれ少なかれ柔軟にこねられる、それこそプラスティックみたいなシロモノなんだし。

なるほど。

DL:で、以前の自分というのは、すごく目まぐるしいことをやってたんじゃないか? と思っていて。(指を素早くパチン、パチン! とスナップさせながら)基本的に、ひとつの小節あるいは拍子から次へとものすごいスピードで移っていく、みたいな。ところが、いまの時点での僕はそういうやり方にあんまりハマってはいないんだ。それより自分にはゆっくりしたペースと思える、そっちに入れ込んでいる、というか。だからもっとゆったり緩い変容のペースというのか、(1小節刻みではなく)1曲ごとに変化していく、もしくはひとつの曲のなかで大きなセクションごとに変わっていく、と……っていうか、じつはそれですらないかもしれないな? このアルバムは「一群の歌が集まった」ものだし、あれらの曲群はそれぞれ異なる色をつけられているかもしれないけれど、やっぱりそれ自体でちゃんと「歌」になっている。だから、アイディアという意味では、あれらの歌はそんなに素早く急激に変化しないんだよ。

アノーニデイヴィッド・バーンをプロデュースしたことが影響しているのかな? とも感じましたが。

DL:100%そう。実際、自分がやっていたのはそれだったんだし(笑)――だって、過去2、3年くらい、僕はずっと働いていたんだし。とにかく仕事、仕事、と。そんなわけで、自分でもちょっと感じるんだよ、その意味では、こう……自分は街路に立ってスープを煮ているんだな、みたいな。

(笑)。

DL:いや、だからさ、そうやっていれば、他の人びとが何を欲しがっているのか学ぶわけだよ、そうじゃない?(プフッ! と噴き出し苦笑) だから、自分のためではなく、他の人たち向けにスープを料理する、という。そうすれば、「ああ、彼らはニンジンを入れると気に入るのか」などなどわかるっていう。

タマネギを入れたほうがいいかも、とか。

DL:(苦笑)そう、その通り! で……また逆にそこで教わったのが、人びとが求めていないものは何か? ってことでもあってさ(爆笑)! クハッハッハッハッハッ……

ああ、そうでしょうね(笑)。

DL:(笑)僕はフリーク、変わり者みたいなものだし、(指をパチッ・パチッと小気味良くスナップさせながら)自分には速度を落とす必要があるんだな、と。ってのも、僕は本当にスピードが速いから。瞬時に変化するってのが好きだし……数秒間以上もうだうだと同じアイディアに留まっているのは苦手なんだよ。けれども、こう、一緒に仕事した人たちを相手に、総合的な意見みたいなものを調査したところ(苦笑)、ヒッヒッヒッヒッ!……彼らに言われるんだよね、「うん、そこ、良い! そのパートを、ただ繰り返していってもらえる?」と(笑)。で、僕はもう(予想が外れてやや意外/ちょっと違うんだけどなぁ? という感じの、微妙で皮肉まじりな表情を浮かべながら)「なるほどねー、承知しました! うん、それは素晴らしい思いつきだ」みたいな(苦笑)。

(笑)。

DL:たぶん、僕には必要なんだろうな……だから、アノーニにデイヴィッド・バーン、そのどちらからも――それにトウィッグス(FKA Twigs)もそうだけど、彼らみたいな人たち全員から「ねえ、そこの箇所、それをとにかくちょっとループしてくれない?」と言ってこられたら、そりゃやっぱり、僕はたぶんそこをループさせるべきなんだろう、と。彼らは優れた人たち、自分たちが何をやっているかをちゃんと把握している人びとだからね……クフッフッフッ(思い出し笑いしている)。

あなたのやることは凝縮度が高すぎなのかもしれませんね。少々水で薄めないと口に合わない、みたいな。

DL:ああ、ほんのちょっとだけ、ね(笑)。でもさ、じつを言えば、そうやって希釈することは自分でも気に入っているんだ。それって何も「他人のニーズに合わせる」だけのことではなくて、ほんと、自分の音楽をああいう形で耳にすること、それってリフレッシュされる体験だなと我ながら感じる、そこは認めざるをえなくて。だから、とにかくその聞こえ方は……ここのところの自分の物事の考え方にマッチしている、そう思えるんだ。

[[SplitPage]]

ほとんどもう、ポップ・ミュージックにとって当たり前な言語みたくなってきたもの、聴き手に心理的な作用を及ぼすあのやり方、それらの多くに対して僕は抵抗して闘ってきたんだけどね。

E王
Oneohtrix Point Never
Age Of

Warp / ビート

IDMAvant Pop

Amazon Tower HMV iTunes

『エイジ・オブ』は前作のハードなところが減って、全体に艶やかさのようなものを感じます。『ガーデン・オブ・ディリート』は劣悪な環境、密室恐怖症的な地下環境が作品に影響していると言ってましたが、今回はいい環境で録音できたということですか?

DL:うん、今回はガラス窓がたっぷりだったよ! それこそ、前庭にある木立を眺めつつ作業する、みたいな。

そうなんですか! それはずいぶん違いますね。

DL:ああ。この作品はとても奇妙な家でレコーディングしてね。

(前作時の)地下牢(ダンジョン)ではない、と。

DL:うん、地下牢はもう後にした(笑)。で、マサチューセッツ州にある私邸に行って。とても変わった家なんだ。ガラス製なんだけど、円形でね。四角くないんだ。で、なかにいると、あの建物がとても奇妙なフィーリングを醸し出してくるっていう。日中に作業している間はとてもリラックスできるんだよ。というのも、ハリネズミだの、いろんな動物が見られて……ハリネズミにコマツグミ、青ツグミにおかしないろんな鳥たち、リスだのが木立で過ごしている様子が見えたし、それに、近所の住人たちも見えたっけ(笑)。近所の隣人たちは興味深かったな。じつは、彼らがいちばん面白かったかも。それはともかく、その一方で、これが夜になると、ガラス張りの家で暗闇のなかにいるととても無防備に感じるんだよ。それって、とても奇妙でね。というのも、ああしたガラスでてきた家に暮らすのって、こう、一種の特権、贅沢だと考えられているわけ。ところが、僕からすればあの家での暮らしって悪夢のように思えて。というのも、いったん家のなかの照明が点くと、外の周囲は何も見えなくなってしまう。で、誰かに監視されてるんじゃないか、そんな気がしてくるんだ。たとえ実際は外に誰もいなくても、いつ何時、誰かが飛び出してくるんじゃないか? みたいな気がする、と(苦笑)。というわけで、あそこは日中は地下牢ではなかったけれども、夜になると悪霊っぽい性質を伴う場所だったね。うん、悪霊っぽいところがあった。

(笑)。それって、マイケル・マンの映画に出てきそうな家ですね。『刑事グラハム/凍りついた欲望』(1986)って覚えてます?

DL:うん、もちろん。

あれにも出てきますけど、マイケル・マン映画ってガラス張りで外から中やアクションが丸見えの住宅をよく使いますよね。カメラがその外にあって、それを追っていく、みたいな。

DL:とんでもないよねぇ。

でも、そういう環境で実際に暮らすのは、さっきもおっしゃっていたように、相当怖いでしょうね。自分は避けたいです。

DL:怖過ぎだよ。僕には怖過ぎ。

ドミニク・ファーナウ(プルーリエント)をヴォーカルに起用するというのはかなり突飛な気がしますが、これはあなたのアイディア?

DL:っていうか、考えてもごらんよ、彼の方から「お前の新作にぜひゲストで参加したいんだけど」って言われたら、ビビるよね(笑)。アッハッハッハッ……

(笑)たしかに。

DL:でもまあ、彼のヴォイスを使う、あれは僕のアイディアだったんだ。ってのも、僕にとっての彼というのは……だから、自分が自作レコードのコラボレーターに求めることって、彼らのとても強力で、風変わりな、パフォーマーとしての側面なんだよ。だから、彼らが何かやるのを聴くと、自分の全身が思わず総毛立つ、みたいな人たちだね。で、プルーリエントというのは、僕からすると……マソーナ(=山崎マゾ、マゾンナの英語読み)と同じところから出てきた人、みたいなもので。マソーナはもう、これまで出てきたノイズ・アーティストのなかでもほぼベストに近い、そういう人なんだけどさ。で、プルーリエントは、この国(アメリカ)のなかで自分にゲットできるそれにもっとも近い存在だ、と。彼、ドミニクはすごく仲の良い友人でね。長年にわたってとても多くを教わってきたし……っていうか、ドミニクがいなかったら、そもそもマソーナのことすら僕は知らなかっただろうね。でも、ドミニクにはまた、彼は詩人だ、という考え方もあるんだよ。だから、彼はただシャウトするだけの人ではなくて、彼の発する言葉、それ自体ももう、僕にはじつに強力なもので。たとえば、彼は……アルバムの“Warning”って曲で歌っているけど、そこで「♪ガラスの家で 最低最悪だ(in a glass house / it's disgusting)」って言っているんだよ。

あー、なるほど(と、ガラスの家での体験談を思い出す)、ハハハッ!

DL:で、「♪警告・警告・警告……!(warning!)」とえんえん繰り返す、という。ふたりでただ雑談していて、僕が夏に体験したことだとか、僕たちが潜っていたクソみたいなことのあれこれを彼と話していたんだけど、そこから彼が引っ張り出してきたのがあの歌詞だったんだ。で――彼に自分のレコードに参加してもらったのは、僕にはとてもスペシャルなことなんだ。というのも、彼は古くからの友人だし、僕からすれば彼はこれまで出てきたなかでももっとも才能にあふれたヴォーカリストのひとり……マイク・パットンやマソーナあたりと同じ系列にいる、そういうヴォーカリストなんだ。いや、もちろん「いろんなスタイルを幅広くこなす」っていう意味では、「すごくレンジが広い」とは言えないタイプの人だよ。ただ、彼が得意とすること、そこに関しては、彼はすごい、非凡だと僕は思ってる。

なるほど。では逆にあなたにとってポップ・ソングの作曲家ベスト3は誰ですか?

DL:おお~!……(と、やや「難問!」という表情。真剣に考え込んでいる)……………………ワーオ! その答えは、しっかり考えさせてもらわないといけないなぁ。

(あまりに悩んでいるので)じゃあ、これはいずれまたの質問、ということで。あなたはこれまでも、ポップ・ソングを書くことに興味を示してきましたけれど、アリアナ・グランデやジャスティン・ビーバーにも曲を書いてみたいですか?

DL:ああ、トライはしてみるよ。だから、新作に“The Station”って曲があるんだけど、あれはアッシャーのために書いた曲だったりするし。

ええっ!? マジですか。

DL:(笑)うん、ほんと! もともとアッシャー向けに書いた曲だったんだよ。だから……まあ、この場では、「最終的にアッシャーが歌うことにはならなかった」という程度に留めておこうか。

(笑)。

DL:ただまあ……はたしてアリアナ・グランデ向けの曲を自分に書けるか? そこは自分でもわからないけど――ただ、挑戦を受けて立つことに、自分は絶対にノーとは言わないね。でも、自分はいわゆる「名人」ソングライターのレヴェル、まだそこには達していないと思ってる。ってのも、あの手の(ビッグなポップ・スター向けの)歌っていうのは、決まった類いのピークや価値観、インパクトみたいなものの設計図を伴う作曲である必要があるし、そこには僕はまったく興味がないんだ。だから、そういった、ほとんどもう、ポップ・ミュージックにとって当たり前な言語みたくなってきたもの、聴き手に心理的な作用を及ぼすあのやり方、それらの多くに対して僕は抵抗して闘ってきたんだけどね。いやほんと、その手法に対する僕の姿勢はつねに「それは良くないって!」ってものだったし、「やっちゃいけないって……やっちゃダメだろ!」みたいな(苦笑)。

(笑)なるほど。

DL:(笑)あーあ、やれやれ……でも、聴くこと自体は自分でもエンジョイするけどね。あの手の音楽のいくつかは、ほんと、聴いて楽しめる。そうは言っても、それは「曲そのもの」を自分が気に入ったというより、むしろ「(歌い手、演奏者なりの)パフォーマンス」が好きだ、ってことなんだろうけど。その意味では、セリーナ・ゴメズのヴォーカルは大好きで。

(笑)そうなんですか!

DL:ああ、彼女の声はすごくクールだよ! あのヴォーカルにはどこかへんてこな、ストレンジなところがあるからね。それから……ザ・ウィーケンドも大好きだし。彼はすごくかっこいいと思う。そうは言っても、彼は(先ほど言ったようなポップ勢とは)違うんだけどね。ってのも、スタイルという意味で、彼は非常に「なんでもあり」でオープンだし、受けてきた影響もとても多彩で、とっちらかっててほんとクレイジー、みたいな。だから、彼はとても新鮮なポップ・スターの一種って感じがする……すごく最新型のマイケル・ジャクソン解釈のひとつ、というのかな。でもまあ、概して言えば、僕はそんなにポップ・ミュージック好きってわけじゃないね。

そんなアメリカのポップ・チャートにいちばん足りないものはなんだと思いますか?

DL:スクリーミング! プルーリエントのやってるような、スクリームが足りない。で、いま自分がこうして指摘したから、たぶんこれからスクリームが流行るだろうね。

僕たち人間が全滅した後にAIは世界にひとりぼっちで取り残されるわけだけど、それでもAIたちは地球近辺に集まってきて悲しんでいる、という。それこそ、お墓参りに行って個人を偲ぶようにね。

今作において、全体に低音を入れないのはなぜですか?

DL:サブ・ベース音はあの家には持ち込まなかったよ。あの、ガラス製の家にはね。それをやったら、ガラスが割れていただろうし!(笑)。

(笑)マジですか。

DL:あの家を内破したくはなかったし、それに「この住宅に被害を与えた」ってことで多額の罰金を払いたくもなかったから。

ガラスが割れたら危ない、と。

DL:そう。誰にもケガしてほしくなかったし、ガラスが割れて追加料金を請求されるのはご免だったし。

でも、そもそもなんでガラスの家なんかでレコーディングすることにしたんですか? 相当に奇妙なシチュエーションですよね(笑)?

DL:どうしてだったんだろう? マジに、自分でもわからない(苦笑)。っていうか、とにかく一時的にニューヨークから離れたかったんだ。でもまあ、あれ以外のどこか他の場所をレコーディング場所に選ぶことも、たぶん可能だったんだろうけど……あの家は『エイリアン』ぽっかったんだよ、エイリアンの卵みたいなんだ。だから見ているぶんには楽しくて……

ガラスのドーム型の建物、ということ?

DL:そうだね、ドームなんだけど、本体は白いコンクリートでできていて、それをガラスが囲っている、みたいな。とても奇妙な建物だよ。

それは、築は割と最近の新しい建物? それとも60、70年代頃の古い建物なんでしょうか。

DL:70年代に建てられたものだと思うよ。あの名称は「Earth」……なんとか(※いわゆる「アース・ホーム」のことと思われます)というものだったな。正式名称はとっさに思い出せないけど、うん、建築の発想としては、「自然に溶け合った家」というものだったんだ(笑)。周囲の丘陵の描く勾配に合わせて曲線を描く、みたいな。だから、トールキン小説に出てくるホビットの住居、という感じ(笑)。

なるほど。ちなみに、『グッド・タイム』の後で「FACT Magazine」に公開したミックステープがありましたよね? あそこにあったあなたの「お気に入りの音楽」、ジョルジオ・モローダー他の映画絡みの音楽を聴いて、一種サントラ『グッド・タイム』の参照リストのようにも感じたんですが、ああいうもの、ちょっとした参照点だったり影響になった音楽は『エイジ・オブ』にも存在しているんですか?

DL:――ああ、少しあるんじゃないかな? だけど、直接的なものではなくて……だから、我ながらおかしいんだよな~。ってのも、自分が(レコーディングしていた頃に)聴いていた音楽って、ほんとストレンジなもので。たとえば、サシャ・マトソン(Sasha Matson)って人のレコードがあったよ。彼はヘンなテレビ向け音楽を書くコンポーザーなんだけど(※いわゆるB級映画/テレビの音楽を手がけてきた作曲家?)……素晴らしいレコードを作ったことがあったんだよ、こう、ペダル・スティールと室内管弦楽団が合わさった、みたいな内容の。要するにカントリーっぽいんだけど、と同時に……モダンなジョン・アダムスみたいに聞こえる、みたいな?

はっはっはっはっはっ!

DL:――いやいや、そんなふうにバカにしないでよ! あれはマジにクールなレコードだって!

了解です。

DL:というわけで、その時点の自分は「よし、サシャ・マトソンみたいなレコードを作るんだ!」と息巻いていたわけだけど――僕のお約束で(笑)、そこから一気にまったく違う方向へと転換してしまって、結局、サシャ・マトソンっぽいレコードを作るには至らなかった、と……。で、ドリー・パートンなんかを聴いていたっていう。だから、自分でもよくわからないんだよ。今回の作品はかなり奇妙で、要するに、そんなに過度に……戦略的に作ってはいない、みたいな。

「MYRIAD」の予告ヴィデオにちらっと日本のゲーム・ソフト『MOTHER』が映りますけれど――

DL:(ニヤッと笑う)。

これはなぜ? というか、あのヴィデオ自体はあなたが制作したわけではないでしょうが……

DL:いや、ヴィデオに使われたイメージはすべて僕が選んだものだよ(笑)。

あのゲームが大好きだから使った、とか?

DL:いいや。っていうか、アメリカではあのゲームは『EarthBound』って名称なんだよ。で、まず、答えA:(ダーレン・)アロノフスキーの『マザー!』が好きであること、そして答えB:AIが自分の母親に対してノスタルジーを抱く、要するに僕たち(人間=AIの作り主)をAIが懐かしむという発想ってすごいな、と。だから、僕たち人間が全滅した後にAIは世界にひとりぼっちで取り残されるわけだけど、それでもAIたちは地球近辺に集まってきて悲しんでいる、という。それこそ、お墓参りに行って個人を偲ぶようにね(※ここは、おそらくキューブリック/スピルバーグの『A.I.』のことを話していると思います)。でまあ……とにかく「MOTHER」って単語自体、はてしなく深いし、しかも面白いものだし。それに、あの(ゲームの)カートリッジに描かれたグラフィック、あれが大好きなんだよな。地球のイメージが使われていて、すごく綺麗。あれは素晴らしいよ。

『MOTHER』の作者は生みの母親を長いこと知らなくて、有名になったことでやっと会えた、という逸話があるんですよ。そのことが反映されたゲームらしいです。

DL:(目を丸くして)へえぇ~~、そうだったんだ!? それはすごい話だね!

※『エイジ・オブ』のコンセプトについて語った後編は6月27日発売の紙エレキング22号に続きます。



Orange Milk - ele-king

 これから我々はどこに行くのだろうか? ヴェイパーウェイヴ以降において、もっとも先鋭的なレーベル、〈Orange Milk〉が日本に来る! ん? サイバースペースを使ってではなくて……そのレーベル主宰のGiant ClawとSeth Grahamによる待望のジャパン・ツアーが開催される! ツアーに合わせ未発表音源を詰め込んだ日本限定のコンピや物販も会場にて販売されるようだ。ツアーは、東京、大阪などを含む全6公演が行われ、食品まつり a.k.a foodman、CVN、mus.hiba、koeosaeme、dok-s projectなどの国内アーティストも参加する。各公演のフルラインナップが発表されているのでチェック!

 〈φonon (フォノン)〉は、EP-4の佐藤薫の〈SKATING PEARS〉のサブレーベルとして2018年に始動した、という話はすでに書いた。いまのところEP-4 [fn.ψ]『OBLIQUES』、A.Mizukiのソロ・ユニットで、ラヂオ ensembles アイーダ『From ASIA (Radio Of The Day #2)』という2枚のリリースがある。
 で、このたび第二弾のリリースありとの情報。

 そのひとつは、家口成樹セレクトのエレクトロ・コンピレーション、『Allopoietic factor』。いま最高にクールなエレクトロニック・ミュージック/ノイズが収録されている。そして、もう1枚は森田潤の初ソロCD『LʼARTE DEI RUMORI DI MORTE。美しくも不気味な音を巧みにコラージュさせる音響センスは秀逸で、ユーモアもある。
 ぜひ、チェックしてくれ。
https://www.slogan.co.jp/skatingpears/

6月15日(金) 2タイトル同時発売!!

アーティスト:Various Artists
アルバムタイトル:Allopoietic factor
発売日:2018年6月15日(金)
定価:¥2,000(税別)
品番:SPF-003
発売元:φonon (フォノン) div. of SKATING PEARS

01. Bark & Pulse / ZVIZMO
02. Suna No Onna / Turtle Yama
03. Fuzzy mood for backpackers / bonnounomukuro
04. Crepuscular rays / Singū-IEGUTI
05. Exocytosis / Yuki Hasegawa
06. Boiling Point / 4TLTD
07. Armor / Natiho Toyota
08. Sairei No Odori / Black root(s) crew
09. IN A ROOM / Radio ensembles Aiida
10. Proto-Enantiomorphous / EP-4[fn.ψ]

アーティスト:Jun Morita
タイトル:LʼARTE DEI RUMORI DI MORTE
発売日: 2018年6月15日(金)
定価:¥2,000(税別)
品番:SPF-004
発売元:φonon (フォノン) div. of SKATING PEARS

トラックリスト
01. Le Pli II
02. Poesia I
03. L'Arte Dei Rumori Di Morte
04. Corpus Delicti
05. Acephale Extravaganza
06. Poesia II
07. Live at Forestlimit,Tokyo 20-Jan-2018

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130