「OTO」と一致するもの

Synchronize - ele-king

 40年ぶりに再発され話題となった、日本のポストパンク・バンドを収録した1980年のコンピレーション『都市通信』、そのなかのひとつシンクロナイズ(後にザ・スカーレッツに改名)が、年明けにスタジオ+ライヴ音源をコンパイルした3枚組を限定リリースする。シングル2枚、カセット2本、未発表ライヴ音源、今回初出となる、ミニコミ「ニュー・ディスク・リポート」の付録ソノシート用に録音された3曲、アルバム「ポーラー・ソング」用に録音された5曲など未発表スタジオ音源を収録。いままでアーカイヴ化されてこなかった時代の貴重な音源であることに間違いない。

Synchronize, The Skarlets
An afterimage- Synchronize to The Skarlets –

仕様:3枚組CD
発売日:2021/1/27
初回限定盤
品番:WC-095~097
定価:¥4545+税
JAN:4571285920957
発売元:いぬん堂

Synchronize ~ The Skarlets
1978年 Synchronize結成。1980年 アルバム「都市通信」に参加。新宿ACBでのイベント「Street Survival宣言」への出演や都内ライヴハウスを中心に活動。1981年にシングル「訪問者」、1983年にシングル「PRIEST」を発表後、The Skarletsに改名。1987年にカセット「Skarlets」、1989年にカセット「Liverpool」を発表した。

CD発売記念ライヴ
2021年2月19日(金)新宿ロフト
AN AFTERIMAGE COLOR
料金:前売り3000円+drink
開場18:00 開演18:50
出演:シンクロナイズ、突然段ボール、モリモトアリオミ、NOISECONCRETE×3CHI5、DJ:肉夜メイジー

Total Info. https://www.synchronize80.xyz/


An afterimage
- Synchronize to The Skarlets -


Disc 1 Synchronize Studio
1. 都市通信
2. 転写
3. Easy Money
4. 訪問者
5. 幼年期
6. 連続線
7. PRIEST
8. MODE
9. Disillusion
10. 愛の見解
11. Please
12. holiday
13. NOBUYA
14. POLAR SONG

Disc 2 Synchronize Live & Demo
1. holiday
2. 都市通信
3. 停止セヨ
4. 時間膜
5. Cool Point
6. Girl’s Campaign
7. 幼年期
8. 連続線
9. Disillusion
10. MODE
11. 紅蓮
12. 愛の見解
13. 失楽園 - the location -
14. Please
15. PRIEST〜Easy Money

Disc 3 The Skarlets Studio & Live
1. Sun Room
2. 告白
3. Clear Screen
4. 反射率
5. Liverpool
6. 精霊代 - Lavender days -
7. 残像
8. 彼方 the far
9. 黄昏まで
10. 精霊代 - Lavender days -
11. 残像
12. 抱擁
13. 少年画報
14. 孔雀

Disc 1
Track 1 to 3 : Unreleased Tape
Recorded at Studio Magnet 12 June 1980.
Track 4,5 from Single「訪問者、幼年期」Plaza Records (7inch:PLAZA-1) 1981
Track 6 : Unreleased Tape 1981
Track 7,8 from Single「PRIEST, MODE」Polar Records (7inch:S-1) 1983
Track 9 : Unreleased Tape 1983
Track 10 to 14 : Unreleased Tape
Recorded at Sound Market 1984

Disc 2
Track 1 : Live Recorded at Shinjuku ACB 14 June 1980
Track 2,3 : Live Recorded at Shinjuku Loft 14 Aug. 1980
Track 4 : Live Recorded at Shinjuku Loft 3 Sep. 1980
Track 5 :Recorded at Rasenkan Feb. 1981
Track 6 :Live Recorded at Hosei University 18 Apr. 1981
Track 7,8 : Live Recorded at Shinjuku ACB 20 June 1981
Track 9 : Live Recorded at Harajuku Crocodile 25 Apr. 1982
Track 10,11 : Live Recorded at Kichijoji Manda-La 20 Feb. 1983
Track 12 : Live Recorded at Yotsuya Fourvalley 6 Apr. 1983
Track 13 : Live Recorded at Yotsuya Fourvalley 18 Nov. 1985
Track 14 : Live Recorded at Yotsuya Fourvalley 27 Jan. 1986
Track 15 : Live Recorded at Shibuya La.mama 7 Jul. 1986

Disc 3
Track 1 to 4 from「Skarlets」(Cassette) 1987
Recorded at ken's home 1987
Track 5 to 8 from「Liverpool」(Cassette) 1989
Recorded at ken's home 1989
Track 9 to 14 : Live Recorded at Fussa Chicken Shack 26 Jan. 1990

Produced by Mikio Shiraishi, Kenji Nomoto
Compiled by Mikio Shiraishi, Kenji Nomoto
Licensed from Sychronize, The Skarlets
Mastered by Kenji Nomoto (2-1 to 2-15, 3-1 to 3-14), Akihiro Shiba (1-1 to 1-14)
Remastered by Akihiro Shiba (2-1 to 2-15, 3-1 to 3-14)
Mastered at ken’s Home, Temas Studio
Remastered at Temas Studio
Photography by Ieki Maekawa
Designed by Shigeo Matsumoto

All Lyrics by Mikio Shiraishi
Music by Mikio Shiraishi (1-1 to 1-3, 1-6, 2-2 to 2-5, 2-8, 2-15 [Easy Money]), Mikio Shiraishi & Kenji Nomoto (1-4, 1-5, 1-7 to 1-14, 2-1, 2-6, 2-7, 2-9 to 2-15 [PRIEST], 3-1 to 3-14)
Vocals [All Songs], Guitar [2-14] : Mikio Shiraishi
Guitars [All Songs] ,Keyboards [3-5, 3-8]: Kenji Nomoto,
Bass : Hitomi Sanekata (1-1 to 1-3, 2-1 to 2-4), Toshiaki Kabe (1-4, 1-5, 2-6 to 2-8), Tetsushi Nishiyama (1-7 to 1-14, 2-9 to 2-15), Toshifumi Sato (3-1 to 3-4), Yukari Hashimoto (3-5 to 3-14)
Drums : Yoshio Kogure (1-1 to 1-6, 2-1 to 2-4, 2-6 to 2-12, 2-15, 3-9 to 3-14)
Programmed by Kentaro Yamaguchi (1-9 to 1-14, 3-1 to 3-8)
Keyboards : Yoko Kawano (1-6, 1-7, 2-12), Kentaro Yamaguchi (1-8 to 1-14, 2-13 to 2-15, 3-1 to 3-14), Hikaru Machida (2-5 to 2-8), Shuichi Ohmomo (2-9 to 2-11)

Thanks to U Inoue, Tadashi Moriya, Syunji Tsutaki

好評の書評集第二弾!
「科学する心」があなたと世界を変えるかもしれない

本当に読者の役に立つ書評――良い本はしっかりと評価し、ダメな本はしっかりと批判する。そんな「まっとうな書評」が高く評価された山形浩生の書評集、第2弾は「サイエンス・テクノロジー」編。

「科学する心」の尊さ、テクノロジーの楽しさと未来に託す夢。そしてデマやあおりに惑わされない冷静な思考を解く、古びることのない、今の時代に必要な本の数々が紹介されています。その数およそ120冊!

目次

はじめに

第1章 サイエンス
 科学と文明と好奇心――『鏡の中の物理学』
 「わからなさ」を展示する博物館――The Museum of Lost Wonder
 星に願いを:天文台に人々が託した想い――No One will Ever have the Same knowledge again
 「別の宇宙」は本当に「ある」のか? 最先端物理理論の不思議――『隠れていた宇宙』
 若き非主流物理学者の理論と青春――『光速より速い光』
 物理学のたどりついた変な世界――『ワープする宇宙』
 「ありえたかもしれない世界」にぼくは存在するか? 確率的世界観をめぐるあれこれ――『確率的発想法』
 スモールワールド構造の不思議――『複雑な世界、単純な法則』
 分野としてはおもしろそうなのに:特異な人脈の著者が書いた変な本――『人脈づくりの科学』
 トンデモと真の科学のちがいとは――『トンデモ科学の見破りかた』
 真の科学理論検討プロセス!――『怪しい科学の見抜きかた』
 あらゆる勉強に通じるコツ――『ファインマン流物理がわかるコツ』
 あれこれたとえ話を読むより、自分で導出して相対性理論を理解しよう!――『相対性理論の式を導いてみよう、そして、人に話そう』

第2章 科学と歴史
 人々の格差は、しょせんすべては初期条件のせいなのかしら――Guns, Germs and Steel『銃・病原菌・鉄』
 参考文献もちゃんと収録されるようになり、単行本よりずっとよくなった!――『銃・病原菌・鉄』
 『銃・病原菌・鉄』のネタ本のひとつ『疫病と世界史』を山形浩生は実に刺戟的な本だと思う――『疫病と世界史』
 マグル科学の魔術的起源と魔術界の衰退に関する一考察――『磁力と重力の発見』
 魔術と近代物理学との接点とは――『磁力と重力の発見』
 文化を創るのは下々のぼくたちだ――『十六世紀文化革命』
 社会すべてが生み出した近代科学の夜明け――『世界の見方の転換』
 コペルニクスが永遠に奪い去ったもの:地動説がもたらした人間の地位の変化を悼む――Uncentering the Earth: Copernicus And the Revolutions of the Heavenly Spheres
 「星界の報告」新訳。神をも畏れぬ邪説を唱えたトンデモ本。発禁にすべき――『望遠鏡で見た星空の大発見』
 イスラムの現状批判とともに、もっと広い科学と宗教や規範の関係を考えさせられる――『イスラームと科学』
 アメリカとはまったく別の技術の系譜――『ロシア宇宙開発史:気球からヴォストークまで』
 有機化学がイノベーションとハイテクの最前線だった時代――『アニリン―科学小説』

第3章 環境
 脱・恫喝型エコロジストのすすめ:これぞ真の「地球白書」なり――The Skeptical Environmentalist『環境危機をあおってはいけない』
 地球の人々にとってホントに重要な問題とは? 新たな社会的合意形成の試み――Global Crisis, Global Solutions
 温暖化対策は排出削減以外にもあるし、そのほうがずっと効果も高い!――Smart Solutions to Climate Change: Comparing Costs and Benefits
 環境対策は、完璧主義ではなくリスクを考えた現実性を!――『環境リスク学』
 マスコミのあおりにだまされず、科学的な環境対応を!――『環境ホルモン』
 温暖化議論に必要な透明性とは?――『地球温暖化スキャンダル』
 壮大な地球環境制御の可能性――『気候工学入門』
 真剣なエコロジストがたどりついた巨大科学への期待――『地球の論点:現実的な環境主義者のマニフェスト』
 いろいろ事例は豊富ながら、結局なんなのかというのが弱くて総花的――『自然と権力――環境の世界史』
 誇張してあおるだけの温暖化議論でよいのか?――『地球温暖化問題の探究』

第4章 震災復興・原発・エネルギー
 震災復興の歩みから日本産業の将来像を見通す――『東日本大震災と地域産業復興 II』『地域を豊かにする働き方』
 原発反対のために文明否定の必要はあるのか?――『福島の原発事故をめぐって』
 正しく怖がるための放射線リテラシー――『やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識』
 主張は非常にまっとうながら、哲学はどうなったの?――『放射能問題に立ち向かう哲学』
 頭でしか感じられない怖さの恐怖――『廃墟チェルノブイリ』

第5章 建築
 いろんな表現の向きと具体性のこと――『住宅巡礼』『日本のすまい―内と外』
 真に自然の中に位置づく建築のあり方などについて――『時間の中の建築』
 人間くさく有機的な廃墟の本――『廃墟探訪』
 失われゆく現代建築の見直し――『昭和モダン建築巡礼 西日本編』
 楽しい探訪記ながら明らかにしたかったものは何?――『今和次郎「日本の民家」再訪』
 家の持つ合理性を見抜いた名著――『日本の民家』
 「構想力」の具体的な中身を分析したおもしろい本――『群像としての丹下研究室』
 長すぎるため、どうでもいい些事のてんこ盛りに堕し、徒労感が多い一冊――Le Corbusier: A Life
 言説分析が明らかにしたのはむしろ分析者の勝手な思い込みだった――『未像の大国』
 記憶術が生み出した建築による世界記述と創造――『叡智の建築家』

第6章 都市計画
 街と地域の失われた総合性を求めて――『廃棄の文化誌』
 都市に生きる人たちと、都市を読む人――『恋する惑星』&『檻獄都市』のこと――『檻獄都市』
 土建政治家の構想力とは――『田中角栄と国土建設』
 都市開発とぼくたちの未来像など――『最新東京・首都圏未来地図―超拡大版』
 次世代に遺すインフラ再生問題――『朽ちるインフラ』
 数十年にわたって継続する都市開発を養うには――『ヒルサイドテラスウェストの世界』
 槇文彦も村上龍も、ハウステンボスの怪にはまだかなわない――『記憶の形象』
 電気街からメイド喫茶へ:おたく的空間のあり方とは――『趣都の誕生』
 古代中世の話で9割が終わる都市空間デザイン論というものの現代的意義は?――『都市空間のデザイン』
 日本のバブル永続を想定した古い本。すでに理論は完全に破綻、今更翻訳する意義はあったのか?――『グローバルシティ』
 うーん、いろいろやったのはわかるが、それで?――『モダン東京の歴史社会学』
 その金科玉条の「オーセンチック」って何ですの?――『都市はなぜ魂を失ったか』
 建築と都市が重なる奇妙な空間へ――『S,M,L,XL+: 現代都市をめぐるエッセイ』

第7章 医療・生命
 肥満二段階仮説、あるいはデブの免疫療法に関する一考察――『免疫の意味論』
 死体になったらどうなるの? 決定版:ぼくらの死体完全マニュアル本!――Death to Dust: What Happens to Dead Bodies?
 死体関連のネタ満載。この分野のおもしろさを何とか知らせて認知度をあげようとする著者の熱意が結実――『死体入門』
 医学生がジョークで撮った解剖記念写真集。医学と死体解剖のあり方を考えさせる、二度と作れないだろう傑作――Dissection: Photographs of a Rite of Passage in American Medicine 1880-1930
 現実のドリトル先生にして現代外科医学の開祖――The Knife Man: The Extraordinary Life And Times Of John Hunter, Father Of Modern Surgery
 おおお、エミリー・オスターきたーっっっっ!!――『お医者さんは教えてくれない 妊娠・出産の常識ウソ・ホント』

第8章 遺伝・進化
 歪んだ標的にされた、遺伝とは無関係な知能偏重社会批判の書――『ベルカーブ:アメリカ生活における知能と階級構造』
 人種とスポーツと差別について――Taboo: Why Black Athletes Dominate Sports and Why We Are Afraid to Talk About It
 遺伝子分析とITが交差する新分野の魅力書――『実践バイオインフォマティクス』
 きみは進化のために何ができるか? バカやブスの存在理由について――『喪失と獲得』
 ラスコー展とニコラス・ハンフリー
 進化論の楽しさと威力、そして宗教との共存――Evolution for Everyone: How Darwin's Theory Can Change the Way We Think About Our Lives
 生得能力と最適な社会制度について考えさせられる本――『心の仕組み』
 人間での遺伝の役割をドグマから救う勇気の書――『人間の本性を考える』
 初歩から最先端の成果までを実に平易に説明、日本の研究水準紹介としても有益。あとは値段さえ……――『自己変革するDNA』
 日本人は昔からあれこれ混血を進めてきました、という本――『ハイブリッド日本』
 日本人の起源を総合的に見直すと?――『日本人はどこから来たのか?』
 すばらしい。創発批判本!――『生命起源論の科学哲学』
 人間の遺伝子分布についての立派な百科事典。ネトウヨどもは本書についてのインチキなデマをやめるように――The History and Geography of Human Genes
 人類進化と分布のとても優秀な一般向け解説書。インチキに使わずきちんと読もう!――The Great Human Diasporas: The History Of Diversity And Evolution
 クローン生物の可能性と現実――『第二の創造:クローン羊ドリーと生命操作の時代』
 ネアンデルタール人の精神世界にまで踏み込む――『ネアンデルタール人の正体』
 すべての人工物の理論と進化について――『システムの科学』『進化と人間行動』

第9章 脳と心
 異分野を浸食する脳科学の魅力がつまった一冊――『脳のなかの幽霊、ふたたび』
 脳科学から倫理と道徳を考える――『脳のなかの倫理』
 心や意識の問題でも、もはや哲学はジリ貧らしいことについて――『MiND』
 Do Your Homework! 思いつきの仮説だけでは、脳も心もわからない――『脳とクオリア:なぜ脳に心が生まれるか』
 意識とは何か? 「人間である」とは?――Conversations on Consciousness: What the Best Minds Think About the Brain, Free Will, And What It Means to Be Human
 妄想全開:フロイトの過大評価をはっきりわからせてくれる見事な新訳――『新訳 夢判断』
 インチキだと知って読むと、読むにたえないシロモノではある――『失われた私』
 原資料をもとに、多重人格シビルのウソを徹底的に暴いた本。でも批判的ながら同情的でフェアな視点のため、非常に感動的で悲しい本になっている――Sybil Exposed: The Extraordinary Story Behind the Famous Multiple Personality Case
 え、プラナリアの実験もちがうの?!!――『オオカミ少女はいなかった』
 人を丸め込む手口解説します――悪用厳禁!――『影響力の武器』
 意識の話はむずかしいわ――『ソウルダスト』
 うーん、ヤル気の科学よりいいなあ――『WILLPOWER 意志力の科学』
 文明を築いた「読書脳」――『プルーストとイカ』

第10章 IT
 マイケル・レーマンの偉大……それと藤幡正樹――『FORBIDDEN FRUITS』
 さよなら「ワイアード」――「ワイアード 日本版」
 がんばれ!! 微かに軟らかい症候群――『マイクロソフト・シンドローム――コンピュータはこれでいいのか!?』
 コンピュータはあなたの知性を反映する!――『あなたはコンピュータを理解していますか?』
 プログラミングの傲慢なる美学と世界観――『ハッカーと画家――コンピュータ時代の創造者たち』
 気分(だけ)はジャック・バウアー!――『世界の機密基地―Google Earthで偵察!』
 意味を求める人間と、自走する情報のちょっと悲しい別れ――『インフォメーション―情報技術の人類史』
 バーチャル世界だけで人類は発展できるのだろうか――『ポスト・ヒューマンの誕生』
自分でできる深層学習――『Excelでわかるディープラーニング超入門』

第11章 ものづくり・Maker・テクノロジー
 技術的な感覚のおはなし――『root から/へのメッセージ』が教えてくれるもの
 夢のロボットたち:「ロボコンマガジン」は楽しいぞ――「ロボコンマガジン」
 狂気の自作プラネタリウムの教訓と可能性など。――『プラネタリウムを作りました。』 出来の悪い後輩たちの空き缶衛星物語と、草の根科学支援の方向性について――『上がれ! 空き缶衛星』
 本気で夢を実現しようとする驚異狂喜の積算プロジェクト――『前田建設ファンタジー営業部』
 施工見積から見えてくる空想と現実の接点――『前田建設ファンタジー営業部Part 3「機動戦士ガンダム」の巨大基地を作る!』
 トンネルの先の光明――『重大事故の舞台裏』
 ピタゴラ装置の教育効果――『ピタゴラ装置DVDブック1』
 世界に広がる、ミステリーサークルの輪!――The Field Guide: The art, History and Philosphy of Crop Circle Making
 自分で何でも作ってみよう! 農作物からITまで――『Made By Hand』
 よい子は真似しないように……いやしたほうがいいかな?――『ゼロからトースターを作ってみた』
 アンダーソンは嫌いだが、Makersビジネス重視の視点はおもしろく、実践も伴っていてえらい――『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』
 ものづくりとしての科学的お料理解説書――『Cooking for Geeks: 料理の科学』
 ジブリ『風立ちぬ』に感動したあなたに!――『名作・迷作エンジン図鑑』
 新ジャンルに取り組むアマチュアたちの挑戦とその障害をまとめた、わくわくする本――『バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!』
 量産からバイオまですべてに貫徹するものづくり思想とは――『ハードウェアハッカー』

あとがき

著者
山形浩生(やまがた・ひろお)
1964年、東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学科およびマサチューセッツ工科大学大学院修士課程修了。
大手シンクタンクに勤務の頃から、幅広い分野で執筆、翻訳を行う。
著書に『新教養主義宣言』『たかがバロウズ本。』ほか。訳書にクルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』、ピケティ『21世紀の資本』、スノーデン『スノーデン 独白:消せない記録』、ディック『ヴァリス』ほか。

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生きる意味なら自分で作るわ

新装増補版・全曲加筆
「レーダーマン」「12才の旗」など4曲追加

比類なき情熱の作詞家・戸川純による半自伝的分析

【プロフィール】
戸川純(とがわ・じゅん)
1961年、新宿生まれ。歌手・女優。

 子役経験を経て1980年にTVドラマデビュー。『刑事ヨロシク』(82)で初レギュラーを経、『あとは寝るだけ』(83)、『無邪気な関係』(84)、『花田春吉なんでもやります』(85)、『華やかな誤算』(85)、『太陽にほえろ! 第701話「ヒロイン」』(86)など。ヴァラエティ番組では『笑っていいとも!』を始め、『HELLO! MOVIES』や『ヒットスタジオR&N』では司会も。同じく映画では『家族ゲーム』(83)、『パラダイスビュー』(85)、『野蛮人のように』(85)、『釣りバカ日誌(1~7)』(88~94)、『男はつらいよ』(89)、『ウンタマギルー』(89)、『あふれる熱い涙』(92)、『愛について、東京』(93)、『ルビーフルーツ』(95)などに出演。またオムニバス形式の『いかしたベイビー』(91)では監督、脚本、主演をこなす。舞台にも立ち、『真夏の夜の夢』(89)、『三人姉妹』(92)、戸川純一人芝居『マリィヴォロン』(97)、『羅生門』(99)、戸川純二人芝居『ラスト・デイト』(00)、『グッド・デス・バイブレーション考』(18)など。

 ミュージシャンとしてはゲルニカの一員としてデビューし、『改造への躍動』(82)、『新世紀への運河』(88)、『電離層からの眼指し』(89)を。ソロ名義で『玉姫様』(84)、『好き好き大好き』(86)、『昭和享年』(89)。戸川純とヤプーズ名義『裏玉姫』(84)。戸川純ユニット名義『極東慰安唱歌』(85)。ヤプーズの一員として『ヤプーズ計画』(87)、『大天使のように』(88)、『ダイヤルYを廻せ!』(91)、『Dadadaism』(92)、『HYS』(95)。ほかに戸川純バンド『Togawa Fiction』(04)、非常階段×戸川純『戸川階段』『戸川階段LIVE!』(16)、戸川純 with Vampillia『わたしが鳴こうホトトギス』(16)、戸川純 avec おおくぼけい『戸川純 avec おおくぼけい』(18)、『ヤプーズの不審な行動 令和元年』(19)をリリース。ほかに映像作品も多数。TOTOウォシュレットのCM出演も評判を呼んだ。

 著作類に『戸川純の気持ち』(84)、『樹液すする、私は虫の女』(84)、『戸川純のユートピア』(87)、『JUN TOGAWA AS A PIECE OF FRESH』(88)、『戸川純全歌詞解説集 疾風怒濤ときどき晴れ』(16)、『ピーポー&メー』(18)、『戸川純写真集 ジャンヌ・ダルクのような人』(20)。


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TSUBAKI FM - ele-king

 インディペンデントで良質な音楽を届けるインターネット・ラジオ、TSUBAKI FM が名古屋と京都をまわるミニ・ツアーを開催する。名古屋は11/21に、今年オープンしたばかりの club GOODWEATHER にて。11/22の京都はおなじみの CLUB METRO で、ストリーミングもあり。東京から Midori Aoyama、Souta Raw が参加。お店の感染対策に従って楽しもう。詳細は下記より。

時代を反映する新旧ベニューで彩る秋のミニツアーを開催

東京発、インディペンデントミュージックを発信する音楽プラットフォーム「Tsubaki fm」。今夏から新たにマンスリープログラムを開始した名古屋、京都の2都市をまたぎ秋のミニツアーを開催。初日の名古屋公演は新栄に誕生した新しいヴェニュー club GOODWEATHER にて、ローカルに根差した独自の活動を展開してきた名古屋レジデンツと共に。そして京都は今年30周年を迎える古豪ヴェニュー CLUB METRO にてストリーミング配信も含む複合イベントを開催。東京からは Midori Aoyama、Souta Raw の2人も駆けつけ充実のラインナップで至極のミュージックジャーニーをお届けする。

TSUBAKI FM
https://tsubakifm.com/


▶︎NAGOYA
2020/11/21/SAT
club GOODWEATHER
Open: 22:00 / Entrance: ¥2,000
愛知県名古屋市中区新栄1丁目14−24 第3和光ビル2F
https://www.goodweather.org/

MIDORI AOYAMA
SOUTA RAW
AGO
MUSICMAN
SAMMY the RIOT
S.O.N.E.



▶︎KYOTO
2020/11/22/SUN
CLUB METRO
Open:21:00 / Entrance: ¥2,000 inc.1 Drink
京都市左京区川端丸太町下ル下堤町82 恵美須ビルB1F
https://www.metro.ne.jp/

MIDORI AOYAMA
SOUTA RAW
MASAKI TAMURA
YOSHITO KIMURA
SOTA × KUWABARA
soO

FOOD: 明ヶ粋ヶ

TALK LIVE :
TSUBAKI FM × soO × OFF LINE

Park Hye Jin - ele-king

 2018年に「If U Want It」をリリースし、今年〈Ninja Tune〉からの12インチ「How Can I」が話題となったソウルのプロデューサー/シンガーのパク・ヘジン(박혜진)、この9月には〈Domino〉からブラッド・オレンジとの共作 “CALL ME (Freestyle)”も発表している彼女の緊急来日公演が決定した。12月18日@渋谷CONTACT、12月19日(土)@大阪BLACK CHAMBER。今後どんどん成長を遂げていくだろう彼女の現在を、この耳で確認しておくチャンス。しっかり感染対策しつつ、ぜひ会場へ。


世界が注目する新鋭パク・へジンの緊急来日が決定!
前売(限定枚数)の先行発売を開始!

박혜진 Park Hye Jin
and more

TOKYO | 2020/12/18 (FRI) CONTACT
OSAKA | 2020/12/19 (SAT) BLACK CHAMBER

今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのパク・ヘジンの緊急来日が決定!
2018年のデビュー以降、ベルリンのベルグハイン/パノラマ・バー、イビザのDC-10でのプレイ、そしてプリマベーラ・サウンドへの出演や〈88rising〉主催のフェスティバル『HEAD IN THE CLOUDS FESTIVAL』、さらにジェイミー・エックス・エックスとのロンドンでの共演など、瞬く間に活躍の場を世界へ広げていったDJ、ラッパー、シンガーソングライターとして活躍するパク・へジン。その後〈NINJA TUNE〉と契約し、今年6月にリリースした最新EP「How can I」は発売されるや否や世界中で完売店が続出。最近では、ブラッド・オレンジとのコラボ曲が発表されるなど、その勢いは止まることをしらない。主要音楽メディアやファッションメディアから称賛され、大きな注目と期待を集めている。これは見逃せない!

今回の緊急来日に合わせて、海外で制作され SOLD OUT となっていた「How can I」EPのジャケ写Tシャツを数量限定の再生産が決定! 本日より BEATINK オフィシャルサイトにて、受注受付スタート。商品は12月上旬より順次発送される予定。

How can I T-shirt のご予約はこちら
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11565

박혜진 Park Hye Jin - Can you (Official Video)
https://youtu.be/WUiapHwpEdc

Blood Orange & 박혜진 Park Hye Jin - CALL ME (Freestyle) (Official Video)
https://youtu.be/wPr8zRCQV10

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【東京】
公演日:2020年12月18日(金)
会場:CONTACT TOKYO (https://www.contacttokyo.com)
OPEN / START 22:00
前売:¥3,300 (税込) | 当日:¥4,000
※ 20歳未満入場不可。入場時にIDチェック有り。写真付き身分証をご持参ください。
※ You must be over 20 with photo ID.
INFO: BEATINK 03-5768-1277 [www.beatink.com] / CONTACT 03-6427-8107 [https://www.contacttokyo.com]

【大阪】
公演日:2020年12月19日(土)
会場:BLACK CHAMBER (クリエイティブセンター大阪 https://www.namura.cc/)
OPEN / START 15:00
前売:¥3,000 (税込) | 当日:¥3,500
※ 別途1ドリンク代金¥600必要
INFO:CIRCUS OSAKA https://circus-osaka.com

チケット発売:
先行発売:11/11(水)正午12:00〜
◆BEATINK (https://beatink.zaiko.io/e/ParkHyeJinJP2020)

一般発売:11月14日(土)〜
◆イープラス (https://eplus.jp/)
◆BEATINK (https://beatink.zaiko.io/e/ParkHyeJinJP2020)

企画制作:BEATINK

Jam City - ele-king

 ジャム・シティことジャック・ラザムが帰ってきた。2015年の『Dream A Garden』から5年、ついに新たなアルバムが送り出される。タイトルは『Pillowland』、発売は来週11月13日で、今回は〈Night Slugs〉ではなく自身のレーベル〈Earthly〉からのリリースとなっている。
 プレスリリースによれば、疑念と痛みと混乱と変化に満ちた自らの生活に向きあった結果、アンフェタミン漬けで甘~いポップの夢景色のなかに逃避した内容になっているらしい。ふむ。楽しみに来週を待とう。

Jam City
Pillowland

Earthly

01. Pillowland (2:28)
02. Sweetjoy (2:50)
03. Cartwheel (3:38)
04. Actor (2:01)
05. They Eat The Young (2:30)
06. Baby Desert Nobody (1:32)
07. Climb Back Down (3:26)
08. Cruel Joke (4:50)
09. I Don't Wanna Dream About It Anymore (5:05)
10. Cherry (4:05)

Written & Produced by Jam City
Mixed by Liam Howe and Jam City
Mastered by Precise
All artwork by Jakob Haglof
All photography by Sylwia Wozniak

https://pillowland.org/

COMPUMA & 竹久圏 - ele-king

 これは珍しいテーマの作品だ。COMPUMAとギタリストの竹久圏による新たな共作は、京都の老舗茶問屋=宇治香園(創業155年)が掲げる「茶+光+音」のコンセプトに呼応している。
 5年前の共作『SOMETHING IN THE AIR -the soul of quiet light and shadow layer-』のその後を踏まえた内容のようで、なんでもふたりはこの5年で廃園と化してしまった茶園をじっさいに訪れ、着想を得たという。詳しい経緯は下記、宇治香園の茶師・小嶋宏一氏のメッセージをお読みいただきたいが、その根底には茶は光と音と同等か、それ以上のものだという考えが横たわっているようだ。
 アートワークは前回に引き続き五木田智央と鈴木聖が担当。ヴィジュアルにも注目です。

COMPUMAと竹久圏(KIRIHITO/GROUP)による5年ぶりの新作!
2020年11月11日(水)発売

今作は、京都の老舗茶問屋、宇治香園の創業155年の記念の年、同社が取り組んできた音と光で茶を表現する “Tealightsound” シリーズ最新作、大野松雄「茶の木仏のつぶやき」に続く「番外編」として制作されたもので、“Tealightsound” の原点ともなっている、COMPUMA feat. 竹久圏による前作「SOMETHING IN THE AIR ‒ the soul of quiet light and shadow layer -」から5年を経て、廃園となりジャングルのように変貌してしまった茶園にふたりが再訪し、あらためてその茶園よりインスピレーションを得て「音を聴く」という行為を見つめ直して向かいあったサウンドスケープと心象風景を模索する意欲作となっている。アートワークは前作に続き、画家・五木田智央とデザイナー・鈴木聖によるもの。

アーティスト: COMPUMA & 竹久圏
タイトル: Reflection
レーベル: 宇治香園 / SOMETHING ABOUT
品番: UJKCD-5188
形態: CD
定価: ¥2200(税抜) / ¥2420(税込)
JANコード: 4970277051882

01. The Back of the Forest
02. Decaying Field
03. Nostalgia
04. Time and Space
05. Between the Leaves
06. Reflection of Light pt.2
07. Meguriai (An Affair to Remember)
08. Flow Motion
09. The Other Side of the Light
10. Shinobi
11. Enka (Twilight Zone)

Compuma: Electronics, Field Recording
Ken Takehisa: Acoustic and Electric Guitar, Kalimba
Hacchi: Harmonica

Mixed by Compuma and Ken Takehisa
Recorded and Mastered by Hacchi at B1 Umegaoka-Studio, 2020

Produced by Compuma for Something About Productions, 2020

Field Recording Captured at the Tea Plantation in the Mountain of South Kyoto in June 2020

Painting: Tomoo Gokita
Photographs: Koichi Matsunaga
Design: Satoshi Suzuki

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京都の老舗茶問屋〈宇治香園〉の創業150年を記念して、“Tealightsound” を掲げるシリーズの第1弾「SOMETHING IN THE AIR -the soul of quiet light and shadow layer-」を制作したCOMPUMAと竹久圏のコンビが、シリーズ第7弾のリリースを機に5年ぶりに帰ってきました。
COMPUMAによる様々な虫や気配を模したような電子音と、竹久圏が奏でる郷愁ギターに、廃園となった茶畑の時間経過フィールドレコーディング素材が様々な場面で立ち現れ、タイムトリップ感を誘発します。日常のリフレッシュとして役立ちそうな、良質サウンドスケープな内容です。
──山辺圭司/LOS APSON?

Silver ratio (白銀比)という言葉が浮かんだ。圏さんとCOMPUMA氏は直感的に銀色を想起させる二人である。しかしアルミとクロモリの自転車のように、材質も重量感もどっこい違う二人の組み合わせでもある。ギターの音が細やかな筋書きをつくっている。電子の粒子が水や草木の中をくぐって悠々と息をしている。物語が本格的に動き出しそうなところで、ぷつりと幕。こんな音楽が使われている映画を銀幕で観たいんだよな。
──威力

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Reflection に寄せて

こんにちは。私は京都南端の茶問屋、宇治香園で茶師をしております、小嶋宏一と申します。茶師とは、品種や標高で異なる茶葉の特徴を利き分け、組み合わせ、代々続く銘柄を作る、お茶の調合師のような職人のことです。私はお茶が大好きで、その魅力をさまざまな場面でお伝えしたいと考えています。

当園では毎年、創業を茶の起源再考の機会として、光と音で茶を表現する Tea+Light+Sound= “Tealightsound” というコンセプトのもと、茶を感じるクリエイターの方々に作品を制作していただいています。
茶のすばらしさ、魅力を体感していただくには、実際に茶葉にお湯を注ぎ、そこから滲み出した雫を口に含んでいただくのが一番です。しかしそこには、地理的、空間的な制約が生じます。光(アート、写真、デザイン、映像)や音(音楽)は、そうした制約を超え、その存在を伝えることができます。

また一方、茶は飲料、植物、精神文化の拠点となるような多面的存在ですが、日々茶づくりを行う中で、実はもっと巨大な何かなのではないか、と感じるようになりました。そうしたことを、茶と似た質を持つ光と音と共に伝える試みが "Tealightsound" です。

この "Tealightsound" という概念は、平成二十七年の創業記念作品、COMPUMA feat. 竹久圏 / 「Something in the Air ‒ the soul of quiet light and shadow layer -」制作時にぼんやりと思い描いていたことを、徐々に言葉にしてゆく過程で生まれました。いわば「Something~」は、"Tealightsound" の原点なのです。
それから五年の歳月を経て、COMPUMAさんと竹久圏さんに、改めてその原点に向き合っていただく機会を得ました。「Something~」は、とある茶園に捧げるレクイエム、と当時のCOMPUMAさんは書いておられますが、実際その茶園は録音直後に放棄されて廃園となり、その言葉が(偶然)現実化しました。

今、茶業界では急須で飲むお茶離れから若い生産者が減少し、重労働を伴う山間茶園の手入れが難しくなって、放棄される所が急増しています。いったん放棄されるや自然の力はすさまじく、雑草が生い茂って以前の姿に戻すことは極めて困難です。このすばらしい力を秘めた茶の魅力をもっと広く伝えることで、茶に興味を持つ人が増え、茶園に若い力が戻ってきてほしいと、切に願います。

本作「Reflection」は、廃園と化して五年を経た茶園に再訪し、フィールドレコーディングを行うことから制作をスタートしました。かつて美しかった茶園がジャングルのように変貌した姿を前にして、お二人には様々な思いが去来したことと思います。そうした諸々を含めての「Reflection」。何が変わり、何が変わらなかったのか。ぜひ「Something~」と聴き比べていただきたいと思います。

また本年は、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が世界を覆い、様々な価値観を塗り替えたことで記憶される年になろうかと思います。「Reflection」は、そんなコロナ禍のさなか、緊急事態宣言解除後の六月より制作が開始され、十月に完成しました。作品は、望むと望まざるとにかかわらずその時代を映し込みますが、今作は五年後、そして十年後に、どのように聴かれるのか、とても興味深いです。お茶にエージング(熟成)があるように、音楽にも別の形のエージングがあるのかもしれません。これから今作とともに歳月を重ね、それを味わい、確かめてゆきたいと思います。

この作品を、すばらしい音楽、アートワーク、写真、デザインの集まりとして体験していただくとともに、茶そのものにも興味をもっていただき、茶の世界に足を踏み入れるきっかけにしてもらえましたら、とてもうれしく思います。

令和二年十月二十二日
宇治香園 茶師
小嶋宏一

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COMPUMA (松永耕一 / KOICHI MATSUNAGA)
1968年熊本生まれ。ADS(アステロイド・デザート・ソングス)、スマーフ男組での活動を経て、DJとしては、国内外の数多くのアーティストDJ達との共演やサポートを経ながら、日本全国の個性溢れるさまざまな場所で日々フレッシュでユニークなジャンルを横断したイマジナリーな音楽世界を探求している。自身のプロジェクト SOMETHING ABOUT より MIXCD の新たな提案を試みたサウンドスケープなミックス「Something In The Air」シリーズ、悪魔の沼での活動などDJミックスを中心にオリジナル、リミックスなど意欲作も多数。一方で、長年にわたるレコードCDバイヤーとして培った経験から、BGMをテーマに選曲コンピレーションCD「Soup Stock Tokyoの音楽」など、ショップBGM、フェス、ショーの選曲等、アート、ファッション、音と音楽にまつわる様々なシーンと空間で幅広く活動している。Berlin Atonal 2017、Meakusma Festival 2018 への出演、ヨーロッパ海外ラジオ局へのミックス提供など、近年は国内外でも精力的に活動の幅を広げて
いる。
https://compuma.blogspot.jp/

竹久 圏 (KEN TAKEHISA)
ギタリスト兼ボーカリスト兼コンポーザー兼プロデューサー。10才の時にクラッシックギターを始める。12才でパンク・ニューウェーブに打ちのめされる。94年、DUO編成のロックバンド "KIRIHITO" を結成。ギター、ボーカル、シンセ(足)を同時にプレイするスタイルで、ハイテンションなオリジナルサウンドを構築。その唯一無比のサウンドとライブパフォーマンスは海外での評価も高く、現在までに通算4枚のアルバムをリリースしている。2006年にはソロアルバム『Yia sas! / Takehisa Ken & The Spectacrewz (power shovel audio)』を発表。ダブ、ハウス、ロック、ヒップホップ、エレクトロニカを竹久独特のギターリフで繋ぐ、あらゆるジャンルの才能とのコラボレーションとなる大作となった。繊細かつダイナミズムな音楽性のインストバンド "GROUP"、DISCOでPUNKな魅力溢れる "younGSounds" にもギタリスト兼コンポーザー、あるいはアイデアマンとして参加中。その他にも、UA、FLYING RHYTHMS、イルリメ、一十三十一、やけのはら、田我流 等のライブバンドや録音にも参加している。これら完全に趣きの異なる様々なバンド活動以外にも映画音楽の制作やバンドプロデューサーとしての顔も見せ始め、活動のフィールドを拡げている。
https://www.takehisaken.com/

CAN:パラレルワールドからの侵入者 - ele-king

 映画『イエスタデイ』は、ビートルズのいない世界を想像してみろと、私たちに問いかける。リチャード・カーティスの、代替えの歴史の悪夢のように陳腐なヴィジョンのなかでも、音楽の世界はほとんどいまと変わらないように見え、エド・シーランが世界的な大スターのままだ。

 しかし、多元宇宙のどこかには、ロックンロールの草創期にビートルズのイメージからロックの方向性が生まれたのではなく、カンの跡を追うように出現したパラレルワールド(並行世界)が存在するのだ。それは、戦争で爆破された瓦礫から成長した新しいドイツで、初期のロックンロールがファンクや実験的なジャズと交わり、ポピュラー・ミュージックがより流動的で自由で、爆発的な方向性の坩堝となり、アングロ・サクソン文化に独占されていた業界の影響から独立した世界だ。

 カンのヴォーカルにマルコム・ムーニーを迎えた初期のいくつかの作品では、このような変化の過程を聴くことができる。アルバム『Delay 1968』の“Little Star of Bethlehem”では、ねじれたビーフハート的なブルース・ロックのこだまが聴こえるし、“Nineteenth Century Man”は数年前にビートルズ自身が“Taxman”で掘り起こしたのと同じリズムのモチーフを使った、拷問のようなテイクをベースにしている。

 カンの1969年の公式デビュー盤、『Monster Movie』のクロージング・トラック、“Yoo Doo Right”は、いかにバンドがチャネリングをして、ロックンロールを前進的な思考で広がりのあるものへと変えていったかがわかる小宇宙のようだ。ムーニーのヴォーカルが、「I was blind, but now I see(盲目であった私は、いまは見えるようになった)」や、「You made a believer out of me(あなたのおかげで私は信じることができた)」とチャントして、ロックとソウルの精神的なルーツを呼び覚ますが、それはベーシストのホルガ―・シューカイとドラマーのヤキ・リーベツァイトのチャネリングにより、制約され、簡素化されて、容赦のないメカニカルでリズミカルなループとなり、ミヒャエル・カローリのギターのスクラッチや、渦巻き、切りつけるようなスコールの満引きに引っ張られて、ヴォーカルから焦点がずらされる。

 カンが1960年代に取り組んでいたロックの変幻自在の魔術への、もうひとつ別の窓は、映画のための音楽を収録したアルバム『Soundtracks』で見ることができる。クロージング・トラックの “She Brings the Rain” などは、かなり耳馴染みのある1960年代のサイケデリックなロックやポップのようにも聴こえるが、このアルバムでは、それ以外にも何か別のものが醸し出されている。それは “Mother Sky” の宇宙的なギターとミニマルなモータリックの間に編まれた緊張感のあるインタープレイや、ヌルヌルしたグルーヴと新しいヴォーカリスト、ダモ鈴木の “Don’t Turn The Light On, Leave Me Alone” での不明瞭なヴォーカルでより顕著であり、おそらくバンドの最盛期の基礎を築いている。

 『Tago Mago』、『Ege Bamyasi』、『Future Days』といったアルバムは、現代のポピュラー・ミュージックの基礎となったカンのパラレルワールドが、我々の世界にもっとも近づいた所にあるものと言えるだろう。目を細めれば、異次元の奇妙な建築物と異界のファッションが、世界の間に引かれたカーテンをすり抜けて侵入しているのが、かろうじて見えるはずだ。それはポスト・パンク・バンドのパブリック・イメージ・リミテッド、ESG、ザ・ポップ・グループ他の生々しい、調子はずれのファンクのリズムや、ざらついたサウンドスケープ、あるいはマッドチェスター・シーンのハッピー・マンデーズやストーン・ローゼスといったバンドのゆるいサイケデリックなグルーヴのなかに、またソニック・ユースとヨ・ラ・テンゴのテクスチュアとノイズのなかに見ることができる。さらに1990年代初期のポスト・ロック・シーンでも、ステレオラブやトータスといったバンドの反復や音の探究を経て、おそらく21世紀でもっとも影響力のあるバンド、レディオヘッドにまで及んだ。カンは過去半世紀にわたり、ポピュラー・ミュージックの進化に憑りついてきた幽霊なのだ。

 カンの影響が長いこと残り続けるあらゆる“ポスト〜”のジャンル(ポスト・パンク、ポスト・ロック、そしてかなりの範囲でのポスト・ハードコアも)が、私にとって重要に思えるのは、これらはジャンルを超越したところにある、生来の本能的なジャンルだったからだ。ポスト・パンクは、パンクに扇動されて自滅したイヤー・ゼロ(0年)に、ファンク、ジャズ、ムジーク・コンクレート、プログレッシヴ・ロック他を素材として掘り起こし、自らを再構築しようとしていた音楽だ。一方、ポスト・ロックは生楽器をエレクトロニック・ミュージックの創作過程のループ、オーバーレイやエディットに持ち込んだ。それらは、従来のロック・ミュージックの世界での理解を超えた居心地の悪い音楽的なムーヴメントだったのだ。言うまでもなく、カンは最初からロックの接線上に独自の道を切り開いてきており、マイルス・デイヴィスが自身のジャズのルーツから切り開いた粗っぽいロックンロールのルーツと同じく、予測不可能なジャンルのフュージョンへの地図を描いていた──おそらくカンの爆発的なジャンルを超越した初期のアルバムにもっとも近い同時代の作品は、マイルスが平行探査した『Bitches Brew』 と『On the Corner』などのアルバムだろう。

 この雑食性で遊び心に満ちた折衷主義は、鈴木の脱退後のアルバムにおいても、カンの音楽の指針となっていたが、『Tago Mago』で到達した生々しい獰猛さを、1974年の『Soon Over Babaluma』の雰囲気のある、トロピカルにも響くサイケデリアのような控えめな(とはいえ、まったく劣ることのない)ものに変えたのだ。

 彼らはもちろん時代の先をいっていた。ロックの純粋主義者たちは、バンドの70年代後半のアルバムに忍び寄るディスコの影響を見て取り、冷笑したかもしれないが、グループの当時のダンス・ミュージックの流行への興味は、カンの幽霊の手(『Out of Reach』のジャケットのイメージによく似ている)に、彼らの宇宙的な次元と、報酬目当てのメインストリーム・ミュージックが独自の行進を続ける世界との間のヴェールを掴ませる役割を果たしていたのだ。カンは一度もロック・バンドであったことはなかったし、シューカイが徐々にベーシストとしての役割からリタイアし、テープ操作に専念するようになったことは、バンドの特異なアプローチが、音楽がやがてとることになる幅広いトレンドの方向性を予見させる多くの方法のひとつであったと言える。もっとも、カン自身はそれらのトレンドに対しては、斜に構え、独自の動きを続けた。

 そういった意味では、1979年の自身の名を冠したアルバムは、カンのことを雄弁に物語っている。10年に及ぶキャリアのなかで蒔いた種が、新世代の実験的なマインドを持ったアーティストたちに刈り取られ始め、カンの音楽とアプローチを軸にした作品が創られ始めたため、彼らはそういった作品に、“巨大なスパナを投げつけて”、妨害せずにはいられなかった。カン自身が創ったミニマリストのような、歪んだノイズのアトモスフェリックなディスコと、ファンクに影響されたサウンドは、キャバレー・ヴォルテールやペル・ウブ、ア・サートゥン・レシオなどと並べても違和感がなく、“ A Spectacle” や “ Safe” などのトラックは、彼らの技の達人ぶりを示していた。しかし決して安全な場所には留まらないのがカンであり、デイヴ・ギルモア時代のピンク・フロイド(1979年には絶対クールではなかった)のような世界にも喜んで飛び込み、SIDE2の大部分を躁状態のダジャレの効いたジャック・オッフェンバックの「天国と地獄」のダンスのテーマである“Can-Can(カン・カン)”の脱構築に費やし、間にはピンポン・ゲームまではさんでいる。言うまでもなく、彼らの最もバカバカしく、最高のアルバムのひとつだ。


 カンの影響下にあるパラレルワールドは、時に我々の世界の近くにありながら、その音楽はあまりにも多くの迂回路に進むため、ほとんどの場合、ぎりぎり手が届かないというフラストレーションを感じてしまう。我々は、次元の間に引かれたカーテンを完全に通過することはできないかもしれないが、隅々まで目をこらして、影や、我々の世界の亀裂を見ると、そこにまだ特異性が根付いているのを見出すことができる。そこには何かが存在し、他の場所からの侵入者が、我々が引いた線の間をぎこちないファンキーさで滑りこんできて、固体を変異可能にし、現実を異世界にし、異世界を現実にするのだ。

 ここに、バンドの面白さを象徴していると思う6枚のアルバムを挙げる。

『Soundtracks』──1960年代のロックから、より宇宙的なものへのバンドの変遷を示している。

『Unlimited Edition』──カンのもっとも折衷主義的で、実験的なアルバム。

『Tago Mago』 ──カンのもっとも極端な状態。

『Ege Bamyasi』──ダモ鈴木時代の、もっとも親しみやすさを実現した作品。

『Landed』──ポップ、エクスペリメンタル、アンビエントなアプローチをミックスするカンの能力を示す素晴らしい一例。

『Can』 ──バンドがバラバラな状態にあっても、常に自分たちにとって心地よいカテゴリーの作品を作るのを避けていたことがわかる。

(7枚目の選択として、『Soon Over Babaluma』は、もっとも繊細で雰囲気のある、カンの一例。)

Can: Intruders from a Parallel World

Ian F. Martin


The movie Yesterday asks us to imagine a world without The Beatles. In Richard Curtis’ nightmarishly banal vision of that alternate history, the music world seems much the same and Ed Sheeran is still a global megastar.

Somewhere in the multiverse, though, there’s a parallel world where the direction of rock emerged out of its rock’n’roll youth not in the image of The Beatles but rather sailing in the wake of Can. It’s a world in which a new Germany, growing from the war’s bombed-out wreckage, was the crucible in which the raw energy of early rock’n’roll merged with funk and experimental jazz, taking popular music in more fluid, free-flowing, explosive directions, independent from the hegemonic influence of the Anglo-Saxon culture industries.

You can hear this process of transformation happening in some of Can’s early work with Malcolm Mooney on vocals. On the album Delay 1968, you can hear warped, Beefheartian echoes of blues rock in Little Star of Bethlehem, while Nineteenth Century Man is based around a tortured take on the same rhythmical motif The Beatles themselves had mined on Taxman a couple of years previously.

On Can’s official debut, 1969’s Monster Movie, the closing track Yoo Doo Right is like a microcosm of how the band were channeling rock’n’roll into something forward-thinking and expansive. Mooney’s vocals summon forth chants of “I was blind, but now I see” and “You made a believer out of me” from the rock and soul’s spiritual roots, but it’s constrained, streamlined and channeled by bassist Holger Czukay and drummer Jaki Liebezeit into a relentless, mechanical rhythmical loop, the vocals dragged in and out of focus by the ebbs and flows of Michael Karoli’s scratching, swirling and slashing squalls of guitar.

A different window into the transformational witchcraft that Can were working on 1960s rock can be seen on the album Soundtracks, which collects some of their work for films. Some songs, like the closing She Brings the Rain, come across as quite familiar sounding 1960s psychedelic rock and pop, and yet something else is brewing in the album too. It’s there most clearly in the tightly wound, tense interplay between cosmic guitars and minimalist motorik rhythms of Mother Sky, as well as more subtly in the slippery grooves and new vocalist Damo Suzuki’s slurred vocals on Don't Turn The Light On, Leave Me Alone, laying the ground for what is probably the band’s most celebrated phase.

The albums Tago Mago, Ege Bamyasi and Future Days are really where that parallel world in which Can were the foundation of modern popular music moves closest to our own. Squint and you can just about see that other dimension’s strange architecture and alien fashions trespassing through the curtain between worlds. You can hear it in raw, discordant funk rhythms and harsh soundscapes of post-punk bands like Public Image Limited, ESG, The Pop Group and others; it’s in the loose, psychedelic grooves of Madchester scene bands like The Happy Mondays and The Stone Roses; it’s in the textures and noise of Sonic Youth and Yo La Tengo; it’s in the repetition and sonic exploration of the nascent 1990s post-rock scene, filtering through bands like Stereolab and Tortoise, eventually informing perhaps the most influential rock band of the 21st Century, Radiohead. Can are a ghost that’s been haunting the evolution of popular music for the past half century.

The lingering influence of Can on all the “post-” genres (post-punk, post-rock and to a large extent post-hardcore too) feels important to me, because these were genres with an innate instinct towards transcending genre. Post-punk was music trying to build itself anew after the year-zero self-destruction instigated by punk, mining fragments of funk, jazz, musique concrète, progressive rock and more as its materials. Meanwhile, post-rock brought the live instruments of rock into the loops, overlays and edits of electronic music’s creation process. They were musical movements uncomfortable in the world of rock music as conventionally understood. Can, needless to say, had been charting their own path on a tangent from rock since the beginning, approaching a similar slippery fusion of genres from the rough roots of rock’n’roll that Miles Davis had been charting from his own jazz roots at the same time — arguably the closest thing to Can’s explosive, genre-transcending early albums among any of their contemporaries can be found in Davis’ parallel explorations on albums like Bitches’ Brew and On the Corner.

That omnivorous, playful eclecticism remained a guiding feature of Can’s music in the albums that followed Suzuki’s departure, even as they traded in the raw ferocity that had reached its peak in Tago Mago for something more understated (but in no way lesser) in the atmospheric and even tropical sounding psychedelia of 1974’s Soon Over Babaluma.

They stayed ahead of the curve too. Rock purists may have sneered at what they saw as a creeping disco influence on the band’s late-70s albums, but the group’s interest in then-contemporary dance music kept Can’s spectral hand (much like the jacket image of Out of Reach) grasping at the veil between their cosmic dimension and the mercenary world where mainstream music continued its own march. Can had never been a rock band anyway, and Czukay’s gradual retirement from bass duties to focus on tape manipulation is another of the many ways the band’s idiosyncratic approach foreshadowed the direction broader trends in music would eventually take, even as Can themselves continued to move oblique to those trends.

In this sense, their self-titled 1979 album says a lot about Can. Just as the seeds sown by their then ten year career were starting to be reaped by a new generation of experimentally minded artists and the pieces were starting to realign themselves around Can’s music and approach, they couldn’t resist throwing a giant spanner in the works. The sort of minimalist, noise-distorted, atmospheric, disco- and funk-influenced sounds Can had made their own would have sat very comfortably alongside the likes of Cabaret Voltaire, Pere Ubu and A Certain Ratio, and in tracks like A Spectacle and Safe, Can showed they were masters of that craft. Can were never about being safe though, and they were just as happy diving down rabbit holes of Dave Gilmour-era Pink Floyd (desperately uncool in 1979) and devoting a large chunk of side 2 to a manic, pun-driven deconstruction of Jacques Offenbach’s “Can-Can” dance theme, interspersed with a game of ping pong. Needless to say, it’s one of their silliest and best albums.

The parallel world that lives under the influence of Can is sometimes tantalisingly close to our own, and yet their music pursues so many oblique detours that it mostly feels frustratingly just out of reach. We may never fully be able to pass through that curtain between dimensions, but look in the corners, the shadows and the cracks in our world where idiosyncrasies can still take root, and there is something there: some trespasser from elsewhere, slipping in their awkwardly funky way between the lines we draw, making the solid mutable, the real otherworldly and the otherworldly real.


Here are 6 albums that I think represent six interesting aspects of the band.

Soundtracks - Shows the band's transition from 1960s rock into something more cosmic.
Unlimited Edition - Can at their most eclectic and experimental.
Tago Mago - Can at their most extreme.
Ege Bamyasi - The most accessible realisation of the Damo Suzuki era.
Landed - A great example of Can's ability to mix pop, experimental and ambient approaches.
Can - Shows how even as the band were falling apart, they always avoided making anything that fit into a comfortable category.

(As a 7th choice, Soon Over Babaluma is a great example of Can at their most subtle and atmospheric.)

interview with Meitei - ele-king


冥丁
古風

KITCHEN. LABEL / インパートメント

ElectronicaAmbient

Amazon

 劣化したテープの触感はビビオを想起させる。じっさい、ビビオの音楽はすべて聴いているという。リズミカルにばちばちと火の粉を散らすクラックル・ノイズは、他方で、ベリアルを彷彿させもする。そこへ乱入してくる、くすんだ古の女性の歌声と「和」の雰囲気──。なるほど、たしかにこれは斬新なアプローチかもしれない。当人としてはとくにノスタルジーを意識しているわけではないそうなのだけれど、すくなくともサウンド面で「過去」が重要なテーマになっているのはまちがいない。
 広島在住のプロデューサー、冥丁のニュー・アルバム『古風』は「失われた日本」をテーマにしている。時代のばらつきこそあれ、“万葉”、“花魁”、“貞奴”、“縁日” と、曲名からもそのコンセプトは明確だ。といっても、彼が「日本」を題材にするのは今回が初めてではない。海外で評価された前々作『怪談』(2018年)や前作『小町』(2019年)もそうだった。そもそも「冥丁」じたいが、「日本の古い文化」を追求するためにはじまったプロジェクトだという。
 日々ニュースをチェックしていると、日本は完全に「後進国」になったんだなと痛感せざるをえないような事件ばかりが報道されている。そんなご時勢に叫ばれるのが無根拠な「日本すごい」「日本美しい」といった感情論であるのは、まあ、お約束ではあるけれど、どうも冥丁のコンセプトはその種の日本賛美とは一線を画しているようだ。「もっと日本に誇りを持つことができる活動をしたい」と、一見愛国主義的ともとられかねない発言もあるが、たぶんそれは「クールジャパン」のような政策とはちがった観点から、あらためて「日本」を描きなおしてみたいと、そういうニュアンスなのだろう。
 サンプリング~フィールド・レコーディングを駆使し、独特のざらついたエレクトロニカ~アンビエントを響かせる冥丁、彼の追い求める「過去」の「日本」とは、ではいったいどのようなものなのか? メール・インタヴューを試みた。

本だけではなく、料理人の作る料理、そしてその空間、香り、上質な素材で作られた洋服に袖を通すときなどに、音楽の用途のインスピレーションが湧き上がるんですよね。

まだあまりプロフィールも知られていないと思いますので、バイオ的なことからお伺いしたく思います。音楽をやりはじめたのはいつごろで、そのきっかけはなんでしたか?

冥丁:エレクトリック・ギターを21歳のときに購入しました。そこからはギターをプレイすることに夢中でした。きっかけはジョン・フルシアンテの『Niandra LaDes and Usually Just a T-Shirt』。ただそのときにはまだ本格的な作曲はしていませんでした。
 本格的に作曲しはじめたのは25歳くらいからだったと思います。テープMTRを使っての作曲からスタートして音楽の面白さを知りました。PCでの作曲は便利すぎると感じたので、最初の入門編としてはテープの4トラックMTRが望ましいと感じました。でもだんだんとそれが24トラックの真空管内臓のデジタルMTRになり、28歳くらいから Cubase で制作をするようになりました。

冥丁さんの音楽は、大枠では「アンビエント」や「エレクトロニカ」、「フィールド・レコーディング」といったことばで分類することができるかと思いますが、どのような音楽/音楽家に影響を受けてきたのでしょう?

冥丁:音楽をするきっかけをくれたのはジョンと、当時付き合っていた彼女でした。でも影響を受けたアーティストとなると、絞ることが難しいです。単純に聴いているアーティストにダイレクトに影響を受けているかどうかは僕自身わからない。
 最近は BTS の “Your eyes tell” を100回聴きました。いつも気に入った楽曲は100回聴きます。なので同じような音楽ばかりを年間通して聴いているような感じかもしれません。ジョン・ケイジの “In a Landscape”、“Dream” も100回聴きしていますね。
 いろいろなミュージシャン、アーティストの音楽を普段から聴くことはあるのですが、聴いている音楽と作っている音楽はいまのところ違いますね。自分が音楽を作るときに、音楽からインスピレーションを得ることはほとんどないと思います。
 昨日広島の蔦屋書店で本を見ていたのですが、とてもインスピレーションを受けました。そういう場所で、いろいろな情報を目の当たりにすると、もっとこういう音楽が世の中にはあるべきだと思い付くんです。本だけではなく、料理人の作る料理、そしてその空間、香り、上質な素材で作られた洋服に袖を通すときなどに、音楽の用途のインスピレーションが湧き上がるんですよね。理由なくして音楽は生み出せないと僕は考えています。理由が湧き上がってから、それに向けて音楽を作るタイプです。
 考えてみたら、いつも作品のアイデアを音楽ではない環境から受け続けてきました。僕は本質的にミュージシャンでもアーティストでもないと思っています。だからプロデューサーかな? と思っています。音楽を作ること以外の音楽との関わり方に興味がありませんでした。だからクラブ、ライブハウスに行きたいと思ったことがなく、冥丁のおかげで、そのような場所に行くチャンスをもらいました。僕にとってそれは大きな経験になりました。

「冥丁」というアーティスト名の由来は? 「酩酊」は関係ありますか?

冥丁:「酩酊」と関係はないですね。「冥」の漢字は人びとが見落としている闇のなかの存在を再編していく意味を表しています。「丁」は「使い、奉公する人」の意味を表しています。「冥丁」は人びとが見過ごしてきた真実を音楽で現代に新たな印象値のクリエイトとして表現するブランドです。希望のある未来を見出したいと言う意味を込めています。

「日本の古い文化」を活動のテーマにしようと思ったのはなぜ?

冥丁:僕自身が日本を知りたかった、そして日本人としての表現を世界に発信したいと思ったからです。以前専門学校時代にフランス人の先生にお世話になっていました。彼女から言われた言葉をいまも覚えています。「君は日本人なのに、なぜ日本の要素を作品に入れることに積極的ではないのですか?」
 この文章だけ見ると、伝えづらい意味があるので、補足します。彼女はたぶん現代の日本人が普通に表現する日本という概念自体が、日本のテンプレート化された虚像にすぎないような印象であると思っていたのだと思います。現代の日本文化はそのような流れのなかにあるとも僕は思います
 いまはその意味がわかります。日本にはたくさんの音楽がありますが、同じような文脈で語られる音楽が多い印象を感じました。それは僕が日本人だから、きっとそう思うんです。ルーツ・ミュージック、特定のシーンの音楽、東京の音楽(*)など、文脈通りに一様に音楽が作られている日本文化のあり方が疑問でした。一連の流れができあがっている。でもその外でも音楽はきっと作れる可能性があるにもかかわらず、それに誰も希望を持っていません。「外」とは、音楽を好きな人たちの外を意味しています。本当の外です。
 そう考えたときから、自分が納得のいく作品ができるまでは音楽関係の人たちと一切関係を持たないことに決めました。7年間の間、ひとりで音楽を作り続けました。京都にその間住んでいましたが、新しい友人も作らないようにしました。なので府外の人が時々、京都に来て僕に会うだけで、僕は京都で孤独に生活をしていました。爽やかな孤独がそこにはありました。もう一生そのような時間を持つことはできないでしょう。
 そのときの僕は、そのような状況において自分自身がどのような音楽を作るのか楽しみでした。環境が最も大切な要因だと思っていました。そういう環境のなかで、「失われた日本」というテーマに出会いました。きっかけは本屋さんで偶然小泉八雲の怪談のリイシューを発見したのがはじまりでした。これを音訳する義務があると直感したんです。「Lost Japanese mood」というフレーズが浮かびました。そこで周りを見たときに、そのような音楽を作る人びとは誰もいなかったということに気が付きました。誰もしていないことをしないと、自分自身が次の人生の次元に進めないと思ったんです。
 実際、でもどうして日本人は日本の遺産を表現しないのか疑問に感じたことをいまでも覚えています。いまも感じていますし(文化の継承はありますが)。音楽を作る理由と意味がなければ、音楽を創造する理由が見当たらないように感じました。このときに、そのような隠れた自分の深い意識のあり方を発見したと思います。
 それから制作が進むにつれて、もっと日本に誇りを持つことができる活動をしたいと感じるようになりました。でもそれは最近ですね。日本にはたくさんの興味深いテーマがあります。そういうものを音で印象値化するようなプロセスにとてもワクワクしています。
 東京の音楽、音楽史の音楽を作るような人材は潤沢に揃っていますが、歴史の文脈とは違う文脈で、それでいて日本にフォーカスした音楽を作っている人がいなかった。それを残念に感じました。そういう人がいないということが、現代の日本社会の閉塞感を表していると突きつけられたような気がしました。
 『古風』を作りながら学んだことですが、こんなに昔と比べて自由に色々なモノを作れる環境にいるのにもかかわらず、現代人は同じような場所にみんなで寄り添って生きている。そこに未来の希望の光が僕には見えませんでした。自分が目指すのは日本の印象値をアイコニックでユニークな表現として仕上げ世界中に届けることなんです。そこに希望を感じます。そのための最初のステップとして「失われた日本」をテーマにした作品の制作に突入しました。

*編註:冥丁の補足によれば、どんな場所に住んでいてもおなじような音がつくられ、それが「東京」に集約されているように映る昨今の状況のことだそう。「東京であろうが、なかろうが、作られた土地感が出ないのが現代の音楽で、それは結局東京からアウトプットされるような文化の構造があると思います」と彼は指摘する。


photo: Yuri Nanasaki

文脈通りに一様に音楽が作られている日本文化のあり方が疑問でした。一連の流れができあがっている。でもその外でも音楽はきっと作れる可能性があるにもかかわらず、それに誰も希望を持っていません。「外」とは、音楽を好きな人たちの外を意味しています。

お住まいは広島ですよね。広島という地はご自身の音楽に影響を与えていると思いますか?

冥丁:特に意識して影響を受けている面はないと思います。おそらく引っ越しすると、影響を受けていたことに自然と気がつくと思います。
 以前住んでいた京都については、住みながらにして影響を受け続けていることに気がつくほどでした。学びが多い孤独な街でした。人生で最も影響を受けた街、場所だと思います。
 また住みたいです。そこでアルバム一枚作りたいですね。

2018年の『怪談』が『ピッチフォーク』で評価され、翌年『小町』もレヴューが掲載されました。そのときはどんな心境でしたか?

冥丁:『ピッチフォーク』を知らなかったので、実感がありませんでした。冥丁関係者がみんな喜んでいたので、それで僕も嬉しくなりました。チームで喜びを分かち合えたことが最高でした。国籍の枠を越えて、みんなで仕事できるのは最高です。そう感じました。

新作『古風』をシンガポールのレーベルから出すことになった経緯は?

冥丁:僕のNYの友人(ジェフ)が〈KITCHEN. LABEL〉のリックスを紹介してくれたんです。そこからリックスと連絡を取るようになりました。〈KITCHEN. LABEL〉の存在は知っていました。特に美しいアートワークの作品群には、以前から憧れのようなものを抱いていました。『古風』ができあがって、どのレーベルからリリースするかを慎重に考えました。色々なオファーがありました。NYの僕の友人は冥丁の世界観を理解し、最もパフォーマンスを向上してくれるレーベルと一緒にいるべきだとアドヴァイスをくれました。
 実際まだ音楽業界の知識、そしてノリを知らないので(いまも)、〈Metron Records〉のジャックや〈Evening Chants〉のナイジェルなどに相談しながら考えていました。丁度そのときにNYの友人が僕に〈KITCHEN. LABEL〉を提案してくれました。彼はリックスを知っていたので、すぐに連絡をしてくれました。そこからリックスもすぐに返事をくれて、今回のリリースに向けて新しいチームで動きはじめました。一年前です。そのときは冥丁の世界観とリックスのデザイン、そして〈KITCHEN. LABEL〉のアートワークが合体したらと考えているとワクワクしました。絶対うまくいくと確信していました。
 結果的にそれは美しいデザインのパッケージになったと思います。世界各国の色々な人たちから良いレヴューをもらっています。『古風』のリリースのおかげで、日本人の方々からの声も最近ようやく聞くことができるようになりました。とても気に入っているアルバム。世界中のみんなに推薦したいです!

サウンド面で『怪談』(2018)→『小町』(2019)は連続性があるように感じられますが、『古風』は少しスタイルが変わった印象があります。『怪談』『小町』が「静」だとすると、『古風』は「騒」になったように感じました。声のサンプルが多いからか、あるいはポップな “花魁I” やインダストリアルな “少年” のような曲があるからもしれませんが、このサウンド面での変化はアルバムのテーマと連動しているのでしょうか?

冥丁:もちろんです。いつもテーマに準じて音楽を作るのが冥丁の活動で重要なことだと認識しています。テーマがあるおかげで、なぜ自分が音楽を作る必要性があるのか(もう十分に世の中には音楽が溢れているので、これ以上に同じようなタグ付けで済まされるような音楽を作りたくないと思っています。なので作るのであれば他にはないような音楽でないといけないと思います)を、再確認することができます。
 『怪談』と『小町』が似ているのは、『怪談』の制作時に『小町』のトラック(「夜分EP」)をサンプリングしていたからです。『怪談』のなかで “池” (「夜分」、『小町』収録)は “骨董” になっています。時系列を話すと「夜分EP」からはじまり、『怪談』を作り、『古風』に進むことになりました。「夜分EP」の “池” や “波” などの4トラックが後に『小町』(“Kawanabe Kyosai” などの『小町』のもう半分のトラックは『怪談』の制作時に並行して作っていました)に収録されることになりました。なので、『古風』の前に作っていたアルバムは『怪談』だったんです。『怪談』制作中に日本の古いヴィジュアル・イメージによく出くわしていました。それでそのときから、次のサウンドの想像をよく頭のなかで巡らしていました。『小町』はしっとりとしたムード、『怪談』はコミカルで実験的なサウンド、『古風』はさらにそこに感情的な要素が相まって仕上がったような感覚を持っています。
 それに加え、古い日本のヴィジュアル・イメージからどのようなサウンドの質感が適切か厳格に選びました。「夜分」(『小町』)のときは京都の嵐山(宇多野エリア)に行って夜の大気を知ろうとしました。『怪談』は小泉八雲の怪談からはじまり、水木しげるなど、その周辺へとイメージを拡げ、音に仕上げました。厳密に言えばもっと様々なものに影響を受けていますが。
 そして『古風』はそのようなイメージから、江戸、明治、大正、昭和(歴史上の人物、当時の日常風景など、時代の香り)のムードの音訳、それに加え新たな音楽性の挑戦欲も相まって、以前のサウンドとは違うものになりました。そのような音の世界観を僕自身も肯定できたので嬉しかったです。

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世間の意識に自分の自意識を立て、反応した結果として作品を作る人が大勢います。でもそれは健康的な社会とは言えず、病的な状況だと僕は感じています。そこに未来の希望はないです。

ピアノなどの新たにクリエイトした音と、過去のサンプル音源をおなじひとつの曲にするときに苦労した点や注意したことがあれば教えてください。


冥丁
古風

KITCHEN. LABEL / インパートメント

ElectronicaAmbient

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冥丁:単純な、ただのミックス・サウンドにさせないことが重要ですね。タイミングなど、音と音の被り具合のバランスなど、とても細かくチェックしています。サウンドコラージュは生演奏で到達できない想像上の世界のムードを作りあげます。ピアノのサウンドは僕のオリジナルですが、今回はサンプリングした30’sの音素材をたくさん使いました。それらを掛け合わせるときに本当に苦労しました。どれくらい音にヒビを入れるか? そしてどれくらい耳障りな音にしておくべきか? 反対にどれくらい繊細に音の「ぬめり」を出すか? ぬめりと言っても伝わりづらいかもしれませんが、舌触りみたいな感覚です。特にエレクトロピアノの音にはそのような視点で臨みました。
 音楽史のなかでの音楽的なバランスという概念を重視せずに、音楽を作ることに最後まで戸惑っていました。なぜなら僕が知っている音楽はもっと綺麗で、既存の要素が多いものでしたから。自分の壁を破ることが大変でした。自分のなかの常識をいつも越えたいです。それは斬新さと言われる印象かもしれませんし、「型破り」ではなく、「形無し」だとも思われる可能性もあります。
 ひとつの概念の扉を閉じるということは、もうひとつの概念の扉を開けることになると思っています。概念の扉を開けるときは新たな常識を肯定する勇気が必要です。ただ物事の差異を選び分けるという知性とは違う次元の挑戦だと言えます。勇気と情熱なんです。熱量で勝負したい。その熱さというものが『古風』の音楽をより感情的で、激しい音のぶつかり合う瞬間をプロデュースするに至らせてくれたと感じています。
 もしそれがなければピアノとサンプリングの単純な古い音と新しい音のミックスで終わっていたと思います。そのようなサウンドでは『古風』とは言えないと思いました。熱さが『古風に』は必要だと思いました。現代の日本にも。

古い音源を用いているからかと思いますが、本作ではかなり多くクラックル・ノイズが鳴っています。たまたま入ってしまったというより、リズムに合わせて効果的に用いられているように感じたのですが、これは意図的なものですよね?

冥丁:そうです。

ザ・ケアテイカーベリアル、あるいはビビオは聴きますか?

冥丁:ビビオについては全ての音楽を知っていると思います。ビビオの音楽に自然と影響を受けていると思います。ザ・ケアテイカー、ベリアルについては最近知りました。海外の人たちから僕の音楽(『古風』)と彼らの音楽スタイルには共通点があると言われています。


photo: Saki Nakao

テーマとは僕らにとって希望なんです。希望を持っているとは、結果的にテーマに基づいて人生を生きるということだと僕は考えます。どんな希望を描いているかが現代の音楽制作で最も大切なことです。

「日本の古い文化」といっても、たとえば今回は「万葉」(平安以前)から「花魁」(江戸以降)、「川上音二郎と貞奴」(明治~大正)まで、かなり幅があります。ざっくり「日本の古い文化」ということで一緒くたにすることに、抵抗はありませんでしたか?

冥丁:もちろん抵抗がありました。正直にいうと貞奴さんだけでアルバムを作る方が本当は良いと思います。本心でそう思います。そして『花魁勝山』というアルバムも通しで作ってみたかったです。実際勝山(花魁)についてはたくさんトラックを作りました。そのなかからセレクトしてアルバムに収録させて頂きました。吉原遊郭のサウンドトラックも作ってみたいですね。
 僕自身の希望を言えば、たとえば、菌類研究の南方熊楠の生涯、そして宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の音訳作品など、それぞれのアルバムを作って行きたいくらいですが、冥丁はそれにOKを出してくれませんでした。なぜかと言うと、それはあまりにも膨大な時間がかかりますし、冥丁は僕にとってビジネスなので、そのような永遠と続くような作業は僕自身の人生に負荷がかかり過ぎると感じました。
 これはプロデューサー目線ですが、現代の日本に必要なテーマ性のある音楽をもっとたくさん作っていく必要がある。なので個人的に興味のある人物を掘り下げたくとも、他にも次の挑戦が控えているので、妥協しなければいけない部分があります。
 もし冥丁がパトロンを持つことができれば、僕はもっと歴史のワン・シーンにじっくり腰を据えて音楽アルバムを作って、それをみんなでシェアしたいと思います。そのような状況にならない限り、そこまでの制作時間を捻出することは不可能です。精神的、身体的、そして財政的にもリソースがないので。諦めてはいません。いまは保留です。
 たぶん映画監督の人たちと同じような心境かもしれません。彼らはたくさんの企画を持っていますが、そのなかから実際制作に移ることができるのは、ごく僅かなものらしいです。もっと冥丁は色々なジャンルの人たちと新しい音楽の仕事について話し合い、音楽の未来を模索していかなければいけないのかもしれません。いまは広島なのでそういった話ができる人たちとの出会いを十分に持つことはできませんが……コロナ期でもありますし。でもポジティヴです。

“女房” や “花魁” は虐げられた女性たちを描くという観点の曲のようですが、サンプルされた音声は意味がわからないようになっているため、ただ音のノスタルジックな部分だけを聴かれて、逆の意味にとられる可能性もありますよね。「女房」がなんでもやってくれた時代、和服を着た「花魁」がいた時代、つまり「男性にとっての “古き良き” 時代」へのノスタルジー、というふうに。そこはどう思われますか?

冥丁:作り終わった後に僕も同じ質問を自分自身にしました。当然出てくる問いかけのひとつですよね。その質問に対しての納得のいく答えになるかどうか分かりませんが……男性目線の作品であることを冥丁は意識しています。ノスタルジーを故意に表現したいとは思っていませんが、そういうことは現代で尊いことだと感じています。
 その点について説明すると、ノスタルジーの視点を最後まで持たずに僕は『古風』の制作を終えました。ただ目の前だけを見て、走り切りました。作り終えて一年ほど経ったときに、いま受けている質問と同じような問いかけを思いつきました。なぜそれを思いついたのかというと、一般的(一般論)な地点に立ってみたからでした。そこには繊細な現代社会の意識が網のように張り巡らされているようでした。男性目線の回答なのでは? というアンサーも自分自身のなかに見つかりました。でもそのときに、僕はそれで良いと思いました。冥丁は男性ですから。逆に男性目線の作品になっていないと不健康です。
 世の中がより繊細で複雑になるなかで、より一層閉塞的な意識の網が社会を包囲していると僕は思います。その状況下で、世間の意識に自分の自意識を立て、反応した結果として作品を作る人が大勢います。でもそれは健康的な社会とは言えず、病的な状況だと僕は感じています。そこに未来の希望はないです。
 僕が今回『古風』の制作(冥丁の活動)で学んだことがあります。それは一般的な文脈上の事例、見聞を参考にして、そこに意識を向けるのではなく、体圧、体感、つまり肌感覚を通じて時代の文脈では語りきれない点から、作品をプロデュースし、現代の文脈のなかに提出することが大切だと感じました。
 多くの日本人は生真面目にも正解というテンプレートを日常的に必要としているように感じます。音楽はそれが顕著です。既存のジャンルを頭のなかでタグ付けしてハイブリッドな音楽を作っている人が多いからです。それは計算して作る音楽で、それが正解ではありません。そもそも音楽に正解はないと思います。音楽以外のことでもそうです。
 たとえばひとつの目線を通して、世の中をみます。そうすると違う場所でも、同じように自分の目線で世の中を見る人がいます。賛同されたり、反対されたりします。世界(人間社会)とはそういうコンセプトなんです。それが悪くもないし、良くもないです。ここにも正解はない。僕らの世界は、そういう正解の決してないコンセプトの次元で存在しているということです。だから人間はテーマ(人生の意義)を持って生きているのです。
 つまりテーマとは僕らにとって希望なんです。希望を持っているとは、結果的にテーマに基づいて人生を生きるということだと僕は考えます。『古風』は冥丁のテーマに基づいて作られたアルバムです。アルバムは僕にとって希望なんです(だからこの僕の示す希望に対して意見が違う人も少なくからず存在すると考えることができます。世の中そういうコンセプトですから)。
 僕がこのアルバム『古風』で見た世界は過去の私たちの先祖たちが感じた粗野な感情の塊なんです。生々しい音が鳴り、汗をかき、熱風の吹き荒れた世界なんです。なので今作が男性目線のノスタルジーであるということは健全なことだと僕は感じます。それでいいのです。僕が仮に男性目線で作品を描くことに疑問を持ってしまったならば、冥丁に希望はないです。それだと、ただの音の塊を丁寧に作っているだけに過ぎないですね。なぜならば、いまや音楽なんて誰でも手軽に作ることができます。だからこそ、どんな希望を描いているかが現代の音楽制作で最も大切なことです。他の分野でもそうですけどね。

できることならタイムスリップして想像上の過去の日本、「LOST JAPAN」に暮らしたいですか?

冥丁:暮らしてみたいかもしれません。でも強くそれを望みません。2020年が好きですし、この時代はとても良い時代です。

今回の『古風』で「LOST JAPANESE MOOD」3部作が完結します。次はまったく日本とは関係ないテーマになる可能性があるのでしょうか? たとえば次は古代ギリシャをテーマにしたり、はたまたラテン音楽にフォーカスしたり。

冥丁:冥丁ではいつも日本の音楽を作ることがコンセプトとしてあるので、日本を描き続けたいです。その先に何があるのか知りたいです。冒険のような。
 その他にも冥丁を通じて仕事をしています。たとえば舞台、ファッション業界、リミックス、特定の環境下で使用するための音楽などの制作をしています。先日は広島のLOGというホテルのための夜のライヴセットとアンビエントを用意しました。それは現在リリースしている音楽とはスタイルの違うものです(定期的に開催する予定ですので、皆さんにも足を運んでもらえたらと思います)。今後も冥丁のベーシック・ライン(Japanese mood)に加えて様々な音をプロデュースしていきたいと思っています。
 でも将来日本以外の国の音楽をもし作っていたらと考えると、その未来も面白いですね。
 ありがとうございます。

BIM - ele-king

 THE OTOGIBANASHI'S の一員としての活動を経てソロ・デビューを果たした BIM。2018年にリリースされた 1st ソロ・アルバム『The Beam』では、アルバム中約半数の曲で自らがプロデューサーとしてトラックも手がけながら、自身のソロ・アーティストしての個性を明確に打ち出し、作品としても日本語ラップ・ファンを中心に高く評価された。アルバム全体で一定のトーンをキープし、どちらかと言えば内向的な印象が残った『The Beam』であったが、今年2月にリリースされたミニ・アルバム『NOT BUSY』では、『The Beam』にも参加していたドイツ人プロデューサーの Rascal が全曲プロデュースを手がけ、さらにスチャダラパーの Bose をゲストに迎えたことも相乗効果となりながら、外側へと向かっていくようなイメージの作品であった。そして『NOT BUSY』から約半年後に今回の 2nd アルバム『Boston Bag』がリリースされたわけだが、『NOT BUSY』の延長上にありながら、様々なスタイルのプロデューサーを迎え入れたことで表現の幅はさらに広まり、実に多面的な魅力を持つ作品に仕上がっている。

 本作の軸になっているのが前出の Rascal、そしてもうひとりが STUTS だ。CreativeDrugStore から in-d、JUBEE、VaVa をゲスト迎えたイントロ曲 “Get Gas (Hey You Guys)” や “三日坊主” などアルバム前半に集中している Rascal プロデュース曲はストレートなヒップホップ・トラックが特徴で、アルバムのヒップホップ濃度を上げている。なかでもテディ・ペンダグラス “Close The Door” のサンプリングにハードなビートを重ねたメロー・チューン “Jealous” は90年代的なテイストも醸し出しつつ、そこに乗る BIM と KEIJU (KANDYTOWN)の絡みが凄まじく格好良く、さらに男の色気も強く滲み出ている。一方、昨年リリースされた RYO-Z (RIP SLYME)との共演曲でもあるシングル “マジックアワー” でも素晴らしい相性を見せていた STUTSは、先行シングル曲である “Veranda” を筆頭に3曲のプロデュースを担当。STUTS の持つポップなセンスとダンサブルなスタイルがアルバム全体に上手く溶け込み、cero の高城晶平をフィーチャしたアーバンなダンス・チューン “Tokyo Motion” はその中でも最高峰とも言える一曲だろう。ダンス・チューンと言えば G.RINA がプロデュースを手がけ、kZm をフィーチャした “One Love” は “Tokyo Motion” とはまた異なる方向性のシンプルな抑えたムードの作りで、それぞれのプロデューサーの異なる個性が実にバランス良く溶け合っている。全11曲、32分というコンパクトなサイズ感ではあるが、楽曲の流れも実に巧みで、No Buses というバンドをゲストに迎えた80sニューウェーヴ的なテイストも感じられる “Non Fiction” で締めくくるというラストへの流れも含めて、アルバム単位で頭から最後までじっくり味わって欲しい作品だ。


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