「OTO」と一致するもの

Lucrecia Dalt - ele-king

 今年1月にまさかのデイヴィッド・シルヴィアンをフィーチャーしたシングル “cosa rara” を発表し、一部で注目を集めていたルクレシア・ダルト。単曲でのコラボかと思いきや、なんとアルバム1枚まるごといっしょにつくっていたようです。高い評価を得た前作『¡ay!』から早3年、共同プロヂュースということで期待の高まるニュー・アルバム『A Danger to Ourselves』は、〈RVNG Intl.〉より9月5日にリリース。現在、新曲 “divina” が公開中です。

前作がThe Wireの年間ベスト1位に輝いたLucrecia Daltのデヴィッド・シルヴィアンを共同プロデューサーに迎えた新作『A Danger to Ourselves』が9/5にリリース決定
先行1stシングル「divina」がMVと共に公開

2022年にリリースした『¡Ay!』が英The Wireで年間ベスト1位を獲得し、MUSIC MAGAZINE誌でもロック(ヨーロッパほか)で年間ベストに選出されるなど注目を集めさらに評価が高まる中、待望の新作アルバム『A Danger to Ourselves』がRVNG Intl.から9月5日にリリース決定。本作はデヴィッド・シルヴィアンを共同プロデューサーに迎え(1曲ゲスト・ヴォーカルも)、フアナ・モリーナやCamille Mandoki等も参加し、集大成であると同時に出発点とも言える作品。本日先行ファースト・シングルとして「divina」がミュージック・ビデオと共に公開。

『A Danger to Ourselves』は、人間関係の複雑さをありのままに描き出した、大胆な作品。近年のアルバムに見られる虚構の物語を削ぎ落とし、本作は真摯な感情の表出を体現している。深く個人的な対話のように響き渡るサウンドの中で、ダルトの歌声は力強く前面に押し出され、豊かなアコースティック・オーケストレーションとプロセッシング、コラージュされたパーカッション・パターン、そして豪華絢爛な共演者たちの力強いサポートが彩りを添えている。

ファースト・シングル「divina」はダルトが創り上げる多面的なサウンド・コレオグラフィーを見せている。その本質は型破りなドゥーワップ・ラブソング。スペイン語と英語が行き交う中、スタッカートのピアノの音とフィンガー・スナップが、カスケードするエレキギターにグルーヴ感を添える。「divina」は、炎、冥界、そして愛の告白といったイメージの中を舞う、まるで割れた鏡のように、反射が現れては消え、曲全体を通して意味が揺らめき、変化していく。

同時に公開されたミュージック・ビデオは、ルクレシアがコンセプトを手掛け、サウスウェスタン出身の映画監督で、2012年のドキュメンタリー映画『ICON EYE』も記憶に新しいTony Loweが監督を務めている。このミュージック・ビデオでは、ルクレシアとマルチディシプリナリー・アーティスト、Lucia Maher-Tatarが共演する。

Lucrecia Dalt New Single “divina” out now

Artist: Lucrecia Dalt
Title: divina
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Format: Digital Single
Listen / Buy: https://orcd.co/ar7rq3r

Lucrecia Dalt – divina [Official Video]
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=r23tegbbCDw

Featuring Lucrecia Dalt and Lucia Maher-Tatar
Directed by Tony Lowe

Lucrecia Dalt New Album “A Danger to Ourselves”
Available September 5, 2025

Artist: Lucrecia Dalt
Title: A Danger to Ourselves
Label: PLANCHA / RVNG Intl.
Cat#: ARTPL-238
Format: CD / Digital

※日本盤ボーナス・トラック収録予定
※解説・歌詞・対訳付き

Release Date: 2025.09.05
Price(CD): 2,200 yen + tax

2022年にリリースした『¡Ay!』が英『The Wire』で年間ベスト1位を獲得し、MUSIC MAGAZINE誌でもロック(ヨーロッパほか)で年間ベストに選出されるなど一躍注目を集めたコロンビア出身、ドイツはベルリンをベースに活動しているエクスペリメンタル・アーティスト、Lucrecia Daltの待望の新作アルバム。
デヴィッド・シルヴィアンを共同プロデューサーに迎え、フアナ・モリーナやCamille Mandoki等豪華ゲスト陣も参加し、集大成であると同時に出発点とも言える新たな傑作が完成。

コロンビアのペレイラで生まれたルクレシア・ダルトは、音楽愛好家の家庭で育ち、9歳のときにギターを手にするよう勧められた。ダルトはこの創造的な衝動に従い、コンピュータを使った制作に魅了され、土木技師としての急成長のキャリアを捨て、メデジンからバルセロナ、そして最終的にはベルリンへと移り住み、そこで自身の独特で冒険的なサウンドを発展させた。彼女の作品は、RVNGに移籍してから『Anticlines』(2018年)、『No era sólida』(2020年)、そして2022年に発表した特筆すべき画期的なSFボレロ・アルバム『¡Ay!』の3作をリリースし、その過程で、『On Becoming a Guinea Fowl』(2024年)、HBOのシリーズ『The Baby』(2022年)、そして近日公開のサイコホラー『Rabbit Trap』などの映画音楽制作にも活動の幅を広げ、サウンド・インスタレーションやパフォーマンスでは、彼女の光り輝く転調と独特で進化するヴォーカル・アプローチを披露している。

このたびリリースとなる『A Danger to Ourselves」は、ダルトが『¡Ay!』のツアー中の生活や新しい人間関係の形成期に書き留めた断片的な宣言から生まれた。彼女は2024年1月に、これらの親密な断片を音楽的な構成に結晶化させ始め、目的のある曲群を徐々に形にしていった。アルバムのサウンド構成は、コラボレーターのAlex Lázaroが提供するダイナミックなドラム・ループを基盤としており、そのパーカッシヴなバックボーンは、『¡Ay!』と同様、ダルトの重層的なヴォーカルのキャンバスとなった。従来のメロディックな構造に従うのではなく、このアルバムはベース・ライン、リズム、作曲デザインの相互作用によって音楽性を生み出している。大胆なプロダクションの選択と緻密なレコーディング・テクニックによって、声と楽器が新たな深みと輝きをもって調和する、ダルトの妥協のない音の明瞭さへの探求を明らかにしている。

明確に反コンセプチュアルな『A Danger to Ourselves』は、ダルトが音楽そのものに遮るもののない集中を導く詩的な本能であり、楽曲の枠組みを超越するボーカルと、原始的でロマンチックなスリルのきらめく響きを探求している。ダルトの細部への明晰なこだわりは、あらゆる小節に感じられ、献身的な姿勢が同心円を描きながら、個人的なものと霊的なものを統合する場を形成している。直感的な実験から生まれたこのアルバムは、シンプルなジェスチャーと複雑な構成を用いて、スペイン語と英語の間を伸縮自在なサウンドスケープと魅惑的な聴覚コラージュを通して行き来する「divina」のように、彷徨うようなラインを織り成している。

アルバム・タイトルは、デヴィッド・シルヴィアンの歌詞「cosa rara」から生まれたもので、人生の儚さ、愛の揺らぎ、奇跡への憧れを象徴的に映し出している。『A Danger to Ourselves』は、こうした超越的な状態を映し出し、人間の複雑な絡み合い、より啓示的な内面世界へ向かうドーパミン・スパイラルや一般的な経路からの解放への願望を屈折させている。高名なアーティストが多数参加したコラボレーションのコラージュであり、シルヴィアン自身も『A Danger to Ourselves』で共同プロデューサーとミュージシャンの二役を演じた。また、フアナ・モリーナが「the common reader」で共同作曲と演奏を、Camille Mandokiが「caes」でヴォーカルを、Cyrus Campbellがエレクトリック・ベースとアップライト・ベースの基礎を、Eliana Joy が複数のトラックでバッキング・ヴォーカルとストリングス・アレンジを担当している。

『A Danger to Ourselves』の光り輝く深淵において、ダルトは、音の錬金術を通して個人的なものが普遍的なものとなる深遠な変容を演出している。このアルバムは、集大成であると同時に出発点でもあり、彼女のこれまでの実験的な旅が、驚くほど親密でありながら広大なものへと収束する入り口でもある。感情的な啓示が網の目のように張り巡らされており、各曲は、ダルトの歌声が新たなハーモニーの領域を超えて啓示を体現する、脆弱性の的確に示している。従来の境界を超えた直感の生きた記録を創り上げ、音楽が鏡となり窓となる世界へと導いている。

TRACK LIST:

01. cosa rara (ft. david sylvian)
02. amorcito caradura
03. no death no danger
04. caes (ft. camille mandoki)
05. agüita con sal
06. hasta el final
07. divina
08. acéphale
09. mala sangre
10. the common reader (ft. juana molina)
11. stelliformia
12. el exceso según cs
13. covenstead blues

+ボーナス・トラック収録予定

Concept by Lucrecia Dalt
Music by Lucrecia Dalt and Alex Lazaro
Produced by Lucrecia Dalt and David Sylvian
Mixed by David Sylvian
Mastered by Heba Kadry, NYC
Lacquers cut by Josh Bonati *Vinyl only credit
Cover photo by Yuka Fujii
Photo retouching by Louie Perea
Design by Will Work For Good

Lyrics and vocals by Lucrecia Dalt except “cosa rara” by Lucrecia Dalt and David Sylvian; and “the common reader” by Lucrecia Dalt and Juana Molina
Vocals on “the common reader” by Lucrecia Dalt and Juana Molina
Vocals on “caes” by Lucrecia Dalt and Camille Mandoki
Backing vocals on “amorcito caradura”, “no death no danger” and “covenstead blues” by Eliana Joy
Backing vocals and howls on “divina” by Alex Lazaro

All instruments performed by Lucrecia Dalt except:
Percussion by Alex Lazaro
Feedback guitar on “cosa rara” by David Sylvian
Electric guitar solo on “covenstead blues” by David Sylvian
Electric guitar on “stelliformia” by Alex Lazaro
Electric bass and contrabass by Cyrus Campbell except
Electric bass on “mala sangre” by William Fuller
Soprano and tenor saxophone by Chris Jonas
Violin by Carla Kountoupes and Karina Wilson
Cello by Amanda Laborete
Palms and finger snaps by David Sylvian and Alex Lazaro

All instruments and vocals recorded by Lucrecia Dalt except strings recorded by Marc Whitmore and vocals by David Sylvian, Camille Mandoki and Juana Molina by the artists themselves.
String arrangements in “hasta el final” by Lucrecia Dalt and Eliana Joy

dublab.jp - ele-king

 1999年にLAで立ち上がった非営利インターネット・ラジオ局のdublab。2012年にその日本支部として発足したのがdublab.jpだ。LAと深い関わりをもつ彼らが、今年1月に発生した当地の大規模な山火事被災者たちの支援を目的として、チャリティ・コンピレーション・アルバムをリリースする。

 その『dublab.jp presents A Charity Compilation in Aid of the 2025 LA Wildfires -resilience-』は計38曲ものトラックをフィーチャー。岡田拓郎、食品まつり a.k.a. FoodmanやBUSHMIND、Daisuke Tanabe、Albino Sound & Daigos (D.A.N)、SUGAI KEN、優河、Ramza×hotaru、TAMTAM、嶺川貴子、白石隆之などなど、おもに日本の有志たちによる楽曲が収録されている(カール・ストーンも参加)。収益は全額、被災者に寄付されます。この試みが少しでもLAのアーティストやDJ、被害に見舞われた人びとの助けとならんことを願って。

https://dublabjp.bandcamp.com/album/a-charity-compilation-in-aid-of-the-2025-la-wildfires-resilience

Artist : V.A.
Title:dublab.jp presents A Charity Compilation in Aid of the 2025 LA Wildfires -resilience-
Release Date:2025.6.7(予定)
Label : dublab.jp
Format : Digital
Buy : https://dublab.jp/show/resilience/
Tracklist:

1. BLUEVALLEY: own -minimal mix-
2. BUSHMIND: Sunbright
3. Carl Stone: The Fiery Crab
4. Daisuke Tanabe: for the twin (masutomi edition)
5. Dekai Fune|でかい船: K0
6. DJ Dreamboy: Beyond A Dream
7. DJ Pigeon: Echo Chamber Recovery
8. "Dungeoneering -Albino Sound&Daigos(D.A.N)- “: Hua Jiao
9. Endurance: Jonesy
10. Final Drop: ASAKURU
11. Foodman|食品祭り: sunflower
12. Fujimoto Tetsuro: Akashi
13. Kankyo (Yu Arauchi + Hiroki Chiba)|王睘 土竟(荒内佑 + 千葉広樹): Yuku
14. Leakman: When I was 8、I drank orange juice、in LA
15. mamekx: UTOPIA
16. methodd: Adaptive Radiation
17. Metome: Toucan
18. Ramza×hotaru: kagashima,kodomo mikoshi#3
19. RGL: Echoes for the West
20. RLP: Memories
21. Sakura Tsuruta: MB
22. Shöka: Polaris
23. SUGAI KEN: れじりえんす
24. SUISHOU NO FUNE. |水晶の舟: Cherry Appears in a Dream|夢に現れた"チェリー
25. SUNNOVA: 救
26. suzuki keita: contingency
27. Suzuki-33rpm-Masao|鈴木33回転正夫: Yattokame Biscuit
28. Takako Minekawa|嶺川貴子: みんなへ
29. Takayuki Shiraishi|白石隆之: Kōsen-ga
30. Takuro Okada, Aska Mori, Kazuhiko Masumura: Valley
31. TAMTAM|花を一輪 - Hana Wo Ichirin
32. TARO NOHARA: AIR
33. Tidal: Nagi
34. YAMAAN: LAKE
35. yohei: Home For Now
36. Yoshio Ojima & Satsuki Shibano: Germinatio
37. Yosi Horikawa: Second hand
38. Yuga. |優河: 愛を Session at the Hut

Compile and Produce: Yuki Tamai, Hi-Ray, mamekx
Mastering: AZZURRO
Production Management: Yusuke Ono
Advisory: Masaaki Hara
PR Support: Kunihiro Miki
Design: Kohei Nakazawa

2025年1月7日、ロサンゼルスを襲った広範囲かつ長期にわたる山火事は、多くの住民の生活を一変させました。
家を失い、大切なものを奪われた人々の中には、我々のdublabの仲間であるアーティストやDJたちも含まれています。

あれから5ヶ月が経とうとしている現在、日本国内はもちろん、現地でも報道されることは少なくなっていますが、被災者たちの困難な状況は今なお続いています。

それでも、ロサンゼルスのコミュニティは力強く結束し、復興に向けたさまざまな活動を行っています。特にdublabを中心とした音楽コミュニティは、支え合いながら歩みを進めています。

インフラの完全な復旧には莫大な資金と、長期的な支援が必要です。
災害復興は短距離走ではなく、マラソンであるとも例えられます。私たちは今こそ、音楽を通じた持続的なサポートのかたちを考えるべき時だと感じています。

そして、その一環として、私たちはチャリティ・コンピレーションアルバムを制作しました。
このアルバムには、ロサンゼルスの音楽文化に影響を受けてきた日本のクリエイターたちが、リスペクトと共感を込めて参加しています。

驚くほど幅広いサウンドが詰まったこの作品は、ロサンゼルスの多様で豊かな音楽文化そのものであるといえ、その文化に敬意を表し、それを今に繋いでいるコミュニティを、音楽を通して支援していただければ幸いです。

本アルバムの収益は全額、ロサンゼルスのdublabを通じて被災者へ寄付されます。

*ENG

On January 7, 2025, a widespread and prolonged wildfire struck Los Angeles, drastically changing the lives of many residents. Among those who lost their homes and cherished possessions were artists and DJs who are part of our dublab community.

Nearly five months have passed since the disaster. While media coverage has declined both in Japan and locally, the affected individuals continue to face challenging circumstances.

Still, the Los Angeles community remains resilient and united, actively engaging in various recovery efforts. In particular, the music community centered around dublab is moving forward by supporting one another.

Full restoration of infrastructure will require substantial funding and long-term assistance. Disaster recovery is often likened not to a sprint, but to a marathon. We believe now is the time to consider sustainable forms of support through music.

As part of that effort, we have created a charity compilation album. This album features Japanese creators who have been influenced by Los Angeles’ musical culture, participating with deep respect and solidarity.

Packed with an astonishingly wide range of sounds, this project embodies the diverse and rich musical culture of Los Angeles. We hope that through music, you can help support the community that honors and continues this cultural legacy.

All proceeds from this album will be donated to the victims of the wildfire through dublab in Los Angeles.

Iglooghost & Minna-no-kimochi - ele-king

 台湾のアンダーグラウンド電子音楽シーンを代表するヴェニュー、台北FINALを拠点とするパーティ・シリーズ〈PURE G〉が5周年を迎える。それを記念して、渋谷・WWW+WWWβにて6月28日(土)に「PURE G 5 YRS TOKYO -Iglooghost + Minna-no-kimochi-
」を開催。
 ヘッドライナーとして、UKよりイグルーゴーストを招聘する。昨年話題となったアルバム『Tidal Memory Exo』の世界観をポストパンク的に拡張した最新EP『ᮜ˚』にまつわるセットが披露されるとのこと。

 日本からは世界中から注目を集めるトランス・カルトみんなのきもち、スロベニアに出自を持つLuna Woelle、イラストレーターとしても活躍するJun Inagawaなど、東京とアジアの地下シーンを支えるプレイヤーがローカル・アクトとして出演。ほか〈PURE G〉と縁深い全メンバーが参加する。
 なお、アーリー・バード・チケットはすでにソールドアウト、一般前売の販売がスタートしている。イグルーゴーストはもちろん、日本と台湾、そしてアジア全域にわたる昨今の電子音楽シーンの最先端を感じられる日になることだろう。

6/28 (sat)

PURE G 5 YRS TOKYO -Iglooghost + Minna-no-kimochi-
at WWW / WWWβ
OPEN/START 23:30
ADV ¥4,000 / DOOR ¥4,500
Ticket : https://t.livepocket.jp/e/20250628www

-WWW-
Iglooghost LIVE A/V
みんなのきもち
Sandy's Trace Hybrid Set
Luna Woelle

VJ: Kim Laughton

-WWWβ-
Jun Inagawa
Sulk
KUAN
KATRINA

Pop-Up: GB MOUTH
artwork: Kristyna Kulikova

※Over 20 only・Photo ID required / 20歳未満入場不可・要顔写真付ID

interview with IR::Indigenous Resistance - ele-king

私たちにとってダブはスタイルではなく、アティチュードである。私たちは、音楽やその他の手段による抵抗や抗議、社会正義の主張が、植民地的・資本主義的・白人的な流れの中で制度化され、無力化され、活力を奪われた世界に住んでいる。ダブは、このような同化と融和のプロセスのB面なのだ。

 インディジェナス・レジスタンス(IR::Indigenous Resistance、以下「IR」)は、地球上の音楽シーンにおいて際立った存在感を放つダブ・アーティスト/アクティヴィスト集団だ。世界各地で反植民地主義と先住民の権利のために活動するIRのアクションは、音楽のみならず、絵画・書籍・映像・ストリートアートなど多岐にわたっている。おもな拠点のひとつはウガンダにあり、ジャングルの奥深くに創造的なアートスペース「Atuadub Shrine」がある。

 彼らは80年代のテクノ/ハウスや90年代のレイヴ・カルチャーの影で台頭してきた。IRとしての作品は2002年のザ・ファイアー・ディス・タイム『Krikati / Galdino / Remembering Galdino』(IR1)にはじまり、最新作の『Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T. 』(IR73)に至る。彼らの活動はきわめてアンダーグラウンドなもので、実態は依然として謎に包まれている。中心人物のひとりであるアマスタラは、人々がIRの全体像を把握しづらいのは彼らが意図的に行っていることだという。

アマスタラ:私たちはアクションのたびにチームを組み替え、世界同時多発的に、また、非中央集権的な組織作りを通じて、バビロンを混乱させることを目指している。たとえば、西パプア解放運動を支援するイベントでは、コロンビア、ブラジル、エチオピア、ウガンダ、インドネシアの共謀者や協力者と協力して同時開催を実現した。私たちが「African Anarchists」という曲の中で言及しているように、現在アフリカと呼ばれている地域には、古代において、中央集権的な王国ではなく、自治的な村々がゆるやかにつながった連合体によって統治されていた地域があった。私たちはこれを組織のモデルとして気に入っている。

「IRにとってダブとは?」とアマスタラに尋ねると、IRの音楽の本質であり、たんなるジャンルではなく抵抗のアティチュードである。そして「音の周波数を使った混乱でバビロンを震え上がらせること」だと答えてくれた。

アマスタラ:ジャマイカのダブ・レゲエは、デトロイト・テクノ、ハードコア・パンク、アフリカ音楽、そして南太平洋のソロモン諸島や北アメリカの先住民族の固有の音楽の伝統と同様に、私たちにとって大きなインスピレーションとなっています。私たちがこれらの影響を受けているのは、その根底にある深い原理があるから。つまり、私たちにとってダブはスタイルではなく、アティチュードなのです。エコーやリバーブ・エフェクトを使うことだけがダブではない。IRにとってダブとはたんなる音楽ジャンルや手法ではなく、本質。ダブとはあらゆるものの本質なんだよ。私たちは、音楽やその他の手段による抵抗や抗議、社会正義の主張が、植民地的・資本主義的・白人的な流れの中で制度化され、無力化され、活力を奪われた世界に住んでいる。ダブは、このような同化と融和のプロセスのB面なのだ。
 ダブは抑圧的なシステムに問題を引き起こしながらも、人類の向上に役立つようなやりかたでシステムに挑む。「バビロンを震え上がらせること」の重要性を、私たちはとくに強調したい。それは、音の周波数がどのように使われうるか、また使われるべきかという私たちの常識を完全に混乱させる。この混乱こそがダブをまったくもって美しくしているのであり、人生の美しさと奔放な複雑さを肯定しているのです。

 最新アルバム『Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T. 』に収録され、先行シングルとなった「Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality」は、日本人アーティスト、マサヤ・ファンタジスタとの共演。モンゴルでの偶然の出会いが、コラボレーションの契機になったという。ウランバートルのレコード店〈ドゥンゴル・レコーズ〉のオーナーを通じて知り合ったアマスタラとマサヤは、共通する音楽理念やモンゴル文化への理解を通じて友情を深めた。

アマスタラ:そう、本当に美しい出会いだった。それは私たちが「自然なダブの流れ(natural dub flow)」と呼ぶものです。2023年の夏、マサヤはドゥンゴル・レコーズの音楽スペース兼カフェの公式オープニングでプレイするために来ていた。マサヤはじつに静かで温かみのあるダブを醸し出していて、音楽の話になると、すぐに似たようなつながりがあることに気づいた。彼は私たちの音楽仲間であるデトロイト・テクノの反逆者アンダーグラウンド・レジスタンスとも関係が深かった。フェラ・クティのドラマー、トニー・アレンを日本に連れてきたときの責任者のひとりがマサヤだったと聞いて、さらにその絆は深まった。私がフェラ・クティ本人と個人的なつながりがあることを知って、彼は本当に驚き大喜びした。こうしてマサヤ・ファンタジスタはこのプロジェクトに参加することになりました。

Masaya Fantasista

「Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality」(夢はダブだが虐殺は現実だ)。重いテーマを扱ったこの曲で、先入観を覆すためにマサヤがもたらしたジャズの要素を取り入れたのだとアマスタラはいう。

アマスタラ:マサヤがこの曲に加えたジャズのエレガンスは、私たちが歌詞を書いた意図とも一致していた。ジェノサイド(大量虐殺)のようなトピックが音楽の焦点になると、人々はそれがパンクやノイズのような攻撃的な音楽ジャンルと結びついていると考えがちだ。私たちはパンクやノイズが大好きだけど、この先入観を覆したかった。トラックの最初の行が「彼らは優しく抱きしめ合った(They embraced tenderly)」なのはそのためだ。同時に、世界中で起こっているジェノサイドのさまざまな事例を、多くの人が予想するような形ではなく、ストーリーテリングの手法で語れるようにしたかった。
 マサヤのソウルフルなジャズのエレガンス、バッド・ブレインズのパンクの影響、バントゥー(Bantu)とダンシャ(Dhangsha)のノイズ、不協和音、ベース・ミュージックへの新しいアプローチ、エイドリアン・シャーウッド、マーク・スチュワート、ソイ・ソスのようなインダストリアル・ダブの影響、そして伝統的なアフリカのジャンベ・ドラムとモンゴルの馬頭琴。この曲の歌詞を書いているとき、私たちの魂に響いた曲のひとつがバニー・ウェイラーの「Bide Up」だった。ソウルフルなエレガンスと美しさに満ちた曲で、華麗なフルート、パーカッション、そして精神的な敬虔さと逆境に対する勝利に焦点を当てた歌詞に支えられたルーツ・レゲエ・トラックです。

 アルバムのハイライトとなる「A Fiery Kumina Groove For Thomas Sankara & Fela Kuti」(トーマス・サンカラとフェラ・クティのための燃えるようなクミナ・グルーヴ)には、ダブ空間に鳴り響くテクノ・ビートとともに、アフリカ起源の音楽のエレメントが色濃く込められている。

アマスタラ:アフリカ音楽の要素は、私たちの音楽に大きな役割を果たしている。ウガンダの伝統的なフルートや、ジャンベやケテ・ドラムなどの打楽器だけでなく、過去にはエチオピア西部のヌエル族やアヌアク族の伝統音楽で使われている撥弦楽器の親指ピアノも使ったことがある。これらの楽器は、エチオピア西部の土地収奪をテーマにしたIRの楽曲で演奏されています。また、強制的に奴隷にされたアフリカ人が海を越えて持ち込んだアフリカ音楽の伝統を活用していることも重要だ。ジャマイカのクミナやナイヤビンギの太鼓の伝統、そしてアフロ・コロンビアの重要な伝統である太平洋岸のマリンバ。クミナはコンゴから強制的に奴隷にされたアフリカ人がジャマイカに持ち込んだ精神的な儀式です。私は個人的にクミナの儀式を目撃したことがあり、そこには強烈な催眠術のようなドラミングがあり、参加者は踊りながらトランス状態に入っていきます。この儀式を目の当たりにするのはすばらしくうっとりする体験で、私はいつもこれを音楽のトラックに取り入れたいと考えていました。私たちの経験では、伝統のスピリットを真に感じれば、それは難なくダブに流れ込む。作為的なダブとは対照的な「自然なダブの流れ(natural dub flow)」なのです。

モンゴルのアンダーグラウンドにもアクセスするIR

2023年の夏、マサヤはドゥンゴル・レコーズの音楽スペース兼カフェの公式オープニングでプレイするために来ていた。マサヤはじつに静かで温かみのあるダブを醸し出していて、音楽の話になると、すぐに似たようなつながりがあることに気づいた。彼は私たちの音楽仲間であるデトロイト・テクノの反逆者アンダーグラウンド・レジスタンスとも関係が深かった。

 IRのスローガンのひとつ「ダブ・リアリティ」。
 「ダブ」と「現実」。一見すると相反するふたつの要素だが、彼らの言葉を借りるなら、IRはB面(ダブ)から見えるヴィジョンを通じて地球上の現実と人類の歴史を掘り下げ、同時に音楽としてのダブを拡張している。

 IRが行っていることは「全地球をダブにする」ことだと私には思える。
 アフリカを拠点に世界中の先住民との交流を続けるIRのダブは、ヘヴィなベースとエコー・チェンバーを武器に、はかりしれないパワーと知識とスピリットが注ぎ込まれた音楽なのだ。

 最後に、つい先日完成したIRによる短編映画を紹介しよう。
 アフリカの映画監督ジョシュア・アリベットとIRの3度目の共同制作であり、ジャマイカ出身のアマスタラがモンゴルを「もうひとつの故郷」とする体験を描いた『Mongolian Dub Journey』に触発されている。映画の舞台はウガンダだが、モンゴル文化がアフリカの背景に溶け込む様子が印象深い。
 ここでもIRは先住民族への暴力や抵抗運動への連帯を訴え、社会正義の可能性を問いかけている。

Under The Moon, We Return To Water : An Indigenous Resistance Dub Suite

■アルバム 情報

Indigenous Resistance
IR 73 Mongolia African Ancestral Travel M.A.A.T.

https://dubreality.bandcamp.com/album/ir-73-mongolia-african-ancestral-travel-m-a-a-t

Indigenous Resistance
IR 71 Dreams Are Dub But Genocide Is A Reality + E book A Mongolian Dub Sublime

https://dubreality.bandcamp.com/album/ir-71-dreams-are-dub-but-genocide-is-a-reality-e-book-a-mongolian-dub-sublime

Knxwledge & Mndsgn - ele-king

 現代〈Stones Throw〉を支える2アーティスト、ノレッジとマインドデザインが揃って来日を果たす。6/7の東京公演を皮切りに、福岡(6/13)、大阪(6/14)、名古屋(6/15)をまわります。STUTS&KM&ISSUGI(東京)、OLIVE OIL(福岡)、MURO(大阪)と、各地で強力な出演者も決定。これは行くしかないでしょう!

KNXWLEDGE + MNDSGNによる
〈Stones Throw〉ジャパンツアー2025(6月)
東京公演の国内出演アーティストが発表
大阪に続き、福岡・名古屋公演も開催決定
STUTS|KM|ISSUGI(東京)
MURO(大阪)、OLIVE OIL(福岡)らが出演

STONES THROW JAPAN TOUR 2025
KNXWLEDGE | MNDSGN

presented by CARHARTT WIP

6.7(Sat)Tokyo 東京 @ O-East (Midnight East)
6.13(Fri)Fukuoka 福岡 @ THEATER 010
6.14(Sat)Osaka 大阪 @ JOULE
6.15(Sun)Nagoya 名古屋 @ JB'S

LA発―世界最高峰のインディレーベル〈Stones Throw〉から、2大アーティスト―KNXWLEDGE(ノレッジ)とMNDSGN(マインドデザイン)が揃ってジャパンツアーを開催。6月7日(土)東京公演 @ Spotify O-EAST「MIDNIGHT EAST」の国内の出演者が本日発表、さらに大阪に続き、福岡、名古屋公演の追加公演の開催も決定した。

アンダーソン・パークとのユニット: NxWorries(ノーウォーリーズ)でグラミー賞を受賞したばかりのヒップホップ・ビートメイカー:ノレッジ。マッドリブやJ.ディラを継承するヒップホップ・ビートメイキングで、ケンドリック・ラマー、ジョーイ・バッドアス、アール・スウェットシャツなど数多くのアーティストたちにもビートを提供してきた、現LAシーンを代表するアーティストだ。

そして、ビートメイキングから鍵盤や歌もこなすLAシーン屈指の多才アーティスト:マインドデザインは、ヒップホップをベースにディスコ、ブギー、R&Bなど多様なエレメンツを織り交ぜたオリジナルなスタイルで現在のLAビートシーンを牽引する最注目アーティスト。フライヤーのアートワークはMndsgn自らが手がけた特別仕様となる。このツアーでは、シーンの最前線で活躍する2人のエクスクルーシブな音源が多数披露される予定。

東京公演には、Stones Throwに所縁のある国内の実力派アーティストたちが集結。STUTS、KM、 ISSUGI & GRADIS NICE、ZEN-LA-ROCK、仙人掌のDJ名義DJ SLOWCURVらがラインナップに。

大阪公演にはDJ MUROがゲスト出演。福岡公演にはOLIVE OIL × POPY OILが出演決定。

Carhartt WIP x Stones ThrowのコラボTシャツが会場限定で販売予定だ。
東京公演では、パーティーを彩る、モンキーショルダーのスペシャルなドリンクも販売決定。

LAの空気を日本で堪能できる、貴重な一夜をお見逃しなく。

Don't miss Stones Throw's very own Knxwledge and Mndsgn's Japan Tour

June 7(Sat) Tokyo @ O-EAST (MIDNIGHT EAST)
June 13(Fri) Fukuoka @ THEATRE 010
June 14(Sat) Osaka @ JOULE
June 15(Sun) Nagoya @ JB’S

Fresh off a Grammy win as one half of NxWorries (alongside Anderson .Paak), hip-hop beatmaker Knxwledge! And one of LA’s most versatile artists, Mndsgn, who seamlessly blends beatmaking with keys and vocals!

With an exclusive collaboration with Carhartt WIP also in the works, this will be a truly special tour!

Knxwledge, a defining figure of LA’s current scene, carries the legacy of Madlib and J Dilla in his hip-hop beatmaking. He has crafted beats for the likes of Kendrick Lamar, Joey Bada$$, and Earl Sweatshirt. And Mndsgn, who is at the forefront of the LA beat scene, blending hip-hop with disco, R&B, and other eclectic elements creating a signature sound.

Expect an exclusive showcase of new material from these two trailblazing artists. Plus, top-tier domestic artists will join in - STUTS, KM and more for Tokyo show, DJ Muro for Osaka show and Olive Oil for Fukuoka show.

Limited-edition Carhartt WIP x Stones Throw collaboration T-shirts will be available exclusively at the venues.

Experience LA’s vibrant energy in each city of Japan.

東京 TOKYO Event Info

STONES THROW x MIDNIGHT EAST presents
KNXWLEDGE & MNDSGN
Live in TOKYO
supported by CARHARTT WIP

2025.6.7(SAT) June 7th
at MIDNIGHT EAST (Spotify O-EAST & AZUMAYA)

【 O-EAST 】
KNXWLEDGE (NxWorries | Stones Throw | LA)
MNDSGN (Stones Throw | LA)
LIVE : ISSUGI & GRADIS NICE | STUTS
DJ : KM | ZEN-LA-ROCK

【 AZUMAYA 】
DJ : DAH-ISH | 凸凹。| DJ SLOWCURV | GRADIS NICE | WATTER

【 EAST 3F 】

DJ Dreamboy | DJ KENTA | 原島"ど真ん中"宙芳 | 矢部ユウナ & more

*Lineup-AtoZ-

OPEN/START: 24:00
ADV ¥4,000 | DOOR ¥4,500 | Under23 ¥3,500

Support : MONKEY SHOULDER

EVENT PAGE: https://shibuya-o.com/east/schedule/0607-stonesthrow/

Tickets available at
Zaiko
RA
e+

INFORMATION:
Spotify O-EAST 03-5458-4681
https://shibuya-o.com/east/club/
NOTES:
※ドリンク代別途必要。
※U23チケットは当日券のみの販売になります。(要顔写真付き身分証明書。)
※20歳未満入場不可。(要顔写真付き身分証明書。)
※出演者は予告なく変更になる場合がございますので、予めご了承ください。
※客席を含む会場内の映像・写真が公開されることがあります。
※ 1 Drink fee will be charged upon arrival.
※Under23 tickets are only available on the day of the event. (Photo ID required.)
※ Must be 20 or over with Photo ID to enter.
※Please note that the performers are subject to change without notice.
※Please be aware that videos and photos during the event, including the audience , may be released.

interview with Nate Chinen - ele-king

 「現段階で、こう言うことはできる。すなわち、我々がジャズと呼ぶ音楽は、様々な状況下において勢いを見出し続けている、と」──アメリカのジャズ批評家ネイト・チネンは著書『変わりゆくものを奏でる(Playing Changes)』の後書きにそう書き記している。

 あらためて言うまでもなく、ジャズは21世紀以降、とりわけテン年代を通じて活況を呈し、新たな時代を築き上げてきた。ロバート・グラスパー『Black Radio』(2012)やエスペランサ・スポルディング『Radio Music Society』(同)のグラミー賞受賞、『The Epic』(2015)を引っ提げたカマシ・ワシントンの登場、あるいは高度な複雑性を操るヴィジェイ・アイヤーや圧倒的な個性を放つメアリー・ハルヴァーソンの活躍、等々。ジャズといえば輝かしき黄金時代──1950年代から60年代にかけて──ばかり繰り返しスポットが当てられてきた旧来の状況に対し、チネンは現在進行形のジャズを過去の眼差しから解き放とうとする。それはしかし歴史から切り離すことではない。むしろジャズの現在地を正しく測量するために、彼は何度も過去へと遡る。21世紀のジャズがいかに歴史と繋がりを持つのか、豊富な知識と膨大な取材を元手にしつつ、そのコンテキストを丁寧に辿り直している。変わりゆくジャズがジャズである所以を鮮やかに解き明かす。

『変わりゆくものを奏でる』は画期的な一冊である。いまのジャズを考える上で最低限踏まえておくべき事柄が一通り網羅されている。全12章からなる本書では、一方に特定のミュージシャンを主人公に据えた章──ブラッド・メルドー(第2章)、スティーヴ・コールマン(第4章)、ジェイソン・モラン(第6章)、ヴィジェイ・アイヤー(第8章)、エスペランサ・スポルディング(第10章)、メアリー・ハルヴァーソン(第12章)──があり、他方に特定のテーマが設けられた章がある。後者で取り上げられるのは、保守的なアップタウンと対抗勢力としてのダウンタウン・シーン(第3章)、ウェイン・ショーターらが打ち出した新たな年長者像(第5章)、ジャズと教育ないしアカデミズムについて(第7章)、ヒップホップ~R&Bとのクロスオーヴァー(第9章)、ジャズのグローバル化/グローカル化(第11章)といったテーマである。

 第1章はやや異色だ。カマシ・ワシントンについての記述がベースにはある。しかし彼を主人公とするというより、反復されるジャズの死と救済の物語を検証するためにカマシが要請されたとも読める。実際、第1章ではカマシと対比を成すようにウィントン・マルサリスの物語が綴られる。なぜ人々がジャズの救世主を求めるのかを立体的に描いている。そしてウィントンをどう捉えるかという問題は本書の全体を通じて基層を流れていく──たとえば第3章ではアップタウンの体制側として、ジャズ・アット・リンカーン・センター(JALC)の芸術監督を務める彼がジョン・ゾーンやデイヴ・ダグラスと比較される。章を跨いで問題意識が連関していくのは本書の特徴の一つだろう。JALCはジャズの文化的地位の向上に資したが、それと並行して体制機関によるジャズ・スタディーズの受け入れがあった、という話が第7章には出てくる。あるいは──バンド内で女性がただ一人だった場合に「視線の交わし合いひとつとっても楽ではない(……)たとえば誰かに目線を返す必要のある場面でも、それが相手をそそるものと受け取られないように気をつける」(333頁)というエスペランサ・スポルディングの懸念は、メアリー・ハルヴァーソンが音楽大学の夏期講座でジャズ・ギタリストではなく「ああ、フォーク・シンガーね」と軽くあしらわれた(386頁)という経験と問題の根を同じくしている。『変わりゆくものを奏でる』は、21世紀のジャズの見取り図を示すと同時に、より広く音楽的問題、さらには社会的/政治的な問題へと思考を導いていく。その意味で単に音楽書というに留まらない人文書となっている。

 著者のネイト・チネンはハワイ・ホノルル出身。もともとジャズ・ドラマーの経歴もあったものの、1996年からジャズ批評家として活動を始め、2003年にジョージ・ウィーンの自伝を共著『Myself Among Others: A Life in Music』として上梓している──といったユニークな来歴や彼の批評観については前後編に分かれた以下のインタヴューをぜひ参照してほしい。『変わりゆくものを奏でる』の原著刊行から7年、ジャズの動向にも様々な変化が訪れた。この度のインタヴューでは、書籍の内容に加え、原著刊行後のジャズの新たな動きを補完する話も語っていただいた。本書はいままさにあらためて読まれるべき段階にきているように思う。なぜなら自由、平等、多様性といったアメリカ的価値観が、すなわちジャズをめぐる状況が、大きく揺さぶられ始めているからだ。わたしたちはそして本書を日本におけるジャズ言説との共通点と差異を見定めながら読み進めることもできるだろう。ジャズの未来について、ネイト・チネンは「私の思いはふたつの異なる軌道を進んでいる」と述べるが──まずは彼のジャズ批評家としてのバックグラウンドからじっくりと話を伺った。

子どもの頃からずっとドラムに惹かれていたので、実際勉強しましたし、演奏も始めた。そこからあっという間に、ジャズに相当真剣にのめり込みました。

まずはあなたの批評家としてのバックグラウンドについて教えてください。どんな家庭で育ち、何歳頃から意識的に音楽を掘り下げて聴くようになりましたか?

ネイト・チネン(Nate Chinen、以下NC):そうですね、この取材の文脈から言って、それは特別な質問です。というのも私の両親はどちらも歌手、エンターテイナーだったんです。父はじつは日本でもキャリアがあって、テディ・タナカという名義で歌っていました。まだとても若かった頃、たぶんまだ高校時代に、東京に行ってレコーディングしたことがあり、その歌、“ここに幸あり(Here is Happiness)” は大ヒットしました。彼はいわゆるフランク・シナトラ型の、ビッグ・バンドをバックに歌う歌手でしたが、実際シナトラが東京で初来日公演(1962年4月20&21日)をおこなった際に、ステージで紹介役を務めたこともあったんですよ。ともあれ──父はハワイ生まれで、祖父は沖縄出身の移民一世でした。で、父はハワイ/日本で歌手としてキャリアをスタートさせ、母と共にTHE TOKYO PLAYMATESというグループを結成しました。このグループはアメリカ合衆国全土/カナダをツアーで回ったこともありましたが、それは私が生まれる以前の話です。で、両親はホノルルに戻り、そこでまた別のグループ、Teddy & Nancy Tanakaとして活動しました。つまり私は、そのグループのごくごく幼いメンバーとして育った、と(笑)。
 ですから本当に、小さい頃の最初の記憶と言えば、ステージで一緒に歌う両親の姿、そしてふたりの小さな子どもとしてステージに上げられたことなんです。というわけで、私にとっての音楽との出会いもそれを通じてでしたね。でも、それだけではなく、ミュージシャンになることにもとても興味がありました。子どもの頃からずっとドラムに惹かれていたので、実際勉強しましたし、演奏も始めた。そこからあっという間に、ジャズに相当真剣にのめり込みました。というのも、ジャズ・ドラミングはじつに挑戦のしがいがあったし、魅惑的で、とにかく惚れ込んだ。というわけで私がジャズに対して抱いた興味は、そもそもはミュージシャンだったことから発していましたね。とまあ、これが「短いヴァージョン」の私のバックグラウンドです(笑)。

(笑)。

NC:でも、身の周りにつねに音楽があふれていました。それに、あなたもたぶんご存じでしょうが、ハワイは非常に音楽的な土地でもあります。それこそ、空気の中に音楽が漂っているというか。

はい。「チネン」というお名前からして、おそらく日本にルーツがある方だろうと思っていましたが、ご祖父が沖縄出身だったんですね。

NC:そうです。私の日本語のミドル・ネームはタカヒロ。父の名前はタカシです。

ということはあなたの場合、音楽に最初に触れたきっかけはレコード=録音音源よりも、むしろライヴ音楽だった、と言えそうですね。日本の場合、ジャズにしろロックにしろ、海外の音楽はまずレコード/音源で触れるケースが多いわけですが、ご両親がシンガーだったあなたはライヴ・パフォーマンスで音楽に触れる環境にあった、と。

NC:そうですね、その点はずっと興味深いと思ってきました。かつ、そこはもしかしたら、音楽批評家としての自分が他の面々と少し違う点のひとつかもしれません。というのも、批評家でじつに多いのは──多くの批評家が、レコード収集家から始めるわけです(笑)。で、私からすれば……いやもちろん、私もレコードは大好きですし、収集もしています。けれども最もディープな、自分を形成してくれた音楽体験と言ったらやはり、どこかの空間で音楽がリアルタイムで演奏されている、それになります。

多くの批評家が、レコード収集家から始めるわけです(笑)。けれども最もディープな、自分を形成してくれた音楽体験と言ったらやはり、どこかの空間で音楽がリアルタイムで演奏されている、それになります。

批評家としてキャリアをスタートさせたのはいつ頃でしょうか?

NC:まず、フィラデルフィアの大学に進学したんです。いま、こうしてまたフィラデルフィアに暮らしていますけれども(笑)。

ああ、そうなんですね。

NC:で、知り合ったジャズ・ミュージシャンの誰もからこう言われたんです、「君がやるべきなのは……」──というのは、私はずっと文章を書くことも好きだったんです。つねに好奇心があり、文章を読み、書くのが好きだった。そして知人のミュージシャンの誰もが、「君はよく考えた方がいいよ……」──だから、「音楽校に進学しない方がいい」と彼らは言っていたんですね(苦笑)。つまり、わざわざ音楽院に入らなくたってミュージシャンでいられるんだから、と。それでも、本当に素晴らしいジャズ・シーンのある都市に向かうのはプラスになるとのことで、実際そうでした。フィラデルフィアに移ったところ、フィラデルフィアのミュージシャンは非常に協力的だった。彼らはとても厳しくて、くだらないナンセンスは一切受けつけませんが(苦笑)、こちらがスキルと正しい姿勢、謙虚さを備えていることさえ示せばがっちり受け入れてくれる。で、私はペンシルヴェニア大学で詩を専攻していましたが、クラブでしょっちゅう音楽をプレイしていた。だからある意味、ふたつの人生を送っていたようなものでしたね。学生/ライターであり、かつミュージシャンでもあった、と。
 そしてある夏、『Philadelphia City Paper』という、無料のオルタナティヴな都市圏週刊新聞でインターンを経験したんです。あの当時はインターネットの黎明期でしたから、ああいったフリー・ペーパーは誰もが手に取ったもので、特にアート関連の記事はよく読まれたんです。で、インターンシップに採用されてニュース室に行ったところ、じつに活気に満ちた職場で、すぐに「ああ、ここで何かやれそうだ」と気づいたんです。文芸欄音楽部門の編集者もとても励ましてくれて、それでレコード評を書き始め、続いてアーティストへの取材、そしてフィーチャー記事も担当するようになって。そうやって、音楽への愛情、音楽への理解、そして言葉に対する愛情がとてもうまくフィットすることに気づいた。そんなふうに執筆活動を始めたわけですが、やればやるほど、自分は……あのコミュニティの一部になっていったというか。程なくして、ミュージシャン勢も私のことを批評家と看做してくれるようになりました。

はい。

NC:そうやってしばらく経って、編集者から「本紙の常任ジャズ批評家になって欲しい」と声をかけられて。当時私はまだ学部生でしたが、「はい。自分に適任だと思います」と答えた。で、そこからでしたね、本格的に学び始めたのは。ギャリー・ギディンス、ナット・ヘントフらの著作や記事を片っ端から読みました。それだけ、非常に強い責任感を感じたからです。「本気でこれを追求するのなら、自分にはしっかり準備を整えておく必要がある」と思った。

先達の伝統を引き継ぐ、というか。

NC:そうです。で、カレッジ卒業後にニューヨークに移り、そこから本格的にキャリアが始まっていった感じでしたね。ニューヨークに移ってはじめのうちはちゃんとした職もなく、バイトでなんとかしのいでいましたが(苦笑)、いくらも経たないうちにジョージ・ウィーン(※1954年にニューポート・ジャズ・フェスティヴァルを開催し、59年にニューポート・フォーク・フェスティヴァルもスタートさせたプロモーター/フェス企画者。2021年沒)に出会ったんです。彼はちょうど自伝を書こうとしていたところで、それにふさわしい共同執筆者が見つからずに困っていた。私は当時22歳で──

お若かったんですね!

NC:(笑)はい、本当に青二才で、仕事面では取り立てて何もやっていなかった。だからこそ、ジョージがあの本(『Myself Among Others: A Life in Music』2003年)を執筆する作業の補佐に本当に打ち込むことができた。そんなわけで、我々はじつに密に仕事しましたし、本が仕上がるまでに3年近くかかりました。ですから彼は私にとってとても重要な指導者であり、一種の父親的存在だった、そう言っていいと思います。

「もはや我々に批評家は必要ない」という意見もありますが、私はその意見には大いに反対です。いかなるアート形態も、堅固で力強い批評を本当に必要とし、かつそれに頼っていると思います。

なるほど。音楽について書き始めた時、他ジャンルについて書くことがあったとしても「ジャズ専門家」の立場から書いていたのでしょうか、それとも特にジャズ専門とせずにジャズ以外の音楽についても幅広く書いていたのでしょうか?

NC:ジャズ批評専門でしたね。というのも、そこは正直言って……私が働いてきた組織のどこでも、ロックやポップのクリティックはすでに存在していたので(苦笑)。

(笑)あなた自身のニッチを見つけたわけですね。

NC:そうです。だから私は「ジャズの人」だった。それは『Philadelphia City Paper』でも、ニューヨークに移ってから書き始めた『The Village Voice』紙でもそうでした。けれども『The New York Times』紙で働き始めたところで、そこに素敵な広がりが訪れました。あれは2005年のことで、2017年まで同紙で執筆しましたが、『NYT』にはじつに素晴らしい伝統があるんです。というのも、同紙では「ポップ批評家(ポップ・クリティックス)」と呼ばれる面々が数人いるだけで、それはつまり、また独自の領域を備えている「クラシック音楽批評家」とは別物である、と。当時の『NYT』ポップ批評主幹で、現在もその役職にあるジョン・パレーレス、彼には本当に──前任のジョン・ロックウェルやその他の面々と同様に、「我々は何でも取り上げ、書く」という感覚があった。ただし、クラシック音楽は総じて除いて。クラシック界には分離主義が存在しますからね。けれどもジョン・パレーレスは本当に……あらゆる類いの音楽に通じていて、信頼できる意見を持たなければならない、その意味で我々の規範だったというか。その意識はベン・ラトリフにも引き継がれましたし、私がポップ批評チームに加わったときも、その恩恵に浴せたわけです。ですから本当に楽しかったし、素晴らしい経験を積めました。もちろん主にジャズについて書いていましたが、それ以外のあらゆるジャンルも網羅させてもらった。ジェイ・Zのコンサート評も書いたし、ビヨンセのレヴューも書き、カントリーやフォーク・ミュージックについて書いたこともあり……という具合で、もう何でもあり。あれは本当に素晴らしい経験でした。で、現在も他ジャンルの音楽について書きますが、ジャズはやはり、私にとってのホームベースですね。

批評家の果たす役割で最も興味深い部分は、関連づけですね。物事を文脈に据えた上で、その歴史的な繫がりや社会・政治的な次元を解説すること。

あなたが影響を受けた批評家や思想家、書籍などについて教えてください。

NC:そうですね、ジャズ関連の文献で最初に読んだもののひとつと言えば、やはりレコードのライナーノーツですよね? で、そこから書籍に進んでいく、という。ですから先ほども名前の出たナット・ヘントフやアイラ・ギトラーのライナーノーツの数々は、私にとって最初の影響の一部でしょう。でも、アクティヴな影響と言えば、私がジャズについて書き始めたのは90年代半ば頃のことで──ですから部分的にはその時間軸のせいで、やはりギャリー・ギディンス以上に大きな存在はいませんでした。彼は『Village Voice』でじつに素晴らしい仕事をしていましたし、私がニューヨークに移ったちょうどその頃に、彼の『Visions of Jazz: the First Century』(1998)も出版された。実際、私が『Voice』で書き始めた頃、ギャリーはもう『Voice』から引退していましたが、彼をランチに誘ったことがあるんです。あれは本当に素敵なランチでしたし、彼は非常に励ましてくれて、だからこう、「松明を受け取った」フィーリングを感じて最高でした。で、ギャリーのおかげで……彼はじつに鋭いリスナーであり、ジャズの歴史家で、本当に優れたライターでもある。ですから彼は、つねに尊敬してきた存在です。
 でも、それに続いて受けたまた別の影響として──私がこの仕事を始めたのは、アカデミックな世界でのジャズ研究が本当に盛んになり始めた時期とも重なっていました。ですので、学者によるとても興味深い論文を読めるようになったのも、本当に役に立ったと思います。ブレント・へイズ・エドワーズ、ファラー・ジャズミン・グリフィンといった面々はもちろんですし……ダフニー・A・ブルックスみたいな人もいますね。彼女はジャズについてはあまり書きませんが、書かせると本当に素晴らしい。だからそういった学術研究も、ジャズにとって非常にプラスになってきたと思います。そして、インターネットによる民主化のおかげで我々はいまや、じつに多くのミュージシャンの文章も読める。しかも彼らは、非常に筆が立つ。というわけで私は「自分もこの大規模な対話の一部だ」という感覚が大好きです。とても活気のある時期ですし、たとえ──ジャーナリズムの経済モデルは非常に困難になっていても、優れたアイデアがたくさん存在しています。

あなたが考える批評の役割について教えてください。2019年の『Jerry Jazz Musician』誌のインタヴュー(https://www.jerryjazzmusician.com/interview-with-nate-chinen-author-of-playing-changes-jazz-for-the-new-century/)では「私の仕事内容は “gatekeeper” から “guide” に変わった」とおっしゃっていましたね。

NC:そこは、テクノロジーと多く関わっていると思います。そして、我々が音楽およびジャーナリズムと結ぶ関係性とも。というのも我々の世代は予算の都合で、たとえば「ひと月に買えるアルバムは2、3枚」という時期があったのを憶えているわけですよね(苦笑)? レコード店に行き、視聴用ヘッドフォンをかけてアルバムを少し聴いてみて購入するか決める、という。で、あの頃の批評家は何でも聴ける立場にいたわけで、だからこそ何らかの方向性を示してもらうために、彼らの専門家としての意見が我々にも本当に必要だった。「誰それの新作が出たけど、買うべきか? 批評家の意見はあんまり良くないから、今回はスルーしよう」みたいな感じで。ですから本当に、かつては「ゲートキーパー(門番)としての批評家」という感覚があったんですね。つまり、そこには消費者ガイド的な側面があった。
 そして現在という時代において、我々は制約がほぼゼロに近い形で音楽を聴くことができる。好みのストリーミング・サーヴィスを使えば、わざわざ購入するまでもなく、とりあえず作品を「聞く」ことはできるわけです。となると、「では批評家の有用性とは何か?」という話になりますし、一部のリスナーやミュージシャンの中には「もはや我々に批評家は必要ない」という意見もありますが、私はその意見には大いに反対です。いかなるアート形態も、堅固で力強い批評を本当に必要とし、かつそれに頼っていると思います。批評家の果たす役割というのは、「これを買え/あれは買うな」「これは良い/あれは良くない」云々の作品の価値判断だけではありません。というか実際、その面は批評家の仕事の中で最もつまらない部分だと私は思います。最も興味深い部分は、関連づけですね。物事を文脈に据えた上で、その歴史的な繫がりや社会・政治的な次元を解説することによって……ですから、聴き手はもちろん好きなものを何でも聴けますが、もしかしたら、私にはより良く聴くことのお手伝いをできるかもしれない。あるいは、あなたが作品をよりディープに聴く助けになるかもしれません。というわけで、批評の役割はより不定形というか……ある意味、過去に較べて威力や影響力は劣るでしょう。ただし、もっとフレンドリーではありますよね(笑)?

はい。

NC:で、思うにそれは、門戸を開けて機会を生み出したんじゃないでしょうか。で、私はそのチャレンジを大いに歓迎しました。ですから──そうですね、こういう言い方をしましょう。私は確かに、『NYT』で執筆した12年ほどの時間をエンジョイしました。自分の言いたいことはほぼ何でも、きっと誰かに読んでもらえるのがわかっている、そういう確固としたプラットフォームを持てるのは良いものですからね(笑)。けれども私はある意味、そういうプラットフォームの支えを取っ払っても、誰かが書き、発言することにはそれ自体で説得力を持つ必要があるという考え方を歓迎したというか。それは結びつきを生み出さなくてはいけないんです。ですから、私からすればそれはとにかく、批評をやっている我々誰もにとって初心に返らせてくれるよすが、動機というんでしょうかね。あの炎を、音楽に対する情熱を持ち込まなくてはならない、みたいな。で、幸いなことにそれは、私にはごく自然に感じられるものだった(笑)。ですからその面は試練ではありませんでした。それでも、音楽ジャーナリスト/批評家、そしてミュージシャンにとっても、経済モデルが非常に厳しいのは確かです。

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ものすごく魅了されたんです。カマシ・ワシントンはなぜこんなに人気があるんだろう? 一体何が起きたのか? なぜジャズ文化は、彼のような人物の出現をこんなにも待ちわびるようになったのか? と。

ここからは『変わりゆくものを奏でる(Playing Changes)』について聞かせてください。第1章はカマシ・ワシントンの話から綴られています。そこにはカマシが21世紀のジャズを代表する「救世主」だから、というだけではない理由があると思います。なぜ、カマシ・ワシントンから始めることにしたのでしょうか?

NC:はい、あれには間違いなく根拠があります。ただし、ひとつ指摘しておきたいんですが、序章はセシル・マクロリン・サルヴァントの話で始まるんですけどね(笑)!

(笑)確かに。

NC:でも実際……あの本をどう始めればいいか、かなり迷って苦労しました。どうしてかというと、本で掘り下げたいアイデアが何かは承知していたんです。つまり、「我々はいかにしてこの現在地点に至ったか」──今日におけるジャズの理解へと繫がった、その状況・土壌はどんなものだったか、について。そして、我々とジャズ史およびジャズ文化との関係の進化をたどりたかったですし、ウィントン・マルサリスと彼の掲げたジャズに関するイデオロギーの盛り上がりについても書きたいことがありました。ところが苦戦した点は、21世紀のジャズについてのお話を、一気に1970~80年代まで遡ってスタートさせたくはないというジレンマで。それでは話があべこべでわかりにくくなるな、と感じました。
 というわけで、「さて、どうしたものか?」とさんざん迷いました。そんなところに、カマシが「結びつきを生む」という意味で素晴らしいチャンスを提示してくれたわけです。というのも、私があの本を執筆していた時期、2016年に、彼の台頭ぶりは爆発的で、誰の目にも明らかでしたから。そうは言いつつ、私は彼に関してはまだ若干の懐疑心がありましたし、ジャズ界における最も進んだテナー・サクソフォン奏者だとは思っていなかった。ですから彼は、「これこそ、いまのジャズにおける最も重要な『声』です」と、私自身が推薦するような人ではなかったということです。ところが、ものすごく魅了されたんです──「なぜ、『彼』なんだろう?」と。彼はなぜこんなに人気があるんだろう? 一体何が起きたのか? なぜジャズ文化は、彼のような人物の出現をこんなにも待ちわびるようになったのか? と。


「カマシ・ワシントンの登場が歴史的な瞬間だったことは否定しようがない」
photo by Vincent Haycock

なるほど。

NC:そこから、私はウィントンのことを考えるようになりました。というのも、メディアの心酔ぶりといい、一般層での人気といい……実際、突如として誰もがその人のことを知るようになったわけですよね? ですから私は、このふたりの人物はある意味よく似ているが、ただしその在り方はとても違う、ということに気づいた。アーティストとしては、まったく別の人たちですからね。そこからこのアイデア、誰かがヒーローあるいは救世主として台頭していくときというのは、まさしく、そのカルチャーが特定の価値を求めてどよめいているからだ、という発想に繫がりました。それが、「1980年代初期にウィントンが登場したとき、ジャズはリスペクトを得ようと本当に必死だった。そして2010年代半ばにカマシが登場した時点までに、すでにリスペクトを獲得していたジャズが求めていたのは今日性だった」という、私の概念化へと発展していったわけです。その変化が、私にふたつの存在を関連づけさせてくれた。あるジャズ・ミュージシャンが一種のポピュラー・アイコンとなった、そんな驚異的なカマシの物語があり、一方で、その1、2世代前にもそれと同じことをやった人物がいた。そして両者のストーリーはこんなふうに結びついています、と述べたわけです。そうして私にとって一種、あの第1章は、主流文化──アメリカ文化とグローバル文化の双方──におけるジャズの足場は不安定で変動的なものである、というアイデアを探究する試みになっていきました。ですからあの章は、解かなくてはいけないパズルでしたね。
 で、あの章の終わりで、私がカマシに対していくらかの疑念を呈しているのは読めばわかると思います。それでも、いまでも思っています──これは可笑しいんですが、あの章を書いていたとき、NBAファイナルを観ていたんです。あのシーズンは本当に素晴らしくて、マイアミ・ヒートとクリーヴランド・キャヴァリアーズ戦もあり、レブロン・ジェームズがキャヴァリアーズをチャンピオンシップにまで率いて、ステフ(ステフィン)・カリーも活躍し、とにかくすごかった。で、試合を観ながら、「これは歴史的な場面な気がする」と考えていた。そこで気づきましたね、音楽的であれ何であれ、彼がどれだけ後世に残る貢献を果たしたかという意味でミュージシャン/アーティストとしてのカマシをどう見るにしても、彼の登場が歴史的な瞬間だったことは否定しようがない、と。彼の、そして『The Epic』の出現によって起きたことは、じつに驚異的です。ですから、私もそういうふうに考えるようになったんです。それは動かしがたい事実であり、実際に起きたことだったし、自分はそれを記録しているんだ、と。

リポーターとしての初仕事は、ニューアークのアミリ・バラカの自宅訪問だったんですよ。

『Playing Changes』というタイトルに込めた意味について教えてください。ジャズ用語がもとになっていますが、その背景にはリロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)の「The Changing Same」も考慮されていると感じました。

NC:その通りです。特に、うち1章のタイトル(※第9章/Changing Sames)は、あのエッセイへのトリビュートになっています。で……先ほど、私がどんなふうに批評の世界に入っていったかの話がありましたが、これは純粋に偶然だったとはいえ、『Philadelphia City Paper』でのリポーターとしての初仕事は、ニューアークのアミリ・バラカの自宅訪問だったんですよ。というのも、私がプロフィール記事を書いていたミュージシャンがたまたま同地でギグをやることになっていて。そんなわけで私はそのミュージシャンと共に車で向かい、ニュージャージー・ターンパイクを越え、バラカ宅に着き、アミリ・バラカに対面した、と。それが、自分にとってのリポーターとしての初仕事でした(笑)。

(笑)いきなり、重い任務ですね。

NC:(苦笑)。彼の著作は、私にとってずっと、非常に大きな意味を持ってきました。彼はじつに重要な詩人であり、クリティックでしたからね。ともあれ──この本のタイトルをどうしようかと考えていたとき、真っ先に浮かんだのは「ジャズ」という単語を含めたくなかった、という思いです。「ジャズ」を含めるとしても副題だな、と。色々な含みのあるタイトルにしたかった。そんなわけで、「この本のテーマは何だろう?」と考えていたときに頭に浮かんだのは「進化(evolution)」、「推移(transition)」といった言葉で、それを端的に言い表す言葉といえばやはり「change」ですよね。つまり、ジャズは変化したし、それに対する我々の考え方も、人々の演奏の仕方も変化してきた、と。それにもちろん、質問にあったように、ミュージシャンは音楽のコード構造や和音面での輪郭をなぞっていく際に「play changes」という用語を使います。そんなわけで、そのアイデアがひらめいたとき、「これだ!」と思いました。ずばりそれとは言わずに、ほのめかすタイトルだな、と。

第11章「The Crossroads」では、ジャズのグローバル化/グローカル化、自らの伝統をたどり直すミュージシャンの試みについて詳述されています。アメリカでも自らのルーツを探求することで作品を制作するミュージシャンが増えている印象がありますが、こうした動向は近年、どのような意味を持っていると思いますか?

NC:ひとつ言えるのは、そうした動向は非常に個人的(individual)なものだ、ということに気づかされた点です。とあるカルチャーからやって来たアーティストの何人かは、それらの要素を自らのジャズの実践に組み込むことにとても強く駆り立てられている。また一方で、そこにまったく頓着しない連中もいるわけです(苦笑)。その点は、自分にはとても興味深い。ですからあの章は最終的に、ふたつの勢力についての物語になっているんですね。ひとつは、現代のジャズにおける多文化的な次元からの影響。もうひとつは、ジャズのグローバル規模での伝達。つまり、これまであまりジャズ文化が確立してこなかった、そういった地への伝播についてですね。

本の例で言えば、中国がそれに当たりますね。

NC:はい。で、これはたまにヨーロッパのミュージシャンやフェスティヴァルのプロモーター、批評家から寄せられる意見なんですが、「あなたはこの本の中で、ヨーロッパのジャズについてあまり言及していませんね」と。

ああ、なるほど。

NC:それは日本のジャズについても同じだと思います。ですがその理由は単純で、なぜなら私はこの本で、証言者になりたかったからです。だから自分が感じたのは、「ヨーロッパにおけるジャズの歴史はもう、本当に巨大だな!」と。歴史のスパンという意味でも50~60年以上にわたりますし、ですから自分のようにアメリカ東海岸の視点から眺める人間にはかなわないくらい、はるかに深く理解している人々が他にいるだろう、と。

(笑)謙遜なさらず。

NC:いや、でも本当ですよ。日本におけるジャズの物語についても、同じように思いました。というのも日本では本当に驚くくらい、昔からジャズは大いに受け入れられてきました。カルチャーもしっかり存在しているし、だから自分がそこに入り込んで「わかったようなふりをする」のは、返ってあだになるだろうと思った。書くとしたら、とても長い時間がかかるでしょう。ですが、いつか、やってみたいと思っているんですけどね(笑)。本当にぜひ、やってみたい。
ですが、本で触れた中国のジャズ・シーンについては──まず、北京を訪問する機会が訪れたのがありましたし、実際、あの地のジャズはまだ発展中のストーリーなんですね。ですから私にも、「ジャズがある地に根付き、発展していくこんな例があります」と自信を持って伝えることができる、そういう手応えがありました。で、現地で中国ジャズの第1~第2世代のミュージシャンたちの話を聞くことができましたし、あれはとても魅力的なチャンスでした。でも、もしもリソースと時間があったら、それ以外の地域もぜひ深く探ってみたいです。ぜひやってみたいですし、もしかしたら今後の本でやれるかもしれません。

※後編は近日公開予定。

Shintaro Sakamoto - ele-king

 もうご存じのことと思われますが、LIVEフィルム作品「坂本慎太郎LIVE2022@キャバレー·ニュー白馬」、Netflixにて5月1日より配信されことが決定した。監督は、ピエール瀧をフィーチャーした大ヒット作「地面師たち」を手がけた大根仁。16mmを使っての気合いの撮影だったようです。期間限定なので見逃さないようにね。

 2022年、坂本慎太郎は4thアルバム「物語のように」を発表し、全国リリースツアー「LIVE2022 LIKE A FABLE TOUR」を行いました。ツアー全日程発表後、特にSNS等で話題になっていたのが、12月5日(月)熊本県八代市キャバレー・ニュー白馬での公演でした。日本に現存する希少なキャバレーであり、地元出身の八代亜紀を生んだ場所としても知られるキャバレー・ニュー白馬。
 この特別な夜を記録するために映像ディレクター・大根仁が、スタッフ総勢30名を引き連れ、16mmフィルムカメラ6台での撮影を決行。結果まるでタイムスリップしたかのような現役キャバレー会場の雰囲気と観客、演奏をフィルムの質感で見事に記録した貴重なライブ映像が完成しました。国外でも評価の高い坂本慎太郎の初LIVE映像作品になります。 


坂本慎太郎LIVE2022@キャバレー·ニュー白馬
(英題: Shintaro Sakamoto LIVE2022@CABARET NEW HAKUBA )

出演: 坂本慎太郎、AYA、菅沼雄太、西内徹 
監督: 大根仁 
2025年5月1日(木)Netflixにて配信開始。 
*期間限定での配信になります。 


坂本慎太郎
1989年、ロックバンド、ゆらゆら帝国のボーカル&ギターとして活動を始める。
2010年バンド解散後、2011年に自身のレーベル“zelone records”にてソロ活動をスタート。
2017年、ドイツのケルンでライブ活動を再開。2022年、4thソロアルバム「物語のように (Like A Fable)」を発表。
2024年、2度目のUSツアー、インドネシア、タイ、韓国、台湾など、国内外でLIVE公演を展開している。
2025年、7月に行われるFRF’25に出演。
また、様々なアーティストへの楽曲提供、アートワーク提供他、活動は多岐に渡る。 
HP: https://linktr.ee/shintarosakamoto_official

大根仁
テレビドラマ「モテキ」「まほろ駅前番外地」「エルピス–希望、あるいは災い–」や、映画・MV・CMを手掛ける映像ディレクター。
2010年、ゆらゆら帝国ライブDVD「YURAYURATEIKOKU2009.04.26LIVE@日比谷野外大音楽堂」をディレクション。
2011年、劇場版『モテキ』で映画監督デビュー。その他の映画作品に『バクマン。』『SCOOP!』『SUNNY 強い気持ち・強い愛』など。
2012年、『モテキ』で第35回日本アカデミー賞話題賞 作品部門
2016年、『バクマン。』で第39回日本アカデミー賞優秀監督賞
2022年、「エルピス–希望、あるいは災い–」で第60回ギャラクシー賞テレビ部門 大賞を受賞。
監督・脚本を手がけたNetflixシリーズ「地面師たち」が世界独占配信中。

HP: http://www.crescendo.co.jp/creators/one.html

Colloboh - ele-king

 2作のEPをリリースしたのみながら、Beach Houseのサポート・アクトやSuzanne Cianiとの共演ライヴを果たすなど注目を集める逸材Colloboh。Leaving Records所属の彼の初の日本ツアーがこのGWにはじまる。
 CIRCUS Tokyo公演ではハイ・エナジーなアップビート・セットでDaisuke Tanabe、Sakura Tsurutaと共演、落合のSoup公演ではアンビエント寄りのセットでYosi Horikawa、Albino Soundと共演する。
 また、新宿のWPÜ SHINJUKUと京都のAce Hotel内のPIOPIKOでDJセットも披露。こうご期待。

COLLOBOH JAPAN TOUR 2025

5/2 (Fri) @CIRCUS TOKYO (LIVE: UPBEAT SET)
w/ Daisuke Tanabe, Sakura Tsuruta
5/3 (Sat) @WPÜ SHINJUKU (DJ SET)
5/4 (Sun) @OCHIAI SOUP (LIVE: AMBIENT SET)
w/ Yosi Horikawa, Albino Sound
5/5 (Mon) @KYOTO PIOPIKO (DJ SET)


Colloboh

 ナイジェリアで生まれ、メリーランド州ボルチモアを経て現在はLAを拠点に活動するエクスペリメンタル・プロデューサー/コンポーザーで、過去数年間、ジャンルを超えたモジュラー・シンセの妙技を培ってきた。独学でシンセシスを学んだCollobohのDIYレコーディング日記(Instagramにアーカイブされている)は、すぐに熱心なオンライン・フォロワーを集め、最終的にLeaving Recordsの創設者Matthewdavidの目に留まった。彼はすぐに当時26歳だったCollobohを、Leavingの月例ショーケース「Listen to Music Outside In The Daylight Under a Tree」でのパフォーマンスに起用。そして2021年、Collobohはボルチモアからロサンゼルスに移住し、フルタイムで音楽に専念し、すぐにこの街の活気あるエクスペリメンタル・シーンに定着した。同年リリースしたデビューEP『Entity Relation』がIDM〜エレクトロニカ的な要素も垣間見せるクラブ・ビートに真っ向から取り組んだのに対し、2023年のセカンドEP『Saana Sahel』では、新進気鋭の作曲家の野望の広さを示す作品となった。EPのタイトル「Saana Sahel」は、Collobohの純粋な想像力の地、つまり緑豊かな海岸線と広大な砂漠に広がる手つかずのユートピアを指している。荘厳な「Acid Sunrise」(フィリップ・グラスを想起させる)で始まるこのEPは、この地域の多様な環境とムードをマッピングする一種の地図帳のような役割を果たしている。そして実に多彩で、この6曲には、恍惚としたジャズのフリークアウト、サンバのシャッフル、神秘的なゲスト・オーカル、そしてドビュッシーやガブリエル・フォーレの挿入が散りばめられた実に幅広いサウンドをみせている。
 EPを2作リリースしたのみながら、Beach Houseのサポート・アクトやSuzanne Cianiとの共演ライヴを果たすなど、注目の逸材。
https://www.instagram.com/colloboh/

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka - ele-king

 アンビエント作家、畠山地平とジャズ・ドラマー、石若駿による共作『Magnificent Little Dudues』は昨年の注目すべきコラボレーションのひとつだった。「Vol.1」と「Vol.2」に分けられて発表されていた、その「Vol.2」のほうがついにフィジカル化される。CDは4月23日、LPは5月7日に発売。また、4月24日には新宿ピットインでリリース記念ライヴが開催、特別ゲストとして角銅真実も出演するという。これは駆けつけるしかない。

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka
Magnificent Little Dudues Vol.2

フィジカル・アルバム発売決定!

アンビエント/ドローン・ミュージシャンChihei Hatakeyama(畠山地平)とジャズ・ドラマーの石若駿とのコラボレーション・アルバムの第二弾『Magnificent Little Dudes Vol.2』のフィジカルCD/LPがついに発売される。リリース翌日となる4月24日(木)には新宿ピットインにて"リリース記念Live"の開催も決定した。

昨年10月にデジタルのみで先行リリースとなった『Magnificent Little Dudes Vol.2』。4月23日(水)にCDが、5月7日(水)にLPが、いずれもボーナス・コンテンツとして3曲のリミックスを追加収録してリリースされる。また、そのリミックス3曲を収録したデジタルEP『Magnificent Little Dudes (The Remixes)』も4月25日(金)に配信リリースとなる。

今回、リミックスを手がけたChihei Hatakeyamaから次のコメントが届いた。
「元々のミックスはレコーディング現場の雰囲気を強く再現したものだった。それはとても良かった。レコーディングから時間が経過すると、他の可能性に気付く時がある。今回もある日違うミックスを作ったら面白いんじゃないかと思った。以前はドローン・サウンドの海に沈んだドラムという感じだったが、今回はより空間を作り、音と音の間の空気感を大事にした」。

なお、4月24日(木)の新宿ピットイン公演会場では来場者限定に一足先に『Magnificent Little Dudes Vol.2』のLPを販売するので、ぜひお見逃しなく!

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka(畠山地平&石若駿)
Magnificent Little Dudes Vol.2(マグニィフィセント・リトル・デューズ・ヴォリューム 2)
発売日:CD:4/23(水) / LP:5/7(水)
レーベル:Gearbox Records
品番:CD: GB1595CD / 2LP (140g盤): GB1595
※日本特別仕様盤特典:日本先行発売、帯付き

<トラックリスト>
(CD)
1. M3 (feat. Cecilia Bignall)
2. M2
3. M5
4. M6
5. M1_Space Age Mix
6. M4 (feat. Hatis Noit)_Future Days Mix
7. M3 (feat. Cecilia Bignall)_Unreliable Angel Mix

(LP)
Side-A
1. M3 (feat. Cecilia Bignall)
2. M1_Space Age Mix

Side-B
2. M2
3. M4 (feat. Hatis Noit)_Future Days Mix

Side-C
1. M5

Side-D
1. M6
2. M3 (feat. Cecilia Bignall)_Unreliable Angel Mix

<クレジット>
Chihei Hatakeyama: electric guitar and sound effects
Shun Ishiwaka: drums and percussion, piano on ‘M6’
Cecilia Bignall: Cello on ‘M3’
Hatis Noit: voice on ‘M4_Future Days Mix’

Composed by Chihei Hatakeyama and Shun Ishiwaka
‘M3’ composed by Chihei Hatakeyama, Shun Ishiwaka and Cecilia Bignall
‘M4_Future Days Mix' Composed by Chihei Hatakeyama, Shun Ishiwaka and Hatis Noit

Produced by Darrel Sheinman

Recorded at Aobadai Studio
Engineered by Masato Hara

‘M3’, ‘M2’, ‘M5’ mixed by Caspar Sutton-Jones
‘M6’, ‘M1_Space Age Mix’, ‘M4_Future Days Mix’, ‘M3_Unreliable Angel Mix’ mixed by Chihei Hatakeyama
Mastered by Caspar Sutton-Jones

EP『Magnificent Little Dudes (The Remixes)』4/25(金)配信スタート!
<トラックリスト>
1. M1_Space Age Mix
2. M4 (feat. Hatis Noit)_Future Days Mix
3. M3 (feat. Cecilia Bignall)_Unreliable Angel Mix
https://bfan.link/magniificent-little-dudes

アルバム『Magnificent Little Dudes Vol.2』配信中!
https://bfan.link/magnificent-little-dudes-volume-02


●ライヴ情報

『Magnificent Little Dudes vol.2』 リリース記念Live
2025年4月24日(木)
Open19:00 / Start19:30
前売り:¥3,850税込 ¥3,500+税(1DRINK付)
当日:¥4,400税込 ¥4,000+税(1DRINK付)
出演:畠山地平(G)石若 駿(Ds)スペシャルゲスト:角銅真実
http://pit-inn.com/artist_live_info/250424hatake/

※『Magnificent Little Dudes Vol.2』のLPを会場にて先行販売予定!!
Magnificent Little Dudues Vol.1発売中!

<トラックリスト>
(CD)
1. M0
2. M1.1
3. M1.2
4. M4 (feat. Hatis Noit)
5. M7

(LP)
Side-A

1. M0

Side-B

1. M1.1

Side-C
1. M1.2

Side-D
1. M4 (feat. Hatis Noit)
2. M7

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka(畠山地平&石若駿)
Magnificent Little Dudes Vol.1(マグニィフィセント・リトル・デューズ・ヴォリューム 1)
発売日:発売中!
レーベル:Gearbox Records
品番:CD: GB1594CD / 2LP: GB1594

※日本特別仕様盤特典:日本先行発売、帯付き

『Magnificent Little Dudes Vol.1』配信中:
https://bfan.link/magnificent-little-dudes-volume-01


バイオグラフィー

<Chihei Hatakeyama / 畠山地平>

Photo Credit: Makoto Ebi

2006年に前衛音楽専門レーベルとして定評のあるアメリカのより、ファースト・アルバムをリリース。以後、オーストラリア、ルクセンブルク、イギリス、日本など、国内外のレーベルから現在にいたるまで多数の作品を発表している。デジタルとアナログの機材を駆使したサウンドが構築する、美しいアンビエント・ドローン作品を特徴としており、主に海外での人気が高く、Spotifyの2017年「海外で最も再生された国内アーティスト」ではトップ10にランクインした。2021年4月、イギリス

<Shun Ishiwaka / 石若駿>

Photo Credit: Makoto Ebi

1992年北海道生まれ。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校打楽器専攻を経て、同大学を卒業。卒業時にアカンサス音楽賞、同声会賞を受賞。2006年、日野皓正special quintetのメンバーとして札幌にてライヴを行なう。2012年、アニメ『坂道のアポロン』 の川渕千太郎役ドラム演奏、モーションを担当。2015年には初のリーダー作となるアルバム「Cleanup」を発表した。また同世代の仲間である小西遼、小田朋美らとCRCK/LCKSも結成。さらに2016年からは「うた」をテーマにしたプロジェクト「Songbook」も始動させている。近年はゲスト・ミュージシャンとしても評価が高く、くるりやKID FRESINOなど幅広いジャンルの作品やライヴに参加している。2019年には新たなプロジェクトAnswer To Rememberをスタートさせた。2023年公開の劇場アニメ『BLUE GIANT』では、登場人物の玉田俊二が作中で担当するドラムパートの実演奏を手がけた。2024年5月、日本を代表するアンビエント/ドローン·ミュージシャン、畠山地平とのコラボレーション作品『Magnificent Little Dudes Vol.1』をリリース。その後同作のVol.2も発売した。

interview with Black Country, New Road - ele-king

 クラシック音楽の教育を受けた者たちが、そのアイディアやスキルを援用してロックという音楽の枠組みを拡張すること。すなわち現代においてジェネシスやヴァン・ダー・グラフ・ジェネレイターのような「プログレッシヴ・ロック」を更新せんと果敢に挑戦する者たち、それこそがブラック・カントリー・ニュー・ロードである──さんざん使いまわされた「ポスト・パンク」なる形容を再召喚するよりも、そう整理したほうがBCNRの音楽はより多くのリスナーのもとへと、あるいは本来届くべきリスナーたちのもとへと羽ばたくことができるのではないか……これまで編集部ではたびたびそんな話が浮上していた。当人たちにそんな意識はまったくないようだが、彼らの3年ぶりのスタジオ・アルバム『Forever Howlong』も、そうした議論を裏づけるような意欲作に仕上がっている。
 プログ・ロック的感覚はチェンバロの音色が意表をつく冒頭 “Besties” やつづく “The Big Spin” など、おもにアルバム前半によくにじみ出ているが、制作中メンバーたちはシンガー・ソングライターものをよく聴いていたというチャーリー・ウェイン(ドラムス)の発言どおり、ヴォーカルを聴かせるタイプの曲が居並ぶアルバム後半にも、どこかオペラのような雰囲気は引き継がれている。
 ヴォーカルを務めるのがタイラー・ハイド(ギター)、ジョージア・エラリー(ヴァイオリン/マンドリン)、メイ・カーショウ(キーボード)の女性3人になった点は大きな変化だろう。その布石は、バンド創設メンバーのアイザック・ウッド脱退後に制作され、従来の彼らのイメージを刷新したライヴ盤『Live At Bush Hall』ですでに打たれていたわけだけれど、今回、同作で披露された曲たちがいっさい収録されていない点はじつに彼ららしい。とことん新曲にこだわること。とにかく前へと進むのがBCNRのやり方なのだ。
 今回もまた一歩、新たな領域へと踏み出したブラック・カントリー・ニュー・ロードから、ウェインとエラリーのふたりが取材に応じてくれた。12月の来日公演ではどんなパフォーマンスを披露してくれるのか、はやくも楽しみでならない。

わたしたちの日常がそのままアートに反映されていると思う。3人のメンバーそれぞれが歌詞を書いているから、視点も少しずつ違う。(ジョージア・エラリー)


向かって左から、ルーク・マーク(ギター)、タイラー・ハイド(ヴォーカル/ギター)、ルイス・エヴァンス(サックス/フルート/クラリネット)、メイ・カーショウ(ヴォーカル/ハープシコード/ピアノ)、そして今回取材に応じてくれたふたり、チャーリー・ウェイン(ドラムス)とジョージア・エラリー(ヴォーカル/マンドリン/ヴァイオリン)

2023年のライヴ盤『Live At Bush Hall』リリース以降、メンバーみなさんはそれぞれどのように過ごされていましたか? ツアーが多かったですか?

ジョージア・エラリー(Georgia Ellery、以下GE):長期間ツアーをしていたし、フェスティヴァルの出演もたくさんあった。とても楽しかった。それから新作の作曲もして、それをライヴで披露したりもした。その後は、このアルバムのレコーディングのために、自宅を3週間離れてみんなと一緒にいた。それも素敵な時間だった。

いま振り返ってみて2023年のライヴ盤『Live At Bush Hall』は、BCNR史においてどんな位置づけのアルバムだったと思いますか?

チャーリー・ウェイン(Charlie Wayne、以下CW):どう言えばいいのか難しいけど、たぶんあのときの自分たちをそのまま表してる作品だと思う。全体的にはちょっと奇妙な妥協の産物みたいなところもあったけど、それでもちゃんと意味があって、いい形でハマっていた感じがする。あの時期の自分たちを映したものっていうか。完全に意図されたクリエイティヴな作品っていうよりは、あの頃のバンドの姿をしっかり記録したドキュメントって感じかな。でも音楽的にもおもしろいところがいっぱいあるし、サウンドもおもしろい、聴き応えがある。こうやって形に残せてよかったって思う。

その2023年のライヴ盤ではいっさい過去の曲をやりませんでしたが、今回の新作『Forever Howlong』もそのライヴ盤で演奏されていた曲は収録されていません。過去を振り返らないことはあなたたちにとって、なぜ重要なのでしょうか。

GE:過去の作品を振り返って演奏するのは大事なことだと思う。でも、自分たちにとっても新鮮でワクワクするものにしたい。『Bush Hall』は短い期間でつくったとはいえ、本当に一生懸命取り組んだし、ツアーもたくさんやった。だから、スタジオに入ってもう一回同じ曲を録り直すのは、正直あまり楽しそうじゃないと思ってしまって(笑)。やっぱり楽しむことが大事で、曲をつくること、新しい音楽を生み出すことこそが、自分たちの得意なことだし、いちばん楽しいことだと思う。だから自然と新しい曲づくりに向かっちゃうんだと思う。

今回タイラー・ハイド、ジョージア・エラリー、メイ・カーショウの女性3氏がソングライティングとリード・ヴォーカルを担当することになったのは、昔ほどではないでしょうが、まだ残っているロックの男性中心主義への反発ですか?

GE:別にそういう意図があったわけじゃなくて、たんなる偶然だよ。今回はルイス(・エヴァンス/サックスやフルートを担当)が歌わないって決めたから、そういう形になっただけ。でも、もちろん業界にはそういうことがあるのは認識しているよ。

編集長からの質問ですが、優れた大衆音楽は往々にしてつくり手の人生を反映したものだといえます。もしそうだとして、あなたがたの音楽にはあなたがたのどんな人生が反映されていると思いますか?

CW:おもしろい質問だね。この質問はジョージアが答えた方がいいのかもしれない。

GE:そうね、歌詞はすごくわかりやすい例かな。わたしたちの日常がそのままアートに反映されていると思う。3人のメンバーそれぞれが歌詞を書いているから、視点も少しずつ違う。このアルバムでは、普段の生活のちょっとした出来事が音楽に落とし込まれていると思う。あとは、普段の生活ではなかなか言葉にしづらいような、すごく個人的な感情とかも詰まってるし。ロンドンやイギリスにいるという環境も、やっぱり無意識のうちに影響しているんじゃないかな。意識してるつもりはなくても、自然とそうなってる部分も多い気がする。

CW:そうだね、音楽的にも、長い間一緒に演奏してきたメンバーの関係性がそのまま反映されている気がする。このアルバムが進化して、前作と違うという点も、結局はそういう流れのなかで自然に起こったものなんだと思う。時間が経てば、新しいことに興味を持つし、それぞれが少しずつ変化しながらも同じグループの一員として音楽をつくりつづける。そういう、グループのなかにおける自分自身の変化を見つけたり、それを音楽として表現することが大事なのかもしれない。これまでやってきたこととつながりを感じつつも、自分たちにとって新鮮で楽しいものをつくることが、結局いちばん大切なんじゃないかって思う。

“Besties” はジョージア・エラリーさんがヴォーカルを務めるBCNRの初めての曲です。この曲をアルバムの冒頭に置いたのも、期待を裏切るため?

GE:そうだね、ちょっと変わった選択だったからこそ、最初に持ってくるのはおもしろいかなと思った。ハープシコードのイントロがあって、それがアルバムのイントロみたいな役割を果たしてる感じがあるし、エネルギッシュにはじまるのもカッコいいなって思って。それに、そこから一気にノイズの壁が押し寄せる流れもいいなって。誰が言い出したのかは覚えてないけど、曲ができた時点で「これ、最初に持ってきたらいいんじゃない?」っていう話になっていたと思う。

出だしがチェンバロ(ハープシコード)で不意を突かれました。このアイディアはどんな経緯で生まれてきたのでしょう?

CW:最初はバンド・メンバー全員で一緒に演奏していたんだ。メイ(・カーショウ/キーボード担当)が作曲に使っているキーボードはいろんな音色を設定できるんだよ。それで、半分冗談、でも半分は本気みたいな感じで、ハープシコードの音を使うという、スタイル上の決断をしてみた。ぼくたちはよくそんなふうに作曲をしているんだよ。それでメイがハープシコードの音を弾いたら、それがみんなの琴線に触れたというか、ハハハ。アルバムの冒頭としても、ちょっと変わってておもしろい選択だったし。実際、他の曲でも似たようなことを取り入れてるんだよ。

メンバーの多くは60〜70年代のシンガー・ソングライター系の音楽に興味があったと思う。例えば……なんだろう、ヴァン・ダイク・パークスとか、ランディ・ニューマンとかジョニ・ミッチェルとか。(チャーリー・ウェイン)

(エラリーさんに)BCNRでヴォーカルを務めるときは、ジョックストラップで歌うときと違いはありますか? 意識の差はありますか?

GE:エフェクトの効果を探求することが少なかったり、そのエフェクトの背後に自分があまり隠れられないことかな。それに、自分がBCNRの曲を書くときって、バンドのことを考えながら書いている。どんな楽器が使えるかとか、このメンバーはこういうパートやスタイルが好きそうだなとか、そういうのを意識しながらつくってる。そういう枠組のなかで制作するのもけっこう楽しいしね。

ちなみに前回の来日公演でもエラリーさんがヴォーカルを務める曲が披露されていましたが、それはまたべつの曲でしょうか? 覚えていますか?

GE:たぶんそうだと思う。“(Two) Horses” だったかな? “Goodbye” かな?

CW:“Goodbye” をちゃんとやる前だったと思う。

GE:じゃあ “(Two) Horse” だね。

CW:大阪で演奏ミスしたんだよね、あのとき。ちゃんと演奏したのはたぶん1回目か2回目だった気がする。

GE:あ、そうだ演奏が速くなっちゃって……でもテンポ戻したよね?

CW:ああ、戻ったよ。なんとか立て直したし。でもあのときはほんとに焦った!

通訳:お客さんはたぶん誰も気づいていなかったと思いますよ。

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クラシック的な要素ってけっこうクールだとわたしは思っていて。ある種のツールなんだと思う。それを必要に応じて自由に扱うことができるのなら、障害にはならない。(エラリー)

今回のアルバムを制作する過程で、メンバーがよく聴いていた音楽を教えてください。

CW:ぼくたちはいつでもいろいろな音楽を聴いているから、これまでつくってきた音楽もかなり幅広いものになっていると思う。それがバンドのおもしろさでもあるし、多少の共通点はあるけど、めちゃくちゃ被ってるわけでもないっていうか。メンバーの多くは60〜70年代のシンガー・ソングライター系の音楽に興味があったと思う。例えば……なんだろう、ヴァン・ダイク・パークスとか、ランディ・ニューマンとかジョニ・ミッチェルとか。でも同時に、ジョアンナ・ニューサムフィオナ・アップルみたいな現代のアーティストや、ウィルコみたいな90年代のオルタナ系の音楽もたくさん聴いていたね。

クラシック音楽の教育を受けたみなさんがポピュラー・ミュージックをやるときの苦労にはどのようなものがありますか?

GE:そうね、コードとか音を詰め込みすぎちゃうことはあるかも(笑)。でも、個人的には、それって結局ツールみたいなもので、使いたいときに使えばいいし、逆にぜんぶ忘れて直感をベースに作曲するのもアリだと思う。でもクラシック的な要素ってけっこうクールだとわたしは思っていて。特に “Besties” ではメイがリードする曲だから、クラシックっぽい雰囲気にしたかった。そういうのを彼女が好きなことを知っているから。そういう要素を入れることで、このバンドの新しい一面を出せるのもおもしろいし。だから結局、クラシック的なものもある種のツールなんだと思う。そのツールを必要に応じて自由に扱うことができるのなら、それは障害にはならないと思う。

今回の新作をつくるにあたり、あらかじめコンセプトやテーマのようなものはあったのでしょうか。

CW:いや、そういうのはなかったと思う。曲同士のつながりって、時間が経つにつれてだんだんはっきりしてきた感じがする。メンバーのソングライティングにそのつながりが反映されたりしていたから。今回のアルバムの歌詞は、ぼくが書いたものじゃないから、そこにかんしては深くコメントできない。でも、内部の人間でありながら少し外側から見てるような立場として、時間が経つにつれて曲のつながりがクリアになってきた。何かひとつの大きなコンセプトが全体をまとめているわけじゃなくても、自然とまとまりが生まれるっていうのはクールだと思うし、おもしろいと思う。3人の違う視点からつくられたものを、ひとつのアルバムとしてまとめるのは、なかなか難しいことだったけど、それ自体が曲づくりの一部としておもしろい要素になったんじゃないかな。結局のところ、このアルバムの全体的なテーマって、3人の視点の違いがひとつの 「世界」 をどうつくり上げるかってことなのかもしれない。そして、それはある意味包括的なものだと思う。つまり、世界をどう見ているかということ。みんな世界の見方がちょっとずつ違うけど、それぞれが微妙に重なり合ってる。人生って、そういうふうに、大きなことも小さなことも含めて、誰もがそれぞれの視点から見ると、少しずつ異なるものになる。でも、人の人生は多くの方法で隣接もしている。そんな意味で人生とは、自分にとっても、他者にとっても、不明瞭で魅力的なものであり、ぼくたちはそれを自分に、そして他者に、ミニマルな方法やマキシマムな方法を使って説明しようとする。

プロデューサーがジェイムズ・フォードになった経緯を教えてください。

GE:ジェイムズ・フォードにプロデュースをお願いしたいね、とは前々からバンドで話していたんだけど、結局のところ、スタジオ入りする直前になって彼にお願いしようという話になった。そのときに、彼がパレスチナ支援のイベントでBCNRのライヴを観に来てくれて、そのときに意気投合した。わたしたちの音楽も気に入ってくれたみたいで、その後リハーサルにも来てくれた。その時点では、もう彼にプロデュースの依頼をしていたんだけど、結果的に最高の判断だったと思う。彼はほんとうに素晴らしくて、すべてをうまくまとめてくれたし、なにをどうすればいいか完璧に把握してた。時間管理もすごくうまくて、すごく楽しくて、スムーズな作業だったよ。しかも刺激を与えてくれる人だったし。わたしたちはみんな彼がアークティック・モンキーズとやっていた仕事が大好きだから、正直ちょっとミーハーな気分だった(笑)。彼にアルバムのことなどについていろいろ聞くことができて、夢みたいだった。ほんとうに安心して任せられたし、彼にお願いしてよかったって心から思ってる。

今回の収録曲でいちばん制作に苦労した曲はなんでしたか? また、どういう点でそうでしたか?

CW:たぶん “For The Cold Country” だったと思う。すごく苦戦した曲のひとつだったのは間違いないね。なんかしっくりこなくて、完成するまでに2年近くかかったんだ。どんなふうに流れるべきなのか、ずっとはっきりしなくて……。結局、自分としては、「ここで何か貢献しなきゃ」と思うのではなく、むしろ一歩、下がってみることが必要だと思った。スタジオに入るまで、あまり納得のいくものになっていなかったんだけど、そこでパートごとに音の空間をつくったり、曲をまとめるための別の要素を加えたりすることで、やっと形になった感じ。ライヴでもすごくクールな雰囲気になる曲だし、最終的にはいい仕上がりになったと思うけど、作曲中は本当に難しくて……。数年後にやっとスタジオでレコーディングすることができた時は達成感を感じたね。

通訳:ジョージアさんも同じ意見ですか?

GE:あの曲はたしかに大変だった。“Forever Howlong” も大変だったけど(笑)。

CW:そうだったね。

GE:“Forever Howlong” ではリコーダーを演奏したから。みんなで同時に吹くとなると、音を合わせるのがすごく大変だった。でも曲の構成にかんしては “For The Cold Country” には苦労した。曲を発展させる選択肢がたくさんありすぎたというのも理由のひとつだと思うけど?

CW:たしかにそうだね。

つまり、世界をどう見ているかということ。みんな世界の見方がちょっとずつ違うけど、それぞれが微妙に重なり合ってる。(ウェイン)

昨年ブラック・ミディ解散したことは、2010年代末から2020年代初頭にかけて盛り上がったUKインディ・ロックの、ひとつの転機のように思います。ここ数年のBCNRがメンバー構成や作風を変えたことも、それとリンクしているかもしれません。現在のUKのインディ・ロックの状況についてどのように見ていますか?

CW:イギリスのインディ・ロックは、正直言ってかなり順調だと思うよ。ブラック・ミディの解散にかんしては、解散したことを嘆くより、あんなバンドが存在していたことを喜ぶべきだと思う。彼らの音楽は、ファンにもぼくたちミュージシャンにもすごく影響を与えたし、彼らは、ぼくたちが若い頃に仲よくなった素晴らしい友だちでもある。当時のぼくたちは、音楽シーンというのがどんなものかを模索していた。バンドとして活動するのがどういうことか、またプロとしてやるのはどういうことかも含めて。だから、もちろんブラック・ミディが終わってしまったのは悲しいけど、音楽自体は素晴らしかったと思うし、メンバーは各自で音楽活動をつづけている。べつにだれかが死んだとか、音楽ができなくなったわけでもなくて、みんな音楽をつくりつづけているし、それが新しくておもしろい。ブラック・ミディとしての創造的な部分が尽きたのかもしれないけど、どんなことにも終わりはあるし、みんな自分たちのやりたいことをやりにいったんだと思う。だから、イギリスの音楽シーンは、全体的に順調に進んでると思う。新しいバンドは必ず出てくるし、新鮮なものはおもしろいからね。もしもうすでにブレイクしたバンドに頼りすぎてるなら、それは危ない兆しなのかもしれない。音楽シーンはそういう意味で冷酷なところがあるからね。BCNRはいまやってることも昔と同じくらいおもしろいと思うし、UKシーンにおいても新しい音楽はつねにいろいろなところから生まれつづけて、今後もきっとおもしろくなる。

GE:チャーリーが話したように、若いアーティストが次々と出てきてシーンが再生する感じ (rejuvenation)や、アーティストの入れ替わり立ち替わりが激しい感じは、イギリスの音楽シーン、とくにロンドンのシーンの魅力であり特徴であるかもしれない。もしかしたら、ロンドンならではのものかもしれないけど、そういう点が新鮮でワクワクさせてくれるし、ポジティヴな要素だと思う。

最後に、新作を聴くリスナーにメッセージをお願いします。

GE:みなさんがアルバムを楽しんでくれたら嬉しいです。じわじわとよさがわかってくる音楽だから一回以上聴いてね(笑)! わたしたちはすごく頑張ってこのアルバムを完成させました。ようやくこの世に送り出すことができて、みなさんに聴いてもらうことができてとても嬉しいです!

CW:今度日本に行ったときにみなさんにお会いできるのを楽しみにしています! ミュージシャンとして、日本はいつも最高の場所のひとつだと思うからです。いままでも、これからも応援してくれてありがとう。感謝しています!

通訳:質問は以上です。お時間をいただき、ありがとうございました!

GE&CW:ありがとう! またねー!

※ブラック・カントリー・ニュー・ロードの来日公演情報はこちらから。

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