やけのはら SUNNY NEW LIFE felicity/SPACE SHOWER MUSIC |
太陽、新しい、リラックス、幸せ、未来、夢、光、希望、大切なこと......言っておくけど、これは啓発本ではない。やけのはらの2年半ぶりのセカンド・アルバム『SUNNY NEW LIFE』から聴こえる言葉だ。CDのケースには、明るいリゾート地のような写真がデザインされている。ジャケには青空が見える。
やけのはらは、ゼロ年代、さまよえる世代の代弁者として登場した。小洒落たリゾート・ミュージックとは、ある意味真逆の存在で、ささやかな、汚れた日常をロマンティックに描こうとするリリシストだ。彼の初期のレパートリー、"Summer Never Ends"(SFPのリミックス)、"Rollin' Rollin' "(七尾旅人との共作)、"DAY DREAMING"(BUSHMINDとの共作)、あるいは"GOOD MORNING BABY"といった曲は、空しい日々の、しかし小さく甘い、そして美しい物語だった。結果、2010年の真夏にリリースされた彼の『ディス・ナイト・イズ・スティル・ヤング』は、派手な宣伝もないのに関わらず、多くの人たちに聴かれることになった。
地下より野外、夜より朝、冬より夏を、やけのはらは、好んでいる。猥雑俗悪なものより潔癖な表現を選ぶ。そのように僕には見える。『SUNNY NEW LIFE』は、それに輪をかけてドリーミーなサウンドに特徴を持つ。曲によっては、トロピカルなムードさえある。近年稀に見る脱力感もあるし、そうした軽やかさが『SUNNY NEW LIFE』の魅力だが、口当たりの良い言葉ばかりが並んでいるわけではない。春の日差しのようにうららかで、温かい音楽の背後にあるやけのはらの「思い」をお届けしよう。
僕が自分で作っててこういうのはヘンかもしれないですけど、ポジティヴに無理矢理なろうとか、ポジティヴにしていこうよみたいなこととか、強迫観念的に、狂ってるぐらい前向きになろうということを言い方を換えて言ってるような気がしますね(笑)。
■ジェフ・ミルズのときに久しぶりに会ったんだよね。
やけのはら:あー、はいはい。ていうか、ジェフ・ミルズが音楽を担当した、麿赤児さんの大駱駝艦の公演ですよね。それから次の日にも何かで野田さんに会ったんですよ。
■寺尾沙穂さんのライヴじゃない?
やけ:そうです、そうです。
■ジェフ・ミルズのときに行って、「あれ、やけのはらに似てるひとがいるなー」と思って。あまりにも似てるなーと。そしたら本人だった(笑)。
やけ:あれは、友だちが劇に出てたから。
■「何でここにいるの?」って。
やけ:野田さんはおかしくないですよね、ジェフ・ミルズだから。僕はジェフ・ミルズだから行ったんじゃなくて、友だちが出るのに興味があるから行ったんですけど。
■しかも2日連続で会ったからね。びっくりしたよね。ずっと会ってなかったから。実際、前のアルバムから今回のアルバムまで長い年月が経ったんだけれど。
やけ:そんな、そこまでは(笑)。10年とかじゃないんで(笑)。えっと、前が夏なんで2年半。
■2年半かぁ......。そうだよね。なんか、『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』の頃がすごく昔に思えない?
やけ:それは僕もあります。いろんなひとたちにとっても3.11があったんで、やっぱりそれ前後っていう考えがあるんだろうし。自分のなかでも、同じ世界の同じ時間のつながりのなかですけど、そのときの雰囲気というか感情ってまた違うものとしてあるイメージがありますね。
■今回の『SUNNY NEW LIFE』は、『THIS NIGHT~』を出した後から考えられていたものなの?
やけ:考えてました。なんていうか、ラッパーとしてガツガツとアルバムを出していこうって感じじゃないんですけど、『THIS NIGHT~』で自分なりのラップ・アルバムを1枚作れて、やっと作り方がわかったというか、いちおうできるってなって。ただ、早く作れるタイプでもないので、そのうちできればいいやっていうのだと、5年か10年かわからないけど、なかなかできないだろうなっていうのもあったし。
もともとの気持ちとしても、DJのほうが自分の性格には向いてると思っていて、そういうのは自分のライフ・ワークとしてずっとできるかもしれないし。でも声出してラップして、っていうことはいろんな状況や自分の体力とか気持ちとかにしろ、できるタイミングにできるだけやりたいなっていうのもあったので。気持ち的にはすぐ作りたいぐらいの感じで思ってたというか、最初は「2011年に出します」って言ってましたね。
そこに震災があって、いろんな面でドタバタしたりっていうのがあって、作業も止まるわっていうか、2011年は早かったっていうか。思うようにできず。まあ、なんやかんやで多少時間経ったなっていうか。イヴェントにはいろいろ出たのはあるんですけど。そんななかで2年半経ちましたが、気持ち的には早く出したいっていうのはありましたね。
■サンダルはいつやめたの?
やけ:30歳ぐらいじゃないですか。大人になったんじゃないですか。
■あれはやめようと思ってやめたの?
やけ:うーん、覚えてないですけど、なんですかねえ。ある日、「この靴キレイだしいいなー」と思って、わらしべ長者的に。靴をいっぺん履き出すと、現代人は恐ろしいもので、もう靴のない生活には戻れないですよ。
■なんで(笑)?
やけ:いやいやいやいや、ちょっともうそういうのは。
■逆に、あの頃ってなんでつねサンダル履きだったの?
やけ:よくわかんないです。ラクだったんじゃないですか?
■最初会ったときのインパクトっていうのがサンダルに集約されているところがあって。だって、真冬に、横浜から渋谷までサンダル履いたまま来てラップするひとって、それまで知らなかったからね。
やけ:そういう感じで書いてましたよね。そのときに「スポーツシューズではなく、サンダルを履く彼の......」っていう風に書かれていたのを覚えています。
■やけのはらと言えば、冬でもサンダルっていうイメージだったのにね。
やけ:そこまでいくと極端じゃないですか(笑)?
■上はダウン着ているのに、足がサンダルというね(笑)。でも、今回のアルバムもそういう意味では、変わらないというか、やけのはららしいなっていう風には思ったけど。もちろん変化はあるけど、「彼ならこういうときこういうこと言うだろうな」っていう。
やけ:そう言ってもらえるのは嬉しいですね。
[[SplitPage]]だからこの曲は、自分の思うドリーミー・ミュージックの好きな音をぜんぶ集めて。これは頭でけっこう作って、コーラス、ウクレレ、かわいいシンセとか、ハープの音とか。自分の好きなドリーミー・ミュージックで、こういうのが入ってるのが好きだなっていう要素を箇条書きにしていって、ぜんぶ集めたんですよ。
やけのはら SUNNY NEW LIFE felicity/SPACE SHOWER MUSIC |
■それにしても最初のアルバムは完成まで時間がかかったね。
やけ:大きな問題は、ライヴを当時はまだできなかったことですね。DJをバックにラップするっていうのがなんか、まずしっくり来なかったっていうか。それがドリアンくんに出会って、キーボードとだったら1DJ1MCぐらいの人数で、音楽的にもイヴェントとしても自分にとってやりやすかったし、自分なりのライヴができるって。それが、すごく大きいですね。モチベーションとかいろんな意味とかでも。そのことに気がつくのが、すごい遅いんですけど(笑)。
で、いまはライヴができる楽しさがあって。DJも楽しいんですけど、それとはまた別の、新しい曲を作りたいとかアルバムを作りたいとか意欲が湧いてく来るというか......、自分が好きなレーベルで、楽しくコミュニケーションしながらできているので、普通に次のアルバムを作りたいなと思いました。僕が野田さんにはじめて会ったときから6年ぐらい経ちますよね。そのとき僕にはライヴの手段がなかったから。
■DJしかやってなかったもんね。
やけ:ライヴがない状態で、日々の仕事っていうとヘンですけど、DJとかリミックスとか日々の時間でやることもいろいろあるなかで、なんか行くアテのないラップ曲を10曲作るとかってなかなか難しかったというか、機会があるときしかできないというか。
■温かい作風だとは思うんだけど、今回のアルバムには、他方では、やけちゃんの問題提起や主張がより際立っているようにも感じたのね。その辺をひとつひとつ話していければなっていう風に思ってます。
やけ:こういう感じがもともとの自分の素っていうか。いまの感じが素に近いっていうのは、僕も思ってる し。野田さんは最初から俺のサンダルを気にしてるようなひとだったから。サンダル感はこのアルバムとは違うかもしれないけど(笑)。物質に対する考え方とか世のなかの情報とか、物事に対する僕の感覚みたいなものをサンダルってタームで野田さんが捉えてくれたんだと解釈して(笑)、そういうのはこっちのほうが入ったりしてるっていうか、そういうのを僕らしいって言ってくれたのなら、自分もそうだと思う。
■もう、とにかく、何とか、ある種の前向きさみたいなものを打ち出したいわけでしょう?
やけ:そうですね。ぜんぶそうですけどね。
■思春期な感じを残しつつ。
やけ:思春期? あー、そこはちょっと違います。言ってる意味はわかるんですけど。たしかに、ファーストのときは青春を意図的に入れてますが、このアルバムではそういうところを排除したつもりなんですよね。大人になっていくっていうことが裏テーマだったので。
■でも大人になってもYOUNGでいたいっていうのじゃないの?
やけ:いや、このアルバムに関しては、なんだろう、大人を受け入れるみたいなものが裏テーマなんですよ。
■今回のアルバムっていうのはさ、結果的には、すごくポジティヴな雰囲気を前に出しているじゃない?
やけ:うーん、僕が自分で作っててこういうのはヘンかもしれないですけど、ポジティヴに無理矢理なろうとか、ポジティヴにしていこうよみたいなこととか、強迫観念的 に、狂ってるぐらい前向きになろうということを言い方を換えて言ってるような気がしますね(笑)。
今回は、新しさとか生活とか、統一したテーマで作りました。そして、「年を取っていく」とか「暮らしていく」とか、「大人になる」......。「暮らしていく」っていうのは時間が経過していくから当然年を取るわけで。そこが裏テーマだったんですけど、それは誰にも指摘されてないですね。「大人になりましょう」っていうのを言ってるんです。
■それにしても、何故、ここまでムキになって前向きさを打ち出したの?
やけ:やっぱり震災は大きかったですし、震災だけじゃなくて原発だったり、そういう3.11で起こったこと以外の経済や、それによって気にするようになった社会のシステムだ ったりとか。たとえば僕がもともと感じていた資本主義社会やグローバリゼーションに対する違和感みたいなものが、よりいっそう気になったり。さらには自分が知っている範囲よりも広い、社会や世界の構造だったり。
で、世界の構造を生む、貨幣の制度に対する個人ひとりひとりの気持ち。たとえばそんなに紙幣をいっぱい集める満足感を、市民はそこまで憎しみ合いながらも得る必要があるのか、とか。物質なんかにしても、そういうものが本当に必要なのか、とか。自分にもともとあった、ダサイ言葉だけど(笑)、消費社会に対する距離感や違和感みたいなものが、よりいっそう震災を経た社会や世界では自分が知りたいと思ったりとか。
で、よりいっそう違和感であったり、豊かさの形だったり、何に喜ぶべき??「べき」っていうのもおかしいんですけど、たとえばこういうものを得てこういう暮らしをするのが幸せだっていうことに対 して、ひとりひとりの多様性がもっとあっていいんじゃないか、とか。
そういう意味で、「新しさ」は、自分に対して言ってるっていうのもあるし、リスナーのきっかけになってくれたら嬉しいみたいな意図もあるし。なんですかね......あれ、僕、何言おうとしてたんだっけ(笑)?
■(笑)今回が明るいアルバムになった理由は3.11にあるっていう話かな。
やけ:そう、それで社会のシステムがその前に戻ろうみたいになっているけど、変えようよっていう。何が本当に必要でどういうものを美しいと思うかなんかを、もう一度ちゃんと捉え直したりしようと。みんなが思わされている世界の認識も、デッサンし直して新しいのにしようと。そういう意味での「新しい」。戻るんじゃなくて、流れをリセットしたほうがいいんじゃないかって。リセットっていうか、新しい発想。たとえば音楽産業なんかで言っても、「あの時代のああいうのに戻ろう」とかそういうことよりも、新しい形を模索しようって。
■「90年代をもう一度」ではなくて......。
やけ:社会には意外とそういうムードがある気がするんですよね。3.11を経ても。
■いまは、むしろ「明るくなれ」って言うほうが難しいことだと思うのね。
やけ:「SUNNY」っていうのは「明るくなれ」って感じでもないんですけど......、なんだろうなあ。
■『SUNNY NEW LIFE』っていうのはさ、言葉としては空振りしかねないというか。世のなかの絶望感に対して、もっと希望を持とうと言ってるわけでしょう?
やけ:まあそうですね。
■イチかバチか、でも言ってみるか、みたいな感じなの?
やけ:そんなでもなかったですけどね。だって"RELAXIN'"とかも「リラックスしていこうよ」だから。
■「リラックスしろ」なんて言われたらさ、「ふざけるな」って怒るひともいるかもしれないじゃない?
やけ:いやいやだから、わざとリラックスしようって言ってるんです。
■ははははは。
やけ:みんながリラックスしてたら言わないですから。そういうムードじゃないから、リラックスしようって言ってるわけです。あとなんか、ギスギスした空気感よりは、抜けた軽やかなものにしたい。
■ギスギスした空気感っていうのはどこから感じるの?
やけ:いろいろですね。僕が愛する文化も落ち込んできてるし......。それがどんどんコンビニエンスになってたり、文化的なものっていうものが利便性や消費のなかでどんどん求められなくなっているというか、切り捨てられていっているように感じますけどね。
■"JUSTICE against JUSTICE"という曲には憤りがあるんだけど、これは何についての曲?
やけ:これは去年の12月の選挙のときに書いたもので、まあ石原慎太郎ですね、はっきり言うと。尖閣問題。
マチズモみたいなこととか男性性・女性性とかもいろいろ気になっていた時期で。戦争だったり、あらゆるとこにも通じると思いますし、だからべつに石原だけのことじゃないけど。もうひとつ言うならアメリカ。近年のアメリカ、というかアメリカの侵略の歴史、アメリカ人的なマッチョな発想だったり支配の歴史だったり。アメリカのこともちょっと考えてたかな、9.11とか。なんだっけ「次々と作る敵」とかは、アメリカがいろんなところを次々と侵略したり、大義名分を作って侵略するみたいなイメージで。
これはガンジーの言葉の引用ですけど、「目には目を歯には歯をってことをしてると、ぜんぶなくなってしまうよ」と。人類の知恵は科学で核兵器を作れるんだから、このまま戦い合っていても取り返しがつかないことになっちゃうんじゃないかなって。日本人でももちろん、99.9パーセントのひとたちが戦争反対って言うと思いますよ。だけど、「中国人ってアレだよね」とか言っちゃうひともいたりとか。北朝鮮は気持ち悪いって言ったりとか。北朝鮮にいつ攻撃されるかわからないんだったら、「そこはもうやっちゃいましょうよ」みたいな、とか。そういう空気って普通にあるような気がして。
■アルバムではこういう、ある意味では、すごく際立った言い方、前向きさもふくめて単刀直入に言ってるよね。
やけ:それはだから、大人になってきたり??。良くも悪くも年を取ってきて、それを受け入れるっていうのが裏テーマなんですけど。30超えた大人で、3.11で社会と日本が大変なことになってるなかで、やっぱり考えざるを得 ないですよね、それは。そういう社会構造だったり、いろんなことを。クラブとかDJとか、そういうみんなが楽しむ物事に関わることとしても。
[[SplitPage]]激しいキックであったりとか、派手なシンセ、エッジの強い音っていうのは受け付けなくなってて。アンビエントみたいなものとか、ドリーミーなものとか、ラウンジーなものをすごく聴きたい気分だったっていうのもありますね。
やけのはら SUNNY NEW LIFE felicity/SPACE SHOWER MUSIC |
■いまでもクラブDJやってる?
やけ:基本的に、もちろん。
■どれくらいやってるの?
やけ:ここ3、4ヶ月はアルバム制作でほとんど入れてなかったですけど、基本的にけっこうやってますね。性格的にもほんとはそっちのほうが合うんですけどね。元から世界に何かを伝えたいから音楽をやる、俺が声を出すって言うよりは、何かを作りたいっていう感じで音楽を作り出しただけなんで。単純に音楽を聴くのが好きで、自分が前に出たい欲求で音楽をやってるわけでもないので。だからDJっていう距離感であったりコミュニケーションの仕方っていうのは自分の性格に合ってるなと思いますけどね。
■そして、本人いわく大人になったという......
やけ:いや、なってないんですけど。その話をもっと言うと、ずっといつまでも子どもでいることがいいというか、大雑把に言うとアンチ・エイジングな風潮ってあるじゃないですか。ロリコン嗜好とか。そういうのに対するちょっとしたアンチがあるっていうか。なんか全体的に年を取ることがいけないみたいな風潮がある気がして。若いのがいい、みたいな。自分がファースト・アルバムで言いたかった「YOUNG」はそういうことでもないし。
■共感できるけど、でも、そういうのもいいなあと思うときもあるし、ダメだなと思うときもあるし(笑)。
やけ:でもそれはいいんじゃないですか。なんていうか、振る舞いですね。直接的な、服とかそういうことよりも、精神構造、世界認識とか、そこが誤解されたイヤな子どもっぽさみたいなものまでもアリみたいになっ ちゃってるような気がするというか。そういうのに対する対する違和感とか。大人っていうのも象徴的な概念ですけど、それがじつは裏テーマであったんですよね。
■去年やけちゃんと飲んだときに、1枚CDをくれたよね。『7泊8日』ってやつ。
やけ:あー、はい、友だちです。VIDEOTAPEMUSIC。僕も曲に参加してますね。それが出たぐらいのときで、たまたま持ってたんで。
■やけちゃんのアルバムにも似たような感覚があると思ったんだよね。コンセプトとしてはさ、虚構でもいいからユートピアみたいな感じがあるじゃない?
やけ:ユートピアというのはちょっと違うけど。
■やけのはらがディストピアを表現するとは思えないから。
やけ:それはそうですよ。自分のテーマはずっと「SUNNY」だし、内に行くエネルギーより外に行くエネルギーだし、ヴェルヴェッツよりビーチ・ボーイズなんですけど。なんだろうな、VIDEOTAPEMUSICの音楽はそこが良さですけど、フィクションじゃないですか。そういうところよりは、もうちょっ と地に足つけて、僕は本当の生活のことを言ってるんですけどね。
■ヴェルヴェット・アンダーグラウンドも生活のことを言ってると思うんだけど。
やけ:でもさっきの話で言うディストピア志向じゃないですか。僕のいちばん好きだったり、僕がやりたいことは、ヴェルヴェッツではなくてビーチ・ボーイズなんです。ビーチ・ボーイズのほうがファンタジーなんですけど。
■いまビーチ・ボーイズをやるっていうのは、どうなんだろうね。それ相応の気持ちが必要じゃない?
やけ:なるほど、そういう意味での空振りってことだ。
■何故ビーチ・ボーイズなの?
やけ:それはだから難しいですよ。それはたぶん、自分がいちばん最初に音楽を好きになったときから、音楽の聴き方でどういうとこ ろを聴いてたかっていうと、反抗とか興奮というよりも楽しくなりたいとかだったと思うんで。
■ヴェルヴェット・アンダーグラウンドもビーチ・ボーイズも両方好きっていう風にはならないんだ?
やけ:いや、音楽で言ったらヴェルヴェッツも好きですよ。だけど、自分の素でそういうトーンのアルバムには行かない。ジャケットが黒一色にはやっぱりならないっていうか。
■まあ、そりゃそうだよねえ。
やけ:いや、そりゃそうかはわかんないですよ。次のアルバムは意外とゴシックな感じで(笑)。
■わはははは。だったら、そもそも、やけのはらって名前が矛盾してるよね。
やけ:ビーチ・ボーイズみたいなものが好きなひとがいるとして、そういうのをいま風にやってますみたいなひととは、たぶんまた全然違います、それは。
■ワイルドサイドのビーチ・ボーイズ(笑)。
やけ:砂糖だけしか入ってないのは、やっぱヤなんですけど、ドリーミー・ミュージックっていうのは、ちょっとありました。磯部(涼)さんなんかは「けっこうエキゾだね」って言ってて、自分はラウンジ・ミュージックっていうのはもちろんあったけど、エキゾっていうのはまったくそういう認識を持っていなかったから、それは意外だったんですけど。自分のなかではラウンジ・ミュージック、ドリーミー・ミュージックっていうイメージっていうか。
■やっぱり『7泊8日』とも近いと言えるんだね?
やけ:元々好きなラインだし、友だちだし、会う前から彼は僕の音楽を聴いてくれてたり、音楽に求めているものが近かったんで、けっこうすぐ仲良くなって、今回のアルバムに参加してもらって、大事な役割を果たしてくれてますね。
ただ、僕としても、こういう音楽のトーンっていうのは昔から地で普通に好きだったっていうか。だから新機軸って言うよりは、逆にバック・トゥ・ベーシックっていうか。
これを作ってる2、3年はUSインディとかにも興味なくなったし、新譜で興味あるラインとかもほとんどなく、逆に世界や歴史のことなんかに興味があったり、音楽でも古いほうに遡ったり。新譜もまったく聴いてないわけではもちろんないですけど。
前のアルバムのほうが、そのときのトレンドなんかをちょっとぐらい取り入れようかなとか、そういうのがあったから、今回はもうちょっと素ですね。最後の最後になってトラップに興味持って、何曲かドラムがちょっとトラップ風なんですけど。かなり何でもないオールド・ミュージックだったり、自分の素で好きなトーンって感じ、かなあ。
■アルバムの冒頭は、ウクレレか何かを弾いてるの?
やけ:あれはただのサンプリングです。簡単なコード弾きのやつを、ちょっとピッチ変えて2コードにして。だからこの曲は、自分の思うドリーミー・ミュージックの好きな音をぜんぶ集めて。これは頭でけっこう作って、コーラス、ウクレレ、かわいいシンセとか、ハープの音とか。自分の好きなドリーミー・ミュージックで、こういうのが入ってるのが好きだなっていう要素を箇条書きにしていって、ぜんぶ集めたんですよ。
[[SplitPage]]つねに一貫してグッド・タイムは描きたい。人生にグッド・タイムしかないっていう嘘はつきたくないけど、グッド・タイムしか表現したくないっていうのはありますね。バッド・タイムの何かを曲にしたいっていうのはないし。
やけのはら SUNNY NEW LIFE felicity/SPACE SHOWER MUSIC |
■やけちゃんが言うラウンジ・ミュージックっていうのはどういうイメージ?
やけ:部屋で鳴ってて気持ちよくなるってことですかね。それ以上にも以下にも最終的には着地しないっていうか、あんまり意味性を持たせてもわからないし。
■具体的に言うとたとえばどんなの?
やけ:うーん、なんですかねえ。それこそ、アンド・ヒズ・オーケストラとか名前に入っているような古いものとか。ジェントル・ピープルの元ネタみたいなものとかですよね。やっぱりレコード世代なんで、古いよくわからないラウンジっていうか「その他」とか買ってましたね。だから音楽を聴いて高揚したいとかより、自分の中でもいろんな耳のチューニングはもちろんありますけど、たぶん音楽聴いて楽しくなりたいんじゃないですか、自分は。
僕、起きてから寝るまでずっと音楽聴いてるんですよ。気候とか自分の気持ちとかに合わせて、うちでひとりDJをずっとしてるんです。ひとによっては「聴くぞ」っていうときにだけヘッドフォンで聴いたりするじゃないですか。でも僕は、なんだろう、つねにぜんぶムード・ミュージックとして捉えてると言えば捉えてるっていうか。言葉が入っちゃってはいますけど、自分が昼に聴きたいトーンはこんな、っていうか。
■"HELTER-SKELTER"も曲名とは裏腹な......。
やけ:"HELTER-SKELTER"って「混乱してる」って意味ですよ。ジェット・コースター。
■のんびりしてるじゃん。
やけ:ああ、まあまあ。でもジェット・コースターの名前ですけど、元々の意味は「混乱してる」って意味ですよ、これは。これが震災のあとの曲ですよ。「どうしよう」っていう。
■でも、音楽がけっこうのどかに感じたんだよね。
やけ:いや、これ全然のどかじゃないですよ! いちばんリリカルな曲ですよ。感情がいちばん入ってるというか。もうだって、「このまま あのときのままではいられないよ」「この夢の続きは一体どんな風?/フキダシの中の言葉をなんにする?」ですよ。君は何を思うんだってことですよ。フキダシのなかの言葉っていうのは比喩で、漫画のひとの横にこうフキダシがあるみたいなイメージで、それに対して何を思うんだっていう。
こんな日々をどうやって受け入れるんだ、どう消化するんだ、それを「混乱している」、"HELTER-SKELTER"って言ってるんですよ。消化できないっていう。
■でも聴いた感じはまったくそういう風に思わなかったので、逆に言えばそれはやけのはらの狙い通りっていうことでもあるわけでしょう?
やけ:まあたしかにそうですね。この曲は、このアルバムのなかではヴェルヴェット・アンダーグラウンドみたいなアレンジでも成り立つような歌詞というか、意味の曲であるわけだから。ちなみに、もちろん沢尻エリカとは何の関係もないですってことは、書いといてください。
■とにかく、ドリーミーなものを心がけたっていうのはいい話だね。
やけ:心がけてもいるし、元々好きだし、気分的にもそういう......あ、震災の後にけっこう思ったことですね。それがさっきのマチズモとかインスタントなんかの話に繋がるんですけど、年齢もあるのかもしれないけど、激しいキックであったりとか、派手なシンセ、エッジの強い音っていうのは受け付けなくなってて。アンビエントみたいなものとか、ドリーミーなものとか、ラウンジーなものをすごく聴きたい気分だったっていうのもありますね。
とくに震災の後とかは、直接的にその後にやったリミックスはぜんぶノンビートにしちゃって。ほとんど低音入ってない曲とか。気分的にもそういうムードだったっていうのはありますね。まだこれ(アルバム)は、揺り戻しがあってビートをそれなりに入れたっていう。でもノンビートの曲もあるし、けっこう一時期のノリだと危なかったですね。声入ってるのに1曲ぐらいしかリズムがない、みたいな(笑)。
■おおー、それも聴きたかった。クラウド・ ラップみたいな(笑)。
やけ:いや、それだとさらに素なんで、そういうのはもっと年取ったときに取っときます。そこまで行っちゃうともう戻せないんで。
■最後から3番目の曲("BLOW IN THE WIND")でさ、「普通じゃないものにいまも夢中さ」ってあるけど、その「普通じゃないもの」って何のこと?
やけ:いや、それはだから難しいんですよね。わざと危ない言葉だからそのままで言ってるんですけど。多様性ってことですね。
■難しいことを言うねー。
やけ:いや、ぜんぶで一貫して言ってるんですけど、「小さな声をなかったことにするな」みたいなこととか、「はみ出る感情や生き方を楽しもうよ」とかだったり。自分が聴きたいのは誰かの代理ではなくて。まあこれも安易な言い方にまとまっちゃいますけど、誰かの思惑で決められた何かに流されるんじゃなくて、自分の好きなものを自分で決めたりとか。こういう言い方をするとカッコいい風に聞こえてしっくり来ないな。 うまく言えないけど、つねに一貫したテーマとしてあるというか。
たとえばその時代の大多数の感情や音楽がこうだからって言って作るんじゃなくて、そこからやっぱり零れ落ちるそのひとなりのエネルギーであったり形であったり、表現だったり。そういうのに対する愛着っていうのはすごくあるし、そういうのが聴きたい、したい。っていうのはあると思いますね。
■やけのはらって、家のなかで考えて作るって言うよりは出かけて行って作るようなイメージをずっと持っててさ。前作のときのPVでも、江ノ島の海辺でみんなで遊んでるのを使ったじゃない? イヤミったらしいぐらい楽しそうな映像をさ(笑)。
やけ:なんですか、「イヤミったらしいぐら楽しそう」って(笑)。パンチラインですね。言葉としてエッジが効いてた(笑)。でも、いまの気分だったらあんなことはできない。
■でも、「外に出よう」って感じはまだあるでしょう?
やけ:それはでも、実際のことでも観念的なことでも、もっと世界を知ろうってことは言ってるんですけど。最後の("where have you been all your life?")がまさにそういう曲ですよ。最後の曲のことがあんまり言及されないんだよなあ。
■いや、話がまだそこまで行ってないから(笑)。じゃあさ、アルバムの後半、"JUSTICE against JUSTICE"以降っていうのがさ、希望を見ようとしているよね?
やけ:それはでも、"D.A.I.S.Y."って曲ですかね。"BLOW IN THE
WIND"って曲は文化のことを歌ってるんですけど、これはむしろ寂しさを伴ってる感じがしますけどね。「普通じゃない」っていうのも、これは不毛さを愛していくってことで、だからこの曲は、そういう意味では意外とブルーなんですよね。
■なるほどね。まあメランコリックな曲でもあるからね。でもこの"D.A.I.S.Y."はさ、「やけのはら、どうしちゃったんだろう」ぐらいのさ、人生肯定感じゃない(笑)?
やけ:え、でもそんなこと言ったら"GOOD MORNING BABY"とかもそうじゃないですか! 曲名は、デ・ラ・ソウルの"デイジー・エイジ"が何かの言葉の頭文字になっていて、その法則を踏襲したというか。だから、"D.A.I.S.Y."は"DAYS AFTER INOSENT SWEET YEARS"の頭文字ってことにしたんですけど。だから、これもじつはブルーだからこそ、ですよ。
あと、"D.A.I.S.Y."って、いろんな意味がありますよね。『2001年宇宙の旅』でコンピュータが歌った"デイジー・ベル"っていうのは、はじめて電子合成のロボットが歌った曲だし。でも、映画だとあのコンピュータが最後に歌った曲なんですよね。それで壊れてなくなっちゃって。希望の象徴だったり、でもアンビヴァレントなブルーな匂いもするじゃないですか。『2001年宇宙の旅』での使われ方なんか。
■あるいは、ヒッピーというかフラワー・チルドレンというか。20世紀的な理想主義だよね。
やけ:そうですね。でも「デイジー」みたいなこととか、ヒッピー的なタームでそういう物事の象徴となってた時代、60年代、70年代のほうが未来に対しての希望みたいなものが、何て言うか、無邪気だった感じがあるじゃないですか。無邪気に本当に希望を信じていたような。僕はもちろん生まれてないんで、後から触れての印象ですけど、未来に対して希望があった時代の象徴って気がして。そういうのが気分にあったというか。
■それを敢えていま言ってみたかったっていう感じ?
やけ:いや、難しいっす。いろんな自分の知ってる情報やニュアンスのなかでしっくり来たっていうか。ニュアンスや感覚の捉え方の話なのでうまくは言えないですが。でも前のアルバムも音ができてないときからPVは"GOOD MORNING BABY"って決めてたし、このアルバムもじつは前からこの曲になるんだろうな、って1、2年前からそう思ってました。
■新しい恋をしたとか(笑)?
やけ:恋は関係ないです。ラヴ・ソングはできないっすよねえ。タイトルだけ"I LOVE YOU"って曲入れましたけど。観念的なラヴ・ソングだったらいいですけど、本当に女性との直接的なラヴ・ソングっていうのは人生で一度も作れたことがないかもしれないですね。そういうのはちょっと、今後のテーマに取っておいて。昔、野田さんが「やけちゃんはラヴ・ソングやったらいいよ」って言ってくれて、心のなかにはラヴ・ソングに対する想いはいろいろあって。
■やけのはらは場面の描写が好きだよね。なんか、男と女というよりも、もっとがやがやしている感じがする。
やけ:それは性格ってことになっちゃうと思うんですけど、つねに一貫してグッド・タイムは描きたい。人生にグッド・タイムしかないっていう嘘はつきたくないけど、グッド・タイムしか表現したくないって いうのはありますね。バッド・タイムの何かを曲にしたいっていうのはないし。
■これがやけのはら人気の秘密なんだよ(笑)。
やけ:いや、これが性格なんですよ。映画なんかでも、あんまり楽しくない映画とかイヤなんですよね。それはDJで培ったものがあるのかもしれないのと、自分も人間なんでそういうのがゼロとは言えないですけど、自己陶酔してるタイプのミュージシャンじゃないと思うので、例えば「苦労してるオレを見てもらう」みたいなことって発想としてないっていう。
■だからっていうか、"デイジー"は、今回のアルバムの象徴的な曲なわけだよね?
やけ:この曲は大事でしたね。ぜんぶの曲で同じことを言ってるとも言えますが、この曲では、ぜんぶまとめて言ってるってとこもあるので。結局ひと言でまとめると、「楽しく生きましょう」とかそういうことなんですけど(笑)。
[[SplitPage]]絶望っていうかまあ、音楽やりながらもどうしようってときに、夜中4時ぐらいに近所の公園でタバコ吸いながら「うーん、だいじょうぶかな、20年後ぐらいに野垂れ死んじゃうかなー」とか(笑)、けっこうマジメに思って泣きそうになったりとか。
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■やけのはらは、決して順風満帆にここまで来ているわけじゃないよね。
やけ:まず、ファースト・アルバムが30歳とかですからね。
■ある意味では苦労人というか。
やけ:まあ、生活的に貧しかった20代前半とかもありますが。ただ、べつに苦労って気はなかったですよ。苦労っていう実感はないですね。
■絶望を味わったことはあるわけでしょう?
やけ:わかんないです。そのころは、絶望っていうかまあ、音楽やりながらもどうしようってときに、午前4時ぐらいに近所の公園でタバコ吸いながら「うーん、だいじょうぶかな、20年後ぐらいに野垂れ死んじゃうかなー」とか(笑)、けっこうマジメに思って泣きそうになったりとか。
それはいまでもそうですけど、そういうところを何かに合わせてしまうんだったら、野垂れ死ぬわ、ぐらいの感じがやっぱりあったんで。けっこう現実面でそう思ったっていうか、笑い話じゃなくて、ガチで浮浪者みたいな生き方も視野に入れつつぐらいの感じっていうか。べつにいいです、もうなんか。それだったらもう死にます、野垂れ死にます、みたいな。
■説得力のある話だね。午前4時にさ、何もやることのない青春っていうのが良いよね。
やけ:何もやることがなかったわけではないけど(笑)。
■そういう未来の見えなさのなかで生まれた前向きさなわけだね。
やけ:それはそうだと思いますけどね。だから、いちおう知恵を練ったんじゃないですか。性格的に月から金の普通の仕事はできないと。CDとか出しつつも音楽はやってる。じゃあ音楽でもっと収入を上げようとか、DJやるにしろ何やるにしろ、もっと細かいところから積み重ねる、もっとこうして良くしていこう、楽しんでもらおう、とかだったり。ここをもっとこうできるようになって、音楽のクオリティを上げよう、とか。
■知り合った頃は、DJとしてはすでに人気あったからなあ。
やけ:DJはひとりでできたから。なんとなくやれてしまったというか。
同い年の旅人くんとかを見ると僕なんか全然遅いなと思いますよ。上京してきて18、19で音楽で身を立てるみたいな思いがあって。すごい偉いなと思いますよ。僕にはそういう気持ちがぼんやりしかなくて、性格もあるし、横浜っていう都内近郊が地元だったので、音楽はしたいけどガツガツとミュージシャンになるためにデモ・テープを送るとかそういうのもできずに。デモ・テープとか絶対送りたくないとか思ってたんで。誰かに出させてくれって言わせたい、自分からデモ・テープを送るなんてそういうことはダサいって思ってたんで。僕はそういうところで判断が遅くて、ボンヤリしてましたね。ファースト・アルバムが30歳ですからね。
■素晴らしいじゃない、それは(笑 )。
やけ:性格なんですよ。ひとつひとつのことを、こういうのがいいらしいって言われても、「ほんとっすか?」みたいな感じでつねに疑ってかかるタイプなんで(笑)。だからひとつひとつがすごい時間かかって。
■じゃあ、最後の曲("where have you been all your life?")について、なぜこの曲を最後にして、そしてどうしてこの曲が生まれたのかを。
やけ:うーん......まず直接的に言うとタイトルからできたんですけど。年上の友だちの結婚式で、引出物のトート・バッグに「where have you been all your life?」って書いてあって。なんかいい言葉だなと思って。オールディーズの曲名なんですが、なんかこの言葉が引っかかってて、そこから連想してできたというか。街を歩いているときにふっとフレーズが出てきて、あのタイトルで「あなたは何したいの」みたいなことを問いかけるっていうのが面白いかなと思って作ってた感じですね。
でもどっちだったかな、「your」か「my」かどっちか忘れたんですけど、英語で「やっと会えましたね」みたいな意味になるんですよね(註:「where have you been all my life?」で「どうして君ともっと早く巡り会わなかったの?」の意)。そこらへんが面白いな、と思って。だからいろんなことがあったり、世界や生活のなかで自分にしっくり来る楽しいことをやっていきましょう(笑)、それのために知恵を絞って街に出たり、いろんな世界と友だちになろう、街に出よう、そういう曲ですね。
■リスナーに呼びかけるっていうか、こういう直接的に語りかける曲っていうのも、俺久しぶりに聴いたような気がしたんだよなあ。
やけ:マジですか。まあ自分に言ってる的なところもあるんですけどね。なんかボンヤリしたりするじゃないですか、生きてるなかで。まわりから望まれていることと違ったりとかね、そういうこともありますし。自分がいちばんやりたいこと 、好きなこと、いちばん大事なひとを考えるとか、そういうのがいいんじゃないかって。暮らしっていう意味で見ても、物質面で見ても、いろいろなひとつの作法、もの。どこに住んで何をする、そうしたことひとつひとつもある種思想ですし、自分ももう一度しっくり来るものを見つけたいですし。みんな本来のしっくり来るものを見つけるのがいちばんいいんじゃないかと思うので。
それは前も言ったんですけど、答が出る前に「こういうのがしっくり来ますよねー」みたいな押し売りの波とかがやっぱりすごく多いような気がするので。生き方、場所、ものとか、いろんなことですけど。
音楽はしたいけどガツガツミュージシャンになるためにデモ・テープを送るとかそういうのもできずに。デモ・テープとか絶対送りたくないとか思ってたんで。誰かに出させてくれって言わせたい、自分からデモ・テープを送るなんてそういうことはダサいって思ってたんで。
やけのはら SUNNY NEW LIFE felicity/SPACE SHOWER MUSIC |
■今回さ、アルバムのジャケットにひとを載せなかったのはなんで?
やけ:うーん......具体的にひとを載せたくなかったわけではないですが、たとえばまた同じような感じで女のひとが載るっていうのは続編っぽくなるので絶対ヤだなっていうのはありつつ、まあ流れですね。信藤三雄さんの写真なんですが??〈トラットリア〉とかピチカート・ファイヴで信藤さんがやってたことっていうのは好きだったし。で、大人になって、〈トラットリア〉や信藤さんがやって来たことが当時よりも見えてきて。
そうしたら、僕の前のアルバムをなぜだか信藤さんが気に入ってくれてて。それでお会いする機会もあって、面識もできた流れもあって、今回のアルバムを作ったスタジオが信藤さんの事務所の近所で、スタジオに遊びに来てくださって。で、世間話のなかで見せてもらった信藤さんがiPhoneで撮った写真なんです よ。これはただの記録みたいな感じで信藤さんが撮った写真なんだけど、なんかピンと来て、写真をお借りして使わせてもらったっていう。
■どこにピンと来たの? 青空?
やけ:雰囲気です。ムードですね。
■これはどこなの?
やけ:沖縄です。
■沖縄なんだ。いいねぇ。やけちゃんは間違っても沖縄なんか住めないからね。
やけ:え、なんで?
■俺と同じように、東京で生きて東京で死のうぜ。
やけ;僕は意外とレイドバックしたところで死んでいくつもりです。
■どこで(笑)?
やけ:いや、わかんないですけど。
■そんな~、やけのはらのクセに。
やけ:いやでも、都市生活に対するアンビヴァレントな気持ちは感じ取れるんじゃないです か、このアルバムからは。
■はい、むちゃむちゃ感じ取れますね。じゃあ、そろそろ最後の質問にしたいんだけど。"SUNNY NEW DAYS"みたいな曲は、どういうときに作ったの?
やけ:これはアルバムの最後で、「もう作るぞ」と思って作ったっていうか。近所の公園で歌詞を書きました。
■シンプルな歌詞だけどさ、これはアルバムのコンセプトが固まってから?
やけ:完全にそうですね。ちなみに「新しいニュースペーパー」って言葉はSAKANAの曲から引用してるんですが。えーっと何て曲でしたっけ? ......、"ロンリーメロディ"。
■へえー、そうなんだ。
やけ:あの曲ほんっと最高ですよね。あの曲の歌詞はほんとにすごい。なんでしたっけ、「わたしの歩き方が遅すぎるのなら/どうぞ置いていってください」。その「歩き方が遅すぎるのなら、どうぞ置いていってください」っていうようなラインは、ほんと文明社会に対する違和感みたいなところもある曲なんですけど。あの曲はほんと素晴らしい。あの曲の影響はあるかも。あの曲とアルバムでやろうとしてたことの感じは近い。
■ああ、SAKANAとやけのはらの共通する感覚ってあるかもね。
やけ:厭世観みたいな意味で近いところはあると思いますよ。世界に希望を求めてるけど、じつはあんまり信じてない、みたいな。
■ああー、なるほどね、厭世観。都会のなかで暮らしながらの厭世観みたいな。
やけ:だから諸手挙げてキレイな世界、先へ進んでいこうみたいなカラっとした感じは実は全然なくて。だからこそ無理矢理そうしてるっていうか。
■(笑)たしかにブライアン・ウィルソンも、彼の複雑な人生を考えるとね。あの明るさっていうのは。
やけ:しかもあれだけグチャチャな人生を生きているブライアン・ウィルソンがいまでも一応元気で音楽やりながら生きてるっていう。