「iLL」と一致するもの

9 イン・サークルズ(2) - ele-king

 アフリカのリズムは「ワン」がいろんなところに共存していて、というか拍の頭という概念が薄く、「あなたはここにいるからわたしはここにいます」と全体のなかの居所をみんな知っていて、集合体となる。道半ばながらこのような理解をしているのだが、トニー・アレンのドラミングは「ワン」は共有するにしても4肢のドラマーがそんなアフリカのリズムのように各々の居所に隙間を抜くように共存しながらエンジンとなって、しかも曲に合わせて変幻自在に動く。



 トニー・アレンによるモーゼス・ボイドへのクリニックはリズム的示唆に富んでいる。7:30~の短いミニマル・フレーズを伝えるシーンはもっともエキサイティング。フレーズで取り込もうとするモーゼスを制止するかのように、まずは右足のバスドラム、左足のフットハイハットからひとつ目のエンジンを確認する。次に左手のスネア。このとき、もうフレーズと言ってもいいものになっているのだが、それはあくまでもできあがってきたもので、フレーズから逆算していく4ウェイ的発想ではなく、右足、左足、左手が歯車のように絡んでいることに注目したい。そして、最後に参加する右手は4ビートに近い。絶妙にいわゆるスイングはしないところがクールだ。各々シンプルながら1人の中に4人いる。
 これを見ながら、アフリカの太鼓を練習しながら4拍目から1拍目へドンドンとすることさえもわからなくなったことがあったのを思い出した。そのときは、あまりになっていないだけだったのだが、「なんか違う」ながらドラムでかなりのフレーズを覚えていたにも関わらずそんな次第な上、同時にその理由を突きつけられたような気がした。しかし、はて、今だってどうだろう。ともすれば陥りがちなフレーズ先行が顔を出すことが大いにあるのではないかという反省を促される動画だ。しかも、気持ちよくだからにくい。楽観的なだけだろうか。その点アフリカのリズム・アンサンブルは本当によくできている。各々は絶妙に絡んでひとつの大きなうねりを形成する。その実はシンプルで、その輪に入ることができたとき最高の練習のひとつになると信じて続けている。

 「でもさ、実はみんな同じものじゃない? ハウスにジャズ云々、いろいろとジャンルはあるものの、要は同じ。誰もがあらゆるものを分け隔てなく聴いている、と。ほんと、ソウルフルな音楽か、リズミックな音楽かどうかってことがすべてなんだしさ」

 そう語るカマール・ウィリアムス筆頭に、多文化で、それに裏付けられた説得力のあるDIY精神(そうが故にリズムも気持ちところから外れないというような共通認識が生まれているのかもしれない)満載である南ロンドンならではのチャレンジは、ジャイルス・ピーターソンのブラウンズウッドからリリースされた『We Out Here』に凝縮されている。別冊ele-king『カマシ・ワシントン/UKジャズの逆襲』に、ここ数年起こっていることの一部始終が記されているが、僕のお気に入り3枚を挙げるなら、Yussef Kamaal『Black Focus』、Joe Armon-Jones『Starting Today』、Kamaal Williams『Return』。トニー・アレン直の影響が面白いとか、面白くないとかではなくて、曲に寄り添いながら、ときに寄り添わずに、自分たちのフレージングをしながら、気持ちいいところから外れようとはしないチャレンジが面白い。モーゼス・ボイド最高です。
 ところで、僕は2年程前にロンドンに行った。そのとき、交差点に信号が少ないのに車が譲り合うともなくするすると通り抜けていくところや、フィッシュ・アンド・チップス屋の兄ちゃんが手持ち無沙汰にポテトを入れる箱をクルクル回しながら、注文を受けて適当に頷いたと思ったらするするときれいに納めていくのを見て、リズムを感じたのだが、これを聞いてどう思われるだろうか? 立ち止まってはものを見ないとでも言うのだろうか。考え過ぎなことは承知で何かご意見があれば伺ってみたい。

 「“アフロフューチャリズム”という用語にはものすごくたくさんの定義を目にしてきたけれど、むしろ僕はこの用語自体が流動的で、それ自体が広い意味を持つようになって、より多くの人たちが自分たちの作品の背景として取り入れるようになったという点が気に入っている。まるでこの言葉そのものが生き物のように、多くの定義を取り込み続けている」  シャバカ・ハッチングス

 僕は、アフロフューチャリズムとは言えない代わりに、イン・サークルズ。堂々巡りなりに気持ちいいところから外れないようGONNOさんとグッド・ヴァイブスを目指すライヴが近づいてきた。

2018年7月8日(日) Open 17:00 / Start 18:00 GONNO × MASUMURA 『In Circles』リリースパーティー 会場:代官山UNIT 出演:GONNO × MASUMURA GUEST:トリプルファイヤー Adv ¥3,300 / Door ¥3,800 (ともに+1D) 2018年7月11日(水) 開場 18:30 開演 19:30 OLD DAYS TAILOR デビューアルバム 『 OLD DAYS TAILOR 』リリースパーティー 会場:吉祥寺スターパインズカフェ 出演:OLD DAYS TAILOR ゲスト:湯川トーベン(b) 前売り: ¥3,300 / 当日 ¥3,800(ともに+1D)


Jim O'Rourke - ele-king

 ジム・オルークがソロCD(フィジカル)作品としては3年ぶりとなる新作アルバムをリリースした。リリースは〈felicity〉の兄弟レーベル〈NEWHERE MUSIC〉から。同レーベルは「アンビエント、 ニューエイジ、ドローン、ポストクラシカル、等々。これらジャンルの境界線を取り払い 「エレクトロニック・ライト・ミュージック」 と定義付けて電子的な軽音楽を創造するニューブランド」と称されており、本作『sleep like it's winter』は、王舟 & BIOMAN『Villa Tereze』についでレーベル2作目のリリース作品となる。その霞んだ空気と霧のような音響は、オルーク作品のなかでも異彩を放つ仕上がりであり、今後も参照され続けていくに違いない重要なアルバムといえる。音と音が折り重なることで生まれる時間の層のなんという繊細さ、豊穣さだろうか。

 そもそもジム・オルークという類まれな才能を誇る音楽家は、20世紀音楽の「時間の層」をいくつも折り重ねることで、複雑な時間軸を内包した音楽を作曲してきた人物だ。彼の楽曲において構成されるさまざまな音のモジュールは、「接続」というより映画/映像でいうところの「ディゾルブ」のように折り重なり、そして、つながっている。
 むろん、それはたんに「手法」の問題だけに留まらない。つまりは「歴史」への接続だ。そこにおいて折り重ねられるものは、個々の音楽モジュールそれ自体の時の流れと、音楽の歴史である。90年代以降、ジム・オルークが「音楽」に導入したもっとも重要な要素は、このメタ音楽の生成・構成であった。彼の音楽がドローン、ノイズ、インプロヴィゼーション、ポップ・ミュージック、電子音楽、映画音楽という領域を超えて成立しえるのも、メタ的視線(聴覚)で音楽史を捉え、音楽として再構成しているからだろう。
 デヴィッド・グラッブスとのガスター・デル・ソルを経て発表されたソロ・アルバム『ユリイカ』(1999)などでは、ジョン・フェイヒィ、ヴァン・ダイク・パークスなどのアメリカーナ/大衆音楽(の異端?)とトニー・コンラッドの実験音楽/現代音楽を、「現代アメリカの民族音楽」として、メタ的に作曲・構成したことを思い出してみればいい。
 ディゾルブする歴史・音楽。オルーク作品において、複数/単数の歴史/音楽が重なり合う。聴き手はその重なり合うさまを聴いている。それは歴史以降の音楽だ。歴史は終わっても、歴史以降の世界は続く。以降の世界で耳を拓くこと。音楽を聴くこと。オルークの録音作品は、それを突き詰めている。

 当然、本作も同様なのだが、ここではかつてのアメリカ音楽的なものはそれほど全面化していない。それらは音の層のなかにすでに融解している。アルバムは全部で45分ほどあるが、トラック分けされておらず長尺1曲である。とはいえドローン作品のように一定の持続音が微細に変化していくわけでもない。さまざまな録音素材(演奏や電子音なども含む)がつながり、ひとつの大きな変化を「語っていく」かのような構成になっているのだ。
 その意味で、彼の初期の長尺ドローン作品『Disengage』(1992)や、『Mizu No Nai Umi』(2005)、『Long Nigh』(2008.1990)、「Jim O'Rourke & Christoph Heemann」名義『Plastic Palace People Vol. 1』(2011、1991)、同じく「Jim O'Rourke & Christoph Heemann」名義『Plastic Palace People Vol. 2』(2011、1991)、「Fennesz&Jim O'Rourke」名義『It's Hard For Me To Say I’m Sorry』(2016)、「Kassel Jaeger&Jim O'Rourke」名義『Wakes On Cerulean』(2017)や、自身のバンドキャンプ「Steamroom」で定期的にリリースされている音響作品などを思い出しもする。長尺1曲でサウンドが接続し、変化していく『Happy Days』(1997)、『Bad Timing』(1997)、『The Visitor』(2009)や、カフカ鼾の『Okite』(2014)、『Nemutte』(2016)も想起することもできるだろう。また「ディゾルブ的な編集」という意味では8cmCDとしてリリースされた映画的な環境音楽作品『Rules Of Reduction』(1993)も重要な参照点になるはずだ。

 本アルバムも、このような「ディゾルブ的」感覚が見事に生成していた。アルバムの色彩が、どこか霞んだような冬の響きから、春の夜明けのようなサウンドへと微細に、かつ明瞭に変化を遂げているのである。また、冒頭の霞んだ持続音、少し湿ったピアノ、低音のベースのようなドローンがそれぞれ別の時間を有しているかのようにレイヤーされていく展開にも、折り重なる音響の時間が生まれているように感じられた。
 個人的には冒頭のベース的な持続音に加えて、18分から20分あたりの、密やかな鳥の声の音や環境音の挿入を経て、暗さから明るさに変化しつつあるドローン/環境音のパートにも惹かれた。冬/夜から春/夜明けへと移行する中間の音響的なトーンが生成しており、楽曲全体が「ディゾルブ的」に重なっていく感覚を覚えたのだ。また、楽曲全体に空気のように満ちている繊細な電子音も素晴らしい。
 本作の音楽の構成・作曲にはジム・オルーク単独作品特有の感覚と技法の現在形が封じ込められている。録音は2017年にオルークの「Steamroom」で行われ、おそらくペダルスティール、ピアノ、シンセなどの録音素材を、ジム・オルークがひとりで時間をかけて編集したのだろう。直近の作品では「Kassel Jaeger&Jim O'Rourke」名義の『Wakes On Cerulean』にも共通する質感を感じる(ジム・オルークのなかではこういったコラボレーションとバンドキャンプで定期的に配信されているアルバムと、今回のようなソロ作品との差異はそれほど付けていないのだろう。すべては自身の音楽として繋がっている)。ジム・オルークのなかでは録音とミックスと作曲が分かちがたく一体化しているのだろう。
 では、それによってどのような音楽が生成しているのだろうか。私見では、声のない音響作品であっても、どこか感情と感覚が淡く交錯する「歌」のようなものが折り重なる音響のむこうから、微かに感じられるのだ。かつてのオルーク作品をもじっていうならば「こえのないうた」とでもいうべきか。

 ともあれ、このアルバムが「ジム・オルークのソロCD作品」としてリリースされたことの意味はやはり大きい。なぜなら、このような日々の創作/コラボレーションにおける思考錯誤と実践の成果が、この1枚の銀盤に、驚異的な創作力の成果として集約されているのだから。となれば、われわれリスナーは、その事実に耳を傾け、オルークが本作に込めた音楽・音響の移り変わりに注意深く耳を傾け、より深いリスニングの時間を得ることが大切のはずだ。そう、繰り返し聴くことだ。
 じじつ、本アルバムを手にされた方は、今後の人生において何度も何度も、まるで水を求めるように折に触れて聴き返すに違いない。いわば人生の傍らにあるエクスペリメンタル・ミュージック。かつてジム・オルークが、その再発盤にライナーを執筆したルチアーノ・チリオ『Dialoghi Del Presente』の横に本作を置いてみると、意外としっくりくる作品ではないかとも思う。20世紀音楽の歴史が、繊細な実験性と上質なロマンティシズムのなかに凝縮されているのだ。

Kamaal Williams - ele-king

 今年に入ってサウス・ロンドンのジャズ・シーンが俄然注目を集めているが、それに至るきっかけにユセフ・カマールの登場があった。キーボード奏者のカマール・ウィリアムスとドラマーのユセフ・デイズによるこのユニットは、2016年末にファースト・アルバムの『ブラック・フォーカス』を発表するが、ジャイルス・ピーターソンの〈ブラウンズウッド〉からのリリースということもあり、ジャズ・サイドとクラブ・サイドの両面から支持を得ることになった。
 世界的な潮流となっているアメリカの新世代ジャズに対し、英国からの発信を行ったという位置づけがされるのだろうが、そこにロンドン、とくにサウス・ロンドンらしい特色を挙げるとするなら、ペッカムを拠点とする〈リズム・セクション・インターナショナル〉やテンダーロニアスことエド・コーソーン主宰の〈22a〉などのレーベルで見られるディープ・ハウスやビートダウン、ブロークンビーツなどのクラブ・サウンドのエッセンスを取り入れ、さらにそうしたサウンドの源泉となる1970年代のジャズ、ジャズ・ファンク、フュージョンのテイストを忍ばせていることだろうか。
 こうした温故知新で折衷的な手法は、古くはレア・グルーヴやアシッド・ジャズの頃からイギリス人アーティストに根付いているものであり、かつてのウェスト・ロンドンにおけるブロークンビーツ・ムーヴメントが盛り上がっていた頃の4ヒーローやバグズ・イン・ジ・アティックなどに、ユセフ・カマールのアーティストとしての在り方は近いのではないかという印象を抱いたのだった。

 しかしながら、ユセフ・カマールは間もなく解散してしまった。そもそもこのユニットは『ブラック・フォーカス』を作るためだけに立ち上げ、恒常的にライヴ活動を行なうようなグループを目指していたわけではなかったようだ。こうしたワンオフ・プロジェクトはブロークンビーツ・シーンでも多かったし、ジャズの世界でもひとりのプレーヤーがあちこちのバンドで演奏するなんてことは日常茶飯事である。カマール・ウィリアムスもヘンリー・ウー名義でディープ・ハウスを作ったり、K15ことキウロン・イフィルとウー15というコラボをやったり、そしてもともとはヒップホップをやっていたという経歴が示すように、いろいろな方向性に興味の対象を広げている。
 だから、そうした自由な創作活動の足かせにならないように、ユセフ・カマールをアルバム1枚で潔く終わりにしてしまったのかもしれない。『ブラック・フォーカス』のリリースと前後し、カマール・ウィリアムスはヘンリー・ウー名義でティト・ウンとの共作「27カラット・イヤーズ」、バントンとの共作「ディープ・イン・ザ・マッド」、アール・ジェファーズとの共作「プロジェクションズ」という数枚のディープ・ハウスの12インチを出し、ウェールズのDJユニットであるダークハウス・ファミリーのアルバム『ジ・オファリング』にキーボード奏者として客演していた。
 そうしたなかで〈ブラック・フォーカス〉を新レーベルの名称にして、ソロ作となる“キャッチ・ザ・ループ”をデジタル・シングルでリリースしたのが2017年末。ユセフ・カマールに近いタイプの律動的なブロークンビーツ+ジャズ・ファンクから、次第にヒップホップ的なビートへとスリリングに推移していくナンバーで、ユセフ・カマール以上にジャズのインプロヴィゼイションとリズムの面白さを追求した印象だ。この“キャッチ・ザ・ループ”を先行シングルに、ソロ・アルバムの『ザ・リターン』がリリースされた。

 アルバム名を「帰還」としているのは、もちろんユセフ・カマールの『ブラック・フォーカス』からカムバックしてきたという意味があるのだろう。カマールいわく、『ザ・リターン』は『ブラック・フォーカス』の延長線上にあり、もともとユセフ・カマールが彼のアイデアに基づくユニットだったので、『ザ・リターン』はカマールにとってセカンド・ソロ・アルバムに近いものだという。ただし、参加メンバーが違うので、そこが『ブラック・フォーカス』と『ザ・リターン』の差異になっているそうだ。『ブラック・フォーカス』はユセフ・デイズやその兄弟のカリーム・デイズほか、シャバカ・ハッチングス、イエルフリス・ヴァルデス、マンスール・ブラウン、トム・ドリースラーなどが演奏に参加していた。そのなかでカマールのキーボードやシンセとユセフのドラムスのコンビネーションがアルバムの柱となっていたわけだが、今回も鍵盤とリズムの関わり方がアルバムを決定づけていると言える。
 今回はギターのマンスール・ブラウンが“LDNシャッフル”の1曲に参加するのみで、あとはカマールとベースのピーター・マーティン、ドラムスのジョシュア・マッケンジーのトリオというシンプルな形。よりミニマルに贅肉をそぎ落とし、3人のコンビネーションを極限まで高めていったアルバムである。とくにカマールとジョシュアの出会いが重要で、それについては本誌のインタヴューでもなかなか面白く語ってくれているのだが、本作ではカマールとジョシュアの丁丁発止のやりとりがあり、それをピーターががっちりとサポートしつつ新たな導火線を引き、そうした3者の即興やインタープレイ、融合や離反の中から創造的な演奏が生み出されている。『ブラック・フォーカス』に比べて演奏が濃密で、自由度も上がっている印象だ。

 カマールのキーボードは、かつてのロイ・エアーズ・ユビキティの鍵盤奏者だったハリー・ホイテカーとか、ロニー・リストン・スミスあたりの影響が濃厚で、1曲目の“サラーム”の前半にそれはよく表われている。カマールは彼らやハービー・ハンコック、ドナルド・バードなどのレコードをいろいろと聴きこみ、コピーしながら独学でキーボードをマスターしたというから、そうしたフレーズは自然と出てくるのだろう。これと同系の“ハイ・ローラー”は、ブギーやオールド・スクールのヒップホップ的なリズム要素を持ち、オーケストラルなシンセとフェンダー・ローズでハーモニーを形成する。“リズム・コミッション”はエレクトロ・フュージョンとでも言えそうなナンバーだ。
 ただし、“サラーム”は中盤からアメーバのように変容を遂げ、緊張感に富む展開を見せるところが肝である。『ブラック・フォーカス』では割と一定したダンス・ビートに即した場面もあったのだが、『ザ・リターン』ではそうした配慮などは排して、グルーヴは保ちつつもアイデアを広げ、果敢にチャレンジしている。
 “ブロークン・テーマ”はカマールなりのブロークンビーツへのオマージュで、特に鍵盤奏者でドラムやパーカッションも扱うカイディ・テイタムからの影響が強いことが伺える。この曲も前半と後半では曲想が大きく変わり、後半はウェザー・リポートのように抽象的な展開を見せる。そして、“シチューエーションズ”はミラノでのライヴ録音で、より即興性が生かされたキーボードとドラム演奏。“メディナ”はモーダルな曲調のディープ・ジャズで、オルガンのコルトレーンと評された頃のラリー・ヤングに通じる。カマールの持つスピリチュアリティが表われた作品だ。
 “LDNシャッフル”はロンドンのストリートをイメージしたような疾走感溢れる作品。複雑な変拍子はマハヴィシュヌ・オーケストラなどのジャズ・ロックの影響が伺え、ジョシュア・マッケンジーの激しいドラミングに加え、マンスール・ブラウンのギター・ソロも火花を散らすアグレッシヴな展開。そしてアルバムは空間的なシンセによるアンビエントな“アイシャ”で幕を閉じる。
 ちなみに“アイシャ”はドラマーのマッコイ・タイナーが後に妻となる女性の名前を冠した作品で、彼も参加したコルトレーンの『オレ』(1961年)での演奏で知られる美しくモーダルなバラード。“メディナ”はドラマーのジョー・チェンバース作曲で、自身のアルバムでも取り上げたほか、ボビー・ハッチャーソンの『メディナ』(1969年録音)でスタンリー・カウエルらと演奏していた。どちらも同名異曲の作品で、偶然にタイトルが被ったのかもしれないが、あらためて聴いてみるとカマールがそれらの作品にインスピレーションを受けているのではないか、と思える節がある。そういった具合に、カマールのインスピレーションの源は、時代や空間を超えて世界のいろいろなところに広がっているのだろう。

GLOBAL ARK 2018 - ele-king

 DJミクが主宰する〈GLOBAL ARK〉が今年もある。場所は奥日光の、もっとも美しい湖のほとりだ。日本のダンス・カルチャー(とりわけワイルドなシーン)を切り開いていったリジェンド名DJたちが集結し、また、海外からも良いアーティストがやってくる。ローケーションもかなりよさげ。スマホが使えないエリアだっていうのがいい。〈GLOBAL ARK〉は、手作りの昔ながらのピュアな野外パーティだが、スタッフは百戦錬磨の人たちだし、屋台も多いし、宿泊施設もしっかりあるから、安心して楽しんで欲しい。気候の寒暖差にはくれぐれも気をつけてくれよ。

Jon Hassell - ele-king

 ブライアン・イーノとジョン・ハッセルの『ポッシブル・ミュージック』がリリースされて38年が経った。「アンビエント・ミュージック」のシリーズを立ち上げて、すぐにもセールス的に行き詰まったイーノが続けさまにローンチした「第4世界(Fourth World)」というラインの起点となった作品である。ジョン・ハッセルのトランペット・ドローンをメインに「エスニック・サウンドとエレクトロニクス・ミュージックをどう融合させるか」がテーマとなり、批評的には多くの媒体で年間ベストに選ばれるほど大成功を収めたものの、イーノが続いてデヴィッド・バーンとつくった『マイ・ライフ・イン・ザ・ブッシュ・オブ・ゴースト』をジョン・ハッセルが商業主義的だと批判したことでふたりはそのまま仲違いしてしまう。「フォース・ワールド」は「プリミティヴ・フューチャリズム」を標榜したジョン・ハッセル主導のコンセプトだったため、シリーズ2作目となるジョン・ハッセル名義『ドリーム・セオリー・イン・マラヤ』をもって終了となり、二度と再開されることはなかった。しかし、昨年、〈オプティモ・ミュージック〉は『ミラクル・ステップス(Miracle Steps)』と題された14曲入りのコンピレーション・アルバムをリリース。これには「ミュージック・フロム・ザ・フォース・ワールド 1983-2017(Music From The Fourth World 1983-2017)」という副題がつけられていた。「フォース・ワールド」が終了したのが1981年。その2年後から2017年まで、36年間にわたって「フォース・ワールド」は続いていたのだと主張する編集盤である。「なんとかディフィニティヴ」みたいな発想だけど、これが実に興味深かった。オープニングはメキシコのアンビエント作家、ホルヘ・レィエスによる“Plight”(96)で、彼が得意としてきた厳かなダウンテンポでしっとりとスタート。続いてロバート・A・A・ロウとエリアル・カルマが〈リヴェンジ・インターナショナル〉の新旧コラボ・シリーズに登場した“Mille Voix“(15)やグラスゴーの新人で〈オプティモ・ミュージック〉からデビューしたイオナ・フォーチューン、ポスト・インダストリアルのオ・ユキ・コンジュゲイト、あるいはデヴィッド・カニンガムやリチャード・ホロヴィッツといった〈クラムド・ディスク〉勢にラプーンと続き、全体にやや重怠くまとめられている。〈オプティモ・ミュージック〉らしい歴史の作り方である。

 『ミラクル・ステップス(Miracle Steps)』にはハッセル自身が86年リリースの『パワー・スポット』に収めていた「Miracle Steps」も再録され、これがコンピレーションのタイトルにもなっている。そして、このことがきっかけとなったのか、〈ECM〉からの『Last Night The Moon Came Dropping Its Clothes In The Street』以来、9年ぶりとなるハッセルの新作『Listening To Pictures』がこのほどリリースされた。どうやら純然たる新作のようで、81歳になって〈ワープ〉傘下に新たなレーベルを立ち上げたものだという。演奏スタイルも、これまでのバンド形式からスタジオでミックスを繰り返すなど『ポッシブル・ミュージック』と同じ方式に回帰し、もしかするとクレジットはされていないけれど、ブライアン・イーノが参加しているのではないかという憶測も飛び交っている(だいぶ前に和解はしたらしい)。一応、演奏はギターにリック・コックス、ドラムにジョン・フォン・セゲム、ヴァイオリンにヒュー・マーシュが柱となり、エレクトロニクスにはミシェル・レドルフィを起用。ミックスマスター・モリスにサンプリングされ尽くした水の音楽家で、最近になってデビュー作が〈エディション・メゴ〉から復刻されたミュジーク・コンクレートの重鎮的存在である。また、ドラム・プログラムにはダブステップのベース・クレフからラルフ・カンバーズの名も。これまでライ・クーダーと組んだり、アラブ音楽に接近したりと、それなりに多種多様なアプローチを重ねてきたものとは違い、やはり音響工作の面白さが前面に出ていて、海外のレヴューでOPNを引き合いに出していた人が何人かいたのもなるほど。言われてみるまでそうは聞こえなかったけれど。

 オープニングから意表をついている。コード進行がある(笑)。わかりやすいジャズみたいだし、それがだんだんとドローンに飲み込まれていく。“Dreaming”は見事な導入部をなし、続いてダブステップを意識したような“Picnic”へ。接触音の多用はアルヴァ・ノトを思わせ、ノイズとピアノのオブスキュアなアンサンブルへと連れ去られる。アフリカン・ドラムを駆使した“Slipstream”は『ポッシブル・ミュージック』を坂本龍一が『B2ユニット』風にリミックスしたようで、同じく“Al-Kongo Udu”もノイジーな音処理はダブステップ以降のレイヤー化された美意識を優先させたものだろう。ジュークを思わせる”Pastorale Vassant”は……たしかにOPNっぽいかもしれない。“Manga Scene(マンガ・シーン?)”ではテリー・ライリーのオルガン・ドローンが原型をとどめずに流れ出すなかをムード・ジャズ風のトランペット・ソロが響き……いや、これが本当にジョン・ハッセルなんだろうか。連続性はもちろんあるんだけれども、ここまで変貌できるとはやはり驚きである。プロデュースもジョン・ハッセル本人なんですよ。『絵を聴け』と題されたアート・ワークはマイルス・デイヴィスの『ビッチズ・ブリュー』や自身の初期作を飾ったマティ・クラーワインの手になるものだそうです。

Jenny Hval - ele-king

 ノルウェーはオスロのアーティスト、ジェニー・ヴァルはただ珍しいタイプのシンガーというわけではない。が、彼女を日本で紹介することの難しさは、そのサウンドを聴いた印象だけを書いても彼女の作品について充分に書いたことにはならない点にある。早い話、歌詞が重要なアーティストなのだ。たとえば彼女の評判をいっきに高めた『Apocalypse, Girl』の収録曲にこんな一節があるとわかれば、その表題をふくめて作品の意味や評価や印象も違ってくるだろう。

いま私は自由だとあなたは言う/戦いは終わった/フェミニズムは終わった/社会主義は終わった/いま私は好きなように消費をする/これは歴史の端で起きること/Great Eyeが振り向く/私たちにできることといえばただ歳を取ることだけ/天国に、天国に、天国にしがみついている/永遠に熟睡せよ/永遠に熟睡せよ “That Battle Is Over”
私はいま自分でやっている?/あなたのやわらかいペニスを包みながら、あなたもいま私と同じことをしていると想像している “Take Care Of Yourself”

 BBCの社長を赤面させるとはガーディアンの評だが、なるほど、政治と性は彼女の主たるサブジェクトのようだ。昨年の『Blood Bitch』にしてもそうだ。サウンドそれ自体もたしかに魅力だが、やはりこのアルバムをたんに吸血鬼やホラー映画と結びつけるわけにはいかない。生理が主題に含まれているという点では戸川純の『玉姫様』と重なりつつも、議論好きと思われるジェニー・ヴァルは、より挑発的な言葉を歌っている。

何日か、薄いブレースによって私は私の体がまっすぐになるのを感じる/金属のスパイクは受け入れる、私の脊柱を、私の顔を、私のマンコを“Sabbath”

 そんなわけで断っておくと、このレヴューも不十分なものだ。というのも、ぼくはこのEPの1曲目の“Spells”をそのサウンドだけでかなり気に入ったのだ。この曲はひとことで言えばジャズだ。アンビエント・テイストのじつにメロウなジャズで、これまで彼女に名声を与えてきた実験的なエレクトロニック・サウンドではない。
 EPのタイトル「長い眠り」から想像できるように、この4曲入りのサブジェクトは眠りだ。“Spells”のサビにおいて彼女はとろけるような声でこう繰り返す。「私たちは長く起きてはいられない(you will not be awake for long)」
 美しいサックス、トランペット、ピアノ、そして素晴らしいメロディとレム睡眠のような声ゆえに、このフレーズはやさしく耳にも入ってくる。残念ながらぼくは若い頃から睡眠時間が短く、歳を取ってさらに眠れなくなっているので、むしろこの歌詞とは逆の生活であるのだが……、しかし間違いなく睡眠時間の歌ではない。寝落ち寸前の声だとしても、言葉は決して平穏というわけにはいかないようだ。「あなたは思考の世界の迷子/あなたは何ひとつ利用しないことですべての実行を失う」
 収録された4曲は連動している。アカペラからはじまる2曲目の“夢見人は彼女の夢におけるすべての人(The Dreamer Is Everyone In Her Dream)”では、曲の途中でさらにまたうんざりするほど「これは長い睡眠(this is the long)」という言葉が繰り返される。そして歌は問いかけとともにこう締めくくられる。
 「歌詞とメロディなしで言うことができたであろう何かがあるべき/たぶん、それがいまここでやっていること/歌詞あるいはメロディ以外のもの/あなたに聞こえるの?/私が呼んでいるのが聞こえるの?/それは言葉にはない/それはリズムにはない」
 B面の1曲は、10分48秒の表題曲の“The Long Sleep”で、ここにはたしかに言葉はない。パーカッション、トランペットとサックス、かすかな声とアブストラクトな電子音……そして彼女の語りをフィーチャーした最後の曲“I Want To Tell You Something”が待っている。
 「私はここで何をしているの?/私たちはいまほとんどやった/あなたはここで何をしているの?/私たちはコミュニケーションしているの?/私はプロモーションしているの?/私はあなたに何か言いたい/私があなたに言える何かがあるべき」
 言葉は先の曲から反復される。言葉は、リスナーであるあなたに向けられている。
 「詞あるいはメロディ以外のもの/それは言葉にはない/それはリズムにはない/それはメッセージにはない/それは作り物にはない/それはアルゴリズムにはない/それはストリーミングにはない/それはあなたが決めた何かではない/あなたは文脈に気づいているの?/私はあなたに何かを言いたい/ただ言いたい/ありがとう/私はあなたを愛している」
 ……いやはやなんとも、である。

 2009年にはじまったノースサイド・フェスティヴァルは、SXSWのブルックリン版とも呼ばれている。ブルックリンのノースサイド(グリーンポイント、ウィリアムバーグ、ブッシュウィック)で行われ、これまでもこの連載でも何度かカヴァーしてきた
 10年目に突入した今回は、イノヴェーション(革新)と音楽に的を絞り、300のバンド、200のスピーカーがライヴ会場からクラブ、教会からルーフトップ、ピザ屋およびブティック・ホテルなどに集まり、朝から晩までの4日間に渡るショーケースが催された。


Near Northside festival hub


Innovation panel @wythe hotel

 2018年のイノベーション・テーマは「未来を作る」。この先5年後の世界を変えるであろう、スタートアップの設立者、起業家、デザイナー、ジャーナリスト、マーケッターなどがパネル・ディスカッション、ワークショップ、ネットワーキングなどを通し、未来について熱く語った。
 登場したのは、imre (マーケッター)、バズ・フィード(メディア)、ディリー・モーション(VR)、メール・チンプ(メディア)、ニュー・ミュージアム( メディア)、パイオニア・ワークス(メディア)、レベッカ・ミンコフ(デザイナー)、ルークズ・ロブスター(フード)など。WWEBD? (what would earnest brands do?/真剣なブランドは何をするか?)という主題について、経験や物語などを通して語る。ブランドの力や自分のケースなどを例に出し、ブランドに必要な物をアドバイスするという。スピーカーとモデレーターも真剣勝負で、人気パネルは立ち見もあったほど。ちなみにイノベーション・パスは$599。


Innovation panel @williamsburg hotel

 昼間にイノベーションが行われ、その後に音楽プログラムがはじまる。今年のハイライトはリズ・フェア、ルー・バロウ、パーケケイ・コーツ、ピスド・ジーン、スネイル・メール、ディア・フーフという、90年代に活躍したバンドが目立った。地元の若いバンドは、ブッシュウィックのアルファヴィル、リトルスキップに集中していた。野外コンサートは今年はなかったが、パーケット・コーツとエチオピアのハイル・マージアが出演する3階建てのボート・クルーズが追加された。時代はファンシーである。


Thu June 7 th

Corridor
Lionlimb
Snail mail
@ Music hall of Williamsburg

Lau Barlow
@knitting factory

NNA tapes showcase:
Erica Eso
Tredici Bacci
@ Union pool

Fri June 8th

NNA tapes showcase:
Jake Meginsky
Marilu Donovan
Lea Bertucci
@ Film noir

Sat June 9th

Brooklyn vegan showcase:
Deerhoof
Protomartyr
@ Elsewhere

Wharf cat showcase:
Honey
The Sediment club
Bush tetras
@ El Cortez

 木曜日は8時ごろリズ・フェアーに行った(彼女の出番は9時30分)が、2ブロックほど長ーい行列があるのを見て早速諦める。隣のミュージック・ホールでコリドーとライオン・リムを見る。モントリオールのコリドーは初NYショーで、ジャングリーな勢いを買う。ブッシュウィックにミスター・ツインシスターやピル、フューチャー・パンクスなどを見に行きたかったが、時間を考えると無理だと諦め、代わりに近所の会場をはしごした。
 スネイル・メールに戻ると、会場はぎゅうぎゅうになっていた。この日は彼女のニュー・アルバム『Lush』の発売日。白いTシャツに黒のテイパーパンツ、スニーカーだけなのに、超可愛い! 彼女の唸るような声は特徴的で、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、なんでも大げさに反応するオーディエンスに「クレイジー」と言っていた。その後ルー・バーロウの弾き語りを見て、NNA tapesのショーケースに行く。ライアン・パワーとカルベルスは見逃したが、エリカ・エソとトレディシ・バッチを見た。


Snail mail @MHOW

 エリカ・エソは、アートポップ、シンセ・アンサンブル、ギターレスの現代的R&B、クラウトロックなどを織り交ぜた白人男子と黒人女子のツイン・ヴォーカルがシンクロする、新しい試みだった。
 トレディシ・バッチ(13 kissesの意味)は、トランペット、サックス、オーボエ、3ヴァイオリン、キーボード、ドラム、ヴォーカル、フルート、ベース、ギター兼指揮者の14人編成のオーケストラ・バンドで60、70年代の、イタリアン・ポップ・カルチャーに影響されている。フロントマンのサイモンはスツールに立ち、みんなを指揮しながらギターを弾き、オーディエンスを盛り上げ、ひとり何役もこなしていた。彼のハイパーぶりも凄いが、ついてくるバンドも凄い。必死にページをめくっていたし、ヴォーカルの女の子は、すましているのにオペラ歌手のような声量だった。


Erica Eso @ union pool


Toby from NNA Tapes


Tredici Bacci @union pool

 金曜日、2日目のNNA tapesショーケースは、「新しい音楽と映画が出会うところ」というテーマで、ミュージシャンとヴィジュアル・アーティストがコラボする試みだった。会場は映画館。ジェイク・メギンスキーは、ボディ/ヘッドのビル・ナースともコラボレートするエレクトロ・アーティストで、宇宙感のある映像をバックにメアリール・ドノヴァン(of LEYA)は、アニメーションをバックにハープを演奏。リー・バーチューチは、自然の風景をフィーチャーした映像をバックに天井も使い、サックス、エレクトロニックを駆使し、ムーディなサウンドトラックを醸し出していた。映像を見ながら音楽を聞くと、第六感が澄まされるようだ。可能性はまだまだある。


NNA Tapes merch

 最終日は、写真でお世話になっているブルックリン・ヴィーガンのショーケースにディアフーフ、プロトマーダー(Protomartyr)を見にいった。ディアフーフは、ドラムの凄腕感とヴォーカルの可愛いさのミスマッチ感が良い塩梅で、全体的にロックしていてとても良かった。プロトマルターはナショナルみたいで、ごつい男子のファンが多かった。


Deerhoof @elsewhere

 それから近くの会場に、硬派なバンドが多いワーフキャット・ショーケースを見にいく。ハニーは見逃したが、セディメント・クラブは無慈悲なランドスケープを、幅広く、残酷にギターで表現していた。ブッシュ・テトラス、NYのニューウェイヴのアイコンが、10年ぶりにEPをリリースした。タンクトップ姿のシンシア嬢は、年はとったがアイコンぶりは健在。80年代CBGB時代のオーディエンスとワーフ・キャットのミレニアム・オーディエンスが、同じバンドをシェアできるのはさすが。
 その後アルファビルに行くが、シグナルというバンドを見て、すぐに出てきた。この辺(ブッシュウィック)に来ると、ノースサイドの一環であるが、バッジを持っている人はほとんどいない。


The sediment club @el Cortez

 今年はハブがマカレン・パークからウィリアム・ヴェール・ホテルに移動し、会場もブッシュウィックやリッジウッドが増えた(ノースサイドからイーストサイドに)。日本にも進出したwe workは、ノースサイドのスポンサーであり、ウィリアムスバーグのロケーションをオープンすることもあり、この期間だけイノベーションのバッジホルダーにフリーでデスクを提供していた。
 ハブにもデスクがあり、コーヒー、ナチュラルジュース、エナジーバー、洋服ブランド、ヘッドホンなどのお試しコーナーもある。ウィリアムスバーグ・ホテル、ワイス・ホテル、ウィリアム・ヴェールの3つのホテルを行き来し、合間に原稿を書く。ノースサイドの拠点は、豪華なブティック・ホテルが次々とできているウィリアムスバーグ。高級化は止まらず、それに応じてフェスが変化し、イノヴェーションが大半を占めるようになった。時代はデジタルを駆使し、いかにブランドをソーシャル・メディアで爆発させるかで、音楽のヘッドライナーも懐かしい名前が多かったが、若いブルックリンのインディ・バンドたちはDIYスペースで夜な夜な音楽をかき鳴らし、「ノースサイド・サックス」と言いながら別のシーンを創っている。とはいえ、こういうバンドなどを含めてすべて巻き込むノースサイドの力こそが、いわゆるブランド力ってものなのかもしれない。

Yoko Sawai
6/10/2018

To Rococo Rot - ele-king

 うーむ、やっぱりエレクトロニカの波、来ていますね。ステファン・シュナイダー、ロナルド&ロベルトのリポック兄弟から成るベルリンのポストロック・バンド=トゥ・ロココ・ロット、そのサード・アルバム『The Amateur View』がリイシューされます。じつにメロウかつ緻密な音響の名作ですので、未聴の方はこの機会にぜひ(可能な限りボーナストラックが詰め込まれているとのことなので、すでに持っている方も要チェックです)。
 ちなみにリリース元のPヴァインは「The Electronica Circuit」と題して、ほかにも往年のエレクトロニカ/IDMの名作をリイシュー中。先月はサヴァス&サヴァラスの00年作『Folk Songs For Trains, Trees And Honey』が、同時期のEP「The Rolls And Waves EP」を併録して再発売されています。「The Electronica Circuit」の詳細はこちらから。

90年代末ドイツ~ベルリンからシカゴへの回答! 先鋭的エレクトロニクス集団「トゥ・ロココ・ロット」が99年に発表した『The Amateur View』が可能な限りのボーナストラックを収録した日本独自仕様で再発!

タイトル:The Amateur View / ジ・アマチュア・ヴュー
アーティスト:TO ROCOCO ROT / トゥ・ロココ・ロット
【CD】発売日:2018.6.6
定価:¥2,200+税
PCD-22409 / 4995879-22409-0

ヌジャベス、ビョークらの元ネタとしても有名な名曲ジジ・マシン“Clouds”をいち早く楽曲に取り入れたそのメロウなサウンドは、硬質なスタイルであった「エレクトロニカ」に色彩を与えた珠玉の名盤!

1990年代中頃からドイツ・ベルリンを中心に活動するポストロック~エレクトロニカ集団「トゥ・ロココ・ロット」。ベース/ドラム/エレクトロニクスという編成でミニマルかつフラットな基本スタイルでしたが、3作目となる本作『The Amateur View』(1999/City Slang)はミニマルでありながら随所に起伏に富んだシーケンスを取り入れたメロウなサウンドで“エレクトロニカ”を幅広いジャンルのリスナーに知らしめた重要作品! 中でもM-10“Die Dinge Des Lebens”のネタはビョーク“It's In Our Hands”(2001~02年)やヌジャベス“Latitude”(2002年)の元ネタとしても知られる名曲ジジ・マシン“Clouds”からのもので、それを最初に世に知らしめた彼らの傑出したセンスが感じられる代表曲! さらに本作には同年発売のシングル「Telema」「Cars」からアルバム未収録の5曲、そして2012年に〈City Slang〉よりリイシューされた盤に収録されていた4曲、トータル9曲を追加収録した2018年日本盤独自仕様!

【収録曲】
01. I Am In The World With You
02. Telema
03. Prado
04. A Little Asphalt Here And There featuring i-sound
05. This Sandy Piece featuring d
06. Tomorrow
07. Greenwich
08. Cars
09. She Loves Animals
10. Die Dinge Des Lebens
11. Das Blau Und Der Morgen
12. Cars (Sunroof Remix By Daniel Miller & Gareth Jones) *
13. Mirror *
14. Milker *
15. Meteor *
16. Telema (Längs) *
17. Even *
18. Cars (Variant) *
19. Rocket Fuel *
20. Casper *
* Bonus Tracks for Japanese edition

p-vine.jp/music/pcd-22409

DON LETTS Punky Reggae Party 2018!!! - ele-king

 UKパンクにおいて革命的なことのひとつに、白人と黒人が人種の壁を越えて交わったということがある。それ以前のUKロックの表舞台には、アフロ・ディアスポラの姿はまだいまほど目立っていない。UKパンクは人種の壁を乗り越えて、積極的にジャマイカ移民の文化にアプローチした。その現場における司祭(DJ)がドン・レッツだった。レッツはまた初期UKパンクの生き証人/ドキュメンタリー映像作家でもある。今回の来日は、東京・岡山・福岡でDJもあり、東京ではトークもあり、UKパンク好き必見の超貴重な映画上映もあり、DOMMUNEの中継もあり(声で宇川直宏も出演、編集部・野田もしゃしゃり出ます)……パンクとレゲエが好きな人はこの機会を逃さないで!

 UKで起きたパンク・ムーヴメントの拠点となる“ROXY CLUB”でDJをしていたドン・レッツはパンクとレゲエを繋いだ張本人であり、THE CLASHのMICK JONESとの伝説的グループ、BIG AUDIO DYNAMITEでの活動も知られる。そして現在はBBC RADIO 6でレギュラー番組を持ち、広く音楽シーンに貢献している。また映画監督として'79年に初のパンク・ドキュメンタリー映画『PUNK ROCK MOVIE』を制作、2003年にはTHE CLASHのドキュメンタリー『WESTWAY TO THE WORLD』でグラミー賞を受賞、その後も数々の音楽ドキュメンタリーや映画『ONE LOVE』を制作している。ドン・レッツのクリエイティヴな才能は現在の音楽シーンに多大な影響を及ぼしてきたと言っても過言ではない。

 今回東京@VISIONでは人種、ジャンル、国境を超越する新パーティー“P.M.A”(POSITIVE MENTAL ATTITUDE)でA$AP J.Scott、COJIE (Mighty Crown)、再始動したSTRUGGLE FOR PRIDEからDJ HOLIDAYらと競演する。福岡公演では九州のサウンド・システムの重鎮、RED I SOUND が主宰、そして岡山の音楽シーンを引率するYEBISU YA PROで初プレイ!

 さらに今まで日本で実現しなかったDON LETTSのトーク・セッションがDOMMUNEのスペシャル・プログラムとして2夜に渡って開催される。
 6月14日のPart.1はロンドンに生まれた2世ジャマイカンであるドン・レッツの背景と音楽活動にフォーカスし、ライター/編集者の野田努が音源やMVを交えつつ話を聞く。
 そして6月17日のPart.2はドン・レッツのフィルム・メーカーとしての活動に焦点を当て、UKサブカルチャーをサポートし続けるオーセンティックなファッションブランド「FRED PERRY」旗艦店からのスペシャル・プログラムとなり、1970年代のパンクとレゲエ・シーンの現場を撮りためた生々しい映像を編集した『DON LETTS TWO SEVEN CLASH』や数々の作品を上映しながらトーク・セッションを展開する。インタヴュアーは野田努、そしてゲストとしてロック・バンドOKAMOTO’SのドラマーでDJやエキシビションを主宰する等、独自の感性で幅広く活躍するオカモトレイジがトークに参加する。
 アティチュードとしてのパンクを実践し続ける“反逆のドレッド"、DON LETTSの熱いプレイ、貴重な肉声を聞き逃すな!


DON LETTS
Punky Reggae Party 2018

6.14 (THU) 東京 : “DON LETTS TALK SESSION Part.1” @DOMMUNE
info>>> dommune.com

6.15 (FRI) 東京 : “P.M.A” @VISION
info>>> https://vision-tokyo.com

6.16 (SAT) 岡山 : @YEBISU YA PRO
info>>> https://yebisuyapro.jp

6.17 (SUN) 東京 : “DON LETTS TALK SESSION Part.2” DON LETTS x DOMMUNE x FRED PERRY @FRED PERRY SHOP TOKYO
info>>> https://www.fredperry.jp/news/2018/06/don_letts_dommune.php dommune.com

6.23 (SAT) 福岡 : @KIETH FLACK
info>>> https://www.kiethflack.net

Total info>>> https://twitter.com/dbs_tokyo


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【東京】
日時:6/15日(FRI) OPEN 22:00
会場:VISION
料金:ADV \3,000 / DOOR \3,500
○e+
https://goo.gl/YfHMrL
○iFLYER
https://iflyer.tv/ja/event/302904/

タイトル:P.M.A

■A$AP J.Scott、DON LETTSを招聘し、新しい音楽と伝統ある音楽をMIXするNEW PARTY始動!

 P.M.A(POSITIVE MENTAL ATTITUDE)をPARTYタイトルに70年代まだ音楽のカテゴライズがされていない中、BAD BRAINSが当時掲げたP.M.A(POSITIVE MENTAL ATTITUDE)をタイトルに人種、ジャンル、国境を超越するPARTY。
 ロサンゼルスからA$AP MOBに属しA$APのDJとしてすでに来日の経験もあるA$AP J.ScottとイギリスからはPUNKからREGGAEから音楽を超越するDON LETTSが来日。
 GAIAでは日本をこれから牽引するであろう若手DJ陣、FUJI TRILL、DJ CHARI、大阪よりYUSKAYを中心に盛り上げる。
 またDEEP SPACEでは説明不要の日本のDUBセレクター、COJIE (Mighty Crown)、そしていま新たに再始動したSTRUGGLE FOR PRIDEからDJ HOLIDAYと今まで混ざらないとされていた音楽性をMIXする今後のTOKYOの新しいスタイルを象徴するNEW PARTY始動!

出演:
//GAIA//
GUEST DJ
A$AP J.Scott
FUJI TRILL / DJ CHARI / YUSKAY / YUA
and more

//DEEP//
DON LETTS
COJIE (Mighty Crown) / DJ HOLIDAY(STRUGGLE FOR PRIDE) / Orion / Hatchuck

//WHITE//
"TOKYO VITAMIN"
Vick Okada / PocketfullofRy / QUEEN FINESSE / SMiiiLES / PIPE BOYS

//D-LOUNGE//
RiKiYA (YouthQuake) / 1-Sail (YouthQuake) / Tsukasa (YouthQuake) / brian / Soushi / Taro / RyotaIshii

info>>> https://vision-tokyo.com

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【岡山】
日時:6/16(SAT) OPEN 23:00
会場:YEBISU YA PRO
料金:ADV 3,000yen / DOOR 4,000yen (ドリンク代別途要)
         ローソンチケット(Lコード:62120)   チケットぴあ(Pコード:116-940)
出演:  
DON LETTS
SOUL FINGER / FUNKY大統領 / TETSUO / MARTIN-I / AYAKA / マイルス

お問い合せ:YEBISU YA PRO…086-222-1015
info>>> https://yebisuyapro.jp

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【福岡】
日時:6/23(SAT) OPEN 22:00
会場:KIETH FLACK
料金:2500YEN (1DRINK ORDER)
タイトル:RED I SOUND presents
DON LETTS JAPAN TPOUR 2018 in FUKUOKA
出演:
DON LETTS
DON YOSHIZUMI / CHACKIE MITTOO(the KULTURE KURUB) / SHOWY(STEP LIGHTLY)
KAZUO(ABOUT MUSIC) / BOLY(ONE STEP BEYOND) / ATAKA(REDi) / MATSUO(REDi)

info>>> https://www.kiethflack.net

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DOMMUNE スペシャル・プログラム決定!!!

 音楽・映像作家のドン・レッツがUKサブカルチャーの歴史を実体験と共に語る! リビングレジェンド、ドン・レッツの貴重なトーク・セッション。
 音楽編は6月14日はDOMMUNEスタジオから、そして6月17日の映像編では日本未公開のDON LETTS自身が撮りためた70年代のUK レゲエ、パンクシーンの貴重な映像、“DON LETTS TWO SEVEN CLASH”を東京から世界のサブカルチャーを発信しているDOMMUNEがFRED PERRY旗艦店からコラボ発信する!

【DON LETTS TALK SESSION Part.1】
日時:6/14(THU) 19:00~21:00
会場:DOMMUNE
出演:Don Letts 、野田 努 (ele-king)
info>>> dommune.com

【DON LETTS TALK SESSION Part.2】
DON LETTS x DOMMUNE x FRED PERRY
日時:6/17(SUN) 19:00~21:00
会場:フレッドペリーショップ東京 東京都渋谷区神宮前5-9-6
出演:Don Letts 、野田 努 (ele-king)、オカモトレイジ (OKAMOTO’S)、通訳:原口 美穂

入場無料

ストリーミング:https://www.dommune.com/ ※6月17日(日)19:00 配信開始予定
info>>> https://www.fredperry.jp/news/2018/06/don_letts_dommune.php dommune.com


※“DON LETTS TWO SEVEN CLASH”ー

DON LETTS自身が撮りためた70年代のUK レゲエ、パンクシーンの貴重な映像。(日本未公開)

人種問題がはびこる当時のUKノッティング ヒル・カーニヴァルの緊張感ある映像やBOB MARLEY、LKJやBIG YOUTHからSEX PISTOLS、THE CLASH、ROXY CLUBの生々しい映像等、お宝シーンが満載!

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☆DON LETTS
(DUB CARTEL SOUND STSTEM, LONDON)

 ジャマイカ移民の二世としてロンドンに生まれる。'76-77年にロンドン・パンクの拠点となった〈ROXY CLUB〉でDJを務め、集まるパンクスを相手にレゲエをかけていたことから脚光を浴び、パンクとレゲエを繋げたキーパーソンの一人。同時にリアルタイムで当時の映像を撮り、'79年に初のパンク・ドキュメンタリー映画『PUNK ROCK MOVIE』を制作。またブラック・パンクの先駆バンドBASEMENT 5の結成に携わり、THE SLITSのマネージャーもつとめる。'80年代半ばにはTHE CLASHを脱退したMICK JONESのBIG AUDIO DYNAMITEで活動、さらにBADを脱退後の'80年代末にはSCREAMING TARGET(※BIG YOUTHのアルバムより命名)を結成し、“Who Killed King Tuby?"等をヒットさせる。音楽活動と平行して、多くの音楽ヴィデオやBOB MARLEY、GIL SCOTT-HERON、SUN RA、GEORGE CLINTON等のドキュメンタリー・フィルムを制作、’03年にTHE CLASHのドキュメンタリー『WESTWAY TO THE WORLD』でグラミー賞を受賞する。そして'05年にはパンクの核心に迫った『PUNK:ATTITUDE』を制作。DUB CARTEL SOUND SYSTEMとしてスタジオワーク/DJを続け、SCIENTISTの"Step It Up"、CARL DOUGLASの“Kung Fu Fighting"等のリミックスがある他、〈ROXY CLUB〉期のサウンドトラックとなる『DREAD MEETS PUNK ROCKERS UPTOWN』('01年/Heavenly)、名門TROJAN RECORDSの精髄をコンパイルした『DON LETTS PRESENTS THE MIGHTY TROJAN SOUND』('03年/Trojan)、'81-82年に彼が体験したNY、ブロンクスのヒップホップ・シーンを伝える『DREAD MEETS B-BOYS DOWNTOWN』('04年/Heavenly)の各コンパイルCDを発表している。'07年には自伝「CULTURE CLASH-DREAD MEETS PUNK ROCKERS」を出版。'08年にコンパイル・アルバム『Don Letts Presents Dread Meets Greensleeves: a West Side Revolution』がリリース。'10年にメタモルフォーゼ、'11年にはB.A.Dの再結成でオリジナルメンバーとしてフジロックフェスティバルに出演。'15年7月、井出靖氏が主宰するレーベル、Grand Gallery10周年を記念し、日本人アーティストをメインにセレクトしたMIX CD『Don Letts Presents DREAD MEETS YASUSHI IDE:IN THE LAND OF THE RISING DUB』を発表、日本ダブ史のエッセンスを内外に明示する。
BBC RADIO 6 Musicにて毎週日曜日”Culture Clash Radio"を持つ。
https://www.donletts.com/
https://www.bbc.co.uk/6music/shows/don_letts/

Miki Yui - ele-king

 ドイツ・デュッセルドルフを拠点に活動する美術家/音楽家ミキ・ユイ、その待望の新作が、マンチェスターのエクスペリメンタル・レーベル〈Cuspeditions〉からでリリースされた。前作『Oscilla』から3年ぶりである。マスタリングは『Oscilla』から引き続きラシャド・ベッカーが手掛けた。
 彼女は故クラウス・ディンガーのパートナーであり、その遺作『JAPANDORF』の共同制作者でもあるのだが、多くの音響リスナーが知っているように、ミキ・ユイは『Small Sounds』(1999)、『Lupe Luep Peul Epul』(2003)、『Silence Resounding』(2005)、『Magina』(2010)、『Oscilla』(2015)などの音響作品を継続的にリリースし続けてきた音響作家である。

 2015年に自主レーベルからリリースされた前作『Oscilla』は、(リリース当時)5年ぶりのソロ・アルバムだったが、非常に印象深い音響作品に仕上がっていた。音が放つ空気の層が澄んでおり、聴くほどに空間と体に浸透するようなミニマルなサウンドが生成・構築されていたとでもいうべきか。電子音であるとか、フィールド・レコーディングであるとか、そんな技法的な形式に囚われず、ただ、「そのむこう」で鳴っている音/時間に満ちていたのである。
 この新作『Mills』も同様だ。本作もまたあらゆるドグマから自由な音楽/音響が、密やかに、清冽に、そして濃厚な時間の層のなかで生成している。まずは試聴して頂きたい。

 現在、テクノ〜音響派以降を経由した(主に西欧の)エクスペリメンタル・ミュージックは、ある種の現代的ロマン主義の弊害に陥っている。現代的ロマン主義とは、音それ自体から離れていく観念の肥大だ。観念をコンセプトと言い換えれば、コンセプチュアルなサウンド・アートもまたロマン主義の末裔ともいえる。いずれにせよ、音それ自体からは離れてしまう。
 Miki Yuiの音楽にはそれがない。音が音として具体的に手触りとして存在している。とくに前作から、その傾向がより強くなってきたように思える。それぞれの音が、それぞれの音として、ただ、存在し、鳴り、そして舞う。作曲者の意図が全編を覆いがちな(その結果、ロマン主義的な抽象性へと帰結してしまうような)現代の電子音楽であって、稀有な音楽/音響である。

 新作『Mills』でも、それはまったく変わっていない。音はまろやかに、同時に音の輪郭線と構造は明確だ。そのうえ風に揺れる木の葉のようにしなやかである。そう、音が、「そこ」にある感覚とでもいうべきか。
 本作にコメントを寄せたスラップ・ハッピーのアンソニー・ムーアは「このアルバムは私に あたかも演劇作品を見ているかのような錯覚をあたえる。それぞれの音は独立していて、独自の役柄が巧妙なドラマツルギーにそって物語をつくりあげてゆく」と評しているが、「ドラマツルギー」と語っている点が重要に思える。音と音、その存在同志が奏でる饗宴。

 アルバムには全5曲が収録されているが、どの曲も電子音と、環境音と、微かなノイズによる落ち着いた音色/トーンのミニマル・ミュージックに仕上がっている。聴き込んでいくと分かるが、そのミニリズムは、あるとき必然のように不意に逸脱する。その逸脱の瞬間と持続がとてもスリリングなのである。
 穏やかなミニマリズムが微かなグリッチ音の介入によって僅かなズレと逸脱を生む“dial sun”、遠い夜の世界に響くような打撃音とざわめきのようなノイズが交錯する“granit”と“salute”、生成と消失を反復し空虚の中の清冽さを鳴らすミニマル/ドローンの“mica”、12分に及ぶ長尺のなか(本作の重要曲のはず)、さまざまな音と音が微かに触れ合うように蠢き、変化を遂げる“solareo”、冒頭の“dial sun”と対を成すような“dial moon”の何かを叩くような乾いた音と電子音の反復。
 これら全5曲を聴き終えたとき記憶と耳に残るものは、鉄を軽く叩くような乾いた音であった。柔らかな夢のような持続音、密やかなノイズ、環境音のミニマルな断片、それらのサウンド・エレメントが「音楽」として丁寧に織り上げられていることへの静かな驚き……。それは人が持っている原初の音の記憶のようだ。

 音に触れて、音のなかに潜むもうひとつ音を鳴らすこと。その存在を許容するように生成すること。ここには観念より、より具体的な音の手触りがある。それは、どこか「夜の音」のようだ。「夜」という時空間において、見慣れた木々がまた別の存在感を放つように。
 本作は紛れもなくミキ・ユイの最高傑作である。だが、そんな大げさな形容に意味はない。ただ、音を聴くこと、その秘密を聴くこと。リスニングの魅力と贅沢がここにあるのだから。

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