「iLL」と一致するもの

drøne - ele-king

 ドローン(drøne)は、マイク・ハーディング(Mike Harding)とマーク・ヴァン・ホーエン(Mark Van Hoen)によるエクスペリメンタル・サウンド・アート・ユニットである。今年頭、彼らの4作目のアルバム『The Stilling』がリリースされた。この特異な作品にについて語る前に、まず、ふたりのメンバーについての簡単な紹介からはじめたい。とてもスペシャルなユニットなのだ。

 マイク・ハーディングは英国のエクスペリメンタル・ミュージックの老舗〈touch〉の創設者である。彼はレーベル運営の傍、自身の音源をいくつかをリリースしている。1998年に、彼はフェネス、ハーディング、レーバーグ(Fennesz Harding Rehberg)『Dĩ-n』を〈Ash International〉からリリースした。20分ほどの音響作品だ。ちなみに〈Ash International〉は、マイク・ハーディングと音響作家のスキャナーことロビン・リンボー(Robin Rimbaud)が1993年に設立したレーベルである。
 2011年、〈touch〉から7インチ・レコードでマイク・ハーディング「Repaired/Replaced」をリリースした。ジョン・ヴォゼンクロフトによる美麗なアートワークによるこの作品は、短いながらも秀逸な環境録音作品である。さらに〈touch〉から2001年に発表されたコンピレーションアルバム『Ringtones』に MSCHarding 名義の楽曲を収録し、〈Cabinet〉から2001年にリリースされたコンピレーション・アルバム『Cabinet #3: Squall』に MSC Harding 名義で楽曲を提供している。

 マーク・ヴァン・ホーエン(Mark Van Hoen)は、ポストロック・バンド~エレクロトロニック・ミュージックの草分け的存在シーフィールの初期メンバーで、ロカスト(Locust)やソロ名義でも活動するアーティストである。
 マーク・ヴァン・ホーエン名義では1995年に同じく元シーフィールのメンバーである ダレン・シーモア(Daren Seymour)と『Aurobindo: Involution』を〈Ash International〉から送り出した。2年後の1997年には〈touch〉から2枚組『The Last Flowers From The Darkness』をリリースする。翌1998年は〈R&S Records〉傘下のアンビエント・レーベル 〈Apollo〉から『Playing With Time』を発表し、2004年には英国〈Cargo Records〉傘下の〈Very Friendly〉から『The Warmth Inside You』を発表した。2010年代以降は「Boomkat」のオーナーでもある Shlom Sviri と〈Morr Music〉からリリースしたアルバムでも知られる Herrmann&Kleineの Thaddeus Herrmann が運営する〈City Centre Offices〉から『Where Is The Truth』をリリースした。2012年には〈Editions Mego〉から『The Revenant Diary』、2018年には〈touch〉から『Invisible Threads』を発表する。
 ロカスト名義でも、94年に〈Apollo〉から『Weathered Well』を発表して以降も活動を継続している。00年代以降も2001年に〈touch〉から『Wrong』、2013年に〈Editions Mego〉から『You’ll Be Safe Forever』、2014年に同レーベルから『After The Rain』を送り出す。2019年にはアンビエント作家の Min-Y-Llan = Martin Boulton 主宰〈Touched - Music For Macmillan Cancer Support〉から『The Plaintive』をデータ配信で発表した。

 そんな経験豊富なふたりによるドローンは、2016年に、カール・マイケル・フォン・オスウルフ(Carl Michael Von Hausswolff)の娘であり、アーティストとしても知られるアンナ・フォン・オスウルフ(Anna von Hausswolff)主宰のレーベル〈Pomperipossa Records〉から最初のアルバム『Reversing Into The Future』をリリースした。翌2017年には同レーベルから『A Perfect Blind』と自主リリースでCD作品『Mappa Mundi』を発表する。そして2020年、約3年の歳月を経て、〈Pomperipossa Records〉から新作『The Stilling』がリリースされたわけである。

 本作『The Stilling』もこれまでの作品同様に夢のような幻想的なサウンドスケープを形成しているが、より成熟した技法によって実験的な短編映画のようなサウンドへと変貌を遂げた。世界各国(なんと日本も)で録音された環境音が溶けるような1め “Mumming” から引き込まれる。環境録音とそのむこうに鳴るドローンの交錯は刺激的であり麗しくもある。そのサウンド空間は、けっして穏やかなだけではなく、ある種の不穏さや性急さがレイヤーされている点にも注目したい。続く2曲め “Influence Machines” も上空から世界の雑音を高速スキャンするような音響を展開する。音響と音楽の境界線を溶かすような3曲め “Vitula” は、アルバム中でも特に重要な曲だ。ヴァイオリンを、2019年に〈touch〉からアルバムをリリースしたばかりのザッカリー・ポール(Zachary Paul)が、チェロを前作『A Perfect Blind』や〈touch〉より発売されたサイモン・スコット(Simon Scott)の『Soundings』にも参加していたチャーリー・カンパーニャ(Charlie Campagna)が演奏している。人の息吹を折り重ねた4曲め “Sunder” では人のよりパーソナルな領域へと音響が接近する。そしてラスト3曲 “In The Eye”、“The Stilling”、“Hyper Sun (Including Every Day Comes And Goes)” では、環境音とドローンが高密度に交錯・融解し、まるで聴き手の耳と記憶に急速に浸透するようなサウンドスケープを展開する。次第に壮大な音響が生成されていくさまは、まさに圧巻というほかない。そのほかゲストとして Smegma の Nour Mobarak や Bana Haffar らも参加している。

 以上、全7曲、どのトラックも成層圏から地上、そしてヒトへと高速ズームアップするようなサウンドであった。そのうえまるで記憶が溶けていくような不思議なノスタルジアを放っている。彼らの最高傑作であるばかりでなく、近年のエクスペリメンタル/ドローン作品の中でも出色の出来といえよう。

『Zero - Bristol × Tokyo』 - ele-king

 先月12日に急逝した下北沢のレコード店オーナー、飯島直樹さんを追悼するコンピレーション『Zero - Bristol × Tokyo』が3月11日にリリースされる。作品はバンドキャンプを経由してリリースされ、現時点では数曲が先行公開中だ。
https://bs0music.bandcamp.com/album/bristol-x-tokyo
 飯島さんが親交を持っていた、ブリストルの伝説的アーティスト、スミス&マイティのロブ・スミスと、生前、彼もその中心メンバーだった東京のクルー、BS0が中心となって今作の制作は始動した。彼らの呼びかけに応え、ブリストルと東京のアーティストを中心に、総勢61曲もの楽曲がこのコンピレーションのために寄付された。今作の売り上げは、彼のご遺族へと送られる。

 このプロジェクトが開始したのは、飯島さんが亡くなる直前のことだ。フェイスブック内に立ち上げられたページ「Raising Funds For Naoki DSZ」には、今作の発表と同時に公開されたブリストルのアーティストの集合写真の撮影風景を収めた動画が投稿されている。ロブ・スミスをはじめ、レイ・マーティやDJダイ、ピンチやカーンなど、ブリストルの音楽シーンを担う重要人物たちが、飯島さんのために集結した。そのブリストル勢に答えるように撮影された東京チームの写真も、飯島直樹/Disc Shop Zeroへの敬意に溢れた力強い一枚である。
 ブリストル側の制作チームによって執筆されたプレス・リリースにあるように、飯島さんは、その生涯を通じてブリストルのアーティストたちとの交流し、その紹介を「何かに取り憑かれたように」行ってきた。その活動は現地のアーティストやレーベルとの交友の上に成り立っている。そして、最近ではブリストルの名レコード店/レーベルの、アイドルハンズが「Tribute to Disc Shop Zero」(2017)というトリビュート盤を出しているように、その関係は東京からの一方向に留まるものではなかった。
 また、飯島さんはブリストルと東京のアーティストを積極的に繋げる役割も果たしてきた。シンガー/プロデューサーのG.リナとロブ・スミス、MC/詩人のライダー・シャフィークと日本のビムワン・プロダクションなど、彼を経由して生まれたコラボレーションは多い。東京の若手プロデューサーのMars89やダブル・クラッパーズのブリストルのアーティストやレーベルとの交流も積極的に取り上げていた。

 『Zero - Bristol × Tokyo』には、飯島さんがライフワークとして取り組んできた彼らとの交友関係が凝縮されている。そこに収められた音源も非常に強力だ。スミス&マイティやヘンリー&ルイスといった、ブリストル・サウンドのハートと呼ぶべき重鎮たちからは、重厚なダブ・サウンドが放たれ、そこにブーフィーやハイファイブ・ゴーストなどの若いグライム・サウンドが重なり、ゼロの店頭の風景が脳裏をよぎる。

 亡くなるまでの5年間に、飯島さんが取り組んでいたBS0のパーティに登場したカーン&ニーク、ダブカズム、アイシャン・サウンド、ヘッドハンター、ガッターファンク、サム・ビンガ、ライダー・シャフィークといった豪華なアーティストたちの新作音源が今作には並んでいる。グライム、ステッパーズ、ガラージ、ドラムンベースなど、彼らの音にはゼロが紹介してきた音が詰まっていて、そのどれもがサウンドシステムでの最高の鳴りを期待させる仕上がりだ。他には〈Livity Sound〉のぺヴァラリストとホッジ、さらにはグライムのMCリコ・ダンを招いたピンチとRSDの豪華なコラボレーションも必見である。

 日本勢からも多くの力作が届いている。パート2スタイルやビムワン、イレヴンやアンディファインドなど、日本のダブ・サウンドを担う者たちが集結。さらにG.リナの姿もあり、カーネージやデイゼロ、シティ1といったダブステップの作り手たちや、グライムのダブル・クラッパーズも収録されている。ENAやMars89など、ベース・ミュージックを重点に置きつつも、その発展系を提示し続けるプロデューサーもそこに加わることによって、サウンドの豊饒さが一層深くなっている点にも注目したい。BS0のレギュラーDJである東京のダディ・ヴェダや、栃木のBライン・ディライトのリョーイチ・ウエノなど、飯島さんが現場から紹介してきた日本のローカルのDJたちからは、フロアの光景が目に浮かんでくるようだ。

 ここに収録されたすべての作り手たちと飯島さんは交流を結び、レコード店として、ライターとして、時にはパーティ・オーガナイザーとして我々の元にその音を届けてくれた。ゼロがいままで伝えてきたもの、そして、そこから巻き起こっていくであろう未来の音を想像しながら、今作に耳を傾けてみたい。生前、「ゼロに置いてある作品のすべてがオススメ」と豪語していた彼の言葉がそのまま当てはまるのが、『Zero -‘Bristol × Tokyo'』である。
(髙橋勇人)

Various Artists - Zero - ‘Bristol x Tokyo’
Artist : Various Artists
Title : Zero - ‘Bristol x Tokyo’
Release date : 11th March 2020 (band camp pre-order from 4th March 2020 - )
Genre - Dub, Dubstep, Drum n’ Bass / Jungle, Grime, Bass, Soundsystem Music
Label : BS0
Format : Digital Release via Bandcamp https://bs0music.bandcamp.com/

東京の名レコード店Disc Shop Zeroの店長であり、レベルミュージック・スペシャリストであり、そしてブリストル・ミュージックのナンバーワン・サポーターだったNaoki ‘DSZ’ E-Jima(飯島直樹)は、2020年2月12日、短くも辛い闘病ののち、多くの人々に惜しまれながらこの世を去った。その生涯と仕事を通して、Naokiはブリストルと東京の音楽シーンの重心として活躍し、同時に多大なる尊敬を集め、素晴らしい友情を育んできた。この新作コンピレーション『Zero - Bristol × Tokyo』の目的は、二つの都市が一丸となり、61曲にも及ぶ楽曲によって、この偉大な男に敬意を示すことである。リリースは、彼の誕生日である2020年3月11日を予定している。

Naokiのブリストル・ミュージックへの情熱は90年代にはじまる。当時、彼は妻のMiwakoとともに音楽ジャーナリストとしても活動していた。この約30年間、二人はブリストルを頻繁に訪れ、アーティストと交流し、レコード店を巡り、そして何かに取り憑かれたようにローカル・シーンを記録し続けた。二人はハネムーンでさえもブリストルで過ごしたほどだ。

Naokiのレコード店であるDisc Shop Zeroは、ブリストルで生まれた新旧両方のサウンドに特化していて、それと同時に、東京のアーティスト、並びに世界中の多くのインディペンデント・レーベルを支援していた。彼を経由した両都市のレーベルとアーティストたちの繋がりも重要
で、多くの力強い結束と友情がそこから生まれた。

近年では、音楽を愛する同志たちと共に、彼はあるムーヴメントを始動させている。「BS0」と銘打たれたそれは、想像上のブリストルの郵便番号を意味し、多くのブリストルのDJとアーティストたちに東京でのパフォーマンスの機会を与え、ツアーを企画し、二つの都市の間に架け橋を築き上げた。Kahn&Neekをフィーチャーした初回のイベント(BS0 1KN)は大成功を収め、後に定期的に開催される「東京のブリストル」のための土台となった。

本コンピレーションのために、世界中から親切にも寄付された楽曲が集まった。その多くが今作のために制作されたものだ。ブリストルと東京だけではなく、さらに遠く離れたグラスゴーのMungo’s HIFIやウィーンのDubApeたち、さらにその他の地域のアーティストたちも参加している。

トラックリスト:
1. Jimmy Galvin - 4A
2. Crewz - Mystique
3. Popsy Curious - Jah Hold Up the Rain
4. Chad Dubz - Switch
5. Henry & Louis ft Rapper Robert - Sweet Paradise (2 Kings Remix)
6. Ree-Vo - Steppas Taking Me
7. Smith & Mighty - Love Is The Key (steppas mix) ft Dan Rachet
8. LQ - Jupiter Skank
9. Part2Style - Aftershock
10. Arkwright - Shinjuku
11. Mungo's Hi Fi - Lightning Flash and Thunder Clap
12. Bim One Production - Block Stepper
13. Alpha Steppa - Roaring Lion [Dubplate]
14. Headhunter - Mirror Ball
15. V.I.V.E.K - Slumdog
16. Ryoichi Ueno - Burning DUB 04:27 17. Pev & Hodge - Something Else
18. Teffa - Roller Coaster
19. Lemzly Dale - So Right
20. CITY1 - Hisui Dub
21. Big Answer Sound - Cheater's Scenario ft Michel Padrón
22. Mighty Dub Generators - Lovin
23. Karnage - Drifting
24. Karnage - Agreas
25. LXC & JB - Men Hiki Men
26. Alpha - On the Hills Onward Journey
27. Boofy - Unknown Dub
28. Daddy Veda - Sun Mark Step
29. Antennasia - Beyond the Dust (album mix)
30. ELEVEN - Harvest Road
31. Atki2 - Mousa Sound
32. Boca 45 - Mr Big Sun (ft Stephanie McKay)
33. DubApe - Hope
34. Hi 5 Ghost - Disruptor Rounds
35. G.Rina (with King Kim) - Walk With You
36. ENA - Columns
37. Red-i meets Jah 93 - Jah Works
38. Peter D Rose - It's OK (Naoki Dub)
39. Flynnites - Freak On
40. Pinch x Riko Dan x RSD - Screamer Dub 04:02
41. BunZer0 - Vibrant
42. Dub From Atlantis - You Are What You Say
43. Suv Step - Jah Let It Dub
44. DoubleClapperz - Ponnamma
45. Denham Audio & Juma - Ego Check (Unkey remix)
46. Mars89 - I hope you feel better soon
47. Kahn & Neek - 16mm
48. Dayzero - Convert hands
49. Sledgehead - Rocket Man
50. Jukes ft Tammy Payne - Tunnel
51. Tenja - We Chant (New Mix)
52. RSD - Lapution City (Love Is Wise)
53. DJ Suv - Antidote
54. DieMantle - Shellaz
55. Ishan Sound - Barrel
56. Ratman - Sunshine
57. Tribe Steppaz - Slabba Gabba
58. Scumputer - PENX - Mary Whitehouse edit
59. Dubkasm - Babylon Ambush (Iration Steppas Dubplate Mix)
60. Undefined - Undefined-Signal (at Unit, Tokyo)
61. Dubkasm - Monte De Siao - Sam Binga / Rider Shafique DSZVIP

クレジット:
Cover Art by Joshua Hughes-Games
Original 'BS0' Kanji drawn by Yumiko Murai
Group photography by Khali Ackford (Bristol) & Yo Tsuda (Tokyo)
Special thanks to Ichi “1TA” Ohara Bim One & Rider Shafique for Tokyo/Bristol co- ordination

Big love & thanks to all BS0 crew & all Bristol crew
Big love & thanks to Annie McGann & Tom Ford
Special love & thanks to Miwako Iijima

全ての楽曲は、我々の旧友である飯島直樹(Disc Shop Zero, BS0)の ためにアーティストたちから無償で寄付され、売り上げは彼の遺族へと 直接送られます。

Eternal love & thanks to Naoki san - you remain ever in our hearts.
直樹さんに永遠の愛と感謝を。あなたは私たちのハートとずっと一緒です。

Pop Smoke - ele-king

 2020年2月19日、午前4時半頃。フードを被った4人の男がハリウッド・ヒルズのある邸宅に侵入。豪邸が立ち並ぶ明け方の街に、数発の銃声が鳴り響く。複数の銃弾を受けた20歳の男、Bashar Barakah Jackson は、シダーズ・サイナイ医療センターに搬送されるも、命を落とす。

 ブルックリン出身の Jackson は、“Pop Smoke” というステージ・ネームを名乗っていた。

 99年、ジャマイカ系の母とパナマ系の父のもとに生まれたという彼は、パナマ系の名前が「パッパ(Poppa)」であり、それがいつしか「ポップ(Pop)」と呼ばれるようになった、と語っている。仲間を「パパ」とは呼びたくないからだろう、と。

 その Pop Smoke がラッパーとして注目を集めたのは、2019年4月にリリースした “Welcome to the Party” という曲だった。この原稿を書いている時点では YouTubeで3,300万回、Spotify で2,400万回以上聴かれている(前週にもチェックしたが、いずれも数百万回単位で増えている)。Complex や XXL といったメディアが昨年のベスト・ソングに選んだ “Welcome to the Party” は、2019年を代表する一曲として受け止められ、ニッキー・ミナージュによるリミックスも注目を集めた。あの曲が Pop Smoke という名前とブルックリン・ドリルのサウンドを街の外に知らしめた、と言っていいだろう。Pop の重要性は、“Welcome to the Party” をヒットさせ、ブルックリンの顔役としてドリル・シーンを牽引してきたことにある。

 同年7月、Pop は〈ビクター/リパブリック〉からデビュー・ミックステープ『Meet the Woo』をリリース。その後もブロンクスの Lil Tjay が客演した “War”など、休みなくシングルを発表しつづけ、年末には Travis Scott の JACKBOYS からもフックアップされる。注目を集めるなかで今年2月にリリースされたのが、この『Meet the Woo 2』だった。

 そもそもシカゴのサウス・サイドのギャングスタ・ラップとして先鋭化したドリルは、ロンドンを中心とするイギリスのロード・ラップ・シーンに輸入され、同地でグライムやUKガラージなどと交雑し、やがてUKドリルとして特異化した。英国のプロデューサーたちが生み出す独自のスタイルとリズムを持ったドリル・ビートは、タイプ・ビート・カルチャーが発展するなかでブルックリンの若いラッパーたちによって注目され、海を越えてオンライン上で取り引きされるようになる。ブルックリンのMCたちが 808 Melo や AXL Beats といったプロデューサーたちのビートを買い、その上でラップをしたことで、ブルックリン・ドリルのシーンは独自の展開を見せていく。

 シカゴ南部、ロンドンのブリクストン、そしてNYのブルックリン……。言葉とビート、スタイルとフロウがいくつものフッドを経由し、複雑に交錯した結果生まれた混血の音楽──それがブルックリン・ドリルだ、とひとまず言うことができるだろう(そのあたりのことは、FNMNLの「ブルックリンドリルの潮流はいかにして生まれたか?」にも詳しい)。

 低くハスキーにかすれた声を持ち、まるで言葉を吐き出すような独特の発声、狼の雄叫びのようなアド・リブ(“woo”)をシグネイチャーとする Pop は、ドリルのビートにのせてブルックリンのストリート・ライフをレプリゼントしていた。たとえば、『Meet the Woo 2』からカットされたシングル “Christopher Walking”は、ニューヨークを舞台とするクリストファー・ウォーケン主演のマフィア映画『キング・オブ・ニューヨーク』にかけたものだし(「俺がニューヨークの王だって、彼女は知っている」)、JACKBOYS との “GATTI”では「俺はフロス(ブルックリンのカナージー)から来た」とラップしながら、自身のクルー “Woo” と敵対関係にあるライバルの “Cho” をこき下ろす。

 Migos の Quavo や A Boogie wit da Hoodie といった売れっ子、ブルックリンの同胞である Fivio Foreign などが参加した『Meet The Woo 2』は、シーンの急先鋒を行く者として、Pop の立ち位置を決定的なものにする作品になる、はずだった。だがいまでは、「フロッシー(カナージー)に来るなら、銃を持っておいたほうがいい」「空撃ちか? 俺が怖いのか?」(“Better Have Your Gun”)というラインも、「無敵に感じるんだ」(“Invincible”)という豪胆さも、「俺は武装していて危険だ」(“Armed n Dangerous (Charlie Sloth Freestyle)”)という虚栄も、なにもかもがむなしく感じられる。

 Pop の殺害は当初、強盗目的だとも考えられていた。が、実はそうではなく、計画的なものだったと見られている。死の直前にはニューヨークでのショーへの出演をキャンセルするなど、彼は敵対していたギャングとのトラブルの渦中にいたからだ。

 暴力と金銭欲を礼賛し、称揚していた Pop の死を、自業自得だというのは易い(Pop の死後、Cho のメンバーたちが彼の死を嘲り笑う投稿がソーシャル・メディア上で散見されたことは、指摘しておく必要があるだろう)。しかし、パーコセットとコデインの過剰摂取で亡くなった Juice WRLD にしても、彼らの死の背後には、ひとびとの憎しみと欲望が渦巻く社会があり、システムがあり、歴史がある。特に、武装権と絡み合った市民の銃所持、それとコンフリクトする銃規制の議論は、アメリカという国の重要な一側面を象徴する問題である。一方でギャングスターたちのひとりひとりが背負っているのは、壊れた街を舞台とする、生々しい暴力である。

 21 Savage は、こうラップしていた。“How many niggas done died? (A lot)”と。そして Childish Gambino は、こうラップしていた。“This is America / Guns in my area”と。

 わたしは、何度もじぶんをかえりみ、みずからに問いかける。アメリカ社会の異常さを知りながら、銃声を模したアド・リブや発砲音、「グロックがどうだ」というリリックが詰め込まれたラップ・ミュージックを「リアル」だとして享受し、消費しているわたしはなんなのだろう、と。答えはでない。

 Pop の音楽には、いくつもの可能性があったはずだ。そもそも、きわめてドメスティックだったアメリカのラップ・シーンと英国のそれとが直接的に交差したことは、(近年、カナダの Drake が積極的に試みてきたにせよ)それ自体が珍しいことだったし、“Welcome to the Party” をロンドンの Skeptaリミックスしたことは、そういったカルチャーのクロスを象徴していた。

 またそのリズムとグルーヴには、トラップ・ビートが一般化したアメリカのポップ・ミュージックの現況を相対化する力が宿っていた。トラップ・ビートが前提条件となり、一種の「環境」と化した今、超低音のサブ・ベースとキックとが同時に鳴らされることでベースラインはほとんど消失し、グルーヴは均一化されている。そういった状況において、UKベースの伝統に由来するドリルの跳ね回るリズムや太くうねるベースラインは、トラップ一辺倒のシーンに異論をなげかける、オルタナティヴになりうる。ドリル・ビートがアメリカのポップ・ミュージックにグルーヴを取り戻す、新しいグルーヴを提示する、というのはいいすぎだろうか。

 そういったブルックリン・ドリルの可能性は、Pop 亡きいま、同地の仲間たちが担っていくことになるだろう。先に挙げた Fivio Foreign はもちろん、Sheff G、22Gz、Smoove’L、PNV Jay……すでに多くのラッパーたちが活躍している(Woo と Cho との対立は温存されたままではあるものの)。さらに、アメリカのプロデューサーたちもドリル・タイプのビートをつくりはじめている。シーンとは無関係だったラッパーたちもドリル・ビートにラップをのせはじめているし(Tory Lanez の “K Lo K”などがそれにあたる)、これが一過性のブームに終わるか、ラップ・ミュージックのスタイルとビート/リズムの発展に寄与するかは、もうすこし見守ってみないとわからない。

 皮肉なことに、Pop が亡くなってから、彼のシングル “Dior” が初めて Billboard Hot 100 にチャート・インした。典型的なブルックリン・ドリルのサウンドとスタイルを伝えるこの曲は、これからも広く聞かれていくことになるだろう。

 いずれにせよ、Pop の死を典型的なギャングスタ・ラップの伝説として、素朴に消費してはならない。

 RIP Pop Smoke

interview with Bernard Sumner - ele-king

 まずはバーナード・サムナーから今回の来日公演延期に関してのメッセージを。

 私たちは日本が大好きで、この決定をしなければならないことを残念に思っています。
しかしながら新型コロナウイルス感染症発症について不明確な部分が多く見られる現状から、東京と大阪の公演については当分の間延期とすることが最善であると考えました。これについてはファンの健康を危険にさらしたり、帰国時にウイルスを拡散する可能性の発生を避けたいという点も考慮しました。
この状況が解消され次第、できるだけ早く日本に戻ってくることを約束します。
バーナード・サムナー

We love Japan and are sorry to have to make this decision. However, with the uncertainty of the ongoing Coronavirus outbreak, we felt it was best to put our shows in Tokyo and Osaka on hold for the time being. As we would also hate to put our fan’s health at risk, or the possiblity of spreading the virus upon our return. We promise we will be back as soon as we can, once this situation has rectified itself.
Bernard Sumner

 さて、以下のインタヴューは、2019年10月9日水曜日、ニュー・オーダー(NO)のヨーロッパ・ツアー中におけるベルリン公演の際に録ったものである。このツアーのサポートアクトを務めたのは、中国・成都を拠点に活動するバンド、STOLEN(秘密行動)。石野卓球もリミックスで絡んでいる、いま注目のエレクトロニック・バンドである

 それで、昨年のベルリンといえば壁崩壊から30年を迎え、さまざまなイベントがおこなわれたわけだが、バーニーをはじめとするオリジナルNOの面々は、ジョイ・ディヴィジョン(JD)時代に初めてベルリンを訪れている。そもそも、前身のバンドの名がウォルソー(ワルシャワ)であり、東欧のイメージを好んでいるし、JDもナチスの慰安婦施設の名前から取られている。彼らにとってベルリンは特別な街である。

これがSTOLENの面々。マジ格好いいし、じつはこのインタヴューが載せられるのも彼ら経由でもあります。応援しましょう!

STOLENのようなバンドにとって、ごく普通のポップ・ミュージックをプレイするのは簡単なことだと思う。つまらない、どこに行っても聞こえてくるようなポップ・ミュージック、君も耳にするだろう? STOLENはメインストリームからはちょっと離れていて、少しだけ、より実験的なことをやろうとしている。勇気があるよね。

ベルリンでのライヴはいかがでしたでしょうか?

バーナード・サムナー(BS):すばらしかったよ! ベルリンでプレイするのは好きだね。ベルリンという街、ベルリンにいる人たちが好きだ。すばらしいヴァイヴを持っているよね。たぶん、みんなそう言うと思うよ。本当のことだから。
 ベルリンでのライヴは本当によかったよ。ベルリンの前にプラハとミュンヘンの2か所でライヴをやって、そのほかにも、このツアーがはじまる前にヨーロッパのサマーフェスに出演した。ソナーにも出演したね。このツアーでの最初のふたつの公演では、ちょっと苦労したんだ。大きな野外フェス会場ばかりでプレイした後だったから、屋内でのサウンドに慣れなければいけなかった。野外だと、音は空気中に散らばっていって、ドライな感じなんだけど、屋内でプレイすると、途端に会場内の音響が全部耳に入ってくる。だから最初の2公演では、音に慣れるのが難しかった。そして3公演目のベルリンでは、音と一体になることができた。とても楽しんでライヴができたよ。

2019年3月には、マンチェスターでのライヴ・アルバムもリリースしましたし、2020年3月には日本でのライヴも予定されています(※延期になりました)。とくにいまはライヴに力を入れているのでしょうか?

BS:そうだね。ライヴをたくさんやっているね。ライヴをあまりやっていないときは、みんな「どうしてライヴをやらないんだ?」って言うんだよ。そして、いま、ライヴをやっている。そうすると「どうしてレコーディングしないんだ?」って言われる。ファニーだよね。だから、ちょうどいいバランスを見つけるのが難しいんだと思う。新しい曲をつくろうかと思っているんだけど、バンド内ではまだちゃんと話されていないね。たぶん、いまはライヴ向きの体質になっているのかもしれない。いいホテルに泊まって、ライヴをやって、それがエキサイティングで、いいレストランで食事をして、すばらしい人たちに会ったり、僕らの音楽を好きでいてくれる人たちのためにプレイする。けっこういいライフスタイルだよね。だからライヴをやっているんだと思う。うん、本当にいい感じだよ。もちろん、本当にやりがいがある。
あと、ニュー・オーダーについてはこれを言っておかないとね。ニュー・オーダーの曲って本当に多いんだ。ジョイ・ディヴィジョンも含むととくに。みんなが好きな曲が何曲もある。どんなセットリストにしようか悩むね。それぞれをひとつのセットリストに組み込もうとすると長過ぎる。
 実際にプラハでは、1時間40分のライヴを想定していたんだけど、結局2時間のライヴになってしまった。いくつか長過ぎる曲があるからね。ニュー・オーダーはすでに、たくさんの曲を持っていて、新しい曲を書くと、本当に毎回、「どんなセットリストにすればいいんだろう?」って頭を抱えているよ。

新曲と過去にリリースされた曲を一緒にプレイするのは、難しいのでしょうか?

BS:今回のツアーでは『Music Complete』から3、4曲プレイした。過去の曲も新しい曲も両方演っている。そうだね、ジョイ・ディヴィジョンから3、4曲、『Music Complete』から3、4曲、あとは、ニュー・オーダーの初期の曲も3、4曲、それ以降の曲も3、4曲ってところかな。いつも選曲には苦労しているけど、楽しんでもいるよ。

STOLENをフロントアクトに起用したのは、もちろんマーク・リーダー氏との繋がりもあると思いますが、あなた自身もお気に入りだからだと思います。彼らのどんなところが気に入っていますか?

BS:彼らのことは大好きだね。とてもいい奴らだよ。彼らに会う前にマークが彼らのアルバムを聴かせてくれたんだ。何度も何度もね。いいバンドだよね。とても勇気のあるバンドだと思う。STOLENのようなバンドにとって、ごく普通のポップ・ミュージックをプレイするのは簡単なことだと思う。つまらない、どこに行っても聞こえてくるようなポップ・ミュージック、君も耳にするだろう? どうしてか聞こえてくるよね。みんな、ファスト・フードを食べるように、ファスト・ミュージックを消費しているんだと思う。こんなにもファスト・ミュージックが溢れているなかで、STOLENはメインストリームからはちょっと離れていて、少しだけ、より実験的なことをやろうとしている。勇気があるよね。だからおもしろいんだ。彼らは中国において、レフトフィールドの先駆者だ、たぶん、アジアのなかでもね。
 最近は、どこだろうが場所に関係なく、若いバンドが成功するのは難しい。本当に難しいと思う。僕もかつては若いバンドだったわけで、成功へのはじめの一歩を踏み出すことがどんなことなのかわかっている。どこから彼らが現れようが、STOLENのような若いバンドをサポートできるのはいいよね。

ベルリンに初めて来たときのことを憶えている。僕は長い長い道を歩いていた。その道の最後には帝国議会議事堂があって、巨大な建物なんだ。建物の円柱のひとつに赤い何かが書かれているのを見つけた。近付くとそこには、誰かがスプレーで書いた「MUFC」という文字があった。そう、「Manchester United Football Club」。うわー、僕より先に、誰かがマンチェスターからここに来たんだ! と思ったよね。

1980年代に初めてベルリンを訪れたジョイ・ディヴィジョンと、ベルリンでプレイしたSTOLENに類似性は感じますか?

BS:いや、どのバンドもすべて、同じではないんだ。当時、僕らは本当に大変だった。未来がまったくわからなかった。

(ここで、バーナードはニュー・オーダーの「東京新木場 ニュー・オーダー 一寸先は闇」と日本語でプリントされたとツアーTシャツを見せてくれた)

 ──要するに、ジョイ・ディヴィジョンだった当時、僕らは何が未来なのか見えなかった。未来への手掛かりを何も持っていなかった。イアン(・カーティス)の死とともにあんな波乱万丈な未来が待ち受けているなんて、僕らの身に起きたすべてについて、本当に知る由もなかった。でも僕らは前に進んだ。僕はいま、ここにいる。本当にサヴァイヴァーのような気分だよ(にこりと笑って)。
 たくさんの人たちが死んでいった。イアンが死んで、マーティン・ハネット(音楽プロデューサー)、ロブ・グレットン(マネージャー)、そしてトニー・ウィルソン(〈Factory Records〉オーナー)やマイケル・シャンバーグ(MVプロデューサー/フィルムメイカー)も死んだ。そうだね……本当にショッキングだったよ。みんな若くして死んでしまって。嗚呼、神様! 僕らは大丈夫だよね……神の微笑みを我らに(笑)!
 そうだ、このTシャツは(日本語で)「誰に未来がわかるんだろう?」って書いてあるっぽいよね。ジョイ・ディヴィジョンとして僕らがベルリンでプレイした当時、未来が僕らに何をもたらすのかわからなかった。おそらく、STOLENにとっても同じだと思う。彼らの未来には、困難もあるだろうけど、良い先行きが待ち受けていると思う。最近は、音楽でインパクトを及ぼすことは難しい。何かユニークなものを持っていないとね。
 若いバンドにとって大事なことは、楽しむこと。自分たちがやっていることを大いに楽しまなければならない。そうでなければ、いま頃、普通の仕事に就いているかもしれない。たくさんの若いバンドが音楽をキャリアのように思っているけど、音楽はキャリアなんかじゃない。音楽とは自由である。自由であり、日常生活の退屈から逃れることだ。何かを表現すること、啓蒙すること、可能にすること。音楽とはそういうものだと僕は思っている。
 音楽とは、束縛から解放されることだ。なぜ、若いポップ・バンドは自ら、彼ら自身に囚われているのか? 音楽とは、抵抗でもある。精神的な枠や壁に抵抗すること。調和への抵抗。でも、暴力的だったり、政治的に秩序を乱すようなことではない。僕にとって、抵抗とは、クリエイティヴィティを通じて、人びとに楽しいことや喜び、幸せを与えながら、自分自身を自由にすることを意味している。

来年の日本でのライヴの抱負を聞かせてください。どんなライヴになるのか楽しみにしているファンも多いと思います。(※もちろん、延期になってしまいましたが、載せておきます)

BS:日本食を食べること(笑)! ごみごみした東京のストリートを散歩したり、皇居の周辺を散歩したり。そして、音楽。もっとも重要なことは、日本の熱心なファンに僕らの音楽を届けること。彼らは、僕らの音楽をどう楽しむのかわかっているよね。日本のオーディエンスはすばらしい。日本にまた戻れるのは、良いことだね。久しぶりだし。そうだね、ファンの皆が待っていた何かを、音楽を届けるのが、抱負だね。

2019年8月、ぼくたちはジョン・サヴェージの著作『この灼けるほどの光、太陽そしてその他の何もかも ──ジョイ・ディヴィジョン、ジ・オーラル・ヒストリー』の日本語版を出版しました。あの本の表紙の写真はベルリンで撮られています。ベルリンという街に対する特別な感情があるように思いますが、いかがでしょうか?

BS:以前からマーク・リーダーはベルリンにいて、〈Factory Records〉のベルリン特派員だった。マークを通じてその頃からすでにベルリンとのコネクションはあった。マークがコンタクト・ポイントだった。なぜなら、マークは元々マンチェスターに住んでいて、イアンとロブ・グレットンの友人だったんだ。マークはジョイ・ディヴィジョンを早くからKant Kino(映画館)に出演させてくれていた。僕らはとにかくどこでもいいから、ライヴがやりたかったんだ。そして、ヨーロッパ各地でプレイし、ベルリンはそのうちのひとつだった。
ベルリンに初めて来たときのことを憶えている。僕は長い長い道を歩いていた。その道の最後には帝国議会議事堂(現在の国会議事堂)があって、巨大な建物なんだ。僕はそれを見ながら歩いていた。そして、建物の円柱のひとつに赤い何かが書かれているのを見つけた。近付くとそこには、誰かがスプレーで書いた「MUFC」という文字があった。そう、「Manchester United Football Club」。うわー、僕より先に、誰かがマンチェスターからここに来たんだ! と思ったよね。当時、帝国議会議事堂は荒廃していて、弾痕だらけだった。
ベルリンは、先の大戦と東ドイツの影響で、とても興味深い街だった。たしか、ブランデンブルク門は壁に囲まれていたと思う。たぶん、合っていると思うけど、ブランデンブルク門は東ドイツ、帝国議会議事堂は西ドイツだったと思う。
独特な風景だった。もし君が壁を見に来て、東ドイツの国境警備隊が君を見つけたら、検問を受けるだろう。マークと一緒にチェックポイント・チャーリー(国境検問所)を通って東に入り、他にも2ヵ所行った。かなり不思議だったんだけど、西ドイツから車で入ったとき、実は両方の回廊を通るんだ。僕は当時、ウィーンから西の回廊地帯と東の回廊地帯の両方を通った。つまり、文字通り、回廊だったんだ。壁に囲われたような道。本当にクレイジーなメンタリティーがいつもそこには隣り合わせていた。ただただクレイジーだったね。東と西のあいだにはノーマンズ・ランドとして知られる地帯があった。有刺鉄線が張り巡らされ、もし誰かがその地帯を越えようものなら、自動発射銃に撃たれるだろう。野蛮に見えた。クレイジーだと思った。僕にはどうしてそうなったのかわかる。東に入ろうとする西の奴らを徹底的に排除するためさ。ロシア人による話だけどね。まあ、僕はそれが本当だとは思っていないけど(にこりと笑って)。
もし、冷戦時代について知りたいなら、『寒い国から帰ってきたスパイ』(ジョン・ル・カレ著)という小説が僕のおすすめだよ。

Oto No Wa - ele-king

 デンマークのレーベル〈Music For Dreams〉が2017年にスタートしたディガーによるコンピレーション・シリーズ「Serious Collector Series」。その最新盤は日本のアンビエント。タイトルは『音の和』(Selected Sounds of Japan1988-2018)。話題になった2018年の『環境音楽』に続くカタチで、Jアンビエントがまたまた世界にプロモートされる。
 アルバムを監修したのは、和モノブームにひと役買っているKen Hidakaをはじめ、Max Essa、Dr. Robといった曲者たち(原宿Bar Bonoboで毎月開催しているイヴェント、Lone Starの3人)。発売は3月27日で、アナログ盤、CD、デジタルでのリリースになる。
 『音の和』には、1988年から2018年までの音源から14曲が選曲されているが、あともう少しで来るであろう「90年代リヴァイヴァル」も先取りしております。リトル・テンポや横田進、井上薫なんかも入っていて、うーん、これは興味深い内容です。ぜひ、チェックしましょう。


トラックリスト
1. Yoshio Ojima - Sealed
2. Olololop - Mon (orte Remix)
3. Kazuya Kotani- Fatima
4. Schadaraparr- N.I.C.E. Guy (Nice Guitar Dub)
5. Little Tempo - Frostie
6. Karel Arbus & Eiji Takamatsu - Coco & The Fish
7. Kentaro Takizawa - Gradual Life (Album Version)
8. Yoshiaki Ochi- Balasong
9. Kaoru Inoue - Wave Introduction
10. Little Big Bee - Scuba (Original Version)
11. Coastlines - East Dry River
12. Susumu Yokota- Uchu Tanjyo
13. Chillax- Time And Space
14. Takashi Kokubo - Quiet Inlet

satohyoh - ele-king

 ちょっとせつなくて、でもやさしくて、あたたかい音楽……。サンクラで展開中の「音メモ」シリーズで話題を集めた秋田の音楽家、サトウヨウが3月11日にセカンド・アルバムをリリースする。2017年に〈PROGRESSIVE FOrM〉から発表されたファースト『inacagraphy+』に続くフルレングスで、ピアノをはじめとするアコースティック楽器とサンプルを組み合わせた、イメージ喚起力の高い情緒的なトラックが並んでいる。なお明日3月4日から OTOTOY にてハイレゾ(24khz/48bit)での先行配信がスタート。もうすぐ春、ですね。

発売日: 2020年3月11日(水曜日)
アーティスト: satohyoh (サトウヨウ)
タイトル: feel like, feel right (フィールライクフィールライト)
発売元: PROGRESSIVE FOrM
販売元: ULTRA-VYBE, INC.
規格番号: PFCD96
価格(CD): 税抜本体価格¥2,200
収録曲数: 15曲
JAN: 4526180513858

◆Tracklisting

01. same old tomorrow's glow
02. 天気雨
03. toro
04. astraea
05. rain is always looking for clouds
06. bange feat. kota okuyama
07. alphabetagammadelta
08. ongoing
09. rufous scene
10. ランプを灯せば
11. little sense monologue
12. break in the parking
13. reprize
14. ただ広い暗闇、欠伸をした信号機
15. the hot-air balloon floating in the chilly sky

M2/4/10/14 vocal by airi hashimoto

◆【feel like, feel right】紹介文

時に優しく、時にせつなく、美しい調べがこだまする。
秋田県在住、風景の音にアコースティックな音を添えサンプリング等の手法を交えて公開する「音メモ」シリーズで SoundCloud を通じて海外でも多くのファンを獲得してきた satohyoh、2017年4月にリリースした初流通作品となる 1st アルバム『inacagraphy+』より約2年、音楽的な成熟度もぐっと増した satohyoh 待望の2ndアルバムが完成!

《好きと感じること、正しいと感じること。角度が変われば「正しさ」は変わる。誰かに教えたり、誰かを支えるとき、「正しさ」に迷う。「好きと感じること」を教える、「好きという気持ち」で支える。自ずと「正しさ」に繋がる。》として名付けられた『feel like, feel right』では、ピアノ、ギターやアコースティック楽器の音を中心に、味わい深いサンプルや豊かな景色の音を混ぜ合わせることで、田舎の景色や情緒溢れる日本の原風景に寄り添ったかのようなオリジナリティー溢れるサウンドが展開されている。

叙情的なピアノが導くM1 “same old tomorrow's glow” M15 “the hot-air balloon floating in the chilly sky”、リラックスさが心地良いM3 “toro” M8 “ongoing”、音楽制作仲間である kota okuyama がギターとコーラスで参加したM6 “bange”、ジャジーなアプローチが気持ち良いM7 “alphabetagammadelta”、鍵盤と弦により奏でられるどこまでも美しいM9 “rufous scene” とハーモニカがノスタルジーを広げるM12 “break in the parking” をはじめ聴き所が詰まったアルバムだが特筆すべきは 1st 同様に参加している橋本愛里のボーカル曲であろう。

2010年にデビュー~HMVのキャンペーン「NEXT ROCK ON」で最優秀ルーキーに選出~ガールズバンド「スパンクル」のボーカルであった、わらべ歌と考古学を学んだボーカリスト橋本愛里が歌うM2/4/10/14の4曲では、彼女の透明感ある声を生かした satohyoh のソングライターとしての才能を感じる事が出来、本作の魅力をより一層高みへと導いている。

◆プロフィール satohyoh

秋田出身、在住、ピアノやアコースティック楽器などを中心に風景に根ざしたサウンドを奏でるアーティスト。
2010年、ロックバンド「サキノハカ」とスプリットシングルを制作。
同年、「ukishizumi」名義で OMAGATOKI 制作のジョン・レノン・トリビュートアルバム『#9 DREAM』に参加。
2011年、インディーズレーベル〈clear〉の東日本大震災チャリティー配信アルバム『one for all, all for one』に参加。
2013年、インディーズレーベル〈T RUST OVER 30 recordigs〉の『Free Compilation Vol.1』に参加。
その後故郷秋田へ戻り、satohyoh 名義にて風景の音にアコースティックな楽器を添えた「音メモ」シリーズを公開、soundcloud を通じて海外でもファンを獲得する。
2015年、エフエム秋田30周年コンピレーションに参加。
2017年1月、初の iTunes 配信限定版「inacagraphy2」を発表、まったくの無名、ノープロモーションながら、iTunes インストゥルメンタル部門で最高位4位となる。
2017年4月、初の全国流通版となるデビュー・アルバム『inacagraphy+』を〈PROGRESSIVE FOrM〉よりリリースする。
2017年、秋田県潟上市で開催されたアート展「オジフェス2017 つきぬける」に楽曲提供。
ウェブマガジン「なんも大学」の映像企画「Discover Akita」(石孫本店、永楽食堂、五城目朝市、鳥海山日立舞、じゅんさい)に楽曲提供。
2018年、秋田県鹿角市、社会福祉法人 愛生会の事業紹介映像、並びに制作ラジオ番組に楽曲提供。
秋田県仙北市で開催されたグループ展「ひらふくひらく」内、高橋希・写真展に楽曲提供。
そして2020年3月、約3年振りとなる 2nd フルアルバム『feel like, feel right』をリリースする。

Squarepusher 9 Essential Albums - ele-king

 もう25年ものキャリアがあって、メイン名義の〈Squarepusher〉のスタジオ作だけでも15枚というアルバムをリリースしているトム・ジェンキンソン。初来日した頃はまだ22歳とかだったので、よくぞここまでいろんな挑戦をしながら自分をアップデートし続けてきたものだと感心する。段々と自分ならではの表現を確立していったミュージシャンならともかく、彼の場合は特に最初のインパクトがものすごかったわけで、正直こんなに長い間最前線で活躍しつづけるとは、当時は予測できなかった。改めて古いものから彼の作品を並べ、順番に聴いてみると、想像以上にあっちゃこっちゃ行きまくって、それでも芯はぶれない彼のアーティストとしての強靱さ、発想のコアみたいなものが見えてくるようだ。
 ここでは、今年1月にリリースされた最新アルバム『Be Up A Hello』に到るまでの重要作9枚を振り返りつつ、スクエアプッシャーという稀代のアーティストのユニークさをいま一度噛みしめてみたい。


Feed Me Weird Things
Rephlex (1996)

 いまでも、〈Warp〉からの「Port Rhombus EP」がどかんと東京の街に紫の爆弾を落とした日のことはよく覚えている。CISCO とか WAVE の棚は全部それに占拠され、“Problem Child” の殺人的にファンキーな高速ブレークビーツと、うねりまくるフレットレス・ベースの奏でる自由奔放なベース・ラインがあまりに新鮮でずっと繰り返し店でも流されていた。そして、実は〈Rephlex〉からコイツのアルバムが出てるぞっていうことで皆がこのデビュー作に飛びついたのだった。当時はそんなに意識しなかったが、本作は〈Rephlex〉にしては随分とアダルトな雰囲気がある。冒頭の “Squarepusher Theme” にしても方法論としてはその後一気に知れ渡る彼の十八番ではあるものの、ギターのカッティングから始まり、ジャジーでどちらかというと生っぽくレイドバックした響きをもったこの曲は、既にトム・ジェンキンソンの幅広い趣味を示唆している。次に非常にメランコリックで、時折打ち鳴らされるブレークビーツ以外はチルウェイヴかというような “Tundra”、さらにレゲエ/ダブに倍速のブレークビーツを合体させたレイヴ・スタイルをジャズ的なリズム解釈で徹底的にこじらせたような “The Swifty” が続くという冒頭の展開がダントツにおもしろいが、内省的で墓場から響いてくるような “Goodnight Jade” “UFO's Over Leytonstone” といった後半の曲も魅力的。


Hard Normal Daddy
Warp (1997)

 そして〈Warp〉から満を持してリリースされたのが、この2作目。ダークな装いだった前作に比べると随分とメロディックになって、明るく飄々とした印象で、トム・ジェンキンソン自身のキャラクターがよりサウンドに解放されたのかなとも思う。勝手な印象論だけど、こういうジョーク混じりみたいなノリは〈Rephlex〉が得意で、むしろデビュー作のような叙情性と実験性をうまい具合に配合したようなのは〈Warp〉かなというイメージがあって、当時はちょっと意外に感じた。ただ、カマシ・ワシントンがこれだけ持て囃されるような現代ならともかく、90年代後半にファーストの路線をさらに深化させていくのは得策じゃなかったろう。で、これを出した直後くらいに来日も果たし、ステージでひとりベース弾きまくる、作品よりさらにはっちゃけた印象のトムは、より大きな人気を獲得していくのであった。


Big Loada
Warp (1997)

 レイヴにもよく遊びに行っていたし、〈Warp〉に所属することになったきっかけは(初期) LFO だというトムの享楽的側面やシンプルなダンス・ミュージックの悦びが溢れた初期の重要なミニ・アルバム。クリス・カニンガムが監督した近未来ホラー的なMVが有名なリード・トラック “Come On My Selector” が、チョップと変調を施しまくったサイバー・ジャングルちっくでいま聴いても奔放なかっこよさを誇るのはもちろん、ペリー&キングスレイ的なお花畑エレクトリカル・アンサンブル+ドリルン・ベースな “A Journey to Reedham” も素晴らしい。余談だが、トレント・レズナーの〈Nothing〉からリリースされたアメリカ盤では、「Port Rhombus EP」や「Vic Acid」から選ばれた曲も追加収録されているので、かなりお得な入門盤だった。


Music Is Rotted One Note
Warp (1998)

 そして意表を突くように生演奏をベースにした、ほぼフリー・ジャズなアルバムをリリースしたスクエアプッシャー。どうも初期のトレードマーク的スタイルは『Big Loada』でやり尽くしてしまったから、まったく違うことに挑戦したくなったという経緯らしい。それにしても、全楽器を自分で演奏し、しかもあらかじめ曲を作らずドラムから順に即興演奏して録音していくなんて、アイデアを思いついても実際にやろうとするだろうか。まぁそれを実現できる演奏力や曲のイメージが勝手に湧くという自信があったんだろうけど。デビュー作でちらちらと見せていたアダルトでエクスペリメンタルな側面が一気に爆発したこのアルバム、近寄りがたいところもあり、一番好きな作品だというスクエアプッシャー・ファンはほぼいないだろうが、本作があったからこそ、その後の彼の活動もさらに広がりや説得力を持ちえたのだ。ちなみに、ジャケを飾る妙なオブジェはトム手作りのリヴァーヴ・マシンで、ジャケのデザインも自分で発案したそう。


Selection Sixteen
Warp (1999)

 トムには Ceephax Acid Crew として活躍する弟アンディーがいる(本作にもボーナス曲のリミキサーとして参加)。その弟からの影響、もしくは彼らがレイヴァーだった時代から強く持っているアシッドへの憧憬をさまざまなカタチでアウトプットした意欲的な盤。前作からの流れを引きずっているようなジャズ風味の強いトラックや、“Mind Rubbers” のようにドリルン・ベースが復活したような曲もあるが、全体的にはビキビキと鳴るアナログ・シンセのベース音が主役を張っている。これ以前にも酸味を出したトラックはときたま作っていたものの、ジャコ・パストリアスばりの超技巧ベース奏者という売り文句で世に出たアーティストが、わざわざそれをかき消すようなアシッド・ベースだらけの作品を作ってしまうとは……。テクノのBPMでめっちゃファンキーなブレークビーツ・アシッドを響かせる “Dedicated Loop” が、Da Damn Phreak Noize Phunk 名義の Hardfloor を彷彿させるドープさ。


Go Plastic
Warp (2001)

 全編生演奏だった『Music Is Rotted One Note』に “Don’t Go Plastic” という曲があって、日本語でも「プラスチッキー」と言うと安物、(金属に見せかけたような)粗悪品的なものを指すが、この場合は作り物(シンセ音楽)からの離脱を意図していたと思う。それがここに来て宗旨変え、「作り物がいいじゃん!」という宣言だ。時は2001年、エレクトロニカが大きな潮流となっていく少し前。スタジオの機材を一新したスクエアプッシャーは、コンピュータで細かくエディットしてトラックを弄っていくDAW的な手法ではなく、データを緻密にシーケンサーに打ち込むことでこのマッドな高速ブレークビーツを生み出した。ジャズ/フュージョンやエレクトロニック・ミュージックに惹かれたのは、サウンドに存在する暴力性だと語っていたトムが、その本性を露わにしたアルバムだ。全体を貫くダークで偏執的なまでのミュータントDnBは踊ることはもちろん、アタマで考えることや感じることも拒否するような局面があり、激しい電気ショックを浴びる感覚に近いかも。ただ、最初と最後にレゲエ~ダブを解体した比較的とっつきやすい曲をもってくる辺りに、トムの優しさも垣間見える。


Ultravisitor
Warp (2003)

 Joy Division の “Love Will Tear Us Apart” のカヴァーと、フジロックでのライヴ(海賊盤かというくらい音が悪いのが残念)を収録したボーナス・ディスクが話題になった『Do You Know Squarepusher』を経て、03年にリリースされた傑作との呼び声高い心機一転作。極端に言うと、これまでのスクエアプッシャーが試みてきた様々な要素/手法をすべて注ぎ込んだような混沌としたアルバム。どういうわけか、歓声やMCまで入ったライヴ録音の曲も結構多い。アルバム後半を支配する激しくノイジーなエクスペリメンタル・ブレイクコアと対照的なインタールード的な小曲は、ほぼすべてアコースティックな楽器の演奏でまとめられていて、それもトム得意のフリー・ジャズ的なものではなく、むしろクラシックやクラウトロック等を感じさせる(特にラストの2曲が美しい)。さらに本作の間違いないハイライトである、ゆったりとしたテンポと生ドラムの生み出す心地よいグルーヴに被さる、メランコリックな重層的メロディーが印象的な “Iambic 9 Poetry”。これを中心とした冒頭5曲の完璧な構成と展開は、スクエアプッシャーの才がついに二度目の大輪を咲かせたと感じられた。


Ufabulum
Warp (2012)

 手練れのミュージシャンを従えたセルフ・カヴァーをするバンド、Shobaleader One としての活動を挟みつつ、スクエアプッシャーが新たな次元に突入したことを知らせてくれたアルバム。CDではなく YouTube で音楽を聴き、盤を買うよりライヴやフェスに繰り出す、という近年のリスナーの傾向を写したように全曲にトム自身が作成したLEDの明滅による演出が施された映像が存在する。Shobaleader One ではフランスの〈Ed Banger〉から(Mr. Oizo のリミックス入りで!)リリースするなど抜け目のないところを見せ、今作ではその影響もあってか、エレクトロ・ハウスやEDMに通じるような迫力満点の(だが、彼の前衛性やエクスペリメンタルな面を好むファンからしたら大仰な展開や音色はコマーシャルに感じられてがっかりと受け取られるかもしれない)トラック群を仕上げている。混沌度を増すアルバム後半、電子回路が暴走したように予想のつかない展開でリスナーに襲いかかる “Drax 2” や、ヴェイパーウェイヴ的な美学も感じるラストの “Ecstatic Shock” が白眉。


Be Up A Hello
Warp (2020)

 そして、5年ぶりにリリースされた、スクエアプッシャーの原点回帰とも言える最新アルバム。『Ufabulum』や続く『Damogen Furies』では自作のソフトウェアやテクノロジーを駆使して、いわゆるヴィジュアル・アートや最新の IoT にまで斬り込んでいくのではないかという意欲的な姿勢を見せていたトム・ジェンキンソンが、旧友の突然の死去をきっかけに、デビュー前に使っていたような古いアナログ機材や、コモドールの古い 8bit コンピュータまで動員してメモリアル的に作り上げた。近しいひとの死がテーマになっているアルバムだから当然かもしれないが、かつてのはっちゃけまくったスクエアプッシャーを想起させる音色や曲の構成は随所に感じられるものの、どこか悲しげで暗いトーンに覆われている。そして、常に以前の自分に一度ダメ出しして新たなことに挑戦してきた彼が、敢えて彼の音楽性や名声を確立するに到った初期の手法に立ち返ったのには、やはり大きな意義を感じる。特にUKでここ数年盛り上がっているレイヴやハードコア(初期ジャングル)を復興させようという試みは、おもしろいけれど懐古を完全に超越した新しいムーヴメントを生み出しているかというとそうでもなくて、では90年代初頭にそういう現場の雰囲気やサウンドに囲まれて、そこで多くを吸収してプロになったトムのようなひとが改めて当時と同じ道具を手にしたとき、何を表現するのかというのはとても示唆的だと思うからだ。

 4月に行われることになったこちらも5年ぶりの単独ライヴは、『Be Up A Hello』の内容を考えると、ここしばらく注力してきたような、大型スクリーンと派手に明滅する映像をメインの要素に据えた未来的なプレゼンテーションとは違ったものになるのだろうか。ロンドンで行われたアルバムの発売記念ギグを映像で確認すると、機材の音が剥き出しでそれこそドラムマシンやシーケンサーが奏でるループがどこまでも続けばそれだけで幸せなんだ、というかつてDJ以外の演者が “ライヴPA” などと呼ばれた時代にあった雰囲気を感じるシンプルなものだった。もうほとんどレコードでDJをすることはないし、その感覚を思い出すのに少し時間がかかったとすら言っていたジェフ・ミルズの本当に久々のアナログと909でのセットを昨年11月に聴きにいった。ただの懐古に陥らないための演出や伝説の確認ではなくフレッシュな体験としてそれを受け止める若い聴衆とアーティストのインタラクトがおもしろく、今回も新たな発見がありそうだと期待している。
 かつて一世を風靡した “Come On My Selector” のMVは、日本を舞台にしてる風の配役や設定だったが、その実 “Superdry 極度乾燥しなさい” 的な細かな違和感がありまくりだった。最新のビデオ “Terminal Slam” ではやはり渋谷を中心にした東京の街を舞台にし、「また日本贔屓の海外のアーティストに東京を超COOLに描かれてしまった!」というのが大半の日本人の最初の反応で、実は監督したのが真鍋大度だったので、なるほど、さすが〈Warp〉とスクエアプッシャー、よくわかってる!と思ったものだ。今回の来日ステージでも、もしかしたら日本ならではのなにかを反映した演出を用意してくれるかもね。

5年ぶりとなる超待望の単独来日公演が大決定!!

2020年4月1日(水) 名古屋 CLUB QUATTRO
2020年4月2日(木) 梅田 CLUB QUATTRO
2020年4月3日(金) 新木場 STUDIO COAST

TICKETS : ADV. ¥7,000+1D
OPEN 18:00 / START 19:00
※未就学児童入場不可

MORE INFO: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10760

チケット情報
2月1日(土)より一般発売開始!

Trinitron - ele-king

 東京にこんな音楽があったなんて! トリニトロンは2010年から2012年にかけて活動していた〈Call And Response〉の4人組バンドである。今回リマスターされた限定CD-Rには、高円寺のベッドルームでつくられたというニューウェイヴ、ポストパンク、シンセポップの数々がめいっぱい詰め込まれている。ブラック・サバスやキャンディーズ、パフュームなどのカヴァーも収録されているが、“Liquidi Liquids” や “One Great Year in Tsukuba” あたりはテクノ耳で聴いてもかっこいいし、“My Boring Feelings” のドキッとさせられるリリックは音楽好きなら必聴かも。レーベルによればブライアン・イーノやDAF、デペッシュ・モードやトーキング・ヘッズ、ステレオラブが好きなひとはぜひ、とのこと。チェック。

artisit: Trinitron
title: make.believe - All of Trinitron
label: Call And Response
catalog #: CAR-51
release date: February 25th, 2020

tracklist:

01. Music to Watch Boys By
02. Heart no Ace ga Detekonai (Candies cover)
03. 10,000 Euros
04. Monday Club
05. Comment is Free
06. Democracy
07. Paranoid (Black Sabbath cover)
08. Liquidi Liquids
09. My Boring Feelings
10. Edge (Perfume cover)
11. The Pure Light of True Love
12. Match no Hono (Mir cover)
13. Namida wo Misenaide (Moulin Rouge/Wink cover)
14. One Great Year in Tsukuba
15. Killer Wave
16. Aus with the Ausgang
17. Polo Shirts Girl
18. Sweet Blue Flowers
19. Kids and Girls

https://callandresponse.jimdofree.com/releases/trinitron-make-believe-all-of-trinitron/

Ulla - ele-king

 ウラ・ストラウスは、フィラデルフィアを拠点とするアンビエント・アーティティストである。
 ウラは2017年にシカゴのアンビエント/エクスペリメンタル・カセット・レーベル〈Lillerne Tapes〉から『Floor』と、シカゴのCD/DVDを専門とする〈Sequel〉からCD-R作品『Append』をリリースした。『Floor』は煌めくような質感のアンビエント・ドローン、『Append』は高質な音の芯がうねるようなラーガ的なトーンのドローンやリズミックな要素も導入されたインド音楽的なサウンドだった。
 しかしウラの注目度が上昇したのは、なんといっても2019年にフエアコ・エス(Huerco S)主宰の〈West Mineral〉からリリースされたポンティアック・ストリーター(Pontiac Streator)とのコラボレーション作品『11 Items』からだろう。細やかなリズムを持ったサウンド・マテリアルが交錯するトラックが聴き手の意識を飛ばすようなサイケデリックなサウンドスケープを形成していた。サウンドの独自性に加えてレーベルの信用度・知名度も相まってマニアたちから高い評価を獲得する。さらに2019年はレゴウェルトのリリースでも知られるシティル・シリアス・Nic(Still Serious Nic)とハンサム・トーマス(Handsome Thomas)らのレーベル〈BAKK〉からオーシアニック(Oceanic)とのスプリットLP『Plafond 4』、ニューヨーク拠点のアンビエント/ニューエイジ/エクスペリメンタル・レーベル〈Quiet Time〉からアンビエント作品『Big Room』も送り出した。この3作でウラ・ストラウスは新世代のアンビエント・アーティストとして、その名を知らしめることになったといえよう(『Big Room』は、私が執筆した『ele-king vol.25』の特集「ジャンル別2019年ベスト10」における「アンビエント/ドローン」の項目で2019年の重要作に紛れ込ませた)。

 そして2020年早々、はやくも決定的なアルバムが生まれた。新作『Tumbling Towards a Wall』である。本作はフエアコ・エス=ブライアン・リーズ(Brian Leeds)と Exael とのユニット、ゴーストライド・ザ・ドリフト(Ghostride The Drift)での活動や〈West Mineral〉からの作品も知られるウオン(uon)=スペシャル・ゲスト・ディージェー(Special Guest DJ)による新レーベル〈Experiences Ltd〉からリリースされたアルバムだ。ウラ・ストラウスではなく、ウラ名義でのリリースで、マスタリングはダブプレート&マスタリング(Dubplates & Mastering)が手掛けている。
 この『Tumbling Towards a Wall』にはテクノやミニマル・ダブなど、さまざまなエレクトロニック・ミュージックの要素が散りばめられているが、アンビエント的な落ち着いたトーンやムードも崩されることはない。ループを効果的に用いながらも騒がしくないサウンドメイキングは実に見事である。
 アルバムは穏やかなパルスと不規則な電子音が交錯し、水槽の中の魚のようにサウンドが浮遊しているような1曲め “New Poem” から幕を開ける。この曲からリズムの反復がテーマとして提示される。
 2曲め “Leaves And Wish” ではリズム=ループの構造がより明確になる。耳に心地よい乾いたノイズとの相性も抜群だ。霧の中に融解したミニマル・ダブがアンビエント化したようなサウンドスケープによって、ダビーな残響も本作の重要な要素であることも分かってくる。

 リズムとダブとアンビエント・ノイズ、これらの要素は3曲め “Something I Can't Show” でより深化した形で示される。鳥の鳴き声を思わせるサウンドに非連続的な電子音が、どこか天国からのサウンドように鳴り響く。
 4曲め “Soak” ではリズムの反復がさらに明確になる。まるで〈Modern Love〉が2007年にリリースした傑作 DeepChord Presents Echospace 『The Coldest Season』のように降り積もる粉雪のような冷たい質感のミニマル・ダブを展開する。アルバム中、もっともテクノ的なトラックといえる。
 ここまではアナログ盤ではA面で、続く6曲め “Stunned Suddenly” からB面になる。この曲ではリズム的要素が控えめになり、声のようなシンセ・サウンドが透明なアンビエンスを生み出す。7曲め “Smile” と8曲め “Feeling Remembering” では余白の多い静謐な音響空間を生成する。
 本アルバムでもっとも大切な曲が最後に収録された “I Think My Tears Have Become Good” であろう。ピアノ曲と電子音のフラグメンツとでもいうべき楽曲で、その無重力的な美しさは筆舌に尽くしがたい。

 この作品には、ミニマル、ニューエイジ、タブ、エレクトロニカなどの技法を援用しながらも、アンビエント・ミュージックの新しいモードがあった。端的にいえばアンビエント・ミュージックのドローンを基調とする構造からの脱却だ。もしかすると『Tumbling Towards a Wall』には「2020年代のアンビエント・ミュージック」のヒントが息づいているのかもしれない。

The Cinematic Orchestra - ele-king

 昨年美しいカムバック作を送り出したザ・シネマティック・オーケストラが、同作のリミックス盤をデジタルで3月に、ヴァイナルで4月にリリースすることになった。リミキサーに選ばれているのは彼らのお気に入りのアーティストたちだそうなのだけど、アクトレスケリー・モランドリアン・コンセプトフェネスラス・Gメアリー・ラティモアにペペ・ブラドックにアンソニー・ネイプルズにと、そうそうたる面子である。これはチェックしておかないとね。

THE CINEMATIC ORCHESTRA

『To Believe Remixes』の 12inch 2作品が4月24日(金)にリリース決定!
本日、TCO 自身によるリミックス “Zero One/This Fantasy (feat. Grey Reverend) [The Cinematic Orchestra Remix]” が公開!

その名の通り、映画的で壮大なサウンドスケープを繰り広げるザ・シネマティック・オーケストラ(以下 TCO)が、実に12年振りとなったスタジオ・アルバム『To Believe』(2019)のリミックス版となる『To Believe Remixes』の 12inch 2作品を4月24日(金)にリリース決定! デジタル配信では3月6日(金)に先行リリースとなる。本日、TCO自身によるリミックス “Zero One/This Fantasy (feat. Grey Reverend) [The Cinematic Orchestra Remix] ”が公開!

Zero One/This Fantasy (feat. Grey Reverend) [The Cinematic Orchestra Remix]
https://www.youtube.com/watch?v=LT-eJVqECWk

『To Believe Remixes』では TCO のお気に入りのプロデューサーやアーティストがリミックスやリワークを行っており、エレクトロニックミュージックの鬼才アクトレス、注目のマルチプレイヤー、ケリー・モラン、凄腕キーボーディストのドリアン・コンセプト、チェリスト兼ボーカリストのルシンダ・チュア、アヴァンギャルドのレジェンドであるフェネス、人気コンテンポラリー・ピアニストのジェームス・ヘザー、そして故ラス・Gらが参加している。また、既にデジタルリリースをしているLAのハープ奏者メアリー・ラティモア、伝説的なハウスプロデューサーであるペペ・ブラドック、そしてアンソニー・ネイプルズらがリワーク、リミックスをした楽曲も収録されている。

今週末にはセックス・ピストルズ、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、レディオヘッドらもライブを行ってきたロンドンの由緒正しきベニュー、ブリクストン・アカデミーでのライブを控えるなど精力的な活動を行う TCO の『To Believe Remixes』は2枚の12インチヴァイナルとデジタルで4月24日にリリース!

The Cinematic Orchestra『To Believe』
自ずと風景が浮かび上がる奥行きのあるそのサウンドは、本作でますます磨きがかかっている。ストリングスは、フライング・ロータスやカマシ・ワシントンなどの作品を手掛けてきたLAシーンのキーパーソン、ミゲル・アトウッド・ファーガソンが手掛け、ドリアン・コンセプト、デニス・ハムなど、フライング・ロータス主宰レーベル〈Brainfeeder〉関係のアーティストが参加しているのも見逃せない。またヴォーカリストには、先行シングル “A Caged Bird/Imitations of Life” のフィーチャリング、ルーツ・マヌーヴァを筆頭に、グレイ・レヴァレンドやハイディ・ヴォーゲルといった TCO 作品に欠かせないシンガーたちに加え、ジェイムズ・ブレイクの新作への参加も話題となったシンガー、モーゼス・サムニーとジャイルス・ピーターソンが絶賛するロンドンの女性シンガー、タウィアも参加。透徹した美意識に貫かれた本作は、デビュー・アルバム『Motion』から数えて、20周年を迎えた彼らの集大成ともいえる傑作である。

『To Believe』は心を打つ素晴らしい作品だ。美しく構築され、強い芯がある……傑作だ ──The Observer

本当に素晴らしいカムバック作だ……最近の物憂げなムードをリフレッシングで豊かなダウンテンポミュージックで表現している ──The Independent

華麗でシンフォニックなソウルミュージック……12年の時を経て戻ってきた力強いステイトメントだ ──GQ

label: NINJA TUNE
artist: THE CINEMATIC ORCHESTRA
title: To Believe Remixes
digital: 2020/03/06 FRI ON SALE
12inch: 2020/04/24 FRI ON SALE

TRACKLISTING

ZEN12536 (輸入盤12inch)
A1. Wait for Now (feat. Tawiah) [Mary Lattimore Rework]
A2. The Workers of Art (Kelly Moran Remix)
B1. A Caged Bird/Imitations of Life (feat. Roots Manuva) [Fennesz Remix]
B2. To Believe (feat. Moses Sumney) [Lucinda Chua Rework]

ZEN12539 (輸入盤12inch)
A1. To Believe (feat. Moses Sumney) [Anthony Naples Remix]
A2. A Promise (feat. Heidi Vogel) [Actress' the sky of your heart will rain mix 2]
B1. Wait for Now (feat. Tawiah) (Pépé Bradock's Dubious Mix)
B2. Zero One/This Fantasy (feat. Grey Reverend) [The Cinematic Orchestra Remix]

DIGITAL ALBUM
1. Wait for Now (feat. Tawiah) [Mary Lattimore Rework]
2. The Workers of Art (Kelly Moran Remix)
3. Lessons (Dorian Concept Remix)
4. A Caged Bird/Imitations of Life (feat. Roots Manuva) [Fennesz Remix]
5. Wait For Now (feat. Tawiah) [BlankFor.ms Remix]
6. To Believe (feat. Moses Sumney) [Lucinda Chua Rework]
7. A Caged Bird/Imitations of Life (feat. Roots Manuva) [James Heather Rework]
8. Wait for Now (feat. Tawiah) [Pépé Bradock's Just A Word To Say Mix]

1. Wait for Now (feat. Tawiah) [Pépé Bradock's Wobbly Mix]
2. Lessons (Ras G Remix)
3. The Workers of Art (Photay Remix)
4. A Promise (feat. Heidi Vogel) [PC’s Cirali mix]
5. Zero One/This Fantasy (feat. Grey Reverend) [The Cinematic Orchestra Remix]
6. A Caged Bird/Imitations of Life (feat. Roots Manuva) [Moiré Remix]
7. To Believe (feat. Moses Sumney) [Anthony Naples Remix]
8. A Promise (feat. Heidi Vogel) [Actress' the sky of your heart will rain mix 2]

label: NINJA TUNE / BEAT RECORDS
artist: THE CINEMATIC ORCHESTRA
title: To Believe
release date: NOW ON SALE

国内盤CD BRC-591 ¥2,400+税
国内盤特典:ボーナストラック追加収録/解説書封入

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