「iLL」と一致するもの

The Smile - ele-king

 昨年より大きな話題を集めていた新バンド、トム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッドトム・スキナーからなるザ・スマイルがついにアルバムをリリースする。告知にあわせ、新曲 “Free In The Knowledge (知のなかの自由)” のMVも公開された。
 6月15日に発売される同名のアルバムには、これまで単発で発表されてきた5曲すべてが収録される。プロデューサーはおなじみのナイジェル・ゴドリッチ。フル・ブラス・セクションも参加しているという。どんな作品に仕上がっているのか、楽しみに待っていよう。

The Smile - Free In The Knowledge

THE SMILE
トム・ヨーク×ジョニー・グリーンウッド×トム・スキナー
ザ・スマイル待望のデビュー・アルバム
『A LIGHT FOR ATTRACTING ATTENTION』発売決定!!

レディオヘッドのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッド、フローティング・ポインツやムラトゥ・アスタトゥケのバックを務め、現在はサンズ・オブ・ケメットで活躍する天才ドラマー、トム・スキナーによる新バンド、ザ・スマイルが待望のデビュー・アルバム『A Light For Attracting Attention』を〈XL Recordings〉よりリリース。新曲 “Free In The Knowledge” とレオ・リー監督による同曲のMVが公開された。

今回公開された “Free In The Knowledge” は2021年12月にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われたイベント「Letters Live」の一環として、パンデミック以降初めてトム・ヨークが観客を前に演奏して話題を呼んでいた。ザ・スマイルはこれまでにシングル “You Will Never Work in Television Again”、“The Smoke”、“Skrting On The Surface” を連続リリースし、4月3日に発表された “Pana-vision” は英人気BBCドラマ「ピーキー・ブラインダーズ」の最終回に起用された。

アルバムは5つのシングルを含む全13曲を収録し、盟友ナイジェル・ゴドリッチがプロデュースとミキシングを務め、名匠ボブ・ラドウィッグがマスタリングを担当。収録曲にはロンドン・コンテンポラリー・オーケストラによるストリングスや、バイロン・ウォーレン、テオン&ナサニエル・クロス、チェルシー・カーマイケル、ロバート・スティルマン、ジェイソン・ヤードといった現代のUKジャズ奏者たちによるフル・ブラス・セクションが参加。5月13日(金)にデジタル配信され、日本盤CDは6月15日(水)、輸入盤CD/LPは6月17日(金)に発売。

本作の日本盤CDは高音質UHQCD仕様で解説および歌詞対訳が封入され、ボーナス・トラックを追加収録。輸入盤は通常盤CD/LPに加え、限定イエロー・ヴァイナルが同時リリース。本日より各店にて随時予約がスタートする。

label: BEAT RECORDS / XL RECORDINGS
artist: The Smile
title: Free In The Knowledge
release date: 2022/06/15 WED ON SALE

CD 国内盤
XL1196CDJP
(解説・歌詞対訳付/ボーナストラック追加収録/高音質UHQCD仕様)
2,600円+税

CD 輸入盤
XL1196CD(6/17発売予定)
1,850円+税

LP 限定盤
XL1196LPE(6/17発売予定/限定イエロー)
4,310円+税

LP 輸入盤
XL1196LP(6/17発売予定/通常盤)
2,600円+税

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12758

Raw Poetic - ele-king

 流行のスラングを使わない、ポップ・ミュージックを参照しない。そんなヒップホップがあってもいいだろう。小学校の先生をやりながら、子ども向けの本を執筆し、音楽も続ける、そんなラッパー、いるに越したことはない。で、ここにいる。ワシントンD.C.のロウ・ポエティック、2年前に叔父のアーチー・シェップと一緒に1枚の、傑出したジャズ・ラップ・アルバムを発表した男だ。いま聴いても、収録曲の“チューリップ”はすごいと思う。

 本人はそれを強調されたくないだろうけれど、60年代〜70年代のブラック・パワーの時代に活躍したジャズのリジェンドが親戚にいるというのは、まあ、インパクトはある。しかもそのカタログのなかの1枚でコーラスを担当した元ブラックパンサー党員が母親だったりして、きっとロウ・ポエティクスは幼き頃から良き教えを受けたのだろう。鷹は飢えても穂を摘まずではないが、彼にとってのプライドはメインストリームとは別の方角に向いている。
 だからといって、ロウ・ポエティックの通算6枚目のソロ・アルバムは、マニア向けの取っつきにくいものではない。むしろその逆で、聴きやすく親密でさえある。ここにはア・トライブ・コールド・クエストやデ・ラ・ソウルの成分があるし、古典主義的なのだが、クリシェに収まらないフリーキーさがあって、そのコンセプトはちょっとムーディーマンなんかとも近い。
 でもね、これはなんと言ってもリズムが格好いいんだ。ジャズ・ファンク、生ドラムと打ち込み、オールドスクール流のスクラッチ、ドラムンベース風のリズムだってある。とくにすごいのはベース。でしゃばったりしないし、あくまで黒子なのだけれど、ゴムのように音符に絡んではシンコペートし見事なうねりを生んでいる。調べてみたらムーア・マザーと一緒にジャズ・コレクティヴのイリヴァジブル・エンタングルメント(Irreversible Entanglements)をやっている人だった。
 
 とにかく、シェップとの『Ocean Bridges』によってさらにその知名度を上げたロウ・ポエティック(といっても彼にはすでに15年以上のキャリアがあり、ゼロ年代はジャジー・ヒップホップ・グループ、パナセアのメンバーでもあった)は、同作を作った主要メンバー──旧友でありトラックメイカーのダム・ザ・ファッジマンク、そしてIEからベースのルーク・スチュワート、ギターのパトリック・フリッツ──とのセッションにおけるリズムを継承した。その結果が本作『ラミネイテッド・スカイズ』というわけだ。UKのレーベルからのリリースとあって注目されているし、賞賛を集めてもいる。『Ocean Bridges』ほどジャズ全開ではないが、叙情的で、曲の細部にまで手が込んでいるがアルバムとしてのまとまりは良く、全体的に清らかで聴いていて気分が良い。この暗澹たる時代、カラフルな意匠をまとった、グルーヴィーで微笑ましいレコードが歓迎されないはずがない。

 黒人の社会的立場の不条理を描いたラルフ・エリソンの小説『見えない人間』にインスパイアされた曲もあるが、ぼくが気に入っているのはアルバム中盤の3曲。ストリングスがこってり入った“Intertwined”、そのエレガントな叙情詩を引き受けながらロウ・ポエティクスのメロディアスなラップが歌へと移行する“Sunny Water”、そしてジャズ・ファンクの大作“Hey Autumn”。リズムを基軸に、シンセサイザー、ギターとヴィブラフォン、パーカッションやスクラッチで構成されるこの曲には、本作の良いところが凝縮されている。みんなでジャムっているライヴ感覚があって、ファンキーかつスペイシーで、しかも緻密で温かい。1曲だけ選ぶなら迷わずこれ。

 ラップをしながらいつの間に歌っているというのがロウ・ポエティックのひとつの芸風で、それはそれでメロディアスだったりするのだが、彼の本作におけるいちばんの功績は、このコレクティヴをまとめ上げたことだろう。そして、繰り返すが、このアルバムのもうひとりの主役はルーク・スチュワートだ。彼のベースとダム・ザ・ファッジマンクのビートによる相乗効果こそ本作の肝である。
 アルバム制作はコロナ前の2019年からはじめたというが、周知のように世界ではそれからいろんな大きなことが次から次へと起きている。時間はあったが、ロウ・ポエティックは当初のメッセージを変更しなかった。『What's Going On』を改変する必要がないように、その必要がないものを目指していたからだと彼はある取材で話している。アルバムを締めるラヴリーな“Cadillac ”には、パートナーへの愛情表現に混じって、教室で子供に九九を教える際に使ったフレーズも入っているそうだが、たしかにそれなら戦争が起きようと変える必要はないよね。

Blanche Blanche Blanche - ele-king

 リメイク、リイシュー、リコンストラクション。ブランシュ・ブランシュ・ブランシュの最新作、『Fiscal, Remote, Distilled』はオリジナル・アルバムではなく過去に発表した曲をアレンジしアルバムとして再構成したものだ。リイシューではなくリメイク、そのまま出すのではなくいまの時代の感性で作り直す。いつの時代もリメイク作品はあったのだろうけど、映画にしても漫画にしても最近は盛んにリメイク作品が作られているような気がする。それはインターネットによって過去が近くなったこととも無関係ではないのかもしれない(現代に生きる僕たちは YouTube やその他もろもろのサブスクリプション・サーヴィスでいともたやすく過去に触れられる)。
 だけどいま、リメイクについて考えようとするとまず出てくるのはゲームだ。「ドラゴンクエスト」に「ファイナルファンタジー」、「サガ フロンティア」、スクウェア・エニックスの代表的なゲームはナンバリングに外伝まで数多くのタイトルがリメイクされている。たとえばSFCで出た「ドラクエV」がPS2でリメイクされ3Dに作り直された後にDSリリース時に再びドット絵に戻され、それをベースに今度はスマホ版が作られるという具合に(「ポケモン」だってリメイクの発表のたびに大いに盛り上がる)。基本的にはその時代で流行しているハードに合わせてプレイできるようにと移植して、そこに新要素が加わる形だ。たとえば例にあげた「ドラクエV」ではDS版で「はなす」システムが加わったことによって……と、どんどん話がズレていきそうなのでこの辺りでやめておくが、重要なのはリメイクすることによってそこに新たな視点が付け加わるという点だ。ここがリイシューや単なる移植と決定的に違う。30年前のゲームには30年間の感性が、20年前には20年前の魂が宿っていて、その距離を感じながら現代に生きる僕らはプレイする。それだけならきっと一度プレイしたゲームを積極的に手に取ることはないのだろうが、リメイク版には画面の綺麗さ以上の新たな要素が付け加えられる。そして新たに加わえられた要素とは、つまりいま現在の制作者の意図やメッセージが反映されたもので、それがあるからこそ安定した出来が保障されているという以上の魅力が生まれるのだ。それがきっと良いリメイク作品というものだろう(たとえ失敗したとしてもそこに制作者の考え方が表れる)。過去の素晴らしさと現在の価値観があわさって、同じ話の筋でもまったく違った印象の物語が生まれる。ゲームのリメイク作品にRPGが多いのもきっと偶然ではないのだろう(考えてみたらスポーツゲームのリメイク作品はほとんどない)。僕らはそれがどんな意味を持っていたのかと再び確認し、そしていまどんな感情になるのか期待に胸を膨らませるのだ。

 話をブランシュ・ブランシュ・ブランシュに戻そう。この最新作『Fiscal, Remote, Distilled』は彼らが2011年から2014年にかけて大量に発表したアルバムの中から曲を選んで再構成したアルバムだ。いわゆるベスト・アルバムではなく新しくアレンジを施し、曲の印象をがらりと変えたアルバム。特徴であったローファイさや乱雑さはほとんどなくアルトサックスが鳴り響くモダンでジャジーなイメージの曲が13曲。それはジーンズにサンダル履きから、スーツをラフに着崩したスタイルに変化したみたいなもので、正直ブランシュ・ブランシュ・ブランシュはこんなプロジェクトだったのかと驚いた。ブランシュ・ブランシュ・ブランシュはこんなにも軽やかで身体を感じさせるような生々しいユニットだったのだろうか? いやそもそも元々のブランシュ・ブランシュ・ブランシュとはいったいどんなプロジェクトだったのか? それについて再び考えなければいけないのかもしれない。

 ブランシュ・ブランシュ・ブランシュはアメリカ、バーモント州ブラトルボロを拠点にスタートしたザック・フィリップスとサラ・スミスのふたりのユニットで、ブランシュ・ブランシュ・ブランシュとしてのリリースは2011年に〈Night People〉から出たカセットテープ『Songs of Blanche Blanche』がその最初になる。そこから2014年までに一気呵成に9枚ものアルバムをリリースした。同時にザック・フィリップスは2007年から〈OSR Tapes〉という主にカセットテープを取り扱うレーベルをスタートしそこでメガ・ボグや現在ロケイト・S1として〈Captured Tracks〉からリリースしているクリスティーナ・シュナイダーのプロジェクトCE・シュナイダー・トピカルをリリースするなど精力的に活動していた。カシオの音が乱雑に響くような手数の多い宅録サウンドというのは、ひょっとしたら2000年代後半から2010年代前半にかけての当時の時代の音だったのかもしれない。『Before Today』以前の初期のアリエル・ピンクのようなブランシュ・ブランシュ・ブランシュのそれはアンダーグラウンド感と手作り感に溢れていて、まるで拾ったラジオを直して適当にチューニングしたら70年代のラジオ局(それは想像上の)につながったみたいな奇妙な浮遊感や暖かく落ち着かない夢を見ているような感覚を与えてくれた。

 そして2022年のブランシュ・ブランシュ・ブランシュはどうだろう? 最初のカセット『Songs of Blanche Blanche』に収録されている “Talk out Loud” の一音一音は重くなり、しっかりと大地を踏みしめ駆け出すかのような空気を醸し出している。サックスの音が雄弁に鳴り響き、サラ・スミスのヴォーカルはよりはっきりとしたものになり、生々しいバンドの存在を強調する。“Pain Staition” のアレンジはドラムが輪郭を際立たせ、やはりより一層の生々しさをもたらしている。まるで重力とそれに影響される肉体の感情を表現すかのように(僕らは軽やかにステップを踏む)。10年前のブランシュ・ブランシュ・ブランシュがベッドルームの中に作られた電子音の小さな宇宙に存在したのだとしたら、2022年のブランシュ・ブランシュ・ブランシュは目の前で楽器を鳴らすバンドとして存在している感じだ。あまりに印象が違うのでひとつひとつこれは元々どんな風に表現されていたのかとオリジナル・ヴァージョンと比べてしまいたくなるけれど(そしてそれが簡単にできるのがいまの時代だ)、このブランシュ・ブランシュ・ブランシュの音はしっかり20年代の音で、新たにニューヨークから登場していたバンドだと言われても信じてしまいそうなエネルギーとエッジがある。このアルバムの中で僕は特に “Jasons’s List” がお気に入りなのだが、この曲を聞くとバラバラに散らばったエネルギーが曲が進む内に様々な方向から集まり集約されて、そしてそれが手のひらの隙間からこぼれていくような感覚におちいる。

 昔のブランシュ・ブランシュ・ブランシュの面影を残して、しかしまったく別の印象で。ここから過去の作品を振り返りるのもきっと悪いことではないだろう。アルバムを聞いたあと、ヘッドフォンを外して考えるとなんだかこの10年の時の流れが見えるような気がする。音楽のトレンドも価値観の様相も知らず知らずに変化していて、振り返るとそれはまったく違ったものに思える。物語の中に変化を見つけ、それを考えることでまた楽しめる、やはり良いリメイク作品には過去と現在が詰まっているものなのだ。なんとも軽やかなこのアルバムのブランシュ・ブランシュ・ブランシュについて思いをはせると、きっとこのバンドはライヴ・バンドに違いないと、そんな考えだって浮かんできてしまう。

Shintaro Sakamoto - ele-king

 坂本慎太郎の6年ぶり4thアルバムが6月3日(金)にリリースされることを〈zelone records〉が発表した。タイトルは『物語のように(Like A Fable)』。パンデミック以降に書き下ろされた全10曲収録。まさに待望のアルバムだ。
 前作『できれば愛を』同様、坂本慎太郎バンドのメンバーを中心にレコーディングされ、ドラムは菅沼雄太、ベース&コーラスはAYA、そしてサックス&フルートは西内徹。ゲストプレーヤーとして2曲にトロンボーンでKEN KEN(Ken2d Special, Urban Volcano Sounds)が参加。エンジニア/マスタリングは中村宗一郎。早く聴きたい……

全世界デジタル配信と国内CDにて6月3日 (金)にリリース。
CDはアルバム全収録曲のインストヴァージョン10曲入りCDが付いた2枚組。 
アートワークは坂本慎太郎。

坂本慎太郎 (Shintaro Sakamoto)
物語のように (Like A Fable)

zelone records

1. それは違法でした (That Was Illegal)
2. まだ平気? (You Still OK?)
3. 物語のように (Like A Fable)
4. 君には時間がある (You Have Time But I Don’t)
5. 悲しい用事 (Sad Errand)
6. スター (Star)
7. 浮き草 (Floating Weeds)
8. 愛のふとさ (Thickness of Love)
9. ある日のこと (One Day)
10. 恋の行方 (The Whereabouts Of Romance)

Written & Produced by Shintaro Sakamoto

●品番: zel-026
●CD: 価格: ¥2,600+税 (2枚組/インストBONUS CD付)
●Digital (DL/ST)

official HP: www.zelonerecords.com

Black Country, New Road - ele-king

文:イアン・F・マーティン(訳:江口理恵)

 音楽をコミュニケーションの行為として考えるとき、私たちはそのプロセスの半分にしか思いを致していないことが多い。アーティストに伝えたいことがあり、それを音楽でリスナーに伝えると、その成功は受け手側にも共感を呼び覚ますことができるかどうかで測られる。しかし、コミュニケーションは双方向性のプロセスであり、録音というデッド(死んだ)な(ライヴとの対比として)メディアが、生きているリスナーと対話するには、それとは異なる難儀な類のコミュニケーションが必要になる。

 ブラック・カントリー、ニュー・ロードのコミュニケーションは、微細な観察からなる個々のディテールが、印象主義的な全体像を構成する、断片のコラージュで表現されている。これらの物語の断片を読み解くもっとも直観的な方法は、音楽の喜びのうねりや、押し寄せる嘆き、親密さに伴う押しつぶされるような痛み、喪失による靭帯の引き裂きにより、正確な意味が流れ去るような場面があっても、ときおり言葉に焦点を合わせて音色を追っていくことだ。また、細部を掘り下げることで、その他の物語が直線的ではなく、繰り返されるイメージを通して、聞きなれた言葉が馴染みのない方法で繰り返し使用され、再び現れた文字のシルエットなどが、まるで秘密の言語のようなヒントとして、かすかに浮かび上がってくる。

 2021年のバンドのデビュー盤『For the First Time』では、数年にわたり段階的に積み上げられてきたイメージやアイディアと、反復する音楽の主題や歌詞のアイディアが導入されては引き戻され、より大きなピースが傾き、互いにぶつかり合いながらも、一緒に織りあげられたものだ。それは、スリリングで多様性に満ちたリスニング体験をもたらし、高い完成度にもかかわらず、異なる条件の元で書かれた作品を見事なシミュレーションで一貫性を持たせた、寄せ集めのようなコレクションだった。これに続く新作では、ブラック・カントリー、ニュー・ロードがそのプロセスをより統制しやすくなっているのは必然であり、具体的な意味は不透明なままでも、表面下で煮えたぎるようなディテールは、より豊かで複雑に感じられる。

 具体的な解釈なしに自由に音楽が飛翔するなか、“Haldern” のような曲では、ときに感情を打ち砕くような音色を繰り出す。“For the First Time” をとても面白いものにしている繊細なユーモアは、いまは脱退してしまったヴォーカリスト、アイザック・ウッドの、もの悲しさや神話的なものと、陳腐で軽薄なものとを並走させながら、揺れ動く感情で、決して声のトーンを崩さないという驚くべき才覚によるもので、音楽のなかでも未だ重要な存在となっている。“Bread Song” では、「私のベッドでトーストを食べないで」という家庭内のリアリズムから、「この場所は誰のものでもない、パンくずのためのものでもない」という聖書のような語り口へと巧みに転換し、“The Place Where He Inserted the Blade” では、料理の比喩と思われるものを通してワイルドな感情の極限の狭間を揺れ動く。

 日常から形而上、時代劇からSF的な未来へと、時空を超えて飛び交う語り口は、我々をコミュニケーションの問題へと立ち返らせる。その非常な不透明さ、断片化、ほのめかされた相互関係は、リスナーが意味を選択して光を当て、自らの物語を書くことにより、聴くことをクリエイティヴなコラボレーションという行為に変えるのだ。ズームアウトして眺めてみれば、『Ants from Up There』には、ふたりの人間が、ある種の親密な関係を築こうと努力をするが、大きな痛みを与えあった後、引き裂かれて破壊的な傷が残るという喪失の物語がみつかるだろう。少しズームインしてみると、おそらくそこには、フィリップ・K・ディック風のポスト・モダニズムの、混乱した大人たちが、自分たちの肉体に不確かさを覚え、ライトセーバーや宇宙船、ウォーハンマー40,000といった子供時代のゲームなど、過去の残滓を使って自分たちや世界を理解しようと藻掻く物語も存在する。そこには、語り手のビリー・アイリッシュ(歌詞に何度も登場する)や、チャーリー・XCXのようなポップ・スターとフロイト的なパラソーシャル(パラセクシュアル?)な関係を築いたり、ポップ・ミュージックそのものが BC,NR の世界の混沌とした断片を繋ぎ合わせる共通の土台を形成したりしているという儚い物語も埋め込まれているのだ。繰り返し登場する超音速旅客機、コンコルドのイメージは繋がりの象徴なのだろうか? スピードと混乱の象徴? 恋人? 失われた未来? 他の何か、もしくは上記のすべてか?

 しまいには、バンドが書いた物語を聴いているのではなく、バンドが並べた断片と、それらが繋がるかもしれないという彼らが残した示唆をもとに、自分自身で描いた物語を聴いている気分になる。次に聴くときには、また異なる物語を書いているかもしれない。このアルバムの死んだプラスティックに綿密にマッピングされた分岐路の庭を消化する正味期限の限界があるだろうが、それまでは、『Ants from Up There』は、魅力的で、辛辣な面白さで、時に感情的に落ち着かない会話の相手になってくれることだろう。

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written by Ian F. Martin

When we think about music as an act of communication, we’re often only thinking of only half the process. The artist has something to communicate, and through their music they transmit that to the listener, with success measured by their ability to summon up those same feelings at the receiver’s end. Communication is a two-way process though, and how a dead (as opposed to live) medium like a recording is able to create a dialogue with a living listener is a different and more difficult sort of communication.

Black Country, New Road communicate in collages of fragmentary images in which granularly observed individual details make up an impressionistic whole. The most instinctive way to navigate these pieces of story is to follow the tone, letting the words occasionally fall into focus even as the precise meaning swims away in the music’s swells of joy, washes of mourning, crushing pain of intimacy and tearing ligaments of loss. Dig into the details, though, and other stories glimmer into light in a less linear fashion, through recurring images, familiar words used repeatedly in unfamiliar ways, silhouettes of returning characters revealed, all through hints like a secret language.

On the band’s 2021 debut “For the First Time”, images and ideas that had been built up piecemeal over several years were woven together with recurring musical themes, lyrical ideas introduced and brought back, even as the larger pieces lurched apart and crashed against each other. It made for a thrilling and diverse listening experience, but as fully-formed as it felt, it was still a collection of pieces written under different conditions and then fashioned, albeit masterfully, into a simulation of coherence. With this follow-up, it’s inevitable that Black Country, New Road would be a bit more in control of the process, and the interconnected details simmering beneath the surface feel correspondingly richer and more intricate, even if specific meanings remain just as opaque.

Even as the music flits free of tangible interpretations, they sometimes hit emotionally devastating notes on songs like “Haldern”. The subtle sense of humour that made “For the First Time” so much fun is still a key presence in the music too though, with now-departed vocalist Isaac Wood having an incredible knack for juxtaposing the mournful and mythic with the banal and frivolous, without ever breaking the teetering-on-the-brink emotional tone of his voice. On “Bread Song” the narration flips tone dextrously from the domestic realism of “Don’t eat your toast in my bed” to the Biblical “This place is not for any man / Nor particles of bread”, while “The Place Where He Inserted the Blade” swings between wild emotional extremes all through what seems to be the metaphor of cooking.

The way the narration leaps from mundane to metaphysical, from historical drama to sci-fi future, blurring time and space, all brings us back to the question of communication. That very opaqueness, fragmentation and hinted interconnections makes the very act of listening an act of creative collaboration as the listener writes their own stories by selecting and highlighting meanings. Zoom out and there’s perhaps a story of loss in “Ants from Up There” — of two people who struggle to connect, cause each other tremendous pain even as they find their way into some sort of intimacy, and who leave a devastating wound when they tear apart. Zoom in a little and there’s perhaps also a Philip K. Dick-like postmodernist story of confused adults, uncertain in their own flesh, struggling to make sense of themselves and the world using the lingering ghosts of the past — the light sabers, starships and Warhammer 40,000 games of childhood. There’s a story nestled in there too of the narrator’s Freudian parasocial (parasexual?) relationship with pop stars in the form of Billie Eilish (who makes recurring appearances in the lyrics) and Charli XCX, as well as perhaps the fragile way pop music itself forms a common ground of connection between the chaotic fragments of BC,NR’s world. Is the recurring image of the Concorde supersonic airliner a symbol of connection? Of speed and confusion? A lover? A lost future? Something else or all of the above?

By the end, you are no longer listening to a story written by the band but to one you’ve written yourself out of the pieces they’ve laid out and suggestions they’ve left for how they might connect. And the next time you listen, you may have written a different story. There is probably a limit to how long you can do so before you’ve exhausted the garden of forking paths mapped out on the album’s dead plastic, but in the meantime “Ants from Up There” makes for a fascinating, wryly funny and often emotionally uncomfortable conversational partner.

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文:Casanova.S

僕には二度目の別離の夏を迎える余裕はない
この階段は、君の古い写真に繋がっているだけなんだ
“Concorde”

君は自分を必要とする世界を恐れているんだろう?
だから地元の人と仲良くすることはなかった
だけど君はそのツルでゆっくりと僕を縛り付け、どこにも行けなくした
“The Place Where He Inserted the Blade”

 2nd アルバムの発売直前にヴォーカル/ギターのアイザック・ウッドがブラック・カントリー・ニューロードから脱退することが発表された。僕は彼の書く歌詞と少し硬い歌声が大好きだった。ナイーヴな自己憐憫を重ねるような歌詞、音として紡がれる言葉たち、ひとつの言葉が他の言葉と結びついてイメージを形作りそうして意味をなしていくアイザック・ウッドのスタイル。彼は 1st アルバムで「Black Country」という言葉を繰り返し用いて、ヴォーカルが起こした性的トラブルを告発されたことで解散することを余儀なくされたナーヴァス・コンディションズから続くブラック・カントリー・ニューロードの物語を描き出した。ケンブリッジの10代の新人バンドがデビューするという最初の記事が出たタイミングでの告発、一曲も残す事なくバンドは終わり、時間が過ぎて、残されたメンバーはそれぞれに失意を抱えながらもバンドを続けることを決意した。そうして隅っこでギターを弾いていたアイザック・ウッドの前にマイクが置かれ、本来それを担当するはずだった人間の代わりに彼が歌いはじめるようになった。「だからきっとある意味で/いつだって僕はゲストだった」 1st アルバム収録曲のヴァージョン違い、“Track X (The Guest)” に追加された「ゲスト」というこの言葉はウッドのソロ・プロジェクト ザ・ゲストにひっかけた言葉なのだろうが、ナーヴァス・コンディションズの解散後にはじめたこの活動がいまのアイザック・ウッドのスタイルを形作った。そこで彼は初めて詞を書き唄い、そうして自分自身をゲストと呼んだ。

 ウッドにとってナーヴァス・コンディションズとはどんな存在だったかのか? それは 1st アルバムを聞けばわかるのかもしれない。起きてしまったことに対する後悔と自己憐憫、少しの希望、アルバムの全ての曲は同じ方向に向かって流れ、それが「Black Country」という言葉によって繫がれる。「僕は何にも学んじゃいない/2018年に失った全てのことから/彼女はまだどこかで僕らを待っているって気がしてならないんだ/水を綺麗に保つために僕たちが作ったものの下に隠されて」。7インチのヴァージョンから変更された “Athens, France” のように象徴的な言葉を差し込み(2018年はナーヴァス・コンディションズが解散した年だ)、ウッドはアルバムの曲を連結し、全体で大きなイメージを作りあげた。ここで唄われる「彼女」とはナーヴァス・コンディションズのことを指していて「Black Country」という言葉も同じものを意味しているのではないか? アイザック・ウッドの歌詞はそうやって想像する余地を残していく。「向こうで Black Country が待っているんだ」。そう繰り返し唄われる “Science Fair”、「Black Country の地面から僕らが作りあげたもの」「穏やかに過ごすために僕たちが作り上げたもの」。“Opus” では比喩的にブラック・カントリー・ニューロードの結成の物語が綴られる(ブラック・カントリー・ニューロードはサウス・ロンドンシーンのパーティのはじまりに間に合わなかったバンドだ。本来ならばナーヴァス・コンディションズかここに参加しているはずだった)。1年前のリリース時のインタヴューでサックス奏者のルイス・エヴァンスが語っていたように 1st アルバムはある時期の彼らを切り取ったものだったのだろう。傷ついた仲間たちが再び集い、そうしてまた歩き出そうとする決意の物語、ウッドは自分たちのバンド名から後付けで言葉に意味を付与し、その最初の物語、失われてしまったナーヴァス・コンディションの未来の姿を終わらせようとした。余裕なんてどこにもなく、スリルと狂気と不安がそこに漂っているような、1st アルバムはそんなアルバムだった。

 この 2nd アルバムはどうだろう? 破裂してしまいそうだったヒリついた空気が消え去り、記憶を静かに呼び覚ますような、優しく慈しむような、ここではそんな音楽が奏でられている。1st アルバムとはもう別のバンドになってしまったと言ってもいいくらいに。あるいはゆっくりと時間をかけて自分の中に潜む感情を理解しようとしているかのような。最初のアルバムで感情の変化や亀裂を描いていたギターやサックスの音がこの 2nd アルバムでは感情を優しく導いていくようなものに変わり、舞台の上でセリフをまくし立てているようだったウッドのヴォーカルはメロディをゆっくりと口ずさむようになった。それは1年前にインタヴューで見せていたあの仲間同士のリラックスした雰囲気で、ポップ・ソングを愛する、もしかしたらこれがバンドの本来の姿だったのかもしれない。「ネクスト・アーケイド・ファイアになれたら……基本的にはそれがゴールさ」 冗談とも本気ともとれるようなジョークを飛ばすアイザック・ウッドの、おそらくはそれこそがサングラスをかけフォンジーに変身しステージ立つ必要のなかった世界のブラック・カントリー・ニューロードの姿だったのだろう。『Ants From Up There』にはそんなバンドの魅力が詰め込まれている。

 ウッドはこの 2nd アルバムでもイメージを結びつけるキーワードような言葉を用いてそれぞれの曲を繋ぎアルバム全体で一つのテーマを描き出そうとしている。「コンコルド」は曲のタイトルになっているし、「ビリー・アイリッシュ」も複数回出てくる。「クランプ」は彼らをつなぎ止める留め金で、それは “The Place Where He Inserted the Blade” において自らを縛り付けどこにも行けなくするツタや彼らを結ぶタグ、長い糸としても表現されている(おそらくそれは僕たちが絆と表現するものなのだろう)。曲をまたぎ何度も歌詞に登場する「コンコルド」という言葉はケンブリッジ郊外にあるダックスフォード航空博物館を訪れた共通の思い出が元になっているとドラムのチャーリー・ウェインが明かしているが、アルバム3曲目である “Concorde” においてのこの言葉はおそらくコンコルド効果を意味するものでもある。このまま引きずっていてもろくな事にはならないと理解していながらも、それでもこれまでにあった出来事をなかったことにはできない。思い出は美しく自らを縛り付ける。クリエイティヴ・ディレクター、バート・プライスが手がけた 1st アルバムのプロモーション(インターネット上のフリー素材を用いたスタイル)から、メンバー自身が子供の頃に書いた絵を使ったプロモーションに変化していることからも彼らがノスタルジックな思い出をこのアルバムのテーマにしていることがうかがえる。このアルバムは思い出を抱えそれに縛り付けられながらもそこから歩みを進めようとするアルバムなのだ。

 インタヴューの中で彼らは今作では歌詞だけではなくサウンド面でもリンクさせようと曲作りの段階で考えていたとも語っている。ルイス・エヴァンスは「今回は、曲を作っている時に他の曲のことを考えながら作った感じ。アルバムの曲順も曲作りの時点で考えながら曲を作っていったんだ」と語り、メイ・カーショウも「全てをリンクさせることを意識していた」と話す。その言葉通り、1分足らずの短いイントロから繫がれる “Chaos Space Marine” にはその後の曲を紹介するティーザーのようにアルバムの中の要素が断片的に織り込まれている。グランドピアノの音に明るく優しいサックス、何度もタメが入って展開し、メロディを唄うウッドの口からはコンコルド、ビリー・アイリッシュ、掘ってしまった穴と次々と後続の曲を示唆するような言葉が出てくる。パーソナルな領域にゆっくり踏み込むような “Bread Song” はチャーリー・ウェインのドラムによってエモーショナルさを一気に加速させ、その手法は “Haldern” や “Snow Globes” にも取り入れられている。それは匂いや色、言葉や音、一見関係がない事柄が他の何かを思い出すきっかけとなるような記憶の仕組みによく似ていて、楽曲に繋がりと広がりを生み出している。おおげさに言うとひとつの曲の中に実際には鳴っていない他の曲の音、あるいはイメージが埋め込まれているような感じだ。そうしてそれがオーバーラップしてくる。表面的な言葉や音は必ずしもそれ自体を意味しているわけではなく、その時々で違った意味が顔出す。僕はこれこそがブラック・カントリー・ニューロードの魅力なのだと思う。彼らは曲単位ではなく塊としてアルバムを意識している。もっといえばアルバムとアルバムとの関係性も意識しているのかもしれない。

 このアルバムはとても内向きなアルバムだ。ライヴで演奏するために作られた楽曲が収められた 1st アルバムと違い、ライヴのできない状況下で作られたこの 2nd アルバムの曲たちはアルバムに収録されるために作られた。最初にあったのは “Basketball Shoes” でこの曲を出発点にしてこのアルバムは作られたという。全てのテーマが “Basketball Shoes” の中にあり、逆に辿ってアルバムの最終曲であるこの曲にまた帰って来る。初期に「チャーリーXCXについて夢を見た」と唄われていた箇所が「コンコルドが僕の部屋の中を飛び回る/家の中をズタズタにして」と変更され、アルバムの中を飛び回る「コンコルド」のイメージを強化する(それはまたしても僕たちを縛り繫いでいく)。「僕がしてきたことの全てはドローンを作ることだった/僕らは残りを唄う」 曲の中でウッドがそう伝える通りに、このアルバムでは他のメンバーの声も聞こえてくる。“Chaos Space Marine” を彩るコーラスに “Good Will Hunting” で響く歌声、“The Place Where He Inserted the Blade”、そして “Basketball Shoes” の重なる声、それらがエモーショナルに心を震わせる。これも 1st アルバムでは見られなかった特徴だ。

 このアルバムのレコーディングはバラバラではなく一つの部屋で同時におこなうライヴ・レコーディングの手法がとられたようだ。ロンドンから離れ船でワイト島に渡り3週間滞在し、寝食を共にしてアイデアを出し合い意見を交わす。時にはフットボールに興じたり、みなで屋外レストランに出かけたり、地元のパヴを巡り映画を見たり。ルイス・エヴァンスは 1st アルバムのインタヴューで冗談まじりに「音楽より仲間の友情の方が大切さ」と語っていたがこのスタンスは2nd アルバムでより顕著に表れている。プロデューサーは立てたくなかったし、ロンドンでのレコーディングもしたくなかった、それは激動の時代を経てもう一度自分たちと向き合う為に必要なプロセスだったのだろうか? ロンドンから離れた場所、海を渡ったイタリアの観光地を思わせる非日常の世界、そのスタジオの中で彼らはお互いに向き合い、観客抜きの自分たちの為だけのライヴをおこなった。サウンド・エンジニアのセルジオ・マッショッコ(最終的には彼がプロダクションを担当することにもなった)とワイト島のレコーディングスタジオのエンジニアのデイヴィッド・グランショウのふたりの手を借りて、2nd アルバムはそうやってでき上がった。だからこのアルバムはより彼らの内面に迫ったものになっている。ある意味で彼らだけで完結している閉じた世界のアルバムなのだ。バンドが大きくなっていく過程において閉じた世界だけでは成立しなくなる、自分たちを取り巻く世界が目まぐるしく変わっていく、だからこそ彼らは原点に立ち返りそこから再び始めようとした。美しく慈しむようなこのアルバムのサウンドは、ノスタルジックであると同時に、「コンコルド」の思い出を糧に前へ進もうという意志と明るい希望が感じられる。あたかももう少し自分たちのバンドをやってみるよというメッセージが込められているかのように。

 アイザック・ウッドの脱退の発表からそこに新たな響きが付け加わってしまったのかもしれないが、それでもこの 2nd アルバムにはレコーディングされた当時の希望がそのまま封じ込められている。だから悲しくは響かない。1年後、3年後や5年後、これから先、きっと繰り返し聞くことになるアルバムには思い出が積み重ねられていく。音楽はそうやって時間を重ね、“Snow Globes” に出てくるキャラクター、ヘンリーがそうしたように記憶の壁にかけられるのだ。アルバムのアートワークに描かれている飛行機はどうしてコンコルドではないのだろう? 頭にそんな疑問が浮かぶが、でもそんなことは些細な問題なのかもしれない。アルバムを取りだしてジャケットを眺める。その飛行機の模型からコンコルドのことが思い出されて、針を落とす前にはもう頭の中に曲が流れ出している。このアルバムはやはり記憶と連想のアルバムなのだ。美しく感傷的で希望に溢れるブラック・カントリー・ニューロードのこの 2nd アルバムはきっと頭の中、記憶の部屋に残り続けることだろう。この先バンドがどんな風になっていくのかわからないが、でもいまはこの素晴らしいアルバムが作り上げられたことを嬉しく思う。

Daniel Villarreal - ele-king

 シカゴのオルタナ・ラテン・バンド、ドス・サントスの一員でもあるパナマ出身のドラマー/パーカッショニスト、ダニエル・ ヴィジャレアルが初のソロ・アルバムを発売する。シカゴの新たなキーパーソンになっているという彼のアルバムには、ジェフ・パーカーら当地の面々とLAのミュージシャンたちが参加。ラテンのリズムを活かした極上のグルーヴを堪能したい。

ダニエル・ビジャレアル(Daniel Villarreal)
『パナマ77(Panama77)』

発売日:【CD】2022/5/25

大注目!! シカゴのオルタナ・ラテン・ジャズバンド、Dos Santos(ドス・サントス)のメンバーで知られるパナマ出身ドラマー/パーカッショニスト Daniel Villarreal(ダニエル・ ビジャレアル)が待望のソロアルバムを完成させた。ラテンのリズムに導かれるグルーヴ溢れるサウンドは必聴。日本限定盤ハイレゾMQA対応仕様のCDでリリース!! ジェフ・パーカー参加!!

Recorded in Chicago and Los Angeles featuring:
Daniel Villarreal - drums & percussion,
Elliot Bergman - baritone saxophone & kalimba,
Bardo Martinez - bass guitar & synthesizers,
Jeff Parker - guitar,
Kellen Harrison - bass guitar,
Marta Sofia Honer - violin & viola,
Kyle Davis - rhodes piano & synthesizers,
Anna Butterss - double bass & bass guitar,
Aquiles Navarro - trumpet,
Nathan Karagianis - guitar,
Gordon Walters - bass guitar,
Cole DeGenova - farfisa & hammond organs

ダニエル・ビジャレアルは、現在のシカゴのシーンを支える最重要ドラマー/パーカッショニストだ。パナマ出身で、異色のラテン・バンド、ドス・サントスのメンバーであり、DJでもある。ジェフ・パーカーら、シカゴとLAのミュージシャンたちと共に、ラテンのリズムを掘り下げて最上のグルーヴとドリーミーなサウンドスケープに包まれる、真に融和的な音楽を作り上げた。(原 雅明 rings プロデューサー)

アルバムからの先行曲 “Uncanny (Official Video)” のMVが公開されました!
https://www.youtube.com/watch?v=JNUaLAYPURM

アーティスト:Daniel Villarreal(ダニエル・ビジャレアル)
タイトル:Panama77(パナマ77)
発売日:2022/5/25
価格:2,600円+税
レーベル:rings / International Anthem
品番:RINC87
フォーマット:CD(MQA-CD/ボーナストラック収録予定)

* MQA-CDとは?
通常のCDプレーヤーで再生できるCDでありながら、MQAフォーマット対応機器で再生することにより、元となっているマスター・クオリティの音源により近い音をお楽しみいただけるCDです。

Official HP:https://www.ringstokyo.com/danielvillarreal

AMBIENT definitive 増補改訂版 - ele-king

こんな時はチルアウトするしかない

アンビエント・ミュージックを楽しむための必読書、
430枚以上追加、内容もアップデートして再登場!

執筆者:三田格、河村祐介、倉本諒、品川亮、CHEE SHIMIZU、デンシノオト、野田努、萩原健太、橋元優歩、松村正人、水越真紀

A5判/オールカラー/304頁

CONTENTS

改訂版序文 “みんな” のアンビエント・ミュージック

1章 SPACE AGE
2章 MEDITATION
3章 POST MODERN
4章 CHILL SCAPE
5章 DRONE / IMPROVISATION
6章 DIVERSITY

INDEX

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春を彩るダンス・ミュージック7枚 - ele-king

 野球を観に行った。ひとごみが好きなタイプではないけど、ごった返しの状態になるのもひさびさだったので、なんというか戻ってきたな、と。来る4月もじょじょにフェス、イヴェント、あるいは単なる音楽好きが集まる会やらで予定が埋まりつつあることを思うと、いよいよ始まったと思わされる。でも、始まりあれば終わりあり。同時に渋谷のコンタクトは9月をもって閉店。私事で恐縮ですが僕は大学を卒業し、ここでも一区切りつきました。終わりは嫌だなあ。でも、パーティはみんな終わるとわかっているから、その瞬間をほんとうに楽しめるのだと、これは納得できるとてもいい言葉だね。始まりと終わりはセットでつながっていると思う。僕がいまでも忘れられないDJのいくつかも、終わった悲しさありつつ次への予感も匂わせてくれるようなプレイだ。一直線のときを過ごしたというより、ループしているような感覚。まるでJディラのドーナツみたいに。
 とまれ、ときにそうやって真面目に考えさせてくれるダンス・ミュージックはやはり最高、そして何も考えず音楽で気持ちよくなるのはそれ以上に最高。いまに感謝、おすすめの新譜(リイシュー含む)ダンス7枚です。


Two Shell – Home | Mainframe Audio

 トゥ・シェル自身が主催する〈Mainframe Audio〉はもともとヴァイナル・オンリーだったが、このたび人気の第2番「home / no reply」がデジタルにてリリース。正直、ここ最近ではもっとも繰り返し聴いているかもしれない。いまのモダンなベース・ミュージックのひとつの面白いかたちなのかなと。オリジナルはホワイト・ラベルの無骨な装いだったが、デジタル・リリースに合わせアートワークもポップでかわいらしく変化。彼らデュオは、UKの新世代のひとつと目される〈Livity Sound〉などからもリリース。この周辺はこれからさらに盛り上がりそう。

Burial + Four Tet – Nova/Moth | Text

 長らくヴァイナルでしか入手できなかった「Nova/Moth」がデジタルに登場。言わずもがな最高。デジタル・リリースまえ偶然ディスク・ユニオンで見つけたけど、その盤はマジック書き込み有りで4,000円を超えてたからね。いやあ、価格破壊です。気軽に聴けるようになりすごく嬉しい反面、血眼でレコードを探している人間からするとちょっと悲しいような気もする。まあ物理メディアは音が云々とそれらしい理由づけをして、デジタルもフィジカルも両方買うんですけど。

DJ Python - Club Sentimientos vol.2 | Incienso

 DJパイソンことブライアン・ピニェイロによる新作が、ニューヨークはアンソニー・ネイプルズの〈Incienso〉から届けられた。2020年の『Mas Amble』以来ということになる。あの催眠的で浮遊感のある、しかし明確にビートも感じられる──「ディープ・レゲトン」なる彼のシグネチャー・サウンドは相変わらず健在。僕は普段からレゲエないしダンスホールをたくさん聴く人間ではないので、専門的な切り口からこのEPについて語れないのは容赦してほしい。“Angel” の約11分に充満する音の空気、そこに波打つかのように持続するパッド、反射するように静かにきらめくシンセ……。重力から解放された気さえするが、同時に、意外なほどクラップを軸に据えたビートはかちかちと忙しない。ダンス・トラック的な趣もありながら、ぐっと深いところへも誘ってくれる。ずっと浸っていられるサウンド。

Disclosure & Zedd – You've Got To Let Go If You Want To Be Free | Apollo

 ライ(Raye)との新曲 “Waterfall” のほうが最近だが、こっちについて語りたい。ゼッドはEDM直撃世代の僕にとっては馴染み深いDJで、高校生のころ幕張メッセのライヴも観ている。この曲には、フォー・テットとスクリレックスが2021年にコラボしたとき(2019年にはロンドンでB2Bをしていたりもする)と似た感情を抱いた。少なくとも僕の感じた限りでは、あのフォー・テットが超メジャーのドル箱スターDJとコラボするなんて……といった論調があり、一部の音楽好きの心をささくれ立たせていた(ように見えた)。今回もそれと似たまさかのコラボ。ヴォーカルなど全体的にディスクロージャー風味が強いが、ところどころのビートの質感などゼッドを思い出す部分もある。

PinkPantheress – to hell with it (Remixes) | Parlophone

 去年にリリースされたミックステープのリミクシーズ。2021年のダンス系ニューカマーとして話題をかっさらったピンクパンサレスであるが、やはり面白い。2分にも満たない音楽にさらっと90年代におけるジャングルないしUKガラージがサンプリングされており、ざっくりと「Z世代による90年代レイヴの再解釈」と形容されている。それはピンクパンサレスだけでなく、ニーア・アーカイヴ、ピリ、ユネ・ピンクなどなど、いま同じ感覚を持ったアーティストはたくさんいる。手っ取り早くスポティファイの「planet rave」というプレイリストを聴いてみて。ここに新しい潮流が生まれつつある(のか?)。アンツ、LSDXOXO、フルームあたりがベスト・リミックスだと思う。

buen clima - Transferencia Electrónica | Peach Discs

 〈Peach Disc〉は個人的に追っているレーベルのひとつ。シャンティ・セレステによるこのロンドンのレーベルはアートワークなどが視覚的にポップでかわいらしく、それもレーベル・テーマが「フルーティ&セクシー」なのだからなるほどと言ったところか。ピーチやシエルといった女性DJを多くフックアップする一方、UKテクノ新世代と目されるコール・スーパーやホッジなど男性陣もリリース。ブエン・クリマはこのレーベルが2022年を迎えた初の作品。リズムが面白くそこに乗るウワモノもきわめて独特。チリの男性。

Rilla - Yugeki / 遊撃 EP | SVBKVLT

 遅ればせながら。福岡出身で京都在住のリラによる一撃。テクノ~ベース・ミュージック、トライバルなども消化した5曲入りEPからは、クールさと怖さのバランスに非常に優れたサウンドを感じた。これをガチのサウンド・システムの入った場所で聴いたら、間違いなく僕の身体は持っていかれる。上海の〈SVBKVLT〉から初の海外リリースとなるが、同じく京都在住のストーンズ・タローもUKの〈Shall Not Fade〉からリリースするなど、京都のシーンがかなり盛り上がってきているのを感じる。〈Set Fire To Me〉のトレイ(いまは東京)、CYKクルーのコツ(一時移住)など素晴らしいDJもたくさんいるしね。

 残念なお知らせだ。東京のクラブ・シーンを担ってきた一角、渋谷の Contact が、入居ビル取り壊しのため、9月17日(土)に営業を終了する。
 そのため4月22日と23日に3年ぶりに開催されることになったアニヴァーサリー・パーティが、最後のアニヴァーサリー・パーティとなる。
 4月22日は BLACK SMOKERS、O.N.O、REBEL FAMILIA、Dos Monos、DJ QUIETSTORM、FELINE が集結、翌23日はDJハーヴィーが来日しオールナイト・セットを披露する。豪華なアクトによる音楽を思う存分楽しみたい。

4/22(金)
Contact 6 Year Anniversary Party Part 1

────
Open 10PM
¥2000 Under23 | Before 11PM ¥2000 GH G Members | Early Bird Ticket
¥2500 Advance | GH S Members
¥3000 GH Members | w/Flyer | Facebook Discount
¥3500 Door
────

Studio:
BLACK SMOKERS -Live 
O.N.O(THA BLUE HERB) -Live
REBEL FAMILIA(GOTH-TRAD × 秋本"HEAVY"武士) -Live
Dos Monos -Live
DJ QUIETSTORM
FELINE

Visual:
rokapenis

Contact:
Atsushi Maeda
Tatsuoki
ZUNDOKO DISCO
Akey
Mari Sakurai

Foyer:
100mado
Frankei $
GQOMZILA -Live
Romy Mats
suimin

Space production:
VJ Camel × LOYALTY FLOWERS (解体新書)

Food:
The Daps

4/23(土)
Contact 6 Year Anniversary Part 2
DJ HARVEY – All Night Long –

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Open: 10PM
¥2500 Under 23 | Before 11PM | Early Bird (早割チケット100枚限定) | GH G Members
¥3000 Advance | GH S Members
¥3500 w/Flyer | GH Members | Facebook Discount
¥4000 Door
────

Studio:
DJ HARVEY (Locussolus | LA) – All Night Long –

Contact:
Mild Bunch Soundsystem
Kenji Takimi (Crue-L | Being Borings)
KILLER TUNES BROADCAST (WACKO MARIA)
Vinyl Youth
and more

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DJ HARVEY

ハウス、ディスコ、バレアリックシーンのカルトリーダー、そしてDJとして最も神の領域に近い男と称されるリヴィングレジェンド、DJ Harvey (DJハーヴィー)。
ローリングストーン誌は彼を“DJ界のキース・リチャーズ”と評し、世界に君臨するDJトップ10に選出している。

1980年代半ばのロンドンでDJキャリアをスタート。セカンドサマーオブラヴの狂騒の中、悪名高きDIYパーティー集団「Tonka Sound System」のクルーとしてその名を馳せ、ニューヨークの伝説的クラブ「Paradise Garage」のレジデントDJであったラリー・レヴァンも出演した自身のパーティー「Moist」で、DJとしての評価を不動のものとする。1990年代に「Ministry of Sound」のレジデントDJを務め、2002年にロサンゼルスに移住。LAアンダーグラウンドの聖地として、世界中からハードコアなダンサーたちが集うウェアハウスパーティー「Harvey Sarcastic Disco」を開催して、レフトフィールドなディスコやバレアリック復権への大きな流れを作った。また、当時発表した不朽の名作『Sarcastic Study Masters Volume 2』は、世界最大の中古音楽市場Discogsで、ミックスCDとして史上最高額となる500ドルの値が付けられている。

2010年にアメリカ国外への渡航が可能になると、世界中からオファーが殺到。奇跡の再来日を果たした2010年GWのジャパンツアーでは、全国12都市を回りロックスター顔負けの1万人以上を動員。母国イギリス・ロンドンでの凱旋パーティーは、チケット発売後わずか1分でソールドアウトを記録し、世界最高峰のクラブ「Berghain/Panorama Bar」や世界最大級のフェス「Coachella」などにも出演。2017年には、ニューヨーク「Paradise Garage」のラストパーティーの様子をBoiler Roomが映像作品化した『The Final Night In Paradise - DJ Harvey re-soundtracks lost tapes from legendary Paradise Garage closing party 1987』の選曲を担当。2018年には、トム・クルーズ主演の人気映画シリーズ最新作『Mission: Impossible - Fallout』のナイトクラブのシーンで、DJ(本人役)としてカメオ出演している。また、ワム!の名曲『Club Tropicana』のMVロケ地にして、クイーンのフレディ・マーキュリーが伝説のバースデーパーティーを行ったホテルとしても知られるイビサの「Pikes」で、2015年からレジデントパーティー「Mercury Rising」を開催。2021年に同パーティーのオフィシャルコンピレーション第3弾となる『Mercury Rising Volumen Tres』を2年ぶりにリリースした。

親日家としても知られるDJ Harvey。1989年の初来日以来、全国のクラブやフェスなどに出演し、国内最大級のダンスミュージックポータルサイトClubberiaの年間アワードでは、ARTIST/PARTY/NEWSの主要3部門を受賞。2016年には日本を代表する野外音楽フェス「Fuji Rock Festival」20周年の大トリを飾り、2019年の「Rainbow Disco Club」10周年ではヘッドライナーとして登場してオーディエンスを熱狂の渦に巻き込んだ。2019年11月に来日30周年アニバーサリーツアーを全国4都市で開催。アパレルブランド「WACKO MARIA」と来日30周年を記念したカプセルコレクションを展開して世界で話題を呼んだ。

Huerco S. - ele-king

 ゲーム・チェンジ的な傑作が、といった印象の作品です。USカンザス出身~ニューヨーク拠点のアーティスト、ブライアン・リーズのプロジェクト、フーエアコ・エス名義の3作目となるフル・アルバム(間にカセット・リリースのアルバム大の作品『Quiet Times』もあり)。リリースはアンソニー・ネイプルズと写真家でもあるジェニー・スラッテリー(Jenny Slattery)によるニューヨークのレーベル〈Incienso〉から。

 2010年代初等、キャリア初期のハウス・トラックで朋友アンソニー・ネイプルズとともに注目を集め、なんといいますか、そのセオ・パリッシュをベーシック・チャンネルがクアドラント名義でミックスしたような、そんなビートダウン・ハウスをガス状のダブ・ヴァージョンにした2013年のファースト『Colonial Patterns』を OPN のレーベル〈ソフトウェア〉からリリース。続く、2016年の本名義のセカンド『For Those Of You Who Have Never (And Also Those Who Have)』(アンソニーの〈Proibito〉よりリリース)では、さらにダブ・アンビエント・テクノ色を強め、その表現においてひとつの転機とも言える作品になりました。そして続く2018年のペンダント名義『Make Me Know You Sweet』や、昨年の同名義『To All Sides They Will Stretch Out Their Hands』などでは、さらにアブストラクト、かつダークなアンビエント・テクノをリリースしています。

 ここ数年は上記のようにアンビエント・タッチの作品が多かったのですが、まず本作の大きな変化は本名義でひさびさとなるリズムを主体とした作品(といってもハウスではない)となりました。1曲目 “Plonk I” では、それまでどこか避けていたように思えるクリアなニューエイジ的なサウンド感覚も援用しつつ、リズムの躍動感を主眼にした展開に。まさにイントロとして本作品の新機軸感を醸し出しています。この曲が象徴するように、これまでの作品のトレードマークでもあったエコー/リヴァーブ感、ガス状のダブ感が晴れて、全体的にクリアな質感が増幅された点も、同名義の作品としてはわかりやすい変化と言えるでしょう(ラスト・トラックなどにはダブの残り香はあり)。そして2曲目~4曲目 “Plonk II~IV” と、アルバムが進むうちに否応なしに本作の主眼が「リズム」にあることが明白になっていきます。インタールード的に、過去のダブ・アンビエント路線を彷彿とさせる “Plonk V” を挟んで、キラキラとしたシンセ音と後半はスロウなブロークンビーツがグルーヴをノッソリと刻む、アルバム・ハイライトとも言える “Plonk VI”。ノンビート的な “Plonk VII” にしても、エコーの重奏的な絡み合いにしてもベースラインとともにリズムの幻惑をさせるような感覚。どこか90年代後半のエイフェックス・ツインを彷彿とさせるエレクトロ “Plonk VIII”、そして次いで繰り出されるのは初となるヴォーカル(ラップ)トラック。〈Future Times〉からの Tooth Choir による濃いアシッディーなトラックでのラップが印象深い、気だるい SIR E.U のラップのバックには、まるでスピーカー・ミュージックの強烈なドラム連打を煙に巻いたような、もしくはドリルンベース的とも言えるドラム・サウンドが亡霊のように揺れ動いています。最後の曲こそ、同名義の前作を豊富とさせるダブ・アンビエント(とはいえこれも圧巻のクオリティ)ですが、本作の中心は、やはりリズムのアプローチというのが大方のリスナーの印象ではないでしょうか。

 小刻みなリズムが絡みつくストレンジなシンセが有機的に融合した感覚は、ある意味で90年代中頃までのまだリズムの冒険に意欲的だったテクノ──「ハウス」、もっと大きく言えばダンス・グルーヴのループ・リズムからの脱却と、それに伴うリズムの打ち込みの細分化は、1990年代前半のデトロイト・リヴァイヴァルやリスニング・テクノの先鋭化にも通じる感覚ではないでしょうか。また肝としては、IDMというほどエレクトロニカ的なグリッチ感覚が薄いというのも重要ではないかと。それこそパリスのところで書いたような〈リフレックス〉が標榜していた “ブレインダンス” 的とも言えそうな感覚でもあります。

 アンビエントものから、こうしたリズム主体の動きということで言えば、なんとなく思いつくのが彼のここ最近の周辺の動きです。ペンダント名義の作品をリリースしている、自身のレーベル〈West Mineral〉から、Ben Bondy、Ulla Straus、uon といったアーティストの作品や自身とのコラボ作品をリリース。言い換えると、ほぼ同様の人脈が交差する(はじめは傘下のレーベルかと思ってました)、Special Guest DJ(という名義のアーティスト)主宰の〈3XL〉(傘下に〈Experiences Ltd. / bblisss / xpq?〉あり)周辺人脈と、ここ数年は関係を深めているように見えます。ブライアン参加のプロジェクト(Ghostride The Drift など)も含めて、これらの動きには、ダブ・アンビエントやエコーの残響音の中に、アブストラクトに亡霊化したジャングル、ダンスホール、IDM、などなどさまざまな要素を含んだまさにレフトフィールドなテクノの最前線的な作品が目白押しといったところでとても刺激的です。NYとベルリン・スクールを結ぶ地下水脈としてここ数年おもしろい動きを見せています。最近では〈West Mineral〉からは、〈3XL〉のオールスターとも言える、virtualdemonlaxative というプロジェクトがブルータルなノイズ~ブレイクコア的な作品をリリースし話題にもなりました。前述の Ghostride The Drift や Critical Amnesia のような〈3XL〉周辺人脈とのコラボは、本作につながりそうなブレインダンス的なリズムの援用がなされており、そのあたりに本作のリズムへのアプローチの出自があるのではという見方もできます。

 生楽器を取り入れながらも、なんというかポスト・ロックやフュージョンの呪縛にハマらない、エレクトロニック・ミュージックとしてのいい塩梅を提示した、アンソニー・ネイプルズの『Chameleon』とともに、リスニング・テクノの、新たな可能性を示したそんな感覚の作品でもあって、これまたその周辺の動きも含めて、まだまだ注目させるに相当しい作品を世に問うてしまったという、そんな作品ではないでしょうか。

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