「iLL」と一致するもの

Alice Phoebe Lou - ele-king

 南アフリカ、ケープタウン出身のシンガー・ソングライター、アリス・フィービー・ルー。インディペンデントな精神を保ちながら成功しているミュージシャンの例として、彼女は稀有な存在のひとりだ。
 真冬にベルリンの路上で歌い、ヨーロッパ最大級のフェスティバル《PRIMAVERA》のメインステージでも演奏する。
 ワールドツアーの合間にベルリンの路上で歌う彼女は、自身の美学や信念に忠実であるがゆえに、誰かにとっては寄り添われているような感覚を与えるのかもしれない。

 そんな彼女の初来日は2018年。翌年にも《FUJI ROCK》などを含めた来日ツアーを果たしているが、この三年間はご多分に漏れずパンデミックの影響で来日が途絶えていた。
 満を辞して再来日を果たす彼女に、そのルーツやこれまでの経験、パンデミック中の心境や日本のミュージシャンに対する印象について聞いてみた。

■キャリアの原点として、ダンス、演劇、身体パフォーマンスなど、音楽以外の分野があるとお聞きしました。それらは現在あなたの中にどのように息づいていますか? また、表現方法として音楽に集中するきっかけは何だったのでしょう?

アリス:そうですね。小さな頃からダンスや演劇をしていたおかげで、自分の体をきちんと把握して、自信を持つことができています。それがいまのステージ上での身のこなしやパフォーマンスに確実に良い影響を与えていますね。そういう勉強をしていたおかげで、どうやったら観客の目を引くことができるのか、自分が作り出す世界にどう周りを引き込むかを学べたのも大きいです。  ダンスは表現方法として大好きでしたが、別のやり方がないかな、と考えているうちに、詩や音楽へ自然と移行したんだと思います。初めて路上で音楽を演奏したとき、これかも! と思ったので。

■故郷のケープタウンから1万km離れたベルリンで活動し、アフリカ、ヨーロッパはもちろん、北米、南米、アジア、オセアニアと世界中を移動しながらライヴをおこなってきたと思います。言葉の通じない場所での経験や「移動」はあなたに何をもたらしましたか?

アリス:19 歳のときにストリートミュージシャンを目指してベルリンに移って10年。いまでもときどき公園で演奏していますが、基本的には世界中を飛び回る生活です。こんな状況想像もしていなかったです。家から遠く離れた場所でミュージシャンとして活躍できるようになるなんて!  ベルリンは自己表現やアートが街中に溢れていて、そんな異文化の中に身を置くことはとても刺激的です。アーティストにとってチャンスのある世界に招かれたような気がして、本当に人生が変わりました。  世界中を旅しはじめてからは、異国の地で自分の曲を演奏し、その土地のローカル・ミュージックに触れ、世界のこと、自分のこと、そして次に作るべき曲のことを行く先々で学び続けています。  南アフリカにも年に1 回、2ヶ月くらい帰りますよ。実家からはいつもと違うインスピレーションを得られるので。家族、自然、ノスタルジー、そして「あの頃の私」とつながったり。

■ベルリンといえばダンス・ミュージックやクラブ・カルチャーが盛んです。キーボードの Ziv とのサイド・プロジェクト strongboi を含め、あなたの楽曲のなかにもダンサブルなものやサイケデリアを感じるものが散見されますが、シーンから受けた影響はありますか?

アリス:ベルリンに引っ越してきた当初は、ダンス・ミュージック文化やオルタナティヴ・シーンにとても興奮し、朝 6 時に起きてコーヒーを飲んで、ひとりでクラブに行ってひたすら踊っていました。夏の日差しのなか、外でおこなわれるオープンエアーのパーティーや、ストリート・パーティーと化したデモなど、そのワイルドな雰囲気が大好きです。そんな遊び方をしているうちに、70年代のディスコや音楽からインスパイアされた、オーガニックな楽器やテープ録音を使った、ダンサブルな音楽を作りたいと思うようになったんです。私のライヴでは、ソフトでフォーキーな瞬間もあれば、ワイルドに踊る瞬間もあります。それが自分でもとても楽しいんです。ベルリンの魅力は、年齢やバックグラウンドに関係なく何にでもなれて、何にでも挑戦できて、社会的な期待やプレッシャーからも解放されて、自分の好きなアーティストになれる、そして自分のためのシーンやオーディエンスを見つけられる、そんなところにあると思います。

■1300万回という驚異的な再生数になっている “She” は、ヘディ・ラマーの伝記映画の劇伴として使用され、アカデミー賞オリジナルソング部門ノミネートの最終選考まで残りました。あなたにとって映画とはどういう存在ですか? また、お気に入りの映画があったら教えてください。

アリス:この曲に対してこんなにも反応があるとは思ってもみませんでした! トライベッカ映画祭で上映されたときに、この映画の製作陣に会うことができて最高に楽しかったです! 私はもっと映画とコラボレーションしたいし、映画のためにもっと曲を書きたいと思っているので、早くまたそんな機会が巡ってくることを願っています。  好きな映画は本当にたくさんあります! でも、いまパッと思いつくのは、『ヴィクトリア』、『ムーンライズ・キングダム』、『ウエスト・サイド物語』(古い方)ですね。

■パンデミック中にリリースした楽曲は自分を見つめるような内省的な部分が感じとれました。坊主頭にしたりもしていましたが、コロナの期間はあなたにどのような心境の変化をもたらしましたか?

アリス:2019年のツアーでとても忙しい1年を過ごしたばかりのことだったのでその反動もあり、多くの人がそうであったように、私にとっても自分を見つめる時期でした。とても長いライターズ・ブロックを経験しながら、ベルリンでひとりで過ごして自分と向き合いました。とても大変な時期でした……! そんななかでもあるときから、音楽や詩が、湧き上がるすべての感情を導いてくれて、クリエイティヴィティを邪魔していた何かを打ち消してくれました。このプロセスを踏んだことで、率直で、余計なフィルターがかからない心からの曲を書くことができたんです。その後のパンデミックの期間は、作曲とレコーディングに集中することができたので、一気に2枚のアルバムを書いて、初めてのレコーディングスタジオを作りました。これがこの混乱した時期を過ごすのにぴったりでした!  じつは、頭を剃ったのはパンデミックの直前だったんです。個人的にいろいろなことがあったので、過去に別れを告げ、ありのままの自分を見て、新しくスタートするためのきっかけが必要だと思ったんです。頭を剃ったそのときは、私にとってとても美しい瞬間でした。

■以前の日本公演と同様に、今回も踊ってばかりの国やカネコアヤノと共演があります。彼らに感じるあなたとの共通点はありますか? また、他に気になっている日本のミュージシャンがいれば教えてください。

アリス:踊ってばかりの国もカネコアヤノのこともとっても愛してます。彼らが作る音楽も、個性的な人柄も大好きです。日本に来るたびに私が帰る場所になってくれる友だちがいると思うと、 最高な気分です。他に誰か挙げるとしたら、前回の来日で共演した青葉市子ですね。彼女も私の大好きな日本のソングライターのひとりです。

■昨年来日した Noah Georgeson や ボビー・オローサ らに、あなたと交流があるとお聞きしました。彼らとの関係はどういったものなのでしょう?

アリス:Noah Georgeson は素晴らしい友人であり、 プロデューサーです。私の2枚目のアルバム『Paper Castles』で一緒に仕事をして、カリフォルニアの美しいスタジオでレコーディングしました。彼は素晴らしい人で、彼がディヴェンドラ・バンハートの音楽にもたらすものがとても好きです。ボビーとは数年前にお互い出演していたドイツのフェスティヴァルで会ったんですけど、彼のパフォーマンスとバンドの音にすっかり感心してしまって、話しかけてみたら音楽をテープに録音するのが好きだという共通点で意気投合したんです。いつか彼とコラボレートしたいです。

■これまでの来日で印象に残ったこと、そして今回の日本ツアーで楽しみにしていることはありますか?

アリス:日本のお客さんも、この国の自然も大好きです。他に日本での楽しみはと言われたら、まずは食べ物ですね! ツアー・マネージャーの俊介は、毎回私たちを素敵な場所に連れていってくれて、新しい味覚を提供してくれるんです。あとは、また納豆を食べるのが楽しみ! それから、このツアーで新しい街を見られるのがとても楽しみだし、また鎌倉に行けるのもとても楽しみです。あとは、いつも暑い夏に日本に来ていたので、日本の春が見られるのを楽しみにしています。

■最後に、公演を楽しみにしている日本のファンへメッセージを。

アリス:4 年ぶりに日本に戻ることができるのでとても興奮しています! 進化したバンドとたくさんの愛を持って、新曲たちをみんなに披露しますね! See you soon !!


Alice Phoebe Lou来日公演情報

日程詳細は以下の通り

3/22 東京 渋谷WWWX (with 踊ってばかりの国)
3/23 大分 別府市コミュニティーセンター 芝居の湯
3/25 香川 高松市屋島山上交流拠点施設 やしまーる (ソロセット)
3/26 神奈川 鎌倉 浄智寺 (ソロセット) sold out
3/27 東京 晴れたら空に豆まいて (カネコアヤノ Band Set)
3/29 神奈川 Billboard Live Yokohama (with カネコアヤノ ソロセット)

Alice Phoebe Lou来日ツアー2023 特設サイト
https://haremametube.wixsite.com/alicephoebeloujt2023

C.E presents - ele-king

 これまで多くのイベントを仕掛け、東京の夜に彩りを加えてきたファッション・ブランド〈C.E〉。長きにわたるパンデミックの日々を経て、およそ3年半ぶりパーティが開催されることになった。ラインナップは日本からPowder、ドイツよりPLO Man、そしておなじみのウィル・バンクヘッド。ひさびさのC.Eナイトもまた、春に向け新たな夜の光となるに違いない。3月4日は表参道VENTに集合です。

[3月2日追記]
 追加情報です。当日、会場にてTシャツとPLO Manのカセットテープが販売されるとのこと。ぜひなくなる前に。

C.E presents
Powder
PLO Man
Will Bankhead

約3年半ぶりとなるC.Eのパーティが3月4日土曜日にVENTで開催。

洋服ブランドC.E(シーイー)が、2023年3月4日土曜日、表参道に位置するVENTを会場にパーティを開催します。

Skate Thing(スケートシング)がデザイナー、Toby Feltwell(トビー・フェルトウェル)がディレクターを務めるC.Eは、2011年のブランド発足以来、不定期ながら国内外のミュージシャンやDJを招聘しパーティを開催してきました。

本パーティでは、日本からPowder、ドイツよりPLO Man、そしてイギリスからWill Bankheadをゲストに迎えます。

当日、会場ではTシャツとPLO Manのカセットテープを販売します。 ←NEW!!

C.E presents

Powder
PLO Man
Will Bankhead

開催日時:2023年3月4日土曜日11:00 PM
会場:VENT vent-tokyo.net
料金:Door 3,000 Yen / Advance 2,000 Yen
t.livepocket.jp/e/vent_bar_20230304

Over 20's Only. Photo I.D. Required.
20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います。

■Powder
曲がり角の向こうが目に映らないからといって、そこに何も無いわけではない。道中にパッと現れた景色のように、Powderは「突然」その場に居合わせた様に見えるが、少し先の曲がり角にいただけのような存在だ。未だに、わざわざ曲がりくねった道中を選んでいるのか、チラっと見えてはいなくなってしまい、なかなか全部を掴める事は少ないのだが、手がかりもなく行方をくらますわけでもなく、意地悪な道で興味を持つものをふるいにかけたりするわけでもなく、存在と印象を残して、一定の距離を保持しながら少し離れた所を走っている。

2015年ストックホルム “Born Free Records” から楽曲 “Spray” を含むEPのファーストリリースや、ESP Institure “Highly EP” でのデビュー以降、日本をベースにしつつも、積極的に自己更新されない情報の少なさも手伝い、全ての動きを掴みきれていないリスナーの憶測とは平行線に、かと思えば時に期待に答えながら、落ち着きが無いようで一貫した(彼女の楽曲のように)、ジャンルマップに左右されない存在感を保ち、楽曲リリースを重ねる。

PowderのトラックやDJプレイを説明するために、“ミニマルな、浮遊感のある、ファニーな…” と、トラックの印象を表すキーワードを探してしまうと、目新しい言葉が特に思い浮かばないが、連想が尽きる事もない。突き詰めていくと、レフトフィールドなトラックである以外の何物でもないことに気づかされるが、それと同時に奇妙さが突き抜ける事なく、普遍的なダンストラックとしてのバランスを保った、オーセンティックなレフトフィールドさ、とでも形容できる脱構築的な世界感を持っている。時代を即座に感じさせるような記号を含むわけでは無く、散りばめられた仕掛けの組み合わせが綿密ながらシンプルに整理され、新しさ、という事よりも、既聴感の無さ、を追求している様にも思える。

Powderのブッキングは非常にドメスティックで、予測できない。
ハイプロフィールなフェスティバルから、小さな町の特別なギグまですべてのブッキングを自身でこなすが、どこであっても「ダンスフロア」をコントロールするような場に居合わせる一貫性を保っている。…といっても、器用なフロアマスターという印象とも異なり、フロアの集合知とでも呼べる古き良きグルーブを放棄しない、実はストレートなDJでもある。
快楽的なトラックとしての機能をストイックに追求した上で、長い夜の後でのみ訪れるシンプルな感情を喚起する。メッセージや刺激はその空気感の中にのみ漂い、感覚的なものとして各々に必要なだけのパワーを与える。

規模の大小に問わず、Powderの行動を決定づけているのは、
自然さだったり、私的な視点のようだが、拡大を続けるパーソナルなアウトプットが違和感無くフィットするためのギグ以上の受け皿として、自身のレーベル “Thinner Groove”も2019年より始動した。“友人のグルーブを紹介する”このレーベルでは、自身が一番大切にしている小さな、しかし全幅の信頼を置く知られざるコミュニティが少しずつ明かされていく。

TGの最近のリリースとして、5AMによる “Pre Zz” がリリースされた。5AMは長年の友人である5ive, AndryとMoko(=5AM)によるバンドでありグループエフォート、PowderはMokoとして参加し、プロデューサーとしての新しい側面を覗かせている。
text by Franc Rare
http://powd.jp

■PLO Man
PLO manはCC NotやGlobex、INTe*raのメンバーであり、インディペンデント パブリッシング プロジェクトであるACTING PRESS(アクティングプレス)主宰。2015年からACTING PRESSはグローバル化したアンダーグラウンドな音楽の世界において、レコードやテープ、イベントなどを丹念に矛盾なくプロデュースしています。
AP22. we have the technology.
https://youtu.be/KW_8E-3Kvew.

■Will Bankhead
イングランドの音楽レーベル、The Trilogy Tapes(ザ トリロジー テープス)主宰。Mo Waxでメイン ヴィジュアル ディレクターを務めたのち、洋服レーベルであるPARK WALKやANSWERを経て、The Trilogy Tapesを立ち上げる。Honest Jon's Recordsをはじめとする音楽レーベル、Palace Skateboardsなどの洋服ブランドのグラフィックデザインを手がける。
http://www.thetrilogytapes.com

Ulla - ele-king

 フィラデルフィアを活動拠点とするウラ(ウラ・ストラウス)は、ここ数年のアンビエント・ミュージック・シーンを振り返るとき、欠かすことのできない重要なアーティストである。
 ウラはセンセーショナルな「新進気鋭のアーティスト」として華々しく登場したわけではない。10年代末期にマイナー・レーベルからひっそりと作品をリリースし、そのサウンドの魅力によって、いつのまにか多くのリスナーを獲得していったのだ。そして今や2020年代を担うアーティストの一人にまでなった。本当にすごいことだと思う。
 2022年にリリースされた新作『Foam』では、これまでのアンビエント/ドローンを基調としたサウンドから脱して、ループとグリッチ・ノイズをミックスするエレクトロニカへと変化した。その音はアコースティックとグリッチ・ノイズが交錯する00年代エレクトロニカ・リヴァイヴァルのようでもあり、心を沈静するようなミニマル・ミュージックのようでもある。もしくは聴き込むほどに愛着が深まるアクセサリーのような音楽でもある。エレクトロニカ、アンビエント/ドローンの交錯の果てに行き着いた桃源郷のようなサウンドスケープとが展開しているのだ。そしてリリースは(満を持して?)〈3XL〉である。

 ここで、『Foam』へと至るウラの道筋を示すために、ウラのこれまでのリリース歴を簡単に振り返っていきたいと思う。
 ウラの最初期の音源はシカゴのオンライン・レーベル〈Terry Planet〉配信リリースしたNo Pomoとのユニットwiggle room『 Pyramid』といえる。2015年だ。ウラ・ストラウス名義ではシカゴの〈Lillerne Tape Club〉から、2017年にリリースした『Floor』、〈Sequel〉から『Append』が初期の音源である。硬質なアンビエンスが魅惑的だが、この頃はまだ「知る人ぞ知る」のような謎に満ちた存在だった。
 そしてHuerco S.主宰のレーベル〈West Mineral〉からPontiac Streatorとのコラボレーション『11 Items 』と『Chat』を2018年と2019年にリリースした。このトリッキーにして静謐、ミニマルにしてどこかポップな多くの音源によって、多くのアンビエント・リスナーの耳に届くことになった。
 2019年になるとニューヨークの〈Quiet Time Tapes〉からウラ・ストラウス名義で『Big Room』をリリース。このアルバムにはまるで霧のように霞んだアトモスフィアが満ちていた。私はこのアルバムに満ちている掴みどころがない空気のようなサウンドにとても惹かれたことを覚えている。抽象的なのに不思議な存在感に満ちている音とでもいうべきか。
 翌2020年、ベルリンの〈3XL〉を親レーベルとする〈Experiences Ltd.〉からウラ名義で『Tumbling Towards A Wall』をリリースした。この作品が決定的だった。ミニマル・ダブとアンビエントを交錯させるサウンドを実現しており、このアルバムによってウラは、アンビエント・マニアだけではなく、エレクトロニック・ミュージック・ファンのリスナーを獲得していったのだ。まさに転機となるアルバムといえよう。
 2020年は、ロシア出身のエクスペリメンタルアーティストのPerilaとのコラボレーション作品『silence box 1』、『29720』、『blue heater』の3作をポルトガルのレーベル〈silence〉から発表するなど旺盛な活動を展開する。
 2021年、〈Motion Ward〉から『Limitless Frame』をリリースした。なかでも『Limitless Frame』がこれまでのウラの作品の総括したようなアルバムである。霧のアンビエントに、どこかジャズのような音楽のフラグメンツが散りばめられ、聴くほどに深い沈静効果が得られるような傑作に仕上がっていたのだ。2022年は「20分1曲」というEPシリーズを継続的に送り出す〈Longform Editions〉から『Hope Sonata』を発表したことも忘れてはならない。

 同じく2022年リリースであった『Foam』は、『Limitless Frame』を受け継ぎつつも、新しいタイプのアンビエント・エレクトロニカ・アルバムを展開していた。10年代以降のアンビエント/ドローン・シーン出身であったウラが、驚くべきことに00年代エレクトロニカの蘇生へと向かったような音楽性を展開していたのだ。新境地といってもいい。
 だがそれは『Limitless Frame』にあったジャズ的な音楽性の解体といった面から地続きでもあるように思う。つまり「音楽の解体」がそのまま「サンプリングとグリッチ」の表現として再浮上してきたわけだ。
 本作『Foam』ではドリーミーなループを基調とした楽曲を展開している。声やピアノなどの音のフラグメンツがちりばめられたミニマルなサウンドスケープがとにかく心地よい。
 先に書いたようにクラシカルな音が軽やかなノイズによってグリッチしていくさまは、00年代初頭のエレクトロニカを思わせもする。個人的には2001年にリリースされたフランスのジュリアン・ロケによるジェル(gel:)のファースト・アルバム『-1』(Artefact)や、2002年にリリースされた彼の変名ドリンヌ・ミュライユ(Dorine_Muraille)『Mani』(FatCat Records)も思い出した。これは00年代リヴァイヴァルなのだろうか。いや、そうではない。ウラは独特なアトモスフィアを放つアンビエントを作り続けながらも、常に新しいサウンドを模索しているのだ。『Foam』におけるゼロ年代的なエレクトロニカへの変化はノスタルジアはない。つまりは変化だ。彼女はアンビエント音楽の新しい形式を模索している。

 ウラを本作を「キーホルダーのような」作品と自ら語っている。いわばアクセサリーのように生活のなかに存在する音楽/音響という意味か。このアルバムは室内楽的な電子音楽だが、生活のなかに空気のように自然に浸透する音楽でもある。日々の暮らしの中で家具のようにでなく、アクセサリーのような音楽として存在すること。このコンセプトはとても新鮮だ。
 まるで未来のエリック・サティのようなミニマル・ミュージックなのである。『Foam』は、新しい時代のエレクトロニカなのである。

Ishmael Reed - ele-king

 ジョージ・オーウェルの『1984』といえば、誰からも貶されない小説のひとつだと思っている人も多いだろう。モダンSFの金字塔、左翼のためのディストピア小説、あるいはまた、あれは反共産主義者や新保守主義者にとってはロシア(ソ連)を描いたものだと解釈されてきた。全体主義にビッグ・ブラザー、そして思想警察──まさにスターリズニム、東洋的専制政治そのものじゃないか、というわけだ。しかしながらひとり、その栄えある『1984』の功績を認めつつも、完璧に批判した人がいる。イシュメール・リードは1984年、かいつまんで言えばこう突っ込みをいれたのだ。あのなぁ、あんたらエリート白人にとっては1984が来るべき暗黒郷かもしれないが、私らアメリカの黒人は、かれこれ300年間も1984の世界を生きているんだがね。ぞっとすような全体主義にビッグ・ブラザー、そして思想警察に狙われてな。監視され、個人のプライヴァシーは暴かれ、マルコムXやキング牧師はFBIから自殺を勧められている。オーウェルにはそれを見通す力がなかった。こう言い放ったのである。
 イシュメール・リードはまた、アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックの不朽の名作『2001年宇宙の旅』についても、彼らにとっての未来にはマイノリティの男性や女性がいないらしいと、40年も前に皮肉っている。アメリカからトランプが大統領として出てきたとき、1972年にリードが『マンボ・ジャンボ』で描いたとおりになったと指摘したのは、英『ガーディアン』だった。同書がいうように「アメリカは、自らのどん欲さをニューフロンティアと呼び、気紛れで、落ち着きがなく、暴力的だ」と。

 ジョージ・クリントンが映画化を望んだどころか、いまでは最高の小説のひとつとみなされ、ペンギン・クラシックス(すなわち歴史的古典)に認定されている『マンボ・ジャンボ』が日本で翻訳されたのは原書が出てから25年後のことだったが、古びていなかったし、予言的でもあった。当時はそれこそ平岡正明が同書に感銘を受けて、さっそく自らの論説に組み込んでいるのだが(『黒い神』を参照されたし)、それもまたよく理解できる話だ。コラージュめいた実験小説とも言えるその物語(寓話)は、ジャズを讃え、ジャズで踊る黒人たちを讃え、早い話「ジャズより他に神はなし」を神話化し、白いアメリカの思い上がった歴史を、黒い世界史をもってコミカルに相対化しているのだ。
 あんな芸当は、よほどの知性とガッツがなければできるものではないのだが、リードは文筆のかたわら、音楽家としても活動している。NY前衛ラテン・ジャズの旗手キップ・ハンラハンのプロデュースによる『Conjure』(1988)は、彼の詩の朗読を交えたアルバムで、長い間、イシュメール・リードの唯一の音楽作品として認知され、そして耳の肥えた連中から評価されていた。なにせこのアルバムは、参加しているミュージシャンの顔ぶれがすごい。アラン・トゥーサン、デイヴィッド・マレイ、スティーヴ・スワロウ、ビリー・ハート、カーラ・ブレイ、アート・リンゼイ、レスター・ボウイ、タジ・マハール……そしてキップ・ハンラハンと。だから、その実力者たちの洒脱な演奏によって評価されたきらいもあり、彼はそれを快く思わなかった。イシュメール・リードだからこそ集まったミュージシャンたちなのだが、この熱血漢ときたら、自分の実力で評価されたわけではないというわけだ。

 私が刑務所に行かなかったのはジャズのおかげだ。ジャズに夢中になりすぎて、悪さをする時間がなかった──これほどジャズを愛するリードが、本格的にジャズ・ピアノを学びはじめたのは60歳を過ぎてからだった。そして80もなかばに迫った昨年、リードは彼自身のピアノ演奏をフィーチャーしたソロ・アルバムを完成させ、発表した。10代前半でギターを覚えた人が20代前半でロック・バンドでデビューする、幼少期よりピアノを習っていた恵まれた人が20代前半でデビューする、こうした話は溢れている。だが、60を過ぎてからピアノを習い、70手前で癌が見つかった小説家が84歳になって正式なデビュー・アルバムをリリースするなんていう話は、なかなか希有ではないだろうか(もうあと数週間で85だ)。
 もっともこうした前情報は、本作を聴くうえで弊害になるおそれがある。作者の特別な物語が幻想を膨らませるだろうし、それが音楽的な成果として表れるとは限らないからだ。が、心配はご無用。それを思えばなおのこと、本作は感動的に思えてくる。つまり、60からジャズ・ピアノを学んだリードにしか作れない作品という意味で、まずは素晴らしいアルバムなのだ。こんな自由な発想は、幼少期からピアノを習っていたら逆に難しいだろう。

 本作『The Hands of Grace』の表題曲は、2021年に発表した戯作のために書いた曲で、アルバムのオープナーはその題材になったジャン=ミシェル・バスキアの名が曲名にある。『Wire』によればその舞台劇は、「NYのアート界を動かしている白人至上主義における資本主義の力学を、独特の痛快さとウィットをもって検証し、バスキアに寄生して利益を得ている人物たち(アンディ・ウォーホルも含む)を特定するもの」だという。落ち目だったウォーホル並びにNYアート界は、商品としてのバスキアをちやほやし、人間としてのバスキアを犠牲にした。じつを言えばリードは、この舞台劇の資金不足を補うために、本作の発売を思い立ったのだった。アルバムに収録された前半は、その戯作「キャビアを愛した奴隷(The Slave Who Loved Caviar)」のために書いた曲が収録されている。
 リードによるピアノの独奏を録音したその前半6曲は、唖然とするほどシンプルで、遊び心がふんだんにある。実験的と言ってもいいだろう。生演奏をそのまま録って、なんの加工もなくそのまま収録しているので、とうぜんミスも、鍵盤を叩く音やリズムを取る足の音なんかもそのまま録音されている。坂本龍一の『12』のように演奏者の呼吸まで聞こえる作品だが、こちらは一本のマイクで録ったのだろう、総じてローファイで、初期シカゴ・ハウスのように粗く、荒々しい。ジャズである。
 解説によればチャールズ・ミンガスの『ミンガス・プレイズ・ピアノ』を意識したようではあるが、あんな流暢な演奏はない。だが、じつに独特な雰囲気が創出されている。最初は、人を食ったようなあまりにも簡素な反復を、テンポが不安定なまま、エラーも込みで展開している。道化てみせながら相手を油断させるかのごとく、アルバムの中盤からはジャズの常套句を時折混ぜつつ、リスナーをいつの間にかこの音楽の虜にする、そんな感じだ。『マンボ・ジャンボ』で描かれた、誰もが踊ってしまう疫病「ジェス・グルー」、この演奏のなかにもそれがリンクしているんじゃないかと、同書を読んでいる人ならアートワークを見て察することだろう。
  “How High the Moon(月はいかほど高いか)” という詩の朗読もある。光沢あるジャズ・ピアノをバックに、曲のなかで月の高度(23万8900マイル)が計算される。その曲から最後までの4曲はほんとうに美しい。とくに最後の2曲は、いまは亡きパートナーと娘に捧げた曲で、アルバムの終わりには、娘ティモシーがリードの留守電に残したのであろう次のヴォイスメッセージで終わっている。「今日、外は綺麗。それだけを言いたかったの(It’s beautiful outside today, and that’s all I wanted to say.)」

 演奏によって語ることの意味を考えた小説家の、怒りと愛、瞑想と躍動、それから微笑みのこもったこのアルバムがリリースされたのは昨年末のことだが、これはもう、まったく予期しなかった嬉しいプレゼントをもらったような気分だ。こうしたソロ演奏主体の作品は、よくよく「親密的」などと評されるが、とてもじゃないけれどこれは「親密的」ではない。ぼくには遠い、ずっとずっと遠いところにある、なんというかある種の憧れだ。『Conjure』の1曲目のタイトルにもなった「ジェス・グルー」とは、そう、ジャズ/ブルース、世界を変えた黒いスピリットの根本原理、西洋的なるものを滅ぼす革命的種子を指している(たぶん)。『マンボ・ジャンボ』がいう。「黒人たちがやることはわけがわからん。で、わかったときには次のことをおっぱじめているんだ」。ちなみにイシュメール・リードについて「マイメン」とラップしたのは、ケンドリック・ラマーも尊敬するトゥパック、曲名は “Still I Rise(それでも俺は立ち上がる)” という。

(2月7日追記)イシュメール・リードに関しては、後藤譲の『黒人音楽史』にも詳しい。興味のある方はチェックして!

Rainbow Disco Club 2023 - ele-king

 GW中の、4月29日〜5月1日の3日間に渡って静岡県東伊豆クロスカントリーコースにて開催される〈レインボー・ディスコ・クラブ2023〉、今年もまた出演者が豪華過ぎます。まずはジェフ・ミルズ、もう説明不要でしょう。彼のことですから、野外でやるからには選曲もまた考えてくることでしょうし、うん。ほか、エレキング的に注目したいのは、Special RequestとChaos In The CBD。前者は、近年のジャングルにおいてもっともカッコいいプロデューサー、後者は、近年のハウスにジャジーなヴァイブを加味した人気のプロジェクトです。それからもうひとり、現在ロンドンを拠点に活動しているChangsieにも注目でしょう。
 ほかにもDJ NOBやBen UFOのような安定した人気を誇るDJもいるし、RDCの精神的支柱の瀧見憲司もおります。早割とかバスツアーとかいろいろあるので、詳しくはオフィシャルサイトをチェックしましょう。とにかく、これは楽しみですね。

開 催 概 要

名 称:
Rainbow Disco Club 2023

日 時:
2023年4月29日(土)9:00開場/12:00開演~5月1日(月)19:00終演

会 場:
東伊豆クロスカントリーコース特設ステージ(静岡県)

出 演:
DJ / LIVE (A to Z):
Alex Kassian
Antal & Hunee
Ben UFO
Changsie
Chaos In The CBD
Daphni
DJ Nobu x Eris Drew
Jeff Mills
Kamma & Masalo
Kenji Takimi
Kikiorix
Lars Bartkuhn (live)
Little Dead Girl
Monkey Timers
Moxie
Occa
Palms Trax
San Proper
Sisi
Special Request
Yoshinori Hayashi (live)
Yu Su

VISUAL:
Realrockdesign
Colo Müller
Kozee
VJ Manami

LASER & LIGHTING:
Yamachang

オフィシャルサイト:
http://www.rainbowdiscoclub.com

Rob Mazurek - ele-king

 シカゴ・ジャズ・シーンにおけるキーマン、かつてガスター・デル・ソルやトータスの作品に参加しポスト・ロックの文脈でもその名が知られる作曲家/トランペット奏者のロブ・マズレク(現在はテキサスのマーファ在住の模様)が、ニュー・アルバムを送り出す。古くからの仲間と言えるジェフ・パーカーを筆頭に、クレイグ・テイボーンやデイモン・ロックスといったメンバーが終結。ブラジル在住時の経験がインスピレーションになっているそうだ。昨年亡くなったジャズ・トランぺット奏者、ジェイミー・ブランチに捧げられた作品とのこと。発売は4月5日、チェックしておきましょう。

Rob Mazurek - Exploding Star Orchestra
『Lightning Dreamers』

2023.04.05(水)CD Release

シカゴ・アンダーグラウンド、アイソトープ217°、サンパウロ・アンダーグラウンドで知られる作曲家/トランペット奏者のロブ・マズレクによる、エクスプローディング・スター・オーケストラ名義の最新作。ジェフ・パーカーを筆頭に豪華メンバーが集結してグルーヴ感溢れる演奏を聴かせる中、故ジェイミー・ブランチも参加し、彼女に捧げたアルバムとして完成された。ボーナストラックを追加し、日本限定盤ハイレゾMQA対応仕様のCDでリリース!!

ジェフ・パーカーとの共作 “Future Shaman” でスタートするロブ・マズレクの新作は、流れるようなグルーヴ、宇宙空間を漂うようなメロディラインと音響によって彩られている。それは、彼が3年間住んでいたブラジル、マナウスで、リオ・ネグロ(黒川)とリオ・ソリモンエス(白川)の合流地点にインスパイアされた感覚の表明でもある。アマゾンの支流を船で日々移動することは、過去、現在、未来の精神を呼び起こしたのだという。画家でもあるマズレクの視覚と聴覚へのアプローチも、エクスプローディング・スター・オーケストラというプロジェクトの目的も、水の流れ、時の流れから彼が掴んだ一種の再生の表現だ。故ジェイミー・ブランチも参加し、彼女に捧げられているアルバムに相応しいテーマである。(原 雅明 ringsプロデューサー)

ミュージシャン:
All music composed by Rob Mazurek (OLHO, ASCAP).
Words by Damon Locks.
Recorded at Sonic Ranch, Tornillo, TX, September 23rd & 24th, 2021.

Rob Mazurek (director, composer, trumpets, voice, launeddas, electronic treatments)
Jeff Parker (guitar)
Craig Taborn (wurlitzer, moog matriarch)
Angelica Sanchez (wurlitzer, piano, moog sub 37)
Damon Locks (voice, electronics, samplers, text)
Gerald Cleaver (drums)
Mauricio Takara (electronic percussion, percussion)
Nicole Mitchell (flute, voice)

Engineered by Dave Vettraino.
Additional Recording by Jeff Parker, Mauricio Takara, Nicole Mitchell,
and Rob Mazurek.
Produced and Mixed by Dave Vettraino & Rob Mazurek.
Mastered by David Allen

Album art by Rob Mazurek Radical Chimeric #1 #2 (mesh, screen, mylar, canvas, video projection) 2022.
Insert Photo by Britt Mazurek.
Design by Craig Hansen.
Thank You Britt Mazurek.
This album is dedicated to jaimie branch.


[リリース情報]
Artist:Rob Mazurek - Exploding Star Orchestra(ロブマズレク・エクスプローデイング・スター・オーケストラ)
Title:Lightning Dreamers(ライトニング・ドリーマーズ)
価格:2,600円+税
レーベル:rings / International Anthem
品番:RINC99
ライナーノーツ解説:細田成嗣
フォーマット:CD(MQA仕様)

*MQA-CDとは?
通常のプレーヤーで再生できるCDでありながら、MQAフォーマット対応機器で再生することにより、元となっているマスター・クオリティの音源により近い音をお楽しみいただけるCDです。

[トラックリスト]
01. Future Shaman
02. Dream Sleeper
03. Shape Shifter
04. Black River
05. White River
+Japan Bonus Track 収録

https://diskunion.net/jazz/ct/detail/1008618139
https://www.ringstokyo.com/items/Rob-Mazurek---Exploding-Star-Orchestra

 ‟ガールズ・バンド ” という概念は、元来不条理なものだ。
 勿論、ガールズ・グループに対してボーイズ・バンドという言葉も存在する。これは最近では、おおむね作りこまれたポップな商品であることを意味する。この業界のある側面は、しばしば搾取的であり、このようなアーティストたちはあきらかにメンバーの性的な魅力を利用して売り出されていることも、すべての加担者が基本的に理解していることだ。しかし、ロックの分野では “ガールズ・バンド ” という言葉は通常、外部から押し付けられたものであり、女性の芸術形式を男性の規定値から分離し、女性たちの作品が何を伝えようとしているかに関わらず、性別というレンズを通した型にはめてしまうのだ。私が東京で時々一緒に仕事をしている、女性がリードする素晴らしいポスト・パンク・バンド、P-iPLEは、Twitterのプロフィールに素っ気ない調子で「私たちはガールズ・バンドではない」と記している。
 もうひとつ、明らかにガールズ・バンドではない男性ばかりから成るアイルランドのノイズ・パンクスであるガール・バンドは、最近バンド名をギラ・バンドに改名した。10年前に元のバンド名を採用したのは、まさにその不条理さにこそあり、多くの人にとっては今でもどちらかというと無害な皮肉ぐらいに捉えられるのは、名前に込められたジョークがあきらかにバンド自身のことを指しているからだ。それでも彼らには絶え間ない反発が寄せられ、何年も前に馬鹿々々しいジョークとしてつけたバンド名を使い続ける利点よりも、最終的にはこの言葉が人を不快にする、あるいはノン・インクルーシヴ(非包括的)であると受け取られるリスクの方が高いと判断したようだ。

 社会の生々しい部分を指摘する人たちへの無責任な対応は、何も新しいことではなく、激しい対立や整合性のない指摘は、リスナーに音響的な不快感を与えようとする音楽と密接に結びついている。スティーヴ・アルビニが1980年代にビッグ・ブラックやレイプマン時代に放った過激な挑発の数々は、ガール・バンドという間抜けなバンド名のユーモアと比較するのは必ずしも有効とは言えないが、アルビニが当時について語ったことから、このような問題やそれを指摘する人への対応の背景にある暗示などの興味深い洞察を得ることができる。
 それは、大雑把でリベラルであるアーティスティックなバブルのなかで生活をしていると、自分が属する社会集団の規範が、必ずしも外の世界と共有されていないことを忘れがちになることに起因する。アルビニは「自分自身、そして多くの仲間たちは思い違いをしていた。人びとの平等とインクルーシヴネス(包括性)の獲得への戦いはすでに勝利で終わり、やがては社会においてもそれが発現し、私たちが対立や衝撃、嘲りや皮肉で何かを害することはないと思っていた」と総括している。

 4人組の男が “ガールズ・バンド ” というような馬鹿げた発想で遊ぶのは、性差別に打ち勝った勝利のダンスをしているように見えるかもしれない。だが、音楽の世界で活動する女性たちがあらゆる障害に直面し続けることを考えると、このジョークはもはや同じようには通用しないし、ミュージック・シーンでハラスメントや差別を経験した女性たちは、それらの問題を顔面に突き付けられたように感じるかもしれないのだ。
 バンド名の変更は、ほんの数文字を変える小さなもので、バンド自身は軽視していたもの確かだ(彼らは私がここで問題提起しているよりもずっと小さなこととして扱った)。だが私にとって興味深いのは、彼らの芸術がオーディエンスにますます敬意を持って受け入れられている様であり、それこそがギラ・バンドのニュー・アルバム『Most Normal』の素晴らしさの鍵となるかもしれないということだ。

 ノイズ・ロックは元来、不条理な音楽だ。
 それは、聴く者に居心地の悪さを与えようとする音楽だ。メロディやハーモニー、そして従来の心地よさや満足感をもたらす全てのツールを意図的に除去するかわりに、ディストーション、騒音や断片的なリズムを武器としている。それはまた、ある種の子供じみた音楽でもあり、物を壊してかき混ぜ、そこに出現するカオスや混乱、悪臭などに喜びを見出す。
 だがそれは同時に遊び心があり、好奇心をそそる音楽でもある。思いがけない音のテクスチュアに、厳格なロックの伝統の外側にあるものを感じ、再発見する喜びに没頭できるのだ。この分野で活動するバンドが3枚目のアルバムを作る際、冒険心を失わずに成長するにはどうすればいいのだろうか?
 ひとつの方法は、鳴り響く金属的な不協和音や、吹き出す紙やすりのようなディストーション、そして対立するリズムの一つひとつがどのように着地するのかに注意を払うことだ。どの混乱した音が痺れるようなものに変化するのか、どこで喜びと痛みの間に走る緊張感を保つのか、そしていつそのバランスを、酔ったようなよろめきで一方向に傾かせるのかに敏感になることだ。

 『Most Normal』は、1トンの爆発物のような着地を見せるが、バンドの過去2作のアルバムと比較して、その分野に対しての高まり続けるインテリジェンスや自覚に導かれている。オープニング・トラックの ‟The Gum“ の金切り声のようなディストーションを強調するように反復するディスコ・パルスは、バンドがエレメントのバランスを取ることに確信を深めているのが分かり、2曲目の ‟Eight Fivers” を際立たせる轟音の爆発は、拳を突き上げるような高ぶりからEDMのビート・ドロップに着地する。アルバムを通して、ギラ・バンドはサウンドをこれまでにないほどの挑戦的な極限へと押しやり、ほとんどメロディを落ち着かせることはないながらも、それぞれのエレメントの、オーディエンスへの作用を敏感に感じ取り、恍惚とした残酷さでリスナーの感覚を操っている。
 微かな旋律の気配が漏れ出る最後から2曲目の ‟Pratfall” では、Lowの前2作のアルバムの特徴であった素早く走るようなディストーションに引き裂かれ、ふるいにかけられる。他でも同様に、アルバムがタイトでまばらなビートと吐くようなノイズの発作の間を飛び火する様は、リスナーを、その忍耐力の限界までプッシュすることを存分に意識した内部のリズムによって作られている。

 ギラ・バンドが改名についての説明をする際に、あまり深く考えずに決めたことで、「この選択を正当化したり、説明したりすることは不可能だとわかった」と言及している。この、説明できないということこそが、彼らが名前を変えたことが正しかった理由であり、『Most Normal』の音楽が、不快感を享受しながらより鮮明な音楽的な理由でもって、それを証明している。それは未だに馬鹿げた、生意気なパンク的な面白さだが、薄っぺらに着想されたものでも気まぐれなものでもない。いまやすべての要素が、なぜそこにあるのかを正確に把握しているようだ。


Gilla Band – Most Normal
Rough Trade /ビート

 

Gilla Band, girl bands, and musical discomfortby Ian F. Martin

The idea of a “girl band” is essentially an absurd one.

Of course the term boy band exists too, as the alliterative counterpart to the girl group: nowadays meaning a more or less manufactured pop product. Exploitative as this side of the industry often is, it’s basically understood by all participants that these acts are being sold explicitly on the gendered appeal of the members. In the rock arena, though, the term “girl band” is typically imposed from the outside, segregating women’s art from the implicitly male default, framing their work through the lens of their gender regardless of what they intend to communicate. One band I sometimes work with in Tokyo, the wonderful female-led post-punk band P-iPLE, put it bluntly on their Twitter bio: “We are not girls band.”

Another band who are definitely not a girl band are all-male Irish noise-punks Girl Band, who recently renamed themselves Gilla Band. The absurdity of the term was at the heart of their adoption of it as their band name ten years ago, and to a lot of people it probably still seems like a more or less harmless bit of irony, where the joke is clearly on the band themselves. Still, they received a steady stream of pushback over it and eventually seem to have decided that the potential for it to be read as mocking or non-inclusive outweighed the benefits of sticking with a name they clearly came up with as a silly joke years ago.

This sort of playing fast and loose with signifiers that poke at raw spots in society is nothing new, with harsh juxtapositions and mismatched signifiers going hand in hand with music that seeks to sonically provoke discomfort in the listener. The extremeness of the provocations Steve Albini unleashed via Big Black and Rapeman in the 1980s mean they’re not necessarily a very useful comparison with the goofy humour of a band name like Girl Band, but Albini’s subsequent discussion of that time does offer some interesting insights into the thinking behind and implications of playing with these issues and signifiers.

Partly, it comes down to how life in a broadly liberal artistic bubble makes it easy to forget that the norms of your social group aren’t always shared by the world outside. Albini summarises, “For myself and many of my peers, we miscalculated. We thought the major battles over equality and inclusiveness had been won, and society would eventually express that, so we were not harming anything with contrarianism, shock, sarcasm or irony.”

So four guys playing with a patently absurd idea like the notion of a “girl band” might feel like a victory dance over defeated sexism. However, once you consider that women in music continue to face all manner of obstacles, the joke doesn’t work in the same way, and to women who have faced harassment or discrimination in the music scene, it could feel like having those troubles thrown in their face.

It’s true that the name switch was a small change, of just a couple of letters, and one the band themselves downplayed (they made it far less of a deal than I’m making of it here). What interests me, though, is that it shows a growing respect fot how their art lands with its audience, and this maybe offers a key to what’s so fantastic about the new Gilla Band album “Most Normal”.

Noise-rock is essentially absurd music.

It’s music that wants to make you uncomfortable, It deliberately strips songs of their melody, harmony and all the conventional tools to trigger comfort and satisfaction, instead reaching for distortion, discord and fractured rhythms as its weapons. It can be a childish sort of music too, that breaks things and stirs the shit just to delight in the chaos, mess and bad smells that emerge.

But it’s also playful and curious music. It delights in the unexpected, in the texture of sound, it’s steeped in a sense of rediscovery outside the rigours of rock tradition. For a band in this general arena making their third album, how do you mature without losing that sense of adventure?

One key way is to pay attention to how every piece of clanging dissonance, blown-out sandpaper distortion and rhythmical confrontation lands — to be conscious of which fucked-up sounds resolve into something electrifying, when to hold the tension between pleasure and pain and when to let the balance lurch drunkenly one way or the other.

“Most Normal” lands like a tonne of explosives, but it’s guided with a growing intelligence or awareness of its terrain compared to the band’s previous two albums. The repetitive disco pulse that underscores the screeching distortion of opening track “The Gum” offers an immediate sense of the band’s growing assurance in how they balance their elements, while the bursts of thundering noise that punctuate second track “Eight Fivers” land with the fist-pumping heart-surge of an EDM beat drop. Throughout the album, Gilla Band push sounds to ever more challenging extremes, hardly ever reaching for the comfort of melody, but somehow applying each element with a keen sense of how it’s working on the audience, puppeteering the listener’s senses with ecstatic cruelty.

Where the hint of a tune does filter through, on penultimate track “Pratfall”, it’s ripped apart and filtered through the sort of skittering distortion that characterised Low’s last couple of albums. Elsewhere, the way the album ricochets between tight, sparse beats and convulsions of vomiting noise happens according to an internal rhythm that’s aware of the limits of the listener’s patience just enough to push them.

When explaining their change of name, Gilla Band noted that they had chosen it without much thought and increasingly “found it impossible to justify or explain this choice.” This inability to explain is the most important reason why they were right to change it, and the music on “Most Normal” in its own way proves the point, revelling in discomfort but with an increasingly clear musical reason. It’s still silly, snotty punk fun, but it’s not flimsily conceived or whimsical: every element now seems to know exactly why it’s there.

LEX - ele-king

 初めて発表した曲は XXXテンタシオンのリミックス。それが14歳のときだというから早熟だ。2019年に16歳で初のアルバムを送り出した若き湘南出身のラッパー、LEX はその後〈Mary Joy〉とサインし、この4年ですでに4枚ものアルバムを送り出している。近年の日本のラップ・シーンを牽引する代表的プレイヤーのひとりだ。
 彼はラップをメッセージをこめることのできるアートフォームとして大いに活用してもいる。たとえば1年前に発表された “Japan”。ニルヴァーナ風のトラックをバックに、抽象的な発声で「若者金ない 大人も病んでいる/なのにこの国はシカトをかます/大胆な演説をカマして何度も嘘をつく」「不満がある奴は俺と叫んでくれ」とラップされている。あるいはセカンド収録の “GUESS WHAT?” のMVには国会答弁中の安倍元首相が映し出されていたり。「若者の政治離れ」なんて言ったのはだれだ? すくなくとも LEX はまったく萎縮していない。
 というわけでエレキング注目のラッパーが本日、5枚目のアルバム『King Of Everything』をリリースしている。今回の新作にも “大金持ちのあなたと貧乏な私” なる、ロミオとジュリエット的な格差社会を思わせる曲が収録されている。ぜひチェックしてほしい。

LEXが最新アルバム『King Of Everything』をリリース!
LEXをフィーチャーしたAmazon MusicとGQ JAPANのコラボドキュメンタリー「RPZN Stories」が配信開始。

湘南出身のアーティストLEXのニューアルバム「King Of Everything」が本日リリースされた。

客演にJP THE WAVY、Young Coco、Young Dalu、Leon Fanourakis、Only U、ShowyVICTOR、UKのBEXEY、USのMatt OxやKid Trunksなど国内外のアーティストを迎え、LEXらしいレパートリーに富んだ17曲を収録している。

また、アルバムの制作中に撮影されたAmazon MusicとGQ JAPANとのコラボレーションドキュメンタリー「RPZN Stories」が、GQ JAPANのYouTubeチャンネルにて配信開始された。ドキュメンタリーの中で、LEXは自身のキャリアにおける葛藤やメンタルヘルスにまつわるパーソナルなエピソードを赤裸々に語っており、家族や仲間からの証言を交えて、普段のSNSやライブでは知れないLEXの意外な一面を見せている。

LEX - King Of Everything
https://lexzx.lnk.to/KingOfEverything

Tracklist:
01. GOD (produced by 1bula)
02. King Of Everything (produced by VLOT, MrOffbeat, kaaj & evanmoitoso)
03. Killer Queen (produced by Trippop)
04. Busy, Busy, Busy (feat. Only U) (produced by june)
05. 金パンパンのジーンズ (feat. Young Coco & JP THE WAVY)
06. READYMADE (feat. Leon Fanourakis) (produced by k4stet)
07. 1/3 (feat. Kid Trunks)
08. Hertz (feat. Matt Ox)
09. Move (feat. ShowyVICTOR) (produced by DJ JAM)
10. LOVE PISTOL (feat. Young Dalu) (produced by FOUX)
11. Strength blindness (feat. Only U) (produced by Dee B)
12. Come To My World (feat. BEXEY)
13. This is me
14. 大金持ちのあなたと貧乏な私 (produced by In Bloom)
15. If You Forget Me (produced by eeryskies & Arcane)
16. Need It (produced by Kevin Jacoutot)
17. 庭の花 (produced by prodkult)

Artwork by Anton Reva, Photography by Uran Sakaguchi, Motion Cover by FROMKIERAN
Mix & mastering by KM, except #2 “King Of Everything” by VLOT. Contributors: KM, VLOT, DJ JAM & STEELO

「RPZN Stories」
GQ JAPAN YouTube チャンネル 【1月25日(水)9時30分より「RPZN Stories」配信】
https://www.youtube.com/watch?v=e0uB-_IRgC4

LEX (レックス) Profile:
湘南出身、2002年生まれのヒップホップ・アーティスト。天性のメロウボイスと、攻撃的な楽曲とのギャップ、感情むき出しのリリックがユース世代を中心に熱狂的な支持を得ている。14歳からSoundCloudに楽曲をアップロードしはじめ、2019年4月、16歳のときにファースト・アルバム『LEX DAY GAMES 4』で衝撃的なデビューを果たす。2019年12月にセカンド・アルバム『!!!』、2020年8月にサード・アルバム『LiFE』を次々と発表。2021年にはBAD HOPやJP THE WAVYらの作品に客演参加し、ロンドンのBEXEYとのコラボEP「LEXBEX」、横浜のOnly U & Yung sticky womとのコラボEP「COSMO WORLD」を発表するなど、勢いは更に加速。8月にJP THE WAVYを客演に迎えたシングル “なんでも言っちゃって”、9月には4枚目となるアルバム『LOGIC』を発表し、同年GQ Men Of The YearのBest Breakthrough Artistを受賞するなどその活動が高い評価を受けた。

2022年3月にSoundCloud初期音源と未発表曲をコンパイルした『20 (Complete Mixtape)』を発表。4月には10代最後となるシングル “大金持ちのあなたと貧乏な私” をリリースし、8月からはZepp Yokohama、なんばHatch他6都市を周る “With U Tour” を成功させた。メンタルヘルスの問題も抱えながらプレッシャーや葛藤と向き合い、2023年1月に満を持して5枚目のアルバム『King Of Everything』を発表する。

2021 GQ Men Of The Year Best Breakthrough Artist
2022 Space Shower Music Awards Best Hip Hop Artist

Jeff Mills - ele-king

 ジェフ・ミルズが『メトロポリス』をリリースしたのは2000年のこと。ダンスフロアに近しいテクノ・アーティストが “コンセプト・アルバム” をリリースすることがまだ珍しかった時代で、その後立て続けにアルバムを発表するジェフ・ミルズだが、じつは4枚目のアルバムだった。またそれは、1927年のドイツで制作されたSF映画の古典に新たな音楽を加えるという、じつに大胆な試みでもあった。
 リリース当時、ジェフの音楽付きの上映会が青山CAYで行われたことを思い出す。テクノロジーとロボット、メトロポリスの支配者、そして上流階級と労働者たちに階層化された社会を描いたこの映画にジェフのエレクトロニック・サウンドが重なると、それはたしかに現代のメタファーとなりうる。 
 2000年にリリースされ、2010年にいちどリイシューされたこの『メトロポリス』が、この度『メトロポリス・メトロポリス』としてまったく新しく制作され、3月3日に〈アクシス〉よりリリースされる。
 『メトロポリス』は、オリジナルは147分の大作だったが、フリッツ・ラングの意思とは関係なく、商業的な理由でこれまで勝手に縮められて(エディットされて)、上映されてきている。が、しかし、2010年に失われたフィルムが見つかり、完全復刻したのだった。それで、シネミックスのイベントを依頼されたことをきっかけに、ジェフがあらたに作り直すことになったという。なので、じっさいに制作した音源は147分あるそうだが、リリース用に収録曲は編集されている。それでもアナログ盤で3枚組だが。また、ブックレットではTerry Matthewというシカゴのジャーナリストが素晴らしい文章を寄せている。いま混乱し、階層化され、映画のようにいつ労働者たちの反乱が起きてもおかしくないこの世界で、なぜ『メトロポリス』なのかを、みごとに理論づけている。そう、これは注目のリリースなのだ。
(ちなみに同古典SF映画はテクノ・アーティストに人気で、ジョルジオ・モロダーはリメイク版『メトロポリス』の音楽を手がけ、クラフトワークは “Metropolis” 、クラスターのメビウスは『Musik für Metropolis』を作っている)


Jeff Mills
Metropolis Metropolis
Axis Records

日本のレコード店には、3月下旬にアナログ盤、CDが発売される


ShowyRENZO - ele-king

 死が迫ってくるような作品だ。
 Lit した炎が消えるまでの時限爆弾のように、死が襲ってくる。

 ShowyRENZO はペルーの血をひく茨城出身のMC。そのコールするような刻んだラップはプレイボーイ・カーティ以降、いわゆるケン・カーソンやコチースといった気鋭のラッパーのモードを踏襲しているように見えるし、日本語/英語の単語の並びを独自に入れ替え、意味より音を重視するように区切っていくスタイルは LEX 的とも言える。ヒップホップ・コミュニティにおいては『ラップスタア誕生!2021』のファイナルで鮮烈な印象を残したことで一気に知名度を高めた彼だが、2022年には勢いそのままに傑作アルバム『2022』をリリース。本作『FIRE WILL RAIN』は、止まらない ShowyRENZO 節を知らしめるだめ押しの一枚である。

 たとえば、90分の間に決着をつけなければならないフットボールというスポーツの焦燥感をメッシ経由で持ち込んだ “Pink Messi” において、彼は「好きなだけ俺の愚痴いいな/それで満たされるならいいな/I’m sorryあんまり時間がないな/死神が迎えにきた」とリズミカルに歌う。死へのカウントダウンが始まっているかのような焦りは、前作『2022』収録の “シナリオ” でも弾むようなステップでこう披露されていた──「俺は楽しんでる/死神、死を操ってる/俺は毎晩楽しんでる/いつ死んでも良いわけじゃないけど/いつでも俺は準備できてる」

 金を稼ぐ、成長する、俺は凄い、俺はまだまだ昇りつめる。現代における多くのラッパーがそうであるように、ShowyRENZO もまたネオリベラリズム社会における果てしない成り上がりを目論む。彼がゲームへと新たに持ち込んだのは、〈時間〉という概念だった。「I just今smoke I just今smoke」と忙しなく連呼する “Smoke Sports” や「マジで/マジで/マジで」と威勢よい声を小刻みに発する “Stress by” といった曲では、とにかく〈今〉が大事なのだ、悠長にセンテンスを作りラップなんてしている時間はないのだ、と言わんばかりに瞬間の一フレーズに賭ける態度が迫ってくる。もはやリリックと呼ぶことを憚られるかのような、ワードのつぎはぎとしてのラップ。そのスタイルについては、『ラップスタア誕生!2021』での審査員コメントで「雰囲気だけになっちゃう可能性がある」と指摘されていたこともある。

 前作『2022』に収録され、彼の中にある政治性が顕在化した “死と税金” という曲はとりわけ重要だ。ここでもまた、細かく刻むようなラップで彼は次のように吐露する。「ソファに座ってチルしてる/相変わらず目が空いたまま夢を見てる/Like夜神月/Deathnote世界を変える/俺が選ばれてる俺が選ばれてる/死神が見える死神が見える/死か生きる賭ける/likeこれイカゲーム/逃れ逃れない/逃れ逃れない/死と税金/逃れない」。彼が唐突に引き合わせる〈死〉と〈税金〉は一見遠いもののようにも思えるが、ハスリングやゲットーを通じ資本主義を描いてきたヒップホップにおいて、それはむしろ並べ提示されて然るべきテーマであり、あたかも並列なものとして配置する批評眼にこそ ShowyRENZO のヒップホップ的な神髄が宿っていると言ってよいだろう。だからこそ、彼が走り抜けるように死と税金についてラップする様子は、つまり国家の規制に対し「好き放題自由に稼がせろ」と主張しているようにも見えるし、同時に「(たくさん税金とられるくらい)こんなに稼いだぜ」というボースティングにもなっている。

 ただ本作は、その権力への反抗や成り上がりへの自己言及が、徹底して軽さを極めていく技術とともに表現されている点が重要だ。近年、いつしかヒップホップにおけるセルフボースティングは〈型〉となり〈ルール〉となり、突き詰められていった結果重量感を失いますます〈自らに対する励まし〉に転化しつつ、時にユーモアすらも内包するようになった。事実、“APOLLO” はリリックとラップの相乗効果によって、破綻/破滅と紙一重のユーモラスさが浮き上がっているではないか。「Gotta go hard/ステージの上で/カッコつけ/恥とかねぇ/恥があるならもうやめ」から「紙神紙神」と受け(薄っぺらな紙と重々しい神との対比!)、「Picasso/Picasso/Picasso/Picasso」と連呼したうえで「I’m ok/そのcase/kkk ok we ok」と自らを肯定し励ますようひたすら繰り返す「OK」。それはまさにアルバート・バンデューラ的な自己効力の作用に近いものがあり、いつしか素朴な自己啓発の標語のごとき軽さへと接近する。

 軽いワードをリズミカルに発し、ただただ並べ、ユーモアとぎりぎり紙一重の「俺はできる」を貫徹すること。その浮遊するような重力のなさは、かつて加速するネオリベラリズム下における資本主義社会の様相を鋭く綴った SCARS の〈重さ〉とは隔世の感がある。彼らは “I STEP 2 STEP” で「悩めるこの街で稼ぐだけだから/日々重さを増す体/日々重さを増す責任」とラップした。ShowyRENZO は本作のハイライトである見事なナンバー “火をつける” で、ジャージー・クラブの軽やかなリズムに乗せて軽薄にワードを連ねる。「火をつけるLit/早く起きてburning/息を吐くよmorning/結局のところ今がやばい/果てしない終わらない/時間より早い/軽くてやばい/増やしてマニー」と。

 ShowyRENZO の魅力とは、「雰囲気だけになっちゃう可能性がある」というスタイルに対し、むしろそこに宿る価値観を逆手に取り突き詰めていくことで、ある種の軽妙さを獲得しながら死へと向かっていく点にこそあるのだ。ゆえにその徹底した軽さは、これもまたユーモアすれすれなほどドラマティックにサンプリングされる “火をつける” での一幕で、次のような歌詞とともに結ばれる。「私が生きている他に何もない/たった一人のものだから/どんな明日もこわくない」

 私が生きている他に、何もない。
 生きている他に、何もない!
 あぁ、この〈死〉を前提とした軽さ!

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196