「iLL」と一致するもの

メシアTHEフライ - ele-king

 2006年、I-DeA や MSC 作品などへの客演を経て初のEP「湾岸 SEAWEED」を〈Libra〉から発表、2009年にファースト・アルバム『BLACK BOX』をリリースしたヒップホップ・ユニット、JUSWANNA(ちなみに「湾岸 SEAWEED」には、ISSUGI が 16FLIP として最初に世に発表したトラックが2曲含まれている)。
 その JUSWANNA のMCのひとり、メッセージ性の強いリリックで知られるメシアTHEフライが JUSWANNA 活動休止後にリリースしたソロ・アルバム『MESS - KING OF DOPE-』が、10年以上のときを経てついにアナログ化される。嬉しいことに、CDも同時にリイシューされるとのこと。LPのほうは完全限定生産なので、早めに予約しておこう。

JUSWANNAのブッ飛んだ救世主ことMESS a.k.a. メシアTHEフライが2010年にリリースした傑作ファースト・ソロ『MESS -KING OF DOPE-』が帯付き2枚組/完全限定プレスで待望のアナログ化! 同時に入手困難だったCDもリイシュー!

メッセージ性の強いパンチラインを最大の武器に独自のスタンスで常に斜め45度から世間を騒がす反逆者であり、MEGA-G、DJ MUTAとのユニット、JUSWANNAのブッ飛んだ救世主ことMESS a.k.a. メシアTHEフライ。そのJUSWANNAとして2006年に1st EP『湾岸 SEAWEED』、09年に1st Album『BLACK BOX』をリリースした後の10年5月にグループとしての活動を休止し、同年12月にファースト・ソロ『MESS -KING OF DOPE-』をリリース。サグライフでも、ハスリングライフでもない、実は一番ぶっ飛んだ「日常」の疑問をもう一度エグり返して出てきた問題作であり、メシアTHEフライが現実を色濃く模写した全13曲を収録した傑作中の傑作としてリリースから10年以上の時を経てもまったく色褪せることのないその『MESS -KING OF DOPE-』が帯付き2枚組/完全限定プレスで待望のアナログ化! 同時に入手困難だったCDもリイシュー!

[LP情報]
アーティスト: メシアTHEフライ
タイトル: MESS -KING OF DOPE-
レーベル: Libra Records / P-VINE, Inc.
発売日: 2021年12月2日(木)
仕様: 帯付き2枚組LP(完全限定生産)
品番: LIBPLP-001/2
定価: 4.950円(税抜4.500円)

[CD情報]
アーティスト: メシアTHEフライ
タイトル: MESS -KING OF DOPE-
レーベル: Libra Records / P-VINE, Inc.
発売日: 2021年9月15日(水)
仕様: CD
品番: LIBPCD-013
定価: 2.640円(税抜2.400円)

[LP:トラックリスト]
SIDE A
1. Intro
 Produced by DADDY VEDA a.k.a REBEL BEATZ
2. MESS
 Produced by DADDY VEDA a.k.a REBEL BEATZ
3. 東京 Discovery 3 feat. PRIMAL (MSC)
 Produced by HardTackle_66
SIDE B
1. 鉞-マサカリ-
 Produced by KAMIKAZE ATTACK
2. ビルヂング
 Produced by T.TANAKA
3. MONKEY BUSINESS feat. TAKUTO (JPC band)
 Produced by T.TANAKA
SIDE C
1. マンダラ
 Produced by I-DeA
2. POPS feat. 仙人掌 (MONJU)
 Produced by 16FLIP
3. 東口のロータリー
 Produced by DJ OLD FASHION
SIDE D
1. Skit
 Produced by KAMIKAZE ATTACK
2. No More Comics feat. BES (SWANKY SWIPE)
 Produced by DADDY VEDA a.k.a REBEL BEATZ
3. Wonderful World
 Produced by The Anticipation Illicit Tsuboi
4. Outro
 Produced by MUTA (JUSWANNA)

李劍鴻 Li Jianhong - ele-king

 『The Wire』2021年7月号で北京のトゥ・ウェンボウ(朱文博/Zhu Wenbo)が運営するレーベル〈Zoomin’ Night〉の特集が組まれたほか、同8月号では恒例企画「めかくしジュークボックス」にリー・ジェンホン(Li Jianhong/李剣鴻)とウェイ・ウェイ(Wei Wei/韋瑋)が登場するなど、ここにきて中国のアンダーグラウンドなノイズ/即興/実験音楽シーンがにわかに注目を集めはじめている。5月にイタリアの〈Unexplained Sounds Group〉から中国実験音楽のコンピ『Anthology Of Experimental Music From China』がリリースされたことも記憶に新しいが、本稿ではアンダーグラウンドなシーンにおける重要人物のひとりリー・ジェンホンにスポットを当て、彼が今年の春に発表した2枚の新作アルバム『山霧 Mountain Fog』『院子里的回授 Feedback in the courtyard』を紹介する。

 リー・ジェンホンは〈P.S.F. Records〉からのリリースでも知られる中国の実験音楽家/ノイズ・ミュージシャン/ギタリスト。1975年に生まれ、中国・杭州で90年代よりバンド活動をはじめ複数のグループで活躍。90年代後半に中国でインターネットが普及しはじめたことをきっかけに、ノイズや即興、実験音楽なども聴くようになっていったという。2003年には知り合いのミュージシャンとともにレコード・レーベル〈2pi Records(第二層皮独立唱片機構)〉を設立、同年にファースト・ソロ・アルバム『在開始之前、自由交談 Talking Freely Before The Beginning』を発表。また2003年から2007年にかけて 2pi 音楽フェス(第二層皮音楽節)を開催し、中国有数の前衛/実験音楽の祭典として知られるようになる。ゼロ年代後半から北京でも活動しはじめ、2011年に移住。同年には Vavabond 名義で知られるノイズ・ミュージシャン、ウェイ・ウェイとともに新たにレーベル〈C.F.I Records〉を立ち上げる。以降、これまで中国内外のレーベルから多数のアルバムを発表しており、中国においてアンダーグラウンドな音楽シーンが誕生した初期から活動を続けている代表的なミュージシャンのひとりとして高い評価を得ている。

 同じく中国出身で現在はフランスを拠点に活動しているミュージシャン、ルオ・タン(Ruò Tán/若潭)が運営するレーベル〈WV Sorcerer Productions〉からリリースされた『山霧 Mountain Fog』は、ジェンホンの真骨頂とも言うべきノイズ・ギターをソロとデュオで収録したライヴ・レコーディング作品。1曲目のソロではいきなり激烈なフィードバック・ノイズが鳴り響き、高柳昌行や大友良英を彷彿させる攻撃的な展開が延々と続く。だがオクターバーを使用して重低音を効かせ、フィードバックの持続音を強調した演奏内容は、ハーシュなノイズ・ミュージックではなくドゥームメタルにも近いダウナーなアンビエント/ドローンのようにも聴こえてくる。こうした傾向は中国の若手サックス奏者ワン・ズホン(Wang Ziheng/王子衡)を迎えた続く2曲目のデュオ・セッションでより顕著に表されており、ドローン状のギターとサックスが時に渾然一体となる特異な音楽内容は、フリー・インプロヴィゼーションの歴史に多数の名演を刻んだ編成(高柳昌行と阿部薫のデュオをはじめギターとサックスによる即興の系譜についてはhikaru yamada hayato kurosawa duo『we oscillate!』のライナーノーツで掘り下げたのでより詳しく知りたい方はそちらをご参照ください)でありながら、これまでのどの作品とも似ていない唯一無二のサウンドを生み出している。

 他方の『院子里的回授 Feedback in the courtyard』はジェンホン自身のレーベル〈C.F.I Records〉からリリースされたソロ・アルバム。フィールド・レコーディングとインプロヴィゼーションのあわいをいくような作品で、人びとの話し声や咳払い、虫の音、航空機の音など環境音と一体化するように、ギターの繊細なフィードバック・ノイズや電子音響のようなサウンドが聴こえてくる。紙版『ele-king vol.25』に寄稿したジャンル別2019年ベストのインプロヴィゼーションの項で触れたように、近年の即興音楽には環境音を活用した作品が多数発表されているものの、ジェンホンはこうした試みにすでに10年以上にわたって取り組み続けている。というのも彼は2010年に3枚組のアルバム『環境即興 Environment Improvisation』*をリリース、雨音や鳥の鳴き声、羽虫の飛び交う音といった自然環境の響きから、人びとの生活音、例えば日常会話やテレビから流れる音声、果ては酒場から聞こえてくる楽しげな音楽までをも相手取りながらギターによる即興演奏を行ない、その後も環境音と即興演奏を統合する独自の方法論を探求してきているのだ。今作では「おもちゃを片付けようとしない子供たち」や「夕食後のキッチンの片付け」、「夜10時、母はまだ咳き込んでいた」といった各楽曲のタイトルが示すように、まるでドラマ仕立てで日常生活のワンシーンを切り取るような環境音の響きとともに演奏を行なう内容となっている。

 冒頭で述べたように『The Wire』が中国のアンダーグラウンドなシーンを相次いで取り上げているものの、ジェンホンをはじめ中国で活躍するミュージシャンたちの多くは独自のコンテクストですでに長期間の活動を継続してきているのであり、その蓄積を見落としてはならないということは付け加えておきたい。なお、ギタリストとしてのジェンホンの活動を辿り直した記事が2019年に Bandcamp に掲載されているほか、コロナ禍に見舞われて以降の中国の実験的な音楽シーンについてはウェブ・マガジン『Offshore』主宰の山本佳奈子さんが多数のコラムを精力的に執筆されているので、あわせてお読みいただけるとより理解が深まるのではないかと思います。

*『環境即興 Environment Improvisation』は現在Bandcampでそれぞれ『十二境 Twelve Moods』『空山 Empty Mountain』『在这里 Here Is It』として個別に購入することもできる。

Koji Nakamura - ele-king

 多作で知られるナカコーが、CD-Rのみで展開していた「Texture」シリーズ。その全24枚250曲もの膨大な楽曲群のなかから、20曲を厳選した編集盤『Texture web2』が、配信限定でリリースされている。「2」と付いているとおり、昨年の『Texture Web』に続く試みだ。エレクトロニカやアンビエントなど、ナカコーの実験的な側面を知るのに持ってこいの作品なので、ぜひチェックを。

ナカコーが、CD-Rのみで販売していたTextureシリーズ全24作品250曲の中から、20曲を選曲したアルバム「Texture web2」が8月13日より配信スタート。

Koji Nakamraが2014年よりスタートさせた、CDRのみで販売されているTextureシリーズは、ナカコーの作品すべての通ずるテクスチャ音源集。2021年8月現在で、24枚250曲に及ぶ作品が発表されている。このシリーズは、コレクターも多く発売するも、すぐ完売を繰り返している作品群。そのTextureシリーズの中から20曲をセレクトし、配信限定アルバムとして発表したのが「Texture web2」。エレクトロニカからアンビエント・ドローンまで、インストゥルメンタルの楽曲で構成されている。サブスクで気になったらナカコーが運営するレーベル「Meltinto」でCD-R作品もチェックしてみて欲しい。

商品概要

Koji Nakamura / Texture Web2
MLT-1009
2021/8/13 on streaming

▶︎配信URL: https://linkco.re/zhZrf2ua

01. Computer In Love from Texture01
02. A Vision/A Dream from Texture02
03. Flower from Texture03
04. Ne U/A gE from Texture04
05. PRE from Texture05
06. Dead Moon from Texture06
07. Tyche from Texture07
08. Video Loop1 from Texture08
09. M o l t from Texture09
10. StigmA God Area from Texture10
11. Unkown Test from Texture11
12. Joy from Texture12
13. 826 from Texture13
14. Oboro from Texture14
15. Nocturne from Texture15
16. Snake Eater from Texture16
17. White Room from Texture17
18. Aura from Texture18
19. Border/Mind from Texture19
20. Red Sun from Texture20

OFFCIAL URL
https://kojinakamura.jp/

PROFILE
ナカコーことKoji Nakamura。1995年地元青森にてバンド「スーパーカー」を結成し2005年解散。その後、ソロプロジェクト「iLL」や「Nyantora」を立ち上げる。その活動はあらゆる音楽ジャンルに精通する可能性を見せメロディーメーカーとして確固たる地位を確立し、CMや映画、アートの世界までに届くボーダレスなコラボレーションを展開。その他remixerとしても様々なアーティトを手がけ遺憾なくその才能を発揮している。現在はフルカワミキ、田渕ひさ子、牛尾憲輔と共にバンド「LAMA」として活動。そして、2014年4月には自身の集大成プロジェクトKoji Nakamuraを始動させ「Masterpeace」をリリース。同年10月には大阪クラブクアトロ、名古屋クアトロ、恵比寿リキッドルームでワンマンライブを行った。キャリアを重ねつつも進化し続けるナカコーを示唆するライブとなった。現在は、Koji NakamuraとアンビエントプロジェクトNyantoraや、ダークロックユニット「MUGAMICHILL(ナスノミツル、中村達也、ナカコー)」を中心に活動中。また、2017年4月よりスタートした“Epitaph”プロジェクトは、CDリリースやダウンロード販売を想定せず、ストリーミングのみをターゲットとし、プレイリスト(≒アルバム)は、ナカコーの新作でありながら、彼の気分でそこに収められている曲が変わり、バージョンが変わり、曲順すら変わっていた。1ヶ月に1度2~3曲アップロードされており、DAW+アクセスモデル時代の新しい表現のトライだった。プロジェクトスタートより約2年。そして前作より約5年。2019年6月26日に「Epitaph」を遂にCD化した。同時期には関西テレビ他放映の連続ドラマ「潤一」の主題歌と劇伴音楽を担当。さらに、連続ドラマ「WOWOWオリジナルドラマ アフロ田中」の、メインテーマ曲と劇伴音楽を担当するなど、音楽の分野で多岐にわたり活動中。

Meltinto
https://meltinto.theshop.jp/

Daichi Yamamoto - ele-king

 『Andless』は Daichi Yamamoto が表現者として、自身の殻を破るための作品だった。タイトルは「undress(服を脱ぐ)」をパラフレーズしたもの。生々しい内面の告白を、アブストラクト・ヒップホップやグライムなどUKのダンス・ミュージックをアップデートしたサウンドに乗せて、ラップ、レゲエ、ソウルなど多様な歌唱法を複雑に使い分けて楽曲に昇華していった。個人的にはリリックもトラックも “How”(Produced by Kojoe!)が特に好きだ。

 2nd アルバムとなる『WHITECUBE』は前作をさらに一歩前に進めた作品だ。Apple Music のレヴューによると本作は「白い立方体のアートスペースをイメージ」したという。ならば、そこで展示されている作品のテーマは「混乱」「愛」だろう。収録された13曲は、すべてベクトルが異なる愛を多角的に表現している。

 展示会場の入り口にあたる1曲目の “Greetings” の冒頭でシャウアウトしてるのはなんと Daichi の実父であるニック山本。嫌が応にも親子の愛を感じた。続く “Love+” では古橋悌二のインタヴューがサンプリングされる。古橋は、京都出身の芸術家で、アーティストグループ・ダムタイプの中心メンバーだった。HIV感染が明らかになり、1995年に35歳で敗血症で亡くなるまで、愛、性、差別、資本主義、搾取、矛盾、混乱をテーマに、繊細で、複雑で、洗練されていて、同時に猥雑でもある作品を発表していた。不勉強ながら “Love+” で古橋を知った。

 一夜漬けの私が古橋の多くを語るのは失礼だ。だがダムタイプの「S/N」を見て、“Love+” を聴くと、Daichi は古橋の芸術観に共感し、加えて、サンプリングやローカリズムというヒップホップのルールを用いて、26年前から変わらぬ問題に改めて一石を投じる意図があるように感じた。

 そして興味深いことに、続く “Simple” で客演の釈迦坊主はクラブで見つけた女の子を「お持ち帰り」しつつ、最近会えてない友達に「死んだりしてなきゃいいな」と思いを巡らせる。大上段の「愛」においては矛盾しているかもしれないが、それも確かに愛なのだ。

 『WHITECUBE』ではこういった矛盾が続く。それを否定も肯定もしない。あるがままを受け入れる。以降アルバム中盤は音楽についてのトピック。4曲目 “Cage Birds feat. STUTS” は音楽がもたらす解放性をバレアリックな音で肯定的に表現するが、次の5曲目 “Ego feat. JJJ” では一転して攻撃的なドリルでエゴイズムの暗黒に浸る快楽を歌う。ちなみにこの2曲だけでも1本原稿が書けるくらい素晴らしい。特に感動したのは、“Ego” で Daichi が「投げる爆弾は檸檬/飛ばす果汁まるでVenom」と文学とポップ・カルチャーをごちゃ混ぜにした猥雑なラップをすれば、JJJ はスペイン語の「Dinero, dinero, dinero」(金、金、金)と「消えろ消えろ消えろ」で踏んで応える。フレッシュを連べ打ち。かっこいいを畳み掛ける。

 そしてここから構成はさらに複雑になる。grooveman spot と Kzyboost による陽気なウェッサイチューン “Wanna Ride (The Breeze)” では「憧れていたThug」と歌う。この曲と対になっているのは9曲目 “Pray feat. 吉田沙良(モノンクル)”。幼い頃にジャマイカで経験した Thug の行き着く先の究極が描かれる。間に挟まれる “People” “Kill Me” は制作で向き合う自身の矛盾が対になっている。

 本作の愛と矛盾の複雑な構図は、10曲目 “Chaos” のフック「今日君は間違いまた強くなる/それだけの事/もがいていこう/このChaosの中で/後は振り向かずに/Going far far away」に集約されていく。

 また私は “Chaos” の「エンゼルフレンチみたく白黒じゃない/問題がC.R.E.A.Mを挟んでるみたい」というラインにも膝を打った。「C.R.E.A.M」とは言わずもがな「Cash Rules Everything Around Me」。つまり現金。おそらく地球を破壊するレベルまで膨張を続ける資本主義社会への考察だ。偶然だろうが、「Love+」でサンプリングした古橋もダムタイプの公演「S/N」で、HIVに感染した自身が(製薬会社が喧伝する)高価な “エイズ特効薬” を飲み続けることを、「サイエンスの始めた新しいビッグビジネス」と皮肉るシーンがある。

 生死すらビジネスにする現実。そんな Chaos を、あえて複雑な構造のアルバムにすることで、表現したように思えた。そんな世界を生きる私たちに「Paradise Remix Feat. mabanua, ISSUGI」で ISSUGI は言う。「外面より内面の居心地優先して作り出すParadise/お前だけが知るエントラスはお前の為だけにある、他じゃない」と。

 もしかしたら楽園の入り口は人と違うかもしれないし、昨日まで自分が思っていた答えとも違うかもしれない。だが、他ならぬあなただけのもの。こじつけかもしれないが、同じく “Paradise” の「見えないpressureにがんじがらめじゃもったいない/楽しめ誰のLife?」というラインもそんな思いで聴いた。

 “Paradise” を踏まえると “maybe” のフック「足りないもの探し疲れたら/足りてるもの数えてみたら/答えは手のひらの中/でもわからず頭Boom Shakalaka」も肯定的に響く。またさまざまインタヴューを読むと、本作の制作は「頭抱えて立ち止まるlegs」(“maybe”)で、なかなか進まなかったという。散々立ち止まってようやくたどり着いたのが、“Paradise” であり、“maybe” であり、“Love+” の「(芸術は)自分をもっと心の底から動かす原動力として捉えたい」という古橋の言葉だった。

 創作の苦しみ、自身と向き合う困難を、この混沌を極める現代社会になぞらえて表現した。それが『WHITECUBE』。ラストの “Testin’” はストレートなラヴ・ソングだ。Daichi Yamamoto にとって創作とは広義の愛と同義。親子、恋人、友人、動物、音楽、映画、読書……。自分を突き動かすピュアなパワー。当然そこに大小はない。主義主張とも違うもので、消費の対象にもなりなえない、神聖なもの。それはつねに自分のなかにあるものなのだ。

Booker Stardrum - ele-king

 ブッカー・スタードラムは、ドラムとエレクトロニクスの融合によって、ジャズ的な細やかなリズムと緻密なエレクトロニカをコラージュさせていく手法を駆使して、魅惑的な心地良さに満ちたミニマルなエレクトロニカを作る才人である。これまで〈NNA Tapes〉から『Dance And』(2015)、『Temporary etc.』(2018)など、2枚のアルバムをリリースしている。この『CRATER』は、彼の三枚目のアルバムである。これまで培ってきたエレクトロニカとジャズ的な要素と、アンビエントなサウンドのムードや質感を巧みにブレンドしたエレクトロニカに仕上がっている。

 ブッカーはロサンゼルスを拠点とするミュージシャン/アーティストで、ニューヨークのエクスペリメンタル・ロック・バンドのクラウド・ビカムズ・ユア・ハンドのメンバーでもある。そのうえリー・ラナルド、ワイズ・ブラッド、ランドレディといったロック系のアーティストや、ヤング・ジーン・リー・シアター・カンパニーのような劇団などとの競演をおこなってもいるのだ。この10年で、彼は多くの録音にも参加し、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、南アメリカなど世界各国での音楽フェスやライヴなどで演奏活動をおこなったという。
 「多彩な活動を展開するドラマ―/電子音楽家」という組み合わせから、イーライ・ケスラーの名を思い浮かべる人も多いだろう。じじつ、即興演奏から電子音楽の作曲まで、ふたりの歩みはとても「似ている」。これはモダンな電子音楽とジャズ・メソッドの電子音楽が、意外なほどに「近い」ということの証左でもあるようにも思う。ドラム/リズムは、音楽の律動・推進性だけではなく、サウンドの多層的なレイヤーに一役(も二役)もかっているのだ。じっさい「ピッチフォーク」の記事では、ブッカー・スタードラムをグレッグ・フォックスとイーライ・ケスラーの系譜に加えているかのような書き方がされていたほどだ(https://pitchfork.com/reviews/albums/booker-stardrum-temporary-etc/)。

 とはいえ彼らとブッカースター・ドラムの音楽性や個性は(当たり前だが)だいぶ違う。ブッカー・スタードラムのサウンドは、いくつもの音響ブロックが接続されて(いわばコラージュ的に)、ひとつの楽曲として成立しているような楽曲である。つまりサンプリングされたと思えるサウンドのループとレイヤーによって成り立っている(自身の演奏が、常に客体化されているというべきか)。このループ感覚が肝だと思う。
 この新作『CRATER』では彼のドラムとエレクトロニクスのサンプリング/コラージュの「交錯的手法」がより洗練され、研ぎ澄まされているように私には感じられた。ドラムとエレクトロニクスのレイヤーの完成度がさらに上っていたからである。
 ちなみに制作にはディアフーフのジョン・ディートリックが全面的に関わっている。デートリックはブッカー・スタードラムと共にアルバムを録音し、ミックスと最終的なマスタリングをおこなったのだから、実質、共作者のようなものかもしれない。録音は2019年と2020年に、ロサンゼルス、アルバカーキ、ブルックリン、アムステルダムなどでされたという。前作『Temporary etc.』が2018年のリリースなので、前作発表以降、さまざまなプロジェクトの合間をぬって制作が続けられてきたとみるべきだろう。

 この『CRATER』には全9曲が収録されている。どの曲もアンビエンスとリズム、ノイズとアンビエントの交錯(つまりエレクトロニカだ)が卓抜である。いわば「ブッカー・スタードラムのサウンドの粋」を聴くことができるアルバムなのだ。
 アルバム収録時間は約38分でコンパクトな長さだが、聴き込んでいくと電子音とリズムの仮想空間を泳ぐような心地良さを得ることができる。細やかなリズムとパチパチと交感するノイズ/電子音のミックスが、聴き手の聴覚に程よい刺激と心地良さを与えてくれるだろう。
 昨今の流行の言葉で言えば「ASMR的な気持ち良さ」があるのだが、とはいえ、むろん「それ」だけでの音ではない。演奏家としても一流でもあるブッカー・スタードラムのリズム感覚は緻密かつ繊細で、単に心地良いアンビエントに陥る前に、音楽としてのダイナミズムも獲得しているのだ。

 1曲目 “Diorama” で展開されるその名のとおりミニチュールなサウンドスケープは、まるでミクロの世界に没入するような感覚が横溢している。2曲目 “Fury Passage” も同様で、細やかなノイズがミニマルにループするサウンドは「都市の民族音楽」のようなムードを醸し出す。捻じれていくようなノイズ・サウンドにマイクロ・リズムが重なって「エクスペリメンタル・ドラムンベース」ともいうべきサウンドの3曲目 “Bend” もまたトライバルなムードを生成している。これらの曲を聴くと、私などは、まるで「芸能山城組『AKIRA』がエレクトロニカ化したようなサウンド」と思ってしまうのだが、これは言い過ぎだろうか。
 続く “Steel Impression” ではリズムがアンビエンスの空気の中に溶け合っていくようなサウンドスペースを展開している。約8分46秒に及ぶトラックで、アルバム中ではもっとも長尺の曲である。乾いたメタリックなサウンドによる音の粒子が堪らない。そして、どこか「声」を加工したようなサウンドによるインタールードな “Squeezing Through A Tube” を経て、アルバム中もっとも「ミニマル・テクノ
」なトラックである “Parking Lot” に至る。これまでのアルバムで展開されていたマテリアルがそのままテクノに援用されたかのような見事なトラックである。“Parking Lot” を経て以降、アルバムは急速にアンビエント化していく。ラスト3曲 “Yellow Smoke”、“Downturn”、“Walking Through Still Air” とそれぞれサウンドの質は違えども、メタリックかつリズミカルなサウンド・マテリアルがアンビエントの持続の中に溶けていくような音響であることは共通している。いうまでもなくどの曲も心地良い。まるでデジタルな仮想空間を浮遊するような気持ち良さである。

 ブッカー・スタードラム『CRATER』はデジタルなサウンドでありながら、有機的なムードも濃厚であり、仮想世界のサウンドのようでもありながらも、現実の都市空間のサウンドトラックのようでもある。繊細な音響でありつつも、その音楽としてのダイナミズムもある。そう、まさに多面性と多層性のエレクトロニック・サウンドに仕上がっているのだ。
 そして重要なのはエクスペリメンタルな音楽でありながらも「暗くない」という点ではないか。これは『CRATER』だけではなく、例えば〈sferic〉からリリースする現代的なアンビエント/エレクトロニカ・アーティストのアルバムや楽曲に共通するムードでもある。
 この不穏な時代にあって、それに抗う(逃避するような)光のような「明るさ」の希求。しかしそれは「感情的」な明るさだけではなく、むしろ「光が眩い」ということに共通するような「現象的」な「光」への希求のようにも思えてならない。そう、エモーショナルとテクノロジーの共存とでもいうべきか。ここにこそ「20年代のモダン・アンビエント」を読み解くヒントがあるのではないかと私は考える。

 インタヴューの発言にあるように、ジョイ・オービソンを日本に招聘したのがファッション・ブランドのC.Eだった。以来、両者はカセットテープのリリースやロンドンにおけるC.E主催のパーティへの出演など関係は続いている。
 で、この度、初の長編作品『still slipping vol.1』のリリースに合わせ、C.Eが手掛けたマーチャンダイズが発売となった。商品は、Tシャツ1型2色、ソックス1型の計3アイテム。Tシャツには作品のカバー写真を手掛けたロジー・マークスの写真を前身頃に施しています。後ろ身頃にはハンドライティングで描かれたトラックリスト、Joy OrbisonとWill BankheadのレーベルであるHinge Fingerのロゴをプリント。ソックスにはTシャツの後ろ身頃にもプリントされたJOY Oの文字、足底にC.Eのグラフィックを施している。どちらも格好いいです。


Tシャツ
ブランド名:C.E
アイテム名:JOY O T
価格:7,700円(税込)


ソックス
ブランド名:C.E
アイテム名:JOY O SOCKS
価格:2,200円(税込)
問い合わせ先:C.E www.cavempt.com

C.Eのオンライン(www.cavempt.com)とC.Eのショップ(東京都港区南青山5-3- 10 From 1st 201)にて発売中です。

interview with Joy Orbison - ele-king

 ジョイ・オービソンは素晴らしい。なにしろ彼の叔父は80年代末という、まだこのジャンルが超アンダーグラウンドで、海のモノか山のモノかもわからなかった時期から活動しているジャングルのDJ、レイ・キースなのだ。30年ほど昔の話になるが、ぼくは彼の叔父が関わっていたロンドンの現場を経験している。それはいまだ忘れがたきハードコアで、ラフで、労働者階級的で、人種と汗の混ざったパーティだった。メインフロアがラガ・ジャングル、セカンドフロアがハウスという構成で、DJブースの脇には盛り上げ役としてMCとダンサーが立ち並んでいたが、そんな必要などないくらいにオーディエンスの熱狂が並外れていた。あんな汗まみれの現場で長年回してきたDJが身内にいる。しかも13歳にしてターンテーブルでミックスを覚えたら、それはもうUKダンス・カルチャーの申し子と言える才能が磨かれよう。
 じっさい2009年の彼のデビュー・シングル「Hyph Mngo」は出たときから評判で、ぼくもそのハイプに乗せられて都内のレコード店で買ったクチ。ジョン・オービソンまでチェックしていたらそいつはわかってると、当時はそんな空気があったのだ。で、UKガラージの癖のあるリズムとソウルの高揚感をセンス良くミックスしたその12インチ1枚だけで、ジョイ・オービソンをジェイムス・ブレイクやマウント・キンビーらと並ぶ新世代の代表だと豪語したのは大手『ガーディアン』だったが、それは正しくもあり間違ってもいた。ジェイムス・ブレイクやマウント・キンビーは有名になると汗臭いダンスフロアからは離れていったが、ジョイ・オービソンはそこにい続けて……、もちろんいまもそこにいる。

 デビューしてからこの10年あまり、アルバムを出さずにひたすら12インチを出し続けているのも、彼がダンス・カルチャーの一部であることを物語っているわけで、『still slipping vol.1』がジョイ・オービソンにとっての初の長編作品となる。14曲入り(日本盤にはボーナストラックあり)で、まあ普通これはアルバムということになるのだが、本人はこれをミックステープと定義している。その理由は以下のインタヴューで語られているが、うん、なるほどなーと思った。
 まあなんにせよ、『still slipping vol.1』にはUKアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックの最良の部分が詰まっていることはたしかだ。90年代初頭におけるその文化は、音楽それ自体に政治性はなかったかもしれないがシーンのあり方は政治的だった。マーガレット・サッチャーが推奨し一般化させた「個人主義」に対して「みんな」だと、「集う」ことを持って反論したのだから。『still slipping vol.1』は、いま再びみんなで「集う」ことを希求している。と同時にUKダンス・カルチャーの定義をもあらためて教示してもいる。西インド諸島からやって来たベースとアメリカ北部の黒人たちが発明したダンス・ミュージックとが混ざり合ったそれは、なにひとつ面白くない日常では得られない興奮をたったひと晩で得るための強力な燃料となって吐き出されるのだ。
 ジョイ・オービソン(本名Peter O’Grady)はよく喋ってくれた。インタヴューは彼のアティチュードがよくわかる内容になっていると思う。ちなみに『still slipping vol.1』のジャケットに写っている女性が彼の従姉妹で、彼にUKガラージを教えてくれた人であり、レイ・キースのパートナーでもある。このジャケットは、彼の音楽がどこから来ているのかを暗示しているのと、ちょっとうがった見方をすれば、XLやUK音楽業界のなかのケン・ローチ的な感覚がこうしたかったのではないかと。間違っているかもしれないが正しくもあるだろう。ジョイ・オービソンが答えている。

うちは「仕事をする」ということがもっとも重要視されている家族で、僕が音楽をやりはじめたとき、僕には別の仕事があった。音楽で生計を立てることができるようになるまで、家族は僕の音楽についてとくに気にしていなかったんだ。

この12年、ずっとダンスフロアのための12インチにこだわってきたあなたがついにアルバムを完成させた、あなたはそれをミックステープと呼んでいます。

JO:僕はとくにアルバムを作りたかったわけじゃないんだよ。エレクトロニック・ミュージックのアルバムで楽しめるものってあまり多くないと思っているし、アルバムというコンセプトに魅力を感じないんだよね。だから敢えてミックステープと呼んだ。結果、自分が作りたいと考えていたものや自分の音楽の聴き方に近いものができたと思う。

あらためて訊きますが、あなたがどんな家庭、どんな環境で育ち、それがあなたにどんな影響を与えのか教えて下さい。

JO:僕はある意味、家族に恵まれていたと思うけれど、うちはとくに音楽一家というわけではないんだ。父親は音楽に関してはセンスが良いほうだと思うけれど、音楽は気軽に楽しむというタイプの人間なんだ。音楽に真剣に向き合うということはしてこなかった。ただ昔父が話してくれたのは、彼はサウスロンドンで育ち、そこではレゲエのサウンドシステム文化が主流だったということ。だから彼は子供の頃、友だちとサー・コクソン・サウンドなどのパーティに行ったりしていたんだ。そういう経験が彼のセンスの一部になっていったんだと思う。僕が子供の頃は、家にR&Bやレゲエやソウルのレコードがたくさんあったからね。
 僕には多様な人種の家族や親戚がいるから、その点については恵まれていると思う。そうでなければ僕の音楽の嗜好はまったく違うものになっていたかもしれないからね。僕が生まれたときも父はスティーヴィー・ワンダーを車でかけていたらしい。だから自分の音楽の嗜好について考えるとき、いつも家族のことを思い出す。家族行事などでみんなが集まってパーティをするとき、僕はいつもDJをやらされていたんだけど、家族のみんなはトロージャンから出ているようなレゲエを聴きたがっていた。僕の祖父母はアイルランド人だから僕の家系は主に白人なんだけれど、いろいろな人種が混在しているから多様な親戚・家族になっている。レゲエのような西インド諸島の音楽は、僕のルーツであるアイルランドの伝統の一部ではないけれど、それが僕の家族のサウンドだというのは面白いよね。でもそれは西インド諸島の音楽がロンドンのアイデンティティの一部であることを意味していると思うんだ。それから、僕の従姉妹のリーアンはすごく音楽にはまっていて、その従姉妹がレイ(・キース)と結婚したんだ。僕が12歳か13歳の頃だったかな。だから僕は音楽に関しては、同年代の人たちよりもスタートが早かったと思うよ。だからリーアンの写真をスリーヴにしたんだ。彼女のおかげでいまの僕がいると思うから。リーアンが僕に音楽を教えてくれていなかったから、僕はいまごろ何を聴いていたのか想像もつかないよ。だから僕は幸運だった。リーアンが僕を正しい軌道に乗せてくれたから。

あなたが最初に「Hyph Mngo」をリリースしたときは、従姉妹のお姉さんやお父さん、叔父さん、みんな喜んだことと思いますが、あなたが新しい作品を出すたびに家族や親類から感想を聞かされるものなのですか?

JO:最初のレコードをリリースしたとき、僕が音楽を作って、音楽をリリースしたことを家族もレイも知らなかっよ。当時は友だちと一緒に軽い気持ちで音楽をやっていたからね。うちは「仕事をする」ということがもっとも重要視されている家族で、僕が音楽をやりはじめたとき、僕には別の仕事があった。音楽で生計を立てることができるようになるまで、家族は僕の音楽についてとくに気にしていなかったんだ。音楽で生計を立てられるようになってからは、僕の音楽を意識するようになったけれど、当時は別の仕事で生計を立てていたから、家族は、僕の音楽のことを趣味のひとつだと思って、よくわかっていなかったんだと思う。

レイは僕にこう言った。「お前はクラブという空間では価値がある奴かもしれないが、その空間から一歩出た瞬間に何者でもなくなる。それだけは覚えておけ」

子供の頃から身近にダンス・ミュージックがあり、親類にはトップクラスのDJ/プロデューサーがいたことで、あなたが学んだもっとも重要なことは何だったのでしょう?

JO:音楽という職業が現実的に可能だということを気づかせてくれたことだと思う。“You can't be what you can't see(自分の目に入ってこないものには、なることができない)”という表現があるように、僕は昔カフェでバイトをしていて、洗い物係だったんだけど、バイト終わりに叔父のレイが迎えにきてくれることがあった。そのときの彼はBMWのオープンカーに乗っていて、太いチェーンをいくつも首から下げていて、音楽を爆音でかけていた。子供の僕はそんな叔父を見て、こういう風になりたいなあ、と思ったんだ(笑)。
 そういう意味で、実際に音楽を生計にしている人が家族として近くにいて、それが現実的に可能だと理解できたということが僕にとって良かったと思う。僕の当時の友だちは、周りにDJやプロデューサーみたいな人なんていなかったからね。でも僕にはそういう叔父がいたから、そんな叔父を見て、自分も彼みたいな道を歩むのが可能なんだと思うことができた。時間を費やして音楽を作るということが、仕事として現実的な選択肢だと思えるようになった。

レイ・キースさんからはどんなアドヴァイスがあったのでしょうか?

JO:アドヴァイスはたくさんあったよ。彼は本当は、僕に音楽をやって欲しくなかったんだ。レイはドラムンのシーンに疲弊していたからね。いまでもドラムンベースのシーンは地位を確立できていないというか、本当はもっと評価されるべきだと僕は思っている。いまではダンスミュージックはビジネス化されていて、ダンス・ミュージックの世界に入る人は、この業界で何が達成できて、何ができないかということを承知の上で入ってきている。でもレイや、当時のダンス・ミュージック業界の人たちは開拓者というか、何の前例もなしに手探り状態で成功をつかもうとしていた。彼らが作り上げた彼ら独自の世界で、その週の稼ぎで、その週をやっと暮らすというような生活をしていた。いまはそれも変わったと思う。でも当時はそういう世界だったから、叔父は僕には適さないと思ったんだろう。彼もすごく苦労していたからね。だから、「俺がお前だったらこの道には進まない。他のことをやった方がいい。音楽をやるにしても専門技術を身につけるほうがいい」と言っていた。
 それから、とても記憶に残っているのは……、レイからのアドヴァイスというよりも、クラブでのレイの人に対する扱い方を見たときが印象に残っている。レイがDJをしているクラブに遊びに行ったとき、ある女性が酔っ払ってDJブースに入ってきたんだ。女性はドリンクを片手に持っていたんだけど、それをほぼ全部、レイのレコードバッグに溢してしまった。彼はヴァイナルしか持っていなかったんだよ。昔のドラムンはかなり攻撃的な雰囲気があった。なのにレイはすごく落ち着いていて、礼儀正しく女性をブースの外に連れ出したんだ。それだけだった。そのときの彼の態度はいまでもはっきりと覚えているよ。それで、クラブを出た後に彼にそのことについて話したんだ。そうしたら彼は僕にこう言った。「お前はクラブという空間では価値がある奴かもしれないが、その空間から一歩出た瞬間に何者でもなくなる。それだけは覚えておけ」
 レイは本当に人との付き合いを大切にする人だった。彼がそういう性格だから、いまでも彼は活動を続けられているんだと思う。人といい関係を築いて、何事にもポジティヴに取り組んできたから。ドラムンのシーンという環境にいると、すべての人がレイみたいな道を辿ることができるわけではない。だからそういうレイの姿勢や態度は昔から尊敬していたね。

昔、レコードショップにレコードを買いに来ている人の半数はガテン系の人たちや、技術職の人たちや、小売店で働いている人など、普通の人たちだった。僕の友達の兄や姉などでレコードを買っている人たちは、とくに学歴が高いとか、頭が良いというわけでもない、ただの普通の人たちだった。それが最高だと思った。

この12年間、シングルに拘り続けたのは、それがダンス・ミュージックのフォーマットだからだと思います。あらためて質問しますが、あなたにとってダンス・ミュージックの魅力とはなんでしょう?

JO:失礼な表現として捉えてもらいたくはないんだけど、ダンス・ミュージックはミュージシャンではない人たちのための音楽だと僕は思っている。パンクと同じだ。パンクは、コードをいくつか学んだら自分を表現するために、すぐにやれる音楽だ。ダンス・ミュージックもそう。アシッド・ハウスやシカゴ・ハウスやディープ・ハウスなどのルーツを辿ると、作っていた人たちは機材を学びながら音楽を制作していた。ダンス・ミュージックには誰にでもできるオープンさがあるんだ。僕はポップ・ソングを作曲することはできない。でもダンス・ミュージックは、音楽制作を学んでいる最中の人でも作ることのできる。そういうダン・スミュージックの一面が昔から好きだったね。エリート主義的な感じがないから。
 最近は少しエリート主義な感じも出てきたかもしれないけど、僕が子供の頃は、そんな感じはまったくなかった。昔、レコードショップにレコードを買いに来ている人の半数はガテン系の人たちや、技術職の人たちや、小売店で働いている人など、普通の人たちだった。僕の友達の兄や姉などでレコードを買っている人たちは、とくに学歴が高いとか、頭が良いというわけでもない、ただの普通の人たちだった。それが最高だと思った。万人のための音楽だと思ったから。
 天才じゃなくても最高のダンス・ミュージックを作れるんだ。ダンス・ミュージックの名曲を作ってきた人たちというのは、必ずしも……説明するのが難しいんだけど、とにかくダンス・ミュージックのそういうところが僕はすごく好きなんだ。自分でもできそうな感じがする。僕だっていまだに何の楽器も弾けないし、音調についてもよく分かっていない。でもダンス・ミュージックという文脈においてなら理解できるんだ。それがパンクに通じていて、僕はそれと同じ理由でパンクも好きだ。天才である必要もないし、楽器の名手である必要もない。クリエイティヴなことができれば、面白いものが作れるということ。

では、次にあなたの、その音楽の作り方についてお聞きします。あなたは最初、ガレージやダブステップにのめり込んで、数年後にはデビュー・シングル「Hyph Mngo」をリリースし、これがものすごい評判となった。しかしあなたはその後、「Ellipsis」やBoddikaとの一連の共作、〈Doldrums〉からリリースされた「BB」などの作品で、ハウスやテクノとの混合を試みていきますよね。音楽を作る上であなたはUKらしさというものをつねに意識していると思いますが、それはたとえば、いかにジャングルやガラージといったUK的な要素をハウスやテクノのフォーマットに落とし込むのかということなのかなと思ったのですが、いかがでしょうか?

JO:その通りだと思う。僕が作るものには、自分が受けた影響や自分が聴いている音楽のUK的なエネルギーを加えたいとつねに思っている。僕がもっとも影響を受けているのはUKの音楽だ。いまでもUKでリリースされている新しい音楽や、自分の周りで起こっている活動などが自分の音楽の影響になっている。僕が最初にレコードをリリースしたとき、僕や周りのリスナーは、UKの音楽を聴いて育った人たちで、そこからヨーロッパの音楽や、僕の音楽よりももう少し抽象的な音楽に目を向けていた人たちが多かったと思う。それを前提として僕は自分なりのアイデアを作り上げていった。
 僕もベルリンのシーンに興味があったし、ドイツのテクノも聴いていた。でも、そこにUK的な要素を加えたいという思いがつねにあった。おかしなことに、少し前までUKの音楽はあまり真面目に捉えられていなかった。僕たちは20代の頃からヨーロッパやアメリカのクラブでDJをしていたけど、当時、とくにヨーロッパではUKのダンス・ミュージックは歓迎されていなかった。もしくは、陳腐なくらいUKっぽいダンス・ミュージックならオッケーだった。だから僕たちは苦労したよ。僕たちがDJするときは、すごくUKらしさを出すか、UKらしくないふりをするかの二択しかなかった。

とはいえ、ダンス・ミュージックにおいて自分のサウンドをクリエイトすることはとても難しいと思います。

JO:たしかに自分のサウンドをクリエイトするのは難しい。ダンス・ミュージックの良いところは、機能性がベースになって作られているところだ。クラブ環境という設定で聴くのが前提だから機能性が重要視される。だからあまり仰々しくなったり派手なダンス・ミュージックは作れない。コードが変化するダンストラックなんてあまり聴いたことないだろう(笑)? 機能重視というのはそういうことで、僕はダンス・ミュージックのそういう所が好きなんだ。でもそういう領域において自分のアイデンティティを作っていくのは難しいことだと思う。だからミックステープのような作品を作る方が適していると思ったんだ。僕のミックステープから1曲だけを聴いても、あまりアイデンティティが感じられないかもしれないけれど、ミックステープを通しで聴くと僕のアイデンティティが浮上してくるかもしれないだろ? 

たしかに。ちなみに、とくに尊敬しているテクノ、ハウスのプロデューサーは誰ですか?

JO:リカルド・ヴィラロボスは昔から好きだね。彼のレコードはずっと集めてきたよ。リカルドの良いところは彼の音楽を聴いているとその世界に引き込まれるし、それに僕がやっている音楽とはまったく違うから面白いと思うんだ。あとは何だろうな……最近はあまりエレクトロニック音楽を聴かないんだよ。以前は膨大な量のエレクロトニック・ミュージックを聴いていたけれど、最近はそのペースも落ちてきて、あまり聴かないんだよね。ポルトガルのリズボンにある〈プリンシペ〉というレーベルの若手プロデューサーの音楽を集めていて、すごく刺激を受けるね。
 ただ、従来のハウスやテクノやエレクトロニック・ミュージックには、最近あまりイノベーションが起こっていない気がする。固定概念がなくて、他人の意見を気にせずにいろいろな音楽を聴いている若い子たちのほうが面白いものを作っていると思う。彼らから直接的な影響はないにしても、彼らの意欲やエネルギーを感じると、僕もワクワクしてくる。UKのグライムやジャングルも同じ理由で好きだ。そのシーンにあったエネルギー。そのシーンにいた人たちは決して音楽の専門家でも熟練のミュージシャンでもなかったけれど、素晴らしい音楽を作った。素直な音楽なんだ。考え過ぎたり、自分を疑うことを一切しないで、自分が良いと思ったものを純粋に共有する。そういう音楽が僕に刺激を与えてくれる。

ちなみにジョイ・オービソンという名義は、ロイ・オービソンとジョイ・ディヴィジョンの合体ということだそうですが、なんでもこのふたつになったんですか? 

JO:そういう風に考えたことはなかったね。

その情報は違ってましたか?

JO:DJをやりはじめたとき、フライヤーに載せる用の名前が必要だと友だちに言われた。その当時、バンド名がある人物の名前だったり、俳優の名前だったりすることが流行っていた。他にもいくつか名義があったんだけど、この名前だけ残ったんだよ。何でこの名前にしたんだっけなぁ……でも当時、僕がいたシーンでこういう名前のアクトはいなかったから、あえてこういう名前にしたというのは覚えているよ。ダンス・ミュージックの名義ではバカっぽい感じのものもあったけれど、ダブステップはシリアスな感じの名義が多かった。僕はシリアスではなかったし、お客さんに僕のことをシリアスに捉えてもらいたくなかった。いまでもそう思うところはあるよ。僕は、ジョイ・オービソンと呼ばれるのが気に入っているわけじゃないけれど、この名前を見ると、少しふざけているというか、お茶目な感じがするから、つねにそういう軽い感じをリマインドしてくれる名義なんだ。
 僕は他のミュージシャンやアーティストとスタジオでセッションをしたりするんだけど、スタジオでみんな僕のことをジョイと呼ぶんだ。それが僕の名前だと思ってるんだろうね。若い子なんかはきっとロイ・オービソンも知らないと思うし。そういうのって面白いと思う。

では、この名前には、まったく異なるモノをミックスしたいというあなたのコンセプトも含まれているのでしょうか? ロイ・オービソンとジョイ・ディヴィジョンというミュージシャンやバンドをイメージしていなかったとおっしゃっていましたが、その辺はいかがでしょうか?

JO:イメージしていなかったけど、昔からダンス・ミュージックとはまったく関係無いアーティストや人物を引き合いに出して、自分のことを説明してきたというのは覚えている。僕のWikipediaのページにも自分が受けた影響が挙げられているけれど、それは僕が当時挙げていた影響なんだよ。少し抽象的にしたかったんだと思う。ダンス・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックにはシリアスな一面があって、殺風景でテクニカルなベッドルーム・プロデューサーみたいなイメージがある。僕はそうなりたくなかったし、僕はテクニカルでもない。だからバンドなんかを影響として挙げていたんだよ。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインなんかも挙げていたんじゃないかな。僕の音楽はまったくマイ・ブラッディ・ヴァレンタインとは似ていないけどね(笑)! 自分の音楽に近いかもしれない音楽を教えたらいろいろとばれちゃうだろ(笑)? ダンス・ミュージックという枠組みから出て、まったく違うものを引き合いに出して話せるということの方が面白いと思うね。

その通りで、あなたの初期の影響に、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインが挙げられています。また、ビーチ・ボーイズ、ヨーゼフK、GGアレンなのどのロック・バンド/アーティストもあると聞きますが、いまでもダンス・ミュージック以外からの影響はありますか?

JO:もちろんあるよ。僕は家でエレクトロニック・ミュージックをあまり聴かない。DJをしているとDJをしている週末はずっとエレクトロニック・ミュージックを聴いているから、家では聴かなくなるんだ。僕の叔父も家ではドラムンベースを聴いていなかった。なぜ家で聴かないのかと訊いたら、週末はそれをずっと聴いているからと言っていた。いまの僕もそれと同じで、少しは聴くけれど、積極的には聴かない。たとえば僕はスロウダイヴというバンドが大好きなんだけど、僕の音楽に彼らの影響は少し出ている気がする。今後の作品にもそういう影響が少しずつ出ていくと思うけれど、僕はあまりジョイ・オービソンというプロジェクトを困惑させたくないんだ。ジョイ・オービソンのパンク・アルバムなんて誰も聴きたくないだろう(笑)? だからジョイ・オービソンはこういうサウンドというのがある程度明確にあったほうがいいと思う。僕は他のアーティストの音楽のプロダクションもやっていて、自分の名前をクレジットに入れたり入れなかったりする。プロダクションをやるときは、自分のアーティスト名義とは関係なしに、さまざまなスタイルやサウンドで実験できるから楽しいよ。でも、GGアレンは挑発的な回答として挙げただけかもしれない。いまなら影響として挙げないだろうな(笑)。

アルバムは2019年のEP「Slipping」の進化型ということですが、「Still Slipping」とはどういうニュアンスなのでしょうか? 最後の曲も“Born Slipping”なわけで、この「Slipping」とはどんなニュアンスなのか教えて下さい。

JO:僕はなぜか「Falling」や「Slipping」という表現に惹かれるというか、「Hyph Mngo」のB面に「Wet Look」という曲があって、そこには「I’m falling and I can’t get up」という声が入っている。また「81b」という曲の内容も「falling(落ちる、転ぶ)」ことについての声が入っている。そして『Slipping』のシリーズ…。「Slipping」の意味としては、「You're caught slipping」という表現があってそれは、自分のいるべきではないところにいるところを見つかってしまうという意味があるんだ。そして僕の解釈としては、ずれている(場違い)というイメージもある。僕は、自分のやっている音楽活動は、適当に上手くやって人を納得させるという、ずるいところがあると思っている。僕は熟練したミュージシャンでもないし、素晴らしいアーティストというわけでもないからね。でもやれることはやってる。「Slipping」は自分の活動のそういう性質を捉えている表現だと思うんだ。
 僕には、最初からずれている(born slipping)という感覚があるんだ。ガールフレンドからも「You’re punching above your weight(自分の実力ではかなわない相手と張り合っているわね)」と言われているんだけど、そういう態度が好きなんだよ。それは父親の影響があるかもしれない。父親は貧しい育ちだったけれど、エンジニアとしての仕事を熱心にやって、貧しい生活から抜け出した。そんな父親を最高だと思う。だから僕も実力以上のことをしようとするという姿勢が大好きなんだ。あまりインタヴューでこういうことは話さない方がいいと思うんだけど、僕はミュージシャンとしての資格があるわけではないからね。だから「Slipping」は、自分のベストを尽くすという姿勢を素直に表している表現だと思う。

ダンス・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックにはシリアスな一面があって、殺風景でテクニカルなベッドルーム・プロデューサーみたいなイメージがある。僕はそうはなりたくはなかった。

UKの新進気鋭のプロデューサーを6人ほどフィーチャーしていますが、これにはどんな意図があったのでしょう? また、あなたが他の誰かと共作することを好むのは何故でしょう?

JO:コラボレーションするのが好きなんだよ。音楽の最高なことのひとつは、自分のまわりや、自分の街や、自分のシーンで起きていることと繋がることができることだと思う。自分だけの世界にこもって1人で作業していたら、外の世界と食い違いが生じるかもしれないし、個人的にも面白いと思わない。今回のミックステープにフィーチャーされているプロデューサーのほとんどはロンドンにいる僕の友だちで、僕たちはよく一緒に仕事をする。彼らとはたくさんの音楽を一緒に作ってきたんだけど、今回はそのなかでもミックステープに合うものを収録した。だから他にもたくさん彼らと作ってきた音楽があるんだよ。

日本のファッション・ブランドのC.E.からはカセットテープも出していますし、彼らのパーティでDJもしていますが、この先もC.E.となにかやる予定はありますか? 

JO:もちろんやりたいと思っているよ! C.E.のトビーとは昔からの友だちで、今回のミックステープのグッズとしてトビーが企画したC.E.とのコラボアイテムを出す予定なんだ。パーティもまた一緒にやると思うし、いろいろなコラボレーションをやっていきたいと思う。僕が日本でやったパーティは全部、C.E.絡みなんだ。本当に感謝しているよ。すごく良かったからね。C.E.のパーティは音楽だけじゃない。カルチャーなどが包括された集まりになっているからこそ、最高だと思う。

UKはとりあえクラブも通常営業に戻っていますよね。あなた自身の活動もCovid-19以前に戻っていけそうですか?

JO:どうだろうな。来週末にギグがあるから、1年以上ぶりのギグになるけれど、まだ先のことはわからない。しばらく様子を見ることにするよ。奇妙な感じはするけどね。僕は今後についても注意深く行動したいと思っている。僕はイギリスの政府を信用していないから、政府のいうことを鵜呑みにしないで、自分たちで考えて正しい決断をしないといけないと思う。早く通常の生活に戻って欲しいとは思うけれど、正しいタイミングでそうなって欲しい。急かすことではないと思うんだ。ダンス・ミュージックやダンス・カルチャーはそもそもみんなが自分自身を表現できる場であり、みんなが解放されたり、息抜きができる特別なところなんだ。その場所が、リスクの可能性のある場所になってしまうとなると本来の意味をなさない。本末転倒だよ。だから今後どうなるかはまだわからないね。もちろん通常の生活に戻って欲しいと思っているけどね。

ralph - ele-king

 初めて “斜に構える” を聴いたとき、素朴にかっこいいなと思った。「交わる気はねえ」「馴れ合いなら首を吊ればOK」と、シーン外部の視座を持った低い独特の声が、EGL & Double Clapperz によるコールドなダブステップ・サウンドと調和している。既存の日本のラップ/ヒップホップに宣戦布告しているようにも聞こえた。この組み合わせなら、ふだんラップばかりを聴いているわけではない自分でも入っていける──ニュース記事を書いた当時そう昂奮したのを覚えている。紙エレ最新号で彼らをフィーチャーした動機も、そこにあった。
 ひとつ裏話を明かせば、表紙をだれにするかしぼりこむ過程で、じつは ralph も候補のひとりにあがっていたのだ(ものすごく悩み、迷い、議論を重ねた結果、これまでのキャリアに敬意を表し ISSUGI を選んだが)。ちなみに Double Clapperz についても補足しておくと、彼らは Tohji がデビューするきっかけになったアーティストでもあった。
 ともあれ2017年の “斜に構える” 以降、ralph は少しずつ名をあげていくことになる。2018年に DBridge、Double Clapperz、Kabuki とのコラボ曲 “Hero” に参加、2019年には初のEP「REASON」を発表し、昨年2月の “Selfish” でより広汎に注目を集めることに成功。つづけて同曲を収めるセカンドEP「BLACK BANDANA」を送り出し、オーディション番組「ラップスタア誕生!」で圧倒的な存在感を誇示、みごと優勝を果たした(同年末には Leon Fanourakis & YamieZimmer とのコラボ曲も投下)。そうして去る6月末にリリースされたのが、彼にとって初のまとまった作品となるこの『24oz』だ。

 前半はこれまでの ralph のイメージを踏襲している。本人が「ハードなモードをチョイス」(“Zone”)と宣言しているとおり、「圧倒的闘争心」「かっさらうこの土地を」(“Roll Up”)、「まだ足りねえ work in progress」(“WIP”)と、リリックは戦闘的で野心に燃えている。トラックや声質に惑わされて見落としてしまいがちだが、ralph のラップの魅力はストレートに日本語の表現を追求するところにある。トラップやマンブル・ラップのスタイルを採用するラッパーが多い新世代のなかにあって、まさにその点こそが ralph を特異な存在たらしめているのだ。ゆえに比較的ことばも聴きとりやすく、ぼくのようにすぐ疲れてしまう中年のおっさんにはありがたい(高速なのでそれでも大変だけど)。
 トラックも進化している。エスキー・クリックとストリングスを活用した “Zone”、太いベースのうえで弦をより壮大に響かせる “Roll Up”、ミニマルな弦の反復を背後に敷いた “WIP”(SEEDA が客演)と、これまでのグライム~UKドリルの路線を引き継ぎつつ、新たな試みがなされている。紙エレ最新号のインタヴューで UKD は、2019年の “No Flex Man” で初めてサンプリングを導入したことを明かしているが、その手法は後の “Selfish” や「BLACK BANDANA」の “FACE” における印象的な声使いに結実。今回のストリングス使いは、それにつづく新境地と言えよう。

 より興味深いのは後半だ。スキットを経て本作はがらりと様相を変える。「いつものたまり場 ここも居場所ではないなと思うよ」「負けた数だけはだれにも負けねえ」(“RUDEBOY NEEDS”)と、リリックは内省的な側面が目立つようになっていく。クライマックスは EGL 手がける “Villains” だろう(愛知は知立の C.O.S.A. が客演)。ラップはハード・モードを解除し、感情を噛みしめ、しぼり出すようなスタイルへと変化。「善を盾にとったヒーローが俺たちの粗を探す/この音止めたきゃ殺せ いまここで」と、みずからをヴィランに見立て叙情的に単語を紡いでいく彼の姿はかつて見られなかったものだ。端的に、エモい。
 ことばを噛みしめるようなこの表現法からぼくは、『LIFE STORY』以降の BOSS の発声を思い浮かべた。THA BLUE HERB について ralph は「聴きすぎて身に染みついてる」と上述のインタヴューで語っているが、今回の表現法は彼が「ラップスタア誕生!」の決勝で見せたパフォーマンスと似ている。あのとき ralph は、「未来は俺等の手の中」というフレーズで自身の出番を締めくくったのだった。彼のなかで BOSS の存在はそうとう大きいにちがいない。
 そんなラップにあわせ、トラックのほうも変化している。声ネタを活かした “Window Shopping” や、おなじく声ネタと感傷的なピアノが主導権を握る “RUDEBOY NENE” は、従来の ralph にはなかったサウンドだ。これらの曲は、プロデューサーたる Double Clapperz のルーツの一端が、グライムやUKドリルといったストリート・ミュージックにだけでなく、tofubeats に代表される10年代前半の、ネット発カルチャーにも存していることを確認させてくれる。あるいは〈TREKKIE TRAX〉の Carpainter が手がけた2ステップの “D.N.R”(若手シンガーの AJAH が客演)。同曲はダンス・カルチャーとの接点を確保しており、ぼくのようにヒップホップにどっぷりつかっているわけではない人間のこころを確実につかむ1曲に仕上がっている。

 独特の声質によるストレートな日本語のラップ表現と、グライムやUKドリルから影響を受けたトラックとのマッチング。そのねじれこそ ralph の音楽が持つ最大の魅力であり武器だった。だが本作後半では、ラップもトラックもさらに表現の幅を広げている。
 紙エレのインタヴューで ralph は「リスナーの耳を成長させ」たいと語っていた。それはおもに日本ラップ/ヒップホップ・ファンを想定した発言なのだろうが、多くの趣向を凝らしたこの『24oz』は、ぼくのようにふだんラップをそれほど聴かないリスナー、来るべき新たな訪問者たちにもドアを開放してくれている。閉じないラップ・ミュージックの好例だ。

owls (GREEN ASSASSIN DOLLAR & rkemishi) - ele-king

 GREEN ASSASSIN DOLLAR と言えば、舐達麻などのプロデュースで近年大きな注目を集めているビートメイカーだ。その GAD とMCの rkemishi (エミシ)から成るユニット、owls が昨年発表したセカンド・アルバム『24K Purple Mist』が完全限定プレスにてアナログでリリースされる。
 さらに、同作のアートワークを手がけたえすうとのコラボ企画として、限定ボックスセット『24K Purple Mist - ESSU Edition』も発売される。こちらは完全手づくりのすごい内容になっているようなので、チェックを。詳細は下記より。

owlsのセカンド・アルバム『24K Purple Mist』が完全限定プレスでアナログ化! さらにジャケットを描いたライター、"えすう" とのコラボによるスペシャルなボックスセット『24K Purple Mist - ESSU Edition』が完全限定20セットで発売! 8/6(金)18時より予約受付開始!

 舐達麻などの楽曲プロデュースでシーン内外・多方面から大きな注目を集めているGREEN ASSASSIN
DOLLARと東京ストリートで暗躍する要注意人物なMC、rkemishi(エミシ)による世間を騒がす噂のユニット、owls(オウルズ)。STICKY(SCARS)やDOGMA、T2K a.k.a. Mr. Tee、Gottz(KANDYTOWN)とそうそうたる面々が参加し、大きな話題となった2020年リリースのセカンド・アルバム『24K Purple Mist』が完全限定プレスで待望のアナログ・リリース!
 今回のアナログ盤には川崎のレジェンダリーなラッパーであるA-THUG(SCARS)、SEEDA作品などでも知られる人気シンガーのEMI MARIAを迎え、GREEN ASSASSIN DOLLARが新たにトラックも作り直し、アルバム・リリース後にデジタル・シングルとしてリリースされた話題曲 "blessin remix" もボーナストラックとして収録!
 さらにジャケットを描いたライター、"えすう" とのコラボレーション<owls x えすう>としてのボックスセット『24K Purple Mist - ESSU Edition』が完全限定20セットで発売! そのジャケットデザインをえすう自身がハンドペイント&シルクスクリーンプリントしたスペシャルなLP、ジャケットデザインをパックプリントして "えすう" がシルクスクリーンなどを加えたオリジナルTシャツ、"えすう" が手掛けたowlsのジン、レンチキュラー(3D)ポストカード、ステッカーをセットにしてボックスにコンパイル。さらにそのボックス自体も "えすう" のデザインでパッケージングしたオンリーワンな逸品で、こちらはP-VINE OFFICIAL SHOPでのみ20セット限定で予約を受け付けております。(※ボックスセットの予約・購入はお一人様2セットまでとなります)

*owls x えすう "24K Purple Mist - ESSU Edition" 予約ページ / ※8/6(金)18時より受付開始
https://anywherestore.p-vine.jp/products/owls-24klpdx

★ボックスセットに関する注意事項
※ひとつひとつが手作りになりますので色味やデザインなどが商品ごとに異なり、作品の性質上Tシャツやジャケット、ボックスなどにインクなどが付着している可能性もあります。あらかじめご了承ください。
※商品発送は8/25(水)を予定していますが、新型コロナウィルスやオリンピック・パラリンピック開催による状況などによっては発送が遅れる可能性がございます。あらかじめご了承ください。
※受注数が販売予定数に到達した時点で受注は終了となります。
※オーダー後のキャンセル・変更は不可となります。
※配送の日付指定・時間指定は出来ません。
※TシャツのボディはGILDAN T2000 6oz ウルトラコットンヘビーウェイトになります。

[LP情報]
アーティスト:owls
タイトル:24K Purple Mist
レーベル:P-VINE, Inc.
発売日:2021年8月25日(水)
仕様:LP
品番:PLP-7145
定価:3,520円(税抜3,200円)
Stream/Download/Purchase:
https://smarturl.it/owls_24KPurpleMist

[ボックスセット情報]
アーティスト:owls x えすう
タイトル:24K Purple Mist - ESSU Edition
レーベル:P-VINE, Inc.
発売日:2021年8月25日(水)
仕様:シルクスクリーンジャケットLP+オリジナルTシャツ+ジン+レンチキュラーポストカード+ステッカー〈特殊ボックス仕様〉
定価:22,000円(税抜20,000円)

LP:トラックリスト ※ボックスセットのLPも同内容になります。
SIDE A
1. owl side theory
2. killah
3. greedy feat. Gottz
4. back yard
5. 4:20 feat. DOGMA
6. mood at shibuya
SIDE B
1. b2h
2. smoke sleep (co-prod. Aru-2)
3. blessin
4. fonk you
5. 4:20 remix feat. T2K a.k.a. Mr.Tee & STICKY
6. blessin remix feat. A-THUG & EMI MARIA (Bonus Track)

K-Hand - ele-king

 デトロイトのテクノ/ハウスのDJでありプロデューサーとして知られるK-ハンド(ケリー・ハンド)が逝去したことが8月3日に判明した。死因は現在不明だが、親しい友人によって確認されたという話だ。56歳だったというから、デトロイト・テクノのオリジネイターたちとほとんど同じ世代になる。黒人女性DJがまだ珍しかった時代からおよそ30年以上にわたって活動してきた彼女の死に、世界中から哀悼のコメントが寄せられている。

 デトロイトで生まれ育った彼女は、80年代にはNYのパラダイス・ガラージ、シカゴのミュージック・ボックスといった伝説のクラブに通うことで最良のダンス・ミュージックを吸収した。地元デトロイトの電話会社で働きながらDJをはじめ、そして1990年には自分のレーベルを立ち上げて作品を発表するようになると、1993年にレーベル名を〈Acacia Records〉と改名し、K-ハンド名義としてのトラックをリリースしていく。日本で彼女の名前が知られるようになったのも〈Acacia〉以降で、とくにクロード・ヤング(凄腕のDJで、初期の彼女における共作者)とのスプリット盤「Everybody」は初期の人気盤だった。
 90年代の彼女のトラックの特徴のひとつはシカゴのアシッド・ハウス風の野太いリズムにあり、1994年に〈Warp〉からリリースされた「Global Warning」にもその個性は活かされている。ちなみに同タイトルは気候変動に警鐘を鳴らしているのではなく、当時のダンス・カルチャーの勢いを表現しているであろうことは、同曲のサンプリング・ソースにいちばん良い時期のラヴ・パレードのテーマ曲(Der Klang Der Familie )があることからもうかがえよう。
 初来日は1995年のYellowだったか。ぼくが彼女のDJを最後に聴いたのは、 もうずいぶん前の話で、2001年にデトロイトのハートプラザで開催されたDEMF期間中のことだったが、その年に彼女は〈Tresor〉から『Detroit-History Part 1』という同フェスティヴァルに捧げたアルバムをリリースしている。テクノ、ゲットー、アシッド、ディープ・ハウスなど、いろんなスタイルの楽曲を作ってきたケリー・ハンドだが、テクノ系で1枚選べと言われたら、ラリー・レヴァンとケン・コリアーの思い出にも捧げられ、彼女をサポートしたURとジェフ・ミルズへの感謝が記されている同作品になるだろう。シングルで1枚と言えば、迷うことなく2004年に〈Third Ear〉からリリースされた「Moody EP」だ。彼女の最高のディープ・ハウスが聴けるこの4曲入りは、音楽的にはデトロイト・ビートダウンにリンクしている。
 それにしてもあれだけ強烈な個がひしめくデトロイトのアンダーグラウンド・シーンで早い時期からレジデンシーとなり、DJプレイをもって頭角を表すことは並大抵のことではなかったと推察する。デトロイトのファーストレディが切り拓いた道は、むしろこれから先の未来においてより評価されていくのだろう。ほんとうにお疲れ様でした。

K-Hand Best 11 - Selected By M87 a.k.a everywhereman

1. Etat Solide - Think About It 〈UK House Records〉(1990)

自身のレーベル(後に 〈Acacia Records〉へと改名)からの別名義による初リリース。タイトル曲(Sous-Terrain Mix)のブリーピーなド変態ベースがスゴい。

2. K. Hand Featuring Rhythm Formation - Rhythm Is Back 〈Acacia Records〉(1993)

みんな大好きJoey Beltram「Energy Flash」のベースラインを堂々と引用し、彼女のとびきりファンキーな才能を世に知らしめた傑作。

3. K. Hand / Claude Young - Everybody / You Give Me 〈Acacia Records〉(1993)

女声サンプルが連呼する「Everybody」は、オランダの 〈EC Records〉にもライセンスされ、全世界のフロアで轟いた。地元デトロイト・イーストサイドの後輩、Claude Youngの出世も後押し。

4. K HAND - Global Warning 〈Warp Records〉(1994)

〈Warp〉からの唯一のリリース。「Der Klang Der Familie」のお馴染みフレーズをサンプリングしたタイトル曲は、石野卓球氏もお気に入り。

5. K. Hand - Acid Nation 〈Loriz Sounds〉(1995)

盤面に自らが主宰するレーベルのロゴがデカデカと印刷されたピクチャーディスクにてリリース。アシッドベースの名士ぶりを発揮している。

6. K-Hand / Graffiti - Roots / Graffiti's Theme 〈Sublime Records〉(1996)

デトロイト・テクノのアーティストにヒップホップを製作してもらうという企画の一環。愛機、MPC3000を駆使したディープなトラックで新境地を見せてくれた。

7.K. Hand - Project 69 EP 〈Acacia Records〉(1997)

スカスカのリズムトラックと無慈悲なボイス・サンプルが、シカゴの〈Dance Mania〉の作品群と同じ匂いを漂わせる。彼女の心は常にゲットーと共にあった。

8.K. Hand - Project 5 EP 〈Acacia Records〉(1997)

Mike Banksから伝授されたアングラ魂が発する実験的な土着グルーヴは彼女そのもの。収録曲「Candlelights」は、02年に<LIQUIDROOM>にて開催されたURのパーティでRed PlanetなるDJがプレイ。

9.K. Hand - Supernatural〈Pandamonium〉(1999)

KDJの盟友として知られるサックス奏者Norma Jean Bellが主宰するレーベルから。デトロイトのシンガー、Billy LoことBill Beaverが作詞を手掛けたソウルフルな逸品に仕上がっている。

10.K. Hand - Detroit-History Part 1 〈Tresor〉(2001)

地元デトロイトへの感謝を込めて制作された集大成アルバム。裏ジャケには、Carl Craig、Larry Levan、Ken Collier、Mike Banks、Jeff Millsといった先達への謝意も記されている。

11.K-Hand - Project 6 EP 〈Acacia Records〉(2017)

Bee Geesネタの「You Stepped Right Into My Life」では、往年のディスコからのサンプリングも得意とする彼女の才能が炸裂。自らのレーベルからは本作が最後のリリースとなった。

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