「You me」と一致するもの

CONGO NATTY JAPAN TOUR2014 - ele-king

 「92年はどこにいた?(Where Were U In '92?)」が合い言葉となって久しい。92年とは、UKレイヴ・カルチャーすなわちジャングルが爆発した年です。私はその年クボケンと一緒にロンドンのレイヴ会場で踊っておりました。ジャングルのパーティで。
 で、ブリアルの新作にも如実に表れていたように、紙エレキングでも紹介したブリストルのドラムステップがそうであるように、ジャングル・リヴァイヴァル(そしてそのニュー・スクール)は、目下、UKのアンダーグラウンド・ミュージックの台風の目になっている。
 来る2月14日と2月15日、ジャングルの本場からシーンのパイオニアレベルMCことコンゴ・ナッティが来日DJを披露します。UKならではのサウンドシステム文化ばりばりの、迫力満点のオリジナル・レイヴ・ジャングル・サウンド、この機会をお見逃しなく!
 主催はいつもの〈DBS〉。2月14日(金曜日)は大阪CIRCUS。2月15日(土曜日)は代官山ユニット。「ジャングルってどんなもの?」って興味がある人たちにとっても気軽に入れるパーティです。
 来日を記念して、オーガナイザーの神波京平さんが「ジャングル・クラシック20選」を書いて下さいました。以下、ジャングルの歴史をおさらいして、コンゴ・ナッティの来日を待ちましょう!

■JUNGLE CLASSIC 20選 (神波京平・編)
1.CONGO NATTY - Jungle Revolution
[2013: Big Dada]
ジャングルのパイオニア、コンゴ・ナッティ/レベルMCの最新アルバム。オリジネイター達のMCや数々の生演奏をエイドリアン・シャーウッドと共にミックスしたニュー・クラシック!
UK All Stars
2.TRIBE OF ISSACHAR Feat. PETER BOUNCER ‎– Junglist
[1996: Congo Natty]
レベルMCの変名リリース。レイヴ期から活動するシンガー、ピーター・バウンサーをフィーチャーした、まさにジャングリスト・アンセム。
https://www.youtube.com/watch?v=yXVrwuJo-6Q
3.BLACKSTAR Feat. TOP CAT ‎– Champion DJ
[1995: Congo Natty]
これもレベルMCの変名。UK屈指のラガMC、トップ・キャットをフィーチャーしたビッグチューン。
https://www.youtube.com/watch?v=SPAPDltCrIA
4.Barrington Levy & Beenie Man ‎– Under Mi Sensi (Jungle Spliff Mix)
[1994: Greensleeves]
UKレゲエ・レーベルからレベルMCによる名作のジャングルREMIX。
https://www.youtube.com/watch?v=-YQX1jnFT0I
5.CONQUERING LION ‎– Rastaman
[1995: Mango]
メジャーのIsland/Mangoからジャマイカのビーニ・マンをフィーチャーしたレベルMCのプロジェクト。
https://www.youtube.com/watch?v=J8TRMgfb7aU
6.LEVITICUS ‎– Burial
[1994: Philly Blunt]
ウェアハウス/レイヴ期から中心的DJとして活動するジャンピング・ジャック・フロストのレーベルよりフロスト自ら手掛けたアンセム。
https://www.youtube.com/watch?v=z5NMTyAuPMk
7.M-BEAT Feat. GENERAL LEVY ‎– Incredible (Underground Deep Bass Mix)
[1994: Renk]
10代からハードコアとラガをミックスしたジャングルの原型的サウンドを作ってきたMビートの全英大ヒット曲。
https://www.youtube.com/watch?v=rQGUJ7KZ7hU
8.UK APACHI With SHY FX ‎– Original Nuttah
[1994: Sour]
Mビートの"Incredible"と共にラガ・ジャングルの代名詞となる、当時10代のシャイFXによる大ヒット曲。
https://www.youtube.com/watch?v=ACCDZlLLV0I
9.POTENTIAL BAD BOY ‎– Warning (Remix)
[1994: Ibiza]
ラガ・サンプルと銃声等のSEでギャングスタ・ジャングルを完成したポテンシャル・バッド・ボーイの名作。
https://www.youtube.com/watch?v=uimZmQCptjE
10.PRIZNA ‎– Fire
[1994: Kickin' Underground Sound]
レゲエ・サウンドシステム直系のジャングル・コレクティヴ、プリズナがMCデモリション・マンをフィーチャーしたアンセム。
https://www.youtube.com/watch?v=WApv8H5RzXQ
11.TOM & JERRY ‎– Maxi(Mun) Style
[1994: Tom & Jerry]
4ヒーローのジャングル・プロジェクト、トム&ジェリーの名作。4ヒーローならではエモーショナルなセンスが光る。
https://www.youtube.com/watch?v=af9hXricyv0
12.MORE ROCKERS ‎– Dub Plate Selection Volume One
[1995: More Rockers]
スミス&マイティのロブ・スミスがピーターDと結成したブリストル・ジャングルの中核ユニットの1st.アルバム。ソウルフル!
Your gonna
13.SOUND OF THE FUTURE ‎– The Lighter
[1995: Formation]
ハードコア期からFormation Recordsを主宰するDJ SSによるアンセム。フランシス・レイ作曲のイントロから一転爆発!
https://www.youtube.com/watch?v=R8jvWnXEGJM
14.FIRE FOX & 4-TREE ‎– Warning
[1994: Philly Blunt]
ロニ・サイズの変名リリース。トリニティ名義のディリンジャ、グラマー・ゴールド名義のクラスト等、Philly Blunt作品はどれも要チェック。
https://www.youtube.com/watch?v=qfMepn9dzn4
15.DEAD DREAD - Dred Bass
[1994: Moving Shadow]
アセンド&ウルトラヴァイブ名義でも知られるコンビによるハードコア〜ハードステップの名門、Moving Shadowからの重量ベース・チューン。
https://www.youtube.com/watch?v=Uj7EO2uVfDQ
16. DJ ZINC - Super Sharp Shooter
[1995: Ganja]
DJジンクの名を知らしめた爆発的大ヒット・チューン。DJハイプが主宰するGanjaはジャングル〜ジャンプアップの必須レーベル。
https://www.youtube.com/watch?v=bwX6d4wZcso
17.THE DREAM TEAM ‎– Stamina
[1994: Suburban Base]
ビジーB & パグウォッシュのデュオ、ドリーム・チームが名門Suburban Baseから放ったメガヒット!
https://www.youtube.com/watch?v=pNGddllF7AA
追記: ドリーム・チームはやがて自らのJoker Recordsからジャンプアップ・ジャングルの名作を連発。Joker日本支部のDJ INDRA氏から推薦の1曲。
THE RIDDLER - Rock 'n' Roll
[1998: Joker]
https://www.youtube.com/watch?v=nzuPL_W1j-Q
18.KEMET CREW ‎– The Seed
[1995: Parousia]
Ibiza Recordsと共に初期からアンダーグラウンドを牽引したKemetクルー。BMG傘下レーベルにライセンスされたアルバムからのカット。Jungle will never die!
https://www.youtube.com/watch?v=h8myXqa7J6c
19.REMARC ‎– R.I.P
[1994: Suburban Bass]
バッド・ボーイ・ディージェイの代表格、マッド・コブラのヒットを極悪ジャングルに再生したリマークの代表作。
https://www.youtube.com/watch?v=qMYAiVZ-vNQ
20.D.R.S. Feat. KENNY KEN - Everyman
[1994 Rugged Vinyl]
プロダクション・デュオ、D.R.S.がジャングルのトップDJ、ケニー・ケンと組んだディープ&ドープな傑作。
https://www.youtube.com/watch?v=vFLYMXU1C2k

JUNGLE REVOLUTION 2014!!! 最新作『ジャングル・レヴォリューション』でコンシャスな音楽革命を提示したジャングルのパイオニア、レベルMCことコンゴ・ナッティが実息コンゴ・ダブスを引き連れDBSに帰還! 2014年、Congo Natty Recordings創立=ジャングル音楽20周年のセレブレーション! Get Ready All Junglist!
JUNGLE REVOLUTION 2014.......ONE LOVE
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CONGO NATTY JAPAN TOUR 2014

2014.2.15 (SAT) @ UNIT

feat.CONGO NATTY aka REBEL MC
CONGO DUBZ

with.DJ MADD(Roots & Future, Black Box - HU), DJ DON, JAH-LIGHT, JUNGLE ROCK, PART2STYLE SOUND,

open/start: 23:30
adv.3500yen door 4000yen
info.03.5459.8630 UNIT
https://www.unit-tokyo.com
https://www.dbs-tokyo.com
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Ticket outlets:NOW ON SALE!
LAWSON (L-code: 78063)、
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/https://www.clubberia.com/store/

渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、TECHNIQUE(5458-4143)、GANBAN(3477-5701)
代官山/UNIT (5459-8630)、Bonjour Records (5458-6020)
原宿/GLOCAL RECORDS (090-3807-2073)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、
disk union CLUB MUSIC SHOP (5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、Dub Store Record Mart (3364-5251)
吉祥寺/Jar-Beat Record (0422-42-4877)、disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)

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CONGO NATTY JAPAN TOUR 2014

2/14 (FRI) 大阪CIRCUS (問)06-6241-3822 https://circus-osaka.com/
       OPEN 21:00 ADV&MEMBERS: 3500/1d DOOR: 4000/1d
2/15 (SAT) 東京 UNIT (問) 03-5459-8630 https://www.unit-tokyo.com/
      
Total info〉〉〉 https://www.dbs-tokyo.com

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★CONGO NATTY aka REBEL MC
 ルーツ・レゲエを根底にヒップホップ、ラガの影響下に育ったレベルMCは、'80年代後半からスカとハウスのミックス等、斬新なブレイクビートサウンドで注目を集め、『BLACK MEANING GOOD』('91)、『WORD, SOUND AND POWER』('92)でジャングルの青写真を描く。また92年にボブ・マーリーの"Exodus"のリミックスを手掛ける。〈Tribal Bass〉、〈X-Project〉レーベルを経て、JJフロスト、DJロンと共にCONQUERING LIONとして活動、ラガ・ジャングルの中核となる。'94年にジャングル・ファミリーの母体となる〈Congo Natty〉を設立、自らもコンゴ・ナッティを称す。『A TRIBUTE TO HAILE SELASSIE I』 をはじめ、数多くのリリースを重ね、'02年にはMCテナー・フライをフィーチャーした『12 YEARS OF JUNGLE』を発表、初来日を果たす。'05年は足跡を伝える『BORN AGAIN』、'08年には入手困難なシングルをコンパイルした『MOST WANTED VOL.1』をリリースし、新世代のジャングリストを狂喜させ、レベル自らDJとして新たなパフォーマンス活動に乗り出す。
近年は息子のDJコンゴ・ダブス、ヴォーカルのナンシー&フェーベらファミリーも広がり、'13年にニンジャ・チューン傘下の〈Big Dada〉と電撃契約、待望の最新アルバム『JUNGLE REVOLUTION』(日本盤:BEAT RECORDS)をリリース、オリジネイターたちのMCや数々の生演奏をエイドリアン・シャーウッドと共にミックスし、ルーツ・レゲエとジャングルのヴィジョンを深く追求する。レーベル名の"CONGO"はアフリカの民族音楽の太鼓、"NATTY"はラスタファリアンに由来し、彼らの音楽のインスピレーションは主にこの2つの要素から来ており、真のアイデンティティーはもちろんJAH RASTAFARIである。

https://www.facebook.com/CongoNattyOfficial
https://twitter.com/CongoNattyRebel



No Age - An Object
Sub Pop/Traffic

Tower HMV iTunes

 あなたはカラフルなグラデーションで「NO AGE」ってプリントされたTシャツを持っている人? ノー・エイジがローファイ概念を刷新し、シットゲイズやらネオ・ローファイやらとシーンを席巻していた頃、彼らのバンドTシャツはとてもシンボリックに機能していて、たとえば「Frankie Says Relax」とはぜんぜん違うけれども、こんなに鮮やかに、アーティに、Tシャツにメッセージを宿らせるロック・バンドがいまどき存在可能なのかと驚いた。
 あれから数年、シーンは確実に推移しているが、彼らの佇まいはいまだクールだ。今週末にせまった来日公演にぜひ!

■NO AGE Japan Tour 2014

徹底したDIY精神を貫きながら音楽のみならず、ヴィジュアル・アート、パフォーマンス・アートの領域にまで影響を及ぼしてきたNO AGE、最新アルバム『AN OBJECT』を引っ提げての来日公演決定!!

2.1 sat @ 東京・渋谷 CLUB QUATTRO
support: THE NOVEMBERS, ZZZ's
Open 18:00 Start 19:00
¥5,000 (Advance), ¥5,500 (Door) plus 1 Drink Charge @ Door
Ticket Outlets: PIA (P: 212-152), LAWSON (L: 75614), e+ (eplus.jp), GAN-BAN (03-3477-5710)
Information: 03-3444-6751 (SMASH), 03-3477-8750 (CLUB QUATTRO)

2.2 sun @ 大阪・心斎橋 CONPASS
support: BONANZAS
Open 18:00 Start 19:00
¥5,000 (Advance), ¥5,500 (Door) plus 1 Drink Charge @ Door
Ticket Outlets: PIA (P: 212-078), LAWSON (L: 54311), e+ (eplus.jp), TOWER RECORDS (梅田大阪マルビル店, 梅田NU茶屋町店)
Information: 03-6535-5569 (SMASH WEST), 06-6243-1666 (CONPASS)

TOTAL INFORMATION: 03-3444-6751 (SMASH) https://www.smash-jpn.com/
supported by TRAFFIC

■NO AGE
https://noagela.org/

ロサンゼルスのインディー・ロックの聖地として現代版CBGBとも言えるユース・アート・スペース、The Smellを拠点にDIY精神に貫かれた活動を続けるバンドが、NO AGEである。英ファット・キャット・レコーズからリリースされた『Weirdo Rippers』に続くセカンド・アルバム『Nouns』をSUB POPから2008年春に発表。米ピッチフォークでは9.2と破格の評価を獲得、同サイトの年間アルバム・チャート3位にも選出された。更にその他欧米の有名主要メディアでも軒並み高評価を得て、2008年を代表する1枚となった。レディオヘッドのメンバーやコーネリアスがNO AGEのTシャツを着用するなど話題になった。2010年にリリースされたサード・アルバム『Everything In Between』でも、ピッチフォークからニューヨーカー誌まで驚くほど幅広い筋から熱狂的な評価を獲得する。2011年にはフジロック・ホワイトステージ出演、集まった多くのオーディエンスを熱狂させた。そして、3年ぶりとなる待望の4枚目のアルバムにして既に最高傑作との呼び声も高い『An Object』を8月上旬に日本先行リリースしたばかりである。LAパンク・ハードコア、シューゲイザー、サイケ、ノイズが融合された彼等独自のサウンドは、ポップな強度を兼ね備えたマスターピースとなった。

〈東京公演〉
THE NOVEMBERS
https://the-novembers.com/
2005年に結成した日本のオルタナティブ・ロック・バンド。2007年にUK PROJECTから1st EP「THE NOVEMBERS」をリリース以降、毎年ワンマン・ツアーを行い、年々会場の規模を大きくしながらもその都度ソールド・アウト。国内の大規模なロック・フェスティバルでは「ARABAKI ROCK FEST.」「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」「COUNTDOWN JAPAN 」「RUSH BALL」などに出演。2012年からはiTunes Storeで世界62か国への楽曲配信を開始。海外バンドの来日公演のサポートも増えWild Nothing、Thee Oh Sees、ULTERIORとも共演。そして、台湾の「MEGAPORT FESTIVAL」にも出演し、国内だけでなく海外からの注目も高まる。メンバーのソロ活動としては、小林祐介はソロでの弾き語り以外に、CHARAのライブサポート及び音源制作や、L’Arc-en-Cielのyukihiroのソロ・プロジェクトであるacid androidのライブ・ギタリストを務める。ケンゴマツモトは、映画監督である園子温のポエトリー・リーディング・セッションなどにも参加し、更に活動の幅を広げる。音楽以外の分野からも注目も高く、「Harem」(GIFT収録)のPVは映画「白痴」の監督である手塚眞がディレクターを務め、「dogma」(Fourth wall収録)のPVは映画「おそいひと」の監督である柴田剛が監督を務めた。アーティスト写真は「Vivienne Westwood」や「Miu Miu」などのポートレートを撮影するアンダース・エドストロームや、「agnès b」のショーで作品集が取り上げられた花代が撮影。特にファッションとの関わりは深く、「LAD MUSICIAN」の2012-13A/Wのコレクションのミュージックとしてライヴを行い、その模様は宇川直宏主催の「DOMMUNE」で生放送された。2013年9月末までにUK PROJECTから計8枚の音源をリリース。2013年10月からは自主レーベル「MERZ」を立ち上げ、自分たちのやり方で自分たちなりの成功を掴みに行く。

ZZZ’s
https://www.facebook.com/zzzs.official
https://zzzs-jpn.com/

https://twitter.com/ZZZs_OFFICIAL

Youkaku (Guitar, Vo), Yukary (Bass, Vo), Lyn (Drums) によって2011年末に結成された兵庫の女性3人組。2012年には、バンド単体でニューヨークへ。バンド自らブッキングを行い、2度の渡米の中、SXSW2012, CMJ2012, Miami Art Baselなどへの出演を含む80本を超えるライブやThe Rapture, Le Tigreなどを手がけるエンジニアJONATHAN KREINIKと出会い、2nd EP ”Magnetica” のレコーディングを敢行。マイアミでライブを見たサーストン・ムーア(SONIC YOUTH, CHELSEA LIGHT MOVING)は、彼の所属するマタドール・レコーズのウェブサイトで2012年でもっともエキサイティングだったバンドとしてZZZ’sを絶賛している。2013年には、COLD CAVE (US), DIE DIE DIE (NZ), acid android (L’Arc~en~Ciel) と共演。自主リリースの2枚のEPをコンパイルした ”Magnetica / Prescription” のデジタル・ヴァージョンの世界リリース。11月からベルギーのコルトレイクでのPortisheadのジェフのバンド、BEAKがバンド選出をした ”SONIC CITY"、オランダのユトレヒトでの ”LE GUESS WHO?” といった2つのフェスティヴァルへの出演を含む1ヶ月間に渡る初のヨーロッパ・ツアーを敢行。結成以来、ボーダーレスな活動を繰り広げている。

〈大阪公演〉
BONANZAS
https://bnzsmail.wix.com/bonanzas
元suspiriaの吉田ヤスシとgoatの日野を中心に2010年春からライブ活動を開始。数々のメンバー・チェンジを繰り返し、現在はVOCAL「吉田ヤスシ」、BASS「日野浩志郎」、DRUMS「西河徹志」、ELECTRICS「蓮尾理之」4人のメンバーで活動中。キック/スネア/ハイハットのみのドラム、音階楽器である事を忘れたかのようにリズム・ユニゾンのみに執着するベース、まとわりつく電子音、恐ろしい迄の精度を誇る打撃音群を押さえ込むかの様な凶刃な声帯。ベースは鈍器、ドラムは銃、声は針、シンセは刃物。世界中の凶器を手にROCK’N ROLLの彼岸を目指した辺境の人民達が繰り出す独立武装部族音楽。そのやりすぎとも言えるシンプルな楽器構成を基に膨大なディシプリン(鍛錬)の上に積み上げられた強靭な「音」。そこから放たれるサウンドを敢えて色で表現するなら「一切光沢を持たない黒」。彼らの異形なサウンドは百鬼夜行な関西アンダーグラウンド・シーンにおいても特異点とされ、あまりにも特殊な存在のせいか、特定のジャンルとの交流はなくテクノ、ヒップホップやダブステップ、ハードコアから前衛音楽までリンク可能な存在となり、現在ライブ・シーンのみならずクラブ・パーティー・シーンからも注目されている。ある種デトロイト・テクノをも連想させるbonanzasの人外強靭なサウンドは呪術ダブステップ帝王のSHACKLETON氏さえも虜にし熱いラブコールを受けている。


『すべすべの秘法』The Secret to My Silky Skin - ele-king

 「日本で現在、ゲイネスを作中に潜ませたエッセンスやくすぐりとしてでなく、ナラティヴを作り続けているのは、我田引水ながら自分らの他には思い当たりません」というのは、今泉監督とのパートナーシップで映画を作り続けておられる音楽担当の岩佐浩樹さんの言葉だ。彼らの作品は海外の映画祭を中心に上映されており、新作『すべすべの秘法』(“The Secret to My Silky Skin”)のワールドプレミアも日本ではなく、2013年ベルリン・ポルノ映画祭だった。
 真正なるゲイ映画というのは、確かに現代の日本で市場が成立するのかは不明だし、発表の場もごくごく狭い箱の中になるのだろうが、例えば昨年。今泉監督がピンクのバナーを掲げて反韓デモにカウンターをかけに行っておられる写真を見た時には、勇ましげに中指を突き立てる人びとや、白地に黒文字のプラカを手にした人びとが並んだ新大久保の街に、ピンクのバナーがひっそりと、力強く存在しているイメージが頭に浮かび、彼らの映画も日本映画界のピンクのバナーだ。と思った。

               ********

 『すべすべの秘法』はゲイ漫画家、たかさきけいいち原作のコミックの映画化だ。そのせいか、日本におけるカミングアウトや同性婚、「社会改革がリアリティになるのは、よその国の話よね」みたいな日本人の当事者意識の無さ、といったポリティカルな問題をやんわり微笑しながらナイフで斬ってみせた『初戀』(拙著収録の書き下ろしレヴュー参照)とは違う。もっと王道のゲイ日常記というか、京都から東京のヤリ友(ファック・バディー)に会いに来たあるゲイの数日間をまったりと描いている。
 今泉監督は1990年からピンク映画の俳優としても活躍しておられ、2013年ベルリン・ポルノ映画祭では、彼の過去の出演作品と『すべすべの秘法』の上映を合わせた特集プログラム「RETRO : KOICHI IMAIZUMI」が組まれた。ポルノ映画祭で上映されたからには、セックスシーンがばんばん出て来て描写が露骨なんだろう。と思ったが、実はセックスシーンは少ない。露骨。という点でも、そのものズバリを見せているという点ではそうだろうが、そういう派手な言葉は似合わない。
 にも拘わらず、今回の今泉作品でもっとも印象に残っているのは性描写である。
 なぜだろう。
 ゲイ映画をストレート(とくに女子)が見る場合、「いったい男どうしが褥で何を、どうやって致しているの?」的な好奇心があるのは当然であり、BLとかやおいとかの存在もそこに無関係であろう筈がない。わからないもの、自分ではけっして経験で征服することができないものには人間は必要以上にそそられ、ファンタジーすら抱くものだからだ。
 が、そうした映像消費者のBL的期待や、それを満足させようとする市場の常識を打ち砕くかの如くに、『すべすべの秘法』の性描写は日常的で当たり前だ。
 なんかこう、炬燵で蜜柑を食べているようなセックスシーンなのである。
 が、一部のフェティッシュ好きの方々がプロに金を払って行うスペシャル・セッションでもない限り、人間が営んでいる性行為などというものはやはり炬燵で蜜柑を食べているようなものだ。生活の一部であるセックスで、いちいち大袈裟なエロスが毎回展開されることはない。それは性的指向がどうであれ、同じことだろう。
 だのにゲイのセックス描写となると、何か特別なもののようにいやらしく美しく演出されたり、激しいもののように描かれがちなのは、それは作り手(&受け手)の意識にそれが「倒錯したもの」だという前提的感覚があるからではないか。

 そこへいくと『すべすべの秘法』の性描写は見事なまでに倒錯感がない。ったく人間ってやつは、男女だろうと男男だろうとやることは同じなのねー。と微笑ましくさえなる。この日常的で健康的な性描写は、「倒錯したもの」という暗黙の了解の上に成り立つゲイの性描写へのアンチテーゼではないか。何かそこには、ピンクのバナーを掲げて新大久保の街角に立つ今泉監督の姿が透けて見える気がするのだ。

 今日も勤務先の保育園で、子供たちを相手に、「ダディとマミイがいる人、手をあげてー」「はーい」「じゃ、ダディとダディがいる人ー」「はーい」「マミイとマミイがいる人ー」「はーい」「うちのマミイは服を脱いでシャワーする時はダディになるから、どっちなのかわかんない」「うーん、そりゃ微妙だね」みたいな話をしたばかりだ。
 わたしの住むブライトンは同性愛者が多い地域ではあるが、英国では、同性愛者の存在はもはや炬燵の上の蜜柑のようなものになりつつある。

 日本もそのうち、ある日気がついたらそうなっている。
 『すべすべの秘法』の風呂場のラストシーンからはそんな声も聞こえたような気がする。

※第8回ベルリンポルノ映画祭特集プログラム凱旋上映
 RETRO 今泉浩一×佐藤寿保
 2014年2月5日(水)から8日(土)まで渋谷UPLINKで行われます。
 『すべすべの秘法』を含めた4作品に『家族コンプリート』を加えた特別凱旋上映です。
 2月8日(土)15:00〜上映後には田亀源五郎×今泉浩一のトークショーがあります。
https://www.uplink.co.jp/event/2013/21607


interview with GING NANG BOYZ (Mamoru Murai) - ele-king

 銀杏BOYZから新しいアルバムの構想を聞いたのは2007年末のこと。しかしその制作は難航を極めた。あれから月日は流れ、いつしかメディアへの露出も減り、傍目にはバンドの存続すら危ぶまれるようになった2013年秋、突然ニューアルバム完成の報が入った。オリジナル・アルバム『光のなかに立っていてね』とライヴ・リミックス・アルバム『BEACH』の2枚同時リリース。
 ニュースはそれだけではなかった。すでにギターのチン中村とベースの安孫子真哉が脱退、さらにアルバム発売日をもってドラムの村井守も脱退するという(ちなみに今回の発売日となった1月15日は、村井の誕生日でもあり、2005年に銀杏BOYZが初めてリリースした2枚のアルバムの発売日でもある)。つまりアルバムの完成と引き替えに、銀杏BOYZはフロントマン・峯田和伸以外のメンバーを全員失った。
 この数年間、銀杏BOYZになにが起こっていたのだろうか。峯田と高校からの同級生で、前身バンドのGOING STEADY時代から音楽活動をともにしてきた村井に、彼がよく飲んでいる街・吉祥寺で会って話を聞いた。表情はずいぶん晴れやかだ。いつものおしゃべり好きな“村井くん”がそこにはいた。

“愛してるってゆってよね”のイントロとかは「曇ったところから突き抜ける」っていうメモがあって、それを元にヴァージョンを20個ぐらい作ったかなー。


銀杏BOYZ - 光のなかに立っていてね

〈初回限定仕様〉 Tower 〈通常盤〉 Tower HMV


銀杏BOYZ - BEACH

Tower HMV

村井:いやぁ~、(アルバムが)できましたよ!

できましたね。ホント待ちましたよ(笑)。もしかしたら完成しないかもって頭によぎったことは?

村井:ちょっとは……ありましたねぇ(笑)。

いちばん危なかった時期は──?

村井:アルバム収録曲のレコーディングが本格的にはじまったのが2009年で、2010年にはそれまで使っていた下北沢の〈トライトーン〉が使えなくなり、スタジオも変わったんですけど、実際にはそのずっと前から曲は録りはじめてたんですね。没テイクも入れると、スタートは2007年で。その2007年から2009年までの時期は、もう足下がおぼつかないというか、バンドとしてはふんづまりでしたね。

具体的にはどんな状況だったんですか。

村井:メンバー同士がシビアになりすぎちゃって。2005年にアルバムが出て、ツアー回るんですけど、そのツアーが尋常じゃなくて。それが終わった反動もあると思うんですけど、DVD(『僕たちは世界を変えることができない』)の編集があったり、峯田が本(『恋と退屈』)を出したり、あとオレもムック(『GING NANG SHOCK!』)の編集があったりで、それぞれちょっと違う方角を向いているような感覚になって。それをもう一回、同じ船に乗ろうって作ったのがシングルの「光」だったんです。でも、そこから「じゃあ、アルバムを……」ってなっても、わりとお互いシビアな感じでぶつかり合っちゃう、みたいな。その状況から抜け出せたのが、2010年ぐらいで。遠藤ミチロウさんのカヴァー・アルバム(『ロマンチスト~THE STALIN・遠藤ミチロウTribute Album~』)に参加して、さらに劇伴音楽の話も来て。

三浦大輔作・演出の舞台『裏切りの街』ですね。

村井:そう、どちらも依頼されてのことだからモードも変わるし、わりとまたみんな同じ方角を向けるようになってきたんです。しかも、劇伴のほうは打ち込みでやってみようってことになって。もともと打ち込みの曲は前から作ってみたくて、でもなかなか手が出せなかったんです。だから、ちょうどいいタイミングかもってことで、みんなで機材を買ってやってみたら、案外やれちゃった。で、やれたらやれたで、どんどん楽しくなり——。

制作中のアルバムにも思いっきり影響して。

村井:ホント楽しかったんですよね。あのキックの音ってこういう感じかなぁ? とか。それこそ、『サンレコ(サウンド&レコーディング・マガジン)』とか『ele-king』も読みましたよ。インタヴューが参考になるので。

村井くんの場合、ドラムっていうパートの性格上、打ち込みが増えることで演奏の機会は減りそうですけど、そこは気になりませんでした?

村井:そこは抵抗なかったですね。やっぱり普段から聴いてるのも打ち込みの曲が多かったし。それに銀杏BOYZの場合は生演奏かどうかは関係なくて、やっぱり“歌”なんですよね。歌を活かせたらいいわけで。ただ、ライヴどうすっかなぁっていうのは思いました。そしたら峯田が「ステージ上で立ってるだけでいいやぁ、お前うたも歌えないし」って(笑)。実際、東北ツアーでの“I DON'T WANNA DIE FOREVER”とかは、ステージの前に行って「ワーワー」やってました。けっこう出たがりですからね、オレ(笑)。

アルバムを聴くと、「打ち込み」と同時に「ノイズ」の導入も顕著ですよね。こちらもかなり研究したんじゃないですか。ノイズ・コアのライブなんかも観にいってたみたいだし。

村井:みんなもともと好きでしたからね。そう、NERVESKADEの来日公演があって、東京公演がちょうど震災の翌日だったんですよ。それで中止になっちゃって。翌3月13日に愛知県の岡崎BOPPERSでもライブがあるっていうから、あびちゃん(安孫子真哉/ベース)とクルマで観にいったんですよ。そしたら高速道路で上りのクルマはほとんどなくて、自衛隊の車両とばかりバンバンすれ違って。あれは忘れられないですねえ。そんなことやってるうちにあびちゃんもチンくん(チン中村/ギター)もオレもどんどん音作りにハマっていき、それを峯田が軌道修正して。

逆に峯田くんは新しい音楽をまったく聴かないようにしていたみたいですね。

村井:峯田がよく言っていたのが、「○○っぽいやつを作ってもしょうがない」ってことで。そりゃ、オレらがテクノ畑の人たちに対抗してもしょうがないわけで。オレらにしかできないものを作るべきだと。

最終的に峯田くんが聴いて判断するわけですか?

村井:うん、オレらは技術担当で、監督は峯田だから。峯田が判断してオッケーした音が銀杏BOYZになる。みんなで和気あいあいっていうバンドもいいと思うんですよ。でもオレらの場合は、ブレない峯田っていうのが絶対的な存在としている。そのぶんオレら3人はブレてもよくて、そうやって作ったものを最終的に峯田にジャッジしてもらうっていう。峯田んちにチボリってメーカーのステレオがあって、音がめちゃくちゃいいんですよ。今回はそのステレオを基準に音を作りました。ただ、そうやって「1曲、完成した!」ってなっても、別の曲を仕上げているうちに1年ぐらいして、「そういやあの曲のアレ、もうちょっとやれたんじゃねえの?」ってなって、またやり直すっていう(笑)。

そこで1年経っちゃうのがおかしい(笑)。

村井:もうね、時間の流れが、早い!

一方で、“ぽあだむ”みたいにほとんど一発録りでいけた曲もあるわけですよね。しかも峯田くんに言われるまで気づかなかったんですけど、あの曲のドラム、生音なんですね?

村井:そう、オレ叩いてるんですよ。“ぽあだむ”は3日間ぐらいでできましたね。


“ぽあだむ”

「ストーン・ローゼズが最初のイメージであった」って峯田くんは言ってましたね。

村井:うんうん、聴いてましたね。3人で峯田がいないところでカヴァーしたりして。DVDも何回か見たんだけど、何回見てもわからない(笑)。

そうやって峯田くんの最初のイメージをそれぞれが発展させるって感じですか?

村井:そうですね。まず峯田がベーシックを作って、チンくんとあびちゃんとオレでさらに発展させます。それが峯田の思ってる最初のイメージを超えないとダメなんですよ。

イメージは具体的なんですか?

村井:具体的な曲もあれば、そうでない曲もある。たとえば“愛してるってゆってよね”のイントロとかは「曇ったところから突き抜ける」っていうメモがあって、それを元にヴァージョンを20個ぐらい作ったかなー。あびちゃんなんかはLogicってソフトが使えるようになったので、できることがどんどん増えるんですよ。極端な話、あびちゃんがオレに音を聴かせる時点で100パターンぐらい作ってくるんです。それをオレも一緒になって「これはいい、これは悪い」って絞ったものを峯田のところに持っていき、そこからまた峯田の意見を訊いて作りかえて……って、そりゃ時間かかるわ~(笑)。

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当然さみしいですよ。ただ、どこかでいつか戻ってくるだろうっていうのもあったし、それ以上にアルバムの完成が見えてきたから、とにかくその進行を止めたくなかった。

2011年の初夏、東北ツアー(〈スメルズ・ライク・ア・ヴァージン・ツアー〉)の頃にすでに村井くんはバンドを辞めようと思ったことがあったそうですね。

村井:ええ、たまたまその時期だったっていうだけで、ツアーが関係しているわけじゃないんですけどね。あびちゃんが中心になって進めていたライヴ盤のほうが具体的に曲順も決定して、タイトルもいまとは違うんですけど決まり、それからスタジオ盤のほうも曲がほぼほぼカタチになって、両方とも着地点が見えてきたなってときに、ふと辞めることを考えたんです。それがたまたま東北ツアーの時期だったっていう。でも、その気持ちは自分の中でなかったことにした。気の迷いだと思って。

その気持ちを他のメンバーに伝えることはなく、やがてチンくんがバンドを離れますね。

村井:怪我でギターが弾けなくなってね。2012年の夏か。

チンくんは精神的にも追い詰められていた?

村井:それもあったと思います。ただ、そのことにオレは気づいてあげられなかったってことを最近すごく思うんですよ。チンくんとはよくふたりで飲みに行ったりもしたんですけど、飲み方が尋常じゃないときが何度かあって。思い詰めてたのかなぁ……って。

それでも2007年から2009年にかけての時期よりは、バンドの状況はよかったわけですか。

村井:うん、なんかもうトンネルは抜けたなっていうのはあった。ようやく足並みが揃ってきたと思ってたんだけど……いま思うと、たぶんチンくんはそうじゃなかったんですよね。

その後、チンくんと話をしました?

村井:最後に会ったのが2012年の秋かな。「他のメンバーやスタッフとは会えないけど、村井くんとは話したいわ~」って連絡がきて、吉祥寺の喫茶店で会って。で、顔見たらやっぱわかるんですよ。「ああ、もう続けていく気はないな」って。これがまだ一緒にやってた頃なら、「アルバムも、もうすぐできるからさ!」ってハッパをかけられたんだろうけど、そのときはもうバンドのことはほとんど話さずに、エロビデオの話とかでゲラゲラ笑って、30分ぐらいで別れましたね。峯田にも、「チンくんの顔見たら、やれる感じじゃなかったわー」って報告して。

2013年の春に、今度はあびちゃんもバンドを離れますね。

村井:あびちゃんは何年も前からたまに体調が悪くなるときがあって——。

よく、霊に取り憑かれてるんじゃないかなんて冗談で言ってましたもんね。

村井:そうなんですよ。でも、それがここにきて作業に参加できないぐらい体調が悪化して。蕁麻疹とか出ちゃうんですよ。で、しばらく家で休んでもらってたんだけど、その後もなかなかよくならない。喫茶店とかで会うんですけど、毎回、「もうちょっとしたらよくなるから……」って。で、あびちゃんも顔色を見ると、チンくんと一緒で、スイッチが切れちゃってる感じなんです。やっぱり、ずーっと集中して作業をしてきたので、ちょっと時間を置いたら、プッツリ切れちゃったんだろうなって。

そうやってメンバーがひとり減り、ふたり減り……村井くんとしてはどういう心境だったんですか?

村井:当然さみしいですよ。ただ、どこかでいつか戻ってくるだろうっていうのもあったし、それ以上にアルバムの完成が見えてきたから、とにかくその進行を止めたくなかった。だからチンくんが戻ってこれなくなったとき、峯田とあびちゃんに「(アルバムの制作を)進めよう」って話したのはオレだったし、あびちゃんの体調が悪くなったときにも、やっぱり峯田に「進めよう」ってメールして。オレはとにかくアルバムを出すことが目標になってたから。


村井がアルバムのレコーディングで使っていたノート。その混沌とした筆致から制作の難航ぶりがうかがえる

銀杏BOYZというバンドを外から見ていると、村井くんはムードメーカーというか、メンバー間の調整役を担う局面もあるのかなって思ってたんですけど。

村井:いや、それぞれ峯田との関係性もありつつ、峯田以外の3人でもわりとシビアにぶつかることが多かったですね。なので、オレがそれぞれの間を取り持って、って感じではなかったです。

どういうところでぶつかるんですか?

村井:たとえば事務所であびちゃんが泊まり込んで作業をしていたとして、オレが横で「この音、あまり面白くないわー」って言っちゃうんですよ。あびちゃんが数日間かけて作った音なのに。あびちゃんからすると、「なんで打ち込みができない村井さんにそんなこと言われなきゃならないんですか?」って。

それは言い方の問題?

村井:そうです。そんなレベルですよ、オレらが揉めるのって(苦笑)。ま、オレがパットを使って音をつけて、あびちゃんはあびちゃんでLogicで音を作って、そこでディスカッションがあったりもするわけですけど、でも、ぶつかり合ったりするのはもっと些細な言葉遣いとかなんですよ。

まあ、ずっと顔を合わせてますしね。

村井:だって……ねぇ? 恋人や夫婦だってそうじゃないですか。最初は楽しかったのが、だんだん相手のイヤな部分も見えてきて。一個の音を作るにしても意地の張り合いなのよ、全員が。それはいい悪いの話じゃなくて、意地張っちゃうんですよ。それで進まなくなる。そのうちゴールも見えなくなって、「オレらどこに立ってるんだろう?」って。それはみんなキツかったと思います。

生活の大半を事務所での作業に費やしている感じだったんですか?

村井:事務所にいる時間はあびちゃんがいちばん長かったですね。オレはちょくちょく帰ってたし、チンくんも自宅のProtoolsで音を作ってたから。だから、夕方ぐらいにフラッと事務所に来て、「じゃあ、あびちゃん聴かせてもらっていい? ……うん~、なんか違うねこれは」って、そりゃムカつきますよね(笑)。

峯田くん以外は家庭もありますよね。

村井:チンくんとあびちゃんは子どもいるし。でも、オレはそういう面で生活が厳しいと思ったことは一度もない。チンくんとあびちゃんからも、そういう話は一度も聞いたことがないですね。逆に峯田は言いますけどね。「お前らは奥さんがいる。その違いはデカい」って。でも、奥さんがいても、彼女がいても、音楽を作るときにそこは関係ないと思ってましたね、オレは。ま、ウチの奥さんは「どうぞ好きなことやってください」っていう人なので、あまり干渉もされないし。で、また峯田が言うんですよ、「こんな生活してたら、お前が知らないだけで、浮気されてるに決まってっから」って(笑)。

はははは! ちなみに村井くんは奥さんには脱退することは相談したんですか?

村井:しましたね。「もう銀杏辞めて、違うことやるわ~」って。そしたら「辞めてもいいけど、次もやりたい仕事をやってね」って言われました。自由にさせてくれるのはありがたいですよ。

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峯田にしてみたら、オレらだったらイチから説明しなくても感覚はわかるから、そこは早いんだと思う。またオレらも、やれねえクセに「やれるやれる、やろう」って言っちゃう(笑)。

アルバムが完成した達成感によって、バンドを脱退したいって気持ちが吹き飛ぶことはなかったですか?

村井:うん。すごくいいアルバムができたっていう達成感はあっても、だから続けていこうっていうふうにはならなかったですね。マスタリングが終わったってときにはもう、「これで辞めよう」っていう気持ちが止められなくなって、すぐに峯田に言おうと。でもすぐには言えなくて、言うか言わないかで1ヵ月半ぐらい悩みました。

それは峯田くんの気持ちを考えて?

村井:ええ、そりゃあ、考えますよ! ずーっと一緒にやってきたんだもん。それで別れようって話ですからね。“ぽあだむ”のミュージック・ヴィデオの撮影もあったりしながら、1ヵ月半ぐらい考えて、でもやっぱり気持ちは変わらなかったので、11月4日に峯田に「バンドを抜けたい」ってメールしたんです。そしたら「すぐ会って話そう」ってことになって。峯田はビックリしてましたね。チンくんやあびちゃんがいなくなったときに、それでもアルバム作業を続けようって言ってたオレが、まさかそのアルバムが完成したタイミングで「辞めたい」って言い出すとは思わなかったって。峯田とオレとあと新しいメンバーを入れて、新生銀杏BOYZでやれたらいちばんいいって。だから考え直しなよって。

11月15日にチンくんとあびちゃんの脱退が発表されますね。

村井:そう、その時点ではまだオレのことは決着がついてなくて。ただ、やっぱりオレも気持ちが変わらないから、改めて話したら、今度は峯田も受け入れてくれた。それで12月22日のUSTREAMでの脱退発表になったんです。

辞めたあとのことは考えてます?

村井:まーったくなんも考えてない! いま(注:取材日は昨年12月27日)はまだ“ぽあだむ”のミュージック・ヴィデオの編集があったり、わりと目の前にやることがあるんだけど、ひと段落したら一気にリバウンドがきそう(笑)。

ミュージック・ヴィデオといえば、“東京終曲”もなかなかヘヴィで面白かったです。

村井:あっちは峯田が監督・脚本・主演で、オレは制作……っていうか完全に雑用(笑)。テント組んだり、機材借りてきたり、ケータリング用意したり。


“東京終曲”

ポツドールの米村(亮太朗)くんややっぱりポツドールの舞台でおなじみの古澤(裕介)くんも出てますけど、以前、村井くんが古澤くんの人となりを絶賛してたのが印象に残ってるんですよね。

村井:なんか話が合うんですよー、古澤くんは。米村さんもすごく気が合いますね。

彼らは彼らで演劇界の銀杏BOYZというか、ちょっと通じる雰囲気がありますよね。

村井:「なんでもいいから面白いことやりたいんすよ~」って言ってて、オレらもそうなんですよね。ただ過剰にやりすぎちゃうっていう。

やっぱりそのへん過剰だって自覚はあるんですか?

村井:ある(笑)。いい作品を作るためなら、いつからいつまでとかそういう時間感覚がなくなっちゃいますからね。そういう意味ではほかの人には頼めないんです。で、結果的に全部、自分たちでやるっていう。オレらだけなら時間を気にせず、納得いくまでやれますからね。

また、“ぽあだむ”のミュージック・ヴィデオのほうはすごい数の女の子が出演してますよね。

村井:投げキッスの素材が、撮影したものとバンドのHPで募集して送ってもらったものを合わせると1400人分ぐらいあるのかな。編集がもう大変ですよ。使えるのはひとり0.5秒とか1秒とかですけど、それぞれ素材は3分ぐらいあって、その中のいちばんキラキラしている部分をチョイスするわけですからね。仮編集だけでもとんでもなく時間かかってます。最終的には1283人、入れました(笑)。

その作業を自分たちでやるわけですよね。

村井:そっちのほうが早いから。いや、でも機材の使い方をいちいち覚えたりして……けっきょく時間はかかってるか(笑)。ただ峯田にしてみたら、オレらだったらイチから説明しなくても感覚はわかるから、そこは早いんだと思う。またオレらも、やれねえクセに「やれるやれる、やろう」って言っちゃう(笑)。

『僕たちは世界を変えることができない』の編集のときも1000本以上ある素材DVテープのシーンをあびちゃんとチンくんがノートに全部書き出したりしてましたもんねえ。ハードディスクにキャプチャした映像データが消えた! とか言って大騒ぎしたりして(笑)。

村井:「パソコン、落ちた~!」とかね(笑)。それを何回も繰り返して。すごいことになってましたよね。でも、やっぱり楽しいからねぇ。やりたがりなんでしょうね、みんな。いや~、でも“ぽあだむ”は女の子の撮影ができたから楽しかった(笑)。カメラ持つと、オレもキャラ変わりますからね! 一日中撮影してると、最後は慣れてきて、「ちょっと耳にかけましょうか」なんて言いながら髪を触ったりして(笑)。

長澤まさみさんもいいですね。あの撮影も村井くん?

村井:いや、あれは峯田!

村井は髪触るから危ないって(笑)。

村井:長澤さんにそんなことするわけないじゃないですか! でも撮影はホント面白かったっすよ~(笑)。

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やっぱり辞めるって言ったら、「村井おつかれ」って言われて、それから「オレはバンド続けていくよ」って。それを聞いたときに救われたと思いましたね。「オレたちが作ってきたことを、ここで終わらせない」っていう言い方も峯田はしていて。

最終的に辞める意志を伝えたとき、峯田くんから「オレは銀杏BOYZ続けるよ」って言われたそうですけど、どんなことを思いました?

村井:さみしいっていうよりも、救われたって感じですね。最初、峯田は「お前が辞めるなら、オレももう音楽辞めるわ」って言ってて、オレとしてはその一言が重くのしかかったんですよ。でも、オレも自分の気持ちに嘘ついてまでバンドはできないから、やっぱり辞めるって言ったら、「村井おつかれ」って言われて、それから「オレはバンド続けていくよ」って。それを聞いたときに救われたと思いましたね。「オレたちが作ってきたことを、ここで終わらせない」っていう言い方も峯田はしていて。「もっと上手いドラムいれるわー」とか(笑)。

村井くんはそれこそ山形の高校時代から、上京、GOING STEADY、銀杏BOYZ……と、ずっと“峯田和伸”っていう人を見てきたわけですけど、峯田くんは変わりましたか?

村井:いや、オレの周りでいちばん変わってない人ですね。高校のときは昼休みとかひとりでウォークマンを聴いてるような感じだったから、バンドを組んでみんなの前で演奏しはじめたときはこんなに前に出られる人なんだっていう、そういう状況の変化はありましたけど。基本的な部分はなにも変わってないですよ。まず中心に音楽があって、それで友だちを喜ばせるのが好きな人なんです。オレが通ってた専門学校のグチとか、自分のモラトリアムとかそういうモヤモヤした話をすると、かならずその晩、留守電が入っていて、それが曲だったりするんです。そうやっていつもオレを喜ばせてくれた。そこはいまも変わってないです。バンド・メンバーも喜ばせるし、さらにもっともっと大勢の人も喜ばせる。だからバンドを辞めてまた元の友だちに戻る感じですよね。いままでずっと峯田の背中を見てきたから、これからはいちリスナーとして銀杏BOYZを聴いてみたい。

でも、まだあの4人以外の銀杏BOYZっていうのは想像できないんですよね。

村井:おそらくアルバムも1年に1枚出ますよ。峯田は上手い人を入れたいって言ってたから、「こんなラクなんだね、バンドって!」ってことになると思います(笑)。

つくづく過剰なバンドだと思うんですよ。

村井:やってるほうは「こういうもんだろう」と思ってやってますからねえ。ただ一時期、チンくんとあびちゃんが楽器をケースに入れず裸の状態で持って24時間生活しているときがあったじゃないですか。

ありましたねえ。2007年頃、一緒に大阪行ったときも肌身離さず提げてましたね。

村井:あの頃、チンくんと練習のあと一緒に電車に乗ってたら、酔っ払いのおじさんがいたんですね。そしたらチンくんが「あの人、酔っぱらって電車乗るなんて迷惑だよね!」ってギターを弾きながら言うんですけど、お前のほうがよっぽど迷惑だろ! って(笑)。

よく肛門の匂いを嗅ぎ合ったりするようなヒドい罰ゲームとかやってましたけど、ああいうノリってその後もずっと続いてたんですか?

村井:続いてましたよ(笑)。2010年頃かな、あびちゃんと飲んでるときに「“カレー味のウンコ”と“ウンコ味のカレー”どっちなら食えるか?」って話で意見が分かれて、酔っ払ったあびちゃんが、「これ究極の問題ですよ。村井さん、そこまで言うんなら、ウンコ食えるんすか?」って。そこも意地の張り合いだから(笑)、「いや、食えるっしょ」ってなって。それから何日かしてスタジオであびちゃんとリズム隊の練習してるときに、いい感じでハイになってきたので、「あびちゃん、オレ、今日だったらウンコ食えるよ」って。で、あびちゃんも1時間ぐらい歩いたらウンコ出るって言うから待ってたら、「いまウンコ出ます!」「やれやれー!」つって、紙皿にウンコして。ま、食うよね。言ったからには。

食べたんだ。

村井:箸でつまんで(笑)。

もはや“カレー味”、関係ないじゃないですか(笑)。

村井:たしかにそうだ! そしたら、それを見ていたあびちゃんが吐きながら、「こういう話はもう他でしないでほしい。オレが犯された感じになるんで」って。あびちゃんの方がショック受けちゃって(笑)。

はははは! かつてはよくビデオカメラを回してましたけど、そういうのは?

村井:ウンコ食ってるのは、木本(健太/映像ディレクター)がたまたま事務所にいたので撮ってますね。「ムリっす、止めます」とか言って(笑)。この話、いろんな人に話してるんですけど、前にミノケン(箕浦建太郎/画家)にもしたんですよ。そしたらミノケン、マジなスイッチが入っちゃって、「そういうの面白いと思って話してるだろうけど、そんなことしてるからアルバム進まねぇんだよ!」って、真剣な顔で言われた(笑)。

ミノケンは毎日、絵を描いてますからね。

村井:「村井くんって、なんかそういうのも活動のひとつみたいな感じで言うじゃん? だから出ねぇんだよ」って。

正論ですね(笑)。『光のなかに立っていてね』のデザインにはこれまでもずっと関わってき川島小鳥くんとミノケンの作品が使われてますけど、彼らの仕事としても一段階ステージが上がってるような印象を受けました。

村井:この何年間かで、みんなも動いてるのを感じましたねぇ~。それでまた一緒にできるんだから嬉しいですよ。

けいくん(坂脇慶/デザイナー)の力も大きいですね。

村井:峯田とすごく気が合うっていうか。ミュージック・ヴィデオのテロップのフォントまで関わってくれてましたからね。

『光のなかに立っていてね』はパッケージまで含めて、“いまの時代”っていうよりはもっとタイムレスな名盤の薫りがするんですよね。

村井:ただただもうメンバーと向き合い、音と向き合って作ったのがこれで、時代性を意識してっていうのはなかったですからね。暗い洞窟のなかで4人でずっと作ってきて、最後に完成したアルバムを聴いてたら、そりゃいろいろありましたけど、そういういろいろあったことは全部忘れて、音だけがすうっと入ってきたんです。「いいアルバムだな」って思えて。だから、みんな……っていうか“あなた”っていう言い方をしますけど、あなたに聴いてもらいたくて曲を作っていた。それだけがすべてなんですよ。

峯田くんはアルバムができてからあびちゃんともチンくんとも連絡をとってないって言ってましたけど、村井くんも?

村井:とってないですね。だから打ち上げとかもないんですよね。

いつかしたい?

村井:うん、できる気がしますね。それでもう一回ウンコ食う! ぜってえ、その話にはなると思うから(笑)。レコーディングして曲ができたときはもう、「オレら無敵だ!」っていうのがすごくあった。その「無敵だ!」っていう念がアルバムには詰まってます。

銀杏BOYZに影響を受けてバンドをはじめたとか、そういう若い人たちに会ったりしませんか?

村井:ちょうど岡崎にNERVESKADEを観にいったときに、愛知ってわりとグラインドとかハードコアが強いんですけど、革ジャンにモヒカンみたいな子がずっとこっちを睨んでて、歩いてきたから「うわ、いびられんるじゃねぇかこれ」って思ったら、「銀杏BOYZ、大好きなんです。銀杏の影響でいまグラインドやってます」って。びっくりしましたけどね。そういう声はちょくちょく聞きますね。

脱退が発表されてから、ミュージシャンとして声が掛かったりは?

村井:そんなのあると思います? 『リズム&ドラム・マガジン』からだって、一度も話がきたことないですよ(笑)。チンくんとあびちゃんが抜けるって発表されたとき、ネットに「あれ、村井が残ってどうすんの?」ってコメントがついてましたもん。ナメられてますわ~(笑)。

新しい人生がはじまるワクワク感はありますか。

村井:それはある! すっごいある。ずっと音楽聴いてなかったのが、上京して峯田とライヴに行くようになり、でバンドをはじめてっていう、そのノリがここまで続いて。次もノリではじめたことがこんなふうに続くのかもなっていう根拠のない自信があります。峯田には「そんな社会は甘くないぞ」って言われてますけど。「なにより音楽やってないお前のこと、奥さんは嫌いだと思うよ」って。ヒドいもんですよ(笑)。

ホントおつかれさまでした。今後の村井くんの動きも楽しみです。

村井:いや~、ホントありがとうございました!

オンリー・ゴッド - ele-king

 虚無的なLAの街に流れていたのはシンセ・ポップだった。それは、寡黙で暴力的な男が主役のクライム・ムーヴィーにはまるで不釣合いなほど甘ったるく、しかし同時に、どこか幼さを残すライアン・ゴズリングの不器用な恋心を代弁するのにはそれ以上の音楽はないように響いた。世界に野心的な監督の才能を発見させたニコラス・ウィンディング・レフンの前作『ドライヴ』の成功は、あの画面をシンセ・ポップで満たそうとしたセンスだったといまでも思う。台詞による言葉よりも、映像と俳優の佇まいと音でドラマティックな瞬間を示そうとするウィンディング・レフンはいまどき貴重なほど映画に奉仕するシネアストであり、一種古風で典型的な映画作法を用いながらもしかし新しい領域を模索せんとする探求者だ。快楽的でありながら、同時にまだ見ぬ可能性の香りがこのひとの映画にはある。

 バンコクというよりはLAに見える虚飾が煌く街を舞台に、ライアン・ゴズリングが画面のなかで押し黙っているレフンの新作『オンリー・ゴッド』は『ドライヴ』からの連続性を強く感じさせるがしかし、あのシンセ・ポップのような甘いひとときは皆無だ。少女をレイプし殺害した兄がその父親に惨殺され、そのさらなる復讐を犯罪組織のボスでもある母親に命じられるプロットの上で、過激と言うにはドライなあまり美しくすら思える暴力描写が次々に続く。『ドライヴ』が一種典型的な犯罪映画を下敷きにしていたように、本作もわたしたちのギャング映画や西部劇の記憶をかすめるが、それがギリシア神話や格闘技映画と接続されることで何か奇妙な手触りを残す。
 古風なようでいて、しかしどういうわけかこれは見たことのないものだと直感させられてしまうレフンの現代性はどこにあるのだろう? 『オンリー・ゴッド』においてそのヒントは、クリスティン・スコット・トーマス演じる(怪演!)絶対権力者である母親が、ゴズリングに「お前は自分よりもペニスの大きい兄に嫉妬してた」と、よりによって会食の席で口にする台詞にあるように思える。『ドライヴ』でのセックスの欠落はドライバーの恋の初々しさを示すものでもあったが、本作においてのそれは主人公ジュリアンが性的に未熟であることをほのめかしているようだ(母が溺愛する兄は「すごいペニス」を持っていて、そして少女をレイプするような男である)。レフンはそのフィルモグラフィで暴力的な男たちを溢れさせてきたがしかし、あどけなさを残すゴズリングという格好の被写体を得て、旧来のマッチョイズムには回収されない含みを漂わせる。男の出来損ないとしてのヴァイオレンス……映画における、性のステレオタイプの揺らぎが示唆されているのではないか。

 そして復讐劇であったはずの映画は、信仰の問題に分け入っていく。ゴズリングは『ドライヴ』同様にここでも孤独な存在で、母親の絶対的な支配から逃れるようにして別の「神」を求めていく。これまでに暴力描写においてギャスパー・ノエの映画を参考にしたというレフンだが、ノエが『エンター・ザ・ボイド』において(よくも悪くも)スピリチュアルな領域に入り込んでいたのをここで思い起こさせる。ただ、本作はほとんど感傷を介在させていない点でレフンのほうが一枚上手であるように僕には思える。ジャンル映画を接続し、ミニマルな様式でそのじつ多くのことを(語るのではなく)ほのめかす、なるほどこれから先の映画を切り拓いていくだろう才能による勝負作である。
 最後に音のことに触れておくと、クリフ・マルチネスによるオリジナル・スコアはインダストリルな感触のエレクトロニック・ミュージックだ。その辺りのセンスにも、やはりゾクゾクさせられる。

予告編

T.B.Brothers - ele-king

踊ってばかりの国 - ele-king

 現世に属さない者たちのうた。天国も地獄も満員で、神さまの見習いが作ったようなこの出来損ないの世界を漂泊する、本当はここにいない者たちのうた。踊ってばかりの国は、最初、そんな風に聴こえた。『Good-bye, Girlfriend』のころの話だ。
 それは陽気で、浮世離れしていて、サイケデリックで、夢心地で、ちゃらんぽらんで、ゆったりとしていて、ヘラヘラで、牧歌的でありながらもアシッディで、ダーティで……同時に、手が付けられないほど醒めてもいた。斜に構える、というレベルの話ではない。僕はもう、この世の住人ではありません。ですから、あなた方、世俗のイザコザとはいっさいの関係を持ちません。僕は風であり、花です。まるでそんな風に聴こえた。もっとも素晴らしかった頃のデヴェンドラ・バンハートがそうであったように。

 実際、「あの日」を境に、現実の世界に引き寄せられていく彼らだが、驚くべきことに、そのどこまでも陽気な曲調・発声という点において、彼らはあの震災の影響を受けることがなかった。少なくとも表面的には、そう思われた。2011年の11月にリリースされた傑作『世界が見たい』は、『カメラ・トーク』に喩えられたほどだ。彼らはいつもの、あの底抜けに陽気な調子で、死について、神さまについて、愛について、あるいは続くEP『FLOWER』では放射能や、戦争のことを歌った(“話はない”は、デヴェンドラの反戦歌“Heard Somebody Say”へのアンサーだろう)。
 とてもシンプルで、簡単なことが、どうしても理解できない人たちと共に暮らさなければならない痛みの傍らで、なにもシリアスになることだけが抵抗ではない──リリックの額面以上に、下津はそんな風に歌っているように思えた。彼らのレパートリーには“ルル”という宝石のような1曲があるが、一匹の犬のためにこんなにも美しく歌ってやれるシンガーを僕は他に知らないし、もちろん、そんな人間があの日以降の一連の出来事に何も感じないわけがない。だからこそ、一度は「世界が見たい」という形で表現された切なる願いが、すぐに「別に話はない」に反転してしまうわけだが、その黙秘に込められた怒りに僕は震えも泣きもした。

 そして、東京──。踊ってばかりの国は、下津光史は、2014年という時代をあなたと共有すべく、現世に降り立った。行き先はしかも、東京駅前。よりによって、丸の内の小奇麗なオフィス街だ(https://www.youtube.com/watch?v=__gLp_GImtA)。そのバックには、跳ねるように軽快なスネア、ご機嫌なベースライン、抑制の利いたギター・ソロといった、およそ不釣合いな音楽が流れている。そう、活動休止期間と、メンバーの交代がどれほど影響したかはわからないが、これまで以上にルーツ・ベースドで(ブルースからの影響がより大きくなったかもしれない)、新体制での基本的なアンサンブルを噛みしめるかのごとく、驚くほどシンプルなロックンロールがごく淡々と鳴っている、あるいはとてもダンサブルに。
 しかも、下津が“東京”で歌う「東京」は、なんら象徴味を帯びることがない。どこにでもある没個性的な労働都市として、その街を突き放して見せる(実際、下津の声は素面で、どこか素っ気ない)。これは正直、ステレオタイプな描写と言えなくもない……が、それもおそらくは「あなたたち、何も変わらなかったね」という皮肉に違いない。おまけに途中、「横断歩道に4人で」という、ウンザリするほど使い古されたあの構図が採用されているのだが、4人はそこで歩きもしなければ笑いもしない。やがて、下津だけが風にさらわれるようにして消える。何を言い残すこともなく。そこにはいささかの感傷もない。

 アルバムには、おそらくバンド史上もっともシンプルで、ポップな楽曲がずっしり詰まっている(“風と共に去りぬ”、“正直な唄”、“サイケデリアレディ”……)。が、注目はやはり、風営法の規制強化に言及した“踊ってはいけない国”だろうか。この曲は、例えば磯部涼の一連の編著に集められた文化人・知識人の知的反骨心と呼ぶべきロジックの強靭さとはまったく異なる位相で、ある種の言い方をすれば、とても無責任に鳴っている。そもそも、『踊ってはいけない国、日本』(河出書房新社)というタイトルからして、これは法解釈の厳密さを欠いたミスリードに取られる可能性があるとして、磯部涼自身が何度も牽制球を投げていたものだったハズだ(事業者への一定の規制はどんな分野にだってある)。
 それが、ふはははは、2014年というこのタイミングで、下津は「踊ってはいけない/そんな国がほらあるよ」「踊ってはいけない/そんな法律があるよ」と、なんの予防線を張らずにひとまずは歌い切ってしまう。「ここにはクソな国がほらあるよ/クソな法律があるよ」と。この大胆さこそが彼らの魅力だとは理解しながら、すでに重ねられた具体的な議論をまったく無視したようなこうした表現には、違和感がないでもない。もちろん、下津はもともと多くの言葉を持つタイプの歌い手ではない。彼の口から飛び出すのは、ただ花に見とれ、星を数え、風のうたに耳を澄ませている人間の言葉だ。
 しかし、だからこそ、おこがましくも蛇足しよう。個人的にこの法律が気に食わないのは、「善良の風俗と清浄な風俗環境の保持/少年の健全な育成」という目的、かつての警察官僚が真剣な顔で掲げたのであろう、この大義名分、法律の根っこのほうだ。彼らが対峙すべきは、もしかしたらこちらではなかったか。ロックンローラーとして生まれた人間がこんな時代にもいるのだな、ということを、彼らはただそれだけで示してきたのだから。ちなみにこの“踊ってはいけない国”という曲には続きがあって、12インチのEPでDJ YOGURTによるアシッド・リミックスに生まれ変わる予定、ということがすでに報じられている。つまり、まあ、とりあえずは「そういうこと」なのだろう。踊ろう!

interview with Nanorunamonai - ele-king

まばらな星 半分の月
降ろされたシャッター
絵にならない絵を描く芸術家
彼らはとてもアンバランスを保つのが上手で
お日様にも見つからないほど遠くへ
波乗りのリーシュ
笑えないジョーク 人づてに聴く文句
まわりくどい皮肉 一人よりも孤独
焦げ付いた記憶 手のひらに食い込む 油汗と蝋燭
遠のく永遠なるスローモーション

赤い月の夜 何もない空を漂う
赤い月の夜 ひび割れた鏡を叩き割る
赤い月の夜 重力を振りほどく 
赤い月の夜 俺は俺を殺す
赤い月の夜

 12月某日。なのるなもないの取材から数日後。〈タワーレコード渋谷店〉の4階のフロアの一角には人だかりができていた。なのるなもないのインストア・ライヴを観ようと集まった多くのファンで埋め尽くされていたのだ。ファンたちの熱い視線が、蛍光灯のまぶしい灯かりの下で、幻想的な詩をメロディアスにフロウするラッパー/詩人に注がれる。このイレギュラーなシチュエーションで、しかし、なのるなもないもファンも素晴らしい集中力だ。そこには甘美で、濃密な小宇宙が発生していた。そして、ライヴ後のサイン会には長蛇の列ができた。僕は試聴機でブリアルの最新作を聴き、久々に会う友人や知人とおしゃべりをしながら、その光景を感慨深くながめていた。


なのるなもない
アカシャの唇

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 降神のなのるなもないが、昨年12月にセカンド・アルバム『アカシャの唇』を発表した。ファースト『melhentrips』からじつに8年ぶりとなるアルバムだ。8年という歳月は長いようで短く、短いようで長い。『アカシャの唇』は、まとまった作品を完成させるのに8年という歳月が必要だったことを証明する素晴らしい出来栄えとなった。降神の作品や前作『melhentrips』の延長線上にありながら、なのるなもないは詩とラップに確実に磨きをかけ、次のステップに進んでいる。詩とラップが不可分に結びつき、ひとつひとつの曲の世界観に明確な方向性を与えている。

 初期の降神の毒や狂気、抵抗を好んだ僕のようなリスナーには、その点に関しては欲を言いたくなる気持ちもある。だが、なのるなもないのように、幻想的で、空想的な詩を書き、メロディアスに、ハーモニックにフロウできるラッパーは他にはいない。そのラップをこうして堪能できることをまず喜びたい。
 “宙の詩”という曲では、ことばにジェット・エンジンを装備させて、宇宙の彼方に飛ばすような凄まじいフロウを魅せつけている。ことばと音のめくるめくトリップだ。谷川俊太郎や宮沢賢治、稲垣足穂といった作家の文学に、なのるなもないが独自の現代的な解釈を加えられているように感じられるのも『アカシャの唇』の魅力だ。ここには、童話とSFとラップが混在している。

 サウンド的にいえば、ポストロックやエレクトロニカとラップの融合という、00年代初期から中盤にかけて、アンチコンを中心に盛んに行われた試みの延長にある。そして、今作の共同プロデューサーであるgOと、ビートメイカーのYAMAANから成るユニットYAMANEKOがトラックを制作した“めざめ”と“ラッシュアワーに咲く花を見つけたけど”は、その発展型と言えるかもしれない。この2曲は、ギャング・ギャング・ダンス流のトライバルな電子音楽とラップの融合のようだ。後者に客演している女性シンガー、maikowho?の透き通る歌声には病みつきになる不思議な魅力がある。アルバムには盟友である志人、toto、tao、sorarinoといったラッパー/シンガーたちも参加している。

 前置きが長くなっているが、ここでもうひとつだけ言いたいことがある。『アカシャの唇』をきっかけに、00年代初頭から中盤に独創的な音楽を創造したオルタナティヴ・ヒップホップ・グループ、降神と彼らのレーベル〈Temple ATS〉の功績にあらためて光が当たってほしいということだ。この機会に、ファースト『降神』とセカンド『望~月を亡くした王様~』を聴き直し、降神の不在の大きさをいまさらながら痛感している。彼らのフォロワーはたくさんいたが、そのなかから彼らの独創性を凌駕する存在が生まれることはなかった。なのるなもないと志人というふたりのラッパーが中心になり、彼らは“降神”という音楽ジャンルを作り上げたのだ。時の流れが気づかせてくれる発見というものは、示唆的である。

 さて、これ以上書くと話が脇道にどんどん逸れて行きそうだ。2013年の年の瀬も迫る12月中旬のある寒い夜、渋谷でなのるなもないに話を聞いた。

結婚して、子育てをしながら、ライヴをしたり……要約しちゃうと、もう超簡単ですよ。

今日はなのるなもないの人となりにも迫りたいですね。

なのるなもない:人となりって言われると、別に語るべきことが俺にはよくわからないんだよね。

いきなりインタビュアーをがっかりさせるようなこと言わないでくださいよ(笑)。

なのるなもない:だってさ、自分を客観視するのは難しいし、そういうドキュメンタリー的なところで語るべき言葉がわからない。

大丈夫ですよ。

なのるなもない:秘すれば花っていうか、なんでもかんでも言うことがいいとは思ってないよ。訊きたいことがあれば答えるけどさ。

前作『melhentrips』から8年経ちましたよね。8年をざっくり振り返るというのはそれこそ難しいですけど、どうでした?

なのるなもない:結婚して、子育てをしながら、ライヴをしたり……要約しちゃうと、もう超簡単ですよ。

ははは。まあそうですよね。お子さんも大きくなったんですよね。

なのるなもない:うん。

『アカシャの唇』、興味深く聴かせてもらいました。00年代前半から中盤ぐらいは、たとえば〈アンチコン〉を筆頭に、ポストロックやエレクトロニカとラップの融合みたいな試みが盛んだったと思うんですね。本人がこういう言い方を喜ぶかはわからないですけど、音楽的にいえば、『アカシャの唇』はその発展型という側面もあると感じました。

なのるなもない:ふーん。

言うまでもなくこの作品で詩は重要な要素ですけど、変幻自在なラップのメロディとフロウが、とにかく圧倒的だな、と。

なのるなもない:ああ。

僕がいまのところいちばん好きで聴いている曲は、“宙(チュウ)の詩(シ)”ですね。

なのるなもない:あはっ(笑)。あの曲はね、“宙(ソラ)の詩(ウタ)”って読むの。

あ、そうなんですか。これは読めないや。

なのるなもない:まあ、これは読めないよ。

“宙の詩”は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』や稲垣足穂の言語感覚を彷彿させるSFラップですよね。

なのるなもない:ああ、そうかもねぇ。

この曲、すごいカッコ良かったですよ。この曲について解説してもらえますか?

なのるなもない:最初にこの曲のトラックから宇宙的なものを感じて、「宇宙ってなんだろう?」っていう疑問から出てくる言葉を連想して書いていったんだよね。光とかロケットとか、自分の宇宙観から想起するものをフロウで表現しようとした感じかな。

とても映像的ですよね。言葉の意味に引っ張られるより先に、映像的なイメージが広がっていくんですよね。

なのるなもない:フロウに関しては、「風になったらいいのかな」とかそういうイメージで考えたりするね。人でない人っていうもので考えるときもあれば、もちろんリズムで考えるときもある。でもまあ言葉ありきだとは思ってるけど、両方だよね。どちらかに引っ張られることはあるかもしれないけど、両方とも捨てきれない。

なのるなもないのラップにおいて言葉の意味も重要な要素ですからね。『アカシャの唇』は、渋谷にある本屋さん〈フライング・ブックス〉がリリースしていて、インナースリーヴもパッケージも読み物として丁寧に作られていますよね。どうしてこういう形にしたんですか?

なのるなもない:前から本は作ってみたかったんだよね。だから、これはひとつの夢でもあったっていうことなんだよね。

でも俺はCDで出したかったんだ。CD屋に行ってCDを手に取って、開いてみて、買うっていう楽しさを伝えたかった。

詩集を作りたかった?

なのるなもない:うーん、詩集を出そうって気持ちで出してるわけではないんだよね。いまの時代にCDで出すっていうことはそんなに求められてないような感じもあるでしょ。

まあたしかに。

なのるなもない:でも俺はCDで出したかったんだ。CD屋に行ってCDを手に取って、開いてみて、買うっていう楽しさを伝えたかった。詩を書いてはいるけれど、ラップとしてアウトプットしてると思ってるし、ラップという表現じゃないときだってあるかもしれないけど、言葉があって、音があるというのが終着地点だと思うからさ。

『アカシャの唇』ってタイトルはどこからきたんですか?

なのるなもない:今回のアルバムはgOってヤツが半分ぐらいの曲で関わってくれてるんだけど。

共同プロデューサーの方ですよね。

なのるなもない:そう。お互いの分野にいろいろ入り込みながら、ああだこうだ言いつつ、よく遊んでもいたからね。ほとんど遊ぶ時間もなくなってきてるけど、gOとはよく遊んでもいたね。

gOさんとは何して遊ぶんですか?

なのるなもない:ドライブしたり、友だちのライヴを観に行ったりとか、まあいろいろだよ。でもすべては音楽を作る方向に向かっていて、そういう過程で、gOがアカシックレコードにアクセスしたみたいな話をしてきてね。

アカシックレコード?

なのるなもない:アカシックレコードは人類の魂の記録の概念のことで、そこにアクセスすれば、過去も未来も全部わかるという考え方があって、たまたま俺たちはそういう類の本を読んだりもしてたのね。まあ、「ルーシー・イン・ザ・スカイ」みたいな気持ちなのかな。

なはははは。“アカシャ”はサンスクリット語で“天空”も意味するんですよね。このタイトルについて、資料には、「人間のいろんな感情、聖者のような時も、毒々しい時も、無味乾燥なこともあると思うし、そういうの全部含めて話したい」と自身の言葉が引用されていますけど。

なのるなもない:自分は曲を書いているときの感覚が、そういうところにアクセスしようとしてるんじゃないかなっていうのが強くあって。自分で書いているんだけど、すでにそれがあったような感覚があって、そこに行き着くというかね。

そのアカシックレコードにアクセスする感覚や体験は、リリックを書くときとラップしてるときの両方にあるんですか?

なのるなもない:両方あるね。

制作はいつぐらいからはじめたんですか?

なのるなもない:制作期間がけっこうまばらなんだけど、“アイオライト”と“silent volcano”はけっこう前で、他の曲はここ2、3年だね。

『アカシャの唇』は、オーソドックスなラップ・ミュージックやヒップホップからは逸脱していると思うんですけど、いまでもラップやヒップホップは聴きます?

なのるなもない:聴くよ。なんでも聴くからね。

たとえば最近はどんな音楽を聴いてます?

なのるなもない:なんだろうなあ、昔のジャズとかまた聴いたりもしてるし、そんなに最近の音楽はわからないけど、まわりの友だちが教えてもくれるから、そういうのを聴いたり。中古のフロアを掘って、「なんじゃこりゃあ?」みたいな驚きだったり、そういうのを面白がる感覚は、昔より少なくなってきたかもしれないね。

なのるなもないさんは、ラッパー、詩人として表現に貪欲であると同時に、音楽を聴くことにも貪欲な人だと思うんですよ。ジャンル関係なく幅広く音楽を聴いて、それを自分で独自に解釈して、吸収して、表現として吐き出しているじゃないですか。たとえばの話ですけど、降神がファーストを出した00年代初期あたりに、ザ・タイマーズとかも熱心に聴いてたでしょ。僕はあの突き抜けた過激さみたいなものが降神の音楽にもあったと思っていたし、そういう意味でいまどんな音楽を聴いてるのか気になるんですよね。

なのるなもない:そうだなあ、特別にこの音楽が今回のアルバムに影響しているというのはないと思うけど、ボノボとかハーバートとかノサッジ・シングだって面白いと思ったし、ヒップホップだったらブラッカリシャスやマイカ・ナインとかブラック・ソートとかもやっぱり面白いなって思うよ。現行のラッパーだったら、タイラー・ザなんとか、とかさ。

タイラー・ザ・クリエイターですね。

なのるなもない:そう、ああいうのも気持ち悪いかっこいいなーって思ったりするよ。いやー、でももっと聴かないとね。俺さ、あんまり四つ打ちを聴かなくて、ある先輩に「もうちょっと深く聴いて」って言われたりもしたよ(笑)。四つ打ちって言い方も悪いか(苦笑)。でも、トライバル・ハウスとか、チャリ・チャリとかかっこいいなって思って買ったこともあるよ。

ダンス・ミュージックにどっぷりハマってレイヴに行ったりとか、そういう経験はなかったんでしたっけ?

なのるなもない:行ったことはあるけど、俺はそっち側にはガチに行かなかったんだよね。

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俺は俺なりの「on and on」を言うまで、ここまで時間がかかったってことかもね。

いまでも自分がヒップホップをやっているという意識はありますか?

なのるなもない:スタンスとしてそれはあるよ。いろんな表現があるなかでよく「これはヒップホップじゃないね」とか言う人がいるけど、「その考え方がヒップホップじゃない」と思うときもあるよね。そもそも破壊と再生をくり返して、吸収して進化を続けるものだと思ってるからね。それに自分はジャンルの区切りとかなく音楽を聴いてきたし、現行のシーンらしい音でそれっぽいことをやるっていうのは、自分にとってはすごくどうでもいいっていうかさ。自分なりの本当のところを追求したいと思ってるよ。

冒険のススメ”で「on and on and on and on and on」っていうリリックを独特の節回しでセクシーに歌ってるじゃないですか。あの歌い方がすごく面白いと思って。「on and on」って熟語は、ブラック・ミュージック、R&Bやヒップホップの常套句じゃないですか。

なのるなもない:うん。

その常套句をこんな風に解釈して歌うんだって。そこがすごく面白かった。

なのるなもない:あはははは。

僕はあの歌い方になのるなもないのBボーイズムを感じましたよ(笑)。

なのるなもない:だから、やっぱりそういうことだよね。タカツキくん(ベーシスト/ラッパー。スイカ/サムライトループスのメンバー)が、「チェケラッ!」って言葉を言えるまでに10年はかかるみたいなことを冗談かも知れないけど言っていて、でもそうかもなとも思ってさ。俺は俺なりの「on and on」を言うまで、ここまで時間がかかったってことかもね。

降神の初期や前作『melhentrips』のころと比べると、毒々しさは薄まりましたよね。

なのるなもない:そうだね。でも意味ある毒を与えたいとは思う。ただ、自分のなかから出てきた毒を無責任に放つことはしたくないよね。

吐き出す毒に、より責任を感じるようになったということですか?

なのるなもない:うん、それはある。吐き出した毒で(リスナーを)どこへ連れて行きたいのか?ということには意識的になるべきだし、(表現者は)みんなそうなんじゃないのかな? わかんないけどさ。キレイ過ぎてもしっくりこないときもあるし、毒っていうものはどうしても潜んでしまうと思う。皮肉や毒がない世界で生きられたらいいけどね。

降神の魅力のひとつに、狂気と毒があったと思うんですよ。不吉さと言ってもいいと思います。社会や人間の矛盾を生々しく体現するグループだったと思うし、そこに魅了されたファンも多かったと思うんですね。表現の変化とともに、なのるなもないのファンも変遷しているだろうし、表現者としてリスナーやファンを裏切りたくないか、あえて裏切りたいか、そこについてはどう考えてますか?

なのるなもない:金太郎飴みたいなスタイルってすごいとは思うんだけど、俺はわりと良い意味で裏切りたいって気持ちを持ってるね。でも、いまでも降神のころのようなスタイルも持っているし、スタイルが特別変化したとは思ってないかな。ただ、いまは社会や政治、時事的なことについて吐き出すべき時期ではないという感覚はある。そういうものは、もっと溜めて溜めて、自分の意志を固めてから表現したい。べつにそういうことはラップで表現しなくてもいいかな、とも思うしね。具体的に行動したいっていう気持ちが強い感じかな。そうやって自分のなかでいろいろ思うことがあるのに、なかなか動けていない自分についても含めて語るっていうのもありかもしれないけど。

ここ最近世の中で起きていることで関心のあることは?

なのるなもない:社会や政治の問題をひとつひとつ検討して、結論を導き出すレヴェルに俺はいないと思うから、それを手にした上で語りたいとは思う。そりゃあさ、東電の対応とか、当たり前に「おかしいでしょ」「本当に大丈夫なの?」って思うことはある。政党が変われば疑問に思うこともあるよ。でも10年、20年やらせてみて、それから判断するのもひとつの真実だとも思う。でも、もちろん誰が見ても「これはおかしいだろ」っていうことはたくさんある。そういうところで闘ってる人は応援してるし、力を貸したいなとは思ってる。

学生だって、仕事やっている人だって、それとは別に夢を持って頑張ってる人だって、その世界のなかで思い切り遠くに飛んでしまえば、人からしたら現実逃避って言われてしまうかもしれないけれど、その世界のなかでは成立しちゃうことでしょ?

降神のセカンドに入ってる“Music is my diary”って曲で、「現実逃避も逃げ切れば勝ちさ」というリリックがあるじゃないですか。厭世的といえばいいのかな、そういう感覚はいまでもあります?

なのるなもない:若ければ若いほど、世の中に対して「クソヤロウ」って思うこともあるし、降神でそういうこともラップしてたけど、人からすれば「お前に言われたかねーよ」っていうのもあったかもしれないよね。なにが現実で、なにが現実逃避かは一概に言えないよね。犬猫じゃないから、子どもはほっといたら死ぬからさ。いまは子育てという現実も常にある。そこからは目を背けられない。でもやっぱり、自分のやりたいことにも向かっているしね。「現実逃避も逃げ切れば勝ちさ」ってリリックには、学生だって、仕事やっている人だって、それとは別に夢を持って頑張ってる人だって、その世界のなかで思い切り遠くに飛んでしまえば、人からしたら現実逃避って言われてしまうかもしれないけれど、その世界のなかでは成立しちゃうことでしょ? だから、そうなったら勝ちじゃねえかという意味があったの。

現実逃避とつながる話だと思うんですけど、降神や〈Temple ATS〉は、活動がはじまった当初から一種の共同体みたいなものでしたよね。なのるなもないさんは、当時〈Temple ATS〉の事務所兼スタジオのような高田馬場のマンションに一週間ぐらい寝泊まりしてた時期もありましたよね。部屋に行ったら、ソファで気だるそうに寝てる、みたいな(笑)。

なのるなもない:いや、もっと長かったね。なんだろうね。自分がいっしょになにかを成し遂げたい仲間たちがそこにいたんだよね。あのころは、そこから離れたらいけないという強迫観念があった。だから、マサ(onimas。降神のトラックメイカー。〈Temple ATS〉の一員)の部屋に転がり込んで自分の家に帰らなかったりしたんだろうし。東京に住んだり、東京の近くに住んだりしているほうがやりやすいことはあるし、物理的な距離が関係ないとは言わないけど、自分がしっかりやっていれば、いろんなコミットの仕方があって、本当になにかをやろうとしたらできるといまは思うね。

降神と〈Temple ATS〉のメンバーの関係はかなり濃密でしたし、あの濃密な共同性があったからこそ降神の音楽が生まれたと思いますね。なのるなもないも志人もフリースタイルでしか会話しない、みたいな時期さえありましたよね。お互い、激しく、厳しく切磋琢磨してましたよね。

なのるなもない:そうだね。志人が「真の友は影響し合う」みたいなことをなにかに書いていたけど、その通りだなと思う。

最近は志人には会ってますか?

なのるなもない:このアルバムのリリース・ライヴ(2013年11月10日に〈フライング・ブックス〉で行われた)のときに会ったね。

アルバムに一曲ゲスト参加してますしね。今後、降神としてはやったりしないんですか? 気になっている人は多いでしょう。

なのるなもない:やりたいよね。でも、うーん、俺だけの気持ちじゃないから。あいつ(志人)の気持ちもあるからさ。俺が言える想いもあるけど、まだ公で話すような感じじゃないかな。とにかく、俺はあいつの表現が好きだし、尊敬しているし、いつも挑戦して成し遂げてきたヤツだと思うね。いっしょにやりたいけど、お互い忙しいってのもあるよね。

降神で作った曲でリリースされていない曲はある?

なのるなもない:けっこうあるよ。

本人たちは望まないかもしれないけど、未発表曲だけで一枚アルバムできちゃうんじゃないですか?

なのるなもない:「作れ!」って言われたら、できるかなっていうのはあるけど、それぞれやりたいことがあるからね。ふたりの伝えたいメッセージも必ずしも同じではないからね。

でも、それは最初からそうなんじゃないですか?

なのるなもない:昔はもう少し散文的だったというか、お互いのメッセージや世界観、リリックの方向性が違っても曲が成立したというか、びっくり箱の中身を作ってるみたいな感覚だったんだよね。

ああ、なるほど。『アカシャの唇』はひとつひとつの曲に明確な方向性と主題がありますよね。僕は、『アカシャの唇』はジャンル云々以前に、とにかく美しい音楽だなと感じましたね。

なのるなもない:自分のなかでの様式美を追求しつつ、息苦しさや喜びや気づき、そういうものはぜんぶ詰め込みたかったね。音楽を作っている人はみんなそう思っているかもしれないけど、前よりもっといいものを作りたいとは思うよ。聴いた人が前より良いとか、悪いとか思うのはまた別だけど、そういう気持ちはある。

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NHKの「みんなのうた」じゃないけどさ、みんなのうたを歌いたいというのはあるよね。みんなが存在している世界について歌わないとやっぱりウソだと思う。でも目に映るすべてをそのまま伝えるべきとも思わない。

リリックはどんな風に書いてるんですか?

なのるなもない:描くように書いたり、外郭を描くことで、言いたいことが発見されていく、そんな作り方をしてると思う。それからその画を動かすことで、より鮮明になっていく感じだね。

SF的でもあり、童話的でもありますよね。

なのるなもない:NHKの「みんなのうた」じゃないけどさ、みんなのうたを歌いたいというのはあるよね。みんなが存在している世界について歌わないとやっぱりウソだと思う。でも目に映るすべてをそのまま伝えるべきとも思わない。

さっき毒の話をしましたけど、アルバムのなかで心の暗部を描いていて、しかも他の曲よりも生活感が滲み出ている曲があるとすれば、“赤い月の夜”ですよね。それこそ、「くそったれ/てめえなんて死んじまえ/出かけたセリフをあわてて飲み込む」というリリックは、さっきの吐き出す毒とその責任の話に通じるなと。

なのるなもない:この曲には不幸の前兆みたいな要素があるよね。仕事とかで擦り減りまくって、自分がどんどん無くなっていくのに、それでもヘラヘラしてる。それは逆に狂気だと思うし、そういう現実が狂ってるなというのはあるよね。いわゆるヒップホップ的な“リアル”とは違うけど、自分のなかの魂の記憶にアクセスしたいんだよね。そこで描き出されるヴィジョンみたいなものを表現したい。そこには怒りだって絶対ある。怒りっていうものをそのまま吐き出すことはいけないって思ってる部分もあるんだけど、どんなときでも怒らないっていうのも非現実的だと思うし、“赤い月の夜”に関しては、あえてそういう怒りを表現したかった。

『アカシャの唇』を聴いて真っ先に思い浮かんだ作家が、谷川俊太郎と宮沢賢治、あと稲垣足穂だったんです。ここ最近で、好きな作家や印象に残ってる作品はありますか?

なのるなもない:いまの3人の本を持ってはいるけど、今回の作品に彼らからの直接的影響があるのかは、自分ではちょっとわからないなあ。“アルケミストの匙”に関していえば、パウロ・コエーリョの『アルケミスト』にインスパイアされた部分はあるね。というか、あの小説のなかに好きなエピソードがあるんだよね。

どういうエピソードですか?

なのるなもない:幸せに生きるにはどうしたらいいか? という問いに対するひとつの答えを描き出しているエピソードがあるんだよね。ある賢者が少年に油を入れたスプーンを持たせて、油をこぼさずに宮殿を歩いてくださいと命じるの。で、少年は最初、スプーンの油に集中し過ぎて、宮殿をまったく見なかった。そこで賢者はもういちど宮殿を見てくるように命じる。今度は、少年は宮殿を見てくるんだけど、スプーンの油はなくなっていた。でも、幸せというのは、スプーンの油をこぼさないようにしながら、宮殿の美しさも見渡すことなんだと。

だからあの曲に、「二人の旅は日々の営み/アルケミストの一匙さ/こぼしてはいけない日々の営み」というリリックがあるんですね。

なのるなもない:その一方で、ものすごい印象的な一夜だったり、そういうものを求めてる自分がいる。

特別な体験を求めてる?

なのるなもない:俺は今日どこまで行けるだろう、みたいなことは求めてる。

あはははは。なるほどー。

なのるなもない:ははは。それも幸せだと思う。

いわゆるヒップホップ的な“リアル”とは違うけど、自分のなかの魂の記憶にアクセスしたいんだよね。そこで描き出されるヴィジョンみたいなものを表現したい。

音楽を聴いていてもそれは伝わってきますね。じゃあ、聴いている人にぶっとんでもらいたいという気持ちもある?

なのるなもない:あるよね。

やっぱりあるんですね。そういう音楽ですもんね、この作品は。

なのるなもない:なんだよ、その質問! ははははは。

いやいや、音楽の重要な要素のひとつじゃないですか。

なのるなもない:二木のなかでそのプライオリティが高いということだね(笑)。まあ、“ぶっとぶ”って言葉はすごい抽象的だけど、理路整然としているところはしていたいし、そのレールからはみ出してどこにたどり着くんだろうっていうスリリングさも表現したい。で、たどり着いた場所がここなんだって納得できる音楽を作りたいね。

では、なのるなもないにとって、そういうスリリングさを味わわせてくれる音楽にはどんなものがありますか?

なのるなもない:それはもう、それこそジャンルとかじゃなくて、出会ったことのない感覚に尽きるよね。あれだよ、ブランコを漕いでいて、高く舞い上がって、臍のあたりがうーってなる感覚があるじゃん。わかる?

わかりにくい(笑)。

なのるなもない:フライング・パイレーツとかで急にぐーっと上げられて、臍がぐううーってなるでしょう。で、「これ、大丈夫かな?」って一瞬思うんだけど、「やっぱり大丈夫だった」って戻ってくる。それでまた乗りたくなる。そういう感覚に近いかも。

最近、具体的にそういう音楽体験で記憶に残っているのはありますか?

なのるなもない:うーん、ちょっと思い出せないけど、それぞれのジャンルが発展していくときってそんな感じなんじゃないの? ダブステップをはじめて聴いたときも、「すげぇ空間が曲がってるぞ」って思ったし。ダブだったらさ、俺には子宮がないけど、子宮に響いているみたいな感覚があった。ジミヘンが逆再生をやり出したときだって、はじめて聴いた人は「なんだよ、これ?」ってなったと思うし。

『アカシャの唇』は、グッドとバッドの両方の旅の境界線が曖昧な音楽ではありますよね。バッドな状況も楽しんじゃうタイプなんじゃないですか?

なのるなもない:そのときに楽しめるかどうかは別でさ、苦しいけどね。嫌な思いもそのときしかできない体験だし、それだけ心が動いたってことだからさ。

最後は戻ってこれたと。

なのるなもない:そう。俺はこんなことを考えていたんだって感心するときもあるし、バカだなあと思うときもあるよね。で、小さいかも知れないけど、自分なりの未知な世界の終着地点までを表したい。いちど出したものは、俺のものじゃなくて、その人のものだから。聴いてくれる人が楽しめる状況にしておくのがやる側の責任……とかいうとイヤだけど、当たり前のことだよね。そのレヴェルにつねにたどり着きたいと思ってやってるよ。

アムネジアの風に吹かれても忘れてしまうわけない
アクエリアス 溢れてしまう 生きたシャンデリア
飛ばすレーザー 静かなるエンターテーナー
ラフレシア アモルフォファルスギガスへ今届けておくれ
うまくできた? 完璧じゃなくても笑っていたいならやってみな
SL1200のターンテーブル BPM66星雲で
33回転する 記憶にないものまで再現する
あなたならこの景色をなんていう その海どこまでもふくらんでく
一つの愛my name is ビビデランデブー
宙の詩

Connan Mockasin - ele-king

 わたしはアリエル・ピンクにはそれほど乗れない。乗れないものは乗れないでいいのだが、コナン・モカシンが「ニュージーランド出身のアリエル・ピンク」と呼ばれていることを考えると、じゃあなんでアリエルには乗れないのか。と思ってしまうのだ。
 そもそも、誰も読んでないブログに阿呆のような長文を垂れ流して来たわたしにとってオタクは同士だ。それに「パティ・スミスは大嫌い」というアリエル・ピンクの発言もジョン・ライドンのようである。が、アティテュード的には共感できても、サウンドに乗れない。ということはどうしたってある。

             **********

 思えば、ホラーズやトム・ヨークが絶賛していたコナン・モカシンの前作には、わたしはあまり乗れなかった。ドルフィンがどうのこうのというストーリーもどうでも良かった。
 が、新譜の『キャラメル』は耳の中で溶ける。でもそれがキャラメルのようなスウィートな溶け方なのかというと、それは違う。マーマイトだ。このアルバムのタイトルは『マーマイト』にすべきだった(本人もそれを考えていたと読んだが、信用できる情報かどうかはわからない)。
 マーマイト。というのは、英国に住んだことのある方ならご存知だろう一度嗅いだら忘れ得ぬ激烈なかほりを持つスプレッドである。日本でこれに匹敵する食品と言えば納豆か。だが、納豆はまだ塗り物でないだけ佇まいも美しく、味も淡白だ。一方、マーマイトは臭いソックスの匂い×10みたいな凄まじい匂いがするし、チョコレートでもないのにこんな漆黒のでろでろをどうしてパンに塗るのか。しかも、これがクソ苦い。苦いのに変な旨味のようなものがてんで間違った濃度で凝縮しており、およそ常人の味覚ではエンジョイできないので、英国では「マーマイト」という言葉は、「好きな人は死ぬほど好きだが、嫌いな人は死ぬほど嫌い」の比喩として使用される(んで、怖いことに英国人は幼児にこの食品を進んで与える。ビタミンBが豊富。とか言って)。

 このアルバムは東京のホテルの一室で制作されたらしい。そのせいか、ジャパニーズ・ガールズのCUTEなクスクス声や、「さんきゅー・こなん」などのジャパイングリッシュも録音されており、なんだなんだ、この青年もひょっとすると『ロスト・イン・トランスレーション』の大ファンだったりして、あの感じを再現したくて東京で録音したのか。という疑念も頭をもたげるが、『キャラメル』というタイトルが相応しかったのは寧ろあの映画だ。コナンの新譜は、そんな愛らしいものではない。他者を笑いのネタに使いながら、でも本当は僕が一番笑われたいの。というような変態的苦味が残る。

            **********

 ゲイの同僚に「アリエル・ピンクに乗れないわたしがコナン・モカシンに乗れるのは、何故?」と聞いてみた。
 「コナン・モカシンのがブルーズィーなギターだから?」
 「ああ」
 「それから、あの女性的でヒステリックな声。女の人は共感するかも」
 「いや、もうそれはない。わたし更年期だから」
 「じゃあ世代的に、ドゥルッティ・コラムっぽさ?」
 と言われて、ははーん。と思う。確かに『Caramel』でわたしが一番好きなのは、一部メディアに「訳が分からん」、「不要」と評されている実験的な(アンビエントと言ってもよい)”It’s Your Body “の1から5まで(のギター音)だ。
 「あとさ、そこはかとないプリンス感ね。わりと好きって言ってたっしょ」

 ブルーズィーなドゥルッティ・コラムは、プリンスだから好きなんです。
 と書くとさっぱり訳がわからないし、ドゥルッティが紫のサテンのスーツを着てプリンスをやっているというイメージは、両者を知る中年にとってはシュールである。
 が、コナン・モカシンは平気でそれをやっている。どうりで風味が尋常でない筈だ。まったく昨今の若いもんときたら、怖い者知らずで何でもかんでもぶち込むから異様な味になる。あと、やはり”It’s Your Body “の1から5までのような曲を平気でアルバムに収録して来るところが、そこら辺のサイケ系とは一線を画しているところだと思う。
 (ちなみにわたしはマーマイトが大好きだ。日本に帰省する時ですら一瓶持って帰るほど)

Death Grips - ele-king

 恐るべきインターネット時代のならず者集団、デス・グリップスは高速で休みなく走り続けている。彼らの話題は尽きることがない。自身のレーベル、〈サード・ワールズ〉のサイトを閉鎖したり(その後復活)、傑作“陰茎”アルバム『ノー・ラヴ・ディープ・ウェブ』を〈エピック〉に無断でフリーでリークしてメジャー契約を解除されたり(のちになぜかフィジカル・リリース)――突然ライヴを中止したことも1度や2度ではない(昨年の来日公演は無事に開催されて本当に良かった……)。
 いや、もちろんネガティヴな話題ばかりではない。ライヴをキャンセルしようとも、彼らは新曲やヴィデオをコンスタントにリリースし続けている。そのなかにはプロディジーのクラシック、“ファイアスターター”のリミックスもあった。ドラマーのザック・ヒル(ちなみに『ノー・ラヴ・ディープ・ウェブ』のジャケットに写っているものは彼の身体の一部だ)は自身が脚本・監督・音楽を務める短編映画を作っているという噂もある(「そんなもの作ってはいない」と否定する声明も出しているが……)。

 ひょっとしたら、彼らにとっては停滞こそが忌避すべき死なのかもしれない。その一方で、デス・グリップスは死を欲するかのように生き急いでいるようにも見える。最初のミックステープ『エクスミリタリー』から数えて4作目にあたるこのフリー・アルバム、『ガヴァメント・プレイツ』(ダウンロード・イット!)においてもまたデス・グリップスの態度や表現は過激化と先鋭化の一途をたどっており、MCライドは再びギリギリの縁に立って両手の中指を突き立てている。露悪的なまでにタナトスを剥き出しにして、死へとひた走ることによって駆動するかのような音楽――ピッチフォークは「過去もなく、未来もない現在の音楽」と評している。現在時制によってのみ構成されたデス・グリップスを聴いていると、死の欲動を攻撃性という点に特化して21世紀的な表現方法で音楽化するとどうなるのか、という実験に巻き込まれているかのような気分にもなる。
 タイニー・ミックス・テープスはなぜかポール・ヴィリリオを引き合いに出しているが、絶対的な光の速度が現実空間や社会を解体させていることを分析したヴィリリオの仕事を思い出してみれば、デス・グリップスの態度や音楽はまさに速度と情報の暴力だと言えるだろう。

 ともあれ。カニエ・ウェストの『イーザス』よりもずっと暴力的で恐ろしいインダストリアル・ノイズにまみれたラップ・ロックのアルバムであるこの『ガヴァメント・プレイツ』は、これまでの作品のなかでももっとも騒々しく、耳を痛めつける音で溢れかえっている。おそらく、デス・グリップスもまた怒っている。怒りを増幅させて、それを吐き出している。
 しかし、MCライドのラップはますますシンプルになり、曲によってはほとんど素材のような扱いとなっている。もはやラップというよりも叫びやフレーズの反復に終始し、曲によっては激しくチョップされてしている。

 冒頭の“ユー・マイト・シンク・ヒー・ラヴズ・ユー・フォー・ユア・マネー・バット・アイ・ノウ・ワット・ヒー・リアリー・ラヴズ・ユー・フォー・イッツ・ユア・ブランニュー・レオパード・スキン・ピルボックス・ハット”(ボブ・ディランの曲名のパロディか)は、ガラスの割れる音とサイレンのような電子音、左右のチャンネルから耳を圧迫する壊れたワブルベース、ジョーカーのような笑い声、そしてザック・ヒルの重たいドラミングで聞き手を圧倒する。“ディス・イズ・ヴァイオレンス・ナウ(ドント・ゲット・ミー・ロング)”や“フィールズ・ライク・ア・ウィール”、“アイム・オーヴァーフロウ”の性急でジャングルめいたビートは、悪夢をプレゼンするダンス・ミュージックとして提示されている。もともとデス・グリップスのビートは複雑で展開が多いが、“ビッグ・ハウス”や“ガヴァメント・プレイツ”のそれはジュークを思わせるせわしない動きを見せつけている。
 6分にも渡る“ワットエヴァー・アイ・ウォント(ファック・フーズ・ウォッチング)”は、デス・グリップスらしくいくつかのパートで構成されている。時折挿入されるダウンテンポのノイズ・パートはレイムやそういった類のインダストリアル・ビートとほぼ同じ次元で鳴っている一方、性急なダンス・パートは焼けただれた、あるいは壊死したEDMの残骸のような暴力的な臭みを放っている。
 アルバム中もっとも重要な曲はおそらく先行曲の“バーズ”で、ここではまたザックのドラミングとアンディ・モリンakaフラットランダーのプログラミングが組み合わされており、ビートの緩急がどんどん激しく変化していく。MCライドの声は奇妙に歪んでいるが、じつに重たくパラノイアックな“Fuck you”を吐き出している。

 デス・グリップスにはメランコリーはない――もちろん『ガヴァメント・プレイツ』もその例外ではない。あるのは直接的な攻撃性、凶暴性、速度、ノイズ、アナーキズムであり、インターネット時代の破壊者としての態度である。パンクではあるがしかし、理想やアティチュードを掲げてそれに反するものへ「ノー」を突きつけるよりも速く、あらゆるものに中指を立てている。

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