「You me」と一致するもの

interview with Young Fathers - ele-king


Young Fathers
Cocoa Sugar

Ninja Tune / ビート

PopElectronicHip Hop

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 たしかに多様であることはたいせつだ。排他的だったり差別的だったりする世のなかが生きづらいのは間違いない。けれど、洪水のようにPCが猛威をふるっている昨今、多様性の賞揚それ自体がひとつの体制と化しつつあるようにも見える。企業も広告に気を配るのにひと苦労だろう。彼らは売らなければならない。資本はなんでも利用する。多様な世界、素晴らしい。そんな世界にふさわしいうちの商品、いかがでしょう。
 そのような風潮のなか、サウンドもメンバーの背景も多様なヤング・ファーザーズの新作がリリースされたことは興味深い。アンダーグラウンド精神溢れる〈Anticon〉からミックステープを発表し、〈Big Dada〉から放った前々作『Dead』でマーキュリー・プライズを受賞、前作『White Men Are Black Men Too』で大きくポップに振り切れながらも挑発的な問いを投げかけていた彼らは、いま、バランスをとることに苦心している。
 無自覚ではいけないのだろうけど、かといってPCマシマシなムードには胃がもたれる――似たようなことは音の扱い方にも言えて、大衆迎合的でありすぎてもいけないし、難解でありすぎてもいけない。そのような葛藤は、サブ(=従属的)カルチャーであると同時にカウンター(=対抗的)カルチャーでもあるポップ・ミュージックに背負わされた、永遠の宿命と言っていいだろう。ヤング・ファーザーズはその両岸でバランスをとるのが抜群にうまい。たとえば、今回のアルバムの冒頭を飾る"See How"から2曲め"Fee Fi"の馴染みやすくかつエッジイな音選びを経て、アノーニのようなヴォーカルがアフリカン・パーカッションを連れてくる3曲め"In My View"へと至る流れには、多様性が体制となったこの時代をサーフする巧みなバランス感覚が表れ出ている。
 アルバムごとに変化を続けている彼らではあるが、ヤング・ファーザーズというバンドの芯に揺らぎは見られない。彼らはいまもむかしも変わらず「ポップ・ミュージックとは何か」という問いのなかでもがき続けている。そのエンドレスな格闘のもっとも新しい成果報告が、この『Cocoa Sugar』なんだろうと思う。

ポップ・ソングはバランスがすごく大事で、聴き覚えがある部分と、聴いたことのない、おもしろくてもっと聴きたいと思うような部分のバランスが取れているのが良いポップ・ソングだと思うんだよね。

今回の新作は、前作とはまた異なるアルバムに仕上がっています。制作するうえで方向性やテーマのようなものはあったのでしょうか?

アロイシャス・マサコイ(Alloysius Massaquoi、以下AM):前作からの継続だとは思っているんだけど、同じ方向性でわりとシンプルにしたところはあるかな。アレンジに関しても一貫性を持たせるというか。僕らはポップ・ソングを作るという難業に挑んでいる。ポップ・ソングってじつは作るのがいちばん難しいタイプの音楽だと思っていて、重要なのはバランスのとり方なんだよね。すべての正しいものを正しいところに収めていかないといけない。そうしないといいものができない。それがポップ・ソングだからね。その意味で前作でやったことをさらに推し進めつつも、新たなカラーを持ち込んだ。明るいカラーだね。全体としては前作よりも大人になったアルバムと言えるかもしれない。その理由は自信がすごくついたこと。自信があるからやりたいことをやりたいようにできるようになった。やりたいことを自由にオープンに表現するためには、すごく自信が必要なんだと思う。クリエイターとしてそれを得ることができたから、さらに確信を持って作ることができたんじゃないかな。

グラハム・"G"・ヘイスティングス(Graham 'G' Hastings、以下GH):まったくいま言ったとおりなんだけど、いろんなものを押し込めるというよりは、厳選して作り上げた音楽かもしれない。「曲」という認識で作っているから、たとえばブリッジがあってヴァースがあってコーラスがあるというような構成の部分と、音的にもリヴァーブとかのエフェクトに頼るんじゃなくて、ドライに音を作って曲を浮き彫りにするということは考えたかな。

ケイアス・バンコール(Kayus Bankole、以下KB):僕らは作品を作るたびに毎回違うものを作っているんだよね。それは、自分たちに挑みつつ安全圏からつねに踏み出していこうという姿勢の点では同じなんだけれど、結果としてできるものが変わっていくということだね。色合いが増えたとか、明るさについての話が出てきたけど、それは音そのものというよりも感覚的なものかなあ。フィーリング的により明るいものになっているね。僕らはもともとダークなバンドってわけじゃないんだけど、今回はより明るいものを求めていたってのはあるのかもしれない。他のメンバーも言ったとおり、曲の構成をしっかりするということや、内容やトピック、個人的なことに関してもなんでも、わかりやすく伝えやすくすることを考えながら曲として仕上げていった。

AM:ポップ・ソングはバランスがすごく大事で、聴き覚えがある部分と、聴いたことのない、おもしろくてもっと聴きたいと思うような部分のバランスが取れているのが良いポップ・ソングだと思うんだよね。そこは目指したな。

今回のアルバムを制作するにあたって影響を受けた音楽、または映画や本などがありましたら教えてください。

GH:とくに影響源はないよ。ファースト・アルバムもそうだったけど、自分たちは何かを聴いて「これをマネしてやろう」なんて思うことはいっさいないし、とくに今回のアルバムはそれが顕著だったんだ。音楽的に「このサウンドで」と参考にしたものはないね。とにかくスタジオに入って、さあ作ってやろうという勢いで作ったアルバムだったからね。

KB:あらかじめ自分たちの頭のなかに、こんなことをやりたいというイメージがあったから、それをスタジオに入ってそのまま形にすることができたのはすごく良かったと思う。影響源となるものをこちらから求めなくても、自分たちのなかに蓄積があったってこと。もちろん、そのままの形でアルバムになったわけではないけど、自分たちの気持ちに素直にやった結果、新たな発見があったりもして、そうしたなかでできあがったアルバムかな。

AM:ある意味自分たちで勝手にストーリーを作っちゃったようなアルバムだと思っていて、よそから引っ張ってきたと言うより、フェイクもリアルも入り混じった僕たちの作ったストーリーという感じのアルバムなんだよね。

KB:(前作から)2年という月日があって、もちろん音楽は聴いていたんだけど、それまでに自分たちが送ってきた生活や、日常的なことから作り上げられた自分というものが、今回は自然な形で表れているんじゃないかな。新しいサウンドとか新しい方向性をあえて模索しなくても、自分たちが送ってきたふつうの生活が新しいものになってアルバムに出ていると思う。だからここで新しいスタートを切れたような気がするんだよ。(2011年の)『Tape One』もそういう性格のアルバムで、それまでの自分たちの生活から生み出されたものだった。それ以降の作品は、それを踏まえて作ってきたところがあるけど、今回はいったんそれをチャラにして、まったく新しいチャプターが開けたような感覚のあるアルバムなんだ。

GH:だいたい僕らは飽きっぽいからさ。人と一度何かをやるとすぐ飽きちゃうんだよ。だから前と同じことができないというのもあるんだけど、そういう意味でもこの年月のなかで培ってきたものがおのずといい形で出たアルバムなのかなと思う。

KB:「新しいチャプター」という言い方はぴったりだね。他の音楽をまったく聴いていないなんて言うつもりはないし、ふだんからヘッドフォンを持ち歩いて聴いたりはしているんだけど、自分たちに染み込んでいったものが自然と出てきているんだろうな。だけど、あくまで作るという過程、自分たちを表現するという過程においては、その聴いていたものに立ち返ってそれを紐解くというようなことはしていない。自分たちのなかにすでにあるものを自問自答するような形で、自分たちにチャレンジするような、自分たちのなかで議論をしながら作っていったものなんだ。じっさいの作業に入ったら他のものはぜんぜん聴かないね。その部屋のなかで自分たちだけで作ったものなんだよ。

「新しいチャプター」という話が出ましたが、今回はリリース元も前作までの〈Big Dada〉から、その親レーベルの〈Ninja Tune〉へと変わりましたよね。

GH:新しいスタイルになったことで上に上がれたわけだけど、どうかな(笑)。これで満足してもらえるといいね(笑)。「新しいチャプター」だから新しいスタッフと組んでみて、さあどうなるかな、ってところだな。でもフレッシュなスタートを切れたのはよかったよ(笑)。いまのところは順調だね(笑)。

KB:ブルシット! ブルシットだね! はははは!

今回マッシヴ・アタックとともに来日を果たしましたが、あなたたちにとって彼らはどのような存在ですか?

GH:いい人たちだね(笑)。彼らはオリジナル性のあるバンドだった。何もないところからああいう独自のサウンドを作り上げたという意味で、僕らもそうしていきたいと思わせてくれる存在だね。そういう人たちと話ができるのはすごくいい経験だったと思うよ。

AM:しかもそれで成功しているんだもんな。成功例として真似たい存在だとも言えるかもしれない。彼らは一貫性を持ち続けて、あれだけ長く活動して成功しているからね。

GH:あれだけ独自性を持ちながら成功を収めるというのは、じっさいすごく難しいことだと思う。しかもそれを続けているんだからね。それを見ていると希望がわくというか、拘ってやっていってもいいんだなと思える。レコードを売るために、みんなからああしろ、こうしろって言われるようなことをやっていかなくても、自分たちのやりたいことに拘っていくことで成功できる可能性もあるんだなと思わせてくれるバンドだと思うよ。

子どもの頃は、「エディンバラには何もないから外に出ていきたい」と感じていたね。それが逆にエディンバラから受けたいちばんの影響だったような気がするよ。

『T2 トレインスポッティング』ではヤング・ファーザーズの曲が使われていましたが、それはダニー・ボイルから直接オファーがあったんですか?

GH:そうだね。その話をもらって撮影現場まで行ったんだけど、彼は映画ごとに「この音楽を聴きながら作る」というタイプの人だったんだ。あのときはたまたま僕らの音源をずいぶん聴いていたみたいで、それで僕らを信頼して任せてくれたんだよね。すごくいい人だったよ。

オリジナルのほうの『トレインスポッティング』を観たときはどのような感想を持ちましたか? 世代的にリアルタイムではないですよね。

AM:時代の感じが出ている作品だと思う。いまとなっては名作だもんな。当時はヘロインなんかのドラッグ、スコットランドのネガティヴな部分が出ているって文句を言っていた人も多かったみたいだけどね。そのパート2に自分が参加しているんだなという感覚はあるよ。

GH:僕は好きだったよ。

AM:『シャロウ・グレイブ』とか、その前のやつも好きだったな。あと、あの作品はなんだっけ? そうだ、(アーヴィン・ウェルシュ原作の)『アシッド・ハウス』(監督はポール・マクギガン)とかも好きで観ていたよ。

『T2』を観ていてもっとも辛くなった場面はどこでしょう?

AM:最後のほうで僕らの曲が流れてくるところはすごく好きだったけどな。観ていて辛いというか、ふたりの友だち同士が殺し合って首を絞めるシーンとか、そこへ至るまでの緊張感はあったけど、でもそれが嫌だというわけではなくて、そこで自分たちの音楽がサウンドスケープ的に流れてくる感じは好きだったな。

『T2』で使用された"Only God Knows"は今回のアルバムには収録されていませんね。

GH:あれは映画用の曲なんだ。ダニーからオリジナル曲を頼まれて、それで書いた曲だからアルバムには入れていないんだ。

『T2』ではプロテスタントの飲み会に侵入して「ノーモア・カトリック」と合唱するシーンがありますが、そういった光景はいまでもエディンバラでは日常的なのでしょうか?

KB:そのシーンはあんまり印象に残ってないな(笑)。

GH:そういう宗教的なところよりもむしろ、フーリガンの対立のほうが印象に残っているね。まあ、そういうのはエディンバラよりもグラスゴーのほうが色濃いとは思うけど。

AM:あれはどちらかというとお笑いのシーンなんだよ。ああいう人たちの姿から見てとれる滑稽さだとか、「ノーモア・カトリック」って叫んでいるうちにお金を取られちゃったりする滑稽さだとかを描いているんだと思う。

その場面には何か政治性みたいなものがあると思いますか?

GH:笑えるって思えるのは自分たちの地元だからかもしれないけどね。僕らが子どもの頃は、サッカーを観に行けばチーム同士のライヴァル意識からああいうことがよく起こるものだったし、サッカーの世界における互いに対する根深い憎しみというのは、もう笑っちゃうくらいなんだよ。それがああいう形で映画のなかで表現されているということが僕らからすればすごくおかしい。というのも真実だからね。真実だからこそ笑っちゃうというか。もちろん問題としては深刻な部分もあるのかもしれないけど、僕らからするとああいう形で不思議なエディンバラ的なものが描かれているというのはおもしろいし、それを他の世界の人たちが見たらどうなのかなっていうのは興味のあるところだね。

KB:もちろん笑ってしまうようなこともいいことばかりじゃないけどね。ただあの映画のなかでは、あのシーンの役割として、ちょっと笑いを含む滑稽さが出ていたと思う。

スコットランドではEU離脱をめぐる国民投票で60%以上が残留を支持したり、ニコラ・スタージョンの独立路線など、政治的なことがいろいろと起こっていますが、ヤング・ファーザーズの新作にもそういったことが影響を及ぼしたりしているのでしょうか?

GH:ふつうに曲を書いているだけだよ。

AM:もしかしたら逆の意味での影響は出ているかもしれない。そういう状況があるからこそ自分たちがものを作ることに幸せを見出して、作っていて楽しいと思えるとか、逆説的な意味での影響はあるかもね。でも起こっていること自体が音楽に出ているかというとそんなことはない。べつに聴いていて鬱屈するようなことは歌っていないし、俺に言わせれば希望を歌っているものが多いと思う。ダークな曲を書いている人がダークな状況にいるとは限らないのが音楽の世界だと思うんだ。自分たちが書いている曲の内容も、たとえば自分のことだけじゃなくて、生活のなかで出会った誰かのことをキャラクターとして描いていることもあるし、まったくの架空のことを書いていることもあるし。それができるのが創作の良さだと思っている。だからいまそういう現状があるということをそのまま書くのではなくて、そのなかで暮らしている人たちの姿を曲にしているという感じかな。

GH:サウンド的には聴いていてダークな感じはしないと思うんだ。僕が個人的にいいと思う音楽は、歌詞をじっくり読むとそういったダークなテーマを扱っているけれども、仕上がりとして曲を聴いたときには踊ってしまうような、笑顔になってしまうような曲だから、今回の曲たちもそういう仕上がりになっていると思う。リズム的にはアップなんだけど、歌っていることの概念的な部分ではもうちょっと深いところを突いているような曲になっているんじゃないかな。それも滅入ってしまうようなことではなくて。さっきからバランスという話が出ているけど、そういう意味でいろんな要素を取り合わせつつ、最終的にはポジティヴな感覚を伝えたいということだね。

今回質問を用意したもうひとりは、『T2』で描かれるエディンバラにすごく笑ったそうで、彼の子どもは『ハリー・ポッター』で描かれるエディンバラに憧れているそうなんです。ヤング・ファーザーズの音楽もエディンバラの土壌と関係していますか?

KB:俺も笑ったよ。それはいいことだと思う。

GH:たぶん一般的に描かれるエディンバラのイメージというのは、きれいで住みやすい街みたいな感じなんだろうけど、そういう表面的なところからは見えない、でも育った人なら知っているみたいな部分があの映画には描かれていて、しかもそれが映画のスクリーンにボンと出てくるというのが地元民からするとすごく笑えるんだ。いかにも「らしいな」という部分、みんな知らないだろうけど僕らは知っているからこそ笑えるという感覚があって、僕らからすればそれがあの映画のおもしろさだったんだ。たしかにエディンバラには二面性があって、経済的な部分ではある程度豊かであるという良い面がある一方で、ドラッグの問題なんかの悪い面もあって、その二面性のふだんは表に出てこない裏側のほうにハイライトを当てたというのがあの映画のおもしろさなんだよね。

AM:『ハリー・ポッター』は好きじゃないからな。観に行ってもいないし。

GH:あれは完全にファンタジーだから実感はないね(笑)。美しい古い建物がある街だから、そういう環境がああいうファンタジーを生むということは理解できるけど、若いやつらが夢中になれるようなカルチャー的なことで言えば、僕らが育ってきた時代はほんとうに不毛だったよ。改善されてはいるけど、いまだにその名残はあるね。だからアーティストがエディンバラに居場所を見つけるのはすごく難しくて、芸術の世界で何か成功を収めたいと思ったら「ここに留まっていたらダメだ」という感じがいまだにあると思うんだ。

KB:もちろんエディンバラにはエディンバラの文化があるよ。外から入ってきた人がそこに馴染むのは難しいし、そこに居場所を求めるのも難しいから内向きになっていくんだろうな。最近は多少は良くなってきているけどね。

ヤング・ファーザーズの音楽にはそういったエディンバラらしさが出ていると思いますか?

GH:それはとくにないと思う。そりゃふだんから暮らしている街だから、何かしら自分たちのなかに入り込んでいるエディンバラらしさというのはあるのかもしれないけど。子どもの頃は、「エディンバラには何もないから外に出ていきたい」と感じていたね。それが逆にエディンバラから受けたいちばんの影響だったような気がするよ。他に何かを求めるとか、あるいは自分たちの空想の世界に逃げ込むといったことが、エディンバラが僕らに与えた最大の影響かもしれない。

AM:僕らが若い頃はエディンバラには本当に何もなくて、ユース・クラブっていう若い子が集まれる場所が2ヶ所あったくらいで、外へ出ていきたかった。あの街が僕らに与えた影響は、他の国へと目が向いたり、あるいは自分の世界に籠もってしまったりするようなエスケイピズムだった。もちろん、暮らしていくなかで自分たちに染み込んできた街の要素というのはいくつかあると思うけど。

GH:たしかにあの街は僕らにインスピレイションを与えているよ。あの街が僕らをインスパイアして何かをやらせたというよりは、そこに何もないという現実が僕らに他に何かを求めるインスピレイションをくれたということになるのかな。

Tune-Yards - ele-king

わたしはただの人間  “Heart Attack”

 トランプ時代においてアイデンティティ・ポリティクスが新たな展開を迎えている。フェミニズムははっきりと第3の波が訪れているとされているし、人種問題の議論も収まる気配を見せず、文化がそれらを足元から支えている。音楽もまた……自分が何者であるかと向き合い、定義し、そして社会的なエネルギーを掘り起こそうとする動きに呼応しようとする。

 これまでも政治的な問題意識やアティチュードをその音楽に包含することを厭わなかったチューン・ヤーズことメリル・ガーバスは、サウンド作りのパートナーとしてネイト・ブレナー(ネイトロニクス名義で奇妙な感触のエレクトロニカ・ポップをやっていた人物だ)を迎え、この4枚めのアルバムでさらに複雑な領域に踏みこんでいる。テーマはアメリカで白人女性として生きること。ある属性ではマイノリティであり、また別の属性ではマジョリティである自分が、果たしてどんな言葉を持ち、どんな音を鳴らすことができるのか。そもそもチューン・ヤーズの音楽はつねにエクレクティックであり、アフリカやカリブ海など「ワールド」の要素が重要なものとして取り入れられてきた。そのリズム感覚こそが彼女の実験的な試みをダンサブルでポップなものにしてきたのは間違いない。ではそれは、どうすれば「搾取」から自由でいられるのか。そうした葛藤や矛盾を、彼女はここで包み隠そうとしない。
 そのようなデリケートなテーマが本作ではさらなる音の実験を導くこととなった。たとえば、海外の評を見ると必ずと言って引用されている“Colonizer”(“植民地開拓者”)の歌詞に「わたしはわたしの白人女の声をアフリカ男性との旅を物語るために使う」という扱うのが難しい問題に言及するものがあるが、そのトラックのイントロはまるでハード・ミニマルのようなサウンドを持っている。そこにアフリカ的なパーカッションが被されば、グリッチとジャズがグニャグニャと混ざり合うような展開を見せる。「わたしの声に血の匂いがする」。あるいは、ガーバスのソウルフルな声がしかしブツブツと途切れるように処理される“Now And Then”では、「善良な」白人としてレイシズムと対峙する様が描写されているという。これまでのチューン・ヤーズではあまり前に出なかった不安や不穏な響きを持ったこうした曲では、非白人の権利が訴えられる現在のアメリカにおいて、リベラルでありたいと思っている白人の後ろめたさや混乱が表現されている。

 だが、オープニングの“Heart Attack”がハウシーなピアノとファンキーなベース、そしてガーバスのパワフルなヴォーカルが躍動する得意のダンス・ナンバーとなっていることからもわかるように、総合的にはチューン・ヤーズらしい前向きなエネルギーに満ちたアルバムでもある。冒頭で挙げた歌詞はリズムが鳴りやむブリッジで呟かれるが、コーラスでは感情の昂ぶりがそのまま身体に訴えかけようとする。「わたしに話させて、わたしに息をさせて」――ただの人間として。そこでは複雑なアイデンティティに引き裂かれたわたしたちが、しかし同じ音に身を任せることでどうにか同じ祝祭を共有できないかを探るようである。ミュージック・ヴィデオでは様々な人種がカラフルな衣装で踊る……といういかにも今時の企業CMになりそうなダーヴァーシティをモチーフとしながら、ガーバスの涙や困惑もしっかりと描かれている。そしてその上でこそ、彼らはヘンテコで愉快なダンスを繰り広げるのである。

 アルバムの重要なインスピレーション元のひとつとして、やはりポール・サイモンの『グレイスランド』があるという。サイモンが素朴に「歌が異文化を乗り越える」とした1986年から時代も移り変わり、グローバル経済や移民問題によるさらなる困難がわたしたちを縛りつけている。ガーバスも考えずにはいられなかったのだろう……異文化を取り入れるときに、わたしたちはどのように政治的な葛藤を乗り越えていくのか、あるいはそこに留まるのか。彼女はここで積極的に悩むことを選んでいる。少なくとも、『アイ・キャン・フィール・ユー・クリープ・イントゥ・マイ・プライヴェート・ライフ』には、様々な国や文化に根差した音がじつに複雑に混ざり合っている。なぜなら、わたしたちの文化的アイデンティティも国籍や肌の色やジェンダーによって簡単に定義できないほど入り組んでいるからだ。
 彼女はここで明確な答を出していないし、本作の実験的な試みがすべて成功しているとは言いにくい。が、「考えるな、感じろ」ではなく、徹底的に考えながら感じるのがチューン・ヤーズのダンス音楽である。

interview with GoGo Penguin - ele-king

 ロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンなど、新しい世代によるジャズはもっぱらアメリカを起点にして語られることが多かった。しかし、それに加えて近年はイギリスの若手によるジャズが熱い。今もっとも注目を集める南ロンドン勢もそのひとつであるが、こうしたUKジャズの評価の流れを生むきっかけとなったのが、フライング・ロータスなどとも共演するドラマーのリチャード・スペイヴン、マンチェスターのマシュー・ハルソールなど〈ゴンドワナ・レコーズ〉勢、その〈ゴンドワナ〉出身のゴーゴー・ペンギンの活躍である。クリス・アイリングワース(ピアノ)、ニック・ブラッカ(ダブル・ベース)、ロブ・ターナー(ドラムス)というピアノ・トリオ形式の彼らは、これまでのジャズ・ピアノ・トリオの概念を変える存在で、テクノ、ドラムンベース、エレクトロニカといったエレクトロニック・ミュージックの要素や概念を演奏や作曲に取り入れている。そうしたエレクトロニック・ミュージックとのスタンスはアメリカ勢のそれとも異なるものがあり、またクリスのピアノに見られるクラシックからの影響、ロックからの影響を含め、UK独自のセンスを感じさせる。一般にはジャズ・バンドという括りで語られているが、実際はエレクトロニック・サウンドをアコースティックな生演奏で表現しているといった方が正しい。少し角度を変えて彼らの音楽を見てみると、たとえばカール・クレイグのインナーゾーン・オーケストラのような音楽と同質のものとも言えるだろう。


GoGo Penguin
A Humdrum Star

Blue Note / ユニバーサル ミュージック

Jazz

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 彼らは2009年にマンチェスターで結成され(初代ベーシストはグラント・ラッセルだったが、2013年にニックへ交代)、2012年に〈ゴンドワナ〉からレコード・デビュー後、2013年のセカンド・アルバム『v2.0』が「マーキュリー・プライズ」にノミネートされて一躍注目のバンドとなった。ライヴでも着々と評価を集める彼らは2015年に〈ブルーノート〉移籍し、2016年春にサード・アルバム『マン・メイド・オブジェクト』を発表。直後に初来日公演を行い、その後「ブルーノート・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパン」や「東京ジャズ」などでもステージを踏んでいる。アメリカでは「コーチェラ」や「SXSW」など大型の音楽フェスにも出演し、いわゆるジャズ・ファンでない観客も魅了する彼らだが、このたび通算4作目となるニュー・アルバム『ア・ハムドラム・スター』を引っ提げ、4回目の来日公演を果たした。宇宙科学者のカール・セーガンが1980年のアメリカのTVシリーズ『コスモス』で語った言葉が由来となる『ア・ハムドラム・スター』は、今までよりさらにエレクトロニック・ミュージックとの接点が増えているように感じられる一方、アンビエントな質感も増している印象で、音響を含めた一種のアート作品として完成している。ちなみに、1970年代後半から1980年代にかけてブームを呼んだペンギン・カフェ・オーケストラもアンビエント・ミュージックと呼ばれていたが、ゴーゴー・ペンギンというグループ名は彼らにちなんだものではない。グループ名を決めなければならない期限が迫っていたある日、たまたまリハーサル・スタジオでオペラ用小道具のペンギンの人形を見掛け、それでピンと閃いて決めたそうだ。


アンビエントの定義ということでは、その最高で究極の形はミニマルであることだと思う。最小のマテリアルや素材、アイデアで、何時間も同じことを繰り返していくのがアンビエントであると。余計な音や素材は不必要なだけなんだ。 (クリス)

『ア・ハムドラム・スター』は世界をツアーする合間に作ったものですが、いくつかの曲は異国の地で得たインスピレーションが元となっています。“トランジェント・ステート”は渋谷から代々木公園、原宿を散策していたとき、明治神宮でのイメージが元になっているそうですね。感銘を受けたクリスは神道における祖霊に関する本をいろいろと読み、それらからも曲想を得ているということですが、そうしたスピリチュアルな要素や内省的な事象がゴーゴー・ペンギンの作品に反映されることは多いのでしょうか?

クリス・アイリングワース(以下、クリス):うん、そういったことはすごく多いよ。もちろん、最終的な自分の意見を決めたり、結論や自分は何者であるかとか、そういった答えを出すのは自分自身でしかないのだけれど、それに至るまでにいろいろな人のアイデアや考え方、ものの見方を知るということは、とても面白いことだと思うんだ。だから、本とかを読んでいろいろな人の考え方を知ることが僕は多いけれど、神道についてはそれまで全く知識がなくて、いろいろと本を読んで勉強したんだ。ちょうどその日の明治神宮では結婚式が行われていて、ほかにも代々木公園の雑踏の中でいろいろな体験があったりと、心が動かされることが多くてね。そうした今までにない経験やインスピレーションから“トランジェント・ステート”を作ったんだよ。

今回の来日ではどこかへ行く予定とか、行きたい場所はありますか?

ニック・ブラッカ(以下、ニック):今回はスケジュールがあまりなくて、忙しいから難しいかもね、残念だけど(笑)。昨晩は僕とクリスで日本食のレストランに行ったけど、それくらいかな……前回の来日で明治神宮に行ったときは5日間くらい滞在できたけれど、そういったことは普段あまりないからね。

海外のアーティストにはアニメ好きな人も多くて、秋葉原へ行くことも結構ありますよ。

クリス:秋葉原は前回行ってるよ。僕の妻が日本のアニメの大ファンで、特にスタジオ・ジブリ作品が好きなんだけれど、彼女の薦めで僕も『となりのトトロ』とかいくつか観てるんだ。僕らのエンジニアのジョー(・ライザー)もアニメ・ファンだしね。

“ア・ハンドレッド・ムーンズ”はカリブの賛美歌を聴いているときに生まれたという、オーガニックでパーカッシヴなビートを持つ今までのゴーゴー・ペンギンにはなかったようなタイプの作品です。“ストリッド”はニックの故郷のヨークシャーを流れるワーフ川の様子から名付けられました。アルバム・タイトルの『ア・ハムドラム・スターズ』は宇宙科学者のカール・セーガンの言葉が由来となっています。“トランジェント・ステート”もそうですし、今回のアルバムには自然や宇宙、または宗教的な儀式などに結びつくような作品が多いように感じますが、いかがですか?

ロブ・ターナー(以下、ロブ):最終的に自然とか宇宙、儀式などの要素がアルバムに多くなったけれど、それらのものがアルバム制作の出発点になったわけではないんだ。アルバムを作る時点ではもっといろいろな要素や物事があって、異なる側面から曲も書いていったけれど、制作の中で曲も旅をするみたいにどんどんと進化したり、曲自身が探求するように変化していったりと、結果としてこうしたアルバムになったんだ。

クリス:僕らの曲は小さなアイデアから始まって、それがだんだんと膨らんでいく中で、別のものに変化することはよくあるんだ。誰かのアドバイスがきっかけで変わるとか。人によってものの見方は違うだろ。だから、曲によって僕とたとえば君とでは違う捉え方をすることもある。でも、それは僕らにとって面白いことなんだ。だって、人から言われないと、この曲にはそういった見方もあるだなんてわからないし、気付かされることもないからね。

ちなみに、前のアルバム『マン・メイド・オブジェクト』の中に“プロテスト”という曲がありましたが、あれは何かへの抵抗を示したり、政治的なメッセージなどと結び付いたりしているのですか?

ロブ:特に何かについての抵抗という意味ではなくて、「ノー」という感覚を言葉にするようにあの曲は作ったね。

クリス:偶然だけれど、あの曲を作っていた頃、僕らがツアーで行く先々でいろいろとテロが起こっていて、そのテロ事件の少し後にライヴや公演がたまたま組まれていることが重なっていたんだ。僕らはそうした事件や社会的な出来事にも目を向けていたい人間だから、もちろんテロという現実にも目をそむけることはできない。暴力的なことと結びつくような人間ではないけれど、でもやっぱりテロのあった地を訪れるといろいろと感情が湧いてきて、そういったものが“プロテスト”に結びついているのかもね。僕らはツアーが終わればテロのあった場所から去ってしまうけれど、これからもそこでずっと生活していく人たちもいるわけで。でも、これは僕個人の意見だけれど、“プロテスト”を演奏するときは、怒りとか憎しみとかそういった感情が僕の中にあるのではなく、ポジティヴなものが溢れ出る気がするんだ。それは演奏を聴くお客さんたちからも感じられるもので、悲しいことがあったけれど、ひとつになって生きている喜びを分かち合おう、称えようという、そんな気持ちを感じるんだ。

オーガニックな要素という点では、“プレイヤー”でのノイズ的なサウンドは、ベース弦に鎖やメジャーを当てて発生させたものです。プリペアド・ピアノの概念をベースに当てはめたようなものですが、こうした発想はどのように生まれてきたのですか?

ニック:あれは鎖をピアノ線に当てていて、ベース弦に金属メジャーを当てているんだ。一緒にレコーディングをしてくれるエンジニアのブレンダン(・ウィリアムス)のアイデアなんだ。

ピアノの場合は結構そうやって音を出すピアニストもいますが、ベーシストでそうやって音を作る人はあまり見かけないかなと。

ニック:ブレンダンとジョーは本当にアイデアマンなんだ。前のアルバムのときはフード・プロセッサーを持ち出してきて、僕らも一体何が始まるのかわからなかったね(笑)……実際は録音には使われなかったけど。

クリス:あと壊れたメトロノームを使って音を出してみたりとか。

何だかマシュー・ハーバートみたいですね(笑)。

ロブ:ほんと、そうだね。ハーバートは僕らのリミックスもしてくれているんだよ。

『マン・メイド・オブジェクト』ではピアノやベースを元にするほか、ロブがロジックやエイブルトン、あるいはiPhoneアプリを用いて作曲することもあったのですが、今回もそうした手法を発展させたり、あるいはまた何か新しいアイデアを盛り込んでいますか?

クリス:ステップ・シーケンサーというアプリはローランドTR-808みたいなドラムマシンの音を出すことができるから、それを使って“トランジェント・ステート”を作っているね。でも、アプリのサウンドはあくまでスケッチというか、アイデアを伝える道具的なものなので、実際にはそこからロブがロジックを使って、より細かくて複雑なリズムを組んでいくんだよ。

『マン・メイド・オブジェクト』のときもエレクトロニックに作りたいという意識はあって、今回はそれをさらに推し進めたいと考えたね。〔……〕でも、あくまで演奏の軸となるのはアコースティック楽器だよ。 (クリス)

“ア・ハンドレッド・ムーンズ”には初期のブライアン・イーノのようなアンビエントの雰囲気も取り入れられ、“プレイヤー”もアンビエントなピアノ・ソロから始まります。“ディス・アワー”はフランチェスコ・トリスターノとカール・クレイグが共演したようなアンビエント・テクノ的な楽曲と言えます。もともとゴーゴー・ペンギンの作品にはアンビエントと結びついた作品は多かったのですが、今作では改めてアンビエントをとらえ直しているように感じました。あなたたちはアンビエント・ミュージックをどのように考えていますか?

クリス:イーノは僕が大きな影響を受けたひとりだよ。彼の『ミュージック・フォー・エアポート』のフィルム上映が故郷のヨークシャーで行われたときに観にいって、それからハマって『ミュージック・フォー・フィルムズ』などいろいろと聴いていった。彼から学んだアンビエントの定義ということでは、その最高で究極の形はミニマルであることだと思う。最小のマテリアルや素材、アイデアで、何時間も同じことを繰り返していくのがアンビエントであると。余計な音や素材は不必要なだけなんだ。

あなたたちのトリオという形態もミニマルなものと言えますし、『ア・ハムドラム・スター』のアルバム・ジャケットも不必要なものをそぎ落としたシンプルなデザインですしね。

ニック:ああ、ジャケットは僕の友達のお兄さんがデザインをしてくれているんだ。ヨークシャーの頃からの知り合いで、前作でもジャケット・デザインをしてくれているよ。

一方、“レイヴン”や“トランジェント・ステート”はゴーゴー・ペンギンの躍動的でアグレッシヴさが凝縮された作品で、ロックからクラブ・ミュージックの影響が感じられる力強いビートがあります。“バルドー”はさらにダンス・サウンド的で、この曲のイントロの入り方、ブレイクの間合い、ビートが抜けてピアノだけになるところとかは、明らかにクラブ・ミュージックやエレクトロニック・ミュージック以降の感性かなと思います。“ストリッド”は一種のブロークンビーツと言えますし、トリッキーなDJプレイを思わせるリズム・チェンジの場面があります。マシン・ビートに近似した“リアクター”など、そうしたリズム面では今までのアルバムよりさらにエレクトロニックな視点で作られているのではと思いますが、いかがでしょう?

クリス:『マン・メイド・オブジェクト』のときもエレクトロニックに作りたいという意識はあって、今回はそれをさらに推し進めたいと考えたね。ベースをペダルによって変調させるという手法はわりと前からあって、僕たちも『マン・メイド・オブジェクト』のときにやったけど、今回は初めてピアノにエフェクターを用いたりしている。でも、あくまで演奏の軸となるのはアコースティック楽器だよ。僕らのスタイルであるアコースティック楽器で演奏するエレクトロニック・ミュージックというのに変わりはないね。ロブはロックが好きで、僕とニックはエレクトロニック・ミュージックが好きと個人的な嗜好はあるけれど、そうしたものを自分たちの音楽に反映させる技術がより進歩してきたということもあるかな。もちろん、そのために演奏の練習を積んだり、日頃からスキルを磨いたりしているわけで、それが今回のアルバムで形になったんじゃないかな。

“ソー・イット・ビギンズ”や“ウィンドウ”はティグラン・ハマシアンのようなリリカルで美しい世界を、トリップ・ホップやダウンテンポ、あるいはダブステップ的に解釈した作品と言えそうです。イギリスではリチャード・スペイヴンがダブステップやドラムンベースも咀嚼したジャズ・ドラマーで、サブモーション・オーケストラのようなダブステップを生演奏するバンドもいます。あなたたちはそうしたダブステップやドラムンベースの影響はどのように受けていますか?

ニック:彼らは僕らと同世代で、サブモーション・オーケストラとは10年ぐらい前から知り合いだし、リチャードとはライヴで共演したりすることもある。でも、僕らは彼らのやり方に影響を受けているというより、また違った角度でダブステップとかドラムンベースにアプローチしているといった方がいいかな。個人的にはダブステップそのものに大きな影響を受けているわけではなくて……中にはいいものもあるし、そうでないものもあるし。でも改めてそうした視点で見ると、確かに“バルドー”のベース・ラインはダブステップ的なものかもしれないね。

クリス:“ウィンドウ”の後半のビートとピアノのコンビネーションは、まるで何か新しい楽器を作り出しているみたいな感覚があって、どこか時計仕掛けのエレクトロニックな感じが出ているかもしれないね。

先ほどから名前が出ていますが、あなたたちには専属エンジニアのジョー・ライザーとブレンダン・ウィリアムスが第4のメンバーとしてついていて、作品やステージからは音響やポスト・プロダクションなどへの強いこだわりが感じられます。同じマンチェスター出身で今はロンドンを拠点としていますが、フローティング・ポインツも音響を作品の重要な要素と位置づけるアーティストで、ミキシング・エンジニアの仕事もしています。音楽家としてのスタイルは異なりますが、そうした点であなたたちには彼と同じ匂いを感じさせるところもあるのですが、いかがでしょう?

ロブ:うん、フローティング・ポインツのサウンドはすごくいいね。でも、彼はプログラミング中心のアーティストで、僕らとは音楽へのアプローチ方法が違う。彼の作品を聴いてると、クラシック的な緻密な音作りをしているんじゃないかなと思うね。スタジオでマイクをどう立てたりとか、この楽器にはこのマイクを使ったりとか。

クリス:僕らの場合は3人で、それぞれの楽器を、どうやってその楽器らしく響かせるか、聴かせるかということに主眼を置いている。しかも、その楽器の音をどうブレンドさせるかが難しいところで、そうじゃないと深みのあるものが生まれなくて、フラットなサウンドになってしまう。聴く人が音に包まれるような感じにはならない。あと、僕らのライヴはわりと生命力が溢れるような感じになるけれど、それをレコーディングでCDに取り込む場合、躍動感をいかにパッケージへ落とし込むかが結構難しいんだ。そうしたときにポスト・プロダクションの手助けを借りることが多いかもね。


アイスと雨音 - ele-king

 これは驚いたな。松居大悟といえば男子高校生が学園祭で大騒ぎするだけの『男子高校生の日常』とか男子高校生が女子高校生の脱毛を手伝う『スイートプールサイド』とか大事なことなのかそうでもないことなのかもよくわからない青春映画を丁寧に撮っている監督だと思ってるわけじゃないですか。確かにクリープハイプのプロモーション映画『自分のことばかりで情けなくなるよ』はプロパガンダの範囲を大きく超えてロック・バンドの表現がここまで来たかと思うような面はありましたよ。大島渚が撮ったフォーク・クルセダーズの映画『帰って来たヨッパライ』に匹敵するとは言わないけれど、神聖かまってちゃんの映画よりは1000倍ぐらい面白かったし、クリープハイプの名前も一発で覚えましたからね。でもですよ、『アイスと雨音』も青春映画ではあるけれど、いままでとはぜんぜん違うんですね。すべてワン・カットで撮影されていて、それは内部事情に詳しい朝倉加代子監督の密通によると全行程14日のうち、12日をリハーサルに費やして最後の2日間で3テイク撮ったものから最後のヴァージョンが完成形ということになったらしいです。実験映画なんですよ。邦画ですよ。同じ映画が3ヴァージョンも存在するんですよ。設定を聞いて下さいよ。舞台稽古の読み合わせから話は始まって、演出家と役者が鬼のようにぶつかり合って、ひとつの舞台が出来上がっていくなーと思っていたら、いきなり、その舞台が中止になるんですよ。みんな、がっかりですよ。やりがい搾取だなんだといろんなことを言われてる時代に、とりあえずは役者たちが一所懸命、稽古をしている場面を観てきた観客も一緒にがっかりですよ。しかし、それからですよ、この話は。中止になったにもかかわらず、役者たちは下北沢の本多劇場に忍び込むんですね。ここで、あッ!と氷解しました。これは『バードマン』のパクリなんですよ。もとい、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥがアカデミー賞を取った『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』と似た発想で、「舞台裏」というものを念入りに描こうとしたのが『アイスと雨音』なんですね。それではもう少しゆっくりこの作品を観ていくことにしましょう。ワン・カットだからといってワン・パラグラフで全部書いたら読みにくいですからね。

 ト書き:いつもの文体に戻る。

 台本の読み合わせから話は始まる。最初のうちは断片的に、こうした稽古の場面が繰り返され、テロップによって日付が変わっていくことが示される。友だちが町から出ていくと聞いて、それを聞いた仲間たちがあれこれとリアクションを返す。観客はどのような舞台にするとか、方向性のようなものは何も知らされていないので、演出家が役者の演技に注文をつけても、どこがどう悪かったかはわからない。ダメ出しの理由は明確に述べられているので、プロっぽいなーとか思うだけ。どこまでが稽古で、どこからがそうではないのかが意図的に混乱してしまうように撮られているので、当然のことながら混乱しそうになりながら観続ける。つーか、その連続。日常会話かと思うと劇のセリフだったり、外に買い物に行くはずが、路上で一人稽古が続いていたり。これだけで充分、飽きさせないのに舞台音楽として設定されているはずのラップ・グループ、MOROHAもカメラのフレームに入ってくる。演じている人たちには見えていないという設定で、舞台からインスパイアされたらしき内容のラップが時々入る。役者の心情を代弁したり、挑発したりする内容のものもあった。そして、役者たちは突然、公演が中止になったことを制作サイドから告げられる。チケットが売れなかった。ガラガラの観客の前で演じても君たちの未来に傷がつくだけだとかなんとか。遅刻してくる役者がいて、みんなが受けているショックに時間差で追いつたりする。そして、何日かは稽古場を片付けるためにやってくるスタッフと役者たち。ここでまた稽古が再開する。上演されないかもしれないけど、やろうと言い始める人がいて、その気になる人もいて。そして、その熱は次第にエスカレートし、彼らの足は自然と本多劇場に向かう。

 ト書き:ここまで書いた文章を自分宛てにメールで送り、他人が書いた文章であるかのように読み直す。

 経済原理が若者の行動すべてを支配できるかという話である。そこは簡単。だから、このまま上演を決行すれば君たちのキャリアに傷がつくと言われた時に誰も言い返せない。コクトー・ツインズが初めて日本に来た時は15人ぐらいしか観客はいなかったし、アンダーワールドの初来日も40人ぐらいしかクラウドはいなかった。それが笑い話にできるぐらい彼らはビッグになったということになるけれど、君たちにはその可能性はないと言われたも同然なのに。確かに、昔とは違って、人が入らなかった作品にはその数字が付いてまわり、一度ヘマをするとなかなか取り返しがつかないという社会構造にはなりつつある。数字というのは侮れない。ウソをつくわけでもない。そう、公演を中止にした人の言い分は正しいのかもしれない。しかし、目の前に希望をぶら下げられて、それを取りあげるということはそこから広がるはずだった可能性もまた閉ざされるということであり、経済的にはそうかもしれないけれど、希望をぶら下げられた方にはそこだけで計算が終了するというスケールの話でもない。ここから、まるで経済の外に、それこそ資本主義の外側に主人公たちが飛び出していこうとする「衝動」がクローズ・アップされてくる。それがあまりにも自然にこの映画では描かれていた。『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』や『ディストラクション・ベイビーズ』が描く若者たちの暴走は心象風景としては共感できただろうけれど、実際に同じことをやるかと言われれば「やりませんよ」と誰もが答えるだろう。「やるはずがないじゃないですか」と。しかし、『アイスと雨音』で起きることは、やってやれないことはない範囲の行動で、いわば人の迷惑になるようなことをあえてやるのである。ここ数年に限っていえば屈託のないティーンムーヴィーと若者の貧困を描いた作品には同時代性を見出すのが困難なほど開きがあり、どちらかといえばティーンムーヴィーの側にいるのかなと思っていた松居大悟がこうして暴走する若者たちを撮ったものだから、冒頭にも書いたように僕は驚いたわけである。溝が埋まってしまうとは言わないけれど、どちらかに収まっているよりは、この作品が「一歩踏み出した」ことは確かだろう。

 ト書き:気持ち的には70年代の青春映画に話を大きく広げたいところだけれど、ほかの原稿もあるので、いい加減、まとめなければいけない。

 労働とアイデンティティは切り離した方がいいという議論がある。経済と人格は別にした方が楽だろうし、そもそも労働で自己実現できる人の数はたかが知れてるとも。これだけ労働に対する価値観が揺れている時期に若い時代を過ごすということは、昔のように「真面目に働くのが一番」というスローガンとそれに反発するエネルギーという図式とはまったく違うところに放り出されているということだから、自分なりの労働観を形成するのも一苦労だろうし、何をやっても迷うだろうなとも思う。『アイスと雨音』にはそのような時代背景も巧みに織り込まれているように見えるし、あくまでも「衝動」をクローズ・アップしているわけだから、彼らの行動のすべてを語るのも無理だろうと思わせるものがある。観客が誰もいない劇場で彼らが演技を始めた時、それは誰も読んでいないSNSに書き込む行為にも通じ、「誰とも繋がってなんかいない」とかいうセリフがすべてにオーヴァーラップしていく。だから、楽屋裏を晒したんだろうという作品なのである。観たいのは表現じゃなくて、「その裏側では」ってやつなんでしょうと。『バードマン』にあふれていたスノビズムはここにはない。
 2時間ぐらい観ていたのかと思ったら、この映画、たったの70分だった。


Klein - ele-king

 これは昂奮せずにはいられません。『Only』で圧倒的な存在感を示し、昨年は〈Hyperdub〉との契約~EPのリリースも話題となったクラインが、来る3月23日、ついに初来日を果たします。OPNやアルカの登場から時代がひと回りし、新たなエレクトロニック・ミュージックの機運が熟しはじめている昨今、ele-king編集部内でも「次の10年を決定づけるのは誰か」という議論が日々盛り上がっておりますが、その最右翼のひとりがクラインです。彼女の魅力を説明するのに、コード9でさえ言葉を失うほど。つまり、今回の来日公演は絶対にスルーするわけにはいかないということです(当日は〈PAN〉のフローラ・イン=ウォンやセーラーかんな子らも出演)。いやしかし去年のチーノ・アモービといい先日のニガ・フォックスといい、《Local World》はほんとうに良い仕事をしますな~。


Local 6 World Klein
2018/03/23 fri at WWWβ

時代を研ぎ澄ますアフロ最前衛の結晶 Klein 初来日! “フリーク・アウトR&B”とも形容される、サイケデアリにまみれたナイジェリアン・ルーツのミュータント・ソウル・シンガー/プロデューサーをロンドンから迎え、本ディケイドの電子音楽を革新する〈Hyperdub〉と〈PAN〉、そして中国、韓国、アイルランド、日本など、様々な背景が入り混じるエクスペリメンタル・クラブ・ナイト。

圧倒的にオリジナルな作品で時代を駆け抜けるアフリカン・ルーツの女性プロデューサー Jlin (Planet Mu)、Nidia Minaj (Principe)、Nkisi (NON Worldwide) などと同時期に、R&B/ソウル/ゴスペルを軸にサイケデリックかつゴシックなテイストでノイズ、インダストリアル、トラップ、UKガラージをコラージュで紡いだ怪作『Only』〈Howling Owl 2016 / P-Vine 2017〉で現代電子音楽の最前線へと躍り出し、昨年〈Hyperdub〉からデビューを果たし、Laurel Halo の最新作にも参加したサウス・ロンドンの異端 Klein が、ローカルかつワールドな躍動を伝える《Local World》第6弾へ登場。共演には元『Dazed』のエディターとしても活躍し、現在ベルリンの〈PAN〉の一員としても働く、ロンドン拠点のプロデューサー/DJ Flora Yin-Wong、ネット・カルチャーから現れ、新旧のアンダーグランドなクラブ・ミュージックと日本のサブカルチャーのセンスが入り混じる特異な存在 Sailor Kannako (セーラーかんな子)、日本とアイルランド双方にルーツを持ち、複数の言語と独自のセンスでその世界観を表現するプロデューサー/シンガー ermhoi、ロンドンの〈BBC AZN Network〉やアジアンなクリエイティヴ・コレクティヴ Eternal Dragonz にミックスも提供する韓国は釜山生まれ、現在は東京を拠点とする Hibi Bliss が登場。拡張されるアフロやR&B、躍進するアジア、そして女性アーティストの活躍など、今日のエレクトロニック/クラブ・ミュージックの躍動とモードがミックスされた最旬のエクスペリメンタル・クラブ・ナイト。

Local 6 World Klein
2018/03/23 fri at WWWβ
OPEN / START 24:30
ADV ¥1,500 @RA / DOOR ¥2000 / U23 ¥1,000

LIVE:
Klein [Hyperdub | Nigeria / London]
ermhoi

DJ:
Flora Yin-Wong [PAN | London]
Sailor Kannako
Hibi Bliss

https://www-shibuya.jp/schedule/008823.php

※未成年者の入場不可・要顔写真付きID / You must be 20 or over with Photo ID to enter.


■Klein (クライン) [Hyperdub | Nigeria / London]

ナイジェリアのバックグランドを持つサウス・ロンドン拠点のアーティスト。シアターやゴスペルのファンであり、楽曲制作の前に趣味でポエトリーを書き、Arca の勧めにより本格的にアーティスト活動を始動。自主で『Only』(国内盤は〈Pヴァイン〉より)と『Lagata』を2016年にリリース、UKの前衛音楽の権威である『The Wire』やレコード・ショップ Boomkat から大絶賛され、一躍シーンの最前線へ。2017年には Kode9 主宰の〈Hyperdub〉と契約を果たし、リリースされたEP「Tommy」は『Tiny Mix Tapes』や『Pitchfork』といった媒体で高い評価を受け、最近ではディズニー・プリンセスにインスパイアされたファンタジー・ミュージカル『Care』のスコアとディレクションを手がけ、ロンドンのアート・インスティテュートICAにてプレミア公開。
https://klein1997.bandcamp.com/

■Flora Yin-Wong [PAN | London]

ロンドン生まれのプロデューサー、ライター、DJ。「|| Flora」としても知られ、フィールド・レコーディング、ディソナンス、コンテンポラリーなクラブ・カルチャーを下地とした作品やミックスを発表。これまでにベルリン拠点のレーベル〈PAN〉の一員としてベルグハインやBlocのショーケース、アジアや欧州を軸に様々な場所でDJをプレイ、Boiler Room、NTS、Radar Radio、BCRといったショーへも参加。プロデューサーとしてはNYCの〈PTP〉からEP「City God」をテープでリリース、〈PAN〉のアンビエント・コンピレーション『Mono No Aware』、その他 Lara Rix-Martin の〈Objects LTD〉、Lolina (Inga Copeland) や IVVVO も参加の〈Caridad〉のコンピレーションへ楽曲を提供、Celyn June (Halcyon Veil) のリミックスやミランの〈Haunter〉やロンドンの〈Holodisc〉とのトラック共作を手がけている。
https://soundcloud.com/floraytw

■Sailor Kannako(セーラーかんな子)

1992年広島生まれ。2012年ごろから、ネット・カルチャーを軸にしたパーティ《Maze》に参加。現在は幡ヶ谷Forestlimit など、都内を中心にDJしたりしなかったり。SoundCloudでミックス音源をときどき更新中。
https://soundcloud.com/onight6lo0mgo

■ermhoi

日本とアイルランド双方にルーツを持ち、複数の言語と独自のセンスで世界観を表現する、プロデューサー/シンガー。2015年ファースト・アルバム『Junior Refugee』を〈salvaged tapes records〉よりリリース。以降イラストレーターやファッションブランド、演劇、映像作品への楽曲提供や、千葉広樹をサポートに迎えてのデュオ、吉田隆一と池澤龍作とのトリオの nébleuse、東京塩麹のゲストボーカル、TAMTAM やものんくるのコーラスなど、ジャンルに縛られない、幅広い活動を続けている。
https://soundcloud.com/ermhoi

■Hibi Bliss

DJ HIBI BLISS a.k.a Princess Samsung

https://soundcloud.com/hibi-bliss

interview with Tom Rogerson - ele-king


Tom Rogerson with Brian Eno
Finding Shore

Dead Oceans / ホステス

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 00年代を代表するバンドのひとつにバトルズがある。彼らが圧倒的だったのは、グライムやダブステップのようなエレクトロニック・ミュージックが大きな衝撃を与えていた時代に、ロックやバンドといったフォーマットが為しうる最大限のことを実践していたからだが、それは彼らより後に来る世代から次々と選択肢を剥奪していく行為でもあった。バトルズ以降に可能なロック・バンドとはいったいどのようなものなのか――そんなポスト・バトルズの時代に一筋の光を差し込ませていたのがスリー・トラップド・タイガーズである。バトルズという存在をしっかりと見定めたうえで、改めてテクノやIDM、ドラムンベースなどからの影響を大胆にロックやバンドの文脈へと落とし込んでいくその様は、当時ひとつの希望として映っていたのではないだろうか。
 そのTTTのキイボーディストにしてヴォーカリストでもあったトム・ロジャーソンが、彼らのことを推薦していたブライアン・イーノとアルバムを作っているという情報が流れたのが2016年の早春。かつてのタイヨンダイと同じようにロックやバンドという枠組みから離れた彼が、アンビエントのゴッドファーザーと手を組んだら、いったいどんなサウンドが生み出されるのか――その答えが2017年末にリリースされたこの『Finding Shore』である。
 そもそもふたりが初めて出会ったのはトイレだったそうなので、そこから一気にデュシャンまで線を引っ張りたくなるけれど、それより少し前のサティや印象派からそれより後のケイジやライヒまで、このアルバムにはクラシック音楽の大いなる遺産の断片が随所に散りばめられている。基本的にはロジャーソンのルーツたるピアノを大きくフィーチャーした作品と言えるが、ジャズの即興性や電子音楽の音響性、ピアノの打楽器的な側面も当然のように踏まえられており、ドローンやノイズといった手法も惜しみなく導入されている。そこにアンビエントの創始者たるイーノ当人まで関与しているのだから、このアルバムそれ自体がちょっとした音楽史になっているわけだけれど、とはいえ教科書的な堅苦しさとは無縁で、すべてのトラックがポップ・ミュージックとして気楽に聞き流せる作りにもなっている。極私的には2017年のベストな作品のひとつだと思う。
 このようにいろんな意味で味わい深い逸品を送り届けてくれたトム・ロジャーソンが、自身の音楽的経歴やイーノとの出会い、ピアノという楽器の持つ可能性や即興の重要性について、大いに語ってくれた。

とにかくトイレの前だった。で、顔を見たらブライアン(・イーノ)だったから、挨拶しちゃおうかな、と思って、したんだ(笑)。そして一緒にレコードを作るに至ったんだから、なかなかすごい展開だよね。

あなたはロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックでクラシック音楽を学んだそうですが、セルフタイトルの最初のソロ・アルバム(2005年)もトム・チャレンジャーとの共作(2010年)も、ジャズやエレクトロニックな即興音楽だったということで、まずはあなたのなかでのジャズとクラシックの位置付けから教えてもらえますか?

トム・ロジャーソン(Tom Rogerson、以下TR):ああ、まず、僕はそもそもピアノの即興演奏を子供の頃からやっていたんだよ。そこからどう展開したかというと……、本格的にピアノを学ぶようになる前から自己流で弾いていて、そのきっかけは姉がやっていたからで、自宅にピアノがあって両親ともに弾いていたから見様見真似で……という感じだったんだが、10歳か11歳の頃に、自分が即興で弾いたものを書き留めて残しておきたいと思うようになってね。つまりは、自分で曲を作るということに興味が向いていったんだ。当時から20世紀の現代音楽の作曲家をよく聴いていたので、それを真似るようにして作曲らしきことをやり始めたんだ。その後15歳ぐらいになると、僕がピアノの即興をやれるということで、学校の友だちから「ジャズやってみたら? 即興ばっかりやってるから、きみ、きっとジャズいけると思うよ」と勧められた。その友だちとはいまだに付き合いがあるんだけど……とにかく、それがジャズとの出会い……そして、そいつを含めた何人かでジャズのバンドを組んだのが16歳のときだった。大学卒業後にニューヨーク・シティに3年住んで、最初のレコードを作ったのはそのタイミングだった。ただ、――これは強調しておきたいんだけど、いま話に出たふたつのアルバムは大々的にリリースされたわけじゃない。作りはしたものの、変な話、ほとんど公になっていないんだ。だから、僕の最初のレコードはジャズだったと言うと……、いや、ジャズといってもラフな即興演奏でしかなかったんだけど……、でもサックスが入っていたからジャズってことになるのかな(笑)。

(笑)。

TR:とにかく、CDにはしたものの、今でもその9割は僕の手元に残ってる。自宅に。売る努力もしなかったし。こう言うとなんか変だけど、たぶんビビってたんだと思う。作りはしたものの聴いてもらう勇気がなくて、宣伝したくなかった、みたいな。

そうだったんですね。

TR:でも、その後にやったバンドは知られてると思う。スリー・トラップト・タイガーズ(Three Trapped Tigers、以下TTT)ていうんだけど。

はい、もちろん。

TR:あれはレコードが出回っているはずだ。

ロック・バンドですよね。

TR:うん、ロック・バンド。不思議なインストの……エレクトロニック・ロック・ミュージック、かな。

友だちに勧められるまでジャズには親しんでいなかった?

TR:ぜんぜん。僕の背景は、そこに至るまで完全にクラシックだった。16歳ぐらいまでは。なのに即興で演奏していたというのがおもしろいところで、もちろん、それがジャズに通じるということも意識していなかったんだけど、いざジャズをやり始めてからの適応力はすごくあったと思う。後にジャズのランゲイジを……アメリカのブルーズを踏まえたジャズのランゲイジを学ぶようになってからも覚えは早かったんじゃないかな。割とスムースにいろんなジャズのバンドでライヴをやる機会に恵まれるようになったよ。ただ、それが自分の母語だと感じたことはなくて、やっぱりアメリカで形成された言葉だな、と。英国やヨーロッパにも独自の素晴らしいジャズ・ミュージックはあるから、そっちのほうが究極的には僕にはピンとくるように思う。ある意味、こんなに時間をかけて……いま、僕は35歳なんだけど、最初から自分がやっていたものに戻ってきたという……、6歳ぐらいからひとりでやっていたこと、あれが僕のやりたいことだったんだと気がついた、というわけさ(笑)。ジャズがやりたいんでも、ロックをやりたいんでもなくて、やりたいことを僕は最初からやっていたんだ、とね。いちばん近いのはキース・ジャレットかな。彼はアメリカの人だけどね。英国人ピアニストならキース・ティペット。ふたりともすごく個性的なピアニストで即興能力が高い。もっとも、僕がやっていることはそのどちらともまた違うんだけどね。ブライアン・イーノとのアルバムではエレクトロニクスを導入しているし……

とにかく、一巡して自分の居場所を見つけた、という感じのようですね。

TR:そう、そういうこと! だから今回のアルバムは『Finding Shore』というタイトルなんだ。

なるほどぉ!

TR:家に帰ってきた、という感じ。あちこちを訪ねて、いろんなジャンルの音楽を経験して、どれも最高に楽しかったけど、気がついたら子どもの頃にやっていた音楽の岸辺にまた辿り着いていた。

おもしろいですね。ジャズの岸辺で最初に聴いたのはどんなアーティストでしたか?

TR:友だちから聴かされたのはアート・ブレイキーの『Moanin'』だったと思う。あれは……50年代か60年代か〔註:1958年録音〕……〈ブルーノート〉の名作アルバムのひとつだよね。僕らのバンドが覚えた最初の曲もそれだったんだ。他にも〈ブルーノート〉の作品に一時期かなり入れ込んで、ホレス・シルヴァーとか、デューク・エリントンとか……デューク・エリントンの〈ブルーノート〉のアルバムで、えぇと……なんてタイトルだったかな、「マネー・ジャングル」とか、そんな名前のやつ〔註:『Money Jungle』は1963年に〈ユナイテッド・アーティスツ〉からリリースされたアルバム〕。そこから始まって放射線状に広がってマイルス・デイヴィス、チャーリー・ミンガス、コルトレーンなどなどをひと通り。ニューヨーク・シティで暮らすようになったのは2003年なんだけど、その頃にはジャズにもそうとう詳しくなっていたつもりだ。というわけで、最初に自分で演奏してみたのはハードバップの名曲で、あれはいまプレイしてもものすごく楽しいし、聴くのも楽しい。

最初からそう思いました?

TR:思ったよ。

お友だちはきっと、ピアノで即興がやれる仲間がなかなか見つからなくて苦労していたんじゃ(笑)?

TR:そうだろうね。何しろ小さな町だし、彼も最初はロックが好きでレッド・ゼップリンなんかをカヴァーしてたんだけど、そこからジャズに目覚めたルークは……そいつ、ルークっていうんだけど、ものすごく熱い男で、ドラマーで、じつはいまでもロンドンでバンドをやってるし、あいつにはジョアンナって姉妹がいて彼女はいまアメリカでシンガーとして活動してる。当時からずっと一緒に音楽の旅をしてきた地元の仲間が生き残って続けているんだから、不思議なものだよ。とはいえ、あの頃やっていたこととはだいぶかけ離れている。あの経験で僕は新たな音楽のランゲイジを身につけることができて、クラシック一辺倒だった僕の世界が広がったのは間違いないけど……、こんな言い方は変に聞こえるだろうけど、ピアノと本気で向き合ったのは21歳くらいになってから、なんだ。

へえ……

TR:ずっと弾いていたけど、さっきも言ったように10代の頃からコンポーザー志向で、しかもクラシックの……現代音楽のコンポーザーを目指していたから、ピアノというのは……とくにジャズをやっている間は趣味というか、弾いていて楽しいだけのもの、という存在だった。ライヴをやる、そして人前で即興をやる。それまでは即興といってもひとりでやって楽しんでいただけなのが、ライヴで人前でやることで評価を得たというか、自分にはそういう能力があるんだって実感できたんだ。つまり、ジャズが僕に与えてくれたのは、ライヴにおける自信、あとは鍛錬……とくにニューヨークに行ってからは周りにビックリするほど才能のある若い子がいっぱいいて、競争がハンパなく厳しかったから、そのなかでなんとか生き延びていこう、自分を評価してもらおう、と技術もだけど個性も磨いていけたのはとても自分のためになったと思う。感謝してるよ。その後、ジャズは諦めてしまうんだけどね。最初のジャズのレコードを作った後で、22歳の頃、ジャズには見切りをつけたんだ。

あちこち旅して回って最後には出発した場所に戻っていくという感じを出したかったのかもしれない。ぐるっと長い環状線を歩いて、出発点に戻ってきたときに、最初とはまったく違う新しい視点で同じ場所を眺められるようになっている……、旅をしてきたおかげで、ね。

そこでTTTが始まるんですか?

TR:ニューヨークからロンドンに戻って、その頃にはもう、ジャズは音的に僕の求めるものじゃないと考えるようになって、聴くのも英国のエレクトロニック・ミュージックが多くなっていた。ロックも一部聴いてはいたけど、ほとんど電子音楽だったな。ロンドンに帰ってまず旧交を温めたのが昔からの音楽仲間で、そいつらがいたインディーズのシーンの連中と知り合って僕もバンドでピアノやキイボードを弾いたり、一時期は一緒に暮らしたりもしていたんだ。そのときのルームメイトが僕を入れて4人で、ミュージシャンが3人とレコード会社に勤めてるやつが1人。だからもう、毎晩のようにどこかで誰かの関連するライヴがあって、出かけて行っては出演したり観覧したり……それがすごく楽しくてね。バンドでやる楽しさも味わったし、お客さんも若いから一緒に楽しめる雰囲気が僕には新鮮だった。ほら、ずっとクラシックとジャズをやってたから、どうしてもお客さんは年齢層が高い上に、ごく限られた層の人しか来ない、ある意味エリート主義なところがある……って、これも後から客観的に気づいたことなんだけど、とにかく僕らがわりと実験的な即興を入れた風変わりで複雑なロックをやっても300人くらい入る会場が若いお客さんでソールドアウトになる様子を見ているうちに、こういうのもありなんだと自信を深めていったんだ。ジャズもクラシックも演奏の場はあるけれど、それほど波及力があるようには思えなかった。個人的な音楽の嗜好もどんどんロック寄り、電子音楽寄りになっていた時期なので、じゃあ自分でもバンドをやってみようか、と。発想としては、ライヴでやる電子音楽。エイフェックス・トゥイン、オウテカ辺りを僕は最初アメリカで耳にして、「こういうのをライヴでやったらカッコいいだろうな」と思っていたんだ。そういえば、アメリカのクラシックのグループ〔註:アラーム・ウィル・サウンドか〕がエイフェックス・トゥインのアルバムを丸ごとライヴでやったんだよな。あれは素晴らしかった。ただ僕の考えでは、それを踏まえて即興を展開するというもので、たとえばドラムもただ機械的に叩くんじゃなくて即興で対応してほしかった。となると、ものすごく難しい仕事だよね。ありがたいことに、アダム・ベッツ〔註:TTTのドラマー〕という適任者と出会うことができて、始動したのが2005年……2006年だったかな。その前に僕はギタリストのマット(・カルヴァート)〔註:TTTのギタリスト〕とふたりで完全フリー即興のライヴをやっていたから、そこからの発展形としてすべてが整ったのが2007年。そしてTTTを名乗って最初のアルバムを出したのが2009年……いや、2008年か。音楽仲間と暮らしていて、そこにレコード会社の人間もいたから人脈は豊富だった。結局、僕らのためにレーベルをスタートするという友だちと組んだんだけど、知り合いが多かったからあっという間に注目が集まった。その時点で僕らがやっていた音楽って、かなり変わってたと思う。バトルズが解散した直後で……バトルズって覚えてるかな、ライヴ電子音楽をやっていたバンドで……

はい。彼らの『Mirrored』が出てから10年になりますね〔注:この取材は昨年おこなわれた〕。

TR:ああ、10年前か。だからまあ、ああいうライヴでやる実験的な電子音楽がおもしろかった時期ではあって、ワクワク感があったんだ。僕らのバンドもエネルギー満載、怒りあり、ユーモアあり……僕は25歳くらいで、(TTTは)人生のあの時期にやるのにふさわしいバンドだったんだと思う。じっさい、僕もいろいろと腹の立つことがあって(笑)、エネルギーを持て余していたから(笑)。ピアノで美しい叙情的な演奏ばかりしている気分じゃなかったんだろう。ツアーらしきこともやって、ほんとうに楽しかった。10年の間にソフトウェアが様変わりして、いまや電子音楽をライヴでやるなんてごく当たり前のことになっているから、若い人はピンとこない話かもしれないけどね。いまはどこへ行ってもそういうライヴを観られるし。次から次へと、みんなが便乗してきてさ。TTTのドラマーはいま、ゴールディとスクエアプッシャーのドラマーをやってるよ〔註:つまりショバリーダー・ワンのドラマー、カンパニー・レイザーの正体はアダム・ベッツだったということ〕。

へえ。

TR:あいつ、あのスタイルのドラミングの世界的なエキスパートになって、当初の僕らが必死になって真似しようとしてたバンドでプレイしているという……

(笑)。

TR:でも、 僕も喜んでる。そもそもうまいやつだったけど、あのバンドでの経験がなかったら、いまの活躍はなかったと思うんで、見ていてワクワクするよ。現状、あの分野のパイオニアとしてのしかるべき評価をあいつはまだ得ていないと思う。そのうちそうなるだろうけどね。理由はさておき、あいつより有名になっているドラマーは他にいるけどさ。あいつのソロ作にも、完全にイッちゃってるすごいのがあるから、ぜひチェックしてみてよ。TTTと同じレーベルから出てるから〔註:『Colossal Squid』〕。あいつもいつか日本で活動できるといいんだけど。

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ピアノ自体が体現するものは19世紀であり、それが人気だった時代なんだよね。〔……〕ピアノで新しいことをやろうと思うなら、やり方を工夫する必要がある。社会的にも政治的にも歴史的にもさまざまな背景を背負った、侵食された楽器なんだから。


Tom Rogerson with Brian Eno
Finding Shore

Dead Oceans / ホステス

Modern ClassicalAmbient

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クラシックの海を航海するうちにジャズの島に辿り着き、また海に出てロックの島に寄り、気がついたら出航した岸辺に戻っていて、そのトイレでブライアン・イーノに出会った。

TR:ははは、正確にはトイレの外で、だけどね。僕は彼女を待ってたんだよ。もちろん、彼女は女子トイレに入ってて(笑)、出てくるのを待ってたらブライアンが通りかかった。トイレに行こうとしてたのかどうかはわからない。とにかくトイレの前だった。で、顔を見たらブライアンだったから、挨拶しちゃおうかな、と思って、したんだ(笑)。そして一緒にレコードを作るに至ったんだから、なかなかすごい展開だよね。当然だけど、まさかこんなことになるなんて、そのときは思ってなかった。ただ「ハロー」って声をかけただけで……なんて言ってるうちにこの話がとんでもなく美化されてしまうと困るのでいまのうちに言っておくと、彼と僕は同じ町の出身なんだよ。イングランド東部の、海に近いほんとうに小さな町の、ね。だから、いつかブライアン・イーノに会うことがあれば、それが話のきっかけになるとはずっと思ってた。彼は地元の有名人で、僕も音楽的にずいぶん影響されていたからね。もちろん大きな影響を与えてくれた音楽家は他にも大勢いるけど、そういう人たちと話す機会がもしあっても「あなたに影響されました。ありがとう」くらいしか言えないのに対して、ブライアンには「すごく影響されました。しかも僕もウッドブリッジ出身なんです」と言えるぞ、と(笑)。同郷っていうのは興味を惹くだろ? たとえそれっきりもう会うことがなくても、その場ではその話題だけで5分は盛り上がれるんじゃないか、と思ってた。じっさい、僕らはその場で5分は喋ったし、連絡先を交換してその後もつきあいが続いたんだ。僕がTTTの話をしたらライヴを観に来てくれたから、メンバーにも紹介した。僕らのライヴには何度も足を運んでくれて、バンドとの共演もしたし、彼がキュレイトしたフェスティヴァルに僕らを呼んでくれて、そこで一緒にセッションしたこともある。いつか個人的に彼と組んでやってみたいと、ずっと思っていたのが今回実現したんだよ。

出会ったのは何年ですか?

TR:2012年だな。

そうでしたか。じつはこの雑誌が2012年の終わりにブライアンにインタヴューしているんですが〔註:紙版『ele-king vol.8』『AMBIENT definitive 1958-2013』にも再録〕、そのときに注目しているバンドを挙げてもらったらTTTの名前が出てきたんですって。

TR:それってたぶん、ノルウェーで彼がキュレイトしていたフェスティヴァルに僕らを出してくれたすぐ後じゃないかな。あのときの演奏は僕ら史上有数の出来だったんだ。

ブライアンからの影響、もしくはブライアンの音楽の初体験はなんでしたか?

TR:これがすごく単純なんだけど、U2の『Rattle and Hum』のビデオなんだ。意外に思うんじゃない? 僕が5~6歳の頃、兄がU2に夢中で、うちに初めてのビデオプレイヤーが来たとき、わが家で初めて観たVHSのテープはU2の『Rattle and Hum』だった。『The Joshua Tree』のツアーを網羅したやつ。ほとんどモノクロで、半ばでいきなり画面が真っ赤になる、あのシーンに圧倒されて。こうして話しているだけでも鳥肌が立つくらいなんだけど……とにかく、その真っ赤な画面に“Where the Streets Have No Name”のイントロが流れてくる。『The Joshua Tree』の1曲目だ。美しいVX7の音。ブライアン・イーノが録音した音だ。あのレコードは彼がプロデュースしたんだからね。それがほんとうに印象的で、赤い画面に彼らのシルエットが浮かび上がり、ステージに上がってきた彼らが位置につくとラリー・マレンが叩き始める……いや、タタン! と鳴らして、そこでストップするんだ。そこであのアイコニックなジ・エッジのギターリフが鳴り始めるんだ。ティリリリリ~♪ で、ドラムがタタンタタンタタン、ドゥドゥドゥドゥ、タンッ! ときて、いきなりスタジアムが明るくなる。スタジアム全体が明るくなって、ヘリコプターからの映像に切り替わり、そこがアメリカンフットボールのスタジアムで、8万人だかでビッシリ埋まっているのがわかるんだ。もう最高。そしてバンドは“Where the Streets Have No Name”の演奏に突入、と……、その影にブライアン・イーノがいたことは当時は知らなかったけど、あのなんとも劇的な瞬間はずっと印象に残っていて、大好きだった。僕の兄は7歳、いや8歳年上なんだけど、U2が好きだったからブライアンが関わっていることも知っていて、「このブライアン・イーノって人はウッドブリッジ出身なんだぜ」と教えてくれて、以来僕も「『The Unforgettable Fire』や『The Joshua Tree』や『Achtung Baby』はこの町から生まれたんだ!」ぐらいに思っていた。ブライアンにはロジャーっていう弟がいて……、ブライアンのお母さんは2005年頃に亡くなっているんだけど、彼女がずっとウッドブリッジ在住だったからイーノ家の男の子ふたりもあの町の育ちで、ロジャーに至っては4×4の車のナンバープレイトに「ENO」って書いてあった。「R15ENO」とか、そんな感じだったと思う。

へえ……(笑)。

TR:子どもの頃、「ENO」って書いてあるナンバープレイトの車とすれ違うと大騒ぎしたもんだよ。

すごいですね。小さい町と言いながら、ずいぶん音楽的な町だったんじゃないかと思えてきました。

TR:考えるとすごいよね。ブライアンは運転しないから、そんなナンバープレイトはおろか、そもそも車を持ったことがないらしいけど(笑)。

そうですか、U2が最初だったんですか。よく知られている彼のアンビエント的なものではなくて。

TR:アンビエント・ミュージックを初めて知ったのは16歳のときで、アメリカのバング・オン・ア・キャンというクラシックのグループだった。『Music for Airports』のカヴァーをアコースティックでやっていたんだ。ロイヤル・アルバート・ホールのBBCプロムス〔註:プロムナード・コンサート〕で、生楽器で演奏していた。まだ僕もクラシックに入れ込んでいた時期で、(BBCの)ラジオ3を熱心に聴いていたら、そのプロムスが流れてきて、僕がピアノでやっていたインプロっぽいことと少し似ているという意味でも驚いたし、刺戟的だった。その後、あんな感じの音楽を書いてみようと努力した記憶もある。『Music for Airports』のピアノの旋律はロバート・ワイアットが弾いていたはずだけど、いまだに僕には印象的で参考にしたくなるんだよね。そこからスティーヴ・ライヒにも興味を持ったし、ロンドンの音楽仲間……さっき話したインディーズのシーンの連中に教えられてデイヴィッド・ボウイとかトーキング・ヘッズとか、ブライアンが手がけてきたいろんな音楽のおもしろいコラボレイションを知ったんだ。デイヴィッド・バーンもそうだし、ロバート・フリップとか、ジョン・ハッセルとか、すごいのがたくさんあった。そうこうするうちに、僕も立派なブライアンおたくさ。

(笑)。

TR:そうなったのは20代になってからだけそね。その前の、8歳と16歳でじつは彼の音楽に遭遇していた、ということ。

今回、作業はどう進めたんですか? じっさいにブライアンと同席して一緒にやった?

TR:そうだよ。ロンドンにある彼のスタジオで、アップライト・ピアノが1台と、彼が試してみたいと言っていたモーグ・ピアノというやつを、いい機会だから使ってみようということで持ち込んで、彼は僕と背中合わせに近い形で座って……お互い直角ぐらいの位置かな、手を伸ばせば届く距離だよ。その状態で僕はピアノを弾き、彼はデスクトップ・コンピュータをいじりながら音を作ったりミックスしたりしていた。僕が弾くピアノの音を彼が録って……ピアノからのMIDIシグナルを彼がコンピュータに録音して、その後、加工していったんだ。たしか作業は15日間。すごい量の音楽を録音したよ。

すみません、もう予定の30分を過ぎているんですが、まだ大丈夫ですか? あと10分でもいただけたら嬉しいんですが。

TR:ぜんぜん大丈夫だよ。僕はいつまでだって喋っていられる。

(笑)。ありがとうございます。助かります。えぇと、ブライアンが試してみたかったというのはモーグ・ピアノ、でいいですか?

TR:うん。モーグ・ピアノ・バー、かな、正確には。

有名なプリペアド・ピアノではなく。

TR:そう。モーグっていうあの楽器の会社が2003年……だったと思うけど、に作ったやつで、ピアノの上に設置してアコースティック・ピアノをデジタル・ピアノに転じるという……。でもプリパレイションはまったく絡んでいない。弦には触れないんだ。鍵盤に触れるだけで。なんか、不思議なセンサーだけで技術的にはじつは極めて基本的なものらしくて、2003年に製造したものの評判はいまいちで、数もあんまり作られなかったらしいよ。たまたまブライアンが1台持っていたんだけど……。

彼はうまく使いこなしていました?

TR:と、思う。なかなかクールな機材だった。うまく機能しないというか、ピアニストからすると不安定で使いづらい。単純な仕組みなのに気分屋で、当てにならないから使い勝手はよくないね。

ケータイに記録しておこう、なんて思った途端に本質から外れて台なしだ。体験することの価値、その場にいることの価値、その瞬間にそのミュージシャンがやっていたことは瞬時に消えて二度と戻らないという刹那の価値。

アルバムの構成ですが、最初のほうに美しいピアノのメロディが印象的な曲が続き、終盤に向けて実験性の高い曲が出てくるようですね。これは流れを考えて意識的にそうしたんでしょうか?

TR:スタジオで15日間作業して、毎日何時間もやっていたから……基本すべて即興で、終わったところで編集というか、音量調整したりすることはあっても、ほとんどはその場で僕が演奏したものそのままなんだ。で、すべて曲が揃ったところでアルバムに仕立てるのは僕に任された仕事だった。だから、ぜんぶ持ち帰って必死でやったよ。要は曲選びってことだけど、ふたりで好きなようにやった結果だから、ものすごく幅広い音世界が網羅されていて、下手したらちょっとゴチャゴチャした印象のアルバムになってしまうんじゃないかと僕は懸念した。ありとあらゆることをやっていて、おもしろいけどとっ散らかってしまうんじゃないか、と。そこで一体感を持たせるために追求したのは、ブライアンの音楽言語である彼の音世界……これはつねにけっこうな一貫性があって、オルガンだろうがベルだろうが徹底しているんだけど、僕の側の音世界は僕の感覚によるメロディでありハーモニーなので、それを彼の世界と擦り合わせて全体としての説得力を持たせなければ……と、まあ、それが音の整合性なわけだけど、他に曲を並べたときに自然な曲線が描かれるような……しかるべきところで頂点に達して、ストーリーを感じさせながら聴き手を旅に誘うような、どこかへ連れ出してしまうような……、いや、違うかもしれないな……、おかしな話だけど、あちこち旅して回って最後には出発した場所に戻っていくという感じを出したかったのかもしれない。ぐるっと長い環状線を歩いて、出発点に戻ってきたときに、最初とはまったく違う新しい視点で同じ場所を眺められるようになっている……、旅をしてきたおかげで、ね。まあ、そんなことをそこまで意識して曲順を決めたわけではないけれど、後から考えるとそんな感じがする。おっしゃる通り、穏やかに、ピアノ重視な始まりから段々とエレクトロニックになっていく中盤、そしてけっこういろんなことをやった上で最後にまた穏やかなエンディングに辿り着く、という感じかな。

穏やかな岸辺、ですね。タイトルが示すように。

TR:そういうことだね。

ピアノはとくにクラシックの分野では昔から主要なメロディ楽器でしたが、発明された当初は非常に馴染みのない、いまでいうデジタルな感触の響きと受け止められたのでは? と質問者は言っているのですが、どうでしょう、意味はわかりますか?

TR:あぁ、もちろん! わかるよ。その通りだと思う。いい指摘だ。まず、ピアノが音楽に与えたインパクトは驚くほどラディカルなものだったはずだ。ああいう形でスケールを鳴らせる楽器が登場したんだから。バッハもピアノでは作曲していない。彼が使ったのはキイボード……クラビコードもしくはハープシコードだ。バッハの音楽は非常に音数が多い。タンタンタンタンタンタン……♪ と、ぎっしり音で埋まっている。考えてみるとそれはアルペジオだろう。モーツァルトやハイドンですら、あるいはスカルラッティあたりの音楽もティラリラティラリラ……♪ と延々と繰り返すことをやっているが、あれだってつまりはアルペジオさ(笑)。おもしろいよね。ショパンだって、ショパンというとみんな叙情的なメロディで有名だと思っているだろうけど、彼の音楽には音の連なりがものすごく多い。いわば16分音符だ。古いエテュードなんか、ティラリラリラ……♪ って(笑)、あれをピアノが支えたことは驚くべき音盤を……音世界を得たことになる。うん、そのジャーナリストの指摘はまったくその通りだと思う。現代におけるシンセサイザーのように、音的にいろんなことを可能にしてくれたはずだ。とくにペダルを使うと巨大な音を鳴り響かせることができるし、サステインも効くし、それ自体がオーケストラだという印象を与えたんじゃないかな。それが一般の人の居間にふつうに置かれるようになり……、いまのピアノの興味深い点は、ピアニストとしては逆にそれが古代の技術であることを意識すべきだということ。もちろん、いまもって優れた楽器であり、インターフェイスが機能していることは後のキイボードもシンセサイザーもピアノのそれを模していることからも明らかだけれど、ピアノ自体が体現するものは19世紀であり、それが人気だった時代なんだよね。エレクトリック・ギターが50年代から60年代、70年代あたりの新しさを象徴しているのと同じだ。いま、エレクトリック・ギターを弾きながら新たな文化を創造している感覚を味わうのは難しい。ジミ・ヘンドリックスがしたように。ね? ピアノにも同じことが言えると僕は思う。ピアノで新しいことをやろうと思うなら、やり方を工夫する必要がある。社会的にも政治的にも歴史的にもさまざまな背景を背負った、侵食された楽器なんだから。そう考えると、これだけピアノ音楽が溢れている現状は興味深い。ここ数年のピアノ音楽は……、こちらの状況で話しているけれどもおそらく日本もそうだろう、日本は昔からピアノに親しみがあるから。

ヤマハの国ですから。

TR:あはは、そうだった。間違いなく最高のピアノを造っている。シンセサイザーも最高だと僕は思うが……、まあ、それはいいとして、ヨーロッパではピアノ音楽の人気の高まりがこの数年顕著でね。たぶんそれは時代を超えて人間に共鳴する馴染み深い音……アコースティックな音をいままた人びとが求め始めていることの証なんじゃないだろうか。デジタル・ライフを象徴するソーシャル・メディア的な、刺戟の多い複雑な混乱した世の中からの逃避、というか。それがいま、より静かな(stiller)ピアノ音楽の再評価という形で表出しているんじゃないか、と僕は思うんだけど、どうだろう。だとしたら、その嗜好は僕にもよくわかる。ただ、僕のレコードがやっていることはそれとは違う。僕のレコードは相変わらず……、なんて言うんだろう、僕のレコードにはデジタルが存在しているから……、なんだろうなあ、べつにラディカルなことをやって驚かせてやろうとか、そんなつもりはぜんぜんないけれど、なんかちょっと他とは違うことをやりたかったんだよね。自分なりの出口を模索した結果、というのかな。ピアノで何ができるのか、と考えた結果、こういう突破口を見つけた、と。TTTについて話したときに言ったように、僕はつねに電子音楽をライヴでやる手法に興味を持って探求してきた。どうすればライヴで優れた電子音楽を披露できるのか。電子音楽はそもそもライヴなものではなかった。シーケンサーやサンプラーやドラムマシーンといった機械を操作して動かすわけだけど、そこに人間という要素が入り込んできて電子音楽を演奏しようとしたら……あるいは電子音楽的なスタイルやサウンドや技術で演奏しようとしたらどうなるか、というのが僕のかねてからの関心事で、ドラムマシーンのように完璧なプレイができるドラマーなんていないし、完璧じゃないがゆえに人間を補おうとしてAIだなんだって洗練された技術が追い求められるのは、それはそれでけっこうなことだが、だったら人間にしかできないことってなんなんだろう、と思うよね。

不完全であること、ですよね。

TR:そうだよね。だから僕らのレコードではそれを許容することにしたんだ。

このレコードもいずれライヴで演奏することを想定して作っていたんですか?

TR:もちろん! 当然だよ。というか、もうやってる。このアルバムはライヴ映えしそうだ。もう少しするとビデオが公開されるから、それを観れば具体的にどうライヴで展開しているかわかるだろう。

そうなんですね。

TR:あと2週間くらい、かな。さっきも言ったようにレコードは即興演奏を文字通り記録(record)したものだけど、曲のもとになっているコンセプトの多くは永遠に拡大可能なんで、どんどん発展させて演奏することができるんだ。コンサートでは、たとえば最初の曲で最初の音を弾いたら、記憶しているその曲を数分弾き進め、どこかの時点でさらなる即興に転じる。あとはどうなるかわからない。もとが即興なんだから、1音1音完全に再現したところで無意味だ。その日のその瞬間にしか生まれえなかった曲なんだから、その精神を再現するという意味でライヴこそが僕にとっては生命線なんだ。レコーディング以上にライヴは興味深い。一度作った曲を世界へ持ち出して、行く先々で、みんなが観ている前で、さらに発展させてみせる。それがライヴの醍醐味。もちろん、そうかけ離れたものにはならないよ。でも、毎晩やるたびに曲が変わるという楽しみや、お客さんに彼らだけの経験をしてもらえるという喜び。曲単位ではなく、一晩ごとにそのときしか存在しない何かを体験するという、まさにそれこそが即興だよ。デジタル文化においては、撮った写真がぜんぶそのまま永久に保存されるけれど、即興は瞬時のものだけにものすごく集中力を要するし、その場にいなければ味わえないという、いまの文化に逆行するとても価値のある体験だと思うんだよね。ケータイに記録しておこう、なんて思った途端に本質から外れて台なしだ。体験することの価値、その場にいることの価値、その瞬間にそのミュージシャンがやっていたことは瞬時に消えて二度と戻らないという刹那の価値。やってる側もだけど、お客さんも思い切り集中しないと体感できないだろうね。

長らくありがとうございました。日本でもライヴを聴けますように。

TR:ああ、ぜひそうしたい。僕はまだ日本に行ったことがなくて、TTTもある程度ファンが日本にいたようだけど機会がなかったから……うん、日本に行けたら楽しいだろうな。音楽的に日本のカルチャーはすごく進んでいる印象がある。遠くから見ている印象だけど、なんだかすごくおもしろそうだ。とにかく、話を聞いてくれてありがとう。

Yoshi Horino(UNKNOWN season / YoshiFumi) - ele-king

House Tree Top10

手前味噌ですが、音でつながるご縁から広がり生まれたコンピ2月26日発売(Traxsource独占販売)をよろしくお願いいたします!

V.A. - House Tree(USDC0077) - UNKNOWN season
https://soundcloud.com/unknown-season/sets/v-a-house-tree-26th-feb-2018
feat. Franck Roger, Korsakow(Tigerskin aka Dub Taylor), Jack Jenson
Alton Miller, Lars Behrenroth, Pete Moss, Nick Holder
Chris Coco, Satoshi Fumi, Crispin J Glover, Iori Wakasa, Luyo and more

DJ schedule:

3.2.(Fri) Deep Monday Final at 頭バー
3.17.(Sat) PYROMANIA at 頭バー
4.20 (Fri) Plus at Suree

interview with Shuichi Mabe - ele-king


集団行動 - 充分未来
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  相対性理論――この文字列を目にしセックスの理論と勘違いする者はよもやおるまいが、しかしノーベル賞を授かったかの名高き物理学者よりも、2006年に結成されたかの軽妙なるポップ・バンドのほうを思い浮かべる者はそれなりに多くいるだろう。さほど彼らが00年代末期に残した衝撃は大きかったわけだが、それは彼らが意識的に「ポストYouTube」や「ソフトウェア」といった惹句を掲げ、「メタ」や「フラット」といった言葉が盛んに飛び交っていた同時代の潮流とリンクする活動をコンセプチュアルに展開していたこととも無縁ではあるまい。
 その相対性理論を脱退した真部脩一が、同じく相対性理論の一員だったドラマーの西浦謙助と、新たにオーディションで出会ったヴォーカリスト・齋藤里菜とともに起ち上げたプロジェクトが集団行動である。昨年1月より活動を開始し、6月にはファースト・アルバム『集団行動』を発表、年が明けてこの2月には早くもセカンド・アルバム『充分未来』をリリースしている。
 この集団行動なるいささかかぶいたバンド名を耳にすると、くだんの相対の性理論もとい相対性の理論と同じく、その背後には入念に練られたコンセプトが横たわっているのではないかと勘繰ってしまうが、どうやら今回はそういうわけではないらしい。むしろ現在の真部はわかりやすさをこそ索めているという。「どこかで聴いたことのある感じってポップスの条件だと思うんです」――そう語る彼は、「メタ」や「フラット」といったタームによって彩られた今世紀初頭の文化的喧噪を、それこそ相対化しようと目論んでいるのかもしれない。いままっすぐにポップ・ミュージックの王道を歩まんと試みる彼に、その心境の変化やバンドの成り立ち、新作の勘所について伺った。

「こんなのバンドじゃねえ」と言っている感じです。「ただの集団行動だろ」っていう(笑)。

まず何よりバンド名が印象的ですが、これには何かコンセプトがあるのでしょうか?

真部脩一(以下、真部):いや、今回はコンセプトは皆無ですね。とにかく「バンドをやろう」というところから始まっています。相対性理論のときは「曲ができたから人を集めよう」という形でスタートしたんですが、集団行動は「バンドを組むために曲を書こう」というところから始まっているグループなんですよ。

相対性理論脱退後は、ハナエさんやタルトタタンさんをプロデュースされたりVampilliaに加入されたりしていましたが、いままたご自身のバンドをやろうと思ったのはなぜですか?

真部:心境の変化というか、フリーランスになってプロデュースという作業に関わらせてもらうようになって、それはけっこう自分に向いているし得意だと思ったんですけど、でもそれを続けていくうちに、僕はひとりのリスナーとしてはプレイヤーの音楽が好きというか、構築された音楽よりも演奏された音楽のほうが好きだということに気づいたんです。小さい頃からジャズが好きだったというのもあって、このまま音楽にプレイヤーとして参入できなくなるのは心残りだなと。

相対性理論のときはあまりそういう感覚はなかったのでしょうか?

真部:相対性理論に関しては、主体性を持って取り組むようなバンドではなくて、むしろそういうものを排除していこうというか、そう見えないようにしていこうというバンドだったので、主体的に音楽に関わるきっかけがあるとしたらいまかなと思ったんですよね(笑)。

相対性理論はやはり時代性みたいなものを意識していたのでしょうか?

真部:相対性理論ってウェブを利用して仕掛けたバンドだと思われているんですけど、べつにそんなことはなくて、たんにウェブで扱われやすかったバンドだと思うんですよね。「ポストYouTube時代のポップ・マエストロ」と銘打っていたんですが、当時はいろいろなコンテンツがフラットになっていって、事件性やメッセージ性のようなものが暑苦しく感じられるようになっていって、僕もそういう暑苦しいものが好きではなかったので、自分の好みと時代性がちょうど合ったところでやっていたバンドなんです。だからけっこう意識的に当事者性を排除していた部分があって。

当事者性というと?

真部:当時「相対性理論はソフトウェアである」と謳っていたんですけど、要するに相対性理論は「発信者」ではなくて「どこかの第三者が作り上げたソフト」である、というふうに打ち出していたんですよね。

初音ミクのような感じですか?

真部:そうですね。ただそうなるとけっこう寿命が短かったというか。結局そのあとにSNSが出てきて、タイムラインという概念が登場して、また事件性みたいなものがフィーチャーされるようになってきた。それでちょっとバカバカしくなったというか、自分の得意としていたメタな部分に少し飽きちゃったんです。だったらひとりのプレイヤーとして一生懸命音楽を作りたいと思ったんですね。

なるほど。でもやっぱり「集団行動」というネーミングはだいぶコンセプチュアルですよ。

真部:そう見えますよね。でもたんに「バンド」という概念を目指しているだけなんです(笑)。じつはまだぜんぜんバンド的じゃないんですよ。バンドマンが「こんなのロックじゃねえ」って言うのと同じように、「こんなのバンドじゃねえ」と言っている感じです。「ただの集団行動だろ」っていう(笑)。まだバンドになっていない、ということですね。

メンバーもまだぜんぜん足りていないというようなことを仰っていましたよね。

真部:始まった時点でリズム・セクションすら揃っていなかったという(笑)。ギター、ドラム、ヴォーカルの3人でスタートしたので、ほとんどのパートを僕が演奏せざるをえない状態でした。だからこそバンドであることに意識的になったというか。

ベースは真部さんが弾いているのですか?

真部:前作まではそうですね。ファースト・アルバムはギター、ベース、キーボードを僕がやって、そこにドラムとヴォーカルが加わる形でした。ただ今回のセカンド・アルバムではサポート・メンバーに入ってもらっているんです。そうすると自然にバンド感が出てくるんですよね(笑)。ゴダールの『ワン・プラス・ワン』という映画の、ぜんぜんレコーディングがうまくいかなくて、1週間くらい試行錯誤して、ひとりパーカショニストを呼んでみたらなんかうまくいっちゃった、みたいな感じに近くて(笑)。やっぱりロック・バンドはちょっと他力本願だなと(笑)。いまはその状況を楽しんでいますね。

誰にでもできるところまで削ぎ落とされたもののなかに、その人じゃないと成り立たない要素がふと浮き上がってくる音楽がすごく好きなんですよ。

真部さんのリリックは、情景を想起させたり物語を紡いだりすることよりも、韻の踏み方だったり子音と母音の組み合わせだったり、音としての効果のほうに重きを置いているような印象を受けました。

真部:そう言っていただけて本当にありがたいんですが、自分としてはすごく薄味を目指しながらも、結局はドラマ性や意味性みたいなものを捨てられずにいたという感じなんです。以前東浩紀さんにお会いしたときに「君はPerfumeみたいな意味性のないものは書けないのか」と言われて(笑)。そこは自分の未熟な部分でもあって。言葉って並べてしまった時点でどうしてもドラマや意味が発生しちゃうんで、その扱い方に長けていなかった。それにそもそも、単純にドラマティックなものが好きなんですよね。なのでドラマ性や意味性を保ったなかでなるべく軽く軽く洒脱に、ということをやってきたんですが、最近はそれってちょっとわかりにくいのかなと思い始めていて。いまは、ベイ・シティ・ローラーズのようなもっとわかりやすいものを求めていますね。たとえばマドンナのファーストは、感情移入の懐が広くて、言葉もすごく平易なのに奥行があるんですよ。そういうものに挑戦したいと思っていて。

いわゆる「ナンセンス」みたいなものを目指しているのかなとも思ったのですが。

真部:僕は私的なことを歌詞にしているわけではないので、どうしてもストーリーテリングが平坦になってしまう。それを異化するための工夫として、ナンセンスが必要だったんです。でも、いまとなってはちょっと回りくどいかなと。今作は単純に、作詞家としてもう少し自分を軽量化する必要があるんじゃないかと思っていたんですよね。

ちなみに水曜日のカンパネラについてはどう見ていますか?

真部:ケンモチ(ヒデフミ)さんとは仲が良いんですよ。相対性理論を抜けて2、3年した頃かな、Vampilliaのメンバーとして知り合ったんですよね。(水カンの)“一休さん”という曲が出たときに、ケンモチさんから「真部くんさあ!」って電話がかかってきて(笑)。「YouTubeのコメント欄で相対性理論のパクリだってすごい叩かれてるんだけど、聴いてみたらたしかにそう思わせる部分あったわ!」って(笑)。

そう言われて実際に似ている部分はあると思いました?

真部:「そうですかねえ?」という感じです(笑)。そもそも僕だったらコムアイちゃんみたいなポップ・アイコンをきちんとコントロールできないと思いますし。ただ楽曲のクオリティとか、ケンモチさんはひとりの職人としてすごく達者な方なので、素直にリスペクトしていますね。

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集団行動をやるうえでよく聴いているのはN.E.R.D.ですね。


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真部さんと組むヴォーカリストは女性が多いと思うのですが、真部さんの理想のヴォーカル像はどういうものでしょう?

真部:すごくフラットなヴォーカルというか、無味無臭に近いヴォーカルですね。背景づくりでコントロールできる幅が大きいヴォーカルというか、僕が楽曲制作で試行錯誤をするなかで、その方法論的なものに対する効果が目に見えやすいようなヴォーカルはやっていて楽しいです。『リアル・ブック』に載っているリードシート1枚で足りちゃうような音楽、つまりすごく削ぎ落とされた形の音楽に情感が乗ってくる瞬間が好きで。誰にでもできるところまで削ぎ落とされたもののなかに、その人じゃないと成り立たない要素がふと浮き上がってくる音楽がすごく好きなんですよ。

ちなみに、昨年はV6にも楽曲を提供されていましたよね。

真部:しました。そこまで聴いていただいてありがとうございます(笑)。

僕はけっこうジャニーズが好きなんですが、彼らって歌い方やコーラスが独特ですよね。これまで組んできた女性ヴォーカリストたちとはまたちょっと違う感触だったのではないでしょうか。

真部:そうですね。僕はディレクションにはぜんぜんタッチしていなくて、だからこそできた部分もあります。女性ヴォーカルに慣れてしまっていたので、すごく勉強になりました。ジャニーズさんはキャラクターがはっきりしているというか、ユニゾンで歌っているときもそれぞれの声質がわかるのがおもしろいなと思って。

あれはおもしろいですよね。

真部:僕はマイケル・ジャクソンがすごく好きなんですけど、彼は暑苦しくないペンタトニックを使うんですよ。涼しいというか(笑)。でもそれは、その5音以外の部分こそが勘所で、そのはっきりした音以外の部分をどうやって埋めるかというところが難しいんですね。ベンドの具合だったり、上からしゃくるか下からしゃくるかとか、ロング・トーンにしてもちょっと上がるか下がるかというところで大きく変わってくる。そこにキャラクターが反映されるわけですが、ジャニーズのとくにV6さんはそれがピカイチなんですよ。自分の音にしちゃう技術が本当に職業的に優れている。そこはびっくりしましたし、その後の自分のディレクションやプロデュースに反映されていると思いますね。そういう意味ですごく勉強になりました。

集団行動のヴォーカルの齋藤里菜さんとはオーディションの場でお会いしたそうですね。彼女のどういうところにピンときたのでしょう?

真部:齋藤はよくわからない大物感があるんですよ(笑)。彼女は《ミスiD》というオーディションにエントリーしていた女の子だったんですが、たまたまその《ミスiD》の主催側の方と知り合うきっかけがあって、オーディションに同席させていただいたことがあったんです。《ミスiD》って自分を発信することに意欲的な人たちが集まっているんですが、そのなかに明らかに馴染めていない人がいて。まったくクリエイションの匂いがしないというか。それも新鮮だったんですが、齋藤はわりと対応力もあったんですね。試しに歌ってもらったときに、さきほど話したようなペンタトニックの、正確な部分とその他のノイズになっちゃう部分とがはっきり分かれていて。合っている音は合って聴こえるんだけれども、合っていない部分がぜんぶノイズに聴こえちゃう。それがすごかったんです。

ノイズというのはつまり、歌や人の声ではないものとして聴こえるということですよね。

真部:そうです。表現がまるでないというか(笑)。それを見て、「本当にピュアなヴォーカリスト」みたいなものの成長過程に立ち会えるのではないかと思ったのと、あと齋藤は度胸があって一生懸命やってくれそうな人だったので、僕が理想とするフロントマン像に近かったんです。

なるほど。今回の『充分未来』で齋藤さんのいちばん良いところが出ている曲はどれですか?

真部:2曲目の“充分未来”ですね。今回目指した方向性のひとつに、自分からすごく遠いところにあるものに歩み寄ろうというのがあって、齋藤は僕と出会ったときにはCDを2枚しか持っていなかったんですよ。

それは、ストリーミングで聴いているということではなく?

真部:ということでもなく、ストリーミング・サイトすら知らないという状況で(笑)。「何持っているの?」と訊いたら「西内まりやとテイラー・スウィフト」って返ってきたんですよ。

すごい組み合わせですね(笑)。

真部:そうなんですよ(笑)。今回のアルバムの曲が出揃い始めたときも、“春”とか“オシャカ”とか、わりとJポップのクリシェに近いものを聴いて「真部さん、やっと私の知ってる感じの曲が!」って(笑)。自分としては、今回の収録曲のなかで“充分未来”がいちばん既聴感が強いというか、「なんでいままでこれを書いていなかったんだろう」というくらい手癖に近い曲なんですよ。そういう自分の楽曲に、CDを2枚しか持っていなかった人がフィットしているのがおもしろくて。だから“充分未来”は僕と齋藤の共同作業をいちばん感じる曲でしたね。あと、齋藤がヴォーカリストとしての自意識みたいなものを獲得していく過程がいちばんいい形で表れているのが“フロンティア”ですね。齋藤は経歴が特殊で、キャリアのスタートからずっと抑圧されていたというか、「そういうの止めろ」ばかり言われてきたヴォーカリストなんです(笑)。だからすごく自意識を獲得するのが難しい環境にいるんですよ。でもヴォーカリストと自意識って切っても切り離せないものなので。

なるほど。それで“充分未来”がアルバム・タイトルになっているんですね。

真部:そうです。前作(『集団行動』)に関しては自分の作風にフィットしないものを楽しむというか、ちょっとした違和感みたいなものを残したまま作品として仕上げるという部分があったんですが、今回は“充分未来”のように自分らしさがはっきり出ている曲と、“オシャカ”のようなクリシェの曲が並んでいるアルバムにしたいと思って。なので既聴感みたいなものを基準に選曲していきました。どこかで聴いたことのある感じってポップスの条件だと思うんです。自分の作風に対する既聴感と、Jポップ一般に対する既聴感と、その両方が感じられるようなアルバムになるといいなと思ったんですね。

共同作業って一緒にやる人を好きになっていく過程なんです。

今回の新作は全体的に、前作よりも音楽的な幅が広がったように感じました。たとえばさきほど話に出た“フロンティア”にはラテンの要素が入っていますよね。

真部:それに関しては、たんに僕に時間ができたというか(笑)。メンバーが増えたおかげで、プレイヤーとして複数パートを弾くことから解放されて、アレンジの自由度が高まったんです。前作のときは、とにかくバンド感を打ち出そうとするあまりギター・ロックに終始してしまいましたけど、自然とバンド感が出てくるようになったので、今回はもっと幅広くやってみてもいいかなと思ったんです。

これは西浦(謙助)さんに尋ねたほうがいいのかもしれませんが、5曲目の“絶対零度”のドラムにはちょっとドラムン的なブレイクビーツが入っています。

真部:そのアイデア自体はファーストのときからあったんですが、正直言って僕はこういう生ドラムのブレイクビーツがあまり好きじゃないんですよね(笑)。デモを一度ブレイクビーツで組んでから「これはリアレンジしなきゃな」とずっと思っていたんですけど、サポート・メンバーが入った状況でやってみたら意外と行けたというか。時間が経ったことで自分の曲が自分の手から離れたような感じですね。僕自身の好き嫌いとはべつにアンサンブルが成り立った曲です。

今回のアルバムの制作中によく聴いていたものはありますか?

真部:集団行動をやるうえでよく聴いているのはN.E.R.D.ですね。プロデューサーだった人たちがバンドをやってみました、というところにシンパシーを感じるんです。

最近復活して新作を出しましたよね。そのアルバムですか? それともファースト?

真部:ファーストとセカンドですね。僕は学生時代にティンバランドとネプチューンズがど真ん中だった世代なんで、そういう自分の好きなものだと整合性を取りやすいというか、憧れを形にしやすいというか。

そのあとはカニエ・ウェスト一色みたいになりましたよね。

真部:カニエはべつの意味でもショックでしたね。僕はずっとプリンスが好きなんですけど、ロック・スターってちょっと殿上人のようなところがありますよね。プリンスにしてもデヴィッド・ボウイにしても、手の届かないところにいるというか。むかし鮎川誠さんが「レイ・チャールズなんて雲の上の人で、ロックなんて自分にはおこがましいと思っていたけど、ビートルズが出てきたときに先輩の兄ちゃんが自分の憧れの音楽をいとも簡単にやっている感じがして、それが自分もやる動機になった」と言っていたんですが、カニエが出てきたときも、そういう大学の先輩みたいな人がめちゃめちゃクールなことをやっているって感じたんですよ(笑)。「自分たちの世代のロック・スターだ!」と思ったんです(笑)。

たしかにどんどん登り詰めていきましたね。

真部:登り詰めて、いまはちょっと大変なことになっていますけど(笑)。

いまや音楽活動以外のことでしょっちゅう物議を醸していますからね(笑)。

真部:もう大統領選出てくれって話ですよ(笑)。

そういうロック・スターへの憧れみたいなものは、集団行動をやるうえでも出していきたい?

真部:そうですね。そのチャンスがあるならやりたいなとは思います。ただそれを「ロック・スター」という既存のフォーマットに当てはめるのではなくて、自分の作風だったり得意分野だったりを駆使して近づけないかなとは思いますね。

ものすごくコントロールしたいのに自分がコントロールして出てきたものに対してはストレートに良いと思えないという。

Vampilliaでは戸川純さんとも一緒に活動されていますが、ヴォーカリストとしての彼女についてはどう見ていますか?

真部:僕からしてみるとお師匠というか。僕はただのいちファンなんですよ。中学生のときに『Dadada ism』を聴いていたので、Vampilliaで一緒にいること自体違和感があるというか(笑)。こういうことを言うと戸川さんは嫌がるんですけど、本当に天才なんです。

もし仮に集団行動で戸川さんをヴォーカリストとして立てなければならないとしたら、どうします?

真部:はははは。戸川さんは日本の音楽の作詞のフォーマットを刷新した人でもあるので、その影響からは完全に逃れられないというか、やっぱり呑み込まれちゃうだろうなとは思います。でも、Vampilliaのときも最初はそんなふうに「戸川さんのペースのなかでしかできないだろうな」と思っていたんですが、蓋を開けてみたらそれとはぜんぜん違う次元の、思わぬ友情みたいなところからスタートしたんですよね(笑)。まず戸川さんと仲良くなるという(笑)。同じバンに乗って移動して、仲間みたいな感じでしたね。だから戸川さんとまた何かをやることになったら、同じようにまず友だちとしての仲を深めるところからですね(笑)。でも、共同作業ってそういうことだと思うんですよ。共同作業って一緒にやる人を好きになっていく過程なんです。だからそれは戸川さんに限らず、いまのメンバーに対してもそういった意識でやっているつもりです。

ではそろそろ最後の質問です。集団行動として新たにバンドを始めてみたうえで、「バンドでしかできないこと」ってなんだと思いますか?

真部:僕はそもそもひとりでものを完結させられないというか、そもそも締め切りがないと曲が書けないタイプなんです(笑)。だから締め切りを作ってくれる人が必要なんですね。あと僕は、自分という素材だけで煮詰めたものにはあんまり興味がないんですよ。だからそれを薄めてくれる誰かがほしいというか。でもそれと同時に、性格的にはすごくコントロール・フリークなので、矛盾もあって。ものすごくコントロールしたいのに自分がコントロールして出てきたものに対してはストレートに良いと思えないという。その折り合いをつけるために協力してくれる人がどうしても必要なんですよね。

自分では思いもつかない、予想外のものが入ってきてほしいと。

真部:入ってきてほしいですね。ものを作っている人は絶対にそうだと思うんですけど、自分の好き嫌いみたいなものがひっくり返される瞬間っていちばん感動すると思うんですよ。そうして自分の好き嫌いを超えたところで良いものに出会えることこそ幸せというか、それはクリエイターとしてはすごく純粋な部分だなと思いますね。じつは僕は作曲を始めたのが20歳を超えてからで、音楽を始めるのが遅かったんです。だから、それまでの自分が音楽を作ることを必要としていなかったという引け目があって、なるべくアーティスティックに振る舞わないようにしているというか、できるだけアーティスト性みたいなものから遠ざかることを考えてやってきたんですが、10年もやっているとそれがどうしようもなく滲み出てきてしまうし、凝り固まってしまうし、そこから逃れられなくなってしまう。それを中和してくれるのはやっぱりべつの人というか、自分に協力的に関わってくれる人なんだなということを改めて認識しましたね。

まだメンバーも最終型ではないですし、これからもそういう出会いを求めているということですね。

真部:お見合い大会みたいになっても困りますけどね(笑)。


集団行動の単独公演「充分未来ツアー」

2018年3月16日(金)大阪Music Club JANUS
OPEN 18:45 / START 19:30
チケット:¥3,500(D代別)
[お問い合わせ] 清水音泉:06-6357-3666

2018年3月22日(木)渋谷WWW X
OPEN 18:45 / START 19:30
チケット:¥3,500(D代別))
[お問い合わせ] HOT STUFF PROMOTION:03-5720-9999

IMAIKE GO NOW 2018

2018年3月24日(土)&25日(日)
※集団行動の出演日は3月24日(土)になります。
OPEN 13:00 / START 13:30(会場による)
前売り:1日券¥5,000(税込) / 2日通し券¥8,000(税込)
当日:¥5,500(税込)
ドリンク代:各日別途¥500必要
OFFICIAL HP:imaikegonow.com
[お問い合わせ] JAILHOUSE:052-936-6041 / www.jailhouse.jp

01. Billie Holiday And Her Orchestra ‎– “Strange Fruit” (1939)
02. John Coltrane - “Alabam” (1963)
03. Bob Dylan - “A Hard Rain's A-Gonna Fall” (1963)
04. Nina Simone - “Mississippi. Goddamn” (1964)
05. Sam Cooke ‎– “A Change Is Gonna Come” (1964)
06. Aretha Franklin - "Respect" (1967)
07. James Brown - “Say it Loud - I'm Black and I'm Proud” (1968)
08. The Beatles‎– “I'm so tired” (1968)
09. ジャックス - “ラブ・ジェネレーション” (1968)
10. Sly & The Family Stone ‎– “Stand!” (1969)
11. The Plastic Ono Band ‎– “Give Peace A Chance” (1969)
12. Curtis Mayfield - "Move On Up" (1970)
13. Gil Scott-Heron - “The Revolution Will Not Be Televised” (1970)
14. Jimi Hendrix - “Machine Gun” (1971)
15. The Last Poets ‎– “This Is Madness” (1971)
16. Timmy Thomas ‎– “Why Can't We Live Together ” (1972)
17. Funkadelic ‎– “America Eats Its Young” (1972)
18. 友部正人 - “乾杯” (1972)
19. Sun Ra ‎– “Space Is The Place” (1973)
20. Bob Marley & The Wailers ‎– “Rat Race” (1976)
21. Fẹla And Afrika 70 ‎– “Sorrow Tears And Blood” (1977)
22. Sex Pistols ‎– “God Save The Queen” (1977)
23. Steel Pulse ‎– Ku Klux Klan (1978)
24. The Slits ‎– “Newtown” (1979)
25. Joy Division ‎– “Love Will Tear Us Apart” (1980)
26. The Pop Group ‎– “How Much Longer” (1980)
27. The Specials - “Ghost Town” (1981)
28. Grandmaster Flash & The Furious Five ‎– “The Message” (1982)
29. Time Zone Featuring John Lydon & Afrika Bambaataa ‎– “World Destruction” (1984)
30. The Smiths ‎– “Meat Is Murder ” (1985)
31. Public Enemy ‎– “Rebel Without A Pause” (1987)
32. じゃがたら - “ゴーグル、それをしろ” (1987)
33. N.W.A _ “Fuck Tha Police” (1989)
34. Mute Beat - “ダブ・イン・ザ・フォグ” (1988)
35. RCサクセション - 『カバーズ』 (1988)
36. Fingers Inc. ‎– “Can You Feel It (Spoken Word: Dr. Martin Luther King Jr.) ” (1988)
37. Underground Resistance ‎– “Riot” (1991)
38. Sonic Youth- “Youth Against Fascism” (1992)
39. Bikini Kill ‎– “Rebel Girl” (1993)
40. Goldie ‎– “Inner City Life” (1994)
41. Autechre ‎– 「Anti EP」 (1994)
42. Radio Boy ‎– 『The Mechanics Of Destruction』 (2001)
43. Wilco - “Ashes of American Flags” (2002)
44. Outkast - "War" (2003)
45. Radiohead - "2 + 2 = 5” (2003)
46. ECD - “言うこと聴くよな奴らじゃないぞ” (2003)
47. ゆらゆら帝国 - “ソフトに死んでいる” (2005)
48. Digital Mystikz ‎– “Anti War Dub” (2006)
49. 七尾旅人 - airplane (2007)
50. Kendrick Lamar ‎–Alright (2015)
次. Beyoncé ‎– Formation (2016)

01. Meshell Ndegeocello’ - “Hot Night”(2002)

ポリティカル・コレクトネス(PC)を強く意識することは、表現者にとって規制や不自由さや縛りなどではなく、表現を磨くための糧になるということを彼女の音と言葉に接することで学ばされる。PCが表現を窮屈にするなんて考えるのは前時代的な甘い考えよ、芸風を磨き、洗練させなさい、ということだ。そう、洗練という言葉は、ミシェル・ンデゲオチェロの音楽にこそふさわしい。よく知られているように彼女は早くからバイセクシャルであることも公言してきた。

「Hot Night」が収録された『Cookie: The Anthropological Mixtape』という通算4作目となるアルバムの中には、「ハイクラスからミドル・クラスにゲットーまで」(「Pocketbook」)という歌詞があるのだが、たしかにここには汚い言葉もあれば、上品な言葉もあり、社会に“あるものはある”という前提の上で、しかし彼女なりの厳密な社会意識や政治意識に基づいた表現を追求している。ジャズ、ファンク、ゴーゴー、ヒップホップ、ポエトリー、ハードコア・ラップなどがあり、そういう点での風通しの良さも素晴らしい。

「Dead Nigga Blvd., Pt. 1」では「若いアホ共=young muthafuckas」が高級車を乗り回したり、カネを稼ぐことしか頭にないことを叱咤し、アンタたちを奴隷から解放するのに貢献したアフリカンはもっと立派だったと言う。が、また別の曲では「自分の財布にお金が入ってるのを見るのって好きでしょ、いいのよそれで」と優しく愛撫するように囁く。2パックやビギーに捧げられた曲もあり、さらになんと言っても、ロックワイルダーとミッシー・エリオットによる「Pocketbook」のリミックス・ヴァージョンではあのヤンチャなレッドマンがダーティなライムをかましている。そういう懐の深さがある。

だからタイトルの“人類学のミックステープ”は上手い。“あるものはある”。だが、達観や俯瞰とは違う。開き直りでもない。譲れない信念はある。「Hot Night」が素晴らしい。プエルトリコ出身のサルサ・シンガー、エクトル・ラボーの「La fama」からサンプリングされたファンキーなホーン・セクション、スーパー・デイヴ・ウェストの弾けるビートが“暑い夜”をさらに熱く、官能的に盛り上げる。冒頭のスピーチは、アンジェラ・デイヴィスが唱えた監獄産業システムについての演説で、彼女には『監獄ビジネス――グローバリズムと産獄複合体』という著作がある。

つまりミシェルはこの曲で反資本主義をひとつの立脚点にしているが、逡巡がないわけではない。「なんかアタシったら革命のロマンティックな部分にだけ魅了されてるみたいだわ/救世主だとか、預言者だとか、ヒーローだとか」と自分にツッコミを入れる余裕はある。わかる。その上で「でもさ、それ以外に何がある?」と切り返し歌う。どこまでもクールに磨きかけられた言葉と音で。

アタシ達が生きてるこの社会はさ
レイプに、飢餓に、欲に、要求に
ファシストに、お決まりの政権、白人の男社会に、金持ちの男に、民主主義
それで成り立ってる社会でしょ?
パラダイスという名の世界貿易に悩まされながらさ


02. Crooklyn Dodgers 95 - “Return of the Crooklyn Dodgers”(1995)

昨年、『ザ・ワイヤー』というアメリカのドラマにハマった。メリーランド州ボルティモアの麻薬取締の警察と地元の黒人の麻薬組織/ストリート・ギャングの攻防を通して都市の犯罪や政治、警察組織の腐敗、ブラック・コミュニティの現実や諸問題などを描き出す、刑事ドラマとフッド・ムーヴィーを掛け合わせたようなドラマだ。HBOで2002年から2008年に放映され、非常に評価も高かった。それこそこの手のアメリカのドラマは“PCと格闘”(三田格の『スリー・ビルボード』評を参照)しながら、個々の人物や人間模様を巧みに、丁寧に描き、物語を作り出す点が見所でもある。

そのドラマの黒人のキッズのフッドでの麻薬取引のシーンを観て思い出したのが、スパイク・リーが監督したNYのブルックリンを舞台としたフッド・ムーヴィー『クロッカーズ』(1995)だった。両者が同じようなプロットとテーマだったのは、この映画の原作者である作家=リチャード・プライスが『ザ・ワイヤー』に脚本家として参加しているからだった。

そしてこの映画の主題曲と言えるのが、チャブ・ロック、O.C、ジェルー・ザ・ダメジャという3MCによるスペシャル・ユニット、クルックリン・ドジャーズ 95の 「Return of the Crooklyn Dodgers」である。ブルックリンに深い縁がありこの街への並々ならぬ愛情を持つであろう3MCは、しかし1980年代中盤以降、コカインやクラックといった麻薬そして暴力に蝕まれていったブルックリンの惨状を淡々と残酷なまでにライミングしていく。彼らはストリートとフッドを描写するライミングのなかに、この街の惨状の背景に、ベトナム戦争、社会保障の打ち切り、植民地主義、監獄ビジネスがあるという事実を巧みに折り込んでいく。

なぜ、僕がこの曲を選ぶのか。それは、過酷な現実を描くいわゆるリアリティ・ラップがプロテスト・ミュージックになり得るのか? という問いを考える際に真っ先に思い浮かぶのがこの曲だからである。N.W.A.の例を挙げるまでもなく、アメリカの保守層から、リアリティ・ラップあるいはギャングスタ・ラップは暴力を助長すると批判され続けてきた。けれども、暴力を賛美することと暴力が存在する現実を描写することは決定的に違う次元にあるということを『クロッカーズ』と「Return of the Crooklyn Dodgers」を通じて僕は知ったわけだ。DJプレミアの抑制の効いたブーム・バップ・ビートが最高にドープであることも付け加えておこう。


03. THA BLUE HERB - “未来は俺等の手の中”(2003)

「何時だろうと朝は眠い」という歌い出しからして秀逸だ。たったこのワンフレーズで労働者の憂鬱を見事にとらえている。あの出勤前の朝のメランコリーを――。時給650円の飲食店のバイトでくたびれた体とヨレヨレのジーンズの裾を引きずりながら休憩室へ行き、タバコの煙で白くなった休憩室で「自由とは何だ?」と自問する。レコードをプレスするが思うようには売れず、借金だけが増えていく。「明日は今日なのかもしれない」と理想と現実の乖離、肉体労働のルーティンに鬱々とする。状況は好転しそうにない。

ILL-BOSSTINOはこの曲で、『STILLING,STILL DREAMING』(1999)というクラシックを作り上げ、富と名声も得て名実ともに成功をおさめる以前の苦悶の日々を描いている。「未来は俺等の手の中」が発表されたのは2003年、この国でも“格差の是正”が叫ばれ始めた時代だ。エレクトロニカから影響を受けた変則的なビートと浮遊するシンセが織り成す、静寂と騒々しさを往復するO.N.Oのトラックは、BOSSの焦燥やもがきとシンクロしている。

この曲は中盤でTHA BLUE HERBのその後の成功をわずかに匂わせるものの、「しかし、何時だろうと朝は眠い」という冒頭のワンフレーズをカットインすることで労働者のメランコリーの深さから離れない。苦悶と微かな希望に留まる。仮に壮大な成功物語へと展開してクライマックスを迎えたとすれば、ラッパーのサクセスストーリーを描く曲になっただろう。「未来は俺等の手の中」はヒップホップ的セオリーを巧妙に回避することでスペシャルな1曲になった。この曲は当時、非正規雇用の労働者、フリーターの労働運動を担う人びとのあいだでも支持された。BOSSはクライマックスで、人びとのオアシスとして機能するダンスフロアの美しさを描いたのだった。


04. KOHH - “働かずに食う”(2016)

労働の拒否である。だが、労働の拒否は必ずしも怠け者の価値観を肯定することではない。KOHHは「俺は働かずに食う」「いつも遊んでるだけ/みんな仕事ガンバレ/やりたくなきゃ辞めちゃえ/時間がもったいない」と挑発的に、そう、エフェクトでヨレたように加工された声でまさに挑発的にフロウしている。せわしなく連打されるトラップのハイハットと不穏な電子音のゆらぎが挑発的な雰囲気を増幅させる。

が、KOHHが労働倫理に厳しいラッパーであることは、彼の活動を追っていれば容易に想像がつく。労働を否定して怠け者を礼賛しているものの、人一倍汗水流して働く人間もいる。それをダブルスタンダードだ、矛盾だと批判するのはお門違いだ。パフォーマンスはパフォーマンスである。KOHHというアーティストにとっての労働は皿を洗うことでも、HPの更新作業をすることでも、書類を作ることでもなく、絵を描き、ラップを録音し、ライヴをし、タトゥーだらけの身体を人前で見せる芸術活動である。

だが、さらにKOHHが一筋縄でいかないのは、芸術に生きることを肯定すると思わせておいて、「芸術なんて都合良い言葉」「言葉なんて音だ~/ただの音だ~」とそこさえもひっくり返して煙に巻いてくるところだ。KOHHのパフォーマンスには複数の、時に対立さえするメッセージが重層的に折り込まれている。

とはいえ、僕は「働かずに食う」という労働の拒否のパフォーマンスを真に受けるのは意義のあることだと思っている。一度道を踏み外してみてもいい。それは、労働と資本主義をいちど相対化する作業だ。問題はそこから個人がどう考えて行動するかにある。「働かずに食う」は『YELLOW T△PE4』というミックステープに収録されている。


05. Kendrick Lamar - “Hiii PoWeR”(2011)

近年の「ブラック・ライブズ・マター」のアンセムとなった「Alright」という意見もあろうが、しかしケンドリックの思想の根幹や原理は「Hiii PoWeR」に凝縮されているのではないか。2011年に発表され、ケンドリックの評価を決定づけたミックステープ/デビュー・アルバム『Section.80』からのリード曲だ。ビートはJ・コールが作っている。政治組織で言えば綱領のようなもので、ケンドリックの理想を明確に打ち出した曲だ。

「Hiii PoWeR」の3つの“iii”は、心、名誉、尊敬を表しているという。アメリカの体制や政府や社会制度というシステムによって憎悪を植え付けられ、自尊心を棄損され、打ちのめされつづけてきたアフリカ系アメリカ人が、心と名誉と尊敬の力でムーヴメントを起こし自分たちの帝国を築くのだと。すなわち自己変革を説き、自己変革が体制変革へつながると主張する曲で、マーカス・ガーヴェイ、キング牧師、マルコム・X、ブラック・パンサーなどの人物や政治組織がリリックに登場する。

だから、その理想は特別に目新しいものではないものの、この曲のリリックにも登場するヒューイ・P・ニュートンの自伝『白いアメリカよ、聞け(原題:Revolutionary Suicide)』にしてもそうだが、システムによっていかに健全な心や精神が歪められ、正常な善悪の判断が狂わされてきたのか、と体制や権力と個人の心や精神のあり方をまずつぶさに考察し、尊厳の回復を出発点にすることの重要性をいま一度考えさせられる。アレサ・フランクリンにも「RESPECT」という名曲がある。「Hiii PoWeR」そしてケンドリックの素晴らしさとは、自己変革と体制変革、精神と運動(ムーヴメント)を同時に思考し展開させることのできる洞察力にある。


長年アメリカのヒップホップをはじめとするブラック・ミュージックを紹介し続けてきた信頼すべきLA在住のライター/翻訳家の塚田桂子さんのブログ「hip hop generation ヒップホップ・カルチャーがつなぐ人種、年代、思考 、政治」の対訳と註釈を参考にさせてもらった。


06. Janelle Monáe & Wondaland - “Hell You Talmbout ”(2015)

「ブラック・ライブズ・マター」と呼応した数多くの楽曲の中で、R&Bシンガーのジャネル・モネエの「Hell You Talmbout」は、実践の場すなわちデモや集会でその威力を最も発揮する曲のひとつだろう。そういう場で歌われ、演奏されることを想定して作られているように思う。日本で言えば、デモのドラム隊の演奏とコールがあれば、この曲は再現できる。モネエとともに、彼女が設立したインディ・レーベル〈Wondaland〉のアーティストたちが参加している。警察や自警団の暴行やリンチによって殺害された、あるいはその疑いがあるアフリカ系アメリカ人の名前を挙げ、「say his name」「say her name」と聴衆に名前を叫ぶことをうながす。公民権運動に火を付けたと言われる、リンチの被害者、エメット・ティルや、警察の蛮行(Police brutality)の問題が広く議論されるきっかけになったとも言われるNY市警察による射殺事件の被害者、アマドゥ・ディアロ、ヘイト・クライムの被害者の名前も歌われる。

実際にライヴや集会と思われる場の映像をいくつか見たが、とにかく力強く、人びとを巻き込んでいく。ゴスペル・フィーリングにあふれ、ビートはドラムラインが激しく打ち鳴らす。モネエの出身地、アトランタに根付くマーチング・バンドの伝統が息づいている(『ドラムライン』という映画を観てほしい)。この曲の根幹にあるのは、慰めでも、説得でもなく、直接的な激しい怒りだ。ある欧米のメディアは、そのシンプルさゆえに力強く、コンセプト、演奏ともに“ground-level”の曲であると紹介している。つまり、“地べた”の怒りのプロテスト・ミュージックである。


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07. NAS - “American Way”(2004)

ナズの曲の中ではマイナーな部類に入るだろう。『Street's Disciple』という2枚組のアルバムに収録されている。冒頭、「近年社会意識のある政治的なラッパーの出現が見受けられます。ヒップホップ界の新しいトレンドのようです」というコメントが報道番組のニュースキャスターのような口調で読み上げられる。そして、ナズは宣言する。「ナズはアメリカに反逆する」と。つまりこの曲でナズはアフリカ系アメリカ人の立場から“反米”を鋭く主張している。

『Street's Disciple』の発表は2004年、イラク戦争まっただ中の時代だ。ブッシュ政権の下で国家安全保障問題大臣補佐官と国務長官を歴任したアフリカ系アメリカ人の女性政治家であるコンドリーザ・ライスを“アンクル・トム”として槍玉にあげ、ファースト・ヴァースの最後を「フッド出身の議員が必要だな(Need somebody from hood as my council men)」というライミングでしめくくっている。

推測するにタイトルの“American way”=“アメリカ流”は、ブッシュを象徴とするワスプのアメリカ流とナズを象徴とする黒人のアメリカ流というダブル・ミーニングではないか。客演で参加するR&Bシンガーで元妻のケリスがフックで発する「American way」というアクセントはどこか皮肉めいているし、アルバムでこの曲に続くのはストークリー・カーマイケルやニッキ・ジョヴァンニ、タイガー・ウッズやキューバ・グッディング・ジュニア、あるいはフェラ・クティやミリアム・マケバなどの“黒人のヒーロー”を称賛する「There Are Our Heroes」という曲だ。

「American way」のごっついブーム・バップ・トラックは、アイス・キューブの「The Nigga Ya Love to Hate」でも使用されたジョージ・クリントンのデジタル・ファンク「Atomic Dog」のサンプリングから成るが、ナズはアイス・キューブのこの曲を意識していたに違いない。


08. A-Musik - “反日ラップ”(Anti-jap rap)(1984)

反米を主張したり、反米を掲げるラッパーやミュージシャンやアーティストに支持を表明することは容易いように見えるが、しかし、2018年現在、“反日”という主張あるいはテーゼや思想、もしくは問題提起ですら死滅状態である。どこか大事な問題が棚上げされている思いに駆られる……そんな時に「反日ラップ」を聴くと心が奮い立つ。

数年前に僕はこの曲でラップする竹田賢一さんと昼食をともにする貴重な機会を得た。ミュージシャンであると同時に、1970年代中盤以降のこの国のジャズ/フリージャズ、前衛音楽の音楽批評を牽引した音楽評論家の大先輩との対面に僕は極度に緊張していた。それでも「反日ラップ」についてだけはどうしても訊きたかった。竹田さんはギル・スコット・ヘロンやザ・ラスト・ポエッツの音楽やそれらに関する欧米の音楽ジャーナリズムを通じて “ラッピン”と呼ばれるアフリカ系アメリカ人の話術の文化を知り、自分でも試みたのが「反日ラップ」だったと語ってくださった。すなわち「反日ラップ」は、『ワイルド・スタイル』の日本公開や原宿のホコ天、あるいは1980年代のサブカルチャーや雑誌文化とは異なる水脈から生まれた日本のラップの初期の一曲である。

さらに重要なことは、アフロ・アメリカンの抵抗の音楽/芸術を日本のアジア諸国に対する経済的な植民地支配への抵抗と結びつけ表現したことだ。なにしろ「反日ラップ」のリリックの中身である。A-Musikのサイトにはリリックについてこう記されている。「『反日ラップ』のテクストは、東アジア反日武装戦線KF部隊<準>による『生まれ出でよ!反日戦士──フレ・エムシ第1詩集──』の冒頭に収録されている、『ワレらが旅立ち』という詩」であると。

そして、じゃがたらのホーン・セクションの要であったサックス奏者の篠田昌已、FLYING RHYTHMSでの活動やKILLER-BONGとのセッションでも知られるドラマーの久下恵生、シカラムータの大熊ワタルらが生み出す演奏は、ジャンク・ファンク・ジャズと形容したくなる猥雑なサウンドだ。

A-Musikはヒップホップ・カルチャーとは無縁だったし、いまも深い関わりはない。が、ブラック・カルチャーとは深い関係があった。ブラック・パンサーに多大な影響を与えたフランツ・ファノンのポストコロニアル理論は東アジア反日武装戦線の思想の背景でもあった。2パックの伝記映画『オール・アイズ・オン・ミー』を観たり、あるいは近年のケンドリック・ラマーの活躍を見るたびに、ブラック・パンサーの武装闘争路線なども含めた活動の総括や反省や回顧そしてそれらをめぐる議論が耕したアメリカの黒人社会の土壌がなければ彼らの存在もなかったのではないか、そんなことを思う。

いまの時代に反日を主張したり、問題提起することでさえ、僕だってカラダが底冷えするぐらいに恐ろしい。けれども、「反日ラップ」や「反日ラップ」を通じた東アジア反日武装戦線をめぐる議論はいまこそ意義があるのではないかとは思う。「反日ラップ」を作った勇気ある音楽家たちは偉大である。


9. THE HEAVY MANERS – “Terroriddim (Rudeboy Anthem) Feat. Killer-Bong”(2008)

ベースの太さと強靭なスネアとバスドラ、心をざわつかせるフライング・シンバルの細かい律動はそれだけで何かを訴えかけてくる底知れぬパワーを発することができる。その“何か”の背後や背景にはもちろん理屈や思想があるのかもしれないが、理屈や思想だけでもない。そのことは、レゲエ・ベーシスト、秋本武士率いるレゲエ・ダブ・バンド、THE HEAVY MANERSのこの曲の演奏を聴けば、それ以外余計な説明はいらない。

しかし、バンドの演奏だけではない。Killer-Bongのラップ、咆哮が凄まじい。Killer-Bongは「Terroriddim」というタイトルをヨレたようなフロウでくり返すが、その発音は「テラーリディム」なのか「テロのリディム」なのか判別不可能だ。もちろん全編をとおしてリリックもある。が、言葉の意味は断片的にしか入ってこない。ほとんど読解不可能だ。抵抗(プロテスト)というより、たしかにこれは全身全霊の身体の反乱(レベル)である。

この反乱には明確な方向性はないように思えるが、言葉や文脈を不明瞭にすることで広がっていく反乱の地平があるのだと教えてくれる。「Rudeboy Anthem」という副題のとおり、この曲は路面をのたうち回りながら生きるこの国のルードボーイのアンセム。「Terroriddim (Rudeboy Anthem) 」を渋谷のクラブで体感したときに全身から沸き上がってきた得も言われぬ感情や反抗心はいまだに説明できない。


10. JAGATARA - “都市生活者の夜”(1987)

JAGATARAとプロテスト・ミュージックであるから、「もうがまんできない」という選択肢もあった。『超プロテスト・ミュージック・ガイド』の執筆者のひとりである荏開津広は「クニナマシェ」をプレイリストに入れている。が、午前4時少し前のダンスフロアの何にも代えがたい高揚と思索と憂いの時間を生きる活力にする身からすれば断然「都市生活者の夜」なのだ。JAGATARAと江戸アケミの表現が総じてそうであるように、この15分にも及ぶ大作は、ダンス・ミュージックでありながら、いや、ダンス・ミュージックだからこそ、個人と集団がせめぎあい、結果的に人間が独りであるという事実を突き付けてくる。それはやはりどこか心許ないものの、とても心地良く、強烈なカタルシスを伴う。そのカタルシスが果たしてプロテストにつながるのかと問われると、いまだ答えに窮するのだが、「都市生活者の夜」がなければ乗り越えられなかった、人びととの連帯の日々が僕にはたしかにあったのだ。


11. Major Lazer - “Get Free ft. Amber Coffman”(2012)

僕はこの曲を、友人が教えてくれたジャマイカで撮影されたMVで知った。そして、そのMVの印象が強烈だった。舞台はジャマイカだ。ジャマイカの人びとの躍動が伝わってくる。汗、熱気、ダンス、匂い、煙。ジャマイカに行ったことはない。この映像は当然ジャマイカのいち側面でしかないし、だいぶロマンティックに描いているのだろう。それゆえに、そのあまりの美しさに同時に不安な気持ちになる。

例えば、水曜日のカンパネラのシンガポールの下町で撮影された「ユニコ」のMVで、コムアイがその街や食事や人びとともに呼吸し生々しく躍動する様にうっとりする一方で、しかしMONDO GROSSOの「ラビリンス」のMVで満島ひかりが香港の猥雑な街の中を踊り歩く姿にはどこか違和感を拭えないように(満島ひかりは大好きだが)。もしかしたらこれは何かが違うのではないかと。ここでの街や人はただの舞台装置や背景なのではないかと。それでも「Get Free」からは有無も言わさず、直接的に伝わってくるものがある。

ディプロ擁するメジャー・レイザーが作り出すゆっくりと波打つダンスホール・リディムと空間を広げていくエモーショナルなシンセ、そこに絡みつく元ダーティ・プロジェクターズのアンバー・コフマンの透き通ったヴォーカルとやるせなさと自由への希求をシンプルな言葉で綴った歌詞の組み合わせは、ジャマイカに息づく生活、文化、音楽へのリスペクトの上に成り立っている。ダンスホール・レゲエのリディムとルーツ・レゲエのブルースを見事に掛け合わせている。この曲を聴くときに体の中から引き出されるやるせなさと解放感は、日々の激しいストレスとプレッシャーから心をプロテクトしてくれる。朝方のダンスフロアで聴いて踊りたい。

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